西山
散策:2011年05月下旬
【低山ハイク】西山
概 要 西山は丹沢山系の東側にある低い山の総称で、経ヶ岳・華厳山・荻野高取山の三山から成ります。 今回は関東ふれあいの道の南側に伸びる尾根から経ヶ岳へ登っていきます。 山頂からは丹沢山塊を見渡せる素晴しい眺めが広がります。 経ヶ岳からは華厳山を経て荻野高取山へ向かい、ゴルフ場を通って深堀地区へと降っていきます。
起 点 厚木市 上荻野バス停
終 点 厚木市 東谷戸入口バス停
ルート 上荻野バス停…浅間神社…小尾根…厚木外周尾根…法華峯林道…鞍部…小ピーク…経ヶ岳…上荻野分岐…鞍部…ヒオウギ広場分岐…華厳山…大たるみ…大沢分岐…荻野高取山…松石寺分岐…発句石移設広場…松石寺尾根…石仏群…沢…大平登山口…大厚木カントリークラブ…深堀地区…横林橋…東谷戸入口バス停
所要時間 5時間10分
歩いて... 用野地区から経ヶ岳に登る道は結構傾斜があって、汗を拭き拭きの登りとなりました。 経ヶ岳からは少し霞んでいたものの、丹沢方面の山並を見渡すことが出来ました。 経ヶ岳から華厳山へ向かう道や、荻野高取山から大平登山口へ降る道もかなり傾斜があって、 滑り落ちないよう足元に気をつけながら降る所が結構ありました。
関連メモ 北条武田合戦場のみち, 華厳山, 経ヶ岳
コース紹介
上荻野(かみおぎの)バス停
本厚木駅(小田急小田原線)の北口から、 [厚01][厚02][厚14]半原行きバス,または,[厚04][厚10][厚11]上荻野車庫前行きバスにて23分、 1時間に2本程度の便があります。
相州アルプスと西山
厚木市荻野と愛川町半原にある二つの高取山に挟まれた峰々は相州アルプスと呼ばれていて、 半原高取山・仏果山・秋葉山・革籠石山・経ヶ岳・華厳山・荻野高取山が連なっています。 その中で、半原越の南側に位置する経ヶ岳華厳山荻野高取山は、 荻野の里から西側に見えるので、これらを総称して「西山」と呼ばれているようです。 今回はこれらの「西山」を巡ります。
バス停の先へ50mほど進んでいくと、細めの道が左手へ分かれていく角にこんもりとした森があります。 手前には「あつぎの文化財獨案内板」があって、 この付近にある文化財の簡単な紹介文と地図が載っていました。 モデルコースとして、浅間神社から成田道へ至る合計150分のルートが紹介されていました。 今回登る経ヶ岳や華厳山は、その昔の修験者の修行のための山岳ルートだったようです。 案内板の柱には「相州アルプス 西山三山 登山口」の板が取り付けられていました。
相州アルプス 西山三山 登山口
用野橋まで0.9km ゴルフ場口1.1km 大沢登山口1.8km
現在地(上荻野)標高130m
あつぎの文化財獨案内板
浅間神社 上荻野の鎮守で、祭神は木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)である。 創建は不明である。 松石寺持ちであったが、慶応3年(1867)神官支配となった(愛甲郡制誌)。 大正11年に社殿を改築した。
用野観音堂 明治初期に廃寺となった全応院持ちの観音堂である。 カンノンサマといわれ子授け安産の信仰があり、 ソコヌケブクロ(端切れでできた底のない袋。男子が欲しい場合は赤色)、 オフダ、オロー(ろうそく)を貰い受け出産に臨む。 4月9日近くの日曜日に祭礼がある。
山王社 沓掛館山の山中にはサンノーサン(山王社)、オイナリサン(稲荷社)などの祠がある。 サンノーサンの石灯籠には明和5年(1768)、オイナリサンには文政5年(1822)の銘がある。
源氏河原の古墳 この周辺の古墳はこの一基のみで他には確認されていない。 現状の大きさは8.3×5.5×1.2mである。 墳丘には石が露出し、やや不整形ではあるが、石室を有する古墳時代後期の円墳とみてよいであろう。
源氏橋の里謡碑 この碑は平成3年91歳で没した郷土史家の高瀬慎吾(橿舎甘人)が源氏の陸奥七郎の伝説を伝えるために建立したものである。 刻まれた里謡は 「源氏河原の伝説にちなみて 橿舎甘人 弘法大師に里芋あげて 村の息災祈りたい 陸奥七郎が館の跡は ここらあたりか源氏橋
佐藤稲荷 慶応2年(1866)初午の日に江戸妻恋神社から佐藤家代々の守護として勧請したという。 その後地域の人々の養蚕、五穀豊穣などの祈願対象となり絵馬も上げられるようになった。
