八国見山
散策:2010年07月上旬
【低山ハイク】 八国見山
概 要 八国見山は、丹沢山系の南側に広がる渋沢丘陵の脇にある低い山です。 山頂の前後の丘陵には畑地が続き、のどかな山村風景が残されています。 コースの途中からは、相模湾や箱根の山々を望むことができる景色が広がります。 今回は震生湖の脇から渋沢丘陵の尾根道を進み、途中から分かれて八国見山へ向かっていきます。
起 点 秦野市 震生湖バス停
終 点 大井町 横道バス停
ルート 震生湖バス停…向山配水場…渋沢丘陵…小原分岐…栃窪地区…栃窪神社…幡龍王…頭高山分岐…登り口…八国見山…栃窪無線中継所…畑地…竹山分岐…高尾分岐…横道バス停
所要時間 2時間20分
歩いて... この時は空気が澄んでいて、渋沢丘陵からは丹沢の山々や富士山が綺麗に見えました。 無線中継所へ続く舗装路への角を曲がったすぐの所から小尾根に入り、尾根を南下して八国見山へ向かいました。 以前には八国見山に三角点がありましたが、撤去されたようで、今回は見かけませんでした。
関連メモ 渋沢丘陵, 八国見山, 渋沢丘陵
コース紹介
震生湖(しんせいこ)バス停
秦野駅(小田急小田原線)の北口のバス乗り場から、[秦15]比奈窪行きバスにて11分、 便は僅かしかないので、予め調べておくと安心です。
 土日曜 7:50 9:10 10:30 13:30 16:20 16:40
バス停の北側には「峯坂(みねざか)」と刻まれた石柱が立っています。 ひとつ手前の平沢バス停からはかなりの登り坂になっていて、 車道はこの尾根を越えて南側の境別所地区へと降っていきます。 この前後の坂を「峯坂」というのでしょうか。 左手には「閑院…」と刻まれた石柱があり、 奥には石祠もありますが、何が祀られているのかは分かりませんでした。
秦野駅には南口にもバス乗り場があります。 方角からすると南口から乗るように思えますが、北側から線路を渡ってくるルートになっています。 バスに乗らずに歩いてくる場合には、南口から出た方が少し近道になります。
バス停のすぐ先から右前方へ道が分かれていきます。 角には真新しい道標が立っていて、右前方の道は「渋沢駅(頭高山入口経由)7.5km・頭高山入口5.1km」、 「渋沢駅3.7km・渋沢丘陵1.0km」、今来た道は「秦野駅2.8km・震生湖0.1km」となっています。 道標に従って、車道から分かれて右手の道に入っていきます。
畑地の間に続く舗装路を進んでいくと、右手には丹沢の山並が広がってきます。 この時は空気が澄んでいて、主脈から大山や高取山にかけてが綺麗に見えていました。 突き当たりの民家の前を道なりに左へクランク型に折れ曲がって緩やかな坂道を登っていくと、 左手に続く畑地の先には二子山などの箱根連山が連なり、 伊豆大島・江の島・三浦半島などを見渡せる眺めが広がっていました。
(画像を左クリックすると写真が順次表示されます)
森の脇に続く畑に沿って進んでいくと、程なくして森の中へ入っていきます。 右側の林の中には大きなヤマユリが沢山咲いていましたが、 「ヤマユリの里づくり」として植えているようでした。 近所の保育園児が書いたゾウやパンダが「火の用心」などの看板を持っていたりもします。 手元の地形図によると、この辺りに三角点(標高221.1m)があるはずなのですが、 ロープ柵が設置されていて「立入禁止」の看板も出ていたので、確認することは出来ませんでした。
ヤマユリの里づくり
みんなで大切に育てましょう
 (秦野中ロータリークラブ)
火の用心
 (南秦野保育園、ふくろうのもり保育園、秦野市消防本部)
マッチ一本火事のもと
 (南秦野保育園、秦野市消防本部)
向山配水場
降り坂になってきた道を進んでいくと、十字路になった開けた所に出ました。 角には道標が立っていて、正面の道は「渋沢駅1時間15分」、 今来た道は「震生湖20分」となっていました。 左右にも道がありましたが、道標には何も示されてはいません。 正面には秦野市水道局の向山配水場の円筒形の設備などがあり、左手には牛舎がありました。 白と黒の斑模様の乳牛が沢山飼育されていて、時折「モォ〜」と鳴いたりもしていました。 配水場のすぐ先には電話会社の電波塔が立っています。
渋沢丘陵
