相武尾根
散策:2012年06月下旬
【低山ハイク】 相武尾根
概 要 相武尾根は相模国と武蔵国の国境に続く尾根です。 周囲には横浜市民の森や横浜自然観察の森などがあって、横浜市のみどりの七大拠点にもなっています。 今回は横浜栄高等学校の裏手から尾根道に入って、大丸山などを経て鎌倉天園へ向かっていきます。 天園からは獅子舞ヶ谷を降って永福寺跡などを訪ねます。
起 点 横浜市 稲荷森バス停
終 点 鎌倉市 岐れ道バス停
ルート 稲荷森バス停…瀬上池分岐…尾根道入口…道場丸広場分岐…いっしんどう広場…氷取沢分岐…馬頭の丘休憩所分岐…121m峰…金沢自然公園分岐…大丸山…横浜自然観察の森分岐…関谷奥見晴台…みず木山…市境広場…鎌倉霊園分岐…茶屋分岐…天園休憩所…獅子舞ヶ谷…東電送電所…杉ノ川橋…永福寺跡…鎌倉宮…関取場跡…岐れ道バス停
所要時間 4時間20分
歩いて... これまでに何度となく歩いているコースですが、今回は、まだ訪ねたことのない121m峰を確認したり、 以前から続いていた永福寺跡の工事が一部完成して一般公開されていたりと、新たな発見もありました。
関連メモ 鎌倉アルプス, 六国峠, 瀬上市民の森, 金沢市民の森, 氷取沢市民の森, 鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス,
鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス, 瀬上池, 鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス, 鎌倉回峰, 鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス,
鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス, 吉沢川, 相武尾根, 大丸山, 鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス, 朝比奈切通, 鎌倉アルプス,
六国峠, 瀬上池, 鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス, 相武尾根, 鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス, 相武尾根, 鎌倉アルプス,
鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス, 相武尾根, 金沢市民の森, 鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス, 吉沢川, 朝比奈切通, 氷取沢,
鎌倉アルプス
コース紹介
稲荷森(いなりもり)バス停
大船駅(JR東海道線)から、 [船07]栄プール行きバス、[船08]金沢八景駅行きバス、[船09]みどりが丘東行きバス,または, [船15][船16]本郷車庫行きバスにて12分、1時間に5本から7本程度の便があります。
港南台駅(JR根岸線)から、[船33]桂台中央行きバス、[船35][船55]庄戸行きバス、 [船36][船37]上郷ネオポリス行きバス、[船39]本郷車庫行きバス、[船40]栄プール行きバス、 [船88]上之・北桂台循環バス、[船90]北桂台行きバス,または, [船93]みどりが丘東行きバスにて8分から26分、便は頻繁にあります。
バス停の先にある二股になった稲荷森バス停前交差点から左側の道へ入っていくと、程なくして小川沿いの道に出ます。 金網柵やガードレールの設置された道を小川沿いに2分ほど進んでいくと、押切橋が架かる十字路があります。 傍には「いたち川」の看板がありますが、この川はその支流の瀬上沢になります。 十字路を直進して川沿いを更に進み、バス会社の本郷車庫の裏側を過ぎていきます。 右手に分かれていく道を見送って、その先に架かる上口橋を渡っていくと、 県道23号環状3号とを結ぶ道路の下をくぐっていきます。 以前にはこの道路はまだなくて、この付近には田畑が広がっていました。 この道路が出来て風景もすっかり変わってしまい、昔の面影がほとんど残っていないのが残念ではあります。
いたち川
みんなの川だよ きれいにね!
 (上郷町内会、横浜市下水道局)
(注)いたち川の「いたち」は、「獣」偏に「由」と書きます。(「猫」の草冠がない字)
上郷町深田地区急傾斜地崩壊危険区域
この区域内でのり切、掘削、伐採等を行う場合は知事の許可が必要ですから左記へ問い合わせて下さい。
 (神奈川県横浜川崎治水事務所)
道路をくぐっていくと、道が左右に分かれています。 左側の小橋を渡って瀬上沢沿いに続く道を進んでいくと、並行する道がふたつ右手へ分かれていきます。 その手前には「道路改修記念」の石碑が立っています。 正面の道もしっかりとしていますが、突き当たりまで行くと急激に細くて頼りない様子になります。 右手の先の方の道は工事柵で閉ざされているので、手前から右手へ分かれていく道を進んでいきます。
(工事柵で閉ざされている並行する道は工事用道路のようです)
瀬上沢沿いに続く道を進んでいくと、右手に森が続くようになります。 金網柵に沿って進んでいくと、沢に堰があって、その向こう岸の岸壁に丸い穴が開いています。 穴の向こう側も見えているのでトンネルのようです。 膝をついて這って行けば、大人でも何とか通れそうな大きさでした。 水を流すための穴のようには見えませんが、何のための穴なのでしょうか。
脇に張り出された案内書きによると、この付近では二枚貝の学術研究調査が行われているようでした。 この岸壁は約154万年前のもので、ツキガイモドキ類やオウナガイ類の大型二枚貝の化石が見つかっているようです。
瀬上池分岐
少し進んでいくと、並行してきた道がX字形に交差しています。 右側の道は工事柵で閉ざされているので、正面の道を進んでいきます。 緑のトンネルのようになった道を進んでいくと、程なくして十字路があります。 右側の道は工事柵で閉ざされています。 正面の道は瀬上池へと続いていますが、今回は左側の道を進んでいきました。 入口には「瀬上沢入口掲示板」があって、「大切にしよう!ホタルの自然!」と題した資料が張り出してありました。 ここから瀬上池まで続く「瀬上沢小川アメニティ」にはホタルが見られるようでした。 すぐに横浜栄高等学校の石垣に突き当たると、「上郷猿田遺跡と上郷深田遺跡」と題した解説板が立っていました。 左右どちらの道でも良さそうでしたが、右手の坂道を登っていきました。
(瀬上池へ至る道は「瀬上市民の森」を参照)
大切にしよう!ホタルの自然!
