大仏切通
散策:2011年11月中旬
【低山ハイク】 大仏切通
概 要 大仏切通は鎌倉七切通しの一つで、鎌倉市の長谷地区と笛田・常盤地区を結ぶ道にあります。 傍に大仏トンネルが出来たため、今では通る人も殆どいなくなったこの道は国指定の史跡として保存されています。 今回は鎌倉中央公園から尾根を越えて台峯緑地へ降り、源氏山公園を経て大仏切通へ向かっていきます。
起 点 鎌倉市 丸山4丁目バス停
終 点 鎌倉市 火の見下バス停
ルート 丸山4番通りバス停…鎌倉中央公園…登り口…尾根道…自然観察農園…倉久保ノ谷戸…谷戸ノ池…山ノ内配水池…源氏山公園…葛原岡神社…日野俊基墓…大仏ハイキングコース…佐助稲荷分岐…浅間神社分岐…浅間神社…樹ガーデン分岐…樹ガーデン…一向堂公園分岐…一向堂公園…大仏切通…やぐら群…火の見下バス停
所要時間 2時間50分
歩いて... 大仏切通は、過日の台風の影響で一時通行止めになっていましたが、この春からまた通れるようになりました。 以前に歩いた時と比べると、整備が進められて小綺麗になってはいましたが、 新しく設置された横木の階段が、往時の雰囲気を少し損なっているように感じました。
関連メモ 六国見山, 化粧坂, 鎌倉中央公園, 大仏切通, 台峯緑地, 鎌倉回峰, 台峯緑地, 源氏山公園, 台峯緑地,
鎌倉中央公園, 常磐山緑地 台峯緑地
コース紹介
丸山4番通り(まるやまよんばんどおり)バス停
大船駅(JR東海道線)の東口交通広場から、 [船50]桔梗山行きバス,または,[船50]山の上ロータリー行きバスにて8分、 1時間に2本から3本程度の便があります。
バス停の大船駅寄りの横断歩道のある十字路を右折して、住宅地を進んでいきます。
バス乗り場には「デマンドバス」と書かれていました。 何だろうと思いながらも乗ったところ、 どうやら要求がないと通らないルート(デマンドルート)があるようなのでした。 そのルートにあるバス停で下車する人は予め「デマンドボタン」を押して知らせるシステムのようです。 そのルートにあるバス停から乗る場合はどうすればいいのかは分かりませんが、 バス停に同様のボタンが設置されているのでしょうか。 この丸山4番通りバス停は通常ルートにあるので、特に操作は必要ありません。 この路線を走るバスは小振りの「京急ポニー号」になっていました。
鎌倉中央公園
住宅地の道を登り気味に進んでいきます。 十字路をふたつ直進していくと、道は左手へ曲がっていきますが、 その角に鎌倉中央公園寺分口があります。 車止めを過ぎて、その先に続くブロック敷きの道を進んでいくと、やがて右手へ鋭角に曲がって、 庭園植物園を降るようになります。 十字路を左手へ曲がって木製の階段を降っていくと、園内を巡る広い散策路に降り立ちます。 道路向かいには道標が立っていて、右手の道は「管理事務所」、 左手の道は「山崎口」、今降って来た階段は「庭園植物園」となっています。 右手には下池・湿性花園・上池などがありますが、 今回は鎌倉中央公園の散策は省略して、左手にある山崎口へ向かっていきます。
開園時間 8時30分〜17時15分
 (鎌倉中央公園)
ルールを守って楽しい公園に!
・魚釣りは禁止です。
・危険な遊びはやめましょう。
・バイク、自転車の乗入れはやめましょう。
・一般車両は進入禁止です。
・煙草の投げ捨てはやめましょう。
・ゴミは持ち帰りましょう。
広い道を左手へ進んでいくと、金網柵を過ぎた所で、道が左右に分かれています。 右手は野外生活体験広場などへ続いていますが、左手にある山崎口へ向かっていきます。 正面にある「しし石」を確認してから左手へ降っていくと、すぐの所に山崎口があります。 脇には「鎌倉中央公園案内図」と題した看板が立っています。
ぼくたちのわんわんルール
ペットのお散歩は運動!トイレは自宅でがマナーです。
・リードは必ず付け、リードを長く延ばさないで下さい。
・糞は片づけて持ち帰ること。埋めたりしないでください。
・おしっこはペットボトルなどに入れた水で流すこと。木や花がかわいそうです。園内も汚れます。
・毛繕いはしないでください。風で芝生広場などに散乱します。
・ベンチの上には乗せないこと。座るときに汚れるといやですね。
・花壇の中へは入れないで下さい。お花がかわいそうです。
ルールを守って楽しい公園に
 (鎌倉中央公園管理事務所)
山崎口から鎌倉中央公園を出て、左手の山際を流れる小川沿いの道を進んでいきます。 左手に続く森は「山崎1号緑地」というようでした。 今来た道を指す「←徒歩2分 鎌倉中央公園」の標識を過ぎていくと、 すぐ先にある空地のような所の手前から右手へ道が分かれていきます。 ここを右折して、金網柵沿いに進んでいきます。
仮称 山崎1号緑地
・施設や植物を大切にしましょう。
・ゴミをすてないようにしましょ。
・緑地の管理についてお気付きの点は下記まで御連絡ください。
 (鎌倉市みどり推進課)
登り口
