念仏山
散策:2010年08月下旬
【低山ハイク】 念仏山
概 要 念仏山は丹沢山塊の南にある低山で、天気がいいと箱根の山々や富士山も望むことが出来ます。 関東ふれあいの道の枝道「野菊と信仰のみち」が通っている山でもあります。 今回は弘法山ハイキングコースの途中から分かれて、善波峠を経て念仏山へと登っていきます。 山頂からは西側に続く道を降っていきます。
起 点 秦野市 鶴巻温泉駅
終 点 秦野市 上原台バス停
ルート 鶴巻温泉駅…弘法の里湯…登り口…比々多村分岐…吾妻山…155m峰…極楽寺分岐…3番鉄塔…199m峰…おおね台分岐…弘法山分岐…善波峠…善波御夜燈…名古木分岐…300.1m峰…名古木分岐…14番鉄塔…念仏山…簡易舗装路…農道合流…ふる里の里山林…生き物の里…T字路…上原台バス停
所要時間 2時間50分
歩いて... 念仏山から西側に続く道は、夏草が生い茂る季節にしては明瞭で、細めながらもしっかりと続いていました。 かなり傾斜が急な所もありましたが、木の枝や根などに掴まることなく降っていけました。 簡易舗装路に降り立った先からは、箱根の山並などを一望出来る眺めが広がっていました。
関連メモ 弘法大師と桜のみち, 高取山, 高取山, 念仏山, 弘法山公園, 弘法山公園
コース紹介
鶴巻温泉(つるまきおんせん)駅
鶴巻温泉駅(小田急小田原線)の北口から歩いて行きます。
駅前にある「鶴巻温泉駅周辺案内図」に弘法山ハイキングコースへの道が載っているので参考にしましょう。 先ずは東名高速道路をくぐった先にある登り口へと向かっていきます。
落幡村村名保存碑
鶴巻地区は、昔は「落幡村」といい、江戸時代の天保期(1830年代)には、 戸数119戸を数える米の有数な産地でした。 地名の由来にはいくつかの説がありますが、代表的なものは、 隣村の領主善波太郎が空を飛ぶ幡曼荼羅(はたまんだら)を射落とし、 落ちたところが「落幡」になったということです。 昭和2年の小田急開通時には、駅近くの小字名「鶴巻」をとって駅名とされました。 このため鶴巻の知名度が高くなり、昭和30年、秦野市への合併を機に落幡を鶴巻に改めました。 現在、落幡の名称は落幡神社に残されています。
 (秦野市)
弘法の里湯
北口にあるバスターミナルの階段を降った所にある横断歩道を渡って左手へ進んでいくと、右手へ道が分かれていきます。 角には道標「弘法の里湯 宮永岳彦記念美術館80m」,「吾妻山0.9km」,「弘法山公園 弘法山3.9km・権現山4.7km」が立っていて、 その右手の道を指しています。 道標に従って右折していくと、大山講の石灯籠を過ぎた所に鶴巻温泉 弘法の里湯があります。 脇には宮永岳彦記念美術館も建っています。 入口には「弘法山公園ハイキングコース登口」の石標も立っていました。 参考までに、建物の裏側の通りを歩いた時に見かけた記念碑の内容を載せておきます。 古来より鉱泉治療地として利用されてきた水源地が埋立てられるのを機に、 庭園内の裏庭をボーリングして見つかったのが現在の鶴巻温泉で、 「ゆたか第一号」と命名されているのだそうです。
