天神島
散策:2011年08月上旬
【海辺散策】 天神島
概 要 天神島は三浦半島の西側にある周囲1km足らずの小さな島です。 陸地との間に架かる短い天神橋を渡ると行けるので「島」という雰囲気は余りありません。 島の西側には岩礁が広がっていて海洋生物などが豊富な所です。 臨海自然教育園にもなっていて、自然がしっかりと保護されています。
起 点 横須賀市 佐島マリーナ入口バス停
終 点 横須賀市 大楠芦名口バス停
ルート 佐島マリーナ入口バス停…神明社…天神橋…天神島臨海自然教育園…天満宮…天神島ビジターセンター…佐島マリーナ…佐島漁港…熊野社…福本寺…大楠芦名口バス停
所要時間 2時間50分
歩いて... 天神島の先端の岩場からは360度の眺めが広がっていました。岩礁に打ち寄せる波が砕け散って礒の香りを運んできました。 近くにはヨットハーバーもあって、夏の海を感じることができます。 条件が良いと相模湾越しに富士山も見えるのでしょうが、今回は雲が出ていて見えませんでした。
関連メモ 天神島, 佐島の丘
コース紹介
佐島マリーナ入口(さじままりーないりぐち)バス停
逗子駅(JR横須賀線)から、[逗7][逗71]佐島マリーナ入口行きバスにて31分、1時間に1本程度の便しかありません。
 土日曜 5:28 6:23 7:24 8:33 9:33 10:51 11:58 12:59...
時間が合わない場合は、逗子駅(JR横須賀線)から[直行][急行]湘南佐島なぎさの丘行きバスで、 湘南佐島なぎさの丘バス停まで来て、そこから1.5kmほど歩いてくることも出来ます。
 土日曜 7:00 8:00 9:05 10:05 11:30...
バス停の南側には佐島漁港が広がっていて、港内には小舟が沢山停泊していました。
津波注意
地震を感じたら海浜から離れ安全な場所に避難しましょう。
▼この地点の海抜は2.4mです。
 (横須賀市消防局)
神明社
バス停の先へ100mほど進んでいくとT字路があります。 その手前の山際に鳥居が立っていて、袂には「神明社」と刻まれた石碑もあります。 鳥居の先に狭くて急な石段が上の方へと続いているので、今回も立ち寄っていくことにしました。 石段の脇にはロープが張られています。、 大きな木の脇から右手に分かれていく道は見送って更に石段を登っていくと、 道路から3分ほどで木製の鳥居の先に祠があります。 その左脇には「大亀三社大明神」と刻まれた石碑もありました。 振り返ると、樹木に邪魔されながらも佐島漁港などが見えますが、 この佐島の海を見守っているのでしょうか。
途中から右手へ分かれていく道も試しに歩いてみました。 最初は明瞭ですが、進むにつれて笹竹などが生い茂ってきます。 樹間から佐島漁港などを眺めながら細くなってくる道を進んでいきます。 少し降って登り返していくと、大きな木を過ぎた所で、鉄パイプが設置された左右に通る小径に出ます。 分岐から1分ほど進んだ所になります。 左上には小屋が見えていて道はそこで行き止まりのようなので、右手へ降っていきました。 引き続き生い茂る笹竹を掻き分けながら進んでいくと、傾斜地に建つ民家の前に出ました。 敷地の前のコンクリート打ちされた所を進み、その先の石段を右手へ降っていくと、 佐島マリーナ入口バス停の所に降り立ちました。 (これに要した時間は所要時間に含めず)
モチノキ
昔、木の皮からトリモチを作ったことからこの名がつきました。 樹木には秋に赤い実がなります。
ヒサカキ
枝葉を神事に用いるサカキの代用にします。 花は春咲きで悪臭があり、実は小鳥の食料です。
トベラ
暖地の海岸に多い常緑の低木です。 実は秋にわれて、中から赤いねばったタネをのぞかせます。
 (グリーンウォッチング・ヨコスカ)
天神橋
道路まで戻って、その先のT字路を左折していきます。 民家が建ち並ぶ道を150mほど進んでいくと、「かながわの橋100選」にも選ばれている天神橋があります。 この橋を渡ると天神島になります。 橋の下は綺麗に護岸されて川のようになっています。 右手には相模湾が広がり、手前には笠島が、奥の方には江ノ島が見えていました。 左手には佐島漁港が見えていました。
(画像を左クリックすると、右側・左側の順に写真が表示されます)
天神島臨海自然教育園
天神橋を渡っていくと、道は左手へと曲がっていきます。 その角に天神島臨海自然教育園の入口があります。 入口には横須賀風物百選にも選ばれている「北限のはまゆう」の標柱も立っています。
神奈川県指定名勝天然記念物 横須賀市自然・人文博物館付属
天神島臨海自然教育園・ビジターセンター
入園・入館 無料
開園・開館 午前9:00〜午後5:00(4月1日〜9月30日)
午前9:00〜午後4:30(10月1日〜3月31日)