相模湾に浮かぶ伊豆大島を眺めながら、丘に続く広めの道を進んでいきます。 周囲には畑地が続いていて、季節の花も咲いていました。 緑のトンネルを抜けていくと、道端にちょっとした広場風の所があって、 ベンチや椅子などが幾つか設置された休憩所のようになっていました。 脇には道標が立っていて、正面の道は「渋沢駅2.7km」「渋沢駅(頭高山入口経由)6.5km・頭高山入口4.1km」、 今来た道は「秦野駅3.8km・震生湖1.0km」となっています。 最初の道標にあった「渋沢丘陵」の表記がないし、距離も丁度1kmだけ変化しているので、 この辺りが渋沢丘陵になるようです。
沿道に咲く花を愛でながら、丘陵に続く緩やかで広めの道を進んでいきます。 畑地などへの道が何度か左右に分かれていきますが、それらは見送って、道なりに真っ直ぐ進んでいきます。 畑地を過ぎて森の中へ入って、軽く登っていきます。 左手に続く竹柵で囲まれた果樹園を過ぎていくと、再び畑地が広がってきます。 そこから左手の畑地へ続く道が分かれていたので入ってみると、 丘陵の先には富士山が頭部を現わしていました。 雪はほどんど消えていたものの、空気が澄んでいて、はっきりとした姿が見えました。
元の道へ戻って丘陵を進んでいきます。 畑地を過ぎて降り坂になってくると、左手に竹林がありました。 入口には小屋があって、ゴミ捨てやタケノコ盗りへの注意書きが貼り出してありました。 左手にも道が分かれていますが、正面に続く道を降っていきます。
森の中に入って、緩やかになった道を進んでいきます。 程なくして右手の樹木が途切れて、右手には丹沢の山並を見渡せる眺めが広がる所があります。 再び森へ入って降り坂になってきた道を進んでいきます。
やがて森を抜け出ると、右手には先ほどと同様の丹沢を見渡せる眺めが広がっていましたが、 それに加えて、正面に横たわる山の奥には富士山も見えていました。 左手の畑地の中には木組みの展望台のような物がありました。
小原分岐
景色を眺めながら進んでいくと、正面から左手へ曲がっていく舗装路に出ました。 震生湖バス停から35分ほどで着きました。 角には道標が立っていて、正面の道は「渋沢駅(頭高山入口経由)6.1km・頭高山入口3.7km」「渋沢駅2.3km」、 今来た道は「渋沢丘陵0.4km」「秦野駅4.2km・震生湖1.4km」となっています。 左手の道には何も示されていませんが、手元の地図によると小原地区へ続いているようです。 左手のすぐ先には栃窪一般廃棄物最終処分場があって、 栃窪スポーツ広場にもなっているようですが、入口は柵で閉ざされていました。 その少し先から左手に戻るようにして道が分かれていて、 その道へ入った所に、先ほどから見えていた木組みの展望台がありました。 すぐ袂まで行けましたが、上に続く階段にはベニヤ板が立て掛けられていて登ってはいけないようでした。
渋沢丘陵の範囲は?
道標には再び「渋沢丘陵」の表記が現われています。 これまでにあった道標と併せて考えると、一連の道標「渋沢丘陵」が指しているのは、 ベンチなどが設置された先ほどの休憩所のような小広場になるようです。 その広場だけが渋沢丘陵という訳でもないだろうし、 何処から何処までが渋沢丘陵の範囲なのかよく分からない道標になっていました。 私的には震生湖の東側から頭高山へと続く尾根の全体が渋沢丘陵のように思えました。
栃窪地区
右手に丹沢山塊を眺めながら、畑地や林が続く舗装路を進んでいきます。 左手に現われる竹林を過ぎていくと栃窪地区に出ました。 崖沿いに進んでいくと、左手に戻るようにして分かれていく坂道の先に真栖寺があります。 一般には開放されていなくて境内には入って行けませんでしたが、曹洞宗のお寺のようでした。 真栖寺から引き返してその先へ進んでいきます。 双体の石碑や五輪塔などが並ぶ所を過ぎていくと、道路は右手へと曲がっていきます。 角には栃窪会館が建っていて、その前に道標があります。 右手に曲がっていく道は「渋沢駅(頭高山入口経由)5.6km・頭高山入口3.3km」「渋沢駅1.8km」、 正面に分かれていく道は「頭高山近道」、 今来た道は「渋沢丘陵0.9km・震生湖1.9km」「秦野駅4.7km」となっています。 今回は正面に続く道へ入っていきます。
民家のブロック塀などが続く坂道を登っていきます。 民家が終わると、両側には土手が続いて窪んだ感じの所を登っていきます。 使われなくなった様子の大きなビニールハウスを過ぎていくと分岐があります。 栃窪会館から3分ほど登ってきた所になります。 角には道標が立っていて、正面の森へ入っていく道は「頭高山」、 左手に続く明るい道は「栃窪神社」、今来た道は「震生湖」となっています。 また石標も立っていて、「十日市場道」,「左 御嶽大権現道」,「右 ふじ小田原道」と刻まれていました。 裏面には「嘉永二年六月」の文字も見られたので、江戸時代の末期(1849)に建てられた石標のようです。 今回の八国見山へは正面の道を進んでいくのですが、 左手の道の少し先に栃窪神社があるので、立ち寄っていくことにしました。
