岩戸山
散策:2010年01月中旬
【低山ハイク】 岩戸山
概 要 岩戸山は伊豆半島の首の付け根に聳える低山で、 南側には相模湾から伊豆の山々を一望できる素晴しい眺めが広がります。 今回はケーブルカーで十国峠まで登り、そこから東光寺を経て緩やかで広めの尾根道を通って岩戸山へ向います。 岩戸山からは北側にある岩戸観音を訪ね、谷筋から落合橋へと降っていきます。
起 点 函南町 十国峠登り口バス停
終 点 湯河原町 落合橋バス停
ルート 十国峠登り口バス停…十国峠登り口駅〜十国峠駅…十国峠…姫の沢公園…東光寺…湯河原分岐…笹の広場…岩戸山…17番鉄塔…岩戸観音…中沢林道…泉地区…水場…前仲沢バス停…椿寺…落合橋…落合橋バス停
所要時間 3時間40分
歩いて... 天候に恵まれれば十国峠からは360度の素晴しい眺めが広がるのですが、 この時には生憎の曇天のため、富士山は見えませんでした。 岩戸山からは眼下に熱海の街並みが望め初島なども見えていましたが、 時折小雪が舞う寒い日だったので長居はせず、早めに下山していきました。
関連メモ 十国峠
コース紹介
十国峠登り口(じゅっこくとうげのぼりぐち)バス停
熱海駅(JR東海道線)から関所跡・元箱根行きバスにて35分、 便数は多くないので、事前に調べておきましょう。
 終日 9:15 9:45 10:20 10:55 11:30...
(平日は元箱根行き、土日は関所跡行きになります)
バス停の道路向いからは特徴的な山容をした沼津アルプスなどを見渡せる眺めが広がっていますが、 十国峠へ登るともっといい眺めになります。
十国峠登り口駅
バス停は「十国峠ケーブルカー・レストハウス」の前にあります。 建物の左側の「ケーブルカー登り口駅」と書かれたドアから中に入り、 階段を登った所に十国峠ケーブルカー十国峠登り口駅があります。 時刻表の上には「約10分間隔で運転中」の紙が貼られていました。 利用客の状況などをみながら運行しているようでした。 ケーブルカー乗り場にある「十国峠から見える昔の国名」の解説板によると、 この十国峠は伊豆国に含まれるようです。
十国峠から見える昔の国名
安房国(あわ) 現在の千葉県南端にあたる。 房州(ぼうしゅう)と呼ぶこともある。 稀に安州(あんしゅう)とも。 また、南総(なんそう)とも呼ばれた。
上総国(かずさ) 現在の千葉県の中南部を占めるが、設置当時は千葉県南部、後の安房国も含んでいた。 総州(そうしゅう)とも呼ばれた。
下総国(しもうさ) 領域は現在の千葉県北部、埼玉県の東辺、東京都の東辺、茨城源南西部にまたがる。 総州(そうしゅう)とも呼ばれた。
遠江国(とおとうみ) 現在の静岡県の大井川西部にあたる。 かつて、大井川の河口は現在より東だったため、 現在の志太郡大井川町も大井川の右岸で、明治初期まで遠江国榛原郡(はいばらのこほり)であった。 遠州(えんしゅう)とも呼ばれ、現在もしばしば用いられる。
信濃国(しなの) 領域は現在の長野県とほぼ同じ。 信州(しんしゅう)と呼ぶこともある。
甲斐国(かい) 現在の山梨県にあたる。 甲州(こうしゅう)と呼ぶこともある。
武蔵国(むさし) 現在の埼玉県と東京都の隅田川より東の地域と島_を除く部分および 神奈川件の北東部(現在の川崎市全域と横浜市東部・沿岸部)を合わせた地域にあたる。 武州(ぶしゅう)と呼ぶこともある。
相模国(さがみ) 現在の神奈川件の北東部を除く大部分にあたる。 相州と呼ぶこともある。
伊豆国(いづ) 現在の静岡県の伊豆半島と、東京都の伊豆諸島にあたる。 豆州(ずしゅう)と呼ぶこともある。
駿河国(するが) 現在の静岡県の大井川の左岸で中部と北東部にあたる。 駿州(すんしゅう)と呼ぶこともある。
十国峠駅
