鎌倉アルプス
散策:2010年08月下旬
【低山ハイク】 鎌倉アルプス
概 要 鎌倉アルプスは、鎌倉の街を取り巻くように聳える標高150mほどの山々です。 そこに隣接するように横浜市民の森もいくつかあります。 今回は三信住宅から池子やまなみルートを通って十二所果樹園を訪ね、 県道に降りて十二所神社の裏手から鎌倉霊園に出て相武尾根に登り、鎌倉天園へと向かっていきます。
起 点 横浜市 三信センターバス停
終 点 鎌倉市 大塔宮バス停
ルート 三信センターバス停…六浦西第二公園…六浦西第三公園…登り口…池子やまなみルート…33番鉄塔…十字路…2番鉄塔…3番鉄塔…展望地…十二所果樹園(東側)…果樹園ゲート…朝比奈切通分岐…朝比奈切通…梶原太刀洗水…やぐら群…泉橋…十二所神社バス停…十二所神社…鎌倉霊園…登り口…相武尾根…茶屋分岐…天園休憩所…見晴台…X字路…東電送電所…亀ヶ渕橋…永福寺跡…鎌倉宮…大塔宮バス停
所要時間 4時間20分
歩いて... 三信住宅から池子やまなみルートに登る道はかなり傾斜が急になっていましたが、 ブロック製の階段が設置されていて歩きやすくなっていました。 鎌倉霊園の縁に続く道はしっかりとしていましたが、 あまり歩かれていないようで、蜘蛛の巣などがかなり張っていて、煩わしい思いをしました。
関連メモ 六国峠, 朝比奈切通, 池子の森, 鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス, 池子の森, 鎌倉アルプス,
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吉沢川, 朝比奈切通, 鎌倉アルプス, 相武尾根
コース紹介
三信センター(さんしんせんたー)バス停
金沢八景駅(京浜急行本線)から少し離れた所にあるバス乗り場から、 [八21]三信住宅行きバスにて12分、1時間に1本から2本程度の便があります。
バス停のすぐ先にある三信センター前交差点で道が二手に分かれていますが、 右手に続く緩やかな坂道を真っ直ぐ登っていきます。 道路沿いに植えられている街路樹は「ユリノキ」と云うようです。
ユリノキ (北アメリカ産)
葉の形からハンテンボクともよぶ。 英名 チューリップツリー。 かってアメリカインディアンはこの木でカヌーを作った。
六浦西第二公園
十字路を過ぎた角に六浦西第二公園があります。 簡単な遊具設備などがあるだけの住宅地の静かな公園です。 この公園には愛護会があるようで、専用の掲示板が設置されていて活動状況などが紹介されていました。
公園愛護会は
公園が大好きな人たちの集まりで、公園を楽しくするためのいろいろな活動をしています。 草取りをします。ゴミ拾いをします。花壇をつくります。 公園を使った楽しいイベントを考えますし、そのためのチラシも作ります。 メンバーになると、たくさんの出会いがあります。 職場や学校とはひと味ちがう友達ができます。 草取りをしながら自然のはなしや森のはなし、ゴミを拾いながら外国のはなしや宇宙のはなし、 花を植えながら薬草の話や昆虫のはなし、チラシをつくりながら映画のはなしや本のはなし。 公園は井戸端になったり自由な学校にもなります。 ふだんは話す機会がないたくさんの人たちが、いろいろな話題で盛り上がります。 公園愛護会での一番の収穫は豊かな時間かもしれません。
 (横浜市金沢土木事務所)
六浦西第三公園
六浦西第二公園を後にして、その先に続く坂道を更に進んでいきます。 突き当たりのT字路を右折していくと、山際に六浦西第三公園があります。 ここも静かな公園で、右手の方には藤棚もありました。 周囲に植えられた樹木には、近所の小学生が書いた簡単な紹介文が取り付けられていました。 ヤマモモ、シラカシ、ヤエザクラ、ソメイヨシノ、クスノキ、ヤマカエデ、サンゴジュ、サワラ、ケヤキ、 フジ、クヌギ、ヤマザクラなどがありましたが、紹介文は省略します。
登り口
六浦西第三公園を後にして、住宅地の山際に続くなだらかな道を進んでいきます。 右手からの道を併せてその先へ進んでいくと、右へ曲がっていく角に金網柵で囲まれた所があります。 その左側に沿って僅かな隙間があります。 入口に立つ電柱には「金沢区東朝比奈二丁目53」の住所標識が取り付けられていました。 金網柵とコンクリート壁に挟まれた狭い所へ入っていくと、 左手の山へと登っていく急坂があります。 ここが「池子やまなみルート」への登り口になります。 公園の散策も含めて、三信センターバス停から19分ほどで着きました。
かなり傾斜のある山道には30cm四方ほどの大きさのコンクリートブロックが縦・横・縦・横と階段状に設置されていて、 歩きやすくなっていました。 そんな階段も2分ほど登っていくと終わりになります。
池子やまなみルート
緩やかになった道を2分ほど進んでいくと、送電線の鉄塔「北鎌倉線No.30」の立つ所に出ます。 鉄塔を過ぎた所で、左手からの道が合流してきます。 鉄塔の手前には道標が立っていて、左手から来る道は「千光寺・六浦方面」、 今登ってきた道は「三信住宅」となっています。 左手から来て正面へと続く道が、久木大池公園まで続く「池子やまなみルート」になります。 鉄塔の先へ続く緩やかで歩きやすくなった道を進んでいきます。
(左手の道は「池子やまなみルート」を参照)
左側に鉄線柵が続くようになった尾根道を進んでいきます。 柵の向こう側は在日米軍施設になっていて立入禁止になっています。 柵にはその旨の看板が点々と設置されています。 柵に沿って付かず離れずに続く尾根道は、しっかりとして緩やかな道になっています。 30番鉄塔から3分ほど進んでいくと道が二手に分かれていますが、少し先で合流します。
在日米軍施設につき立入りを禁ず
許可無き立入りは、日本国法令により罰せられます。
 (米海軍横須賀基地司令官、横浜防衛施設局長)
WIRNING 警告
U.S. Navy Property. Authorized Personnel Only.
