草戸山
散策:2011年07月下旬
【低山ハイク】 草戸山
概 要 草戸山はハイキングコースとして人気のある高尾山の東側にあります。 八王子市と町田市と相模原市城山町の境にあって、高尾山ほどは混雑せず静かな散策を楽しめます。 今回は若葉台北尾根道から城山湖へ出て、北側の散策路から草戸山に登っていきます。 山頂からは高尾・大戸コースを降り、四辻から高尾山口駅へ向かいます。
起 点 相模原市 若葉台七丁目バス停
終 点 八王子市 高尾山口駅
ルート 若葉台七丁目バス停…二本松…若葉の展望台…展望地…小松ゆづな道分岐…普門寺権現堂…コミュニティー広場…城山発電所…城山湖…城山湖ソーラー展望台…展望地…金刀比羅宮…航空神社…本沢ダム…はなさき休憩所…青少年センター分岐…草戸山…見晴し台…草戸峠…梅ノ木平分岐…小ピーク…初沢川東尾根分岐…39番鉄塔…小ピーク…小ピーク…小ピーク…316m峰…四辻…高尾山口駅
所要時間 4時間10分
歩いて... 住宅地のすぐ傍に続く若葉台北尾根道は、それほど起伏もなくて歩き易くなっていました。 城山湖では青緑色に染まった綺麗な眺めが広がっていました。 高尾・大戸コースにある手製の道標は、以前にあったものがなくなったり内容が変わったりもしていましたが、 四辻まで導くように要所に設置されていました。
関連メモ 草戸山, 三井水源林, 東高尾山稜, 大戸緑地, 草戸山
コース紹介
若葉台七丁目(わかばだいななちょうめ)バス停
橋本駅(JR横浜線)の南口から、 1時間に2本から3本程度出ている[橋08]若葉台住宅行きバスにて終点の若葉台住宅バス停まで行き、 そこから[橋28]橋本駅南口行きバスにて2分、午前中に僅かの便しかありません。
 土曜 6:52 7:40 8:28 9:16
 日曜 7:40 8:28 9:18
若葉台住宅方面の乗り場の道路向かいに幅の広い石段があります。 入口にはその石段を指す「若葉台北尾根道」の道標が立っていて、 「若葉の展望台徒歩15分・普門寺権現堂方面徒歩25分」となっています。 今回はここから若葉台北尾根道を歩いて普門寺権現堂へ向かっていきます。
橋本駅から若葉台七丁目バス停に直接に来る便は夕方に数本しかありません。 橋本駅の南口から[橋08]若葉台住宅行きのバスに乗り、 終点のひとつ手前の若葉台中央バス停で下車して、500mほど歩いて来た方が便利です。 (写真は若葉台住宅方面の乗り場です)
石段を30秒ほど登っていくと、植林帯に入っていきます。 少し降って道なりに左手へ曲がり、雑木が混じるようになった斜面を緩やかに登っていきます。 夏草が刈り払われた後のようで、道はしっかりとして分かり易くなっていました。 2分ほどで坂を登り切ると、広めで歩き易い緩やかな尾根道になってきます。 尾根道の南側のすぐ下には住宅地が続いています。 入口から4分半ほど進んでいくと、脇の樹木に白塗りの道標が取り付けられていて、 正面の道は「普門寺権現堂・小栗公園方面」、今来た道は「中央公園方面」となっています。
道標を過ぎて、僅かに起伏した尾根道を1分半ほど進んでいくと、 道端の石の傍に「自害谷戸」と書かれた標識がありました。 説明文は載っていませんでしたが、何やら意味深な感じがします。 過去に起きた事件などを表わしているのでしょうか。 この少し先にある標識によると、「若葉台北尾根道」というのは仮称のようでした。
(仮称)若葉台北尾根道
自然を大切にしましょう。
二本松
少し登り坂になってきた道を進んでいきます。 僅かな高みを左手に巻くようにして進んで少し降るようになると、 道の両脇に生える2本の松を過ぎた所で、左右から道が合流してきます。 足元にある道標によると、正面の道は「普門寺権現堂方面徒歩15分」、 今来た道は「若葉台七丁目階段下・中央方面徒歩10分」、ここは「二本松」となっています。 また右手から来る道を指す板も落ちていて「城山自然の家へ10分」となっていました。 左手から来る道には何も示されてはいませんでした。 振り返ってみると、今回歩いてきた道よりも左右から来る道の方が広くてしっかりとしていました。 正面に「案内図」と書かれたポストが立っていて「ご自由にお持ち下さい」となっていましたが、 中には何も入っていませんでした。 右手から来る道も気になりましたが、見送っていきました。 左手から来る道は住宅地へ降りてしまいそうなので、正面に続く道を進んでいきます。
若葉の展望台
道端に笹が茂る所を過ぎて広い尾根道を進んで僅かに登っていくと、ベンチが設置された小広い所に着きました。 脇に立つ白塗りの道標によると、ここが若葉の展望台になるようです。 若葉台七丁目バス停から12分ほどで着きました。 正面の道は「普門寺権現堂方面徒歩15分」、今来た道は「若葉台七丁目階段下徒歩15分」となっています。 「城山のウラジロカシに続く道 幹周8.42m日本一」の板も見かけました。 展望台とのことで南側に眺めが広がるようですが、この時には青葉が生い茂っていて、 樹木越しに山などが僅かに見える程度でした。 脇には木製のポストが設置されていて、 「自然の中に立って心に感じたことをご自由にお書き下さい」と書かれていました。 中にはノートが入っていましたが、その方面の才はないので、書くのは遠慮しておきました。
若葉の展望台の先へ進んでいくと、1分もしない所に南側の眺めが広がる所がありました。 橋本方面でしょうか、高いビルが幾つか見えていました。 少し右へ曲がって降っていくと、ツバキの木が何本か生えていました。 道端にある白塗りの道標によると「ヤブツバキの谷」というようです。 この先の道は「普門寺権現堂方面」、今来た道は「若葉台七丁目階段下」となっていました。
