鐘ヶ嶽
散策:2012年03月中旬
【低山ハイク】 鐘ヶ嶽
概 要 鐘ヶ嶽は丹沢山系の東部にある低い山です。 梵鐘を伏せたような特徴的な姿をしていて、かつては信仰の山でした。 今回は山の神隧道の南にある尾根を登って二の足林道に降り、 そこから谷筋の道を鞍部へ登って鐘ヶ嶽へ向かっていきます。 山頂からは参道を降り、途中から林道に降りて七沢自然ふれあいセンターへ向かっていきます。
起 点 厚木市 広沢寺温泉入口バス停
終 点 厚木市 七沢バス停
ルート 広沢寺温泉入口バス停…鐘ヶ獄バス停…河鹿の沢バス停…二の足林道…二の橋…愛宕社…新大平橋…車止めゲート…登り口…見晴広場分岐…二の足林道…鞍部…鐘ヶ嶽…浅間神社…廿二丁目…展望地…拾八丁目…ふれあいセンター分岐…奥半谷林道…七々久保林道…車止めゲート…七沢自然ふれあいセンター…七沢バス停
所要時間 4時間10分
歩いて... 山の神隧道の南の尾根にはかなり傾斜が急な所もあって、脹脛だけではなく背中も痛くなってきました。 山の神隧道の上の鞍部から登ってくる道を見逃したため、 見晴広場Bへ続く尾根から二の足林道へ降ることになりましたが、あまり歩かれていない様子でした。 二の足林道から鞍部へ登っていく道は明瞭で分かり易くなっていました。
関連メモ 鐘ヶ嶽, 鐘ヶ嶽北尾根, 見城山, 梅の木尾根
コース紹介
広沢寺温泉入口(こうたくじおんせんいりぐち)バス停
本厚木駅(小田急小田原線)の北口を出て新宿寄りに少し行った所にある厚木バスセンターから、 [厚33][厚34]七沢行きバス,または,[厚38]広沢寺温泉行きバスにて25分から37分、 午前中には1時間に2本から3本程度の便がありますが、朝早い時刻には少なくなります。
 土日曜 7:30 8:40 9:00 9:20 9:40 10:00 10:20 10:40 11:00 11:20 11:40...
伊勢原駅(小田急小田原線)の北口から、[伊31][伊34]七沢行きバスにて26分から29分、 1時間に1本程度の便があります。
 土日曜 6:55 7:35 8:20 9:40 11:00...
バス停の20mほど先から、広沢寺温泉への道が左手に分かれていきます。 その道へ入っていくと正面に「広沢寺・鐘ヶ嶽・大釜弁財天方面」の案内板があります。 すぐに右へ曲がっていくと、ちょっとした広場風の所に「県立丹沢大山自然公園」の石碑が立っています。 脇には「東丹沢七沢温泉郷観光マップ」や 「森林セラピー基地エリアMAP」があって、今回歩く鐘ヶ嶽が載っていました。 簡単な解説文もあったので、今回の散策に関連するものを載せておきます。 石碑の横を過ぎていくと、道は次第に登り坂になり、大きく左へ曲がっていきます。
東丹沢七沢温泉郷観光マップ
鐘ヶ嶽 鐘ヶ嶽(561m)は、古くから知られ「大応嶽」「浅間山」とも呼ばれる。 昔、竜宮から上げた鐘をこの山に納めたという伝説や、 上杉定正の居城となった七沢城への合図のために鐘が置かれたともいわれている。
浅間神社 鐘ヶ嶽山頂手前に位置し、登り口から浅間神社まで28の道程に分けて、 それぞれの箇所に1丁目〜28丁目までの石碑が置かれている。
鐘ヶ嶽ハイキングコース 鐘ヶ嶽(561m)は、釣り鐘型の山。 途中には石碑や石仏、山頂の木立の中には等身大の石仏がある。 途中急な坂もあるので注意を。
七沢城 七沢城は、室町時代戦乱の激しくなったころ、自然の山を利用して築かれた山城の一つで、 当時の上杉氏の重要な拠点であった。
広沢寺 曹洞宗の寺で、薬師如来を本尊とし、最乗寺(足柄上郡関本)の了庵(応永18年(1411)卒)が開山し、 上杉定正が中興した。「新編相模国風土記稿」
七沢自然ふれあいセンター 豊かな自然に囲まれた中で、市内小・中学校の児童生徒や多くの市民の方々が生涯学習活動を行うための宿泊施設。 レクリエーション、文化、野外活動、各種研修など様々な体験活動を行うことができる。
七沢名物料理 丹沢山塊には、現在でも野生の鹿や猪が多数生息しており、冬には名物の猪鍋が味わえる。 この他、ワラビ、キノコなどの山菜を始め、山芋、栗、ニジマスなどの季節の味覚が楽しめる。
 (厚木市、厚木市観光協会)
森林セラピー基地エリアMAP
健康づくり村〜東丹沢七沢温泉郷〜
森林セラピーロード
(1)二の足林道 約3.5km/約2時間
(2)鐘ヶ嶽ハイキングコース 約3.7km/約3時間
(3)白山巡礼峠ハイキングコース 約3.4km/約2時間
 (厚木市都市整備部地域再生課)
鐘ヶ獄バス停
携帯電話会社の電波塔を過ぎて道が緩やかになってくると、 鐘を伏せたような特徴ある形をした鐘ヶ嶽が正面に見えてきます。 広沢寺温泉入口バス停から5分ほど進んでいくと鐘ヶ獄バス停があります。 傍には「鐘ヶ嶽 1時間10分」の道標と、「せんげん道」と刻まれた石碑があります。 鐘ヶ嶽への登り道は、山頂にある浅間神社への参道でもあったようです。 左手には携帯電話会社の電波塔が立っています。 ここで道が二手に分かれています。 中ほどのガードレールの角には手製の道標が取り付けられていて、 右手の道は「鐘ヶ嶽ハイキングコース」、左手の道は「広沢寺温泉」となっています。 鐘ヶ岳への登り口は右手へ降っていく道を進んでいくのですが、今回は正面に続く道を進んでいきます。
(右手の道は「鐘ヶ嶽」を参照)
せんげん道
広沢寺入口から七沢の鎮守である浅間神社(鐘ヶ嶽山頂)までが「せんげん道」と呼ばれている。 江戸時代の中頃、富士山の噴火による被害が甚大であった事から、 怒る山の恐ろしさを信仰によって鎮めようと降灰を集めて塚を築き、浅間神社として信仰を集めた。
河鹿の沢バス停
