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【低山ハイク】 衣張山
| 概 要 |
衣張山は鎌倉にある標高120mほどの低い山で、山頂が北と南に分かれた双耳峰になっています。
山頂からは箱根や丹沢や富士山などを一望できる眺めが広がっています。
今回は逗子駅から池子の森の西側の尾根を進み、途中から鎌倉逗子ハイランドへ降りて衣張山へ登り、
南峰から西側へ続く道を降っていきます。
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| 起 点 |
逗子市 逗子駅
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| 終 点 |
鎌倉市 名越バス停
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ルート |
逗子駅…熊野神社…登り口…14番鉄塔…13番鉄塔…久木大池分岐…12番鉄塔…11番鉄塔…10番鉄塔…清寿苑…登り口…展望地…衣張山(南峰)…黄金やぐら…花咲橋…三枚橋…名越バス停
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| 所要時間 |
2時間40分
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| 歩いて... |
この時には遠くが霞んでいて、残念ながら富士山は見えませんでした。
衣張山の南峰から西側へ続く道は、細めながらも明瞭に続いていました。
よく踏まれている様子だったので、かなり歩かれている道のようでした。
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| 関連メモ |
衣張山,
池子の森,
鎌倉大町,
衣張山,
鎌倉回峰,
池子の森,
巡礼古道,
巡礼古道,
池子やまなみルート,
名越切通,
衣張山,
巡礼古道,
名越切通,
衣張山
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コース紹介
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逗子(ずし)駅
逗子駅(JR横須賀線)から歩いていきます。
西口の改札口から駅舎を出ていきます。
池子の森を取り巻く尾根へは左手へ進んでいくのですが、
その前に、右手のすぐ先にある熊野神社を訪ねていくことにしました。
池子の森を取り巻く尾根へ行くのには、
山の根歩道橋が架かる分岐から久木隧道を通っていく方が近道になります。
(「 池子の森」を参照)
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熊野神社
山の根歩道橋の下を過ぎて線路沿いに進んでいくと、程なくして左手へ道が分かれていきます。
道の奥の方には鳥居が見えています。
その道へ入って鳥居の前までいくと、「熊野神社」と刻まれた石柱が立っています。
鳥居をくぐって狭くなった路地を真っ直ぐ進んでいきます。
二つ目の鳥居をくぐっていくと、正面に石段が現れます。
脇には「かまくらと三浦半島の名木・古木50選」や逗子市の保存樹木に指定されているタブノキの大木がありました。
樹高25mで、幹周620cmあるのだそうで、巨大な木でした。
左手にも坂道がありますが石段を登っていくと熊野神社の境内に着きます。
本殿と拝殿から成る社殿で、本殿の屋根には5本の鰹木が乗り外削ぎの千木が聳えていました。
境内の手前には社務所がありました。
熊野神社由来
| 祭神 |
伊弉諾尊・伊弉冉尊
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| 社殿 |
本殿 神明造 二間半×一間半
幣殿 一間半×一間半
拝殿 三間×二間
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| 祭礼 |
初詣 1月1日〜3日
例祭 7月最終日曜日
七五三祝い 11月中旬
年越祭 12月30日
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| 由緒 |
明治二年社殿炎上のため古記録は無いが、源頼朝の勧請と伝えられている。
当時荘厳な社殿と松並木が続く参道があったとされる。
明治二年廃仏毀釈となった旧松本寺の建物を神社の神殿とした。
境内の水鉢は天保四年の銘があり、旧松本寺の遺物である。
昭和十二年、氏子の総力で現社殿を再建した。
平成十年、本殿屋根の葺替え等の大修理と境内の改修・整備を行った。
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社殿の右手から石段が続いていて、その上に横穴古墳群があるようなので登ってみました。
山神の小社を過ぎて、両側にロープ柵が設置された急な横木の階段を登っていくと、
岩壁に大きな穴が二つ開いていました。
結構広い中には何も入っていないようでした。
右手にも埋もれかけた穴がもう一つありましたが、
「この穴は山神様の安らぎの場、古き前よりそっとそのまま」と書かれた立て札があり、
