川名清水谷戸
散策:2010年07月下旬
【街角散策】 川名清水谷戸
概 要 川名清水谷戸は藤沢市にある谷戸で、畑や田んぼの奥にはハス沼やため池があります。 西側には新林公園、東側には手広大谷緑地があって、一団の緑地帯を成しています。 里山の自然環境が保たれ、希少な生態系も営まれています。 今回は新林公園を訪ねてから、寺社などを巡りながら川名清水谷戸へと向かっていきます。
起 点 鎌倉市 片P山駅
終 点 藤沢市 御霊神社前バス停
ルート 片P山駅…片P山東公園…片P山北公園…新林公園南口…山路中間点…見晴台…南側休憩広場…片瀬配水池…2番鉄塔…鳥類観察所…湿性植物区…里の広場…旧小池邸…長屋門…川名御霊神社…神光寺…神光寺横穴古墳群…川名清水谷戸…ハス沼…ため池…川名通り町市民の家…御霊神社前バス停
所要時間 2時間50分
歩いて... 川名清水谷戸は谷戸が二つに分かれていました。 右手の小さい方の谷戸の奥にはハス沼があり、左手の大きい方の谷戸の奥にはため池がありました。 何とかため池を一周することはできたものの、しっかりとした池の右側の道に比べて、 左側の道はあまり歩かれていない様子でした。
関連メモ 新林公園, 新林公園
コース紹介
片P山(かたせやま)駅
片P山駅(湘南モノレール)から歩いていきます。
ホームの階段から道路脇に降りて、右側にあるモノレールの軌道の下をくぐっていきます。 階段の壁には「片P山案内図」があります。 先ずは、この図の右側の片P山一丁目18番地の上(西)にある公園(片P山北公園)へ向かっていきます。
軌道の下をくぐって階段を登っていくと、片P山三丁目の住宅地に出ます。 片P山駅は鎌倉市にありますが、この住宅地は藤沢市になります。 植込みなどのある立派な民家が建ち並ぶ坂道を緩やかに登っていきます。 左右に分かれていく道は見送って、道なりに真っ直ぐ進んでいきます。 片P山駅から5分ほど進んでいくと、右手の崖の上に円筒形の大きな設備が見えてきます。 先ほどの案内図では「給水塔」と書かれている所になります。 道はこの先でクランク型に右へ曲がっていきますが、左側に公園があるので入っていきました。
片P山東公園
坂道を降っていくと、ブランコや雲梯や滑り台などの遊具が設置された公園に降り立ちました。 公園を前方へ進んでいくと、左側の出口に「片P山東公園」と書かれていました。 足腰の鍛錬なのでしょうか、元気に手を振りながら後向きに歩いている人を見かけたりもしました。
公園利用についてお願い
・犬は必ずリード等でつなぎ、フンは飼い主がきちんと持ち帰りましょう。
・ゴルフ・野球・サッカー等の球技をするのは危ないのでやめましょう。
・花火・バーベキュー・たき火等、火の使用はやめましょう。
・ゴミ・ペットボトル・空き缶は必ず持ち帰りましょう。
・バイク等を乗り入れたり、乗りまわすのはやめましょう。
その他、人に迷惑のかかるようなことや危険なことはやめましょう。
 (片P市民センター、藤沢市公園みどり課)
片P山北公園
左側の出口から出てその先へと進んでいきます。 広めの道路を渡っていくと、道は次第に左手へ曲がっていきます。 二股になっている所は右側の道を進んでいくと、右手に片P山北公園があります。 片P山駅から16分ほどで着きました。 ベンチなどが設置されただけの草地の公園で、奥の高みに立つ送電線の鉄塔が目立っています。 中ほどの大きな樹木の袂には広い舞台のような所もあります。 この時には、園内の草刈り作業が行なわれていました。
藤沢市計画風致地区区域図
この緑色に塗った区域は都市計画法に基づく風致区域です。 この風致区域内で建築佛の新築・増築、土地形質の変更、木竹の伐採等を行う場合は事前に許可の手続きが必要になっています。 許可の基準や手続きの方法等詳細については次のところへ御相談して下さい。
 (藤沢市役所開発調整課)
新林公園南口
公園へ入って高みの右側へ進んでいくと、鉄塔に続く横木の階段があります。 その階段を登っていくと、送電線の鉄塔「片P線No.40」の袂に着きます。 鉄塔を囲む金網柵を右から回り込むようにして進んでいくと、森への入口があります。 ここが新林公園の南側の入口で、「新林公園案内図」が設置されています。 また、「下り口(階段)こちら」の標識があって、今登ってきた道を指していました。 また正面の道を指す道標も立っていて、「山路 分岐点まで60m」となっています。 新林公園は以前にも訪ねているので、今回は中ほどの主だった所だけを歩いていきます。
公園内の植物をかってに採取し、持ち帰る行為は条例により禁止されています。 違反すると処罰されます。
 (藤沢市役所公園課)
公園の管理についてのお知らせ
この公園の管理については、藤沢市より「指定管理者」に指定されましたのでお知らせします。 今後、公園の管理についてお気づきの点がございましたら、次の連絡先までご連絡ください。
指定の期間 2009年4月1日〜2014年3月31日
指定管理者 (財)藤沢市まちづくり協会、藤沢市緑化事業協同組合グループ
山路中間点
ロープ柵が設置された幅の広い横木の階段を登って高みに着くと分岐があります。 中ほどに三角形の部分があって、右手に一つ、左手に二つの道が分かれていきます。 道端には道標が二つ立っていて、右手へ降っていく道は「古民家口へ610m」、 左前方へ降っていく道は「冒険広場口へ630m」、今来た道は「北公園口へ60m」となっています。 手前の道標の脇から左横に分かれていく細めの緩やかな道には何も示されてはいませんが、 今回はこの道を進んでいきます。
見晴台
尾根に続く緩やかな道を進んでいくと、右から左へ登っていく細めの道に出ます。 左手にある横木の階段をひと登りすると、樹木が切り払われて展望が得られる所があります。 この下にある道標によると「見晴台」というようです。 富士山や烏帽子岩や江の島を望むことが出来るとのことですが、 この時には遠くは霞んでいて、江の島が何とか見える程度でした。
