浅間山
散策:2011年05月上旬
【低山ハイク】 浅間山
概 要 浅間山は、丹沢大山から南へ伸びる尾根にある山です。 山頂からの眺めはあまり良くありませんが、広くてしっかりとした道が続く尾根歩きが楽しめます。 今回はケーブルカーで下社まで登り、蓑毛越から浅間山を経て高取山へ向かっていきます。 高取山からは少し引き返して栗原地区へ降っていきます。
起 点 伊勢原市 大山ケーブルバス停
終 点 伊勢原市 栗原バス停
ルート 大山ケーブルバス停…茶湯寺…宿坊街…大山ケーブル駅〜阿夫利神社駅…大山阿夫利神社下社…かごや道分岐…蓑毛越…浅間山…浅間宮…電波塔…電波塔…9番鉄塔…浅間山林道…不動越…栗原分岐…高取山…栗原分岐…鞍部…林道…金網柵…伊勢原カントリークラブ…四叉路…聖峰分岐…栗原バス停
所要時間 4時間30分
歩いて... 不動越から高取山へ登る途中には急坂があって、息が切れて汗も滲んできました。 以前には栗原地区への分岐の辺りは雑木などが生い茂っていましたが、 林床が下刈りされていて、明るくて快適な尾根になっていました。
関連メモ 大山参り蓑毛のみち, 高取山, 聖峰, 高取山, 高取山, 浅間山林道, 高取山, 丹沢大山
コース紹介
大山ケーブル(おおやまけーぶる)バス停
伊勢原駅(小田急小田原線)の北口から、[伊10]大山ケーブル行きバスにて28分、 1時間に3本程度の便があります。
バスターミナルの周囲には、大山道中張交図会、東海道五十三次細見図会、相州大山ろうべんの滝、 鎌倉江の島大山・新坂往来双六などの、浮世絵が並んでいます。 また独楽を彫った像もあり、ここから大山へ向かって続く大山宿坊街の解説が記してあります。 また、伊勢原市消防団第2分団の車庫のシャッターには「大山こま」に関する説明文が載っています。 その隣りには公衆便所があって散策マップなどが置いてあります。
バス停の名前は以前には「大山ケーブル駅」でしたが、 2008年10月に「大山ケーブル」に変更されています。 同時期にこの先にあるケーブルカーの駅名も変更されていて、 追分駅→大山ケーブル駅、不動前→大山寺、下社→阿夫利神社となっています。
かながわ古道五十選 大山宿坊街
昔、関東各地から大山参り石尊詣の人々がわらじを踏みしめた古道は、 その一端が大山に通じるものは皆大山街道と呼ばれた。 平成6年の「かながわ古道五十選」には大山道が七ヶ所も選ばれ、 そのどれもが合流するのが阿夫利神社大山寺の門前町「大山道宿坊街付近」である。 ここには各地の大山講と深い関係にある石の玉垣を巡らした先導師(御師)の旅館と土産店、 茶店等が石段道の両側に昔風の街並を残している。
 (伊勢原ロータリークラブ)
大山こま
大山の恵まれた木材と挽物技術が生んだ郷土玩具で、江戸時代中期に大山の信仰と結びついて発達しました。 昔からの技法が今も守られ、民芸的色彩と線模様が木肌とよく調和しています。
バスを降りて、やって来た方向へ進んでいきます。 鈴川に架かる阿夫利橋を見送って正面に続く坂道を登っていくと、 大きな「大山周辺ハイキングコース図」があります。 下社までは男坂と女坂がありますが、今回はケーブルカーに乗っていきます。 案内図の左手から鈴川沿いに続く坂道の入口には、 左側に「阿夫利神社御神燈」と書かれた大きな燈明が、 右側に「関東三十六不動札所 第一番霊場 雨降山 大山寺 発心の道場」の石碑が立っています。 それらの間を過ぎて坂道を登っていくと、橋の架かる所で道が二手に分かれています。 右側は「コマ参道」と呼ばれる石段ですが何度か歩いているので、 今回は左側の鈴川沿いの坂道を進んでいきました。
香りの街道
歴史と自然に満ちあふれた大山に、また一つ新しい魅力が加わりました。 大山参道の四季折々の香りをお楽しみ下さい。 いつ訪れても、花の香りが皆様をお迎えいたします。 思い出のひとつとしてこの香りをお持ち帰りください。
今まで植えた植物名:じんちょうげ(沈丁花)、やまゆり(山百合)、きんもくせい(金木犀)
 (大山観光青年専業者研究会)
鈴川の砂防事業の概要(流路工について)
川の上流部(山間部)においては、流水により河道(川底や河岸)がけずられ、 河床が低くなり、山腹ののり面が崩れてきます。 そして、その土砂は下流へと運ばれ堆積していきます。 一方、中流部(台地部)・下流部(平野部)においては、 運ばれてきた土砂の為、河床が高くなり、川の流水断面が小さくなるので、 洪水時においては、川は氾濫して水害や土砂災害を引き起こします。 これらを防ぐ為、砂防では流路工(護岸工・床固工)を施工して、 河床勾配を緩やかにし、河道の浸食を防ぎ、流路を安定させ、 水害や土砂災害の危険から、人々の生命、財産を守っております。
 (神奈川県土木部)
先導師旅館のおこり
明治初期、それまでの修験者・僧侶・神職を神仏分離に伴って「大山阿夫利神社」として組織し直したとき、 神職に与えられた名称が「先導師(先導する御師の意味)」。 先導師(御師)に祈祷を頼む者を「檀家」、また、地域的・職業的集団の場合は「講」といい、 師壇の関係になっていた。 参詣のときは、これを迎えて自分の家に宿泊させ、参拝祈祷の便宜を図り、檀家(講)はお礼として初穂を納めた。 この宿坊機能が近代に至って旅館として残り、「先導師旅館」と称している。 江戸時代中期の最盛期には、約160余の先導師(御師)が存在した。 現在は50余と減少したが、いずれも大山阿夫利神社本庁に属する宗教法人として位置づけられている。
コマ参道
大小のコマの絵が踊り場の数を示している。 この参道筋にはコマを挽く「木地師」の店が並んでいる。
 (大山観光青年専業者研究会)
茶湯寺