天然温泉自噴之碑
当地鶴巻温泉は神奈川県秦野市に在位し神奈川 県の屋根として知られている丹沢山塊を背にした山と緑に 囲まれた温暖な地で、遠く戦国時代より鉱泉治療地として 多くの人々に親しまれて来た。昭和42年東名高速道路の建設に伴い 鶴巻温泉の水源地が埋立られることになり、自家水確保の為庭園内の裏庭をボーリングし 二百米程掘り下げたところ、昭和42年10月2日午後5時頃突如として丈余に噴出し、摂氏45度 毎分千リットルの天然温泉が自噴し、大自然の偉大さに驚嘆した。 世界の七不思議とも云われ、湯量は箱根に匹敵し、神奈川県より正式に「純温泉保護地区」に 指定され、温泉法により「ゆたか第一号」と命名され、以来湧き出し続け、湯量・温度・ 温質とも発掘時と変らず、多くの人達の療養と清遊に親しまれ喜ばれて来た。一筋10年を 記念しここに記念碑を建立した。
 (鶴巻温泉 ゆたか 松堂書)
弘法の里湯を過ぎていくと、Y字路の角に双体の道祖神が佇んでいて、 脇に立つ道標「弘法山公園 弘法山3.8km・権現山4.6km」,「吾妻山0.8km」が左手の道を指しています。 Y字路を左手へ進んで空地のような所まで来ると、道が左手へ分かれていきます。 以前には角に「美ゆき旅館」があったのですが、2007年5月に閉館になったようです。 左手の道を指す「弘法山ハイキングコース」の道標も立っていたのですが、この時には見かけませんでした。 角に立つ電柱には「鶴巻北三丁目2」の住所表示板が取り付けられています。 分岐を左折して道なりに進んでいくと東名高速道路が見えてきます。 正面にあるトンネルの脇にも双体の道祖神や五輪塔がありました。 入口に立つ道標「弘法山公園 弘法山3.6km・権現山4.4km」,「吾妻山0.6km」に従って、 高速道路の下をくぐっていきます。
この双神像は道祖神です。 道祖神は村の入口などに祭られ、疫病や悪霊などが村の中に入らないように守ってくださる神様です。 _夫婦円満・子孫繁栄などを願って弘化四未年(1847)正月吉日建立されたものです。
 (鶴巻温泉講中一同)
登り口
トンネルを抜けると道が左右に分かれていますが、左手の坂を登っていきます。 すぐに坂の上に出ると、道が三方に分かれています。 角にはこれまでと同様の道標が立っていて、 一番右手の坂道は「吾妻山0.5km」,「弘法山公園 弘法山3.5km・権現山4.3km」となっています。 角に立つ電柱に取り付けられた「熊出没注意」の看板を見かけて、 ドキッとしながらも坂道を登っていきました。 真っ直ぐに登って山際まで来ると、作業場のような所の脇から山道が始まります。 登り口には道標が立っていて、左手へ曲がりながら登っていく道は「弘法山」、 今来た道は「鶴巻温泉駅方面」となっています。
熊出没注意
この付近にクマの出没情報がありました。 クマに遭遇したら、刺激しないようにし、あわてずに静かに立ち去りましょう。 クマを目撃しましたら、下記に連絡をしてください。
 (神奈川県湘南地域県政総合センター環境調整課、秦野警察署生活安全課、秦野市役所環境保全課)
マナーを守って楽しいハイキング!