石標は、「右」が正面の道を、「左」が栃窪神社への道を指す向きに設置されていました。 歩いて来たこの道は十日市場道というようですが、 何処から何処まで続いているのかは分かりませんでした。 また、神社の由緒書きによると、「御嶽大権現」とは栃窪神社のことのようです。
栃窪神社
明るくて広い道を進んでいきます。 左下には犬の訓練施設でもあるのか、多くの犬の鳴き声が聞えていました。 2分ほど進んでいくと栃窪神社がありました。 短い石段を登っていくと、四脚門の様な形の鳥居が立っていて、脇には「栃窪神社」と刻まれた石柱もありました。 鳥居をくぐって境内に入ると、真新しい茅の輪くぐりがあり、 その先に、本殿と拝殿の形になった社殿がありました。
石段の左側からその先へと道が続いているので、尾根に続く道はないかと思って試しに歩いてみました。 しばらく畑地などが続いていましたが、6分ほど進んだ辺りで行き止まりになっていました。 途中には左右に分かれていく道や踏み跡もあったので、尾根へ続く道があるのかも知れませんが、 確認するのは省略しました。 (所要時間には含めず)
栃窪神社
祭神倭建之命
境内社秋葉社、浅間神社
由緒沿革 創立年代は不詳であるが、波多野庄の頃、当村に富民あり。 山上に牛頭天王を祭祀し、鎌倉将軍の頃、社前は小田原道として交通が栄え、往時の地図に御嶽社とある。 寛門7年(1667)宗源宣旨により正一位御嶽権現と称し、村の鎮守であった。 相模風土記などによれば、天正19年(1591)11月、一石五斗の御朱印を賜わり、 また小田原城主大久保忠世より二貫文の社領寄進がなされている。 当社は小田原街道の要所のため、正保古図・元禄古図にも記載され、 当社附近の野立石道しるべには寛文年間の物多く御嶽道とある。 明治6年7月30日、栃窪神社と改称、村社となる。 現在殿は昭和52年4月6日、氏子30戸より資を捧げ、当村宮大工関野実によって完成された。
 (出雲大社相模分祠)
往復8分ほどで手前の分岐まで引き返してきて、道標「頭高山」に従って、 森の中に続くU字形に窪んだ道を登っていきます。 これまでの広い道から一転して山道の様相を呈してきますが、 道の中ほどには幅30cmほどコンクリートが敷かれています。 周囲には落葉が積もっていたので、実際にはもっと広いのかも知れませんが、 ぬかるむこともなく歩きやすい道になっていました。
コンクリート敷きの道を3分ほど登っていくと、土嚢が積まれた道に変わってきます。 引続きU字形に窪んだ道を登っていきます。 分岐から5分ほど登っていくと、道端にブロック塀の一部のようなものが点々と現われます。 道と直角方向に設置されていて、長さはマチマチでした。 建物の跡という感じでもないし、何のために設置されているのかは分かりませんでした。 最後に道と並行に設置されたブロック塀を過ぎていくと、明るくなった所に出ました。 右手には高いコンクリート塀があり、その上は畑地になっていました。 中ほどには登っていく階段もありましたが、竹などで閉ざされていました。
幡龍王
コンクリート塀を過ぎて再び森の中へ入っていくと、 これまでの窪んだ坂道から一転して、広くて緩やかな歩きやすい道になってきます。 森へ入って30秒も行かない所の右手に赤い鳥居が立っていて、その奥に石祠がありました。 脇に設置された解説板によると幡龍王というようです。
宇主山(薄山)の幡龍王様
この地より出ずる龍岩の御霊石なり。 幡龍王と称せられる大地を守る大神にして、 伊勢国神宮月読荒御魂大神様と深い係りを持たれる位高き龍王様なり。 変化される時は角大きく厳そかにして状大なり。 地中深く潜み、この宇主山及び秦野一帯を守護せられ、事ある時には忽然と光臨され、 不敬をすれば直ちに勢凄まじく、一度怒れば地震を起し泰山鳴動させる。 謹識
 (天忍部長老 豊秋津彦)
鳥居を過ぎてその先へ進んでいくと、左手には細めの竹林が続くようになります。 鳥居から30秒も行かないうちに、小型車なら通っていけるだけの幅がある道に出ました。 角には道標が立っていて、左手の道は「頭高山」、今来た道は「震生湖」となっています。 右手の道は何も示されてはいませんが、先ほどの畑地へ続いています。 ここは広くなった道を左手へと進んでいきます。
山火事注意 火の用心!
