白山
散策:2012年01月上旬
【低山ハイク】 白山
概 要 白山は厚木市と清川村の境界にある標高284mほどの低い山ですが、 山頂にある展望台からは素晴らしい眺めが広がっています。 周囲は飯山白山森林公園になっていて多くの散策路が巡っています。 今回は「しでの森」の尾根から男坂を登り、白山神社を経て山頂へ向かっていきます。 山頂からは見はらし坂を筧ヶ沢へ降っていきます。
起 点 厚木市 飯山観音前バス停
終 点 厚木市 飯山観音前バス停
ルート 飯山観音前バス停…庫裡橋…龍蔵神社…大師堂…金剛寺…熊野宮…桜の広場…しでの森…男坂…長谷の森…尾根下分岐…尾根道…白山神社…狢坂峠分岐…白山…女坂分岐…飯山グラウンド分岐…見はらし坂…見はらし広場…筧ヶ沢…山門…散策道…小祠…飯山名水…飯山観音前バス停
所要時間 1時間50分
歩いて... しでの森の尾根には広い道が続いていました。 傾斜が増してくると程なくして男坂の尾根道に出ました。 横木の階段が続く男坂には、根刮ぎ倒れた樹木で捲れ上がっている所もありました。 見はらし坂は広めでしっかりとした道が続いていました。 傾斜が急な所もありましたが、迷いそうな所はありませんでした。
関連メモ 巡礼峠のみち, 白山, 白山, 白山
コース紹介
飯山観音前(いいやまかんのんまえ)バス停
本厚木駅(小田急小田原線)の北口にあるバスターミナルから、 [厚18]上飯山行きバス、[厚19]上煤ヶ谷行きバス,または,[厚20][厚21]宮ヶ瀬行きバスにて13分から20分、 1時間に2本程度の便があります。
今回は金剛寺を訪ねてから、「しでの森」の尾根を登っていきます。
庫裡橋
バス停から50mほど引き返してくると、飯山観音入口交差点があります。 その角に、小鮎川に架かる朱塗りの欄干の庫裡橋があります。 脇に佇む石仏に挨拶をしてから、板敷きになった歩道が両側に設置された広い庫裡橋を渡っていくと、 上部には飯山観音や飯山白山森林公園への歓迎を示す大きな標識が設置されています。
飯山白山森林公園へようこそ
(飯山鎮守)龍蔵神社<白山神社> (飯上山 長谷寺)飯山観音 (国重文阿弥陀如来座像)金剛寺
伝説・白龍の里 桜とたにしのまち
庫裡橋
古くは華厳山金剛寺の庫裡(くり)に向って架かっていたもので、 このことから庫裡橋と呼んだと言われている。
庫裡橋を渡っていくと、少し曲がった十字路になっています。 金剛寺は右手の道を進んでいくのですが、 左手すぐの所に龍蔵神社があるので、今回も立ち寄っていくことにしました。 左脇には「農道改修記念」と刻まれた記念碑などが並んでいます。 歩き始めてすぐの川際に「飯山の七不思議」と題した解説板が設置されていて、 小鮎川の向こう岸の土手には、各々の不思議に対応する大きな絵が掲げられていました。
龍蔵神社
七不思議の解説板を過ぎていくと、右手に鳥居が立っています。 両側に控える狛犬に挨拶をして、鳥居をくぐり短い石段を登っていくと、正面に龍蔵神社の社殿があります。 社殿の屋根は赤茶色をしていました。 本殿の屋根には6本の鰹木が乗り外削ぎの千木が聳えていました。 鳥居傍にある解説板とともに、桜の広場で見かけた解説文も載せておきます。 拝殿の前には七五三詣りの絵馬が沢山掛けられていました。 また、「神奈川の神社 参拝スタンプラリー」と題した案内板があって、 QRコードを使って参拝の記録や神社情報の表示などが出来るようでした。 今時の神社もITの時流に乗っておられるようでした。 生憎と携帯電話を持ち合わせていなかったので、試すことは出来ませんでした。 境内の右手には神楽殿が、左手には手水舎やブランコなどの遊具もありました。
龍蔵神社
鎮座地 厚木市飯山5526
祭神 級長津彦命(シナツヒコノミコト)、級長戸辺命(シナトベノミコト)
例祭日 8月1日、現在は8月第1日曜日
社殿 本殿(流造柿葺)、覆殿(神明造)、拝殿(入母屋造亜鉛葺)、神楽殿(寄棟亜鉛葺)、手水舎
由緒沿革 神亀2乙丑年(725)僧行基勧請すると云伝えられる。 古昔は井山神社龍蔵大権現と称した。 治承4年(1180)鎌倉頼朝公の願により、しんぎかん(白川殿)奉幣の相模国六十一社の内に入り、 社領も旧来の寄附地と天正19年(1591)徳川家康公より社領高二石の朱印がある。 宝暦元年(1751)拝殿を再建、天保4年(1833)本殿も再建した。 明治2年朱印地上地となり、明治6年7月30日足柄県に於いて村社に列格、 明治40年4月30日神饌幣帛料供進の神社に指定された。 昭和34年覆殿、拝殿を改築した。
特殊神事 祈雨祭(干魃に際し行われる神事である)。 当日社領に集合し、祈雨祭を執行する。 前の川原に下りて水垢離を取り、それから筧ヶ沢、通称、白山の池の水を浚うのが古例となっている。