ゲンジボタルのメスは500〜800個の卵を産みますが、 幼虫時代に魚やヤゴに食べられたり、台風で流されたりしてどんどん数を減らしてしまいます。 さなぎのときにはカビにやられることがあり、成虫になってもクモの巣にかかってしまったりと、 無事に一生を終えることができるのはわずか3頭ほどと言われています。 そして成虫になったホタルの寿命はたった一週間ほど。 その間に結婚相手をさがして子孫を残さなくてはなりません。 やっと大人になれたホタルたち、つかまえたりしないでやさしく見守ってあげて下さいね。
6月のおわり メスは水辺のコケに500〜800個卵を産みます。
7月〜8月 幼虫は卵から生まれるとすぐに川に入り、春まで水中で生活します。 きれいな小川にすむ巻き貝のカワニナ、ゲンジボタルはこの貝しか食べません。 幼虫はカワニナを食べ、脱皮を繰り返しながら成長します。
4月 5〜6回脱皮して大きくなった幼虫は、雨の降る夜、光ながら陸に上がります。
4月〜5月 土のなかでまゆを作りさなぎになります。なぜかさなぎも土の中で発光します。
6月上旬〜中旬 成虫になったホタルが地上に出て、夜の森に飛び立ちます。
 (栄区役所、瀬上沢とほたるを守る会)
上郷猿田遺跡と上郷深田遺跡
上郷猿田遺跡は、円海山の西側に連なる丘陵に立地しています。 現在、神奈川県上郷高等学校の建っているこの場所から、昭和57年に縄文時代と奈良時代の遺跡が発掘されました。 縄文時代のものとしては、竪穴住居跡が2軒発見され、縄文土器や石器も出土しました。 これらは縄文時代後期のもので、網の浮きに使われた石製品や祭りに使われた土偶も見つかっています。 奈良時代のものとしては、竪穴住居跡が13軒と掘立柱の建物跡が1棟発見されました。 掘立柱建物跡は、周りに庇(ひさし)をめぐらせた高床式の建物で、 この地域の有力者の住まいか、あるいは仏堂のような建物の可能性が考えられています。 奈良時代は、平城京を都として、中央が地方を支配する制度がはじまった時代で、 この建物もその影響を示していると思われます。 上郷高校の前を通る市道舞岡上郷線の下には、上郷深田遺跡(深田製鉄遺跡)があります。 横浜市が昭和61・62年に発掘調査を行い、斜面を平らに削ったところから製鉄関係の炉跡が18基、 竪穴式遺構が2基などが発見されました。 この結果、ここで製鉄や鋳物を作る作業を行っていたことが明らかになり、 奈良時代から平安時代にかけての大規模な製鉄遺跡であることがわかりました。 その製鉄の原料は、周囲の古い地層に含まれている砂鉄が用いられていたと考えられています。
 (神奈川県教育委員会、横浜市栄区役所)
解説版に載っている上郷高等学校は、 2009年4月に港南台高等学校と再編統合されて横浜栄高等学校になりました。
尾根道入口
高校の周囲を反時計方向に回りながら坂道を登っていきます。 石垣が終わると、背の高い網が張り巡らされたグラウンドの脇を進んでいきます。 テニスコートを過ぎていくと、道は大きく左へ曲がっていきます。 引き続き白いガードレースに沿って坂道を登っていくと、解説板の所から6分ほどで住宅地に出ます。 左右に通る坂道を右手へ登っていくと、降り坂になり始める所に分岐があります。 ここがいっしんどう広場へと続く尾根道の入口になります。 稲荷森バス停から27分ほどで着きました。 入口には「円海山・大丸山マップ」があって、 これから向かう市境広場までの道が載っています。
円海山・大丸山マップ
(A)ビートルズトレイル,(B)氷取沢市民の森ルート,(C)氷取沢-いっしんどうルート, (D)光明寺-梅沢山ルート,(E)瀬上市民の森ルート,(F)峯市民の森ルート, (G)六国峠ハイキングコース,(H)金沢市民の森ルートについて、色分けしてルートが示されています。 ルートに沿って点々と設置されている道標には「B1」や「E10」などと場所が記されていて、 案内図との対応が付きやすくなっています。 このマップは横浜市のホームページにも掲載されています。
円海山・大丸山を歩いてみませんか
この一団の緑地帯は横浜市のみどりの七大拠点のひとつに数えられ、 横浜市では貴重なみどりとなっています。 自然の中をのんびりと散策してみましょう。
 (横浜市)
「横浜市のみどりの七大拠点」とは…
拠点場所主な施設等
こどもの国周辺青葉区,町田市 こどもの国,寺家ふるさと村
三保,新治緑区,旭区 三保市民の森,新治市民の森,よこはま動物園,四季の森公園
川井,矢指旭区,瀬谷区 矢指市民の森,追分市民の森,瀬谷市民の森,程ヶ谷カントリー倶楽部
大池,今井,名瀬旭区,保土ヶ谷区,戸塚区 こども自然公園,南本宿市民の森,横浜カントリークラブ,戸塚カントリー倶楽部
舞岡,野庭戸塚区,港南区,栄区 下永谷市民の森,舞岡ふるさと村,舞岡公園
円海山周辺栄区,金沢区,磯子区
鎌倉市
瀬上市民の森,氷取沢市民の森,金沢市民の森,釜利谷市民の森,峯市民の森,横浜自然観察の森,金沢自然公園,鎌倉アルプス,鎌倉カントリークラブ,鎌倉パブリックゴルフ場
小柴,富岡金沢区 富岡総合公園,米軍小柴石油ターミナル,称名寺市民の森,海の公園
金網柵沿いに続く広い坂道を登っていきます。 小型の作業車なら通っていけるだけの幅があります。 左手には街並みが広がり、その奥にはランドマークタワーやメディアタワーも見えていました。 3分ほど進んでいくと、小屋の手前から右手へ降っていく道が分れていきますが、 そのまま尾根に続く緩やかな道を進んでいきます。 その数10m先で作業場のような所への道が右手へ分れていきますが、入口には柵が設置されています。 左手へ曲がっていく尾根道の入口には車止めの杭が1本設置されています。 車止めを過ぎて、緑のトンネルを2分ほど進んでいくと、右手の竹林と笹竹の生い茂る間に細い道が分れていきます。 その道を見送った数10m先には小屋があります。 以前にはハトが飼われていたこともありましたが、この時には見かけませんでした。
山火事注意
・吸いいがらの投げ捨てを禁ず。
・無断で火を焚くことを禁ず。
小屋を過ぎていくと、右手には山並みが広がっていました。 青葉の生い茂る尾根道を更に進んでいくと、再び眺めが広がる所があります。 尾根道入口から10分ほどの所になります。 奥の方へ延びている稜線は、今回歩くいっしんどう広場から鎌倉天園へと続く尾根になります。 道端には「瀬上池が見えますか?」と題した案内板が設置されています。 谷底を探してみると、青葉に隠れ気味ながらも瀬上池が見えていました。 住宅街にポツンポツンと島状に小山が続いています。 送電線の鉄塔を立てるために宅地開発を免れて取り残され、このような光景になったようです。 何だか海に浮かぶ小島のように思えてきます。
瀬上池が見えますか?
瀬上池を囲んでいる林は、水を調整する働きをしています。 雨水は、スポンジ状の土と樹木自体に貯えられ、時間をかけて 下へ染み出してきます。そのため大雨が降ってもいっぺんに水が流れる事はなく、 水が急に枯れてしまうこともありません。 昔その水を農業用に貯めていたのが瀬上池です。
ここは近郊緑地特別地区です
・樹木、草花、小動物、昆虫など大切にしてください。
・たばこなど火には十分ちゅういしてください。
 (横浜市緑政局公園緑地部計画課)
道場丸広場分岐
再び左側に金網柵が続くようになった尾根道を進んでいきます。 柵の向こう側には港南台さえずりの丘公園が続いていました。 正面に聳える電波塔を眺めながら4分ほど進んでいくと、道が二手に分れています。 尾根道入口から16分ほどの所になります。 角に立つ道標「E1」によると、正面の道は「いっしんどう広場」、 右手の道は「道場丸広場・池の下広場」、今来た道は「港南台方面」となっています。 右手の道は道場丸広場を経て池の下広場へ降っていけますが、 今回は正面の尾根道をこのまま進んでいきます。
(右手の道は「瀬上池」を参照)
少し登り坂になった道を進んでいきます。 竹林の脇を過ぎていくと、再び右側に眺めが広がるようになります。 鎌倉天園へと続く山並みなどを眺めながら緩やかになった尾根道を進んでいくと、 正面に並んで立つ電波塔が近づいてきます。 左側から登ってくる急な舗装路を合わせていくと、道の右側にトイレ設備、左側に円海山無線中継所があります。 柵が設置されていて中継所の中には入っていけませんが、柵越しに横浜の街並みを見渡せました。 ランドマークタワーもよく見えていました。
市民の森利用者の方へ
農家の方が大切に育てている作物です。 田畑には絶対に入らないでください。
 (横浜市)
車止め柵を過ぎて、その先に続く緑のトンネルを1分ほど進んでいくと分岐があります。 角には道標「A2」が立っていて、右手の道は「いっしんどう広場・鎌倉天園」、 正面の道は「ふじづか休憩所・氷取沢方面」、今来た道は「港南台方面」となっています。 「横浜自然観察の森・鎌倉方面」の看板も立っていて、右手の道を指していました。 脇には「円海山周辺市民の森案内図」があって、 この周囲にある横浜市民の森などが図示されていました。 正面の道はいっしんどう広場を掠めて円海山方面へ続いていますが、右手の道を進んでいきます。