畑地などを眺めながら緩やかな道を進んでいきます。 やがて降り坂になってくると、竹林の手前で左手へ道が分かれていきますが、右手へと更に降っていきます。 赤レンガ塀が続く民家を過ぎていくとT字路に出ます。 角には河鹿の沢バス停があります。 本数は非常に少ないのですが、[厚38]広沢寺温泉行きバスに乗れた場合は、ここまでバスで来ることができます。 正面には道標が立っていて、右手の道は「不動尻3.9km」、左手の道は「白山巡礼峠1.1km」、 今来た道は「鐘ヶ岳ハイキングコース0.6km」となっていますが、ここは右手へと進んでいきます。
二の足林道
すぐの所にある「丹沢大山国定公園」のモニュメントを過ぎて緩やかな登り坂を進んでいくと、 左手を流れる七沢川の向こうには田んぼが広がってきて、枯れ草などを焼く煙も立ちのぼっていました。 この先にかけて続く舗装路は二の足林道というようです。 綺麗に咲いた紅白の梅の花などを愛でながら進んでいくと、右手の山際に庚申塔が幾つか並んでいました。 その脇から石段が続いていたので登ってみると、石祠が幾つかありました。 正面にある石祠の横には「熊野神社」と刻まれた石碑がありました。
二の橋
庚申塔群を過ぎていくと、道はなだらかになってきます。 七沢川に架かる大沢田橋を見送って川沿いに更に進んでいくと、 七沢川に二の橋が架かっています。 その手前から右手へ道が分かれていきます。 角には石仏や石碑などが幾つか並んでいて、解説板も設置されています。 以前に来た時には見かけませんでしたが、「七沢城址の概要」と題した解説板もあって、 往時の様子を描いた図会が載っていました。 また昭和18年に写した写真も載っていて、 右端の山が見城、その左奥が大山、その左手写真中央部が日向薬師裏山とのことです。 広沢寺温泉へは右手の道を進んでいくのですが、 鐘ヶ嶽へは正面の二の橋を渡っていきます。
七沢城址の概要
室町時代の中ごろ、宝徳2年(1450)のことです。 鎌倉公方足利成氏の近臣たちと関東管領山内上杉憲忠の重臣たちとの間に争いが起こります。 上杉方に攻められた成氏は、いったん江の島にのがれますが、七里が浜での合戦で上杉方は敗退し、 憲忠は七沢山に要害を構えました。 成氏は、この年5月に事態の成り行きなどを記した書状を室町幕府に差し出しました。 これが「鎌倉大草子」という書物の中に残っており、 初めて文献の中に、七沢城に関する記述が登場することになります。 長享2年(1488)、山内、扇谷両上杉氏の間に不和が高じ、 山内上杉顕定が、当時扇谷上杉氏の所有していた七沢城方面に襲来します。 扇谷上杉定正は川越から一昼夜で駆けつけ、七沢城付近の南実蒔原において、 少数の兵で顕定の大軍を破り、奇跡的に勝利をあげました。 これが実蒔原の合戦です。 しかしこの時、定正側にも大きな痛手が生じたらしく、 一説には、この時七沢城主であった七沢朝昌(定正の兄弟)が戦死したとも伝えられています。 七沢城が最終的に放棄された時期について、はっきりしたことは分かっていません。 おそらく、小田原北条氏がこの地域を征圧する16世紀半ばではなかったかと思われます。 城の中心は、現在七沢リハビリテーション病院脳血管センターが建っている部分と思われますが、 病院の東側、市立七沢児童館の建設に先立って行われた発掘調査の結果、 ここにも15世紀の建物址などが残っていることが発見されました。 建物址には、火災を被ったような痕跡があり、16世紀まで下らずに放棄されたようです。 もしかすると実蒔原の合戦の際に炎上したのかもしれません。 七沢城は中世の山城であり、江戸時代の天守閣を備えた城とはかなり違ったものだと思われます。 丘陵の地形をうまく利用し、部分的に造成を行いながら、 相当な面積にわたって、大規模な砦のようなものを築いたのではないでしょうか。 この付近には、七沢城に関連すると思われる古い地名が残っています。
ここは広沢寺(こうたくじ)
足柄上郡関本最乗寺の開山了庵慧明禅師が、この地に庵を営み露白庵と号したことに始まると伝えられており、 住僧原佐禅師のとき露白庵を一寺とした。 上杉定正は、禅師に深く帰依し寺を庇護した。 広沢寺は、定正の菩提寺となり定正と鶴姫の墓が建てられている。
 (厚木市産業振興部観光資源課)
下向き地蔵(左側にある地蔵様です)
昔、七沢の石工の弟子が地蔵様を造ったが、できあがるという時に花を欠いてしまった。 弟子はもう一遍造ったが、できあがった地蔵様は申し訳なさそうに下を向いておった。 そこで親方は「地蔵様を高い所へのせれば、お参りに来た人に優しく語っているように見えるで」と 弟子に台石を造らせて、地蔵様を高い所に上げさせた。 この地蔵様を誰言うとなく「下向き地蔵」と呼ぶようになったそうな。
 (広沢寺第十六世蔵雲恵密代造)
豆腐地蔵(広沢寺本堂に安置されています)
ある雪の積もった朝、七沢の豆腐屋が家の前を見ると、山に向って誰かの足跡がついていた。 「こんなに朝早く来た人もいるもんだ」と足跡をたどって行くと、 広沢寺奥の地蔵堂の所でとまっていた。 主人は豆腐を置いて帰ってきた。 その夜、豆腐屋の夢の中に地蔵様が現れ「私は及川村のある寺におった地蔵だが、及川村は豆腐屋がなく、 この七沢にやってきた。これからも頼む、そのかわりこの村に来る疫病を追い払ってやる」。 村の人々はこの地蔵様を豆腐地蔵と呼び、毎日毎日豆腐を上げお参りし、 みんな長生きをしたそうな。
 (厚木らしさの創造推進事業玉川地区協議会)
左手にある駐車場を見ながら進んでいきます。 駐車場の先にも最初に見かけた「東丹沢七沢温泉郷観光マップ」がありました。 脇には「森林セラピーロードマップ」がありましたが、 最初に見かけたのとは少し違った図になっていました。 今回は山の神隧道の手前で二の足林道がS字形に曲がっている辺りから小尾根に取り付きます。
丹沢大山鳥獣保護区区域図
この区域は鳥獣の捕獲が禁止されております。 鳥獣の保護にご協力をお願いします。
 (神奈川県)
保安林区域
保安林内で知事の許可なく次の行為をすることは禁止されています。
立木竹の伐採、立木の損傷、家畜の放牧、下草落葉落枝の採取、土石樹根の採掘、開墾 その他土地の形質を変更すること。