突き当りのY字路を右手へ進んで軽く登っていきます。 左に分かれていく道を見送っていくと、道は右へ曲がって降っていきます。 正面に立つ電柱には「複合柱12-50」の標識が取り付けられています。 右へ曲がっていく道から分かれて、左前方にある墓地へ続く道を進んでいきます。 墓地の右脇を進んでいくと、墓石が並んでいる山際に出ます。 一見して行き止まりのように思えますが、 墓石の背後の山際に細い山道が続いています。 ここが鎌倉中央公園と台峯緑地の間に続く尾根への登り口になります。 丸山4番通りバス停から15分ほどで着きました。
墓石の裏に続く山道を登っていきます。 すぐに小尾根に出て左へ曲がっていきます。 道はしっかりとして歩きやすくなっていました。 登り口から1分ほど進んでいくと分岐があります。 道標類は見かけませんが、ここは左側の道を登っていきます。
試しに右側の道も歩いてみました。 道なりに右へ曲がって降っていくと、小さな谷筋に降り立ちます。 生い茂る草に隠れ気味の小径を進んでいくと、中ほどにベンチが設置された広場に出ます。 その先に続く広くなった道を進んでいくと、鎌倉中央公園にあった「しし石」の脇に出ました。
(この時間は所要時間に含めず)
尾根道
雑木林の斜面に続く道を登っていきます。 傾斜は急ではなくて歩き易くなっていました。 程なくすると、上の方が明るくなってきて、尾根が近いことが分かるようになります。 斜面を斜め右手へ登っていくと、先ほどの分岐から4分ほどで、左右に通る尾根道に出ました。 この道が、鎌倉中央公園と台峯緑地の間に続く尾根道になります。 右手へ進んでいくと鎌倉中央公園の梶原口へ続いていますが、今回は左手へ進んでいきました。
(右手の道は「台峯緑地」を参照)
これまでよりも広くて快適になった尾根道を進んでいきます。 右手の金網柵が途切れる所を過ぎて、杉林の脇を進んでいきます。 再び雑木林になった緩やかな尾根道を進んでいくと、少し左へ曲がる所から、右手へ細い道が分かれていきます。 尾根道に出た所から1分ちょっとの所になります。 このまま広い尾根道を進んでいくと山崎打越公園の辺りへ降りて行かれますが、 今回はここから右手の道を降っていきました。
(正面の道は「台峯緑地」を参照)
自然観察農園
笹竹が生い茂るかなり傾斜のある坂道を降っていきます。 道は狭いながらもしっかりと確認出来ました。 背丈を超す笹竹が生い茂る所を過ぎていくと、岩盤が剥き出した急傾斜の所があります。 脇にはトラロープが張られているので、それに掴まりながら慎重に降っていきました。 「保存樹林」の白い標柱を過ぎていくと、トタン屋根の小屋が見えてきます。 そのまま降っていくと、その小屋の脇に出ました。 尾根道から5分ほどで降りて来られました。 小屋を過ぎていくと、右手は広い草地の広場になっていて、親子連れが遊んでいました。 小川が流れ簡易ベンチも設置されていました。 脇に沿って進んでいくと、手作りの「山小谷戸マップ」があって、この広場が図解されていました。 その図に、今降って来た道が「中央公園へ」として載っていました。 脇には「山崎小 谷戸 やと 自然観察農園」の看板がありました。
マップがある所の左手に続く山際の広い道を進んでいきます。 左手に続く金網柵が竹柵になってくると、左右に通る舗装路に出ました。 正面には山崎小学校がありました。 ここから台峯緑地の谷筋に向かって右手へ進んでいきます。
左手の垣根の中には竹林があったり東屋のような建物があったりして、雰囲気のいい庭と云った感じがします。 北大路魯山人の邸宅「星岡窯」の跡地とのことです。 陶芸家・美食家でもあった魯山人は、東京永田町の星岡茶寮を借り受けて会員制料亭を始め、 自ら料理をし食器も手掛け、晩年にこの地に星岡窯を開いて過ごしたようです。
倉久保ノ谷戸
登り坂になってきた道を、山崎小学校の金網柵沿いに進んでいきます。 正面が開けてくると広めの道は左手へ曲がって降っていきますが、 その角から正面へ続く細い道を進んでいきます。 作業小屋のような建物を過ぎていくと山道になります。 畑地を回り込むようにして山沿いに続く道を進んでいきます。 笹竹などが生い茂る細い道ですが、、しっかりと確認できます。 この辺りは倉久保ノ谷戸と呼ばれる湿地になっています。 以前には田んぼが広がっていたようですが、耕作を止めてから40年ほど経つのだそうです。 その昔にはこの谷戸にも黄金色の稲穂が頭を垂れる里山風景が続いていたのでしょうか。 この時にはススキが陽の光を浴びて綺麗な眺めになっていました。
引き続き山際に続く道を進んでいくと、左手には沢が流れるようになります。 沢沿いに進んでいくと、程なくしてその沢を渡っていきます。 沢には太い土管が埋設され、丸太が横に渡されていました。 山崎小学校前の舗装路に出た所から7分ほどの所になります。 沢を渡っていくと、沢沿いに左右に続く道と、谷を横切っていく正面の道に分かれる十字路になっていますが、 今回は右手の沢沿いの道を歩いていきました。
試しに左手に続く道を歩いてみましたが、 生い茂る葦を倒しただけの所もあって、あまり歩かれていない様子でした。 大きな樹木が2本生えている小広場のような所まで行くと、その先は道が不明瞭になっていました。 草などが生い茂っていてはっきりとしませんでしたが、 すぐ先に建つ民家の手前には池(沢?)のような水面が見えていました。 (この時間は所要時間に含めず)