・ゴミ捨て禁止
・草花を大切に
・火気に注意
 (秦野市商工観光課)
比々多村分岐
雑木林の中を登っていきます。傾斜はそれほど急ではなく、快適に登っていけます。 4分ほど登っていくと分岐があります。 道の真ん中に石の道標が立っていて、 「左 弘法山ハイキングコース 弘法山ニ至ル」,「右 比々多村善波ニ至ル」, 「右下ル鶴巻温泉ニ至ル」と記されたます。 傍には道標が立っていて、左手の道は「弘法山公園 弘法山3.2km・権現山4.0km」「秦野駅6.3km・吾妻山0.2km」、 今来た道は「鶴巻温泉0.7km」「弘法の里湯・宮永岳彦記念美術館0.6km」となっています。 ここから吾妻山の先までは関東ふれあいの道「弘法大師と桜のみち」の一部にもなっていて、 正面の道は「坪ノ内バス停0.8km」、左手の道は「吾妻山0.5km」、今来た道は「鶴巻温泉駅へ」となっています。 この道を真直ぐに行くと「弘法大師と桜のみち」の終点の坪ノ内バス停へと続いていますが、 今回は左折して吾妻山へ向かっていきます。
緩やかになった道を進んでいくと横木の階段が現れますが、2分ほどで終わります。 傾斜が少し緩んでくると、沿道にはアジサイの木が沢山植えられていました。 季節になると綺麗な花で彩られそうでしたが、この時には旬の季節は過ぎていて、 咲き残った花弁が僅かに付いているだけでした。 緩やかになってきた道を進んでいくと、左手から登ってくる道があります。 角には道標が立っていて、正面の道は「弘法山公園 弘法山3.1km・権現山3.9km」「秦野駅6.2km・吾妻山0.1km」、 今来た道は「鶴巻温泉0.8km」「弘法の里湯・宮永岳彦記念美術館0.7km」となっています。 左手の道も明瞭でしたが、道標には何も示されていません。 比々多村分岐から7分ほど登ってきた所なのに、道標では100mの差しかないのは変な気もしますが、 正面に続く広くて歩きやすい尾根道を進んでいきます。
吾妻山
雑木林の尾根道を進んで少し登り坂になってくると吾妻山に着きました。 先ほどの分岐から2分ほど、比々多村分岐から10分ほどで登って来られました。 六角形をした東屋が一つとテーブル・ベンチなどが幾つか設置された小広い場所になっています。 また、「吾妻神社」と刻まれた石碑もありました。 左手が少し開けていて、秦野の街並みなどを見渡せる眺めが広がるのですが、この時には霞んでいました。 蒸し暑い中を登ってきてかなり汗をかいたので、ここでひと休みしていきました。
吾妻山
日本武尊は、東国征伐に三浦半島の走水から舟で房総に向う途中、 静かだった海が急に荒れ出し難渋していました。 そこで妻の弟橘比売は、「私が行って海神の御心をお慰めいたしましょう」と言われ、 海に身を投じられました。ふしぎに海は静まり、無事房総に渡ることが出来ました。 征伐後、帰る途中、相模湾・三浦半島が望めるところに立ち、 今はなき弟橘比売を偲ばれ「あずま・はや」と詠まれた場所がこの吾妻山だと伝えられています。
 (環境庁、神奈川県)
とって良いのは写真だけ 残して良いのは思い出だけ
ビン、カンの投げ捨て禁止!! ごみは持ち帰りましょう!!
 (秦野あづまライオンズクラブ)
155m峰
ひと息入れたら、吾妻山の先へと続く緩やかな尾根道を進んでいきます。 山頂には真新しい道標が立っていて、正面の尾根道は「弘法山3km・善波峠2.1km」、 今来た道は「鶴巻温泉1.1km」となっていました。 坂道を登り詰めると、吾妻山から6分ほどで、関東ふれあいの道の石標が立つ分岐に着きます。 手元の地形図によると、破線の尾根道から実線の道が北東へ分かれている155m峰になるようです。 脇には道標が立っていて、右手の道は「矢倉沢道へ」、正面の道は「弘法山2.3km」、 今来た道は「吾妻山0.4km」となっています。 関東ふれあいの道はここから右手の道を矢倉沢道へと降っていくのですが、 今回は「弘法山」の道標に従って、このまま尾根道を進んでいきます。