宝物 古瓶二個、古鏡二個
参拝の作法
二拝(深い礼を二度します)  二拍手(拍手を二度します)  一拝(深い礼を一度します)
心を込めてお参りしましょう。
 (神奈川県神道青年会創立五十周年記念)
龍蔵神社
旧名は龍蔵権現社。飯山村の鎮守で、別当は本山修験の龍蔵院(飯谷山藤井坊)。 内部には「大工西海杢兵衛重信」「大工杢兵衛重吉」の墨書がある。 いずれも飯山大工。
●つぶね法師句碑   境内に、俳人つぶね(寺子屋師匠でもあった)の「ここに居ればここの上なり天の川」の句碑がある。 つぶねが金剛寺門前の白地蔵堂で没したのは嘉永4年(1851)9月8日、碑は門弟による一周忌の造立とみられる。
●石像地蔵菩薩坐像   文明6年(1474)造立。 背部の刻銘によると、この像は飯山寺(観音堂か)に置かれたものである。 「新編相模国風土記稿」は、願主恩驕i龍蔵院開山)としているが思澄(思漢とも)の誤りである。 現在、境内にある。
創立六十周年記念事業 「神奈川の神社 参拝スタンプラリー」
今般、神奈川県神道青年会の創立六十周年記念事業として、 「神奈川の神社 参拝スタンプラリー」を企画致しました。 下部のQRコードを、お手持ちの携帯電話にて読み取っていただくと専用サイトに繋がり、 参拝の履歴が記録されると共に、お参りされた神社の情報が表示されます。 このディスプレイは、神奈川県内の主要な神社にそれぞれ設置をお願いしてありますので、 皆様のご参拝の記録と記憶の一助としてご活用いただければ幸甚に存じます。
 (平成11年10月吉日 神奈川県神道青年会)
大師堂
龍蔵神社から庫裡橋の際まで引き返してきます。 以前には角に「坂東六番飯山寺」と刻まれた石碑などが立っていたのですが、 この時には住宅の建替え工事のために撤去されていました。 庫裡橋を渡った所から見て右前方に続く緩やかな坂道を登っていきます。 少し進んでいくと道が二又に分かれています。 角には「禁薫酒入門」と刻まれた石碑が立っています。 臭いが強い野菜を「薫」と言い、精力が付き過ぎて心を乱すとして、酒と共に禁止されているようです。 左側の道端にはお地蔵さんがひとつ佇んでいました。 並木が続く左側の道へ入っていくと、左手に大師堂がありました。 今では使われていない様子でしたが、左手から裏手にかけて軒が出ていて、そこに沢山の石仏が並んでいました。 「百体地蔵」というのだそうで、大師堂を取り囲んで守っているようにも思えました。
国指定重要文化財 木造阿弥陀如来坐像
神奈川県指定重要文化財 木造地蔵菩薩坐像
木造阿弥陀如来坐像は、像高139.3cm、檜材を使った寄木造りで、彫眼、白毫・肉髻珠には水晶をはめこんでます。 細かく彫りだされた螺髪や丸みのある面や身体など、平安時代後期に全国的に流行した定朝様式の特徴を示し、 関東地方における同様式の代表作といえます。 像内各所の墨書から、永享年間(1429〜1440)以降に数度の修理が行われたことがわかります。 もとは金剛寺境内にあった阿弥陀堂に安置されていたと思われます。
木造地蔵菩薩坐像は、像高84.2cm、頭体部を檜材の割矧ぐぎ法によって彫成されています。 像内の銘により、正安元年(1299)に院慶とみられる仏師により造られたことがわかります。 年代、作者がわかる鎌倉時代の貴重な作例です。 別名「身代わり地蔵」や「黒地蔵」ともいわれ、もちは庫裡橋のそばにあった黒地蔵堂に安置されていました。
現在両像は、金剛寺の収蔵庫及び本堂内に安置されています。
 (厚木市教育委員会)
  ネギ・ニラ・ショウガなど、臭気の強い、または辛い葱菜。
五葷  臭みのある5種の蔬菜。 仏家のニンニク・ラッキョウ・ネギ・ヒル・ニラ。 道家のニラ・オオニラ・ニンニク・アブラナ・コエンドロ。 いずれも食することを禁ずる。五辛。
 (出典:広辞苑第五版)
金剛寺
歴史を感じさせる山門をくぐって、並木や植え込みが続く道を真っ直ぐに進んでいくと、 左手の一段高い所にコンクリート製の宝物庫のようなものがあります。 その建物を見送っていくと金剛寺の本堂があります。 先ほどの大師堂とは違って、こちらの方が現在使われているお堂のようでした。 右手には庫裡と思われる建物がありました。 謂れなどを記したものはここでは見かけませんでしたが、この先の桜の広場で見かけた内容を載せておきます。
金剛寺と文化財
山号は華厳山、宗派は曹洞宗、本寺は清源院(市内三田)である。 本尊釈迦如来、開山は天文年間(1532〜1554)、中興の忠洲房怒(現宗派に改宗)、開基は空海と伝える。 金剛寺の名が初めて記録に登場するのは、「吾妻鏡」の養和2年(1182)5月25日に、 金剛寺の僧が源頼朝に提出した訴状である。 この中の寺に係る記述から、寺の開創は平安時代末頃と考えられる。 その後、この寺は金沢称名寺・鎌倉覚園寺・京都泉涌寺と深い関わりを持つとともに、 飯山観音堂とも密接な関係を有し、中世における相模国の律宗の中心寺院となったのである。
