震生湖
散策:2011年11月下旬
【街角散策】 震生湖
概 要 震生湖は秦野市と中井町の間にある小さな湖で、関東大震災の時に出来ました。 周囲を巡る散策路もあって、四方から湖面を眺めることが出来ます。 尾根道からは丹沢山塊を見渡せる眺めが広がります。 今回は砂口配水池や池窪観世音菩薩を訪ねてから震生湖へ向かいます。 震生湖からは室川沿いの道へ降っていきます。
起 点 秦野市 南が丘3丁目バス停
終 点 秦野市 秦野駅
ルート 南が丘3丁目バス停…砂口配水池…八坂神社…池窪観世音菩薩…震生湖…秦野福寿弁財天…峯坂…下中尾橋…いまいずみほたる公園…明星橋…秦野駅
所要時間 2時間50分
歩いて... 震生湖では樹木の紅葉が始まっていましたが、鮮やかさは今ひとつの状況でした。 以前には笹竹などが生い茂る所もあった南側の散策路は、綺麗に刈り払われて歩き易い道になっていました。
関連メモ 渋沢丘陵, 岩倉の里, 渋沢丘陵
コース紹介
南が丘3丁目(みなみがおかさんちょうめ)バス停
秦野駅(小田急小田原線)の南口から、[秦90]南が丘公園行きバス,または, [秦91]二宮駅行きバスにて7分、1時間に4本程度の便があります。
バス停から引き返していきます。 南が丘公民館入口交差点を過ぎた所にある分岐を左折していくと、 螺旋形をしたサザエ堂のような特徴的な建物が見えてきます。 白を基調にして水色の縞が入った建物を正面に見ながら、道なりに坂道を降っていくと、左右に通る道に出ます。 そこを右折して登り気味に進んでいくと、小屋を過ぎた先で、左右に通る車道に出ます。 車道を渡って正面に続く道を進んでいくと、渋沢丘陵へ続く尾根へ出られます。 前回来た時には気付きませんでしたが、車道の右手の先に小さなお堂が見えていました。 あれが「池窪の大悲観音」だろうと思うものの、先ずは左手にあるサザエ堂のような建物へ向かっていきました。
(正面の道は「渋沢丘陵」を参照)
砂口配水池
僅かに登り坂になった車道を進んでいきます。 切通のような所まで来ると、道がX字形に交わっています。 そこを左手へ進んでいくと、程なくしてサザエ堂のような建物がありました。 名前などを記したものは見かけませんでしたが、中井町の砂口配水池というようです。 正面の入口らしき所から入っていくと、左側に扉がありました。 扉の向こう側には上へ登っていく階段などがあるようでしたが、閉ざされていて中には入っていけませんでした。 建物の内側をひと巡りするようにして、 吹き抜けのように高い天井の回廊が右手へと続いていました。 そこを歩いて一周して元の辺りまで来ると、そちら側にも扉がありました。 建物の周囲を取り巻く道にはライトのようなものが埋め込まれていますが、これで照明するのでしょうか。 建物の北側には丹沢の山々を見渡せる眺めが広がっていました。
八坂神社
砂口配水池の隣に八坂神社がありました。 裏手の柵の脇から境内に入っていくと、向こう側を向いて社殿が建っていました。 境内には神幟や子供神輿の奉納碑や、「敬神」と題して氏名と金額を記した石碑などがありました。 社殿の脇には小屋がありますが、奉納碑に記されている子供神輿が納められているのでしょうか。 神社の由緒などを記したものは見かけませんでした。 正面に立つ鳥居の先には、石段が下の道まで続いていました。
池窪観世音菩薩
車道に出た所まで引き返してきて、その先へ数10m進んでいくと、道端に祠がありました。 手前には「南無池窪観世音菩薩」と刻まれたた石碑が立っていました。 祠の中を覗ってみると、台座の上に置かれた蓮台に座った観音像がありました。 右手は開いて肩の辺りまで挙げ、左手には花の蕾ようなものを持つ姿をしていました。 台座には「天明二壬亥年 萬霊塔」と刻まれていましたが、 謂れなどを記したものは見かけませんでした。 天明2年と云えば「天明の大飢饉」が起きた年ですが、それと関連があるのでしょうか。 「池窪の大悲観音」とも呼ばれているところからすると、 何か悲しい出来事を静めるために建立されたように思えます。
