頭高山
散策:2010年12月下旬
【低山ハイク】 頭高山
概 要 頭高山は丹沢の南側にある標高300mほどの低い山で、渋沢丘陵とひと続きになった山稜です。 尾根筋の道からは丹沢の山々を、頂上からは箱根の山々などを望むことができます。 今回は神山滝を訪ねてから頭高山を取り巻く下道に出て、時計回りに巡ってから山頂へ向かいます。 山頂からは尾根を東進して峠地区へ降っていきます。
起 点 松田町 新松田駅
終 点 秦野市 峠バス停
ルート 新松田駅…籠場橋…滝島橋…登り口…神山滝降り口…神山滝…小滝…神山滝分岐…下道…八重桜の里…周回道分岐…頭高山…周回道分岐…展望地…7番鉄塔…四つ辻…慰霊碑…雁音神社…西端…渋沢西端里山林…峠地区…六地蔵…峠湧水…峠バス停
所要時間 3時間10分
歩いて... 二段になって流れ落ちる神山滝はヒンヤリとした空気に包まれていました。 下道に出るまではかなりの登り傾斜があって、脹脛が痛くなってきましたが、 下道は等高線に沿うようにして緩やかに続いていて、歩きやすくなっていました。
関連メモ 頭高山, 頭高山, 渋沢丘陵
コース紹介
新松田(しんまつだ)駅
新松田駅(小田急小田原線)の北口から歩いていきます。
駅の北東側にある車道に出て北へ向かい、 JR御殿場線のガード「下り道こ道橋」を抜けていきます。 トンネルの壁には地元の小学生のペイント画が施されています。
松田駅(JR御殿場線)も隣接しているので、電車の本数は少ないですがJRで来ることもできます。
籠場橋
角に花屋のある十字路まで来て右折していきます。 4分ほど進んだ所にある十字路を直進していくと、突き当たりにT字路があります。 右手すぐの所に、小田急の線路をくぐるガードがありますが、 その手前から線路沿いに続く道に入っていきます。 国道255号の高架の下を過ぎて真っ直ぐに進んでいくと、正面に東名高速道路が見えてきます。 道なりに左・右と曲がって坂を登っていくと、県道72号の籠場交差点に出ます。 右側の川沿いには馬頭観世音や双体地蔵などの石碑が並んでいました。 正面の川音川に架かる籠場橋を渡っていきます。
籠場橋を渡ってその先へ進んでいきます。 小田急の踏切「渋沢12号」を渡った数10m先にある、左手へ分かれていく県道710号に入っていきます。 東名高速道路の高架橋「川音川橋」まで来ると神山バス停があります。 そこを過ぎていくと、いこいの森への道が右手へ分かれていきますが、そのまま県道を進んでいきます。 右手に森が現れると、道の右側に小川が流れるようになります。 生コン工場を過ぎて道なりに進んでいくと、川音川の傍を進むようになります。 川向こうには小田急の線路や鉄橋などがあって、時折電車が通っていきます。
釣りをする皆さんにお願い
釣りをする人は、遊漁券を購入して釣りをして下さい。
現場日釣り券1,400円 現場雑魚券800円
売店日釣り券1,000円 現場雑魚券500円
*小学生以下は無料です。
ごみは必ず持ち帰りましょう。
 (酒匂川漁業協同組合)
滝島橋
やがて小田急の線路沿いを進むようになると、川音川に流れ込む小川に滝島橋が架かっています。 この小川は神山滝から流れて来る川になります。 松田町と秦野市の市町境になっているようで、道路の上に標識「秦野市」が出ています。 手前からはホテルへの道が分かれていますが、滝島橋を渡っていきます。
白壁が続く右手の道へ入っていくと、水車が回るホテルの門があります。 その脇の池の所から小川へ降りて行く木戸があります。 以前に来た時には開けられるようになっていましたが、 この時には開かないように金属が打ち付けられていました。
登り口
民家を過ぎて、「nippack」と書かれた白っぽい建物が正面に見えてくると、右手へ登っていく山道があります。 ここが頭高山への登り口になります。 新松田駅から35分ほどで着きました。 登り口の左側には古びた道標が立っていて、「神山滝→約50分→頭高山」となっていました。 右側には「矢倉沢往還道を甦らせる会」が設置した真新しい道標があって「←神山滝・頭高山」となっていました。 また、「銃猟禁止区域」の赤い標識も立っていました。 この時は初冬ということもあって、入口は分かり易くなっていました。
矢倉沢往還