米国海軍管理区域。 立入りは許可された者に限る。
33番鉄塔
左手の道は送電線の巡視路になっていて、尾根道は右手の道のようですが、 今回は左手の道を進んでいきました。 左手の道に入っていくと、すぐの所に送電線の鉄塔「大-田33号」が立っています。 道は鉄塔の下をくぐってその先へと続いています。 笹竹が生い茂る道を1分ほど進んでいくと、手前で分かれてきた道が合流してきます。
大-田33号 お願い
この送電線は6万6千ボルトの高電圧です。 下記の事項について御連絡下さい。
1.送電線の附近に建造物を建てられるとき。
2.送電線に接近して作業をされるとき。
3.送電線の附近で火災がおきたとき。
 (新鶴見給電メンテナンスセンター、中央給電指令)
十字路
傾斜が増してきた道を登っていきます。 傾斜が緩んでくると十字路に出ます。 30番鉄塔から7分ほど、三信住宅の登り口から13分ほどで登って来られました。 角には道標が立っていて、右手の道は「熊野神社・朝比奈切通し」、今来た道は「六浦方面」となっています。 正面の道と左手の道は道標には載っていません。 右手の道は熊野神社の裏手から朝比奈切通へと続いています。 正面の道を20mほど登った所には送電線の鉄塔「逗子分岐1号」が立っていて、その先の道は不明瞭になっています。 十二所果樹園を経て久木大池公園へと続く「池子やまなみルート」はここを左折していきます。
(右手の道は 「池子の森」, 「池子の森」, 「十二所果樹園」 を参照)
2番鉄塔
笹竹の生い茂る道を降っていきます。 程なくして緩やかになってくると、 逗子市消防本部の設置する「山火事注意 ひさぎ33」の立札が樹木の脇に立っています。 立札を過ぎていくと、左側には再び鉄線柵が続くようになります。 植林帯へ入って緩やかに登っていくと、程なくして雑木林になります。 再び笹竹が生い茂るようになった道を進んでいくと、送電線の鉄塔「逗子分岐2号」が立っています。 十字路から5分ほどの所になります。 尾根道は鉄塔の下をくぐってその先へと続いています。
笹竹の生い茂る所を過ぎていくと、雑木混じりの植林帯になります。 笹竹の生い茂る道を進んでいくと、道の脇に「ひさぎ32」の立札が立っています。 笹竹や常緑樹の生い茂る道を軽く登っていくと、正面の上が明るくなった所に出ます。 十字路から9分ほどの所になります。 斜面にはクヌギの幼木が植えられていました。 ここで道が二手に分かれています。 2009年7月に来た時には左手の道は工事中でしたが、この時には既に完成していたので、 今回は左手の道を登っていきました。
横木の階段を1分ほど登っていくと、緩やかになった高みに着きます。 この高みは十二所果樹園東側の上辺になります。 右下の一段低い所には、手前で分かれてきた道が続いています。 高みの先へ進んでいくと、その道へ降りていく道が右手へ分かれていきますが、 そのまま高みに続く道を進んでいきました。 道端には輪切りの木が並べられていて、腰掛けるのに具合が良くなっていました。
十二所果樹園は浅い谷あいにあって、その中間に尾根が入り込んだような形になっています。 その尾根で果樹園が東側と西側に分かれる形になっています。
3番鉄塔
根元から枝分かれしている大きな樹木の袂を過ぎて降っていくと、 手前で分かれてきた一段低い所を通る道に降り立ちます。 そこから坂道を登っていくと、送電線の鉄塔「逗子分岐3号」が立つ高みに着きます。 ここで道が二手に分かれています。 以前には手製の道標があったのですが、この時には見かけませんでした。 左手の急な降り階段は十二所果樹園の西側を経ていく「池子やまなみルート」になりますが、 今回は右手に伸びる尾根の先にある展望地に向かっていきます。 右手には、朝比奈切通へと続く尾根を見渡せる眺めが広がっていました。 その奥には東京湾を行き交う大型船も見えていました。 左手の樹木越しにも鎌倉方面の山並が続いていました。
展望地 (標高149m)
開けた所から樹木の生い茂る尾根へ入っていくと、左手から急坂が登ってきます。 以前には十二所果樹園の西側へ降る坂道になっていましたが、 今では入口には樹木が積まれトラロープも張られて通行禁止になっています。 広くて緩やかな尾根道を快適に進んでいくと、3番鉄塔から150mほどで、 テーブルやベンチが幾つか設置された開けた所に着きます。 十字路から16分ほどで到着しました。 正面の小高くなった所には「神奈川県内広域水道企業団 基準点」がありますが、 青ペンキが塗られていて、文字は読めなくなっていました。 ベンチに腰掛けてしばらく休憩していきました。
手前の夏草などが邪魔しているのが難点ですが、 展望地の三方が開けていて展望が広がっています。 条件がいいと富士山も見えるようですが、この日は遠くが霞んでいてまったく見えませんでした。 それでも鎌倉方面の街や海などはよく見えていました。 北東側には横浜の海までも見えるようですが、 手前の樹木やススキなどが育っていて、眺めをかなり邪魔していました。 南東側には、熊野神社や朝比奈切通しへと続く尾根が続いていて、送電線の鉄塔が並んでいるのが見えました。
十二所果樹園(東側)
