大磯鷹取山
散策:2011年03月下旬
【低山ハイク】 大磯鷹取山
概 要 鷹取山は大磯町にある低山です。 山頂には鷹取神社があって、関東ふれあいの道「鷹取山・里のみち」の一部にもなっています。 今回は吉沢の池や霧降りの滝を訪ねてから鷹取山へ向かっていきます。 鷹取山から引き返して松岩寺の裏手へ続く尾根を進み、 途中から南へ分れていく道に入って入会橋へ降っていきます。
起 点 平塚市 中沢橋バス停
終 点 大磯町 境橋バス停
ルート 中沢橋バス停…吉沢の池…霧降りの滝…登り口…76番鉄塔…Ψ字路…石祠…75番鉄塔…谷筋…74番鉄塔…日之宮神社…立石…尾根道入口…鷹取山…鷹取神社…72番鉄塔…73番鉄塔…境川分岐…鞍部…入会橋分岐…作業小屋…農道分岐…77番鉄塔…陸橋…境橋バス停
所要時間 2時間40分
歩いて... 73番鉄塔から松岩寺の裏手へ続く尾根の途中から南へ分れていく道は、 平塚市下吉沢地区と大磯町寺坂地区の境界になっていて、境界杭が点々と設置されていました。 冬枯れの季節ということもあってか、道は明瞭に続いていて、8分ほどで農道に降りられました。 そこからは広くて快適な道がバス停まで続いていました。
関連メモ 鷹取山・里のみち, 霧降りの滝, 霧降り渓流のみち, 大磯鷹取山, 大磯鷹取山, 大磯鷹取山, 大磯鷹取山
コース紹介
中沢橋(なかざわばし)バス停
平塚駅(JR東海道線)の北口のバスターミナルから、 [平30]湘南めぐみが丘行きバス、[平31][平34]松岩寺行きバス、[平32]二宮駅南口行きバス、 [平37][平38]神奈川大学校舎前行きバス,または,[平76]秦野駅南口行きバスにて13分から22分、 1時間に6本程度の便があります。
バスの系統によって運行ルートが異なり、停留所の場所や所要時間に違いがあります。
大磯鷹取山
今回の鷹取山は大磯町にあります。 神奈川県で鷹取山と云えば三浦半島にある山が有名ですが、 それと区別するために「大磯鷹取山」というタイトルにしました。 (正式名ではありません)
中沢橋バス停の近くにある中沢橋交差点から南西方向へ続く県道63号を進んでいきます。 正面に丘陵を眺めながら交差点から200mほど進んでいくと、 左へ少し曲がり始める所から右手に分れていく路地があります。 角には道標が立っていて、右手の道は「中吉沢の池・霧降りの滝」となっています。 所要時間や距離なども書いてあるようでしたが、文字が掠れていて読み取れませんでした。 道標に従って右手の路地へ入っていきます。 畑地から民家が建ち並ぶ集落になってくると、石垣沿いに右手へ少し進んだ所に分岐があります。 その左手には、不動川の支流である宮下川が暗渠から出て来ています。 小川沿いに左手の道を進んでいきます。
注意
中吉沢溜池まで自動車で入る事は危険です。
 (平塚市観光協会)
石垣と宮下川に挟まれた道を進んでいくと分岐があります。 角には五輪塔や双体地蔵などが佇んでいました。 そこから左手の道を川沿いに進んでいきます。 程なくして川から離れて、右・左とクランク型に曲がっていくと、畑地の脇に出ます。 梅でしょうか、畑には白色や桃色の花を咲かせた樹木が沢山ありました。 右手に続く民家の塀沿いに進んでいくと分岐があります。 角には道標が立っていて、右手の道は「八剣神社」、正面の道は「吉沢の池」、 今来た道は「妙覚寺」となっています。 道標に従って正面の道を進んでいきます。
吉沢の池
竹林を過ぎて白いガードレールが続くようになると、再び宮下川沿いを進むようになります。 右側に畑が続くようになってくると、少し登り坂になった所に東屋が建っていて、 脇にはベンチなども設置されていました。 谷筋には大きな池がありました。 これが吉沢の池になるようです。 県道の所にあった道標や手元の地図によると「中吉沢の池」とも云うようです。 手元の地図には「上吉沢」や「下吉沢」の地名は見られますが「中吉沢」の地名は見られません。 この辺りは二つの集落の境界になっていて、そのために「中」という文字を冠しているのでしょうか。 それとも、かつては「中吉沢」という地名が存在したのでしょうか。 「吉沢溜池碑」と題した石碑もありました。 旧字体で書かれていたり風化していたりして読めない文字もありましたが、参考までに載せておきます。
吉沢の池
この池は、日之宮山(標高約150m)を水源とする宮下川の水を溜めた池で、 広さは49m×30m、水深は約10m。 昭和10年(1935)に食料増産を目的として作られたもので、水不足のたびに利用されている。 なぜこのような溜池が必要かというと、 吉沢の山々は、鷹取山レキ岩層と呼ばれる大変硬い岩盤からなっているため、 この地域の降水は、地下水とならず地表水となり、乾燥期には水量が極めて少なくなるからである。
吉沢溜池碑