休園・休館日 毎週月曜日・毎月末日(土・日・月曜日の時は、これらの日以外の日に繰上げる)・年末年始
行事 教育園案内・教育園教室・自然観察会など。 教育園の自然を楽しみながら学習します。
教育園は、自然観察と自然環境の保護、調査研究などの教育的利用を目的としています。 園内での次の行為はお断りします。 マナーを守り、自然を大切にしましょう。
・「笠島」に無断で上陸すること
・漁業権者以外の者が釣り・モリ・網等の採集用具を持って入園すること
・園内や保護海域内の動物・植物・海藻・岩石などを採集すること
・保護海域内で許可なく遊泳や潜水行為をすること
・保護海域内でボート・帆走遊具・カヌー・ヨット・小型船舶の使用、停泊をすること
・園内でレジャー用具や火気を使用すること
・飲酒・喫煙すること、ペットを持ちこむこと
・無断で商業用の撮影・行為をすること
・その他、教育園・ビジターセンターの保全・管理・運営のさまたげになる行為をすること
 (横須賀市自然・人文博物館)
門から中へ入っていくと、注意書きなどが並んでいます。 右側には管理棟のような建物があります。 その前から海岸へ出てみると、磯浜の沖には笠島が浮かんでいました。 うみねこ等の繁殖地になっているのだそうで、この時にも遠目に白い鳥のよなものが沢山見えました。 島の中ほどにはコンクリート製の四角錐の上に石祠があって、前には鳥居も立っているようでした。 笠島の沖には長者ヶ崎が海に突き出ていて、その奥には江ノ島も見えていました。 条件が良いと富士山も見えるのでしょうが、この時には生憎と雲が湧き出ていて見えませんでした。
神奈川県指定天然記念物 天神島・笠島および周辺水域
横須賀市佐島の天神島および笠島周辺は、三浦半島を代表する動植物が分布しており、 また地質学上でもきわめて重要なところです。 天神島は周囲1キロメートルたらずの小島でハマユウの群落、およびハマボウがみられ、 その分布は植物地理学上、日本の北限となっています。 またこの島に生育する海岸植物の総数は146種にも及びますが、 このように種類、数のまとまったところは他地区ではみられません。 となりの笠島は天神島と同じ凝灰岩からできている小島で変化に富んだ岩礁をかたちづくり、 各種の海産動物の生息水域に囲まれています。 この地域は、動物・植物・地質学上の豊富な資料が狭い範囲に調和をみせており、 その景観とともにたいへん貴重な地域です。
 (神奈川県教育委員会)
【3】逆転した地層
天神島の地層は一般に南西側に50度傾斜しているので、北東部に古い地層が分布しています。 天神島の北東部(教育園入口付近)から佐島側に分布する地層は、上下が逆転して北東に急傾斜しています。 地層が堆積した海底はほぼ水平でしたので、その後に力が加わって傾斜した地層になりました。
お知らせ
指定遊泳場ではございませんので、ビーチパラソル及びレジャー用品の使用設置はお断りします。 釣やモリの持ち込みは出来ません。 自然教育園内での動植物の採捕は出来ません。 笠島には許可なく上陸は出来ません。 ペットは堅くお断りします。
 (教育園管理者)
入口から入った先は芝地のようになっています。 ハマオモト(ハマユウ)が沢山生えていて、白い大輪の花を咲かせていました。
神奈川県指定天然記念物 ハマオモト(ハマユウ)
ハマオモトは海岸に生息し、その形がオモトに似ていて古来からハマユウの名で知られています。 暖地性の海浜地植物の代表的なもので、ヒガンバナ科に属します。 多数の葉鞘が互いに巻きあって直立し、太い円柱状をした、いわゆる偽茎からオモト状に葉が四方にのびます。 偽茎の内部は白色です。花は夏に葉の間から花茎を出し、十数個の白い花が方形に開き、 たいへん上品な香りをはなちます。 ヒガンバナ類は花に副花冠がありますが、ハマオモト類にはこれがありません。 ハマオモトは二枚の箆状苞と下部が筒形をした六枚の花被からなっています。 雄しべが六本、雌しべは下生子房で種子は大きいが数は少ないです。 普通群生し、天神島はハマオモトの自生地としてわが国の北限です。
 (神奈川県教育委員会、横須賀市教育委員会)
天神島の昆虫−海辺から森へ−
海辺  小さな昆虫にとって、塩水、乾燥、高温といった環境は苛酷であり、 こうした環境に生息する昆虫はさまざまな工夫によって生き抜いて進化してきた。 海水面下に没しても生息できるナカネウミハネカクシは体を微小にすることで、 わずかな空間でも生息を可能とし、塩水をはじく表皮構造とした。 ヒョウタンゴミムシなどは砂地が高温になるので、日中は砂中深く潜り、夜に活動する習性を持った。