落ち着いたところで、先ほどの3番鉄塔まで引き返していきます。 元来た道を降っていくと、先ほど通ってきた一段高い所へ登っていく道と、緩やか道に分かれています。 左手の道にはロープ柵が設置されていて、果樹園との区切りになっているようでした。 以前には歩きやすい道でしたが、この時には夏草が刈られることもなく、 道を塞ぐように生い茂っていました。 先ほどの高みを経ていく道を通るのを推奨しているようでした。 草を掻き分けながら進んでいくと、高みに登り着いた先から降ってくる道と交わる十字路があります。 ここを左折して、東側の果樹園に続く細い道を降っていきます。
果樹園に続くロープ柵が設置された道を進んでいくと炭焼き小屋がありました。 そこを過ぎていくと、小型車なら通っていけるだけの道幅になってきます。 道は緩やかになっていて農道になっているようでした。 手元の地形図では、149m峰の東側から北側を経て西側へと続く実線で示されている道になります。 炭焼き小屋から6分ほど進んでいくと、山際に「お知らせ」の看板が設置されていました。 地形図では実線の道の一番北側の辺りになるようです。 「ただ今」とはなっていますが、かなり前から設置されているし、 作業は既に終わっているように思えました。
お知らせ
ただ今、山の手入れをしています。 危険ですから立ち入らないでください。
 ((財)鎌倉風致保存会)
ヒノキが並んで植えられた所を過ぎていくと、左手から降ってきて正面へと曲がっていく道に出ます。 炭焼き小屋から10分ほどの所になります。 左手の道は、十二所果樹園の西側から降ってくる道になります。 正面に続く道を降っていくと、道の脇に「十二所果樹園」と題した案内板が設置されていました。 そこに載っている果樹園の案内図によると、 中ほどに突き出た尾根の周囲を巡るように続くこの広い道は「外周園路」というようです。 栗・松・桜・梅・柚子・その他の樹木の植えられている場所が色分けして図示されていました。
十二所果樹園
この土地は、地主の方のご厚意により財団法人鎌倉風致保存会が一般に公開しているものです。 次のことを守り利用して下さい。
・園路以外の立入は禁止します。
・山火事防止のため園内は禁煙です。
・園内の動植物は大切にしましょう。
・ゴミは各自持ち帰って下さい
・利用にあたってはマナーを守り、地主の方、他の利用者の方の迷惑とならないようにして下さい。
 (財団法人 鎌倉風致保存会)
果樹園ゲート
案内板を過ぎていくと、すぐに鉄製のゲートがあります。 単なる車止めではなくて、人の立ち入りも制限する門のようです。 以前には十二所果樹園は季節によって立入禁止になっていましたが、今では通年開放されているようで、 ゲートも開け放たれていました。
この十二所果樹園は、平成18年1月に鎌倉の貴重な緑地を保存するため、(財)鎌倉風致保存会が買い取りました。 緑地保存とともに、皆さんの憩いの場として活用していただくため、通年開放しています。 次のことを守って、どうぞ大切にご利用ください。
1.園内で火を使わないこと
2.園内の動・植物は取らないこと
3.園内では自転車・バイクからおりて通ること
4.園内にゴミを捨てないこと
 (財団法人 鎌倉風致保存会)
おねがい!
マウンテンバイクは降りて通行して下さい。
道の右側は杉林になっていて、木製の手摺がガードレールのようにして設置されています。 緩やかに1分半ほど降っていくと、作業場の前に出ました。 脇の樹木には「果樹園200m」の標識が掛けられていて、今降ってきた道を指していました。 ここから、谷筋に続く道を降っていきます。 右手には作業場やトタン塀などが続いています。 右手の山を眺めたりしながら広い道を降っていきます。
朝比奈切通分岐
引き続き作業場などが続く道を降っていきます。 土の道から簡易舗装された道に変わってくると、果樹園ゲートから10分ほどで分岐があります。 角に立つ標識によると、右手の道は「朝夷奈切通」、今降ってきた道は「十二所果樹園」となっています。 以前に行なわれていた整備工事は既に終わっていました。 入口に設置された解説板によると、「朝比奈」は「朝夷奈」とも書くようです。
国史跡 朝夷奈切通
朝夷奈切通は、いわゆる鎌倉七口の一つに数えられる切通で、 横浜市金沢区六浦へと通じる古道(現在の県道金沢・鎌倉線の前身)です。 鎌倉時代の六浦は、鎌倉の外港として都市鎌倉を支える重要拠点でした。 「吾妻鏡」には仁治2年(1241)に、鎌倉執権であった豊穣泰時の指揮のもと、 六浦道の工事が行なわれた記事があり、これが造られた時期と考えられています。 その後、朝夷奈切通は何度も改修を受けて現代にいたっています。 丘陵部に残る大規模な切岸(人工的な崖)は切通道の構造を良く示しており、 周辺に残るやぐら(鎌倉時代頃の墓所)群・切岸・平場や納骨堂跡などの遺構と共に、 中世都市の周辺部の雰囲気を良好に伝えています。
 (鎌倉市教育委員会)
朝比奈切通
右手に続く朝比奈切通をほんの少しだけ歩いてみました。 入口の所に小振りの滝があり、その傍には「朝夷奈切通」の記念碑が立っています。 そのすぐ先から切通になっていて、岩畳の道が続いています。 秋には頭上の樹木が紅葉していて綺麗な眺めになる所でもあります。
朝夷奈切通
鎌倉七口ノ一ニシテ鎌倉ヨリ六浦ヘ通ズル要 衝ニ当リ大切通小切通ノニツアリ土俗ニ朝夷 奈三郎義秀一夜ノ内ニ切抜タルヲ以テ其名ア リト伝ヘラルルモ東鑑ニ仁治元年(皇紀一九 〇〇)十一月鎌倉六浦間道路開削ノ議定アリ 翌ニ年四月経営ノ事始アリテ執権北条泰時其 所ニ監臨シ諸人群集シ各土石ヲ運ビシコト見 ユルニ徴シ此切通ハ即チ其当時ニ於テ開通セ シモノト思料セラル