僅かな谷を過ぎて登っていくと、道の中ほどに生える大きな樹木を過ぎた所に分岐があります。 道標類は見かけませんが、いずれの道を進んでも少し先で合流しています。 左側の道を進んでいくと、左側の樹木が途切れて眺めが広がっていました。 手前の尾根の奥に見えるのは、津久井城址のある城山方面でしょうか。
展望地
僅かな高みを越えて降っていきます。 広くて歩き易い道が続いています。 再び登り坂になってきた道を進んでいくと、道端にベンチが設置された所があって、 山並を見渡せる眺めが広がる展望地になっていました。 奥の方には台形の山頂部を覗かせている山が見えましたが、富士山でしょうか。
小松ゆづな道分岐
手前で分かれてきた道を併せて広くて緩やかな道を進んでいくと、 左へ曲がり始めた所に分岐があります。 ベンチの先に立つ道標によると、正面の道は「普門寺・日本一のウラジロガシ」、 右手の道は「小松ゆづな道」、今来た道は「若葉の展望台・川尻八幡宮」となっています。 右手の道も興味がありましたが夏草が生い茂っていたので、今回は正面の道を進んでいきました。 進み始めてすぐの所にも、尾根の左右(*)に分かれていく分岐がありました。 角に落ちている「飯綱道」と書かれた板が左手の道を示しているように思えたので、 ここは左手の道を進んでいきました。
*右手の道も覗いてみましたが、尾根に沿って先の方まで続いているようでした。 行く末が気になりましたが、手前の分岐にあった「小松ゆづな道」へ続いているのでしょうか。
斜面に沿って降っていきます。 道には落ち葉が積もっていました。 岩盤が剥き出した所もありますが、歩き難くはありませんでした。 少し右へ曲がって浅くU字形に窪んだ道を降っていくと二車線道路に降り立ちました。 脇には白塗りの道標が立っていて、道路向かいの道は「普門寺・日本一のウラジロガシ」、 右手の道は「城山たつご山」、左手の道は「都井沢」、今来た道は「若葉の展望台・川尻八幡宮」となっていて、 「飯綱道」と書かれていました。 ここで若菜台北尾根道は終りになるようです。 若葉台七丁目バス停から25分ほどで歩いて来られました。
普門寺権現堂
道路を渡っていくと、すぐの所に普門寺権現堂があります。 拝殿の後側には建物に入った朱塗りの本殿がありました。 周囲には獅子頭が沢山取り付けられていました。 拝殿の両側には天狗とカラス天狗の大きなお面が掲げられていました。 社殿の隣りにはトタン張りの祠があって、その中に三つの小祠が祀られていましたが、 名前は分かりませんでした。 社殿の前方には巨大なシイの木があります。 幹は既に空洞になっていて、木が生きてきた長い年月を感じさせます。
ここにまつられしは飯縄大権現さまであります。 武田信玄公篤に尊信せられ信州飯縄山より持ち来たりて奉祀せらると伝えられる。 戦の神として又農業の神、特に養蚕繭の神として信仰される。 今日では所願成就達成に欠かすことの出来ない神として信仰されております。
 (普門寺)
津久井の名木 スダジイ
科目 ぶな科シイ属
樹高 25メートル
樹齢 推定500年
特徴 暖地に自生する常緑高木。高さ25メートル以上になる。 実は円錐状卵形の堅実で食用となる。 樹は防火樹、シイタケ原木などに用いられる。
現在地 城山町中沢171
管理者 普門寺
 ((財)かながわトラストみどり財団、津久井地区推進協議会、城山町)
城山町(しろやままち)は2007年3月に相模原市に編入され、住所表記は相模原市城山町(しろやまちょう)となっています。
普門寺権現堂の前は開けていて展望が得られます。 眼下には普門寺の墓地が広がり、右手にはテニスコートがありました。 前方には街並や山並が続き、奥の方には富士山と思われる山の頂きも見えていました。
普門寺権現堂から車道まで引き返してきて、道標「城山たつご山」に従って北西に続く二車線道路を進んでいきます。 周囲は樹木林になっていて、青葉を茂らせた枝が上部を覆って日陰になっている所もありました。 歩き始めて程なくすると、テニスクラブへの道が左手に分かれて降っていきます。 先ほど見えていたテニスコートへ続いているようでした。 携帯電話会社の電波設備を過ぎていきます。 緩やかで広い道が続いていて、車道とは言っても自動車はほとんと通っていきません。 普門寺権現堂から12分ほど進んでいくと、左側が開けて山並を見渡せる所がありました。 尾根には点々と送電線の鉄塔が立っていましたが、三沢峠から大垂水峠へと続く高尾山の南尾根でしょうか。 下の方には津久井湖が見えていて、三井大橋と思われる橋も確認できました。
コミュニティー広場
資材置場を過ぎていくと、右側に眺めが広がってきました。 奥の方には高いビル群が見えていましたが、新宿方面でしょうか。 右手から登ってくる道が合流する所に、町民の森コミュニティー広場があります。 普門寺権現堂から20分ほどで到着しました。 広場の入口には道標が立っていて、 前方の道は「野鳥観察休憩所600m徒歩12分」「加藤武雄文学碑550m徒歩10分」となっています。 広場の中へ入っていくと「城山湖散策施設案内図」があって、 城山湖を取り巻く散策路が載っているので参考になります。 所要時間は約2時間で、距離は約4,720mとのことです。 今回は本沢ダムを通り、城山湖の北側に続く散策路から、松見平休憩所のある草戸山へ登っていきます。 若葉台七丁目バス停から50分ほど歩いて来たので、自販機で買った飲み物で喉を潤しながらひと休みしていきました。