沢沿いに続く道を進んでいきます。 周囲には笹竹などが生い茂っていますが、道はしっかりと続いています。 前夜に雨が降ったので、少しぬかるんだ所もありましたが、なかなか雰囲気のいい道になっていました。 大きな樹木が生える所まで来ると、道は左手へ曲がっていきますが、正面の沢沿いに続く道を更に進んでいきます。 程なくして、水路が谷を横切る所に出ます。 水路の上はコンクリートで蓋がされていて歩けるようになっています。 その上を進んでいくと谷の反対側へ行けますが、今回は正面に広がる谷筋を更に進んでいきました。
山火事注意
(仮称)山崎・台峯緑地内での喫煙はやめましょう。
かなりぬかるんだ所には丸太が何本も敷かれていました。 その上を歩けということなのだろうと思って、両手を広げてバランスを取りながら渡っていきました。 少し明るくなった葦原のような所を進んでいきます。 引き続き沢沿いに続く小径を進んでいくと、谷筋を横に堰き止める土手が見えてきます。 傍までいくと、山際の岩盤が剥き出した所から水が勢い良く流れ落ちていて、 ちょっとしたのようになっていました。
谷戸ノ池
滝の脇の土手を登っていくと、笹竹が生い茂っています。 その中に細い道が通っています。 右手に出てみると、その先には池が広がっていました。 これが谷戸ノ池というようです。 沢に埋設された土管の所から6分ほどで着きました。 以前には谷戸に広がる田んぼへ水を引くための溜池だったのでしょうか。 笹竹の生い茂るこの土手は、池を堰き止める堤になっているようでした。 夏場にはウシガエルが低音のよく響く声で鳴いていたりもしますが、晩秋のこの季節は静かでした。 背の高い笹竹の間を進んでいくと、右側が途切れて谷戸ノ池を眺められる所があります。
笹竹の回廊を抜けて谷の反対側まで行くと、山際に続く道に出ます。 そこを右折して谷筋の奥へ進んでいきます。 池の畔を過ぎていくと、谷戸ノ池の上流側の湿地へ降る道があります。 池へ流れ込む沢に置かれた丸太を渡っていくと、 池に土砂が流れ込まないようにする沈砂池が幾つか設置されていました。 湿地の中ほどからは、池の全体を見渡すことができました。
沈砂池
深さ50cm。 谷戸の池への土砂の流入を防止するため沈砂池を設置しました。
(仮称)山崎・台峯緑地基本設計に基づくもので、沈砂池への土砂の流入量を測定します。
 (鎌倉市景観部公園海浜課)
山際の道に戻って、谷筋の奥へと更に進んでいきます。 湿地が続く山際の道を進んでいくと、少し左へ曲がっていきます。 谷戸を横切るように右へ曲がりながら続く道を進んでいくと、 谷筋から離れて山際を登るようになります。 ぬかるみも無くなって歩きやすい山道を登っていきます。 右下には谷戸が広がっていました。 坂を登り切る所まで来ると、左手の斜面を登っていく道が分かれていきます。 谷戸ノ池の上流側から4分ほどの所になります。 左手の道は台峯緑地の東側に続く尾根を通る道に登って行けますが、今回は正面に続く道を進んでいきます。
(左手の道は「台峯緑地」を参照)
笹竹が生い茂る山際の道を進んでいくと、左へ曲がり始める辺りの脇に、丸太を輪切りにしたものが幾つか置かれていました。 座るのに良さそうな形になっていました。 ここから右手へ道が分かれていきます。 左手に曲がっていく山際の道は台峯緑地の東側の尾根道に出られますが、 今回は右へ曲がっていく道を進んでいきました。
(左手の道は「台峯緑地」を参照)
一段低くなった所に降りて、右手に続く笹竹の生い茂る道を進んでいきます。 谷筋の奥へ進んでいくと、先ほどの分岐から2分ほどで竹林が見えてきます。 竹林へ入っていくと、広い空間になっています。 竹林には、奥からとすぐ左手の二箇所に幅の広い横木の階段が設けられています。 どちらの階段を登っても住宅地へ出られますが、今回は左手すぐの所にある階段を登っていきました。
竹林に続く古びた横木の階段を登っていきます。 二度ほど途切れながら続く階段を1分ほど登っていくと、高台にある道に出ました。 左手には細い道が続いていましたが、右手の広い道を進んでいくと、すぐに住宅地の舗装路に出ます。 塀などに取り付けられた住所標識によると、この辺りは「梶原三丁目32」になるようです。 山崎小学校前の舗装路に出た所から30分ほどで歩いて来られました。
山ノ内配水池
坂道を真っ直ぐ降っていくと、左右に通る二車線道路に出ます。 左折して登り坂になった道路を2分ほど進んでいくと、左手に山ノ内配水池があります。 入口の両側には「山ノ内配水池」、「山ノ内加圧ポンプ所」と書かれていました。
山ノ内配水池(災害用指定配水池)
この配水池は、寒川浄水場から送られてきた水を貯えて、 鎌倉市の皆様に供給するために築造されたものです。 また、この配水池は、地震など災害が発生した場合に応急給水に必要な飲料水を確保する配水池に指定されております。
構造鉄筋コンクリート造
大きさ36m×32m×1池
有効水深4m
満水時水位標高80m
容量4,608立方m
 (神奈川県企業庁水道局鎌倉営業所)
