東浦路
散策:2010年08月上旬
【低山ハイク】 東浦路
概 要 東浦路は伊豆半島の東海岸に続く古道です。 海岸に沿って車道が通るようになるまでは、伊豆半島の人々の主要な生活道路で、 時として歴史の舞台にもなりました。 今では寸断されていますが、宇佐美と網代の間には往時を偲ばせる所がまだ残っています。 今回はナコウ山への道の途中から分かれて網代へと続く区間を歩きます。
起 点 伊東市 宇佐美駅
終 点 熱海市 網代駅
ルート 宇佐美駅…刻印石…ナコウ山分岐…石標…刻印石…一根三種和合の木…ナコウ山分岐…腰掛け平石…馬頭観音…茶畑跡…法界萬霊塔…大島茶屋跡…南熱海グリーンヒル…和田木神社…網代駅
所要時間 2時間50分
歩いて... 大島茶屋跡までの区間は広めで緩やかな道が続いていました。 山道のような所があったり夏草が生い茂る所も一部ありましたが、総じて歩きやすい道になっていました。 別荘地から網代へ降る道はかなりの傾斜がありましたが、 真鶴半島や初島などを見渡せる眺めが広がる所もありました。
関連メモ ナコウ山
コース紹介
宇佐美(うさみ)駅
宇佐美駅(JR伊東線)から歩いていきます。
駅舎を出てすぐに左手へ進んでいきます。 「旅のアンシル」を過ぎていくと広場があります。 「宇佐美江戸城石丁場遺跡」の解説板の脇の石段から右下の車道に降りて、北側へと進んでいきます。
旅のアンシル
アンシルとはアイヌ語で便所のことです。 「どこから来た人びとも、そこで蘇生の思いをする」という意味があります。 この地を訪れる人びとが心身共にリフレッシュされることを願い名付けました。
 (伊東市)
江戸城のふるさと宇佐美 日本の歴史文化遺産 宇佐美江戸城石丁場遺跡
江戸城石丁場遺跡とは  今から400年も前のことです。 慶長8年(1603)徳川家康は江戸に幕府を開き、「江戸城」の大規模な改築工事を行います。 この工事は、諸国の大名に命じ、慶長9年(1604)から寛永13年(1636)頃まで、 家康・秀忠・家光の三代、約30年間にわたって続けられました。 この時、江戸城の石垣に使うたくさんの石が伊豆半島から切り出されました。 この江戸城の石垣に使う石を切り出した跡を「江戸城石丁場遺跡」と呼び、 ここ宇佐美の山中にも、広い範囲で400年前の姿そのままに残っています。 現在、遺跡は森の中に隠れていますので外から全容をみることはできませんが、 宇佐美の自然と歴史がとけ合った独特の歴史景観をつくりだしています。 江戸城石丁場遺跡は、徳川幕府が大名を支配する仕組みや城郭構造を明らかにする上で、 日本の歴史上とても重要な遺跡です。
 (宇佐美江戸城石丁場遺跡保存会、伊東市・伊東市教育委員会、伊東観光協会)
刻印石
宇佐美幼稚園や宇佐美小学校を過ぎて、車道を真っ直ぐ進んでいきます。 信号機の設置された十字路を直進し、その先の県道19号の交差点を渡っていきます。 十字路を直進して僅かに登り坂になってくると、烏川郷戸橋が架かっています。 橋の手前の左側には細長い郷戸公園があって、その入口に刻印石がありました。
江戸城のふるさと宇佐美 日本の歴史文化遺産 宇佐美江戸城石丁場遺跡
「折敷に三文字」  「宇佐美江戸城石丁場遺跡」には、土中から自然石を掘り出し、 江戸城の石垣に使うために加工した「江戸城築城石」が無数に残っています。 大名家の印などの「刻印」が刻まれ、江戸に向けて運び出すばかりになったものも数多くあります。 広い遺跡の中でも「洞の入」地区には、 「石を掘り出す」「石を割る」「石の形を整える」「石に刻印を刻む」「完成した石を集積する」などの 一連の作業を示す遺跡が集中しています。 ここにある築城石は、洞の入地区の砂防ダム付近から見つかったもので、 洞の入地区に近い郷戸公園に保管し公開しています。 刻印は「折敷に三文字」といい、九州臼杵の稲葉家などが大坂城で同じ刻印を使っていることがわかっています。