いっしんどう広場
車止めを過ぎて短い横木の階段をひと登りするといっしんどう広場に着きます。 尾根道入口から28分ほど、稲荷森バス停から55分ほどで到着しました。 テーブルやベンチがいくつも設置された広い場所で、 尾根道入口で見かけたのと同様の「円海山周辺の市民の森案内図」もあります。 バス停から1時間近く歩いてきたので、ベンチに腰掛けて、 森に関する解説板などを眺めたりしながらひと休みしていきました。
【森】 森と人間とのつながり
雑木林 雑木林は、昔から薪・炭や肥料を提供する林として人々の生活を支えてきました。 逆に落葉かきや下草刈りや伐採など人が手を入れると陽の当たる地面には多くの植物がはえ、 昆虫をはじめ様々な生き物が集まる豊かな林になりました。
針葉樹林 スギ・ヒノキは、家や道具の材料として盛んに植林されてきました。 円海山にも多くのスギ林やヒノキ林が残っていますが、最近は林業にかかわる人が減って 放置される林が増えています。
常緑広葉樹林 今、円海山には落葉樹や常緑樹などいろいろな種類の木が生えています。 しかし人が手を入れないでいると、いづれは森全体が常緑広葉樹の林に変わっていきます。
森は古くから人間の生活に密接にかかわってきました
「枝を切っては又育つのを待って切る」を繰り返す。 半永久的なエネルギー資源となります。
昔は炭焼き小屋がどこにもありました。 炭は最近では水の浄化にも使われています。
落葉 腐ると自然に良い土になり、家畜の糞とあわせて田畑の肥料をつくったりします。
森林浴をしてみよう
スギやヒノキの林を歩くと良い香りがします。 これは「フィトンチッド」とよばれる殺菌作用のある成分のためで、体にもよいとされています。 思いきり息を吸い込み、森林浴してみましょう。
森と水と土
日本の森林面積は約263,000ku、平均1cmの水がしみこんでいるとしても約25億トンもの水が その土にたくわえられているのです。 30%は蒸発して又雲をつくり、70%は森の柔らかい土に吸収され地下に浸透して、 時間をかけて流れ出ます。
 (横浜市)
自然を大切にしよう
・歩行中の喫煙等火災の原因になるようなことは御遠慮下さい。
・小鳥や昆虫等の小動物を大切にしましょう。
・付近の畑に入ったり、樹木を傷つけたりしないで下さい。
・ゴミは持ち帰りましょう。(ゴミは自然の土にかえりません)
・犬はきちんとつないで散歩させて下さい。フンは飼主が始末しましょう。
・風紀を乱したり、他人の迷惑になるようなことはやめましょう。
・バイクなどでは、乗り入れないで下さい。
 (横浜市)
以前には広場の先に東屋「いっしんどう」が建っていましたが、 老朽化のため2008年頃に撤去され、今では基礎の上に新たなベンチがあるだけになっています。 東屋跡からは、手前の樹木が少し邪魔しているものの、梢越しに街並みや山並みを見渡せます。 条件が良いと富士山も望め、「関東の富士見百景」にも選定されていますが、 雲が出ていて見えませんでした。
いっしんどう広場からは道が三方に分かれています。 広場の中ほどには大きな道標「A2」が立っていて、正面の道は「金沢市民の森・鎌倉天園」、 右手の道は「中尾根休憩所・池の下広場」、左手の道は「ふじづか休憩所・氷取沢方面」、 今来た道は「港南台方面」となっています。 今回は鎌倉天園へ向かって、正面の尾根道を進んでいきます。
山を愛して、生きているものに親しみをもつ
行き交うひとの親しみも 小鳥のかん高いさえずりも 落ち葉を踏んだかん触も みどりのかぜの心地よさも… 「市民の森」のおくりもの。ありがとう。
関東の富士見百景選定されました
富士山の見えるまちづくり
「関東の富士見百景」は、富士山への良好な眺望を得られる地点を選定し、 周辺の景観の保全や活用への支援を通じて、美しい地域づくりの推進を目的に、国土交通省が実施したものです。
このサインは、横浜開港150周年を記念して設置しました。
 (栄さとやまもりの会、栄区役所)
円海山風致地区
円海山風致地区は、円海山・北鎌倉近郊緑地保全区域を中心とし、 栄・金沢・磯子区の3区に広がる地域です。 市内で最も豊富な自然が残されており、横浜市の緑の七大拠点のひとつです。 峯・氷取沢・釜利谷・瀬上そして金沢の五つの市民の森をはじめ、 金沢自然公園や自然観察センターなどがあり、多くの市民に親しまれています。 又、周辺の住宅地も、この自然景観と調和をはかるため、緑を多く取り入れて、 良好な住環境を形成しています。 この地区においては、建築物・工作物の新築・増改築・色彩変更または土地形質変更、 木竹・土石類の採取等を行なう場合は、事前に横浜市長の許可が必要です。
 (横浜市緑政局緑政課)
氷取沢分岐
東屋跡の先に続く広くてしっかりとした尾根道を降っていきます。 2分ほど進んで緩やかになってくると、右手の谷筋へ降りていく道が分かれています。 脇には道標「A3」が立っていて、右手の道は「大丸広場・瀬上池」、 正面の道は「金沢市民の森・鎌倉天園」、今来た道は「いっしんどう広場・港南台方面」となっています。 その道を見送った先の小広くなった所に分岐があります。 ここにも「円海山周辺の市民の森案内図」があります。 中ほどに大きな道標「A4」が立っていて、左手の道は「おおやと広場・氷取沢市民の森」、 正面の道は「金沢市民の森・鎌倉天園」、今来た道は「いっしんどう広場・港南台方面」となっています。 この尾根道の西側は瀬上市民の森、東側は氷取沢市民の森になります。 傍には「ガールスカウトの森」という区画があって、横浜南地区のガールスカウトが世話をしているようです。 ここは正面に続く広い尾根道を進んでいきます。
セミの一生を知っていますか?
アブラゼミの一生
・成虫が枯れ枝に卵を産みつける。
・ふ化した幼虫は地面にもぐり、木の根の汁を吸って大きくなる。
・6年後に地面からはい出てくる。
・木に登り羽化して成虫になる。
・成虫になってから、たった2週間しか生きられません。
ニイニイゼミチィーーー6月下旬〜9月上旬
ヒグラシカナカナカナ7月上旬〜9月下旬
アブラゼミジィージィー7月中旬〜9月下旬
ミンミンゼミミーンミンミンミー7月下旬〜10月上旬
ツクツクボウシオーシーツクツク7月中旬〜10月下旬
ガールスカウトの森
活動内容 ・団の木を観察
・草を刈って森の手入れ
・植物、名札つけ
お願い 森に、ゴミを捨てたり植物を傷つけたりしないで下さい。
森でできること ・巣、は遊び(葉っぱのクラッカー)などが出来ます。 ・クラフトも出来ます。
私達ガールスカウトは世界の人々や地球を大切にしています。 優しい心を持ちます!
程なくして細い山道が右手に分かれていきますが、「山への立入禁止」の標識が立っています。 脇には「円海山近郊緑地特別保存地区」の看板が倒れていました。 その道を見送って、少し窪んだ尾根に続く間隔の広い横木の階段を緩やかに登っていきます。 いっしんどう広場から鎌倉天園へと続くこの尾根道は、 武蔵(むさし)と相模(さがみ)の国境(くにざかい)になっていて、 その昔には「たたら師」が通った「鉄の道」でもあったようです。
武蔵と相模の国境 鉄の道
この尾根道はその昔、武蔵の国と相模の国の国境の一部で、 「たたら師」(昔、鉄をつくっていた職人たち)が通った道でもありました。
たたら 昔の人は「たたら」という製法をつかい、木炭を混ぜた砂鉄を粘土でできた炉で熱して溶かし、鉄をつくっていました。 円海山のまわりでも古い「たたら」の遺跡がいくつか発見されています。
道ばたの
石仏たち
ハイキングコースを歩いていると石仏たちがあります。 昔の人たちはどんな思いでこの道を歩いていったのでしょう?
道祖神 峠・村境・道ばたで悪疫の侵入を防ぎ、旅人を安全に導く神として古くから信仰されてきました。
馬頭観音 昔は馬は農作業や運送などに欠かせないものでした。 人々は死んだ馬の供養塔を建て馬の安全と成長を祈りました。
庚申塔 中国から伝わった「庚申信仰」は、江戸時代にその地の風習と結びついて広まりました。 信仰の対象として各地に塔が建てられました。
少し降り坂になってくると、角の取れた丸い石が敷かれた道になってきます。 そこを過ぎて岩畳の道を緩やかに降っていくと、 「かながわの美林50選 円海山周辺の森」の標柱が立っています。 そのすぐ先の所に分岐があります。 脇に立つ道標「A5」によると、右手の道は「漆窪休憩所・瀬上池」、 正面の道は「金沢市民の森・鎌倉天園」、今来た道は「いっしんどう広場・港南台方面」となっています。 正面の尾根道を更に進んでいくと、氷取沢分岐から7分ほどの所から左手に小径が分かれていきます。 以前には車止めの柵のようなものがありましたが、近年になって撤去されました。 左手の小径を見送って、正面に続く尾根道を進んでいきます。
左手へ分かれていく小径を登って右手へと折れ曲がっていくと、 尾根道から1分もしない所に送電線の鉄塔「中野町線No.22」が立っていて、 道はそこで行き止まりになっています。
犬を連れている方へ
犬を放すことは条例等で禁止されています。
◎犬を散歩・運動させるときは放さないでください。
◎フンや抜け毛は持ち帰って下さい。
ルールとマナーを守ってネ!