山ノ内配水池を過ぎて右へ曲がる所まで来ると、台峯緑地の東側に続く尾根道が左手から合流してきます。 その道を併せて右手へ降り気味に進んでいきます。 民家が点在するようになった道路を進んでいくと、 左へ曲がり始める角から正面へ細めの坂道が分かれていきます。 ここが源氏山公園への入口になります。 道の両側には手製の道標があって、左へ曲がっていく道路は「北鎌倉駅へ」、 正面の細めの道は「銭洗弁天」となっています。 今回はここから源氏山公園へ向かっていきます。
源氏山公園
緩やかな登り坂が続く道を2分ほど進んでいくと、幅の広い石段が右手へ降っていきます。 その石段を見送っていくと民家が建ち並ぶ所に出ました。 「梶原五丁目6」の標識のある電柱の脇には「梶原五丁目7」の標識のあるタンク塔がありました。 その下から降っていく道もありますが、 その道もやり過ごして、住宅地に続く道を道なりに進んでいきます。 車道から4分ほど進んでいくと、道が分岐しています。 角には「大機山展嶽楼」と刻まれた石標が立っていました。 分岐を直進して民家の脇を緩やかに登っていきます。 民家を過ぎて降り坂になった道を進んでいくと、右手の下の方に芝生の広場が見えてきました。 この辺りからが源氏山公園になるようです。
鳥獣保護区
ここは保護区域です。 鳥や獣を守ってください!
 (神奈川県)
ご迷惑をおかけします
放っておくと荒廃する恐れのある神社所有緑地を対象として、 将来に渡って良好な緑を育てるために支障となる木の伐採や、ササ刈り等を行っています。
 (葛原岡神社)
広場に沿って続く道を進んでいきます。 広場へ降っていく階段を見送っていくと、坂道にあるT字路に出ます。 そこを左手に曲がって登っていくと、源氏山公園の背骨に当たる広い尾根道に出ます。 脇に生えている大きな木に 「You can see Mt. Fuji here ここから富士山が見えます!」と書かれた紙が貼り付けられていました。 振り返ってみると、手前の山は見えていましたが、 遠くの方には雲が出ていて、残念ながら富士山は見えませんでした。 ここから左手へ進んでいくとすぐ先に葛原岡神社があるので、ちょっと立ち寄っていきました。 尾根に続く広い道を左手へ進んでいくと、右側にはベンチが幾つも設置された広場風の所があります。 木陰にもなっていてひと休みしていくのには良い所です。 脇には「藤原仲能之墓」の石碑や「葛原岡・大仏ハイキングコース」の題した案内板がありました。 これから向かう大仏切通へ続く道も載っているので参考になります。
藤原仲能之墓
此所ハ道智塚或ハ阿古耶尼ノ塚ト傳ヘラ レシモ海蔵寺傳ニ_リ藤原仲能ノ墓所ト 考察セラル仲能ハ従五位下前_州大守ニ シテ鎌倉幕府評定衆タリシガ後年海蔵寺 中興ノ大檀越トナリ建長八年十二月九日 寂シ道智禅師ト称ヘラレシモノノ如ク其 位牌同寺ニ現存ス
昭和十一年三月建 鎌倉町青年団
葛原岡・大仏ハイキングコース
コース所要時間
■葛原岡神社→浄智寺経由北鎌倉駅/約40分
■葛原岡神社→長谷大谷戸口経由鎌倉駅/約50分
■葛原岡神社→大仏坂口経由江ノ電長谷駅/約65分
広場のすぐ先に大きな鳥居が立っていて、その脇には「葛原岡神社」と刻まれた石柱があります。 右手には「魔去ル石」という丸い石があり、左手には神輿庫や御朱印授与所などがあります。 この時には美容と健康に良いという名物の「玉こんにゃく」や 「むくろじ(無患子)守り」が路上販売されていました。 「玉こんにゃく」は煮詰めた3〜4cmの丸い団子状のコンニャクを竹の串に三個刺したもので、 一見してジャガイモなのかと思えたりもします。
葛原岡神社 鎌倉市山の内東瓜ヶ谷
本社祭神 SAIZIN 日野俊基朝臣 HINOTOSHIMOTOASON 文章博士 従三位 蔵人右少弁
建武の中興A.D.1333年(元弘3年)を計画し、不幸にも1331年鎌倉幕府の 北条高時に捉えられ、其の完成に会はず中途で悲愴な最期をこの葛原が岡で遂げられた忠臣(A LOYAL)である。 社殿は、明治天皇の思召により、地元有志の方々の骨折で、全国の崇敬者の協力を得て、 明治21年に創建された。 例大祭は、御命日の6月3日、神前祭、墓前祭が行われる。 この6月3日に近い土曜日に氏子区域になっている由比が浜で、宵宮祭が行なわれ、 日曜日には、大御輿、子供御輿が氏子地域を巡るお渡り神事が行なわれる。 御祭神は学業成就、除災招福、交通安全などの神として崇められて居る。
摂社祭神 報徳豆大黒天 福福恵比須神 健康と繁栄を招く神
御神体の木像は、二宮尊徳翁邸内の樟で作られたと伝えられる。
魔去ル石
魔が去るように願いを込め、盃をこの石に当てて幸せを勝ち取りましょう。 「魔が去る」が転じて「勝(まさ)る」ということで幸せを勝ち取る石です。
 (社務所)
むくろじ(無患子)守り
好評につき頒布再開。 かごの中にある実は、神社の境内で採れた「むくろじ」の実です。 中の種子は昔、羽根をつけて羽子板遊びの時に使用されてきました。 また、外側の皮の部分は、洗剤(石鹸)として利用されました。
玉こんにゃく
こんにゃく販売は、葛原岡神社崇敬会「葛の会」の奉仕活動にて行っております。 売上金は、神社の修復・保全や清掃・植樹剪定などに使わせていただいております。
