最明寺史跡公園
散策:2012年03月下旬
【低山ハイク】 最明寺史跡公園
概 要 最明寺史跡公園は丹沢の南西にある高松山の東側にある公園です。 緩やかな丘陵が続くこの一帯は松田山とも呼ばれています。 今回は中尾農道から最明寺史跡公園へ登り、最明寺林道を経て西平畑公園へ降っていきます。 途中からは、箱根連山・富士山・伊豆大島などを見渡せる眺めが広がります。
起 点 山北町 東山北駅
終 点 松田町 松田駅
ルート 東山北駅…登り口…中尾農道…物言い坂…小祠…寄分岐…遊歩道分岐…最明寺史跡公園…ゴルフ場分岐…最明寺林道…自然館分岐…T字路…河南沢…五叉路…東沢…西平畑公園…松田駅
所要時間 3時間40分
歩いて... 登りに歩いた中尾農道はかなりの傾斜があって腰が痛くなり、息が切れて汗も噴き出してきました。 何度も立ち止まって腰を労り呼吸を整えながら、ゆっくりと登っていきました。 降りの最明寺林道もかなり傾斜がありました。 最初は雲が掛かっていた富士山ですが、西平畑公園が近づく頃には、 雲が流れて良く見えるようになりました。
関連メモ 最明寺史跡公園, 松田桜まつり
コース紹介
東山北(ひがしやまきた)駅
東山北駅(JR御殿場線)から歩いていきます。
無人駅になっていて、改札口のようなものはありません。 駅のホームには「東山北駅開設碑」と題した記念碑が立っています。 中ほどにあるトイレ脇の階段を降りて右手へ進んでいきます。
東山北駅開設碑
 向原区民が多年の宿望であった本駅新設の請願は適々ディーゼルカー全線 運転の好機に際会して衆議一決直ちに本会の成立を見、続いて山北町議會の 採択と山北町交通改善研究会の絶大な後援に依って一年有半の短期間に然も 最小限の工費を以って実現されるに至った  当駅の開設は當に一般乗降客の利便のみに止まらず更に近郷の動力資源な る水力発電の利用と其の優秀性を誇る水質及び諸資材の活用が附近の地理的 環境と相俟って将来必ず町の産業振興に寄興し得るものと確信するものであ る_今町と国鉄当局と地元民との協力に頼って町勢の伸展と駅勢の向上進展 を期せられん事を切望してやまない  此の事業の遂行を当り吾々の先考或は先輩の深遠な配慮と苦労が克く偉大 な光彩を発揮した事を想起し茲に深く敬意と感謝の誠を披_して後世に伝え る
昭和三十一年十二月二十五日 向原新駅設置期成同盟會
祝 東山北駅 開設50周年
平成18年12月25日 向原連合自治会、山北町
駐輪場の脇を進んでいくと県道721号に出ます。 右側にある御殿場線の源六川橋梁の下を進んでいくと、 向原バス停を過ぎた先で、国道246号の向原交差点に出ます。 横断歩道を渡って正面に続く小川沿いの道を登っていきます。 小川の底には丸まった石が敷きつめられていて綺麗になっていました。 程なくして東名高速道路の「大井松田18」の標識が取り付けられたトンネルを抜けていきます。 小川もトンネルの中を並行して流れています。 トンネルを出て道なりに右へ曲がりながら登っていくと、東名高速道路沿いの道に出ます。 ここを左折していきます。
矢倉岳や金時山から箱根へ続く山並を眺めながら坂道を登っていくと、 すぐの所から左手に道が分かれていきますが、そのまま正面へ登っていきます。 2分ほどして坂の上に着くと、再び左手へ道が分かれていきますが、それも見送っていきます。 降り坂になってきた道を進んで緩やかになってくると、左手の斜面に墓地がありました。 そこへ続く道の入口には大きな三界萬霊塔が立っています。 その右脇には「諸行無常」と刻まれた石碑を背後にした石仏がありました。
無常御和讃
(一) 人の此の世の儚さは 冥路に急ぐ露の身の
暫し假寂の旅枕 あわれ常なき世なりけり
(二) 昨日の人は今日はなく 會えば別るる世のならい
夜半のあらしに散る花の もろきは人の命なり
(三) おくれ先だつことあれど 往きて帰らぬ旅ぞかし
此の身此の世に救わずば 何れの世にか救うべき
(四) 露のひぬ間もつかの間も 励みて積めよ善根を
山の高根に咲く花は 永劫かけて香るべし
坂道を登り切ると、六叉路になった所に出ます。 右側の東名高速道路には村雨橋が架かっていますが見送っていきます。 左手に登っていく道を分けて降り坂になった道を進んでいくと、 道路の下の方には大沢が流れています。 坂道を降り切った所から右手へ道が分かれていますが見送っていきます。 道端に咲く菜の花を愛でながら進み始めると、すぐに左手へ道が分かれていきますが、 正面に続く坂道を登っていきます。