 (昭和十六年三月建 鎌倉市青年団)
梶原太刀洗水
朝比奈切通から引き返して、太刀洗川沿いに少し進んでいくと、 川向こうの岩肌をくり抜いたような所から水が流れ落ちている所があります。 そこから管で川へと導かれていました。 解説板などは見当たりませんでしたが、これが「梶原太刀洗水」なのでしょうか。 中ほどに石碑のようなものや標柱のようなものがあるのですが、 この時には生い茂る夏草に隠れていました。
寿永2年(1183)、梶原景時が上総介千葉広常を討ってその太刀を洗った所と云われ、 鎌倉五名水の一つとされている。この付近の地名に「太刀洗い」の名が残っている。
 (鎌倉市ホームページより抜粋)
やぐら群
川沿いの雰囲気のいい道を1分ほど進んでいくと、 川向こうの崖に四角い穴が列を成して幾つも開いています。 鎌倉地方に数多くあるやぐら群なのでしょう。 以前には樹木などが生い茂っていたので、何度か歩いているのに気が付きませんでしたが、 2年ほど前に整備作業が行なわれて、よく見えるようになりました。 岩床になった川を渡って、階段状の切れ込みが施された岩場を登っていくと、すぐ傍までいくことができますが、 今回は遠くから眺めるだけにしておきました。
泉橋
川沿いに更に2分ほど進んでいくと、川向こうの岩壁に四角い穴が開いていて、 石仏が納められていました。 川沿いの雰囲気のいい道を5分ほど進んでいくと住宅地になってきます。 舗装された道を川沿いに2分ほど進んでいくと、滑川に架かる泉橋があります。 ここで太刀洗川は滑川へと注いで終りになります。 泉橋を渡った所に道標が立っていて、左手の道は「十二所神社300m」、 今歩いてきた道は「朝比奈切通し400m、十二所果樹園600m」となっています。 ここは道標に従って左手へと滑川沿いに進んでいきます。
砂防指定地 太刀洗川
この土地の区域内において、宅地造成・家屋の新築・土採取等の行為をする場合は、 神奈川県知事の許可が必要ですから、藤沢土木事務所に御相談下さい。
 (神奈川県)
滑川沿いに進んでT字路まで来ると、右手の崖の上に石碑が幾つか並んでいました。 これまでに何度か通っている道ですが、草木などに被われていたのか、気が付きませんでした。 石碑には「馬頭観世音」,「青面金剛」などと刻まれていて、三猿の浮き彫りも施してありました。 朝比奈切通を行き来する人達を見守ってきたのでしょうか。 角には道標が立っていて、右手の道は「十二所神社200m」、 今来た道は「朝夷奈切通500m」「十二所果樹園700m」となっています。
十二所神社バス停
道標「十二所神社」に従ってT字路を右折していくと、程なくして県道204号に出ます。 その左手の脇に十二所神社バス停があります。 朝比奈切通分岐から14分ほどで到着しました。
鎌倉駅(JR横須賀線)まで、鎌倉駅行きバスにて13分、1時間に3本から4本程度の便がありますが、 まだ時間に余裕があったので、鎌倉アルプスの天園まで登ることにしました。
砂防指定地 滑川
この土地の区域内において、宅地造成・家屋の新築・土採取等の行為をする場合は、 神奈川県知事の許可が必要ですから、藤沢土木事務所に御相談下さい。
 (神奈川県)
十二所神社
横断歩道を渡り、赤い帽子と前掛けをしたお地蔵さんの左手に続く道へ入っていきます。 道標「十二所神社100m」に従って進んでいくと、右手の先に鳥居が立っています。 そこから石段を登っていくと、正面に「十二所神社」の扁額が掲げられた社殿があります。 由緒を記したものは見かけませんでしたが、祭神は天神七柱・地神五柱とのことです。 裏手の右側は切り立った岩壁になっていて、そこに掘られた穴に小さな石祠が二つ並んでいました。 中を伺ってみると、それぞれ「宇佐宮」,「疱瘡之神」と書かれていました。 その左手には少し大きめの「山之神社(大山祇命)」と書かれた祠もありました。 左手の境内には「地之神社(大地主神)」の小祠もありました。
天神七柱と地神五柱
古事記によると、天神七柱(あまつかみななはしら)と地神五柱(くにつかみいつはしら)とは、 天の御中主の神(あめのみなかぬしのかみ)、 高御産巣日の神(たかみむすひのかみ)、 神産日の神(かみむすひのかみ)、 宇摩志阿斯訶備比古遅の神(うましあしかびひこぢのかみ)、 天の常立の神(あめのとこたちのかみ)、 国の常立の神(くにのとこたちのかみ)、 豊雲野の神(とよくもののかみ)、 宇比地邇の神(うひぢにのかみ)・妹須比智邇の神(いもすひぢにのかみ)、 角杙の神(つのぐひのかみ)・妹活杙の神(いもいくぐひのかみ)、 意富斗能地の神(おほとのぢのかみ)・妹大斗乃弁の神(いもおほとのべのかみ)、 於母陀流の神(おもだるのかみ)・妹阿夜訶志古泥の神(いもあやかしこねのかみ)、 伊耶那岐の神(いざなきのかみ)・妹伊耶那美の神(いもいざなみのかみ) となっています。
 (出典:角川文庫「新訂古事記」)
十二所地区から鎌倉天園へ登るのは吉沢川沿いからが一般的ですが、 今回は十二所神社の社殿の左手の奥に続く山道から登っていきました。 鎌倉霊園が出来るまではよく歩かれていた道なのか、 岩盤には階段状の切れ込みが入れてあって歩きやすくなっていました。 今ではあまり歩かれていないようで、蜘蛛の巣が顔にかかったりするので、 拾った木の枝で前を払いながら進んでいきました。 植林帯へ入っていくと道が二手に分かれていますが、少し登った先で合流します。 引き続き岩盤の道を登っていくと、神社から5分ほどで緩やかな尾根に登り着きます。 そこから広くて緩やかな尾根道を右手へと進んでいきます。