(注)これに違反した場合は、森林法の規定により処罰されます。
 (神奈川県林務課、各農林事務所林務課)
土石流危険渓流 相模川水系七沢川
土石流が発生する恐れがありますので、大雨の時は十分注意して下さい。
 (神奈川県、厚木市)
森林セラピーロードマップ
健康づくり村〜東丹沢七沢温泉郷〜
森林セラピーとは、森林の生命力などを五感を通して感じたり、森林環境を効果的に活用することで、 心と身体の健康維持・増進に活用していく取り組みの総称です。
セラピーロード
二の足林道 約3.5km/約2時間
舗装された林道を歩くこのコースは、約200mの山神隧道を抜けると、 谷太郎川を望む渓谷に変わり、先は大山に向かう登山道となります。
鐘ヶ嶽ハイキングコース 約3.7km/約3時間
栗畑やみかん畑の明るく気持ち良い野道を進むと見える釣鐘型のどっしりとした山が鐘ヶ嶽です。 行く先々にある石仏や山頂までの道程を示した石碑は、訪れる人達を歓迎してくれます。
 (厚木市産業振興部観光資源課)
愛宕社
釣堀への分岐の手前から左手へと登っていく石段があります。 石段の脇には「見城山頂へ1.0km,約40分」の道標が立っていて、その石段を指しています。 広沢寺温泉入口バス停から27分ほどで到着しました。 「奉納 愛宕大権現」の赤い幟が並んだ石段を登っていくと、すぐに社殿があります。 神社の由来書きによると「山の安全」の神様でもあるようなので、 これからの散策の安全をお祈りしていきました。
見城ハイキングコース
石段を登り切った所の右手から、社殿の脇を過ぎて正面の山へと「見城ハイキングコース」が始まります。 この愛宕社から見城山頂へ登り、七曲峠から大釜弁才天へと降る約1.5kmのコースで、2006年11月に開かれたようです。 コース名の「見城」は「みじょう」と読むようで、 自然の山を利用した山城のひとつ「七沢城」を望む地形であることからつけられた名前とのことですが、 訓読みと音読みが混じった不自然な感じがします。 (「見城山」を参照)
愛宕社(愛宕社の由来)
廣澤寺本堂正面に対峙する愛宕社の草創は1532年、愛宕山大権現・道了大権現を廣澤寺鎮護神とし奉請することに甫る。 其後1753年龍天護法大善神、白山妙理大権現、秋葉山大権現、山王大権現、金比羅大権現、石尊大権現、 熊野三社大権現、飯縄大権現、伊勢天照大神宮、春日大明神、稲荷大明神、八幡大菩薩、富士浅間大菩薩、 七沢石の男神の諸善神を合祀し、仏法興隆、防火鎮火、山の安全、豊作豊漁、身体健全、福徳開運、旅行安全、 夫婦円満等人々の幸福を祈る神仏混淆時代の名残を留める。 社殿は1790年、1821年、1855年、1882年に改修・再興される。 現社殿は1988年廣澤寺檀徒有志、有縁の人々の浄願成って竣工す。
 (曹洞宗 太冨山 廣澤禅寺)
WARNING
H22年7月27日目撃。 この周辺地区でクマの目撃情報がありましたのでご注意ください。
川魚料理の看板が出る釣堀への道を見送って二の足林道を進んでいきます。 谷筋に続く畑などを眺めながら緩やかに登っていくと、山際に電気柵が続くようになります。 猪・猿・鹿などの絵が描かれている看板も取り付けられていました。 設置工事の終盤だったようで、この時にも工事関係者と思われる人達が何やら作業をしていました。 民家へ続く小橋を見送っていくと道が二手に分かれています。 角には道標が幾つか立っていて、右手の道は「不動尻3.1km」「鐘ヶ嶽2.6km」、 左手の道は「大釜弁財天0.7km・日向山山頂1.3km」「日向薬師1時間15分」「ナイスの森」、 今来た道は「広沢寺温泉0.6km」「広沢寺温泉5分」となっています。 左手の道には「厚木市七沢弁天の森キャンプ場」の看板が立っていて、 「弁天の森キャンプ場 直進1.5km」となっていました。
(左手の道は「鐘ヶ嶽」を参照)
鳥獣被害対策として電気柵を設置しています。 扉を開けた方は必ず閉めてください。
 (厚木市)
鐘ヶ嶽に向かって右手の道を進んでいくと、沢が合流している所があります。 左手の沢に架かる小橋を渡り、右手の沢に架かる橋を見送っていくと、 左手に「大釜弁財天道」と刻まれた石碑が立っていました。 昔にはこの道を通って大釜弁財天まで行ったのでしょうか。
大釜弁財天道
大釜弁財天へ参拝する道であり、昔は大勢の人々がお参りや山仕事のために通った。 弁財天前の七つの滝つぼは、往時晴天の続いたとき、村民が集り雨乞いをしたところと伝えられている。
注意
ハンターの皆さん! この付近は鳥獣保護区になっています。 猟犬の訓練はしないでください。
 (神奈川県)
新大平橋
軽い登り坂になってきた林道を進んでいくと、右側に棚田が広がってきます。 その先には大きな橋が見えてきました。 以前に来た時にはありませんでしたが、近年になって建設されたようです。 山際には立派な道が出来ていました。 旧来の道は谷側に続いていますが、「工事関係者以外立入禁止」の看板が出ていました。 右下を流れるのは山の神沢で、この橋は新大平橋というようです。 橋の上流すぐの所には砂防ダム「山の神沢2号提」があって、旧来の道は寸断されてしまったようです。 橋から下流側を覗いてみると、旧来の道が良く見えました。 沢には橋が架かっていますが、それが「大平橋」というのでしょうか。 道端に「クマにご注意ください」の看板が立っているのが見えましたが、 以前に歩けた時の名残でしょうか。
棚田復元事業
大自然七沢の景観を大切に。
この事業は厚木市の勧める「里山マルチライブプラン」を基に、 「七沢里山づくりの会」がしない在住者等のボランティアの協力により実施しているものです。
 (厚木市、七沢里山づくりの会)
ハイカーのみなさんへ
・ゴミは必ず持ち帰りましょう。
・タバコの投げ捨てはやめましょう。
・樹木等の採取はやめましょう。
自然はみんなの財産、マナーを守って楽しんでハイキングを!