登り口
坂を登り切って緩やかになった道を進んでいきます。 左手から降ってくる道を併せて進んでいくと、東名高速道路には西山橋が架かっています。 橋を見送って更に進んでいくと、程なくして降り坂になってきます。 左手へ分かれていく道を見送って真っ直ぐに降っていきます。 左手の下にはムヂナ沢が流れていて桜も咲いていました。 坂を降り切ると、右側の東名高速道路には「大井松田14」の標識が取り付けられたトンネルがあります。 左側には舗装された坂道が分かれていきます。 角には道標が立っていて、右手の道は「松田山入口」、左手の道は「最明寺史跡公園」となっています。 ここが最明寺史跡公園への登り口になります。 東山北駅から30分ほどで着きました。
右手のトンネルを抜けていくと松田山入口バス停があるようなので、 新松田駅からバスに乗ってくると、歩く距離が少し短くなりそうです。
中尾農道
簡易舗装された農道なので分かり易いのは良いのですが、かなりの傾斜があります。 脹脛が痛くなるほどの傾斜ではありませんが、次第に息が切れてきます。 その上、持病の腰痛も出て来るので、 少し登っては立ち止まることを繰り返しながら、ゆっくりと登っていきました。 標識類は見かけませんでしたが、手元の地図によると中尾農道というようです。 両側に石垣が続く所を過ぎて登っていくと、左右が開けてきます。 傾斜地はミカン畑になっていて、道端には菜の花も咲いていました。 コンクリート製の水溜めのような所まで来ると、遂に力尽きたので、 道端に腰を降ろしてひと休みしていきました。
水分補給をしながら呼吸を整えていると、坂の上から大きなミカンがひとつ勢い良く転がってきました。 そして私の靴に当ってバウンドし、更に下へと転がっていきました。 誰かが落としたのかと思って上の方を眺めても、それらしい人は見かけなかったので、 道端の木になっていた実が自然に落ちたのでしょうか。
落ち着いたところで、農道を更に登っていきます。 右手から降ってくる道を併せて暫く進んでいくと、再び右手から降ってくる道があります。 その道を併せて更に進んでいくと竹林の中を通っていきます。 竹林を抜けると、高台の畑地の脇に出ました。 作業小屋の先には起伏のある丘が続いていて、 その先には街並みや酒匂川を見下ろせる景色が広がっていました。 その奥には相模湾が広がり、沖には伊豆大島の島影も見えていました。 疲れを癒しながら、暫く足を止めて眺めていきました。
物言い坂
眺めを楽しんだらその先へ登っていきます。 植林地の脇を過ぎていくと、左手へ曲がっていく角に「物言い坂」の看板が立っていました。 先ほどの休憩も含めて、登り口から26分ほどの所になります。 ここから500mほどの坂の名前だそうで、農道として整備されるまでは今よりも急坂だったようです。
「物言い坂」の由来
これより先約五百米を「物言い坂」と言い、農道改修前は現在より急な坂道だった。 昔は最(西)明寺まで物を運び上げるのに馬を使っていたが、 ある日、馬の親子がこの坂にさしかかったところ仔馬がなかなか登れず、 母馬が何か言い聞かせるようにして登ったと言い伝えられている。
道なりに左へ曲がって登っていくと、大きな樹木が生える所に出ました。 左手が開けていて、箱根連山を見渡すことが出来ました。 矢倉岳や金時山も見えていましたが、 矢倉岳の右手に聳えているはずの富士山は、手前の山の影に入っていて見えませんでした。
眺めを楽しんだら、農道を更に登っていきます。 左側に石垣が続く所を過ぎていくと右手が開けてきて、 先ほどと同様に、街並みや相模湾に浮かぶ伊豆大島を見渡すことが出来ました。 工事柵を過ぎて道なりに少し左へ曲がり始めると分岐があります。 道標類は見かけませんでしたが、右手の道は広めながら未舗装だったので、 ここは左へ曲がっていく舗装路の方を登っていきました。
ご注意!
毎年十一月十五日から二月十五日まで、この付近では銃猟をすることがありますので注意して下さい。
 (神奈川県)
両側が切り立った土手のようになった坂道を登っていきます。 突き当りを道なりに右へ曲がっていくと、道端に「山火事用心!」の看板が立っていました。 壊れかけた支柱には「日本損害保険協会」の板も取り付けられていました。 すぐ先の所には「神奈川県森林公社分収造林地」の看板もありました。 その図には手前にあった分岐道も載っていました。 ここでも息切れと腰痛を癒すべく、道端に腰を降ろして、 水分補給などをしながらひと休みしていきました。
山火事用心!
