かぶと塚ふれあいの樹林
散策:2010年04月下旬
【街角散策】 かぶと塚ふれあいの樹林
概 要 かぶと塚ふれあいの樹林は、横浜市の「ふれあいの樹林」のひとつで、二つの地区に分かれています。 名前の由来になっている兜塚や駒岡浅間社もあって、「歴史と緑の散歩道」のコースの一部にもなっています。 今回は散歩道の散策ポイントにもなっている駒岡八幡神社や正行寺なども併せて訪ねます。
起 点 横浜市 上末吉バス停
終 点 横浜市 駒岡八幡神社前バス停
ルート 上末吉バス停…かぶと塚ふれあいの樹林…かぶと塚広場…駒岡浅間社…富士見の丘…駒岡八幡神社…かぶと塚ふれあいの樹林(梶山地区)…西行寺…駒岡八幡神社前バス停
所要時間 1時間30分
歩いて... かぶと塚ふれあいの樹林の雑木林には青葉が茂っていて、雰囲気のいい散策が出来ました。 近くには駒岡ふれあいの樹林もあるので、併せて訪ねてみようと思っていましたが、 この時にはまだ開園していませんでした。
関連メモ 歴史と緑の散歩道
コース紹介
上末吉(かみすえよし)バス停
鶴見駅(JR京浜東北線)の東口から、[13]綱島駅前行きバス、[13]新横浜駅前行きバス, または,[13]一の瀬行きバスにて13分、1時間に8本から9本程度の便があります。 川崎駅(JR東海道線)の西口から、[川51]綱島駅行きバスにて17分、 1時間に4本から5本程度の便があります。
バス停の先にある上末吉歩道橋の下を過ぎていくと、 真ん中に石段の付いた坂道が左手へと登っていきます。 その手前には大きな「歴史と緑の散歩道」の解説板が設置されています。 散歩道のコース図も載っていますが、今回はその最初の部分だけを歩きます。
歴史と緑の散歩道
「歴史と緑の散歩道」は駒岡町の兜塚から獅子ケ谷市民の森にかけて、 緑多い丘陵の尾根をたどる全長約4.5kmの散策路で、 かつては「鎌倉街道下ノ道」とも呼ばれた重要な街道だったようです。
(「歴史と緑の散歩道」を参照)
坂道を登り始めると、「歴史と緑の散歩道」の案内標識が右手に立っています。 周辺のコース地図と解説文が書かれています。 同じような案内標識がコースに沿って要所に設置されています。
鶴見川から尾根道へ
ここから三ッ池公園の脇を通り、獅子ヶ谷市民の森へかけて、丘陵をのぼりおりしながら、 そのたびに新しい風景をくりひろげてくれる尾根道が続いています。 今わたしたちが立っているところは、その一方の入口になります。
道標の上のこんもりとした緑の中に、浅間神社と兜塚があります。 古墳からは縄文・弥生式土器や、竪穴住居址が発見されています。 また、兜塚という名には伝説があります。 江戸城を築いた太田道灌は、ある夜、白鷲が彼の兜をさらっていった夢をみたため、 その時泊まった加瀬での築城を思いとどまりました。 その夢の中で白鷲が兜を落とした場所が兜塚と呼ばれるようになりました。 兜塚にあがると、鶴見・川崎の街並みがひらけてきます。 そこには、鶴見川がゆるやかに流れています。 この川は、わたしたちの瀬勝に深いかかわりをもってきました。 豊かな水の流れは、昔は両岸にひろがっていた田畑をうるおし、 今はわたしたちの心をやわらげてくれます。 水面にはねる魚や、空を舞い岸をつたう野鳥が目を楽しませてくれます。 兜塚から続く雑木林の下には駒岡八幡神社があり、そこから緑にそって歩くと、正行寺があります。
かぶと塚ふれあいの樹林
「歴史と緑の散歩道」の案内標識を過ぎたすぐの所から、右手の森へ登っていく石段があります。 石段の登り口には、「兜塚」と刻まれた石柱と、 「かぶと塚ふれあいの樹林」の案内板が立っています。 かぶと塚ふれあいの樹林は、 この右側の尾根に続く森と、少し先のどろんこ広場などがある所の二箇所から成っているようです。 右側の尾根は、かぶと塚広場や浅間神社がある所と、富士見の丘の二つに分かれていて、 それらの間には道路に降りずに歩ける散策路はないようです。
