大磯鷹取山
散策:2010年06月上旬
【低山ハイク】 大磯鷹取山
概 要 鷹取山は大磯町にある低山です。 山頂には鷹取神社があって、関東ふれあいの道「鷹取山・里のみち」の一部にもなっています。 今回は北側の山入地区から鷹取山へ登っていきます。 鷹取山でひと休みしてから尾根道を引き返してきて、東側へ続く尾根道を下吉沢八劔神社へと降っていきます。
起 点 平塚市 山入口バス停
終 点 平塚市 松岩寺バス停
ルート 山入口バス停…山田屋敷地区…山入地区…上吉沢配水池…尾根道入口…鷹取山…鷹取神社…72番鉄塔…73番鉄塔…境川分岐…鞍部…入会橋分岐…石祠…石祠…Ψ字路…76番鉄塔…139.6m峰…湘南平・霧降り渓流のみち…下吉沢八劔神社…松岩寺バス停
所要時間 2時間40分
歩いて... 73番鉄塔からの道は細いながらも明瞭に続いていました。 最初の急坂を過ぎると、その先は緩やかな起伏の道になっていましたが、 前夜に雨が降って草木に露が溜っていて冷たい思いをしました。 石祠のある所を過ぎてからは広くてしっかりとした道になってきました。 途中からは入会橋や松岩寺の裏山への道が分かれていました。
関連メモ 鷹取山・里のみち, 霧降りの滝, 霧降り渓流のみち, 大磯鷹取山, 大磯鷹取山, 大磯鷹取山, 大磯鷹取山
コース紹介
山入口(やまいりぐち)バス停
平塚駅(JR東海道線)の北口から、[平37][平38]神奈川大学校舎前行きバス,または, [平76]秦野駅南口行きバスにて18分〜26分、1時間に2本から4本程度の便があります。
待合所の脇に佇む石仏に挨拶をして、バス停の手前から左手へ分かれていく道に入っていきます。
系統によって所要時間が異なり、 [平37]古花水・中沢橋経由では20分、 [平38]日向岡トンネル経由では18分、 [平76]上井ノ口・中沢橋経由では26分となります。 平塚駅の北口の神奈川大学校舎前行きバスの乗り場は、 午前と午後では異なるので、間違えないようにしましょう。
大磯鷹取山
今回の鷹取山は大磯町にあります。 神奈川県で鷹取山と云えば三浦半島にある山が有名ですが、 それと区別するために「大磯鷹取山」というタイトルにしました。 (正式名ではありません)
「びわ青少年の家 徒歩40分」の標識が指す舗装路を進んでいきます。 浅い谷筋に散在する民家などを眺めながら3分ほど進んでいくと、 道端に小祠があって、中には赤い前掛けをして石碑の上に座ったお地蔵さんが安置されていました。 綺麗な花も手向けられていました。 脇には双体の石仏や「道祖神」と刻まれた石碑などもありました。
山田屋敷地区
山田屋敷自治会館の脇を過ぎていくと、道の左側の下の方に小川が流れるようになります。 この辺りは「山田屋敷」という地区のようです。 「びわ青少年の家 徒歩35分」の標識が指す道を右手に分けて、僅かに登り坂になった道を進んでいきます。 道端にはアジサイが植えられていましたが、青葉を伸ばしてはいたものの花はまだ咲いていませんでした。 クリーニング店の工場のような所を過ぎていくと、 赤い鳥居の立つ立派な屋敷稲荷のある民家がありました。 そこを過ぎていくと民家は一旦途切れて、山際を緩やかに登るようになります。
山入地区
右手への坂道を見送って竹林沿いに登っていくと、作業小屋のような物が建っています。 その先へ進んでいくと、前の畑に綺麗な花が植えられた民家もありました。 左右の畑地などへ分かれていく道もありますが、傾斜が増してきた舗装路を道なりに真っ直ぐ進んでいきます。 サイロの建つ民家を過ぎていくと、民家が建ち並ぶようになります。 この辺りが、バス停の名前にもなっている「山入」という地区になるようです。 正面の民家を左手から回り込むようにして坂道を登っていくと、再びサイロのある民家がありました。 何やら独特の臭いが漂っていたので敷地の中を覗っていると、奥の方に牛舎があって、 白と黒の斑模様の牛が何頭も飼育されていました。
注意
ハンターのみなさん! この附近に住宅・農耕地等があります。 狩猟に注意しましょう。