●木造阿弥陀如来坐像(国指定重要文化財)   像高139.2cm。檜材の寄木造。 平安時代後期の定朝様式の作で、金剛寺の開創を示唆する重要な仏像であり、 関東地方においても定朝様式の代表作といえる。 像内各所の墨書から、永享年間(1429〜1440)・天正19年(1591)・元禄16年(1703)・天保13年(1842)に 修理が行われたことがわかる。 本来、山門前横の阿弥陀堂(寛政2年(1790)同寺蔵絵図面に記載。3間半×2間半)に安置されていたもので、 「新編相模国風土記稿」は「古の本尊なり」と記している。
●木造地蔵菩薩坐蔵(県指定重要文化財)   像高84.2cm。頭体部を檜材の割矧ぎ法によって彫成されている。 像内の銘により、正安元年(1299)に院慶とみられる仏師により造られたことがわかる。 年代・作者がわかる鎌倉時代の貴重な作例である。
●弘法大師堂   方三間の正方形平面を持つ中世密教本堂形式の堂である。 伝承によれば明和7年(1770)の建立で、全体の雰囲気が、18世紀中ごろの建築とみられる飯山観音堂と類似し、 二寺の関係が伺われる。
●山門   一間一戸四脚門。切妻造。 元は扉が付いていた。17世紀後半、元禄期(1688〜1704)ころの建築。
●石造物   山門脇に安達藤九郎盛長の墓と称する宝筐印塔、五輪塔が数基あるが、全体に各部の寄せ集めである。 南北朝期から室町末期のものとみられる。
境内の手前から左手へ曲がっていくと、手前の建物の脇から来る道と交わる十字路があります。 角には道標が立っていて、正面の横木の階段は「桜の広場0.5km」となっています。 右手にも広めの道が続いていますが、竹製の手摺が設置された正面の横木の階段を登っていきます。 階段が終わって緩やかになった道を進んでいくと、すぐに左手へ道が分かれていきますが、 そのまま正面へ進んでいくと、程なくして墓地が現れます。 左側には石碑が整然と並んでいました。
横木の階段や石段を登って墓地を抜けて森へ入っていくと、右へ曲がっていく所に道標が立っていて、 右手の道は「桜の広場0.4km」、今来た道は「金剛寺0.1km」となっています。 道標に従って、右手に続く尾根道を進んでいきます。 下草などは生えていなくて快適な道が続いていました。 テーブル・ベンチを過ぎていくと、舗装路になる手前で、右手から広めの道が合流してきます。 金剛寺の脇にあった十字路から右手へ分かれてきた道になります。 その道を併せて、舗装路になった正面の道を進んでいきます。 左側には広い斜面が広がっていましたが、網の柵が設置されていて入ってはいけないようでした。
熊野宮
登り坂になってくると、道端にはツバキの木が沢山生えていましたが、蕾はまだ堅いようでした。 横木の階段が現れると、右手に白木の鳥居が立っていて、「熊野宮」の扁額が掲げられていました。 脇には保安林区域図があって、これから向かう白山までの道が載っていました。 鳥居をくぐって間隔の広い横木の階段を登っていくと、小広くなった所に小社が建っていました。 これが熊野宮になるようですが、由緒などを記したものは見かけませんでした。 格子戸になった正面から中を覗ってみると、ハート形の眼のようなものが二つ開いた石祠がありました。
桜の広場
鳥居の所まで引き返してきてその先の横木の階段をひと登りすると、すぐに開けた所に出ます。 ここが桜の広場になるようで、テーブル・ベンチなどが幾つも設置されていました。 広い散策路を右手へ進んでいくと、ブランコ・雲梯・滑り台などの遊具が設置された一角があります。 その先には檻があって、中に猿が飼われていました。 檻の前には同心円状になった塚があります。 四方から登っていく階段が設けられていて、上には藤棚があります。 松が2本植えられていて夫婦松というようですが、今生えているのは植え替えられた木のようです。
夫婦松
夫婦松は、飯山観音の亀甲松に次ぐ名松で、周囲は一丈有余を誇り、 楕円形馬場中央部の東側に男松、西側に女松があり、 勇壮な男松とさながら女性にも似た枝振りの女松は、夫婦松として親しまれ愛された。 縁結びの観音様を象徴するかのようなこの松も今はなく、 高く盛り上がった円形の土のみが往時の面影をとどめている。