係のお姉さんが1名添乗して、ケーブルカーや十国峠の解説をしているうちに、 3分ほどで十国峠の山頂にある十国峠駅に到着します。 1階では土産物などが販売されていて、2階は展望室になっています。 周囲はガラス張りなので、風が強い日などに展望を楽しむのに良さそうでした。
このケーブルカーの制動装置はテオドルベル式で、自動・足踏・過速・手動の四種を併せて装備し、 ロープが切れたり、あるいは少しでもロープがゆるむと直ちに自動的に車が止まるよう万全を期してありますので 全く心配はありません。
ケーブルカーの中には「日金山ハイキングコースから湯河原温泉へ」や 「十国峠ハイキングコース〜姫の沢公園・岩戸山めぐり〜」と題した案内書きが張り出してありました。
十国峠 (標高771m)
十国峠駅の建物から外へ出ると十国峠の山頂になります。 何も遮るものがない360度の大パノラマが広がっています。 「富士・箱根・伊豆国立公園 十国峠」と書かれたモニュメントの奥には富士山が見えるはずなのですが、 生憎の曇天のため、残念ながら裾野の辺りが僅かに見える程度でした。 山頂には十国碑や小掘春樹君偉功記念碑などもありました。 以前にはこの十国峠の山頂に航空用の灯台が建っていたのだそうです。
十国碑
十国五島を俯瞰できることから、この峠の名ができました。 天明3年、当時の熱海里長が建てた古い「いしぶみ」です。 熱海をこよなく愛した高山樗牛は有名な『わがそでの記録』の中で、 十国峠に登る遊びはことのほか爽快で、北は足柄、南は大島、東は江ノ島、西は田子の浦まで壮大な眺めたぐふべきものなし… と記しています。
伊豆国加茂群日金山頂
所観望者十国五島
 自子至卯 相模国 武蔵国 安房国 上総国 下総国
 自辰至申 其国所隷之 五箇島 及 遠江国
 自西至亥 駿河国 信濃国 甲斐国
天明三年八月東都林居士諸島出雲光英源清候等應熱海里長渡辺房求之需建之
記念碑移設の由来
この記念碑は亡小堀春樹氏が昭和7年ころ電気事業界をはじめ有志の人々に呼びかけて航空灯台献納会を創設し、 その浄財に依って十国峠外八箇所に航空灯台を建設して、これを政府に献納し夜間航空の安全を企図した功績を記念するため、 昭和14年11月この山の中腹に建立したものです。 今回故人の30回忌にあたり、近親ら相はかりもと灯台の建設地であったこの地点に移設したものです。 ちなみに本灯台は政府において終戦直後、鉄塔その他諸式一切を田方郡達磨山山頂に移し、 戸田航空灯台として昭和21年5月1日より今日に至るまでその指名を物語る如く、 絶えず光芒を放って空の守りに仕していることを附記する。
 (昭和43年3月11日建之)
十国峠の西側には特徴的な沼津アルプスが横たわり、東側には相模湾に突き出る真鶴半島もよく見えていました。 南には伊豆の山々が連なり、北側には箱根へと峰々が続いていました。 天気がいいと東京や房総半島も見えるようですが、この時には霞んでいて見えませんでした。 真鶴半島の手前に聳えている山が、これから向う岩戸山でしょうか。
十国峠からの展望を満喫したら岩戸山へと向っていきます。 岩戸山へは十国峠駅の右手にある幅の広い石段を降っていきます。 その降り口にはお願い地蔵があって、綺麗な花が手向けられ、絵馬が沢山掛けてありました。
十国峠「お願い地蔵」建立のご案内
十国峠は、昭和初期より伊豆や熱海と箱根を結び、また、日本の交通の要所として大きな役割を果たしてきています。 昭和7年、熱海峠と箱根峠を結ぶ「自動車専用道路」が開通するとともに、 山頂に日本初の「夜間航空灯台」が設置されました。 さらに昭和32年、日本初の「カーブミラー」が自動車専用道路に設置されました。 平成18年「十国峠ケーブルカー開業50周年」を記念し、 また、この地を訪れた皆さまの「旅の安全と交通災害ゼロ」を祈願しまして、 平成19年、この「お願い地蔵」を建立しました。