 (宇佐美江戸城石丁場遺跡保存会、伊東市・伊東市教育委員会、伊東観光協会)
郷戸橋を渡って、その先に続く道路を真っ直ぐに進んでいきます。 次第に傾斜が増してくる坂道を登っていくと、少しずれた十字路があります。 右手から合流してくる道は比波預天神社からの道になります。 十字路を直進して坂道を登っていくと、1分もしない所に水場がありました。 管で導かれてきた水が容器に受けられていました。 飲めそうにも思えましたが、咽はまだ渇いていなかったので飲まずにおきました。 5mほど先には馬頭観世音が佇んでいて、綺麗な花が手向けられていました。
沢沿いに続く坂道を登っていきます。 「宮ノ脇沢」と「洞の入沢」と記した二種類の看板が出ていて、沢の名前はよく分かりませんでした。 東京都中央区立の宇佐美学園を過ぎていくと、 「学園台別荘地」の標識が出ている所で道が二手に分かれていますが、左手の道を進んでいきます。
土石流危険渓流 烏川水系宮ノ脇沢
土石流が発生する恐れがありますので大雨の時は十分注意して下さい。
 (静岡県、伊東市)
土石流危険渓流 烏川水系洞の入沢
土石流が発生する恐れがありますので大雨の時は十分注意して下さい。
 (静岡県、伊東市)
がけ崩れ注意
がけ崩れ危険箇所 宇佐美学園台
がけ崩れが発生する恐れがありますので大雨の時などは十分注意して下さい。
 (静岡県、伊東市)
ナコウ山分岐
グラウンドを過ぎていくと、少し右手に曲がっていく角から、沢を渡って左手へ分かれていく道があります。 宇佐美駅から20分ほどの所になります。 脇には案内板が立っていて、正面の道は「江戸城石丁場遺跡ハイキングコース」、 左手の道は「東浦路(旧街道)ハイキングコース」となっていました。 電柱に道標が括り付けられていて、左手の道は「旧街道・石切り場コース」となっていました。 また手前の金網の傍にも壊れかけた道標があって、左手の道は 「羽柴越中守(細川忠興)石場跡 江戸城修築(慶長19年)の採石場跡 これより徒歩30分」となっていました。 正面の道はナコウ山へ続いていますが、今回は左手の沢を渡って東浦路へと進んでいきました。
(正面の道は「ナコウ山」を参照)
壊れかけた道標は「羽柴越中守石場跡へは左手の道を30分」と解釈しましたが、 文字が消えかかっていたので誤読しているかも知れません。 10数分進んだ所にあった刻印石以外に、東浦路にはそれらしい所は見かけませんでした。 ナコウ山の山頂直下にある石場跡のことだとすると、正面の道を指すべきだし、 もっと時間もかかるので、どこを指しているのかはよく分かりませんでした。
江戸城石丁場遺跡ハイキングコース
◇洞の入石丁場遺跡群 ◇ナコウ山(羽柴越中守石場の大石)
今から400年の昔、徳川家康は江戸に幕府を開き、諸国の大名に命じて「江戸城」の大改築を行います。 その時、石垣に使う大量の石を伊豆半島から切り出して江戸まで運びました。 「宇佐美江戸城石丁場遺跡」はその石を切り出した現場の跡で、 400年の間、昔のままの姿で森の中にひっそりと残されています。 「宇佐美江戸城石丁場遺跡」は、貴重な日本の歴史文化遺産です。
東浦路(旧街道)ハイキングコース
◇吉田松陰先生腰掛けの平石 ◇笠松峠(網代峠・宇佐美峠) ◇大島茶屋あと 至 網代