祠の右側に続く細めの道を進んでいくと、畑が広がってきます。 車道の下をくぐっていくトンネルを見送っていくと、左手へ分かれていく道があります。 その道に入ってビニールハウスの脇を過ぎ、畑地の中に続く未舗装路を進んでいきます。 正面に見える円筒形のタンクのような建物に向かって道なりに進んでいくと、2分ほどで舗装路になります。 脇に置かれたパンダの像を過ぎて、曲がりながら続く道を進んでいきます。
左右に分かれていく道は見送って道なりに進んでいきます。 少し登り坂になってきた道を進んでいくと十字路に出ます。 角には道標が立っていて、左手の道は「池窪の大悲観音」となっています。 先ほどの車道に出た所を直進してくると、ここへ来られます。 右手へ進んでいっても尾根道に出られますが、今回は正面の道を進んでいきました。
(左右の道は「渋沢丘陵」を参照)
立派な竹林の脇に続く緩やかになった道を進んでいきます。 左側にミカン畑が広がるようになると、右側の上には馬が飼育されていました。 そこを過ぎて道なりに右へ曲がっていきます。 僅かに登って緩やかな道を進んでいくと降り坂になってきます。 左手にはネギ畑が広がっていました。 正面に丹沢大山などを眺めながら降っていきます。 右側にある飼料工場のような建物を過ぎていくと、左右に通る尾根道に出ました。 先ほどの十字路を右折してもここへ来られます。
左折して舗装された尾根道を進んでいくと、右側が開けてきて、丹沢山塊を一望出来る眺めが広がってきます。 しばらく足を止めて景色を眺めていきました。 右手の方には、権現山から念仏山や高取山にかけての山並が続いていて、 権現山にある展望塔や高取山にある電波塔も見えていました。
少し降り坂になってくると、右手に戻るようにして道が分かれていきます。 脇には道標が立っていて、右手の道は「秦野駅」、正面の道は「震生湖」となっています。 ここは震生湖へ向かって正面の道を進んでいきます。 道端には薄紫色の大きな花を咲かせた木がありました。 この先にかけても同様の木を何度か見かけましたが、名前は分かりませんでした。
(右手の道は「渋沢丘陵」を参照)
トウモロコシで囲われた畑の中には色とりどりの菊が植えられていました。 そこを過ぎていくと、左手の先に横たわる丘陵の奥に富士山が見えてきました。 少し雲がかかっていたものの、冠雪した山頂付近を望むことが出来ました。
左側に高い網が続くようになった道を進んでいくと分岐があります。 角には道標が立っていて、左手に降っていく道は「震生湖畔0.1km」「市営駐車場0.1km」、 正面の道は「震生湖駐車場0.3km・渋沢丘陵1.3km」、今来た道は「秦野駅2.5km」となっています。 正面の道は渋沢丘陵へ続いていますが、今回はこの左下にある震生湖へ降っていきます。
震生湖
かなり傾斜のある坂道を降っていくと、左側には震生湖ゴルフセンターがあります。 駐車場の脇を過ぎていくと、震生湖の畔に降り立ちました。 南が丘3丁目バス停から1時間ほどで到着しました。
震生湖公園
 (神奈川県秦野市)
震生湖
この湖は、1923年(大正12年)9月1日の関東大震災の時、渋沢丘陵の一部が崩壊し、 その土砂が谷川を堰き止めてできた堰止湖で、自然湖では日本で最も新しい湖であるといわれ、 北西部の主湖盆と南東部の副湖盆の二つから形成されている。
海抜150メートル
面積13,000平方メートル
最大巾85メートル
長径315メートル
周囲1,000メートル
平均水深4メートル
最大水深10メートル
(秦野市)
釣り愛好者の皆様へ
「特定外来生物法」が平成17年6月に施行され、オオクチバス・コクチバス・ブルーギル等を 生きたまま持ち出すことや持ち込むことは禁止されております。 震生湖での釣りを楽しむためにも、ご理解とご協力をお願いいたします。
 (秦野市、秦野市観光協会)
