吉沢川
散策:2011年11月下旬
【低山ハイク】 吉沢川
概 要 吉沢川は鎌倉を流れる滑川の支流のひとつで、 鎌倉アルプスの東側にある十二所地区の馬場ヶ谷を流れる短い川です。 今回は獅子舞ヶ谷の途中から分かれて、送電線の巡視路を経て鎌倉天園へ登り、 山頂の巻き道の途中から吉沢川の源流へ降り、沢沿いを十二所神社バス停まで歩いていきます。
起 点 鎌倉市 大塔宮バス停
終 点 鎌倉市 十二所神社バス停
ルート 大塔宮バス停…鎌倉宮…永福寺跡…亀ヶ渕橋…東電送電所…獅子舞ヶ谷…登り口…24番鉄塔…瑞泉寺分岐…鞍部…見晴台…天園休憩所…降り口…吉沢川源流…木橋…沢歩き…沢歩き…沢合流…沢合流…尾根道登り口…沢渡り…沢渡り…女男坂分岐…お塔の窪やぐら分岐…馬場ヶ谷…小広場…馬場地区…瑞泉寺分岐…御坊橋…十二所神社バス停
所要時間 2時間40分
歩いて... 吉沢川へ降り始めの所には大木が倒れて道を塞いでいました。 沢を歩いたり渡ったりする所が何箇所かありますが、 晴れが何日か続いた後だったこともあり、 沢には水が流れていても、歩けないほどの深い水溜りはありませんでした。 紅葉の状況を確認しながら歩いていきましたが、見頃はまだこれからのようでした。
関連メモ 鎌倉アルプス, 六国峠, 鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス, 鎌倉回峰,
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コース紹介
大塔宮(だいとうのみや)バス停
鎌倉駅(JR横須賀線)の東口から、[鎌20]大塔宮行きバスにて7分、1時間に4本程度の便があります。
バス停の傍に架かる小橋の脇には「官幣中社鎌倉宮」と刻まれた大きな石柱が立っています。 小橋を渡っていくと鎌倉宮の境内になります。 脇には大きな「鎌倉市観光案内図」があって、寺社以外に、 天園ハイキングコース、葛原岡・大仏ハイキングコース、祇園山ハイキングコースなども紹介されていますが、 これから向かう獅子舞ヶ谷からのルートは載っていません。
鎌倉宮
左手に続く坂道を登っていくと、手水舎や拝観受付所の先に鎌倉宮の社殿があります。 本殿は拝殿の奥の方に見えていて、かなりの距離があるようでした。 何だか厳かな雰囲気が漂っていました。 本殿の屋根には5本の鰹木が乗り外削ぎの千木が聳えていました。 拝殿には「獅子頭守(ししがしらまもり)」と呼ばれる赤い大きな獅子頭が置いてあります。 祭神である護良親王が戦いに赴くとき、兜の中に忍ばせて自らの無事を祈ったことが由縁で、 鎌倉宮の創建当初からお守りとされているようです。 社殿の右側には村上彦四郎義光公を祭神とする村上社があります。 この社の屋根にも5本の鰹木が乗り外削ぎの千木が聳えていました。 その前に「撫で身代り」の像がありますが、 撫でていく人が多いようで、欅で出来た像はツルツルになっていました。 願い事を書いた「身代り人形」も沢山奉納されていました。 奥には土牢や神苑などがあるようですが、訪ねるのは省略しました。
鎌倉宮
祭神 護良親王(大塔宮)
創建 明治2年(1869)
御醍醐天皇の皇子である護良親王を祭神とする神社です。 護良親王は、後醍醐天皇の鎌倉幕府討幕の動きに呼応して幕府軍と戦うなど貢献しました。 幕府が滅亡し天皇親政が復活(建武の新政)すると征夷大将軍に任じられましたが、 その後足利尊氏と対立して捕えられ、28歳で非業の最後を遂げました。 社殿の後ろ手に残る土牢が親王最後の地と伝えれています。 10月には境内で薪能が催されます。
 (鎌倉市)
撫で身代り
御自分や大切な方の気になる箇所を心を込めて三度撫でて下さい。 大切な方は身代り布で撫でてお帰りになってその方を撫でて下さい。
撫で身代りの由来