 (横浜市)
この辺りから横浜自然観察の森にかけて、自然に関する解説板が点々と設置されるようになります。 すぐの所にあるベンチを過ぎていくと、馬の背のようになった尾根にボードウォークが設置されています。 以前にはなかったのですが、尾根が崩れてきたのか、両側に手摺も設置されて安全に歩けるように工事されたようです。 ボードウォークを過ぎていくと右手に小径が分かれていきますが、見送っていきます。。
右手の小径を3分ほど進んだ所には送電線の鉄塔「中野町線No.23」が立っていて、 道はそこで行き止まりになっています。
この木は何の木?
ハリギリ(別名センノキ) 高さ20〜25m/花7〜8月頃
若布は食べられる。うす黄色の花を咲かせる。 良質な幹は家具の材料になる。若い枝には棘がある。
馬頭の丘休憩所分岐
再び現れるボードウォークを過ぎていくと、こんもりとした高みの手前で道が二手に分かれています。 脇には道標「A6」の立っていて、右手の道は「馬頭の丘休憩所・馬の背休憩所」、 正面の道は「金沢市民の森・鎌倉天園」、今来た道は「港南台方面・いっしんどう広場」となっています。 左手の道を30秒ほど進んでいくと再び「馬頭の丘休憩所・馬の背休憩所」への道が右手に分かれていきます。 案内図によるとこの辺りに道標「A7」があるようなのですが、 これまでに何度となく歩いていますが見かけたことはありません。 右手の道を見送って広くて緩やかな尾根道を進んでいくと、板根を張り出したエノキの大木があります。
よく見てみよう!エノキの板根
エノキ 高さ25m位になる落葉高木。 昔は「一里塚」に植えられた。ミカン色の実は食べることができる。小鳥もよく食べる。
板根 樹木の根が板状になって地上に出ているもの。 南方系の木の根っこによく見られる形状で円海山ではめずらしい。
121m峰
エノキを過ぎていくと、右手の樹木が低くなって眺めが広がるマウンドがあります。 条件が良いと、街並みの向こうに富士山や丹沢の稜線が見えるのですが、この時は雲が出ていて見えませんでした。 「山への立入禁止」の標識を過ぎた先から、左側の高みへ踏み跡が続いていました。 まだ歩いたことのない道だったので試しに登ってみると、 高みには丸まった石で囲まれた測量点のようなものがありました。 御影石のような滑らかな石で出来ていて、側面には「横浜市」「公共」などと刻まれていました。 周囲は樹木に囲まれていて展望は得られませんでしたが、地形図に載っている121m峰のようでした。
元の尾根道まで引き返してその先へ進んでいきます。 広くて緩やかな尾根道を1分半ほど進んでいくと小さな切通のような所があります。 そこを過ぎた所から、左手に道が分かれていきます。 尾根道に比べると狭いものの、かなりの幅があるしっかりとした道です。 逆向きに歩いてくると道を間違えやすいのか、 角には「立入禁止 こちらは散策路ではありません」の看板が立っています。 ハイキングコースは正面の尾根道を進んでいきます。
左手の道
看板の支柱には電力会社の巡視路の標識が取り付けられていて、 正面の道は「No.20」、左手の道は「No.21」、今来た道は「No.22」となっています。 左手の広くて緩やかな道を進んでいって少し降るようになると、 尾根道から3分ほどで送電線の鉄塔「中野町線No.21」が立っています。 周囲の樹木が低くなっていて、ふじづか休憩所からいっしんどう広場へと続く尾根を見渡すことができます。 その途中にあるNHK円海山FM放送所の電波塔もよく見えます。 はっきりとした道は鉄塔の所で終わっていますが、細い道が更に谷筋へと続いているようです。
金沢自然公園分岐
道端に設置されたベンチとタイワンリスの解説版を過ぎていくと、先ほどの21番鉄塔への分岐から2分ほど、 いっしんどう広場から25分ほどで、道標「A9」の立つ分岐があります。 脇にはこれまでにも見かけた大きな「円海山周辺の市民の森案内図」があります。 道標によると、右手の道は「鎌倉天園・横浜自然観察の森」、 正面の道は「金沢自然公園・ひょうたん池」となっています。 正面の道は清戸の広場ひょうたん池金沢自然公園へ続いていますが、 鎌倉天園へ向かって右手の道を進んでいきます。
リスを探してみましょう!
この森には1990年頃からタイワンリスが増えています。 もともと南の国から連れてこられたリスで、動物園で飼われていたものが逃げ出して野生化しました。 競争相手や天敵が少ないことや、鎌倉から横浜の市民の森にかけて広大な緑が残っているために、 その数を増やしているのでしょう。
タイワンリス 大きさ約38cm(尾の長さ 約18cm)
ニホンリスよりやや大型。木の芽・果実などを食べる。 鎌倉の寺などでは、餌付けされて人になれたリスを見ることができる。 「カケェッ!カケェッ!」と大声で鳴き、仲間とコミュニケーションをとります。
U字形に窪んだ道を登って少し降り始めると、明瞭な道が左手へ分かれていきます。 道標類は見かけませんが、手前にあった金沢自然公園への道のショートカットになっています。 以前には僅かな踏み跡でしたが、歩く人が多くなってきたのか、かなり明瞭な道になっていました。 左手の道は見送って、緩やかになった尾根道を進んでいきます。 植林帯の縁を進むようになると、右手へ分かれていく小径があります。 金沢自然公園分岐から4分半ほどの所になります。 庄戸第三南公園へ降りていく道ですが、このまま尾根道を進んでいきます。
苔がびっしりと生えた道端に露出した岩などを眺めながら尾根道を進んでいくと、 金沢自然公園分岐から10分ほどで、道の真ん中に岩が頭を出している所があります。 僅かに降って植林帯を過ぎていくと、左手に工事柵が設置されています。 その脇から細い道が分かれていて、延命水を経てひょうたん池のある谷筋に降りて行かれますが、 「立入禁止」の張り紙が出ています。 以前には通れたのですが、金沢市民の森の閉園・再開園に伴って閉鎖されました。
(左手の道は「相武尾根」を参照)
ひょうたん池への道を見送っていくと、程なくして、幅の広い石段が右手へ分かれて降っていきます。 脇には道標が立っていて、右手の石段は「庄戸住宅・バス停」、 正面の道は「横浜自然観察の森・鎌倉天園」、今来た道は「氷取沢・瀬上市民の森・港南台方面」となっています。 その石段を見送っていくと、大きな「横浜自然観察の森案内図」があって、 「コナラの道」,「ミズキの道」,「タンポポの道」などが紹介されています。 案内図を過ぎて道なりに左へ曲がっていくと、すぐの所から左手に登っていく横木の階段があります。 金沢自然公園分岐から15分ほどの所になります。 登り口には「横浜市最高峰156.8m大丸山」の標識が設置されていて、 山頂の写真の立て看板が取り付けられていました。 脇には道標「A10」が設置されていて、左手の階段は「大丸山・金沢自然公園」、 正面の道は「横浜自然観察の森・鎌倉天園」、今来た道は「瀬上市民の森・港南台方面」となっています。 鎌倉天園へは正面の尾根道を進んでいくのですが、その前に左手の階段から大丸山へ登っていきました。
横浜自然観察の森案内図
・やさしいきもちで森を歩こう
・とってよいのは写真だけ、もって帰ろうおもいでとゴミ
大丸山 (標高156.8m)
幅の広い135段の横木の階段を登り切ると、大丸山の頂上に着きます。 金沢自然公園分岐から18分ほどで到着しました。 草が刈られて綺麗になった山頂にはベンチやテーブルが幾つも設置されていて、休憩するのに良い所です。 ここが横浜市の最高峰で、四等三角点も設置されています。 貧相な標識が設置されていた時期もありましたが、 今ではその代わりとして、京浜急行電鉄が設置した真新しい立派な標柱が立っていて、 「横浜市最高峰 大丸山 156.8m」となっています。 これで何とか最高峰としての面目が立とうというものです。
標柱には「H6」と書かれていて、道標のひとつとしての役目もあるようですが、 この時には文字が分かり難くなっていました。
山頂からはひょうたん池へ降る道があります。 (「大丸山」, 「金沢市民の森」を参照)
大丸山の山頂からは東側が開けていて、 八景島シーパラダイスから追浜駅にかけての海岸線を見下ろすことができます。 野島公園のこんもりとした山も見えていました。 奥にはぼんやりとしていたものの、対岸の房総半島も見えていました。 以前にはここからの眺めを写した写真に場所の名前を書き込んだ看板がありましたが、少し前からなくなっています。
森の憩いの場所を大切にしよう
利用時間は日の出から日没までです。
園路や広場以外には入らないでください。
外れて歩くと生き物の生息環境を脅かすだけではなく、がけなどの危険な場所もあります。
植物などを持ち帰らないようにしましょう。
勝手に生き物を放したり、植えたりしないでください。
ゴミは持ち帰りましょう。
焚き火などの火の使用はやめましょう。
「市民の森」は山林所有者のご好意により、森の中を散策できるよう公開されています。 大切に利用しましょう。
大丸山から尾根道まで引き返してきて、よく踏まれた道を進んでいきます。 オリエンテーリングのポスト「H」を過ぎていくと、尾根道に降りてから3分ほどの所の右手に木柵があります。 柵の先には踏み跡が続いていますが「立入禁止」になっています。 左手には金属網の階段があって、その上には送電線の鉄塔「中野町線No.13」が立っています。 大丸山の山頂から続く階段の手前から分かれる小径に入っていくと、ここに降りて来られます。
ここは「カシの森特別保護区」です。 人をおそれる生きものを守るため、立ち入りを制限しています。 ご協力ください。
立ち入り禁止
ここは「カシの森特別保護区」です。 人をおそれるいきものを守るための保護区です。 立ち入らないでください。
 (横浜自然観察の森)
?この木はずいぶん大きいですね。直径は何センチくらいあるでしょうか?