たばこ・たきびは確実に消そう! みどりとのふれあいでリフレッシュ
 (森林共済セット保険、神奈川県)
ゴミを捨てないよう
美しい環境はみんなの財産。一人一人の手できれいにしよう。
 (秦野市)
頭高山分岐
広くなった道を竹林に沿って2分ほど進んでいくと、正面から左手へと曲がっていく舗装路に出ます。 栃窪神社への立ち寄り(8分)も含めて、栃窪会館から22分ほどで着きました。 角には道標が立っていて、正面の道は「頭高山」、今来た道は「震生湖」となっています。 このまま正面の舗装路を進んでいくと頭高山へ続いていますが、 今回はここを左折して八国見山へ向かっていきます。
銃猟禁止
 (神奈川県)
登り口
広くて歩きやすい舗装路を左手へ登っていきます。 分岐から30mほど登って、道端にスイセンなどが群生する所まで来ると、 細めながら明瞭な踏み跡が、右手の少し窪んだ所から小尾根へと分かれていきます。 ここが八国見山への登り口になります。 このまま舗装路を進んで、坂を登り切った所の右手にある山道からも八国見山へ登ることが出来ます。 そちらの方が山道歩きが短くていいのですが、以前にも紹介しているので、 今回はこちら側から登っていくルートを紹介します。
(坂の上から登っていくルートは「八国見山」, 「渋沢丘陵」を参照)
抉れ気味の道を登っていくと、すぐに小尾根に出ます。 左手へ曲がって、登り気味に続く尾根道を進んでいきます。 前日に雨が降ったので、少しぬかるんでいる所もありました。 余り歩かれていないのか、夏草が生い茂る季節ということもあって、 道は細い木や草などに隠れ気味になってはいますが、 分岐などは特になくて、緩やかな踏み跡がしっかりと続いています。 何かの境界になっているのか、道には赤頭短杭が点々と設置されていました。
登り口から3分ほど進んでいくと、正面に2mほどの段差が現われます。 そこへ登っていく明瞭な道は見当たらないし、どうしたものかと思って左右を覗っていると、 高みの右側に沿って踏み跡が続いていました。 引き続き赤頭短杭が設置された尾根道を進んでいくと、 登り口から6分ほどで、右側に小尾根が続くようになりますが、 そのまましっかりとした尾根道を進んでいきます。 開発する予定でもあったのか、道端には「xx様所有地」と書かれた立て札を幾つか見かけました。
脇の樹木にはテープが巻かれていて何だか誘っているように思えたので、試しに右手の小尾根へ登ってみました。 小尾根の上を歩いて行けなくもない様子でしたが、明瞭な踏み跡はなかったので歩くのは止めておきました。
右側の小尾根に沿って、緩やかな尾根道を進んでいきます。 スイセンなどが群生している所を過ぎていくと、やがて右側に続いている小尾根が低くなってきます。 登り口から11分ほど進んで小尾根がなくなると、細めの竹林に入っていきます。 竹林を1分ほど進んでいくと、伐採した竹が小山のように積まれた開けた感じの所がありました。 ここを過ぎて、その先へと更に竹林を進んでいきます。
竹林を進んで僅かに降り気味になってくると、再び右側に小尾根が続くようになります。 U字形に窪んだ所に続く道をこのまま降っていくと、先ほどの登り口から続いてきた舗装路に出てしまうので、 竹が途切れ気味になった所から、右手の小尾根に続く僅かな踏み跡を見つけて登っていきます。
八国見山 (標高319.4m)
夏草が生い茂る道を緩やかに1分ほど登っていくと、樹木が少なくなった僅かな高みに着きます。 ここが八国見山の山頂になります。 登り口から14分ほどで登って来られました。 周囲には樹木が生い茂っていて展望は得られません。 中ほどには丸まった石が幾つか置かれていて、合掌した姿の小振りのお地蔵さんもありました。 その背後には「奉納」と刻まれた鉄剣が地面に突き刺してありました。 手前に生える樹木には「319m三国山」と書かれた黄色いテープが巻き付けられていました。 以前には「八国見山」と訂正する書き込みもあったようですが、この時には訂正文字は消えていました。 手元の地図によると、この山は「八国見山」となっていますが、「三国山」とも呼ぶのでしょうか。