石段を降りて両側に笹竹が生える舗装路を進んでいくと、芝地になった広場があります。 広場を過ぎて、その先の笹竹の生い茂る舗装路を進んでいくと、再び芝地になった広場があります。 この辺りは芝地広場というようです。 左下には熱海日金山霊園があって、降っていく石段には「日金山東光寺近道」の看板も出ていますが、 脇にある「姫の沢公園アスレチックコース・日金山東光寺」を指す看板に従って、そのまま舗装路を進んでいきます。 広場の端まで来ると源実朝の歌碑があります。
右大臣実朝の歌碑
箱根路をわが越えくれば伊豆の海や沖の小島に波の寄る見ゆ
詩歌を愛した将軍源実朝は、この峠をいくたびも越えています。 二所詣でのために鎌倉から箱根権現に詣でるためです。 この歌は22才のときに詠まれたといわれています。 (二所とは伊豆山権現、箱根権現のこと) この歌碑は昭和8年熱海に在住の藤原銀次郎氏が私財を投じて 建立したものである。平成4年12月伊豆箱根鉄道(株)の協力を得て 熱海市が更に眺望のきくこの場所に移設したものである。
姫の沢公園 (標高736m)
相模湾に浮かぶ初島などを正面に眺めながら、笹竹に囲まれた舗装路を降っていくと道路に降り立ちます。 右手には姫の沢公園、左手には熱海日金山霊園があります。 公園の入口にある案内図によると、ここにあるのは峠の広場というようです。 アスレチックハイキングBコースの起点にもなっていて、 この峠の広場から紅葉谷ハイキングコースを通って麓のアスレチック広場までのコースが紹介されていました。 十国峠登り口バス停へ来るまでに姫の沢公園バス停があったので、 傾斜地にある広い公園になっているようでした。
有害鳥獣の駆除実施について
熱海市では、姫の沢公園周辺と十国峠日金山ハイキングコース、日金山ハイキングコース、 岩戸山ハイキングコース周辺で、熱海猟友会による有害鳥獣の駆除作業を左記のとおり実施します。 事故防止の為、姫の沢公園内及び各ハイキングコースの立ち入りを禁止します。
平成22年1月26日(火)27日(水)、2月8日(月)9日(火)
時間は、各日午前8時30分から午後5時まで行います。
 (熱海市役所産業推進課農林水産室)
水道施設を過ぎて、自動車が通っていけるだけの幅がある舗装路を降っていきます。 降り始めると、道端に「岩戸山ハイキングコース案内図」がありました。 今回訪ねる岩戸観音も載っているので参考にしましょう。 2分ほど降っていくと、道の脇に石仏が何体か並んでいます。 「十六丁」と刻まれたものもありました。 更に1分ほど降っていくと、道端に円弧を描くようにしてお地蔵さんが並んでいます。 東光寺にゆかりのあるお地蔵さんのようで、歴史ある古道の風格が感じられます。 顔立ちもはっきりしないほど擦り減っている中で、中ほどの大きめのお地蔵さんはまだ明瞭でした。 何故だか風車が幾つも刺してありました。
お地蔵さんを過ぎて更に2分ほど降っていくと、東光寺の日金地蔵堂が見えてきます。 道はその手前で右へ曲がっていきますが、その角から細い道が左手へ分かれて登っていきます。 登り口には「十国峠日金山ハイキングコース」の標柱や「日金の伝三仙人塚」の案内板が立っています。 50mとのことなので往復してくることにしました。 石製の五輪塔のようなものが両脇に並ぶ道を登っていくと、僅かな高みの塚が三つ並んでいて、 各々の上に宝篋印塔がありました。
(画像を左クリックすると、木生仙人・松葉仙人・金地仙人の宝篋印塔が表示されます)
熱海市指定文化財 史跡 日金の伝三仙人塚
日金地蔵堂の裏山の(この奥約50メートル)に 日金山・東光寺の開祖創を伝える松葉仙人、木生仙人、並びに金地仙人を供養する 市内で日金山・東光寺の開祖創を伝える松葉仙人、最も古い宝篋印塔の三基が塚上に立っている。 中央の塔が松葉、右側が金地、左側が木生の各仙人墳である。 松葉仙人古墳塔の基礎部に「建武三 9月5日 沙弥口阿弥陀仏」、追補の塔身の裏に 「文化十 仲冬14日 不退金剛周道 再修拝誌」の刻銘がある。 古くからこの丘陵一帯は山林修行の場であった。
