鎌倉アルプス
散策:2011年03月上旬
【低山ハイク】 鎌倉アルプス
概 要 鎌倉アルプスは、鎌倉の街を取り巻くように聳える標高150mほどの山々です。 そこに隣接するように横浜市民の森もいくつかあって、一大緑地を成しています。 今回は永福寺跡の西側から天園ハイキングコースに出て、大平山に向かう途中から谷筋へ降り、 亀ヶ渕地区の奥から再び鎌倉アルプスの尾根へ登るルートを歩きます。
起 点 鎌倉市 大塔宮バス停
終 点 鎌倉市 半僧坊下バス停
ルート 大塔宮バス停…鎌倉宮…遊歩道登り口…広場…広場…谷筋…天園ハイキングコース…やぐら群…鎌倉アルプス…鷲峰山…21番鉄塔…22番鉄塔…降り口…谷筋…獅子舞地区…杉ノ川橋…亀ヶ渕地区…尾根道…鷲峰山…建長寺分岐…今泉台六丁目公園…緑道…半僧坊下バス停
所要時間 2時間30分
歩いて... 永福寺跡の西側に続く遊歩道は以前からあったようで、階段やロープ柵が設置されて歩き易くなっていました。 大平山に向かう途中から谷筋へ降る道は、冬枯れの季節でも笹竹などが生い茂っていました。 亀ヶ渕地区の奥から鎌倉アルプスの尾根へ登る道は、登り始めの所を過ぎてからは分かり易い道になっていました。
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鎌倉アルプス, 相武尾根
コース紹介
大塔宮(だいとうのみや)バス停
鎌倉駅(JR横須賀線)の東口から、[鎌20]大塔宮行きバスにて7分、1時間に4本程度の便があります。
バス停の傍にある小橋を渡っていくと鎌倉宮の境内になります。 脇には大きな「鎌倉市観光案内図」があって、寺社以外にも、 天園ハイキングコース、葛原岡・大仏ハイキングコース、祇園山ハイキングコースなども紹介されています。
鎌倉宮
左手に続く坂道を登っていくと、手水舎や拝観受付所の先に鎌倉宮の社殿があります。 本殿は拝殿の奥の方に見えていて、かなりの距離があるようでした。 何だか厳かな雰囲気が漂っていました。 本殿の屋根には5本の鰹木が乗り外削ぎの千木が聳えていました。 どういう意味なのかは分かりませんが、拝殿の前には赤い大きな獅子頭が置いてあります。 奥には土牢や神苑などがあるようですが、訪ねるのは省略しました。
鎌倉宮
祭神 護良親王(大塔宮)
創建 明治2年(1869)
御醍醐天皇の皇子である護良親王を祭神とする神社です。 護良親王は、後醍醐天皇の鎌倉幕府討幕の動きに呼応して幕府軍と戦うなど貢献しました。 幕府が滅亡し天皇親政が復活(建武の新政)すると征夷大将軍に任じられましたが、 その後足利尊氏と対立して捕えられ、28歳で非業の最後を遂げました。 社殿の後ろ手に残る土牢が親王最後の地と伝えれています。 10月には境内で薪能が催されます。
 (鎌倉市)
手水の作法
一、左手を清めます。
二、右手を清めます。
三、左の手のひらに水を受けて口をすすぎます。
四、水の入った柄杓を手前に立て柄に水を流してから伏せて置きます。
五、柄杓に直に口をつけたり直接中で洗ったりしないで下さい。
 (鎌倉宮社務所)
社殿の右側には村上彦四郎義光公を祭神とする村上社があります。 この社の屋根にも5本の鰹木が乗り外削ぎの千木が聳えていました。 その前に「撫で身代り」の像がありますが、 撫でていく人が多いようで、欅で出来た像はツルツルになっていました。 願い事を書いた「身代り人形」も沢山奉納されていました。
撫で身代り
御自分や大切な方の気になる箇所を心を込めて三度撫でて下さい。 大切な方は身代り布で撫でてお帰りになってその方を撫でて下さい。
撫で身代りの由来
村上義光公は、護良親王の忠臣にして、元弘3年(1333)正月、吉野城落城の折、 最早これまでと覚悟を決めた護良親王は、別れの酒宴をされました。 そこへ村上義光公が16本もの矢を突き立てた凄まじい姿で駆けつけ、 親王の錦の御鎧直垂をお脱ぎいただき、 自分が着用して「われこそは大塔宮護良親王ぞ、汝ら腹を切る時の手本とせよ」と告げて、 腹を一文字に掻き切り、壮絶な最後をとげ、その間に親王は南に向って落ちのびました。 このように身代りとなられた村上義光公を境内の樹齢103年の欅の大木にて彫り上げ、 「撫で身代り」として入魂致しました。