極楽寺分岐
155m峰から緩やかに2分ほど降っていくと分岐があります。 角には道標が立っていて、左手の道は「東海大学駅前方面」、 正面の道は「弘法山2km」、今来た道は「鶴巻温泉駅2.1km」となっています。 以前には「極楽寺・延命地蔵・鶴巻温泉」と書かれた「野仏と温泉のみち」の道標もあって左手の道を指していたのですが、 今回は見かけませんでした。
(左手の道は「弘法山公園」を参照)
3番鉄塔
左手の道を見送って広くて緩やかな尾根道を進んでいくと、程なくして登り坂になってきます。 この尾根道は登り降りが繰り返して現れますが、傾斜は僅かで疲労困憊するようなことはありません。 しかし蒸し暑い日とあって、止め処もなく汗が噴き出してきました。 2分ほど登って僅かな高みに着き、その先へと軽く降っていきます。 緩やかな道を進んでいくと、左へ戻るようにして分れていく送電線の巡視路があります。 角には黄色い標柱「鶴巻線4号に至る」が立っています。 また道の右側には道標が立っていて、今来た道は「鶴巻温泉駅2.3km」となっています。 極楽寺分岐から8分ほど歩いてきたのに、先ほどの道標との差は200mになっています。 手元の地形図によると400mほどはあるようです。 そこを過ぎて僅かに登っていくと、送電線の鉄塔「鶴巻線3」が立っています。 ここにも「熊出没注意」の看板が出ていました。 鉄塔の右側から矢倉沢往還へ降りていく道が分れていますが、正面に続く広い尾根道を進んでいきます。
(右手の道は「弘法山公園」を参照)
199m峰
3番鉄塔から広い尾根道を軽く登っていくと、ベンチが幾つか設置された僅かな高みに着きます。 手元の地形図にある199m峰になるようです。 極楽寺分岐から10分ほどで到着しました。 周りは樹木に囲まれていて展望は得られませんが、噴き出す汗を拭いたり水分補給をしたりしながら、 ここでもひと休みしていきました。
おおね台分岐
落ち着いたところで、199m峰の先へと軽く降っていきます。 緩やかになった広い尾根道を進んで僅かな高みに着くと、尾根道は右へ曲がっていきます。 そこから「おおね台団地」へ降っていく細い道が左手へ分かれています。 地形図に載っている破線の道になるようです。 その道は見送って、広い尾根道をそのまま降っていきます。 坂を降り切る手前まで来ると、左へ戻るようにして広めの道が分れていきます。 以前には、角に生えている樹木の袂に「鶴巻温泉駅方面」と書かれた板が置かれていて今降ってきた道を指していましたが、 今回はしっかりとした道標になっていました。 左手の道は手前で分かれた細い道と合流して「おおね台団地」へ降りて行かれますが、 正面に続く広い尾根道をこのまま進んでいきます。
(左手の道は「弘法山公園」を参照)
弘法山分岐
僅かな登り降りのある広い尾根道を進んでいきます。 青葉が茂って木陰を作っていて雰囲気はいいのですが、 蒸し暑い季節とあって、噴き出す汗を何度も拭いながら進んでいきました。 やがて、右手の樹間からは建物群が見えるようなります。 道の左側に植林帯が現れて、幅の広い横木の階段を登るようになってくると、道が二手に分れています。 199m峰から12分ほどの所になります。 角には道標が立っていて、右手の道は「大山9.5km・蓑毛 首都圏自然歩道枝線 野菊と信仰のみち」、 正面の道は「弘法山1km 首都圏自然歩道枝線 弘法大師と桜のみち」、 今来た道は「鶴巻温泉駅」となっています。 脇には「首都圏自然歩道枝線 野菊と信仰のみちコース案内図」があって、 ここから蓑毛まで続く「野菊と信仰のみち」のイラスト図が載っていました。 正面の道は弘法山や権現山へと続いていますが、 今回は右手に分かれていく「野菊と信仰のみち」を進んでいきます。
首都圏自然歩道枝線 野菊と信仰のみちコース案内図(コース全長6.3km)
コース付近の観光名所  大日堂・城址・源実朝公首塚・金剛寺・自然観察の森