三角点は撤去
2005年6月に来た時には四等三角点があったのですが、今回は見かけませんでした。 2010年7月現在の地形図にはまだ三角点の記号が載っていますが、 基準点閲覧サービスからは既に削除されているようです。 理由は分かりませんが、どうやら三角点の石標は撤去されたようです。
八国…
この八国見山は「はちこくけんざん」と読むようです。 八国というのですから、ここから八つの旧国を望めたということなのでしょう。 よくは分りませんが、駿河・伊豆・相模・甲斐・武蔵・安房・上総・下総の国々なのでしょうか。 今では樹木に覆われていてまったく展望は得られませんが、 その昔にはここから各国を見渡すことができたのでしょう。
八国見山へ登ってきた道を引き返して、U字形に窪んだ尾根道をその先へと降っていきます。 夏草が生い茂っていたり細い木が生えていたりもしますが、踏み跡は何とか続いています。 そんな山道を山頂から2分ほど緩やかに降っていくと、左右に通る舗装路に降り立ちます。 正面に立つ電柱には「隊道支L28/14」や「栃窪451」の標識が取り付けられていました。 ここは先ほどの頭高山分岐の左手から続いてきた舗装路を登り切った坂の上になります。 振り返ってみても、夏草が生い茂る季節とあって、降ってきた道はほとんど確認出来ません。 冬枯れの季節だと、道があるのが分かるようになるのかも知れません。 ここは右手へと続く舗装路を緩やかに降っていきます。
八国見山の山頂の先に続く尾根は降り坂になっています。 試しに3分半ほど降っていくと、この右手の先にある栃窪無線中継所への分岐の20mほど手前に降りていけました。 夏草が生い茂るこの季節でも何とか降りていけましたが、 明瞭な道はついていないので、余りお勧めできません。
広めの舗装路を緩やかに降っていきます。 右手の小尾根から降ってくる僅かな踏み跡を見送っていくと、 八国見山から降り立った所から2分ほどで、広めの舗装路は終わりになります。 右手を見ると、車止めの鎖の先に電波塔が見えています。 高尾地区へは正面へと進んでいくのですが、すぐそこに見えている電波塔へ立ち寄っていきました。
栃窪無線中継所
草が生い茂る広めの道を進んでいくと、1分もせずに電波塔に着きます。 鉄塔は金網柵で囲われているので近づけませんが、 金網越しに「栃窪無線中継所」と書かれたドアが見えました。 NTTの電波塔のようです。 以前には案内板も設置されていましたが、夏草に隠れていたのか、この時には見かけませんでした。 電波塔の左側の展望が開けていて、箱根の二子山や駒ヶ岳と思われる山も見えていましたが、 この頃にはかなり雲が広がってきていました。
無線中継所から手前の分岐まで引き返してきて、右手(来た向きからは正面)に続く道を進んでいきます。 広めの道はすぐ先の空地のような所で終わって、その先には夏草が生い茂る山道が森の中へと続いています。 この先の高台に広がる畑地へ続く道だと知っていないと、ちょっと入って行く気にはなれない様子ですが、 歩き始めると次第に草は少なくなってきて、しっかりとして歩きやすい道が続くようになります。
畑地
緩やかで雰囲気の良い山道が続きます。 一部には夏草が生い茂っている所もありますが、道を完全に覆ってはおらず、踏み跡はしっかりと確認できました。 やがて正面の先の方が明るくなって僅かに登り坂になってくる道を真っ直ぐ進んでいくと、 山道に入ってから7分ほどで舗装路に出ました。 目の前の高台には畑地が広がっていて、正面から来て左手へと曲がっていく農道の角になります。 脇には「銃猟禁止区域」の赤い標識が立っていました。 正面へ続く坂道を登っていきます。 ここからは舗装された農道がバス停まで続いています。
舗装された農道を登っていくと、道が二手に分かれています。 四辺形の周囲を進むようにして対角点へ続いているので、 どちらの道を進んでも同じ所に行けますが、今回は正面の道を進んでいきました。 少し先まで行って畑地に沿って右へ曲がって登っていくと、右手から降ってくる坂道が合流してきます。 バス停へは正面にある森へ入っていくのですが、右手の坂道の先にちょいと出てみると、 畑地の先には、先ほどの栃窪無線中継所や八国見山や渋沢丘陵が続き、 その奥には丹沢の主脈や大山などが横たわる素晴しい眺めが広がっていました。 雲が出てきていましたが、稜線はかなりはっきりと見えていました。