江戸時代に整備された街道で、 江戸赤坂を起点にして二子で多摩川を渡り、 相模国を経て足柄峠を越えて駿河国に至り、沼津で東海道と合流するルートだったようです。 人馬継ぎのための立場が十数ヶ所に設けられ、東海道の脇往還として機能していたようです。 この付近の詳細ルートはよく分かりませんが、 渋沢神社の辺りから峠地区と篠窪地区を経て籠場橋の辺りへ通じていたのが、 後になって千村の辺りから尾根を越えて、この川音川沿いを行くルートになったという情報もあります。
神山滝降り口
右・左と曲がりながら尾根を登っていきます。 道はしっかりとして分かり易くなっていました。 1分ほど登っていくと、傾斜が少し緩やかになってきます。 雑木林の尾根を進んで大木が斜めに倒れ掛かっている所まで来ると、 その手前から道が右手へ分かれて降っていきます。 登り口から3分ほどの所になります。 細い木には黄色のテープが巻かれています。 以前に来た時にはマジックで「←神山滝」と書き込まれていましたが、 消えてしまったのか、この時には分かりませんでした。 頭高山へは正面の道を登っていくのですが、この右下に神山滝があるので往復してくることにしました。
神山滝
坂道を降っていくと、トラロープが張られています。 ロープが途切れると鉄パイプの手摺が設置された道に降り立ちます。 滝の下には右手へ曲がっていくのですが、左手へ少し登っていくと、 二段になった神山滝の上段の傍まで行けるので、往復することにしました。 鉄パイプが途切れた先へ進んでいくと、正面の黒っぽい岩壁から流れ落ちる神山滝がありました。 流れ落ちる水のすぐ傍なので、水しぶきが飛んできたりもしました。 夏にはヒンヤリとして気持ちが良さそうですが、この時は初冬とあって、寒々としていました。 滑り落ちないように十分に注意しながら、手を伸ばして下の方を写してみると、 上段と下段の間には滝壺があるようでした。
手前まで引き返して沢へと降っていきました。 鉄パイプからトラロープに変った道を降っていくと、右手へ道が分かれています。 その道を見送って更に降っていくと、岩盤になった沢に降り立ちました。 上流側には滔々と音を響かせながら岩壁の上から水が流れ落ちていました。 目測では上段が10mほど、下段が5mほどで、合わせて15mほどの落差があるようでした。 暑い夏場には涼を得るのに良い場所になるように思えます。
神山滝の下流すぐの所には小さなダムがあり、そこにアーチ形をした小橋が架かっているので、 立寄っていくことにしました。 沢へ降り立つ直前で右手へ分かれていた道がそこへと通じています。 僅かに登って左手へ降っていくと、小さなダムの脇に出ました。 その上流側には小滝がありました。 神山滝から流れ落ちた水が更にその先で岩壁を流れ落ちている滝で、目測で落差4mほどはあるでしょうか。 これも神山滝の一部と考えると、神山滝は三段になった滝ということになります。 滝の左手の岩壁には、人が立って入れそうな大きな洞穴がありました。 ダムの所には取水口のような設備があり、その上に僅かにアーチになった鉄板敷きの小橋が架かっています。
小橋を渡って、コンクリート護岸された上を進んでいくと、広い敷地の民家が右手に見えてきます。 その少し先でブロック塀が現れて行く手を阻んでいます。 小橋から2分ほどの所で、塀の脇の階段を登った所に木戸があります。 先ほどのホテルの門の脇にあった木戸になります。 神山滝へ向かうルートとして利用できると便利そうに思えますが、 この時には閉ざされて通行不可になっていました。
往復15分ほどで神山滝降り口まで引き返してきて、頭高山へ向かって登っていきます。 背丈の低い笹が生える尾根を30秒ほど登っていくと分岐があります。 角には手製の小さな道標があって、 「右側は危険のため左側を通って下さい」と書かれていました。 2年ほど前に来た時には右手の道しかなかったように思いますが、左手の道は新たに開かれた道のようでした。 ここは道標に従って左手の道を登っていきます。
試しに右側の道も歩いて見ましたが、崩壊しているような所は特にありませんでした。 道幅が狭くなっている所もあったので、踏み外した人でもいたのでしょうか。 1分ちょっと登っていくと道が二手に分かれていますが、その左手へひと登りすると、 手前で分かれてきた道と合流します。