「この道は通り抜け出来ません」の看板が立つ鈴川沿いの坂道を2分半ほど登っていくと、 左手に鉄パイプ柵の橋が架かっていて、 その入口には「百一日参り 茶湯寺 入口」の立て札がありました。 どんな所なのかと思って立ち寄っていくことにしました。 橋を渡っていくと石段と坂道とに分かれていますが、何れの道も上で合流します。 石段を登っていくと、右側の岩壁に石仏などが沢山並んでいました。 赤い帽子の前掛けをした七地蔵など、色々な石仏がありました。 「木食上人 微笑仏」の額が掲げられた小祠を過ぎていくと、右側に民家風の建物が並んでいました。 入っても大丈夫だろうか思いながら進んでいくと、 家の玄関には「百一日参り 茶湯寺」の看板が出ていて、 中の座敷では茶の湯のような事が行われている様子でした。 その隣りには寺院風の建物が続いていましたが、お寺の謂れなどを記したものは見かけませんでした。 脇には「わらべじぞうさま」という6体の地蔵が並んでいました。 合掌したり手を上げたり首を傾げたりと、色々な姿勢をした可愛らしい像でした。
伊勢原市指定重要文化財 木造 釈迦涅槃像
像長 164.5cm
釈迦が涅槃に入った(亡くなった)時の様子を表し 右手を枕にして横臥する等身大の涅槃釈迦像です。 彫刻としては涅槃像は、日本では少なく、貴重な作といえます。 造像技法は、いくつかの木を合わせた寄木造です。 頭部は前後で矧ぎ、首の部分を体部に差し込んでいます。 体部は前後左右で四材を矧ぎ、右脇の下に右腕となる二材を矧ぎ付けています。 江戸時代の作です。 また、体内に納められていた木札の記録から明治9年(1877)に修理されたことがわかりました。
 (伊勢原市教育委員会)
わらべじぞうさま
この「わらべじぞうさま」は信心する人々だけではなく、 無信心の人でも「おじぞうさま」のお姿を見て微笑み、 頭をなでたりからだにさわりたいと思い、一時的にもいやな事を忘れて無心になることも一つの信心と思い、 今日迄の尊像にとらわれずにこのユーモラスな童の姿「わらべじぞうさま」を製作した。
 (茶湯寺 吉永広旭)
宿坊街
鈴川沿いの道に戻ってそ坂道をの先へ登っていくと、再び橋が架かっていました。 その先には伊勢原市消防団のログハウスや神奈川県企業庁水道局の大山配水池がありました。 その橋を見送っていくと、三つ目の橋を過ぎて四つめの橋が架かる所で道は行き止まりになっていました。 そこから右へ続く道を進んでいくと、先ほど分かれてきた「コマ参道」が通る宿坊街に出ました。 左手へと続く石段混じりの参道を登っていきます。 まだ朝方とあって準備中の店もありましたが、物産店やお食事処などが建ち並んでいました。 アーケードが続く店先には小振りの戸隠大明神もありました。
大山こまを数えながら歩こう
大山の代表的なみやげ物「大山こま」をデザインしたタイルが、ここから大山モータプールまでの 各石段の踊り場27段にあります。
【こまの数え方】
大きい独楽が10の数を表し、以下、小さな独楽一個が1、二個が2、三個が3の数を表しています。 たとえば、「大きい独楽・小さな独楽二個・小さな独楽三個」は、大山モータプールから15段目の踊り場を示しています。 踊り場は、全部で27段ありますので、皆さんもこのタイルの大山こまの数を数えながら歩いてみてください。 どうぞ、お帰りに大山こまをお求めください。
 (伊勢原市)
鈴川に架かる雲井橋を渡っていくと、袂には「大山川」と書かれた標柱が立っていましたが、 この辺りでは大山川とも呼ぶのでしょうか。 橋を渡った先に、大きな「自然との出逢い 国定公園 大山」の看板があります。 先ほどあったハイキングコース図と似た内容ですが、所要時間も載っていました。 それによると、下社までは、男坂は5分+35分、女坂は5分+15分+15分となっていました。 正面の石段の途中から右手へ分かれて道があります。 脇には「大山ケーブル駅」を示す看板が出ていて右手の道を指しています。 正面の石段を更に登っていくと男坂と女坂の分岐がありますが、 今回は下社までケーブルカーに乗っていくべく、右手の道へ入っていきました。
安全な登山(ハイキング)の心得
一、体力に見合った計画を立てましょう。
一、グループで登山する場合はリーダーを決めましょう。
一、リーダーは常にコースの徹底と人員を確認しましょう。
一、ゴミは必ず持ち帰りましょう。
 (伊勢原市、伊勢原警察署、伊勢原市山岳救援隊)
大山ケーブル駅 (標高400m)
突き当たりの左手に続く石段を登っていくと、すぐの所に大山ケーブル駅があります。 ケーブルカーは週末には20分間隔で運行されていて、阿夫利神社駅までは約6分で登れます。 駅舎の中には「大山ハイキングマップ」があって、ルートや所要時間が載っていました。 それによると、ケーブルカーでは阿夫利神社駅まで3分+3分、男坂は30分、女坂は20分+20分となっています。 先ほどあった看板と比べて、女坂の所要時間が長くなっているようでした。 駅舎の前には赤い鳥居の立つ根之元神社がありますが、 由緒書きを読む限りは、ケーブルカーとの関連は分かりませんでした。
根之元神社の由来
御祭神
・磐拆神 イワサクノカミ
・根拆神 ネサクノカミ
・石筒之男神 イワツツノオノカミ
古事記によると、伊邪那美命(イザナミノミコト)が、火迦具土神(ヒノカグツチノカミ)の災難により、 この世を去られた時、その夫、伊邪那岐命(イザナギノミコト)は、火迦具土神をお切りになりました。 その御佩刀(ミハカセ)の先より生まれられたのが、当神社に祭られる三神です。 悪縁・邪念を断ち切る、開運・病魔退散のご神徳あらたかと、広く崇拝されております。
 (坂本町鎮守社世話人)
阿夫利神社駅 (標高678m)
切符を買って並んでいると、しばらくしてケーブルカーが降りてきました。 赤色と緑色の車両があるようですが、私が乗ったのは緑色でした。 100人まで乗れるのだそうですが、この時はほぼ満員状態で発車しました。 降ってくるケーブルカーとは途中の大山寺駅ですれ違うようになっていました。 全長は800mで、標高差は278mあるのだそうです。 横向きの座席に座ったこともあって、前後の景色を愛でる余裕はありませんでした。 定刻通りの6分ほどで阿夫利神社駅に着きました。 改札を出ると、右手に戻るようにして舗装された階段道が続いています。 下には山並などを見渡せる眺めが広がっていました。 方角からすると、今回歩く浅間山から高取山にかけての尾根でしょうか。
