仏果山
散策:2011年05月上旬
【低山ハイク】 仏果山
概 要 仏果山は丹沢山系に佇む宮ヶ瀬湖の東側にある低い山です。 山頂にある展望台からは、眼下には宮ヶ瀬湖が、 その向こうには幾重にも折り重なるようにして続く丹沢などの山々を見渡すことができます。 今回は仏果山登山口から宮ヶ瀬越を経て仏果山へ登り、 半原越への尾根道の途中から分かれて土山峠へ降るルートを歩きます。
起 点 清川村 仏果山登山口バス停
終 点 清川村 土山峠バス停
ルート 仏果山登山口バス停…登り口…石祠…清川村電波中継基地…宮ヶ瀬越…仏果山…馬渡分岐…革籠石山…半原越分岐…524m峰…坂尻分岐…8番基準点…土山峠バス停
所要時間 3時間30分
歩いて... 登山口から宮ヶ瀬越への登り道は結構傾斜があって、 気温はそれほど高くない日でしたが、息が切れて汗も滲んできました。 仏果山から半原越へ降る尾根には、眺めが広がるものの幅が狭く傾斜の急な所があって、 風が強く吹くと谷へ転落しそうな気持ちになったりしますが、今回は風が無くて助かりました。
関連メモ 丹沢山塊東辺のみち, 仏果山, 仏果山
コース紹介
仏果山登山口(ぶっかさんとざんぐち)バス停
本厚木駅(小田急小田原線)の北口から、[厚20][厚21]宮ヶ瀬行きバスにて41分、1時間に1本程度の便があります。
 土日曜 6:55 7:50 8:40 9:40 10:40 11:40 12:40...
バスを降りると、左手には宮ヶ瀬湖が広がっています。
登り口
宮ヶ瀬湖の眺めを楽しんでから30mほど引き返してくると、上村橋の手前に逆方向のバス停があります。 ここが宮ヶ瀬越への登り口になります。 入口には「この附近の登山コース案内」と題した看板があります。 剥がれた所も一部ありますが、今回歩くコースが載っているので参考にしましょう。 白い手摺が設置された石段を登っていくと、道標「宮ヶ瀬越を経て仏果山へ2.7km」の道標が立っています。 石段はすぐに終って、右手へ続く緩やかな山道になります。
この付近で凶暴なサルが目撃されました。 出会った場合は危険なので、からかったり、えさをあげないでください。
 (清川村産業観光課)
登山者の皆様へ
愛川町消防署では、登山道上に下記のような山火事防止用の標識を木に設置しております。 この標識には番号が記入してあり、登山者が病気や怪我などで助けを呼ぶ際に目標となります。 通報されるときには、発生場所近くの番号を申し添えくださるようお願いします。 なお、携帯電話で通話出来ない場所がありますので、電波状態の良好な場所まで移動してから通話して下さい。
 (愛川町消防署)
仏果山のある尾根のこちら側は清川村で、愛川町は向こう側になりますが、 何故だかここに愛川町の看板が立っていました。
振り返って宮ヶ瀬湖の眺めを確認してから山道を進んでいくと、白い手摺が終って森の中へ入っていきます。 入口には「仏果山・宮ヶ瀬越」の道標が立っていました。 斜面を横切るようにして続く緩やかな道を1分ほど進んでいくと、道端に「登山者カード」の記入場所がありました。 そこにヤマビルに関する注意書きがありました。 もう5月だし、前夜に少し雨も降ったので心配になって、備え付けられている忌避剤を靴に吹きかけていきました。
注意
ハンターの皆さん!この付近は鳥獣保護区になっています。 猟犬の訓練はしないでください。
 (神奈川県)
登山者の方へ
◎登山をされる方へ ヤマビルによる吸血被害を防ぐため、ズボンの裾を靴下の中に入れ、靴や靴下に忌避剤をスプレーしてください。
◎登山をされた方へ ヤマビルが身体等に付いていなか、よく確認してください。 ヤマビルが居た場合には、辺りに放置せず、必ず駆除してください。
※ヤマビルの駆除には、備え置きの駆除剤をご利用ください。 皆様のご協力をお願いします。
忌避剤(ヤマビルファイター)、駆除剤(ヤマビルキラー)
ヤマビルとは 赤褐色で背中に3本の黒い縦筋がある。 体長は1〜5センチ程度。 吸血されても気づきにくく、血が止まりにくい。 吸血すると産卵する。
 (清川村)
ヤマビルご注意!
ヤマビルは血を吸うヒルですが、シャクトリ虫のような動きをして足元からはい上ります。 毒はありませんが、吸われるとかゆく、血がなかなか止まりません。 4〜9月頃このコース付近の地面に多く発生しています。 Please use caution against a land leech in this area.
ヤマビルにご注意!