(右手から登ってくる道は「草戸山」を参照)
散策施設利用案内
◎開設時間
4月〜9月午前9時から午後5時まで
10月〜3月午前9時から午後4時まで
城山発電所
ひと休みしたところで、道路に設置されている鉄柵を過ぎて、その先へ続く道を進んでいきます。 すぐの所で道が二手に分かれています。 右側は神奈川県企業庁の城山発電所へ入っていく道なので、左側に続く道を進んでいきます。 金網柵沿いに進んでいくと、道の左側に送電線の鉄塔「城山線1」が立っています。 鉄塔に邪魔されながらも山並を見渡すことが出来ました。
神奈川県企業庁 城山発電所
最大出力250,000キロワット
使用水量発電時 毎秒19200立方メートル、 揚水時 毎秒18000立方メートル
有効落差153.00メートル
揚程132.80メートル
発電開始昭和40年11月
所在地相模原市城山町川尻4454-3
右側に続く発電所に沿って進んでいくと、右へ曲がり始める所に分岐があります。 角には道標が立っていて、左手へ分かれていく道は「野鳥観察休憩所約300m徒歩7分」「加藤武雄文学碑約250m徒歩6分」、 右手に曲がって行く道は「金刀比羅神社750m徒歩20分」、 今来た道は「町民の森散策施設管理棟300m徒歩5分」となっています。 傍には先ほど見かけたのと同様の「城山湖散策施設案内図」もありました。 左手の道からも草戸山へ行けますが、今回は右手へ曲がっていく道を進んでいきます。
(左手の道は「草戸山」を参照)
城山湖
城山発電所を回り込むようにして続く坂道を登っていきます。 坂道を登り切ると道が二手に分かれています。 ここは城山湖のすぐ上になります。 角にはこれまでに見かけたのと同様の「城山湖散策施設案内図」があります。 右側の林の中には「城山湖」と刻まれた石碑があって、 裏面には「城山湖の由来と発電所の概要」が刻まれていました。 本沢ダムへは右手の道を進んでいくのですが、 左手の道の先に休憩舎が見えているので、立ち寄っていくことにしました。
ここは、発電所の構内につき、 暴走行為や危険な行為は、一切禁止です。
 (神奈川県企業庁利水局 城山発電制御所長)
城山湖の由来と発電所の概要
城山湖はもと城山町川尻財産区有林の松杉桧その他の雑木が鬱蒼としたところ。 そこに神奈川県相模川総合開発事業の一つとして城山地下発電所が設けられ、 その発電貯水のために47万7千8百平方メートルの山林と延長9百メートルの林道が整地され、 境川の支流本沢渓谷にいわゆる「本沢ダム」がつくられてできた人造湖である。 城山発電所はこの城山湖の落差約160メートルを利用、地下2百メートルのところに4台の発電機を設置。 最大出力25万キロワットを発電して、 その特色は深夜の安価な電力を用い津久井湖より城山湖に揚水して、 昼間の電力最需要時に発電する純揚水式発電所で、普通発電所の2倍の能力をもっているのもである。 本沢ダムは地形地質の関係から土と石をつき固めながら盛りあげた世界でも数少ないもの。 また発電所は地形上地下式とし、 地盤軟弱のためコンクリートの壁と岩盤を鋼棒で縫付ける特殊な新工法によって完成したものである。 城山湖および本沢ダムの規模はつぎのとおりである。
城山湖
流水面積600平方メートル
堪水面積210,000平方メートル
総貯水量3,930,000立方メートル
有効容量3,830,000立方メートル
満水位標高280メートル
利用水位28メートル
本沢ダム
型式中央土質遮水型フイルタイプダム
高さ73メートル
提頂長234メートル
天端標高285メートル
天端幅15メートル
提体積1,852,000立方メートル
総工費195億円
工期 自 昭和37年4月 至 昭和40年10月
施工 神奈川県
 (昭和41年7月1日 城山町長 小磯武二建之)
城山湖ソーラー展望台
広い道を降っていくと、左へ曲がっていく角に休憩舎があります。 屋根にはソーラー発電設備が取り付けられていて城山湖ソーラー展望台というようです。 ベンチも設置されているので、ひと休みしていくのに良い所です。 脇に設置されている解説板を読んだり、眼下に広がる城山湖を眺めながら、しばらく休憩していきました。 城山湖は「本沢調整池」というのが本来の名前のようです。
城山湖ソーラー展望台
太陽光発電は、水力発電とともに環境にやさしい庫裡-寝ネルギーです。 この設備で発電した電気は、余剰分を東京電力(株)に送電しています。
太陽光発電設備の概要
パ-ゴラ(陸屋根)タイプ休憩所 太陽電池容量3.70kw
東屋タイプ休憩所 太陽電池容量1.11kw
年間発電(見込)電力量 3,600kwh
完成年月 平成22年4月
 (神奈川県企業庁相模川発電管理事務所)
城山湖にようこそ
本沢ダムによってできた本沢調整池は城山湖と呼ばれ、親しまれています。
【城山湖と本沢ダム】  城山湖は相模川総合開発事業の一環で、純揚水式の発電をするために昭和40年に誕生した人造湖です。 城山湖の水は、標高の低い津久井湖の水を汲み上げたものです。 この湖は、ロックフィルタイプの本沢ダムによってせき止められていて、 ダム周辺の良質な土砂が多く使われ築造されました。
【城山発電所】  城山湖と津久井湖を延長1.5kmの水路で結び、この間の落差153mを利用して発電しています。 最大出力は25万kwで、これは約12万戸の家庭で使う電気に相当します。 発電所は地表から230mの地下室(約1850u)に設置された4台の発電機をはじめ、 地上の制御所、変電設備等から構成されています。
揚水発電所ってなあに?