かぶと塚広場
石段を登っていくと、程なくしてかぶと塚広場があります。 「広場」と呼ぶには少々狭い所になっています。 ここに外側に向かって兜塚が立っています。 石碑には「太田道灌 兜塚 従永禄元年 至明治四年 四百五年 駒岡村」と刻まれていて、 脇には「遺蹟 浅間神社」と刻まれた石柱が立っていました。 手前の山側には「兜塚」と題した解説板もありました。
兜塚
兜塚古墳跡  兜塚は、外形が兜の形をした古墳で、高さ5.8メートル、直径30メートルあり、 副葬品などから古墳時代後期(6世紀)頃のものといわれています。 昭和6年(1931)頃、長慶天皇(1368〜1383)の陵墓だという説がおこり、 県当局よりの指示で、石野瑛、山田寅元、池谷健治らが、発掘を試みたところ礫床を発見し、 瑪瑙の勾玉・水晶の切子玉・青銅渡金の金環など数点が発見されました。 その後、昭和26年と40年にも調査をしています。
兜塚伝説  長禄元年(1457)、太田道灌が江戸城を築き、江戸を中心とした支城を構築するため、 各地をみて回った時、加瀬の台(川崎市幸区)にも城を築こうとして一夜を過ごしました。 その夜、夢の中で、どこからともなく飛んできた鷲が、道灌の兜をさらって飛び去り、 この丘の上に落として行きました。道灌はこれを不吉として加瀬の台に城を築くのをあきらめ、 後にこの地を夢見ヶ崎と名づけました。 鷲が兜を落とした丘に兜を埋めたので、兜塚といわれるようになったと伝えられています。
 (鶴見区役所)
「兜塚」の解説板の横から続く石段を登っていきます。 程なくして横木に変わった階段が終わると、踏み跡が正面の高みへと分かれていきます。 正式は道は左手のようですが、正面の踏み跡も明瞭になっていて、その上には祠が見えています。 どちらの道を進んでいっても駒岡浅間社に着きますが、今回は左手の道を進んでいきました。
駒岡浅間社
緩やかになった道の先に現われる横木の階段をひと登りすると、なだらかな高みに着きます。 その右側には「駒岡浅間社」の扁額が掛る鳥居が立っていて、 その奥に控える狛犬の先には白塗りの小振りな祠が鎮座していました。 先ほどあった案内板に載っていた「浅間神社」になるようですが、名前が微妙に違っていました。 鳥居や狛犬などの改修に出資した方々の名前を記した石碑はありましたが、神社の由緒を記したものは見かけませんでした。 脇には「かぶと塚ふれあいの樹林」の案内板もありますが、 先ほどのには載っていない富士見の丘の北西側を通る小径も描かれていました。 かぶと塚ふれあいの樹林は面積1.5haほどの小さな森で、平成11年に開園したようです。
かぶと塚ふれあいの樹林
この樹林は土地所有者のご厚意により、横浜市がお借りしているものです。 ゴミを捨てず、みんなで美しい樹林に育てましょう。
面積 約1.5ha、 平成11年 開園
 (かぶと塚ふれあいの樹林愛護会、横浜市)
鳥居や祠に向かって左手へと急な石段が降っていきます。 案内板に載っている枝道になるようなので、ちょいと歩いてみました。 手摺が設置された石段を降って傾斜が緩やかになってくると、左へ曲がっていきます。 最後に再び石段を降っていくとテニスコートの脇に降り立ちました。 周囲には住宅が建ち並んでいました。 降ってきた石段を示す標識類は見かけませんでいた。
駒岡浅間社の建つ高みまで引き返してきました。 右手にはベンチが設置されていて、ひと休みしていくのには良さそうな所です。 正面にはこんもりとした森が見えていますが、 そこへ続く尾根の右側はコンクリート補強された急な崖になっています。 以前には尾根に小径が続いていたようですが、この時には金網で閉ざされていて、 少し先の方には「通り抜け禁止」の注意書きが設置されていました。 ここはベンチの先から左手へと続く横木の階段を降っていきます。