 (神奈川県)
ご近所で子どもたちを守ろう 朝の声かけ
いってらっしゃい おはよう
 (平塚市、平塚市教育委員会)
更に坂道を登っていくと、右手が開けてきて畑が続くようになります。 ビニールハウスなどを眺めながら登っていきます。 正面に現われるこんもりとした森を右手から巻くようにして登っていくと、 畑のビニールハウス越しにガードレールが見えてきます。 正面へ更に登っていくと、舗装路が右手へ分かれている所に出ました。 振り返ると、街並みを見渡せる眺めが広がっていました。 丹沢山塊も見えるようでしたが、この時には霞んでいてはっきりとはしませんでした。 曲がり角の少し前方には「関東ふれあいの道」の道標が立っていて、 右手の道は「関東ふれあいの道」、正面の道は「鷹取山・大磯」、 今来た道は「上吉沢バス停1.5km」となっています。 正面から来て右手へ曲がっていく道は関東ふれあいの道「鷹取山・里のみち」になりますが、 今回は正面の道を進んでいきます。
上吉沢配水池
ビニールハウスを過ぎて坂の上に着くと、円筒形の大きな建物が二つ並んでいます。 神奈川県企業庁水道局の上吉沢配水池になります。 山入口バス停から25分ほどで着きました。 周囲には柵が設置されていて中には入っていけません。 入口を過ぎていくと、左手へと道が分かれていきます。 手前の柵には「関東ふれあいの道 鷹取山方面」の標識が取付けられていて、左手の道を指しています。 曲がり角まで行くと、「関東ふれあいの道 土屋南平橋」の標識が取付けられていて、今来た道を指しています。 正面へ降っていく道は黒岩地区へ続いているようですが、今回はここを左折して鷹取山へ向かっていきます。
(正面の道は「大磯鷹取山」, 「大磯鷹取山」を参照)
お願い
ここは、皆様のご家庭に給水するための重要な水道施設です。 漏水等の事故にお気付きの方は、お手数でも下記にご連絡をお願いします。
 (神奈川県企業庁水道局寒川浄水場)
畑地の脇に続く坂道を登っていきます。 右側にはゴルフコースが続いています。 手元の地図によると「レイクウッドゴルフクラブ」というようです。 仕切り用として植込みと有刺鉄線柵が続いていますが、所々には開いた所もあります。 OBボールを探したりするのに出入りする為でしょうか。 コースを覗いてみると、緑色の芝生が広がる遠くの方では、ティーでプレイ中の4人グループも見かけました。
最近ではキャディは付かずに、カートを自ら運転してバッグを運ぶコースもあるようですが、 ここでは頭巾を被ったキャディさんが付いているようでした。
注意
ハンターの皆さん。 これよりゴルフ場です。 ゴルフ場内及びその周辺では猟銃の発砲は危険です。 尚、許可なく場内に入ることは出来ません。
左側に続く工事柵に沿って緩やかになった道を進んでいくと、コース内に入っていく広い道が分かれていきますが、 入口は鉄柵で閉ざされていました。 その入口は見送って傾斜が増してきた坂道を登っていくと、程なくして左手に横木の階段が分かれていきます。 脇には「湘南平・霧降り渓流のみち」と題した案内板が設置されています。 道標も立っていて、左手の階段は「湘南平・霧降り渓流のみち 霧降りの滝1.5km・松岩寺2.2km」、 正面の道は「鷹取山0.5km」、今来た道は「七国峠5.3km・妙円寺(銭洗弁天)3.3km」となっています。 「関東ふれあいの道」,「これより湘南平・霧降り渓流のみち」と刻まれた石標も立っています。 左手の道が「湘南平・霧降り渓流のみち」になりますが、 鷹取山に向かって、このまま正面の坂道を登っていきます。
尾根道入口
坂道を登って傾斜が緩やかになってくると、少し左へ曲がっていきます。 すぐ先で降り始めるようになりますが、その手前から左手へ登っていく坂道が分かれていきます。 東へと続く尾根道はこの左手の道を登っていくのですが、 その前に正面の道の先にある鷹取山まで往復してきます。
小さな火 "まさか"がおこす 山の火事
 (神奈川県)
山火事注意 火の用心!
たきび・たばこは確実に消して!