鳥居をくぐって短い石段を登っていくと、右手には池がありました。 中には水草が植えられ、綺麗な金魚が沢山泳いでいました。 左手には真新しい小祠がありました。 その前には「縁結び石」と刻まれた石があり、その右前には長めの「男石」、 左前には丸めの「女石」があって、注連縄が掛けられていました。 脇にはハート形の縁結び祈願の絵馬が沢山掛けられていました。 1年半ほど前に来た時にはこれらはありませんでしたが、最近になって出来たようです。 近寄っていくと、雅な音楽が自動的に流れてきました。
葛原岡神社
左手へ曲がっていく石畳の参道を進んでいくと、 先ほどの無患子の木が生えていて、注連縄も張られていました。 その先の玉垣の奥に葛原岡神社の社殿があります。 以前には大きくて歴史を感じさせる社殿でしたが、5年ほど前に来た時には建替えられていて、 小振りの本殿と屋根だけのような形をした拝殿になっていました。 壁はなくて何だか風通しがよさそうでした。 5本の鰹木と外削ぎの千木の聳える本殿は、 少し色が濃くなってきていて、落ち着いた雰囲気になっていました。 拝殿の前には「昇運の神龍」と題した彫り物もありました。 「十月桜 左下の庭に咲いています」の貼り紙が出ていたので覗いてみると、 確かに白っぽい花を咲かせた木がありました。
葛原岡神社
御祭神 日野俊基卿
例大祭 六月三日
お渡り神事 六月三日に近い日曜日 於 鎌倉由比ヶ浜
御由緒 鎌倉幕府の執政を北条氏から後醍醐天皇の親政にしようとして幕府に捕えられた元弘2年(1332)、 この葛原が岡で露と消えられた。 太平記 俊基朝臣再び関東下向の事に名文が綴られている。
辞世の頌 秋を待たで葛原岡に消ゆる身の 露のうらみや世に残るらん
古来、一句無死無生萬里雲蓋長江水清
御墓所 参道大鳥居の手前約五十米左手の小高い処にあり史蹟に指定されている
 (宮司 小松行好 記)
昇運の神龍
御本殿を御造営する際、旧御本殿に納められていた神龍で、百二十年間御祭神をお護りして来ました。 神様のお使いとして願い事をより早く届けていただくようお参り下さい。
日野俊基墓
葛原岡神社から引き返してきて源氏山公園の広い道を進んでいきます。 登ってきた分岐を過ぎていくと、すぐに「史蹟 日野俊基墓」の大きな石柱が立っています。 そこから右手へ入っていくと日野俊基の墓があります。 先ほどの葛原岡神社の祭神とされる人の墓で、玉垣で囲まれた一段高い所になっていました。
国指定史跡 日野俊基墓
日野俊基は鎌倉時代末期の朝臣、後醍醐天皇につかえ討幕計画に参加した。 正中の変(1324)に捕えられ許されたが、元弘の乱(1331)の時再び捕らえられ、 鎌倉に送られて、翌年ここ葛原岡で処刑された。
 (鎌倉市教育委員会)
日野俊基墓所
日野俊基朝臣ノ朝権ノ快復ヲ図リテ成ラ ズ元弘ニ年六月三日北條高時ノ害ニ遭ヒ 秋を待たで葛原岡に消ゆる身の露の恨や 世に残るらんト永キ恨ヲ留メタルハ此ノ _ナリ
 (鎌倉町青年会)
日野俊基の墓を後にして、広い道に並行する少し高い所を進んでいくと広場があります。 脇にはサザンカが桃色の花を咲かせていました。 その先の広場を越えて縦杭の階段を降っていくと、東屋のある広場に降り立ちました。 広場の樹木は色付いてはいましたが、鮮やかというよりも枯れているという雰囲気でした。 大きなイチョウの木もありますが、黄葉はまだのようでした。
トCamellia sasanqua Thunb. 山茶花 サザンカ
秋から冬にかけて咲くツバキの仲間。 ツバキと違って花弁が細長く、一枚ずつ分かれて散ります。 原種は四国、九州、沖縄に野生しています。
餌付けはやめましょう
タイワンリスやトビによる被害に迷惑している方がいます。 餌付けは、やめていただきますよう、ご協力をお願いします。
屋外で食事するときは、トビにご注意ください
クリーンアップかまくら!!ごみは持ち帰りましょう。
 (鎌倉市環境保全課、鎌倉市公園協会)
大仏ハイキングコース
広場を過ぎていくと左右に通る道に出ます。 右手から登ってくる道が合流するY字路のようになっています。 正面の山際には黒塗りの標識があって、 右手に登っていく道は「長谷駅・高徳院(大仏)」、 左手の道は「銭洗弁財天・鎌倉駅」「葛原岡神社・浄智寺」となっています。 ここから右手へ登っていく大仏ハイキングコースを進んでいきます。 登り始めてすぐの所に道標が立っていて、正面の道は「大仏ハイキングコース・高徳院(大仏)2km・60分」、 今来た道は「葛原岡神社250m」「銭洗弁財天150m」「佐助稲荷神社800m」となっています。
坂を登って緩やかになった尾根道を進んでいきます。 鎌倉市消防本部と鎌倉市危険物安全協会の設置する 「No25 ハイキングコース内での喫煙はやめましょう」の標柱を過ぎていくと分岐があります。 正面の金網柵に取り付けられた道標によると、この先の道は「高徳院(大仏)1.9km・45分」、 今来た日は「源氏山公園150m」「銭洗弁財天250m」「葛原岡神社350m」となっています。 右手の道には「!こちらはハイキングコースではありません」の標識が取り付けられています。 道標に従ってその先へ進んでいくと、眺めが広がる所があります。 手前の樹木などに邪魔されながらも、鎌倉方面の街並みや逗子マリーナのある岬が見えていました。 奥に横たわる尾根には、森戸川の北側にある二子山と思われる山も見えていました。 金網柵には黒塗りの標識があって、この先の道は「長谷駅・高徳院(大仏)」、 今来た道は「源氏山公園・銭洗弁財天」となっています。