石灯篭が並ぶ道を進んでいくと、道端に「大山・日向ハイキングコース案内図」がありました。 それによると、下社から蓑毛分岐までは5分+25分となっていました。 「伊勢原市観光案内図」もありましたが、かなり掠れていて読みにくくなっていました。 そこを過ぎていくと、茶店が並んだ広場に出ました。 右側からは男坂と女坂が合流した石段が登ってきています。 左側には下社へ続く幅の広い石段があります。 山から湧出した御神水を引いてきているという手水舎もあります。
大山について
神奈川県の屋根、丹沢大山国定公園東南端の独立峰で、古くより山嶽神道家たちの入山に依り、 「相模の国御嶽」と言われた。 山頂(1251.7m)には延喜式神名帖登載の古社阿夫利神社本社を祀る。
阿夫利神社 大山祇大神
大山寺 不動明王(国宝)
先導師職54戸、先導師(お師)は、神社奉仕と宿坊参篭所の宿泊施設を備え、 先導師旅館として設備拡充と近代化を計り、講社並に一般登山者達にも宿泊休憩に開放し利用されている。
御神水について
当社の御祭神大山祇大神は開運守護と地水の祭神であり、御霊験はあらたかで、 関八州よりの崇敬を集めております。 山内には大神の御霊徳が秘められている尊い御神水が湧出しておりますので、 御参拝の皆様の御便宜の図り、ひろく御霊験にふれ心身を清め浄化をして頂く事が出来ますように念願を致し、 この御手水舎まで特別施設を以て引水を致しました。 何卒御神水を大切に御使用頂き、身体の安全と開運家門の御繁栄を御祈願下さい。
 (大山阿夫利神社)
ご参拝の皆様へ
神社際牌をされる方は、先ず此の手水舎にて手を洗い口をすすぎ清浄な心身を以てご参拝下さい。
作法
一、先ず右手にて柄杓を持ち左手を洗う。
一、次に左手に持ちかえ右手を洗う。
一、更に左手に水を注ぎ口をすすいで下さい。柄杓には口をつけないで下さい
 (大山阿夫利神社)
大山阿夫利神社下社
両側に玉垣が続く広い石段を登って踊り場に着くと、右手に「参集殿休憩所 洗心閣」がありました。 そこを過ぎて更に石段を登っていくと、大山阿夫利神社下社に着きました。 大山ケーブルバス停から56分ほどで登って来られました。 大鳥居をくぐった正面に社殿があります。 本殿の屋根には10本の鰹木が乗り外削ぎの千木が聳えていました。 拝殿の屋根にも8本の鰹木が乗り外削ぎの千木が聳えていました。 右手には社務所などがあり、そのひとつの屋根にも8本の鰹木が乗り外削ぎの千木が聳えていました。
大山阿夫利神社
御祭神
大山祇神(おおやまずみのかみ)、 高おがみ神(たかおがみのかみ)、 大雷神(おおいかずちのかみ
大山は、またの名を「あふり山」という。 あふりの名は、常に雲や霧を生じ、雨を降らすのでこの名が起こったといわれる。 標高は1251.7mで、関東平野にのぞんで突出している雄大な山容は、丹沢山塊東端の独立峰となっている。 阿夫利神社は、古代からこのあたりに住む人達の心のよりどころとなり、 国御岳(国の護りの山)・神の山としてあがめられてきた。 山野の幸をつかさどる水の神・山の神として、また、海上からは 羅針盤をつとめる海洋の守り神、さらには、大漁の神として 信仰をあつめると共に、庶民信仰の中心として、今日に及んでいる。 山頂からは、祭りに使ったと考えられる縄文時代(紀元前約1,000年頃)の 土器片が多く出土していて、信仰の古さを物語っている。 仏教が伝来すると神仏習合の山となり、阿夫利神社は延喜式内社として、 国幣の社となった。武家が政治をとるようになると、代々の将軍たちは、 開運の神として武運の長久を祈った。 引目祭・筒粥祭・雨乞い・納め太刀・節分祭・山開きなど、 古い信仰と伝統にまもられた神事や、神に捧げられる神楽舞・神事能・狂言などが、 昔のままに伝承されている。 全山が四季おりおり美しい緑や紅葉におおわれ、神の山にふさわしい風情で、 山頂からの眺望もすばらしい。都市に近いため、多くの人達に親しまれ、 常に参詣する人の姿が絶えない。
 (伊勢原ライオンズクラブ)
(高おがみ神の「おがみ」は、「雨」冠の下に「口」を三つ並べ、その下に「龍」と書きます)
下社の境内からは伊勢原の街並みなどを見渡せる眺めが広がっていますが、 遠くは霞んでいてはっきりとは見えませんでした。 以前には上記以外にも神社に関する解説板があったのですが、この時には見かけませんでした。 参考までに、以前に見かけたものを載せておきます。
大山阿夫利神社下社
祭神は、開運の大山祗神・雨を司る雷神・高おかみ(竜神)の三神のほかに、 航海の神、鳥石楠船神も祀られています。 いずれも山そのものを御神体とする古い土着の神々で、その原形は4000年程前の 縄文期にさかのぼるといわれます。 大山山頂に本社、中腹に下社があります。 四季を通じて参詣客が多く、白装束に身を固め、六根清浄の杖をついた人も見られたりします。 山頂からの眺めはすばらしく、相模野を眼下に房総半島、伊豆半島、大島も 見渡せ、「かながわの景勝50選」に選ばれています。
大山阿夫利神社の御祭神
当神社は海抜1,252mの山頂に本社があり、現在地の下社御拝殿は700mに 位置し、古くより信仰活動の中心霊場であります。 神仏習合時代には石尊大権現とも称せられ、堂塔は善美を尽くし、 その威容と盛観を誇った社殿でありましたが、安政元年12月晦日と明くる正月2日 再度にわたる山火事により一切を烏有に帰し取敢えず仮殿が再建されました。 昭和33年に至り、時の内務大臣男爵末松謙澄の認可を得て下社御造営事業が 着手されましたが、諸般の事情から本殿のみが装いを新たにいたし、 遂に御拝殿は手がつかぬまま大正12年の関東大震災の厄に遭遇、 幸いにして倒壊は免れましたのでその災害の応急的修復をして今日に至りました。 昭和48年講社崇敬者の熱誠により御造営奉賛会が設立され、五ヵ年の継続事業として 御拝殿の建設が着手されました。昭和52年10月オイルショックと呼ばれる経済界の 一大難局をのりこえ、崇敬者の浄財が結集され、明治以来の悲願は見事に達成、 荘重優雅な流れ造り形式の社殿として清楚端麗、昔日の面影をしのぶ近代建築を 以て竣工を見たものであります。 山嶽幽遂の中、新拝殿は神気が満ち自ら身のひきしまるを覚えます。 皆様本日は遥々とよくご参拝下さいました。どうぞ俗界をはなれた当社の 境域より霊気と共に相模平野を一望し、遠く房総、伊豆七島の雄大な展望を十二分に後満喫下さい。 ご一家の無事息災、ご家内の安全繁栄をお祈りいたします。
