今井の丘
散策:2010年11月下旬
【街角散策】 今井の丘
概 要 今井の丘は、武蔵国と相模国の国境の丘陵地です。 その昔には今井城がありましたが、現在では公園になっています。 尾根筋には「ほどがや緑の軸」の散策コースが設定されていて、 丹沢の山並や横浜都心のビル群を望むことが出来ます。 今回はその中の「東戸塚駅-今井橋ルート」と「西谷浄水場-今井橋ルート」を繋げて歩きます。
起 点 横浜市 東戸塚駅
終 点 横浜市 上星川駅
ルート 東戸塚駅…境木町公園…今井橋バス停…城山稲荷…金剛寺…今井の丘公園…新桜ヶ丘第五公園…(仮称)たちばなの丘公園…浄水場前バス停…水道坂…蔵王高根神社…上星川駅
所要時間 2時間20分
歩いて... 尾根からは丹沢方面やランドマークタワーなどを見渡せる眺めが広がっていました。 今回歩いた「ほどがや緑の軸」のルートには案内標識などが設置されておらず、 境木町公園から今井橋へ降りる所では道を間違えて、行き止まりになったり有らぬ所へ出たりもしました。 (仮称)たちばなの丘公園内にも分岐があって迷い易くなっていました。
関連メモ 陣ヶ下渓谷公園, たちばなの丘公園
コース紹介
東戸塚(ひがしとつか)駅
東戸塚駅(JR横須賀線)から歩いていきます。
改札を出て東口の地上に降りて、バスターミナルを左から回り込むようにして進んでいきます。 駅前には「歴史の道 東海道戸塚宿周辺散策案内図」と題した案内板がありますが、今回は訪ねるのを省略して、 横浜市が設定するほどがや緑の軸東戸塚駅-今井橋ルートを歩いていきます。
ここには「緑の軸」の案内板は見かけませんでしたが、 横浜市のホームページに散策マップが載っているので、印刷して持参すると参考になります。
歴史の道 東海道戸塚宿周辺散策案内図
東戸塚駅周辺の旧東海道は、保土ヶ谷方面から権太坂(一番坂)、二番坂の難所を越えたところにあり、 焼餅坂、品濃坂など大変起伏に富んだ地形になっています。 当時、焼餅坂の傍らには、坂を登って一息ついた旅人を相手に、 坂の名の由来と言われている名物の焼餅を売る茶店が開かれていました。 焼餅を焼く様子は浮世絵にも見ることができます。 また、戸塚宿方面から、難所である品濃坂を越えたあたりは尾根道となっており、 遠くの山々を望み、風光明媚なところでした。
 (戸塚区役所)
信号機の設置された交差点を左折して、車道沿いの歩道を進んでいきます。 信号を二つ過ぎていくと、次第に登り坂になってきます。 東品濃小入口交差点を過ぎていくと、中央分離帯の街路樹が綺麗に黄葉していました。 一旦傾斜が緩やかになって右へ曲がり、再び登り坂になった道を進んでいきます。 黄葉した街路樹の落葉を踏みしめながら進んでいくと品濃谷宿公園バス停があります。 バス停のすぐ先から左手へ戻るようにして登っていく坂道に入っていきます。
集合住宅と山の間に続く坂道を登っていくと、送電線の鉄塔「品濃線2」と「品濃線1」が並んで立っていますが、 見慣れた鉄塔とは少し様子の違う形をしていました。 鉄塔を過ぎると、高みを越えて緩やかに降るようになります。 東戸塚メモリアルパークを過ぎていくと道幅が狭まってきますが、小型車なら通っていけるだけの幅はあります。
東戸塚メモリアルパーク調整池
この駐車場の下の施設は、大雨のとき、雨水を一時貯水して、 下流へ少しずつ流し、河川の氾濫を防ぐ大切な役目をします。 貯水量220.10立方m、水深1.85m、池底面積123.84u
 (宗教法人 八幡教会)
緑地の協定区域
この区域は、緑の環境をつくり育てる条例に基づき、緑地の保全に関する協定が締結された緑地です。 協定緑地の面積:1265.70u
 (宗教法人 八幡教会、横浜市)