 (足柄上消防組合)
神奈川県森林公社分収造林地
年度昭和55年度
所在地足柄上郡松田町松田惣領浅間山3093-2
樹種スギ
面積0.69ha
火の用心
少し元気が出てきたところで、農道を更に登っていきます。 両側が土手のようになった坂道を登っていくと、右手から降ってくる広めの道があります。 その道を併せて明るくなった植林地に続く農道を更に登っていきます。 道端には、先ほど見かけたのと同様の「山火事用心!」の看板が落ちていました。 大きなヒノキが並んで生えている所まで来ると、細めの道が左手へ分かれて降っていきます。 その道を見送って右へ曲がっていく農道を進んでいくと、少し開けた所に茶畑がありました。
小祠
茶畑を過ぎて少し登っていくと、左側が疎らな雑木林になって、樹間から山並が見えるようになります。 そんな景色を眺めながら登っていくと、道端の金属製の階段の先に小祠がありました。 登り口から56分ほどの所になります。 扉は閉ざされていて中の様子は覗えず、何という名前なのかも分かりませんでした。
寄分岐
白いガードレールが続くようになった農道を進んでいきます。 道端には再び「山火事用心!」の看板が落ちていました。 振り返ると樹間から見える箱根の山並を眺めたりしながら登っていきます。 再び植林地になってきた道を登っていくと、右へ曲がっていく角から山道が分かれていきます。 入口には道標が倒れていて、左手へ入っていく山道は「寄自然休養村1時間30分」、 右へ曲がっていく道は「最明寺史跡公園5分」、今来た道は「松田山40分」となっています。 左手の山道は最明寺史跡公園の奥へ続く道に出られそうに思えましたが、 今回は行く末を確かめるのは省略して、右へ曲がっていく農道を登っていきました。
銃猟禁止区域
 (神奈川県)
自然はみんなのもの!!
 (松田町、松田観光協会)
遊歩道分岐
左手が開けてきた道を登っていきます。 道なりに左へ曲がりながら坂道を登り切ると分岐があります。 角には看板が立っていて、右手へ登っていく道は「自然遊歩道方面・新松田駅方面・西平畑公園方面」、 今登ってきた道は「バス停松田山入口方面」となっています。 また山際には道標が立っていて、右手の道は「松田山ハーブ館・自然館」となっています。 西平畑公園へは右手へ進んでいくのですが、その前に、左手すぐの所にある最明寺史跡公園へ向かっていきます。
最明寺史跡公園
左手へ進み始めると、すぐの所に最明寺史跡公園の管理事務所があります。 併せて10分ほどの休憩も含めて、東名高速道路沿いの登り口から1時間7分ほどで登って来られました。 管理事務所の正面には古代の瓦焼窯の跡がありました。
からさわ古窯跡群
古代瓦焼窯跡
これは、今から1200年位前(奈良時代)の屋根瓦を焼いた松田町庶子にあった、からさわののぼり窯です。 昭和43年東名高速道路新設工事の際発見されましたが、再び57年より、上り3車線の高速道路拡幅工事のため、 取りこわされることになりました。 こののぼり窯は町の指定文化財であるので再調査したところ四基発掘されました。 神奈川県内でも大変珍しいのぼり窯であり、永く保存したいという願いから、 道路公団の協力を得て第三号窯を移築したものです。 一番下の所は焚口で燃料を燃やすところです。 (おそらく松の木が多く使われたと思われます) 奥の方は階段になっていて、九段あり、そこに瓦を置いて焼いたわけです。 中央の天井の部分は、自然にくずれ落ちたものですが、中が見えるように修復はいたしません。 一番上には穴があり煙突の役目を果たしたと思われます。 全体の長さは約7メートル、幅は約2メートルです。 のぼっていく角度は45度位あります。 窯の規模からして1回に屋根瓦を150枚から200枚位は焼くことが出来たと思われます。 この窯跡から発見された瓦と同じ瓦がここから約8キロメートル離れた小田原市千代の奈良時代に建てられたおいう 廃寺の跡から発見されているので、その寺をつくる時の屋根瓦をからさわで焼いたことがわかります。 運搬するには舟で酒匂川を利用したと思われます。 発掘された遺物は松田町教育委員会に保存されています。
 (松田町教育委員会、東海自動車道改築松田町内遺跡調査会)
管理事務所を過ぎていくと池があって、鯉が泳いでいました。 周囲には河津桜が沢山植えてありますが、まだ開花したばかりのようでした。 その脇に「最明寺史跡公園案内図」があります。 簡単な解説文も載っていますが、以前に来た時に見かけた内容とは僅かに変わっているようでした。 その横には木彫りの鳥の像があって、「海抜445m」と書かれていました。 散策路は公園の奥の方へ続いていますが、丁度昼時になったので、 広場に幾つも設置されたテーブル・ベンチに腰掛けて、大休憩を兼ねて昼食タイムにしました。
画像を左クリックすると、5枚の写真が順次表示されます。