登山、散策、ウォーキングなどが楽しい季節になり、人も動植物も活発になる時期がやってきました。 しかし、ヤマビルも繁殖のために活動(4月ごろ〜10月ごろ)し始めます。 ヤマビルは高温多湿を好み、主に沢筋や日陰の多い山道などに生息し、 吸血の対象となる人や動物の気配を察知すると地面から湧き出るように出没して吸血します。 吸血の際、ほとんど痛みを感じませんので吸血された後の出血を発見し、 その被害にあったことに気づく場合がほとんどです。 楽しい登山のおり、そんな厄介なヤマビルからの被害を防ぐため、次のことにご注意ください。
山に登るときは…
(1) 吸血被害から身を守るために   ヤマビルは塩分を非常に嫌がります。 山道に入るときなどは、靴や靴下に塩を含ませておいたり、 携帯して登山(万一、ヤマビルに取り付かれたときには殺ヒル剤としての効果あり)するなど工夫してください。 また、市販の虫除けスプレーなども忌避(予防)効果があります。
(2) 適宜ヤマビルの付着を確認   ヤマビルは、靴の裏の溝や縫目などに付着する例が多いので、山道を歩く際は、適宜足元をチェックし、 靴の中に入り込ませないようにしてください。
(3) 万一ヤマビルの被害に遭ったら   ヤマビルの吸血後、しばらく出血が続く(個人差があり、場合によっては数日続く)ことがありますが、 吸血された場合は消毒してカットバンなどで止血し、かゆみ止めなど塗ってください。 なお、症状が悪化してきた(出血が止まらない、腫れてきたなど)場合は、 念のため医療機関にかかることをおすすめします。 また、ヤマビルは繁殖のために吸血します。 ヤマビルを発見したら、怖がらずに捕殺してください。
「備えあれば、憂い(ヤマビル)なし」安全で楽しい登山を!
道標「宮ヶ瀬」「仏果山・宮ヶ瀬越」の道標を過ぎて、雑木混じりの植林帯を進んでいきます。 所々に道標が立っていますが、特に分岐などはなくて分かりやすい道になっています。 しばらく緩やかに進んでからジグザグに登るようになってくると、次第に傾斜が増してきます。 登り口の看板に書かれていた「山火事予防 No.7-2」の看板が樹木に取付けられていました。 この先にかけても幾つか見かけました。 左側に金網柵が続くようになった道を登っていきます。 道標「仏果山2.2km・宮ヶ瀬1.5km」を過ぎていきます。 かなり傾斜があって、それほど気温は高くない日でしたが、次第に息が切れて汗も滲んできました。 何度も立ち止まって汗を拭きながらゆっくり登っていきました。
自然を大切に  ゴミはもちかえろう!!  たき火禁止(たばこ注意)  公園施設を大切に
 (神奈川県)
山火事予防 No.7-2
 (愛川町消防本部)
石祠
息を切らせながら植林地と雑木林の境を登っていくと、 「この先、作業路多数あり。道迷い注意!!」の紙が樹木に取付けられていて、 その脇から踏み跡が分かれていました。 この先にかけて、分岐していく作業路がかなりありましたが、その入口にはロープなどが張られ、 「立入禁止」の標識も立っているので、迷うことはありませんでした。 「山火事予防No.7-3」の看板を過ぎた所に石祠がありました。 登り口から18分ほどの所になります。 前には小銭が沢山お供えされていました。 何という祠なのかと側面を探してみましたが、文字らしきものは見かけませんでした。 脇には「水源の森林」の赤頭白杭や「水源森林」の看板もありました。
水源林作業用経路につき関係者以外立ち入り禁止
この道は登山道ではありません。迷いやすく危険です。
 (神奈川県県央地域県政総合センター)
神奈川県「水源の森林づくり」による買取り水源森林
年度平成18年度
所在地愛甲郡清川村宮ヶ瀬字タケ496
森林所有者神奈川県
面積2.05ヘクタール
水資源を大切にしましょう。
 (神奈川県環境農政部森林課、神奈川県県央地域県政総合センター森林課)
正面にある標高490mほどの高みを右手から巻くようにして進んでいきます。 4分ほどで巻き終えて尾根に出ると、解説板や看板などが並んでいました。 左手の高みへ登って行く踏み跡もありますが「立入禁止」の看板などが出ています。 道標も立っていて、この先の道は「仏果山1.6km・宮ヶ瀬越0.9km」となっています。
森林を育てる
森林を育てるには、子供を育てると同じように愛情をもって、守り育てることが必要です。
1.種まき 畑に種をまいて苗木を作る。
2.植え付け 3年間畑で育てた苗木を山に植える。
3.下刈り 植え付け後8年間ぐらい、毎年6・7月ごろに木のまわりの雑草を刈り取る。
4.つる切り 8年から10年ぐらいの間に、2回、木に巻きついているつる類を取り除く。