 (大磯町消防本部)
右側に有刺鉄線柵が続く広めの舗装路を降っていきます。 降り始めてすぐの所に、コンクリートブロック塀の一角があります。 コンクリート舗装された登り坂が左手に分かれていきますが、 塀には「私有地」「立入禁止」「キケン」などと書かれています。 その道を見送って緩やかになった道を進んでいくと、やがて登り坂になってきます。 右側に続いていた有刺鉄線柵が途切れて植林帯になると、僅かな高みに着きます。 尾根道入口から6分ほどの所になります。 手元の地形図では、鷹取山の北北西150m辺りにある標高210mほどの高みになるようです。
たばこの投げ捨てやめましょう
みんなで注意!ふせごう山火事
残そう緑!なくそう山火事
 (大磯町消防本部)
注意 CAUTION 路肩弱し
鷹取山 (標高219.0m)
少し降ってから登り返していくと、右側に雑木林の僅かな高みが現れます。 傾斜が緩やかになって道が広がる手前から、右手に戻るようにして、その高みへ続く山道が分かれていました。 明るい雑木林に続くその山道を登って高みに着くと、三等三角点がありました。 ここが地形図に載っている標高219.0mの鷹取山の山頂になるようです。 尾根道入口から10分ほどで到着しました。 周囲は樹木に囲まれていて展望は得られません。 鷹取神社はこの少し南側にありますが、 ここから神社にかけての一帯が、緩やかな山頂部を成しているようです。
前回来た時には、山頂へ続く道の途中にペットの墓と思われる「ヨシ」「チビ」と書かれた丸い石があって、 綺麗な花束が手向けられていましたが、 この時には花はなくなっていて、「チビ」の文字はほどんと消えていました。
鷹取神社
山頂から舗装路に戻ってその先へ進んでいくと、道幅が広がって広場風になってきます。 その奥に二つ並んで立つ土管のようなものの間には「出入口につき駐車禁止」の看板があります。 そこを抜けていくと、南向きに鷹取神社が建っています。 コンクリート製の社になっていて、社殿の屋根には2本の鰹木が乗り内削ぎの千木が聳えていました。 千木は屋根の両側に一組ずつあるものとばかり思っていましたが、 ここのは縦向きに並んでいて一組しかありませんでした。 社殿の中を覗ってみると、御幣が下げられた白木の小祠が納められていました。
鷹取神社御由緒と沿革
鎮座地大磯町生澤1401
祭 神木花咲夜姫命
境内地277坪
保安林2,400余坪
鷹取神社は、生澤地区の鎮守氏神様として鷹取山 (218.98m)の山頂に鎮座し、御創建は天長3年(826)3月と 伝えられる。御創建当時の名称は「直下社」と言われた。 鎌倉時代の文献東鑑によると「建久2年4月27日相模国生澤直下社神主清包 地頭土屋三郎云々」と見える。これによると当神社は鎌倉時代には 専住の神主が在住し、執事していた事が知られ大変賑わいを見せた神社であったと思われる。 小田原北条氏も信仰が篤く、多くの社領の寄進があり、一説には300貫と言われる。 鷹取山の名は、古くは栗原山等の名があったが、 現在の名は、徳川家康が平塚の中原で鷹狩りを行なった時、その愛鷹が この山までにげてきて捕えた事から名付けられた。江戸時代の始め寛文元年 3月の当神社棟礼には、鷹取直下社造営と見える。 天正19年徳川家康公より社領2石の御朱印があり、御祭神が富士浅間社と 同じであることから、江戸中期から明治の始め頃までは鷹取浅間社と言われるように なったが、明治6年鷹取神社と現在と名称になり、同年指定村社に列せられた。 木花咲夜姫の神様は大山祇神と言う尊い神様の御子神であ、木の花(桜の事)の 咲くような美しい姫神様です。湧水を司さどられ豊作物の豊作の守護神であり、 又助成の方は熱心に参拝祈願をすると少しづつより美人となっていくという 御神徳の高い神様です。