中郡上澤村吉澤耕地整理組合地区一帯ノ水田ハ由来肥沃豊穣ノ地ニシテ二毛作 ニ適スルモ水利ニ乏シク一朝干天持続セハ忽チ被害ヲ受テ秋状ヲ滅スルコト屡 々ナリ殊ニ大正十二年関東大震災後ハ唯一ノ水源タル吉澤渓流ノ水量著シク減 水シ為ニ昭和八年ノ干魃ニ際シテハ全地邑ノ約七割ハ遂ニ稙付不能トナリ住民 ノ食料ニ窮スル者多ク其ノ惨状實ニ言語ニ絶セリ土地ノ有志土澤村長若林聖喜 氏大ニ乏テ憂ヒ関係者三十余名を糾合シ自ラ謀主トナリ水源ヲ改革シテ吉澤_ 流ニ貯水池ノ新設ヲ企画ス仍昭和八年十二月十三日本組合ヲ設立シテ直チニ工 ヲ起シ爾来各役員日夜寝食ヲ_レ事業・促進ニ没頭シ組合員亦協__力各其ノ _____県當局ノ多大ナル援助ヲ得遂ニ翌九年四月全工事ヲ完成__池_貯 水量四十__五千二百立方尺ニシテ今ヤ水源ハ愈々確立シ耕作_____年豊 ニシテ所謂_期ノ目的ヲ達成シ面目ヲ一新ス総事業費七千五百五十圓労務ニ従 事シタル延人員實ニ三千四百余人ニ及ヒ県補助金四千二百四十九圓余ヲ交付セ __仍テ爰ニ其ノ梗概ヲ刻シ碑ヲ建立後世ニ其ノ事蹟ヲ傳ヘムトス
昭和十年八月 中郡土澤村吉澤耕地整理組合之建
アヒルの姿を見た方へ!
「こっちへおいで」とか声をかけて、かわいがって下さい。 「何でも喜んでいただきまーす」
 (吉沢池のアヒルより)
注意
ハンターのみんさん! この附近に住宅・農耕地等があります。 狩猟に注意しましょう。
 (神奈川県)
フィールドの約束(や・さ・し・い・き・も・ち)
)野外活動は無理なく楽しく
)採集はしないで自然はそのままに
)静かにそーっと
)一本道、道から外れないで
)着るものにも一工夫
)持って帰ろう、想い出とゴミ
)近づかないで、野鳥の巣
(神奈川県環境部自然保護課)
●メジロ(メジロ科) 黄緑色の体で、目の周りに白いリング。林で昆虫や花の蜜を食す。都市にも増加中。
●トビ(タカ科) 全身褐色の大形タカ類で尾が長くバチ形。海岸や市街地でピーヒョロロと輪を描く。
●イカル(アトリ科) 山地の林に棲むくちばしの大きな小鳥。波状に飛びながらキョッ、キョッと鳴く。
池の右側に続く道を進んでいくと、山際に石祠がありました。 その前には赤い鳥居が立っていて、脇には「開運龍王水神」と刻まれた石柱もありました。 そこを過ぎて桧林へ入っていくと「霧降瀑碑」と題した石碑がありましたが、 漢文調の旧字体で書かれていたり剥がれている所もあって、意味はよく分りませんでした。 少し降って池の上流に続く宮下川に架かる木橋を渡っていきます。 横木の階段を登った先の木橋を更に渡って、斜面に続く道を谷筋に沿って登っていきます。 左下を流れる川を眺めながら登っていくと、真新しくてしっかりした木橋がありました。 橋を渡っていくと、横木の階段の先には丸太を組んだ木道がありました。 前日の降雨で滑りやすくなっていましたが、横向きに桟が打ち付けられて梯子状になっていたので、 なんとか滑らずに済みました。
火気に注意
野草を取らないで
まむしに注意
霧降りの滝
僅かな高みを越えて、その先へ続く木道を折れ曲がりながら降っていきます。 宮下川に架かる木橋を渡っていくと霧降りの滝があります。 中沢橋バス停から28分ほどで到着しました。 「平塚八景 霧降りの滝」と刻まれた石標の脇には解説板もありました。 川に降りて行かれる階段があったので、滝の近くまで行って写しました。 丸まった大きな岩を舐めるようにして水が流れ落ちていました。 解説板にある「霧降瀑の碑」とは、先ほどの桧林の中にあった石碑のことだろうと思われます。
霧降りの滝
この滝は、日之宮山を水源とする宮下川の上流に位置している。 高さ12mの所から水量の多い時はまるで霧のように流れ散るので、この名が生まれたといわれている。 天保4年(1833)に建立された「霧降瀑の碑」によれば、このころから名瀑として知られていた。 かつてこの滝は「魔王の滝」ともいわれ、傍に不動堂があり、毎年7月28日には、 滝の不動尊祈願を上吉沢妙覚寺の住持が修法している。 (平塚市)
解説板の脇に続く横木の階段を登っていくと、小広くなった所に出ます。 テーブル・ベンチも設置されていて休憩するには良い所です。 その先の横木の階段をひと登りすると、左右に通る広い道に出ます。 脇には「湘南平・霧降り渓流のみち」と刻まれた石碑や 案内板があります。 脇には道標も立っていて、右手の道は「鷹取山2.0km・関東ふれあいの道1.5km」、 左手の道は「松岩寺0.7km」、今来た道は「霧降りの滝・吉沢の池0.4km」となっています。 左手はコンクリート舗装されていますが、右手は未舗装になっています。 この広い道が「湘南平・霧降り渓流のみち」になります。 ここから谷筋に続く広い道を右手へと進んでいきます。
(写真は道に出た左側から右の方を向いて写したものです)
登り口
右側の谷筋を流れる霧降り渓流に沿って、広い道を登り気味に進んでいきます。 道端には苔生した所もあって、いい雰囲気になっています。 程なくして渓流に流れ込む支沢に架かる木橋を渡っていきます。 橋を渡った所に道標が立っていて、正面の道は「鷹取山・日之宮神社」、 今来た道は「霧降りの滝・松岩寺」となっています。 道標のすぐ先から左手の尾根に登っていく山道があります。 ここが73番鉄塔から松岩寺の裏手へ続く尾根への登り口になります。 「霧降り渓流のみち」は正面に続く広い道になりますが、 今回はこの左手の尾根に続く山道を登っていくことにしました。
