畠山
散策:2011年11月上旬
【低山ハイク】 畠山
概 要 畠山は三浦半島の中ほどにある低い山で、森戸川を巡る三浦アルプスの東辺にあります。 三角点のある山頂からは、樹木の間から横須賀港を見下ろすことが出来ます。 今回は田浦梅林から乳頭山へ登り、畠山へ向かっていきます。 畠山からは南南東に続く尾根を通って木古庭地区へ降っていきます。
起 点 横須賀市 田浦駅
終 点 葉山町 木古庭バス停
ルート 田浦駅…のの字橋…十三峠…田浦梅林…展望塔…田浦青少年自然の家…田浦橋…巻き道分岐…東尾根…展望地…中尾根分岐…乳頭山…14号標識…13号標識…12号標識…山中町分岐…畠山…尾根道合流…38番鉄塔…草地…葉山2ガード…大矢戸橋…本圓寺…不動橋バス停…木古庭バス停
所要時間 3時間20分
歩いて... この時は生憎の曇天とあって、田浦梅林の展望塔や乳頭山・畠山からの眺めは霞んでいました。 田浦梅林へ登る階段や、梅林から三浦アルプスの東尾根へ登る道はかなりの傾斜があって、 脹脛が痛くなってきました。 秋も深まる季節でしたが、汗を拭き拭きの登りとなりました。
関連メモ 三浦アルプス, 畠山, 乳頭山, 塚山公園, 田浦梅の里, 畠山, 乳頭山, 森戸川, 乳頭山, 森戸川回峰, 乳頭山, 乳頭山,
十三峠, 乳頭山, 乳頭山, 三浦アルプス, 乳頭山, 三浦アルプス
コース紹介
田浦(たうら)駅
田浦駅(JR横須賀線)から歩いていきます。
改札口を出て南側(左側)の階段を降って駅の外へ出た所に 「田浦梅の里周辺案内図」があります。 塚山公園・田浦梅の里・南郷公園などへのルートが紹介されているので参考になります。 先ずは田浦梅林へと向かっていきます。
田浦梅の里周辺案内図
●所要時間(徒歩)
現在位置より
・田浦梅の里まで…約25分
・南郷公園まで…約25分
・塚山公園まで…約45分

・京急田浦駅まで…約25分
・京急安針塚駅まで…約20分
その他のルート
・田浦梅の里−長然寺−塚山公園…約60分
バスやタクシーの乗場を過ぎていくと、国道16号(下り線)の田浦駅入口交差点があります。 手前の電柱には「田浦梅林 この横断歩道 手前を右折 徒歩25分」の看板が取り付けられていて、 右手の道を指していますが、今回は十三峠を経ていくので、そのまま直進していきます。 国道16号(上り線)の田浦駅入口交差点に出て右折していきます。 田浦駅バス停を過ぎた所から左手に分かれていく道があります。 角に立つ電柱には「田浦町一丁目24」の住所標識が取り付けられています。 正面には田浦隧道が見えていますが、ここを左折していきます。
田浦町地区急傾斜地崩壊危険地域
この区域内での、のり切り・掘さく・伐採等を行う場合は、知事の許可が必要ですから、左記へお問い合わせください。
 (神奈川県横須賀土木事務所)
のの字橋
左右に分かれていく路地は見送って道なりに3分ほど進んでいくと、左手に「ながかまトンネル」があります。 長浦町5丁目へ抜けられますが見送っていきます。 傾斜が増してきた道を登っていくと、陸橋の下をくぐっていきます。 出た所には田浦1丁目公園があります。 ブランコや滑り台などの遊具があるだけの静かな公園です。 道はこの公園を取り巻くように「の」の字形に回って登っていきます。 これがのの字橋になります。陸橋を過ぎた先から左手に分かれていく階段があります。
(ながかまトンネルを抜けていく道は「塚山公園」を参照)
田浦町一丁目地区急傾斜地崩壊危険地域
この区域内での、のり切・掘削・伐採等を行う場合は知事の許可が必要ですから、横須賀土木事務所へ問い合わせてください。
 (神奈川県)
近道になっている左手の階段を登っていきます。 左手に分かれていく階段を見送って正面へ登っていくと、のの字橋を回ってきた道に出ます。 そこから道なりに右手へ進んでいきます。 大きく左へ曲がりながら登っていくと分岐があります。 右手へ戻るようにして続く道の先には市営月見台住宅があります。 道路向かいからは京浜急行の線路やこれから向かう田浦梅の里などを見渡せる眺めが広がっていました。 この斜面には十字形に腕を伸ばした補強部材が設置してあるようでした。
(月見台住宅からの道は「十三峠」を参照)
この斜面には、急傾斜地崩壊対策工事で設置した補強部材が設置して有ります。
 (神奈川県横須賀土木事務所)
十三峠
右手からの道を併せて緩やかになった道を進み始めると、すぐの所から右手に降っていく階段があります。 田浦駅から13分ほどの所になります。 脇には「浦賀道(十三峠)」」の標柱が立っています。 道標の役割もあるようで、正面の道は「塚山公園(按針塚)」、 右手の階段は「田浦梅林」、今来た道は「JR田浦」となっていました。 標柱にある「この尾根道は十三峠ともいわれ…」という表現からすると、 「十三峠」というのは鞍形になったいわゆる「峠」ではなくて、 この尾根に続く道の全体を指しているように思えました。 正面の道を進んでいくと塚山公園へ続いていますが、今回はここから右手の階段を降っていきます。