左手の道はまだ踏み固められていない様子になっていて、 開かれてからあまり年月が経っていないことが分かる道でした。 途中では樹木が途切れて寄方面を望む眺めが広がっていました。 そこを過ぎていくと、手前の分岐から1分半ほどで、右手から登ってくる道が合流してきます。 先ほどの分岐を右手へ進んで来た道になります。 ここにも降ってくると見える向きに、先ほどと同様の手製の道標が立っていて、 「左側は危険のため右側を通って下さい。道なくなる(左)」となっていました。 右手からの道を併せて、その先へと尾根を登っていきます。
下道
尾根に続く道はかなりの傾斜があって、脹脛が痛くなってきました。 次第に笹竹が少なくなってきて、明るい雑木林を登るようになります。 落ち葉が厚く積もった山道を登っていくと、左右に通る道に出ました。 神山滝降り口から8分ほど登ってきた所になります。 脇には道標が立っていて、右手の道は「下道」、左手の道は「東屋」、 右手から左手へ向かうこの道は「右まわり」、今登ってきた道は「神山滝」となっていました。 左右に通るこの道は「下道(したみち)」と云うようで、 右手の道は「近回り#へ」、左手の道は「遠回り#へ」と書き込まれていました。 右手の道を10数分進んでいくと「八重桜の里」の鞍部に出られますが、 以前にも歩いているので、今回は左手の道を進んでいくことにしました。
※'鳥居マーク'が入力できないので、代わりに'♯'を用いました。
下道は地形図に載っている頭高山を取り巻く破線の道になるようですが、 ここから八重桜の里へのルートはもう少し上側を通っているように思われます。 途中には西側へ続いていそうな分岐道もあるし、何れ機会を得て再度調べてみようかと思います。 (右手の道は「頭高山」を参照)
植林帯を掠めて雑木林を進んでいくと、道を塞ぐようにして倒木がありましたが、その下をくぐっていきます。 左手の樹間からは、先ほど歩いて来た川音川沿いの眺めが広がっていました。 下道は等高線に沿って頭高山を取り巻くようにして続いています。 傾斜はほとんどなくて歩きやすい道になっています。 谷側にトラロープが張られている箇所もありましたが、危険な様子はありませんでした。
引続き等高線に沿うようにして緩やかな道が続きます。 分岐などは特になくて分かり易い道になっています。 左手の樹間から見える眺めが次第に北寄りに変ってきて、頭高山の周囲を巡っていることが感じられます。 特筆するようなこともなく、緩やかな道を淡々と進んでいきます。 下道に入ってから10分ほど進んでいくと植林帯になってきます。 時折道幅が広がったりもして、安心しながら歩いて行けましたが、 初めて歩く道とあって、道のりが遠く感じました。 やがて頭高山の北側を進むようになると、丹沢の山並を見渡せるようになってきます。
八重桜の里
雑木林に変った道を更に進んでいくと、左右に通る尾根道に出ました。 この道が頭高山から震生湖方面へ伸びる渋沢丘陵に続く道になります。 ハイキングコースにもなっていて、広くてしっかりとした道になっています。 下道に入ってから23分ほどで歩いて来られました。 正面には道標が立っていて、そこから正面へ降って行く道は「神山滝」、 右手の道は「頭高山」となっています。 下道に出た所から右手へ登ってくると、ここへ来られます。 右手には東屋が建っていて、その手前には「八重桜の里」と刻まれた石碑があります。 この時は初冬とあって花などは咲いていませんでしたが、 春になると一帯は綺麗な花で一杯になるのでしょうか。 東屋の側には真新しい石碑が二つ並んでいました。 また、「頭高山を愛する会、秦野丹沢ライオンズクラブ創立20周年記念事業」と記された細長い案内板もありました。 それによると、現在地の標高は約250mで、この先にある頭高山は303mとのことです。
発足記念碑
我がふる里千村 頭高山に花木を植える
ソメイヨシノ、イロハモミジ、コブシ、山ツツジ
愛する会
功労者 亡き友よ 永遠に咲かそう 八重桜
周回道分岐
右手に続く広い道を登っていくと、1分ほどで開けた場所に出ます。 右手に分かれていく細い山道は見送って左手の道を進んでいくと、すぐに道が二手に分かれています。 角には道標が立っていて、左手の道は「頂上(左まわり)」、右手の道は「頂上(右まわり)」となっています。 また、道標に書き込まれたメモによると、右手の道は「遠回り道」、左手の道は「近道」となっていますが、 この時には消えかかっていました。 正面のこんもりとした高みが頭高山の山頂になります。 この左右の道は頭高山の山頂の直下を取り巻いている周回道で、 左右いずれへ進んでも頂上へ続いていますが、今回は右手の道を進んでいきました。