鷹取山(556m)  相模平野と相模湾のながめがすばらしい。 山頂とベンチ。野外卓あり。
念仏山  山頂からの展望がすばらしい。 ベンチ、野外卓等あり。 富士山のながめがすばらしい。 野菊が群生している。
 (秦野市役所商工観光課)
(案内図では「鷹取山」となっていますが、一般的には「高取山」と表記されているようです)
善波峠
細めの道を2分ほど進んでいくと、切り通しになった善波峠に着きます。 吾妻山から37分ほどで到着しました。 この峠を通る道は矢倉沢往還と云われていたようです。 石仏が数体、道の脇に並んでいまいした。 頭部がなくなっているものもありました。 この峠を行き来した往時の人々が安全を祈っていったのでしょうか。 脇には「矢倉沢往還」の解説板が立っていますが、文字が掠れていて、ほとんど読めなくなっていました。 以前に来た時には何とか読めたので、その時の内容を載せておきます。
矢倉沢往還
近世の交通路は五街道を中心に、本街道の脇にある脇往還が陸上交通の要として整備され、 矢倉沢往還は東海道の脇往還として発達し、江戸から厚木・伊勢原・秦野・関本を抜け、 足柄峠を越え駿州まで延びていまいした。 大山への参詣路として多く利用されていたため、大山街道と呼ぶ所もありました。 また、十日市場(曽屋村)の市立の日の物資運搬にも大きな役割を果たしていました。
善波御夜燈
左手には「善波御夜燈」の道標が立っています。 山道をほんの少し登ると着くので立ち寄っていきました。 横木の階段を登っていくと、道が左右に分かれています。 ロープが張られた左手の道は見送って右手へ折れ曲がっていくと、すぐの所に善波御夜燈があります。
御夜燈(おんやとう)
この御夜燈は文政10年(1827)に、旅人の峠越えの安全のために道標として建てられました。 点灯のための灯油は、近隣の農家が栽培した菜種から抽出した拠出油でした。 この下に峠の茶屋があり、その主人八五郎さんの手により、明治末期まで点灯し続けられていました。 その後放置されたままになっていましたが、平成6年(1994)地元の 「太郎の郷づくり協議会」の手により復元されました。
 (伊勢原市)
名古木分岐
善波峠まで引き返して、道標「高取山2.9km」に従って、切り通しの右手に続く広い道を登っていきます。 S字に曲がりながら登っていくとすぐに狭い山道に変わります。 トタン張りの小屋を過ぎて山道を登っていくと分岐があります。 善波峠から4分ほどの所になります。 ベンチがひとつ設置されていますが、展望は得られません。 角には道標が立っていて、右手の道は「大山・蓑毛」、左手の道は「市内・名古木」、 今来た道は「鶴巻・弘法山」となっています。 呼吸を整えてから、道標「大山・蓑毛」に従って右手の道を登っていくと、 すぐの所に立つ送電線の鉄塔「鶴巻線1」を過ぎていきます。
尾根の右斜面を緩やかに進んでいきます。 やがて登り傾斜が増してくると、名古木分岐から10分ほどで僅かな高みに着きます。 脇には伊勢原市消防署の設置する「山火事注意 通報番号54」の標識が立っています。 尾根道は正面へと降っていきますが、左手の尾根に続く踏み跡の先に三角点があるので立ち寄っていきました。
山火事注意 通報番号54
 (伊勢原市消防署)
300.1m峰
踏み跡を軽く登っていくと、左右に通る踏み跡に出ました。 そこを左手へ少し進んでいくと、ここが最も高い所だろうと思われる辺りに四等三角点がありました。 手元の地形図にある300.1m峰になるようです。 脇にはマジックで「念仏山(手前)三角点」と書かれた手製の杭がありました。 三角点を確認してから元の尾根道まで引き返して、その先へ降っていきます。
名古木分岐