社殿の右手にある御祈祷受付所の左下に「大山名水入口」の看板が架かっています。 「御本殿巡拝道」とのことで、神泉・お燈明奉献殿・願かけ絵馬殿・おみくじ殿などがあります。 「ご自由にお入り下さい」と書かれているので、今回も入ってみました。 社殿の下を半周するようにして通路が続いていて、その一角に大山名水があります。 柄杓も置いてあって「飲用出来ます」となっています。 この時も龍の口から流れ出ている水を飲もうと行列が出来ていたので、飲むのは止めておきました。 さざれ石の隣りには「一礼来福」の像や双体道祖神・和合神像もありました。
大山名水 神泉
清き明き直さを象徴する神の恵の泉で、湧き出るお水は山内只一ヶ所の貴重な水源より引水いたしました。 最も清らかな尊いお水です。 水は萬物の生々発展の原動力であります。 殖産の泉、長命延寿の泉として御愛用下さい。
神泉について
飲用又はお持帰りは龍の口からの「神水」をご利用下さい。
さざれ石について
さざれ石は国歌に「君が代は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで」と歌われているように、 小さな石ころが長い年月の間に大きく集結しつつ成長して立派な一個の巌となる貴重な霊石であり、 岐阜県春日村の特産で天然杵物に指定されています。 このたび奥井石材店の奉献により、当巡礼拝道に特別奉安いたすことが出来ました。 本日は皆様方には折角お心にかけてのご参拝でございますので、 このさざれ石の霊験を頂かれて一致団結し御一家がますます強固に無事長久に繁栄されますようお祈り下さい。
当所にお祀りいたしました双体道祖神・和合神像は人間生活に最も身近な守り神で、 常に相擁し手を握りあいつつ里々の境界や道の辻で悪しき神の侵入を防ぐ守り神です。 ご霊験にあやかりて高齢社会にむけて「ぼけ封じ」をご祈念の上、 相和して健康への道にご精進下さい。
御本殿巡拝道を出た右手の一段高い所には浅間社があり、 その左手の方には大天狗の碑菅原社などがあります。
摂社 浅間社の由緒
当摂社は御祭神木花咲耶姫神をお祀りいたしております。 木花咲耶姫神は阿夫利神社の主祭神大山祇神の娘神で皇孫瓊々杵の命のお妃になられた神様で、 富士山浅間神社の主祭神としてお祀りをされております。 即ち大山と富士山は父系親子の関係の神縁で深く固く結ばれて、 御神威が宏大無辺にあまねく光被いたしております。 御神徳は美人の神であり、運を開き人の道の世に秀ずることを守護されると共に、 酒解くの子の神とも称えられ、地水を生み育み酒造りの祖神としても霊験あらたかに崇敬されております。
 (大山阿夫利神社)
大天狗の碑由来
碑は高さ三米巾一米の小松石を使用、台石は田中佐一郎、神保朋世の造型、石工は露木久吉、 表面は民族融合の文字と正宗得三郎画伯の大天狗の姿、 裏面には女流歌人田中御幸の歌一首と永遠に戦争の悲惨さを封じ込め、乾燥しきった都会悪を洗う、 原爆十二年の日にと刻まれてあります。 天狗講初代総講元小生夢坊は敗戦後、便群占領下で軽薄な世相が氾濫するのを憂えて、 大山の中腹に大天狗の碑建立を発願しました。 大山は関東総鎮護の地、大天狗の邪悪を砕く不動の妙力で戦争反対、民族融合、平和を祈願、 日本民族の心と未来を守ることを大山阿夫理神社目黒潔宮司、平塚市長戸川貞雄、 東京作家クラブ、浅草の会等の有志と共に呼びかけました。 賛成した政・官・財・文化人・芸能人は七百人を超え、1957(昭和32)年5月27日、 盛大に建立式典が行われました。 これを記念して毎年五月、社務局祈祷殿で前夜祭、碑前で平和祈願祭が催されます。
 (文化集団天狗講)
学問の神 菅原社
菅原社は俗に天神様とも言われ、学問の神としてひろく崇敬されております菅原道真公、 天菩日命を御祭神としてお祀りされております。 当社の菅原社は亀戸天満宮の氏子であり、阿夫利神社崇敬講社である堅川睦太刀講の手により、 宗社氏神様の御分霊を奉戴して建立されたお社で、誠に神縁浅からぬ所であり、神徳愈々光被いたしております。 学業成就、受験合格の御霊験にあやかりてご参拝ください。
 (大山阿夫利神社)
菅原社の先の門をくぐった所の右手に「片開きの登拝門」があって、 その先には「阿夫利神社」の扁額が掛る鳥居が立っています。 この石段が山頂にある大山阿夫利神社の本社へ通じる本坂になりますが、 今回は山頂には登らずに、蓑毛越から浅間山へと向かっていきます。 登拝門の左手に立つ道標「高取山2時間」や「大山山頂(カゴヤ道経由)1時間30分」に従って、 植林帯の中へ続く山道を進んでいきます。
片開きの「登拝門」
大山は古くより霊験あらたかな神体山として崇敬を集めている お山でありましたため、明治初年の神仏分離までは、 この登拝門は夏の山開き大祭(7月27〜8月17日)期間以外は固く閉ざされ、 山頂への登拝は禁止されていました。 登拝門の鍵は遠く元禄時代より、280年に及ぶ長い間、 大山三大講社の一つである東京日本橋のお花講が保管し、 毎年7月27日の夏山開きには、お花講の手により扉は開かれる慣例となっており、 現在もその精神は連綿として継承されています。 その後、明治20年には登拝者の増加に伴い、春山開き大祭 (当時は4月5日〜15日)が新たに設けられ、この期間も 山頂登拝が出来得ることとなり、山頂登拝の規制は徐々にゆるめられました。 更に、みのげ、日向、ヤビツ峠方面等の表参道以外よりの 登山道が開かれると共に、昭和40年には国定公園に指定され、 登山者は急激に増加いたしましたので要望にこたえて、 現在では年間を通して常時庶民の山として登拝門は開かれるようになりました。 然し、その結果は、必然的に登拝門の伝統的意義と性格が失われてまいりましたので、 ここに往時をしのびつつ登拝門のもつ史跡としての重要性を考え合わせて、 一枚の扉のみを閉じて片開きといたし、その名残をとどめることといたしました。 よろしくご理解の上、ご登拝下さるようお願いいたします。 頂上参拝をされない方は、当所より遥拝して下さい。
登山者の皆様へ!!