最明寺跡
人里はなれた山中で、密教の奥義を追求する真言宗の名刹として鎌倉時代の承久3年(1221)、 松田郷を治めていた大庭平太景義がこの地に招いた源延という僧侶が、 現在地に建立したものである。(当時は西明寺) その後、文明元年(1469)となりの大井町金子に移転しており(現最明寺)、なぜ移転したかなど謎も多い。 毎年4月10日には、庶子地区の信徒により「施餓鬼会」(供養の行事)が盛大に行なわれ、 極めて仏縁の深い地である。
池の傍の短い石段を登っていくと、最明寺の由来を記した石碑が建っていました。 傍には石仏などが並んでいました。 ここの河津桜も開花していて、濃い目の花を咲かせ始めていました。
最(西)明寺跡の由来
伊豆山の別当浄連上人源延は、夢のお告げを受け 信州善光寺の一光三尊全光寺如来の尊像を模写して 越前の仏師海縄にたのんで金銅の仏像を鋳造して 承久3年(1221)松田の郷庶子山に安置し、寺を 西明寺といった。 源延は源頼朝の重臣加藤左衛門尉実長斎といい、 出家して、天台の澄憲の門に学び、のちに伊豆山の 別当となって活躍した。第二世覚阿上人円淨の時に 最明寺入道北条時頼は、善光寺如来を深く信仰し 寺領一千五百石を寄進したので、この時寺門は隆盛 であったと伝える。 大陣・文明の戦乱にため西明寺は次第に衰えた。 文明年間、鎌倉八正寺宮尊賢親王は、弟子の賢昌を 住持として寺の復興を計ったが、山道険しく、人馬 ともに困難であるため、寺を全予の郷に移した。 庶子山西明寺の旧地は、庶子村の信徒にまもられ 数百年の間、毎年4月10日の施餓鬼会と善光寺如来 の戸ごとの巡行供養が行なわれきた。 その後、松田町庶子戸主会、現在の庶子自治会が 継承して昭和の今日に至っている。
 (松田町教育委員会)
ゴルフ場分岐
30分ほど居た最明寺史跡公園から西平畑公園へ向かっていきます。 手前にあった遊歩道分岐まで引き返して、道標「田山ハーブ館・自然館」などが指す左側の道を登っていきます。 左へ曲がりながら登っていくと分岐があります。 脇には道標が幾つか立っていて、右手の道は「ハーブ館・自然館3.5km50分」、 左手の道は「チェックメイトCC」、今来た道は「最明寺史跡公園0.3km10分」となっています。 また「林道最明寺線」の標識も立っています。 左手へ登っていくとゴルフ場の脇を経て国道246号へ続いていますが、 西平畑公園を目指して右手へ進んでいきます。
(左手の道は「最明寺史跡公園」を参照)
林道最明寺線
幅員3.0m 延長2,018m
 (松田町)
利用者の皆さんへ
この道路は森林施業を行うためにつくられた林道です。 森林関係者以外の車両の通行は遠慮して下さい。 林道は、安全施設が完備されておりませんので、 利用者は次の事を厳守して、安全走行を心掛けて下さい。
・走行速度は時速20km以下で走行して下さい。
・降雨時等の走行は避けて下さい。
・ゴミの投棄や土石・植物の採取をしないで下さい。
※事故等については一切責任は負いません。
 (松田町)
最明寺林道
白いガードレールが設置された最明寺林道を緩やかに登っていくと、 ガードレールが途切れた所に道標が立っていて、 この先の道は「自然館22」、今来た道は「最明寺史跡公園」となっています。 「自然館」の板は採番されていて、先ほどの遊歩道分岐の所に立つ道標は「23」となっていました。 この林道は最明寺史跡公園から西平畑公園へ至る遊歩道にもなっているようで、 採番された道標がこの先にかけて点々と設置されていて、西平畑公園まで導いてくれます。
谷側に植林地が続くようになった林道を進んでいきます。 道標「自然館21」を過ぎていくと、道は降り坂になってきます。 傾斜が緩やかになった道を進んでいくと、 道標「自然館20」を過ぎた先で、道は再び降り坂になってきます。 「水源の森林づくり」の看板を過ぎていくと、道は大きく右へ曲がっていきます。 曲がり始めた角には道標「自然館19」が立っていました。
神奈川県「水源の森林づくり」契約地(水源協定林)
年度平成18年度
所在地足柄上郡松田町松田庶子字大砂羅1972外13筆
契約期間平成18年8月23日から平成38年3月31日まで
契約面積4.02ヘクタール
水資源を大切にしましょう。
 (神奈川県環境農政部森林課、神奈川県足柄上地域県政総合センター水源の森林推進課)
雑木林になってきた道を緩やかに降っていきます。 再び植林地になってくると、「水源の森林づくり」の看板が立っています。 そこを過ぎて左手へ曲がっていくと、右手の鉄パイプ柵から道が合流してきます。 最明寺史跡公園から23分ほどの所になります。 地形図に載っている破線の道のように思えました。 地形図によると、今回登ってきた中尾農道の途中に続いているようですが、確かめた訳ではありません。 ここは、分岐の入口に立つ道標「自然館18」が指す正面に続く林道を更に降っていきます。