竹山分岐
合流地点まで引き返して、その先の森の中へと入っていきます。 竹林の脇を過ぎて右側にコンクリート崖が現われると、道が二股に分かれています。 森に入ってから2分ほどの所になります。 右手に登っていく坂道の先には「この先行止り」の立て札があるので、 ここは左手に降っていく道を進んでいきます。
後で調べたところ、右手の道の先には三等三角点(307.8m)があって、 竹山とか高尾山とか呼ばれているようです。
竹林の脇を降っていきます。 時折、樹間から相模湾方面を見渡せる所もあります。 クネクネと曲りながら降っていくと、竹山分岐から5分ほどで、再び畑地が広がる所に出ます。 右側へ登っていく道を分けて正面へ降っていくと、左側には広々とした眺めが広がってきます。 左手の下の方には中村川に架かる東名高速道路の橋(中村川橋?)が見えていますが、 今回はその方角を指して降っていきます。
高尾分岐
眺めを楽しみながら道なりに降っていくと、再び森の中へ入っていきます。 大きく右手から左手へと曲がっていくヘアピンカーブを過ぎて降っていくと、 箱根連山が見渡せるようになってきます。 道なりに降っていくと、丘の上に広がる畑地に出ます。 土手沿いに降っていくと分岐があります。 竹山分岐から12分ほど降ってきた所になります。 道標などは見かけませんが、このまま真っ直ぐに降っていくと、 高尾地区の集落を経て高尾バス停へ降りていけますが、 以前に歩いたことがあるので、今回は少し遠回りになりますが、左手に分かれていく道を進んでいきました。
畑地の右手に広がる景色を愛でながら舗装された農道を進んでいきます。 僅かな十字路を直進していくとT字路に突き当たります。 そこを右折して降っていくと、白いガードレールが現われた先で、左右に通る道に斜めに合流します。 右手へ進んでいくと先ほどの道に出てしまうので、左手に戻るようにして降っていきます。
コンクリート崖の脇を過ぎて右手へ曲がって降っていくと、程なくして少し登り坂になってきます。 青いトタン壁の小屋を過ぎて傾斜が緩やかになってくると、左右に通る道に出ます。 地形図ではY字形のように描かれていますが、実際にはT字路になっています。 手元の地図によると、右手の道は高尾地区の集落を経て車道に降りて行かれるようです。 車道に降りるのには右手の道の方が近道のように思えましたが、 今回は横道バス停へ降っていくべく、左手へと進んでいきました。
緩やかな道を暫く進んでいくと、道は右手へ曲がっていきます。 その先で更に右へ曲がっていくと、正面に民家が見えてきます。 その手前から傾斜が増した坂道を、道なりに左手へ曲がって降っていきます。 傾斜が緩やかになってくると、右下には車道が間近に見えてきます。 あの車道に降りるのだと思って進んでいきますが、なかなか降りていきません。 森へ入っていくと降り傾斜が増してきます。 道なりに右へ曲がりながら降っていくと、やっと県道77号に降り立ちました。 高尾分岐から16分ほど、栃窪無線中継所の先の森を抜けて畑地に出た所から38分ほどで降りて来られました。
横道(よこみち)バス停
車道を左手へ進んでいきます。 少し道が広がった所を過ぎていくと、左手に坂道が分かれて登っていきます。 その登り口に横道バス停があります。 車道に降り立った所から1分ほどの所になります。
二宮駅(JR東海道線)まで、[二31]二宮駅南口行きバスにて36分、便は僅かしかないので、 事前に調べておくと安心です。
 土日曜 6:01 7:14 8:21 12:39 14:34 17:49
時間が合わないようなら、このまま比奈窪バス停まで歩いていきましょう。 3.3kmほどの距離なので、40分ほどで着きます。 そこからだと、二宮駅まで1時間に2本程度の便が出ています。