注意
この先急崖につき通り抜け禁止。 一たん左の階段をおりて下さい。
・樹林内での喫煙はやめましょう。
・紙くず空カンは持ち帰りましょう。
・犬の糞は飼主がしまつしましょう。
 (かぶと塚ふれあいの樹林、横浜市)
次第に傾斜が増してくる横木の階段を降っていくと、先ほど登ってきた坂道に降り立ちます。 左手に上末吉小学校やグラウンドを眺めながら坂道を登っていくと、 程なくして右側の森へ登っていく横木の階段が現われます。 標識類は見かけませんが、ここが先ほどの案内板に載っている「富士見の丘」への登り口になります。
横木の階段を登っていきます。 右側に擬木の手摺が現われると、次第に左へ曲がっていきます。 振り返ると、先ほどの駒岡浅間社の建つ高みが見ていました。 その間には崖があって、先ほどのと同じ「通り抜け禁止」の注意書きが設置されていました。
(先ほどのは「左の階段」となっていましたが、ここでは「右の階段」となっています)
横木の階段が終わると、雑木林の小尾根に緩やかな道が続くようになります。 尾根道の両側には笹が生い茂っていますが、背丈は低くて分かり易くなっていました。 途中には横木の階段もありますが、段差は低くて歩き難くはありません。 先ほどの駒岡浅間社にあった案内板では、右手に小径が分かれていくハズなのですが、 笹などが生い茂っていて、こちら側からはその入口がよく分かりませんでした。 頭上を見上げると、若葉から青葉に変わっていく葉が、日差しを浴びて綺麗な眺めでした。
緩やかな尾根道を進んでいくと、正面の僅かな高みへ登っていく横木の階段が始まる所から、 左手へ横木の階段が分かれています。 案内板に載っていた道のようで、その下には先ほど登ってきた坂道が続いていました。 左手の道は後ほど歩くとして、先ずは正面の横木の階段を登っていきました。
横木の階段を登って、その先に続く尾根道を進んでいきます。 尾根が広がってきて、そろそろ高みが近づいてくると、 その手前から、再び横木の階段が左手へ分かれて降っていきます。 この道も案内板に載っていた道で、坂道へと降りていかれますが、やり過ごしていきました。
富士見の丘
左手の階段を見送ってその先へ緩やかに登っていくと、僅かな高みに着きます。 ベンチの先には四角いテーブルも設置されていました。 その手前にもベンチがありましたが、この時には刈り取った笹などが上に積まれていました。 この「かぶと塚ふれあいの樹林」の中では一番高い所になるようで、 これまでに見かけた案内板によると「富士見の丘」というようです。 名前からすると富士山が望めそうですが、周囲には雑木が生い茂っていて、残念ながら見えませんでした。 脇には「駒岡・梶山緑地保全地区について」と題した解説板がありました。 この付近の案内図(*)も載っていましたが、心無い者によって赤ペンキで落書きされていたので、 ここでは載せずにおきます。
駒岡・梶山緑地保全地区について
当地区は下末吉台地に位置する丘陵地で、市街地の中に遺された貴重な緑として、 平成8年に約2.9haが「緑地保全地区」に指定されました。 兜塚古墳など歴史的文化遺産も豊かであり、 市ではこの樹林を地域のみなさんのふれあいの場として活用していただくため 「ふれあいの樹林」としても指定しました。 みんなで美しい樹林に育てていきましょう。
 (横浜市)
*案内図には「かぶと塚ふれあいの樹林」と共に、 この近くにある「駒岡ふれあいの樹林」も載っています。 今回の散策の終りにちょっと立寄ってみましたが、まだ開園していないようで、 入口になると思われる所は工事用の金網柵で閉ざされていました。