チンチロリンダイジンサン 小字深堀の集落の講中11軒が祀る社で、男根形の石棒を納める。 10月20日(今はこの日前後の日曜日)が祭礼日であり、子供が授かるようにとお参りした。 今はガッセー講(一切合財の意か)として山の神、日枝、秋葉、道祖神を複数祭祀する。
曽根神社 上荻野横林の曽根一族15軒が祀る神社である。 オモリサンと呼び大六天を祀る。 祭日は11月15日で、以前はそばの食べ比べをした。 境内には文化5年(1808)銘の石灯籠がある。
成田道 上荻野横林と上飯山を結ぶ道路を成田道と呼んでいる。 この道は明治30年頃に成田杢右衛門が市費を投じて開通させたもので、彼の威徳を偲び道の名としたという。 杢右衛門は林村の米山民右衛門の二男で、明治39年(1906)に63歳で没した。
西山 地域の西部に連なる中津山地を通称「西山」といい、 経ヶ岳(633m)、華厳山(602m)、高取山(523m)などの山々が約8kmにわたって連なる。 この尾根道は、山名の経や華厳などが示すように、 八菅山を中心とする修験者の修行のための山岳ルートであったといわれる。
浅間神社
鳥居をくぐった先が浅間神社の境内になります。 正面には本殿と拝殿から成る社殿があって、本殿の屋根には5本の鰹木が乗り外削ぎの千木が聳えていました。 由緒などを記したものは見かけませんでしたが、 先ほどの案内板によると、上荻野の鎮守で、祭神は木花開耶姫命とのことです。 社殿の右側には石祠が幾つかありました。 境内には鐘楼再建の碑もありましたが、旧字体で書かれていて、私には読めない字もありました。
鐘楼再建碑
大正十五年十二月十九日愛甲群荻野村上荻野浅間神社鐘楼羅祝触 帰鳥有郷人以為憾焉森屋大吉君生於同郷平素崇敬同神社最篤壮年 出京而従事實業偶大正十二年九月一日京濱方面未曾有之大震災突 発死傷實上数十萬人而君家在帝都之中央老少悉免災洵可謂大幸君 謂是實依神霊冥護之餘徳信仰之念益加厚今_正_當大震災之七周 年君愈感神恩報謝之_情切茲_浄財以再建鐘楼今工事漸_成以得 平生之至情矣回顧_今約五十年前余於上荻野小学校執教鞭當時君 最上級生徒而常嶄然顕頭角今再_逅帝都聞君常遥拝同神社傳自家 并郷党同胞之安寧幸福余深欽君敬神之至誠興愛郷之_情今方鐘楼   再建之竣成應請記共縁起
浅間神社の左側の上荻野児童館を過ぎて、畑地や立派な生垣のある民家が点在する道を進んでいきます。 左右への分岐もありますが、道なりに真っ直ぐ進んでいきます。 しばらく進んでいくと、正面に稜線が見えてきます。 これから向かう経ヶ岳から華厳山を経て荻野高取山へと続く「西山」の稜線のようです。 標高はそれほど高くありませんが、何だか急峻な感じがします。 コンテナや自動車などが沢山置かれている所を過ぎていくと、 田植えが終ったばかりの田んぼがありました。 水が張られた田んぼには西山が映っていて、「逆さ西山」になっていました。
道なりに少し右へ曲がって、僅かに登り坂になってきた道を進んでいきます。 両側に生垣が続く道を進んでいくとT字路があります。 少し左へ曲がりながら正面へ続く道の先にある用野橋を渡って左折していくと、 経ヶ岳・華厳山・荻野高取山へ登る「お勧めルート」の大沢登山口がありますが、 今回はここを右折して、関東ふれあいの道の南側に伸びる尾根から経ヶ岳へ登っていきます。
T字路を右折して1分ほど進んでいくと、左手へ分れていく道があります。 角にはカーブミラーが設置されていて、「危険スピード落とせ!!」の看板が取付けられていました。 そこを左折して民家の先の畑を過ぎていくと、左側にヒノキ林が現れます。 地形図によると、この辺りは用野地区というようです。 道なりに右・左とクランク型に曲がって最後の民家を過ぎていくと電気柵がありました。 浅間神社から14分ほどの所になります。 通行止なのかと思いながらも近づいていくと、扉に取り付けられた看板によると鳥獣被害対策用の柵とのことです。 描かれている挿絵によると、イノシシ・シカ・サルなどが出るようです。 コの字形の施錠を外して扉を開けて、その先へと進んでいきました。
鳥獣被害対策として電気柵を設置しています。 扉を開けた方は必ず閉めてください。
 (厚木市)
発砲注意!
この付近は人家などあり 注意!
