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【街角散策】 名越切通
| 概 要 |
名越切通は鎌倉七切通のひとつで、鎌倉市と逗子市の間にあります。
朝比奈切通ができて交通の中心がそちらへ移ったこともあり、七切通の中では最もよく旧状を留めています。
国指定史跡にもなっている切通には石段や岩畳が続いています。
今回は大町七丁目の奥から尾根道に出て、名越切通へ向かっていきます。
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| 起 点 |
鎌倉市 鎌倉駅
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| 終 点 |
逗子市 緑ヶ丘入口バス停
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ルート |
鎌倉駅…本覚寺…妙本寺…常栄寺…八雲神社…三枚橋…釈迦堂切通分岐…黄金やぐら分岐…鎌倉四季の里…やぐら群…尾根道…展望地…大切岸…石廟…無縁諸霊之碑…名越切通…小坪階段口…緑ヶ丘入口バス停
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| 所要時間 |
3時間10分
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| 歩いて... |
大町七丁目の奥に続く農道の途中から分かれていく枝道を確かめてみました。
広場風になった所の手前から小尾根に続く道は、途中で藪漕ぎ状態になりました。
小尾根から少し低い所にも広めの道が続いていました。
今では廃道に近い状態で、草木が茂り倒木もあって歩き難くなっていましたが、
何とか尾根まで登っていけました。
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| 関連メモ |
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コース紹介
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妙本寺の鐘楼
鎌倉駅(JR横須賀線)を出て鎌倉駅入口交差点を右折していきます。
鎌倉郵便局前交差点を左折していくと本覚寺があります。
正月用の飾り付けが進められた境内を抜けていきます。
夷堂橋を渡ってすぐの所から左手に分かれていく道に入っていくと妙本寺の総門があります。
境内に入って、特徴的な形をした比企谷幼稚園の横を過ぎていくと方丈門があります。
その脇に「日蓮宗 本山 比企谷 妙本寺」と題した案内図があります。
その先へ進んでいくと、坂道と石段とに分かれています。
石段を登っていくと、仁王像が納められた二天門の先に祖師堂があります。
引き返してきて鐘楼の下を通っていくと、樹木が紅葉していましたが、鮮やかさには少し欠けるようでした。
本堂や寺務所の先の石段を降って方丈門を抜け、総門から出て左手の路地を進んでいきます。
祖師堂の左手にある石段の途中から祇園山ハイキングコースへ登っていけます。
(「 衣張山」を参照)
妙本寺
宗派:日蓮宗 山号寺号:長興山妙本寺
建立:文永11年(1274) 開山:日蓮聖人 開基:比企大学三郎能本
この寺一帯の谷を比企谷(ひきがやつ)といい、源頼朝の重臣・比企能員らの屋敷がありました。
比企一族は二代将軍・頼家の後継者争いの際、北条氏を中心とした軍勢にこの地で滅ぼされました(比企の乱)。
その後、乱から逃れていた末子能本が日蓮聖人に帰依し、
一族の屋敷跡であるこの地に法華堂を建てました。
これが妙本寺の始まりといわれています。
4月から8月にかけて、桜・カイドウ・シャガ・ノウゼンカズラなどが鮮やかな花をつけ、
静かな境内を彩ります。
(鎌倉市)
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画像を左クリックすると、3枚の写真が順次表示されます。
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ぼたもち寺
住宅が建ち並ぶ路地を進んでいくと、左手の石段の上に朱色の門があります。