右手にある赤い鳥居の先に続く擬木の手摺が設置された岩壁沿いの散策路を進んでいきます。 少し右へ曲がって岩壁が終わると、横木の階段が右上へ分かれていきます。 どちらの道を進んでも良いのですが、今回は右手の階段を登っていきました。
湖水浄化に協力を
へらぶな釣りのため湖水汚染が著しく進行しています。 撒き餌・バラケ等は最小限にとどめるようお願いします。
 (秦野市)
釣りをする人へ
震生湖は釣堀ではありません。 にもかかわらず、最近、自分本位の釣人が増え、 ハイキングの人やボート遊びの人に暴言をはく人まで出ています。 ルアーによる事故も増えています。 震生湖は「みんなの公園」です。 他の観光客のことも考え、楽しく過ごせるよう協力をお願いします。
 (秦野市観光協会)
秦野福寿弁財天
幅の広い横木の階段を登ってその先に続く散策路を進んでいくと、 左手から右手へ登っていく舗装路に出ます。 「福寿弁財天」の赤い幟や「南はだの村七福神と鶴亀めぐり」の幟が並ぶ坂道を左手へ降っていくと、 すぐの所に秦野福寿弁財天があります。
弁財天入口
秦野福寿弁財天社
日本三大弁財天の総本山奈良の天河井弁財天の分霊を頂く神なり。
功徳
学問・技芸・音楽の発達を促す。 又、女人には愛嬌を授け美人となり良縁を得子宝が授かる。
 (秦野福寿弁財天奉賛会)
秦野福寿弁財天ご参拝の方へ
秦野福寿弁財天では、左記の通り弁天様の前での拝礼を行っております。 誰でも拝礼できますので、ご都合が付きます方は足をお運び頂きます様ご案内申し上げます。
拝礼予定日時
毎月1日および15日 13時30分より合同拝礼(都合により変更になる場合があります)
毎年正月 10時より14時まで随時拝礼可能(13時より新春祈祷祭の予定)
毎年1月2日・3日 10時おり14時まで随時拝礼可能
毎年11月上旬 例大祭の予定…詳しくは別途掲示いたします。
 (秦野福寿弁財天奉賛会)
弁財天
七福神の紅一点で、元はインドのヒンドゥー教の女神であるサラスヴァティー神が、 仏教あるいは神道と混交したものと言われます。 元来、河神であり、河の流れる音からの連想で音楽神とされ、福徳神、学芸神など幅広い性格を持ちます。 また、日本でも水辺、島、池など水に深い関係のある場所に多く祀られています。
左側にある正面へ回っていくと、「秦野福寿弁財天」と書かれた扁額が掲げられていました。 お堂の前にはトーテムポールのような「魔除神」と書かれた木像や、木彫りの弁財天の像がありました。 この時には開帳されていて、中に入って行かれるようになっていました。 ここは「南はだの村七福神」のひとつになっていて、 ご朱印帳を兼ねた「南はだの村七福神と鶴亀めぐりマップ」が置いてありました。 ダイヤル鍵付きの箱も設置されていて、ご朱印帳に押すスタンプが入られていました。
秦野福寿弁財天
当弁財天は大和(奈良県吉野)の天河大弁財天より御分霊なされた神様です。 天河弁財天は建国三千年以来の由緒深いもので、特に神武天皇が御東征のみぎり、 この地の山岳が嶮しく進む道に迷われたとき霊鳥八咫烏現れ、木を食い折りてその道を示したと云う。 そのために無事に遷都されたのであります。 その後、僧空海(弘法大師)は高野山開山の直前に三年間天河弁財天を根拠として修業なされました。 かくて天河弁財天には歴代の天皇が皇室と万民の安泰を祈らせられ貴顕諸公も続々参詣せられ、 遂に日本六所弁天宮(天川・厳島・竹生島・江之島・金華山・富士山)の第一位に立たせられました。 更に特筆すべきは、日本歴史の華と咲く「南朝の悲史と天河郷の忠勤」である。 楠木正行四条畷に戦死し、賊将高ノ師直六万の大軍を率いて吉野山を攻め全山を焼き払う。 時に後村上天皇以下南朝の郷相雲脚はすべて天河に落ちられ、弁財天の七堂伽藍を本拠となされたのであります。 この地は山深き所ながら最も安泰な聖地されば、四十四年の永きに亘って南朝の恢復に活躍され、 終にその目的を達せられたのであります。 この時の蔭の力となったものに南朝随一の勤皇郷と云うべき天川の郷民があったのであります。 大義の為には終始一貫水火も辞さぬ気概は、この地の傳統として賞賛されております。