(正面の道は「霧降り渓流のみち」を参照)
76番鉄塔
雑木林の尾根を登っていきます。 道の両側には笹やアオキなどが生い茂ってはいますが、 冬枯れの季節とあって、道は明瞭に続いていました。 それほど傾斜が急ではなくて歩きやすくなっていました。 登るにつれてアオキなどの背丈が低くなって、見通しが良くなってきます。 正面に高みがありそうな雰囲気になってくると、登り傾斜が少し増してきます。 明るい雑木林の尾根を更に登っていくと、登り口から4分ほどで、 送電線の鉄塔「西-平76号」が立つ高みに着きました。 周囲には雑木などが生い茂っていて展望は得られません。
西-平76号 お願い JR東海
この送電線は、7万7千ボルトの高電圧です。 下記の事柄について御連絡下さい。
1.送電線の附近に建造物を建てられるとき。
2.送電線に接近して作業をされるとき。
3.送電線の附近で火災がおきたとき。
 (小田原電力所、東京地区電力指令)
Ψ字路
鉄塔の右前方に続く尾根道を軽く降っていきます。 ここからは、登ってきた時よりも広くてしっかりとした道になってきます。 両側が谷になった馬の背のような鞍部を過ぎて軽く登り返していきます。 再び道端にアオキなどが生い茂るようになる広い尾根道を進んでいくと分岐に出ました。 正面に登っていく道と、左右に曲がりながら続く道が交差するΨ字路になっています。 76番鉄塔から2分半ほどの所になります。 脇には注意書きの看板が立つ以外に道標類は見かけませんが、 正面から来て左手へ降っていく道が、この先にある73番鉄塔から松岩寺の裏手へ続く尾根道になります。 今回は右手に続く道を進んでいくのですが、その前に、正面の高みにある石祠を訪ねていくことにしました。
(正面から来て左手へ降っていく道は「大磯鷹取山」を参照)
注意
タバコの投げ捨て禁止。 緑を大切にしましょう。
 (平塚市消防本部、日本土地建物株式会社)
石祠
正面の道は高みを右手から巻くようにして続いていますが、 すぐの所からその高みへ登っていく道があります。 三段の階段を登ってその先に続く広い坂道を登っていくと、小広くなった高みに着きます。 高みには石祠や石仏などが幾つかあって、向こう側を向いて並んでいました。 中央に石祠があり、右側に四角柱の石碑、左側に石仏などが5つ並んでいました。 石祠の屋根は少し欠けていて、横には図柄が描かれていました。 祠の側面を確認してみましたが、名前を示すようなものは刻まれていないようでした。 木簡のようなものは脇にありましたが、文字は消えていて判読出来ませんでした。
75番鉄塔
高みの右前方には広い坂道が続いていて、先ほどの正面に続く道に降りられますが、 手前のΨ字路まで引き返して、左手(登ってきた向きには右手)の道に入っていきます。 斜面を横切るようにして進んでいくと、程なくして尾根の背に乗ります。 引続き広めでしっかりとした道が続いています。 Ψ字路から3分ほど進んでいくと、道端に四角く刳り貫かれた深い穴が開いていました。 自然に出来たものではなくて人工的に掘った穴のように思えましたが、目的は分りませんでした。 そこを過ぎて広くて緩やかな尾根道を進んでいくと、Ψ字路から4分ほどで、 送電線の鉄塔「西-平75号」が立っています。 ここも周囲に雑木などが生い茂っていて展望は得られません。
谷筋
鉄塔の右手から正面へ続く道を進んでいくと、30秒と行かない所に分岐があります。 左手に降っていく坂道には、送電線の巡視路でよく見かける硬質プラスチックの階段が設置されていました。 正面の道は細くて頼りなさそうな様子ですが、いずれの道を進んでも下の方で合流します。 今回は左手の階段を降っていきました。 笹竹が生い茂る中に続く坂道を降っていきます。 少し右へ曲がって緩やかになってくると、手前で分れてきた道が右手から合流してきます。 その道を併せて先へ降っていきます。 道の両側に笹竹が生い茂るようになってきた道を降っていくと、谷筋に降り立ちました。 先ほどの霧降の滝の上流になるを渡っていくと、左右に通る広い道に出ました。 石祠から9分ほどで降りて来られました。 脇にはΨ字路で見かけたのと同じ注意書きの看板が立っている他には何もありませんが、 今回は左手へ続く道を谷筋の奥へと進んでいきます。
右手へ数10m進んでいくと、「湘南平・霧降り渓流のみち」が鋭角に曲がっていく所があります。 曲がり角には道標が立っていて、 登っていく道は「鷹取山」、沢沿いに来る道は「霧降りの滝・松岩寺」となっています。 先ほどの「登り口」から直進してきた道になります。
74番鉄塔
沢沿いに1分ほど進んでいくと、植林帯の手前に分岐があります。 どちらへ進んだものかと辺りを見回してみても道標類は見かけませんでしたが、 今回は右手の道を進んでいきました。 引続き広めの道が続いていましたが、程なくして登り坂になってくると、道幅が少し狭まってきました。 少しV字形に抉れた感じの所もある道を登っていくと、硬質プラスチックの階段が現れました。 途切れながら続く階段を登り、少し左へ曲がって小尾根に出ると、 送電線の鉄塔「西-平74号」が立っていました。 谷筋の道に出た所から4分ほどの所になります。 左手の方からも踏み跡が登ってきていました。 手前で分かれて来た道かも知れませんが、確かめた訳ではありません。