道幅からすると、山路中間点から見晴台へ続く道や、右から左へ登っていく道は、 散策路の枝道の位置付けのようですが、しっかりと整備されていて歩きやすくなっています。
南側休憩広場
見晴台から引き返して、来た道をやり過ごして降っていくと、左右に通る広めの道に降り立ちます。 角には道標が立っていて、今降ってきた道は「見晴台」となっています。 左右に通る道は何も示されてはいませんが、先ほどの山路中間点から左前方へ降ってきた道になります。 ここは左手へと進んでいきます。 雑木林を降り気味に進んでいくと、ロープ柵が続くようになります。 しばらく進んで、左側すぐの所に民家が建ち並ぶようになると、芝地になった広場に出ました。 入口にあった案内板によると「南側休憩広場」というようです。 芝地にテーブル・ベンチが幾つか設置されているだけの静かな広場です。
正面に送電線の鉄塔と電波塔を眺めながら、広場の先へ進んでいくと、 ロープ柵が設置された横木の階段を登るようになります。 右・左と曲りながら登って高みに着いて、その先へ降っていきます。 階段は幅が広くて段差も高くはないので、歩きやすくなっていました。 再び階段を登って緩やかになった道を進んでいきます。 僅かな高みの手前まで来ると、その高みへと踏み跡が分かれていきます。 散策路は正面に続いていますが、左手の道をちょいと登ってみました。
片瀬配水池
かなり傾斜のある山道を登っていくと、1分もせずに高台に出ます。 正面には金網柵で囲まれた神奈川県企業庁水道局の片P配水池がありました。 中には大きな電波塔が聳えていましたが、南側休憩広場から見えていた鉄塔になります。 この時は笹竹が生い茂っていましたが、金網柵に沿って左右に小径が続いています。 左手のすぐ先は片瀬山一丁目の住宅地になっていて、右手は送電線の鉄塔「鵠沼線No.2」へと続いています。
片瀬配水池 [災害用指定配水池]
構造 鉄筋コンクリート造
大きさ 20.0m×20.0m×4.0m(1号池)、36.0m×40.0m×4.0m(2号池)
有効水深 4.0m
満水時水位 標高65.50m
容量 7,360立方メートル
この配水池は、寒川浄水場から送られてきた水を貯えて、藤沢市の皆様に供給するために構築されたものです。 また、この貯水池は、地震など災害が発生した場合に応急給水に必要な飲料水を確保する配水池に指定されております。
 (神奈川県企業庁水道局藤沢営業所)
片瀬配水池から引き返して、広めの散策路をその先へと進んでいきます。 少し降るようになると程なくしてボードウォークが現れます。 右は谷になっていて、その上を横切るようにして続いていますが、 谷側には木柵が施されていて安心して歩いていけました。
2番鉄塔
ボードウォークが終わって、横木の階段を折れ曲がりながら登っていくと、小高くなった所に着きます。 左手には送電線の鉄塔「鵠沼線No.2」が立っています。 丸太のベンチもひとつ設置されています。 ここで道が左右に分かれています。 道標によると、右手の道は「湿性植物区160m」、左手の道は「冒険広場120m」、 今来た道は「北公園570m」となっています。 今回は右手の道から湿性植物区へと降りていきました。
電波反射塔の袂を過ぎて、幅の広い横木の階段を降っていきます。 少し降っていくとロープ柵が続くようになります。 傾斜がかなりある所もあるので、登り道に使うとひと汗かくかも知れないと思いながら降っていきました。 道端の樹木の幹に小さな解説板が取り付けられているのを見かけて、 それらを読んだりしながら降っていきました。 見落としたのも多々あろうかと思いますが、この先にかけて見かけたものを載せておきます。
コナラ ブナ科。クリやクヌギと共に雑木林でよく見られる木です。 木材はシイタケ栽培に使います。秋になると細長いドングリは鳥たちの食料になります。
ネズミモチ モクセイ科。秋になるとネズミのふんに似た黒い実をつけるのでこの名前がつきました。 実は鳥たちの食料になります。 生垣として多く用いられます。
スダジイ ブナ科。ツブラジイ(コジイ)を含めてシイノキと呼びます。 ドングリは翌年の秋になり、甘くて食べられます。 枯れ木からシイタケがよく出ます。
クヌギ ブナ科。秋になると丸い大きなドングリでヤジロベエやコマなどを作って遊びます。 木材はシイタケの栽培に使う他、質の良い木炭になります。
モッコク ツバキ科。木の形が整っていて美しいので「庭木の王様」といわれます。 秋にたくさんの赤い実をつけます。 木の皮は布などを染めるのに使います。
サワラ ヒノキ科。ヒノキの仲間ですが、ヒノキとくらべて葉の先端がとがっているのでさわるとチクチクします。 生垣としても多く用いられます。
ヒノキ ヒノキ科。大昔の人びとがこの木をこすり合わせて火をつけたことから火の木と呼ばれます。 家を建築するのに使う代表的な木です。
 (藤沢市みどりいっぱい市民の会)
2番鉄塔から6分ほど降っていくと、広くなった谷筋に降り立ちました。 降り立った所に道標が立っていて、今降って来た道は「古民家へ約1.3km・北公園730m」となっています。 脇には南口にあったのと同様の「新林公園案内図」が設置されていますが、 新しい案内図も貼り付けられていました。
左手には道が膨らんでベンチなどが沢山設置されていました。 ハトが10羽ほど集まって、草地の中を盛んに啄んでいました。 傍に寄っても逃げていかないので、よほど集中して食べていたようです。 梢から鳴き声が頻りに聞こえてきました。 タイワンリスだろうと思いながら辺りを探していると、広場のすぐ脇のスギの木の枝にいました。 膨らませた尻尾を何度も上下させながら鳴き続けていました。 近くに他のリスがいるのかと思って探してみましたが、見つけられませんでした。 尻尾を振り上げた所を撮ろうと何枚も挑戦しましたが、 持ち合わせたデジカメでは綺麗に撮れませんでした。
リスに注意!
