六国見山
散策:2012年06月中旬
【低山ハイク】 六国見山
概 要 六国見山は北鎌倉駅から北東へすぐの所にある低い山で、六国見山森林公園として整備されています。 山頂にある展望デッキからは鎌倉の街や海を見渡せる景色が広がっています。 空気が澄んでいれば富士山を望むこともできます。 今回は今泉台から天園ハイキングコースに出て、十王岩や勝上嶽を経て六国見山へ登っていきます。
起 点 鎌倉市 鎌倉湖畔バス停
終 点 鎌倉市 常楽寺バス停
ルート 鎌倉湖畔バス停…今泉台六丁目公園…覚園寺分岐…十王岩…勝上嶽…明月院分岐…登り口…山ノ内分岐…147.3m峰…稚児墓…六国見山…大船高野配水池…高野台バス停…切通…熊野神社…多聞院…常楽寺バス停
所要時間 2時間30分
歩いて... この時は晴れてはいたものの薄雲が広がっていて、 残念ながら勝上嶽や六国見山から富士山は見ませんでした。 息が切れるような急登が長く続く所はありませんが、蒸し暑い季節とあってかなり汗をかきました。
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コース紹介
鎌倉湖畔(かまくらこはん)バス停
大船駅(JR東海道線)の東口交通広場から、 鎌倉湖畔循環バスにて16分、1時間に6本程度の便があります。
天園ハイキングコースの登り口がある今泉台六丁目公園へ向かって、 バス停の先に続く二車線道路を進んでいきます。
左右に分かれていく路地は見送って、少し右へ曲がりながら続く道路を道なりに緩やかに登っていきます。 400mほど進んでいくと、左手から道が合流してきます。 角には金網柵で囲まれた東京ガスの鎌倉湖住宅整圧器室があります。 その道を併せていくと分岐があります。 手前に立つ電柱には「今泉台6-18」、正面の石垣には「今泉台六丁目7」の住所標識が取り付けられています。 ここを左折して、山際に続く道を進んでいきます。
鎌倉湖住宅整圧器室
この施設はお客さまにガスを供給する重要施設ですので付近の工事の際には必ず上記に連絡ください。
 (神奈川導管ネットワークセンタ-)
今泉台六丁目公園
少し右へ曲がりながら進んで、送電線の鉄塔が立つ森が見えてくると、今泉台六丁目公園があります。 鎌倉湖畔バス停から8分ほどで着きました。 クローバーなどの短い草が生えるだけの静かな公園です。 車止めを過ぎて園内に入っていくと「天園ハイキングコース」の道標が立っていて、 公園の奥の方を指しています。 今泉台町内会の「防災備品倉庫3号」を過ぎて山際まで行くと再び「天園ハイキングコース」の道標が立っていて、 その先に続く縦杭の階段を指しています。
今泉台六丁目公園をご利用の方へ
・ゴルフの練習はできません。
・犬の放し飼いはやめましょう。
快適で楽しい公園を維持するため利用ルールを守りましょう。
 (鎌倉市公園協会、今泉台町内会)
みんなで守ろう みんなの公園
・公園をきれいにしましょう。
・木や遊具を大切にしましょう。
・あぶないことやほかの人にめいわくになることはやめましょう。
・犬の放し飼いはやめましょう。
 (鎌倉市)
覚園寺分岐
縦杭の階段を1分ほど登っていくと、天園ハイキングコースになっている尾根道の十字路に出ます。 中ほどに立つ道標によると、正面の道は「覚園寺約1.2km」、右手の道は「建長寺約1.9km」、 左手の道は「天園約1.2km・瑞泉寺約3.1km」、今来た道は「今泉台住宅地」となっています。 正面の道は覚園寺へ、左手の道は鷲峰山の袂を過ぎて鎌倉天園へ続いていますが、 今回は勝上嶽へ向かって右手の尾根道を進んでいきます。
(正面の道は「鎌倉アルプス」, 「鎌倉アルプス」を参照)
歴史的風土建長寺浄智寺八幡宮特別保存地区
この区域内において天地区物の新築・改築・増築・土地形質の変更・木竹の伐採等の行為をするときには許可がいります。
 (神奈川県横須賀三浦地区行政センター)
No.14 ハイキングコース内での喫煙はやめましょう
 (鎌倉市消防本部)
この付近の山道でよく見かける「喫煙はやめましょう」の標識ですが、 以前の木製からプラスチック製に作り直されて新しくなっていました。