5.除伐(ぬきぎり) 10年から20年ぐらいの間に、形の悪い木や成長のおくれた木を取り除く。
6.枝打ち(枝おろし) 節のない良質でのびのある木を作るため、10年から25年ぐらいの間に2、3回下枝を切り落とす。
7.間伐(ぬきぎり) 太く大きな木材を作るため、20年から25年ぐらいの間に、2、3回森林の木の間引きをする。
8.伐採(きり出し) 40年から50年ぐらいで成長した木を切り、木材として利用する。
 (神奈川県)
神奈川県「水源の森林づくり」契約地(水源協定林)
年度平成12年度
所在地愛甲郡清川村宮ヶ瀬字タケ487
森林整備者神奈川県
契約期間平成13年3月7日から平成32年3月31日まで
面積3.65ヘクタール
水資源を大切にしましょう。
 (神奈川県環境農政部水源の森林推進課、神奈川県県央地区農政事務所森林保全課)
清川村電波中継基地
植林帯の尾根に続く緩やかな道を進んでいくと、程なくして登り坂になってきます。 作業路を左に分けていくと、道標「仏果山・宮ヶ瀬越」の道標が立っています。 そこから左手へ作業路が分かれていて、「水源の森林づくり管理作業路」の道標がその道を指していました。 そこを過ぎて横木の階段を登っていきます。 一旦緩やかになって再び始まる横木の階段混じりの坂道を登っていきます。 かなり傾斜があるので呼吸を整えながらゆっくり登っていきます。 作業路を右手に分けて僅かな高みに着くと、金網柵で囲まれた電波設備がありました。 名前を記した銘板のようなものは見かけませんでしたが、 登り口にあった案内図によると清川村電波中継基地というようです。 登り口から32分ほどの所になります。 手元の地形図では、標高520mほどの尾根の肩になるようです。 このすぐ先にテーブル・ベンチがあるので、何はともあれ、汗を拭きながらひと息入れていきました。 傍には「モミの木」の解説板や「山火事予防No.7-4」の看板もありました。
モミの木
ここは、森林分布のうえで、平地のカシ林と山地のブナ林とのちょうど中間にあたり、 尾根や急斜面にモミやツガの木がたくさん見られます。 モミは、この付近を代表する常緑針葉樹で、高さ30メートル、直径1.5メートルもの大木に生長します。
 (神奈川県)
この附近は鳥獣保護区になっております。 鳥獣の保護と生活環境の保全にご協力下さい。
ひと息入れたら、道標「仏果山1.2km・宮ヶ瀬越0.5km」に従って、緩やかになった尾根を進んでいきます。 「水源協定林」の看板を過ぎていくと登り坂になってきます。 横木の階段混じりの道を右・左と曲がりながら登っていきます。 左右への作業路を分けて尾根を登っていくと、20cmほどの背丈ながら、枝を左右に広げたモミの幼木がありました。 その先の大きな石がごろごろした所を過ぎていくと、左手にある金網柵を越えていく朱色の脚立がありました。 そこを過ぎて横木の階段を更に登り、「水源協定林」の看板の先から右手へ分かれていく作業路を見送っていきます。 横木の階段を更に登っていくと、「水源協定林」の看板や「山火事予防No.7-5」の看板がありました。 そこを過ぎて緩やかになってくると、道端に 「枯木注意 神奈川県自然環境保全センター」と書かれた桃色テープが巻かれた大木がありました。 見上げると樹皮がすっかりなくなった枯木になっていました。 様子からするとモミの木のようでした。 幼木と枯木という世代交代を見たように思いながら過ぎていきました。
枯木の先に現れる横木の階段をひと登りすると、尾根の左斜面を進む緩やかな道になってきます。 正面が明るくなってくると、右手の尾根が次第に低くなってきます。 山側に土留め柵が続く道を緩やかに進んでいくと、左手の樹間からは宮ヶ瀬湖が見えるようになってきました。
宮ヶ瀬越 (標高663m)
尾根の左斜面を緩やかに進んでいきます。 「山ヒル注意 春〜秋」の標識を過ぎていくと、鞍部になった宮ヶ瀬越に着きました。 登り口から52分ほどで登って来られました。 中ほどには愛川山岳会の設置した「宮ヶ瀬越 標高663m」の標識が立っています。 脇には道標が立っていて、右手の道は「仏果山0.7km」、 左手の道は「高取山0.5km」、今登ってきた道は「宮ヶ瀬2.0km」となっています。 道標の支柱にも「宮ヶ瀬越」の小さな標識が取り付けられていました。 左手へ登っていくと高取山へ続いていますが、今回は仏果山に向かって右手の尾根を登っていきます。
(左手の道は「仏果山」, 「仏果山」を参照)
郷土の緑 山火事注意
 (森林国営保険)
すぐに現れる横木の階段をひと登りすると、ベンチが並んだ緩やかな尾根になります。 左手が開けていて、半原方面を見渡すことが出来るので、登ってきた疲れを癒しながら景色を眺めていきました。