鎌倉霊園
少し登り坂になってくると道が二手に分かれています。 右手のマウンドの先に続く道はすぐ先で笹竹が生い茂って不明瞭になっていたので、 尾根の左へ続く山道を降っていきました。 こちらも笹竹が生い茂るようにはなりますが、踏み跡はしっかりと確認出来ました。 そんな所を抜けた先にある幅の広い石段を降っていくと鎌倉霊園の「こ地区」に出ました。 十二所神社から8分ほどで登って来られました。 正面の道には丸く剪定された樹木が並木を作っていますが、 霊園の縁に沿って続く道を左手へと進んでいきます。
緑を大切に 山火事に注意
山裾での火の取扱いは注意しましょう。
 (鎌倉消防署、鎌倉霊園管理事務所)
霊園の縁に沿って進んでいくと、園内を巡る車道に出ます。 右手の脇には循環バスの「こ地区前バス停」があって、週末や祝日などに1時間に2本程度が運行されています。 今回は左手へと進んでいきます。 すぐに道が二手に分かれていますが、左手の道を進んでいきます。 「つ地区4側」の墓地を過ぎて正面にこんもりとした山が見えてくると、 送電線の鉄塔「北鎌倉線No.24」の手前の一段高い所に休憩所や藤棚があったので、 ベンチに腰を降ろして少し休憩していきました。
休憩所を後にしていくと、鉄塔を過ぎた所に「つ地区3側」の墓地があります。 確かこの辺りだったはずだがと思いながら墓地へ入っていくと、 右奥の角に生える松の幼木の間から山道が続いていました。 ここが墓地建設のために寸断された山道の入口になります。 入口の松の木には黄色のテープが巻き付けられていました。 入口には夏草などが生い茂っていて分かり難くなっていましたが、 入っていくとすぐにしっかりとした山道が続いていました。 山道に入ったすぐの所に「みどりの協定区域」の看板が設置されています。 近年に設置された5本の鉄塔の周囲が植樹地になっています。 この先の山道も図示されているので参考にしましょう。 マジックで「谷の道へ・ハイキングコースへ」と書き込まれていて、この先に続く山道を指していました。
「ハイキングコース」が何処を意味しているのは不明ですが、 いっしんどう広場から鎌倉天園へと続く相武尾根を意味しているものと思われます。
みどりの協定区域
この区域は、みどりを守り育てる区域です。 みんなでみどりを大切にしましょう。
 (東京電力株式会社、神奈川県知事)
送電線の巡視路になっているようで、歩き始めてすぐの所から金属網の階段が始まります。 巡視路では良く見かける階段ですが、高さといい幅といい、実に具合が良くて歩きやすくなっています。 3分ほどで階段を登り切って、笹竹などが両側に続くその先の道を緩やかに登っていくと、 鎌倉市の設置する「三級基準点No-44309」のある僅かな高みに着きます。 名前等を記した標識などは見かけませんでしたが権兵衛山と云うのだそうです。 高みを越えて降っていくと、左手の谷筋へと金属網の階段が分かれていきます。 以前には手製の道標もあったのですが、この時には見かけませんでした。 左手の道は吉沢川の流域に降りて行かれますが、今回は正面に続く道を進んでいきます。
左手の道は女男坂((めおとざか)と呼ばれているようで、 その昔には鎌倉の十二所地区から木炭などを馬に乗せて馬場ヶ谷を経て登ってきて、 正面に続く道を横浜の金沢地区へと運んでいったのだそうです。
(左手の道は「鎌倉アルプス」を参照)
山道にしては幅の広い尾根道を緩やかに進んでいきます。 大正時代までは生活道路になっていて良く歩かれていたということもあって、とても歩きやすい道が続いていました。 しかし今ではあまり歩かれていないようで、頻繁に蜘蛛の巣が顔にかかりました。 ここでも木の枝などで前を払いながら進んでいきました。 やがて傾斜が増してくる道を登り詰めると、送電線の鉄塔「大-田26号」の立つ高みに着きます。 脇の樹木には、「ハイキング←降りる、向う正面に登る」と書かれた黄色いテープが巻き付けられていて、 鉄塔の先へ続く道を指していました。
登り口
かなり傾斜のある階段を降っていきます。 正面に現われる手摺に沿って右手へ降っていくと、再び鎌倉霊園に降り立ちました。 左手にあるトイレの前を右折して真っ直ぐに進んでいきます。 循環バスの「り地区前バス停」を過ぎていくと、バス通りは右手へと曲がっていきます。 その角から正面へ続く道に入ってきます。 左手から登ってくる道を併せて正面から右手へと道なりに曲りながら登っていくと、 金属柵が途切れた先から、幅の広い横木の階段が始まります。 ここが相武尾根への登り口になります。 休憩も含めて、十二所神社から鎌倉霊園に出た所から36分ほどで着きました。
幅の広い横木の階段を2分ほどで登り切って、その先に続く道を登っていきます。 トラロープが張られた急坂を登っていくと、道の真ん中に丸い岩が露出しています。 そこから緩やかになった道を左手へと進んでいきます。 岩が剥き出した切通のような所を過ぎていくと植林帯になってきます。 道はしっかりとして歩きやすくなっていました。
相武尾根