この周回道は地形図に載っている山頂を取り巻く破線の道「下道」とは別の道で、その内側を小さく巡っています。
秦野ロータリークラブ 創立40周年記念植樹 八重桜の里づくり
言行はこれらに照らしてから
1.真実かどうか
2.みんなに公平か
3.好意と友情を深めるか
4.みんなのためになるかどうか
6年ほど前に来た時には、周回道は細い山道でしたが、 山頂の東屋建設の資材運搬のために整備されたのでしょうか、 小型車なら通っていけるだけの幅のある道に変わっています。 軽く登っていくと、右側の冬枯れの樹間からは丹沢の山並みを垣間見えるようになります。 頭高山を取り巻くようにして左へ曲がりながら緩やかになった道を進んでいくと、 正面には寄方面を見渡せるようになってきます。 そんな眺めを楽しみながら広い道を快適に進んでいくと、 少し登り坂になってきた所から左手の高みへ登っていく道が分かれています。 先ほどの周回道分岐から4分ほどの所になります。 道標類は見かけませんでしたが、ここが頭高山の山頂への登り口になります。 このまま広い周回道を進んでいっても山頂へ続いていますが、 今回はここから登っていくことにしました。
先ほど歩いて来た頭高山を取り巻く道を「下道」と呼ぶなら、 その道より上にあるこの周回道は差詰め「上道」と呼ぶようにも思えますが、 そのような標識類は見かけませんでした。
頭高山 (標高303.4m)
雑木林に続く坂道を真っ直ぐ登っていくと、広い山頂部になります。 緩やかになった道をその先へ進んでいくと、東屋の建つ頭高山の山頂に着きます。 八重桜の里から12分ほどで到着しました。 6年ほど前に来た時には山頂には何もなかったのですが、数年前から東屋が建っています。 東屋の脇には「頭高山(ずっこうやま)標高303.4メートル」と書かれた立て札もあります。 お昼には少し早かったのですが、脇に設置された解説板を読んだりしながら、ここで昼食タイムにしました。
頭高山(ずっこうやま)
頭高山とはどんな山なのでしょうか。 その名の通りどこから見ても丸い頭の形をしています。 新編相模国風土記稿によれば、 「秋葉山 村南に在 高三町半許 丸山 ぼつこう山とも呼り」と記されています。 その高さは303.4メートル。 山頂から西を望めば箱根の山々が連なり、山間には神山滝の瀑布があります。 この水は川音川(四十八瀬川)にサラサラと音を立て流れています。 東南には相模の海が、北側には丹沢山塊の山々が連なって見えます。 この山のふもとには、かつて東海道の脇街道だった矢倉沢往還があり、 富士山や大山参詣で多くの旅人で賑わっていたとのことです。 この地には、その昔、京より鎌倉に向かう姫の悲しい伝説「かりがねの松」がありました。 その社の名は「雁音神社」といいます。 南側には小田原道があります。 道の端には弘法大師が御出になったと言い伝えられている「弘法の硯水(すずりみず)」があり、 コンコンと清水が湧き出ていたのです。 頭高山は村人や多くの旅人にとって、とてもよい思い出のある所です。 ここになお、美しさを増し、訪ねる多くの人たちの心を癒し、 安らぎを与えてくれることでしょう。
 (平成20年4月 秦野市観光課)
頭高山の西側は樹木が低くなっていて、 眼下に広がる松田の街の向こうに、箱根の山々を見渡せる眺めが広がっています。 駒ヶ岳や二子山を始めとして、特徴的な姿をした急峻な金時山も良く見えていました。 条件がよければ富士山も望むことができるとのことですが、 この時には雲が湧き出していたこともあって見えませんでした。
手元の地図によると、富士山は金時山よりもかなり右手の方角に位置するようで、 手前にある山に隠れてしまい、裾野を大きく広げた雄大な姿はここからは見えないように思えます。 見えるとしても、山頂や肩の僅かな部分なのだろうと思われます。
秋葉神社
風が出て寒くもなってきたので、30分ほど居た頭高山から降っていきます。 すぐの所から正面右手へ広い道が降っていきますが、 その道が広い周回道を直進してきた道になります。 木製の鳥居の手前には小さな石の祠があります。 側面には、「相模国中郡西秦野村千村氏子中」、「明治三十九年丙午四月十五日」と刻まれています。 これが秋葉神社のようです。 石祠の傍には馬頭観世音菩薩の石碑が二つ並んでいました。 以前に来た時には、鳥居に「秋葉神社」という扁額が掲げられていたのですが、 この時には見かけませんでした。