おとながひとかかえするほどありますから、周囲はだいたい150センチ。 直径は円周÷円周率(約3.14)ですから、およそ50センチとなりますね。 この木はタブノキといって、年中葉をつけている常緑樹です。 大むかし、人の手が入らないところには、 このあたりの丘はタブノキやシイノキの常緑の森でおおわれていました。 この木はそのなごりです。
横浜自然観察の森分岐
カシの森特別保護区の入口を過ぎて尾根道を1分半ほど進んでいくと分岐があります。 手前には先ほど見かけたのと同様の大きな「横浜自然観察の森案内図」があります。 道標「A11」もあって、右手の道は「横浜自然観察の森・上郷森の里」、 左手の道は「関谷奥見晴台・鎌倉天園」、今来た道は「氷取沢・瀬上市民の森・港南台方面」となっています。 また古びた道標も立っていて、右手の道は「自然観察センター・上郷森の家」、 左手の道は「鎌倉天園」、今来た道は「円海山・港南台方面」となっています。 右手の車止めの先に続く道は横浜自然観察の森へ続いていますが、今回は左手の道を進んでいきます。
ネイチャートレイル
横浜自然観察の森には生きものたちに出会える4つの道(トレイル)があります。
ミズキの道 … 湿地・川・林・池など変化のあるコース(1時間半・約1.6km)
コナラの道 … 雑木林の尾根をいく、ながめのよいコース(1時間・約1.7km)
タンポポの道 … いくつかの草地と雑木林、炭焼きがまを回るコース(45分・約0.8km)
ウグイスの道 … 短時間で湿地・林・池・草地などを回るコース(30分・約0.7km)
※時間は「観察をしながら」の参考時間になります。
 (横浜市環境創造局)
広くて緩やかな尾根道を1分ほど進んでいくと、左手に登っていく横木の階段があります。 手前にはこれまでに見かけたのと同様の「円海山周辺マップ」が設置されています。 以前には「金沢市民の森」と題した図がありましたが、 再開園にあたって新たな森の図ではなくて、この周辺一帯の共通的な図になってしまいました。 このまま正面の広い尾根道を進んでいくと市境広場へ続いていますが、 この左手のすぐ上にある関谷奥見晴台へ登っていきます。
観察の森のたのしみかた
観察センターにいきましょう!
(9:00〜16:30・月曜日休館・月曜が祝日の場合は翌日休み)
ガイドマップをもらって、園内をあるきましょう!
・ミズキの道(1時間半):湿地・川・林・草地・池など変化のある道
・コナラの道(1時間):尾根の林を歩く、ながめのよい道
・タンポポの道(45分):はらっぱと雑木林、炭焼がまをめぐる道
・ウグイスの道(30分):短い時間でいろんな自然を回るオトクな道
☆すべて自然観察センターがスタート(0番)になっています。
自然観察センターの展示で、今の季節のみどころをチェックしましょう!
観察マップやけものとらのまきなど、観察のヒントが書いてある用紙をもらおう!
双眼鏡、ルーペなどの観察道具をかしだしています。
クイズラリーから講座まで、いろいろな行事をおこなっています。
(くわしい日程は自然観察センターへお問い合わせください)
自然をまもるボランティア活動もおこなえます。
(くわしくは自然観察センターのレンジャーまで)
 (横浜自然観察の森)
関谷奥見晴台
横木の階段を登っていくと、すぐに小広くなった関谷奥見晴台に着きます。 大丸山から11分ほどで到着しました。 「見晴台」とは言っても塔のようなものがある訳ではなく、単なる広場です。 近年になって整備が進み、綺麗なベンチが幾つも設置されています。 東側が開けていて、横浜方面を遠望することが出来ますが、 手前に森が広がっていて、大丸山に比べて街並みが遠く感じるのが少し残念ではあります。
以前にはここからひょうたん池へ降っていく道がありましたが、 金沢市民の森の閉園・再開園に伴って閉鎖され、この時には入口もはっきりしなくなっていました。
関谷奥見晴台からは道が二手に分かれています。 中ほどには道標「H7」が立っていて、右前方の道は「鎌倉天園」、 左前方の道は「金沢自然公園・金沢文庫」、今来た道は「瀬上市民の森・港南台方面」となっています。 「保護区・通行止め」の板が以前のひょうたん池へ降っていく道を指していますが、 今では通れなくなっています。 左前方の道は六国峠ハイキングコースを通って金沢自然公園方面へ続いていますが、 鎌倉天園へ向かって右前方の道を降っていきます。
広い道を1分ほど降っていくと、尾根道から分かれてきた六国峠ハイキングコースに降り立ちます。 その右手の先に、関谷奥見晴台の手前の階段を見送ってきた尾根道が通っています。 出た所には道標「G16」が立っていて、左手の道は「鎌倉天園」、 右手の道は「瀬上市民の森・港南台方面」、今来た道は「金沢自然公園・金沢文庫」となっています。 また「金沢自然公園」と書かれた標柱も立っていて、今来た道を指しています。 ここは鎌倉天園へ向かって、尾根道を左手へと進んでいきます。
広くて緩やかな尾根道を進んでいきます。 ぬかるんだ所には板が敷かれていて歩きやすくなっています。 この辺りは横浜自然観察の森の散策コース「コナラの道」にもなっていて、 番号を振った標識が点々と設置されています。 道端に「(1)」,「(2)」,「(3)」の小札が取り付けられた木があって、傍に解説板がありました。 そこを過ぎていくと道幅が少し広がってきて、踏み跡が二筋になっている所があります。 脇にはこれまでに見かけたのと同様の大きな「横浜自然観察の森案内図」があります。
(1)(2)(3)の木のはだにさわって手ざわりをくらべてみましょう。
木は種類によってちがった花や葉や実をもっています。 それと同じように木のはだもちがっています。 あなたがさわった木は(1)ヤマザクラ(2)カラスザンショウ(3)ミズキです。 いろいろなものにさわって、かんじをたしかめてみましょう。
案内図の先へ進んでいくと、右手の樹木が低くなって、景色を見渡せる所がありました。 尾根道に出た所から4分ほどの所になります。 条件が良いと、横浜霊園や山並みの奥には富士山も見えるのですが、この時には生憎と見えませんでした。
?自然の中でゴミになるのはどんなものでしょうか?おちばはゴミですか?