山沿いに続く道を進んでいくと、程なくして右手には畑や丘陵などが広がるようになります。 この道は横浜市の保土ヶ谷区と戸塚区の境になっていて、武蔵国と相模国の国境でもあります。 手元の地図によると、この辺りの下にはJR東海道線の清水谷戸トンネルや、 JR横須賀線の品濃トンネルが通っているようです。 左手の森に入っていく道が何度か分かれていきますが、見送っていきます。
少し登り坂になってくると、建設会社の資材置場があります。 金網柵や塀などが続く道を登っていきます。 建設会社の方でしょうか、道に積もった落葉をかき集める作業をされていました。 私が通りかかると一時作業を止めて通して貰えました。 そこを過ぎて降り始めると、学校法人難波学園の第一駐車場の脇に出ます。 広くなった道を真っ直ぐ進んでいくと、横浜栄養専門学校さかいぎ幼稚園の建物が並んでいます。 左手を見ると、丹沢の山並を見渡せる眺めが広がっていました。
「横浜栄養専門学校」や「さかいぎ幼稚園」は学校法人難波学園の施設のようです。
程なくして右へ曲がりながら降るようになります。 学校法人難波学園の第二駐車場まで来ると、道が二俣に分かれています。 左手の道は国道1号の脇に降りてしまうので、ここは右手の道を進んでいきます。 「この先道幅が狭いため車の通り抜け出来ません」の標識を過ぎて、金網柵沿いに登っていきます。
塀沿いに進んで行くと、民家がありました。 そこを過ぎていくと、県道17号(環状2号)に架かる橋を渡っていきます。 両側に歩道が設置された立派な橋でした。 前後の道と比べて不釣り合いのように思えましたが、道を拡幅する計画などがあるのでしょうか。 橋の名前を記した銘板はないかと探してみましたが見つけられませんでした。 橋を渡り終えると左手に階段が分かれていきますが、正面に続く坂道を登っていきます。
境木町公園
鉄柵が設置された坂道を登っていくと、開けた所に出ました。 名前を記したものは見かけませんでしたが、手元の地図によると境木町公園というようです。 広い尾根の上にある静かな公園です。 右手の樹木が低くなった所からは、ランドマークタワーも見えていました。
車・バイクなど車両の乗り入れ禁止
公園内は、管理車両や通行許可のある車両以外の乗り入れは禁止されています。
 (横浜市保土ヶ谷土木事務所)
犬はリードでつなぎましょう
ペットのふんはお持ち帰りください。
・タバコ、空き缶や紙くずのポイ捨ては禁止されています。
・ゴミは必ず持ち帰りましょう。
・公園内では犬はリードでつなぎましょう。
実際にあった話  公園内で放された犬が人にぶつかり、大けがをさせました。 その方は入院後も後遺症が残り、訴訟のすえ、飼い主に1900万円の支払いが命じられています。
 (横浜市保土ヶ谷土木事務所)
見事に黄葉した樹木の下を進んでいくと東屋がありました。 右手には横浜の街並が広がり、ランドマークタワーなどもよく見えていました。 左手には丹沢の山並を見渡せる眺めが広がっていました。 特徴的な姿をした金時山も見えていたので、富士山も見えるかと思いましたが、 遠くには雲がかかっていて見えませんでした。 条件が良いと見えるのでしょうか。
「区の木」ハナモモの見どころ
保土ヶ谷区は、区制80周年記念事業のひとつとして、緑あふれる保土ヶ谷をつくり、 子や孫の世代に引き継がれるものを残していこうとする80千本植樹行動ハナモモの見どころづくりを進めました。 ハナモモは、平成19年10月7日に、保土ヶ谷区制80周年を記念して区民投票により「区の木」に決まりました。
学名:prunusus percica
科属名:バラ科サクラ属
原産地:中国、
樹高:自然木3〜5m
品種名:照手
花期:3〜4月
ひなまつりの花として、古くから親しまれている木です。 このハナモモは、神奈川県の伝説「照手姫」にちなんだ狭い場所にも植えられる、ほうき性で、 花は大輪の八重咲きの樹種です。 ハナモモは花を楽しむためのモモであり、果実は食用にはなりません。