周回道分岐
鳥居をくぐってその先へ降っていきます。 以前は樹木が伸びていましたが、 伐採されて明るい感じになっている斜面に続く壊れかけた横木の階段を降っていくと、 1分もせずに周回道に降り立ちます。 降り立った所には「頂上」の道標が立っていて、今降ってきた道を指しています。 周回道は左右に続いていますが、左手へと進んでいきます。 広くて緩やかな道を進んでいくと、 降り傾斜が増してくる手前から左手へ戻るようにして登っていく道が分かれています。 その道も頭高山へ続いていますが見送っていきます。 急傾斜の坂道を降っていくと、先ほどの周回道分岐に戻ってきました。
展望地
元来た道を八重桜の里まで引き返して行きます。 浅い鞍部に着いて、左右に分かれていく下道を見送っていくと、 すぐの所に「丹沢の山並」と題した大きな写真が設置されています。 この左手が開けていて、丹沢の山並を見渡せる眺めが広がる展望地になっています。 写真には山の名前も書き込まれているので参考にしましょう。 秦野市と秦野丹沢ライオンズクラブが設置したもののようで、 左側から順に、以下のように並んでいました。
鍋割山1273、小丸1341、大丸1386、塔ノ岳1491、木ノ又大日1396、新大日、 行者岳1209、烏尾山1136、三ノ塔1205、二ノ塔1120、菩提峠、ヤビツ峠761、大山1252
展望地を過ぎていくと、浅い溝のように窪んだ感じの道を軽く登るようになります。 その登り始めの所から、左手の一段高い所の先へ続く道が分かれています。 このまま正面の道を進んでいってもいいのですが、何度か歩いているので、 今回は左手の道を歩いてみることにしました。 浅くU字形に窪んだ広めの道が続いていました。 登るにつれて窪みはなくなって、尾根の右肩を進むようになります。 しっかりとした道になっていて、なぜ並行するようして道が二つもあるのか不思議に思いながら進んでいきました。
逆向きに降ってくると、来た道に自然と降りて行くように感じるので、 本来の道はこちらだったのかも知れません。 何らかの理由で道が付け替えられ、一段低い所を通る現在の道になったように思えますが、 何の根拠もありません。
7番鉄塔
傾斜が緩やかになってきた辺りから、左側に続く小尾根に登ってその先へ更に登っていくと、 送電線の鉄塔「金子線No.7」が立つ高みに着きました。 手元の地形図によると、標高は280mほどあるようです。 左手には、渋沢の街並の奥に丹沢の山並を一望出来る眺めが広がっていました。
左側の小尾根に登らずにそのまま進んでいくと、手前で分かれてきた道と合流します。 合流地点は切通のような小さな峠になっています。 浅い溝のように窪んだ感じの道になっていて、一段上から降りるようにしてその道に合流します。
高みの先へと降っていきます。 落ち葉がかなり積もっている上に傾斜が急になっていて、うっかりしていると滑り落ちてしまいそうになります。 足元に注意しながら急坂を1分半ほど降っていくと、右手から来る尾根道に降り立ちました。 先ほど分かれてきた道になります。
四つ辻
緩やかで広い尾根道を進み始めると、広めの道が右手へ分かれて降っていきます。 行く末が気になりましたが、今回は探るのは止めておきました。 その道を見送ったすぐ先に、道が三方に分かれている四つ辻があります。 頭高山から15分ほどの所になります。 中ほどには真新しい道標が立っていて、正面の道は「渋沢丘陵」、今来た道は「頭高山」となっています。 「渋沢丘陵」を指す板の向きが少しズレていて、右手の道を指しているように見えますが、 正しくは正面の道になります。 左手へ続く広めの道を指す道標はありませんが、千村地区へ降って行く道になります。 今回は正面の高みへ登って行く真ん中の道を進んでいきます。
以前にも歩いているので、渋沢丘陵へは正面の道であることは知っていますが、 道標が右手の道を指しているように見えるし、巻き道になっているのかも知れないと思って、 以前から気にもなっていた右手の道を試しに歩いてみました。 歩き始めはしっかりとした道ですが、1分もせずにミカン畑に出ると、その先は不明瞭になっていました。 はやり道標の向きが少しズレているようでした。