村上義光公は、護良親王の忠臣にして、元弘3年(1333)正月、吉野城落城の折、 最早これまでと覚悟を決めた護良親王は、別れの酒宴をされました。 そこへ村上義光公が16本もの矢を突き立てた凄まじい姿で駆けつけ、 親王の錦の御鎧直垂をお脱ぎいただき、 自分が着用して「われこそは大塔宮護良親王ぞ、汝ら腹を切る時の手本とせよ」と告げて、 腹を一文字に掻き切り、壮絶な最後をとげ、その間に親王は南に向って落ちのびました。 このように身代りとなられた村上義光公を境内の樹齢103年の欅の大木にて彫り上げ、 「撫で身代り」として入魂致しました。
社殿の一段低い手前にある社務所の脇には天然記念物の「小賀玉の木」が生えています。 この鎌倉宮は「大塔(鎌倉宮)の夜雨」として「三浦半島八景」のひとつに数えられています。
天然記念物(鎌倉市指定) 小賀玉の木 一株
小賀玉(招堂) 春葉腋にやや紫を帯びた白色の花で、香をはなつ果実は集まって毬果状をなす。
招霊の実 天宇受賣命、天の岩戸の前で神楽を舞った時、此の枝を持っていたと伝えられ、 鈴様の実を結ぶため、神楽鈴の起源と言われる。
開花 三月末頃、 実 十月中頃
 (鎌倉宮社務所)
かまくらと三浦半島の古木・名木50選 オガタマノキ(モクレン科)
 (かながわトラストみどり財団、三浦半島地区推進協議会)
三浦半島八景 大塔(鎌倉宮)の夜雨
「三浦半島八景」は、神奈川県が三浦半島地区の4市1町と協働して、 この地域の"うるおい","にぎわい"づくりをめざし、 半島をぐるっとまわれるような新たな「八景」をつくるため「三浦半島八景」選定委員会を設置し、 県民の皆様のご意見を参考に平成13年11月に選定したものです。
・大塔(鎌倉宮)の夜雨
・灯台(燈明堂)の帰帆
・大佛の秋月
・長者ヶ崎の夕照
・神武寺の晩鐘
・猿島の晴嵐
・城ヶ島の落雁
・建長寺の暮雪
「八景」の考え方は15世紀に中国から日本に移入されました。 「近江八景」や「金沢八景」が有名ですが、 三浦半島地域でもこれまでにたくさんの「八景」が残されています。 伝統的な「八景」は次の八つの景色を基本形につくられ、 それぞれ次のような情景を表わすのではないかと言われています。
・夜雨:水辺の夜の雨
・帰帆:港に帰る漁船
・秋月:水辺に映える秋の月
・夕照:夕日に照らされた遠くの山
・晩鐘:山寺の晩鐘
・晴嵐:朝もやに煙る松林
・落雁:干潟に降り立つ雁の群れ
・暮雪:夕暮れの雪景色
 (神奈川県横須賀三浦地区県政総合センター)
永福寺跡
参拝者休憩所の右手から鎌倉宮を出ていきます。 鎌倉宮カントリークラブへの道を見送っていくと、 テニスコートを過ぎた所に「永福寺舊蹟」の石碑や解説板があります。 往時の建物と庭園の図も載っています。 それによると、二階堂・阿弥陀堂・薬師堂の前には広い池があって、規模の大きな寺院だったようです。 この時には平成23年度の復元整備事業が進められていて、以前からかなり様子が変わっていました。 園路や植栽などの整備を行い、フェンスや門扉なども設置して小綺麗になるようで、 その計画図も載っていました。
国指定史跡 永福寺跡
永福寺は源頼朝が建立した寺院で、源義経や藤原泰衡をはじめ奥州合戦の戦没者の慰霊のため、 荘厳なさまに感激した平泉の二階大堂大長寿院を模して建久3年(1192)、工事に着手しました。 鎌倉市では、史跡の整備に向けて昭和56年から発掘調査を行い、 中心部の堂と大きな池を廃した庭園の跡を確認しました。 堂は二階堂を中心に左右対称で、北側に薬師堂、南側に阿弥陀堂の両脇堂が配され、 東を正面にした全長が南北130メートルに及ぶ伽藍で、 前面には南北100メートル以上ある池が造られていました。 市では昭和42年度から土地の買収を行っており、今後は史跡公園としての整備事業も進めていく予定です。
 (鎌倉市教育委員会)
永福寺舊蹟
永福寺世ニ二階堂ト称ス今ニ二階堂ナル地名 アルハ是ガタメナリ文治五年頼朝奥州ヨリ凱 旋スルヤ彼ノ地大長寿院ノ二階堂ニ擬シテ之 ヲ建立ス輪奐荘厳洵ニ無双ノ大伽藍タリキト 云ふ亨徳年間関東官領ノ没落セル頃ヨリ後全 ク頽廃ス
 (鎌倉町青年會)