 (厚木市)
クマにご注意ください
クマの出没が目撃されています。
・音を鳴らして行動する。
・見晴らしのよい場所を歩く。
・刺激せず、その場を立ち去る。
 (厚木市)
新大平橋を渡って降っていくと、旧来の道が左手から合流してきます。 その先へ進み始めると、道端に赤文字で「大平 石切場」と刻まれた石標がありました。 石標を過ぎていくと、程なくして植林地に入っていきます。 左手には引き続き沢が流れています。 「警笛鳴らせ」の道路標識を過ぎていくと、右手にS字形に曲がっていく所に 「一般車両通行禁止」と題した大きな看板が設置されていますが、 心無い者がペンキで落書きしていて読めなくなっていました。 脇には道標が立っていて、この先の道は「不動尻2.3km」、今来た道は「広沢寺温泉1.4km」となっています。
一般車両通行禁止
この林道は、林業経営のために作られていますので、一般道路とは異なりカーブがきつく、 また防護施設も十分ではありません。 下記以外の車輌の通行を禁止します。 なお、7月1日より8月31日までは、神奈川県公安委員会の規則により前面通行禁止です。
 ・林業関係車輌 ・林道関係車輌 ・工事関係車輌
 ・地元関係車輌 ・林道沿線施設利用関係車輌
通行可能は方については、次の注意事項を厳守願います。
1.制限速度20km/h以下
2.制限重量40トン以下
3.台風・集中豪雨・地震・積雪・路面凍結時は通行禁止
4.日没1時間後から日の出1時間前までの時間帯は通行禁止
 (神奈川県厚木警察署、神奈川県県央地区農政事務所)
保安林区域図
この区域は森林がもっているいろいろな働きを守るため、保安林に指定されています。 保安林内で木を伐採したり、植物や土石を採取するときは許可が必要です。 くわしい事は右記へお問い合わせ下さい。
 (神奈川県県央地区行政センター農林部林務課)
通告「落書きは犯罪です」
道路を含め器物への落書きは、刑法第261条の器物損壊の行為に当ります。 違反行為をした者は、損害賠償の責を負うことや長駅又は罰金等に科せられることがありますので、 絶対にやめてください。 落書きを見つけた方は、下記まで情報をお寄せください。
 (神奈川県厚木土木事務所河川砂防課・許認可指導課)
車止めゲート
沢に架かる小橋を渡って、植林地に続く林道を緩やかに登っていきます。 「砂防指定地」の看板を過ぎていくと、登り傾斜が増してきます。 左へS字形に曲がりながら登っていきます。 小橋を渡って植林地に続く林道を更に登っていくと車止めゲートがあります。 新大平橋を渡ってから6分ほどの所になります。 「一般車両通行禁止」と題した真新しい看板もありましたが、先ほど見かけた看板と同じ内容になっていました。 ゲートの脇を過ぎていくと、道は右手の沢に架かる小橋を渡って戻るようにして続いています。 橋の手前と渡った所に道標が立っていて、 この先に続く道は「不動尻1.9km・鐘ヶ嶽1.4km」、今来た道は「広沢寺温泉1.8km」となっています。
砂防指定地 山の神沢・大沢
この土地の区域内において、住宅造成、家屋の新築、土採取等の行為をする場合は、 県知事の許可が必要ですから厚木土木事務所にご相談下さい。
たきび・たばこに注意
 (神奈川県)
登り口
白いガードレールが設置された山際の道を登っていきます。 曲り角まで来ると、山際には石垣が続くようになります。 今回はこの辺りから地形図に載っている破線の道を登ろうとやってきました。 石垣が始まる所から尾根へ踏み跡が続いているようでしたが、石垣があって登れませんでした。 登れる所はないかと左へ曲がっていく林道を更に進んでいくと、 石垣が途切れた先から登っていく踏み跡がありました。 林道ゲートから2分半ほど、広沢寺温泉入口バス停から1時間ほどで到着しました。 このまま二の足林道を進んでいくと、山の神隧道の手前から登っていく道があるのは知っているのですが、 今回はここから登っていくことにしました。
(正面の道は「鐘ヶ嶽」, 「梅の木尾根」を参照)
注意
カスミ網の使用は禁止!
 (神奈川県)
すぐに左へ曲がって登っていくと、左手から登ってくる尾根道に出ました。 先ほどの石垣の始まりの所から登ってくる道のようでした。 その道を併せて右手へ続く小尾根を登っていきます。 あまり歩かれていない様子ながらも、道は広めに続いていました。 神奈川県の設置する赤頭白杭の標柱「水源の森林TK.18」を過ぎていくと、 左右が切り立った崖のようになった馬の背の尾根になってきます。 程なくして登り傾斜が増してきて、脹脛が痛くなってきました。 「TK.15」の標柱を過ぎて更に尾根を登っていきます。 傾斜はかなりあるものの、分かり易い尾根が続いていました。
注意
ここは鳥獣保護区です。 鳥や獣を守ってください!