塚の先にはトイレがあります。 その脇に「あつぎの文化財獨案内板」があって、 飯山観音前バス停から白山を経て尼寺バス停へ降るルートが紹介されていました。 トイレの右手にある厚木市飯山野外ステージとの間に 「飯山白山森林公園案内図」と題した案内板があります。 白山山頂までのコースタイムも載っていて、 男坂経由で25分、女坂経由で30分、見はらし坂経由で45分となっていますが、 今回はここから「しでの森」との境界に続く尾根を経て白山へ登っていきます。 今回は出発が遅くて、飯山観音前バス停から25分ほど歩いてここまで来るとお昼をかなり過ぎていましたが、 昼食は山頂に着いてからとることにしました。
案内板の脇から舗装された坂道を登っていきます。 「車両進入禁止」の看板を過ぎていくと、左右に道が分かれていきます。 脇には道標が立っていて、正面の道は「白山(男坂0.6km・女坂0.9km)」、左手の道は「飯山観音」、 右手の道は「飯山白山森林公園」となっていました。 支柱には緊急時の位置を確認する白山コースの標識「No.1」が取り付けられています。 正面へ進んでいくと長谷寺の観音堂の脇に出られますが、 今回はここから右手の道を進んでいきます。 すぐに現れる横木の階段を登っていくと道標が立っていて、 正面の道は「樹木園」、今来た道は「長谷寺・バス停」となっています。 支柱には標識「No.2」が取り付けられています。 左側には厚木市戦没者慰霊堂があります。
車両進入禁止
オートバイ・原付バイク・マウンテンバイク・自転車含む。
緊急時位置確認表示板 白山コースNo.1
緊急時は、携帯電話でコース名・番号を119番又は110番に通報して下さい。
 (厚木市)
慰霊堂造建立記念碑
祖国の栄光と平和を願いつつ、明治以来多くの戦役に若く尊い生命を捧げられた厚木市1400余柱の御霊の とこしえに安らかならんことを祈念し、併せて悲惨な戦争なき平和をこい願って、 ここ飯山の霊地に戦没者慰霊堂像を建立いたしました。 堂宇内安置の釈尊像は、市内妻田に在住の日展会印難波孫次郎氏に依頼し、 氏が一刀三拝の礼意をつくして造顕されたものであります。 願わくはこの功徳をもって、人類永遠の平和と郷土の繁栄が成就されますよう、 御霊のご照覧を仰ぐ次第であります。
 (厚木市長 石井忠重)
緑は森呼吸 山火事注意
たばこ・たき火はよく消そう!
 (神奈川県、森林国営保険)
火気に注意
 (神奈川県)
しでの森
道標の指す正面には金網柵が設置されています。 コの字形のレバーを回して扉を開けてその先へ進んでいきます。 植林地になった谷筋を降る道の両側には金網柵が続いていて、狭い回廊のようになっていました。 程なくして登り坂になってくる道を進んでいくと、左右に通る尾根に出ます。 こちら側には扉が設置されていなくて、両側に続いてきた柵は何のためにあるのか分かりませんでした。 ここは左右に通る尾根道と尾根を越えていく道とが交わる十字路になっていました。 角には道標が立っていて、左正面へ続く道は「水の国」、 今来た道は「長谷寺・バス停留所」「桜の広場へ・飯山観音」となっていました。 先ほど見かけた案内図によると、この尾根から向こう側がしでの森になるようで、 脇に「しでの森」の解説板や標識がありました。 「飯山白山森林公園鳥獣保護区区域図」と題した看板もあって、この付近が図示されていました。 道標にはありませんでしたが、右手の道は樹木園へ続いているようで、 男坂への道は左手に続く尾根道になります。
鳥獣被害対策として電気柵を設置しています。 扉を開けた方は必ず閉めてください。
 (厚木市)
しでの森
眼の前に広がる林は、イヌシデの林です。 大きなものでは、高さが14m、直径60cmにもなる落葉高木です。 幹が太くなると、たてに大きな凸凹ができます。 この飯山の森には、イヌシデ、アカシデ、クマシデ、サワシバなどのなかまが見られます。 林は、おもちゃなどの小木工やきのこ栽培、また木のはだのもようをいかして床材などに使われます。
樹種名 スギ(スギ科)
常緑の高木。大きいものでは40〜50mに達する。 温帯の山岳地に正行くしている。 造林用の樹種としてもっとも重要性のある樹木である。 材は建築用材として使用されている。
男坂
標識「No.26」や「ようすいくん」を過ぎて、丸い尾根の背に続く広い道を登っていきます。 植林地と雑木林を分ける尾根道を2分ほど進んでいくと植林地へ入っていきます。 傾斜が増してくる右傾斜の斜面を登っていきます。 道なりに左へ曲がりながら登っていくと稜線が見えてきます。 益々傾斜が増してくる道を左から右へ曲がりながら登っていくと、 先ほどの十字路から5分ほどで尾根道に出ました。 左手の僅かな高みにはテーブル・ベンチがひとつ設置されていました。 出た所には道標が立っていて、左手の道は「長谷寺約7分」、今来た道は「樹木園約5分」となっています。 また別の道標も立っていて、右手の道は「白山神社」、左手の道は「長谷寺」となっています。 支柱には標識「No.24」が取り付けられていました。 左手から右手へと続く尾根道が男坂で、長谷寺の観音堂の裏手から登ってくるとここへ来られます。