草地−森  海岸から内陸に入るに従い、餌や隠れ場所も多くなるために生息種数が急増し、 内陸地域と同様な大型種も生息している。 草地にはショウリョウバッタ、ハマオモトヨトウなど、森にはジャコウアゲハやシロテンハナムグリなどが見られる。 こうした昆虫類の海岸環境への適応を観察する場として当教育園は最適であり、 三浦半島では他に類を見ない貴重な場所である。
アオノリュウゼツラン
センチュリープランドの名でも知られる、北アメリカ南西部原産の植物。 名前の通りに100年に一度花を咲かせるわけではなく、実際には10〜20年で開花する。 ある程度の大きさに成長すると、高さ8〜16メートルになる大きな花茎を出してたくさんの花をつける。 果実になって熟すと植物体は枯れてしまうが、根茎には新しい芽ができて、また成長を始める。 リュウゼツランは漢字で竜舌蘭と書くが、この名前は大きく肉厚な葉の縁に鋭いとげがあることに由来する。 この仲間には麻ひもの材料のサイザル麻や、お酒のテキーラの原料となる有用な植物がある。
芝地の先は砂浜になっていますが、陸側に続く歩道を進んでいきます。 所々には解説板も設置されているので、それらを読んだりしながら歩いていきました。 途中にはトイレも設置されていました。
天神島の海岸植物と海藻
天神島の地形は砂浜や岩場・塩沼地など環境が多様なため、多くの海岸植物が一年を通じてみられ、 厚く光沢のある葉・長くはう茎・海水に浮く果実など、海岸という環境に適応した植物の多様な姿を観察できます。 ハマオモトはハマボウなどは、神奈川県では天神島だけで見られ、ここを北限としています。 周辺の海底にはカジメやアラメなどの海藻だけでなく、アマモ・タチアマモ・コアマモなどの海草が群生し、 海の森林ともいえるアマモ場をつくり、そこでは多くの海の生物が暮しています。 海岸に打つ上がったリボン状の緑の葉はアマモの仲間の葉です。 初夏には米粒のような実を穂状につけます。
 (横須賀市自然博物館)
天神島周辺の海岸動物のなかま
天神島周辺の海岸では、いろいろな種類の海岸動物が観られます。 ここには代表的な9つの動物グループを紹介してありますが、それぞれのグループによっては、 種類週や生活している場所にちがいが観られます。 天神島周辺の海岸で数や種類がもっとも豊富なグループは、 節足動物(エビ・カニ・ヤドカリ類)や軟体動物(貝・イカ・タコ類)などです。 海岸動物の代表的な生活場所には、岩場・転石場・砂場・泥場などがあり、 限られた生活場所にすむものや広い生活場所をもっているものなどがあります。 また潮の干満時間・動物の成長段階・日光量の多少などによって、これらの生活場所を変える海岸動物もいます。
海綿動物(カイメン類)、 刺胞動物(サンゴ・イソギンチャク・クラゲ類)、 触手動物(コケムシ・ホウキムシ類)、 紐形動物(ヒモムシ類)、 扁形動物(ヒラムシ・ヒル類)、 軟体動物(イカ・タコ・貝類)、 棘皮動物(ウニ・ナマコ・ヒトデ類)、 環形動物(ゴカイ・ミミズ類)、 節足動物(エビ・カニ・ヤドカリ類)
天神島周辺の野鳥
相模湾の沿岸から記録されている海上生活型の野鳥の種類は、およそ10科50種があります。 相模湾の東側にある天神島臨海自然教育園周辺の海岸や海上でも一年を通してこれらの野鳥をみることができます。 気候の温暖なこの地域には、冬になるとウミウやカモメのなかまのウミネコが集ります。 初夏のころの海上では、オオミズナギドリの大群がみられます。 佐島地域は昔からイワシ漁が盛んで、小田和湾の海上にはたくさんのイワシいけすが置かれています。 このいけすの魚を目当てに、多くの野鳥が集りますが、近ごろではトビやカラス、コサギやアオサギなど サギのなかまも増えてきました。 天神島の小さな社寺林も野鳥にとっては憩いの場です。 カワラヒワやキジバトなどの繁殖もみれれ、最近では高木にトビが巣をかけることもあります。
 (横須賀市自然博物館)
砂浜が終わると岩礁が剥き出した岩場が続いています。 コンクリートが打たれていたり飛び石のようなものが設置されていたりもして、歩き易くなっています。 岩陰を覗いてみるとカニがかなり潜んでいました。 日向に出て歩いているのもいて、そんなカニを見つけた子供が歓声を上げていました。
海辺の昆虫
体の小さな昆虫にとって、塩を含む海水は体の水分を奪うので、生活する上で大きな障害になります。 また、直射日光が当たる場所は、気温が著しく上昇したり、乾燥しますので棲みにくい環境です。 さらに、植物があまり生えていない砂浜などは餌が少なく、身を潜めるような物陰もありません。 昆虫はこのような厳しい環境で生活するために、様々な工夫をしては環境に適応しています。 小さく目だたないためにあまり関心が向けられていませんが、海辺の昆虫にしばし目を向けてみましょう。 天神島は小さい島ですが、砂浜・岩礁・海岸林など昔ながらの多様な海岸環境を保っています。 このために天神島は日本でも数少ない海辺の昆虫の宝庫です。 自然教育園はこうした目だたないが、かけがえのない生物を含めて保護しています。