右手にある岩盤の剥き出した所を越えてその先へ進んでいきます。 2分ほど進んでいくと登り傾斜が増してきます。 道標「覚園寺・天園」が今来た道を指しています。 尾根に出ると右手にも踏み跡が続いていますが、左手に続く岩盤が剥き出した坂を更に登っていきます。
右手の道は、先ほど見えていた送電線の鉄塔「北鎌倉線No.15」を経て、 今泉台六丁目公園の傍へ降りて行かれます。 (「鎌倉アルプス」を参照)
岩盤が剥き出した僅かな高みを過ぎていくと、岩が露出して2mほどの段差になった所があります。 覚園寺分岐から4分ほどの所になります。 かなり高い段差になっていますが、岩が階段状に削られてトラロープも設置されていて登り易くなっています。 岩を登っていくと、右手へも細い踏み跡が続いていますが、「危険 立入禁止」の看板が出ていました。 ここは左手に続く岩盤の尾根を進んでいきます。
岩盤が終わって木の根が張り出した坂道を登っていくと、右手にこんもりとした高みがあります。 岩壁には四角い穴が開けられていて、中には頭部の取れた石仏が数体安置されていました。 その右側から岩場をひと登りすると、高みに薬師如来像が立っています。 台座には「第八十八番 本尊薬師如来 讃岐国 大窪寺」や沢山の氏名が刻まれていました。 四国霊場の大窪寺との関係は分かりませんでしたが、 それらの方々が四国霊場八十八箇所巡りをした時に、ここに薬師如来像を造ったということなのでしょうか。 以前には石仏の横に「石川某」と刻まれた墓石のようなものが二つありましたが、 その石川某という方が造られたのでしょうか。 この時には墓石は倒れていて、文字は確認出来ませんでした。
石仏の台座には「鷲峰山」とも刻まれていましたが、ここは鷲峰山ではなくて、 覚園寺分岐の左手の先にある高みが鷲峰山になるようです。
薬師如来像のある高みから尾根道に降りてその先へ進んでいきます。 広くなった尾根道を進んでいくと 「歴史的風土建長寺・浄智寺・八幡宮特別保存地区」の標柱が立っています。 以前にはその傍に古びた道標が立っていて、正面の道は「建長寺」、今来た道は「天園」となっていましたが、 この時には脇の方に倒れていました。 標柱を過ぎていくと、尾根道は僅かな切通のような所を過ぎて左側へ続いています。 覚園寺分岐から9分ほどの所になります。 その角から正面の高みへ続く踏み跡があるので、今回はこの道を登っていきました。
踏み跡を登っていくと、1分もせずに右上に岩場が現われます。 左下の尾根道に降りていく道もありますが、右上へ登っていくと、 かながわの景勝50選にも選ばれている「鎌倉十王岩の展望」が広がっています。 鎌倉の街や材木座海岸から由比ヶ浜にかけての海を見渡せます。 条件が良いと、沖には伊豆大島も見えるのですが、この時には霞んでいて見えませんでした。 手前の樹木が邪魔をしていて、箱根や富士山方面は見えません。 以前には樹木がもっと低くて今よりも見晴らしが良かったようですが、 古都保存法などにより樹木を自由に切ることが出来なくなって、見晴が悪くなったとのことです。
この美しい自然をいつまでも大切に
ごみは持ち帰りましょう。
 (鎌倉市観光協会)
十王岩
岩場の左手には、岩に掘られた三体の像があります。 判りにくくはなっていますが、閻魔大王をはじめとする冥府の十王が彫られているのだそうで、 十王岩と呼ばれています。
十王とは
十王経に説く「冥府で死者を裁くという王」、すなわち、 秦広王・初江王・宋帝王・伍官王・閻魔王・変成王・太山府君・平等王・都市王・五道転輪王のことです。 中有の死者が冥府に入り、初七日に秦広王の庁に至り、 以下順次に、二七日・三七日・四七日・五七日・六七日・七七日・百箇日・一周年・三周年に 各王の庁を過ぎて娑婆でした罪の裁断を受け、これによって来世の生所が定まるようです。
 (出典:広辞苑第五版)