 (神奈川県)
小尾根
簡易舗装された道を真っ直ぐに進んでいくと、1分もせずに植林帯へ入っていきます。 植林帯へ入って道なりに1分ほど進んでいくと、右側に墓地がありました。 10基ほどの墓石の他にも石碑などが並んでいました。 そこを過ぎると道は未舗装になってきます。 程なくして谷筋から離れて、少しU字形に抉れた道を登るようになります。 道幅も狭まって来て山道の様相を呈してきますが、踏み跡はしっかりと続いていました。 次第に登り傾斜が増してくる山道を登っていきます。 左傾斜の斜面を登るようになると、左右に通る小尾根に出ました。 正面の下の方には民家が見えていました。 電気柵から11分ほど登ってきた所になります。 この辺りで道がはっきりしなくなって、僅かな踏み跡程度になりました。 左手の道は降り坂になっているので、右手へ続く踏み跡を辿って登っていきました。
厚木外周尾根
雑木林に続く踏み跡を辿りながら登っていくと程なくして植林帯になってきます。 小尾根に出た所から2分ほど登っていくと、左右に通る尾根に出ました。 厚木市用野地区とその北側の愛川町平山地区との境にある尾根で、 今回の散策の最後の横林橋で見かけた案内図によると「厚木外周尾根」と云うようです。 電気柵から13分ほどで登って来られました。 地形図によると右手の先に253m峰があるようですが、 経ヶ岳へ向かって左手に続く尾根を登っていきます。
地形図には、この尾根を通る道が破線で載っています。 首都圏自然歩道(関東ふれあいの道)でもあるように書かれていますが、 実際の関東ふれあいの道はこの北側の谷筋に続いています。
植林帯になった尾根は広めになっています。 踏み跡程度の道ですが分岐などは特にないので、尾根の上を目指して登っていけば迷うようなことはありません。 暫くは緩やかな道なので安心していると、程なくして登り傾斜が増してきます。 正面の樹間から空が見えるようになって坂を登り切ったかと思うと、その先にまだ登り坂が続いていて、 何度か気落ちしながら登っていきました。 道はかなり傾斜があって次第に脹脛が痛くなってきます。 息が切れてきて汗も噴き出てくるので、何度も立ち止まって汗を拭いながらゆっくりと登っていきました。
最初は林床に草や細木などは生えていませんが、 厚木外周尾根に出た所から20分ほど登った辺りから細木などが目立つようになります。 それでも踏み跡が隠れてしまうようなことはなくて、しっかりと続いていました。 益々傾斜が増してくる尾根を登っていきます。 振り返ると、樹間から街並みなどを見渡せるようになってきます。 そんな所に着くと立ち止まり、景色を眺めながら呼吸を整えて、更に上へと登っていきました。
左側に鹿避柵が現れると、やっと緩やかになってきました。 厚木外周尾根に出た所から30分ほど登ってきた所になります。 植林帯が終って青葉が茂る雑木林になり、道が隠れ気味になってきましたが、 分岐などは特になくて、何とか歩いていくことが出来ました。 右手を振り返ると、先ほどと同様の街並みなどが樹間から見えていました。 左手の樹間からは、華厳山から荻野高取山へ続くと思われる稜線が見えていました。
自然環境保全地域
自然を大切にしましょう
 (神奈川県)
法華峯林道
大きなモミの木の袂を過ぎて降り坂になってくると、 緩やかになった所から2分ほどで舗装路に降り立ちました。 厚木外周尾根に出た所から33分ほどで登って来られました。 この舗装路を示すものは見かけませんでしたが法華峯林道というようです。 尾根を切り開いて作ったヘアピン状に曲がる角になっていました。 降り立った所には関東ふれあいの道の道標が立っていて、 前方に続く林道は「経ヶ岳」、右手に戻るようにして降っていく道は「田代」となっていて、 今来た道を指す板はありませんでした。 手元の地形図によると、前方の林道は半原越へ続いていて、 左手は1kmちょっと進んだ辺りで行き止まりになっているようです。
山火事予防 No.6-6
 (愛川町消防本部)
手元の地形図では林道を横切った所から尾根へ続く道があるように描かれていますが、 高い岩壁が続くばかりで、それらしい道はありません。 左右を窺っていると、前方へ続く林道の先の方に道標らしきものが見えました。 そこへ向かって100mほど進んでいくと、経ヶ岳への登り口でした。 脇には関東ふれあいの道の路傍サインと道標があって、 ブロック崖の上へと続く細くて急傾斜の道は「経ヶ岳」、今来た道は「田代」となっていました。 ここからは関東ふれあいの道「北条武田合戦場のみち」にもなっている明瞭な道を登っていきます。
左へ折れ曲がっていくと横木の階段が始まります。 右・左と曲がりながら階段を登っていくと、登り口から4分ほどで尾根に出ます。 左右に通る尾根にも踏み跡が続いていましたが、トラロープが張られていました。 道は尾根を横切って、等高線に沿うようにして植林帯の斜面を緩やかに進むようになります。 時折左手から涼やかな谷風が吹き上がってきて、ひと心地つきながら進んでいくと、 程なくして再び横木の階段を登るようになります。 右手の高みは、地形図に載っている536m峰だろうと思われます。 法華峯林道から7分ほど登っていくと、階段が終った先で鹿避柵が道を塞いでいましたが、 扉には金網がなくて開け放たれていました。
鞍部
かなり傾斜のある斜面を緩やかに横切っていきます。 所々にある横木の階段を登りながら進んでいきます。 道端にある大きな岩を過ぎて、その先の横木の階段を登っていくと再び鹿避柵がありますが、 ここでも扉は開け放たれていました。 扉を抜けていくと左右に通る尾根道に出ました。 法華峯林道から13分ほどで登って来られました。 手元の地形図によると、ここは536m峰の南南西200m辺りにある標高510mほどの鞍部になるようです。 脇にはベンチがひとつ設置されているので、ひと休みしていくのには良い所です。 出た所には関東ふれあいの道の道標が立っていて、左手へ続く尾根道は「経ヶ岳」、 今登ってきた道は「田代」となっています。 右手にも道があって536m峰へ続いているものと思われますが、道標には何も示されてはいませんでした。 ここは道標に従って左手へ続く尾根道を進んでいきます。
山火事予防 No.6-7
 (愛川町消防本部)
緩やかな尾根道はすぐに終って、傾斜が増してきます。 樹間から空が見える高みのような所が近づいてきて頂上かとも思いますが、 いざ着いてみると尾根の肩だったりします。 鞍部から6分ほど登っていくと、僅かな高みを越えていきます。 緩やかな降り坂になってきた尾根道を進んでいくと、1分ほどで馬の背のような鞍部に着きます。 道端にはツヅジが赤橙色の小振りの花を咲かせていて彩りを添えていました。
小ピーク
鞍部を過ぎて傾斜が増してきた尾根道を登っていきます。 雑木林から植林帯へ変っていく尾根を登って小ピークに着くと、テーブル・ベンチが二組設置されていました。 手元の地形図では、経ヶ岳の北東300m辺りにある標高580mほどの高みになるようです。 道標のあった鞍部から12分ほどの所になります。 テーブルの上面には「ゴミは持ち帰りましょう」と書かれた紙が貼られていました。
山火事予防 No.6-8
 (愛川町消防本部)
ゴミは持ち帰ろう
〜大切な自然を守るため〜 ゴミは持ち帰りましょう!