内湾 ケシウミアメンボ、ウミハネカクシ
波打際・岩礁・転石帯 ウミベダルマガムシ、アバタウミベハネカクシ、アカウミベハネカクシ、ヒメケシガムシ、ハサミムシ、イソジョウカイモドキ
砂浜 ホウタンゴミムシ、ハマヒョウタンゴミムシダマシ、スナゴミムシダマシ
海浜草地 オンブバッタ、ショウリョウバッタ、ハラナガツチバチ、ハマオモトヨトウ、ハイイロカミキリモドキ、ハマベアワフキ
低木帯 キアシナガバチ、シロコブゾウムシ、イヌビワコバチ、ハラビロカマキリ
海岸林 ミンミンゼミ、アブラゼミ、カナブン、ウバタマムシ、ジャコウアゲハ
 (日本昆虫図鑑ほかより)
【2】火山豆石
火山豆石の内部は、同心円状の構造となっています。 火山豆石は、火山が水蒸気爆発を起こして空中高く上がった噴煙柱内で成長して、 水底または地表に落下したものです。 火山豆石は火山の火口から20km以内の地域しか見つかっていません。 したがって当時の三浦半島付近の海底の様子は、今の伊豆火山諸島近海のようであったと推定できます。
礒伝いに進んでいくと、小広い草地の先には岩畳が広がっていました。 振り返ると、こんもりとした森がありました。 礒伝いの道はこの先へも続いていますが「この先行き止まり」の標識が出ています。 どこまで行けるか試しに歩いてみると、 天神島ビジターセンターの裏手まで続いていましたが、そこで行き止まりになっていました。 もう少しというところで、島を一周することはできません。
【1】堆積構造
「級化層理」 水中では粗い粒子が先(下)に細かい粒子が後(上)に沈殿します。 地層を観察して、どちらが先に堆積したかを考えましょう。
「斜交層理」 流れの速い水中では、地層は平行に重ならないで、下位の地層面に斜交して堆積することがあります。 どの方向からの水流があったかを考えましょう。
礒の先まで出てみると、相模湾を一望できる360度の眺めが広がっていました。 打ち寄せる波が岩に当って砕け散り、心地よい音をたてていました。 この時は干潮時だったようで、潮溜まりを越えてかなり先の方まで行くことができました。
天神島の地質
天神島の岩石は、およそ500万年前の海底に堆積した土砂と火山灰が固まってできたものです。 この岩石は、三崎層(の上部層が露出)と呼ばれ、南西に傾斜しています。 したがって島の北東に古い地層が、南西に新しい地層が分布しています。 火山灰が固まってできた凝灰岩のなかには、火山の性質が推定できる特異な岩石のひとつである火山豆石が含まれています。 火山豆石は、火口付近から20km以内の地域に限りみつかっており、巨大噴火にともなって生成されます。 天神島を含む佐島地域の地層は、三崎層から構成されています。 三崎層には、下位にKn(観音鼻)凝灰岩鍵層(佐島港の東に露出)が、 上位にSo(塩汲)凝灰岩鍵層(佐島港の800m北に露出)が挟まれています。 Kn層は650万年前(鍵層の上下の地層に含まれる石灰質ナノプランクトンはCN9化石帯に対比)、 So層は600万年前(CM10b化石亜層)のものです。 当時の海の水深は、化石の研究によると約1000mあるいはもっと深かったかもしれません。 佐島の北部には、石切場跡が数ヶ所残っています。 石材が1970年頃まで盛んに切り出されていました。 石材用の岩石は、三崎層最上部の凝灰岩です。 天神島の地層の観察を通して、三浦半島形成のダイナミックなシナリオの一部分をつくることができます。
(1) 「堆積構造」は天神島の地層が堆積したおよそ500万年前の海底の堆積環境を復元する資料です。 「斜交層理」は地層堆積当時の東南東→西北西の沿岸流の存在を復元でき、 「級化層理」は古い(下位の)地層が北西に存在することを示しています。
(2) 「火山豆石」は火山のあった位置を推定する手がかりとなります。 研究結果によると天神島の南西沖合に火口の存在が考えられます。
(3) 「逆転した地層」は三崎層堆積後あるいはそれ以降の三浦半島南部地域に加えられた地殻変動の激しさを物語っています。
森の中にも少し散策路があります。 両側に柵が設置されている散策路は緑のトンネルになった所もあって、 良い雰囲気になっていますが、すぐに海辺に出てしまいます。 元来た海辺を歩いて入口まで戻っていきます。 併せて40分ほどで園内の散策を終えました。
注意
・保護棚の中へは入れません。
・園内や保護海域内の動植物・岩石の採集は禁止です。
・保護水面海域での遊泳は禁止です。
・園内でレジャー用具と火気の使用は禁止です。
・許可なく潜水用具は使用できません。