東屋の手前から右手に舗装路が分かれていますが、そのまま正面の尾根に続く道を進んでいくと、 程なくして森の中へ入っていきます。 手摺が設置された幅の広い尾根道を降り気味に進んでいきます。 少し登り坂になってくると、僅かな高みの手前で道が二手(*1)に分かれています。 道標類は見かけませんでしたが、ここは右手の道を進んでいきます。 高みの端まで来ると広めの道(*2)が左手へ分かれていきますが見送って行きます。 すぐに細い踏み跡が右側に並行するように分かれていますが、左側の道を緩やかに降っていきます。
*1:左手の道を進んでいくと、すぐに傾斜地の上に出ます。 正面には国道1号(横浜新道)と県道17号(環状2号)が交差する今井インターチェンジがありました。 そこから斜面を右手へ降っていくと民家が数軒建っていました。 道はその内の一軒の裏庭に続いていました。 畑のようになった右側へも踏み跡が続いていましたが、その先は畑の中に消えていくようでした。
*2:手前にあった分岐の左手の道と同じ傾斜地の上に出ます。
これまでよりも幅は狭まってきますが、道はしっかりと続いていました。 30秒ほど降っていくと、道は右手へ曲がっていきます。 そのまま道なりに右へ曲がって降っていってもいいのですが、 「緑の軸」のルートは、ここから左手に分かれていく細い踏み跡になります。
道なりに右手へ曲がっていくと、手前で分かれてきた踏み跡が右手から合流してきます。 その道を併せて少し左へ曲がって降っていくと畑の脇に出ます。 その右側すぐの所から舗装路に降りられます。 舗装路を左手へ進んでいくと「緑の軸」のルートに出ます。 右手の道の方が少し遠回りになりますが、道幅は広くてしっかりとしています。 舗装路に降りて右手へ進んでいくと、住宅地を経てJRの線路に架かる陸橋に出ます。 横須賀線の品濃トンネルの保土ヶ谷駅側の出入口の真上になります。
左手の踏み跡に入っていくと、程なくして畑地の脇に出ます。 畑の向こうには住宅地などが広がっています。 左側にある竹林との間に続く細い道を進んでいくと、次第に道がしっかりとしてきます。 生垣の間のような所を降っていくと、舗装路の曲がり角に出ます。 左手にも道が続いていて、降りて来た道を含めると四叉路のようになっています。 先ほどの分岐を右手へ進んで降り立った舗装路を左折してくると、ここまで来られます。 角に立つ電柱には「通り抜け出来ません」の看板が取り付けられていますが、 どの道を指しているのかはよく分かりませんでした。 設置されている向きからすると、左手の道のことなのかも知れません。 ここは正面に続く舗装路を降っていきます。
今井橋バス停
少し左へ曲がりながら、住宅や畑などが続く坂道を降っていきます。 黄色と緑色の壁の民家を過ぎていくと、道幅が少し狭まって、生垣と山の間を降るようになります。 そこを抜けていくと、空地の前に出ます。 右手に分かれていく道を見送って、空地の左側に続く道を降っていくと車道に降り立ちました。 その左手すぐの所に今井橋バス停があります。 東戸塚駅から50分ほどで歩いて来られました。 「ほどがや緑の軸」の東戸塚駅-今井橋ルートはここで終わりになりますが、 ここから西谷浄水場へ至る西谷浄水場-今井橋ルートを続けて歩くことにしました。
道路向かいの乗り場からは、保土ヶ谷駅(JR横須賀線)・ 横浜駅(JR東海道線)・桜木町駅(JR根岸線)までの便が合せて1時間に3本から4本程度、 この先の今井川に架かる今井橋を渡った所にある乗り場からは、 二俣川駅(相模鉄道本線)までの便が1時間に2本程度あります。
今井川
みんなの 心がけで きれいな川
 (横浜市環境創造局)
道路と一体化していて橋のようには見えない今井橋を渡っていきます。 横浜今井郵便局や保土ヶ谷消防署今井消防出張所などを過ぎていくと、横浜新道の高架をくぐっていきます。 「緑の軸」のルートは、高架の先にある新桜ヶ丘団地入口交差点を右折していくのですが、 車道ばかりを歩いても趣に欠けようというものなので、 ここでルートから外れて、近くにある金剛寺や今井の丘公園を訪ねていくことにしました。 交差点を直進して100mほど進んでいくと金剛寺バス停があります。 その手前から白い鉄パイプ柵が設置された細めの坂道が右手に分かれていきます。 一見して民家への道のようですが、今井の丘公園へ続く道になります。 今井の丘公園へ向かう前に、バス停のすぐ先にある金剛寺に立ち寄っていきます。