日之宮神社
鉄塔の右手に続く尾根を登っていきます。 登り始めはかなり傾斜がありますが、1分もせずに緩やかで広い道になってきます。 傾斜が少し増してきた坂道を登っていくと、日之宮神社の石祠がある尾根に登り着きました。 74番鉄塔から3分ほどの所になります。 石祠は左手を向いて建っていて、側面には「上吉沢村氏子中」「平塚市上吉沢氏子中」、 「文政二年五月十五日建之」「昭和丗四年四月十五日再建」と刻まれていたので、江戸時代の末期からある祠のようです。 その脇には「日之宮神社」と刻まれた石標や解説板が立っていました。 御神木だったのでしょうか、横には枯れた大木が切り倒されて、朽ち果てそうになっていました。 手前には道標が立っていて、右前方へ降っていく道は「立石80m」となっているので、 往復してくることにしました。
日之宮神社
日之宮山(標高約150m)の山頂に祀られた由縁をもって社名としている。 祭神は大日霊貴命。祭神の年代は不明だが、石祠の側面に「文政2年(1819)5月15日上吉沢村氏子中」とあるので、 江戸時代において祀られていたことがわかる。 明治41年(1908)上吉沢村の鎮守八剣神社に合祀されたため、お宮は放置されていましたが、 のちに水不足に悩む氏子達によって、祈願のための台石の一部を新調し、再建したのが現在の石祠である。
立石
かなり傾斜のある幅の広い坂道を降っていきます。 滑り落ちないように気をつけながら降っていくと、大きな岩が現れます。 左手から回り込むようにして続く横木の階段を降っていくと、解説板が設置されていました。 これが立石と呼ばれる岩のようです。 この岩を七回半廻ると大蛇が出てくるというので、蛇嫌いの私は一回だけ廻って終りにしておきました。
立石
この立石は、底部3.3m高さ3.5mほどの座像を思わせるような形をした自然石である。 この立石には、二つの伝説があり、その一つは日本武尊が東征の折、 山づたいにここまで来られ、この石に腰掛けてしばし休息をされて、附近一帯を眺められたという。 もう一つの伝説は、この石を七回半廻ると、どこからか大蛇が出てくると伝えられ、昔から不思議な石である。
立石から日之宮神社まで引き返してきて、石祠が向く先に続く広くて緩やかな道を進んでいきます。 1分ほど進んでいくと、左右に通る広い道に出ました。 この道が霧降りの滝の先から分れてきた「湘南平・霧降り渓流のみち」になります。 中ほどには道標が立っていて、左手の道は「鷹取山」、右手の道は「霧降りの滝・松岩寺」、 今来た道は「日之宮神社60m・立石140m」となっています。 ここは左手に続く広いハイキングコースを進んでいきます。
広くて快適な尾根道を進んでいきます。 僅かに登ってから軽く降り気味に進んでいきます。 杉が数本並木を作っている所を過ぎていきます。 周囲にアオキなどが目立つようになってくると、少し登り坂になってきます。 道なりに左へ曲がっていくと、左手に登っていく道が分れています。 ハイキングコースに出た所から4分ほどの所になります。 手前には道標が立っていて、正面の道は「鷹取山」、 今来た道は「霧降りの滝・松岩寺」となっています。 左手の道のすぐ上には送電線の鉄塔「西-平73号」が立っています。 今回はここから東へ伸びる尾根道を進んでいくのですが、その前に鷹取山まで往復してくることにしました。
左手の道を見送って、尾根の右側に沿って続く道を進んでいきます。 緩やかに登っていくと道標が立っていて、正面の道は「鷹取山」、 今来た道は「霧降りの滝・松岩寺」となっていますが、 今来た道を指すべき板が少し右側の谷の方を向いていて、不自然になっていました。 そこを過ぎていくと、幅の広い横木の階段を登るようになります。 右手には、枝などに邪魔されながらも丹沢の山並が広がっていました。 程なくして降るようになると、左右に通る舗装露に降り立ちました。 日之宮神社から10分ほどで到着しました。 左右に通る道は関東ふれあいの道「鷹取山・里のみち」で、 「湘南平・霧降り渓流のみち」はここで終りになります。 道の中ほどには「関東ふれあいの道」の石標が立っていて、 「これより湘南平・霧降り渓流のみち」とも刻まれていました。 角に立つ道標によると、右手の道は「七国峠5.3km・妙円寺(銭洗弁天)3.3km」、 左手の道は「鷹取山0.5km」、今来た道は「霧降りの滝1.5km・松岩寺2.2m」となっています。 出た所の右側には「湘南平・霧降り渓流のみち」の案内図がありましたが、 霧降りの滝の傍で見かけたのと同じ内容でした。
尾根道入口
左手に続く坂道を登って傾斜が緩やかになってくると、少し左へ曲がっていきます。 すぐ先で降り始めるようになりますが、その手前から左手へ登っていく坂道が分かれていきます。 今回はここから尾根道に入っていくのですが、その前に正面の道の先にある鷹取山まで往復してきます。
小さな火 "まさか"がおこす 山の火事
 (神奈川県)
山火事注意 火の用心!