なお当社に宝蔵されております南朝皇室の御論旨・御令旨・御製・御歌等々限りなくあり、 昔を今に明示し感無量なるものがあります。 かかる尊き御霊を御分神するに当り当奉賛会では一般市民に浄財を仰ぎ、 その御神体としてこの弁財天像を作成し奉納した次第であります。 もともと弁財天女は水の神・海の神の外に万物生成守護の神であり、 智能(学問・技芸)の神であり、また七福神の一の女神、即ち福寿・財宝をもたらす神として 偏く一般庶民に愛敬されて参りました。
 (秦野福寿弁財天奉賛会)
正面の石段を降っていくと、脇に小祠があって、福寿地蔵尊が安置されていました。 また木彫りの像もありました。 その先の湖畔にテーブル・ベンチが設置されていたので、腰掛けて暫く休憩していきました。
南はだの村とは…
丹沢山地の南側に広がる秦野盆地。 その扇状地の南端である南秦野村は、昔から多くの湧水に恵まれ、たくさんの人々が暮らしてきました。 明治の中頃に、平沢・今泉・尾尻・大竹の4つの村が併合して南秦野村が誕生しました。 その後、昭和15年に町制となり、昭和30年には周辺町村と合併し、今の秦野市になりました。 南秦野村での七福神と鶴亀めぐりで、地元の人々とともに福を磨き、福を集め、 古き良き南秦野村の伝統を語り継いで行きたいという思いから、あえて「南はだの村」と冠しています。
大黒様:出雲大社相模分祠、 恵比寿:御嶽神社、 弁財天:福寿弁財天、 毘沙門天:西光寺、
布袋尊:浄圓寺、 寿老人:白笹稲荷神社、 福禄寿:太岳院
 (出典:ご朱印帳より抜粋)
福寿地蔵尊(水子供養)
この世に親子の縁早くしてなく黄泉に去った水子の精霊に冥福の祈りを捧げよ。 願わくば弁財天女の懐に抱かれ菩提廻向佛果法悦し出世せんことを祈念し奉る。
湖畔に続く左手の散策路を通って赤い鳥居まで戻っていきます。 湖に沿って右手へ曲がっていくと、 頭上の樹木が紅葉していましたが、鮮やかという様子ではありませんでした。 この震生湖は、秦野市と中井町の境界になっているようです。
かながわの探鳥地50選 震生湖
フィールドの約束(や・さ・し・い・き・も・ち)
)野外活動は無理なく楽しく
)採集はしないで自然はそのままに
)静かにそーっと
)一本道、道から外れないで
)着るものにも一工夫
)持って帰ろう、想い出とゴミ
)近づかないで、野鳥の巣
 (神奈川県環境部自然保護課)
カルガモ(カモ科) 雌雄とも同じ黒褐色で黒いくちばしの先の黄色い色が目立つ。夏でも見られる唯一のカモ。
キセキレイ(セキレイ科) 特に尾が長くスマートで、腹は鮮やかな黄色。チチンチチンと鳴いて波形に飛ぶ。
カワラヒワ(アトリ科) 全身緑褐色で、肉色の太いくとばしと羽の色が目立つ。キリキリ、コロコロと鳴く。
 (秦野市、中井町)
釣り人の皆様へ
この震生湖は「かながわの探鳥地50選」に入選している湖です。 野鳥たちの生活を守って行くために、釣人のマナーとして下記の事を守ってください。
投げ釣りをする人は、前後、左右、木のある所では上にも注意しましょう。 木の枝に釣糸をからませないようにしましょう。
生餌さは放置すると腐ります。 プランクトンの発生につながり、魚も死滅してしまいます。
釣り糸、釣り針、おもり、ウキ、ルアー、餌などは、必ず持ち帰る習慣を身につけましょう。 (鳥にからまってしまうことがあります)
ジュース等の缶、弁当箱、ビニール袋など、ゴミは必ず持ち帰りましょう。 また、自分の周辺のゴミも持ち帰るように心掛けましょう。
 (秦野市観光協会)
その先へ進んでいくと、売店の脇に藤棚があります。 湖畔に生える樹木が紅葉していましたが、ここもあまり鮮やかさはありませんでした。 右手には「寺田寅彦の句碑」があります。 1930年9月に震生湖の調査に訪れた時の俳句で、 関東大震災によって出来た震生湖が今ではミズスマシが浮かぶ静かな所になっている情景を詠んだ句のようです。