 (熱海市教育委員会)
塚から引き返してその先へ降っていくと、右側の一段低い所に石仏などが沢山並んでいました。 奥には真新しいお地蔵さんが沢山並んでいて、その前には風車が沢山ありました。 入口には解説板がありましたが、これらの石仏と関連があるのかどうかはよく分かりません。 この時にはかなり掠れていて読めなくなっていましたが、 以前に来た時はよく読めたので、その時の内容を載せておきます。
日金の鬼伝説
日金の山に鬼がいる・・・昔から、伊豆地方の死者の霊魂は、みな日金山に集ま るといい伝えられ、春秋の彼岸に日金山に登ると、通行人の中に、会いたい人 の後ろ姿を見ることができると言われてきました。そして日金のどこかに地獄、 極楽があると信じられているのです。 天正10年12月、朝比奈弥太郎が、家康の命をうけ韮山の北条氏規を訪ねる ため、十国峠を越え日金の山を降る途中、六尺豊かな大男に出会い、その男が 亡者を迎える鬼であったという話が伝えられたものです。
左手にはおねがい地蔵堂がありました。 祠の中には大きなお地蔵さんの周囲に小さなお地蔵さんが沢山奉納されていました。 祠の左側には供養塔があり、その由来も刻まれていましたが、 達筆過ぎたり掠れていたりして読めない文字もかなりありました。
おねがい地蔵堂
おねがい地蔵尊は何でも願いをかなへてくださいます。 願いが成就する様に祈りをこめて此の御堂に納めて下さい。
大空を 天翔けりきて いまここに 安らかに眠れ わが幼などち
供養塔由来
昭和十四年熱海尋常小学校を卒業して有余年共に学び共に_んできた_き友たちを偲び その佛霊を慰めん_昭和四十三年同窓生相集い_の地日金の山にこの碑を_つ
___同窓生
東光寺
六地蔵が見守る手水舎や鐘楼を過ぎていくと、「日金山」の扁額が架かる東光寺の日金地蔵堂があります。 十国峠を出発してから24分ほどで到着しました。 手前にある鐘楼からは、湯河原方面を見下ろせる眺めが広がっていました。
熱海市指定文化財 彫刻 銅像延命地蔵菩薩像及脇童子像
本尊の延命地蔵菩薩像は半跏像で、錫杖、宝珠を持ち、反花蓮華座、輪光背の銅造大作である。
本尊像高324cm、脇童子像高 掌善91cm、掌悪93cm
本尊台座に「武州江城の住 大工長谷五郎兵衛宣隣作 宝珠朝倉清兵衛内儀 願主法印盛算… 寛文十一年辛亥年四月五日 大工横山半右衛門正重」の刻銘がある。 寛文十一年は1671年。 日金山は中世から「死者の霊の集まる山」として、伊豆・相模から駿河・三河にわたって、 地蔵信仰のメッカとして栄えた。
 (熱海市教育委員会)
石畳の参道を引き返してくると、石灯籠の先の石段を降った所から尾根道が始まります。 石灯籠の脇には「石仏の道案内図」があって、日金山東光寺の由来も記されています。 石仏の道は麓の西山バス停から姫の沢公園の東縁に沿ってここまで続く道で、全長約2700mとのことです。 石段を降った所には仏像が彫られた石柱が立っていて「日金山頂上 湯河原ヨリ四十二丁余」と刻まれています。 以前に西山バス停の傍で見かけた「石仏の道」の案内文を参考までに載せておきます。
日金山東光寺の由来
応神天皇2年(271)伊豆山の浜辺に、光る不思議な鏡が現われました。 鏡は波間を飛び交っていましたが、やがて、西の峰にとんでいきました。 その様子は日輪のようで、峰は火を噴き上げているように見えたので、 日が峰と呼ばれ、やがて、日金山と呼ぶようになりました。 同4年(273)松葉仙人が、この光る不思議な鏡をあがめ、小さな祠を建てて 祀ったのが、開山と伝えられています。 推古天皇の頃(594)走湯権現の神号を賜り、その後、仁明天皇の承和3年(838) 甲斐国の僧、賢安が、日金山本宮から神霊を現在の伊豆山神社のある地に 移したと言われています。 鎌倉時代は、源頼朝の篤い信仰に支えられ、現在本尊として祀られている延命地蔵菩薩像も、 頼朝公の建立によるものです。 地蔵菩薩は、地獄に其の身を置いて、地獄で苦しむ者を救ってくれる仏であることから、 死者の霊の集まる霊山として、篤い信仰があり、今も尚、春秋の彼岸には多くの 人が登山して、新仏や先祖供養のために、卒塔婆供養をしています。