この鎌倉宮は「大塔(鎌倉宮)の夜雨」として「三浦半島八景」のひとつに数えられています。
三浦半島八景 大塔(鎌倉宮)の夜雨
「三浦半島八景」は、神奈川県が三浦半島地区の4市1町と協働して、 この地域の"うるおい","にぎわい"づくりをめざし、 半島をぐるっとまわれるような新たな「八景」をつくるため「三浦半島八景」選定委員会を設置し、 県民の皆様のご意見を参考に平成13年11月に選定したものです。
・大塔(鎌倉宮)の夜雨
・灯台(燈明堂)の帰帆
・大佛の秋月
・長者ヶ崎の夕照
・神武寺の晩鐘
・猿島の晴嵐
・城ヶ島の落雁
・建長寺の暮雪
「八景」の考え方は15世紀に中国から日本に移入されました。 「近江八景」や「金沢八景」が有名ですが、 三浦半島地域でもこれまでにたくさんの「八景」が残されています。 伝統的な「八景」は次の八つの景色を基本形につくられ、 それぞれ次のような情景を表わすのではないかと言われています。
・夜雨:水辺の夜の雨
・帰帆:港に帰る漁船
・秋月:水辺に映える秋の月
・夕照:夕日に照らされた遠くの山
・晩鐘:山寺の晩鐘
・晴嵐:朝もやに煙る松林
・落雁:干潟に降り立つ雁の群れ
・暮雪:夕暮れの雪景色
 (神奈川県横須賀三浦地区県政総合センター)
参拝者休憩所の右手から鎌倉宮を出ていきます。 小径に出て左手へ1分半ほど進んでいくと、カーブミラーの設置された十字路があります。 左手の道の入口には「鎌倉宮カントリークラブ」の木製看板が設置されています。 今回はこの左手の道へ入っていきます。
竹林を過ぎていくと、カントリークラブの入口があります。 その前の広い駐車スペースを過ぎていくと、道は左手へ曲がって狭くなった石段を登るようになります。 その曲がり角から正面へ続く未舗装路に入っていきます。 右手に続く背の高い金網柵の向こう側にはテニスコートが広がっていました。 樹木の枝にはタイワンリスが走っていたりもしました。
遊歩道登り口
広めで緩やかな道を進んでいくと、程なくして左手へ登っていく横木の階段があります。 ここが尾根への登り口になります。 角には道標が立っていて、正面の道と左手の横木の階段は共に「遊歩道」となっています。 正面の道の先には永福寺跡の広い敷地が広がっていますが、金網柵で封鎖されていました。 「工事中につき通り抜けできません」の看板も出ていました。 看板は階段の手前に立っていて、正面の道だけではなくて階段も通り抜け出来ないのかとも思いましたが、 封鎖するような柵は特になかったので、登っていくことにしました。
広場
木製の手摺が設置された横木の階段を登っていきます。 階段は年季が入っていて、永福寺跡の裏手から西側の尾根へ続くこの遊歩道はかなり前からあるようでした。 後で調べてみると、永福寺跡の整備事業の一環として2004年から西側の山林を整備した時に出来たようです。 1分ほど登っていくと広場に着きました。 草が刈られていてベンチも幾つか設置されていました。 右側にはロープ柵が設置され、その下には永福寺跡が広がっていました。 「永福寺跡」と題した解説板もありました。 それによると、今後、永福寺跡も含めて史跡公園として公開される予定のようでした。
国指定史跡 永福寺跡 昭和41年6月14日指定
永福寺は源頼朝が建立した三大寺院の一つです。 奥州平定(文治5年(1189))で犠牲となった源義経や藤原泰衡らの霊を供養するため、 奥州の地で見聞した中尊寺大長寿院二階大堂や毛越寺などを模した壮大な寺で、 建久5年(1194)に中心伽藍が完成したと伝えられています。 中心伽藍は二階堂・阿弥陀堂・薬師堂の三堂で、それぞれに各三人の有力御家人を奉行として置き、 京都から招いた庭師に造らせた庭園は広い苑地に自然石を配した見事なもので、 往時には鎌倉きっての名勝地とうたわれていました。 13世紀の中頃、大規模な改修が行われ、鎌倉時代の後半に何度か焼失したものの再建されましたが、 鎌倉幕府滅亡後も鎌倉公方の足利氏によって保護されました。 しかし、応永12年(1405)の火災による焼失以後は再建が行われず、 江戸時代の初め頃には廃寺となってしまいました。 発掘調査により、前面に池を配し、阿弥陀堂・二階堂・薬師堂が一直線に廊でつながり、 翼廊というL字形の廊を配した南北130mに及ぶ中心伽藍が発見されました。 堂の配置は独特のもので、池に配された庭石の規模も非常に大きく、 鎌倉幕府の独創性と権威を表わす寺として注目されています。 永福寺跡は、今後史跡公園として整備し、公開していく予定です。