公園内での飲食に注意してください。
食べ物を目当てによってきたリスに噛みつかれることがあります。
リスにえさをやらないでください。
みんなが気持ち良く使える公園にしましょう!
 (藤沢市公園みどり課)
鳥類観察所
降り立った所から右手へ進んでいくと、突き当たりの左手の横木の階段を登った所に鳥類観察所があります。 壁には小さな観察窓が沢山あいています。 この壁の向こう側には川名大池がありますが、野鳥のサンクチュアリーということで立入禁止になっています。 小窓からそっと覗くだけにしておきましょう。
次の理由により、ここより奥にはいることや魚釣をすることは禁止します。
1.この池のまわりはすべりやすく落ちやすいのであぶないため。
2.まむしがいて、かまれるおそれがあるため。
3.魚釣のハリを野鳥が飲んで死んだため。
4.大切な森林を、守っていくため。
 (藤沢市役所 公園課)
新林公園でよく見られる鳥
この付近で見られる鳥です。そーっと観察してみましょう。
コジュケイ 全長約27cm。下草の被い林に数羽の群れですみ、地上でえさをとる。鳴き声はチョットコイ、チョットコイと聞こえる。
オナガ 全長約37cm。黒い頭に灰色の体で、水色の長い尾がきれい。グェーグェー、キュイキュイと鳴く。
ムクドリ 全長約24cm。くちばしと脚のオレンジ色、飛んだときの腰の白が目立つ。秋から冬に群れをつくり、キュルキュル、リャーリャーと鳴く。
トビ 全長約58〜68cm。黒かっ色の体。ゆうゆうと空を飛び、ピーヒョロヒョロヒョロと鳴く。
コゲラ 全長約15cm。林にすみ、キツツキの中では最小の鳥。カラ類の群れにまじっていることも多く、ギィー、ギィーと鳴く。
カワラヒワ 全長約14cm。オリーブ色の丸味をおびた体形で、飛ぶと翼に黄色の帯が目立つ。キリリコロロ、その合間にビィーンビィーンとさえずる。
コガモ 全長約37cm。雄の頭部は栗色と緑、体は灰色がかったかっ色、雌は地味な茶色。雄はピリッピリッ、雌はクェークェと鳴く。
カルガモ 全長約60cm。雌雄同色で地味な黒かっ色のカモ。くちばしの先と脚がオレンジ色で目立つ。グェ、グェと鳴く。
カイツブリ 全長約26cm。水草を支柱に浮き巣をつくり、小魚をもぐってとる。ケレケレ、キリキリなどと鳴き、鋭いピッピッという声を出す。
カワセミ 全長約17cm。平地の水辺にすみ、水に飛びこんで小魚をとる。くちばしが大きく青緑色の美しい鳥で、ツィーッと鳴く。
キセキレイ 全長約20cm。水辺の鳥で、胸から腹にかけて黄色で、背は灰色。とまっているときや歩くとき、長い尾を上下にふる。チチンチチンと高い声で鳴く。
ハクセキレイ 全長約21cm。水辺の鳥で、顔と腹が白く、後頭から肩、背、長い尾が黒い。チュンチュンと鳴きながら波状に飛ぶ。
エナガ 全長約13cm。明るい林にすみ、ジュリッ、ジュリッと鳴く。冬にシジュウカラなどの小鳥の群れをつくり、昆虫の卵やクモなどをとる。
スズメ 全長約14cm。最も身近な鳥。チュンチュンと鳴いて、地上のえさを食べる。
メジロ 全長約11cm。黄緑色の体で目のまわりが白く、チーチーと鳴く。甘い物が空きでウメやツバキの花の蜜を吸う。
ヒヨドリ 全長約27cm。尾が長い灰色の体で、ピーヨピーヨと騒がしく鳴く。春、秋に群れで移動する。
シジュウカラ 全長約14cm。黒い頭に白いほお、胸から腹に黒いネクタイ状の模様がある。ジュクジュク、ツーピーツツピーなどと鳴く。
ウグイス 全長約15cm。地味な茶かっ色の体で、茂みの中でチャッチャッと地鳴きをする。繁殖期にはホーホケキョ。
キジバト 全長約33cm。明るい茶色で首に黒と青白いしま模様がある。デデッポーとのんびりした声でくり返し鳴く。
ツバメ 全長約17cm。建物の軒に泥で巣をつくり、ひなを育てる。チュピッ、チュピッとさえずり、速いスピードで飛びまわり虫をとる。
ハシブトガラス 全長約56cm。出っぱった額と太い大きなくちばしをもつ。カアカアと澄んだ声で鳴き、冬には大きな群れで生活する。
ハシボソガラス 全長約50cm。ハシブトガラスよりやや小型で、くちばしも名の通りに細い。ガアガアとにごった声で鳴く。
湿性植物区
鳥類観察所から引き返して横木の階段を降っていくと、 正面の谷戸には湿性植物区が広がっています。 中ほどに設置されたボードウォークを歩いていくと、 半分ほど白くなった葉が遠目には花に見えるハンゲショウや、紅紫色の花をつけたミソハギなどを見かけました。 公園の隣にある新林小学校の「ふれあい田んぼ」もあって、稲が元気に育っていました。 畦道には案山子も立っていました。
公園内で見られる湿生植物
ここでは水中や水辺で生活する湿生植物が植えられています。 休耕田などで普通に見かける種類ですが、最近はこれらを観察できる場所も少なくなりました。 水際で暮らす葉や花の形など、知るほどに興味が深まる植物です。
スイレン 夏を彩る水生植物の代表です。 日本のヒツジグサの花は白色ですが、外来種には赤、黄などがあります。
コナギ 水田に生える一年草です。名は小形のナギ(ミズアオイ)のことです。葉よりも低く、青紫色の花をつけます。
オランダガラシ クレソンの名で知られ、食用とするために栽培したものが野生化し、今では各地の川に繁殖しています。
コガマ 沼のふちなどの湿地に生える多年草です。ガマと比べ、葉は幅が狭く、穂も短いなどの違いがあります。
ヒメガマ 湿地に生える多年草です。雄花の穂と雌花の穂の間に輪が見えているのがガマやコガマとの区別点です。
ガマ 湿地に生える多年草です。花の穂は下に雌花、上に雄花がつきます。雌花は秋には実になって茶色になります。