城山稲荷
バス停を過ぎていくと、すぐの所に標柱が3本並んで立っています。 消えかかっていて読み難かったのですが、 「今井城址 城山稲荷入口」「鎌倉古道」「…海道に至る」などと記されていました。 何だろうと思って立ち寄っていくことにしました。 民家の脇に続く路地を進んでいくと、横木の階段になってきます。 階段が終わって民家の裏庭のような所を柵沿いに進んでいくと赤い鳥居が現れます。 その先の太い擬木の階段を登っていくと、二つ目の赤い鳥居をくぐった先に、竹林に囲まれた狭い境内がありました。 正面には赤い祠がありましたが、これが城山稲荷のようです。 右側には「今井城址」と刻まれた石碑や祠がありました。 碑文によると、この辺りの山にはかつて今井城があったようで、この城山稲荷はその守護神だったようです。
今井城址
今井城址は、室町時代初期に築城された典型的な山城で、現在にその遺構を伝えている。 城は標高八十七メートルの尾根上に構築され、南北約三百メートル、東西約二百メートルの規模を示し、 中腹には曲輪、南端には空堀をはさんで守護神と伝承される城山稲荷が鎮座する。 昭和三十年十月七日、この境内から常滑大甕に入った約百貫の小銭が発見されたが、 この城が誰の手によって営まれ、城主が誰であったかを語る資料はないものの、 現存する遺構・遺物からして、市内を代表する中世の城であることはいうまでもない。
 (表 主人 清水養之助 建立)
金剛寺
城山稲荷から車道に戻ってその先へ進んでいくと、 すぐの所に「高野山 真言宗 長谷山 金剛寺」と刻まれた石柱が立っています。 そこから右手へ続く参道を進んでいくと、二階建てになった立派な山門があります。 鐘楼門と云うようで、二階には大きな鐘が吊り下げられていました。 門をくぐっていくと、正面に金剛寺の本堂があり、右手には庫裡と思われる建物がありました。 左手から裏山にかけては墓地になっていました。
金剛寺の縁起
名称 高野山真言宗長谷山地蔵院金剛寺
所在 横浜市保土ヶ谷区今井町108番地
開創 天正十五年(1587)快儀法印
本山 和歌山県伊都郡高野町高野山金剛峯寺
開祖 弘法大師空海上人
宝号 南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)
沿革 往時、村内鎮守子神社の別当にて、崇敬篤く、 当寺境内に慶長十六年(1611)に卒去せる今井城領主有田九郎兵衛吉貞(真光院)、二代九郎兵衛吉久(躰相院)、 さらに寛文十三年(1673)に卒去せる徳川幕府旗本三代領主藤兵衛貞吉(智相院殿)人々の墓が現存する。 当寺十四世にて江戸幕府上野寛永寺御門主一品親王より柏寿の号を賜りし世寿百廿一歳祐尊上人文化七年十月廿八日(1824)遷化せる墓あり、 また大衆の信仰篤い地蔵菩薩(嘉慶二年十一月三日、1388年作)別当腹籠地蔵を安置する。 尚本堂は昭和四十五年、客殿は同五十三年、鐘楼門は六十二年建立する。
 (当寺第二十世 秀純 合掌)
境内には金剛寺六地蔵尊が並んでいて、脇には「仏足石」がありました。 六地蔵は向かって左から、 禅林地蔵尊・地獄、無二地蔵尊・餓鬼、護讃地蔵尊・畜生、諸龍地蔵尊・修羅、伏勝地蔵尊・人間、伏息地蔵尊・天上の順で並んでいました。 六地蔵の左手には石仏や五輪塔などが並んでいて、その脇に「今井城と城主墓」と題した立て札がありました。 往時の地図も載っていました。
仏足石(ぶっそくせき)