境内には大きなイチョウやシイの木などが生えていました。 枯れてしまったのでしょう、中が洞になった大木の切り株もありました。 解説板なども設置されているので、それらを読んだりしながら、 脇に設置されているテーブル・ベンチに腰を掛けて休憩していきました。
神奈川県指定天然記念物 鷹取神社の社叢林
鷹取神社の周辺は、うっそうとしたスダジイやタブノキなどの 常緑広葉樹林で囲まれて、深山に鎮座する神社の風格を思わせています。 最も発達した樹林は、鷹取神社西側にみられ、胸高直径12 5センチのタブノキの老木を伴うタブノキの優占する林で、林高は27m、 高木層の植被率は90%に達して斜面を被い、これらの樹木が斜面崩壊を防いでいます。 神社東側のゆるやかな傾斜地にはタブノキとともに、木肌が鹿 の子模様にはがれるカゴノキがみられます。さらに、参道の周辺 にはスダジイ林が帯状に残され、傾斜地の尾根部を占めています。 また、参道下部や急斜面部には胸高直径が90cmのカラスザ ンショウや、オオシマザクラ、アカメガシワ、エノキなどの混生した夏緑広葉樹林がみられます。 林内にはアオキ、シロダモ、ヤブニッケイ、ヤブツバキなど常緑 の亜高木や低木が優占し、神奈川県の中部を北限とし、沖縄まで 分布するモクレイシが混生しています。林床にはカブダチジャノヒゲ、 キヅタ、ツルマサキ、ヤブコウジ、ヤブランなどど、県下では 比較的固体数の少ないカラタチバナがみられます。 鷹取神社の樹叢は、近くにある高麗山の樹林とともに、神奈川県の 郷土の森を代表する樹叢として景観的に貴重であるだけでなく、 この地の原植生の面影をとどめる学術的にも貴重な樹叢であります。
かながわの名木100選 鷹取神社の大タブノキ
鷹取山頂の一角にそびえ、幹に裂目を生じているが、樹勢は旺盛な古木である。 周辺の自然林を含めて大磯町の天然記念物に指定されている。
樹高:18m 胸高周囲:5.0m 樹齢:約400年(推定)
タブノキは、本州から沖縄に分布する常緑高木で、照葉樹林の代表的な木である。 樹高25m、胸高周囲10m、樹齢約700年に達するものもあると言われている。
 (神奈川県)
鷹取神社の境内には「関東ふれあいの道」の道標が立っていて、 社殿の正面に続く階段は「月京バス停3.0km・大磯海岸」、 今来た道は「南平橋5.9km・弘法山9.6km」となっています。 関東ふれあいの道「鷹取山・里のみち」にもなっている正面の参道は、 生沢地区にある「東の池」の辺りへ降りていけますが、 今回は鷹取山の北側から東へ続く尾根道を歩くべく、先ほどの尾根道入口の所へと引き返していきました。
この附近の樹木
鷹取山の自然林】  山頂一帯は、大きなタブ、スダジイなどの常緑広葉樹におおわれた県内有数の自然林で、 神奈川県の自然環境保全地域と大磯町の文化財に指定されています。
自生している主な樹木】  タブ、カゴノキ、スダジイ、ヤブニッケイ、ヤブツバキ、モクレイシ、アオキ、 カラタチバナ、トベラ、ヒサカキ、テイカカズラ、ツルグミ
どんないきものとふれあえるかな】  この道を歩いてみるといろいろないきものに出会うと思います。 かれらがどんな生活をしているかそっと観察してみましょう。
貴重な自然を大切にしよう!!