湿地に生える多年草です。たたみやござの原料になるのは本種の園芸品種です。「イ」は一番短い和名です。
ヤマイ 山に生え、イに似ているのでこの名がありますが、ちがう仲間の植物です。茎の先に小穂を一個つけます。
セリ 春の七草のひとつで、田や溝などの水分の多い所に生える多年草です。夏に白色の花を開きます。
ホタルイ 水田などに生える一年草です。ホタルのいるような所に生えるのでこの名がついたと思われます。
ハナショウブ 野生のノハナショウブから改良されました。多くの園芸品種があり、江戸、伊勢、肥後などの系統があります。
キショウブ 欧州原産で、もともと観賞用に輸入されたものですが、今では各地に野生化しています。花は黄色です。
イボクサ 水田や湿地に生える一年草です。淡紅色の小さな花を開きます。名はこの草をいぼにつけるととれることによります。
ハンゲショウ 初夏に葉の半分が化粧したように白くなり、そのわきに穂状の花をつけます。地下に根茎をのばしてふえます。
イヌビエ 湿地に生える一年草です。ヒエに似ていますが、食用にならないので、この名がついたといわれます。
ミソハギ 湿地に生える多年草です。夏には紅紫色の花をつけます。旧盆に仏前に供える花としてよく栽培されます。
セキショウ 流れのそばに生える多年草です。春に淡黄色の内穂花序をつけます。根茎は石菖根といい薬になります。
ミゾソバ 湿った所に生える一年草です。ソバに似て溝に生えるのでこの名があり、葉の形からウシノヒタイともよびます。
コウガイゼキショウ 水田によくみられます。こうがいとは日本髪に使った装飾具のことで、花茎や葉の平たい姿をたとえたものです。
ヘラオモダカ 水田などに生える多年草です。オモダカに似て葉がへらのような形をしているのでこの名がつきました。
アカバナ 湿地に生える一年草です。下の葉は対生しますが、花のもとの葉は小さく互生します。花は淡紅色です。
ススキ(カヤ) 日当たりのよい草地に見られる多年草です。オバナ(尾花)の名で、秋の七草のひとつとして知られています。
ボードウォークを左へクランク型に曲がっていくと、目の前には池が広がります。 池畔にはガマが群生していて、茶色い円筒形の穂を付けていました。
新林公園で見られる野鳥
ホオジロ 全長16.5cm。全国で繁殖する。冬にはやぶや林縁にいて、繁殖期には木の頂上でさえずる。ほおは雄では黒色、雌は褐色。昆虫や草の実を食べる。鳴き声は「一筆啓上仕り候」と聞こえるという。
カワセミ 全長17cm。藤沢でも繁殖し一年をとおして見られる。停空飛翔(ホバリング)をしてねらいをつけ、水中に飛込み魚を捕まえる。水辺の近くの土の崖に巣穴をつくる。チーと鳴く。
カルガモ 全長60.5cm。藤沢では一年をとおして見られるが、多くは春、北方へ移動する。雌雄同色。全身が褐色で、くちばしの先が黄色。池、川、水田に生息し、水草や草の実を食べる。グエッグエッと鳴く。
コサギ 全長61cm。留鳥として本州以南の干潟、川、水田に生息する。くちばしと脚が黒く、指は黄色。水中を歩いたり、岸で待ち伏せしたりして魚を捕まえる。グヮーと鳴く。
メジロ 全長11.5cm。留鳥として丘陵地から山地に生息する。全身が黄緑色、目の周りが白い。虫や木の実を好んで食べるほか、花の蜜も好む。チーとかチーチュルチーチュルチーと鳴く。
シジュウカラ 全長14.5cm。留鳥として市街地から山地に生息する。頭は黒く胸に黒いネクタイ状の帯がある。巣箱をよく利用し、昆虫等を食べる。ツツピーとかジュクジュクと鳴く。
アオジ 全長16cm。北海道と本州の山地で繁殖し、藤沢では主に冬に見られる。雄の頭は緑灰色、雌の頭は色が淡く目の上に黄色の斑がある。昆虫や草の実を食べる。下草の中でチッチッと鳴く。さえずりはチーチュルリーと美しい声。
エナガ 全長13.5cm。留鳥として丘陵地から山地の生息する。くちばしが短く、尾が長い。繁殖期以外は群れでいて、夜は体を寄せ合って寝る。木についた虫を食べる。ジュリジュリと鳴く。
ウグイス 全長:雄16cm、雌13.5cm。全国で繁殖する。低木の間やササなどのやぶで見られる。昆虫や木の実を食べる。冬はチャチャと、春から夏にかけてはホーホケキョと鳴く。
コゲラ 全長16cm。留鳥として山地から丘陵地に生息する。背は黒褐色で白い横縞がある。枯れ木に穴を掘って巣をつくる。幹や枝の割れ目で虫を捕まえる。ギーッと鳴く。
ヤマガラ 全長14cm。留鳥として丘陵地から山地に生息し、藤沢では冬に見られる。胸から腹にかけて赤茶色。虫や木の実を食べる。木の実を樹皮の割れ目などに隠す習性がある。ツーツーピーと鳴く。
里の広場
池の中に続くボードウォークを進んでいくと広場があります。 中ほどには樹木が植えられた芝地があって、その周囲を散策路が巡っています。
旧小池邸
里の広場の右手の小さな流れに架かる木橋を渡っていくと、左右に木塀が続く門があります。 そこから中へ入っていくと、立派な茅葺屋根の古民家があります。 江戸時代の末期に柄沢地区に建てられた旧小池邸で、昭和58年にここへ移築されたようです。 玄関から母屋へ入ると、土間には竃がありました。 板の間には囲炉裏があって、天上からは自在鉤が下がって鍋が掛けられていました。 規模は小さいものの私の実家も同じような感じだったので、懐かしく思いました。
市指定重要文化財(建造物) 旧小池邸
規模 桁行18.595m、梁行11.01m  建造年代 江戸時代後半
小池邸は市内柄沢の旧家で、柄沢村の名主でした。 この建造物は天保12年(1841)に建てられたもので、二間半の式台と立派な座敷を備え、 名主の住宅の格式を表しています。 昭和58年(1983)に新林公園内へ移築復原し、永く保存することになりました。