 (愛川町、愛川町観光協会)
小ピークを過ぎて緩やかに4分ほど降っていくと浅い鞍部に着きます。 そこから植林帯に続く尾根を登り返していきます。 木の根が張り出していたりもする尾根を登っていくと、尖った山頂らしきものが正面に見えてきます。 息を切らせながら登っていくと尾根の肩でした。 ここは経ヶ岳のすぐ東側にある分岐点で、ベンチがひとつ設置されていました。 小ピークから12分ほどで登って来られました。 脇には関東ふれあいの道の道標が立っていて、右手の道は「経ヶ岳」、 今登ってきた道は「田代」となっています。 また板がもう1枚取り付けられていて、左手の道は「高取山1.8km・華厳山1.0km」となっていて、 裏面には「相州アルプス(西山)方面」と書かれていました。 道標には「西山を守る会」の貼り紙が取り付けられていました。 今回はここから左手の道を華厳山へと向かっていくのですが、 その前にこの右手すぐの所にある経ヶ岳の山頂まで往復してきます。
華厳山・高取山・発句石へ 稜線尾根道市道を南に
稜線尾根道が厚木市道Iの776号線です。 経ヶ岳から華厳山までは、15分くらい下り、その後30分くらいの登りになります。
華厳山山頂から高取山までは「大たるみ」と呼ばれるゆったりとした下りで、30分くらいで荻野高取山頂に着きます。
さらに進むと5,6分で立入禁止のトラロープがあります。 その奥50mに発句石移設広場があり、眺望が良いです。
帰路は、高取山山頂から50mくらい華厳山に戻った大たるみに付けられた大沢に下りる経路でゴルフ場に出て、 場内の市道を通り、用野集落から国道412号線に出れば、バス停があります。
 (西山を守る会)
経ヶ岳 (標高633.1m)
緩やかになった尾根道を右手へ進んでいくと、100mも行かな所に経ヶ岳の山頂があります。 法華峯林道から39分ほどで登って来られました。 山頂には「経ヶ岳633.1m」の標識や二等三角点があります。 テーブル・ベンチも二組設置されているので、休憩していくのに良い所です。 「丹沢の三角点」と題した看板もあって、丹沢山塊にある三角点が図示されていました。 また、関東ふれあいの道の道標も立っていて、この先の道は「半原越0.7km・坂尻5.5km」、 今来た道は「田代3.2km・三増6.2km」となっています。
丹沢の三角点
三角点と水準点   国土の基本測量を行うための重要な基準点として、三角点と水準点があります。 三角点は、位置の基準点として一等から四等に区分され、眺めの良い山頂等に設置されています。 水準点は、高さの基準点として全国主要国道に一等が、その他の主要道路に二等水準点が設置されています。 ここ経ヶ岳には、二等三角点が埋設してあり、この他にも丹沢山塊には三角点の設置してある山がたくさんありますので、 みなさんの足で、三角点のある山をたずねてみませんか。
三角点・水準点の標石を大切にしましょう。
 (環境庁、神奈川県)
山火事予防 No.6-9
 (愛川町消防本部)
経ヶ岳の南西側が開けていて、丹沢山塊を一望できる眺めが広がっています。 この時は少し霞んでいましたが、丹沢大山などが良く見えていました。 脇の樹木には、先ほどの分岐点にあったのと同じ「西山を守る会」の貼り紙が括り付けられていて、 「荻野西山登山マップ」を入れた箱もありました。 今回歩くコースが載っているので参考になります。 お昼には少しだけ早かったのですが、ベンチに腰を掛けて昼食タイムにしました。
お腹が満ちて景色も堪能したら、先ほどの分岐点まで引き返して華厳山へ向かっていきます。 分岐点の脇に生える樹木に「華厳山」と書かれた板が取り付けられていて、右手へ降っていく道を指しています。 ベンチの脇から続く坂道を降っていくと、程なくして植林帯と雑木林を分ける緩やかな尾根道になってきます。
上荻野分岐
傾斜が増してきた尾根道を降り始めると、鹿避柵の現れる所に分岐があります。 先ほどの分岐点から2分ほどの所になります。 柵に取り付けられた板によると、右手の道は「華厳山・高取山・発句石」、左手の道は「上荻野」となっています。 右手の道の先にある華厳山からは「北東尾根下り大沢口・用野橋・上荻野バス停」、 高取山の先からは「松石寺尾根下り大平登山口・東谷戸入口バス停」、 大平登山口から分れて「滝谷経由上飯山切通(本来の西山起点)・飯山温泉入口バス停(600m)」、 左手の道は「尾根を下り大沢登山口・ゴルフ場内市道通行・用野橋より上荻野バス停(1km)」となっています。 左手の道は先ほどの荻野西山登山マップにも描かれている道で、 大沢登山口を経て用野橋へと降りて行かれるようですが、華厳山へ向かって右手の道を降っていきます。