 (鎌倉市教育委員会)
源頼朝が建立した三大寺院とは、鶴岡八幡宮・勝長寿院・永福寺ですが、現存するのは鶴岡八幡宮だけです。 鶴岡八幡宮は江戸時代までは「鶴岡八幡宮寺」と呼ばれる神仏混淆の施設でしたが、 明治時代の神仏分離令などによって仏教関連の施設はなくなったようです。 勝長寿院は雪ノ下にありましたが、室町時代に廃寺になったようです。
広場
広場の脇に立つ道標「遊歩道」が示す山側に続く横木の階段を更に登っていきます。 登り口に石祠があって、中には狛犬のような姿をした白い狐像が二体入っていました。 石祠は苔生していて、かなり以前からあるようでした。 両側に笹竹が生い茂ってはいますが、階段は綺麗に整備され、木製の手摺も設置されていました。 1分ほど登って少し右へ曲がっていくと、再び広場がありました。 ここも先ほどの広場と同様にベンチやロープ柵が設置されていました。 「永福寺跡」の解説板もありましたが、内容は先ほどの広場のと同じでした。
広場の奥の方に立つ道標「遊歩道」が指す横木の階段を登っていきます。 両側にはアオキなどが生い茂っていましたが、引続きよく整備されていて歩きやすくなっていました。 程なくして傾斜が緩やかになってくると、広場から1分もせずに尾根に出ます。 登り着いた所にも道標「遊歩道」が立っていて、今登ってきた階段と右手へ続く道を指しています。 左手にも踏み跡が続いていましたが、ロープ柵が設置されていて、遊歩道ではないようでした。
道標に従って、右手へ続く緩やかな道を進んでいきます。 しっかりとした道になっていて、時折「遊歩道」の道標も立っていますが、 特に分岐もなくて分かり易い道が続いています。 谷が迫っている所にはロープ柵が設置されて安全になっていました。 最初の看板にもあった工事が進められているようで、 道端の大木の幹や枝が幾つも切られて見晴しが良くなっていました。
程なくして正面に僅かな高みが現れると、木製の手摺付きの横木の階段を登っていきます。 高みに着くと「急」と刻まれた石標がありましたが、境界標識でしょうか。 そこを過ぎて緩やかになった尾根を進んでいくと、尾根に出た所から4分ほどで分岐があります。 角にはこれまでと同様の道標「遊歩道」が立っていて、 今来た道と右手へ降っていく横木の階段を指しています。 正面にも道が続いていますが、道標には何も示されていません。 正面の道が鎌倉アルプスの尾根への道になりますが、 右手の階段の下はどうなっているのか気になったので、確かめてみることにしました。
谷筋
手摺付きの横木の階段を降っていくと、すぐに左へ曲がって、植林地の斜面に続く山道を降るようになります。 傾斜はそれほど急ではなくて歩きやすくなっていました。 再び現れる横木の階段を右・左と曲がりながら降っていくと、 正面の谷筋には草地が広がるようになりました。 冬枯れの季節にしては青々としている草地を眺めながら降っていくと、 尾根から3分ほどで小さな谷筋に降り立ちました。 ここにも「遊歩道」の道標が立っていて、今降って来た階段を指していました。 左手の方へ進んでいくと、小さな水の流れもありました。 湿地のようになっていて「真竹刈工」と書かれた杭も立っていましたが、意味は分りませんでした。 奥にはベンチの設置された広場がありました。 その先は行き止まりになっていましたが、しっとりとした雰囲気の場所になっていました。
谷筋の右手にも広場があって、この谷筋全体が広場のようになっていました。 広場の先まで進んでいくと、その下すぐの所から永福寺跡が広がっていました。 ここにも「永福寺跡」の解説板がありました。 これまでと同様の内容ですが、その中に描かれている「永福寺復元図」を載せておきます。 大きな池があって太鼓橋も架けられた立派な寺院だったようです。