利用上の注意事項
一、建物内及び敷地内での喫煙を禁止します。
二、利用時間は、午前9時〜午後4時30分です。
三、月曜日(月曜日が休日にあたる場合はその翌日)は休園日です。
 (藤沢市公園みどり課)
旧小池邸
旧小池邸は、江戸時代天保12年(1841)に棟上された建物で、 市の文化遺産として、昭和58年に新林公園内に移築されました。 建築面積171.4u(約52坪)で寄棟造の茅葺屋根、土壁、石基礎で土台は栗が使われています。 小池家の先祖は、足利尊氏に仕え、江戸時代になって柄沢に移ったと伝えられています。 江戸時代には代々柄沢村の名主でした。
 (藤沢青年会議所)
古民家(敷地内含む)で喫煙しないこと。 観覧のための古民家への立入は土間迄です。 利用時間は午前9時から午後4時30分迄です。 月曜日は休園日です。
裏口から外に出ると、薪置場や釣瓶井戸などがありました。 木戸から出ていくとちょっとした広場があって、石畳の道がその奥へと続いています。 丸太を輪切りにした椅子が並べられたテーブルの先からは、横木の階段が山へと続いていて、 脇にはこれまでにも見かけた「新林公園案内図」が設置されています。 また道標も立っていて、森へと続く階段は「冒険広場へ約.1km・北公園670m」となっています。 脇に生える大きな木は「ムクロジ」というようで、小さな解説板が取り付けられていました。
木を眺めたり写真に撮ったりしていると、小柄なおじいさんが近寄ってきて説明をしてもらえました。 ムクロジは「苦労が無い」ということで、縁起がいい木なのだそうです。 実などがよく落ちるので民家ではあまり植えられていないが、鎌倉のお寺などによく植えられているとのことです。 種は羽子板の羽根の先の玉に使われているのだと言って、実とその中の種を袋から出して、ひと組手渡してくれました。 結構大きくて、実の直径は21mm、種は13mmありました。 実の中にはまだ種が入っているようで、振るとコロコロと音がしていました。 ひと通り説明し終えると、自転車に乗って去っていきました。 地元のボランティアの方だったのでしょうか。
ムクロジ (無患子)
ムクロジ科:属
分布=本州の中部以西〜琉球、台湾、中国〜ヒマラヤ、暖〜亜熱帯。 高さ12m位の落葉樹。種子は追羽根の球に用いる。
古民家から里の広場まで引き返して右前方へ進んでいくと、冒険広場へ登っていく幅の広い石段が左手にあります。 脇には「新林公園のご案内」と題した案内板があって、季節の花の写真が掲示されていました。
新林公園のご案内
春から夏の新林の花
ニオイタチツボスミレ (スミレ科)良い匂いがします。
タチツボスミレ (スミレ科)別名ニョイスミレ。葉の形が仏具の如意に似ています。
ヒトリシズカ (センリョウ科)静御前が一人ずつ。
フタリシズカ (センリョウ科)静御前が二人。
ツクバキンモンソウ (シソ科)キランソウの仲間で白花です。
シャガ (アヤメ科)林内の湿ったところに群生しています。
ムラサキマムシグサ (サトイモ科)頭の部分(仏炎苞)は紫色、茎はマムシのまだら模様です。
カントウマムシグサ (サトイモ科)仏炎苞は緑色です。
ヤマユリ (ユリ科)神奈川県の県の花です。
ウバユリ (ユリ科)花の頃には葉(歯)が枯れることからこの名がつきました。
ヤマホタルブクロ (キキョウ科)
オカトラノオ (サクラソウ科)
マルバウツギ (ユキノシタ科)
ムラサキシキブ (クマツヅラ科)花も実も紫色です。
ヒサカキ (ツバキ科)白い花をびっしりつけます。花は都市ガスに似たにおいがあります。
ハコネウツギ (スイカズラ科)花は白から赤に変わります。
オオツクバネウツギ (スイカズラ科)早春に黄白色の花2個ずつつけます。
コゴメウツギ (バラ科)直径4mmの小さな花を多数つけます。
 (新林みどりの会)
冒険広場への石段の前には見事な藤棚があります。 季節になると藤色の花房が何とも綺麗な所ですが、この時には花の季節は過ぎていて、 青葉が繁っていました。 日陰になった藤棚の下にはベンチが並んで設置されていて、ひと休みしていくのに良い所です
長屋門
藤棚の右手には長屋門があります。 2008年11月に来た時には復原工事が行われていて塀で閉ざされていましたが、 この時には工事は既に完了していて公開されていました。 入口には解説板が設置されていて、相中留恩記略に描かれた福原屋敷と長屋門の絵も載っていました。
市指定文化財(建造物) 旧福原家長屋門
規模 正面間口15.39m(50.8尺)、奥行4.23m(14.0尺)
建築年代 江戸時代後半
福原家は市内渡内の旧家で、江戸時代には名主を務めました。 天保10年(1839)には福原高行・高峯父子によって「相中留恩記略」(市指定文化財)が編さんされましたが、 その屋敷は「左平太宅」として同書に描かれています。 長屋門とは、門の両脇に部屋(長屋)を備えた建築のことで、 江戸時代の末頃から、上層農家の格式を示す建物として、屋敷の入口に建てられることがありました。 そのような長屋門の場合は、門に接する部屋を倉庫や納屋・馬屋などにすることが多いようです。 この長屋門は、神奈川県下でも比較的大規模な建築で、建築当初の状態をよく残していることから、 江戸時代末期の名主屋敷の暮らしぶりや地域の建築文化を知るうえで貴重な歴史資料です。 藤沢市は福原家から建物の寄附を受け、新林公園内へ移築復原し、 市民共有の財産として永く保存することとしました。 移築復原工事には、平成19年(2007)10月から着手し、平成20年(2008)12月に竣工しました。 工事にあたり、長屋門の文化遺産としての価値を維持しながら必要な補修を行い、 建築当初の姿に復原しました。