鹿避柵沿いに続く急坂を降っていきます。 1分ほど降っていくと、両側に大きな木が生える所から右側へ分れていく道があります。 右側の道には赤リボンが結ばれていてルートを示しているようです。 このまま真っ直ぐに柵沿いに降っていっても右手の道と合流しますが、 かなりの急傾斜で滑りやすくなっているので、ここは右側の道を降っていきます。 折れ曲がりながら2分ほど降っていくと、柵沿いに降ってきた道と合流します。 引き続き、急傾斜の坂道を降っていきます。 常に足元を確認しながら慎重に歩かないと滑り落ちてしまいそうなほどの傾斜があります。
鞍部
上荻野分岐から15分ほど降っていくと緩やかな道になってきます。 僅かな高みを越えてその先の急坂を更に降っていくと、上荻野分岐から20分ほどで鞍部に着きました。 手元の地形図では、経ヶ岳と華厳山の間にある標高480mほどの所になります。 左手の鹿避柵には扉や越えていく脚立もありましたが、 すでに樹木が成長した今ではあまり必要ではないのか、放置された状態になっていました。 「火の用心」と書かれた看板もあって、この付近の地図が描かれているようでしたが、 錆び付いていたりして判読出来ませんでした。
火気に注意
 (神奈川県)
鞍部を過ぎて尾根道を登り返していきます。 かなり傾斜があって汗を拭き拭き登っていきました。 左側に続く鹿避柵が倒れていて、自由に通り抜けることが出来るようになった所もありました。 3分ほど登っていって傾斜が更に増してくるとトラロープが張られていましたが、 登る分にはそれほど必要ではありませんでした。 そこを過ぎていくと少し登り傾斜が緩んでいきます。 丸い尾根の背に続く道を登っていくと、左手の樹木が少なくなって街並みなどを見渡せる所がありました。 鞍部から8分ほど登ってきた所になります。 呼吸を整えながら、しばらく景色を眺めていきました。
ヒオウギ広場分岐
眺めを確認したら、その先へ続く尾根の急坂を更に登っていきます。 2分半ほど登っていくと再びトラロープが張られていました。 そこを過ぎて少し傾斜が緩んできた尾根を登っていくと、なだらかな尾根に着きました。 鞍部から18分ほどの所になります。 ここで道が左右に分れています。 脇に生える樹木には板が取り付けられていて、右手の道は「ヒオウギ広場」、 左手の道は「華厳山」となっています。 右手の道は先ほどの「荻野西山登山マップ」にも載っているヒオウギ広場へ続いているようですが、 今回はこのまま左手の道を華厳山へ向かっていきました。
華厳山 (標高602m)
なだらかで広い尾根道を左手へと進んでいきます。 程なくして僅かに登り坂になってきた道を進んでいくと、華厳山の山頂に着きました。 ヒオウギ広場分岐から2分ほど、経ヶ岳から46分ほどで到着しました。 山頂には丸太のベンチがふたつ設置されています。 周囲は樹木に囲まれていて展望は得られませんが、 何はともあれ、リュックを降ろしてひと休みしていきました。
華厳山からは道が二手に分れています。 山頂には道標類が幾つか設置されていて、左手へ降っていく道は「大沢下山口」「北東尾根を下り用野経由上荻野バス停」、 正面へ降っていく道は「高取山・発句石」「高取直前用野経由上荻野バス停」、 今来た道は「経ヶ岳・半原越」「鹿柵添下降大沢登山口」となっています。 ここにも経ヶ岳にあったのと同じ箱があって、「荻野西山登山マップ」が入れられていました。 その蓋には「華厳山」の文字の他にも「天丸山」と書かれていましたが、この山の別名なのでしょうか。 今回は荻野高取山へ向かって正面の道を降っていきました。
(左手の道は「華厳山」を参照)
大たるみ
正面の丸い尾根の背に続く道を降っていきます。 最初は急ですが程なくして緩やかになってきます。 僅かな高みを左手から巻くようにして続く細い横木の階段を降っていきます。 階段が終って右手からの尾根を併せ、更に階段を降っていきます。 降り坂ではあるものの、経ヶ岳から華厳山にかけての急坂に比べると随分歩きやすい感じがしました。 谷側に土止めされた踏み跡が左手から何度か合流してきますが、林業の作業道でしょうか。 山頂から7分ほど降っていくと、次第に傾斜が緩やかになってきます。 経ヶ岳の手前の分岐点にあった貼り紙によると、この辺りは「大たるみ」というようです。
広くて緩やかな尾根道がしばらく続きます。 やがて僅かな登り坂になってくると、左右の樹間から街並みや山並などが見えるようになります。 右手の方には丹沢大山と思われる山が聳えていて、山頂にある電波塔も見えていました。 左手には厚木方面の街並みが広がっていました。 登り坂ではあっても、これまでのような急傾斜ではなくて、快適に歩いて行けました。
大沢分岐
尾根に続く道を緩やかに登っていくと、正面に僅かな高みが見えてきます。 道はその高みを左手へ避けるようにして曲がっていきますが、 その角から右側のマウンドに乗って正面の高みへ登っていく道が分れていきます。 ここが荻野高取山への登り口になります。 脇に生える樹木には板が取り付けられていて、右前方へ登っていく道は「高取山」、 左へ曲がっていく道は「大沢下山口」、今来た道は「華厳山」となっています。 また、経ヶ岳の手前の分岐点にあったのと似た「西山を守る会」の貼り紙も取り付けられていました。 下山路はここから左手に続く道がお勧めのようですが、 今回はこの先にある荻野高取山を越えてその先へと降っていきます。