手前には小振りの鳥居があって「山神」と書かれていました。
山の根横穴古墳群について
逗子市山の根地区の丘陵地には、八十八穴といわれるほど多数の横穴が存在していましたが、
昭和初期以降の宅地造成などで多くの横穴が切り崩され、現在では三十数箇所が確認されているようです。
昭和29年に神奈川県教育委員会で発掘調査を行いましたが、現存する横穴の殆どは私有地にあり、
また管理も不十分で公開されておらず、参観できるものがありませんでした。
熊野神社の社殿裏の保安林内の横穴古墳群については、昭和36年に横須賀考古学会が2基を発掘調査し、
その後は参道も無い為に忘れ去られていました。
これが幸いして保存状態は良好で、唯一の公開できる古墳群として見学路を整備し、一般に開放する事にしました。
熊野神社横穴古墳群は、7世紀初めから8世紀末の200年間に作られた模様で、
発掘した2基の中では出土品から推定してNo.1横穴が7世紀初め、No.2横穴が8世紀のもので、
更に鎌倉時代(13世紀)の灯明皿の出土から、鎌倉時代に「やぐら」(武士階級の墓)として利用されたようです。
No.1とNo.2の横穴では構造が違っており、更にNo.2横穴には壁画または梵字らしいものが掘り込んであります。
古墳時代の出土品が少ないのは、鎌倉時代に清掃されたからではないかと言われています。
熊野神社横穴古墳群は7基から成り、公開しているのはNo.1からNo.3の3基で、
No.3からNo.7の横穴は未発掘で、このまま後世に残したいと思っております。
見学される方は、絶対に発掘や悪戯書きをしないようお願い致します。
また、見学路以外は急傾斜地のため危険ですので立ち入らないようお願い致します。
(熊野神社氏子総代会)
「公開しているのはNo.1からNo.3の3基で、No.3からNo.7の横穴は未発掘」の部分で
No.3が重複していますが、そのまま載せておきます。
右手にある埋もれかけた穴がNo.3ということでしょうか。
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往復20分ほどで熊野神社から逗子駅まで引き返して、線路沿いの道を進んでいきます。
「池田踏切No.22」を見送っていくと、右手へ分かれていく道があります。
角には「住居表示街区案内図」があるので参考にしましょう。
この図で、久木七丁目にある久木中学校へ向かっていきます。
左右の路地を見送って道なりに真っ直ぐ進んでいきます。
6分ほど進んでいくと十字路があります。
右手には山の根地区と久木地区とを結ぶ久木隧道があり、左手の角には聖和学院があります。
十字路を直進して2分ほど進んでいくと、左手へ分れて行く道があります。
角には久木連合町内会掲示板や広域避難場所の案内図などが設置されています。
登り口までのルートを赤い点線で記入しておきましたので参考にしてください。
分岐を左折して田越川に架かる丸川橋を渡っていきます。
川岸には桜が並木を作っていました。
まだ花びらは付いていましたが、かなり葉が伸びてきていました。
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登り口
丸川橋を渡って真っ直ぐに進んでいくと、少し曲がった十字路があります。
そこを右折していきます。
山際にある駐車場の所まで来て左折していくと、久木中学校の裏門があります。
その右脇から続く細い道に入って、金網柵沿いに進んでいきます。
民家の裏手を進むようで気が引けますが、山際まで来て左折していきます。
コンクリート塀に沿って進んでいき、突き当たりを道なりに右折していきます。
両側にコンクリート塀が続く狭い道を登っていくと、久木中学校のプールの脇に出ます。
ここが尾根への登り口になります。
逗子駅から20分ほどで着きました。
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金網柵に沿って、笹竹の生い茂る山道を進んでいきます。
突き当たりを道なりに左へ曲がっていくと、小さな谷筋の脇に沿って登るようになります。
古びた横木の階段混じりの坂道の右側には鉄線柵が続いています。
この右側には在日米軍の施設があって、立入禁止である旨の看板が点々と設置されています。
看板には日本語版と英語混じり版の2種類があるようでしたが、
マジックで道案内が書き込まれていたりもします。
最初に見かけたのには、この先の道は「大池・朝比奈梅林」、今来た道は「久中・逗子駅へ」となっていました。
岩盤が剥き出した所を過ぎて更に登っていくと、
久木中学校のプールから3分ほどで、左右に通る尾根に登り着きました。
鉄線柵はここから左手へ曲がって、「池子の森」の周囲を取り巻く尾根に沿って続いています。
在日米軍施設につき立入りを禁ず
許可無き立入りは、日本国法令により罰せられます。
(米海軍横須賀基地司令官、横浜防衛施設局長)
この時には登り着いた所の柵が開いていて、右手へ続く尾根道に入っていくことが出来ました。
少し歩いてみましたが、1分ほど進んだ辺りで道は不明瞭になっていました。
(所要時間に含めず)
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鉄線柵に沿って左手へ続く尾根道を進んでいきます。