山さけて 成しける池や 水すまし 寅彦
この付近で見られる野鳥 年間約50種
1.一年中見られる野鳥
ハシブトガラス、ハシボソガラス、ヒヨドリ、ムクドリ、メジロ、シジュウカラ、エナガ、ヤマガラ、ホオジロ、 スズメ、イカル、カワラヒワ、モズ、セグロセキレイ、キセキレイ、コゲラ、キジバト、コジュケイ
2.春から夏に見られる野鳥
サンコウチョウ、サンショウクイ、ツバメ、サシバ
3.秋から冬に見られる野鳥
アオジ、アシラダカ、エゾビタキ、ウグイス、ツグミ、シロハラ、ルリビタキ、 ジョウビタキ、ハクセキレイ、コガモ、マガモ、カルガミ、ホシハジロ、カケス
 (鳥もすめる環境都市 秦野市)
藤棚の先にあるコンクリート橋を渡って、右手に続く道に入っていきます。 以前には、震生湖の南側に続くこの道には笹竹などが生い茂る所もあったように思いますが、 いつ頃かは分かりませんが刈り払われたようで、この時にはスッキリとして煩わしさはなくなっていました。 北側の散策路は擬木の柵が設置されて踏み固められた道になっています。 こちらの南側には柵はなくて普通の山道の雰囲気になっていますが、 特に危険な所はなくて歩き易い道が続いています。
自然の草花を大切にしましょう
 (秦野市観光協会)
自然を守ろう ポイ捨てゼロ
 (秦野ライオンズクラブ)
橋を渡った所から1分ほど進んで植林地になってくると、 右側の樹木が少なくなって、湖面を間近に見られる所がありました。 青空が水面に映って綺麗でした。 対岸には先ほど訪ねた秦野福寿弁財天が見えていました。 僅かな起伏はあるものの短いので、苦労することもなく歩いていけます。 橋を渡った所から3分ほど進んだ所からも湖面を見渡すことができました。
植林地から雑木林に変わっていく道を進んでいきます。 少し左へ曲がりながら降っていくと、入江のような所に出ます。 先ほどよりも更に水際まで出られます。 ここを過ぎて少し登っていきます。
雑木林に続く緩やかな道を進んでいきます。 道なりに右へ曲がって降っていくと、震生湖の西側に出ます。 そこから左手の谷筋へ踏み跡が分かれています。 試しに歩いてみましたが、小屋の建つ所を過ぎた辺りで不明瞭になっていました。 その道から引き返して来ると、湖面のすぐ傍まで出ることが出来ます。
湖面から離れて登り始めると分岐があります。 湖畔に続く道は北側に続く散策路で、先ほど訪ねた秦野福寿弁財天へ続いていますが、 今回はここから左手に続く横木の階段を登っていきました。
手入れの行き届いた明るい雑木林に続く幅の広い横木の階段を登っていきます。 林にはコナラ・ミズキ・クヌギ・ヤマザクラなどが生えていました。 右手に設置されたテーブル・ベンチを眺めながら階段を登っていきます。 2分ほど登って正面が明るくなってくると、テーブル・ベンチが設置されていました。 脇には「秦野雑木林を守る会」の看板が立っていて、活動の趣旨などが記されていました。 この雑木林は1万uほどの広さがあるようです。
この林は、地主のみなさんと秦野市とのパートナーシップ協定に基づき、 秦野雑木林を守る会(That's Kirin Saver)が手入れをしています。 美しい雑木林を楽しみながら手入れする仲間を募集しています。 …詳しくは裏面をご覧ください。
 (リコー環境ボランティアクラブ)
「That's Kirin Saver」とは…
秦野の豊かな自然を、自分たちの手で守っていこう! …そんなボランティアサークルの愛称です。 『ざっきりんセーバー』と呼んでください。 正式には『秦野雑木林を守る会』といいます。 私たちは「身近な自然を愛すること」が「自然を守ること」の第一歩と考え、 震生湖の美しい雑木林の手入れを通じて、楽しく活動しています。 ご一緒に楽しく活動しませんか?