おちばはやがて土にかえりますが、あきカンやビニールはいつまでもくさりません。 残飯は野犬やいたずらカラスをふやしてしまいます。 もともと自然の中ではやくにたたず、自然のバランスをこわしてゆきます。 これがゴミの正体です。 自然をまもるためには、けっしてゴミを残してはいけません。
更に1分ほど進んでいくと、右手に小径が分かれています。 その角には「コナラの林」の看板が立っていました。 そこを過ぎていくと、左手へ少し曲がって降り始める手前から、左手の高みへと踏み跡が分かれていきます。 関谷奥見晴台から10分ほどの所になります。 脇には境界杭もありますが、あまり目立たないので、うっかりしていると通り過ぎてしまいます。 このまま尾根道を進んでいくと、1分もしない所に横浜自然観察の森への分岐がありますが、 今回はここから左手へ続く踏み跡を登っていきます。
コナラの林
ここでは雑木林をそだてるため、市民ボランティアで林の手入れをしています。
おねがい
・ロープの中に入らないでください。
・草木を無断できずつけたり、もちかえったりしないでください。
 (横浜自然観察の森、雑木林ファンクラブ)
みず木山 (標高148.1m)
桜でしょうか、大きな樹木が並んで生えている尾根を登っていきます。 道は広めでしっかりとして夏草も生い茂っていないので、歩きやすくなっていました。 そんな尾根を1分半ほど登っていくと、四等三角点のある高みに着きます。 名前を示す標識は見当たりませんでしたが、手元の地図によるとみず木山というようで、 地形図に載っている148.1m峰になるようです。 以前に来た時には草木が切り払われて綺麗になっていました。 切り倒された樹木の大きな切り株が沢山残っていて、 ベンチ代わりに腰を掛けるのに丁度具合が良くなっていましたが、 訪れる人があまりいないのか、この時には夏草が生い茂って雑然としていました。 東側が開けていて、野島から八景島にかけての展望が広がっていましたが、 この時には大丸山からと同様に、対岸の房総半島の海岸線は霞んでいました。
眺めを確認したら、その先へと降っていきます。 坂を降っていくと緩やかな道になってきます。 その先で再び傾斜が少し増してきた坂を降っていくと、高みから2分ほどで尾根道に降り立ちます。 脇の樹木には「大切な自然を火災から守ろう」と書かれた緑色の看板が立て掛けられています。 ここを右折して尾根道を進んでいきます。
この地点と先ほどのみず木山への登り口との間に、横浜自然観察の森への分岐があります。
市境広場
緩やかな尾根道を数10m進んでいくと市境広場に着きます。 関谷奥見晴台から20分ほどで到着しました。 広場にはテーブルやベンチが設置されていて、ひと休みしていくのに良い所です。 手前の樹木が少し邪魔をしていますが右手が開けていて、山並みなどを見渡すことができます。 条件が良いと富士山も望めるのですが、この時は生憎と見えませんでした。 ここにもこれまでに見かけたのと同様の大きな「円海山周辺の市民の森案内図」があります。 ここから道が二手に分かれています。 以前には角に道標が立っていて、左手に分かれていく道は「釜利谷町住宅」、 正面の道は「鎌倉・天園」となっていましたが、この時には見かけませんでした。 左手に分かれていく道は横浜横須賀道路をくぐって釜利谷西六丁目へ降りていけますが、 今回は、正面に続く尾根道を鎌倉天園へと向かっていきます。
(左手の道は「相武尾根」, 「朝比奈切通」を参照)
シダ類の生い茂る坂道を降り、笹竹の生い茂る所を過ぎていきます。 切通を過ぎていくと、右手には県道23号(環状4号)を見下ろすことができる所があります。 その先にある切通を過ぎていくと、 右手に分かれていく小径の先に送電線の鉄塔「東京南線1・2号線No.57」があります。 鉄塔の手前から分かれていく細い道もあって、横浜霊園の上に出られます。 礼拝堂と思われる茶色い屋根の建物も見えていて、霊園に降りていける階段も設置されています。 尾根道まで引き返してその先へと進んでいくと、すぐに切通があります。 何か意味でもあるのか、道の真ん中には大きな岩があったりもします。
鎌倉霊園分岐
右手の樹間から横浜霊園を垣間見ながら尾根道を進んでいきます。 小さな切通のような所を過ぎていきます。 少しU字形に窪んだ登り坂になってくると、左手のマウンドを越えていく小径(*1)が分かれていきます。 鎌倉霊園へ降りて行かれる道になります。 その道を見送って3分ちょっと進んでいくと、 浅くU字形に窪んだ所を過ぎた所から左手に戻るようにして道(*2)が分かれていきます。 市境広場から14分ほどの所になります。 脇に生えている樹木に括り付けられた標識によると、左手の道は「鎌倉霊園に至る」となっています。 この左手の道も鎌倉霊園に降りて行かれますが、鎌倉天園を目指して正面の尾根道を進んでいきます。
(左手の道*1は「鎌倉アルプス」、 左手の道*2は「鎌倉アルプス」, 「鎌倉アルプス」を参照)
緩やかな尾根道を2分半ほど進んでいくと、 道の脇に「みどりの協定区域」と題した看板が立っています。 近年に設置された5本の鉄塔の周囲は植樹地「みどりの協定区域」となっています。 そのすぐ先がちょっとした岩場になっています。 冬枯れの季節には送電線が続く尾根の奥の方に逗子方面の海も見えるのですが、 夏草が生い茂る季節では眺めも隠れ気味になっていました。
みどりの協定区域
この地区は、みどりを守り育てる区域です。 みんなでみどりを大切にしましょう。
協定締結日:平成5年5月31日  指定区域面積:16,332.23u
 (東京電力株式会社、神奈川県知事)
岩場を過ぎたすぐ先に、送電線の鉄塔「中野町線No.5」が立っています。 尾根道はその鉄塔を右手から巻くようにして続いています。 右手に金網柵が現れると、横浜霊園がすぐ下に広がるようになります。 墓地の向こうには横浜市環境事業局の清掃工場がありますが、以前にあった高い煙突はなくなっています。 道なりに左手へ曲がっていくと岩盤が現れます。 道が二手に分かれているように見えますが、すぐに合流します。 ちょっとした岩場になっていますが、ほんの短い坂なので、難なく登っていけます。 岩盤の坂を登り切ると、道が左右に分かれています。 左手の道もしっかりしている様子ですが、鎌倉天園へ至る尾根道は右手になります。
茶屋分岐
緩やかになった尾根道を1分ほど進んでいくと分岐があります。 看板などが沢山設置されていた時期もありましたが、少し前からすべて取り払われてスッキリとしています。 一時期は道標もなくなっていましたが、今ではしっかりとした道標が設置されています。 その道標によると、正面の道は「建長寺1時間」、 左手の道は「瑞泉寺約30分・鎌倉宮約30分」、今来た道は「金沢八景2時間」となっています。 また「見晴台(天園150mぐらい先)」の板もあって、左手の道を指しています。 正面の坂道を登っていくと、天園峠の茶屋の裏手に出ます。 左手の道は天園の高みを巻いていく道になります。 天園休憩所へは正面の道からも行かれますが、今回は左手の巻き道を進んでいきました。
(「見晴台」とは天園休憩所の裏手にある岩場を指しているようです)
鎌倉六国峠 天園休憩所
明治の頃よりこの地に居住し、いちょうやもみじ、梅、つつじなどを植えて天園と称しました。 風の音、夜空の星、虫の音、鳥のさえずり、雨の音、草木の成長などなど、 四季折々の自然の美しさの中で暮らせます幸せを日々感謝しながら現在に至っております。 検査に合格した、おいしい井戸水を大切にしながら、 採れたてのものを採れたところで、その素材の持つ良さが活きるメニュー造りに心がけております。 左記の催事にもお気軽にご参加下さい。むりょうごしょうたい。
六月:すいとんを楽しむ会、 十二月:しもつかれを楽しむ会
見晴台(天園150mぐらい先)
誰もが自由に座って休みお弁当を広げたり出きる天園一の見晴台です。 眼下に鎌倉の町並み、海、前方に箱根の山々、富士山、伊豆方面が眺められ、 大変に趣きのある風景です。 (天園ハイキングコースに合流)
天園休憩所