電気の使われる量は一日のうちで大きく変わります。 昼間は向上や事務所などでたくさんの電気が使われ、水力発電所もいっせいに発電します。 しかし、夜になると電気の使われる量は昼間の半分くらになります。 かんたんに止めることのできない火力や原子力発電所では電気が余ってしまいます。 そこで、この余った電気を送ってもらい、下の津久井湖の水を上の城山湖にくみ上げます。 そして昼間再びこの水を利用して発電をします。 この発電方法を揚水発電といいます。 城山発電所もこの方法で発電していますが、 城山湖に川から流れ込む水が全くないので純揚水式発電所といいます。
お願い:城山湖は発電のため1日に28mも水位が上下することがあり、 危険ですので絶対に立入禁止区域には入らないでください。
 (神奈川県企業庁)
休憩舎の先にも道が続いているので歩いてみました。 200mほど進んでいくと、鉄柵が設置されていて行き止まりになっていました。 道は湖面まで続いているようでしたが、そこで引き返してきました。 振り返ると、城山湖の奥には本沢ダムが見えていました。
釣り・遊泳禁止
柵内は立入禁止区域です。 不法侵入は警察に通報します。 器物破損は刑事罰が科せられます。
 (神奈川県企業庁)
「城山湖」の石碑の所まで引き返してその先へ進んでいくと、正面に小山が現れます。 舗装路はその右手へ続いていますが、手前から左手に分かれていく未舗装路があります。 また小山へ登っていく急な石段もありました。 本沢ダムへは右手の舗装路を進んでいくのですが、 左手の道が気になったので、立ち寄っていくことにしました。 車止めを過ぎて未舗装路へ入っていくと、左側には城山湖を望む眺めが広がっていました。
展望地
道の左側にはガードレールが続いていますが、暫くして鉄柵に変わってきます。 突き当りまで進んでいくと、小さな広場がありました。 左手には城山湖、正面には本沢ダム、右手には街並みを見渡せる展望地になっていました。 高層ビルが建ち並ぶ街も遠くの方に見えていましたが、方角からすると新宿や渋谷の辺りでしょうか。
(画像を左クリックすると、7枚の写真が順次表示されます)
金刀比羅宮
元の舗装路まで引き返して、その先にある車止めを過ぎていきます。 小山を右手から巻くようにして緩やかに降っていきます。 コミュニティー広場へ降っていく横木の階段を見送っていくと、 右手の谷側に赤い鳥居が立っていて、下から登ってくる石段が続いています。 その左手の山際にも石段があります。 脇には「金刀比羅宮」と刻まれた石柱が立っていました。 石段を登っていくと、「金刀比羅宮」と書かれた赤い鳥をくぐった正面に社殿がありました。 右側には社務所のような建物があり、左側には神輿庫のようなものがありました。
金刀比羅宮誌
この地は神奈川県津久井郡城山町川尻字龍籠(たつご)といい、 山を龍籠山または雨降龍居山(あめふらしたつごやま)ともいう。 文化元年(1804)川尻郷の代表があるばる四国の金刀比羅宮に参詣し、 御分霊を奉還してこの霊域に社を建てた。 依頼「龍籠の金昆羅様」と呼ばれ、あまたの人々の信仰を集めている。 金刀比羅宮の祭神は大物主神で、龍神、水神として霊験あらたかで、生命の根源を守護し、 人々に降伏を授ける神である。 古くより農耕商工、除災招福の神として崇められ、 毎年4月10日・10月10日の大祭には桜花紅葉と共に賑やかである。 本殿裏の岩間より湧き出る霊水は旱魃の際も涸れることなく、日照り続きには雨乞いも行なわれる。 霊泉は小松川の源流となって地域を潤すのみならず、末は江の島で片P川となるまで県内を貫流し、 その恩恵は計り知れない。 現在城山湖を守護して鎮座されているのも故あるかなといえよう。 境内からの眺望は格別で、金刀比羅宮の御神徳が広大無辺であることを示している。
社殿の左には小さな「龍篭池」があって、どんな日照りの時でも涸れたことがないのだそうです。 池に架かる朱塗りの欄干の小さな石橋の先には樺の大木がありました。 振り返ると、解説板にも載っている素晴しい眺めが広がっています。 ここから見渡せる場所を記した石標「眺望案内図」もあって、 眼下には橋本の街並みを、遠くには新宿・六本木・品川・横浜のビル群を見渡せるようです。
樹名 みずめ(あずさこっぱだみねばり)かばの木科
落葉高木幹は直立してそびえ、大きいものは高さ20m径60cm位になる。 樹皮は灰黒色で不規則に裂けてはげ落ちる。 枝の皮を傷つけると一種の臭気がある。 本種はあずさとほとんど同じで、両者の区別は非常にむずかし。 昔、弓を作るときにも両種を混用したと思われる。 日本名みずめは鉈で、樹皮を傷つけると透明な水のような油がしみ出るからついた名である。 此の木は樹齢推定百数拾年、樹径60cm余、樹高20m余に達し、此の種の木としては希に見る大樹である。 見る通り龍篭池の水辺の岩上に吃立し、其の根は岩石を縫い固め、盤根厳の如く池畦を包んでこの池を守護し、 昔より如何なる旱魃にも水をたたえ、雨ごいの池として有名であった。 龍神水神として崇められる金刀羅宮、龍こもる池、この池を守るみずめ神慮の深きを思う。 (注:みずめは龍篭山周辺の山野に自生して居るのを水、此の木一木だけの様である)
 (調査責任者 大用治夫)
イロハモミジ(カエデ科)落葉高木
高さは15メートルくらになる。 まれに20メートルを越す。 花は4月頃に咲き、黒赤色の花を下げる。 庭や公園などに植えられる。 福島県から南に分布する。