神奈川県「水源の森林づくり」契約地(水源分収林)
年度平成14年度
所在地足柄上郡松田町松田庶子大砂羅1974外9筆
契約期間平成14年12月25日から平成71年3月31日まで
契約面積2.50ヘクタール
水資源を大切にしましょう。
 (神奈川県環境農政部水源の森林推進課、神奈川県足柄上地区行政センター森林保全課)
すぐにある「水源の森林づくり」の看板を過ぎて、植林地沿いに降っていきます。 少し開けた所を過ぎて再び植林地になってくると、山側に土留めが施された所がありました。 そこから山道が分かれていましたが、林業用の道のようでした。 時折「待避所」の道路標識が立っています。 自動車がすれ違う所のようですが、道幅はそれ程広がっている訳ではありません。
神奈川県「水源の森林づくり」契約地(水源協定林)
年度平成20年度
所在地足柄上郡松田町松田庶子開道久保1943-イ他28筆
契約期間平成21年3月19日から平成40年3月31日まで
契約面積10.87ヘクタール
水資源を大切にしましょう。
 (神奈川県環境農政部森林課、神奈川県足柄上地域県政総合センター水源の森林推進課)
「水源の森林づくり」の看板を過ぎていくと、 中尾農道でも見かけた「山火事用心!」の標識が立っていました。 そこを過ぎて降っていくと、左手の植林地へ広めの道が分かれて行きますが、 先の方には樹木などが倒れていて歩き難そうでした。 入口には道標「自然館17」が立っていて、正面へ続く林道を指しています。
神奈川県「水源の森林づくり」契約地(水源協定林)
年度平成18年度
所在地足柄上郡松田町松田庶子字平田1992-1他19筆
契約期間平成18年8月23日から平成38年3月31日まで
契約面積6.00ヘクタール
水資源を大切にしましょう。
 (神奈川県環境農政部森林課、神奈川県足柄上地域県政総合センター水源の森林推進課)
自然館分岐
道なりに右へ曲がりながら降っていくと、道端に東屋が建っています。 最明寺史跡公園から30分ほどの所になります。 ここで道が左手へ分かれていきます。 東屋の脇には道標が立っていて、右手に続く道は「新松田・松田駅」、 左手の道は「自然館16」、今来た道は「最明寺史跡公園」となっています。 左手へ続く柵にも「自然館」の標識が取り付けられていて左手の道を指しています。 地形図に載っている林道は右手へ続く道になりますが、今回はここから左手の道へ入っていきました。 すぐの所に金網柵が設置されています。 扉の上下に取り付けられたレバーを回して開ける方式になっていました。
この柵は有害獣防護柵です。 裏側に鍵がありますので、外してお通りください。 通った後は、必ず扉と鍵を閉めてください。
 (松田町環境経済部)
開けたら必ず閉めてください!!
 (松田町)
扉を開けて、金網柵と擬木の柵が続く細い舗装路を進んでいきます。 やがて周囲が明るくなってくると、左手へ登っていく道が分かれています。 傍には道標「自然館15」が立っていて、正面の道を指しています。 右手の樹木が途切れて、街並みや箱根の山々を望むことが出来ました。 綺麗に咲いた桜の花を眺めながら、横方向に切れ目が入れられたコンクリート道を降っていきます。
雑木の茂る所を過ぎていきます。 畑の脇を過ぎてヒノキが並んで生える脇を降っていくと、建物の脇に出ました。 ミカン畑になってきて、作業小屋などが点々と見られるようになります。 畑越しには相模湾が見えるようになりました。 振り返ると、富士山に掛かっていた雲がほとんどなくなって綺麗な姿になっていました。 手前の電柱や樹木が邪魔をしているのが残念でしたが、写真を撮りながら眺めていきました。
T字路
コンクリート道を更に降っていくとT字路に出ました。 最明寺林道から分かれて5分ほどの所になります。 正面には、相模湾の沖に浮かぶ伊豆大島も見えていました。 脇には道標が立っていて、右手の道は「新松田・松田駅」、 左手の道は「自然館14 1.3km20分」、今来た道は「最明寺史跡公園2.5km40分」となっています。 ここは左手へ続く坂道を登っていきます。
河南沢
坂道を1分半ほど登っていくと、右手へ広めの道が分かれていきますが、入口には鎖が張られていました。 その道を見送っていくと、道標「自然館13」が立っています。 左へ曲がりながら降って谷筋に差し掛かると、朱色に塗られた橋が架かっています。 山側から沢が流れてきていて、心地よい水音を響かせていました。 標識類は見かけませんでしたが、手元の地図によると河南沢というようです。 脇には道標「自然館12」が立っていました。 踏み跡も分かれていて、沢に降りて行かれるようになっていました。 パイプも設置されていましたが、取水しているのでしょうか。
発砲注意!