 (神奈川県)
角張った砕石が目だつようになった尾根を登っていくと、左手に有刺鉄線の鹿避け柵が続くようになります。 道はその傍に沿って続いています。 柵が倒れてしまっている所もあるので、踏んで足の裏を刺したりしないよう、道を選びながら登っていきました。 かなり傾斜があって、脹脛だけではなくて背中も痛くなってきました。 「TK.11」の標柱を過ぎて更に登っていくと、少し傾斜が弛んできます。 右側の谷向かいには、これから向かう鐘ヶ嶽と思われる山が見えていました。 「TK.6」の標柱を過ぎていくと植林地になってきます。 アオキなどを避けながら柵沿いに更に登っていくと、柵は尾根から外れて左斜面へ曲がっていきます。 登り口から16分ほどの所になります。 踏み跡も鹿避け柵に沿って左へ曲がっていきますが、正面に続く尾根を真っ直ぐに登っていきます。 入口には雑木などが茂っていて不明瞭ですが、少し登ると分かり易い尾根になってきます。
試しに左手の道を歩いてみました。 3分ほど進んでいくと、二重になった金網柵があります。 扉を開けてその先へ進んでいきます。 右上には稜線が見えていますが、いくら進んでも尾根へ登っていく気配がありません。 どうやら巻き道か林業用作業路のようでした。 次第に道は心細い状態になってくるし、尾根には続いていないように思えたので引き返してきました。
(これに要した時間は所要時間に含めず)
引き続き傾斜の急な尾根を登っていきます。 時折休んで振り返ると、これから向かう鐘ヶ嶽が尖った頭を見せていました。 再び近づいてきた鹿避け柵に沿って登っていくと、「TK.68」の標柱が立っています。 登り口から24分ほどの所になります。 この辺りから歩き易くなってきました。
帰宅してから調べてみると、山の神隧道の上にある鞍部からこの辺りへ登ってくる道があるようでした。 地形図にも破線で示されている分岐点になるようでしたが、 この時にはその道には気が付きませんでした。 (「鐘ヶ嶽北尾根」, 「梅の木尾根」を参照)
見晴広場分岐
丸い尾根の背に続く鹿避け柵沿いに登っていきます。 彼方此方に倒木があったりもしますが、歩き難いことはありませんでした。 「TK.72」の標柱を過ぎて更に登っていくと、少し開けた所に着きました。 角の鋭い岩が剥き出した所になります。 地形図に載っている破線の道が分かれている所になるようです。 登り口から31分ほどで登って来られました。 正面の樹間からは山並を見渡せる眺めが広がっていました。 見覚えのある所だと思っていると、 以前に山の神隧道の上にある鞍部から南側の尾根にある「見晴広場B」へ登っていった道でした。 ここから左へ曲がっていく尾根沿いに鹿避け柵が続いていますが、今回は右へ続く尾根を降っていきました。
(左手の道は「鐘ヶ嶽北尾根」, 「梅の木尾根」を参照)
植林地が続く丸い尾根の背を降っていきます。 少し緩やかになった所を過ぎて傾斜が増してきた尾根を降っていきます。 明瞭な道は付いていませんが、僅かな踏み跡を辿りながら、尾根の背を外れないように降っていきました。 10分ほど降っていくと、次第に尾根に続く踏み跡が不明瞭になって細木なども生えて降り難くなってきました。 右手には植林地が広がっていたので、その斜面を降っていきました。 杉の葉などが積る斜面には明瞭な踏み跡は見うけられませんでしたが、 歩く分には特に障害もないので降っていけました。 程なくして下の方に見えて来る明瞭な道に向かって真っ直ぐ降っていくと、谷筋に続く山道に降り立ちました。 見晴広場分岐から15分ほどで降りて来られました。 道標類はありませんが、左手へ降っていきました。
二の足林道
すぐに右辺へ曲がって、谷筋に続く道を緩やかに降っていきます。 少し広くなった所を過ぎて板などが敷かれた所を過ぎていくと、 山道に出た所から2分ちょっとで二の足林道に降り立ちました。 右手に流れる沢には橋が架かっています。 脇には道標が立っていて、右手の道は「七沢」、 左手の道は「不動尻」、今来た道は「鐘ヶ嶽」となっていました。 林道に出る手前にも小さな板切れがあって、今来た道は「山の神尾根〜鐘ヶ嶽」となっていました。 林道を右手へ2分ほど進んでいくと山の神隧道があって、 そこを抜けた先に登り口があるのは知っているのですが、 今回は、以前から気になっていた谷筋の道を引き返していきました。
二又に分かれている谷の右側に続く道を登っていきます。 先ほど降り立った所を過ぎてV字谷を進んでいくと、小さな丸太の木橋が架かっています。 木橋を渡って、その少し先に現れる横木の階段を登っていきます。 左へ曲がりながら階段を登っていくと、小さな切通のような所があります。 そこを過ぎて道なりに右から左へと谷筋を横切るように進んでいきます。 トラロープが張られた丸太の木橋を渡って、道なりに左へ進んでいくと、 上の方が明るくなって峠が近づいてきます。
鞍部
傾斜が増してきた山道を登っていくと、十字路の峠になった鞍部に着きました。 二の足林道から10分ほどで登って来られました。 ここは山の神隧道の上にある分岐で、隧道が出来るまでは尾根を越えていく道として使われていたように思えました。 正面が開けていて、街並みまでの眺めが広がっていました。 脇には丸太のベンチも設置されているので、ひと休みしていくのに良い所です。 幾つか立っている道標によると、正面の道は「広沢寺温泉」「山の神隧道・広沢寺温泉へ」、 左手の道は「鐘ヶ嶽山頂へ30分」、今来た道は「らくらくコース 広沢寺温泉 山の神隧道経由」となっています。 道標の裏側にマジックで書き込まれたメモによると、右手の道は「見晴広場B」となっています。 支柱には緊急時位置確認表示板 鐘ヶ嶽コースNo.14」が取り付けられていました。 右手の道は先ほど登ってきた「TK.68」の標識の所を経て「見晴広場B」へ続いていますが、 今回は鐘ヶ嶽に向かって左手の道を登っていきます。
(正面の道は「鐘ヶ嶽」, 「梅の木尾根」、 右手の道は「鐘ヶ嶽北尾根」, 「梅の木尾根」を参照)
緊急時位置確認表示板 鐘ヶ嶽コースNo.14
緊急時は、携帯電話でコース名、番号を119番又は110番に通報して下さい。
 (厚木市)
右傾斜の斜面から尾根の背に出て、その先へと進んでいきます。 「鐘ヶ嶽ハイキングコース」になっていて、歩き易い道が続いています。 鞍部から1分半ほど進んでいくと、僅かな高みを巻くようにして左手へ曲がっていきます。 試しにその高みへ登ってみましたが、大きなモミの木の袂に赤頭短杭があるばかりでした。 その先へ降っていくと巻いてきた道に降り立ちました。 その先の馬の背のような尾根からは、左手に尖った高みが見えていましたが、 その奥に連なる三峰山の南東にある標高760mほどの高みのようでした。