十王岩から尾根道に降りてその先へ進んでいきます。 岩が剥き出した切通のような所を抜けていくと右手が開けてきて、 横浜のランドマークタワーなどを見渡せる眺めが広がりますが、この時には霞んでいました。 岩が剥き出した所を過ぎ、道端に笹竹が生い茂る所を過ぎていくと、 正面の高みへ登る階段と左手を巻くようにして続く道に分かれています。 右側の笹竹に取り付けられた「迂回路」の貼り紙が正面の階段を指していました。 左側の道の先には「×注意×滑落事故あり」の貼り紙がありました。 いずれの道を進んでいっても少し先にある勝上嶽で合流しますが、今回は左側の道を進んでいきました。
以前には見かけなかった貼り紙ですが、 左側の道を歩いている人が滑落する事故があったための措置なのでしょうか。 今回歩いてみたところ、迂回しなければならないほどの危険な所はないように思えました。
尾根の左側沿いに登って緩やかな道になってくると分岐があります。 覚園寺分岐から19分ほどで到着しました。 角に立つ道標によると、右手に登っていく道は「明月谷・明月院」、左手の道は「建長寺」、 今来た道は「瑞泉寺・覚園寺方面(天園ハイキングコース)」となっています。 正面には木柵が設置されていて、この先は建長寺の敷地になるようです。 柵に「右 北鎌倉駅方面」の板が取り付けられていて、右手の道を指しています。 六国見山へは右手の道を進んでいくのですが、柵を過ぎたすぐの所に展望台があるので立ち寄っていきました。
これより先、建長寺境内に入ります。 拝観志納料をお納めください。 大人300円、小学生100円となって居ります。 総門入口拝観券売場で志納下さい。 以上
 (建長寺)
ハイキングで通行される方も拝観料が必應となります。
 (大本山 建長寺)
柵を過ぎた所に「建長寺」と題した案内板があります。 そのすぐ先に、谷側にせり出すようにして木製の勝上嶽展望台が設置されています。 西側が開けていて、湘南地区の街並みや相模湾の向こうに、 箱根の山々や伊豆半島を一望できる素晴らしい眺めが広る所です。 左手には鎌倉の街や海が、眼下には建長寺が見えていました。 条件が良いと、箱根連山の奥に富士山も綺麗に見えるのですが、この時には霞んでいて見えませんでした。
建長寺縁起
建長寺は、臨済宗建長寺派の大本山であり、鎌倉五山の第一位に位する。 建長5年(1253)後深草天皇の勅を奉じ、 北条時頼(鎌倉幕府五代執権)が国の興隆と源氏三代並びに北条家の菩提の為に建立し、 中国の名僧蘭渓道隆を招き開山とした。 創建当時は中国宋の時代の禅宗様式七堂伽藍を有し、一時は四十九院の塔頭を擁する厳然たる天下の禅林であった。 度重なる火災によりその威容を今日見ることはできないが、 梵鐘(国宝)開山蘭渓道隆頂相(国宝)など数点が今に伝えられ、当時を偲ばせる。 現在の伽藍は江戸時代以後、将軍家の寄進等により復興されたものである。 また、建長寺は日本で初めて純粋禅の道場を開き、 往時は千人を越す雲水が修行していたと伝えられる我が国初の禅寺である。
勝上嶽  (標高145m)
展望台から引き返して坂をひと登りすると、小広くなった高みに着きます。 ここが勝上嶽になります。 中ほどには「保安林区域図」の看板と標柱「No.15」が立っていますが、ここの標柱は以前の木製のままでした。 鎖柵で囲まれた所に大きな樹木が生えていて、その袂には大きめの石祠などが幾つかありました。 貼り紙があった分岐から「迂回路」となっていた階段を登ってくると、ここへ続いています。 途中には今泉台の住宅地を見下ろせる眺めが広がる所もあります。
「勝上嶽」は「勝上献」(献には山冠が付きます)とも云うようですが、 以前にこの下の半僧坊で見かけた道標に従って、ここでは「勝上嶽」と表記しておきます。
保安林区域図
この区域は森林がもっているいろいろな働らきを守るため、保安林に指定されています。 保安林内で木を伐採したり、植物や土石を採取するときは許可が必要です。 くわしい事は右記へお問い合わせ下さい。
 (神奈川県横須賀三浦地区行政センター農林部林務課)
No.15 ハイキングコース内での喫煙はやめましょう
 (鎌倉市消防本部、鎌倉市危険物安全協会)
勝上嶽の先に続く坂道を降っていきます。 傾斜が弛んできた尾根道を進んでいくと、道は尾根の右側に降りていきます。 その手前から正面へ踏み跡が分かれていますが、右側の広い方の道を降っていきます。 急坂を降ってすぐに緩やかになると、道の真ん中に大きな岩があります。 右手の樹木が低くなっていて、住宅地などを見渡せる眺めが広がっていました。