高みを過ぎて軽く降っていきます。 この先にかけて僅かな登り降りがありますが、それほど傾斜は急ではなくて坂も短いので楽に歩いていけます。 時折左手が開けて、山並などを見渡せる所もありました。 道沿いの樹木には簡単な解説文を書いた板が取り付けられていました。 見落としたのも多分にあろうかと思いますが、この先の仏果山にかけて見かけたものを載せておきます。
アズキナシ(小豆梨) バラ科・ナナカマド属。 晩秋に赤く色付く実はよく目立つ。 枝の皮目を目盛りに見たて、別名「秤目(はかりめ)」。
アセビ(馬酔木) ツツジ科・アセビ属。 春、白い鈴状のかわいらしい花を咲かせる。 有毒植物で、葉を食べると馬が酔ったようになるため、この名がついた。
アラカシ(粗樫) ブナ科・コナラ属。 かつて関東平野を覆っていたのはこうしたカシやシイの林だった。 秋に丸く小さなドングリを実らせる。
イタヤカエデ(板屋楓) カエデ科・カエデ属。 半原では「ヘイタモミジ」とも呼び、古くは樹皮をはいで繊維を利用した。 秋に黄葉する。
イヌツゲ(犬黄楊) モチノキ科・モチノキ属。 「団子の樹」とも呼ばれ、半原では小正月にダンゴを枝に挿して飾るマユダマに使用された。
イロハモミジ カエデ科・カエデ属。 代表的な紅葉の樹。 名の由来は葉の先をいろはに・・・と数えたことによる。
ケヤキ(欅) ニレ科・ケヤキ属。 古くから家具やお盆、建築材に利用されてきた。 丹沢では江戸時代、丹沢六木のひとつとして守られていた。
サワシバ(沢柴) カバノキ科・クマシデ属。 黄色の房状の花が早春の林を彩る。 ハート型の葉とダイヤの模様の樹皮が特徴。
マルバアオダモ モクセイ科・トネリコ属。 別名ホソバアオダモ。 4〜5月、白い小花を多くつけ目立つ。 建築材や器具材としても用いられる。
ヤマボウシ(山法師) ミズキ科・ヤマボウシ属。 6月頃、開花。 白い4枚の総苞片(花を包む部位)が花びらのようで目立つ。 果実は甘くて美味しい。
宮ヶ瀬越から8分ほど進んでいくと、仏果山の山頂にある展望台が見えてきました。 少し降るようになると、2mほどの木梯子が架かっていました。 宮ヶ瀬越から11分ほどの所になります。 脇に道が出来ていて梯子を避けても歩けるようになっていましたが、物は試しと梯子を降ってみました。 しっかりとして揺れるようなことはありませんでした。 鞍部に降りると、ここからも仏果山の山頂にある展望台がよく見えていました。
鞍部を過ぎて尾根を軽く登り返していきます。 「水源協定林」の看板のある高みを越えて、馬の背のようになった鞍部を過ぎていきます。 少し登り坂になってくると、道の左側にロープが張られていました。 1本だと心許ないのか、X字形に交差するようにして張られていました。 転落防止ということなのでしょうか。 左手の樹間からは山並を見渡せる眺めが広がっていました。
鞍部の先から始まる横木の階段を登っていきます。 「山火事予防No.1-10」の看板を過ぎていきます。 2分ほどかけて階段を登って緩やかな尾根に出ると、ベンチがひとつ設置されていました。 手元の地形図によると、道が東南東から北西へ曲がっていく辺りになります。 そこから左へ曲がって広くなった尾根を進んでいくと、再びベンチが設置されていました。
鳥獣保護区
 (神奈川県)
緩やかな尾根を進んでいくと、再び登り坂になってきます。 ロープが張られていてかなり傾斜があります。 念のためロープに掴まりながら登っていきました。 一旦ロープが途切れて再び現れる坂を登っていきます。 傾斜が緩んできて左傾斜の斜面を横切るように進んでいくと、丸太の木橋が架かっていました。 道の崩壊を修理した跡のようでした。 山側にはロープが張られていました。
木橋を過ぎて岩が剥き出した所を登っていくと、左右に通る尾根道に出ました。 これが半原越から仏果山へ続く尾根道になります。 登り着いた所には道標が立っていて、今来た道は「宮ヶ瀬越・高取山・宮ヶ瀬」となっています。 今回はここから右手へ続く尾根を降っていくのですが、先ずは左手すぐの所にある仏果山へ向かっていきます。 尾根道を左手へ進んでいくとすぐの所に関東ふれあいの道の道標が立っていて、 正面の道は「仏果山頂広場・半原バス停4.0km」、今来た道は「半原越2.5km・土山峠3.2km・坂尻バス停7.3km」、 左手の道は「仏果山登山口バス停2.7km・宮ヶ瀬越0.8km・高取山1.3km」となっています。 左手を指す板の先は谷になっていて道などはありませんが、 今登ってきた道を意味しているものと思われます。
仏果山 (標高747.1m)