・許可なく「笠島」への上陸はできません。
・自然環境の保存や管理のさまがけになる行為は厳重に禁止します。
 (横須賀市自然・人文博物館)
天満宮
天神島臨海自然教育園から元の道に戻り、 「天神島ビジターセンター」の標識に従って右手へ進んでいくと、右手の森に鳥居が立っています。 脇には朱色で「天満宮」と刻まれた石碑もありました。 そこから森の中へ続く参道を進んでいくと、「天満宮」の扁額が掛る真新しい小振りの祠がありました。 2010年末に来た時には祠は取り壊されてありませんでした。 境内には「佐島・天満宮再建寄付金の御芳名」と題して氏名が沢山貼り出してありました。 それには「平成23年3月吉日」となっていたので、この春に再建されたようでした。 境内の周囲は柵で囲まれています。 森を通って海へも出られそうでしたが、立入禁止の看板が立っていました。
注意
自然教育園、および自然保護地域につき立入を禁止します。 入園される方は自然教育園正門よりおはいり下さい。 違反者は法令により処罰されます。
 (横須賀市博物館、横須賀市博物館附属自然教育園)
天満宮の鳥居のそばには吉野秀雄の文学碑がありました。
吉野秀雄の文学碑
昭和29年7月の下旬に、吉野秀雄は横須賀に住む知人から「佐島のハマユウが咲き出したらしい」との連絡を受けて、 ここ天神島を訪れた。 その日、秀雄は鎌倉の家から逗子に出て、芦名行きの臨時バスに乗っている。 初めは満員であった客も、森戸・一色・長者ヶ崎や久留和・秋谷などの海水浴場でだんだんに減り、 終点の芦名で降りたのは、秀雄ただ一人であったという。 碑の歌は、この時に読まれたもので、昭和33年10月に「寒蝉集」と新編「晴陰集」を収録して出版された 「吉野秀雄歌集」に収められている。 秀雄は明治35年7月、群馬県高崎市に生まれた。 大正11年慶応義塾大学経済学部に進むが、13年喀血して帰郷、長年にわたる療養生活がここに始まった。 そしてこのころから、子規・左千夫以下のアララギ派歌人の歌集を読み、 作歌を志すなど、国文学を独修することになる。 昭和6年鎌倉に転居し、8年にはかねてから私淑していた会津八一に初めて会っている。 秀雄は生涯病気と闘いながらも、自らの信念に基づいて作歌し続け、ついには独自の歌風を打ちたてた。 歌集は前記のほかに「天井凝視」「苔径集」「早梅集」、没後出版の「含紅集」があり、 他に歌論集「短歌とは何か」、随筆集「やはらかな心」などの著述もある。 昭和42年7月、鎌倉市小町の自宅で逝去、生前こよなく愛した瑞泉寺に眠る。
 (横須賀市)
天神島ビジターセンター
天満宮を出た所にあるY字路を右手へ進んでいくと、天神島ビジターセンターがあります。 1階には展示ホール・学習室、2階には展示室・図書室があって、 天神島とその周辺地域の歴史・漁業・自然などが紹介されています。 3階には講座室・会議室・集会室などがあります。 先ほどの教育園のマップが描かれたパンフレットなども貰えるので、勉強がてら立ち寄っていきました。 先ほどの天満宮の解説文も掲示されていたので、その一部の載せておきます。
天神島臨海自然教育園
天神島は相模湾に面した三浦半島の西海岸にあり、江ノ島・丹沢山地をはじめ、 富士山、箱根や伊豆半島の山並み、伊豆大島まで一望できる景勝地です。 島にはスカシユリ、ハマボウなど多くの海岸植物が育ち、海岸や周囲の海には多種多様な海洋動物が見られます。 天神島に自生するハマオモト(ハマユウ)は自然分布の北限として、1953年に神奈川県の天然記念物の指定を受けました。 さらに1965年には天神島・笠島及び周辺海域(54万u)が名勝の指定を受け、 翌1966年からは臨海自然教育園として、 自然環境の保全と自然観察・環境学習の場を提供することを目的に博物館が管理運営しています。
 (横須賀市自然・人文博物館付属天神島臨時自然教育園)
天神様がお出になった頃
天神様は菅原道真様  現在、この天神島に御鎮座される天神社は、学問の神様菅原道真公を祭神にしてお祀りしています。 境内に天満宮と彫られた社号の石碑があります。 これは、道真様の神号「天満大自在天神」にちなみます。 古来より地元佐島の皆さんをはじめ、多くの人に信仰されてきました。 そのいわれを紐といてみましょう。
鎮座は15世紀  天神社の縁起書が伝わっています。 それを読むと、15世紀の初め、宮家の流れを引く佐々木道人なる方が、神仏を深く信仰され、 特に九条家の守本尊であった天神様を崇敬されていました。 ある時、関東にお出になり、霊地の嶋(天神島)を見つけ、ここに御神体を安置したことに始まります。 その後、多くの方がお社を盛り立てました。 当時は神仏習合の時代ですから、神社には管理するお寺があり、西岸寺(最岸寺)が別当になりました。