 (藤沢市教育委員会)
藤棚の左手には広い芝生広場があり、その右側にケヤキ並木が続いています。 並木を進んでいくと、新林公園の正面口に出ます。 振り返ると「藤沢市 新林公園」と刻まれた石碑がありました。
新林公園
公園をみんなで気持ちよく利用できるように次のことをまもってください。
1.公園内でゴルフや野球などのきゅうぎをしてはいけません。
2.落し穴やどうくつなどの危険な箇所があるので園路以外の山の中には入ってはいけません。
3.公園内の木や施設は大切にしましょう。
4.オートバイの乗り入れはやめましょう。
5.犬を公園内ではなしてはいけません。
6.ジュースのあきかんやゴミはかならず各自でかごにいれましょう。
7.花火やばくちくなどのあそびはやめましょう。
 (藤沢市役所 公園課)
新林公園を後にして、右手の道を進んでいきます。 新林小学校や藤沢高等職業技術校を過ぎていくと、県道32号の富士見が丘交差点に出ます。 そこを右折して車道沿いの歩道を進んでいきます。 信号機のある交差点を直進していくと、道端に赤い頭巾と前掛けをした石仏が立っていました。 台座には「供養塔」と刻まれていて、横には「馬頭観音」と刻まれた石碑もありました。 碑文によると、以前には「堂の下墓地」があった所のようです。
供養塔
神奈川県道藤沢川名線新設により、堂の下墓地を神光寺墓地に移転改葬した。 これを記念し供養塔を建設し慰霊と町内安全を祈願する。
 (昭和43年1月15日)
供養塔を過ぎていくと、すぐに信号機の設置された五叉路があります。 手前の四角い郵便ポストが立つ路地を右折して150mほど進んでいくと、 道の右手に「御霊神社」と刻まれた石柱と大きな鳥居が立っています。 ここが御霊神社への入口なので立ち寄っていきました。 入口の左脇には「文化財ハイキングコース案内板」が設置されていて、 「村岡南部コース」の文化財が紹介されていました。 ここの御霊神社もそのコースに含まれていますが、 同じ「御霊神社」という字を書いても、川名御霊神社は「ごれいじんじゃ」、 宮前御霊神社は「ごりょうじんじゃ」と読むのだそうです。
村岡の歴史と文化財
村岡が歴史上注目されるようになるのは、坂東八平氏の祖として知られる桓武平氏の一族に生まれた 平良文(村岡五郎)がこの辺りに荘園を開いたとされる平安時代の中頃(10世紀前半)からです。 鎌倉幕府成立以後の村岡は鎌倉への交通の要所となり、元弘3年(1333)新田義貞による鎌倉攻めの際に 激戦地になったのをはじめ、室町・戦国時代を通して村岡周辺は幾度も戦場になりました。 やがて戦乱の世が鎮まり、徳川将軍による治世が確立すると、 村岡地区の7ヶ村(柄沢、渡内、高谷、弥勒寺、小塚、宮前、川名)は藤沢宿の助郷と定められ、 街道を往来する大名や武士などの荷物を運ぶための人や馬を提供することを義務づけられました。 明治時代になって助郷制度が廃止されるまで、それは村岡の農民にとって 大変重い負担となっていたようです。 現在の村岡地区は、武士が権勢を誇っていた頃の村岡とは地形もかなり変わっているようですが、 それでもこの地を歩くと、平良文の居城跡といわれる村岡城址をはじめとして、 二伝寺境内に伝わる良文の墓、良文が将門の乱鎮定にあたって勧請したと伝えられる御霊神社、 渡内村の名主であった福原家の長屋門など、村岡の地に生きたひとびとが遺した多くの歴史的遺産に 接することができるはずです。
【村岡南部コース】
川名御霊神社−神光寺−神光寺横穴墓群−弥勒寺−徳寿院跡−宮前御霊神社−六地蔵
 (藤沢市教育委員会)
川名御霊神社
鳥居の先に続く参道を進んでいくと、手水鉢「心洗」の脇に「御霊神社由来」と題した石碑がありました。 植込みや花などが植えられた石段を登っていくと、途中の両脇に狛犬が控えていました。 そこから右手へ細い坂道が分かれていますが、そのまま正面の石段を登っていきました。 石段の両側には鉄パイプの手摺が設置され、その外側1mほどの範囲には石が敷かれていました。 かなりの傾斜があって歩く訳にもいかないので、何に使う石畳なのかと考えながら登っていくと、 平らになった境内の正面に御霊神社の社殿がありました。 本殿と拝殿から成る社になっていて、本殿の屋根には5本の鰹木が乗り外削ぎの千木が聳えていました。 拝殿には「御霊神社」の扁額が掲げられていますが、 宮前にある御霊神社と区別するために、ここは「川名御霊神社」と呼ばれるようです。 社殿の左側には福禄寿の大きな石像がありました。 右側には「正一位稲荷大神」の扁額が掛かる赤い鳥居の奥に、小さな狐像の並んだ祠がありました。 その隣りには疱瘡神を祀った祠もありましたが、 「天保七年二月」の文字も見受けられたので、江戸時代の後期(1836)に建立されたようでした。
御霊神社由来
創立 天慶四年八月(千有余年前)
祭神 早良親王 合祀 平景政
例祭 九月吉日
早良親王は相模平氏村岡良文の祖神なり。 良文は村岡郷に住し四辺を開拓して恩恵を垂れ、景政は良文の裔にして鎌倉時代武者を以て知らる。 因縁浅からず当社鎮護の神となす。 我々民族心の古里である。
 (川名御霊神社氏子中)
神光寺