1分ほど進んで菱形の「保安林」の標識の所まで来ると、左手から降ってくる踏み跡が合流してきます。 手前で分かれてきた道になります。 その道を併せて緩やかな尾根道を進み始めると、すぐの所から右手へ踏み跡が分かれています。 生い茂る笹などに隠れ気味でしたが、路面は何とか見えていました。 行く末を確かめたくもありましたが、今回は省略しました。
今泉台分岐
広めで緩やかな尾根道を進んでいきます。 僅かに登って笹竹の茂る高みを越えて降り始めると、右側には金網柵が続くようになります。 石段も設置された道を降っていくと、右手には今泉台の住宅地が広がってきます。 金網柵が遠退いた石段を更に降っていきます。 石段が終わって緩やかになった道を進んでいくと分岐があります。 勝上嶽から6分ほどの所になります。 角には道標が立っていて、右手に降っていく広い石段は「明月院」、 正面の道は「明月院・桐慕茶屋」、今来た道は「建長寺・半僧坊」「天園2.1km」、 この尾根道は「天園ハイキングコース」となっています。 傍には木製の標柱「No.16」も立っています。 右手の石段は今泉台の住宅地を経て明月院へ降っていけますが、今回は正面の道を進んでいきます。
No.16 ハイキングコース内での喫煙はやめましょう
 (鎌倉市消防本部、鎌倉市危険物安全協会)
分岐からはこれまでよりも道幅が狭まって、普通の山道のようになります。 両側に生い茂る笹竹の間を過ぎて石段を登っていきます。 高みを左手から巻くようにして右へ曲がりながら登っていきます。 1分ほど登っていくと、階段は右へ折れ曲がって、笹竹の茂る中を真っ直ぐに登るようになります。 かなり傾斜があるのでゆっくり登っていくと、今泉台分岐から2分半ほどで僅かな高みに着きます。 右手の笹が少なくなっていて、その先の樹木の間から住宅地を見下ろすことが出来ました。 高みを過ぎていくと、道は左へ曲がりながら降るようになります。
笹竹が茂る道を降っていくと石段が現れます。 石段を降って道なりに左へ曲がり、緩やかになった尾根道を降っていきます。 笹竹が茂る間を抜けていくと、正面に植林地が見えてきます。 手前には「歴史的風土保存のための県有地」の看板が設置されています。 その先に道標が立っていて、この先の道は「明月院」、今来た道は「天園」となっています。 道標を過ぎて植林地を降っていくと、小広くなった緩やかな傾斜地に出ました。 先ほどの高みから3分ちょっと降った所になります。 雑木などが疎らに生えていて、道がその中に掻き消えるようにして不明瞭になります。 道は何処なのかと探していると、右手の先に看板があったので、その方向に進んでいきました。
歴史的風土保存のための県有地
地番 鎌倉市山ノ内明月谷229
面積 1,322.00u
この土地は「古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法」にもとづき 歴史的風土を長く保存するため昭和47年12月神奈川県が買ったところです。 歴史的風土を協力して保存しましょう。
 (神奈川県横須賀三浦地域県政総合センター環境部)
歴史的風土保存用地
地番 鎌倉市山ノ内230-2、230-14
面積 14,468.00u
この土地は、「古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法」に基づき 歴史的風土を長く保存するため昭和52年度に神奈川県が買い入れたところです。 歴史的風土を協力して保存しましょう。
 (神奈川県横須賀三浦地区行政センター)
看板を過ぎて、その先を道なりに左手へ曲がって、細木などが生える植林地を降っていきます。 「歴史的風土建長寺・浄智寺・八幡宮特別保存地区」の大きな標柱の立つ所を右折して降っていきます。 土嚢が積まれるようになった道を降っていくと、左手の樹間から住宅が見えるようになります。 木板の塀のようなものが設置された所を過ぎて更に降っていくと、T字路のような所に出ます。 正面に踏み跡が続いているようでしたが、明瞭な左手の道を進んでいきます。