永福寺は、鶴岡八幡宮・勝長寿院と共に、源頼朝が建立した三大寺院と言われていますが、 現存するのは鶴岡八幡宮だけです。 鶴岡八幡宮は江戸時代までは「鶴岡八幡宮寺」と呼ばれる神仏混淆の施設でしたが、 明治時代の神仏分離令などによって仏教関連の施設はなくなったようです。 勝長寿院は雪ノ下にありましたが、室町時代に廃寺になったようです。
亀ヶ渕橋
永福寺跡のすぐ先には通玄橋が架かっています。 脇には道標が立っていて、橋を渡っていく道は「瑞泉寺400m」、今来た道は「鎌倉宮400m」となっています。 左手に分かれていく道は何も示されてはいませんが、二階堂川沿いに続く左手の道を進んでいきます。 永福寺跡を左手に眺めながら進んでいくと、亀ヶ渕橋が架かっています。 左手の川沿いに進んでいくと、杉ノ川沿いから鎌倉アルプスにある鷲峰山の近くへ登って行けますが、 このまま橋を渡っていきます。
(杉ノ川沿いの道は「鎌倉アルプス」を参照)
砂防指定地 二階堂川
この土地の区域内において宅地造成・家屋の新築・土採取等の行為をする場合は、 神奈川県知事の許可が必要ですから藤沢土木事務所に御相談下さい。
 (神奈川県)
東電送電所
山際に続く道を進んでいきます。 短い橋を渡っていくと、亀ヶ渕橋から5分ほどの所に東電送電所があります。 傍には送電線の鉄塔「北鎌倉線No.19」も立っています。 集落はここで終わりになります。
歴史的風土特別保存地区指定図
昭和63年6月17日から、この地区は歴史的風土特別地区になりましたので、 建築物・工作物の新築・改築・増築、土地形質の変更、木竹の伐採、 土石の類の採取、建築物・工作物の色彩の変更、屋外広告物の表示又は掲出及び、 水面の埋立又は干拓の現状変更行為をするときは許可がいります。 違反すると刑罰に処せられます。 なお行為の申請・質問等の申出は下記へ。
 (神奈川県横須賀三浦地区行政センター環境部、鎌倉市役所)
獅子舞ヶ谷
畑地(老人農園)を回り込むようにして進んでいきます。 背の高い石垣を過ぎて川沿いに続く道を進んでいくと、コンクリート製の小橋が架かっています。 橋を渡っていくと、二階堂川は「」の雰囲気になります。 この辺りの谷筋は「獅子舞ヶ谷」と云うようです。 水の流れに沿って、岩盤の上に道が続いています。 この時には水量は余り多くはありませんでしたが、 雨が降った後などはかなり勢い良く流れるようになります。 2分ほど進んで少し開けた所に出ると、沢に架かる木橋を渡っていきます。
歴史的風土保存用地
この土地は「古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法」に基づき 歴史的風土を長く保存するため、平成11年3月、神奈川県が買い上げたところです。 この土地を大切に保存していきましょう。
 (横須賀三浦地区行政センt−環境部)
この先、自転車・バイクの乗り入れはご遠慮下さい
 (鎌倉警察署、鎌倉市)
登り口
木橋を渡って歩き易くなった広めの道を進んでいくと、30秒ほどで右下を流れる沢へ降っていく道があります。 鎌倉宮から20分ほど歩いてきた所になります。 このまま正面に続く道を進んでいくと、天園の岩場の傍に登っていけますが、 今回はこの右手の道から沢を渡っていきます。 戻るようにして岩盤になった沢に降ると、すぐの所から向こう岸に登っていく道が続いています。 登り口は抉れて狭くなっていて先行きが案じられますが、すぐに歩き易い山道になります。
このすぐ先に架かる木橋を渡った所に 「No.7 ハイキングコース内での喫煙はやめましょう」の標柱が立っています。 その脇から尾根へ続く細い道があります。 地形図に載っている破線の道で、鷲峰山と大平山の中間辺りに登っていけます。 (「鎌倉アルプス」を参照)
No.7 ハイキングコース内での喫煙はやめましょう
 (鎌倉市消防本部、鎌倉市危険物安全協会)
しっかりとした山道を登っていきます。 アオキや笹竹などが生い茂る雑木林ですが、道は明瞭に続いています。 右・左と曲がりながら登っていきます。 沢から5分ほど登っていくと分岐があります。 道は右手へ曲がりながら続いていますが、僅かな踏み跡が左手へ分かれています。 道標類は見かけませんが、天園ハイキングコースの尾根へは右手の道になります。