 (環境庁、神奈川県)
鷹取山の自然林(町指定)
鷹取山には、スダジイ・タブを主体にした、 この地方本来の自然植生が保存されています。 特に鷹取神社境内一帯は、カゴノキ・モクレイシが 自生しているほか、スダジイ・タブ等には高麗山をしのぐ巨大樹も認められます。 また、モミが多数生存しているなど注目に値する点も多く、 1haにも及ばない小面積の中に密度の濃い貴重な自然林を形成しています。
お願い  この天然記念物を、伐採したり荒らしたりしないで、大切に保護してください。
 (神奈川県教育委員会、大磯町教育委員会)
72番鉄塔
尾根道入口まで引き返して、右手の坂道を登っていきます。 すぐに左へ折れ曲がって、雑木混じりの植林帯に続く滑りやすくなった坂道を登っていきます。 傾斜が緩やかになった道を進んで雑木林へ変わってくると、尾根道入口から1分半ほどで、 送電線の鉄塔「西-平72号」が立つ高みに着きました。 周囲は樹木に囲まれていて展望は得られません。 手元の地形図によると、鷹取山の北500m辺りにある標高200mほどの高みになるようです。 鉄塔の下を過ぎてその先に続く道を進んでいきます。
西-平72号 お願い JR東海
この送電線は、7万7千ボルトの高電圧です。 下記の事柄について御連絡下さい。
1.送電線の附近に建造物を建てられるとき。
2.送電線に接近して作業をされるとき。
3.送電線の附近で火災がおきたとき。
 (小田原電力所、東京地区電力指令)
73番鉄塔
山道にしては広めの道を進んでいきます。 冬枯れの季節に歩いた時にはかなり広い道の印象がありましたが、 この時は道端の夏草が伸び始める時期だったので、冬場よりも少し狭く感じました。 頭上を見上げると、進行方向に沿うようにして送電線が続いていました。 雑木林に続く道を緩やかに降っていきます。 僅かに登りになってくる道を進んでいくと、72番鉄塔から2分半ほどで、 送電線の鉄塔「西-平73号」が立っていました。 鷹取神社から13分ほどで到着しました。 脇には「基準点No.8」と刻まれた石標もありました。 72番鉄塔の立つ所からここまでは標高がほとんど変わらず、一つのピークを成しているようでした。
この高みからは、右手に続く細めの尾根道と、左手に続く広めの坂道の二手に分かれています。 左手の坂道を降っていくと、程なくして「霧降り渓流のみち」に降り立ちますが、 今回は東へ伸びる破線の道として地形図にも載っている右手の道を歩いていきます。 「立入禁止」の立て札が出ていてロープで封鎖されていた時期もありましたが、 少なくとも半年ほど前には撤去されたようで、この時には封鎖するようなものは見かけませんでした。 右手の道に入って10mほどの所で道が二手に分かれています。 左側の道の脇には大きな竪穴が開いています。 上には木の枝などが置かれていて、一見して穴がないようにも見えます。 立入禁止にされていたのは、その穴への転落事故でもあったからのでしょうか。 人工的に掘った穴のように思えましたが、使用目的はよく分かりませんでした。
(後日に来てみると、穴はしっかりとした鉄パイプで覆わていました)
(73番鉄塔から左手に続く道は 「霧降り渓流のみち」, 「大磯鷹取山」, 「大磯鷹取山」を参照)
境川分岐
左右の道はすぐ先で合流しています。 笹竹や細木などが生い茂る道を進んでいくと、雑木の混じる植林帯の急坂を降るようになります。 前夜に雨が降って滑りやすくなっている上に、掴まるのに適当な木などが道端に生えていないので、 滑り落ちないよう足元に注意しながら慎重に降っていきました。 この尾根は、平塚市下吉沢地区と大磯町寺坂地区の境界になっていて、境界杭が点々と設置されています。 傾斜が少し緩んでアオキなどが生い茂る道を進んでいくと分岐があります。 73番鉄塔から5分ほど降ってきた所になります。 道標類は見かけませんでしたが、右手に降っていく道は境川の上流に続く林道へ降りて行かれますが、 今回は正面に続く尾根道を進んでいきます。
(右手の道は「大磯鷹取山」, 「大磯鷹取山」を参照)
鞍部
細木などが生い茂る雑木林の尾根を進んでいきます。 夏草が伸びる季節でしたが、踏み跡は明瞭に続いていました。 前夜の雨で道端の草木に露が溜っていて、冷たい思いをしながら進んでいきました。 多少の登り降りはあるものの、全体的には緩やかな尾根道になっています。 標高170mほどの僅かな高みを越えていきます。 時折蜘蛛の巣が顔に掛かったりもするので、落ちていた手頃な枝を前にかざしながら進んでいきました。 境川分岐から11分ほど進んでいくと、僅かに抉れた鞍部のような所を通過していきます。 左右にも踏み跡が見受けられましたが、林業の作業路かも知れません。 ここは鞍部を過ぎてその先へと進んでいきます。