明るい雑木林に!!
この辺りを見回してみると、木が密集していて少し薄暗く感じることでしょう。 暗いということは、地面に太陽の光が届かないということです。 ここで空を見上げてみると葉を付けた木の枝が邪魔をして太陽が隠れてしまうと思います (真冬は葉が落ちるので明るくなります)。 地面に陽が当たらないと、そこには極わずかな種類の植物しか育たずその結果、 そこに住み着く動物の種類も偏ってしまいます。 そしてやがてはそのような環境を好む植物が繁殖し、一帯を覆いつくすようになるでしょう。 私たちは、より多い種類の動植物が住むことのできる場所が自然豊かな場所であると考えています。 このような事を「種の多様性」と言います。 そこで、大きくて雑木林を広く覆う木を伐採、明るい雑木林になるよう木の数や種類を調整しているのです。 決してむやみに木を切っているわけではありません! こうして倒した木は、椎茸やなめこ等のホダ木にしたり、薪にして焼きいもやピザを焼いたりして利用します。 また、雑木林の代表的な「こなら」や「くぬぎ」は、切り株から新しい芽を出し、再生することができるのです。 それを少しずつ繰り返すことにより、いつでも若い勢いのある木の雑木林になりのです。 伐採した切り株の5m〜10mほど北側にはぽっかりと陽の当たる場所ができていることでしょう!
 (ざっきりんセーバー(秦野雑木林を守る会))
看板を過ぎて横木の階段を更に登っていくと、左右に通る舗装路に出ます。 50分ほどかけた震生湖の散策はこれで終わりになります。 角には道標が立っていて、左手の道は「渋沢駅3.7km・渋沢丘陵1.0km」、 右手の道は「秦野駅2.8km」、今登ってきた階段は「震生湖畔0.1km」となっています。 左手すぐの所には車道が通っていて、その先から渋沢丘陵へ続く尾根道が始まっています。
峯坂
左手の車道を少し進んで樹木が茂る所までいくと震生湖バス停があります。 脇には「峯坂」と刻まれた石碑が立っていますが、この辺りの地名でしょうか。 林の中へ入っていくと、「閑院宮香仁三殿下…」と刻まれた石柱や石祠もありますが、 何が祀られているのかは分かりませんでした。 更にその奥には「大震災埋没者供養塔」と刻まれた石碑や墓石などがありました。 大きな樹木の袂には旧道に関する石碑もありました。 本数は非常に少ないものの秦野駅までのバスの便があるので、時間が合えば乗っていけばいいのですが、 この時にはまだかなりの時間があったので、秦野駅まで歩いていくことにしました。 持参した地図を眺めながら歩くルートを決めて、登り着いた所まで引き返して、その先へ進んでいきました。
秦野駅行きバス
 土日曜 8:42 10:02 11:22 14:22 17:12 18:32
現地旧道埋立ハ市道工事請負小宮建設社ノ厚意ニテ完成ス
旧道も其時代には重要な使命果せし思を忘るな 老松
 (昭和四十八年 地元)
左手に丹沢山塊を眺めながら1分ほど進んでいくと、カーブミラーが立っています。 その脇から右手に戻るようにして僅かな踏み跡が分かれていたので入ってみると、 石碑がひとつ佇んでいました。 側面を確認してみると、「馬頭観世音供養塔」「明治十九年十月吉日」「大住郡今泉村峯」と刻まれていました。 今歩いて来た道を向いていますが、前には草が生い茂っていて、道からは見えなくなっていました。 元の道に戻って緩やかに降っていくと、すぐの所に分岐があります。 このまま正面の道を進んでいくと、震生湖へ降っていった分岐に続いていますが、今回はここを左折していきます。
ガードレールが続くようになった道を降っていくと、右手へ曲がっていく角に、 建物やビニールハウスなどが沢山並んでいました。 何という建物群なのかは分かりませんでしたが、 倉庫のような建物には「秦野鉢物用土組合」と書かれていました。 ビニールハウスの中では鉢植えの花が栽培されているようでした。 その手前を道なりに右へ曲がって、傾斜の増してきた坂道を降っていくと、右手から道が合流してきます。 右手の斜面には畑地が広がっていました。 その道を併せて左手へ降っていくと、次の曲がり角に石碑が幾つか並んでいました。 一見して庚申塔や馬頭観音のように思えましたが、 近づいて確認すると「尼」や「信士」などの文字が見えたので、墓石のようでした。