 (城山自然の家協会)
航空神社
社殿の右の建物の脇からしっかりとした石段が裏山へ続いていたので、 上に展望台でもあるのかと思って登っていきました。 石段が終ってその先に続く山道を登っていくと、斜面に鳥居と小社がありました。 中には石の小祠が安置されていて、礎石には「金刀比羅宮」と刻まれていたので奥宮ということでしょうか。 そこから更に上へ道が続いていたので登っていきました。 緩やかになった道の先に現れる縦板の階段を登っていくと、高みには小振りの石祠がありました。 手前に貼り出された紙によると航空神社というようです。 「中島飛行機キ43」や「旧日本陸軍1式戦闘機T型 隼(はやぶさ)」の文字や戦闘機の絵が載っていました。 祠の裏手には「航空神社 記念碑 国土安全」と刻まれた石碑がありました。 振り返ると、橋本から東京にかけての街並みが広がっていました。
航空神社の左手から奥へと山道が続いていたので、更に歩いてみました。 道端に立つ2本の電柱の間を過ぎて少し登っていくと、 金網柵に「境川の水源地」と題した手書きの解説板がありました。 金網の下にはコンクリート製の囲いの中に電柱が幾つか立つ設備がありました。 日本通運の「城山無線基地局」というようです。 道はここから左手へと降っていきます。 横木の階段を曲がりながら降っていくと、無線基地局へ登っていく道に降り立ちます。 そこから左手へ進んだ所に現れる急な石段を降っていくと、先ほどの展望地への分岐に降り立ちました。
境川の水源地
この牡竜籠山を分水嶺のようにして小松川、穴川、境川がここから流れ始めます。 全長は52.14キロで、江ノ島の片P海岸まで続いています。 この山の麓には早くから人々が住み初めたのでしょうか。 沢山の須恵器や土師器等の土器が発掘されています。 なかでも川尻八幡神社の南側の苦窪遺跡からは珍しい墨書土器が発掘されています。 また最近のいろいろな調査から、高度の文化を持った人々がこの周辺に暮らしていたのではないかと、 いろいろ考えられるようになってまいりました。 ここから少し下がった所に金比羅神社がありますが、その昔、そこで雨乞の神事を行ったと云う小さな池があります。 この池はどんなに日照りが続いても決して涸れなかったと云い伝えられています。 雌竜籠山(南側の反射塔の見える山)と共にこの一帯は昔から農耕や産土の神として人々に厚く信仰されてきました。 ここから一直線で、南東の方向には川尻八幡神社・参道を通して、はるかに矢部の八幡神社を望む事ができます。 二四節気で云う「雨水」の日(2月19日)には、その線上から太陽が昇ってきます。 また8月28日の川尻八幡神社の祭りの日が来ると、今度は牡竜籠山に太陽が沈みます。
 (城山ホタル研究会)
「住み初めた」は「住み始めた」の誤記かと思われますが、そのまま載せておきます。
先ほど歩いた舗装路を再び通って、併せて15分ほどで金刀比羅宮まで戻ってきて、その先へ進んでいきます。 右側に広がる景色を眺めながら進んでいくと、1分もしない所に鉄柵がありますが、 「散策施設利用時間」には扉は開放されています。 扉から入っていくと、すぐの所に道標が立っていて、 この先の道は「城山湖堰堤250m徒歩10分」、今来た道は「町民の森散策施設管理塔1.0km徒歩25分」となっています。 250mで10分とはかなり嶮しい道なのかと思えますが、普通の舗装路になっていて、そんなに時間はかかりません。 右手に広がる街並みを眺めながら広い舗装路を緩やかに降っていくと、正面に本沢ダムが見えてきます。 先ほどの解説板にもあったロックフィルダムになっていて、緩やかな斜面で出来ていました。 下の方にはグラウンドがありますが、雨降野球場というようです。
本沢ダム
突き当りまでいくと鉄柵があります。 先ほどの休憩舎の先にあったのと同様に、湖面へ降りて行かれる道があるようですが、立入禁止になっています。 柵の手前から右手に伸びる本沢ダムの上を歩いていきます。 ダムの本体は、岩石・半透水層・遮水層・半透水層・岩石がサンドイッチになった構造をしていて、 高さは73m、長さは234mあるのだそうです。 左手には城山湖、右手には遠く街並みを見渡せる眺めが広がっています。 途中にはベンチが設置された「であいの広場」が二つあります。 そこから見える街並みを刻んだ石碑もあって、左側に八王子市、真ん中に東京都心、 右側に相模原市が見渡せるようでした。 この「町民の森」は「かながわの公園50選」にも選ばれているようです。
(画像を左クリックすると、8枚の写真が順次表示されます)
本沢ダム
この湖は発電用の湖なので、水位が急に変化します。 柵内は危険ですので入らないでください。
 (神奈川県企業庁 発電総合制御所)
ダムの先にはこんもりとした山があって、その斜面に「し・ろ・や・ま・こ」の文字になった植込みがありますが、 この時には「し・ろ」の部分が分かり難くなっていました。 突き当りまで行って道なりに左へ曲がっていくと、放水路の設備の上を通っていきます。 その先の山際まで行くと、右側から山へ登っていく石段があります。 この先には城山湖を綺麗に眺められる所はないので、振り返って最後の眺めを楽しんでいきました。
(画像を左クリックすると、6枚の写真が順次表示されます)
はなさき休憩所