ちょいと寄り道をして左手へ登っていくと、 送電線の鉄塔「大-田23号」が立っていて、道はそこで行き止まりになっています。 (2分ほどの寄り道)
大-田23号 お願い JR東日本
この送電線は、6万6千ボルトの高電圧です。 下記の事柄について御連絡下さい。
1.送電線の附近に建造物を建てられるとき。
2.送電線に接近して作業をされるとき。
3.送電線の附近で火災がおきたとき。
 (新鶴見給電メンテナンスセンター、中央給電指令)
24番鉄塔
23番鉄塔から引き返して1分ほど登っていくと、送電線の鉄塔「大-田24号」の袂に出ます。 鉄塔の周囲には樹木が生い茂っていて、樹木の間から僅かに山並みを見渡せる程度で、見晴らしは良くありません。 道は鉄塔の手前から左手へ曲がっていきます。
大-田24号 お願い JR東日本
この送電線は、6万6千ボルトの高電圧です。 下記の事柄について御連絡下さい。
1.送電線の附近に建造物を建てられるとき。
2.送電線に接近して作業をされるとき。
3.送電線の附近で火災がおきたとき。
 (新鶴見給電メンテナンスセンター、中央給電指令)
瑞泉寺分岐
アオキなどが茂る道が続きますが、道は広めで明瞭になっています。 この道は送電線の巡視路のようですが、ハイキングコースにしても良いほどしっかりとした道になっています。 樹木が途切れた所から山並などを眺めながら登っていくと、右手に分かれていく道があります。 24番鉄塔から5分半ほどの所になります。 角に生える樹木にマジックで書き込まれたメモによると、右手の道は「瑞泉寺」、 左手の道は「天園見晴台」となっています。 二つ並んだ樹木の間から分かれていく右手の道はしっかりとしていますが、 ここは道なりに左手へ曲がっていきます。
右手の道を進んでいくと、途中に右手へ分かれていく道があります。 沢筋に降りて東電送電所の近くの二階堂川に続いています。 その道を見送っていくと、天園から瑞泉寺へと続くハイキングコースに出ます。 岩盤が剥き出した僅かな切通のような所です。 (「鎌倉アルプス」を参照)
左側に植林地が続くようになった緩やかな道を2分ほど進んでいくと、 大きな樹木が生える所から降り坂が始まります。 その手前から右手に登っていく道が分かれています。 左手の樹木が途切れていて、鎌倉アルプスの山並を見渡せる所です。 大平山の傍にあるゴルフ場のクラブハウスも見えていました。 このまま正面へ降っていくと、獅子舞ヶ谷から天園の岩場の傍にある鞍部へ続く道に出られますが、 今回は右手の道を登っていきました。
鞍部
少し右へ曲がって登っていくと、大木が生える所に分岐があります。 正面の踏み跡は見送って左手へ曲がっていきます。 木の根が横たわったような岩を過ぎていくと僅かな高みに着きます。 そこから傾斜の増した坂道を降っていくと鞍部に降り立ちます。 手前の分岐から3分半ほど、獅子舞ヶ谷の登り口から20分ほどで登って来られました。 鞍部を過ぎて登り返していく道、鞍部の右側の前後に続く道、 左手の谷筋へ降っていく道の5本の道が集まる所になっています。 角には道標が立っていて、左手の道は「獅子舞経由鎌倉宮」となっています。 他の道標が立っていた時期もありますが、この時にはこれ以外に見かけませんでした。 脇には真新しい丸太のベンチが設置されていました。 右正面の道は天園の山頂を巻いて市境広場方面へ続いていますが、 正面にある岩場へ登っていきました。
お願い
このコースの階段やベンチは70〜80歳の老人達が高齢ハイカーの為に汗水を流して作りました。 どうぞご利用下さい。 決して故意に壊したりしないようお願い致します。
 (鎌倉社会福祉協議会 ボランティアグループ)
No.6 ハイキングコース内での喫煙はやめましょう
 (鎌倉市消防本部、鎌倉市危険物安全協会)
見晴台