墓石を過ぎて道なりに左へ曲がりながら山際を降っていくと、右手が開けてきて眺めが広がってきます。 塔の岳や丹沢大山から弘法山へと続く山並が見渡せました。
小さな貯水槽を過ぎて降っていくと、道端に観音像のような石碑がありました。 そこを過ぎて住宅の脇を降っていくと十字路に出ました。 角には「道祖神」と「産土神」と刻まれた丸まった石碑が並んでいました。 ここを直進していくと県道62号に出ます。 そこを横断して正面に続く道を進んでいく予定にしていましたが、 暫く待っても行き交う自動車が途切れることはなさそうだったので、 左手の少し先にある震生湖入口交差点へ向かっていきました。
交差点の横断歩道を渡って車道の向こう側に出て、その先へ進んでいきます。 小さな川に架かる橋を渡って住宅が建ち並ぶようになった道を進んでいくと、僅かにずれた十字路があります。 そこを右折していきます。 民家を過ぎて生垣の脇を進んでいくと、右手から道が合流してきます。 当初に予定していた道になります。 その道を併せてその先へ進んでいきます。 左右の路地は見送って道なりに真っ直ぐ進んでいきます。 道端にある真新しい石祠を過ぎていきます。 ビニールハウスの脇を過ぎていくと、古びた石祠がありました。 前には丸まった石を二つ串刺しにしたようなものが二つ置かれていましたが、何なのかは分かりませんでした。。
いまいずみほたる公園
石垣のある民家を過ぎていくと、左右に通る道に出ます。 そこを左折したすぐの所を右折していくと、秦野市立南小学校の広い敷地が続きます。 校門を過ぎて道なりに進んでいくと、右手から道が合流してきます。 脇に立つ電柱に寄り添うように「震生湖 徒歩20分」の道標が立っていますが、 どちらの道を指しているのかはよく分かりませんでした。 その道を併せて進んでいくと、室川下中尾橋が架かっています。 橋を渡って道なりに左手へ曲がっていきます。 川沿いを進んで少し右へ曲がっていくと十字路に出ます。 そこを左折していくと、今泉蛍橋の手前にいまいずみほたる公園の入口がありました。 川沿いにも道が続いていましたが、車止めを過ぎて公園の中へ入っていきました。
いまいずみほたる公園の生物たち
ゲンジボタル  清流にすむホタルです。 幼虫の時、カワニナを餌に育ち、成虫になるとオスで15mm、メスで18mmくらいの大きさになります。 前胸はピンク色で中央に十字状の黒い模様があります。 西日本と東日本とでは発光の間隔が違っていて、西で2秒、東で4秒の間隔で発光します。 今泉のホタルは、東日本型の中でも特に発光間隔が長く、7秒〜8秒の間隔で明滅します。 今泉では、5月中旬から7月上旬に見られます。
ヘイケボタル  水田にすむホタルです。 幼虫の時、モノアラガイやサカマキガイ、時には死んだオタマジャクシなどいろいろな餌を食べて育ちます。 成虫はオスで8mm、メスで9mmほどで、ゲンジボタルの半分くらいの大きさです。 前胸背中央の模様は黒い帯状です。 今泉では6月中旬から発生し、七夕の頃最盛期になります。
カワニナ  ゲンジボタルの餌として有名な川や池・沼・湖にごくふつうにいる巻き貝です。 泥より、砂や小石のあるところに多くすんでいて、表面に生えたケイ藻を食べています。 卵胎生と言って、親の体内で卵が孵化し、水温の高い時期には数百個の子貝を生みます。
ホトケドジョウ  ホトケドジョウは低い山から平地にかけて形成される谷戸を流れる細い流れにすんでいます。 このような場所は人間にとって住みやすく、また開発しやすいんで、ホトケドジョウは全国的に減少しています。 環境相のレッドデータブックでは「近い将来における野生での絶滅の危険性が高いもの」として、 絶滅危惧IB類(EN)に指定されています。