雑木林の尾根を登っていくと、程なくして植林帯になってきます。 傾斜が緩やかになってきた道を進んでいきます。 左右にはミカン畑などがあって、その先は小型車なら通って行けるだけの幅のある農道になっています。 広めでしっかりとした道が続いています。 手元の地形図によると、標高270mほどの緩やかな丘になるようです。 植林地と梅林の間の尾根道を進んでいくと竹林が現れます。
慰霊碑
竹林を過ぎて舗装路になると、すぐ左側に広場があります。 その山側には掌を合わせた形の慰霊碑「祈り」があり、少し離れた所に手製の解説文が掲げられています。 広場の北側が開けていて、渋沢の街並みや丹沢の山並みなどを一望することが出来る所です。
慰霊碑「祈り」について
二十一世紀を目前に控えた大きな節目の年に、身近なところから「平和」について考え、 行動するきっかけとなることを願っています。 敗戦のがれきのなかから再出発して半世紀、現在、私たちは物の豊かさを手にして、 平和な暮らしを営んでいますが、この平和と繁栄も、先の大戦とそれに続く苦難の時代といった、 大きな犠牲のうえにきづかれたものであることを忘れることはできません。 戦場で散り、戦禍に倒れた方々への哀悼の念をあらためて表すとともに、 最愛の肉親を亡くし、限りない悲しみと永い苦難の日々を耐えてこられたご遺族などの戦争体験を、 「忘れてはならない記憶」として次代を担う子や孫にしっかりと語り継いでいきたい。 これが、今を生きる私たちの願いです。 平和の尊さをかみしめ、「共に生きる」社会をめざして、新たな時代を歩みつづけるために。
 (平成7年8月吉日 文責 谷利雄)
ミカン畑に続く舗装路を降っていきます。 傾斜が緩んでくると、細い道が右手へ分かれていきますが、左手に曲がっていく舗装路を降っていきます。 かなり傾斜のある坂を降っていくと、左右に通る坂道に降り立ちました。 四つ辻から8分ほどの所になります。 降り立った脇には道標が立っていて、右手の道は「0.4kmで西端へ」、 今降って来た道は「頭高山へ」となっています。 左手の道は何も示されてはいませんが、千村地区へ降っていく道になります。 左手の上には「ZUKO YAMA Pray hill」と刻まれた石碑があります。 ここは右手に続く坂道を登っていきます。
「ZUKO YAMA Pray hill」を邦訳すると「頭高山祈りの丘」になるでしょうか。 頭高山自体を示しているにしては距離が離れすぎているので、 手前にあった慰霊碑のある広場のことなのでしょうか。
雁音神社
坂道を1分ほど登っていくと、左側に石垣が続くようになります。 石垣に沿って道なりに左へ曲がっていくと、左手に登っていく短い石段があります。 その先の赤い燈籠が続く道を進んでいくと、中ほどに赤い祠の雁音神社があります。 傍には「かりがねの松」の解説板がありました。 「かりがね」と呼ばれるお姫様をここに葬ったということなのでしょうか。
かりがねの松
この「かりがねの松」のお話は、いつのころのことかよくわかりません。
そのむかし、千村(西地区)は宿場として京にのぼるのに、 また西からの大山まいりのお客などでにぎわった所だと言われています。 この千村に「ちむらわかされ」と、呼ばれる辻があったんだそうな。 そんなむかしのある日のことですと。 その日は、大へんに寒く、いつもなら旅人でにぎわう「わかされ」ですが、 さっぱりと人通りがなく、ただ寒い西風が吹きすさび粉雪を舞い上げていたんだと。 びゅうびゅう吹きすさぶ西風に送られて来られたのでしょうか。 それはそれは美しいお姫様がただひとり、とぼとぼと…。 お姫様は、「わかされ」まで来ると、急に胸をかかえよろよろとひざまづいてしまったのだそうだ。 そんな姿を見た村人はおどろき、お姫様をだき起こしました。 そして、あれやこれやといたわり、手厚く看病しましたが、そのかいもなく、 村人にだかれたままとうとうかえらぬ人となってしまったのですと。 お姫様は、苦しいいきの中から、 『わたしは都の者でございます。名前は「かりがね」と申します。故あって…。』と、 そこまでやっと話されましたが、あとの声は小さくなっていき聞きとることができなかったそうだ。 村人たちは、あまりの急な悲しい出来ごとにほろほろと涙を流し、 「かりがね」をねんごろに、わかされにとむらいました。 そして、そこに一本の松を植えました。 松はすくすくと大きくなり、そのみごとな枝ぶりは口ではたとえようもありませんでしたと。 一枚一枚の松の葉はかりの羽のように。 大きな枝は、羽を広ろげたかりのように。 村人の中には「姫よりも美しい松」と言うものさえでてきました。 いつの間にか、だれ言うともなく、その松を「かりがねの松」とか、「かりがねの姫」と、呼ぶようになり、 姫の美しさとそのあわれさをしたって、松と一しょにいつまでも語りついできたのだと言うことですと。