右側には「ぼたもち寺」、
左側には「たつのくち くびのおんざを ふしおがむ 婆のまごころ ぼたもち常栄寺」、
正面には「これやこの 法難の祖師に はぎのもち ささげしあまが すみにしところ」と書かれていました。
門から中へ入っていくと、正面に常栄寺の本堂があります。
その両側には日蓮聖人の法難に関する絵があり、傍には和歌が添えられていました。
常栄寺を後にしてその先へ進んでいくと、左手に八雲神社があります。
社殿の脇から祇園山ハイキングコースが始まりますが、歩くのは省略しました。
八雲神社から引き返して路地を進んでいくと県道311号に出ます。
常栄寺(ぼたもち寺)
宗派:日蓮宗 山号寺号:彗雲山常栄寺
建立:慶長11年(1606) 開山:日詔 開基:日祐法尼
幕府に捕らわれた日蓮が鎌倉の町を引き回され、龍ノ口の刑場(藤沢市・龍口寺)へ送られる途中、
ここに住む老婆がぼたもちを差し上げたことが、ぼたもち寺の由来です。
日蓮は処刑を奇跡によってまぬがれますが、
この法難のあった九月十二日には老婆がつくったものと同じ胡麻をまぶしたぼたもちが振舞われます。
厄除けの「首つなぎぼたもち」といわれ、終日にぎわいます。
こぢんまりとした境内にはあふれるように草花が植えられています。
たつのくち 首の御座をふし拝む 老婆のまごころ ぼたもち常栄寺 慎子
首つぎの おはぎを祖師に 供養せし 信と勇とを 仰がんいざや 妙子
これやこの 法難の祖師に はぎのもち ささげし尼が すみにしところ 妙子
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枝道への登り口
左折して県道311を進んでいくと、信号機のある十字路の先で、道が二又に分かれています。
右側の道には三枚橋が架かっています。
左側の道を進んだ所の小橋を渡って左折し、逆川沿いに進んでいきます。
一旦遠退いた逆川が再び近づいてくると花咲橋があります。
そこを過ぎていくと釈迦堂切通への分岐がありますが、右側を流れる逆川に架かる橋を渡っていきます。
川沿いに進んで小橋を渡り、山際に続く坂道を登っていくと分岐があります。
脇には「大町七丁目案内図」と題した案内図があります。
左手の道の先には黄金やぐらがありますが、
案内図に載っている「至 名越切通・曼陀羅堂」と書かれた道へ向かっていきます。
最後の民家を過ぎて植林帯へ入っていきます。
溝のようになった逆川沿いに続く広い農道を進んでいくと、
僅かな切通のような所の手前から右手に戻るようにして登っていく枝道があります。
地形図に載っている道のようですが、踏み跡程度の道になります。
釈迦堂ヶ谷
俗称「しゃかんど」と云っています。
これは元仁元年、北条泰時が亡父義時のために、釈迦堂を建てて供養したので、この地名がついています。
当時は立派な釈迦堂がたっていたことでしょうが、
今は岩をくりぬいたトンネルの中の小さなほこらに、五輪の塔がすえてあるだけです。
黄金やぐら
衣張山の南面山すそにある鎌倉時代の横穴墳墓で、武士や僧職などの死者を葬ったところです。
岩をくりぬいた室内は幅4m、奥行6m、高さ1.5mの大きさのもので、
ヒカリモがはえ黄金色に光ったためにこの名がついたものでしょう。
逆川ふるさおといきものの里<小動物保全区域>
ホタルやモクズガニなどの水生小動物が生息しています。
川の自然をみんなで大切に守りましょう。
(鎌倉市、鎌倉ホタル保存会)
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右手の枝道
試しに右手の枝道を歩いてみました。
(合計1時間10分ほど、ルート図には緑色で表示)
10mほど登っていくと、左手に戻るようにして道が分かれています。
小尾根の背を通る道と、小尾根の少し下を通る道の分岐点になります。
【小尾根の背を通る道】
正面の道を登っていくと、広場のような植林地に出ます。
その手前に生える大木の脇から左手の尾根に戻るようにして登っていきます。
僅かな踏み跡程度の道ですが、赤テープが点々と取り付けられていました。
2分ほど登っていくと、雑木林の緩やかな尾根になってきます。
笹竹が生い茂っている所もありますが、踏み跡は何とか続いていました。
大木が並んで生えている丸い尾根を過ぎていきます。