最近、登山者の事故が多発しております。 左記事項を守り、安全登山にご協力ください。
・体調,装備等、登山計画を万全にする。
・時間に余裕を持って登山する。(午後三時以降は中止する)
・単独登山はしない。
・登山道以外、通行しない。
・落石,崩落等に充分注意してください。
※万一の場合、山中はケイタイ電話も送受信できない場所が多いので、 連絡・救援にも相当な時間を要します。 安全確保には各自の責任において対処願います。
 (伊勢原警察署、伊勢原市消防署、大山阿夫利神社)
かごや道分岐
植林帯の斜面に続く緩やかな山道を2分ほど進んでいくと分岐があります。 角には道標が立っていて、正面に続く緩やかな道は「蓑毛越え1.4km・蓑毛3.0km」、 右手に登っていく道は「大山山頂」、今来た道は「日向薬師4.7km・見晴台1.5km」「下社ケーブル駅」となっています。 真新しい「かごや道」の板もあって右手の道を指していました。 右手の道は大山山頂へ続いていますが、今回は正面に続く蓑毛越への道を進んでいきます。
(右手の道は「丹沢大山」を参照)
山火事防止
山の火事 きょうも出さずに 育つ森
 (林野庁、神奈川県)
等高線に沿うようにして斜面に続く山道を進んでいきます。 先ほどの案内図によるとみのげ道というようで、 よく踏まれてしっかりとした緩やかな道になっています。 かごや道分岐から3分ほど進んでいくと、少し降って涸れ沢を横切っていきます。 沢を過ぎて1分ほど進んでいくと、道の崩落地に丸太を束ねた梯子橋が架かっていました。 そこを過ぎて1分ほど進んでいくと降り坂になってきます。 山側に鎖が張られた岩の露出する坂道を降っていくと涸れ沢に降り立ちました。 下社から11分ほどの所になります。 先ほどよりも大きそうな沢でしたが、ここでも水は流れていませんでした。
沢を過ぎていくと、山側に土留め柵が設置されている所がありました。 そこを過ぎていくと、山側に石垣が続くようになります。 谷側が崩落気味になっている所を慎重に通過していきます。 石垣沿いに更に進んでいくと植林帯になってきます。 振り返ると、下社の社殿が見えていました。 僅かな横木の階段を降ってその先へ進んで、道に岩が露出した所まで来ると、 左手の樹木の間からは伊勢原方面を見渡せる眺めが広がっていました。 下社から17分ほどの所になります。
眺めを確認してからその先へと進んでいきます。 引続き、等高線に沿うようにして緩やかな道が続いています。 30秒ほど進んだ所に5段の木梯子がありました。 梯子を降って少し行くと、3段の横木の階段の先に再び5段の木梯子がありました。 梯子を登って再び山側に石垣が続くようになった道を進んでいきます。 僅かな高みを過ぎて降り始めると、谷側には金網柵が続くようになります。 その外側には桧林が続いていますが、かなり育っていました。 梢越しに街並みなどを眺めながら少し広くなった道を進んでいくと、 道端に関東ふれあいの道の里程標があって、 この先の道は「蓑毛2.2km」、今来た道は「日向6.5km」となっていました。 下社から20分ほどの所になります。 里程標を過ぎていくと降り坂になってきます。
神奈川県森林公社分収造林地
年度平成3年度
所在地伊勢原市大山大岩750-3外2筆
樹種ヒノキ
面積2.14ha
火の用心
蓑毛越
坂を降って緩やかになってきた道を進んでいくと、僅かな涸れ沢を横切っていきます。 山側に続いていた石垣が途切れる辺りまでくると、また僅かな涸れ沢を横切っていきます。 引続き桧林が続く道を進んでいくと、また山側に石垣が続くようになります。 やがて右側の尾根が低くなってきて、樹間から青空が覗くようになります。 峠が近づいてきたことを感じながら、少し登り坂になってきた道を進んでいくと、 左右に通る尾根道と、尾根を越えていく道が十字に交わるに着きました。 下社から30分ほどで到着しました。 脇には伊勢原市消防本部の設置する通報番号を記した「山火事注意」の標識が立っていて、 支柱に「蓑毛越」の板が取付けられています。 脇には関東ふれあいの道の道標が立っていて、右手の道は「大山山頂」、左手の道は「浅間山」、 正面の道は「蓑毛バス停1.7km」、今来た道は「下社1.4km・日向薬師7.0km」となっています。 テーブル・ベンチも幾つか設置されているのでひと休みするのに良い所ですが、 緩やか道が続いていてそれほど疲れてもいなかったので、 写真などを撮りながらひと息入れただけで、左手に続く広い尾根道を浅間山へと向かっていきました。
保安林区域図
この区域は森林がもっているいろいろな働らきを守るため、保安林に指定されています。 保安林内で木を伐採したり、植物や土石を採取するときは許可が必要です。 くわしい事は右記へお問い合せ下さい。
 (神奈川県湘南地区行政センター農林部林務課)
ヤマビルにご注意ください!
活動時期 : 5月〜11月、雨中雨後の蒸暑い日は特に活動が活発です。
人や動物の体温や吐く息に反応し、尺取虫のように接近、吸着、吸血します。 登山道や獣道の落ち葉の下など、湿った環境に生息します。 ヤマビルの移動速度はけっこう速いよ。
(1) 吸血されないために …  まず、サンダルや素足では歩かないようにしましょう。 足下を中心に、靴や衣類に虫除けスプレーを塗布します。 靴・靴下に直接、塩や飽和食塩水をすり込むことも効果があります。
(2) 付着・吸血されたら …  無理に除去すると、皮膚を損傷する場合があります。 落ち着いて、塩や食塩水を直接ヤマビルにふりかけます。 虫除けスプレー、タバコの火や煙、木酢液、アルコール、ハッカ油も効果があります。
(3) その後必ず退治! …  ヤマビルは吸血後1ヶ月程度で1〜9個の卵のうを産みます。 さらに1ヶ月後ひとつの卵のうから1〜8個体の子ビルが誕生します。 ヤマビルをこれ以上増やさないために、吸血されたら必ず退治してください。 踏みつけてもまったく効き目がありません。 塩を使ったり、焼いたりして、必ず駆除してください!