荻野高取山・発句石へは稜線を左手(南)に
稜線尾根道(踏み跡)が本来の市道です。 荻野高取山山頂までおよそ70mくらい。 さらにそこから松石寺分岐(採石場立入禁止区域)まで100数十mです。 発句石は分岐の立入禁止看板奥を稜線に沿って約50mのところにあります。
整備された道は水源の森林づくり事業の作業用経路です。 この経路を下るとゴルフ場に出ます。 ゴルフ場内の市道を抜け、上荻野の用野集落から国道412号線に通じ、 上荻野バス停や神奈中上荻野車庫前バス停に出ます。
 (西山を守る会)
貼り紙は左手の道から登ってきたら正面に見える向きに設置されていて、 「左手(南)に」とは、今回歩いてきた向きからは右手のことになります。
荻野高取山 (標高522.1m)
丸い尾根の背に乗って、上へと登っていきます。 右側には3本のロープ柵が続いていました。 その右下は採石場になっているようです。 大沢分岐から2分半ほど登っていくと荻野高取山に着きます。 華厳山から22分ほどで到着しました。 三等三角点のある山頂は樹木に囲まれていて展望は得られません。 尖った高みではなく、尾根道の途中という雰囲気になっていて、 標識がないとそのまま通過してしまいそうな感じでした。 「高取山 標高522.1m」の標識が設置されていて、 この先の道は「発句石 尾根下降点先50m」「松石寺尾根下降大平経由東谷戸入口バス停」、 今来た道は「華厳山・経ヶ岳」「用野経由上荻野バス停」となっています。
三つの高取山
丹沢の東辺にあるこの山稜には「高取山」と呼ばれる山が三つあります。 近い所になぜ同じ名前の山が三つもあるのかはよく分かりませんが、 それらを区別するために山のある地区の名前を冠して、この山は「荻野高取山」と呼ぶようです。 この山の他にも、華厳山の南に「煤ヶ谷高取山(464m)」、 仏果山の北側に「半原高取山(706m)」があります。
荻野高取山の山頂を過ぎて緩やかな尾根道を進んでいくと、少し登り坂になってきます。 丸い尾根の背に続く登り基調の道を進んでいくと、荻野高取山から5分ほどで左手が開けてきて、 山並などを見渡せる所がありました。 左手の奥の方には高い山が見えていましたが経ヶ岳でしょうか。
松石寺分岐
尾根の背に続く道を更に進んでいくと、荻野高取山から6分ほどで分岐があります。 大沢分岐にあった貼り紙に載っていた「松石寺分岐」になります。 脇には道標が立っていて、左手に降っていく坂道は「国道412号線・飯山」、 右手の尾根道は「私有地につき進入禁止」、今来た道は「高取山・華厳山・経ヶ岳」となっています。 中ほどには「発句石」の解説板がありました。 これまでにあった「西山を守る会」の貼り紙によると、この右手の尾根の50mほどの所に発句石移設広場があるようです。 入口にはトラロープが張られていて封鎖されていますが、 「荻野西山登山マップ」では「発句石移設広場からの眺望をお楽しみください」となっているので、 ちょいと失礼して訪ねていくことにしました。
発句石(ほっくいし)
此山や この鶯に 人も居ず
文化9年(1812)、下荻野村の俳人芹江の句碑建立記念の句集『うめこよミ』(梅暦)が刊行された。 序によると、芹江が華厳山(西山。荻野地区の西側の連山)に遊んだときに詠った一句を、 山の頂の大きな自然石に刻み、建立した記念に句集を発刊したという。 この自然石が発句石である。 芹江は、小林七右衛門といい、二世麦穂庵村水と号する。 文政2年(1819)3月11日、63歳で没した。 墓石は、西山を望む法界寺に所在する。 父は小林忠七といい、麦穂庵村水を名乗る俳人である。 今、発句石の裏面には、二世つぶね(木村寿年)の句 「老を鳴く 鶯も居る 若葉かな」も刻まれている。 寿年は木村政治、七沢の石工で飯山の木村家を継いだ人で、昭和33年、69歳で没した。
 (厚木市教育委員会)
旧来、この発句石は、ここから約100メートル程南へ下った急飯山共有地に位置していたが、 昭和49年(1974)6月、相模興業(株)の砕石事業及び記録的な豪雨で地盤が弛み、 滑落したものを同社によって元の場所近くの地盤の安定した旧飯山共有地内の市道に復元、保存されていた。 その後、同社の砕石事業拡大により、開発区域内に所在する市道が廃止、付替えとなったことから、 発句石を末永く後世に伝えるため、平成19年(2007)12月14日、現在地へ移設したものである。
 (厚木市教育委員会)
発句石移設広場
ロープをくぐってその先に続く尾根を進んでいくと、目の前が開けてきます。 数段の横木の階段を降っていくと発句石移設広場がありました。 正面には丹沢山塊から相模湾へ至る眺めが広がっていました。 広場の下は砕石場になっていて、山が大きく切り崩されていました。