手摺付きの石段を登っていくと鉄柵が設置されていますが、「散策施設利用時間」には扉が開放されています。 扉を抜けて、その先の尾根に続く緩やかでしっかりとした山道を進んでいきます。 木の根が張り出した所もありますが夏草などは生い茂っておらず、総じて歩きやすい道が続いています。 僅かな高みを越えて左側に鉄柵が続くようになると、道標が立っていて、 この先の道は「はなさき休憩所250m徒歩10分」、今来た道は「金刀比羅神社750m徒歩20分」となっています。 柵から少し離れた所に続く道を暫く進んでいくと横木の階段が現れます。 その階段をひと登りすると東屋が建っています。 手前には「はなさき休憩所」と書かれた標柱が立っています。 城山湖の石段を登り始めてから5分ほどで着きました。 周りには樹木が生い茂っていて展望は得られませんが、 正午を少し過ぎた時刻になったので、東屋に入って持参したオニギリなどを食べながら昼食タイムにしました。
「はなさき」とは「花咲き」という意味なのでしょうか、 それとも城山湖へ突き出すような尾根にあるので「鼻先」という意味でしょうか。 東屋の周囲にはアジサイ・ヤマユリ・ギボシなどが植えられていて、綺麗な花を咲かせていました。
城山町町民の森散策施設利用上の注意
この施設は、城山湖周辺の恵まれた自然環境を生かし、利用者が森林に対する理解を深め、 併せて自然に親しみながら健康の維持増進を図るための施設として設置したものです。 利用者の方はマナーを守り、楽しく利用できる清潔で親しみやすい施設となるよう心掛けましょう。
 (城山町建設経済部都市計画課)
お腹も満ちたところで、東屋の前に立つ道標「松見平休憩所400m徒歩20分」に従って、 幅の広い横木の階段を降っていきます。 左側にトラロープが張られていましたが、特に必要な感じはありませんでした。 程なくして鞍部に着いて、その少し先に現れる横木の階段を登り返していきます。 間隔が広くて段差も高く、歩き難いったらありません。 今回のコースの中で最大の難所に思えました。 程なくして左側に木製の手摺が設置されるようになりますが、 そんな階段を避けようとする人が多いようで、階段の脇には明瞭な踏み跡が出来て道のようになっていました。 「ヨイショ・ヨイショ」と腿を引き揚げながら二歩で一段の割合で階段を登っていくと、3分弱で何とか登り切りました。
青少年センター分岐
階段の先に続く広めの尾根の背を軽く登って高みに着くと分岐があります。 はなさき休憩所から5分ほどの所になります。 周囲には幾つか道標が立っていて、右手の道は「大地沢青少年センター930m徒歩16分」「青少年センター・大戸」、 左手の道は「松見平休憩所200m徒歩3分」「草戸山・大地沢周回コース」、 今来た道は「はなさき休憩所200m徒歩10分」となっています。 脇には小さなベンチも設置されていましたが、左手に続く横木の階段を降っていきます。
これより先、堤防上については開場時間及び休場日が決められております。
開場時間
◎4月〜9月 午前9時から午後5時まで
◎10月〜3月 午前9時から午後4時まで
 (城山町)
散策路の利用上のルールを守りましょう。
ゴミ・タバコの投げ捨てはやめましょう。
草戸山 (標高365m)
植林帯の尾根に続く横木の階段を降っていきます。 緩やかになった先で現れる横木の階段を登り返していきます。 階段を登り切って緩やかになった道を進んでいきます。 少し登り傾斜が増してくると、再び横木の階段が現れます。 その登り口には「大地沢周回コース」の標識が立っていて、簡単な図が載っていました。 横木の階段を真っ直ぐ登っていくと、青少年センター分岐から5分ほど、 はなさき休憩所から11分ほどで草戸山の山頂に着きました。 「町田市最高峰365m 草戸山」の標柱も立っていますが、 手元の地形図にある364m峰にあたるようです。
大地沢周回コース
まもなく『草戸山々頂』です
『山之神』を右に折返し草戸峠方面に…
山之神
この祠は上相原村上郷中の山之神として、 相原町丑田5135番地鎌倉古道沿いの山頂に文政10年5月建立され祀られていたが、 近年土地開発の流れの中で大戸観音境内に遷されていた。 其後大地沢の山林が昭和61年3月未曾有の大雪害の襲われ、又復旧に際し幾多の 困難に遭遇したので、地域の発願により相原町山野の安全と豊穣を祈願して 此処草戸山山頂に遷座を勧請した。
 (平成13年1月吉日 財団法人 相原保善会)
草戸山には、木組みの上に乗った東屋のような形の松見平休憩所があります。 休憩所に登ってみると、眼下に広がっているはずの城山湖は、茂る青葉に邪魔をされてまったく見えません。 冬枯れの季節でも手前の樹木に邪魔されて展望はあまり良くありません。 ベンチなどが幾つも設置されているので、ひと休みしていくのには良い所です。 休憩所の下の方には、神奈川県企業庁電気局が設置する「2級基準点No.2」がありますが、 その地点の標高は361.33mとなっていました。
見晴し台
ひと休みしたら、草戸山から下山していきます。 左手へ進んでいくと三沢峠の方へ続いていますが、 今回は「高尾・大戸コース」の途中にある四辻から高尾山口駅へ降るルートを歩きます。 「草戸山」の標柱の脇にはかたらいの道の「高尾〜大戸コース案内図」があって、 これから歩くルートが載っているので参考にしましょう。 道標「草戸峠・高尾駅」に従って、山之神の脇から続く尾根道を降っていきます。 先ほど見かけた「大地沢周回コース」にもなっている道のようです。 降り口にも道標「高尾山口駅」が立っていて、その道を指しています。 幅の広い横木の階段を降って、その先の緩やかになった広い道を進んでいくと、 草戸山から3分半ほどの所に、丸太で組まれたものがありました。 丸太に刻まれた文字によると「見晴し台」とのことです。 ちょいと登ってみましたが、手前の樹木に邪魔されてほとんど展望は得られませんでした。 また、柱にはメッセージが書かれていたりもします。