徳川家康と天神社  戦国時代には既に栄えた佐島地区・・から、天正19年(1591)には、江戸城の城主となった徳川家康から、 お米の量にして2石(360リットル)分の年貢を免除してお社にあたえました。 この時、朱印状といって、格式の高い神社や寺院にのみ与えられる公文書をもらいました。 お米の量としては少ないのですが、実際には土地ではなく、 この天神島から得られたいろいろな収穫物のお金が与たえられました。 いま、このお社が鎮座するこの島は、天神様のお供え物だったのです。
天神島ビジターセンターから戻ってくると、海側にちょっとした広場があります。 休憩舎などもあって、ひと休みしていくのには良い所です。
施設利用上の注意
1.自動車・オートバイは乗り入れないでください。
2.ゴミ・犬のフンは必ず持ち帰ってください。
3.施設内で花火・バーベキューはしないでください。
4.ボート等を係留、又は陸置きしないでください。
5.芝生、樹木、公園施設を大切にしてください。
 (横須賀市経済部農林水産課)
係留禁止
船舶を公共施設である漁港のフェンスや、護岸を使用して係留することはできませんので、 この前面水域に係留しないようお願いします。
 (漁港管理者 横須賀市)
佐島マリーナ
広場を後してその先の方へと進んでいくと、堤防で囲まれた佐島マリーナがあります。 港には帆を降ろしたヨットが沢山係留されていました。 先の方まで進んでいくと、入口には赤と白の棒が立っていました。 その先の沖にも沢山の船が浮かんでいました。 佐島漁港と隣接していて、堤防の左側は漁港の範囲になるようです。 ボートなどを放置しないようにとの注意書きもありました。
漁港施設の利用について
(1) 下図に示した部分は、漁業活動に関係しないもの(工作物やボート等)の設置や放置はできません。
(2) 漁具倉庫を設置する場合は、横須賀市の許可が必要です。
(3) 漁業活動を妨げる行為はできません。
 (横須賀市港湾部港湾総務課)
佐島マリーナから引き返して、天神島臨海自然教育園の入口まで来ると丁度昼時になったので、 道路向かいにあるお食事処に入って昼食をしていきました。 天然地魚料理を出す店のようで、入口には「一品料理・定食・飲物・部屋会食・バーベキュー」と書かれていました。 店内に入っていくと、メニューなどは見かけませんでした。 何にしようかとキョロキョロしながら席に着くと、係の人がメニューを持ってきてくれました。 注文すると「お通し」が出てきて、併せて40分ほどかけて頂きました。
佐島漁港
お食事処から出て元来た道を引き返していきます。 天神橋を渡って車道に出て右折していきます。 佐島マリーナ入口バス停を過ぎていくと、右側には佐島漁港が続くようになります。 港内には多くの舟が停泊し、砂浜になった陸にも舟が揚げられていました。 海辺へ出てみると、波打ち際には青ノリが一面に打ち上げられていました。
第2種 佐島漁港
所在地 神奈川県横須賀市佐島3丁目1,459番16地先
管理者 横須賀市経済部農林水産課
所官庁 水産庁
横須賀市漁港区域内放置禁止区域図
放置禁止区域の指定
下図の区域は横須賀市告示第148号により平成15年8月1日から自動車及び漁船以外の船舶の放置を禁止しております。 (漁港漁場整備法第39条第5項第2号) なお、違反者には30万円以下の罰金が科せられます(同法第46条による)
 (横須賀市)
津波注意
地震を感じたら海浜から離れ安全な場所に避難しましょう。
▼この地点の海抜は2.7mです。
 (横須賀市消防局)
横須賀市消防団第29分団の車庫を過ぎていくと、佐島町内会館の建物の前に「佐島御船歌」の解説板がありました。 そのすぐ先から、漁協への道が右手へ分かれていきます。 また左手を流れる小川を渡っていく道が左手に戻るようにして分かれていく十字路になっています。 角には鮮魚・貝類・活魚などを扱う店があります。 ここを左手へと曲がっていきます。
横須賀市指定重要民俗文化財 佐島御船歌 附 佐島船祭り御座船絵図三点
御船歌は御座船歌とも呼ばれ、江戸時代の将軍や大名が御座船に乗るときや新造船の進水式などに 船手によってうたわれた歌です。 江戸時代の後期になると、漁村の船祭りに御座船を模した御船が登場し、御船歌もうたわれるようになりました。 佐島で代々船大工を営んできた家には、 漁船を飾り板などで装飾した船祭りのための御座船を描いた図絵が残されています。 そのうちの一枚には安政5年(1858)銘があり、このころにはすでに佐島の船祭りが行われ、 御船歌もうたわれていたと思われます。 佐島の御船歌は四十八曲あるとされますが、その中でも役歌と呼ばれる重要な歌があります。 「初春」,「みだくどき」,「たまぼこ」,「いせのながと」,「まつぞろい」などで、 祭礼のときや正月の初参り、春と秋のお神楽など季節の節目や祝い事の宴会などでうたい継がれています。