(この先の道は「塚山公園」, 「十三峠」, 「乳頭山」を参照)
浦賀道(十三峠)
この尾根道は十三峠ともいわれ、古道(浦賀道)で険路の難所でした。 昔は木がおおい繁り淋しい道であったと伝えられています。
急な階段を曲がりながら2分ほど降っていくと、住宅の脇に降り立ちます。 その住宅を左から回り込むようにして進み、山際に続く急坂を更に降っていきます。 傾斜が緩やかになってきた道を進んでいくと左右に通る道に出ます。 田浦隧道を抜けた所から分かれてきた道になります。 左折した先の京浜急行の線路下をくぐっていくと、すぐの所から右手に分かれて登っていく道があります。 入口には「田浦梅の里」の看板が取り付けられていてその道を指しています。 標識に従って右手の坂道を登っていくと、トイレ設備のある広場に出ました。 ここが田浦梅の里への登り口になります。 十三峠から8分ほどで着きました。 脇には「田浦梅の里案内図」があるので参考になります。
来園するお客様へ
1.犬は「綱若しくは鎖」から放さないでください…県条例で禁止されています。
2.自転車(サイクリング車等)の乗入れは遠慮ください…歩く道です。
3.火気は使用禁止です…都市公園条例により禁止されています。
4.リスに餌をやらないで…樹木の被害拡大中です。
5.梅の木は折らないでください…収穫はワインにします…育つのに時間が掛ります。
 (横須賀市)
トイレの左脇から続く階段を登っていきます。 真ん中に手摺が設置されていて、登りと降りに分かれているようでした。 階段には苔が生えていて滑り易くなっているので注意しながら登っていきました。 何度か曲がりながら登っていくと、道端に円筒形の石が設置されています。 上面が綺麗に磨かれていてベンチ代わりになりそうでした。 5分ほど登って高みに着くと、右手から登ってくる道が合流してきます。 その道を併せて、左手へ曲がっていく緩やかになった道を進んでいきます。
(右手から登ってくる道は「乳頭山」を参照)
危険
苔で階段が滑ります! 特に濡れているときは注意してください。
 (梅の里公園管理事務所)
おねがい
この梅林の梅の実は、よこすかブランド「横須賀梅ワイン」等の原料にします。 取らないでください。
 (横須賀市)
田浦大作町C急傾斜地崩壊危険地域
この区域内での、のり切・掘削・伐採等を行う場合は知事の許可が必要ですから、横須賀土木事務所へお問い合わせ下さい。
 (神奈川県)
タイワンリスの餌付けはやめましょう
こんな被害が出ています。
家の戸袋をかじられた! 樹木等をかじられた! 果実を食べられた!etc…
餌付けはこのような被害の大きな原因となっています。
 (神奈川県、横須賀市、鎌倉市、逗子市、三浦市、葉山町)
田浦梅林
山並が見渡せるようになった道を進んでいくと、高みには送電線の鉄塔「田浦線No.7」が立っています。 そこから少し降り坂になった田浦梅林には石敷きの散策路が続くようになります。 この時は季節外れだったので、梅の木は葉を落として閑散としていました。 ベンチが設置されていたりもして、ひと休みしていくのに良さそうでした。 散策路の両側には鎖の柵が続いていて、「立入禁止」の看板が取付けられています。 左手に少し入った所には休憩舎もありました。 休憩舎を過ぎた所の十字路にも先ほどと同様の「田浦梅の里案内図」がありました。 今回は展望塔の奥から横浜横須賀道路に架かる田浦橋へ向かっていきます。 「ここから展望塔まで15分」となっています。
立入禁止
ウメの木をいたわってね
火気使用禁止
公園内でバーベキュー、花火等の火気は使用できません。 周辺環境を維持するため公園使用ルールを守りましょう。
 (横須賀市)
持ち帰ろう!ごみときれいな思い出
 (横須賀市)
梅林の散策路を進んでいくと、程なくして登り階段になってきます。 左前方への階段を登って、その先に続く散策路を更に登っていきます。 梅林の中の散策路は幾つかに枝分かれしていますが、 今回は梅林の散策が目的ではないので、上を目指して登っていきました。 最後に現われる階段をひと登りすると、目の前には芝生広場が広がっていました。 広場の左手に沿って進んでいくと管理小屋があります。 そこにも先ほどと同様の「田浦梅の里案内図」があります。 また駅前にあった案内図と似た「たうら観光マップ」も置いてありました。 管理小屋を過ぎた左手の松林には記念碑がありました。
土の呼吸を 肌で感じるこの広場に 私は翳りなき魂の故里をみる 石川宏