よく踏まれてしっかりとした道が続いています。
右側に鉄線柵が続くのさえ気にしなければ、快適な尾根歩きが楽しめる所です。
僅かな高みが幾つかあったりもしますが、傾斜はそれほど急ではなくて道もしっかりと続いています。
三浦半島から鎌倉に至る重要な生活道だっだという往時を想いながら進んでいきました。
尾根に出てから6分ほど進んでいくと、僅かな高みに着きます。
その手前で左手に巻くように道が分かれています。
その巻き道の途中から更に西側へと道が分かれていました。
かなりしっかりとした尾根道になっていましたが、送電線の巡視路でしょうか。
入口にはロープが張られていたので、通行止めのようでした。
WARNING 警告
U.S. Navy Property
Authorized Personel Only
米国海軍管理区域
立入りは許可された者に限る
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14番鉄塔
巻き道を併せてその先へ1分ほど進んでいくと登り坂になってきます。
こんもりとした高みに着くと、送電線の鉄塔「逗子分岐14号」が立っています。
同様の鉄塔は、この先の尾根道に沿うように点々と立っています。
傍には、逗子市消防本部の設置する「緊急時はこの番号をお知らせください」と書かれた
「山火事注意 ひさぎ8」の看板も立っていました。
この看板も尾根道に点々と設置されていて、散策路として認知されたルートになっているようです。
逗子分岐14号 お願い
この送電線は、6万6千ボルトの高電圧です。
下記の事項について御連絡下さい。
1.送電線の附近に建造物を建てられるとき。
2.送電線に接近して作業をされるとき。
3.送電線の附近で火災がおきたとき。
(新鶴見給電メンテナンスセンター、中央給電指令)
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13番鉄塔
14番鉄塔を過ぎて、緩やかな尾根道を進んでいきます。
3分ほど進んで少し広くなった小高い所に着くと、送電線の鉄塔「逗子分岐13号」が立っています。
傍には「ひさぎ9」の看板も立っています。
山火事注意
・吸いがらの投げ捨てを禁ず
・無断で火を焚くことを禁ず
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久木大池分岐
少し降って登り返していくと岩盤が露出した所があります。
そこを過ぎて僅かな高みを越えていくと、13番鉄塔から3分ほど、
尾根に登り着いた所から14分ほどで分岐があります。
角には真新しい道標が立っていて、正面の道は「やまなみルート」、
左手へ降っていく道は「久木大池、逗子・鎌倉駅ゆきバス停」となっています。
今来た道は「行き止り」となっていますが、
逗子市消防本部の設置するの看板も立っていたし、「行き止り」となっている理由はよく分かりません。
明瞭な道になっていて、歩くのに支障があるような所はありませんでした。
久木中学校の裏手や民家の脇を通るからというのが理由なのでしょうか。
左手の道を進んでいくと、4分ほどで久木大池公園へ降りて行かれますが、
今回は正面の尾根道を進んでいきます。
やまなみルート
久木大池公園へ降り立った所に、「やまなみルートのご案内」の看板が設置されています。
久木大池公園からこの尾根に登り、池子の森を取り巻く尾根を通り、
十二所果樹園を経て千光寺へ至る尾根道が「 やまなみルート」になるようです。
(「 池子やまなみルート」を参照)
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12番鉄塔
1分半ほど登っていって僅かな高みに着くと「ひさぎ10」の看板が立っています。
左手へ少し入った所には、送電線の鉄塔「逗子分岐12号」が立っています。
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11番鉄塔
高みを越えて、雑木林の尾根に続くしっかりとした道を進んでいきます。
引続き、緩やかで歩きやすい尾根道が続いています。
「ひさぎ11」の看板を過ぎて笹が少し目立つようになってくると、
道端に送電線の鉄塔「逗子分岐11号」が立っています。
12番鉄塔から4分ほどの所になります。
鉄塔の脇を過ぎて、その先へ進んでいきます。
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10番鉄塔
「ひさぎ12」の看板を過ぎていくと、
11番鉄塔から2分ほど、尾根に登り着いた所から22分ほどで、
送電線の鉄塔「逗子分岐10号」が立つ所に着きます。
ここで道が二手に分かれています。
鉄塔を取り囲む鉄柵の角に付けられた真新しい標識によると、
左手の道は「清寿苑・ハイランド」、今来た道は「久木大池」となっています。
正面の道には特に何も示されてはいません。
十二所果樹園を経ていく「やまなみルート」は正面の道になりますが、今回はここから清寿苑へと降っていきます。
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両側に笹竹の生い茂る道を進んでいくと、傾斜の増した降り道になってきます。