仏足石(跡)は、お釈迦さまの足の裏の相です。 その昔、お釈迦さまが人々の前で説法をされた時、 多くの人々に自分の姿が見えるように岩や石の上に立ってお話しをされました。 説法が終わり、お釈迦さまがお帰りになった後も石の上に足の相が残っており、 人々はその足跡をそのまま石に刻み有難く拝んできました。 その後、数百年を過てはじめてお釈迦さまの像がつくられるようになったと言われています。 私達が日々礼拝する仏さまの「基」が仏足石です。 その文様の一つひとつに、お釈迦さまの慈悲の心と尊い教えがこめられています。 尚、この仏足石の下には「四国八十八ヶ所」「西国三十三観音」「秩父三十四観音」「坂東三十三観音」各札所の お砂が入っております。 履物のままお踏みになり功徳をうけて下さい。
 (当山二十世 秀純 合掌)
今井城と城主墓
今井町に「城山」と呼ばれる標高87メートルの丘がある。 半島状に突出ており、西すそは今井川が流れる要害の地で、地元では木曾義仲の四天王の一人、今井兼平の居城跡という。 だが、義仲も兼平も在命中に当城にあったという記録は一切なく、地名からの伝承にすぎないよう。 城山は金剛寺背後の高所を中心に、馬背状に南地300メートル余りに及び、 南と北、さらに中腹の平地に曲輪(くるわ)が形づくられている。 この城づくりは、鎌倉時代から室町初期にかけての典型的な築城法、さらに南端には「城山稲荷」といって、 当城の守護神であった稲荷社が残り、この一画と城山中央部との間には堀が残っている。 城山の西に「鎌倉橋」という橋がかかるが、かつての鎌倉古道は品濃坂から今井に至り、 この橋を渡り、城山に突当り、城山北側をぐるりとまわって星川方面に抜けていた。 昭和30年10月、城山稲荷社のところから、埋蔵金が掘出された。 大カメに小銭が百貫(約400kg)。 その種類は、宋銭、南宋銭、元銭など、中国からの渡来銭で、江戸期のものは一切含まれておらず、 鎌倉から戦国期に使用された通過であった。 この出土により、今井城は戦国時代にも使用されていたことが明らかだ。 この地に眠る城主は、所台・有田九郎兵衛吉貞(真光院)、 二代・九郎兵衛吉久(躰相院)、さらに三代領主・藤兵衛貞吉(智相院殿)の墓が現存する。 尚、埋蔵金の一部とそのカメは、清水家に保存されている。
平成二年七月廿一日 真言宗金剛寺第廿世 秀純 敬白
今井の丘公園
金剛寺バス停の先まで引き返してきて、白い鉄パイプ柵が続く細い路地を登っていきます。 生垣や塀の間に続く路地を進んでいくと、竹などが生い茂る森の脇を登るようになります。 やがて住宅地の道路に出てその先へ進んでいきます。 登り坂になってきた道を進んでいくと、左手に樹木が生い茂る所があります。 ここが今井の丘公園の入口になります。 入口には「今井の丘公園」と刻まれた石碑がありました。
この公園では次の事を守りましょう。 公園はみんなの憩いの場所です。 一人、一人りがマナーを守りましょう。
一、植物を大切にしましょう。
一、ゴミやペットのふんの始末をきちんとしてきれいな気持ちより公園にしましょう。
一、きけんな遊び、他人に迷惑になる事は、やめましょう。
一、バイク、自転車の乗り入れはやめましょう
 (公園愛護会)
車止めを過ぎて園内に入っていくと、右側には広場がありますが、野球が出来るほどの広さはないようでした。 周囲には樹木が植えられていて、すり鉢状になっていました。 木々が色付いていて綺麗な眺めでした。 金剛寺にあった立て札によると、この公園はかつての今井城の跡のようです。 ここが「大堀切」のあった辺りだとすると、「本丸」は正面の斜面の上の方にあったようです。
公園利用者のみなさまへ
ほかの利用者やご近所の方に迷惑をかけないように利用しましょう。
・バイクの乗り入れは禁止です。
・ゴルフの練習や、かたいボールを投げるなどの危険なボール遊びはやめましょう。
・犬を放さないでください。ふんは必ず飼い主が家へ持ち帰ってください。
・ロケット花火やバクチクなど、大きな音の出る花火は禁止です。