尾根道を緩やかに1分ほど降っていくと、ベンチがひとつ設置された小広くなった浅い鞍部に着きます。 左手からは広い道が合流してきます。 脇には「野菊と信仰のみち」の道標が立っていて、正面の道は「大山・蓑毛」、 今来た道は「鶴巻・弘法山」となっています。 左手の道は何も示されてはいませんが、名古木地区の住宅地へ降りていけます。 ここは道標「大山・蓑毛」に従って、このまま真直ぐに進んでいきます。
(左手の道は「念仏山」を参照)
尾根道を3分ほど登っていくと、右手から来て左手へと続く鹿避け柵が尾根道を横切っています。 柵には「念仏山・高取山」と書かれた板が取り付けられていて、柵の向こう側へ続く尾根道を指しています。 柵の扉を開けて、その先へと進んでいきます。
お願い
この柵は有害鳥獣(鹿・猪等)の被害対策用の柵です。 開けたら必ず扉を閉めて縛って下さい。
 (地元鹿柵管理組合)
14番鉄塔
鹿避け柵を過ぎて数10m進んでいくと、送電線の鉄塔「東秦野線No.14」が立っています。 以前は秦野の街並みなどを見渡せる眺めが広がる所でしたが、 この時には手前の樹木が育っていて、ほとんど見えなくなっていました。 鉄塔の下を抜けて、その先へ続く尾根道を進んでいきます。
左側に有刺鉄線柵が続くようになった尾根道を登っていきます。 傾斜が少し緩やかになった所を過ぎていくと再び登り傾斜が増してきますが、 引続きしっかりとして歩きやすい道が続いています。
念仏山 (標高347m)
やがて現われる横木の階段を登り詰めると念仏山に到着しました。 14番鉄塔から5分ほど、善波峠から30分ほどで登って来られました。 それほど広くはない山頂にはベンチがふたつ設置されていて、 「念仏山 標高357m」と刻まれた大きな標柱も立っています。 標柱には何故だか涙を流す仏の絵が描かれていたりもします。 「山火事注意 通報番号53」の標識も立っていて、 その袂には「ここは念仏山、高取山・大山・右へ」と書かれた標識もあって、正面へ降る道を指しています。
標柱に刻まれた標高がマジックで「347m」に訂正されていましたが、ほどんど消えかかっていました。 手元の地形図には「念仏山」の表記はありませんが、 この辺りは標高340mの等高線で囲まれていることを考えると、347mの方が正しいように思えます。
弘法山分岐の所にあった案内図では「展望がすばらしい」となっていて、 二子山や駒ヶ岳などの箱根の山々や矢倉岳や金時山も見える所なのですが、 この時には周りの樹木が育ち過ぎている上に遠くが霞んでいて、 残念ながら木々の間から秦野の街が垣間見える程度でした。
念仏山の左手の方へ僅かに進んでいくと、赤い頭巾をした石仏と丸い感じの石碑と石祠がありました。 各々の前には赤い前掛けをした小さな地蔵が幾つか並んでいて、 賽銭受けになっている真新しい一合枡も置いてありました。 石祠の前には「太郎坊」と刻まれた石もありました。 脇には「念仏山の由来」と題した解説板が設置されていました。 それによると、この山は古くからこの地区の信仰の山であったようです。 野菊が群生する所とのことですが、この時は花の季節ではなかったので、確認は出来ませんでした。 善波峠の手前から小蓑毛まで続く尾根道を「野菊と信仰のみち」と呼ぶのは、 この念仏山にその源があるようです。
念仏山の由来
この山は、地図に記載されていない山ですが、 昭和15年頃(1940)まで旧名古木村の村人によって、この山頂で念仏講が行なわれていました。 念仏とは、仏を信じて南無阿弥陀仏を唱えることであり、 この山頂で南無阿弥陀仏を唱えると山裾の集落まで聞こえたと言われております。 相模風土記によると、 秋葉・愛宕・金比羅を合社、 太郎坊・次郎坊・山乃神・稲荷を合祀して末社と記載されている。
秋葉とは、静岡県の秋葉神社 祭神 火之迦具土神・総本社は火伏の神
愛宕とは、京都府の愛宕神社 (おおむね小高い丘や山頂にまつり信仰されている)
金比羅とは、香川県の金比羅宮 祭神 大物主神
山乃神とは、大山阿夫利神社 祭神 大山津見神
稲荷とは、京都府伏見稲荷大社 祭神 宇迦之御魂神
太郎坊・次郎坊とは、天狗