石仏の道の由来
古来、熱海村のはずれにあるこの地は、地蔵堂があり四面塔と呼ばれていた。 左に「みしまみち」、右に「ひがねみち」(現存)の石標があり、東光寺への参道の 入口でもあった。(現在は明水神社に石塔が移転されている) 天明2年(1782)、名主今井半太夫が亡くなった子息の菩提を弔うため、ここに石仏を寄進した。 その台石には、熱海村の中心よりここまで十町、ここから日金まで四十町とある。 これ以降、村長渡辺房求の呼びかけで、日金山東光寺まで四十町の参道に1町目毎に 順次石仏が寄進された。 寄進者は主として熱海の名家や江戸の商人などが多い。 昔から伊豆・相模・駿河の人は、死者の霊魂は必ず日金に昇るといわれ「日金山の奥に は地獄がある、亡者の魂は皆ここに集まる」と信仰され、春秋の彼岸にはここに大勢の人が参詣した。
湯河原分岐
山道にしては広くて緩やかな尾根道を進んでいきます。 「四十二丁目」の丁仏を過ぎていきます。 ケーブルカーの中にあった貼り紙では1丁=109m毎に設置されているとのことですが、 2700mの距離に42丁目まであると、それより短い間隔で設置されている計算になります。 東光寺から1分半ほど進んでいくと、丸太を横に組んだ木橋を渡っていきます。 「四十一丁目」の丁仏を過ぎて、両側に背丈の高い笹竹が生える尾根道を進んでいくと分岐があります。 東光寺から4分ほどの所になります。 角には道標が立っていて、左手に分かれて降っていく道は「泉・湯河原」、正面の道は「岩戸山・土沢」、 今来た道は「日金山東光寺」となっています。 また別の道標も立っていて、正面の道は「岩戸山」、今来た道は「十国峠」、 この場所は「湯河原分岐点」となっています。 脇には「右 熱海伊豆山」「左 湯河原温泉」の石標や「三十九町目」の丁仏も立っています。 ここは正面に続く緩やかな尾根道を進んでいきます。
(左手の道は「十国峠」を参照)
植物採取および鳥獣捕獲禁止
 (姫の沢公園)
鳥獣保護区
 (静岡県)
自然をたいせつに
背丈の高い笹竹に混じって樹皮が滑らかな木が生える所を過ぎていきます。 「三十八町目」の丁仏を過ぎていくと、道端の四角い所に石仏などが沢山並んでいました。 これまでに見かけた案内図に載っていた「さいの河原」という所なのでしょうか。 そこを過ぎたすぐ先の一段高い所に末代上人宝筐印塔がありました。 湯河原分岐から3分ほどの所になります。
末代上人宝筐印塔
日金山で修行した伊豆走湯山の住僧末代上人(富士上人)は、富士山修験の頭領として富士山に数百回登って修行し、 富士山頂に大日寺を建立し、鳥羽上皇の書写した直筆の妙法経を埋経したりして、富士山の山岳仏教を定着させた。 この宝筐印塔は、文化11年(1814)3月に般若院の第9代住職(周道)が 「奉日金山再建末代聖上人一千年遠忌」として建立したものである。
 (富士山を世界文化遺産にする熱海の会)
笹の広場
「三十六町目」の丁仏を過ぎて少し降り坂になった尾根道を進んでいきます。 大きな岩を過ぎていくと、東光寺から10分ほどで開けた所に出ます。 ここで道が左手に分かれていきます。 角に立つ道標によると、左手の道は「岩戸山」、正面の道は「土沢・市内」「姫の沢公園」、 今来た道は「日金山東光寺」となっています。 また別の道標も立っていて、正面の道は「土沢」、左手の道は「岩戸山」、 この広場は「笹の広場」となっています。 「三十五町目」と刻まれた石の上に乗った石仏もありました。 「石仏の道」は正面の広い尾根を降っていくのですが、 今回はここから左手に分かれていく尾根道を通って岩戸山へ向っていきます。 左手には岩戸山への道と送電線の鉄塔への巡視路がありますが、 右側の道が岩戸山へ続く道になります。