この付近は人家などあり注意!
 (神奈川県)
植林地を過ぎていくと、ミカン畑などが広がる高台に出ます。 道標「自然館11」を過ぎていくと、正面には街並みの奥に相模湾が広がり、沖には伊豆大島も見えてきました。 右側には矢倉岳や金時山や箱根外輪山を見渡すことが出来ました。 先ほどは手前に邪魔物があって今ひとつでしたが、 山頂部に僅かに雲が掛かってはいるものの、綺麗な姿の富士山を望む事が出来ました。
画像を左クリックすると、7枚の写真が順次表示されます。
五叉路
ミカン畑が広がる高台を緩やかに降っていくと五叉路があります。 脇には道標「自然館10」が立っていて、正面の道を指しています。 周囲にはミカン園やブルーベリー園などの看板が幾つか出ていました。 少し進んだ所に建つ小屋の脇に看板があって、この付近の地図が載っていました。 ここは正面に続く道を降っていきます。
注意
ハンターのみなさん! この附近に住宅・農耕地等があります。 狩猟に注意しましょう。
 (神奈川県)
松田山みかんなる木の橋倉 老いても忘れる山の道かな
菜の花が咲く畑越しに広がる山並や街並などを右手に眺めながら降っていくと、左右に通る道に出ます。 脇や正面に立つ道標「自然館9」に従って、右手へ降っていきます。 小屋の間から畑の中に入っていくように思えますが、手前には「車両通行止」の標識が立っていて、 「自然館方面は徒歩で」となっています。 小屋の間を過ぎて道なりに左へ曲がっていくと、道標「自然館8」が立っていました。 ブルーベリー園への道を右手に分けて、植林地に入っていくと金網柵があります。 最明寺林道から分かれてすぐの所にあったのと同様の扉になっていました。 上下に取り付けられたレバーを回して扉を過ぎていきました。
東沢
植林地に続く小径を進んでいくと、10数段の横木の階段が現れます。 階段を登っていくと、すぐ先で降り階段になります。 道標「自然館7」を過ぎていきます。 右下に沢が流れるようになった道を進んでいくと、砂防ダムを過ぎた先で谷筋に出ます。 標識類は見かけませんでしたが、手元の地図によると東沢というようです。 奥にはコンクリート製の大きめの砂防ダムがありました。 その左手からも沢が流れ込んできていて、丸太で組んだ提がありました。 沢に置かれた飛び石を渡っていくと、道標「自然館6」が立っています。 道標に従って、右手へ戻るようにして山際に続く道を緩やかに登っていきます。
路肩危険 通行注意
 (松田町)
西平畑公園
山側に石垣が続くようになった道を進んでいきます。 道標「自然館5」を過ぎていくと正面が明るくなってきます。 桜の花も咲いて華やいだ雰囲気になってきました。 この辺りからが西平畑公園になるようです。 自然館分岐から25分ほど、最明寺史跡公園から55分ほどで到着しました。 脇には向こう側を向いて「桜まつりへお越しのお客様へ」の立て看板がありました。 誤ってハイキングコースへ入らないための注意書きのようでした。 「最明寺まで1時間30分」となっていましたが、登り坂が続くことを考えるとそんなところでしょうか。
桜まつりへお越しのお客様へ
この先「寄」まで徒歩4時間、最明寺まで徒歩約1時間30分のため、 ハイカー以外の立入りをお断りします。
 (松田警察署、松田観光協会、松田町役場)
園内を走る「ふるさと鉄道」のミニ軌道の脇を進んでいくと道標が立っていて、 右手の道は「こどもの館0.3km3分」、今来た道は「最明寺史跡公園3.8km60分」となっています。 先ほどの看板とはかなり時間が違うようでした。 正面にはコンクリート舗装された坂道が通っています。 脇には今を盛りと桜が綺麗な花を咲かせていました。 道の入口には「菜花まつり」や「あぐりパーク嵯峨山苑案内図」などの看板が幾つか立っていますが、 今回は訪ねるのを省略することにしました。
(あぐりパーク嵯峨山苑は「松田桜まつり」を参照)
第5回 菜花まつり
あぐりパーク嵯峨山苑 眺望抜群 菜花と桜と紅梅の競演