今から800年の昔、伊豆に流されていた源頼朝は、八重姫(伊東氏)との仲をさかれ、 追われて宇佐美を通り、この「東浦路」をかけ上がって逃れます。 まだ源氏旗揚げの前のことでした。 今から150年の昔、吉田松陰先生は、下田に停泊中の黒船に乗り込み外国に渡ろうと、 この「東浦路」をかけ下って宇佐美を通り下田への道を急ぎます。 松陰先生は捕らえられ、やがて刑場の露と消え二度とこの街道を通ることはありませんでした。 「東浦路」は数百年の間、昔のままの姿で今に残る貴重な歴史文化遺産です。
 (宇佐美江戸城石丁場遺跡保存会、伊東市、伊東市教育委員会、伊東観光協会)
左手の沢に架かる小橋を渡って、簡易舗装された道を進んでいきます。 グラウンドを回り込むようにして左手へ曲がりながら登っていきます。 貯水槽の傍を過ぎていくと、道は大きく右手へ曲がっていきます。 森へ入っていくと、ナコウ山分岐から3分ほどの所から、右手の高みに登っていく広めの道が分かれていますが、 正面に続く道を進んでいきます。
未舗装路になった道を進んでいくと、すぐに畑地の脇に出ます。 振り返ると、山並を一望できる眺めが広がっていました。 方角からすると、巣雲山へと続く稜線でしょうか。 今回のコースは展望の開ける所が少ないので、ここで眺めを楽しんでいきました。
石標
柵が設置された畑地の脇を進んでいきます。 道の中ほどには狭いながら石が敷かれていて、傾斜もそれほど急ではなくて歩き易くなっていました。 生活道路だった往時を偲びながら進んでいきました。 ナコウ山分岐から9分ほど進んでいくと、左手から登ってくる道が合流してきます。 その角には「南無妙法蓮華経」と刻まれた石碑があり、その両脇には大小二つの石標がありました。 「右 い… 左 いとう…」「左 いとうみち 右 いりや…」と刻まれていましたが、よく読めませんでした。 左手から来て正面へ続く道が、手元の地形図に載っている実線の道になるようです。 「右」や「左」がどの道を指しているのかはよく分かりませんでした。 脇には「朝善寺への石の道標」と題した解説板がありました。 左手の道は、この西側にある朝善寺へ通じているようなので、ここは正面の道を進んでいきます。
朝善寺への石の道標
山田の朝善寺は日蓮宗の名僧日朝上人の開いた寺です。 その日朝上人は眼病平癒の守本尊となられ、遠方から参詣する人が多く、 ここに石の道標がつくられました。
 (伊東市観光課)
石標を後にして、広めの道をその先へ進んでいきます。 路面には苔が生えていたりもして、古くからの道であることを感じながら進んでいきました。 日陰になっているようで、道端にシダ類が生い茂る所もありました。
刻印石
右手に続く崖のような所を過ぎていくと、石標から3分ほどの所に刻印石がありました。 脇には小さな「刻印石」の標識も立っていました。
江戸城石丁場遺跡 刻印石
(大名家などの印を刻んだ石)
刻印石を過ぎていくと、「ユーカリの林」の解説板がありました。 どの木がユーカリなのかは分かりませんでしたが、上を見上げると大きな木が葉を茂らせていました。
ユーカリの林
オーストラリア原産でコアラの好物として有名なユーカリの一種で、 成育が早いことから、戦中戦後パルプ材の不足をおぎなうため、この山一帯に植えられたものです。
 (伊東市観光課)
土で埋もれ気味になってはいますが、所々には石畳が露出していて苔生していました。 U字形に窪んだ切通のような所を過ぎて登っていきます。 植林帯を進むようになると、道端には大きな石が散在していたりもしました。 盛り上がってくる尾根を左から巻くようにして進んでいきます。
一根三種和合の木