岩が剥き出した急坂を降っていくと程なくして緩やかな道になりますが、
その先で再び降り傾斜が増してきます。
小刻みに曲がりながら斜面を降っていきます。
自然木で出来た階段や岩盤を削った階段などもあったりしますが、
総じて分かり易くてしっかりとした道が続いています。
10番鉄塔から1分ほど降って大きく左手へ曲がり、
斜面に沿って続く緩やかになった道を真っ直ぐ進んでいきます。
右手には鎌倉逗子ハイランドや鎌倉市浄明寺地区の住宅地や、
その向こうに横渡る山並が見渡せるようになってきます。
方角からすると、これから向かう衣張山のようです。
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清寿苑
2mほどの金網柵の先の傾斜が増した所を過ぎていくと、清寿苑の建物が正面に見えてきます。
駐車場の脇に降り立って右折し、金属柵に沿って進んでいきます。
突き当たりを道なりに左折して、両側に柵が続く狭い道を進んでいくと住宅地に出ます。
10番鉄塔から4分ほどで降りて来られました。
降り立った所は鎌倉市の浄明寺6丁目で、正面に立つ電柱に「浄明寺六丁目4」の住所標記が取付けられていました。
右手へ進んでいくと滑川沿いの県道204号に出られるようですが、今回は左手へと進んでいきます。
すぐの所にある清寿苑の入口の前を過ぎていきます。
社会福祉法人 百鴎
介護老人福祉施設逗子清寿苑
逗子清寿苑短期入所サービスセンター
清寿苑ディサービスセンター
清寿苑居宅介護支援事務所
清寿苑在宅介護支援センター
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道なりに少し右へ曲がっていくと十字路があります。
左側には小振りのハイランドつつじヶ丘公園がありました。
滑り台などの遊具が設置された住宅地にある静かな公園です。
十字路を直進していくと、ハイランドさくら道の東泉水交差点に出ます。
その正面に続く坂道を真っ直ぐ登っていきます。
バス道路にもなっているこの坂道は逗子市と鎌倉市の市境になっていて、
左側が逗子市久木8丁目の鎌倉逗子ハイランド、右側が鎌倉市浄明寺6丁目の住宅地になります。
両側の歩道には桜が並木を作っていましたが、花の時期は過ぎて葉が伸び始めていました。
傾斜が緩やかになってくると夕陽台公園バス停があり、その左側にハイランド夕陽台公園がありました。
鉄棒などの遊具が周囲にあるだけの静かな公園でしたが、
脇にはまだ綺麗な花を咲かせた桜の木がありました。
ハイランド夕陽台公園
この公園の里親は逗子ハイランド自治会です。
市では地域の方々に親しまれ育てていただく公園を目指し、公園を 里子、
清掃などの美化活動を行う人を 里親とする養子縁組(アダプション)を行っています。
(逗子市)
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公園を過ぎていくと再び登り坂になってきます。
左右の道は見送って真っ直ぐ登っていくと、住宅地の端に出ます。
正面には鎌倉の山並が広がっていました。
この辺りは「関東の富士見百景」に選ばれているようで、その旨の説明板がありました。
条件が良いと富士山が見えるのですが、この時は遠くが霞んでいて見えませんでした。
ここから見える山の名前と標高を書き込んだ
「逗子鎌倉ハイランドからの眺望」と題した写真が掲示されていたこともありましたが、
この時には見かけませんでした。
参考までに、その時の内容を載せておきます。
ここから左手へ進んでいくと、大切岸を経て名越切通へ続いていますが、
今回は右手の先にある衣張山へ向かっていきます。
関東の富士見百景
富士山の見えるまちづくり
地点名 鎌倉市からの富士
(平成17年11月 国土交通省関東地方整備局、(社)関東建設弘済会)
逗子鎌倉ハイランドからの眺望
大観山1015、二子山1091、駒ヶ岳1327、神山1438、大湧谷、明星ヶ岳924、明神ヶ岳1169、
金時山1213、富士山3776、御坂峠1520、三ッ峠山1786、蛭ガ岳1673、大山1252、丹沢山1567
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登り口
木祠に納められたお地蔵さんを過ぎた先の分岐を左手へ進んでいくと、衣張山への登り口があります。
正面には道標が立っていて、左手の道は「衣張山12分・杉本観音25分」、
右手の道は「巡礼古道5分・報国寺20分」となっています。
「衣張山」を示す道標に従い、左手の山道を登っていきます。
三浦半島の自然が危ない
外国から持ち込まれたアライグマや台湾リスなどの外来生物が増えています。
自然の中の動物や植物は、食べたり、食べられたり、すみ分けをして自然のバランスを保っています。
ここに外来生物が侵入してくると、自然のバランスが崩れてしまいます。
三浦半島の自然環境を未来に渡すための予防三原則
入れない 悪い影響を及ぼすかもしれない外来生物をむやみに日本に入れない。
捨てない ペットとして飼っている外来生物を自然の中に捨てない。
拡げない 自然の中にいる外来生物をほかの地域に広げない。
まずは、アライグマやタイワンリスにエサを与えない!