土嚢が積まれた道を進んでいくと植林地に入っていきます。 手前には標柱「No.17」が立っていましたが、ここのは新しいプラスチック製になっていました。 土嚢が終わった道を降っていくと民家の脇に降り立ちました。 先ほどの案内板のあった傾斜地から4分ほど、今泉台分岐から11分ほどで降りて来られました。 左手に分かれていく道に入った所に「明月谷 桐慕茶屋」がありましたが、 この時には鎖が張られていて、「本日はお休みいたします」の木札が出ていました。
窓に取り付けられた板によると、「桐慕」は「とんぼ」と読むようです。
No.17 ハイキングコース内での喫煙はやめましょう
 (鎌倉市消防本部)
明月院分岐
正面に続くブロック敷きの道を進んでいきます。 石段と坂道が並行する所を過ぎて舗装路を降っていくと、2分ほどで住宅地の十字路に出ます。 右手の角には道標が立っていて、右手の坂道は「北鎌倉駅・明月院」、 今来た道は「天園ハイキングコース・明月谷 桐慕茶屋」となっています。 そこを右折して、かなり傾斜のある坂道を降っていくと、 白壁の住宅を過ぎた先で左右に通る坂道に降り立ちます。 脇に立つ電柱に寄り掛かるようにして道標があって、 今来た道は「天園ハイキングコース」「明月谷 桐慕茶屋」となっています。 左手へ降っていくと明月院を経て横須賀線沿いの道に出られますが、六国見山へ登るべく、 右手に続く坂道を登っていきます。
山際に続く坂道を緩やかに登っていくと、僅かにS字形に曲がっていった先に、左手へ分かれていく道があります。 明月院分岐から2分ほどの所になります。 山際にはカーブミラーや道路標識「大型等以外の車両7-9」が立っています。 左手の生垣の竹柵に手製の標識「六国見山入口」が取り付けられていて、左手の道を指しています。 ここが六国見山の登り口への入口になります。 右側に石垣、左側に生垣が続く坂道を登っていきます。
登り口
道なりに左へ曲がりながら、次第に傾斜が増してくる坂道を登っていきます。 民家を左手から巻くようにして右へ曲がっていくと、正面に石段が現れます。 すぐに左へ登っていく石段は見送って、幅が広めの階段を生垣沿いに登っていきます。 岩壁の前を道なりに左へ曲がっていきます。 数段の石段を登って舗装路に出て、右手へ曲がっていきます。 二又に分かれている道の左側の方の坂道を登っていき、山際から戻るようにして左へ曲がっていきます。 坂道を登って民家の前まで来ると、右へ曲がった所で舗装路は終わっています。 道標類は見かけませんが、ここが六国見山への登り口になります。 明月院分岐から9分ほどで到着しました。 左側の塀沿いにも踏み跡が続いていますが、笹が茂る右側の山道を登っていきます。
後日に地元の方から頂いた情報によると、 左側の踏み跡は、明月院から上記の「明月院分岐」へ来る途中の岩壁に並んでいる石碑群の脇へ続いているとのことです。
山ノ内分岐
笹などが生える雑木林の尾根に続く山道を登っていきます。 以前には鬱蒼としてひっそりとした道だったように思いますが、 歩く人が増えてきたのか、近年では明瞭でしっかりとした道になってきました。 傾斜もそれほど急ではなくて快適に登っていけました。 2分ほど登っていくと、道が二筋に分かれていますが、数m先で合流します。 右側の道から僅かな踏み跡が右手へ分かれているようでしたが、あまり歩かれていない様子でした。 そこを過ぎていくと、道が左手へ分かれていきます。 登り口から3分ほどの所になります。 入口には小さな境界標識があるだけで道標などは見当たらず、どちらへ行けばいいのか迷うところです。 左手の道は南口広場や山ノ内地区の古山稲荷などへ降りて行かれますが、 今回は正面の道を登っていきます。
(左手の道は「六国見山」, 「六国見山」, 「六国見山」を参照)
たき火・たばこに注意
 (大船消防署)
147.3m峰