西端
雁音神社を後にして舗装された坂道をその先へと登っていきます。 3分ほど登っていくと、丘の上に通る舗装路に出ます。 「ZUKO YAMA Pray hill」の石碑の所から6分ほどで着きました。 正面の斜面には畑地が広がっています。 左角には道標が立っていて、左手の道は「震生湖5.0km」、 今来た道は「頭高山入口0.4km」「渋沢駅2.8km」となっています。 右側にも道標があって、右手の道は「行止り 篠窪」、今来た道は「頭高山 300m先登山口」となっています。 これまでにあった道標「0.4kmで西端へ」とここの「頭高山入口0.4km」を併せて考えると、 この辺りが西端という所になるように思われます。 峠地区の「西の端」という意味でしょうか、それとも「西にある畑」から転じた表記でしょうか。 左手の道は震生湖へと続く渋沢丘陵の尾根道になりますが、以前にも何度か歩いているので、 今回は右手の道から峠地区へ降っていくことにしました。
渋沢西端里山林
丘の上に続く舗装路を右手へ進んでいくと、すぐの所にある高床式の小屋の先から左手へ道が分かれています。 右手には「渋沢西端里山林」の標柱が立っていて、そこから右手の山へ道が分かれています。 入口にはベンチなども設置されていましたが、 ロープが張られていて一般者の立入は禁止のようでした。 「渋沢共有地管理組合 西端山林全図」と題した案内図もありました。 やはりこの辺りは「西端」という名前の所のようでした。 入口の先には「渋沢小学校学習林」と書かれた標識や注意書きなどの看板も立っていました。 今回は左手の道から峠地区へ降っていきます。
(正面に続く道は「頭高山」を参照)
西端山林の樹木
気候帯分布上 温暖帯〜冷温帯にまたがる
植物分類学で 被子植物(花や果実、種子に特徴)
樹種分布より 落葉広葉樹林、スギ・ヒノキは人工林
土壌の形態 褐色森林土、下層に黒色土(火山灰)
生態系の特徴 入り混んだ地形が気候の変化を生み貴重な動植物を育む
遷移上今は 先駆植物(ハリエンジュ・アカメガシワなど)が自然淘汰されコナラ・シデ林に
森林の機能 水源かん養、空気の浄化、健康福祉
雑木林の樹種 ブナ科のコナラ・クヌギやイヌシデ・ヤマザクラなど
潅木(低木)とは 高木(ヤマナラシ・ウワミズザクラほか)、亜高木の下層に位置する
潅木の種類 サンショウ、ムラサキシキブ、ガマズミ、クロモジ、ハナイカダ、シリバナほか
ドングリの実 コナラ・カシ・シイのドングリ類は1年で、クヌギのドングリが2年で熟する
入山される皆さんへ
1.学習林利用、自然観察の入山を許可します。
2.森内は危険なので1人で入らないで下さい。
3.樹木の保護の為、タラの芽、落葉等持出しを禁ず。
4.ゴミは持ち帰って下さい。
5.森内は火気厳禁、マムシに注意。
 (渋沢共有地管理組合、まほろば里山林を育む会)
左手の斜面には畑地が続いています。 その中に続く舗装された農道を降っていきます。 振り返ると、丹沢の稜線が最後の姿を見せてくれました。 奥に頭を出している丹沢主脈と思われる山は少し白くなっていたので、雪が積もっているようでした。 谷の向かい側の山には電波塔が見えていますが、 方角からすると、八国見山の南側にある栃窪無線中継所の電波塔のように思えました。 尾根から150mほど降っていくと道が左右に分かれていますが、今回は右手の道を進んでいきました。
傾斜が緩やかになってくると、一部は未舗装路になっていました。 畑の脇に続く道を道なりに降っていきます。 小屋を過ぎていくと、道は左へ曲がって降り傾斜が増してきます。 畑の脇をドンドン進んでいくと、U字形に窪んだ切通のような所を降るようになります。 両側に石垣が続く様になった所を降っていくと、県道708号の下をくぐっていきます。
峠地区