(神奈川県横須賀三浦地域県政総合センター、鎌倉市)
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よく整備された山道が続きます。
街に近いというのに、深い森の雰囲気を残しています。
3分ほど登って尾根筋に着くと、正面には山並を見渡せる眺めが広がっていました。
衣張山へは尾根道を左へ進んでいきますが、
右手のすぐ先に展望が得られる所があるので、今回も立ち寄っていきました。
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展望地
「歴史的風土 妙本寺・衣張山特別保存地区」の標柱を過ぎていくと、樹木の間にぽっかりと開いた所があります。
先の方へ出てみると、
鎌倉逗子ハイランドの街並みや「鎌倉市子ども自然ふれあいの森」を見渡せる展望地になっています。
住宅地に先に横たわっている尾根が、先ほど歩いて来た池子の森を取り巻く尾根のようです。
その奥に見えているのは神武寺から鷹取山にかけての尾根でしょうか。
それとも仙元山から二子山にかけての森戸川を取り巻く山々でしょうか。
歴史的風土 妙本寺・衣張山特別保存地区
この地区内で建築、木竹の伐採、土地形質変更等を行なう場合は、事前に許可が必要です。
(神奈川県横須賀三浦地区行政センター)
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衣張山(南峰) (標高120.1m)
再び現われる横木の階段を登っていくと、先ほどの展望地から5分ほどで衣張山(南峰)に着きます。
登り口から9分ほどで到着しました。
西側が開けていて、鎌倉の街並みや由比ヶ浜などを見渡せる良い眺めが広がっています。
条件が良いと富士山も見えるのですが、この時には霞んでいて見えませんでした。
ベンチも設置されているので、ひと休みしていくのに良い所です。
この200mほど北側にあるピークと合わせて、両方とも「衣張山」と云うようです。
衣張山はほぼ同じ高さのピークが二つ並んだ双耳峰になっていて、
ここでは、この高みを「南峰」、この先の高みを「北峰」と呼んでおきます。
この高みには三等三角点があるので、地形図に載っている120.1m峰はここになるようです。
このピークの名前は「浅間山」との情報もありますが、
この南の方にあるパノラマ台の東側の水道設備がある通称「水道山」と呼ばれているピークが
本来の浅間山なのだそうです。
間違われるのは「浅間山の位置取り違え事件」が根底にあるようです。
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展望地の真ん中にある樹木の袂には、石仏と石塔が佇んでいます。
周りにはお願い事などを書いた丸い石がたくさんありました。
3体並んでいる石仏・石塔の内の1体「しあわせ地蔵」が行方不明になっていた時期もありましたが、
結局見つからなかったようで、新たな石仏になっていました。
丁度昼時になったので、脇に腰を降ろして昼食タイムにしました。
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南峰の北へ200mほど進んでいくと北峰がありますが、今回はここから西側へ続く道を降っていきます。
石仏などが並んでいる場所の海側の辺りから、明瞭な踏み跡が続いています。
これまでに何度か登っている衣張山ですが、西側へ降る道があるのには気が付きませんでした。
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道端に笹竹が生い茂る道へ入っていきます。
衣張山へ登ってきた道に比べると少し狭いながら、踏み跡は明瞭に続いていました。
踏み固められた様子からすると、結構歩かれている道のようでした。
右・左と曲がりながら降っていくと、衣張山から5分ほどで植林帯になってきます。
林床にシダ類が生い茂っていたりもしますが、道はよく確認出来ました。
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次第に小さな谷筋を降るようになります。
やがて傾斜が緩やかになって正面に民家が見えてくると、大きな岩壁の横を過ぎていきます。
岩の下には洞穴のような窪みがありましたが、鎌倉地方によくある「やぐら」の一種なのでしょうか。
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岩壁を過ぎていくと、すぐに民家の脇に出ました。