この碑の建つ「田浦緑地」は、表に刻んだ詩の作者石川宏さんが、 昭和五十一年横須賀市へ寄付された山林約三十六万平方メートルを中心に造られたものである。 石川宏さんは、先祖代々この地元田浦町の住人で、大学教授、詩人でもある。 寄贈の趣旨は、本市がすすめている「クリーンよこすか」運動に役立ててほしいということと、 前年亡くなられた母親美枝さんの遺志によるものであった。 市は市制施行七十周年記念事業の一つとして造成に取りかかった。 何れの日か寄付者の意図にそうた壮大で夢多き緑の里が、 この田浦の地に出現することを心から期待して、ゆえんをここに誌す。
 (昭和六十一年三月吉日 横須賀市長 横山和夫)
展望塔 (標高126.3m)
記念碑を過ぎて石敷きの散策路を進んでいくと展望塔があります。 登り口から19分ほど、田浦駅から43分ほどで登って来られました。 先ずは展望塔の上に登って、眺めを楽しむことにしました。
火の用心 Stop the Fire
 (横須賀市北消防署)
画像を左クリックすると、12枚の写真が順次表示されます。
螺旋階段を登って上階に出ると素晴しい眺めが広がっています。 北東側から見える写真が掲示されていて、場所の名前が記されていました。 それによると、北側から東側にかけて、丹沢山塊・逗子市・戸塚区・港南区団地・ランドマークタワー・ 東京新宿方面・ベイブリッジ・羽田空港方面・東京ディズニーリゾート方面・幕張メッセ方面・海ほたるPA・東京アクアライン・ 木更津方面・君津方面・富津市方面となっていて、手前には、 鷹取山・能見台・船越町・八景島シーパラダイス・鳥浜工業団地・日産追浜工場・造船所住友重機・ 横須賀港(長浦港・本港)・塚山公園などが見渡せるようです。 この時は曇っていて、対岸は霞んでいて見えませんでした。
展望塔の裏手から続く石敷きの道に入っていきます。 両側に竹製の柵が設置された道を降り気味に1分ほど進んでいくと、 こんもりとした高みの手前で道が二手に分かれています。 角には道標が立っていて、右手の石敷きの道は「田浦青少年自然の家」、 左手の山道は「自然林」、今来た道は「展望台・アスレチック」となっています。 「自然林」の板には「三浦アルプスへ」とも書き込まれていました。 袂には三浦アルプスを歩いていて時折見かける形の手製の道標「三浦アルプス・ハイキングコース」があって、 左手の道は「畠山65分・大楠山150分・仙元山160分・二子山80分・葉山上山口堀内木古庭・沼間・港が丘・田浦4丁目」 となっていました。 乳頭山へは左手の道を進んでいくのですが、今回は右手にある田浦青少年自然の家を訪ねていくことにしました。
田浦青少年自然の家
擬木の手摺が設置された石が埋め込まれた簡易舗装路を緩やかに降っていきます。 右下にある荷物運搬用のモノレールを眺めながら1分半ほど進んでいくと、 田浦青少年自然の家の門があります。 入口には「利用のご案内」と題した小振りの案内板があって、地図が載っていました。 管理棟・炊事場・集会場やデッキテントサイドなどがあります。 この時には「山の上ギャラリー」と題して、 梅の里の魅力を伝える田浦観光写真コンクール入賞などの写真が集会場に展示されていました。
田浦青少年自然の家 利用のご案内
○開設期間
4月1日〜7月15日 月曜日以外は利用可
7月16日〜8月31日 全日利用可
9月1日〜3月15日 土・日曜日及び祝日(月曜日を除く)のみ利用可
3月16日〜3月31日 月曜日以外は利用可
○利用料金
デイキャンプ(日帰り利用) 無料
キャンプ(宿泊利用) 小学生未満 無料、 小・中学生 200円、 高校生以上 400円
○利用できる方
児童、生徒、青少年、青少年指導者、親子及びこれらの人を含むグループ。 (高校生以下のグループについては、成人の指導者の付き添いが必要です)
 (財団法人横須賀市都市施設公社)
簡易舗装路を引き返してくると、右手の高みへと横木の階段が分かれていました。 そのまま舗装路を進んで先ほどの分岐へ戻ってもいいのですが、右手の階段を登っていきました。 階段はすぐに終わって明るい林の中を登っていくと、小広くなった高みに着きます。 手元の地形図にある標高127mの高みになるようです。 その先へ降っていくと、芝地になった広場があります。 左側の生垣の向こう側には、先ほどの分岐から分かれてきた道が通っています。 その道に出て生垣沿いに進んでいくと、左手へ戻るようにして道が分かれていきます。 脇にある「帰り道のコース」と題した案内図によると、 芝生広場からアスレチック広場を経てくる道の出口にあたるようですが、 「この先危険につき立ち入り禁止」になっていてロープが張られていました。
つかれた人は、ひとやすみ
・もう一度遊ぶ人は、スタート地点までもどってください。
・逆コースで遊ばないでください。
・ゴミはお持ち帰りください。
・木を大切にしましょう。