左手を流れる小川沿いに舗装路があって建物も点在していたので、 何処へ続いているのか確かめようと歩いてみると、 二階堂川に架かる亀ヶ渕橋の所に出ました。 (「鎌倉アルプス」を参照)
尾根まで引き返してきて、その先へ進んでいきます。 ここからは「遊歩道」から外れるようで、この先にはその旨の道標は見かけませんでした。 急坂を降っていくと鞍部に降り立ちました。 左右には尾根を越えていく踏み跡のようなものも見受けられるので、 その昔には峠越えの道が通っていたのでしょうか。 左右の踏み跡は見送って、正面に続く道を進んでいきます。 高くはないのですが崖のようになっているので、張り出した木の根に掴まりながら登っていきました。
天園ハイキングコース
少し登ってから、アオキなどが生い茂るようになった緩やかな道を進んでいきます。 冬枯れの季節ということもあるのか、道は明瞭でしっかりと続いていました。 大木が二つ並んで生えている所を過ぎていくと、次第に道幅が広がってきます。 快適になってきた道を進んでいくと、正面から来て左手へ曲がっていく良く踏まれた道に出ました。 手前にあった道標の立つ分岐から4分ほどの所になります。 この道は天園ハイキングコースの一部で、鎌倉アルプスの尾根から覚園寺方面へ降っていく道になります。 振り返ってみると、今歩いて来た道がかなり明瞭に分れています。 天園ハイキングコースはこれまでにも何度か歩いていますが、今回の道には気が付きませんでした。
広くてよく踏まれた道を登っていきます。 右側すぐの所には住宅地が迫ってきています。 2分と経たない所からその住宅地へ降りる道が分れていきます。 「覚園寺方面」の道標が今来た道を指していました。 住宅地への道を見送ってその先へ進んでいくと、植林帯へ入っていきます。 岩盤が剥き出した所を過ぎていくと、切通のようになった岩盤の坂が現れます。 前日に降った雨のため、岩の上には少し水が流れていたので、滑って転ばないよう注意しながら登っていきました。
歴史的風土建長寺・浄智寺・八幡宮特別保存地区
この地区内において建築物の新築・改築・増築・土地形質の変更・木竹の伐採等の行為をするときは許可がいります。
 (神奈川県横須賀三浦地区行政センター、鎌倉市役所)
切通を抜けると雑木林になってきます。 その先の小さな切通を過ぎて少し進んでいくと、道幅が更に広がってきます。 両側には背の高い笹竹が生い茂って回廊のようになっています。 正面に現れる僅かな高みの所まで来ると、鎌倉市消防本部・鎌倉市危険物安全協会の設置する 「No.13 ハイキングコース内での喫煙はやめましょう」の標柱が立っています。 この周辺の山道でよく見かける標識です。 「崩落の恐れあり 通行注意」の看板もありましたが、それらしい所は見かけませんでした。
やぐら群
看板を過ぎて2分ほど進んでいくと、岩盤の切通があります。 そこを過ぎていくと正面に高みが現れます。 天園ハイキングコースに出た所から12分ほどの所になります。 道はその高みを避けるように左手へ曲がっていきますが、 その途中の岩壁に「やぐら」が見えたので登ってみました。 岩壁を刳り貫いた中には石仏や墓石などが安置されていて、真新しい花束も手向けられていました。 今でも丁寧に祀っている方がおられるようです。 すぐ上には鎌倉アルプスの尾根道が通っていて、その下数mの所に幾つも「やぐら」が続いています。 前に五輪塔が置かれた「やぐら」もありました。 やぐら群を見ながら右手へ進んでいくと、やがて道は不明瞭になります。 戻るようにして尾根道へ登っていく踏み跡もありましたが、 かなり急な細い崖道になっていたので、登るのは止めておきました。 鷲峰山の南側の辺りになるようでした。
鎌倉アルプス
やぐら群から引き返してその先へ進んでいくと、すぐに左右に通る尾根道に出ます。 建長寺から大平山へと続く鎌倉アルプスの尾根に通るハイキングコースになります。 中ほどには「天園ハイキングコース」の道標が立っていて、 左手の道は「建長寺約1.9km」、右手の道は「天園約1.2km・瑞泉寺約3.1km」、 正面の道は「今泉台住宅」、今来た道は「覚園寺約1.2km」となっています。 脇には「No.14」の標柱も立っています。 正面の階段を降っていくと、すぐに今泉台の住宅地になりますが、 先ずは右手に続くハイキングコースを進んでいきました。