大地沢の山深く 人々は苗木を植えた
時は流れ 人はうつり 木々は大きくそだち
いま われらの学舎が建つ われら 伸びゆくもの
ここに学び よき仕事をのこす
草戸峠
見晴し台を後にして、広くて歩きやすい尾根道を降っていきます。 僅かな高みを幾つか越えていくと、黒色と黄色のトラロープが張られた登り坂道が現れますが、 登っていく分にはそれほど必要な感じではありませんでした。 坂を登り切ってなだらかになった尾根に着くと、そのすぐ先に、 ベンチが幾つか設置されて左手の見晴らしが良くなった所があります。 脇に立つ標柱によると「草戸峠」というようです。 草戸山から10分ほどで到着しました。 手元の地形図によると、364m峰(草戸山)の北300m辺りにある標高320mほどの地点になるようです。 丸太のベンチが幾つも設置されていました。 左手には稲荷山コースのある尾根の奥に高尾山が広がっています。 奥の方には高そうな稜線が横たわっていましたが、 大岳山へと続く尾根でしょうか、それとも秩父の山々でしょうか。
草戸峠からは道が二手に分かれています。 「大地沢周回コース」の道標が設置されていて、左手の道は「梅ノ木平」、 右手の道は「青少年センター」、今来た道は「草戸山」となっています。 「梅ノ木平」を指す板には「四辻・高尾山口方面1.0H」と書き込まれていました。 また、古びた道標もあって、左手の道は「四辻・高尾駅」、 右手の道は「大地沢青少年センター・大戸」、今来た道は「草戸山・榎窪山」となっていました。 ここは四辻へ向かって、左手に続く急坂を降っていきます。 トラロープが張られていたりもしますが、それほど必要な感じはありませんでした。 少し降っていくと緩やかな尾根道になります。 大きなモミの木が数本生える所を過ぎていきます。 草戸峠から2分ほど進んでいくと、右手の僅かな高みへ登っていく道と、その巻き道に分かれています。 どちらの道を進んでもすぐ先で合流します。 高みには林野庁の境界見出標があるだけで、展望などは得られません。
(草戸峠から右手に降る道は「大戸緑地」, 「草戸山」を参照)
梅ノ木平分岐
分かれた道を合わせて幅が広がって歩き易くなった尾根道を進んでいくと、 大きなモミの木の袂から左手へと道が分かれて降っていきます。 草戸峠から3分ほどの所になります。 角には道標が立っていて、正面の道は「高尾山口駅」、左手の道は「梅ノ木平」、 今来た道は「草戸山」となっています。 また古びた道標も立っていて、正面の道は「高尾山口駅」、今来た道は「本沢ダム・峰の薬師」となっています。 左手の道は関東ふれあいの道の「峰の薬師へのみち」や「湖のみち」にもなっている 榎窪川沿いの道へ降りていけますが、今回は正面に続く尾根道道を進んでいきます。
(左手の道は「三井水源林」を参照)
小ピーク
引き続き、広くて歩き易い尾根道が続いています。 少し登り坂になった道を進んでいくと、草戸峠から5分ほどで小ピークに着きます。 手元の地形図によると、草戸峠の北北東250m辺りにある標高340mほどの高みになるようです。 僅かな高みを越えて、緩やかな尾根道を更に進んでいきます。
初沢川東尾根分岐
少し登るようになると、草戸峠から12分ほどで、分岐のある高みに着きました。 手元の地形図によると、草戸峠の北北東550m辺りにある標高340mほどの高みになるようです。 中ほどにある赤く塗られた短い杭の側面には、 「武蔵国南多摩郡」や 「浅川村上椚田」の文字が刻まれていていました。 傍に立つ道標によると、左手へ降っていく道は「高尾」、今来た道は「草戸峠」、 この場所は「拓大分岐」となっていました。 脇にも道標があって、左手の道は「四辻・高尾駅」となっています。 以前には正面の道を指す道標「高尾紅葉台団地・初沢城跡」もあったのですが、この時には見かけませんでした。 正面の道は、342.9m峰を経て初沢川の東尾根に入り高尾駅へ続いていますが、今回は左手の道を降っていきます。
(正面の道は「大戸緑地」を参照)
39番鉄塔
雑木林の尾根に続く広めでしっかりとした道を降っていくと、程なくして緩やかになってきます。 少し登り坂になってきた道を進んでいくと、送電線の鉄塔「八王子大月線 八王子-上野原39」が立っています。 その手前には道標が立っていて、今来た道は「草戸山」となっていました。 鉄塔の袂を過ぎて、その先へと進んでいきます。
植林帯と雑木林を分ける道を進んで少し登るようになると、使われなくなった鉄塔が立っています。 そこを過ぎて植林帯の尾根を登っていきます。 オリエンテーリングのポスト「J」が設置された僅かな高みを越えて降っていくと分岐があります。 草戸峠から23分ほどの所になります。 手元の地形図によると、342.9m峰の北北西350m辺りにある標高320mほどの所で、 尾根が東側へと分れている地点になるようです。 角に立つ道標によると、左手の道は「高尾山口駅」、今来た道は「草戸山・三沢峠」となっています。 正面にもしっかりとした道が続いていますが、道標には何も示されてはいません。 以前に正面の道を歩いたところ、すぐ先に送電線の鉄塔「八王子大月線 八王子-上野原38」が立っていて、 明瞭な道はその辺りで終っていました。 ここは左手に続く道を降っていきます。