 (平成18年3月吉日 名古木里山保全協議会)
念仏山の山頂に立つ道標によると、北側へ降る道は「大山8.3km・蓑毛」、 今登って来た道は「鶴巻4.2km・弘法山2.2km」となっています。 北側の道は高取山や浅間山を経て大山へと続いていますが、 今回は石仏が佇む一角の西側にある鹿避け柵の扉を開けて、その先に続く細い山道を降っていきました。 夏草が生い茂る季節にしては明瞭な道が続いていました。
雑木林の尾根に続く山道を降り始めると、左側に植林帯が現われます。 2分ほどで植林帯が終わって小広くなった所を過ぎていきます。 何かの境界になっているのか、道の両側には赤頭の黒短杭が対になって点々と設置されていました。 山頂から5分ほど降っていくと、右手に大きく曲がっていきます。 その先でも右・左と曲りながら降っていきます。 緩やかな所もありますが、概ねはかなり傾斜のある降り坂が続きます。 周囲の枝などに掴まったりしなくても降っていけますが、 登りルートに選ぶと息が切れてしまいそうに思えました。 山頂から10分ほど降っていくと、左手から山道が合流してきました。 左手の道はあまり明瞭ではないし登り坂になっているので、ここは右手へ曲がっていきます。
合流地点から1分ほど降っていくと、明るい斜面になってきます。 右へ曲がりながら降っていくと、左の下には建物が見えるようになってきました。 そろそろ山道は終わりになりそうだと思いながら降っていきました。
簡易舗装路
斜面を横切るようにして降っていくと、程なくして左右に通る簡易舗装路に降り立ちました。 念仏山から13分ほどで降りて来られました。 これで山道は終わりになります。 簡易舗装路に降り立つ手前には「山之神 西沢講中」と刻まれた標柱が立っています。 道標類は見かけませんでしたが、右手は登り坂になっているので、ここは左手へと降っていきました。
ふる里の里山林
車一台が通れるだけの幅のある簡易舗装路を緩やかに降り始めると、道幅が広がった所があります。 左手の斜面には、先ほど見えていた建物がありました。 山際には「里山ふれあいの森づくり事業」と書かれた標柱が立っていて、 脇には「ふる里の里山林」と題した解説板もありました。 少し先には「第3里山(面積17,163u)」の解説板もありましたが、表題以外は同じ内容になっていました。 道端には「無断立ち入り禁止」の立て看板が点々と設置されているので、 脇の林へ立ち入ったりせずに、簡易舗装路を降っていきました。
ふる里の里山林 第1里山 面積6,700u
この山は昔から「まき山」として利用されてきました。 里山林を皆さんと考えながら整備をします。
事業内容
1.山の仕事を体験、学習する。
2.里山林の動植物を守る。
3.里山林の資源を利用、活用する。
4.里山林を自然環境の学習の場として子供達に提供する。
 (名古木里山を守る会)
無断立ち入り禁止
1.私有地のため立入禁止
2.この山林内の、山野草・落葉・木類・山芋・きのこ等を無断持出禁止
 (名古木里山を守る会)
やがてミカン畑の脇に出ると、正面が開けてきます。 山際から離れて右へ降るようになると、秦野の街並みの奥に箱根や丹沢の山々を一望できる眺めが広がってきました。 これまでは眺めが広がる所が少なかったので、開放感に浸りながら降っていきました。 富士山は見えるだろうかと探してみましたが、遠くは霞んでいてよく分かりませんでした。
農道合流
左右に畑地が広がる窪んだ農道を降っていくと、 簡易舗装路に降り立った所から9分ほどで、左手から農道が合流してきます。 角には注意書きの看板が立っています。 左手の道は、300.1m峰と14番鉄塔の間の浅い鞍部にあった名古木分岐から降ってきた道になります。 その道を併せて、正面へと更に降っていきます。
(左手の道は「念仏山」を参照)
注意
ハンターのみんさん! この附近に人家・農耕地があります。 狩猟に注意しましょう。
 (神奈川県)
注意!!