道標を過ぎていくと、すぐの所が仏果山の山頂になります。 宮ヶ瀬越から29分ほど、登り口から1時間22分ほどで登って来られました。 岩が剥き出した山頂には愛川山岳会が設置した「仏果山 標高747.1m」の標識が立っています。 その脇にも真新しい「仏果山Mt.Bukkasan 標高747米」の標柱が立っていました。 また、石仏もあって、小銭などがお供えされていました。
仏果山の山頂には、これまでにも見えていた仏果山展望台があります。 脇には関東ふれあいの道の里程標があって、この先の道は「半原3.9km」、 今来た道は「坂尻7.4km」となっています。 また、階段の袂には「山火事防止No.1-11」の看板が落ちていました。 山頂にはテーブル・ベンチが幾つも設置されていて、休憩するにいい所ですが、 先ずは展望台の上まで登っていきました。 四本の鉄柱の周囲をぐるぐると廻るようにして鉄製の階段が続いています。 周囲に樹木がある間は何ともないのですが、梢の上に出て周囲に何もなくなると、 高所恐怖症の私はへっぴり腰になってきます。 手摺に掴まる手に力を入れながら、恐る恐る登っていきました。
仏果山展望台
山頂標高747m
形式トラス構造、高さ13m
完成1988年2月2日
発注者愛川町
施工業者有限会社佐藤建設
注意
1.たき火、その他、キケンな遊びはやめましょう。
  (タバコの投げ捨てはやめましょう)
1.ゴミ、空カン等の投げ捨てはやめましょう。
  (ゴミはもち帰りましょう)
1.展望台から物を投げることをやめましょう。
1.シカ等の動物には十分注意してください。
1.樹木や草花を大切にしましょう。
1.その他、人に迷惑な行為を禁止します。
 (愛川町)
展望台の一番上に着くと、何も遮るものがない360度の大パノラマが広がっていました。 バス停に着いた頃にはほとんど雲はありませんでしたが、 ここまで登ってくるとかなり雲が湧き出してきていました。 それでも西側には眼下に宮ヶ瀬湖が抱かれ、その向こう側には丹沢の山々を一望出来る眺めが広がっていました。 北側には高取山へと続く尾根が、南側にはこれから向かう尾根がよく見えていました。 東側には街並みなどが広がっていましたが、遠くは霞んでいてはっきりとは見えませんでした。 以前には、ここから見える山々を描いたイラストマップが設置されていたのですが、 撤去されたようで、この時にはありませんでした。
展望台から降りてきて、山頂にあるベンチに腰を降ろし、早めの昼食タイムにしました。
仏果山のいわれ
この山は、室町時代のはじめ、 清川村煤ヶ谷にある正住寺(臨済宗鎌倉建長寺派)を開山した天鑑存円上人(仏果禅師)が、座禅修行をした山といわれている。 天鑑存円上人が座禅をしたという座禅石は、いつの頃か煤ヶ谷の仏果沢に落ちてしまった。 こうした由来から、この山の名を「仏果山」と呼ぶようになったという。 (現在この座禅石は下の採石場わきにある) また、この山は昔、煤ヶ谷の人々は南麓と呼び、 半原越え(半原峠)から仏果山周辺までを南山と呼んだ。 津久井町長竹・韮尾根などでは半原富士と呼んでいた。
 (環境庁、神奈川県)
(現在では、座禅石は宮ヶ瀬湖の南端にある土山峠バス停の傍に移されています)
お腹も満ちたところで、併せて30分ほど居た仏果山から下山していきます。 手前にあった分岐まで引き返して、道標「仏果山登山口バス停2.7km・宮ヶ瀬越0.8km・高取山1.3km」に従って、 正面に続く尾根道を進んでいきます。 僅かな高みへ登り始めると、「この先 道幅狭し 注意」の標識が立っています。 そこを過ぎていくと、標識の通りに、石が剥き出した幅の狭い急坂を降るようになります。 脇にはロープが張られているので、それに掴まりながら慎重に降っていきます。 正面にはこれから向かう高みなどが見えていますが、それらを愛でていると足元が疎かになります。
坂道を何とか降って、その先の僅かな高みへ続く横木の階段を登っていきます。 高みを越えていくと再び岩が剥き出した急坂を降るようになります。 ここでも張られたロープに掴まりながら慎重に降っていきます。 両側が切り立った急斜面になっていて、かなり細い尾根になります。 強い風が吹くと谷底へ落ちてしまいそうな気がして腰が引けてくる所ですが、 この時は風が無かったので助かりました。 右手には丹沢や宮ヶ瀬湖方面を、左手には相模平野を一望出来る眺めが広がるので、 歩みを止めて景色を眺めたりしながら、ゆっくりと降っていきました。
急坂を降り切ってその先へ進んでいくと、尾根が少し広がって、心にも余裕が出て来ます。 小さな高みを越えたりしながら進んでいきます。 ロープが張られた急坂を登っていくと、岩が露出した高みに着きます。 右手には丹沢や宮ヶ瀬湖などを見渡せる眺めが広がっていました。