 (横須賀市教育委員会)
熊野社
小川を過ぎて住宅が建ち並ぶ道を数10m進んでいくと、右手に分かれていく道があります。 角に立つ電柱には「佐島二丁目14」の住所表示が取り付けられています。 右手の道の先には鳥居や社が見えているので立ち寄っていきました。 坂道を軽く登っていくと、道が分かれている角に鳥居が立っています。 鳥居をくぐった先に石段が続いていて、登り口には「熊野社」と刻まれた石碑もありました。 石段を登っていくとすぐに境内に着きます。 本殿と拝殿から成る社殿で、本殿の屋根には6本の鰹木が乗り内削ぎの千木が聳えていました。 拝殿の屋根には8本の鰹木が乗り内削ぎの千木が聳えていました。 本殿と拝殿を繋ぐ縦向きの屋根にも6本が鰹木が乗っていました。 かなり歴史がありそうな様子でしたが、由緒を記したものは見かけませんでした。 境内の右手には神輿庫のようなものがあり、左手には船瓊神社がありました。 また社殿の左手の奥には鳥居が立っていて、 その先の石段の上に「八海山大神 御嶽大神 三笠山大神」と刻まれた石碑もありました。 社殿の右手から裏手にかけては岩盤を削った崖になっていて、四角く掘られた穴も幾つかありました。 石祠や石碑なども並んでいて、「八雲神社」の文字も見られましたが、この熊野社との関係は分かりませんでした。
福本寺
熊野社から元の道に戻ってそこ先へ進み始めると、すぐの所から右手へ道が分かれていきます。 入口には「浄土宗福本寺」と刻まれた石柱が立っているので、ここでも立ち寄っていきました。 登り坂になった道を進んでいくと石段が現れます。 手前には馬頭観世音菩薩や庚申塔などが並んでいました。 石段を登っていくと、「降鏡山」「福本寺」の表札が掛る石門があります。 その石門をくぐった先が福本寺の境内になります。 正面に本堂があり、右手には庫裡と思われる建物や鐘楼がありました。 左手は墓地になっていました。 「當山開創五百年記念之碑」と刻まれた大きな石碑もあって、古くからある寺院のようでした。
福本寺略歴
名称 降鏡山 福本寺
開基 清涼禅定文 明応2年2月18日寂
開山 方誉岸了大和尚 永正4年3月23日寂
宗派 浄土宗
本尊 阿弥陀如来
木質座像御丈四尺三寸 三浦大介公後生佛と稱す。 京佛師山岸伝右衛門丞重治作
脇壇 薬師如来 三浦札所十六番
不動明王 三浦札所二十一番
本堂 旧本堂は明治26年5月火災のため全焼。 同31年5月再建。 大正12年9月大地震により倒壊。 更に昭和5年5月再建。 同31年11月屋根瓦葺に改修し現在に至る。
庫裡 明治26年5月焼失。 同31年5月再建。 その後老朽のため昭和44年3月新築し現在に至る。
鐘堂 昭和11年11月再建す。 梵鐘に文学博士塩谷温先生の銘文を刻す。
 (當山二十一世 順誉識)
福本寺から引き返してきてその先へ進んでいくと道が二俣に分かれています。 角に立つ電柱には「佐島二丁目16」の住所表記や、「石切場支R5/55」,「天神346」の標識が取付けられていました。 その左手の道を進んでいくと、すぐの所の民家の脇に「聖徳皇太子」と刻まれた石碑が立っています。 その先にある工務店を過ぎて、僅かに登り坂になった道を進んでいきます。
左手から降ってくる道を併せて石垣沿いに登っていくと、正面の民家に突き当ります。 左手にも細い道が分かれていますが、そこを右へ曲がっていきます。 石垣とブロック塀の間に続く道を登り気味に進んでいくと、民家が途切れた先で森が近づいてきます。 右手に続く金網柵の外側には畑地が続いていました。 その畑地も終わって山際に続くコンクリート塀に沿って進んでいくと、 樹木が頭上まで枝を伸ばしていて、少しヒンヤリとした空気に包まれていました。
佐島B急傾斜地崩壊危険区域
この区域内で、のり切り・掘削・伐採等を行う場合は、知事の許可が必要ですから、 左記へお問い合わせ下さい。
 (神奈川県横須賀土木事務所)
左手に竹柵が続くようになると、その先には畑地がありました。 岩壁の脇を過ぎていくと登り傾斜が増してきます。 畑地が終わると、竹柵から背の高いコンクリート塀に変わってきます。 かなり傾斜のある坂道を登っていくと、右手へ広い道が分かれていきます。 その先には「湘南佐島なぎさの丘」がありますが、まだ完全には造成が終わっていないようでした。 右手の道を見送っていくと、すぐの所から左手へ道が分かれていきます。 角には「DOG RUN」や「KLEIN GARTEN」の看板が出ていて「この坂道を下る」となっていました。 左手の道の下にはドッグランなどがあるようですが、正面の坂道を更に登っていきます。