・早朝、深夜に騒ぐことはやめましょう。
・樹木や草花を大切にしましょう。
・ゴミは持ち帰りましょう。
 (保土ヶ谷土木事務所)
広場を左手から巻くようにして続く坂道を登っていくと、 広場から登ってきて左上へ続く階段があります。 この上が本丸のあった所なのだろうと思いながらも、やり過ごしていきました。 坂道を登っていくと、先ほどの広場より一段高い所に、もうひとつ広場がありました。 「東曲輪」があった跡でしょうか。 その先の車止めを過ぎて公園から出て、左手に続く高い石垣沿いに進んでいきます。
石垣沿いに進んで道なりに右へ曲がっていくと、 少し降ってから登っていく道が住宅地に真っ直ぐ続いています。 左右の道は見送って真っ直ぐ進んでいくと、立正桜ヶ丘幼稚園の横を過ぎた先でT字路に突きあたります。 そこを左折して藤塚小学校の校庭沿いに進んでいきます。 校庭では少年野球の練習試合が行われていました。 校庭を過ぎていくと再びT字路に出ます。 角には天然温泉がありました。 そこを左折して、国道16号(保土ヶ谷バイパス)に架かる今井一号橋を渡っていきます。
新桜ヶ丘第五公園
今井一号橋を渡っていくと桜ヶ丘駐在所前交差点があります。 左側には新櫻ヶ丘第六公園がありました。 ブランコや鉄棒や滑り台などがある静かな公園です。 そこを過ぎて、集合住宅などが建ち並ぶ緩やかな坂道を真っ直ぐ進んでいくと、 剪定された樹木が周囲に植えられた駐車場の先の十字路の角に新桜ヶ丘第五公園があります。 先ほどの第六公園と同じような名前ですが、かなり広い公園になっていました。 入口にある公園愛護会の掲示板では、活動などが紹介されていました。 ブランコや滑り台などがある所から公園に入っていくと、トイレや休憩舎がありました。 そこを過ぎていくと広いグラウンドがありました。 この時には少年チームがサッカーの練習をしていました。 公園を斜めに横切るようにして、グラウンドの左手を進んでいきます。
保土ヶ谷区で見つけた草花シリーズ(26) ミチタネツケバナ(路種漬花、道種漬花)
学名:Cardamine hirsuta L. 科属:アブラナ科タネツケバナ属 原産地:ヨーロッパ
分類:越年草 草丈:5〜20cm 花期:4月〜7月
ミチタネツケバナは秋ごろに発芽して、葉を出した状態で冬を越します。 地面に張り付いて光をたくさん受けられるように葉を広げて寒さに耐えます。 春になるとその中央から茎が伸びて、背が高くなり、花をつけます。 伸びた茎には葉があまりつかないので、ミチタネツケバナを見つけた時に葉っぱがどこにあるかわからなかったです。 地面をよく見ると、丸くて小さなかわいい葉っぱがありました。 花に寄り添うように上向きに果実がついています。 この果実が付いている様子が目立つのでタネツケバナと呼ぶのかなと思い、名前の由来を調べてみました。 タネツケバナの花が咲き出す時期と、稲作でまく種もみを発芽しやすいように水に漬ける作業の時期が同じだそうです。 「種を水に漬ける時期に咲く花」がタネツケバナの名前の由来になっているそうです。
 (保土ヶ谷区保土ヶ谷土木事務所)
新桜ヶ丘第五公園に入った所の対角になる所から出て左手へ進んでいきます。 緩やかな坂道を登って森の手前のT字路に出て、二車線道路を右折していきます。 すぐの所にある県公社住宅前バス停を過ぎていくと、道路が右手へ曲がっていく角から左手へ道が分かれていきます。 正面の石垣には「SunCity YOKOHAMA サンシティ横浜」の標識が取り付けられていて左手の道を指しています。 ここを左折していきます。 右手から来て左手へ続く道が、新桜ヶ丘団地入口交差点から分かれてきた「緑の軸」のコースになります。