ゴミを捨てないよう
みんなの手でみんなのまちを美しく
 (鎌倉市)
来たときよりも美しく、ゴミみつけたら拾ってね
 (鎌倉凧の会)
鷲峰山
剥き出した岩盤の上を進んでいきます。 ロープが張られた岩盤の坂道を登っていくと、道に大きな岩があります。 この左手の高みが鷲峰山になりますが、登るのは後にして、 先ずは岩の脇を過ぎて先へと進んでいきました。 小さな切通のような所から僅かな踏み跡が右下へ降っていました。 先ほどのやぐら群の奥へ降りて行かれるようでしたが、あまりにも頼りなさそうな様子になっています。 切通の先には、周囲を青緑色の金網柵で囲まれた送電線の鉄塔「北鎌倉線No.16」が立っています。
鉄塔を過ぎていくと、大岩が剥き出した所を降っていきます。 そこを過ぎた10mほど先の所から、右手の笹竹が生い茂る中へと踏み跡が分れていきます。 入口には木の根が横向きに剥き出しています。 亀ヶ渕地区へ降っていく道になりますが、先ずは正面に続く尾根道を進んでいきました。 少し進んだ所から明瞭な道が右手へ分れていますが、すぐ先で行き止まりになっています。 そこからは、手前の樹木に邪魔されながらも山並などを見渡すことが出来ました。
岩が剥き出した坂道を登って切通を過ぎていきます。 岩壁にある庇のように窪んだ所を過ぎて、歩きやすくなった尾根道を進んでいくと、 僅かに降り坂になってきた所から左手に分れていく道があります。 入ったすぐの所に鉄柵が設置されていますが、この時には倒れていて、 容易に抜けていくことが出来るようになっていました。 その先を覗ってみると踏み跡が続いていました。 手元の地形図に描かれている道で、今泉台の住宅地まで続いているようでしたが、 頼りなさそうな様子だったので、行く末を確かめるのは止めておきました。 その道を見送った少し先からも、左手へ分れていく踏み跡があります。 それも地形図に描かれていますが、行き止まりになっているようでした。
21番鉄塔
左手へ分れていく二つの踏み跡を見送っていくと、左へ曲がった先に岩場があります。 岩を登って右手へ曲がっていくと、右側には小尾根が続くようになります。 すぐの所からも登っていけますが、10mほど進んだ所から明瞭な踏み跡があって、 その上には鉄柵で囲まれた鉄塔が見えています。 このまま広い尾根道を進んでいってもいいのですが、今回は右手の小尾根に登っていきました。 急坂をひと登りすると、すぐに送電線の鉄塔「大-田21号」が立っています。 周囲には笹竹が生い茂っていて展望は得られません。 柵の手前を左手へ進んで、柵の角からその先へ続く道に入っていきます。
大-田21号 おねがい
この送電線は、6万6千ボルトの高電圧です。 下記の事柄について御連絡下さい。
1.送電線の附近に建造物を建てられるとき。
2.送電線に接近して作業をされるとき
3.送電線の附近で火災がおきたとき
 (JR東日本 新鶴見給電メンテナンスセンター、中央給電指令)
22番鉄塔
笹竹などが生い茂る道を進んでいくと、程なくして降り坂になってきます。 植林地の所までくると、左手へ分れていく踏み跡があって、 その下すぐの所にはハイキングコースの尾根道が通っています。 その道を見送って、小尾根に続く道を更に進んでいくと、送電線の鉄塔「大-田22号」が立っています。 鉄塔を囲む鉄柵の左側を進んで、角の所から先へ続く道に入っていきます。 降り坂になった道を進んでいくと、すぐに左手へ踏み跡が分れていきます。 そのすぐ下にはハイキングコースの尾根道が通っていて、 尾根道に出た脇には「No.11」の標柱が立っています。
降り口
左手の踏み跡を見送って小尾根を更に進んでいくと、笹竹などが少なくなった所に出ます。 小尾根の中ほどにある大きな岩の所まで来ると、 その岩の先から踏み跡が左手へ分れていて、すぐに尾根に通るハイキングコースへ出られます。 その広めの出口の脇には大岩が露出していて、特徴のある所になっています。 尾根道に降りて大平山へ向かっていってもいいのですが、 今回は手前にあった岩の先から右手の谷筋へ続く道を降っていくことにしました。