県道の下を過ぎて、道なりに右へ曲がりながら降っていくと、 左下には峠地区の集落が続くようになります。 坂道を降り切ると、正面に登り返していく道と、左手に戻るようにして降って行く道に分かれていますが、 左手の道を降っていきます。 この辺りは急傾斜地崩壊危険区域になっているようでした。 坂道を降り切って緩やかな道を進んでいくと、左右に通る道路に出ます。 峠地区の集落の中を通過していく道になります。 正面の斜面に登り返していく道もあって十字路になっている所です。 正面の道は八国見山の西側の斜面を通って、渋沢丘陵の尾根道にある「峠配水場」まで続いていますが、 今回はここを左折して峠バス停へと向かっていきます。
峠B地区急傾斜地崩壊危険区域
この区域内で土地の形状変更をする場合は知事の許可が必要ですから下記にご相談下さい。
 (神奈川県平塚土木事務所)
六地蔵
峠地区の集落に続く道を進んで峠バス停が見えてくると、左手に分かれていく道があります。 角には「禁葷酒」と刻まれた石碑が佇んでいました。 バス停へ向かう前に、左手のすぐ先に六地蔵があるので立寄っていきました。 以前はここに真静院というお寺があったようですが、今では森の傍に六地蔵が佇んでいるだけになっています。 祠の中には六地蔵の他にも五輪塔などがありました。
秦野市指定重要文化財 石造六地蔵(真静院)
地蔵菩薩とは、釈迦入滅ののち弥勒仏の出現するまでの間、六道に迷う衆生を救済する菩薩であり、 六地蔵とは地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道の六道に配し、 各界の苦難を救う姿をあらわしたものである。 六地蔵の石仏は、寺院等の入口にあって珍しいものではないが、 そのほとんどは江戸時代あるいはそれ以後のものであり、それ以前のものは極めてすくない。 この六地蔵のうち一体は南北朝時代、他の五体はいずれも室町時代の制作である。 又、これらのうち銅板・団扇・太鼓をもっているものは他に例のない特異なものである。 本像は表現は素朴であるが、古い時代の小さな石像が六体一組として揃って保存されていたのはまれなことである。 又、通称「峠」と呼ばれる小田原街道のこの地に、この石仏が存在することは、 この「峠」が古くから交通の要所であったことを知る貴重な資料である。
 (秦野市教育委員会)
峠湧水
集落の道に戻ってその先へ進んでいくと、峠バス停の道路向かいに峠湧水があります。 金網柵の扉には鍵が取り付けられていますが、簡単に外せる様になっているので、ちょっと立寄っていきました。 扉のすぐ脇にある石の間から水が流れ出ていました。 2008年5月実施の「水質試験・検査成績表」が添えられていました。 幾つも検査項目があって、 総合判定は「水道法に基づく水質基準に適合」となっていましたが、 「沸騰させてから飲むように」との注意書きが貼り出されていました。 直接飲む人もいるのでしょうか、コップが置かれていたりもしました。
この水は、水道水のように消毒されていません。 飲料用として利用する場合には、沸騰させてから利用してください。
 (秦野市環境保全課)
峠(とうげ)バス停
峠湧水の道路向かいに峠バス停があります。西端から25分ほどで到着しました。
渋沢駅(小田急小田原線)まで、[渋03]千村台行きバスにて8分、便は少ないので予め確認しておくと安心です。 待つようなら渋沢駅まで歩いていきましょう。30分ほどで着きます。
 土日曜 7:10 8:20 9:30 10:40 12:00 13:10 14:30 15:40 17:00 18:10 19:30
峠バス停の脇に「峰地区 渋沢丘陵 散策案内板」と題した手製の案内板があり、 今回登ってきた頭高山も載っていました。 渋沢駅南口への降り口には「渋沢駅南口発着バスマップ」と題した案内図があり、 バスルートと共に観光スポットなどが紹介されています。 今回の頭高山も載っていて、 千村台入口バス停から頭高山へ登って渋沢中学校入口バス停へ降るコースが図示されています。
頭高山コース
千村台入口バス停〜頭高山〜渋沢中学校入口バス停(約5km)
頭高山
箱根の山並み、足柄平野、表丹沢が一望できます。 桃や桜の花が咲く春先は見事です。
4月中旬〜下旬まで、八重桜が楽しめます。 千村の桜漬けは、全国シェアの80%を占める秦野市の特産品です。