馬渡分岐
高みを越えてその先の尾根道を進んでいきます。 馬の背のような所を過ぎて岩が露出した坂を登っていくと、緩やかな尾根になってきます。 道端に短い笹が生える所を過ぎて小ピークに着くと分岐があります。 仏果山から16分ほどの所で、地形図では540m峰へ続く破線の道が北東に分かれている高みになります。 角には道標が立っていて、左手の道は「馬渡バス停3.2km」、 正面の尾根道は「半原越2.1km」、今来た道は「仏果山0.5km」となっています。 左手の道を見送っていくと、すぐの所に関東ふれあいの道の道標が立っていて、 正面の道は「半原越2.1km・坂尻バス停6.9km」、 今来た道は「仏果山0.4km・半原バス停4.4km」となっています。 また、「この先 道幅狭し 注意」の板も取り付けられていて、今来た道を指していました。 脇には「山火事予防No.5-7」の看板もありました。
(左手の道は「仏果山」を参照)
馬の背のような尾根を進んでいくと、程なくして、ロープが張られて岩が露出した道になってきます。 馬渡分岐から1分ほど進んでいくと、宮ヶ瀬越から仏果山へ向かう途中にあったのと同様の木梯子がありました。 慎重に梯子を降り、その先へ続く斜面を横切っていきます。
ロープが終って少し緩やかになってきた尾根を進んでいきます。 再び傾斜が増してきた道を登って高みに着くと、「丹沢山塊東辺のみち」と題した解説板があって、 「山岳修験者のはなし」が載っていました。 馬渡分岐から3分ほどの所になります。 この辺りの山はその昔に修験者が修行をした所なのだそうで、 「八菅修験の行所」と題した図が載っていて、 修験の場と現在地名などが記されていました。 大山寺から、丹沢大山…大釜弁財天…三峰山…物見峠…辺室山…御門…白山…半原越…塩川滝を経て、 八菅山へ至るルートのようで、現在地はそのルートから外れているようでした。
山岳修験者のはなし
丹沢山塊のうち蛭ヶ岳・大山を中心とする一帯は、昔、山岳修験者の修法の霊場であったという。 ここより東方の八菅神社(愛川町八菅山)には、入峰者の名称・位・入峰回数などを 記録した古文書が残っている。 伝説では大宝3年(703年)に役の小角が八菅山に来たときから、この地を 起点に平山・塩川滝などを経て大山まで七宿三十か所をおよそ49日間かけ 加持祈祷を唱えながら修法を行っていたという。
煤ヶ谷(清川村)の人々は、修験者が行の途中、村に入るとすすんで接待を 申し出たり、「願い事がかなえられる」ということから、特に行中で 使用した草鞋などを所望したと伝えられている。 また、この修法は、明治維新の神仏分離令によって廃止された。
 (環境庁・神奈川県)
高みの先へ続く馬の背のような尾根道を進んでいきます。 僅かな登り降りをしながら進んでいくと、テーブル・ベンチが幾つか設置された所に出ました。 馬渡分岐から9分ほどの所になります。 「丹沢山塊東辺のみち」と題して、樹木の葉が紹介されていました。 柱には「山火事予防No.5-6」の看板も取り付けられていました。 道標も立っていて、この先の道は「経ヶ岳2.5km」、 今来た道は「仏果山0.8km」となっています。 また今来た向きに「この先 道幅狭し 注意」の標識も立っていました。 展望は得られませんが、ひと休みしていくのには良い所です。
丹沢山塊東辺のみち
さわら(ヒノキ科) ひのき(ヒノキ科) すぎ(スギ科) こめつが(マツ科) もみ(マツ科) かや(イチイ科)
 (環境庁、神奈川県)
ゴミは持ち帰りましょう
テーブル・ベンチを過ぎた所に鹿避け柵がありますが、扉は開け放たれて閉まらなくなっています。 扉を抜けて、その先に続く植林帯を降っていきます。 これまでの尾根に比べて左右の斜面の傾斜が緩やかになって、気持ちにも余裕が出てきます。 7分ほど降って傾斜が緩やかになってくると、右側は雑木林になってきます。 程なくして左側も雑木林になって、新緑の中の緩やかな尾根を快適に進んでいきます。
革籠石山 (標高640m)
緩やかな尾根の先までいくと、幅の広い横木の階段を降るようになります。 植林帯になってきた尾根を1分もせずに降り切って、その先の高みへ登っていきます。 岩が剥き出した所を過ぎて少し登り坂になってきた尾根道を進んでいくと、 「山火事予防No.5-5」の看板が取り付けられた木を過ぎた先で小ピークに着きました。 馬渡分岐から21分ほどの所になります。 宮ヶ瀬越や仏果山で見かけたのと同様の標識が立っていて、 「革籠石山 標高640m」と記されていました。 手元の地形図に載っている640m峰で、「かわごいしやま」の振り仮名も書かれていました。 左手が開けていて、半原方面を見渡すことが出来ました。 脇には道標が立っていて、右手へ降っていく道は「坂尻6.2km」、 今来た道は「仏果山1.1km」となっていました。 「坂尻」を指す板にはマジックで「半原越1.4km」と書き込まれていました。