ブロック塀沿いに降って民家の入口を過ぎていくと、左右に通る舗装された坂道に出ました。
衣張山から10分ほどで降りて来られました。
出た所の脇に立つ電柱には「大町六丁目7」の住所標記や、
「名越445」や「大町6・7丁目自治会No.30」の標識が取り付けられているので、
こちら側から登る場合には参考になります。
手元の地図によると、右手へ登っていく道は行き止まりのようなので、ここは左手へ降っていきました。
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住宅地の坂道を緩やかに降っていきます。
道なりに少し右へ曲がりながら降っていくと、左右に通る坂道に出ました。
出た所の脇に立つ電柱には「大町六丁目7」の住所標記や、
「名越43」や「大町6・7丁目自治会No.24」の標識が取り付けられていますが、道標類は見かけません。
手元の地図によると、右手へ200mほど進んでいくと釈迦堂切通がありますが、
以前にも訪ねているので、今回は左手へと進んでいきました。
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細い川沿いに続く坂道を緩やかに降っていきます。
竹林を過ぎていくと、左手から道が合流してきます。
その手前の民家の庭の竹林の脇に「大町六丁目案内図」があって、
この付近の地図と史跡などの解説文が載っていました。
そのすぐ先を流れる逆川に橋が架かっています。
角には道標が立っていて、左手の道は「黄金やぐら200m」、今来たの道は「釈迦堂口切通400m」となっていてます。
バス停へは右手へ進んでいくのですが、左手の道の先に「黄金やぐら」があるようなので訪ねていくことにしました。
これまで何度か通っていても見つけられなかったので、今回こそ探し当ててみようと思いながら進んでいきました。
| 釈迦堂ヶ谷 |
俗称「しゃかんど」と云っています。
これは元仁元年、北条泰時が亡父義時のために、釈迦堂を建てて供養したので、この地名がついています。
当時は立派な釈迦堂がたっていたことでしょうが、
今は岩をくりぬいたトンネルの中の小さなほこらに、五輪の塔がすえてあるだけです。
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| 衣張山 |
衣張山というのは源頼朝が大蔵の屋敷に住んでいたころ、夏の暑い日、この山に白いきぬをはらせ、
雪の降りかかる冬の景色に見せかけ涼んだのでこの名がおこったと云い伝えられています。
頼朝の権勢がすばらしかったことをのちの人が想像し、こんないい伝えが起ったのでしょう。
標高は121.6mで、鎌倉でも高い山の一つです。
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| 唐糸やぐら |
衣張山の中腹に「唐糸やぐら」があります。
このやぐらは木曽義仲のけらい手塚太郎光盛の娘唐糸が義仲の廻し者と、頼朝に見破られ
この土牢に入れられたと云はれています。
「やぐら」というのは、鎌倉時代から室町時代にかけての有力な武将たち一族の墓所であったとこです。
唐糸やぐらもその一つですが、おそらく唐糸の伝説とやぐらと結びつけて唐糸やぐらはできたものでしょう。
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| 黄金やぐら |
衣張山の南面山すそにある鎌倉時代の横穴墳墓で、武士や僧職などの死者を葬ったところです。
岩をくりぬいた室内は幅4m、奥行6m、高さ1.5mの大きさのもので、
ヒカリモがはえ黄金色に光ったためにこの名がついたものでしょう。
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逆川沿いの道を進んでいきます。
逆川にはホタルなどが生息しているようでした。
「黄金やぐら」は何処にあるのだろうと思って左右を覗いながら進んでいきました。
150mほど進んでいくと、逆川に架かる小橋を渡っていきます。
その先から左へ分れていく道を見送って、右手へ曲がって登っていく山際の道を進んでいきます。
先ほどの道標から200mは歩いただろうと思われる辺りまで来ても、一向に「黄金やぐら」への標識は見かけません。
今回も駄目かも知れないと気弱になりながらも進んでいくと、
小橋から200mほどで再び右側に逆川が現れると十字路があります。
角に立つ電柱には「大町六丁目2」の住所標記が取り付けれています。