広場には発句石がありました。 達筆過ぎて読めない文字もありましたが、先ほどの解説板に載っていた句が刻まれているようでした。 脇には「投句箱」が置かれていました。 「一句作ってみませんか」とのことですが、その方面にはまったく疎いので遠慮しておくことにしました。
投句箱
発句石は下荻野新宿生れの芹江(本名・小林七右衛門 宝暦6年1756〜文政2年1819)が 西山の自然石に「此山や この鶯に 人も居ず」と刻んだところから この名が生まれました。 昭和に入り、七沢生れでのちに飯山の木村家に入った寿年(本名・政治 昭和33年1958没)が先人に倣って 「老を鳴く 鶯も居る 若葉かな」と裏面に自らの句を彫り込みました。
あなたも発句石登頂記念に一句作ってみませんか。
作品は毎月の西山踏査登山のたびに回収し、会報などに掲載させていただきます。 上フタを開けてください。 中に用紙と筆記用具が入っています。
 (西山を守る会)
松石寺尾根
松石寺分岐まで引き返して、道標「国道412号線・飯山」の指す急坂を降っていきます。 これまでにあった板によると松石寺尾根というようです。 丸い尾根の背に、広めでしっかりとした道が続いていますが、かなり傾斜があって、 常に足元に注意を払っていないと滑り落ちてしないそうな道です。 松石寺分岐から2分ほど降ってから軽く登り返していくと、僅かな高みに着きます。 あまり明瞭ではありませんでしたが、ここで道が左右に分れているようでした。 どちらへ進んだものかと辺りを見回しても、道標類は見かけませんでした。 手元の地形図によると、破線の道が北東から東南東へ曲がっている尾根の肩になるようでした。 左側は植林帯になっていて、その中に広がるようにして踏み跡が消えていくばかりだったので、 ここは右前方へ続く雑木林の尾根を降っていきました。
石仏群
引き続き丸い尾根の背に続く急坂を降っていきます。 道端に綺麗なツヅジが咲いている所を過ぎていきます。 この道で合っているのかと不安になりながらも降っていくと、 木に巻かれた赤テープを見かけてホッとしたりもしました。 やがて植林帯と雑木林を分ける尾根を進むようになります。 傾斜が緩やかになってくると分岐があります。 松石寺分岐から19分ほど降って来た所になります。 左側の1mほど下には、谷を向くようにして石仏石碑が並んでいました。 石碑には「為光祖代々 第三十六番 山除村 林彌右衛門」と刻まれていました。 ここには道標があって、左手の道は「行き止まり」、 右手の道は「国道412号線・飯山」、今来た道は「高取山・華厳山・経ヶ岳」となっていました。 傍の樹木には「大平下山口」の板も括り付けられていて、右手の道を指していました。 以前に来た時には「←松石寺・源氏河原」の板もあって左手の道を指していましたが、 この時には見かけませんでした。 その板には、この場所を示す「四国八十八ヶ所・石仏群」の文字も書かれていました。 手元の地形図では、ここは破線の道が分れている標高320mほどの地点になるようです。 左手の道は松石寺へ続いているようでしたが、ここは右手の道を降っていきました。
引き続き丸い尾根の背に続く坂道を降っていきます。 時折ある赤テープを確認しながら降っていくと、石仏群から7分ほどで分岐があります。 角には道標が立っていて、右手に戻るようにして続く道は「国道412号線・飯山」、 今来た道は「高取山・華厳山・経ヶ岳」となっています。 正面の尾根にも踏み跡が続いているようでしたが「行き止まり」となっていました。 また「大平下山口」の板が木に括り付けられていて、右手の道を指していました。 ここは道標に従って、右手の道を進んでいきます。
これまでの急降下の尾根から一変して、斜面を横切るようにして緩やかな道が続くようになります。 左下から聞こえてくる水音が次第に大きくなってくる道を降っていくと、 先ほどの分岐から5分ほどで、小さなに降り立ちました。 沢には少し水が流れていて、砂防ダムのような石垣状の堰がある所でした。 丸太を4本束ねた木橋を渡って、左手へと進んでいきます。 堰を過ぎたすぐの所から沢へ降っていく踏み跡は見送って、登り気味に続く道を進んでいきます。
植林帯の斜面を横切るようにして登り基調の道を進んでいきます。 やがて左へ曲がって尾根の背を降る所までくると道標が立っていて、 左へ曲がっていく道は「国道412号線・飯山」、今来た道は「高取山・華厳山・経ヶ岳」となっています。 また「高取山」の板が木に括り付けられていて、今来た道を指していました。 右手の尾根から降ってくる踏み跡もありましたが「私有地につき進入禁止」となっていました。 道なりに左へ曲がりながら降っていくと、右側にも沢が流れるようになります。 その向こう岸には林道のような広い道が通っていました。 僅かな沢なので渡っていけそうな様子でしたが、道は正面へと続いていたので、そのまま進んでいきました。
大平登山口