右斜面から尾根に乗って、緩やかになった道を進んでいきます。 少し登って小さな切通を越えてその先へ進んでいくと、少し降った所で、 曲りながら右手から登ってきて正面へと続く尾根道に出ました。 この道がいっしんどう広場から鎌倉天園へ至る相武尾根に続く尾根道になります。 鎌倉霊園の登り口から8分ほどで登って来られました。 手前に生える樹木に手製の道標が取り付けられていて、今来た道は「鎌倉霊園に至る10分」となっています。 角に立つ「鳥獣保護区」の鉄柱にガムテープが貼られていて、 その上にマジックで案内が書き込まれていた時もありましたが、この時にはなくなっていました。 右手の道は市境広場を経ていっしんどう広場へ続いていますが、 今回は鎌倉天園に向かって正面の道を進んでいきます。
緩やかな尾根道を3分ほど進んでいくと、 道の脇に「みどりの協定区域」と題した看板が立っています。 鎌倉霊園の脇の山道にあったのと同じ内容になっています。 そのすぐ先がちょっとした岩場になっていて、 送電線が続く尾根の奥の方には逗子方面の海も見えていました。
岩場を過ぎていくと、すぐの所に送電線の鉄塔「中野町線No.5」が立っています。 尾根道はその鉄塔を右手から捲くようにして続いています。 右手に金網柵が現れると、横浜霊園がすぐ下に広がるようになります。 墓地の向こうには横浜市環境事業局の清掃工場がありますが、以前にあった高い煙突はなくなっています。 道なりに左手へ曲がっていくと岩盤が現れます。 道が二手に分かれているように見えますが、すぐに合流します。 ちょっとした岩場になっていますが、ほんの短い坂なので、難なく登っていけます。
茶屋分岐
岩盤の坂を登り切って、緩やかになった尾根道を右手へ1分ほど進んでいくと分岐があります。 以前にはこの付近に看板が沢山あったのですが、少し前からすべて取り払われてスッキリとしています。 一時期は道標もなくなっていましたが、今ではしっかりとした道標が設置されています。 その道標によると、正面の道は「建長寺1時間」、 左手の道は「瑞泉寺約30分・鎌倉宮約30分」、今来た道は「金沢八景2時間」となっています。 また「見晴台(天園150mぐらい先)」の板もあって、左手の道を指しています。 正面の坂道を登っていくと天園峠の茶屋の裏手に出ますが、 今回は天園の高みを巻いていく左手の道から天園休憩所へと向かっていきました。
鎌倉六国峠 天園休憩所
明治の頃よりこの地に居住し、いちょうやもみじ、梅、つつじなどを植えて天園と称しました。 風の音、夜空の星、虫の音、鳥のさえずり、雨の音、草木の成長などなど、 四季折々の自然の美しさの中で暮らせます幸せを日々感謝しながら現在に至っております。 検査に合格した、おいしい井戸水を大切にしながら、 採れたてのものを採れたところで、その素材の持つ良さが活きるメニュー造りに心がけております。 左記の催事にもお気軽にご参加下さい。むりょうごしょうたい。
六月:すいとんを楽しむ会、 十二月:しもつかれを楽しむ会
見晴台(天園150mぐらい先)
誰もが自由に座って休みお弁当を広げたり出きる天園一の見晴台です。 眼下に鎌倉の町並み、海、前方に箱根の山々、富士山、伊豆方面が眺められ、 大変に趣きのある風景です。 (天園ハイキングコースに合流)
(「見晴台」とは天園休憩所の裏手にある岩場を指しているようです)
天園休憩所
高みを巻くようにして続く緩やかな道を進んでいきます。 円筒形の土管のある所から左手の谷筋へ分かれていく道がありますが、吉沢川の源流に降りて行く道になります。 その道は見送って先へ進んでいくと竹林になってきます。 茶屋分岐から2分半ほど進んでいくと、正面の上に天園休憩所が見えてきます。 道は左手へと続いていますが、その手前から右手へと階段が分かれています。 角には道標が立っていて、左手の道は「瑞泉寺」、右手の階段は「建長寺」となっています。 また店のメニュー書きが沢山立てられています。 右手の階段をちょっと登っていくと、すぐに天園休憩所に着きます。 丁度昼時になったので、ここで休憩していきました。
鎌倉六国峠 天園休憩所
天園休憩所をご利用下さいまして誠にありがとうございます。 検査に合格している井戸水を井戸水を大切にしながら年中無休で営んでいます。 採れたてのものを採れたそのところで素材の持つ良さがより活きるメニュー造りに心掛けております。
左記のことにつきましてはお断り申し上げます。
 ・アルコール類のお持ち込み
 ・コンロを用いましての火のご使用
また、当所でお買い上げ以外のごみはお願いです!! お持ち帰り下さいます様に。
ネコにはエサを与えないで下さい。 朝夕二回、時間を決めて当所で与えております。
見晴台
天園休憩所の前の階段を左手へ登っていくと、広い尾根道に出ます。 角には道標が立っていて、右手の道は「建長寺」、 今来た道は「天園ハイキングコース 瑞泉寺約30分・鎌倉宮約30分」となっています。 右手の数10m先には「天園峠の茶屋」があります。 左手の道には何も示されてはいませんが、すぐ先に展望地になった岩場があります。 茶屋分岐の道標に書かれていた「見晴台」になるようです。 岩の上に立つと、眼下には鎌倉の山々や街並みが広がり、その向こうには相模湾が広がっています。 相模湾の奥には二子山や駒ヶ岳などの箱根の山々やその先に続く伊豆半島などが見えていましたが、 雲が湧き出ていて残念ながら富士山は見えませんでした。
X字路