河津桜:2月上旬〜3月上旬、 おかめ桜:3月上旬〜3月中旬、
紅梅:2月上旬〜2月下旬、 春めき桜:3月中旬〜3月下旬
場所:あぐりパーク嵯峨山苑 標高230〜285m、面積1.2ヘクタール
入苑料:1人300円(中学生以下・車イスの方は無料)、食用菜花狩り別途500円
 (松田山みかんの里 内藤園)
あぐりパーク嵯峨山苑案内図
苑内花紀行
1月 水仙・蝋梅・菜花
2月 菜花・河津桜・枝垂れ紅梅・白梅
3月 菜花・河津桜・枝垂れ紅梅・白梅・寒緋桜・おかめ桜・春めき桜
4月 菜花・八重桜・三つ葉つつじ
5月 つつじ(大むら・平戸)
植栽作物
レモン(収穫10〜2月)、大津・青島みかん(収穫11〜12月)、
はるみ・清見・デコポン(収穫2〜3月)、山菜(収穫4〜5月)
線路沿いの右手すぐの所に松田町自然館があります。 中を覗いてみるとテーブルが幾つもあって、野草などが並んでいました。 自由に入っていけるのですが、玄関で靴を脱ぐのが面倒だったので、入っていくのは止めておきました。 入口には「まつだ桜まつり会場マップ」などのパンフレット類が何種類か置かれていました。 右手には「野鳥観察の森観察路」の案内板がありましたが、 かなり古くなっていて読めない所もかなりありました。 以前に来た時にはよく読めたので、その時の内容を載せておきます。
松田山で見られる野鳥と野草
ホトトギス
(ホトトギス科)
さえずり(キョッキョキョキョキョキョ)
カッコウ類でツツドリよりも小さく、胸の横縞は太くて粗い。 目は褐色で周りは黄色で雌に稀に赤色型がある。 平地から松田山や寄の山中までのいろいろな林に生息するが、繁殖記録は少ないという。
アオバト
(アオバト科)
さえずり(アオーアオー)
キジバトと同じくらいのハト類で、頭から胸は緑色みのある黄色。 背から尾にかけては暗褐色。腹は白く、脇から下尾筒に暗色の斑がある。 くちばしと目の周りは青い。 雄は雨覆がブドウ色で、雌は緑色をしている。
メジロ
(メジロ科)
さえずり(チィチィチュチィーチィーチィー)
目の周りに白いアイリングがある小鳥。 のどは黄緑色、上面は暗い黄緑色でスズメよりも小さい。 平地から松田山や寄の山中までのいろいろは林に生息する。
ホオジロ
(ホオジロ科)
さえずり(チョッチョッスチョホイック)
体のわりには尾が長く、体は茶色っぽく黒い縦すじがある。 顔は白く、雄は目先から頬に至る部分と喉に黒い線がある。 雌は褐色である。 明るい林や河原のススキ原などに生息する。
ヒヨドリ
(ヒヨドリ科)
さえずり(ヒーヨヒーヨ)
全体的に濃淡のある灰色をし、頬の部分が赤っぽく、頭羽がぼさぼさしている。 秋冬にはツバキなどの花の蜜を吸ったり、モチノキなどの木の実や、キャベツ、ハクサイ、 春夏にはセミやトンボなどの小動物も食べる。
コゲラ
(キツツキ科)
さえずり(ギィーッ、ギィーッ)
スズメくらいの大きさで、体は黒褐色と白のまだら模様で、腹側は白い。 雄には顔の後ろに小さな赤斑があるが、野外では見分けにくい。 他のキツツキ類と同様に「タラララ」と木を叩く。
カワラヒワ
(アトリ科)
さえずり(キリキリキリコロロロ、ビィーン)
雄は全体が緑褐色で、太い肉色のくちばしと翼の黄色い模様が目立つ。 雌は全体に色が薄く、茶色っぽい。 雄が雌に給餌する。 市街地の街路樹にも営巣し、酒匂川の河原や公園で群れをなして採餌している。
ホオノキ
(もくれん科ホオノキ属)
落葉高木で高さは20mくらい。 葉は互生し、枝先に集まり長さ30cm以上になる。 若い葉は帯紅色で美しい。 花は晩春、香りが高く径15cm程度。
クサイチゴ
(ばら科キイチゴ属)
草のように見えるイチゴの意味で、高さ20〜60cmの山野の縁などにはえる低木。 花は晩春、径4cm。 果実は食用となり味と香りがよい。 葉は冬でも多少残し緑色。
ホウチャクソウ
(ゆり科チゴユリ属)
丘陵の林地にはえる多年草。 高さ30〜50cmで、葉の長さは7〜11cm。 花は春1〜2個垂れて正開しない。 球状の液果は黒熟する。