アスレチック広場への道を見送って、その先へと進んでいきます。 シダ類や草などが生い茂るようになって「山道」の雰囲気が増してくる道を進んでいきます。 植林帯に入って進んでいくと、道が二手に分かれています。 角に立つ道標によると、左手の道は「横々道路を渡り逗子市境へ(0.6km)」、 右手の道は「田浦大作町から国道16号方面へ」、今来た道は「青少年広場・展望台・梅林へ」となっています。 また、三浦アルプスでも見かける金属製の手製の道標もあって、右手の道は「大作町・谷戸」となっています。 「田浦大作町の保健保安林」と題した案内図も設置されていました。 右手の道は森の中に続く散策路のようですが、今回は左手へ進んでいきます。
田浦大作町の保健保安
この森林は、生活環境を保全し、自然とふれあう憩いの場として、保健保安林に指定されています。 保安林ないの経路は急峻で、ところにより滑ります。足下に注意してください。 森林の中にはヘビやハチなど危険な動物もいます。気をつけてください。
 (神奈川県横須賀三浦地域県政総合センター)
田浦橋
草などが生い茂る植林帯を進んでいくと、右へ曲がって階段を降った所に、 横浜横須賀道路に架かる田浦橋があります。 田浦青少年自然の家から9分ほどで着きました。 橋の向こう側には猫の耳のような三角形に尖った同じような高さの山が二つ並んでいます。 地形図によると、左手が211m峰で、右手がこれから向かう乳頭山になるようです。 手前の尾根の樹木が少し邪魔をしていますが、正に双耳峰と呼ぶに相応しい姿をしています。
地形図によると、乳頭山の山頂は標高200mの等高線に囲まれているので、211m峰よりは10mほど低いようです。
田浦橋を渡って、右手に続く階段を登っていきます。 一旦途切れて再び始まる階段をひと登りすると、笹竹などが生い茂る雑木林の尾根道になります。 緩やかで歩きやすい尾根道を進んでいくと、少し登り坂になってきた所に分岐があります。 田浦橋から3分ほど登ってきた所になります。 正面には道標が立っていて、右手の道は「田浦大作町方面へ(急な下り道)」、 左手の道は「逗子市沼間・桜山へ、市境まで0.3km」、 今来た道は「横々道路を渡り青少年広場・梅林へ」となっています。 「市境」とは三浦アルプスの東尾根を意味しているようです。 左手の道を指す板には、マジックで「仙元山へ・二子山へ」とも書き込まれていました。 また、袂には手製の道標があって、左手の道は「4,5丁目商店街・二子山・畠山・仙元山」、 今来た道は「田浦梅林」となっています。 右手の急な道は細木や草などが茂り気味になっていて、あまり歩かれていない様子でした。 ここは乳頭山を目指して左手の道を進んでいきます。
巻き道分岐
僅かな高みに出ると、正面にはこれから向かう三浦アルプスの尾根が横たわっていました。 少し降って、緩やかになった道を進んでいきます。 木の根が張り出した所を過ぎていくと次第に登り傾斜が増してきます。 ロープが張られていて岩が頭を出していたりもしますが、登る分にはそれほど大変ではありませんでした。 一旦ロープが途切れて緩やかになって安心していると、再びロープが張られた急坂になってきます。 滑りやすくなった所を過ぎていくと、岩盤が剥き出した所で、道が左手へと分かれていきます。 先ほどの分岐から8分ほどの所になります。 道標類は見かけませんでしたが、 岩盤が剥き出した正面の道が尾根へ登っていく道で、左手の緩やかな道は乳頭山の巻き道になります。 ここは正面の道を登っていきます。
左手の道は、シダ類などが生い茂る植林帯の斜面を横切るように続いていて、 乳頭山から畠山へ続く尾根にある14号標識の立つ分岐へと続いています。 3分ほどで出られます。
東尾根
岩盤が剥き出した急坂をロープに掴まりながら登っていきます。 木の根が張り出した所を過ぎて、大木の間を抜けて更に登っていくと、正面が明るくなってきます。 最後に木の根が張り出した所を登っていくと、左右に通る尾根道に出ました。 先ほどの分岐から2分ほど、田浦橋から14分ほどで登って来られました。 登り着いたこの尾根は、乳頭山から北側へ続く三浦アルプス東尾根になります。 正面には道標が立っていて、右手の道は「4.5丁目商店街・国道15号至ル」、 左手の道は「畠山・仙元山」となっています。 以前には他の道標もあったのですが、この時にはひとつしか見かけませんでした。 目指す乳頭山の名前が見られないのは寂しい限りですが、左手の道になります。
展望地
尾根に登り着いた右側の2mほど上の樹木が切り払われていて、眺めが広がる展望地になっています。 小さなベンチも設置されていて、休憩するのに良い所です。 乳頭山へ向かう前に、急坂を登ってきた疲れを癒しながら、ここでひと休みしていきました。 条件が良いと、対岸の房総半島まで見渡せる眺めの素晴しい所なのですが、 この時には生憎の曇天とあって、遠くは霞んでいました。
眺めも堪能して疲れも癒えたところで、展望地を後にして、 道標「畠山・仙元山」に従って乳頭山へと向かっていきます。 これまでの道と比べて、広くてよく踏まれた尾根道が続きます。 1分半ほど進んで登り傾斜が増してくると、ロープが張られた岩場が現われます。 かなり傾斜があるものの短い岩場なので、ロープに掴まりながら登っていきます。