四角いテーブルの先へ進んでいくと、あまり歩かれていない様子ながら、横木の階段が降っていました。 先ほどの案内板で見かけた小径になるようだったので、ちょいと歩いてみることにしました。 これまで登ってきた道に比べて笹などが多くなっていますが、道はしっかりと続いていました。 雑木林に続くかなり傾斜のある横木の階段を降っていきます。 少し開けた感じの所に降りて右へ曲がっていくと、斜面を横切るようにして緩やかな道が続くようになります。 頭上を見上げると、梢には鳥の巣箱が取付けられていました。 何処からか小鳥の鳴き声も聞こえてきて、心地よい散策が続きます。
再び現われる横木の階段を降っていきます。 階段が終わって緩やかになってくると、登り返していく所に、特徴的な形をした木が生えています。 その袂から左手へ踏み跡が降っていました。 案内板に載っている小径は登り返していく正面の道になりますが、 左手の下に神社らしい建物が見えたので、立寄っていくことにしました。
駒岡八幡神社
左手の踏み跡は散策路ではないようでした。 整備されていない急斜面の道を、滑り落ちないように注意しながら降っていきました。 傾斜が少し緩んでくると桧の大木が生えています。 その左側を廻って更に降っていくと、神社の境内に降り立ちました。 赤い壁をした社になっていて、左手からは石段が登ってきていました。 そちらが正規の参道になるようでした。 登り着いた所には狛犬が控えていて、石段の下には「八幡神社」の扁額が掛る鳥居が立っていました。 これまでに見かけた案内板に載っていた「駒岡八幡神社」になるようです。 「歴史と緑の散歩道」の散策ポイントにも挙げられていますが、由緒などを記したものは見かけませんでした。
駒岡町神社前地区急傾斜地崩壊危険区域
この区域内での、のり切り・掘さく・伐採等を行う場合は、知事の許可が必要ですから、 右記へお問い合わせ下さい。
 (神奈川県横浜治水事務所)
八幡神社の社殿の裏手はコンクリート打ちの崖になっていますが、 その一角に「八幡社」と書かれた庇付きの額が取り付けられていて、 その手前には手水鉢が置かれ、左右には狛犬が控えていました。 古くからある狛犬のようでしたが、以前に社殿があった所なのでしょうか。
敬神生活の綱領
一、神の恵みと祖先の恩とに感謝し明き清きまことを以て祭祀にいそしむこと。
一、世のため人のために奉仕し神のみこともちとして世をつくり固め成すこと。
一、大御心をいただきてむつび和ぎ国の隆昌と世界の共存共栄とを祈ること。
 (神社本廳統理 徳川宗敬)
特徴的な形をした木の生える所まで引き返してきて、その先へ進んでいきます。 登り気味に続く道を進んでいくと、程なくして横木の階段を登るようになります。 笹が生い茂っていたりヤツデが生えていたりもして鬱蒼とした感じの階段を登っていくと、 左右に通る緩やかな尾根道に出ました。 ここは何処だろうと左右を覗っていると、坂道から横木の階段を登って緩やかになってきたばかりの所でした。 入口には笹が生い茂っていて、尾根道からはよく分からないようになっていました。 先ほども通った尾根道を右手へと進んでいきます。
緩やかな尾根道を進み、最初の分岐を左へ曲がって横木の階段を降っていくと、 上末吉バス停から登ってきた坂道に降り立ちます。 八幡神社も含めて「かぶと塚ふれあいの樹林」は併せて35分ほどの散策でした。 左下にグラウンドを見ながら坂道を2分ほど登っていくと、左手に曲がるようになります。 道が降るようになる所にあるY字路を、右手へ真っ直ぐに進んでいきます。 分岐の少し手前には「歴史と緑の散歩道」の案内標識が立っていますが、 解説板が剥がれていて図や文字は何もありませんでした。
かぶと塚ふれあいの樹林(梶山地区)