御霊神社の境内の右手から続く細い石畳の坂道を降っていくと、石段の途中にある狛犬の所に出ました。 そこから石段を降って元の路地に戻って、右手へと進んでいきます。 すぐに道が二股に分かれていますが、左側の道を進んでいきます。 建売住宅地などを過ぎて道なりに進んでテニス場を過ぎていくと、右側に神光寺があります。 「高野山真言宗 稲荷山 神光寺」と刻まれた門柱から境内へ入っていくと、 正面に「影向院」の扁額の掛かる本堂がありました。 左手には「弘法大師報恩謝徳供養塔」と刻まれた高い石塔が立っていて、 右手には弘法大師と思われる像が立っていました。 本堂の右手には庫裡と思われる民家風の建物がありました。 歴史のありそうなお寺でしたが、謂れなどを記したものは見かけませんでした。
境内の左側の植込みの外に続く坂道を登っていくと、小高くなった所に小振りの稲荷社がありました。 「正一位 稲荷大明神」の赤い幟もはためいて赤い鳥居もありました。
藤沢市指定重要文化財 木造虚空菩薩立像
木造一本造り、彫眼。 表面剥落、右腕・左肘先・両手足欠如(本来は右手に宝剣、左手に宝珠を持っていたと推定される)。 像高108.7cm。 本像は、嘉永4年(1851)に神光寺に合併吸収された大勝寺・「新編相模国風土記稿」に 『大勝寺、川名山金剛院と号す。本寺前(鎌倉手広青蓮寺)に同じ。本尊は虚空像なり』 とある虚空像菩薩と推定される。 風化が甚だしいが、古様の作風から製作年代は平安時代中期頃と推定され、 市内屈指の古仏である。 また、立像の虚空菩薩像は全国的にも非常に希少な存在である。
 (藤沢市教育委員会)
御詠歌 いと深くかけし誓いをたのみにて 川名のはしをわたるもろ人
心の伝道 忘れていませんか、あなたは自分で思っているより輝いていることを
心の伝道 悲しいときはいっぱい泣こう うれしいときはいっぱい笑おう
神光寺横穴古墳群
神光寺を出てその先へ数10m進んでいくと、左手に「第266号緑の広場」があります。 その道路向かいの右手には谷戸の畑地が続いています。 簡易舗装された右手の道に入っていくと、すぐにこんもりとした小山に神光寺横穴古墳群があります。 その上には、先ほどの神光寺の左手にあった稲荷社が建っています。 傍まで行ってみると、小山の崖に穴が二つ開いていました。 これが古墳なのでしょうが、少し高い位置にあったので、内部までは確認できませんでした。
神光寺横穴古墳群(墓)
横穴墓(横穴古墳)は、丘陵の斜面に横穴を穿ってつくった墓室で、 日本では、五世紀後半から八世紀頃までの間に採用された墓の一つである。 基本的には遺骸を収める玄室と、玄室に通じる羨道、前庭部(墓前域)とからなるが、 その形態は、地域的にも年代的にもきわめて多様である。 又、玄室内には、造付石棺・棺座、排水溝、敷石等の施設が単独あるいは複合して認められるものもある。 片瀬丘陵には、100基を越える横穴墓の存在が知られている。 その中にあって、神光寺所在の横穴墓に対しては、昭和43年発掘調査が実施され、 七基の横穴墓が確認されている。 その形態から、それらの横穴墓は末期(八世紀)に比定される時期の造営と考えられている。 又、出土品には土師器片、須恵器片、砥石、骨片などが認められている。
 (藤沢市教育委員会)
川名清水谷戸
横穴古墳群から引き返してその先へ進んでいきます。 少し左へ曲がっていくと十字路があります。 左手には企業の寮が建っています。 右手の谷戸には畑が広がっていました。 ここが川名清水谷戸の入口になります。 看板の右側から続く農道へ入っていきます。
農道へ入って5mほどの所から、右手の林の中へ踏み跡が分かれています。 細木などが生い茂っていて、こちら側からは分かり難くなっていますが、 入っていくとその先は明瞭な踏み跡になっていて、 新林公園の山路中間点から右手へ続く散策路の途中に出られます。 (「新林公園」を参照)
川名清水谷戸の保全について、お願い。
川名清水谷戸は、長い間地元の方々が農業を営みながら維持管理をしてきた土地で、 里地、里山としての自然環境が保たれ、現在では希少となった生物の生態系が営まれている大切な場所です。 藤沢市では、市内に数少ない自然環境が残された場所の一つちして、保全に取り組んでおります。 この里地、里山の貴重な自然環境を守るためには、周辺地域にお住まいの方々のご理解とご協力を必要としております。 また、この川名清水谷戸へ立ち入る方は、貴重な自然環境であることをご理解のうえ、 共生や保全に充分なるご配慮とご理解をお願いいたします。 なお、池は農業用の池であり、また危険ですので「釣りは禁止」です。
 (藤沢市公園みどり課)
これより中(谷戸)に入る人は、次のことを守ってください。
1 自動車・バイク・車の乗りいれはしない。
2 ごみは必ず持ち帰る。
3 動植物を持ち出さない、持ち込まない。
4 耕作地・畦道には入らない。
5 公共のマナーに反することはしない。
この谷戸のほとんどは私有地です。 耕作者や所有者の皆様に迷惑や不快な思いをさせる行為は、厳に謹んでください。
 (藤沢市役所みどり課)
トタン塀の飼料小屋を過ぎていくと、道沿いに細い流れが続くようになります。 左手に広がる畑地を眺めながら山際に続く農道を進んでいくと分岐があります。 ここで谷筋が二股に分かれています。 流れに架かる小さな橋を渡った先には左へ曲がりながら広めの農道が続いていますが、 先ずは右手の岩壁沿いに続く細めの道を進んでいきました。
この附近は、みどりのトラスト区域に指定されています
大切な緑を守り育てていくため、緑地利用のルールを守りましょう。
・動植物の採取等はやめましょう。
・ごみは持ち帰って下さい。
・自転車の乗り入れは出来ません。
 (藤沢市役所みどり課)
葦原などが広がる谷戸の山際に続く道を進んでいくと、畑の手前で道が二股に分かれています。 右手の山際に続く道を進んでいくと、畑の先には田んぼがあって、稲が元気に育っていました。
鳥を大切に
野鳥を捕るには許可が必要です。あなたは?