大木の脇から続く道を降っていきます。 手元に地形図にも載っている道になります。 かなり傾斜があるので、木の根などに掴まりながら降り始めると、 すぐ先に生える大木の所に分岐があります。 左手の道の方が明瞭になっていて、右手の道には笹竹が生い茂っています。 うっかりしていると右手にも道があるのが分かり難くなっています。 どちらの道を降っていっても谷筋の道へ出られますが、今回は右手の道を降っていきました。
左手の道は谷筋の「歴史的風土保存用地」の看板が立つ所に降りていかれます。
生い茂る笹竹やアオキなどを掻き分けながら、支尾根に続く道を降っていきます。 草木が少なくなった所を過ぎて再び笹竹が生い茂るようになると、 大木の袂に頭を赤く塗られた境界杭「No.1」がありました。 尾根から2分ほど降った所になります。 側面には「公園界」と刻まれていました。 上面には矢印が刻まれていてほぼ西の方角を指していましたが、いずれも意味はよく分かりませんでした。 今降っている道は以前に登ってきたことがあって、 確か「No.5」まであったはずだと思い出しながら降っていきました。
笹竹からアオキへ変っていく道を掻き分けながら進んでいきます。 道端の樹木には古びた赤テープや黄テープが巻かれていましたが、ハイキング会などがあった名残なのでしょうか。 草木の少ない所に出て、その先の笹竹の生い茂る中へ続く道を進んでいくと、 境界杭「No.2」がありました。 尾根から4分ほど降った所になります。 そこを過ぎて更に尾根を降っていきます。 アオキなどが生い茂ってはいますが、笹や木などが少なくなって歩きやすい所もあります。 そこを過ぎていくと境界杭「No.3」がありました。 尾根から7分ほど降った所になります。
境界杭の先の笹竹の生い茂る所を抜けていくと草木が少なくなって、緩やかで広い快適な道になってきました。 ずっとこんな感じの道なら良いのですが、尾根から谷筋に降る今回の道ではこの辺りだけのようでした。 手元の地形図では、標高80mの等高線が突き出すような形になった緩やかな尾根になるようです。 先の方には境界杭「No.4」がありました。 尾根から9分ほど降った所になります。
境界杭を過ぎていくと、降り傾斜が増してきます。 大きな岩が露出した先へ降っていくと、尾根の真ん中に境界杭「No.5」がありました。 尾根から11分ほど降った所になります。 ここを過ぎていくと、再び笹竹が生い茂るようになります。 踏み跡を確かめながら降っていくと植林帯になってきます。 分かり易くなってきた道を降っていくと、左右に通る道に出ました。 尾根から13分ほど降った所になります。
右手の道が気になったので、ちょいと歩いてみました。 谷筋を3分ほど進んで切り立った岩壁のある辺りまで行くと、道は不明瞭になっていました。 (所要時間には含めず)
谷筋
右手の谷筋から引き返してきて左手へ降っていくと、 1分もせずに谷筋に通るしっかりとした道に降り立ちました。 尾根から14分ほどで降りて来られました。 この道は獅子舞地区から天園へ登っていくハイキングコースになります。 何度となく歩いている道に出られてひと安心しました。 降り立った右手には鎌倉市消防本部・鎌倉市危険物安全協会の設置する「No.7」の標柱が立っていて、 その先には短い木橋が架かっています。 左手へ進んでいくと天園へ登っていけますが、今回は右手の木橋を渡っていきます。
今回降ってきた道を以前に登りました。(「鎌倉アルプス」を参照)
木橋を渡ったすぐの所から左手の沢に降りていける所があって、対岸から山道(*)が続いています。 ハイキングコースにしても良いほどしっかりとした道になっていて、 天園から瑞泉寺方面に続く尾根道に出られますが、今回は見送っていきます。 沢沿いに続く歩きやすい道を数10m進んでいくと木橋が架かっています。 橋を渡っていくと、岩畳になった切通のような道を降るようになります。 前夜の雨で岩の上が濡れていて滑りやすくなっていたので、足元を確認しながら慎重に降っていきました。 右側には先ほどから続く沢が、小さな段差を成しながら小滝のようにして流れ落ちています。 傾斜が緩やかになってくると木橋を渡って、切り立った岩壁の脇を回り込んでいきます。