岩場の先にある大きな岩が剥き出した坂道を降っていくとX字路になった分岐があります。 角に立つ道標によると、左正面の道は「瑞泉寺」、右手の道は「獅子舞経由鎌倉宮」となっています。 正面の高みへ登って行く細い道もあって、24番鉄塔を経て二階堂川の源流域の谷筋へ降りて行かれますが、 道標には何も示されてはいません。 以前には他の道標もありましたが、この時には見かけませんでした。 左正面の尾根道は天台山や貝吹地蔵を経て瑞泉寺方面へ続く「天園ハイキングコース」ですが、 今回は右手の坂道から獅子舞地区へと降っていきます。
No.6 ハイキングコース内での喫煙はやめましょう」の 標柱の脇から続く坂道を降っていきます。 右手へ曲がる角から細い道が分かれていきますが、 先ほどのX字路の正面に続く細い道と合流して、二階堂川へと降っていく道になります。 今回は道なりに右へ曲がり、その先へと降っていきます。 右・左と何度か曲りながら坂道を降っていくと、イチョウの大木が林立する谷筋に降りていきます。 細い踏み跡が何度か右手へ分かれていきますが、いずれも少し下の方で合流するので、 それらは見送って道なりに真っ直ぐ降っていきます。
右手から降ってくる横木の階段を合わせてその先へ降っていくと、小さな沢を渡っていきます。 この辺りが二階堂川の源流域になるようです。 崖沿いに進んだ先で再び沢を渡っていくと、両側が切り立った崖になってきます。 そこを過ぎた先で短い木橋を渡っていくと、右手に戻るようにして道が分かれていきます。 脇には「歴史的風土保存用地」の看板が立っています。 道標類はありませんが、右手の道は、大平山から建長寺方面に至る天園ハイキングコースの途中へと続いています。 ここは獅子舞地区へ向かって正面に続く道を進んでいきます。
右手の道はすぐ先で二手に分かれています。 手元の地形図にある破線の道は尾根筋に続いているので、 その尾根の北東側の谷に続く道と、谷の北東側の尾根に続く道になるようです。
(左手の道は「鎌倉アルプス」を参照)
歴史的風土保存用地
この土地は「古都における歴史的風土の保存に冠する特別措置法」に基づき歴史的風土を長く保存するため、 平成5年3月、神奈川県が買い上げたところです。 この土地を大切に保存していきましょう。
 (横須賀三浦地区行政センター環境部)
短い木橋を三つ渡っていくと、谷筋が広がってきます。 長めの木橋を渡って崖沿いに進んでいくと、岩盤が剥き出した道になってきます。 沢は右端に沿って流れ降っています。 小さな段差になった所は小滝のような雰囲気がしたりもします。 雨が降った後などでは岩盤の上にも水が流れて滑りやすくなるので、注意しながら降っていきます。 切通のような所まで来ると、コンクリート製の短い橋を渡っていきます。 下には円い土管が二つ通っています。 そこにも「歴史的風土保存用地」の看板が設置されています。 橋を渡っていくと、これまでの小さな沢から急に川らしい雰囲気になってきます。
この先、自転車・バイク乗り入れはご遠慮下さい。
 (鎌倉警察署、鎌倉市)
東電送電所
高い崖沿いに進んでいくと、丸い石が積まれた石垣が現われます。 老人農園を左手から回り込むように進んでいくと東電送電所があり、 その脇に送電線の鉄塔「北鎌倉線No.19」が立っています。 天園の岩場から25分ほどで降りて来られました。 これで山道は終わりになります。 この先の亀ヶ渕橋の脇に立つ「砂防指定地」の看板によると、 橋の上流にあるこの地区は「獅子舞」という名前のようです。 民芸の獅子舞と何か関連があるのでしょうか。
砂防指定地 二階堂川
この土地の区域内において宅地造成・家屋の新築・土採取等の行為をする場合は、 神奈川県知事の許可が必要ですから藤沢土木事務所に御相談下さい。
 (神奈川県)
亀ヶ渕橋
東電送電所を過ぎて、民家が点在するようになった二階堂川沿いの道路を進んでいきます。 左手の山際に立つ集合住宅を過ぎていくと、カーブミラーの立つT字路があります。 そのまま真っ直ぐに進んでいくと亀ヶ渕橋へ続いていますが、 今回は右手の路地に入って、獅子舞地区の住宅地を歩いていきました。 突き当たりを道なりに左折していきます。 その先の突き当たりを再び左折していくとT字路に出ます。 そこを右折していくと、二階堂川の支流の杉ノ川に架かる杉ノ川橋があります。 橋の手前から杉ノ川沿いに右手に道が分かれていきます。 かなり奥まで続いていて、周囲は住宅地になっていますが、正面に架かる杉ノ川橋を渡っていきます。 杉ノ川橋を渡って2分ほど進んでいくと、住宅地の緑苑台へ続く広い道が右手へ分かれていきます。 その道は見送って二階堂川沿いに進んでいくと亀ヶ渕橋が架かっています。 橋は見送って、二階堂川沿いに進んでいきます。
永福寺跡
二階堂川沿いに続く道路を進んでいくと、右手には緑色の高い網が続いていました。 その向こう側は原っぱが広がっています。 永福寺の跡地のようでかなり広い場所になっていますが、入口には柵が設置されていて立入禁止になっています。 川沿いを更に進んでいくと通玄橋が架かるT字路があります。 橋を見送って右折していくと、テニスコートの脇に永福寺跡の石碑や解説板があって、 往時の「建物と庭園」の図も載っています。 それによると、二階堂・阿弥陀堂・薬師堂の前には広い池があって、規模の大きな寺院だったようです。
国指定史跡 永福寺跡