森の傍に続く車道を緩やかに登っていきます。 青い柵(*)が設置された作業場までくると、柵には近くの小学生の描いた絵が数点掲示されていました。 各々には簡単な作文も載っていました。 ゴミ処理場なのでしょうか、よこはまG30などに関する内容のようでした。 そこを過ぎていくと、道は少し右へ曲がりながら降るようになります。 右手の金網柵の向こう側にはランドマークタワーがよく見えていました。 その角から左手に分かれていく道に入っていきます。 一見して作業場へ入って行く道のように思えますが、 すぐに右へ折れ曲がって建物の脇を過ぎていくと、森の中へ入っていきます。 右手から擬木柵が設置された散策路が来ていましたが、工事柵で閉め切りになっていました。
*後日に来てみると、青い柵は撤去されていました。
(仮称)たちばなの丘公園
森に入っていくと、右側に続くコンクリート塀(*)沿いに進むようになります。 道は未舗装ですが、広くてしっかりとしていました。 1分ほど進んでいくと、擬木柵が設置された散策路が左手に分かれていきます。 その先には階段があるようで、その旨の注意書きの立て札もありました。 右側の塀の向こう側にも遊歩道などの整備が進んでいるようでした。 この辺り一帯は「(仮称)たちばなの丘公園」の予定地になっていて、 平成13年度から整備工事が始まり、完成すると面積12.4haの公園になるようです。 コンクリート塀沿いに更に進んで工事柵に変わってくるとX字路があります。 森へ入って3分半ほどの所になります。 左手から合流して来る道の入口にも先ほどと同様の立て札があったので、手前で分かれてきた散策路のようでした。 正面の道は二俣に分かれていますが、「緑の軸」のコースは右手のコンクリート塀沿いの道になります。
今回歩く尾根の右側の3.5haが、2011年10月に「たちばなの丘公園」として部分開園しました。
*部分開園後に来てみると、コンクリート塀は撤去されていました。
(「たちばなの丘公園」を参照)
自転車などをご利用の皆様へ
この散策路には階段があるため、自転車などでは通行できません。 樹林地の保全のために、樹林の中も通らないでください。 ご協力をお願いいたします。
 (横浜市環境創造局)
コンクリート塀に沿って尾根道を進んでいきます。 落葉が積もる尾根の左側には雑木林が続いていて雰囲気のいい道になっていました。 手前のX字路から1分半ほど進んでいくと、右側に竹林が現れます。 コンクリート塀沿いに更に進んでいくと、左手から擬木柵の設置された散策路が合流してきます。 右手の小高い丘にはベンチが幾つか設置されていて、整備がかなり進んでいるようでした。
左手からの道を併せてその先へ進んでいくと、コンクリート塀から金網柵に変ってきます。 柵の向こうにランドマークタワーなどを眺めながら進んでいきます。 程なくして緩やかに降るようになると舗装路に出ました。 (仮称)たちばなの丘公園に入ってから10分ほど、 今井橋バス停から1時間ほど(金剛寺などの散策も含む)で来られました。 ここから終点までは車道を歩いていきます。
正面に続く車道を少し進んだ所にあるY字路の左手の道を進んでいきます。 金網柵沿いに右へ曲がりながら進んでいくと、右手に仏向少年広場があります。 柵沿いに進んだ先に入口がありましたが、この時には誰も使用していなくて、門は閉まっていました。
保土ヶ谷区仏向少年広場
この広場は青少年を対象にしたスポーツ・レクリェーション施設です。
グランドを団体で使用できるのは原則として中学生以下で行うスポーツ・レクリェーションに限ります。
危険な遊びや運動・近所の人の迷惑になることは絶対にやめましょう。
特に打上花火、ゴルフ練習、野球(少年野球は除く)は禁止です。
広場内での犬の散歩はご遠慮ください。
アキカン・紙くずなどのゴミは持ち帰り、きれいに使いましょう。
広場内の遊具は正しく安全に使いましょう。
またフェンスを乗り越えたり、こわしたりしないようマナーを守って楽しく遊びましょう。
 (仏向少年広場管理運営委員会、横浜市保土ヶ谷区役所)