*対岸に続く道は「鎌倉アルプス」, 「鎌倉アルプス」, 「吉沢川」を参照。
獅子舞地区
岩壁を回り込むようにして進んでいくと、右手を流れる沢にコンクリート製の短い橋が架かっています。 その下には土管が2本埋設されていて、その中を沢が流れています。 この辺りから流れの幅が広がってきて川らしい姿になってきます。 橋を渡って再び岩盤になった道を進んでいくと老人農園の脇に出ます。 ここからは歩きやすい道路になります。 これまで流れてきた沢はこの辺りから二階堂川というようです。 ここは獅子舞地区の一番奥になります。 畑を左手から回り込むようにして川沿いに進んでいくと東電送電所があり、 その脇には送電線の鉄塔「北鎌倉線No.19」が立っています。 谷筋に降り立った所から7分ほどで出られました。
歴史的風土保存用地
この土地は「古都における歴史的風土の保存に冠する特別措置法」に基づき歴史的風土を長く保存するため、 平成5年3月、神奈川県が買い上げたところです。 この土地を大切に保存していきましょう。
 (横須賀三浦地区行政センター環境部)
関係者以外は立入り禁止
ここは、老人農園です。 皆さんが丹精こめて作った作物を持って行く様な事は、絶対にしないで下さい。
 (農園管理者)
砂防指定地 二階堂川
この土地の区域内において宅地造成・家屋の新築・土採取等の行為をする場合は、 神奈川県知事の許可が必要ですから藤沢土木事務所に御相談下さい。
 (神奈川県)
杉ノ川橋
住宅が次第に増えてくる道路を進んでいきます。 対岸の建物への橋を見送っていくと、カーブミラーの設置された分岐があります。 そのまま真っ直ぐに川沿いに進んでいくと亀ヶ渕橋を経て永福寺跡へ続いていますが、 今回は再び鎌倉アルプスの尾根へ登るべく、右手の住宅の建ち並ぶ道へ入っていきました。 突き当たりを左・左と曲がっていくとT字路に出ます。 そこを右折していくと、二階堂川の支流の杉ノ川に架かる杉ノ川橋があります。 東電送電所から5分ほどの所になります。 橋を渡っていくと亀ヶ渕橋の所に出ますが、今回はここを右折して、杉ノ川沿いの道を進んでいきます。
亀ヶ渕地区
浅い谷筋に住宅が建ち並ぶこの辺りは亀ヶ渕地区というようです。 左手の山は「二階堂1号緑地」というようで、その旨の看板が設置されていました。 軽い登り坂になってくる道を進んでいきます。 左右に分れていく道や階段は見送って、道なりに川沿いに進んでいきます。 両側にガードレールが設置された短い橋を渡って、山際を進んでいきます。 正面の空地の先に竹林が見えてくると、少し左へ曲がって、山際を更に登っていきます。 杉ノ川橋から5分ほど進んでいくと、右手にトタン葺きの小屋が建っています。 正面には三角錐の樹木が生えていて、左手へ続く坂道は庭園風に綺麗になっていました。 ここで広い道は終りになりますが、右手のトタン葺きの小屋の前に小さな谷筋があって、 そこに山道が続いています。 手元の地形図にも載っている道になるようで、今回はここから尾根へと登っていきます。 小さな小屋を過ぎていくと、僅かな沢に沿って山道が始まります。
谷筋に入って30秒ほど進んでいくと、小さな沢に丸太を4本並べた木橋が架かっています。 かなりくたびれていて今にも壊れそうな様子でしたが、どうにか渡っていくことが出来ました。 木橋を渡ったすぐ先の右手にも丸太を3本並べた木橋があります。 向こう側は少し外れていて、かなり斜めになっていました。 手前にあった木橋にも増して朽ち果てそうな雰囲気で、渡ると折れてしまいそうに思えました。 幸いにも下には水がほとんど流れていなかったので、沢へ降りて対岸へ渡っていきました。
木橋の先に続く山道を進んでいくと登り坂になってきます。 笹や細木などが生い茂る細い道で、先行きが案じられますが、 そんな所は程なくして終って、すぐに左右に延びる広めの尾根に登り着きました。 道はここから左へ曲がって続いています。 曲がったすぐの所から右へ細い踏み跡が分れていました。 手元の地形図でもそのような道が描かれていて、現在地を確認できました。 地形図では右手の道は行き止まりのようなので、正面に続く広めの尾根道を登っていきました。