植林帯の尾根に続く急な横木の階段を降っていきます。 幅の広い階段を3分ほどかけて降り切ると、その先には緩やかな尾根が続いています。 少し降ってから軽い登り坂になってきた尾根道を進んでいくと、僅かな高みに着きます。 革籠石山から9分ほどの所で、地形図では640m峰の南にある標高600mほどの南北に続く高みになるようです。 道端には関東ふれあいの道の里程標があって、 この先の道は「坂尻6.0km」、今来た道は「半原5.3km」となっています。
高みを過ぎて緩やかに降っていきます。 僅かに登ったりしながら尾根道を進んでいくと、降り坂になってきた所にテーブル・ベンチが設置されていました。 手前の高みから2分ほどの所になります。 脇には道標が立っていて、右手へ曲がって降っていく道は「半原越1.0km」、 今来た道は「仏果山1.4km」となっています。 脇の樹木には「山火事予防No.5-4」の看板が取り付けられていました。 尾根は正面へと続いているようですが、道標に従って、 右手の雑木林の斜面に続く幅の広い横木の階段を降っていきます。
半原越分岐
雑木林の斜面を2分半ほど降っていくと、植林帯になってきます。 傾斜が緩やかになった先を僅かに登っていくと分岐があります。 革籠石山から16分ほどの所で、地形図では破線の道が分岐している所になります。 中ほどにはテーブル・ベンチが設置されていました。 手前には関東ふれあいの道の道標が立っていて、左手の道は「半原越0.9km・坂尻バス停5.7km」、 右手の道は「土山峠1.6km」、今来た道は「仏果山1.6km」となっています。 道標の支柱には「山火事予防No.5-3」の看板が取り付けられていました。 左手の道は以前にも歩いているので、今回は右手の道を歩くことにしました。
524m峰
大木の脇から続く幅の広い古びた横木の階段を降っていきます。 階段は1分ほどで終って、その先には緩やかな尾根道が続きます。 馬の背のような尾根を過ぎて僅かな高みを越えていきます。 僅かな降り基調になった尾根道を進んでいきます。 時折幅が狭まる所もありますが、概ね広い尾根道が続いています。 軽く登るようになってくると、半原越分岐から9分ほどで、僅かな高みに着きます。 手元の地形図によると524m峰になるようです。 高みには道標が立っていて、この先の道は「土山峠」、今来た道は「仏果山」となっています。
道は尾根の右側に降りて、雑木林の斜面を横切るようにして降っていきます。 僅かに登ってから降り始めると、テーブル状のベンチがふたつ設置されていました。 524m峰から3分ほどの所になります。 ここで道は大きく左へ曲がっていきます。 角には道標が立っていて、左手へ曲がっていく道は「土山峠1.1km」、 今来た道は「仏果山2.0km」となっています。 道標に従って、左へ曲がりながら、雑木林の斜面を横切るようにして降っていきます。
3分ほど降っていくと、右へ曲がっていく角に道標が立っていて、 右手の横木の階段は「土山峠」、今降って来た道は「仏果山」となっています。 階段は1分ほどで終って、再び右傾斜の斜面を横切るようにして緩やかに降っていきます。 右手に尾根が見えるようになってきます。 方角からすると、辺室山から大山三峰にかけての尾根でしょうか。
524m峰から9分ほど降っていくと植林帯に入っていきます。 右・左と曲がりながら降っていくと、やがて横木の階段を降るようになります。 植林帯に入って3分ほど降っていくと道標が立っていて、 この先の道は「土山峠」、今降って来た道は「仏果山」となっています。 植林帯に続く横木の階段を更に降っていきます。 階段が終ってその先の坂を降っていくと、右手から正面へ続く広い道に降り立ちました。 524m峰から16分ほどで降りて来られました。 出口には「仏果山は右に登る」の標識が立っていて、今降って来た道を指していました。 広い道に降りた正面すぐの所にも道標が立っていて、 この先の道は「土山峠」、今降って来た道は「仏果山(この先右に登る)」となっています。
降り立ったこの広い道は、坂尻地区にあった道標によると「旧宮ヶ瀬線」というようです。 右手の道は地図には載っていませんが、何処まで続いているのか興味のあるところではあります。
坂尻分岐