高みを巻くようにして続く緩やかな道を進んでいきます。 円筒形の土管のある所から左手の谷筋へ分かれていく道がありますが、吉沢川の源流に降りて行く道になります。 その道を見送って先へ進んでいくと、立派な竹林になってきます。 茶屋分岐から2分半ほど進んでいくと、正面の上に天園休憩所が見えてきます。 道は左手へ少し曲がっていきますが、その手前から右手へ階段が分かれています。 角には道標が立っていて、左手の道は「瑞泉寺」、右手の階段は「建長寺」となっています。 また店のメニュー書きが沢山立てられています。 右手の階段をちょっと登っていくと、すぐに天園休憩所に着きます。 市境広場から28分ほどで到着しました。 お昼を少し過ぎた時刻になったので、竹の子入りのおでんなどを食べながら休憩していきました。
(吉沢川への道は「吉沢川」、 「吉沢川」を参照)
鎌倉六国峠 天園休憩所
天園休憩所をご利用下さいまして誠にありがとうございます。 検査に合格している井戸水を井戸水を大切にしながら年中無休で営んでいます。 採れたてのものを採れたそのところで素材の持つ良さがより活きるメニュー造りに心掛けております。
左記のことにつきましてはお断り申し上げます。
 ・アルコール類のお持ち込み
 ・コンロを用いましての火のご使用
また、当所でお買い上げ以外のごみはお願いです!! お持ち帰り下さいます様に。
ネコにはエサを与えないで下さい。 朝夕二回、時間を決めて当所で与えております。
X字路
お腹も満ちたところで、鎌倉天園から下山していきます。 天園休憩所から階段をひと登りして尾根に出た所に、展望地になった岩場があります。 茶屋分岐にあった道標では「見晴台」となっていた所です。 眼下には鎌倉の山々や街並みが広がり、その向こうに広がる相模湾の奥には 箱根の山々や伊豆半島などが横たわり、富士山も見える所なのですが、 この時には霞んでいて眺めは期待できそうになかったので、訪ねるのは省略ました。 巻き道に降りてその先へ進んでいくと、岩場から降ってきた道と交わるX字路になった分岐があります。 角に立つ道標によると、左正面の道は「瑞泉寺」、右手の道は「獅子舞経由鎌倉宮」となっています。 正面の高みへ登って行く細い道もあって、24番鉄塔を経て二階堂川の源流域の谷筋へ降りて行かれますが、 道標には何も示されてはいません。 以前には他の道標もありましたが、この時には見かけませんでした。 左正面の尾根道は天台山や貝吹地蔵を経て瑞泉寺方面へ続く天園ハイキングコースですが、 今回は右手の坂道から獅子舞地区へ降っていきます。
獅子舞ヶ谷
No.6 ハイキングコース内での喫煙はやめましょう」の 標柱の脇から続く坂道を降っていきます。 右手へ曲がる角から細い道が分かれていきますが、 先ほどのX字路の正面に続く細い道と合流して、二階堂川へと降っていく道になります。 今回は道なりに右へ曲がり、その先へと降っていきます。 右・左と何度か曲りながら坂道を降っていくと、イチョウの大木が林立する谷筋に降りていきます。 秋になると黄葉が綺麗な所ですが、実が落ちて独特の臭いが充満する所でもあります。 この辺りの谷は獅子舞ヶ谷というようです。 細い踏み跡が何度か右手へ分かれていきますが、いずれも少し先で合流するので、 それらは見送って道なりに真っ直ぐ降っていきます。
右手から降ってくる横木の階段を合わせてその先へ降っていくと、小さな沢を渡っていきます。 この辺りが二階堂川の源流域になるようです。 崖沿いに進んだ先で再び沢を渡っていくと、両側が切り立った岩壁になってきます。 そこを過ぎた先で短い木橋を渡っていくと、右手に戻るようにして道が分かれていきます。 脇には「歴史的風土保存用地」の看板が立っています。 道標類はありませんが、右手の道は、大平山から建長寺方面に至る天園ハイキングコースの途中へと続いています。 ここは獅子舞地区へ向かって正面に続く道を進んでいきます。
右手の道はすぐ先で二手に分かれています。 手元の地形図にある破線の道は尾根筋に続いているので、 その尾根の北東側の谷に続く道と、谷の北東側の尾根に続く道になるようです。
(左手の道は「鎌倉アルプス」を参照)
歴史的風土保存用地
この土地は「古都における歴史的風土の保存に冠する特別措置法」に基づき歴史的風土を長く保存するため、 平成5年3月、神奈川県が買い上げたところです。 この土地を大切に保存していきましょう。
 (横須賀三浦地区行政センター環境部)
短い木橋を三つ渡っていくと、谷筋が広がってきます。 長めの木橋を渡って崖沿いに進んでいくと、岩盤が剥き出した道になってきます。 沢は右端に沿って流れ降っています。 小さな段差になった所は小滝のような雰囲気がしたりもします。 雨が降った後などでは岩盤の上にも水が流れて滑りやすくなるので、注意しながら降っていきます。 切通のような所まで来ると、コンクリート製の短い橋を渡っていきます。 下には円い土管が二つ通っています。 そこにも「歴史的風土保存用地」の看板が設置されています。 橋を渡っていくと、これまでの小さな沢から急に川らしい雰囲気になってきます。
この先、自転車・バイク乗り入れはご遠慮下さい。
 (鎌倉警察署、鎌倉市)
東電送電所
高い崖沿いに進んでいくと、丸い石が積まれた石垣が現われます。 老人農園を左手から回り込むように進んでいくと東電送電所があり、 その脇に送電線の鉄塔「北鎌倉線No.19」が立っています。 天園休憩所から21分ほどで降りて来られました。 この先にある亀ヶ渕橋の際に設置されている「砂防指定地」の看板によると、 橋の上流にあるこの地区は「獅子舞」という名前のようです。 民芸の獅子舞と何か関連があるのでしょうか。
砂防指定地 二階堂川
この土地の区域内において宅地造成・家屋の新築・土採取等の行為をする場合は、 神奈川県知事の許可が必要ですから藤沢土木事務所に御相談下さい。
 (神奈川県)
杉ノ川橋
東電送電所を過ぎて、民家が点在するようになった二階堂川沿いの舗装路を進んでいきます。 左手の山際に立つ集合住宅を過ぎていくと、カーブミラーの立つT字路があります。 そのまま真っ直ぐに進んでもいいのですが、今回は右手の路地に入って住宅地を歩いていきました。 突き当たりを道なりに左折し、その先の突き当たりを再び左折していくとT字路に出ます。 そこを右折していくと、二階堂川の支流の杉ノ川に架かる杉ノ川橋があります。 橋の手前から右手に道が分かれていきます。 かなり奥まで続いていて、周囲は住宅地になっています。 その奥からは建長寺方面へ続く尾根の天園ハイキングコースにも登っていかれますが、 今回は正面に架かる杉ノ川橋を渡っていきました。
杉ノ川橋から分かれて尾根へ登っていく道は「鎌倉アルプス」を参照)
永福寺跡
杉ノ川橋を渡っていくと、住宅地の緑苑台へ続く広い道が右手へ分かれていきます。 その道は見送って二階堂川沿いに進んでいくと亀ヶ渕橋が架かっています。 二階堂川沿いに続く道路を進んでいくと、右手の永福寺跡に入って行かれるようになっていました。 以前に来た時には工事中でしたが、この時には工事が一部終わって、公開されているようでした。 短い石段を登っていくと、広い敷地に散策路が出来ていました。 礎石の展示場もあって、丸まった大きな礎石が沢山並んでいました。 「復元想像CG」や「基壇平面図」も掲示されていました。 永福寺跡から出てすぐ先の通玄橋橋の架かるT字路を右折していくと、 「永福寺舊蹟」の石碑があります。
国指定史跡 永福寺跡
永福寺は源頼朝が建立した寺院で、源義経や藤原泰衡をはじめ奥州合戦の戦没者の慰霊のため、 荘厳なさまに感激した平泉の二階大堂大長寿院を模して建久3年(1192)に、工事に着手しました。 鎌倉市では、史跡の整備に向けて昭和56年(1981)から発掘調査を行い、 中心部の堂と大きな池を廃した庭園の跡を確認しました。 堂は二階堂を中心に左右対称で、北側に薬師堂、南側に阿弥陀堂の両脇堂が配され、 東を正面にした全長が南北130メートルに及ぶ伽藍で、 前面には南北100メートル以上ある池が造られていました。 鎌倉市では昭和42年(1967)度から土地の買収を行っており、 現在史跡公園として整備事業を進めています。
 (鎌倉市教育委員会)
礎石について