道端にシダ類が目立って道幅が狭まってくると、「一根三種和合の木」の解説板がありました。 石標のあった分岐から16分ほどの所になります。 周囲を見回していると、看板の左手に生えていました。 三本の内の右側の一本は下の辺りで折れていて、一見して二本のようになっていましたが、 根元は確かに三本が一体化した形になっていました。 同一種が二本寄り添うようにして繋がった木は時折見かけますが、 異なる種同士で三本繋がっているのは珍しいように思いました。
一根三種和合の木
左側が杉の木、右側が楠、その間に椎の木が芽生え、三種類の木が一本になったものです。 ここは昔、琵琶法師が急斜面で道を踏みはずしたので「びわころがし」とも呼ばれています。
 (伊東市観光課)
ナコウ山分岐
程なくして、道端に大きな石が幾つも転がっている所を過ぎていきます。 「この付近 落石注意」の案内書きが幹に取り付けられていたりもしました。 そこを過ぎて左へ曲がり始める所から、右手の僅かな谷筋へと踏み跡が分かれていました。 「一根三種和合の木」から2分ほどの所になります。 道端に生える樹木に「宇佐美江戸城石丁場遺跡ハイキングコースへ」の案内書きが取付けられていて、 「田の刻印石を経てナコウ山へ(ナコウ山まで約35分)」となっていました。 以前にナコウ山へ登った時に、「田の刻印石」のある尾根から分かれていく道があったので、 そこへ通じているのだろうと思われます。 夏草が生い茂っていて分かり難くなってはいましたが、踏み跡はよく確認できました。 道の先の方にも同じような案内書きが見えたので、十分に歩ける状況にあると思われますが、 今回はナコウ山への道は見送って、東浦路を進んでいきます。
腰掛け平石
左へ曲がりながら狭めの道を進んでいくと、道幅が広がってきます。 夏草も少なくなって傾斜も緩やかで、快適に歩いていけました。 そんな道を4分ほど進んでいくと、背の高い樹木を過ぎた先に大きな岩がありました。 脇には「吉田松陰先生腰掛けの平石」と題した解説板がありました。 グラウンドの先のナコウ山分岐から東浦路に入って36分ほどで到着しました。 上面が平らになった畳大の岩で、腰掛けるのに具合が良くなっていました。 汗を拭き拭き登ってきて疲れてもいたので、解説板を読んで往時を偲びながら、ここでひと休みしていきました。
吉田松陰先生腰掛けの平石
今から150年の昔、吉田松陰先生は、下田に停泊中の黒船に乗り込み外国に渡ろうと、 この「東浦路」をかけ下って宇佐美を通り下田への道を急ぎます。 松陰先生は捕らえられ、やがて刑場の露と消え二度とこの街道を通ることはありませんでした。 昔、街道を通る人たちは、この平石に腰を下ろして一休みしたそうです。 松陰先生も下田へ急ぐ途中、しばし腰を下ろして汗をぬぐったかもしれません。 この平石の表面をよく見るといくつかの文字や印が刻まれていることがわかります。 この付近一帯は、今から400年の昔、江戸城の石垣に使う大量の石を切り出した「江戸城石丁場遺跡」のあるところです。 この平石も江戸城築城石の一つかもしれません。
 (宇佐美江戸城石丁場遺跡保存会、伊東市、伊東市教育委員会、伊東観光協会)
馬頭観音
疲れも癒えたところで、その先へと進んでいきます。 少し登り坂になって大きめの石がゴロゴロしている所を進んでいきます。 周囲は植林帯になって歩きやすくて広めの道を進んでいくと、 右手の斜面へ5mほど入った所に馬頭観音が佇んでいました。 腰掛け平石から5分ほどの所になります。 台座に「村内安全」と彫られているところをみると、村の境界に立って、 悪霊などが入ってこないように見守ってきたのでしょうか。
峠の馬頭観音
この馬頭観音は、寛政9年(1791)に建てたもので、台座に「村内安全」と彫られています。
 (伊東市観光課)
茶畑跡