正面へ進んでいくと、1分もしない所に分岐があります。 脇と角に道標が立っていて、右手の小尾根に登って行く道は「土山峠」、今来た道は「仏果山」となっています。 左手にも広い道が続いていますが何も示されてはいません。 降りて来た所と併せて考えると、広い道が山道を斜めに横切っている形になっていました。 ここは道標「土山峠」に従って、右手の小尾根に続く道を進んでいきました。
どちらの道を選ぶか
左手の広い道は地形図に載っている破線の道(旧宮ヶ瀬線)で、 小型車なら通っていけるだけの幅で緩やかに坂尻地区まで続いています。 右手の道は10分ほどで土山峠バス停に、左手の道は30分ほどで坂尻バス停に着くので、 バスの運行時刻との見合いで、どちらの道を歩くか選ぶのが良いように思えます。
右手の小尾根を1分ほど進んでいくと、テーブル状のベンチがふたつ設置されています。 脇には道標が立っていて、右手の先へ続く道は「土山峠」、今来た道は「仏果山」となっています。 道標に従って、ベンチの脇から続く広い道を緩やかに降っていきます。
8番基準点
植林帯と雑木林を分ける尾根を緩やかに進んでいきます。 丸い尾根になっていて快適な道が続いています。 軽い登り坂になってくると、旧宮ヶ瀬線から分かれて4分ほどで僅かな高みに着きます。 手元の地形図では標高350mほどの高みになるようです。 降り始める辺りに道標が立っていて、この先の道は「土山峠」、今来た道は「仏果山」となっています。 脇には「水源かん養保安林」の標柱が立っていて、 その袂には「流域下水基準点 一級 No.8」がありました。 道はここから左前方へと曲がって、植林帯の中を降っていきます。
植林帯の中を降っていくと、コンクリート補強された山肌が見えてきます。 更に傾斜が増してきた道を降っていくと横木の階段を降るようになります。 右下に車道が間近に見える小尾根に続く手摺付きの階段を降っていきます。 「清川 宝の山」の標柱を過ぎていくと、 県道64号がS字形に曲がっている角に降り立ちました。 坂尻分岐から9分ほど、仏果山から1時間30分ほどで降りて来られました。 出口には道標が立っていて、今降って来た横木の階段は「仏果山3.1km(土山峠)」となっています。
土山峠(つちやまとうげ)バス停
車道を右手へ進んで切通を過ぎていくと、降り立った所から100mほどで土山峠バス停に着きます。
本厚木駅(小田急小田原線)まで、本厚木駅行きバスにて36分、1時間に1本程度の便があります。
 土日曜 ...12:56 13:56 14:56 15:56 16:56 17:56 18:56 19:56
車道の反対側には、辺室山や物見峠への登り口があります。 そこにも登り始めた所にあったのと同様の「登山者カード」の記入場所があって、 ヤマビルの忌避剤や駆除剤が置かれていました。 最初に忌避剤を吹きかけてきたのが功を奏したのか、まだ活動期ではなかったのかは分かりませんが、 今回はヤマビルの被害には遭いませんでした。
宮ヶ瀬方面のバス停まで行くと、宮ヶ瀬湖が見えてきます。 また天鑑存円上人(仏果禅師)が修行をした「坐禅石」という大きな石もありました。 仏果山の山頂から煤ヶ谷の仏果沢に落ちたという石で、近年になってこの地に移したとのことです。
坐禅石の由緒
昔、南北朝時代に仏果禅師和尚は、南北両朝の乱を避けて此の山中に隠れ修行をされていましたが、 禅師の高徳は、都の後小松帝にまで達する程でした。 後に鎌倉の建長寺第六十三世住持となられました(応永八年(1402)寂)。 里の人々は、仏果禅師和尚が修行していた山を「仏果山」、 そして、坐っていた石を「坐禅石」と呼んで語り継いでまいりました。 坐禅石は、今まで仏果山南東の山腹にありましたが、近年その地域が採石場となってきたため、 この度坐禅石を此の場所へ移転安置致しました。 いつの時代でも、自分自身の精進努力と素直な心を大切にしたいものです。
 (平成13年8月吉日 清川村)
坂尻バス停へ
今回は車道が見えるようになった所まで降ってきた時に本厚木駅行きのバスが通っていって、 次の便まで1時間ほど待たないといけなかったので、 坂尻分岐まで引き返して、旧宮ヶ瀬線を坂尻バス停へ向かって歩いていくことにしました。
16分ほど進んでいくと簡易舗装路になります。 その先へ6分ほど降っていくと、左手からの道を併せた所から、道幅が一段と広くなります。 民家などが点在するようになった道路を降っていくと、 左へ大きく曲がった先で、法論堂川沿いの道路に降り立ちます。 そこから右手へ進み、突き当たりを右折して雑司場橋を渡っていくと県道64号に出ます。 その右側すぐの所に坂尻バス停があります。
(この時間は所要時間に含めず)