「TK.52」の標柱を過ぎていくと、登り傾斜が増してきます。 振り返ると、丹沢大山へと続く稜線が見えていましたが、 中腹辺りまで白くなっていたので、まだかなり雪が積っているようでした。 僅かな高みを右へ巻いていくと、「No.13」の表示板がありました。 右傾斜の斜面に続く道を進んでいくと、右手が開けてきて眺めが広がってきました。
一旦尾根の背に出ますが、道はまたすぐに右斜面に続くようになります。 僅かな高みを巻いて尾根の背に出ると、横木の階段が始まります。 その登り口には「第三五号」「神奈川県」と刻まれた石標がありました。 雑木林と植林帯を分ける尾根に続く横木の階段は幅が広く、段差もそれ程高くはなくて、歩き易くなっていました。 階段は1分もせずに終わりになります。 「TK.39」の標柱を過ぎて植林帯の尾根になってくると、鹿避け柵が続くようになります。 倒れていて用をなさない所もありましたが、既に樹木が成長していて、あまり必要はなさそうでした。
鐘ヶ嶽 (標高561.1m)
傾斜が弛んで歩き易くなった尾根道を進んでいきます。 「No.12」や「No.11」の表示板を過ぎていくと、明るい雑木林に変わってきます。 雑木林を過ぎて登り傾斜が増してくると、再び植林帯になります。 「第六三号」や「第六六号」の石標を過ぎて鹿避け柵沿いに登っていくと、 三等三角点のある鐘ヶ嶽の山頂に着きました。 鞍部から22分ほどで登って来られました。 山頂には向こう側を向いて石仏が二体並んで立っています。 「七沢城址の概要」と題した解説板もありますが、二の橋の所で見かけたのと同じ内容でした。 以前には太い樹木がベンチ代わりに何本か置かれていただけだったように思いますが、 この時には真新しいテーブル・ベンチが出来ていました。 防腐剤を塗ってから間もないのか、少しベタベタする感じでした。 周囲には樹木が生い茂っていて展望は得られませんが、 お昼をかなり過ぎた時刻になったので、ここで昼食タイムにしました。
ここは鐘ヶ嶽(かねがたけ)
鐘ヶ嶽(標高561m)の名は古くから知られ、浅間山とも呼ばれています。 昔、竜宮から上げた鐘をこの山に収めたという伝説や、 戦国時代に上杉定正の居城となった七沢城への合図のために鐘が置かれたと言われている。
 (厚木市産業振興部観光資源課)
ゴミは持ち帰りましょう
 (丹沢大山ゴミ持ち帰り運動推進協議会)
浅間神社
お腹も満ちたところで、鐘ヶ嶽から下山していきます。 山頂には道標が立っていて、正面の道は「鐘ヶ嶽入口1時間10分」、 今来た道は「広沢寺温泉1時間20分」、ここは「鐘ヶ嶽561m」となっていて、 支柱には「No.10」の表示板が取り付けられています。 道標に従って、三角点の先へ続く坂道を降っていきます。 木の根や岩が剥き出した坂道を1分半ほど降っていくと浅間神社の境内に降り立ちます。 降り立った所には道標が立っていて、今降って来た道は「鐘ヶ嶽山頂60m」となっています。 社殿には「浅間宮」の扁額が掲げられていました。 左手には「更新御縁年記念」と刻まれた大きな石碑があって、裏面には「村社 七澤神社」と刻まれていました。 傍には推進委員芳名を刻んだ石碑もありました。 ここにも「七沢城址の概要」と題した解説板もありますが、これまでに見かけたのと同じ内容でした。
ここは浅間神社(せんげんじんじゃ)
一般に浅間神社は、浅間社、又は仙元(浅間)大菩薩として呼称されていたが、 七沢浅間信仰は養蚕・子宝・安産を祈願目的としている。 別当禅法寺の僧による縁起書にも子宝・安産が示され、 由来は孝元天皇時の創設で、後に上杉定正によって造営がなされたとしている。
 (厚木市産業振興部観光資源課)
浅間神社の右手が開けていて展望が得られます。 ベンチ代わりの丸太や切り株もあるので、眺めを楽しみながら休憩していくのに良い所です。 ここからの眺めを示した石製の案内板も設置されていました。 それによると、遠くには筑波山・新宿・東京スカイツリー・ランドマークタワー・房総半島が、 眼下には白山や森の里などが広がっているようですが、 この時には生憎と霞んでいて、明瞭には見えませんでした。
眺めを楽しんだら、社殿の前に続く石段を降っていきます。 両側に緑色のロープが張られた石段を降っていくと、一段低い境内に着きました。 中ほどには石製の鳥居が立っていて、「浅間山」の扁額が掲げられていました。 右手には赤い鳥居があって、その奥には赤い色の祠がありました。 中には石祠が納められていました。 脇には「法一山大神宮社」や「八尾松彦命」と刻まれた石碑がありましたが、 浅間神社や祠との関連は分かりませんでした。
所々に踊り場が設けられた間隔の狭い石段を降っていきます。 引き続き緑色のロープ柵が張られていました。 大きな岩には「千日回佛」と刻まれた石仏もありました。 更に石段を降りて小広くなった境内に着くと、道の左側に「丁杭供養塔」や記念碑がありました。 右側には富士山の絵が添えられた「登山 廿八丁目」と刻まれた石碑がありました。 階段混じりのこの道は浅間神社の参道になっていて、丁目を数える石碑が麓まで点々と設置されています。
抑々鐘ヶ嶽浅間神社ノ参道階段ガ幾星霜ヲ経テ破損乱離 トナリ昇降困難ヲ極メタ為メ七澤氏子並ビニ千葉県市川 市ノ信者小島氏一族ノ協賛ヲ仰ギ地元石工ノ施工ニ依リ 補修工事完遂ヲ記念シ塔ニ記ス 昭和五十二年四月吉日
幅は広いものの間隔の狭い石段を降っていきます。 足を少し斜めにしないと踏み外してしまいそうになります。 「No.9」の表示板を過ぎて石段が終わる所まで降っていくと「登山 廿七丁目」の石碑が立っています。 再び現れる石段が終わってその先へ降っていくと「登山 廿六丁目」の石碑が立っています。 左側に鹿避け柵が続くようになった参道を降って傾斜が弛んでくると、 「No.8」の表示板と「登山 廿五丁目」の石碑が立っています。
廿二丁目
少し岩が剥き出した坂道を降っていくと、馬の背のような丸くて緩やかな尾根になります。 左右の樹間から見える山並などを眺めながら進んでいくと「登山 廿三丁目」の石碑が立っています。 「 廿四丁目」の石碑が抜けているようでしたが見落としたのかも知れません。 緩やかな尾根を更に降っていくと、周囲が少し開けた岩場に着きます。 浅間神社から16分ほど降った所になります。 ここに「登山 廿二丁目」の石碑などが幾つか立っています。 脇には「No.8」の表示板が取り付けられた道標も立っていて、 この先の道は「鐘ヶ嶽入口50分」、今降ってきた道は「鐘ヶ嶽山頂20分」となっています。 右手から振り返ると、手前の樹木に邪魔されながらも白くなった尾根が聳えていましたが、丹沢大山へと続く稜線でしょうか。