中尾根分岐
岩場を過ぎて、正面の高み(乳頭山)を右手から巻くようにして登っていくと、 金属網の階段が設置された坂道に出ます。 角には、丸太を縦半分に割ったような形の道標が立っていて、 右手へ降っていく道は「中尾根・長柄」、左手に登っていく道は「畠山・仙元山・乳頭山すぐ」、 今来た道は「田浦」となっています。 袂には「森戸川方面」と書かれた板が落ちていて、右手の道を指していました。 ここから右手へ続く尾根は中尾根で、三浦大山林道の終点へ降りて行かれます。 やっと「乳頭山」の文字を見かけて安心しながら、左手へと登っていきます。
乳頭山
とても歩きやすい金属網の階段をひと登りすると、乳頭山の山頂に着きます。 展望地から5分ほど、田浦駅から1時間30分ほどで登って来られました。 それほど広くない山頂には、測量の基準点が設置されていて、 側面には「横須賀市」,「三十二」,「公共」,「三角點」の文字が刻まれています。 手元の地形図によると、この山頂は標高200mの等高線で囲まれているので、標高は200m強はあるようです。 この南東にある211m峰と併せて双耳峰を成しています。 中ほどに生える大木の側には菱形の「保安林」の看板があって、マジックで「乳頭山」と書き込まれています。
登り着いた左側が開けていて、先ほどの展望地からと同じような眺めが広がっていますが、 こちらの方が少し高い所にあって、見渡せる範囲も少し広くなっています。 眼下には先ほど渡ってきた田浦橋が見えていました。 また樹木に隠れ気味ながら、田浦梅の里の展望塔も見えていましたが、 東京湾や対岸の房総半島は霞んでいて良く見えませんでした。 お昼にはまだ時間がありましたが、ここで景色を眺めながら昼食タイムにしました。
お腹が満ちて眺めも堪能したら、乳頭山から下山していきます。 山頂の先に続く金属網の階段を降っていくと、階段が途切れた所で道が二手に分かれています。 右手は坂道で、左手は金属網の階段になりますが、どちらを降ってもすぐ下で合流します。 乳頭山と双耳峰を成す211m峰を正面に見ながら降っていきます。 左右の道が合流して、傾斜が緩やかになって広くてよく踏まれた尾根道を進んでいくと分岐があります。 乳頭山から2分半ほどの所になります。 角には手製の道標が立っていて、正面の道は「仙元山・葉山・上山口小学校」、 左手の道は「畠山」、今降って来た道は「田浦緑地(二子山)・東逗子」となっています。 三浦アルプスの南尾根は正面へと続いていますが、今回は左手の道を進んでいきます。
乳頭山から畠山へ続く尾根道は、地形図では乳頭山の山頂から続くように描かれていますが、 実際にはこの分岐から左手に戻るようにして、乳頭山の南側を通って東側の尾根へ続いています。
14号標識
左手に戻るようにして折れ曲がり、斜面を横切るようにして緩やかに降っていきます。 崩れそうになった所もあるので、足元に注意しながら進んでいきます。 大きな杉が生えるようになると、先ほどの分岐から3分ほどで分岐があります。 角には石標が立っていて、四面には、 「海軍省」,「東京湾要塞第一区地帯標」,「第一四号」,「昭和十六年七月三十日建設」と刻まれています。 マジックで書き込まれたメモによると、右手に続く尾根道は「畠山」、 左手の切通のような所から降っていく道は「梅林近道」となっています。 左手の道は、先ほど東尾根へ登っていった途中にあった巻き道分岐に続いていますが、 今回は畠山へ向かって、右手に続く尾根道を進んでいきます。
13号標識
雑木林の尾根に続く道は、僅かな登り降りはあるものの、いずれも短いので、息が切れるようなことはありません。 僅かな高みを越えて降り気味になった尾根道を進んでいくと、 14号標識の所から7分ほどで鞍部に着きます。 ここから右手と左手に道が分かれていて十字路になっています。 脇には手製の道標が立っていて、正面の尾根道は「畠山」、 左手の道は「田浦泉町」、今来た道は「仙元山・田浦緑地(二子山)」となっていて、 右手の道には何も示されてはいません。 また、先ほどと同じような石標も立っていて、四面には、 「海軍省」,「東京湾要塞第一区地帯標」,「第一三号」,「昭和十六年七月三十日建設」と刻まれています。 石標にマジックで書き込まれたメモによると、右手に降っていく道は「上山口」、 左手に降っていく道は「田浦泉町・梅林」となっています。 右手の谷筋へ降っていく道は大沢谷川の上流から大沢谷ダムを経て境橋バス停へ出られます。 左手の道は谷筋を経て田浦泉町で降りて行かれますが、、 今回は畠山へ向かって正面の尾根道を進んでいきます。
(左手の道は「乳頭山」、 右手の道は「乳頭山」を参照)
山火事注意16
自然を大切に!