馬頭観音を過ぎて、植林帯に続く広めの道を緩やかに登っていくと、 小さいながらも少し開けた感じの僅かな高みに着きます。 腰掛け平石から9分ほどの所で、峠のような感じになっていました。 最初のナコウ山分岐にあった解説板には「笠松峠(網代峠・宇佐美峠)」と書かれていましたが、 この先にある大島茶屋跡とは別になっていたし、ここが「笠松峠」なのでしょうか。 夏草に隠れながらも道標が立っていて、左前方へ続く道は「旧街道・至 大島茶屋跡」、 今来た道は「旧街道・至 宇佐美方面」となっています。 右手の方にも踏み跡が続いているようでしたが、道標には何も示されてはいません。 ナコウ山から北西に降ってくるとここへ来られるようですが、今ではあまり歩かれていない様子でした。 以前には茶畑があった所とのことですが、その旨を示すものは見かけませんでした。 道標に従って、左前方へ続く広めで緩やかな道を進んでいきます。
法界萬霊塔
再び植林帯へ入って1分ほど進んでいくと、道端に大きな「法界萬霊塔」がありました。 先ほどの馬頭観音と併せて、峠の前後をしっかりと守っているのでしょうか。 そんな状況を加味すると、先ほどの道標の立つ茶畑跡が、村の境界になっていた「松笠峠」のように思えてきます。
法界萬霊塔
昔、村境や峠に悪霊や災難が村に入らないように祀られたもので、文化13年(1816)に建てられました。 伊東市内に3箇所あり、この法界萬霊塔が最も大きいものです。
 (伊東市観光課)
緩やかで広めの道を5分ほど進んでいくと、松の木をチラホラと見かけるようになります。 樹木が低くなって陽当たりが良い所では夏草が生い茂っていたりもしますが、道はしっかりと続いていました。 小石がゴロゴロしている僅かな坂道を登って、その先の緩やかな道を進んでいきます。 法界萬霊塔から7分ほど進んでいくと、行き止りのようになっていました。 道は何処かと周囲を見回していると、左手へ折れ曲がるようにして続いていました。 手元の地形図にある296m峰の辺りになるようです。 昼間から鳴いているヒグラシを聞きながら、夏草が目立つようになってきた道を進んでいきました。
大島茶屋跡
樹木が途切れて夏草が生い茂る所を掻き分けながら進んでいきます。 正面が明るくなって大きな樹木を過ぎていくと住宅が見えてきました。 その手前の小広くなった所に道標が立っていて、 今来た道は「宇佐美 石丁場遺跡 網代温泉ハイキングコース」、 この場所は「大島茶屋跡」となっていました。 茶屋があった所のようですが、今ではその名残はなく、ただ道標が立つばかりです。 往時の東浦路を想わせる風情のある古道はここで終わりになります。 グラウンドの先のナコウ山分岐から東浦路に入って1時間10分ほど、 宇佐美駅から1時間30分ほどで歩いて来られました。
ここが「笠松峠(網代峠・宇佐美峠)」だとする情報もあります。 手元の地形図によると、ここは標高が310mほどあって、 宇佐美と網代を結ぶ東浦路の中では一番高い所になるようです。
道標を過ぎていくと、すぐに左右に通る舗装路に出ます。 手元の地形図では、実線の道から破線の道が西へ分かれている所になるようです。 座るのに具合の良い大きな切り株が正面にあったので、持参したオニギリなどを頬張りつつ、 歩いて来た東浦路を回想しながら休憩していきました。
落ち着いたところで、舗装路を右手へと降っていきます。 この辺りは別荘地になっているようでした。 この先も東浦路のようですが、開発が進んで往時の面影はほとんど残っていません。 住宅を過ぎていくと、左手が開けて伊豆の山々を見わたせる所がありました。 その奥には富士山も僅かに頭を覗かせていました。 久しぶりに広がる眺めを楽しんでいきました。