長谷の森
道標「白山神社」の指す右手の尾根道を進んでいきます。 「ようすいくん」を過ぎて、広くて緩やかな道を進んでいくと、横木の階段が現れます。 最初は緩やかですが、次第に傾斜が増して段差も高くなり、登り辛くなってきます。 道端に「長谷の森」と書かれた標柱が立っていましたが、 この辺りの森の名前のようでした。
男坂に出た所から3分ほど登っていくと、また「ようすいくん」がありました。 脇には道標が立っていて、この先の尾根に続く横木の階段は「白山頂上約7分」、 今登ってきた階段は「長谷寺約10分」となっています。 支柱には標識「No.20」が取り付けられています。 この時には落ち葉が積もって分かり難くなっていましたが、 ここから左手へ細い道が分かれて降っていきます。 その少し先の方には「通行止 この先は危険につき、通行することが出来ません」と書かれた看板が立っています。 桜の広場にあった案内板によると、女坂の途中へ続いている道のようです。 左手の道は見送って、正面の尾根に続く横木の階段を更に登っていきます。
自然環境保全地域
自然を大切にしましょう。 建築物の新改増築、土地の形質変更等は届出が必要です。
 (神奈川県)
燃やすまい みんなが来る山 歩く山
 (神奈川県)
尾根下分岐
途中には樹木が根刮ぎ倒れて、横木が捲れ上がっている所がありましたが、 危険防止のためにトラロープが張られていました。 登りの傾斜がどんどん増してきて、階段の段差も高くなってきます。 何度も立ち止まってひと休みしながら登っていくと、男坂に出た所から10分ほどで分岐があります。 以前に来た時には脇に道標が立っていましたが、この時には見かけませんでした。 正面のすぐ先には尾根が見えていて、両方の道とも尾根道に出られますが、 左手の道は白山展望台への近道で、右手の道は白山神社への近道になります。 今回は白山神社に立ち寄ってから白山展望台へ向かうべく、右手の道を登っていきました。
尾根道
斜面に沿って続く道を1分ほど登っていくと、左右に通る緩やかで広い尾根道に出ました。 桜の広場から25分ほどで登って来られました。 登り着いた所には「男坂」の標柱が立っていて、 正面には古くなって見えにくい「飯山白山森林公園案内図」があります。 また道標も立っていて、右手の道は「白山の池約2分」、 左手の道は「白山展望台約2分」、今登ってきた道は「長谷寺 男坂経由約15分」となっています。 また2本の柱に取り付けられた標識によると、右手の道は「白山の池経由元湯方面」、 左手の道は「女坂経由長谷寺方面」となっています。 支柱には標識「No.62」も取り付けられていました。 先ずは右手にある白山神社まで往復してくることにしました。
道標「白山の池」に従って、尾根道を右手へ進んでいくと、1分もしない所に鳥居が立っています。 以前は朱色をしていましたが、この時にはかなりくすんだ色になっていました。 そのすぐ先に白山池があります。 手前に石積みのある直径1m強ほどの小振りの池で、 傍には白山神社縁起の解説板と龍の像がありました。 水が涸れることのない池のようで、この時にも水が溜まっていました。 周囲や底が岩盤になっていて水持ちがいいのでしょうか。 広くはない尾根の上にあって、外から水が流れ込んでくる訳でもなく、 地下から湧き出してくる訳でもないとすれば、雨水が溜まっているのでしょうか。 たとえ雨水にしてもしばらくすれば蒸発してしまいそうに思えますが、 こんな山の上にどうして水が溜まっているのか不思議な気がします。
白山神社
白山池のすぐ先に白山神社があります。 地形図によると、白山の北側200m辺りにある標高280mほどの高みになるようです。 「白山神社」の扁額が架かる白壁の小振りの社殿の屋根には、 三本の鰹木が乗り外削ぎの千木が聳えていました。 左手には「勅諡神変大菩薩」と刻まれた石碑と、胸から上がコンクリートで補修された石像がありました。 高下駄を履いた足を開き気味にして、石座に腰掛けた姿をしていました。 「神変大菩薩」と云えば修験道の役行者(役小角)ですが、この白山神社と関連があるのでしょうか。 尾根道は白山神社の先へ続いていて道標「桜山」も立っていますが、白山展望台へ向かうべく引き返していきました。
この先の道は桜山へ続いています。(「白山」を参照)
白山神社縁記