 (葉山町消防署)
引き続き緩やかな道が続きます。 尾根には次第にツバキの木が続くようになります。 軽く登り降りを繰返しながら、しっかりとした尾根道を進んでいきます。 樹間から僅かに山並を見渡せたる所もありますが、総じて展望は得られません。
12号標識
少し登り坂が続くようになった尾根道を進んでいきます。 やがて笹竹が生い茂るようになってくると、 道端に生える樹木の袂に、これまでと同様な石標が立っています。 13号標識の所から13分ほどの所になります。 四面には、 「海軍省」,「東京湾要塞第一区地帯標」,「第一二号」,「昭和十六年七月三十日建設」と刻まれています。
山中町分岐
12号標識を過ぎていくと笹竹は少なくなってきます。 緩やか尾根道を快適に進んでいきます。 木の根が剥き出した所を過ぎていくと、再び笹竹が生い茂るようになりますが、 道を被っている訳ではないので、歩いていくのに支障はありません。 笹竹が少なくなって鞍部を過ぎて登り返していくと、再び笹竹が生い茂るようになります。 これまでよりも背丈があって回廊にようになっています。 そこを過ぎて歩きやすくなった道を進んでいくと、岩が剥き出した所を登った所で分岐があります。 12号標識の所から9分ほどの所になります。 左手の先には手製の道標が立っていて、左手の道は「山中町・按針塚」、 右手の道は「大楠山・畠山・不動橋」、今来た道は「仙元山・田浦緑地(二子山)」となっています。 左手の道は横浜横須賀道路の横須賀インターチェンジの辺りの山中町へ降りて行かれますが、 今回は右手の道を畠山へ向かっていきます。
(左手の道は「塚山公園」, 「畠山」, 「乳頭山」, 「乳頭山」を参照)
道端にアオキなどが生い茂る道を進んでいきます。 雑木林の中に続く道を3分ほど登ってなだらかな所に着くと分岐があります。 正面に生える樹木の袂に手製の道標があって、右手の道は「不動橋」、 今来た道は「塚山公園・田浦緑地・(二子山)」となっています。 左手の道は何も示されてはいませんが、左手すぐの所が畠山の山頂になります。
火気に注意
 (神奈川県)
畠山 (標高205m)
分岐から左手へ進んでいくと、すぐの所の草が刈り取られて小広くなっています。 脇に生える樹木には「畠山205m」と描かれた板が取り付けられていました。 ここが畠山の山頂になります。 乳頭山から40分ほどで到着しました。 山頂には三等三角点と小さな円いテーブルがひとつ設置されています。 石仏も一体ありました。顔が三つある石仏だったので馬頭観音でしょうか。 横面には「明治二十一年五月…」の文字が確認できました。 前には小銭が幾つもお供えされていました。
1180年8月の衣笠城搦手攻撃の時に畠山重忠が本陣を置いた所なので、「畠山」と呼ぶようです。
山歩く 心にいつも 火の用心
 (神奈川県)
畠山の山頂は樹木に覆われていて展望はあまり良くありませんが、東側の樹間から僅かに海が見えていました。 生憎の曇天のため霞んでいましたが、方角からすると横須賀港なのでしょうか。
先ほどの分岐の辺りも含めて、この一帯が畠山の山頂部になるようです。 草を刈ったりして整備すれば、結構広い山頂になるように思えました。
眺めを確認したら、畠山から下山していきます。 すぐ手前の分岐から道標「不動橋」の指す道を降ろうか、 それとも先ほどの山中町分岐まで引き返していこうかなどと思いながらも周囲を確認していると、 円テーブルと樹木の間から踏み跡が続いていました。 手元の地図によると、畠山から南南東に伸びる尾根を降る道のように思えました。 不動橋や山中町への道は何度か歩いているので、まだ歩いたことのないこの道を降ることにしました。
後で調べてみると、この道は「旧軍用道路」とのことですが、 「軍用」とは畠山重忠が置いた本陣に関することなのか、別のことなのかは分かりませんでした。
生い茂る草などを分けながら進んでいくと、すぐに明瞭な道になってきました。 その先の森へ入っていくと、山頂から1分もしない所に石のようなものが幾つもありました。 何やら特徴的な形をしているがと思いながら眺めていると、 どうやら自然石ではなくて、袋詰めしたコンクリート類が固まったもののように思えました。