○ドッグラン DOG RUN
○クラインガルテン KLEIN GARTEN
この坂道を下る。
【注意事項】
ドッグラン及びクラインガルテンの入口フェンスまでの途中の畑は私有地ですので絶対に立ち入らないで下さい。
犬を連れて来場される場合には、リードを付けたままお進み下さい。 また、糞や尿を絶対にさせないようご注意下さい。
特定猟具使用禁止区域(銃)
 (神奈川県)
右手に広がる「湘南佐島なぎさの丘」や海などを眺めながら坂道を登っていきます。 住宅地の南には小田和湾が広がり、その向こうに見える陸地は、長井港や荒磯のある半島のようです。 東の方に見える電波塔の立つ山は武山のようでした。
坂道を登って緩やかになってくると分岐があります。 左手の先には電波塔が見えています。 手元の地形図では、63.5m峰の南西100m辺りから北西に分かれていく道になります。 このまま正面の道を進んでいくと国道134号の「大楠中学校入口」の信号の所に出られますが、 今回はここから左手の道を進んでいきます。
(正面の道は「佐島の丘」を参照)
丘の上に広がる畑地の中に続く緩やかな道を進んでいきます。 少し降り坂になってくると、左側に電波塔が立っています。 金網柵に取り付けられた板によると、電話会社の「横須賀佐島北1局」というようです。 その先で道が左右に分かれる十字路になっていますが、正面の道を進んでいきます。 作業小屋の前までくると、道は右手へ曲がっていきます。 樹間から江ノ島などを眺めながら、丘の上を快適に進んでいきます。 程なくして畑地の脇に生垣が続くようになると、金網柵やトタンなどで囲われた一角があります。 その前を道なりに右手に曲がって、傾斜が増してきた坂道を降っていきます。
左右に樹木が生い茂ってトンネルのようになった坂道を降っていきます。 竹柵沿いに降っていくと、再び畑地が広がる所に出ます。 右手に分かれていく道を見送って、道なりに左へ曲がっていきます。 正面に大きな樹木が生い茂る森まで来ると、右手から降ってくる道が合流してきます。 その道を併せて森を左手から巻くように降っていきます。 すぐに左手へ道が分かれていきますが、道なりに森の傍に続く坂道を降っていきます。
程なくして傾斜が緩やかになってくると、左側には民家が建ち並ぶようになります。 高い崖の傍を過ぎて切通のような所を抜けていくと、再び降り坂になってきます。 道なりに右へ曲がりながら降っていくと、左右に通る道に降り立ちました。 芦名川の河口付近に架かる芦名橋の所から高台に続く道になります。
民家の脇を過ぎて緩やかに降っていきます。 右手へ分かれていく道を見送って道なりに左へ曲がっていくと、芦名川橋戸橋が架かっています。 橋戸橋を渡って坂を登っていくと、少しずれた十字路があります。道なりに右手へ曲がって、山際に続く坂道を登っていきます。
大楠芦名口(おおぐすあしなぐち)バス停
傾斜が緩やかになってきた道を進んでいくと国道134号(西海岸通)に出ます。 道路向かいの奥まった所には芦名町内会館がありました。 国道を左手に登り気味に250mほど進んでいくと大楠小学校入口交差点を過ぎた所に芦名バス停がありますが、 今回は右手へと降っていきました。 緩やかに150mほど降っていくと、大楠山入口交差点の手前に大楠芦名口バス停があります。 福本寺から35分ほどで到着しました。 すぐ脇には芦名川が流れています。
逗子駅(JR横須賀線)まで26分、1時間に5本程度の便があります。
交差点を渡った先の乗り場からは、横須賀駅までの便が1時間に1本程度あります。
ここは関東ふれあいの道「佐島・大楠山のみち」の起点にもなっていて、交差点の角に解説板が設置されています。 その解説文の中で、今回訪ねた天神島臨海自然教育園も触れられています。
普通河川 芦名川
小さくても、みんなで守ろう、大事な命
 (横須賀市)
関東ふれあいの道
関東ふれあいの道(首都圏自然歩道)は、一都六県を巡る自然歩道です。 沿線の豊かな自然にふれ名所や史跡をたずねながら、ふる里をみなおしてみませんか。
佐島・大楠山のみち
このみちは、県内17コースのうちの4番目です。 ここから市道を大楠山へ登ります。山頂展望台からは全周の眺望が開けます。 山みちを前田橋バス停の方へ下り、途中前田川からは市道を歩きます。 前田橋バス停から葉山御用邸まで海岸沿いの国道134号線を北上し、県道に入って一色海岸バス停が終点です。 途中のみどころは立石やしおさい公園などです。 佐島は路線から離れ、前田橋バス停から約2kmで、 佐島公園や横須賀市天神島臨海自然教育園(ビジターセンター)があります。 車道を歩きますので注意してください。
 (神奈川県自然環境保全センター)