道なりに降っていくと、左右に通る広い道路に出ました。 脇には「大島茶屋跡 網代温泉ハイキングコース」の道標が立っていて、今来た道を指していました。 また金網柵には「旧街道入口 至宇佐美」の標識が取付けられていて、旅人の絵も描かれていました。 この辺りは「あじろ南熱海が丘分譲地」のようですが、 右手の先は「南熱海グリーンヒル別荘地」になるようでした。
あじろ南熱海が丘分譲地はここまで
お問い合わせ・地図等資料をご入用の方は、左記までご連絡下さい。
 (南熱海が丘防災管理センター)
南熱海グリーンヒル別荘地
当別荘地内は私道であるとともに路面が軟弱で埋設管が損傷しやすいため、 4t車以上の車輌を通行させる場合等は、全て事前に自治会事務所に届け出て下さい。
 (南熱海グリーンヒル自治会)
南熱海グリーンヒル
右手に続く広い道路を降っていくと、住宅が点在するようになります。 道の脇に「遊」の表札が掛かる小屋があって「OPEN」となっていたので中を覗いてみると、 茶碗や壺などの陶器類が棚に並べられていました。 販売している様子ではなかったので、地元の方の作品展示場なのでしょうか。
お知らせ
グリーンヒル地内の道路は私道で、これに付随する上下水道、街灯等の公共施設はすべて、 自治会で管理しています。 家あ、土地を売買する方、及び仲介する方、新築、増築、改築、その他の工事を行う方、 また、大型車を通行させる場合等は、すべて事前に自治会へ届け出てください。
 (南熱海グリーンヒル自治会)
「がけ崩れ注意」の看板を過ぎて左へ曲がり始める所に、少し曲がった十字路があります。 左手には大きな「南熱海グリーンヒル別荘地案内図」があるので参考にしましょう。 脇には道標が立っていて、今来た道は「網代駅4km」「月見ヶ丘公園」となっていました。 網代駅に向かっている筈なのに、今来た道が網代駅とはおかしいと思いながら地図を眺めていると、 先ほどの「あじろ南熱海が丘分譲地」を経て、 水神川沿いの月見ヶ丘公園へ降っていくルートを指しているようでした。 今回はこの案内図に載っている「中央通り」と書かれた黄色く塗られた道を進んでいきます。
網代駅前にあった案内板によると、今歩いている道は、網代駅を起終点として、 高台にある「南熱海グリーンヒル」や「あじろ南熱海が丘分譲地」を経て一巡りする「和田木神社・月見ヶ丘コース」になるようです。 ここにある道標は、今歩いているのとは逆向きのルートを示しているようでした。
十字路を直進して坂道を降っていきます。 左右に何度か道が分かれていますが、辻々には道標も立っているし、 先ほどの案内図を頭に入れて道を間違えないよう注意しながら、急傾斜になった別荘地の道を降っていきます。 かなり急になっていて、登ってくると脹脛が痛くなりそうなほどの傾斜がありました。 水道設備を過ぎていくと、真鶴半島や初島などを見渡せる眺めが広がってきました。
竹塀のある民家を過ぎていくと、大きな道標が立つ分岐がありますが、 「網代駅1.6km」の指す左手の道を進んでいきます。 正面の伊豆の山々の奥に頭を覗かせている富士山を眺めながら急坂を降っていきます。 集合住宅の前を過ぎていくと住宅が途切れて、右側には水路が続くようになります。 かなり勢いよく流れる水音を聞きながら、急傾斜の坂道を引続き降っていきます。 鉄パイプ柵が設置された道を降っていくと、道端に「下多賀風致地区」の解説板が設置されていました。 脇にはコンクリート製のベンチもありました。
下多賀風致地区 <熱海国際観光温泉文化都市建設計画>
風致地区内の行為制限について
1.この付近一帯は、都市計画法により定められた風致地区ですから、 次に掲げる行為をしようとするときは、あらかじめ知事の許可を受けなければなりません。