生垣などが続く尾根道を進んでいくと分岐がありますが、 電柱に取り付けられた道標「大仏」に従って正面に続く道を進んでいきます。 未舗装路になった尾根道を進んでいくと、大仏ハイキングコースに入ってから6分ほどで森の中へ入っていきますが、 引き続き道は広めで歩き易くなっています。 標柱「No26」の所まで来ると、右手に細い道が分かれていきます。 その道を見送って尾根道を進んでいくと、再び右手に細い道が分かれていきます。 その入口には「女坂」と書かれた標識が立っています。 その道も見送っていくと、急な横木の階段(男坂)を降るようになります。 階段を降り切った所からも、右手へ細い道が分かれていきます。 脇にある朽ちた切り株には黄色ペンキで書き込みされていて、 この先の道は「佐助稲荷・大仏」、今来た道は「源氏山」となっています。 右手の道は見送って、左前方へ続く緩やかになった尾根道を進んでいきます。
右手に分かれていく道は、野村総合研究所跡地や大久保公園や市役所通りなどへ続いています。
(「源氏山公園」, 「常磐山緑地」を参照)
佐助稲荷分岐
緩やかになった尾根道を1分ほど進んでいくと、こんもりとした高みの手前に分岐があります。 大仏ハイキングコースに入ってから11分ほどの所になります。 脇には道標が立っていて、正面の高みに続く横木の階段は「長谷駅2.0km・高徳院(大仏)1.5km」、 左手の道は「長谷大谷戸交差点400m(市役所通り)」、 今来た道は「源氏山公園・銭洗弁財天700m」となっています。 また、別の道標も立っていて、左手の道は「長谷(住宅地)を通って大仏へ」「佐助稲荷神社」、 正面の横木の階段は「大仏ハイキングコース」となっています。 左手の道は佐助稲荷へ降りて行かれますが、正面の横木の階段を登っていきます。
(左手の道は「化粧坂」を参照)
浅間神社分岐
横木の階段はすぐに終わって、その先には広くて緩やかな尾根道が続きます。 標柱「No27」を過ぎていくと軽い登り坂になってきます。 僅かな高みに着いて、その先の横木の階段を降っていきます。 ハイキングコースになっている尾根道は、僅かな登り降りはあるものの、広くて歩きやすい道が続きます。 僅かな高みを越えて降っていくと、左手に分かれていく道があります。 先ほどの佐助稲荷分岐から9分ほどの所になります。 入口に生える樹木には手製の板が取り付けられていて、 左手の道は「浅間神社経由大仏・一般道」となっています。 以前からこの分岐道があるのは知っていましたが、歩いたことはなかったので、 今回はちょいと寄り道していくことにしました。
浅間神社
斜面を横切るように続く道を降り気味に1分ほど進んでいくと、道端には笹竹が生い茂るようになります。 踏み跡は何とか続いているので掻き分けながら進んでいきました。 1分半ほど降って笹竹が少なくなると、降り傾斜が増した所があります。 張られたトラロープに掴まりながら降っていきました。 鞍部に着いて、その先から少し登り返して僅かな高みに着くと、 右手を向いて建つ浅間神社がありました。 尾根道から4分ほどで着きました。 祠の左側には「浅間神社」と刻まれた石碑、 右側には「大天狗 小御岳石尊大権現 小天狗」と刻まれた石碑がありました。 祠の正面には鳥居が立っていて、その先には階段が降っていました。 脇の柵に取り付けられた板切れに描かれた地図によると、「大仏15分」「鎌倉駅20分」となっていました。 広くはない境内にはベンチが二つ設置されていたので、 腰掛けて水分補給などをしながらひと休みしていきました。
樹ガーデン分岐
往復12分ほどで尾根道まで引き返して、その先へ進んでいきます。 広くて快適な尾根道を1分半ほど進んで僅かな高みが現れると、その途中に分岐があります。 脇には道標が立っていて、左手に曲がっていく道は「長谷駅1.5km・高徳院(大仏)1.0km」、 今来た道は「源氏山公園・銭洗弁財天1.1km」となっています。 また、「cafeterrace 樹 garden」の標識も立っていて正面の道を指しています。 大仏切通へは左手の道を進んでいくのですが、樹ガーデンへ立ち寄っていくことにしました。
樹ガーデン
高みを越えて、ブロックや赤レンガ敷きの小径を降っていくと、すぐの所に樹ガーデンがあります。 「樹」と書いて「いつき」と読むようです。 メニューによると、各種ソフトドリンクやアルコール類、パイなどが飲食できるようです。 条件が良いと富士山も望めるようですが、この時には生憎と雲が出ていて見えませんでした。 樹ガーデンを抜けていくと、市役所通りにある一向堂バス停の近くに降りて行かれますが、 尾根道まで引き返して大仏切通へ向かっていきました。
カフェテラス 樹ガーデン
喫茶、軽食、休憩、電話、BBQパーティー、ハイキング途中降り口
DRINKS. FOODS. REST. TEL. PARTY. EMERGE FROM HIKING.