以前にも確かここまでは来たんだけどなと思いながら諦めかけていると、
電柱の脇に手書きの「大町七丁目案内図」があるのに気づきました。
「2010年6月作成」と書かれているので、以前に来た時にはなかったようです。
もしかしたら載っているかもしれないと淡い期待を抱きながら案内図を眺めていると、
幸運にも下の方に名前が載っていました。
左手の先にあるという「黄金やぐら」へ喜び勇んで向かっていきました。
逆川ふるさといきものの里
<小動物保全区域>
ホタルやモクズガニなどの水生小動物が生息しています。
川の自然をみんなで大切に守りましょう。
(鎌倉市、鎌倉ホタル保存会)
お願い
この周辺は、鎌倉市の数少ないホタルの生息地です。
これまで増やすのに10年かかりました。
皆さまが、来年も美しいホタル(寿命は1週間)の光を
観賞できるよう、次のことを守って下さい。
1.ホタルは絶対にとらないこと。
1.コンクリートや壁のアクを流さないこと。
1.空カン、ゴミ等を捨てないこと。
1.カワニナの餌のセリを育てましょう。
(大町6・7丁目自治会)
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住宅地に続く広めの坂道を登っていきます。
少し曲がった十字路を過ぎて、正面の住宅を右手から巻くようにして続く道を進んでいくと、
金網柵で囲まれた一角があります。
手前に立つ電柱には「名越425」や「大町6・7丁目自治会No.53A」の標識が取付けられていました。
金網柵にも小さな標識が取付けられていたので確認してみると、
少し薄れた字ながらも「黄金やぐら」と書かれているではありませんか。
どこがその「やぐら」なのかと思っていると、金網柵の向こう側が岩壁になっていて、
その下の方に穴が開いていました。
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黄金やぐら
金網柵の先まで行って引き返して坂を降っていくと、道路から2mほど下がった所に「黄金やぐら」がありました。
中を覗ってみると、奥には四角い穴が掘られていて、底には少し水が溜まっていました。
その昔には黄金色の輝いたということですが、この時にはよく分かりませんでした。
それにしても、先ほどあった道標の「黄金やぐら200m」と実際の距離とにはかなりの隔たりがあります。
道標から十字路まで約350m、そこからここまで約150m、合計で500mほどあり、倍半分も違っています。
黄金やぐら
「やぐら」とは、13〜15世紀に鎌倉地方で流行した墓の一様式です。
やぐらの内部の水中に光ごけが発生し、
のぞくと黄金色に輝いたことから黄金やぐらと名づけられたといわれています。
(鎌倉市)
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花咲橋
黄金やぐらから道標の立つ橋まで引き返してきて、その先へ進んでいきます。
左右に立ち並ぶ住宅の綺麗な植木などを眺めながら100mほど進んでいくと五叉路があります。
左手を流れる逆川には短い花咲橋が架かっています。
逆川はここで暗渠に入っていきます。
正面の道は二手に分かれていますが、今回はその左側の方を進んでいきました。
欄干が片側しかなくて変だなと思いながら進んでいくと、
程なくしてもう片方と思われる欄干があって、そこから逆川が出て来ていました。
これ全体でひとつの橋なのだとすると、
長さは短いながら幅が非常に広い橋ということになりますが、実際のところはどうなのでしょう。
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三枚橋
両側に住宅が続く路地を進んでいきます。
立派な竹塀のある民家を過ぎていくと、逆川が右手から近寄ってきます。
川沿いに進んでいくと、程なくして左右に通る細い道があります。
左手へ進んでいくと安国論寺がありますが以前にも訪ねているので、今回は訪ねるのを省略しました。
ここを横切っていくと県道311号に出ます。
出た所には逆川に三枚橋が架かっています。
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名越(なごえ)バス停
右手の先にある信号機の設置された交差点を過ぎていくと名越バス停があります。
鎌倉駅(JR横須賀線)まで、鎌倉駅行きバスにて4分、
朝夕には1時間に3本程度、日中には2本程度の便があります。
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