(1)建築物その他の工作物の新築、改築、増築又は移転。
(2)宅地の造成、土地の開墾その他の土地の形質の変更。
(3)木竹の伐採。
(4)土石の類の採取。
(5)水面の埋立又は干拓。
(6)建築物等の色彩の変更。
2.許可を受けなかったり、許可の条件に違反したときは、 許可の取消し又は原状回復を銘ぜられ、場合によっては罰金に処せられることもあります。 なお、詳細は、静岡県都市住宅部市街地整備課公園緑地室、 熱海土木事務所都市計画課又は熱海市役所に問合せ下さい。
 (静岡県、熱海市)
解説板を過ぎて3分ほど降っていくと再び正面が開けて、網代湾などを見渡せるようになってきます。 山の上へと続く斜面は開発されて住宅が建ち並んでいて、何だか不自然な眺めに思えました。 坂道を更に降っていくと食品会社の前に出ます。 そこを右折して更に降っていきます。
がけ崩れ注意
がけ崩れ危険箇所 網代みかん台
がけ崩れが発生する恐れがありますので大雨の時などは十分注意して下さい。
 (静岡県、熱海市)
土石流危険渓流 田原ノ沢水系田原ノ沢
土石流が発生する恐れがありますので大雨の時は十分注意して下さい。
 (静岡県、熱海市)
正面に海岸線を眺めながら、少し傾斜が弛んできた坂道を降っていきます。 茶色い屋根の建物を過ぎていくと、左手に分かれて登っていく道があります。 角には「和田木神社」と刻まれた石柱が立っていました。 その先には神社の屋根が見えていたので立ち寄っていくことにしました。
がけ崩れ注意
がけ崩れ危険箇所 和田木
がけ崩れが発生する恐れがありますので大雨の時などは十分注意して下さい。
 (静岡県、熱海市)
和田木神社
これまでの降り坂から一転して登り坂になった道を進んでいくと、 左手に戻るようにして登っていく坂道がありました。 その上に社殿が見えていたので、その坂道を登っていくと、和田木神社の境内に着きました。 大島茶屋跡の先の舗装路に出た所から40分ほどで到着しました。 本殿と拝殿から成る立派な社殿で、本殿の屋根には5本の鰹木が乗り外削ぎの千木が聳えていました。 屋根は青銅葺き、柱は茶色で、緑色の絵なども描かれていて、色鮮やかな社殿になっていました。 拝殿には「和田木神社」の扁額が掲げられていましたが、由緒などを記したものは見かけませんでした。
社殿に向かって右手には神輿庫と思われる建物がありました。 社殿の裏手には、丸まった円筒形の石が納められた石祠もありました。 石灯籠や狛犬も立派でした。 境内には大きな樹木が幾つも生えていました。 社殿の前に続く石段を降りていくと鳥居が立っていて、左手には手水舎や社務所がありました。 ここまで来ると網代駅は近いので、木陰に入って最後の休憩をしていきました。
鳥居の先へ続く石段を降っていきます。 途中には立派な鳥居の立つ「湯宝神社」がありました。 その少し下には「彰徳」と刻まれた石碑もありました。 多賀地区の温泉試掘に成功した武井氏に関する碑のようでした。 旧字体で書かれていたり読みにくい字があったりして誤読している所があるかも知れませんが、 碑文を載せておきます。
彰徳
多賀地区ニ於テ多年吾人ノ翹望セル温泉ハ武井覚太郎氏ノ試掘ニ功ヲ 奏シ今ヤ熱海ノ新温泉トシテ世ニ顕彰サレムトス 由来此ノ地ハ熱海温泉地帯ノ地脈ヲ通シ温泉ニ因メル湯ヶ洞場ノ根等 ノ地名アリ偶々鐵道伊東線隧道ノ掘設鑿サルヤ多量ノ温泉餘土ヲ出シ タル事實ニ徴シ温泉ノ湧出可能ナルベキヲ思ハシメタリ曩ニ佐野文雄 氏ガ試掘ニ成功セルモ入浴ノ温度ニハ幾分不足ノ感アリシヲ昭和十二 年春武井氏大縄海岸ニ試掘サレ深度千五百尺ニ達スルヤ摂氏七十度ノ 熱海一昼夜二千石湧出シ當地方開発伸展ニ一大転機ヲ興ヘタリ 爾来當地ハ豊富ナル温泉ニ恵マレ天興ノ風光明媚ト相俟ツテ都人士ノ 大イニ嘱日スル処トナリ隆昌期シテ待ツベキモノアリ之實ニ武井氏ノ 犠牲的事業ニ依ルモノニシテ其ノ偉大ナル功績ハ燦トシテ後世ニ輝キ 等シク郷黨ノ敬慕措ク能ハサル処ナリ 茲ニ同志相図リテ碑ヲ建テ其ノ徳ヲ永久ニ傳フ