入会橋分岐
登り気味になってきた尾根道を進んでいくと、次第に笹竹が生い茂るようになります。 足元に続く境界杭を確認しながら進んでいきます。 正面に大きな樹木が生える所まで来ると分岐があります。 境川分岐から15分ほどの所になります。 道標類は見かけませんでしたが、ここが地形図に載っている分岐点で、標高180mほどの高みになるようです。 市町境の尾根は右手の道で、県道63号の入会橋の辺りへ続いているようですが、 今回は左手の道を進んでいきました。
分岐点の写真を撮っていると、左手の道から壮年の女性がひとりで淡々と歩いてきました。 そして私とすれ違って、私が来た道へ進んでいきました。 こんな山道をひとりで歩くなんて、山歩きがかなり好きな方のように思えました。 ここまでは草木が伸びる鬱蒼とした道が続いて、心細く感じながら歩いてきましたが、 この先は行き止まりではなさそうなことが分かって安心しました。
後日に右手の道を歩きました。(「大磯鷹取山」を参照)
石祠
入会橋への道を見送ってその先へ進んでいきます。 細木や笹竹などが生い茂る道を1分ほど進んでいくと、草木がなくなって開けた所に出ました。 73番鉄塔から22分ほどで到着しました。 道は正面へと続いていますが、左手の僅かな高みの大木の袂には石祠が二つ並んでいました。 何か文字は刻まれていないかと側面を確認してみると、 「大正十二年四月十日 下吉沢氏子中」と刻まれていましたが、 祠の名前などは分かりませんでした。
石祠を過ぎていくと、これまでの笹竹や細木などが生い茂る心細い道から一転して、広くて快適な道が続くようになります。 傾斜も緩やかで、周囲の木々の青葉を愛でる心の余裕も出てきました。 道の様子が急に変わったのは何故だろうかと推測してみるに、 この道は先ほどの石祠への参道になっているように思えました。 そんなことを思いながら、足取りも軽やかにドンドンと進んでいきました。
石祠から4分ほど進んでいくと、正面にこんもりとした高みが現われます。 道は高みを避けるようにして左へ曲がっていくのですが、その高みへ続く道らしきものがありました。 その先を覗いてみると、高みの上は草木のない平らな所になっているように見えたので、 何かあるかも知れないと思って、ちょいと登ってみることにしました。
石祠
樹木が切り払われた広い所を登っていくと、すぐに平らになった所に出ました。 そこには思っていた通りに石祠や石仏などがあって、向こう側を向いて並んでいました。 中央に石祠があり、左側に四角柱の石碑、右側に石仏などが5つ並んでいました。 石祠の屋根は少し欠けていて、横には図柄が描かれていました。 祠の側面を確認してみましたが、名前を示すようなものは刻まれていないようでした。 木簡のようなものは脇にありましたが、文字は消えていて判読出来ませんでした。
(画像を左クリックすると、石祠・石碑・石仏などが順次表示されます)
Ψ字路
石祠の裏側(登ってきた向きからは左手)から広い道が続いていたので、そこから降りていきました。 コンクリート製の縦板も設置されていて、石祠への参道のような雰囲気になっていました。 そんな広い道を1分ほど降っていくと、手前から巻いてきた道に降り立ちました。 そこから右手へ進んでいくと、すぐに逆Ψ形をした分岐がありました。 尾根道は左前方へ続いていて、尾根を越えていく道が右手前から左手前へと横切る形になっていました。 「タバコの投げ捨て禁止」の注意書きはありましたが、道標類はありませんでした。 左手前の道は方角的に違うようだし、右手前の道が正しいようだと思いながらも、 左前方の尾根に続く道も気になったので、先ずはその道を進んでいきました。
左手前の道を後日に歩きました。(「大磯鷹取山」を参照)
注意
タバコの投げ捨て禁止。 緑を大切にしましょう。
 (平塚市消防本部、日本土地建物株式会社)
76番鉄塔
広めでしっかりとした降り基調の道が続いていました。 これまでの道と同様に歩きやすい道なので、麓まで続いているのだろうかと思いながら進んでいきました。 僅かな鞍部を過ぎて軽く登っていくと、Ψ字路から2分ほどの所に、 送電線の鉄塔「西-平76号」が立っていました。 鉄塔の先は雑木林の急斜面になっていて、僅かな踏み跡らしきものも見受けられました。 無理矢理に降っていけなくはなさそうでしたが、 これまでの道とは随分と様子が違って何とも心許ない状況だったので、ここで引き返すことにしました。