正面の横木の階段を登ってその先の岩場をよじ登っていくと、岩が剥き出した高みに着きます。 ここが天園の見晴台になります。 眼下には鎌倉の街や海が広がり、奥の方には丹沢や箱根の稜線が続いています。 条件が良いと富士山も綺麗に見える所なのですが、この時は晴天ではあっても遠くが霞んでいて、 その姿は見えませんでした。 それでもあの辺りにあるはずだと心眼を開いて暫く眺めていると、朧気ながらその形が見えたように思えました。
天園見晴台
眼下に鎌倉の町並、海、遠く前方には箱根の山々、富士山、伊豆方面が眺められ、大変に趣きがあります。
天園休憩所
岩場を過ぎてその先へ進んでいくと、すぐに右手へ道が分かれていきます。 角には道標が立っていて、右手の道は「瑞泉寺 約30分・鎌倉宮 約30分」、 正面の道は「建長寺」、今来た道は「天園見晴台」となっています。 正面のすぐ先には天園峠の茶屋もありますが、 今回は右下にある天園休憩所で休憩していくことにしました。 分岐を右折して竹林の脇に続く横木の階段を降っていくと、すぐの所に天園休憩所があります。 お昼の少し前でしたが、注文したおでんを食べながら休憩していきました。 おでんには、いつもの具に加えてうどんも入っていました。 この時にはおでんを注文する人が多くて、出来上がるまでに20分以上も待ちました。
店にはカンキツ類の大木が2本生えていて、青い大きな実が沢山なっていました。 店の人の話では夏蜜柑だということです。 高い所の実は放っておくのだそうですが、リスが食べてくれるようでした。 脇には立派な竹林もあって、その中に生える樹木には巣箱が掛けられていました。
天園休憩所をご利用下さいまして誠にありがとうございます。 検査に合格している井戸水を井戸水を大切にしながら年中無休で営んでいます。 採れたてのものを採れたそのところで素材の持つ良さがより活きるメニュー造りに心掛けております。 左記のことにつきましてはお断り申し上げます。
 ・アルコール類のお持ち込み
 ・コンロを用いましての火のご使用
また、当所でお買い上げ以外のごみはお願いです!! お持ち帰り下さいます様に。
ネコにはエサを与えないで下さい。 朝夕二回、時間を決めて当所で与えております。
お腹も満ちたところで、休憩所を出て右手へ降っていきます。 すぐに天園の山頂を巻いていく道に降り立ちます。 先ほどの鞍部から右前方へ続いてきた道になります。 角には道標が立っていて、左手の道は「金沢八景・文庫」、 右手の道は「瑞泉寺」、今来た道は「建長寺」となっています。 今回はこの巻き道の途中から吉沢川へ降るべく、左手の道を進んでいきました。
降り口
立派な竹林の間に続く緩やかな巻道を進んでいきます。 斜面を横切るようにして進んでいくと、 天園休憩所から3分ほどの所の山際にコンクリート製の円筒が置かれています。 そのすぐ先に分岐があります。 ここが吉沢川の源流への降り口になります。 このまま巻き道を進んでいくと、天園峠の茶屋から降りてきた道を併せて市境広場方面へ続いていますが、 今回はここから右手の谷筋へ分かれていく道を降っていきます。
(参考地図:吉沢川の源流域
吉沢川源流
右手の道を降り始めると、すぐの所に倒木が道を塞いでいました。 どうしたものかと思っていると、その手前から右手に戻るようにして道がありました。 その道を降っていくと大きなイチョウの木の袂に出ます。 下には葉が沢山落ちていました。 色づき始めていましたが、黄葉の見頃はもう少し先のようでした。 小さく曲がりながら谷筋を降っていきます。 次第に小さな沢のようなものが出来てきて、谷を流れるようになります。 小広くなった所を過ぎていくと、降り口から4分半ほどでV字形になった谷に降り立ちました。 この辺りが吉沢川源流のひとつになるよです。 岩盤が剥き出した谷には水が少し流れていたので、滑って転ばないよう注意しながら降っていきました。 この様子だと下の方には深い水溜りがあって、歩いて行けない所があるかも知れないと不安になってきました。 ハイキング会でもあったのか、沢に沿って点々と赤テープが取り付けられていました。
木橋