次第に植林地に変っていく道を3分ほど登っていくと、登り傾斜が増してきます。 木の根が張り出した坂を登って緩やかになってくると、道の真ん中に三角点があります。 一見すると市町村の境界標識のようにも思えますが、 側面に刻まれた文字を確認してみると「三等三角点」となっています。 手元の地形図に載っている147.3m峰になるようです。 周囲には樹木が生い茂っていて展望は得られません。 地形図では、ここに「六国見山」と記されていますが、 「六国見山」の標識のある山頂はこの北西300m辺りにあって紛らわしくなっています。 両方とも六国見山と呼ぶのであれば、六国見山は双耳峰ということになるようです。
少し降って緩やかになった道を進んでいきます。 この辺りは僅かな鞍部になっていて、夏草が生い茂る季節では鬱蒼とした感じになって、 何だか深山に迷い込んだような雰囲気もします。 大きな倒木が道を塞いでいたりもしますが、難なく乗り越えていきました。 道の両側には笹竹やアオキなどが生い茂っていて展望は良くありませんが、 時折樹間から山並が見える所もあります。
稚児墓
背の高い笹竹が両側に生い茂って回廊のようになった道を緩やかに登っていきます。 147.3m峰から5分ほど進んで少し開けた感じになった所に出ると、大きな木の袂に稚児墓があります。 周囲は常緑樹の円い生け垣に囲まれています。 かなり昔からある石塔のようで、少し傾いています。 「稚児墓」と書かれた標柱も立っていますが、文字はすっかり読めなくなっていました。 苔生していた時期もありましたが、近年になって苔が取り払われてスッキリとしています。 手前には水を入れたコップや、大きめの空缶にお賽銭が沢山供えてあり、綺麗な花束も供えられていました。 樹木の袂には箒が置かれていたので、掃除をされている方がおられるようでした。
六国見山 (標高147m)
稚児墓からは広くて緩やかな散策路になります。 以前には細い山道もあったのですが、この時にはもう分らなくなっていました。 広い道を1分ほど進んでいくと、正面にこんもりとした高みが現れます。 これが六国見山の山頂になります。 登り口から14分ほどで登って来られました。 以前は笹竹の生い茂る所でしたが、近年になって「六国見山森林公園」として綺麗に整備され、 高みを取り巻く周回路や、南口広場や大船高野配水池への道も歩き易い道になりました。 この高みのある所は展望広場と云うようです。 山頂は小広くなっていて「六国見山々頂(海抜一四七米)」と書かれた標柱が立っていますが、 かなり風化が進んでいてほとんど読めなくなっています。 整備が更に進めば、この標柱も作り直されるのでしょうか。 「浅間大神」と刻まれた大きな石碑や、 鎌倉市の設置する「三級基準点No.43219」やベンチも設置されています。
ここにある「基準点」は、国土地理院の管理する「三角点」とは別物のようです。
(画像を左クリックすると、4枚の写真が順次表示されます)
山頂にある展望デッキには、四角い井桁の上に乗せられた円盤状の解説板が設置されています。 円く写された山頂部の魚眼写真が付けられていて、ここから見渡せる場所の名前が書き込まれています。 それによると、北東側にはみなとみらい・ベイブリッジ、 南側には三浦半島・逗子マリーナ・由比ヶ浜・材木座海岸・伊豆大島、 南西から北西側には江ノ島・伊豆半島・箱根町・富士山・丹沢山となっていました。 また簡単な解説文も載せられています。 展望デッキからは鎌倉の街や海を見渡すことができます。 海に突き出た逗子マリーナの辺りも見えていました。 条件が良いと、富士山や伊豆大島も見えるのですが、この時には霞んでいて見えませんでした。 六国見山の山頂の周辺には桜の木があって、春には白っぽい綺麗な花を咲かせます。 花と葉が同時に見られる品種なので、ソメイヨシノではないようです。
六国見山森林公園
六国見山はかつて山頂から六つの国、相模・武蔵・伊豆・上総・下総・安房が望め、 西には富士山、北には筑波山が眺望できたと伝えられるところです。
六国見山で軽い食事を摂りながらひと休みしたら下山していきます。 南口広場へ降る道もありますが、今回は大船高野配水池へ降っていきます。 周回路にはテーブル状のベンチが二つあって、以前からある山道がその間から続いていますが、 今回は近年になって整備された左側の広い散策路を降っていきます。