ここに展示してある大きな石は、永福寺の復元で"礎石"に使うものです。 礎石とは、建物の柱等を支える土台石のことです。 昭和58年の発掘調査において発見された礎石は、 歴史書の吾妻鏡に記された三堂(二階堂・薬師堂・阿弥陀堂)の存在を明らかにする、重要な証拠となりました。 実際に発見された礎石は遺跡の中に眠っていますが、平成24年度に行う復元では 大きさ・形質とも発見された礎石と近似したものを使用します。 直径1m以上にもなる土台の大石は、創建当時の永福寺の壮大さを端的に伝えるものです。
 (鎌倉市教育委員会)
お願い
1.敷地内で自転車を乗り回さないでください。
2.雨天の時に園路外の水溜りには入らないでください。
3.礎石(そせき)展示場には立ち入らないでください。
 (鎌倉市教育委員会 文化財課)
永福寺舊蹟
永福寺世ニ二階堂ト称ス今ニ二階堂ナル地名 アルハ是ガタメナリ文治五年頼朝奥州ヨリ凱 旋スルヤ彼ノ地大長寿院ノ二階堂ニ擬シテ之 ヲ建立ス輪奐荘厳洵ニ無双ノ大伽藍タリキト 云ふ亨徳年間関東官領ノ没落セル頃ヨリ後全 ク頽廃ス
 (鎌倉町青年會)
鎌倉宮
鎌倉宮カントリーテニスクラブへの道を見送って真っ直ぐに3分ほど進んでいくと、 右手の水路に小さな橋が架かっています。 その橋を渡っていくと鎌倉宮の境内になります。 東電送電所から20分ほどで到着しました。 広い境内の奥の石段を登っていくと、手水舎や拝観受付所の先の鳥居をくぐった先に社殿があります。 本殿は拝殿の奥の方に見えていて、かなりの距離があるようでした。 何だか厳かな雰囲気が漂っていました。 本殿の屋根には5本の鰹木が乗り外削ぎの千木が聳えていました。 拝殿には「獅子頭守(ししがしらまもり)」と呼ばれる赤い大きな獅子頭が置いてあります。 祭神である護良親王が戦いに赴くとき、兜の中に忍ばせて自らの無事を祈ったことが由縁で、 鎌倉宮の創建当初からお守りとされているようです。 社殿の右側には村上彦四郎義光公を祭神とする村上社があります。 この社の屋根にも5本の鰹木が乗り外削ぎの千木が聳えていました。 その前に「撫で身代り」の像がありますが、 撫でていく人が多いようで、欅で出来た像はツルツルになっていました。 願い事を書いた「身代り人形」も沢山奉納されていました。 奥には土牢や神苑などがあるようですが、訪ねるのは省略しました。
鎌倉宮
祭神 護良親王(大塔宮)
創建 明治2年(1869)
御醍醐天皇の皇子である護良親王を祭神とする神社です。 護良親王は、後醍醐天皇の鎌倉幕府討幕の動きに呼応して幕府軍と戦うなど貢献しました。 幕府が滅亡し天皇親政が復活(建武の新政)すると征夷大将軍に任じられましたが、 その後足利尊氏と対立して捕えられ、28歳で非業の最後を遂げました。 社殿の後ろ手に残る土牢が親王最後の地と伝えれています。 10月には境内で薪能が催されます。
 (鎌倉市)
撫で身代り
御自分や大切な方の気になる箇所を心を込めて三度撫でて下さい。 大切な方は身代り布で撫でてお帰りになってその方を撫でて下さい。
撫で身代りの由来
村上義光公は、護良親王の忠臣にして、元弘3年(1333)正月、吉野城落城の折、 最早これまでと覚悟を決めた護良親王は、別れの酒宴をされました。 そこへ村上義光公が16本もの矢を突き立てた凄まじい姿で駆けつけ、 親王の錦の御鎧直垂をお脱ぎいただき、 自分が着用して「われこそは大塔宮護良親王ぞ、汝ら腹を切る時の手本とせよ」と告げて、 腹を一文字に掻き切り、壮絶な最後をとげ、その間に親王は南に向って落ちのびました。 このように身代りとなられた村上義光公を境内の樹齢103年の欅の大木にて彫り上げ、 「撫で身代り」として入魂致しました。
社殿の一段低い手前にある社務所の脇には天然記念物の「小賀玉の木」が生えています。 この鎌倉宮は「大塔(鎌倉宮)の夜雨」として「三浦半島八景」のひとつに数えられています。
天然記念物(鎌倉市指定) 小賀玉の木 一株
小賀玉(招堂) 春葉腋にやや紫を帯びた白色の花で、香をはなつ果実は集まって毬果状をなす。
招霊の実 天宇受賣命、天の岩戸の前で神楽を舞った時、此の枝を持っていたと伝えられ、 鈴様の実を結ぶため、神楽鈴の起源と言われる。
開花 三月末頃、 実 十月中頃
 (鎌倉宮社務所)
かまくらと三浦半島の古木・名木50選 オガタマノキ(モクレン科)
 (かながわトラストみどり財団、三浦半島地区推進協議会)
三浦半島八景 大塔(鎌倉宮)の夜雨
「三浦半島八景」は、神奈川県が三浦半島地区の4市1町と協働して、 この地域の"うるおい","にぎわい"づくりをめざし、 半島をぐるっとまわれるような新たな「八景」をつくるため「三浦半島八景」選定委員会を設置し、 県民の皆様のご意見を参考に平成13年11月に選定したものです。
・大塔(鎌倉宮)の夜雨
・灯台(燈明堂)の帰帆
・大佛の秋月
・長者ヶ崎の夕照
・神武寺の晩鐘
・猿島の晴嵐
・城ヶ島の落雁
・建長寺の暮雪
「八景」の考え方は15世紀に中国から日本に移入されました。 「近江八景」や「金沢八景」が有名ですが、 三浦半島地域でもこれまでにたくさんの「八景」が残されています。 伝統的な「八景」は次の八つの景色を基本形につくられ、 それぞれ次のような情景を表わすのではないかと言われています。
・夜雨:水辺の夜の雨
・帰帆:港に帰る漁船
・秋月:水辺に映える秋の月
・夕照:夕日に照らされた遠くの山
・晩鐘:山寺の晩鐘
・晴嵐:朝もやに煙る松林
・落雁:干潟に降り立つ雁の群れ
・暮雪:夕暮れの雪景色
 (神奈川県横須賀三浦地区県政総合センター)
関取場跡
鎌倉宮の傍に大塔宮バス停があって、鎌倉駅までの便が1時間に4本程度出ていますが、 今回はもう少し先まで歩いていくことにしました。 永福寺跡から歩いてきた道に戻ってその先へ進んでいきます。 広めの道は鎌倉宮の鳥居の方へ曲がっていきますが、 二階堂川の支流沿いに続く路地を直進していきました。 角に立つカーブミラーに道標が取り付けられていて、右へ曲がっていく道は「鎌倉宮50m」「覚園寺750m」、 正面の道は「杉本寺600m」、今来た道は「瑞泉寺850m」となっています。 塀や生垣のある民家が建ち並ぶ小川沿いの道を200mほど真っ直ぐ進んでいくと、カーブミラーの立つ十字路があります。 そのカーブミラーにも道標が取り付けられていて、右手の道は「荏柄天神社150m」、 左手の道は「杉本寺430m」、今来た道は「鎌倉宮200m」となっていますが、 幅が狭まった正面の路地を真っ直ぐ進んでいきます。 雰囲気の良い生垣が続く道を1分ほど進んでいくと、竹林のある民家を過ぎた所にX字路があります。 そこを直進して板塀を過ぎていくと県道204号に出ます。 出口には「関取場跡」の石碑があり、 その横には「関取場跡とは」と題した手書きの案内板も設置されていました。
関取場跡
當所ヲ里俗せきばト称ス往時ハ関取 場ト称セル由天文十七年北條氏関ヲ 此ノ処ニ設ケ関銭ヲ取ッテ荏柄天神 社頭造営ノ料ニ充テシメタル_トス 其ノ掟書ノ文書今ニ蔵セラレテ荏柄 天神社ニ在リ 昭和六年三月建 鎌倉町青年團
関取場跡とは
昔はこの場所を「関取場」と呼んでいました。 1548年、北条氏がこの場所に関所を設けて、ここを通る人から交通税を取って、 そのお金で荏柄天神社の修復費に当てました。 その掟書が、今も荏柄天神社に残っています。 その中に「商人の麻・紙・布などの荷物は三文、お参りの人で馬を利用している場合は十文、 単に行き来をしている僧侶(お坊さん)や庶民、里民からは関銭をとるべからず(関銭をとってはいけない)」と記してあります。
 (清泉小学校62期史跡委員)
岐れ道(わかれみち)バス停
車道に出て右折していくと、コンクリート護岸された水路に架かる関所橋があります。 橋を渡ってその先へ進んでいくと岐れ路交差点があります。 鎌倉宮の鳥居の前から真っ直ぐに続く道が右手から合流している所です。 その道を合わせて県道を進んでいくと、程なくして岐れ道バス停があります。 鎌倉駅まで更に歩いても良いのですが、今回はここで散策を終えることにしました。
鎌倉駅(JR横須賀線)まで、1時間に8本から10本程度の便があります。