たきび・たばこは確実に消して!
 (大磯町消防本部)
右側に有刺鉄線柵が続く広めの舗装路を降っていきます。 降り始めてすぐの所に、コンクリートブロック塀の一角があります。 コンクリート舗装された登り坂が左手に分かれていきますが、 塀には「私有地」「立入禁止」「キケン」などと書かれています。 その道を見送って緩やかになった道を進んでいくと、やがて登り坂になってきます。 右側に続いていた有刺鉄線柵が途切れて植林帯になると、僅かな高みに着きます。 尾根道入口から6分ほどの所になります。 手元の地形図では、鷹取山の北北西150m辺りにある標高210mほどの高みになるようです。
たばこの投げ捨てやめましょう
みんなで注意!ふせごう山火事
残そう緑!なくそう山火事
 (大磯町消防本部)
注意 CAUTION 路肩弱し
鷹取山 (標高219.0m)
少し降ってから登り返していくと、右側に雑木林の僅かな高みが現れます。 傾斜が緩やかになって道が広がる手前から、右手に戻るようにして、その高みへ続く山道が分かれています。 明るい雑木林に続くその山道を登って高みに着くと、少し左の方に三等三角点があります。 ここが地形図に載っている標高219.0mの鷹取山の山頂になるようです。 尾根道入口から10分ほどで到着しました。 周囲は樹木に囲まれていて展望は得られません。 鷹取神社はこの少し南側にありますが、 ここから神社にかけての一帯が、緩やかな山頂部を成しているようです。
以前に来た時には、山頂へ続く道の途中にペットの墓と思われる「ヨシ」「チビ」と書かれた丸い石があって、 綺麗な花束が手向けられていましたが、この時には石も花もなくなっていました。
鷹取神社
山頂から舗装路に戻ってその先へ進んでいくと、道幅が広がって広場風になってきます。 その奥に二つ並んで立つ土管のようなものの間には「出入口につき駐車禁止」の看板があります。 そこを抜けていくと、南向きに鷹取神社が建っています。 コンクリート製の社になっていて、社殿の屋根には2本の鰹木が乗り内削ぎの千木が聳えていました。 千木は屋根の両側に一組ずつあるものとばかり思っていましたが、 ここのは縦向きに並んでいて一組しかありませんでした。 社殿の中を覗ってみると、御幣が下げられた白木の小祠が納められていました。
鷹取神社御由緒と沿革
鎮座地大磯町生澤1401
祭 神木花咲夜姫命
境内地277坪
保安林2,400余坪
鷹取神社は、生澤地区の鎮守氏神様として鷹取山 (218.98m)の山頂に鎮座し、御創建は天長3年(826)3月と 伝えられる。御創建当時の名称は「直下社」と言われた。 鎌倉時代の文献東鑑によると「建久2年4月27日相模国生澤直下社神主清包 地頭土屋三郎云々」と見える。これによると当神社は鎌倉時代には 専住の神主が在住し、執事していた事が知られ大変賑わいを見せた神社であったと思われる。 小田原北条氏も信仰が篤く、多くの社領の寄進があり、一説には300貫と言われる。 鷹取山の名は、古くは栗原山等の名があったが、 現在の名は、徳川家康が平塚の中原で鷹狩りを行なった時、その愛鷹が この山までにげてきて捕えた事から名付けられた。江戸時代の始め寛文元年 3月の当神社棟礼には、鷹取直下社造営と見える。 天正19年徳川家康公より社領2石の御朱印があり、御祭神が富士浅間社と 同じであることから、江戸中期から明治の始め頃までは鷹取浅間社と言われるように なったが、明治6年鷹取神社と現在と名称になり、同年指定村社に列せられた。 木花咲夜姫の神様は大山祇神と言う尊い神様の御子神であ、木の花(桜の事)の 咲くような美しい姫神様です。湧水を司さどられ豊作物の豊作の守護神であり、 又助成の方は熱心に参拝祈願をすると少しづつより美人となっていくという 御神徳の高い神様です。