僅かに降り坂になってきた道を進んでいきます。 旭消防署市沢消防出張所の先の逆Y字路を直進していくと、西谷浄水場交差点に出ます。 横断歩道を渡って右折していくと、浄水場裏バス停があります。 バス停を過ぎて大きな樹木が並木を作る歩道を進んでいきます。 西谷浄水場の入口まで来ると「横浜水道お客さま感謝デー2010」の半円形ゲートが設置されていました。 場内は催し物などで賑わっているようでしたが、入っていくのは止めておきました。
浄水場前バス停
西谷浄水場の入口を見送って並木が続く歩道を更に進んでいくと、水道記念館の入口があります。 「明治村へようこそ」の半円形ゲートが設置されていました。 門の手前には「HODOGAYA 緑の軸 散策案内図」と題した大きな案内板が設置されていました。 今回の散策でただひとつ見かけた案内板で、 「緑の軸」の全体図とこの辺りの拡大図が載っていました。 それによると、これまで続いてきた「ほどがや緑の軸」の西谷浄水場-今井橋ルートは、 門のすぐ先にある浄水場前バス停で終わりになります。 たちばなの丘公園から車道に出た所から12分ほどで到着しました。
和田町駅(相模鉄道本線)や横浜駅(JR東海道線)までの便が 合せて1時間に5本から6本程度ありますが、今回は上星川駅まで歩いていくことにしました。
HODOGAYA 緑の軸
「HODOGAYA 緑の軸」とは、区西部の尾根筋を南北に結ぶと、点在する緑が縦につながります。 保土ヶ谷区ではこれを「緑の軸」として位置づけ、魅力あるまちづくりをすすめています。 この「緑の軸」の散策ルートは、決して特別のハイキングコースではありません。 ごく普通の住宅地や畑のそばを通ります。 でも、貴重な緑や眺めの良い場所があり、思いもかけないところに"小さな自然"や"四季の香り"といった、 ふだん見落としがちな何かを見つけることができます。 あなたも「緑の軸」を歩いてみませんか。
 (保土ヶ谷区)
水道坂
水道記念館を過ぎていくと降り坂になってきます。 正面にはランドマークタワーなどを見渡せる眺めが広がっていました。 道路向かいに仏向坂本台公園を見ながら、かなり傾斜のある坂道を降っていきます。 道端に設置された標柱によると、この坂は水道坂というようです。
蔵王高根神社
道なりに真っ直ぐ降っていくと、東海道貨物線の高架橋が見えてきます。 高架橋をくぐった右側に神社があるので立ち寄っていきました。 高架の下から右へ登っていくと、向こう側を向いて社殿が建っていました。 扉は鉄格子で閉ざされていました。 神社の名前を記したものは見かけませんでしたが、手元の地図によると蔵王高根神社というようです。 境内の先には坂本町内会館がありました。 その隣りの大きな鳥居の手前に、赤い鳥居と小祠がありました。 祠の中には幾つかの鳥居と「稲荷」と刻まれた石祠がありました。 白い狐の置物や草鞋もあり、青々とした榊がお供えされていました。
鳥居の先の石段を降っていくと、途中に坂本第1子供の遊び場がありました。 シーソーや滑り台のある小さな広場です。 そこから更に石段を降っていくと蔵王神社前交差点に降ります。 脇には「馬頭観世音」と刻まれた石碑がありました。 交差点はT字路とY字路が合体したような形をしています。 横断歩道を渡った所に道標が立っていて、右手の道は「和田町駅800m」、 帷子川に架かる光栄橋を渡っていく道は「上星川駅150m」、 今来た道は「横浜水道記念館800m」となっています。
上星川(かみほしかわ)駅
光栄橋を渡っていくと、正面に「天然温泉」の看板を出すビルがあります。 その手前を道なりに左へ曲がっていくと、道端に小さな上星川八幡通公園があります。 そこを道なりに右へ曲がっていくと、上星川駅(相模鉄道本線)があります。 浄水場前バス停から14分ほどで到着しました。
改札口へ登っていく階段の左手に、先ほどと同じような「HODOGAYA 緑の軸 散策案内図」と題した案内板があるので、 こちら側から歩き始める場合には参考になります。