石段を降って鳥居を過ぎていくと、国旗塔が立っていて、 その袂には説明文と熱海市長の歌が刻まれていました。 「大山祇命和田木神社」と刻まれた石柱も立っていたので、 この和田木神社の祭神は「大山祇命」のようでした。 すぐ先の道路に出ると、右手から緩やかな道が続いて来ていましたが、ここで行止りになっていました。 正面には石段混じりの坂道が続いていたので、正面に山並や街並みなどを眺めながら降っていきました。 左下には目指す網代駅が見えていました。
国旗塔一基奉納について
熱海郷友会青少年部は、昭和四拾年川口栄一氏を部長に結成され即日、日本郷友連盟に編入された。 和田木神社改築のことを聞き部員自らの手で国旗塔を造り、昭和四拾弐年十月吉日奉納した。 この時自衛隊儀仗兵派遣を仰ぎ竿頭の入魂四季を行ない、 毎年元日には自衛隊のラッパ隊の派遣を願い掲揚式を行ない、朝夕国旗の揚降を行なっている。 昭和五拾壱年五月には柱の塗り替え、主台の改装を行ない、 国旗塔建立二十五周年に当り、平成四年十壱月に柱の取り変え、台の改装を行なった。  平成四年十壱月吉日
夢は大きく はばたけ 昭和五拾壱年七月吉日 熱海市長 川口美雄
網代(あじろ)駅
かなり傾斜のある坂道を降っていきます。 右手から道なりに降っていくと十字路があります。 そこを横切って和田木保育園や和田木会館を過ぎていくと、再び十字路があります。 角にはコンビニがありました。 そこを左折していくと、「あじろ温泉」のゲートの先に網代駅(JR伊東線)がありました。 和田木神社の社殿から11分ほどで到着しました。
駅前には「網代温泉ハイキングコース」と題した案内板があって、 6つのコースが紹介されていました。 大島茶屋跡の先の坂道を降って道路に降り立った所から歩いてきた今回のルートは、 その中の「和田木神社・月見ヶ丘コース」の一部になるようでした。 また「湯ったりまっぷ」と題した案内板もあって、3つのコースが紹介されていました。
網代温泉ハイキングコース
お手軽《網代湾》コース (1.6km/所要時間:片道約40分)
素晴しい網代湾を見ながら、干物銀座を歩くコース。
お手軽《月見ヶ丘》コース (2.2km/所要時間:約1時間)
網代駅よりみかん畑を左右に見ながら月見ヶ丘公園(馬頭公園)に至る、ハイキングコースのアプローチロード。
初級《長谷観音・朝日山》コース (4.5km/所要時間:約2時間)
情緒あふれる網代の街と名所を回る推薦コース。
初級《うすづき山・朝日山》コース (4.5km/所要時間:約2時間20分)
うすづき山にはNTTの電波反射鏡があり、爽快な林間コースと朝日山山頂の眼下に広がる大海原。 干物銀座を歩く山と海のコントラストを味わえるコース。
初級《和田木神社・月見ヶ丘》コース (5.6km/所要時間:約2時間30分)
月見ヶ丘公園より山を縫って歩き、尾根にそって歩き、和田木神社へと下るコース。
中級コース (8.6km/所要時間:約4時間30分)
湯ったりまっぷ
自然満喫コース 網代駅…月見ヶ丘公園…鹿ヶ谷ハイキングコース…鹿ヶ谷公園
潮の香りフレッシュコース 網代駅…大縄海水浴場…南熱海マリンホール…マリンタワー
朝日出る海原コース 網代駅…ひもの銀座(網代魚市場)…網代長谷観音…網代朝日山公園