(4) 傷あとはどうするの? …  吸血時に「ヒルジン」という物質をだすため、痛みを感じず、傷口から出血が続きます。 血と一緒にヒルジンを押し出すようにすると治癒が早いようです。 そのあと虫さされ軟膏を塗布し、絆創膏で保護してください。 傷口からタラタラと出血が続きますが、やがて止まります。 感染症を防ぐ為、傷口は消毒し、絆創膏などで保護してください。
 (神奈川県自然環境保全センター、伊勢原市)
広い尾根道を緩やかに1分ほど降っていくと、左前方にこんもりとした高みが現れます。 その手前で道は高みを巻くようにして植林帯へ入っていきますが、 そこから左手の高みへと踏み跡が続いています。 角には道標が立っていて、正面の道は「弘法山」、今来た道は「大山」となっています。 左手の踏み跡には何も示されてはいませんが、ここが浅間山への登り口になります。
浅間山 (標高679.6m)
植林地に続く踏み跡を真っ直ぐ登っていくと、1分もせずに金網柵の脇に出ます。 柵沿いに進んでいくと、柵の中に大きな電波塔が立っています。 左側の「山火事注意」の看板が取り付けられた樹木の袂に三等三角点がありました。 ここが地形図に載っている679.6m峰浅間山になります。 周囲は樹木に囲まれていて展望は良くありませんが、振り返ると大山方面の山が少し見えていました。
豊かな緑 山火事注意
たばこ・たき火は完全に消そう!
 (森林国営保険、神奈川県)
浅間宮
電波塔を過ぎて、その先に続く広くて緩やかな尾根道を進んでいくと、 降り傾斜が増してくる手前に石祠があります。 正面には「浅間宮」の浮き彫りがありました。 側面にも文字が刻まれていて年号のように見えましたが、よくは判読出来ませんでした。 祠の中には「奉修行相模国浅間山入峯天下秦平如…」と刻まれた木簡が納められていて、 小銭も供えられていました。 名前からすると、その昔には富士山を遙拝した場所だったのでしょうか。 脇には同じほどの大きさの台座と石碑があったので、以前には二つの祠が並んでいたように思えました。
左側に金網柵が続くようになった道を進んでいくと、程なくして急坂を降るようになります。 坂の中央はコンクリート舗装されていますが、その上を歩くと滑り落ちてしまいそうな様子なので、 脇の土の部分を降っていきました。 そんな急坂を2分ほど降って緩やかになってくると、先ほど分かれてきた巻き道が右手から合流してきます。 角には道標が立っていて、正面の道は「弘法山」、右手の道は「大山」となっています。 先ほどと同様に、今降って来た道には何も示されていません。 ここは正面に続く緩やかになった広い尾根道を降っていきます。
広くて快適な道を1分半ほど進んでいくと、左手の僅かな高みへと踏み跡が分かれていきます。 手元の地形図によると、左手の高みは636m峰になるようです。 試しに左手の道を登ってみましたが、高みを過ぎて降り坂になってきた辺りで、道は不明瞭になっていました。 636m峰から東方向へ伸びている尾根のようでした。 往復3分ほどで引き返してきて、右手の広い道を進んでいきました。
電波塔
636m峰の右斜面に続く広い道を緩やかに降っていくと電波塔が二つ並んでいる所に出ます。 浅間山から13分ほどの所になります。 左奥にあるのは携帯電話会社の秦野無線中継所ですが、手前にあるのは何処の電波塔なのか分かりませんでした。 手前の電波塔を取り巻く金網柵に沿って、右手に分かれていく広い横木の階段を降っていきます。
ここから奥は鳥やシカなどの動物たちを保ごしている場所ですから狩猟はできません。 皆さんもかわいがってください。
 (神奈川県)
20数段の階段を降って、電波塔を右手から巻くようにして続く緩やかな道を進んでいきます。 1分半ほど進んでいくと、横木の階段を降った所で広い舗装路に降り立ちます。 この舗装路は、電波塔の間を通ってきた道になります。 脇には道標が立っていて、今来た道は「大山」となっていました。 傍には「山火事注意 通報番号28」の標識も立っていました。 右手には樹木越しに丹沢の山並が見えていました。 空を見上げると、ハングライダーが優雅に舞っていました。 舗装路を横切った左正面に道が続いていて、その入口に「弘法山」の道標が立っています。
電波塔
舗装路を横切った先に続く道を進んでいくと、程なくして石垣沿いを進むようになります。 石垣が終ると、広い尾根を緩やかに降るようになります。 舗装路から4分半ほど進んでいくと、電波塔が二つ並んでいましたが、 何処の電波塔なのかは分かりませんでした。 電波塔を取り囲む金網柵に沿って進んでいきます。
たき火・たばこに注意
 (秦野市東財産区)
電波塔を過ぎて1分ほど降っていくと、左側の樹間から山並が見えてきました。 方角からすると、丹沢大山の南東に続く尾根のようでした。 左手の奥の方には大山と思われる山もかろうじて見えました。 広い尾根道を緩やかに降っていきます。 時折傾斜が増す所もありますが、20mもせずに緩やかになるので、苦労することもなく降っていけます。
時折梢から見える山並などを愛でながら、広くて快適な道を降っていきます。 僅かな坂が何箇所かありますが、いずれも短いので苦にはなりません。 電波塔から11分ほど進んでいくと浅い鞍部に着きます。 鞍部を過ぎて登り返していきますが、これまでの坂の2倍ほどの長さがあって傾斜も急なので、 脹脛を痛くしながら登っていきました。 手元の地形図によると、標高520mの等高線で囲まれた高みになるようです。 坂道を登り切ると、緩やかになった広い尾根道になります。
9番鉄塔
高みに続く緩やかな道を進んでいくと少し降るようになります。 やがて降り傾斜が増してくると、正面に送電線の鉄塔が見えてきます。 坂道を降り切って緩やかになった広い尾根道を進んでいくと、 送電線の鉄塔「秦浜線No.9」の脇に出ました。 先ほどの電波塔から18分ほど、浅間山から37分ほどの所になります。 送電線が気になるものの、右手が開けていて展望が得られます。 方角からすると、街並みの奥に見えているのは、曽我丘陵や箱根の山々のようでした。 左手は手前に樹木があって、あまり展望は得られません。 写真を撮ったりしながら、しばらく時を過ごしていきました。
神奈川県「水源の森林づくり」契約地(水源協定林)
水資源を大切にしましょう。
 (神奈川県環境農政部森林課、神奈川県湘南地域県政総合センター森林課)
年度平成20年度
所在地秦野市蓑毛字芳原1112-1外3筆
森林整備者神奈川県
契約期間平成20年12月24日から平成40年3月31日まで
契約面積9.74ヘクタール
浅間山林道
眺めを楽しんで、その先へ続く広い尾根道を進んでいきます。 緩やかな道を快適に進んでいくと、正面の樹間から山が見えるようになります。 目指す高取山かとも思いましたが、山頂にあるはずの電波塔が見えないので、 その手前にある標高530mほどの高みになるようです。 「ようすいくん」を過ぎて急坂を降っていくと、左右に通る舗装路に降り立ちました。 9番鉄塔から3分ほど、浅間山から43分ほどで降りて来られました。 左右に通る道は浅間山林道になります。 ここは秦野市と伊勢原市の市境にもなっていて、その旨の標識も立っています。 降り立った所には道標が立っていて、正面の道は「高取山30分・聖峰1時間」、 今来た道は「下社1時間・大山山頂2時間」となっていますが、今回は下社からここまで1時間20分ほどかかりました。
注意
ハンターの皆さん!!