地元作業車以外 進入禁止
 (名古木共有山管理組合)
左右に広がる畑地や山並みを眺めながら降っていきます。 大きな木を過ぎてビニールハウスの手前まで降ってくると、右手に分かれていく道がありました。 先ほどの合流地点から1分ほどの所になります。 広めの農道は正面へと続いていますが、脇に「生き物の里(名古木)」の看板が設置されていて、 「歩行者の方はこちら」が右手の道を指していました。 どんな所かと興味が出てきたので、ちょいと立ち寄っていくことにしました。
生き物の里
茶畑などの脇を進んでいくと、程なくして舗装路は行止りになっていました。 そこにも「生き物の里」の看板が設置されていました。 どこがそうなのかと辺りを見回していると、舗装路の先から細い踏み跡が谷筋へと降っていました。 すぐの所から右手へ降っていく道があったので降りていくと、田んぼの脇の水路に降り立ちました。 谷筋には棚田が広がっていて、青々とした稲が元気に育っていました。 「生き物の里」の注意書きが点々と設置されていたので、歩いても良いものと解釈して、 谷戸の端に沿って畦道を進んでいきました。
指定第4号 生き物の里
生き物を大切にしましょう。
 (秦野市)
注意
この地域は神奈川県、秦野市が「生き物の里」に指定されたましたので、動植物の採取を禁止致します。
 (神奈川県湘南地域県政総合センター環境部農地課、秦野市役所環境農政部、名古木里山保全協議会、地権者)
先ほど降ってきた農道へ向かって谷戸を進んでいくと、少し右へ曲がった先から農道へ登っていく道がありました。 その道を登って農道に出ると、先ほど見えていたビニールハウスの先に出ました。 振り返ると、棚田の全景を良く見渡すことが出来ました。
T字路
ビニールハウスのすぐ先にある竹林の手前を道なりに左へ曲がって降っていくと、 民家の建ち並ぶ道路に降り立ちます。 脇には「曹洞宗 玉伝寺」と書かれた標識が立っていて右手の道を指していますが、 左手に続く坂道を降っていきます。 コスモスが植えられた畑を過ぎていくとT字路に出ました。 生き物の里から簡易舗装路に戻ってから5分ほどの所になります。 脇には道祖神・天社神・庚申塔などの石碑が並んでいます。 道標類は見かけませんでしたが、今回はここを右折していきました。
住宅が建ち並ぶ道路を2分ほど降っていくと、深い底を流れる小さなの上を過ぎていきます。 その手前からは右手へ、沢を過ぎた所からは左手へ道が分かれていきますが、 そのまま正面へ進んでいくと、左右に通る道に出ます。 左折して立派な生垣のある民家を過ぎていくと、一段高い所にある畑地の先から右手に坂道が分かれていきます。 このまま正面へ進んで車道に出ると、少し先の所に名古木バス停があるのですが、 今回は右手の坂道を登っていきました。
上原台(うえばらだい)バス停
坂道が終わった所にある階段を登り、踊場から右手へ曲がって更に階段を登っていきます。 車止めを過ぎた先を左折して、住宅地の坂道を登っていきます。 突き当たりを右・左とクランク型に折れ曲がっていくと県道70号に出ます。 その左手すぐの所に上原台バス停があります。 簡易舗装路に降り立った所から35分ほどで到着しました。
秦野駅(小田急小田原線)まで、[秦20][秦21]秦野駅行きバスにて8分、1時間に2本から3本程度の便があります。