永福寺は源頼朝が建立した寺院で、源義経や藤原泰衡をはじめ奥州合戦の戦没者の慰霊のため、 荘厳なさまに感激した平泉の二階大堂大長寿院を模して建久3年(1192)、工事に着手しました。 鎌倉市では、史跡の整備に向けて昭和56年から発掘調査を行い、 中心部の堂と大きな池を廃した庭園の跡を確認しました。 堂は二階堂を中心に左右対称で、北側に薬師堂、南側に阿弥陀堂の両脇堂が配され、 東を正面にした全長が南北130メートルに及ぶ伽藍で、 前面には南北100メートル以上ある池が造られていました。 市では昭和42年度から土地の買収を行っており、今後は史跡公園としての整備事業も進めていく予定です。
 (鎌倉市教育委員会)
永福寺舊蹟
永福寺世ニ二階堂ト称ス今ニ二階堂ナル地名 アルハ是ガタメナリ文治五年頼朝奥州ヨリ凱 旋スルヤ彼ノ地大長寿院ノ二階堂ニ擬シテ之 ヲ建立ス輪奐荘厳洵ニ無双ノ大伽藍タリキト 云ふ亨徳年間関東官領ノ没落セル頃ヨリ後全 ク頽廃ス
 (鎌倉町青年會)
鎌倉宮
鎌倉宮カントリーテニスクラブへの道を見送って真っ直ぐに3分ほど進んでいくと、右手の水路に小さな橋が架かっています。 その橋を渡っていくと鎌倉宮の境内になります。 東電送電所から20分ほどで到着しました。 広い境内の奥の石段を登っていくと、鳥居をくぐった先に社殿があります。 本殿は拝殿の奥の方に見えていて、かなりの距離があるようでした。 何だか厳かな雰囲気が漂っていました。 本殿の屋根には5本の鰹木が乗り外削ぎの千木が聳えていました。 どういう意味なのかは分かりませんが、拝殿の前には赤い大きな獅子頭が置いてあります。 社殿の左側には桜が綺麗な花を咲かせていました。 奥には土牢や神苑などがあるようですが、訪ねるのは省略しました。
鎌倉宮
御醍醐天皇の皇子である護良親王を祭神とする神社です。 護良親王は、後醍醐天皇の鎌倉幕府討幕の動きに呼応して幕府軍と戦うなど貢献しました。 幕府が滅亡し天皇親政が復活(建武の新政)すると征夷大将軍に任じられましたが、 その後足利尊氏と対立して捕えられ、28歳で非業の最後を遂げました。 社殿の後ろ手に残る土牢が親王最後の地と伝えれています。 10月には境内で薪能が催されます。
 (鎌倉市)
手水の作法
一、左手を清めます。
二、右手を清めます。
三、左の手のひらに水を受けて口をすすぎます。
四、水の入った柄杓を手前に立て柄に水を流してから伏せて置きます。
五、柄杓に直に口をつけたり直接中で洗ったりしないで下さい。
 (鎌倉宮社務所)
社殿の右側には村上彦四郎義光公を祭神とする村上社があります。 この社の屋根にも5本の鰹木が乗り外削ぎの千木が聳えていました。 その前に「撫で身代り」の像がありますが、 撫でていく人が多いようで、欅で出来た像はツルツルになっていました。 願い事を書いた「身代り人形」も沢山奉納されていました。
撫で身代り
御自分や大切な方の気になる箇所を心を込めて三度撫でて下さい。 大切な方は身代り布で撫でてお帰りになってその方を撫でて下さい。
撫で身代りの由来
村上義光公は、護良親王の忠臣にして、元弘3年(1333)正月、吉野城落城の折、 最早これまでと覚悟を決めた護良親王は、別れの酒宴をされました。 そこへ村上義光公が16本もの矢を突き立てた凄まじい姿で駆けつけ、 親王の錦の御鎧直垂をお脱ぎいただき、 自分が着用して「われこそは大塔宮護良親王ぞ、汝ら腹を切る時の手本とせよ」と告げて、 腹を一文字に掻き切り、壮絶な最後をとげ、その間に親王は南に向って落ちのびました。 このように身代りとなられた村上義光公を境内の樹齢103年の欅の大木にて彫り上げ、 「撫で身代り」として入魂致しました。
この鎌倉宮は「大塔(鎌倉宮)の夜雨」として「三浦半島八景」のひとつに数えられています。 脇には大きな「鎌倉市観光案内図」があって、寺社以外にも、 天園ハイキングコース、葛原岡・大仏ハイキングコース、祇園山ハイキングコースなども紹介されていました。
三浦半島八景 大塔(鎌倉宮)の夜雨
「三浦半島八景」は、神奈川県が三浦半島地区の4市1町と協働して、 この地域の"うるおい","にぎわい"づくりをめざし、 半島をぐるっとまわれるような新たな「八景」をつくるため「三浦半島八景」選定委員会を設置し、 県民の皆様のご意見を参考に平成13年11月に選定したものです。
・大塔(鎌倉宮)の夜雨
・灯台(燈明堂)の帰帆
・大佛の秋月
・長者ヶ崎の夕照
・神武寺の晩鐘
・猿島の晴嵐
・城ヶ島の落雁
・建長寺の暮雪
「八景」の考え方は15世紀に中国から日本に移入されました。 「近江八景」や「金沢八景」が有名ですが、 三浦半島地域でもこれまでにたくさんの「八景」が残されています。 伝統的な「八景」は次の八つの景色を基本形につくられ、 それぞれ次のような情景を表わすのではないかと言われています。
・夜雨:水辺の夜の雨
・帰帆:港に帰る漁船
・秋月:水辺に映える秋の月
・夕照:夕日に照らされた遠くの山
・晩鐘:山寺の晩鐘
・晴嵐:朝もやに煙る松林
・落雁:干潟に降り立つ雁の群れ
・暮雪:夕暮れの雪景色
 (神奈川県横須賀三浦地区県政総合センター)
大塔宮(だいとうのみや)バス停
鎌倉宮の境内を横切って短い橋を渡った所に大塔宮バス停があります。
鎌倉駅(JR横須賀線)まで、[鎌20]鎌倉駅行きバスにて7分、1時間に4本程度の便があります。
鎌倉駅までの道路は渋滞することが多いので、 荏柄天神社や鶴岡八幡宮などを訪ねたり、段葛や小町通りを通ったりしながら、 鎌倉駅までのんびりと歩いていくのもいいかも知れません。