小ピーク
鞍部に着いて、かなり急な坂を登り返していきます。 尾根一杯に幅が広がってどこが道だか明瞭ではありませんが、上に見えている高みへ向かって登っていきます。 脇には「←コース→」の書かれた板が取り付けられていたりもしました。 左側にはトラロープが張られていましたが、登る分にはそれほど必要ではありませんでした。 そんな坂を2分ほどかけて登り切ると小ピークに着きました。 手元の地形図によると、316m峰の南南西600m辺りにある標高330mほどの高みのようです。 中ほどには道標が立っていて、右手に曲がっていく道は「四辻・高尾駅」、今来た道は「草戸峠」となっています。
坂を降って緩やかになってきた道を進んでいきます。 僅かな起伏のある尾根道を進んでいくと、やがて登り傾斜が増してきます。 石が剥き出したりしている尾根を登っていくと、ベンチが設置された所に着きました。 この先にある小ピークから続く緩やかな尾根の肩になるようです。 脇に立つ道標によると、左手へ曲がっていく道は「四辻・高尾駅」、今来た道は「草戸峠」となっています。 ここは左手に続く緩やかになった道を進んでいきます。
小ピーク
僅かに登り坂になった道を進んでいきます。 大きな樹木の脇を過ぎていくと、先ほどの道標の所から1分強で小ピークに着きました。 手元の地形図によると、316m峰の南西350m辺りにある標高330mほどの高みのようです。 高みを越えて緩やかに降っていきます。 緩やかな鞍部に着いて、僅かな起伏のある尾根を進んでいきます。 引き続き道は広めで歩き易くなっています。
小ピーク
先ほどの小ピークから5分ほど進んでいくと小ピークに着きました。 手元の地形図によると、316m峰の南西200m辺りにある標高330mほどの高みのようです。 道なりに左へ曲がって軽く降っていくと、すぐに雑木林から植林帯に変わってきます。 そこで道が二手に分かれています。 角には道標が立っていて、右手に曲がって降っていく道は「四辻・高尾駅」、今来た道は「草戸峠」となっています。 左手にも緩やかでしっかりとした道が続いていますが、道標には何も示されてはいません。 その道に入った先にはオリエンテーリングのポスト「G」が設置されているので、 歩いてもいいように思えましたが、ここは道標に従って右手へと降っていきます。
横木の階段を降っていきます。 すぐに浅い鞍部に着いてその先へ進んでいくと、僅かな高みが現れます。 手前から巻道が左手へ分かれていますが、今回は高みを越えていきました。 横木の階段を降っていくと程なくして巻道と合流し、その先に続く広くて緩やかな尾根道を進んでいきます。
316m峰
植林帯と雑木林を分ける広めの尾根を軽く降っていきます。 緩やかになってきた道を進んで程なくして登り坂になってくると、 八王子市の設置する「2級基準点No.B-229」がある高みに着きました。 手元の地形図にある316m峰になるようです。 39番鉄塔から27分ほどの所になります。 道は左へ曲がって、植林帯の斜面を降っていきます。
四辻
僅かな起伏はあるものの、広めで快適な尾根道が続きます。 植林帯から雑木林に変わって降るようになると、道幅が更に広がってきます。 坂道を降っていくと鞍部に着きました。 尾根を越えていく道が交差している四辻になります。 361m峰から9分ほど、草戸峠から54分ほどで到着しました。 脇には道標が立っていて、正面に続く尾根道は「高尾駅2.3km」、 左手の道は「甲州街道・高尾山口駅0.3km」、今来た道は「草戸峠2.8km・三沢峠3.8km」となっています。 右手の道も広くなっていますが、道標には何も示されてはいません。 これまで歩いて来た「高尾・大戸コース」は正面の尾根へと更に続いていますが、 今回はここから左手の道を高尾山口駅へ降っていきます。
(正面の道は「草戸山」を参照)
登山道入口
植林帯の斜面に斜めに続く道を降って雑木林になってくると、左側には谷筋が続くようになります。 道はそれほど急坂でもなくて歩き易くなっていました。 次第に沢を流れ降る水音が大きくなってくると、正面に民家が見えてきます。 民家の間の狭い道を降っていくと、左右に通る舗装路に降り立ちました。 四辻から8分ほどで降りて来られました。 脇に立つ電柱には「ここは登山道入口」の貼り紙があって、 左手の道は「高尾山口駅方面」、今来た道は「草戸峠方面」となっています。 正面には道標が立っていて、左手の道は「高尾山口駅」、 今降って来た道は「かたらいの路 高尾・大戸コース 四辻・草戸峠・高尾駅」「登山道入口」となっています。 右手にも道が続いていますが、道標に従って左手へ続く坂道を降っていきます。
高尾山口(たかおさんぐち)駅
民家が建ち並ぶ坂道を降っていくと、国道20号(甲州街道)の高尾山入口交差点に出ます。 正面に流れる案内川には高尾橋が架かっていますが、川沿いに続く国道を右手へ進んでいきます。 青い欄干の青葉橋を渡って右手へ進んでいくと、高尾山口駅(京王高尾線)に着きます。
駅前にも「高尾〜大戸コース案内図」があります。 先ほどの登山道入口までの道も載っているので、こちら側から歩く場合には参考になります。