降り坂になって小さな鞍部に着くと、仮設トイレ風の設備がありました。
その先へ登り返していく道は不明瞭になり、細木などが生い茂って進めなくなったので、
手前の分岐まで引き返してきました。
【小尾根の少し下を通る道】
左手に戻るようにして分かれていく道に入っていくと、斜面に細い道が続いていました。
コンクリート製の庇のような所を過ぎていくと道幅が広がってきました。
右側には小尾根が続いていて、その少し低い所に道が続いていました。
地形図にも載っているしっかりとした道のように思えます。
しかし今ではほとんど歩かれていないようで、
草木が生い茂り倒木もあって、廃道に近い状況になっていました。
草が生い茂る開けた所に出ると、先ほど見かけた仮設トイレ風の設備が右側の奥に見えました。
その先へ進んでいくと倒木などが益々増えてきて、快適に歩いていくことが出来なくなりました。
もう進めないと思える辺りで、右側の小尾根へ登っていきました。
枯れた倒木を越えて細木などに掴まりながら斜面を登っていくと、明瞭な踏み跡が続く小尾根に出ました。
試しに右手へ進んでいくと、坂道を降り切った辺りで藪漕ぎ状態になって進めなくなりました。
引き返してきて左手へ進んでいくと、すぐにハイキングコースの尾根道に出ました。
出た所は、法性寺への分岐から名越切通へ向かう途中にある高みでした。
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鎌倉四季の里の脇にある登り口
枝道を見送った先の僅かな切通のような所を過ぎていくと、畑地が広がってきます。
この時には畑から白い煙が空へと立ち昇っていましたが、枯れ枝などを燃やしていたのでしょうか。
右手へ分れていく小径もふたつほどありますが、山際で行き止まりになっているようでした。
作業機械や資材などが置かれた所を過ぎていくと、ペットの墓地「鎌倉四季の里」があります。
犬・猫・ハムスター・モルモット・鳥など、生前の名前を書いたものが幾つも並んでいました。
その左脇から細い山道が分れています。
入口には赤く塗られた木の矢印が取り付けられた板が立っていて、その山道を指しています。
ここが尾根への登り口になります。
やすらぎ
愛する動物達の霊 こころやすらかに この四季の里に眠る… 合掌
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やぐら群
最初は斜面に沿うようにして続いていますが、程なくして植林帯の谷筋に入っていきます。
道端にはシダ類や細木などが生えていますが、道はしっかりと確認できる状況でした。
周囲が少し広がった緩やかな所に出ると、左側の岩壁には大きく開けられた穴がふたつ並んでいました。
その上の方にも穴が見えていました。
鎌倉地方に数多くある「やぐら」のようです。
穴のある斜面を登っていくと、右側の穴には粉砕された石が沢山置かれていて、
左側の穴には四角錐の台の上に五輪塔のようなものが乗っていました。
やぐら群を後にしてその先へ進んでいくと、2mほどの段差が現れます。
以前には金網でもあったのか、その手前には金属製の枠だけが残っていました。
段差を登ってV字形に抉れた所を過ぎると、再び周囲が少し広がった緩やかな所に出ました。
この左側の岩壁にも、上下二層になって幾つも穴が開けられていました。
下の層の穴には五輪塔などが安置されていました。
上の層は横に長く庇のようになった岩壁の下に穴が幾つも並んでいました。
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展望地からの眺め
やぐら群を後にしてその先へ進んでいくと登り傾斜が増してきます。
正面の上が明るくなって大きな樹木の袂に登り着くと、左右に通る尾根道に出ます。
子ども自然ふれあいの森から名越切通へと続くハイキングコースになります。
左手すぐの所に自然石の階段混じりの急坂が見えていて、水道山やパノラマ台へ続いていますが、
今回は右手へ進んでいきます。
水道山から降ってくる道を併せて広くて快適な尾根道を進んでいくと、
左手が開けた僅かな高みがあります。
高みへ登ってみると、いい眺めが広がる展望地になっていました。
左手には二子山から森戸海岸へ続く尾根が一望できる眺めが広がっていました。
手前には逗子の街や逗子海岸が、奥の方には大楠山と思われる山も見えていました。