僅かな高みを越えてその先へ降っていくと、左側を流れる沢に砂防ダムがありました。 その右脇を過ぎていくと、大きな樹木の間を抜けた所で広い道に降り立ちました。 振り返ると道標が立っていて、右手の道は「飯山方面」、左手の道は「国道412号線」、 今降ってきた道は「高取山・華厳山・経ヶ岳」となっています。 また今降ってきた道を指す「高取山」の板も取り付けられていました。 ここが、これまでに見かけた板にあった「大平下山口」になるようです。 ここまで降ってきて「下山口」というのも変なので、ここでは「大平登山口」としておきます。 沢に架かる木橋を渡ってから7分ほど、発句石移設広場の手前の松石寺分岐から40分ほどで降りて来られました。
(この先で見かけた案内板では「大平登山口」となっていました)
大厚木カントリークラブ
どちらへ進んだものかと考えてみるに、「飯山」は何だか遠そうに思えたので、 今回は左手へ進んでいきました。 すぐの所に電気柵が設置されていて、扉には「大平出口」の板が括り付けられていました。 扉を開けてその先に続く舗装路を進んでいくと、目の前にはゴルフ場が広がっていました。 手元の地図によると大厚木カントリークラブというようです。 グリーンの脇を過ぎていくと、左側を流れる沢に赤い橋が架かっていて、以前にも来たことを思い出しました。 その時には赤い橋を渡って右手へ進んでいったように思ったので、今回はその橋は渡らずに直進していきました。
鳥獣被害対策として電気柵を設置しています。 扉を開けた方は必ず閉めてください。
 (厚木市)
すぐに道が二手に分れていますが、右手の登り坂になった道を進んでいきます。 程なくして降り坂になってきた道を進んでいきます。 左側のゴルフコースを横切ってくる道を併せてその先へ進んでいくと、 右手の山際に先ほどと同様の電気柵がありました。 脇には道標が立っていて、柵の向こうへと続く道は「西山方面(高取山)」、 正面の広い道は「深掘方面(国道412号線)」となっています。 扉には「大平登山口経由高取山」の板が取り付けられていました。 板に描かれている地図によると先ほどの大平登山口へ続いているようで、 大平登山口からは右手の道の方がお勧めルートのようでした。 広い道を道なりに進んでいくと、右手に沢筋があります。 「滝谷口」というようで、236m峰などへ道が続いているようでしたが、 道標「深掘方面(国道412号線)←→西山方面(高取山)」に従って、 道なりに左へ曲がって沢沿いに進んでいきます。
左側に金網柵が続く道を進み、右手に少しS字形に曲がって降っていくと、右手へ分れていく道がありますが、 角に立つ道標「深掘方面(国道412号線)←→西山方面(高取山)」に従って真っ直ぐに進んでいきます。 背の高い金網柵を過ぎていくと、ゴルフ練習場がありました。 駐車場を横切っていくと「クラブハウス帰路」の道標が立っていて左手へ続く道を指していますが、 隣りに立つ道標「西山方面(高取山)←→深掘方面(国道412号線)」に従って正面の道を降っていきます。 ここまでがゴルフ場の範囲になるようで、この先からは景色が変ってきます。
深堀地区
樹木が生い茂る坂道を降っていきます。 青色のトタン塀のある資材置場のような所を過ぎていくと畑地が広がってきます。 畑を眺めながら緩やかになった道を進んでいくと、真弓川滝谷橋が架かっています。 橋を渡ってその先へ進んでいくと、左右に通る道路に出ます。 その角には石碑が幾つか並んでいました。 道路に出る手前の柱には「滝谷口まで1km」の案内板が取り付けられていました。 手元の地図によると、この辺りは深堀地区というようです。
砂防指定地 真弓川
荻野川合流点より厚木市上荻野宇仲田の上流字坂まで川の中心より左右10mです。
 (厚木土木事務所)
横林橋
道路を右手へ真っ直ぐ進んでいくと、すぐの所の右側に大小の石仏が並んでいました。 民家や畑地が続く道路を進んでいくと自動販売機がありました。 そこで買った飲み物で喉を潤してからその先へと進んでいきました。 「厚木市立宮本老人憩の家」を過ぎて降り坂になってくると、左右に通る坂道に出ます。 角の石垣には石碑などが幾つか並んでいました。 そこを左折して二車線道路を降っていくと、荻野川横林橋が架かっています。 橋を渡った所に、「相州アルプス南部西山三山」と題した案内板が立っていて、 今回歩いてきた道の全体が載っていました。
東谷戸入口(ひがしやといりぐち)バス停
横林橋の先にある荻野尾崎交差点を直進して坂道を登っていくと国道412号に出ます。 そこを右折して100mほど進んでいくと、左手に分れていく道を見送った先に東谷戸入口バス停があります。 大平登山口から40分ほどで到着しました。
本厚木駅(小田急小田原線)まで、厚木バスセンター行きバス,または,本厚木駅行きバスにて20分、 1時間に3本程度の便があります。 (14時台だけはこの倍ほどの便があります)
このすぐ先にある「みはる野入口交差点」を左手に入った所には、 まつかげ台方面から本厚木駅へ向かう乗り場があって、1時間に2本程度の便があります。