76番鉄塔の先の道は霧降りの滝の近くに降りて行かれます。 (「大磯鷹取山」を参照)
往復6分ほどでΨ字路まで引き返してきて、 左手(石祠から来た向きからは右手)に続く降り気味の道を進んでいきました。 次第にU字形に抉れてきますが、引続き広い道が続いています。 Ψ字路から2分ほど降って抉れがなくなってくると、右手から細い道が合流してきました。 先ほどの石祠のある高みを東側から巻いてきた道のようでしたが、行く末を確かめるのは省略しました。
右手からの道を併せて緩やかになった道を30秒ほど進んでいくと、少し開けた所に出ました。 正面には僅かな高みがあって、広い道は高みを巻くようにして左手へ曲がっていきます。 手元の地形図によると、正面の高みが139.6m峰のように思えました。 登る所はないかと探していると、正面の大きな樹木の袂から右手に分かれていく細い道がありました。 地形図に載っている破線の道はその道のようで、左手の広い方の道は載っていません。
139.6m峰
右手の道へ入っていくと、20mほどの所から左上へ登っていく急斜面がありました。 そこをよじ登っていくと緩やかな高みになります。 笹や細木などが生い茂る所を進んでいくと、すぐに四等三角点を見つけることが出来ました。 どうやら、ここが地形図に載っている139.6m峰になるようでした。 73番鉄塔から45分ほどで到着しました。 三角点の先には明瞭な道は見受けられなかったので、先ほどの道まで引き返すことにしました。
高みの右側に続く道をそのまま進んでいこうかとも思いましたが、 左側に巻いていく広い道が気になったので、ちょいと行く末を確かめてみることにしました。 高みを巻き終えて、両側に笹竹が生い茂る広い道を進んでいきます。 道端には車の轍の跡があったので、ここまでは小型車が入って来られるようでした。 そんな道を1分半ほど進んでいくと分岐があります。 左手の道はトタンが被せられた穴のような所で行き止まりになっているので、 右手に続くU字形に抉れた道を降っていきます。
抉れた所は程なくして終わって、細木などが生える雑木林に続く広い道を降っていきます。 右手に竹林が現われると、右手からの広い道を併せた先で、尾根の上の開けた畑地に出ました。 139.6m峰の袂から4分ほどで降りて来られました。
湘南平・霧降り渓流のみち
右手に平塚の街並みなどを眺めながら、 コンクリート敷きになった道を緩やかに降っていくと、尾根を越えていく道が横切っていきます。 角には道標が立っていて、右手の道は「松岩寺 徒歩6分260m」、 左手の道は「霧降りの滝 徒歩15分520m」となっています。 見覚えのある所だと思っていると、ここは松岩寺の裏手にある尾根で、 「湘南平・霧降り渓流のみち」が通っている所でした。 ここから松岩寺を経てバス停へ降っていっても良いのですが、 以前にも歩いたことがあるので、先ほどの139.6m峰まで引き返して、 当初の予定通りに、地形図に載っている破線の道を歩くことにしました。
往復9分ほどで139.6m峰の袂まで引き返してきて、高みの右側に続く山道を降っていきます。 ここからは普通の山道になりますが、 最初の石祠までの心細い道に比べると、道を覆う樹木も心なしか煩わしくはありませんでした。 緩やかな降り基調の道を進んでいくと、笹竹の生い茂る所を過ぎた先で、U字形に浅く抉れてきますが、 程なくして抉れはなくなります。 笹竹などがかなり生い茂る所もありますが、踏み跡はしっかりと確認出来ました。
139.6m峰の袂から5分ほど進んでいくと、植林帯の斜面を横切るように降っていきます。 次第に太い竹が増えてくると、U字形に抉れた所を降っていきます。 ほとんど竹林のようになった抉れた道を更に降っていくと、高台にある畑地に出ました。 139.6m峰の袂から10分ほどで降りて来られました。 これで山道は終わりになります。 正面から右手にかけては低い丘陵が続いていましたが、 方角からすると、高麗山から湘南平にかけての山並みになるようでした。 湘南平に建つ電波塔と思われるものも上半分ほどが見えていました。 正面の奥には平塚の街並みも見えていました。
下吉沢八劔神社