白山神社は、厚木市飯山筧ヶ沢の頂上に位置し、眺望佳絶な所であります。 坂東六番飯山観音より登りますと約五町(550m)程の所です。 ここに昔より雨乞に霊験著しい池があり、 この池は、如何なる旱魃の時でも、池の水が涸れることがなく、 それ故、人はこれを霊地と唱え、ここに古い石像、石碑が残存しています。 往古行基大士此の地に来て、当山の絶頂に登り、 この池を見た時、霊水の湧き出る清浄な霊地であることを発見して、 この山を霊地と定め、楠木をもって霊御形を彫刻し、 加賀国白山妙理大権現(石川県石川郡に鎮座)を勧請したとあります。 下って江戸時代の明和8年(1771)別当龍蔵院隆光は、 境内にある大松(四丈)の根元より、古瓶2個、鏡3個を発掘しました。 これ龍蔵神社宝物として、今尚神社に保存してあります。 亭和年間(1801)別当隆光は、山上に於いて、修行中に霊夢によって、 同山に秋葉権現と蔵王権現を勧請し、諸難、火難消除の守護 とすれば疑なしと云々近郷、近在の住民、信仰者の力をもって、 白山神社建立を企して、文化元年(1804)再建を見ました。 社殿は、明治初年頃、不時の火災にあい烏有に帰りましたが、 御本殿は、現在龍蔵神社社務所の護摩堂を仮殿として、鎮座して居ります。 山上には只昔を偲ぶ霊地のみが、松風の音も淋しく残っていましたが、 いつまでもこのままにして置くことは忍びがたいと、昭和53年春から、 この神社再建の話しが進み、ここに飯山龍蔵神社関係者を始め氏子及び 一般崇敬者の方々の心温まる御浄財による御寄付を仰ぎ 昭和55年11月1日再建したものであります。
白山神社から引き返してきて、広くて緩やかな尾根道を進んでいきます。 尾根下分岐から登ってきた所を過ぎていくと、道端にテーブル・ベンチが二組ほど設置されています。 脇には立派な古木が生えていました。 そのすぐ先で、尾根下分岐から左手へ登ってきた横木の階段を併せて、その先へと進んでいきます。 その先の道端にもテーブル・ベンチが設置されている所が何箇所かあります。
狢坂峠分岐
広くて緩やかな尾根道を進んでいくと、「ようすいくん」を過ぎた所から、道が右手へ分かれて降っていきます。 白山神社から4分ほどの所になります。 角に立つ道標によると、正面の道は「白山展望台(女坂)」、 右手へ降っていく道は「巡礼峠1時間20分・七沢1時間45分」、 今来た尾根道は「白山神社(男坂)」となっています。 支柱には標識「No.18」も取り付けられていました。 右手の道は狢坂峠から物見峠へと続いていますが、正面すぐの所に見えている展望台へ向かっていきます。
(狢坂峠への道は「巡礼峠のみち」, 「白山」, 「白山」を参照)
白山 (標高283.9m)
狢坂峠への分岐を見送って正面の尾根道を10mほど進んでいくと、三等三角点のある白山の山頂に着きます。 白山神社から5分ほどで到着しました。 以前には「飯山白山森林公園」と題した大きな案内板が設置されていて、 公園内の散策路やその所要時間などが載っていたのですが、この時にはなくなっていました。
三等三角点
基本測量。 大切にしましょう三角点。
 (国土地理院)
画像を左クリックすると、5枚の写真が順次表示されます。
山頂には白山展望台が設置されているので、先ずは上に登って眺めを堪能しました。 厚木の街を一望できる景色が広がっています。 少し霞んでいてはっきりとはしませんでしたが、 遠くの方には横浜ランドマークタワーと思われる高いビルも見えていました。 お昼をかなり過ぎた時刻になったので、 展望台の下に設置されているテーブル・ベンチに腰掛けて、遅い昼食タイムにしました。
山火事予防
どんな火でもいやです。 山はみどりすき。
 (神奈川県)
鳥を大切に
野鳥を捕るには許可がひつようです。あなたは?
 (神奈川県)
展望を楽しんだら白山から下山していきます。 山頂に立つ「女坂」の道標に従って、展望台の先へ続く横木の階段を降っていきます。 Z字形に折れ曲がりながら降って尾根の背に出ると、右側にトラロープが張られています。 岩が剥き出したり横木の階段が設置されていたりする急な尾根を降っていくと、 山頂から4分ほどで緩やかになってきます。
女坂分岐
「自然環境保全地域」や「鳥獣保護区」の標識を過ぎていくと、道端にベンチが設置されていました。 左右の樹間から山並などを眺めながら進んでいくと、左手から登ってくる横木の階段があります。 山頂から6分半ほど降った所になります。 角には道標が立っていて、正面の道は「長谷寺 見はらし坂経由 約20分」、 左手の階段は「長谷寺 女坂経由 約15分」、今来た道は「白山頂上 約12分」となっています。 支柱には標識「No.16」が取り付けられていていました。 また、「猪久保ハイキングコース」の貼り紙もあって、 正面の道は「長谷寺」、左手の階段は「女坂」、今来た道は「白山展望台」となっています。 傍には「ようすいくん」が設置されています。 左手の階段を降っていくと観音堂の裏手へ降りられますが、このまま正面の尾根道を進んでいきます。
(女坂は「白山」を参照)
樹木を大切に!! 山火事をおこさぬように!!