(南口広場への道は「六国見山」, 「六国見山」を参照)
以前の山道は尾根をほぼ真っ直ぐ降っていきますが、 傾斜が急にならないようにとの配慮なのでしょうか、 新たに付けられた広い散策路は左側から回り込むようにして続いています。 間隔の広い横木の階段を降るようになると、右手へ曲がっていく所から山道が左手へ分かれていきます。 途中で分岐して南口広場や大船高野配水池へ続いていますが、今回は見送っていきます。
(左手の道は「六国見山」を参照)
横木の階段が途切れながら続く広い散策路を緩やかに降っていきます。 道端に設置されたベンチを過ぎて降っていくと、右手から山道が合流してきます。 山頂を巡る周回路のベンチの間から降ってきた道になります。 その道を併せた少し先でも山道が右手に分かれています。 以前からある山道で1分もせずに合流しますが、今では歩かれていない様子になっていました。 右手の山道は見送って、広い散策路を降っていきます。 ベンチを過ぎて降っていくと、正面に配水池が見えてきます。
大船高野配水池
右手から合流してくる山道を併せて横木の階段を降っていくと、左手から山道が合流してきます。 山頂から少し降った所から左手へ分かれてきた道になります。 その道を併せたすぐ先に、神奈川県企業庁水道局の大船高野配水池があります。 ここで道が二手に分かれています。 角には真新しい道標が立っていて、左手の広い石段は「大船高校方面」、 今降って来た道は「明月院・今泉台・散在ヶ池森林公園方面」となっています。 以前にはしっかりと立っていた大船壮年会の設置する「六国見山登山道」の道標は 脇の樹木に立て掛けられていて、退役が近づいているように思えました。 それには左手の石階は「至ル高野経由大船駅方面」、今来た道は「至ル六国見山(約二百五十米)」となっています。 いずれの道標にも右手の道は示されてはいませんが、今回は右手の道を降っていきます。
「六国見山登山道」の標識は、森林公園として整備される以前から立っているので、 今回降ってきた新たに設けられた散策路ではなくて、 テーブルの間から続く旧来の山道を指しているものと思われます。
(左手の道は「鎌倉回峰」, 「六国見山」を参照)
コンクリート崖沿いの道を緩やかに降っていくと、左上の柵の中に送電線の鉄塔が立っています。 先ほどの大船高野配水池の中に立つ鉄塔「大-田12号」になります。 鉄塔の下を過ぎて笹竹の生い茂る道を進んでいきます。 笹竹の少し奥には金網柵が続いていました。 配水池の周囲を囲む柵のようでしたが、程なくして柵は左手へ曲がって遠退いていきます。 引続き道の両側には笹竹が生い茂ってはいますが、道は明瞭に続いています。
大-田12号 お願い
この送電線は、6万6千ボルトの高電圧です。 下記の事柄について御連絡下さい。
1.送電線の附近に建造物を建てられるとき。
2.送電線に接近して作業をされるとき。
3.送電線の附近で火災がおきたとき。
 (JR東日本 新鶴見給電メンテナンスセンター、中央給電指令)
大船高野配水池から4分ほど降ってくると、左下には民家が建ち並ぶようになります。 街並みの奥には箱根の山並が広がるのですが、この時には霞んでいて見えませんでした。 再び森の中へ入って1分ほど降っていくと民家の裏手に出ます。 柵沿いに降って突き当たりを道なりに左手へ曲がり、 緑のトンネルを抜けていくと、青いトタン塀の前に降り立ちます。 トタン沿いに右手へ続く道もありますが、左手にあるロータリーへ出ていきます。
(右手の道は「六国見山」を参照)
高野台バス停
左手すぐの所がロータリーになっていて、そこに高野台バス停があります。 六国見山から13分ほどで降りて来られました。 大船駅(JR東海道線)までの便が1時間に1本程度あります。 時間が合えば乗っていけばいいのですが、この時にはまだかなり時間があったので、 バス停の手前から右手へ分かれていく道を降っていきました。 入口には「この先道路が狭いので自動車は通りぬけできません」の看板が出ています。
 土日曜 ...11:35 12:35 13:35 14:35 15:35 16:35 17:35 18:35...