舗装路になった道を左へ曲がっていくと、すぐの所から右へ道が分かれています。 右手の道は民家の玄関先へ続いているように見えますが、その道を降っていきます。 民家の前まで来ると、道は左へ曲がっていきますが、 その手前から左にある境内に入っていくと、朱塗りの下吉沢八劔神社の社殿が建っていました。 社殿の前には「八劔神社」と書かれた額が掲げられていました。 ここは下吉沢地区になりますが、上吉沢地区にも八劔神社があって、 それと区別するために、各々の地区名を冠して、 「上吉沢八劔神社」,「下吉沢八劔神社」と呼ばれているようです。 解説板によると、元はひとつの神社でしたが、 吉沢村の分村に伴って、神社も二つに分かれたようです。 社殿の中を覗ってみると、奥の方には注連縄が渡された白木の社が納められていました。 正面にある石段を降っていくと、四脚門のような形になった鳥居が立っていて、その脇に解説板がありました。 以前はここで流鏑馬の行事が行われていたようです。 左手には下吉沢自治会館と社務所を兼ねた建物があります。
下吉沢地区の鎮守。祭神は日本武尊、素盞鳴命、宇迦之御魂命、猿田彦命、大宮比売命、市杵島姫命の六柱。 上下両吉沢村は往古吉沢郷と称し、八剣神社も元は一社であったが、 のち分村によって、上下吉沢両八剣神社の二社となった。 明治時代当地に祀られていた午頭天王社その他を合祀し、現在の数多い祭神となった。 現在境内下段の広場は、昔の通し流鏑馬又は鉄砲馬場と呼ばれた一部で、 往時はここで流鏑馬の祭事がなされた。
(「八劔」と「八剣」の二種類の漢字が見受けられますが、同じ意味だと思われます)
鳥居を過ぎてコンクリート舗装路に出ると、左手には不動明王立像の収蔵施設があります。 「木造不動明王立像保存施設敷地」の石標も立っています。 入口には柵が設けられていますが、この時には運良く開帳されていました。 小振りの不動明王像を間近に見ることが出来ましたが、「撮影禁止」ということで仏像の写真はありません。 脇に設置された解説板に載っている写真と同じ形をしていたことだけを報告しておきます。
国指定重要文化財 木造 不動明王立像 一躯
一木造。彫眼。像高95.8cm。
平安時代後期の作風を備えた像です。 左脚を踏み出し腰をわずかにひねっているものの、ほとんど正面を向いて磐石座に直立し、 均整のとれた静かな姿勢をとっています。 右手に利剣を、左手に_索を持っています。 頭髪(直毛の総髪)を中央で左右に分け、渦巻状の頭飾(髪止め・通常は花冠)を付けています。 その表情は不動明王らしく忿相(怒った表情)で、額にしわを刻み、左目を細めて右目は見開き(天地眼)、 口の両端に右上と左下の牙をのぞかせていますが、拝む人に恐ろしさを感じさせません。 全体的におとなしく温和な感じがする像です。 本像が造られた場所については、明らかになっていませんが、畿内説と東国説があります。 もともとは下吉沢北西の不動平にあった不動堂に安置されていたと伝えられています。 その後、大光寺(現廃寺)、八剱神社、松岩寺と安置場所が移りましたが、 現在はここの収蔵施設に安置されています。 地元では「かんまん不動」あるいは「がんまん不動」の名で呼ばれています。
 (平塚市教育委員会)
黄色い小花が一面に咲く畑地の脇に続く舗装路を真っ直ぐに降っていくと、左右に通る県道63号に出ます。 出た所の右側には「地神社」と刻まれた石碑や三猿が彫られた石碑などが並んでいました。 左側には物置か集会所のような様子の建物があり、その脇には平塚市の設置する「水準点No.84」もありました。 標識によると、標高は34.543mとのことです。 建物の前には神社への案内板が立っていました。 この時は案内板にある不動明王立像の開帳日ではありませんでしたが、運良く姿を見ることが出来ました。
下吉沢
八劔神社
八坂神社
国指定重要文化財
木造 不動明王立像
安置処入口
御開帳日 一月二十八日、九月二十八日
松岩寺(しょうがんじ)バス停
県道に出て左手へと進んでいきます。 程なくしてある松岩寺への道を左へ分けて県道を真っ直ぐに進んでいくと、 バスの折返し場にもなっている松岩寺バス停があります。
平塚駅(JR東海道線)まで、[平31][平32][平33][平34]平塚駅北口行きバスにて18分〜22分、 1時間に2本から5本程度の便があります。
系統によって所要時間が異なり、 [平31]南原・中沢橋経由では21分、 [平32]中沢橋・国府新宿経由では21分、 [平33]花水橋・下出縄経由では22分、 [平34]纏入口経由では18分となります。