あまり歩かれていない雰囲気の道ですが、草木に埋もれてしまうこともなく、明瞭に続いていました。 笹竹からアオキが生い茂るようになった道を緩やかに進んでいくと、枯木が立つ所に分岐があります。 畠山から3分ほどの所になります。 周囲に道標類は見かけませんでしたが、右手の道は畠山の南側を経て西の方へ巻いていく道のように思えたので、 ここは左手の道を進んでいきました。
引き続きアオキなどが生い茂る尾根道を進んでいきます。 根元から幹が何本も分かれている大きな木が並んで生えている所を過ぎて降っていきます。 畠山から10分ほど降ってくると、左手の小尾根へ登っていく道が分かれています。 どちらの道を進んでいっても1分もしない先で合流しています。 小尾根に続く道は狭くて歩き難い所もあるので、ここは正面に続く道を進んでいきます。
尾根道合流
先ほど分かれてきた小尾根からの道を併せてその先へ降っていくと、道幅が広がってしっかりとした所に出ます。 左には2mほどの段差があって木梯子が設置されています。 畠山から11分ほど降って来た所になります。 左手の梯子階段の先へ続く道は、畠山の手前にあった山中町分岐から分かれてきた道になります。 ここは広くて歩きやすくなった正面に続く道を進んでいきます。
左手の道
山中町分岐から道標「山中町・按針塚」が示す道を進んでいくと、3分ほどで分岐があります。 左手へ降っていく急坂を見送って直進してくると、ここまで続いています。 山道にしては広い道になっていますが、途中で2ヶ所ほど狭い所があります。 (「畠山」を参照)
38番鉄塔
広くて快適になった尾根道を緩やかに進んでいくと、 1分もしない所から金属網の階段が右手に分かれて降っていきます。 正面には鉄塔が見えていますが、その階段を降っていきます。 階段が終わって左手へ曲がりながら進んでいくと、送電線の鉄塔「大矢部線No.38」の袂に出ます。 周囲には樹木が生い茂っていて展望は得られません。 道は鉄塔の脚の袂から右手へ降りてその先へと続いています。
草地
鉄塔の先へ続く植林帯の尾根を降っていきます。 これまでと一転してかなりの傾斜がありますが、所々に金属網の階段が設置されていたりもするので、 それほど歩き難くはありません。 傾斜が緩やかになって笹竹の生い茂る所を過ぎていくと、谷筋の草地に出ました。 送電線の鉄塔から3分半ほどで降りて来られました。
葉山2ガード
草地を真っ直ぐに進んでいくと、左側に小さな沢が流れるようになります。 その沢沿いに空色の金網柵が続くようになると簡易舗装路になってきます。 柵沿いに左手へ曲がっていくと、横浜横須賀道路の葉山2ガードがあります。 沢もこのガードの中を通っています。 中には照明は設置されていませんが、真っ直ぐなトンネルで出口も見えているので心配はありません。
大谷戸橋
ガードを抜けると、右・左と大きく折れ曲がりながら簡易舗装された坂道を降っていきます。 沢沿いに近づくと未舗装路に変って、笹竹などが生い茂るようになりますが、 緩やかな広めの道で歩きやすくなっていました。 短い丸太の木橋を過ぎて進んでいくと、 未舗装路になってから3分ほどで、下山川に架かる大谷戸橋に出ました。 畠山から25分ほどで降りて来られました。 橋を渡って、川沿いに続く道路を右手へ進んでいきます。
橋の名前に「大」という字が付いてはいますが、ほんの小さな橋です。 「大・谷戸橋」ではなくて「大谷戸・橋」ということなのでしょう。 今では横浜横須賀道路で分断された形になっていますが、 手前の草地になっていた谷筋を「大谷戸」と呼んでいたのでしょうか。
本圓寺
下山川に架かる協力橋外階戸橋作の田橋を過ぎていくと、 広い本圓寺参拝者専用駐車場の先から左手へ分れていく道があります。 角には本圓寺の縁起を記した石碑があります。 その先に山門が見えているので、ちょっと立ち寄っていきました。 「高祖日蓮大菩薩」と刻まれた大きな石碑を過ぎていくと、正面に石段があります。 脇には「日蓮大聖人御霊跡 本圓寺」と刻まれた石柱が立っています。 石段を登っていくと、左手に普賢菩薩像、右手に文殊菩薩像がありました。 宗教は違うものの、何だか神社にある狛犬を想像してしまいました。 「大明山」の扁額の架かる山門から境内へ入っていくと、 「本圓精舎」の扁額が架かる本圓寺の本堂があります。
日蓮宗 本圓寺 縁起