タチツボスミレ
(すみれ科スミレ属)
山地や野原にはえる有茎性の多年草で、茎は高さ20cmくらいになる。 花は春、葉とともに開く。 花の色や形態に変化が多く、多数の変種がある。
ノアザミ
(きく科アザミ属)
山野に普通にはえる多年草。 茎は高さ50〜100cmで全体に白毛があり、上部で分枝する。 葉の基部は茎を抱く。 花は春から夏で、時には白色花もある。
ニワトコ
(すいかずら科ニワトコ属)
山野に普通に見られる落葉低木。 葉は対生、羽状複葉は長さ15〜30cm。 花は春、新芽と同時に開く。 若葉は食用、民間薬となる。
アケビ
(あけび科アケビ属)
落葉つる低木で、花は春に新芽とともに開く。 若葉や果実は食べられる。 植物を指すときにはアケビカズラと呼ぶのが正しい。
この時は「まつだ桜まつり」の期間中で、 多くの桜が綺麗な花を咲かせていました。 当初は2/11〜3/11の期間の予定でしたが、厳冬で開花が遅れ、 終了日が3/25→4/1と二度も延期になったようでした。 ミニ軌道を渡っていくと、沿道に桜並木が続いていました。
桜並木が途切れた道を降っていくと、右手に「ふるさと鉄道」お山のポッポ鉄道の乗り場があります。 蒸気機関車と小田急ロマンスカーの2種類の車両があり、 それぞれ40分おきくらいの頻度で、自然館の少し先の所までの折り返し運行をしています。 空席があれば大人も大丈夫のようです。 しばらく待っていると、ロマンスカーの形をした列車が出発していきました。 蒸気機関車は周囲に煙を撒き散らしながら発車準備をしていました。
ふるさと鉄道ご案内
乗車料金(往復)
中学生〜大人300円、満3才〜小学生200円、満3才未満無料
乗車時間:20分…往復
速度:4km/時間…大人が歩く速さ
走行距離:1,100m…スイッチバック2回
桜の並木が途切れた先を降っていくと、右手が開けてきて、 箱根の山々や富士山を見渡せるようになりました。 先ほどと同様に、山頂に少し雲が掛かっていますが、綺麗な姿を眺めることが出来ました。 駐車場の脇はシャトルバスの発着所になっていて、バスを待つ客が長蛇の列を作っていました。 脇には「松田山みどりの風自然遊歩道」と題した案内板があって、 ここから寄自然休養村までのルートが紹介されていました。
バスの発着所を横切っていくと、南斜面には桜と菜の花が植えられた自然散策路が続いています。 右・左と曲がりながら降っていきます。 この斜面の桜は満開は過ぎていたのか、葉が少し出始めていました。 地面に近い所には菜の花が咲き、頭上には桜が咲いて、綺麗な眺めでした。 散策路の途中からハーブガーデンへ入っていけるようになっていますが、今回は訪ねるのを省略しました。 途中には櫓が組まれた所があって「撮影ポイント」の看板が出ていました。 脚立の上に登ると、桜を前景に入れた富士山が写せそうに思えましたが、 何人もの待ち行列が出来ていたので試すのは止めておきました。
ベンチが幾つか設置された茶屋風の所を過ぎて更に降っていくと、東名高速道路の脇の道に降り立ちました。 脇には道標が立っていて、左手の道は「新松田・松田駅」、 今降ってきた道は「最明寺史跡公園」となっています。 ここは左手へ進んでいきます。 すぐの所で道が二又に分かれていますが、今回は左側の道を降っていきました。 坂道を降っていくと、左手に登って谷戸農道が分かれていきますが、見送っていきます。
二又の右側の道は新松田駅へ出られます。 (「松田桜まつり」を参照)
松田(まつだ)駅
坂を降り切った所に分岐があります。 脇には道標が立っていて、右手の道は「新松田・松田駅」、今来た道は「最明寺史跡公園」となっています。 そこを右折して東名高速道路と国道246号の下をくぐっていきます。 県道72号に出て、右手すぐの所にある松田駅入口交差点を渡っていくと松田駅(JR御殿場線)に着きました。 西平畑公園に着いてから35分ほどで到着しました。
電車を待つホームからは、先ほどの西平畑公園がよく見えていました。