境内には大きなイチョウやシイの木などが生えていました。 「かながわの名木100選」にも選ばれている大タブノキは枯れてしまったのでしょう、 中が洞になった大木の切り株がありました。 昭和59年(1984)に選定されたようで、その頃にはまだ樹勢が旺盛だったようです。 解説板などが幾つか設置されているので、それらを読んだりしながら、 脇に設置されたテーブル・ベンチに腰を掛けて、早めの昼食タイムにしました。
神奈川県指定天然記念物 鷹取神社の社叢林
鷹取神社の周辺は、うっそうとしたスダジイやタブノキなどの 常緑広葉樹林で囲まれて、深山に鎮座する神社の風格を思わせています。 最も発達した樹林は、鷹取神社西側にみられ、胸高直径12 5センチのタブノキの老木を伴うタブノキの優占する林で、林高は27m、 高木層の植被率は90%に達して斜面を被い、これらの樹木が斜面崩壊を防いでいます。 神社東側のゆるやかな傾斜地にはタブノキとともに、木肌が鹿 の子模様にはがれるカゴノキがみられます。さらに、参道の周辺 にはスダジイ林が帯状に残され、傾斜地の尾根部を占めています。 また、参道下部や急斜面部には胸高直径が90cmのカラスザ ンショウや、オオシマザクラ、アカメガシワ、エノキなどの混生した夏緑広葉樹林がみられます。 林内にはアオキ、シロダモ、ヤブニッケイ、ヤブツバキなど常緑 の亜高木や低木が優占し、神奈川県の中部を北限とし、沖縄まで 分布するモクレイシが混生しています。林床にはカブダチジャノヒゲ、 キヅタ、ツルマサキ、ヤブコウジ、ヤブランなどど、県下では 比較的固体数の少ないカラタチバナがみられます。 鷹取神社の樹叢は、近くにある高麗山の樹林とともに、神奈川県の 郷土の森を代表する樹叢として景観的に貴重であるだけでなく、 この地の原植生の面影をとどめる学術的にも貴重な樹叢であります。
かながわの名木100選 鷹取神社の大タブノキ
鷹取山頂の一角にそびえ、幹に裂目を生じているが、樹勢は旺盛な古木である。 周辺の自然林を含めて大磯町の天然記念物に指定されている。
樹高:18m 胸高周囲:5.0m 樹齢:約400年(推定)
タブノキは、本州から沖縄に分布する常緑高木で、照葉樹林の代表的な木である。 樹高25m、胸高周囲10m、樹齢約700年に達するものもあると言われている。
 (神奈川県)
鷹取神社の境内には「関東ふれあいの道」の道標が立っていて、 社殿の正面に続く階段は「月京バス停3.0km・大磯海岸」、 今来た道は「南平橋5.9km・弘法山9.6km」となっています。 関東ふれあいの道「鷹取山・里のみち」にもなっている正面の参道は、 生沢地区にある「東の池」の辺りへ降りていけますが、 今回は鷹取山の北側から東へ続く尾根道を歩くべく、先ほどの尾根道入口の所へと引き返していきました。
この附近の樹木
鷹取山の自然林】  山頂一帯は、大きなタブ、スダジイなどの常緑広葉樹におおわれた県内有数の自然林で、 神奈川県の自然環境保全地域と大磯町の文化財に指定されています。
自生している主な樹木】  タブ、カゴノキ、スダジイ、ヤブニッケイ、ヤブツバキ、モクレイシ、アオキ、 カラタチバナ、トベラ、ヒサカキ、テイカカズラ、ツルグミ
どんないきものとふれあえるかな】  この道を歩いてみるといろいろないきものに出会うと思います。 かれらがどんな生活をしているかそっと観察してみましょう。
貴重な自然を大切にしよう!!