この付近は、鳥獣保護区になっています。 猟犬の訓練はしないでください。
 (神奈川県)
不動越
林道を横切ってその先に続く尾根道を進んでいきます。 植林地を軽く降り気味に進んでいくと、1分もしない所に「不動明王」と刻まれた石碑がありますが、 半分に割れています。 あまり明瞭ではありませんでしたが、側面には、「北方 …」「西方 …山 小田原道」 「…子安村二ッ橋 領主 木村由松 助志 何某」「改五壬午年十一月良日」などと刻まれていたので、 道標の役目もしていたようです。 石碑を過ぎていくと、すぐに浅い鞍部があります。 右手と左手にも道が降っていて、十字路のになっています。 脇には道標が立っていて、正面の道は「高取山0.95km・善波峠3.65km」、 右手の道は「バス停 才戸入口2.0km」、今来た道は「大山5.5km」となっています。 道標の真ん中には「不動越」と記されていて、 正面に生える樹木にも「不動越」と書かれた板が取り付けられていました。 ここは正面に続く尾根道を進んでいきます。
道標には左手の道を指す板はありませんが、鳥居前バス停の傍へ降りていけます。
(右手の道は「高取山」、 左手の道は「高取山」を参照)
植林帯の尾根を1分ほど進んでいくと道標が立っていて、この先の道は「高取山0.9km・聖峰2.0km・弘法山4.8km」、 今来た道は「蓑毛分岐2.7km・大山山頂5.7km」となっています。 道標を過ぎて僅かに登り坂になってきた尾根道を進んでいきます。 少し右へ曲がっていくと横木の階段が現れます。 階段を1分ほどで登り切って、その先の緩やかになった道を進んでいくと、再び登り坂になってきます。 木の根が張り出していたりもする横木の階段混じりの坂を登っていきます。 結構傾斜があって、息が切れてきます。 額に汗も滲んでくるので、袖で何度も拭いながら3分半ほど登っていくと、緩やかな道になってきます。 林床にはアオキなどが茂っていますが、道は広くて良く踏まれています。
銃猟禁止区域
 (神奈川県)
栗原分岐
広くて緩やかな尾根道を1分ほど進んでいくと、林床の雑木などが伐採されて見通しが良くなってきました。 程なくすると軽く降るようになります。 坂を降り切って緩やかになった道を進んでいくと、左手へ道が分かれていきます。 不動越から14分ほどの所になります。 右手に立つ道標によると、正面の道は「鶴巻・弘法山」、今来た道は「大山・蓑毛」となっています。 左手の道には何も示されてはいませんが、栗原地区へ降っていく道になります。 左手には伊勢原市消防署・団の「山火事注意 通報番号39」が立っています。 その裏面にマジックで「「←三の宮へ」と書き込まれていて左手の道を指しています。 以前には表面に「栗原→」と引っかくようにして書かれていて左手の道を指していましたが、 この時には見えなくなっていました。 今回はここから栗原地区へ降っていくのですが、その前にこの先にある高取山まで往復することにします。
注意
ハンターの皆さん!!
この附近に銃猟禁止区域があります。 狩猟に注意しましょう。
 (神奈川県)
高取山 (標高556.3m)
以前にはこの辺りは雑木などが生い茂る尾根でしたが、この時には道の左右が伐採されていて、 明るくて快適な尾根道になっていました。 1分ほど進んでいくと登り坂になってきます。 1分もせずに坂道を登ってその先の緩やかな尾根道を進んでいくと、程なくして横木の階段が現れます。 その階段を1分半ほどで登り切ると、小広くなった高取山の山頂に着きます。 栗原分岐から6分ほど、不動越から20分ほどで登って来られました。 山頂には「高取山 標高556米」の標柱が立っていて、 その前には二等三角点もあります。 右手すぐの所にはNHKの大山無線中継所の電波塔があります。
自然と見晴
ようこそ高取山へ
 (栗原ふれあいの里づくり研究会)
高取山の山頂は南東や南西方向が少し開けていますが、手前の樹木が邪魔をしていて、 あまり良い眺めではありません。 すでに数組のハイカーが登ってきていて、食事などをしながら休憩していました。 丁度昼時になったので、私も空いているベンチに腰掛けて昼食タイムにしました。
お腹も満ちたところで、高取山から下山していきます。 正面の道と右手の電波塔の先へ続く道に分かれています。 山頂には道標が立っていて、正面の道は「聖峰」「鶴巻6km・弘法山4km」、右手の道は「寺山」、 今来た道は「大山・蓑毛」となっていますが、 今回はここから先ほどの栗原分岐まで引き返していきます。
(寺山への道は「高取山」, 「浅間山林道」を参照)
栗原分岐
来た道を引き返していきます。 登って来た時には振り返る余裕もなくて分かりませんでしたが、 樹間からは僅かながら丹沢大山を垣間見ることも出来ました。 良く見えそうな所を探して写真を撮ったりしながらゆっくり降っていくと、 高取山から7分ほどで栗原分岐に戻ってきました。 ここから右手へ分かれていく坂道を降っていきます。
鞍部
植林帯と雑木林を分ける坂道を降っていきます。 右手に続く植林地は下刈りされていて、尾根道と同様に見通しが良くなっていました。 そんな道も3分ほど降っていくと、周囲に雑木が生い茂るようになってきますが、 明瞭でしっかりとした道が続いていました。 栗原分岐から6分ほど降って馬の背のような僅かな鞍部に着くと、 左手の樹間から丹沢大山を望むことが出来ました。 右手からも伊勢原方面の街並みを見渡すことが出来ました。 道は正面の僅かな高みを左手に避けるようにして続いています。 この鞍部は高取山の北東500m辺りにある標高460mほどの高みのすぐ西側になるようです。
1分半ほどで高みを巻き終えると、再び尾根の背を進むようになります。 道は広めでしっかりと続いています。 やがて植林帯から雑木林に変ってくると、尾根の右側を進むようになります。 左側に再び植林地が続くようになると、道端に白塗りの道標が立っていました。 栗原分岐から14分ほど降った所になります。 正面の道は「神戸バス停1時間」、今来た道は「高取山40分」となっています。
火気に注意