岩盤が剥き出したV字谷を降っていくと、右手から沢が合流している植林地に出ます。 降り口から8分ほど降って来た所になります。 右手から来る沢には丸太の木橋が架かっています。 木橋を渡っていくと、右手の沢沿いにも踏み跡が続いていますが、左手に続く道を降っていきます。
右手の谷
参考までに、以前に歩いた右手の谷の状況を載せておきます。 あまり歩かれていないようで、道には切り倒された樹木が散乱していました。 沢を飛び越えて右側に渡り、狭くなっていく谷を登っていきます。 次第に歩き難くなってきて「道」という雰囲気がしなくなってきます。 それでも赤テープが谷に沿って点々と巻きつけられていて道を示しているようでした。 そんなテープを頼りにしてV字形になった谷を上に向かって登っていくと、 やがて横幅が広くなって立派な竹林が現れます。 その竹林を更に上へ向かって登っていくと、ここから11分ほどで尾根道に出ました。 登り着いた所は、天園休憩所の裏手の岩場のすぐ南側で、 獅子舞ヶ谷への道が尾根から分かれて降っていく鞍部でした。
左右の沢を合せた沢に沿って植林地を降っていきます。 林床にはシダ類が生い茂ってはいても、道を隠すほどではなくて分かり易くなっていました。 木橋を渡って1分半ほど降っていくと、長さ2mほどの丸太の木梯子が架かっています。 かなり急な梯子なので注意して降っていきました。 木梯子の先へ1分半ほど進んでいくと沢を渡っていきますが、 幅が狭くて流れる水も僅かなので、難なく渡っていけました。
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沢歩き
沢を渡って左岸に続く道を進んでいきます。 アオキなどが生い茂るようになりますが、道は引き続き明瞭に続いています。 沢を渡ってから1分ほど進んでいくと、再び沢に降りてしまいます。 僅かな横木の階段を降りて、左手へ続く下流へと沢を進んでいきます。 岩盤になった沢を流れる水は思ったよりも少なくて、歩いて行けないほどの水溜りはありませんでした。 僅かに土が現れている所には真新しい靴跡がありました。 最近に歩いた人がいると分かって、心にも余裕が出てきます。 沢を1分半ほど進んでいくと、左手に登っていく道が現れます。 このまま沢を歩いていくと水溜りがあるといけないので、その道へ登っていきました。
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沢歩き
沢から上がって、植林帯に続く道を進んでいきます。 黄葉が始まっている木も見かけましたが、見頃はもう少し先のようでした。 3分ほど進んでいくと、再び沢に降りてしまいます。 引き続き沢は岩盤になっていて、歩き易くなっていました。 ちょっとした水溜りを避けながら降っていきます。 ここでも3分ほど進んでいくと、左岸に登っていく道が現れます。
沢合流
岩壁沿いに進んでいくと、左手から沢が合流してくる所に出ます。 降り口から22分ほど降ってきた所になります。 降ってくると分かり難いのですが、遡行してくると、谷筋が二手に分かれているのがよく分かります。 沢を渡って、右岸に続く道を進んでいきます。
沢から上がって進んでいくと、1分もせずにまた沢に降りてしまいますが、すぐ先で右岸に登る道があります。 沢から上がって安心する間もなく、またすぐに沢に降りてしまいます。 沢を渡って左岸の岩壁に沿って進んでいきますが、すぐに沢に降りてしまいます。 また沢歩きが続くのかと思いながら進んでいくと、30秒もせずに右岸に登っていく道が現れます。
沢合流
アオキなどが生い茂る植林地を進んでいきます。 1分半ほど進んでいくと沢へ降り立ちます。 沢には水が少し溜まっていました。 岩盤が露出した所を横切って、左岸の岩壁沿いに進んでいきます。 道に沿ってロープが張られているので、掴まりながら進んでいきました。 ここは右側から沢が合流する所になっていました。