飯山グラウンド分岐
広くて緩やかな尾根道を進んでいきます。 手元の地形図によると、標高220mほどの緩やかな尾根になるようです。 ベンチを過ぎていくと道標が立っていて、正面の道は「長谷寺」、 今来た道は「白山展望台」となっています。 支柱には標識「No.15」が取り付けられていていました。 道標を過ぎていくと降り傾斜が増してきます。 右側から回り込むようにして降って尾根の背に出ると分岐があります。 山頂から9分半ほど降って来た所になります。 角には真新しい道標が立っていて、右手に曲がっていく道は「飯山グラウンドまで0.9km約40分」、 今来た道は「白山展望台まで0.3km約25分」となっています。 脇の樹木に貼り紙があって、右手の道は「猪久保ハイキングコース」、 正面の道は「長谷寺」、今降って来た道は「白山展望台」となっています。 猪久保ハイキングコースは右手へ曲がって降っていく道になりますが、 今回は正面の尾根に続く道を降っていきます。
(猪久保ハイキングコースは「白山」を参照)
見はらし坂
かなり傾斜のある尾根を降っていきます。 落ち葉が積もっていましたが、広めで明瞭な道が続いていました。 こういう所には横木の階段が設置されていてもよさそうだがと思いながら降っていきました。 滑って転ばないよう足元に注意しながら、急な尾根を2分ほど降っていくと、緩やかで快適な道になってきます。 「桜の広場」や「しでの森」で見かけた案内板によると、この尾根は見はらし坂というようです。 「銃猟禁止区域」の赤い標識を過ぎていくと少し登り坂になってきます。 僅かな高みを越えて降り坂になってくると、大きなモミの木が生えていました。 その少し先には緑色の解説板があって、支柱には標識「No.11」が取り付けられていました。
樹種名 クロマツ(マツ科)
本州、四国、九州に生える常緑の高木。 アカマツが山地に生えるのに比べて、海辺に生えることが多い。 樹高は25〜30mに達する。 樹皮は黒く、老木では亀甲状に割れることが多い。 雄松といわれるようにアカマツに比べて全体が壮大で荒々しい。
見はらし広場
解説板を過ぎて降り傾斜が少し増してくると、道端の樹木の袂に「見はらしの森」の標識が落ちていました。 飯山グラウンド分岐から5分ほど降ってきた所になります。 樹木の後にはテーブル・ベンチなどが幾つか設置されていました。 男坂で見かけるのと同様の狸の石像もあって、「見はらし広場」と書かれていました。 「広場」とは言っても狭い所で、手前の雑木が伸びていて「見はらし」と言えるほどの眺めでもありませんでした。
見はらし広場を後にしてその先へ降っていくと、笹竹が生い茂るようになりますが、 道が覆い隠されることはなくて明瞭に続いていました。 程なくして傾斜の増した植林帯へ入っていくと道標が立っていて、 この先の道は「長谷寺」、今来た道は「白山展望台」となっていました。 支柱には標識「No.10」が取り付けられていました。
筧ヶ沢
程なくして左へ曲がり、植林帯の斜面を緩やかに横切るように降っていきます。 右へ曲がりながら植林帯を降っていくと、木橋が架かる沢に降り立ちました。 これまでに見かけた案内板によると、この沢は筧ヶ沢というようです。 飯山グラウンド分岐から13分ほどで降りて来られました。 橋の手前には女坂で見かけるのと同様のウサギの石像が立っていて、「見はらしの森」と書かれていました。 その袂には「白山頂上 筧ヶ沢経由 約4・・」と書かれた標識も落ちていました。
たばこの投げすて!火事のもと
 (神奈川県)
自然環境保全地域
自然を大切にしましょう。 建築物の新改増築、土地の形質変更等は届出が必要です。
 (神奈川県)
橋を渡っていくと道が左右に続いています。 正面には道標が立っていて、左手の道は「長谷寺」、今来た道は「見はらし坂」となっています。 支柱には標識「No.8」が取り付けられていました。 右手の少し先にも道標が立っていて、右手の道は「バス停留所」、 今来た道は「白山展望台」となっていて、 支柱には標識「No.9」が取り付けられていました。 どちらへ進んだものかとしばらく考えていましたが、 長谷寺は以前にも訪ねているので、今回は右手の道を進んでいくことにしました。 沢沿いに進んでいくと金網柵が設置されています。 「しでの森」の手前にあったのと同様に、コの字形のレバーを回して扉を開ける仕組みになっていました。
鳥獣被害対策として電気柵を設置しています。 扉を開けた方は必ず閉めてください。
 (厚木市)
扉を開けてその先に続く広い道を進んでいくと、大きな倒木が道を塞いでいましたが、難なく乗り越えていきました。 右下にある墓地を過ぎていくと、僅かな竹林が現れます。 その間を過ぎて降っていくと畑地の脇に出ました。 畑地の上に続く道を進んでいくと、民家が点在するようになります。 少し登り坂になってくると、正面から来て左手へ登っていく舗装路に出ました。 道標類は見かけませんでしたが、左手の道は長谷寺へ登っていくように思えたので、 正面から左へ曲がりながら続く道を降っていきました。