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大切岸
展望地の先から尾根道に降りてその先へ進んでいくと、左側の樹木が途切れて、
再び眺めが広がるようになります。
眼下の斜面には畑が続いていました。
景色を眺めながら尾根道を進んでいくと、木製の階段が右側に設置されています。
すぐ先にある大切岸の迂回路になっていますが、
そのまま尾根道を進んでいくと、岩盤が剥き出した所があります。
法性寺の裏手から見ると、垂直に切り立った岩壁が続く所になります。
迂回路を合せて少し登り坂になって僅かな高みに着くと、
右側には鎌倉市指定の石造建造物の石廟がふたつあります。
その先へ降っていくと法性寺への分岐があります。
すぐ下にある法性寺の墓地へ降りていくと、左手には岩壁が連なる大切岸が広がっていました。
この断崖は人工的に山肌を削ったもので、
三浦半島を拠点とする三浦氏の侵入に備えて、北条泰時が造った防御施設ということです。
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名越切通
尾根道まで引き返して建物の塀沿いに進んでいきます。
少し登ってから降っていくと、小広くなった所に出ます。
小橋を渡っていくと無縁諸霊之碑があります。
そこを過ぎて降っていくと名越切通に降り立ちます。
脇には「国指定史跡 名越切通し」と書かれた標柱が設置されています。
名越切通は三つの切通から成っていて、ここはその第三切通になるようです。
右手へ降っていくと大町五丁目の名越坂踏切の辺りへ降りて行かれますが、今回は左手へ進んでいきました。
尾根を切り開いた所を越えて剥き出した岩盤を降っていくと、僅かな谷筋を横切るように緩やかな道が続いています。
斎場を右下に見ながら登り気味に進んでいくと、まんだら堂跡への分岐がありますが、工事柵で閉ざされています。
分岐を過ぎていくと、名越切通の第二切通があります。
切通を抜けると、左手の崖の上にやぐらと思われる穴が幾つか開いていました。
そこを過ぎていくと、小坪階段口への分岐があります。
正面にある名越切通の第一切通を抜けて降っていくと、
脇には学術調査の結果を踏まえた解説板が設置されていて、
「Nagoe Kiri-Doshi(the pass cut through the mountains)」との英語説明も添えられていました。
傍には「国指定史跡 名越切通」の標柱も立っていました。
そこから右手へ戻るようにして続く広い横木の階段を登っていくと、
崖の上に柵で囲われた高みがあって、切通を見下ろすことが出来ます。
史跡 名越切通し
鎌倉幕府の基礎が一応確立すると、平時には交通の便をはかり、戦時には敵の侵入を防ぐため、
七つの切通しが設けられました。
名越の切通しは、比較的当時の姿をとどめており、逗子側からの登り路は数ヶ所で切岸の迫った部分を通らねばならず、
天然の地形に人工を加えて防備の万全をはかったあとがみうけられる。
(神奈川県教育委員会)
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小坪階段口
高みから降っていくと、先ほどの小坪階段口への分岐に戻ってきます。
ロープ柵が設置された横木の階段を曲がりながら降っていきます。
途中からはコンクリートブロックが敷かれて、歩きやすい階段になってきます。
緩やかになってきたブロック敷きの道を進んでいくと、開けた所に出ます。
その先の幅の広い石段を降っていくと、県道311号に降り立ちます。
降り立った所は新逗子トンネルの東側の入口付近になります。
左手にはX字路があって、その先には小坪トンネルと新小坪トンネルの入口が見えています。
降り立った所に道標類は見かけませんが、これまでにあった道標からすると、ここが小坪階段口になるようです。
右へ円弧を描くようにして曲がっていく県道を進んでいくと、
国道134号へ通じる名越小坪線が左手へ分れていきます。
右側には突き出した岩壁が聳えています。
左手の道の先には逗子駅方面の緑ヶ丘入口バス停が、
左手の道を見送ったすぐ先には鎌倉駅方面の緑ヶ丘入口バス停があります。
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