程なくして笹竹が生い茂る道を登るようになりますが、 先ほど降ってきた道に比べると疎らで、分かり易い道になっていました。 岩が露出した段差を何とか登っていくと、その先には歩きやすい道が続いていました。 時々岩が露出する道を登っていくと、広めで緩やかな尾根になりました。 こんな道が続けばいいがと思っていると、程なくして背丈の低い笹が疎らに生える登り坂になってきます。 岩も露出している急坂を登り切ると、その先は緩やかな道になってきました。
尾根道
笹竹などが生える緩やかな道を進んでいきます。 道端には赤頭黒短杭もありましたが、何かの境界になっているのでしょうか。 少し登り坂になってくると、大きな岩が露出した段差がありました。 岩には切れ込みが入れてあって、登りやすくなっていたので、 以前からよく歩かれていた道にように思えました。 高みへ出て緩やかな道になってくると、一面に笹竹が生い茂るようになりました。 これはどうしたものかと思いながら、踏み跡を確かめながら掻き分けて進んでいくと、 斜めに傾いた大木の先で、鎌倉アルプス尾根道に出ました。 亀ヶ渕地区にあった小屋から13分ほどで登って来られました。 出た所は、鷲峰山の先にあった剥き出した大岩を過ぎた10mほどの所でした。
鷲峰山 (標高127m)
先ほど歩いて来た尾根道を引き返していきます。 大岩が剥き出した所を過ぎていくと、送電線の鉄塔「北鎌倉線No.16」が立っています。 そのまま尾根道を進んで行ってもいいのですが、今度は鷲峰山に登っていきました。 鉄塔の周囲に設置された金網柵沿いの道へ入っていくと、柵の曲がり角から高みへ登っていく道があります。 そこからひと登りすると鷲峰山の山頂に着きました。 狭い所ですが、鎌倉市の設置する「一級基準点No-111」が設置されています。 山頂から右手へ降っていくと、左下に通る尾根道にある大岩が見えてきます。
建長寺分岐
傾斜のある坂道を降っていくと、天園ハイキングコースになっている尾根道に降り立ちます。 岩盤を過ぎて元来た道を進んでいくと、建長寺や覚園寺との分岐に戻ってきました。 正面の尾根道を進んでいくと半僧坊や建長寺へ続いていますが、 今回は右手の縦杭の階段を降っていきました。
今泉台六丁目公園
縦杭の間にはコンクリートが敷かれていて、抉れてしまわずに歩きやすい階段になっています。 幅の広い階段を1分ほど降っていくと、広場の奥に降り立ちます。 そこに「天園ハイキングコース」の道標が立っていて、降って来た階段を指しています。 降り立った広場は今泉台六丁目公園になります。 脇に設置された今泉台町内会の防災備品倉庫3号の前を過ぎて住宅地の道路に出て、左手へと進んでいきます。
今泉台六丁目公園をご利用の方へ
・ゴルフの練習できません。
・犬の放し飼いはやめましょう。
快適で楽しい公園を維持するため利用ルールを守りましょう。
 (鎌倉市、鎌倉市公園協会、今泉台町内会)
みんなで守ろうみんなの公園
・公園をきれいにしましょう。
・木や遊具を大切にしましょう。
・あぶないことやほかの人にめいわくになることはやめましょう。
・犬の放し飼いはやめましょう。
 (鎌倉市)
緑道
公園の前を過ぎていくとT字路があります。 その手前から左手の山へ登っていく階段があって、 送電線の鉄塔の脇を過ぎてハイキングコースの尾根道まで続いていますが、 その階段は見送ってT字路を左折していきます。 山際に続く道路を進んでいくと緑道の入口があります。 脇には道標が立っていて、右手の道緑は「散在ガ池森林公園」、 今来た道は「天園ハイキングコース」となっています。 左右に樹木などが植えられた道になっていて、季節になると花も咲いて、 住宅地の中のオアシス的な存在になっているようでした。
半僧坊下(はんそうぼうした)バス停
緑道を1分ほど進んでいくと、左右に通る車道に出ます。 緑道はこの先へと続いていますが、今回はこの左手の脇にある半僧坊下バス停を散策の終りとしました。
大船駅(JR東海道線)まで、 大船駅行きバスにて20分〜22分、1時間に6本程度の便があります。