展望地
眺めを確認したら、傾斜が増してきた坂道を降っていきます。 「登山 廿一丁目」の石碑を過ぎると少し傾斜が弛んできます。 少しU字形に窪んだ道を曲がりながら降っていくと、 右手へ曲がっていく角に、木が束ねられたベンチがありました。 先ほどの岩場から2分ちょっと降った所になります。 正面が開けていて展望地になっていたので、ここでも眺めを楽しんでいきました。 左手の方には切り崩された山が見えていましたが、方角からすると荻野高取山でしょうか。
拾八丁目
展望を楽しんだら、その先へと降っていきます。 タマネギのような形をした同心円状に割れた石が道の各所に頭を出していました。 丹沢山系でよく見られる石で、凝灰岩類が地表に露出してから、風化作用によって形成されるのだそうです。 そんな石を眺めたりしながら降っていくと「登山 二拾丁目」の石碑が立っています。 その先の大きな岩の傍を過ぎていきます。 右・左と曲がりながら傾斜の増してきた坂道を降っていくと、「登山 十九丁目」の石碑が立っています。 程なくして現れる横木の階段を降っていくと、先ほどの展望地から3分ほどで開けた所に降り立ちました。 ここも眺めが広がる展望地になっていました。 降り立った所には真新しい道標が立っていて、今降ってきた道は「鐘ヶ嶽ハイキングコース0.7km」となっていました。 脇には「登山 拾八丁目」の石碑が立っていて、神奈川県公嘱協会の設置する「登記基準点No.080」もありました。
U字形に窪んだ横木の階段混じりの道を降っていくと、 左へ曲がっていく角に「No.6」の表示板が取り付けられた道標がたっていて、 今降ってきた道は「鐘ヶ嶽」となっていました。 「登山 拾七丁目」の石碑を過ぎていくと植林地になってきます。 「登山 拾六丁目」の石碑を過ぎていくと、 「登山 拾五丁目」の石碑と石仏が向こう側を向いて並んで立っていました。 傍には「かながわ水源の森林づくり」と題した大きな解説板が設置されていました。
かながわ水源の森林づくり
●森林の働き
森林は、雨が降ったときに土に水をたくわえ、きれいにしながら少しずつ時間をかけて河川やダム湖などへ流します。 そのため、水源地域に豊かな森林があれば、洪水や渇水は起きにくくなり、 私たちの生活に欠かせない水を安定的に確保することができます。 豊かな森林を維持するには手入れが欠かせません。 しかし、近年、外国産木材の輸入量の増加などにより、県産木材の利用が減少し、 手入れがされずに放置され、土壌が流出するなど荒廃が進む森林が増えています。
●「かながわ水源の森林づくり」とは
そこで神奈川県では水源の森林エリア内の荒廃が進む森林の土壌保全を図りながら、 水源かん養機能が持続的に発揮できる「巨木林」や「複層林」や「混交林」や 「活力ある広葉樹林」へ誘導していく「水源の森林づくり」事業に取り組んでいます。
●目標とする森林の姿
巨木林 樹齢100年以上のスギやヒノキの大木が林立している森
(下層植生が豊かな土壌保全や貯水能力に優れた森林です)
複層林 高い木と低い木からなるスギやヒノキの二段の森林
(上木を伐っても下木が残り、裸地化せずに土壌が保全される木材の循環利用が可能な森林です)
混交林 針葉樹と広葉樹が混生する森林
(様々な大きさや高さを持つ性質の違う樹木で構成される病虫害や自然災害に強い森林です)
活力ある
広葉樹林
高い木や低い木など多様な樹種で構成されている広葉樹林
(有機物に富んだ保水力のある土壌が形成される貯水能力に優れた森林です)
 (神奈川県)
ふれあいセンター分岐
解説板を過ぎて降っていくと、すぐの所から僅かな小径が左前方へ分かれていきます。 気になりながらも見送っていくと、再び左手に小径が分かれていきます。 「拾八丁目」の石碑の所から5分ほど、浅間神社から36分ほど降ってきた所になります。 脇には道標が立っていて、左手の道は「七沢ふれあいセンター1.5km」、 今来た道は「鐘ヶ嶽山頂1.2km」となっています。 支柱には「No.5」の表示板が取り付けられていました。 傍には森林セラピーの解説板も設置されていました。 このまま参道を降っていくと麓の鐘ヶ嶽入口へ続いていますが、以前にも歩いているので、 今回は左手に分かれていく道を降ることにしました。
(正面の道は「鐘ヶ嶽」を参照)
神奈川県「水源の森林づくり」契約地(水源協定林)
所在地 厚木市七沢字奥大沢2984-1外7筆
契約面積 11.78ヘクタール
水資源を大切にしましょう。
 (神奈川県環境農政部森林課、神奈川県県央地域県政総合センター森林課)
森林部と都市部における心理的変化
森林セラピーで心理的リラックス
森林の方が都市より緊張が緩和して活気がでる。
【図1】 森林浴による気分の変化
図はPOMSによる心理的気分の変化を示す。 森林浴座観後、森林は都市と比較して「緊張」「疲労」「混乱」の気分が緩和し、 「活気」が高まることが分かった。
フィトンチッド量
森林の香り成分(フィトンチッド)
フィトンチッドは血圧を下げ免疫機能を高める。
【図2】 セラピーロードにおけるフィトンチッド量
樹木の発散する化学成分であるフィトンチッドは、セラピーロードにおいて α-ピネン、サビネン、β-ピネン、ミルセン、リモネンなどが多く検出された。
 (厚木市産業振興部環境資源課)
奥半谷林道
足元にある小さな道標「自然教室」に従って左手の小尾根へ登っていくと、道は右へ曲がっていきます。 その角で左手から道が合流してきますが、手前で分かれてきた道になります。 その道を併せて右へ曲がって、小尾根の左斜面を降っていくと、すぐに鋭角に左へ折れ曲がっていきます。 土留め柵が設置された植林地を降っていくと、僅かな谷筋に降り立ちました。 そこを道なりに右折して谷筋を降っていくと、舗装路がヘアピン状に曲がっている角に出ました。 この先で見かけた道標によると奥半谷林道というようです。 参道から2分ほどで降りて来られました。 脇には道標が立っていて、今降ってきた道は「鐘ヶ岳15丁目へ」となっていました。
林道を右手へ降っていきます。 樹木越しに街並みなどを眺めながら3分ほど降って左へ曲がり始めると、 右下の谷筋から水の流れる音が聞こえてきました。 水音を聞きながら進んでいくと、左手の山から小さなが流れてきます。 地形図に載っている谷筋を流れる沢になるようです。 沢は、道に設けられた水路を通って右下の谷へ流れ降ちていました。 脇には「間伐モデル林」の標柱が立っていました。 道なりに右へ曲がっていきます。
山火事注意 火の用心!
たばこ・たきびは確実に消そう!