住宅地に続く坂道を登って傾斜が緩やかになってくると、 左側に「かぶと塚ふれあいの樹林(梶山地区)」と題した案内板が立っています。 先ほどの森の飛び地になっている所です。 周囲には樹木が植えられているものの、「樹林」というよりも平らな「畑地」のような所です。 イベント広場・果樹・どろんこ広場などがあります。 イベント広場には、水飲や四阿もあります。
かぶと塚ふれあいの樹林(梶山地区)
・犬のフンやゴミは持ち帰りましょう。
・騒音をたてないようにしましょう。
・路上への駐輪・駐車はやめましょう。
・花火などの近所に迷惑をかける行為はやめましょう。
 (かぶと塚ふれあいの樹林愛護会、横浜市北部公園緑地事務所)
果樹とどろんこ広場の周囲をひと巡りする散策路やイベント広場には、木片チップが敷かれていて、 フワフワとしてとても心地良くなっていました。 どろんこ広場は「広場」というよりも畑のようになっていて、自由に入っていけそうな様子ではありませんでした。 どろんこになって畑作業をしようという主旨からの命名なのでしょうか。 広場の向かい側にも細い舗装路が続いていて、樹木の間から自由に出入り出来るようになっていました。
道路に出てその先へと進んでいきます。 右手に分かれていく坂道を見送って、道なりに真っ直ぐ進んでいくと、 左手に送電線の鉄塔「島崎線No.9」が立つ分岐があります。 最初にあった「歴史と緑の散歩道」の案内板によると、 この左手の辺りに梶山遺跡があるはずだがと思って、周辺を15分ほど探してみましたが、 今回も見つけることが出来ませんでした。
諦めて右前方へ続く道を進んでいくと、道が二手に分かれています。 角には「歴史と緑の散歩道」の案内標識が立っています。 その手前にから、右へ戻るようにして降っていく石段があります。 散歩道はここから左手の道を進んでいくのですが、今回は右手の石段を降っていきました。
(この先の道は「歴史と緑の散歩道」を参照)
野の草花と昆虫
春、あたたかな陽ざしを受けてやわらいだ土が匂いたつ頃、 畑には、大根・キャベツ・春菊の花が咲き、 畑の道では、春の七草に数えられるナズナ・ハコベ・ホトケノザなどが可憐な花をつけます。 農作業をする人の影が揺れる陽炎の中を、モンシロチョウやモンキチョウが舞いはじめます。 さなぎで冬を越したものが新しく生まれたのです。 この頃から、小さな昆虫がたくさん姿をみせるようになります。 あたりの緑が青空にくっきりと映えるようになると、もう夏。 シオカラトンボやムギワラトンボが飛びかいます。 草むらから、トノサマバッタやナナホシテントウムシが飛びたち、キリギリスの鳴き声も聞こえてきます。 秋には、特にたくさんの虫の鳴き声が聞かれます。 コオロギ・ウマオイ・クサヒバリ・カネタタキなどです。 雑木林では、ミズキ・クヌギ・シラカシ・シロダモなどの木が葉をおとし、 季節の移りかわりを教えてくれます。 季節の中で、多くの生きものたちが、草や木と深くかかわって生きているのです。 わたしたちのまわりにある残された緑はかけがえのないものです。 付近の寺社には、イチョウ・スダジイ・イヌツゲ・ツガキなどの木が、 名木古木として昔から大切に守られつづけています。
幅の広い石段を降っていくと、集合住宅が建つ所に降り立ちます。 左右の道は見送って真っ直ぐに進んでいくとT字路に出ます。 左側には広場があって、ちょっとした遊具などが設置されていました。 右側には「COMMUNITY CENTER」と書かれた建物があって、外壁にはアナログ時計が埋め込まれていました。 そこを左折して、すぐ先から始まる石段を降っていきます。