当山は建長5年(1253)4月28日、房州清澄山に於て立教開宗された高祖日蓮大聖人が 時の府たる鎌倉に開教せんと海を渡り横須賀米ヶ浜に着き、 本道を送びて此地に来り滞在数日、法縁を結びて大明山本圓寺と号し、法華の道場としての基を定む。 孫弟子摩訶一印日印聖人、延慶3年(1310)、高層なる寺門を整へ、 爾来連綿として清浄なる法域は日蓮大聖人の法勲と共に愈々栄え、当地方随一の名刹なり。 口碑に往昔より庵ありし地なりと開山後土地の字名を高祖坂と称し、 附近に日蓮大聖人御使用の高祖井戸あり。 瀧不動の水と同じく法楽の功力に依り、常に水の枯れたる事なし。 猶秘宝願満大黒天ありて顕著なり。
今月の聖語
仏の御意あらはれて法華の文字となれり。
「今月の聖語」解説 =法華の文字=
この聖語は、日蓮聖人が木像や絵像の仏像について説明された御書の一節です。 仏像は只拝するだけで、理由は分からなくとも癒されます。 それは三十二相といって、独特な髪型や眼差し、 額の印に象徴される三十二項目の姿の決まりが表現されているからです。 しかし、仏の声だけでは架けませんし、作れません。 そこで聖人は、その像の前に経典を置けば三十二相が備わり、 架けるこころのない仏像になると説明されています。 経典とは釈尊の説法を集めたものですが、対象者によって調節したので内容に深浅が生まれました。 しかし説法の対象者を安心させるために、全ての経典はそれぞれ一番勝れていると自称している姿で説かれています。 法華経も同じように一番と説きますが、他の経典と大きく異なっているのは、 法華経の一文字一文字そのものが釈尊だと言うことです。 それは法華経に書いたり、作ることができなない釈尊の心が備わっているからなのです。 だからこそ聖人は「法華経の一々の文字は、三十二相を備えた仏陀なり」と何度も示され、 法華経は釈尊そのものであると説かれたのです。
 (文永十年 日蓮聖人御遺文「木絵二像開眼之事」)
本堂の左手には庫裡と思われる建物がありました。 その脇には以前に使われていたものと思われる鬼瓦が置かれていました。 右手には鐘楼があり、大黒像もありました。 また日蓮聖人の大きな立像や子安観音菩薩像もありました。 本堂の右手から奥にかけては墓地になっていて、永代供養之墓や日遵大和尚の像などもありました。
心の修行
落ち葉は掃いても落ちていく 心の欲は浄ても積りゆく
我等心の修行をする 心浄に此世の素晴らしさを知る
日遵大和尚
笑顔をもって世の為人の為に尽くす。此我人生也。
京都山科大本山本圀寺七十四世 本圓寺中興第五十二世 一妙印龍雄日遵大和尚
ありがとう これが私の気持ち
上人幼名を若雄、明治四十四年十月二十八日父政吉母キワの次男として出生。 昭和三年四月八日、龍本寺横井龍英上人の弟子となり出家。 昭和十五年六月十七日、縁ありて当山第五十二世として入山。 平成十六年二月二十日、払子を龍延師に渡し退山。 平成十八年一月二十八日、午前五時十一分世寿九十六歳。 在職六十四年在山六十六年にて遷化。 長年の功労にて日蓮宗より同年四月八日、大僧正に昇叙。
龍延日賢記
不動橋バス停
本圓寺から引き返して下山川沿いに進んでいくと、右手に坊橋が架かっています。 左手には木古庭公園があって、少年野球チームが練習をしていました。 そこを過ぎていくと、横浜横須賀道路の高架の下を過ぎていきます。 「HAYAMA Town Guide」の看板がある分岐を左折して県道27号に出ると、 衣笠駅・汐入駅方面の不動橋バス停があります。 衣笠駅へは1時間に2本程度、汐入駅へは1時間に1本程度の便があります。 不動橋交差点の右側に架かる不動橋を渡った先には、 逗子駅方面の不動橋バス停があって、1時間に2本程度の便があります。
木古庭(きこば)バス停
不動橋バス停を過ぎて逗子駅方向へ2分ほど進んでいくと、 木古庭駐在所前交差点の手前に木古庭バス停があります。
逗子駅(JR横須賀線)まで逗子駅行きバスにて22分、1時間に2本程度の便があります。
逗子駅へ向かうには不動橋バス停から乗ってもいいのですが、近い所にあるのに運賃が50円安くなるので、 今回はこの木古庭バス停から乗りました。 衣笠駅・汐入駅方面へ向かう場合には、横浜横須賀道路の高架下にある不動橋バス停から乗る方が良さそうです。
砂防指定地 下山川
この土地の区域内において、宅地造成・家屋の新築・土採取等の行為をする場合は神奈川県知事の許可が必要ですから、 横須賀土木事務所に御相談下さい。
 (神奈川県)