岩壁沿いを過ぎて笹竹の生い茂る所に来ると、僅かな流れが横切っています。 左手の斜面へ続く踏み跡が分かれていて、その上にはコンクリート製の崩壊止め工事が施された所があります。 その上に出ても特に何もないので見送っていきます。 アオキや笹竹の茂る所を抜けていくと、左側の岩壁が頭上に覆い被さるようにしてせり出している所があります。 右手すぐの所を流れる沢沿いに進んでいくと、ロープが張られています。 そこから左手に上がって、歩き易くなった道を進んでいきます。
尾根道登り口
シダ類が生い茂る道を進んでいきます。 アオキや笹竹などが茂るようになった道を進んでいくと、右手の沢に木橋があります。 降り口から33分ほどの所になります。 木橋は向こう岸にきちんとは届いておらず、少し外れて沢に落ちていました。 向こう岸は急な崖になっていて、そこを登っていく道があります。 道標類はありませんが、天園から貝吹地蔵へ続く尾根道の中ほど(*)へ続いています。 今回は右手の道は見送って、このまま吉沢川の源流の沢筋を降っていきます。
*右手の道は「国鉄送電線巡視路 No.26、No.25」と 書かれた黄色い板が括り付けられた樹木の生える所に続いています。 (「鎌倉アルプス」を参照)
シダ類やアオキなどが茂る道を2分ほど進んでいくと、少し開けた感じの所に出ます。 左側には高い岩壁が続いていました。 そこを過ぎて30秒ほど進んでいくと、僅かな流れが横切っています。 左手には石垣があって、その真ん中に空いた穴から流れ出た水がコンクリートで囲われた水路を通ってきていました。
沢渡り
流れを越えてその先へ進んでいきます。 アオキなどが茂る植林地を進んでいくと、右手を流れる沢に降りていきます。 尾根道登り口から6分ほどの所になります。 岩盤になった沢には僅かに水が流れていましたが、水没するほどの量はなくて、簡単に渡っていけました。 沢を渡って右岸に続く道を進んでいきます。
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沢渡り
沢から上がって、アオキなどが茂る植林地を2分ほど進んでいくと、左手の沢には大きな水溜りがあります。 右岸に続く道はその辺りで行き止まりになっていますが、 その手前から岩盤になった沢に降りて対岸へ登っていける所があります。 こちら側は降りやすく道が付けられていますが、対岸は切り立った崖になっています。 しかし垂らされたロープに掴まりながら何とか登っていけます。 対岸に出て、左手の大きな樹木の間を抜けると、右手に曲がって歩き易い道が続いています。
女男坂分岐
沢から上がって1分ほど進んでいくと、右手が落ち込んだ崖になっている所があります。 左側は岩壁になっていますが、道幅は狭くはないので、安心して過ぎていけます。 その先のアオキなどが生い茂る道を進んでいくと、左手に分かれていく道があります。 道標類は見かけませんが、左手の道は、鎌倉霊園の脇の権兵衛山へと続いていて、 女男坂(めおとざか)と呼ばれているようです。 その昔には鎌倉の十二所地区から木炭などを馬に乗せて、 この谷筋を経て横浜の金沢地区へ運んでいった道なのだそうです。 その道は見送って、少し広くて歩き易くなった道を緩やかに降っていきます。
(左手の道は「鎌倉アルプス」を参照)
快適になった道を1分ほど降っていくと、道は鋭角に右手へ曲がっていきます。 手元の地図によると、この曲がり角から正面へと道が続いているようなのです。 入口には木切れが横たえられていて、お勧めの道ではないようですが、 生い茂る樹木などを掻き分けて入っていきました。 確かに踏み跡は続いていましたが、草木などがかなり生い茂っていて、 今では歩かれていない道のようなので引き返してきました。
画像を左クリックすると、5枚の写真が順次表示されます。
お塔の窪やぐら分岐
右折して坂道を降っていくと、すぐに岩盤になった沢に降り立ちます。 この辺りまで来るとかなり幅も広がって川らしくなりますが、 流れる水は少なくて、難なく歩いていくことが出来ます。 この辺りは綺麗な紅葉が見られる所ですが、見頃はもう少し先のようでした。 道は沢を横切って正面へ続いています。 その道を進んでいくと、お塔の窪やぐらを経て貝吹地蔵の南側の尾根道に出られますが、 今回は左手に続く沢を降っていきます。 岩盤の上には水が流れているので、滑らないよう注意しながら降っていきます。 大きな水溜りの右側を進んでいくと、沢から離れていく道があります。