大船高校の校舎や校庭を回り込むようにして左へ曲がりながら降っていきます。 背の高い金網柵を過ぎて石垣沿いに降っていくと、校庭への入口があります。 そこを過ぎて広い石段を降っていくと分岐があります。 高野台バス停から3分ほどの所になります。 角には大船壮年会の設置する「六国見山登山道標」が立っていて、 右手の道は「至ル 本村経由大船駅方面」、今来た道は「至ル 六国見山(約六百粁)」となっています。 正面の道には何も示されてはいませんが、畑地を経て北鎌倉美術館方面へ降っていく道になります。 今回は右手の道を進んでいきました。
(正面の道は「六国見山」を参照)
切通
雑木林に続く道を緩やかに降っていくと、程なくして右側に金網柵が続くようになります。 道幅も結構あって歩きやすくなっていました。 その昔には生活道路としてよく利用されていたのでしょうか。 鉄柵沿いの道を左手に分けて降っていくと、岩盤を切り開いた切通があります。 両側にそそり立つ岩壁の間を降っていくと、道が左右に分かれています。 右手の道には草木が茂っていましたが、下の方には建物が間近に見えていました。 何とか歩けそうにも思えましたが、今回は左手の明瞭な道を降っていきました。
広めの道を降っていくと、すぐに駐車場の脇に出ます。 正面へ降った先には道路が見えていましたが、金網柵沿いに左手に分かれていく小径へ入っていきました。 夏草が生い茂る道を柵沿いに進んでいくと舗装路に出ました。 高野台バス停から10分ほどで降りて来られました。 左側すぐの所には岩盤を刳り貫いたトンネルがありますが、右手へ進んでいきます。
舗装路に出た右手すぐの所から正面へ登っていく小径がありますが、熊野神社の境内に続いています。
大船町内会館を横に眺めながら進んでいくと分岐があります。 正面にあるカーブミラーの脇には道標が立っていて、右手の道は「常楽寺500m・大船駅1.7km」、 左手の道は「ここは多聞院・熊野神社」、今来た道は「白山神社1.6km・称名寺(今泉不動)2.3km」となっています。 手前の角には宮之前あけび公園がありました。 滑り台などの簡単な遊具があるだけの小さな公園です。 バス停へ向かうには右手の道になりますが、 左手の道の先にある多聞院や熊野神社に立ち寄っていきました。 すぐの所にある大船町内会館の前は熊野神社子どもの遊び場になっているようでした。 そこを過ぎた所で道が二又に分かれています。 脇には庚申塔などが5基並んでいました。
多聞院
正面の道の脇には「真言宗多聞院」と刻まれた石柱が立っています。 境内へ入っていくと、正面には庫裡と思われる建物があり、左側に多聞院の本堂がありました。 お寺の謂われなどを記したものは見かけませんでしたが、 文明年間に開かれたお寺で、天衛山福寿寺と号し、開山は南介僧都とのことです。 当初は山ノ内の瓜ヶ谷にあって観蓮寺と云っていたようですが、 のちに現地に移築して改名され、隣りにある熊野神社の別当にもなっていたようです。 本尊は「多聞天」とも呼ばれる毘沙門天とのことです。
熊野神社
二又の左側の道には「熊野神社」の扁額が掛かる鳥居が立っています。 鳥居をくぐっていくと、二つめの鳥居が立っています。 両脇の石灯籠を過ぎて、その先の石段を登っていくと熊野神社の境内に着きます。 正面の社殿の右側には琴平宮があり、小祠や石碑などもありました。 左手前には能舞台のような建物がありますが、 近年になって建てられた様子で、境内を狭く感じさせています。 左側には倉庫のような建物がありました。 奥には「天照大神宮千九百年歳紀念碑」や「地神塔」と刻まれた石碑があり、 岩壁に掘られた所には小祠もありました。 由緒などを記したものは見かけませんでしたが、 玉縄北条氏の家臣である甘糟長俊によって天正7年(1579)に勧請され、祭神は日本武尊とのことです。
夜間、神社境内への立入りを禁じます。 なお、神社境内は通り抜けできません。
 (熊野神社 神官 石井直樹)
熊野神社から引き返してきて、道標「常楽寺・大船駅」が指す街中の道を進んでいきます。 大船町内会掲示板を過ぎていくと、道は少し左手へ曲がっていきます。 酒店を過ぎていくと、カーブミラーや道路標識の立つT字路があります。 このまま真っ直ぐ進んでいくと北鎌倉美術館などがありますが、ここを右折していきます。
常楽寺(じょうらくじ)バス停
昔風の円筒形の赤いポストを過ぎていくと常楽寺交差点に出ます。 横断歩道を渡ってその先へ進んでいくと常楽寺バス停があります。 1.5kmほど先にある大船駅まではゆっくり歩いても20分もあれば着きますが、 今回の散策はここまで終わりにしました。
大船駅(JR東海道線)までの便が1時間に6本から8本程度あります。
バス停の少し先に常楽寺があります。 茅葺きの山門から境内に入っていくと、正面に本堂があり、左側には茅葺きのお堂があります。 右側には寺務所や庫裡と思われる建物があって、脇にはちょっとした庭園もあります。 本堂の裏手には開基北條泰時・再中興龍渕胤和尚・圓通大應國師の墓が並んでいます。
常楽寺
栗船山常楽寺と号し、開基は北条泰時、開山は退耕行勇と伝えられ、大覚禅師の初道場です。 寺の名は泰時の法名常楽寺殿からとったものです。 また鎌倉国宝館に寄託されている有名な梵鐘は重要文化財に指定されています。 −臨済宗−