 (神奈川県)
お願い
田んぼにものや犬の憤を投げ入れないで下さい。
ハス沼
田んぼの奥にはがあって、一面に植えられたハスが桃色の大きな花を沢山咲かせていました。 道は沼を右手から回り込むようにして続いていますが、曲り切った先で行止りになっていました。 曲がり角からは、正面の谷の奥へと更に山道が続いていました。 明瞭な道だったので、新林公園の尾根まで続いているのかと思って歩いてみましたが、 道は途中で不明瞭になっていました。
谷戸の奥への道
右手の道の入口の右上の岩壁には大きな穴が開いていました。 少し進んでいくと湿地がありましたが、端に丸太が敷かれてその上を歩くようになっていました。 そこから更に奥へ進んでいくと、次第に草木が生い茂ってはきますが、まだ踏み跡はしっかりと続いていました。 シダ類が目立つようになると、右手の岩壁に大きな穴が開いていました。 そこを過ぎて登り坂になってきた道を進んでいくと、 笹竹が生い茂る所を過ぎた先で道が不明瞭になっていました。 ハス沼から4分ほど進んだ所になります。 正面は斜面になっていて、もう少しで新林公園の東側の尾根に登って行けそうに思えましたが、 今回はそこで引き返してきました。 (要した時間は所要時間に含めず)
ハス沼から谷筋を分ける分岐まで引き返してきて、小橋を渡っていきます。 谷の向こう側まで行って右へ曲がり、山際沿いに進んでいきます。 谷筋は葦原のようになっていました。 広めの農道を進んでいくと道幅が広がって、大きな樹木が数本生えている所がありました。 そこを過ぎて次第に幅が狭まってくる道を進んでいくと、 分岐から2分ほどの所に、大学の自然保護研究会が管理する一角がありました。 「川名里山レンジャー隊」や「Welcome 谷戸探険」の標識も立っていましたが、 入口はロープで閉ざされていました。 そこを見送って更に進んでいくと、奥まった所に田んぼがありました。
ため池
田んぼの先には笹竹が生い茂って、壁のようになっていました。 行止りなのかと思いながらも近づいていくと、笹が刈り取られている所があって、 その先には池が広がっていました。 これが、最初の入口の看板にあった「池」で、農業用のため池のようです。 明瞭な道は笹竹に沿って右手へ続いていましたが、 曲り角からは左手へも僅かな踏み跡が続いていました。 池を一周出来るかも知れないと思って、右手から回ってみることにしました。
所々で笹が刈り取られて池面を眺められる所がありました。 背の高い笹が生い茂ってトンネルのようになった道が続いています。 池の右辺に沿って進んでいくと、踏み跡が右手へと分かれていました。 手元の地図に載っている破線の道のように思えました。 かなり奥まで続いていそうなので興味はありましたが、今回は行く末を確かめるのは止めておきました。 左へ曲がって池の対辺を進んでいくと、笹竹が途切れた所で、僅かな流れに架かる丸太を渡っていきます。 谷の奥へ続いていると思われる踏み跡もありましたが、池を一周するべく左手へと曲がっていきました。 池の右辺の明瞭な道とは違って、 左辺の道は斜面に沿った山道のようになっていて、あまり歩かれていない様子でした。 カエルだったのか、人の気配を感じて池に飛び込む「ドボン」という音が何度か聞こえてきました。 夏草が生い茂る季節でしたが何とか踏み跡は続いていて、足元に注意しながら進んでいくと、 池を一周して最初の田んぼの端の所まで戻ってくることが出来ました。
(画像を左クリックすると、池を一周する様子の24枚の画像が順次表示されます)
ため池を一周したら、元来た道を引き返していきます。 葦原が続く谷戸を進んでいくと、大きな樹木が生える辺りから広めの道になってきます。 道なりに左へ曲がっていくと、ハス沼への分岐があります。 僅かな流れに架かる小橋を渡って右手の山際に続く道を進んでいくと、最初の川名清水谷戸の入口に戻ってきました。
川名通り町市民の家
企業の寮の左側に続く道を進んでいきます。 真っ直ぐに1分ほど進んでいくと、左側へ少し入った所に川名通り町市民の家がありました。
川名通り町市民の家
平安時代末期には、武士が勃興しつつありましたが、その武士の反乱「将門の乱」が関東地方に起りました。 この乱を平定したのが、村岡地域に居住し、村岡良文と称していた平良文です。 良文の子、景政は、後に源義家に従い「後三年の役」に従軍しました。 通り町は、そうした武士の軍馬が通行、休憩した場所であったことから起こった地名で、 これをとって川名通り町市民の家と名づけました。
御霊神社前(ごれいじんじゃまえ)バス停
左右に分かれていく道は見送って、道なりに真っ直ぐ進んでいきます。 正面に企業の白い大きな寮が見えてくると、10mほど手前にカーブミラーの立つT字路があります。 そこを左折して住宅地を真っ直ぐに進んでいくと、川名御霊神社へ向かっていった県道32号の五叉路に戻ってきます。 車道を右折した先の自動車販売所の前に御霊神社前バス停があります。
藤沢駅(JR東海道線)まで、藤沢駅南口行きバスにて4分、便は頻繁にあります。