 (環境庁、神奈川県)
鷹取山の自然林(町指定)
鷹取山には、スダジイ・タブを主体にした、 この地方本来の自然植生が保存されています。 特に鷹取神社境内一帯は、カゴノキ・モクレイシが 自生しているほか、スダジイ・タブ等には高麗山をしのぐ巨大樹も認められます。 また、モミが多数生存しているなど注目に値する点も多く、 1haにも及ばない小面積の中に密度の濃い貴重な自然林を形成しています。
お願い  この天然記念物を、伐採したり荒らしたりしないで、大切に保護してください。
 (神奈川県教育委員会、大磯町教育委員会)
72番鉄塔
尾根道入口まで引き返して、右手の坂道を登っていきます。 すぐに左へ折れ曲がって、雑木混じりの植林帯に続く滑りやすくなった坂道を登っていきます。 傾斜が緩やかになった道を進んで雑木林へ変わってくると、尾根道入口から1分半ほどで、 送電線の鉄塔「西-平72号」が立つ高みに着きました。 周囲は樹木に囲まれていて展望は得られません。 手元の地形図によると、鷹取山の北500m辺りにある標高200mほどの高みになるようです。 鉄塔の下を過ぎてその先に続く道を進んでいきます。
73番鉄塔
山道にしては広めの道を進んでいきます。 夏草が生い茂る季節だと少し狭い感じもしますが、 この時には冬枯れの季節で、かなり広い道に感じました。 頭上を見上げると、進行方向に沿うようにして送電線が続いていました。 雑木林に続く道を緩やかに降っていきます。 僅かに登りになってくる道を進んでいくと、72番鉄塔から2分半ほどで、 送電線の鉄塔「西-平73号」が立っています。 鷹取神社から13分ほどで到着しました。 脇には「基準点No.8」と刻まれた石標もありました。 72番鉄塔の立つ所からここまでは標高がほとんど変わらず、一つのピークを成しているようでした。
この高みからは、右手に続く細めの尾根道と、左手に続く広めの坂道の二手に分かれています。 左手の坂道を降っていくと、程なくして先ほど歩いて来た「霧降り渓流のみち」に降り立ちますが、 今回は東へ伸びる破線の道として地形図にも載っている右手の道を歩いていきます。 細い山道へ入っていくと、左側の一角が「きけん立入禁止」と書かれた黄色いテープで囲まれています。 その中には大きな竪穴が開いています。 上には木の枝などが置かれていて、一見して穴がないように見えます。 置かれている枝は乗っても大丈夫なほど太くはなくて、乗ると確実に転落しそうです。 塞ぐことをしないのなら、上には何も置かずに周囲をロープなので囲んでおく方が、 穴があることが分って良いように思います。 人工的に掘った穴のように思えますが、使用目的はよく分かりませんでした。
山道に入っていくと、向こうから壮年の夫婦がやってきました。 二言三言話をしてみると、地元の方なのか、ここに竪穴があることをよくご存知のようでした。 以前から役所へ対策するように何度も陳情しているが何もして貰えないと嘆いておれらました。 誰か有志の方がテープを張ったのでしょうか。
(後日に来てみると、穴はしっかりとした鉄パイプで覆わていました)
境川分岐
笹竹や細木などが生い茂る道を進んでいくと、雑木の混じる植林帯の急坂を降るようになります。 前夜に少し雨が降って滑りやすくなっている上に、掴まるのに適当な木などが道端に生えていないので、 滑り落ちないよう足元に注意しながら慎重に降っていきました。 この尾根は、平塚市下吉沢地区と大磯町寺坂地区の境界になっていて、境界杭が点々と設置されています。 傾斜が少し緩んでアオキなどが生い茂る道を進んでいくと分岐があります。 73番鉄塔から4分ほど降ってきた所になります。 道標類は見かけませんでしたが、右手に降っていく道は境川の上流に続く林道へ降りて行かれますが、 今回は正面に続く尾根道を進んでいきます。
(右手の道は「大磯鷹取山」, 「大磯鷹取山」を参照)
鞍部
細木などが生い茂る雑木林の尾根を進んでいきます。 冬枯れの季節ということもあってか、踏み跡は明瞭に続いていました。 多少の登り降りはあるものの、全体的には緩やかな尾根道になっています。 標高170mほどの僅かな高みを越えていきます。 夏場だと蜘蛛の巣が顔に掛かったりもするのですが、この時にはそのようなこともなくて済みました。 73番鉄塔から12分ほど進んでいくと、僅かに抉れた鞍部のような所を通過していきます。 左右にも踏み跡が見受けられましたが、林業の作業路かも知れません。 ここは鞍部を過ぎてその先へと進んでいきます。
入会橋分岐
登り気味になってきた尾根道を進んでいくと、道の両側には次第に笹竹が生い茂るようになります。 道に沿って点々と設置された境界杭を確認しながら進んでいきます。 正面に大きな樹木が生える所まで来ると分岐があります。 73番鉄塔から14分ほどの所になります。 道標類は見かけませんでしたが、ここが地形図に載っている標高180mほどの高みの分岐点になるようで、 左手の道に入った所に「基準点No.14」と刻まれた石標がありました。 左手の道は先ほどのΨ字路を経て松岩寺の裏手へ続いていますが、 今回は市町境の尾根になっている右手の道を進んでいきました。
(左手の道は「大磯鷹取山」を参照)
道の両側に笹が生い茂る道を進んでいきます。 アオキが見られるようになると、桧が並んで生えていました。 入会橋分岐から1分半ほどの所になります。 そこを過ぎてアオキや雑木が生える緩やかな尾根を降り気味に進んでいきます。 冬枯れの季節ということもあるのか、道は明瞭に続いていました。 市町境の尾根とあって、引続き、境界杭が点々と設置されています。
作業小屋