熱烈歓迎!鎌倉隠れ名所 カフェテラス 樹(いつき)ガーデン 30m先
WELCOME 天空のテラス CAFE TERRACE ITSUKI GARDEN in →
樹木のあい間に笑顔が集い、語らいの輪が広がってゆく。 なごんだ空気に心の安らぎをとりもどし、 往にし方の風のささやきに、幼きころの自分となって、 自然の中で至福の時に身をゆだねてみませんか。
大切にしましょう古都の山。一人一人の心がけ!
積もっても緑は生えぬゴミの山。自然に優しくハイキング
標柱「No28」を過ぎていくと、僅かな高みを越えて、木の根が剥き出した坂道を降っていきます。 鞍部に着いて、その先の高みを越えていきます。 標柱「No29」を過ぎて僅かな高みが現れると、左側には有刺鉄線柵が続くようになります。 その前後の樹木には注意を促す貼り紙が取り付けられていました。 高みを越えてその先の「歴史的風土大仏・長谷観音特別保存地区」の標柱を過ぎて、 次の高みへ登っていくと、有刺鉄線柵は左手へ遠退いていきます。
★注意★
この先、ハイキングコース沿いに有刺鉄線の設置された場所があります。 危険ですので、注意して通行してください。
歴史的風土大仏・長谷観音特別保存地区
この地区内において、建築物の新築・改築・増築・土地形質変更の変更・木竹の伐採等の行為をするときは許可がいります。
 (神奈川県横須賀三浦地区行政センター、鎌倉市役所)
一向堂公園分岐
高みを越えて降っていくと、右側に鉄線柵が続くようになります。 その先へ進んでいくと、岩盤が剥き出した降り坂になります。 鎖が渡された擬木の柵が続く岩盤を曲がりながら降っていきます。 その先に現れる縦杭の階段を降っていくと鞍部に降り立ちます。 樹ガーデンから11分ほどで着きました。 鞍形になった峠を越えていく道が左右に通っている所です。 角には道標が立っていて、左手へ降っていく縦杭の階段は「長谷駅950m・高徳院(大仏)450m」、 今降ってきた階段は「源氏山公園・銭洗弁財天1.7km」となっています。 右手の道は一向堂公園へ続く道なのですが、道標には何も示されてはいません。 ここでも一向堂公園へ立ち寄っていくことにしました。
一向堂公園
広くて歩きやすい道を緩やかに降っていきます。 僅かな縦板の階段を降ってその先へ進んでいくと、分岐から1分半ほどで公園に出ます。 脇には住友常磐自治会の防災倉庫があります。 その先は細長く続く芝地になっていて一向堂公園というようです。 先の方へ進んでいくと、藤棚・砂場・ブランコ・鉄棒などがありました。 住宅地に脇にある静かな公園で、この時には子供達が遊んでいました。
みんなで守ろう みんなの公園
・公園をきれいにしましょう。
・木や遊具を大切にしましょう。
・あぶないことやほかの人にめいわくになることはやめましょう。
・犬をつれてくるのはやめましょう。
 (鎌倉市公園協会)
大仏切通
往復6分ほどで鞍部まで引き返してきて、道標「長谷駅・高徳院(大仏)」の指す縦杭の階段を降っていきます。 森を抜けて明るくなった所に出ると、左側には建物がありました。 そこを過ぎて狭い所を降っていくと、右手に登っていく階段があります。 ここが大仏切通の入口になります。 寄り道(約23分)は除くと、大仏ハイキングコースに入った所から30分ほどで到着しました。 脇には道標が立っていて、右手の階段は「大仏切通150m」、 左手の道は「長谷駅900m・高徳院(大仏)400m」、 今降ってきた道は「源氏山公園・銭洗弁財天1.8km」となっています。 脇には標柱「No30」も立っていました。 左手へ降っていくと大仏トンネルの南東側出入口の近くに降りて行かれますが、 ここから右手に続く急な横木の階段を登っていきます。
以前は急坂になっていましたが、階段が出来て歩き易くなりました。 両側には木製のしっかりとした柵が設置されていて、安心して登っていけます。 階段を登り終えて高みに着き、その先から横木の階段を降っていきます。 降り終えて緩やかになるると、柵が設置された道は右手へ曲がっていきます。 以前に来た時には曲がり角から正面へと踏み跡が続いていて、 その下には大仏トンネルの北西側出入口が見えていました。 その先は崖になって道は途絶えていましたが、 その昔にはトンネルの出入口の辺りから登って来られたのかも知れません。 山際に続く緩やかになった道を進んでいくと、 「国指定史跡 大仏切通」の標柱が立っています。 先ほどの道標にあった「大仏切通150m」の地点だと思われます。 この辺りから切通の雰囲気が出て来ます。