山門
白いガードレールが設置された舗装路を緩やかに降っていくと、山門の脇に降り立ちました。 見覚えのある所だと思っていると、ここは長谷寺へ登っていく参道にある山門でした。 筧ヶ沢に降り立った所から5分ほどの所になります。 右側には「坂東第六番霊場 飯上山 長谷寺 飯山観音」や「上水道通水記念碑」と刻まれた石碑がありました。 ここで道が二又に分かれていますが、山門の正面に続く道を進んでいきました。 すぐに沢沿いに散策道が続くようになるので、その道を歩いていきました。
(長谷寺への道は「白山」, 「白山」を参照)
散策道
沢側には青緑色の金網柵が続いています。 以前には熊笹が生い茂っていたり竹林もあって雰囲気の良い道でしたが、 少し前からなくなって殺風景になっています。 パンジーなどが植えられた花壇が続く散策道を2分ほど進んでいくと、左側に並行する道路に出ます。 出口には「散策道をご利用ください」の標識が立っていて、今来た道を指しています。
この花壇は私たちが整備植栽いたしました。
 (橋場自治会、みどりと清流の会)
道路に出てその先へ進んでいくと、山門の所から分かれてきた道が右手から合流してきます。 その道を併せていくと、道が右手へ分かれていきます。 角には橋場自治会のゴミ集積場があります。 右手の石垣には「飯山グラウンド」や「東丹沢グリーンパーク」の看板が設置されていて、右手の道を指しています。 猪久保ハイキングコースを降ってくるとここに出られます。
(右手の道は「白山」を参照)
小祠
右手の道を見送ったすぐの所の左側に石段があって、その上に小祠がありました。 この時には扉が開かれていて、中には赤い社が安置されていました。 神社の名前を記したものは見かけませんでしたが、白い狐像が沢山あったので稲荷社でしょうか。
ご報告
いつもお参りありがとうございます。 頂いたお賽銭で新しい狐を奉納させていただきました。
飯山名水
小祠を後にしてその先へ進んでいくと、すぐの所に「天然温泉 銘石露天風呂 ふるさとの宿」があります。 その道端に龍の口が設けられた水路がありました。 右側の龍からは「飯山名水」の冷水、左側の龍からは「飯山温泉」の温泉水が流れ出ているようです。 石で囲まれ植物も植えられていて、ちょっとした庭園風になっていました。 脇には「飯山名水」と刻まれた石碑があって、詩も書かれていました。 そこを過ぎていくと、道脇に大きな「飯山温泉郷観光マップ」が設置されています。 簡単な説明文も載っていましたが、今回の散策に関連のある部分だけを紹介しておきます。
飯山名水 泉涌きし ふるさとの道 蝉しぐれ
正夢だった。 観音様の夢のお告げで天然薬湯ここに湧出。 美容に最適。 入浴の肌は玉の如し。 天然パック天然リンスです。 これが全国一当地唯一の名湯と云われる成分です。
リチウム・カリウム・ナトリウム・カルシウム・マグネシウム・第一鉄・マンガン・塩素・ヒドロ炭酸・炭酸・水硫・水素・メタホウ酸・ケイ酸・メタケイ酸
飯山温泉郷観光マップ
白山ハイキングコース 飯山白山森林公園内をめぐる自然と歴史のふれあいコース。 春の桜、秋の紅葉など四季折々の自然が楽しめる。白山は標高824m。
白山巡礼峠ハイキングコース 飯山観音と巡礼峠を結んだ尾根の縦走コース。 巡礼峠では大きなお地蔵さんが迎えてくれる。
白山池 日照りのときでも水がかれることがないといわれ、このため雨乞いの際にこの池の水を田にまいて、慈雨を祈りました。 また、昔、この池に白龍が住んでいて日照りのときの祈とうで池から飛び出し、 雨を降らせたという伝説があり、この白龍は白山神社の使者であると言われています。
白山神社 白山山頂に周囲5m余りの白山池があり、そのそばに白山神社がある。
飯山白山森林公園 面積約33haの規模をもつ大きな森林公園。 園内には、小動物園や樹木園、自然遊歩道などがあり、のんびりと散策が楽しめる。 「かながわの花の名所100選」に選ばれたソメイヨシノ、春の時期になると約3,000本の桜が咲く。 見頃3月下旬〜4月上旬。
金剛寺 木造阿弥陀如来坐像は、関東に残る平安時代後期の定朝様式の寄木造りの数少ないうちの一つで、 国指定重要文化財に指定されている。 木造地蔵菩薩坐像は神奈川県指定重要文化財に指定されている。
龍蔵神社 「ここに居れば ここの上なり 天の川」 この句碑は、つぶね法師の死後、1周忌の嘉永5年(1826)の秋9月、飯山村の門人たちによって造立された。
飯山観音前(いいやまかんのんまえ)バス停
宿を過ぎて綺麗に剪定された庭木が植えられた塀沿いに降っていくと、 小鮎川に庫裡橋が架かっています。 橋を渡って左手へ数10m進んでいくと、最初の飯山観音前バス停に戻ってきました。 長谷寺の山門から10分ほどで到着しました。
本厚木駅(小田急小田原線)まで、本厚木駅行きバスにて13分から20分、 1時間に2本程度の便があります。
バス停の脇の建物には、飯山桜祭の神輿と龍が飾られていました。