 (神奈川県)
引続き尾根の右側に続くしっかりとした道を進んでいきます。 地形図では破線の道が尾根の背を通るようなルートに描かれていますが、 実際には南側の斜面に道が付けられているようです。 芽吹いた若葉が綺麗な雑木林を愛でながら、緩やかで歩きやすい道を進んでいきます。 特に分岐などはない明瞭な道なので、迷うことはありません。
林道
右手の樹間から時折見える伊勢原方面の街並みが低くなってくると、広い道に出ました。 栗原分岐から26分ほどの所になります。 脇には小型車が止まっていたので林道でしょうか。 ここからは今まで以上に快適な道になってきます。
金網柵
道の上に樹木が枝を伸ばしていて緑のトンネルになった所もありました。 幅の広い道を緩やかに降っていくと、林道に出た所から2分ほどで、道は引き返すようにして右へ曲がっていきます。 1分ほど降って左手へヘアピン状に曲がる所までくると、金網柵が設置されていて道が閉ざされていました。 車止めゲートということなのでしょう。 右側に扉があったので、開けてその先へ進んでいきました。
伊勢原カントリークラブ
金網柵を過ぎて1分ほど進んでいくと、右側が次第に開けてきます。 緩やかで広い道を更に1分ほど降っていくと、広場のような所がありました。 その端の辺りに出てみると、眼下にはゴルフコースがあり、その先には伊勢原方面の街並みが広がっていました。 眺めを確認してから元の道に戻ってその先へ降っていきます。 次第に右へ曲がるようになると、ゴルフコースのグリーンの脇に出ました。 この先で見かけた看板などによると、伊勢原カントリークラブというようです。
ゴルフコース沿いに進んでいくと左右に通る舗装路に出ました。 林道に出た所から10分ほど、栗原分岐から36分ほどで降りて来られました。 角には道標が立っていて、左手の道は「神戸バス停」、今来た道は「高取山」となっています。 「ゴルフ場につきボールに注意」の注意書きも添えられていました。 「車両通行禁止」の看板もあったので、今降って来た広い道はやはり林道のようでした。 ここは道標に従って左折していきます。
車両通行禁止
但し次の車両を除く。
1 林道関係者
2 地元関係者
3 林道沿線施設利用者
 (伊勢原市)
左右のグリーンなどを眺めながら舗装路を緩やかに降っていくと、 上面に金網が張られてトンネルのようになった所を通っていきます。 今降って来た道を指す「高取山」の標識を過ぎていくと、高い崖や切通を過ぎていきます。 再び左手にゴルフコースが見えるようになった所を過ぎて、更に坂道を降っていきます。 左手に背の高い網が続くようになった道を進んでいくと、左手へ曲がっていく角に分岐があります。 右手には相模湾方面を見渡せる眺めが広がっていました。 脇には道標が立っていて、正面へ降っていく道は「神戸バス停40分」、 今来た道は「高取山1時間10分」となっています。 左へ曲がっていく道には網が掛けられていて、ゴルフコースへ入っていくようでした。 ここでゴルフ場から離れて、正面の道を降っていきます。
立入禁止
コースないは大変危険です。 プレーヤー以外の立入りは絶対に禁止いたします。
 (支配人)
立入禁止
自然環境保全造林花木の保護育成と植樹果実の東南盗伐防止、 並に来場者の打球に依る危険防止のため、関係者以外の場内及び隣接地区への立入りを禁じます。
 (伊勢原カントリークラブ、伊勢原警察署)
四叉路
すぐに右手から道が合流してきます。 その道を併せて、左側にブロック打ちの崖が続く道を緩やかに降っていきます。 ブロック打ちの崖が終って森のようになってきた道を進んでいくと、道に沿って畑が続くようになります。 右手へ降っていく道を分けて緩やかに降っていくと、 コンクリート製の水溜めのような四角い設備の先に分岐があります。 脇には半分に割れた道標があって、右手へ降っていく道は「神戸バス停30分」、 今来た道は「高取山1時間15分」となっています。 左手にも広めの未舗装路が分かれていて四叉路のようになっていますが、 左手の道はあまり歩かれていない様子でした。 ここは道標に従って、右手へと降っていきます。
右手の浅い谷筋に続く畑などを眺めながら坂道を降っていきます。 畑の向こうには、高取山が聳えていて、山頂にある電波塔も見えていました。 そこから右手へ続く尾根が今降って来た尾根だろうと思いながら、しばらく眺めていきました。
聖峰分岐
右手から登ってくる道を併せて、その先へ降っていくと、道端に石仏が並んでいました。 その脇には石祠もありました。 様子からすると、この地区に昔からあるもののようで、セメントなどで補修された跡がありました。 民家が見られるようになった道を降っていきます。 坂を降り切ると左手に道が分かれていますが見送っていきます。 道なりに少し右へ曲がっていくと、左へ曲がる所で右手から道が合流してきます。 その道を併せて左へ曲がっていくと、左右に通る道路に出ました。 角には道標が立っていて、右手の道は「聖峰41分・高取山1時間22分」となっています。 「コスモス園」や「聖峰不動尊・三段の滝」の看板も立っていて右手の道を指しています。 右手の道は聖峰を経て高取山へ登っていく道になりますが、ここは左手へと進んでいきます。
栗原(くりはら)バス停
1分半ほど進んでいくと、右手へ道が分かれていきますが、そのまま正面へと進んでいきます。 点在する民家を過ぎて正面に大きな木が見えてくると、左手の斜面の脇に栗原バス停があります。 林道から伊勢原カントリークラブの舗装路に出た所から30分ほどで到着しました。
伊勢原駅(小田急小田原線)まで、伊勢原駅北口行きバスにて14分、便は僅かしかありません。
 土日曜 7:00 8:00 9:00 10:00 13:00 14:00 17:00 18:00
これまでの道標にあった神戸バス停は、この先へ1kmほど進んで国道246号に出た所にあります。 伊勢原駅までの便が、朝夕には1時間に2本程度、日中には1時間に1本程度あります。 この時には数分待つだけでバスがやってきたので、ここから乗っていきました。