国指定史跡 大仏切通
指定 昭和五十二年八月十日
文部省・鎌倉市教育委員会
笛田B地区急傾斜地崩壊危険区域
この区域内で、のり切・掘削・伐採を行う場合は知事の許可が必要ですから、 神奈川県藤沢土木事務所へ問い合わせ下さい。
 (神奈川県)
往時はよく歩かれた道なのか、幅は広めで歩き易くなっています。 浅くU字形に窪んでいるのは、長年歩かれてきた来た結果なのでしょうか。 少し降り坂になってくると分岐があります。 角には道標が立っていて、正面のマウンドの先に続く道は「火の見下」、 今来た道は「高徳院(大仏)」となっています。 右へ曲がっていく道もしっかりとしていますが、道標には何も示されてはいません。 ここは道標に従って正面の道を進んでいきます。
(右手の道を30秒ほど進んでいくと住宅地に出られます)
広くて緩やかな道を進んでいきます。 程なくして浅くU字形に窪んだ道を降っていくと、分岐から2分ほどで切通があります。 両側は垂直にそそり立つ岩壁になっていて、岩盤を切り開いて造ったことがよく分かります。
切通を抜けてその先へ緩やかに降っていくと、再び切通があります。 両側にそそり立つ岩壁は先ほどよりも高くなっていました。 このすぐ先にも小規模の切通がありました。
僅かな高みを越えて降っていくと、また切通がありました。 そそり立つ岩壁はこれまでの切通よりも高くなっているようでした。 道の中ほどには大きな岩が頭を出していますが、切通が開かれた当初からあるのでしょうか。
切通を過ぎていくと降り傾斜が増してきます。 坂道を降り切ると、「国指定史跡 大仏切通」と題した解説板が設置されていました。 道は左へ曲がっていきますが、正面にはそそり立つ岩壁が見えています。 道なりに左へ曲がっていくとすぐに住宅の脇に出ますが、 岩壁へ続く横木の階段も設置されているので、ちょいと登っていきました。
国指定史跡 大仏切通
大仏切通はいわゆる鎌倉七口の一つに数えられ、梶原・山崎を経て武蔵・京都方面へ通じる道路です。 記録がないため正確な開削時期は不明ですが、北側にある北条氏常磐亭の存在や、 朝夷奈切通や巨福呂坂の整備時期との関係から、仁治2年(1241)から建長2年(1250)ごろに整備されたと考えられています。 元弘3年(1333)の新田義貞の鎌倉攻めでは、上野国(現在の群馬県)から南下した軍勢が 洲崎(現在の深沢・山崎)方面から攻め寄せ、激戦となったことが「太平記」に見えることから、 この地も戦場になった可能性があります。 大仏切通は、江戸時代に経路が変更され、現在の県道鎌倉藤沢線ができたため大規模な破壊を免れ、 付近に造られた平場や、ここに開口する「やぐら」と呼ばれる岩窟、そして切岸などと共に、 かつての鎌倉の幹線道路のあり方を、今によく伝えています。
 (鎌倉市教育委員会)
やぐら群
横木の階段をひと登りすると、正面には高い岩壁が聳えています。 そこに四角い穴が幾つも空いていました。 先ほどの解説板によると「やぐら」のようでした。 右手の方にある穴を覗いてみると、中には五輪塔が沢山並んでいました。
鎌倉七口
鎌倉七口とは、名越切通・朝夷奈切通・巨福路坂・亀ケ谷坂・仮粧坂・大仏切通・極楽寺切通を指していて、 鎌倉の内と外とを結ぶ要所に位置しています。 今回歩く大仏切通もその中のひとつに数えられています。 新編相模国風土記稿にも「大仏坂は大仏の西にあり登り四十五間(81m)、この地を大仏切通と称す」として登場するようです。 鎌倉の内部にも「切通」と名の付く所があります。 その代表的なものに「釈迦堂切通」がありますが、これは鎌倉七口には含まれていません。
火の見下(ひのみした)バス停
やぐら群から引き返して緩やかになった道を1分ほど進んでいくと、住宅地に出ます。 住宅の脇を過ぎて、突き当りを右・左とクランク型に曲がりながら狭い路地を進んでいくと、 1分ほどで市役所通りに出ます。 その右側すぐの所に火の見下バス停があります。
手前の乗り場からは、鎌倉駅(JR横須賀線)までの便が頻繁にあります。 道路向かいの乗り場からは、藤沢駅(JR東海道線)までの便が1時間に5本程度あります。