(お塔の窪やぐらへの道は「鎌倉アルプス」, 「朝比奈切通」, 「鎌倉アルプス」を参照)
馬場ヶ谷
笹竹やアオキなどが生い茂る緩やかな道を1分ほど進んでいくと、少し広くなった所に出ます。 緑色の葉を伸ばす草の群落になっていて、雰囲気のいい湿地になっています。 この辺りの谷筋は、馬場地区の奥にあるということから馬場ヶ谷と呼ばれているようです。 両側は切り立った岩壁になっています。 少しぬかるだ所には鉄板や木板が敷かれているので、その上を歩いていきます。 湿地を過ぎて細木などが茂る所を抜けていくと、再び緑色の葉を伸ばす草の群落があります。 水の音が聞こえてくるので何処だろうと周囲を覗っていると、 右手の岩壁から水が勢い良く流れ落ちていました。
小広場
敷かれた木板の上を過ぎてアオキや草などが茂る所を過ぎていくと、 僅かな流れを渡った先で小広くなった所に出ます。 お塔の窪やぐら分岐のある沢から上がって6分ほどの所になります。 以前には簡易倉庫や作業小屋などが建っていてテーブルも置いてあったのですが、少し前からなくなっています。 広場の先へ進んでいくと、手前からと奥からの二箇所から道が続いていますが、 いずれの道を進んでもすぐ先で合流します。 以前には竹製のバーが設置されていましたが、今回は見かけませんでした。
馬場地区
小広場から出ていくと、20秒ほどで二つの道が合流します。 1分ほど進んで正面に民家が見えるようになると、道は左手へ曲がっていきます。 すぐに沢沿いに出て右折していきます。 程なくして現れる金網柵沿いに進んでいくと住宅地に出ました。 出た所は、民家の脇の駐車場のような所です。 お塔の窪やぐら分岐のある沢から上がって9分ほど、 天園山頂の巻き道にあった降り口から1時間ほどで降りて来られました。 この辺りは馬場地区というようです。
瑞泉寺分岐
吉沢川はすぐに左手へ曲がって離れていきます。 集落に続く道を緩やかに1分半ほど降っていくと、再び吉沢川が近づいてきます。 金網柵沿いに少し進んでいくと、吉沢川は再び左手へ離れていきます。 そのまま道なりに進んでいくと、正面に山が近づいてきた所に分岐があります。 角には道標「瑞泉寺・天園」が立っていて、右手に分かれていく山道を指しています。 この山道は天園から貝吹地蔵を経て瑞泉寺や明王院へと降る尾根道へ続いていますが、今回は見送っていきます。
十二所馬場地区急傾斜地崩壊危険区域
この区域内で、のり切・掘削・伐採等を行う場合は、知事の許可が必要ですから左記へお問合わせ下さい。
 (神奈川県藤沢土木事務所)
御坊橋
山際に続く道を進んでいきます。 突き当りを左手にクランク型に曲がっていくと、吉沢川の支流と思われる沢に架かる小橋を渡っていきます。 再び山際に近づいて道なりに降っていくと、吉沢川に御坊橋が架かっています。 住宅地に出た所から6分ほどの所になります。
砂防指定地 吉沢川
この土地の区域内において宅地造成・家屋の新築・土採取等の行為をする場合は、 神奈川県知事の許可が必要ですから藤沢土木事務所に御相談下さい。
 (神奈川県)
十二所神社(じゅうにそうじんじゃ)バス停
御坊橋を渡って右手に続く道を進んでいくと、県道204号に出ます。 これまで歩いて来た吉沢川は、道路の下を過ぎた所で、滑川に流れ込んで終わりになります。 そこを左折していくと十二所神社バス停があります。
手前の乗り場からは、金沢八景駅(京浜急行本線)までの便が1時間に2本程度あります。 赤い帽子と前掛けをしたお地蔵さんの立つ信号を渡った向かい側の乗り場からは、 鎌倉駅(JR横須賀線)までの便が1時間に3本から4本程度あります。
砂防指定地 滑川
この土地の区域内において、宅地造成・家屋の新築・土採取等の行為をする場合は、 神奈川県知事の許可が必要ですから、藤沢土木事務所に御相談下さい。
 (神奈川県)