みどりとのふれあいでリフレッシュ
 (森林国営保険、神奈川県)
間伐モデル林(間伐を推進しましょう)
七々久保林道
「水源の森林No.251」の標柱を過ぎて、右・左と曲がりながら降っていくと、 右下に別の林道が見えてきました。 「水源の森林No.K170」の標柱を過ぎていくとその林道に降り立ちました。 この先で見かけた看板によると七々久保林道というようです。 出た所には道標「鐘ヶ岳へ」が立っていて、今来た道を指していました。 バス停へは右手に降った方が近そうにも思えましたが、 正面の土手に立て掛けられた道標「七沢自然教室」が指す左手へと進んでいきました。
登り坂になった林道を2分ほど進んでいくと、尾根にある小さな切通を過ぎていきます。 降り坂になってきた林道を道なりに降っていくと、僅かな谷筋を過ぎていきます。 脇に立つ「水源の森林づくり」の看板に載っている図によると、 今歩いている道は「七々久保林道」となっていました。 僅かに登ってから降り坂になってくると、左手の山から小さなが流れてきます。 地形図に載っている谷筋を流れる沢になるようです。 沢は道路下に埋設された太い土管を通って、右下の谷へと流れ落ちていました。
神奈川県「水源の森林づくり」契約地(水源協定林)
所在地 厚木市七沢字奥半谷3026-イほか22筆
契約面積 9.96ヘクタール
水資源を大切にしましょう。
 (神奈川県県央地域県政総合センター水源の森林推進課)
山際に石垣が続くようになった道を進んでいくと、石垣が途切れた先から左手に分かれていく道があります。 その道の入口の両側には壊れた道標が落ちていました。 どちらを指しているのかは怪しい状態でしたが、 左側の道標は「広沢寺方面」、右側の道標は「奥半谷林道」となっていました。 手元の地形図によると、参道から林道に降り立った所から左手へ進んでいくと、ここまで続いているようでした。 その途中から鐘ヶ嶽へ登っていく山道もあるようですが、今回はこのまま真っ直ぐに降っていきました。
車止めゲート
林道を緩やかに3分半ほど降っていくと車止めゲートがあります。 七々久保林道はここで終わりになります。 奥半谷林道に降り立った所から23分ほどの林道歩きでした。 ゲートの脇を抜けていくと七沢自然ふれあいセンターになります。 右手には石祠が四つ並んでいました。
神奈川県「水源の森林づくり」契約地(水源協定林)
所在地 厚木市七沢字々久保2465ほか25筆
契約面積 9.76ヘクタール
水資源を大切にしましょう。
 (神奈川県県央地域県政総合センター水源の森林推進課)
山火事注意
一、携帯灰皿を持ちましょう
一、小さな火から大きな火災
一、あなたの協力が山を救う
 (厚木消防玉川分署)
七沢自然ふれあいセンター
正面にある研修作業棟と野外炊事場の間を過ぎていくと、 右手にすぎのき広場、左手にふれあい広場があります。 その奥には大きなプレイホールがありました。 道なりに右へ曲がって石垣と金網柵沿いの道を進んでいくと、 左手から降ってくる坂道が合流してきます。 その道を併せて進んでいくと、右下には大きな集会棟がありました。 左手にある石段を登ってつどいの広場に出ると、 「厚木市七沢自然ふれあいセンター」の表示が出ている管理棟があります。 その前には「七沢自然教室」と刻まれた石碑があって、脇には解説文を刻んだ石碑がありました。 また「厚木市立七沢自然ふれあいセンター」と題した案内図もありました。
七沢自然教室
七沢自然教室は、市内の小中学校の児童・生徒が、自然と親しみながら仲間との共同生活の中で、 語り合い、学びあい、思いやりを深め、心のふれあいを図るための集団宿泊教育施設として、 昭和62年5月に開所いたしました。 この碑は、当時の中曽根総理大臣が、開所にあたり 「先見性と教育情熱に敬意を表し着実に成功されるように」との激励を受け施設名称を 揮毫していただいた書をもとに設置したものです。 なお、平成17年4月1日から「厚木市七沢自然ふれあいセンター」に名称を変更し、 児童・生徒だけでなく、多くの市民の方々に利用していただく生涯学習宿泊施設として再出発いたしました。
 (七沢自然ふれあいセンター)
管理棟を過ぎていくと、集会棟からの道が右手から合流してきます。 角には「凪ーNAGI-」と題したモニュメントがありました。 右手の奥には、先ほど登ってきた鐘ヶ嶽が聳えていました。
厚木市民憲章
大山を仰ぎ、相模川の流れに望む郷土、ここに生きるわたくしたち厚木市民は、 先人の努力をうけつぎ、県央の近代都市としての発展をめざして、この憲章をかかげ力強く前進しましょう。
一、わたくしたち厚木市民は、花や緑を愛し、きれいなまちをつくりましょう。
一、わたくしたち厚木市民は、たがいに敬い愛しあい、善意に満ちた家庭とまちをつくりましょう。
一、わたくしたち厚木市民は、教養をゆたかにし、文化の高いまちをつくりましょう。
一、わたくしたち厚木市民は、健康ではたらき、力あふれるまちをつくりましょう。
一、わたくしたち厚木市民は、進んできまりを守り、住みよいまちをつくりましょう。
ふれあいセンターを後にして、深緑色のガードレールが設置された降り基調の舗装路を淡々と進んでいきます。 3分ほど降っていくと、電気柵の扉があって、道の両側には柵が続いていました。 水道施設のような所を過ぎていくと、右手から道が合流してきます。 入口には「かぶと湯温泉 山水楼」の看板が出ていて右手の道を指していました。 すぐ先には道標が立っていて、今来た道は「ふれあいセンター」となっていました。
七沢(ななさわ)バス停
右手からの道を併せて進んでいくと、民家が見えてきました。 その脇を過ぎて坂道を降っていくと県道64号に出ます。 脇には「厚木市立七沢自然ふれあいセンター ここ左折約800m」や 「七沢自然ふれあいセンター入口 この先分かれ道を右」の看板が出ていて、今来た道を指していました。 右手には農園直売所がありました。 道路を横切って正面の坂道を降っていくとT字路に出ます。 その右角に七沢バス停があります。 車止めゲートから22分ほどで到着しました。
本厚木駅(小田急小田原線)まで、[厚33][厚34]厚木バスセンター行きバスにて23分から25分、 1時間に2本程度の便があります。 伊勢原駅(小田急小田原線)まで、[伊31][伊34]伊勢原駅北口行きバスにて21分から24分、 1時間に1本程度の便があります。