石段を降り切ってその先の路地を真っ直ぐ進んでいきます。 T字路に出て右折していくと、右側には「正行寺」の看板を幾つか見かけるようになります。 それらの看板は見送って真っ直ぐ進んでいった先にあるT字路を右折していくと、 「寶元山」,「西行寺」と刻まれた門柱が立っています。 ここが西行寺への入口になります。
西行寺
門柱から中へ入って石畳の道を進み、その先の石段を登っていくと西行寺の境内に着きます。 右手には「六地蔵」が並んでいて、綺麗な花束がお供えされていました。 左手には風格のある立派な本堂があり、その右側が寺務所や庫裡になっているようでした。 「歴史と緑の散歩道」の散策ポイントにも挙げられていますが、 謂われなどを記したものは見かけませんでした。 この時には法事が始まる前だったようで、喪服を着た人達が集まり始めていました。
六地蔵
地獄の世界 餓鬼の世界 畜生の世界 修羅の世界 人間の世界 天道の世界
六体のお地蔵様は上の六つの世界(六道)に居られて、そこで苦しむ人々をお救い下さる菩薩様です。
本堂の左前には白壁の建物があり、そこに赤い帽子と前掛けをした石仏が安置されていました。 建物の前には「信州善光寺 阿弥陀如来」と刻まれた石碑もありました。 どういう意味なのか分かりませんでしたが、石仏の袂には丸まった小石が沢山お供えされていました。
西行寺から引き返してその先へ進んでいくと、 右手に道が分かれて登っていく角の石垣の前に石仏が佇んでいました。 前には大きくて綺麗な花がお供えされていました。 桶には「西行寺」と書かれていたので、ここも西行寺に属するのでしょうか。 謂れなどを記したものは見かけませんでした。
三ツ池風致地区
三ツ池公園を配し、良好な住宅地を形成している区域です。 風致地区内で次の行為を行う時は事前に市長の許可を受けてください。
1.建築物の建築その他工作物の新築、改築、増設または移転。
2.建築物などの色彩の変更。
3.宅地の造成、土地の開墾その他の土地の形質の変更。
4.水面の埋立又は干拓。
5.木竹の伐採。
6.土石の類の採取。
7.屋外における土石、廃棄物又は再生資源の堆積。
なお、この地区では、風致の維持向上のため植栽等の配慮をお願いしています。
 (横浜市建築局建築企画課)
右手に分かれていく坂道を見送っていくと、少しズレた十字路があります。 そこを左折していくと、信号機のある県道140号の交差点に出ます。 手元の地図によると、この正面にあるこんもりとした森が「駒岡ふれあいの樹林」になるようです。 当初はこの樹林も散策しようと思っていたので入口を探してみましたが、 この時にはまだ開園していませんでした。
駒岡ふれあいの樹林
信号を渡って真っ直ぐに進み、突き当たりを左折していきます。 「旭ヶ丘バーベキュー」の看板の出る分岐から坂道を右手へ登っていくと、集合住宅が建ち並ぶ駒岡住宅地に出ます。 その先のT字路を右折していくと駒岡堂ノ前公園があります。 その山際が駒岡ふれあいの樹林の入口になりますが、工事用の金網柵で閉ざされていました。 横浜市のホームページには既に名前が載っていますが、「未開園」となっています。 樹林の案内板などは既に設置されていて、開園に向けて整備が進められているようでした。 (これに要した時間は所要時間に含めず)
駒岡八幡神社前(こまおかはちまんじんじゃまえ)バス停
横断歩道を渡って交差点を右折し、県道を進んでいきます。 宅配便の配送センターやコンビニの前を過ぎていくと、 次の信号機のある交差点のすぐ先に駒岡八幡神社前バス停があります。
鶴見駅(JR京浜東北線)まで、[13]鶴見駅前行きバスにて14分、1時間に8本から9本程度の便があります。 川崎駅(JR東海道線)まで、[川51]川崎駅西口行きバスにて25分、1時間に4本から5本程度の便があります。
[320]鶴見駅行き急行バスもありますが、平日の朝以外は運行されていません。