オニヤンマ  日本のトンボの中ではもっとも大きなトンボで、体長は95mm〜100mmほどもあります。 平地から山地までの小さな流れや川に見られ、幼虫は2〜3年かかって親のトンボになります。 安定した環境が、長い時間続く所でなければ生きてゆくことができません。
ニホンイモリ(アカハライモリ)  親の背は黒褐色で、腹側は赤と黒のだんだら模様があります。 この模様からアカハライモリという別名の方がよく知られています。 皮膚から有毒の液を分泌しますが、普通に触ったくらいでは害はありません。 水田・池・沼・小川・渓流付近の水溜りなどの止水にすみ、あまり水から出ません。 オスは繁殖期に体色が変わり、全身が灰色がかった感じになります。 繁殖期は4月から7月頃で、オスはメスの前で尾をS字形に曲げて振わせ、求愛します。 メスは、水草などに一個づつ卵を産みつけます。
サワガニ  一生を淡水域で過ごすカニで、メスは卵を腹部に抱いて孵化させ、 孵化した稚カニはそのまま腹部にとどまります。 生息地によって体色に変異があり、赤っぽいもの、青っぽいもの、褐色のものなどがいます。 オスのはさみ脚は左右で大きさが違っていて、右側が大きいものが多くいます。 動物質のものも植物質のものも、何でもよく食べる雑食性です。
プラナリア(ナミウズムシ)  ナミウズムシとも呼ばれる扁形動物(ミミズやヒルなどよりずっと原始的な動物)のなかまです。 全国各地に棲息していて、水の澄んだ、水温のあまり高くならない小川や池にすんでいます。 切っても切っても再生していく動物として有名です。
 (秦野のホタルを守る会、秦野市)
階段を降っていくと、散策路に降り立ちます。 脇には「完成記念」と刻まれた石碑がありました。 左手へ進んでいくと、散策路沿いには湿地が続いていました。 入口にあった解説板によると、この湿地にはホタルなどが生息しているようでした。
美化ボランティア推進運動
この公園のホタル生息地は、わたしたちボランティアが美化・清掃等の活動を行っています。 美化ボランティア活動への協力をお願いします。
 (秦野のホタルを守る会、秦野市)
ホタルの住める川に!
〜秦野市のホタル生息地〜
−ふるさといきものの里100選−平成元年環境省選定
きれいな水と緑を未来の子どもたちへ
 (秦野のホタルを守る会、秦野市)
ホタルの生息環境を守る為、植物も保護しています。 柵の中に入り、動植物を採ることはしないで下さい。
 (秦野市)
明星橋
高いコンクリート壁まで来ると、室川沿いの道に出ます。 そこにも先ほど見かけたのと同じ「いまいずみほたる公園の生物たち」の解説板がありました。 川沿いに右手へ進んでいきます。 引き続き右側には高いコンクリート壁が続いています。 手元の地図によると、壁の向こう側には今泉台調整池があるようでした。 二段になった堰を流れ落ちる水音を聞きながら川沿いを進んでいくと、 車止めを過ぎた先で舗装道路に出ます。 脇には「秦野クイズハイキング 震生湖・渋沢丘陵コース」の看板が落ちていました。 車止めの先にはいまいずみ保育園がありました。 その前に架かる明星橋を渡って右手へ進んでいきます。
秦野(はだの)駅
すぐに広い道に出るので、右手へ進んでいきます。 信号機のある十字路を左折して、街路樹が植えられた道を進んでいくと、広い道が右手へ分かれていきます。 横断歩道を渡ってその広い通りに続く「せせらぎ」沿いに真っ直ぐに進んでいくと、 正面に秦野駅(小田急小田原線)があります。 震生湖を出た所から55分ほどで到着しました。
「荒井湧水からのせせらぎ」について
ここ尾尻・今泉地区は地名のとおり地下水の豊富な地区であり、 昔からあった水路には荒井湧水から湧き出した水が一年中流れ、地域の人たちに親しまれてきました。 そこで、街が整備されても昔の名残を残し、いつまでも親しまれるよう、区画整備事業の中でせせらぎを作り、 昔からある自然を活かすために、水路から水を取り入れたものです。 この湧水は、せせらぎを流れた後、自然に水無川へ流しております。
この水は水道水ではありませんので飲めません。
 (秦野市)