尾根の左肩を進んで笹竹が生い茂る所を過ぎていくと、正面に柵が現れます。 左から回り込むようにして柵沿いに降っていくと作業小屋が建っていました。 入会橋分岐から8分ほどの所になります。 柵に沿って小屋の所まで進んでいくと、左手の尾根へと広い道が続いていました。 農道になっているようで、小型車なら通っていけるだけの幅があります。 ここからは快適な道になります。
農道分岐
広くて緩やかな農道を3分ほど進んでいくと、正面に街並みが見えるようになります。 少し降り傾斜が増してきた道を進んでいくと、簡易舗装された道になってきます。 右手に畑が広がるようになってくると、湘南平から浅間山・高麗山にかけての山並を見渡せるようになってきます。 湘南平にあるテレビ塔もよく見えるていて、高麗山の先には相模湾も見えていました。 畑の脇に白っぽい板が設置された所までくると分岐があります。 作業小屋から6分ほどの所になります。 道標類は見かけず、どちらへ行けばいいのか迷う所です。 手元の地形図によると、市町境の尾根は正面の道のようですが、 ここは右手へ分れていく道を降っていきます。
正面の道もしばらく続いていますが、ここから2分ほどで行き止まりになっています。 ミカン畑の脇を過ぎて僅かに登ってから降っていき、再びミカン畑が現れる辺りになります。 その左側に生える笹竹の一部が切り開かれていて、踏み跡がありました。 試しにそこに入ってみると、雑木林の中に何とか歩ける踏み跡が続いていました。 僅かな尾根の背に続く踏み跡を4分ほど進んでいくと、右手の農道の先から分岐してきた道に出られました。 しかし、農道と比べて分かり易くはないので、歩くのはあまりお勧め出来ません。 (この探索は所要時間に含めず)
道端には桧が防風林のようにして続いていました。 その脇に続く舗装された農道を降っていきます。 ミカン畑などを眺めながら快適に降っていくと、菜の花や紅梅が植えられた所がありました。 春になったことを実感していると、白馬がやってきました。 カッポカッポと蹄鉄の音を響かせながら、ゆっくりとすれ違っていきました。 手元の地図によると、この下の方に乗馬クラブがあるようなので、そのクラブに所属する馬のようでした。 お客を乗せて歩いているところだったのでしょうか、手綱を引いているのは若い女性でした。
正面に送電線の鉄塔を見ながら農道を降っていくと、作業小屋が建つ手前に分岐があります。 先ほどの農道分岐から3分半ほどの所になります。 手元の地図によると、右手の道も県道63号の上寺坂バス停の辺りへ降りて行かれるようですが、 今回は市町境の尾根を歩くべく、左手の道を進んでいきました。
土手に沿って進んでいきます。 左手の畑への坂道を見送っていくと、右側には植林地が続くようになります。 そこを過ぎて少し登り坂になってきた道を土手沿いに進んでいくと、小屋の建つ所に分岐があります。 左手に二つと右手に一つの道が分れていますが、奥の方の左手の道を進んでいきます。 未舗装路になった道を進んでいくと、廃車になった自動車が物置のようになっていました。 そこを過ぎていくと森へ入っていきます。 入口にはこれまでにも見かけた平塚市消防本部と日本土地建物株式会社が設置する 「タバコの投げ捨て禁止。緑を大切にしましょう。」の看板が立っています。
(先ほどの農道分岐を直進してくると、この森への入口の所に出られます)
77番鉄塔
やはり土の道は雰囲気がいいと思いながら、広くて緩やかな道を進んでいきます。 ここも農道になっているようで、小型車なら通っていけるだけの幅があります。 1分半ほど進んでいくと、樹木が疎らになって開けた感じになってきます。 正面には送電線の鉄塔「西湘線77」が聳えていました。 これまでに見かけた「西-平72号〜76号」の鉄塔よりも大きな鉄塔でした。 農道分岐から10分ほどの所になります。 道はその鉄塔の手前を右手へと曲がっていきます。
陸橋
鉄塔を右手から巻くようにして曲がっていきます。 鉄塔の向こう側の一段低い所に出てその先へ進んでいくと、右手へ曲がっていくヘアピンカーブがあります。 カーブを曲がって緩やかに降っていくと、小田原厚木道路陸橋が架かっています。 橋の名前を記していると思われる銘板が取り付けられていましたが、 すっかり錆び付いていて、文字は判読出来ませんでした。
橋を渡っていくと舗装された道になってきます。 左右に広がる畑などを眺めながら傾斜が少し増してきた農道を降っていくと、左右に通る道に出ました。 正面には畑が広がり、その奥には湘南平から高麗山へと続く山並を見渡すことが出来ました。 道標類は見かけませんでしたが、右手の道は登り坂になっているので、 降り坂になっている左手の道を進んでいきました。
白いガードレールを過ぎて山際に続く農道を降っていくと民家が見えてきました。 左手から降ってくる広い未舗装路を併せて降っていくと、立派な竹林が続いていました。 ブロック塀に沿って進んでいくと民家の脇に降り立ちました。 ブロック塀が終った所に民家の入口がありましたが、そこから右手へ続く道を進んでいきます。
境橋(さかいばし)バス停
左側に小川が続くようになった道を進んでいくと、民家を過ぎた先で県道63号に出ました。 出た所の左手には入会橋が架かっていて、その際に境橋バス停があります。 77番鉄塔から9分ほどで降りて来られました。
橋の際の乗り場からは、松岩寺経由平塚駅北口行きの便が1時間に1本程度あります。
道路を渡った右手の乗り場からは、上寺坂経由平塚駅北口行きの便が1時間に2本程度、 二宮駅南口行きの便が1時間に1本程度あります。
この左手900mほどの所にある松岩寺バス停まで行けば、 平塚駅行きのバスが1時間に2本から5本程度出ていますが、 写真を撮ったりしている間にバスが来たので、ここから乗っていきました。