(正面の道は「十国峠」を参照)
注意
ハンターのみんさん! ここは鳥獣保護区です。 鳥獣の捕獲は禁止されております。
 (静岡県)
杉林に続く広くてしっかりとした尾根道を進んでいきます。 道の両側には背丈の高い笹竹が生い茂っていて回廊のようになっています。 この時は寒い日で、道には霜柱が出来ていました。 この辺りまで来ると、小雪が舞うようになりましたが、大した降りではなかったので、 そのまま歩いていきました。 「岩戸山ハイキングコース」の道標を過ぎていくと、送電線への巡視路が左手へ分かれていきます。 尾根に並行して送電線が通っているので、この先にかけても所々で巡視路が分かれていきます。 二つめの道標を過ぎていくと、左手の樹木が低くなって眺めが広がる所がありました。 そこを過ぎて1分ほど進んだ所からもいい眺めが広がっていました。
所々で広がる眺めを楽しんだりしながら、尾根に続く広くて緩やかな道を進んでいきます。 所々には松が生えていたりもして、雰囲気のいい道が続きます。 竹の種類が変わって熊笹が生い茂るようになると分岐があります。 笹の広場から16分ほどの所になります。 正面には道標が立っていて、左手の道は「岩戸山山頂近道」となっています。 右手の道も広くてしっかりしていますが何も示されてはいません。 これまでに見かけた案内図などによると、右手の道からも岩戸山へ登っていけるようですが、 遠回りになる上に168段の階段もあるようです。 今回は左手の「近道」を進んでいきました。 すぐに送電線の「巡視路No.16」が分かれていますが、その右側に続く坂道を登っていきます。
岩戸山 (標高734.4m)
岩が剥き出したりしている坂道を登っていきます。 これまでの緩やかな尾根道に比べると傾斜はありますが、息が切れるほどではありません。 道の両側に熊笹などが生い茂る道を3分ほど登っていくと、急に視界が開けて岩戸山の山頂に着きます。 笹の広場から22分ほど、東光寺から35分ほどで到着しました。 狭い山頂にはテーブル・ベンチが一組と三等三角点があります。
岩戸山の山頂の北側は笹竹や細木などに覆われていますが、 南側が開けていて素晴しい眺めが広がっています。 振り返ると、先ほど出発した十国峠の建物も見えていました。 そこから南へと伊豆の山々が続いていました。 東側の眼下には熱海の街並みが広がり、相模湾に浮かぶ初島も見えていました。 条件がいいと伊豆大島も見えるのでしょうが、この時には生憎の曇天で見えませんでした。 お昼には少し早かったのですが、誰もいない山頂でテーブル・ベンチを独り占めして、 小雪が舞う寒空の下で昼食タイムにしました。
17番鉄塔
お腹も満ちて景色も堪能したところで、岩戸山から下山していきます。 正面右手にも広い道がありますが、今回は北側にある岩戸観音を訪ねていくべく、左手に続く道を降っていきました。 両側に熊笹が生い茂るしっかりとした坂道を降っていくと、すぐに緩やかな尾根道になってきます。 よく踏まれていて広めで歩きやすい道になっていました。 岩の間を抜けていくと、山頂から2分ほどで、送電線の鉄塔「熱海分岐17号」の袂に出ます。 左手が開けていて、箱根方面の山々を望む眺めが広がっていました。
熱海分岐17号 お願い JR東海
この送電線は、7万7千ボルトの高電圧です。 下記の事柄について御連絡下さい。
1.送電線の附近に構造物を建てられるとき。
2.送電線に接近して作業をされるとき。
3.送電線の附近で火災がおきたとき
 (小田原電力所、東京地区電力指令)
鉄塔の左脇の角から左手へ急坂の道が分かれています。 角には小さな手製の道標が立っていて、左手の道は「岩戸観音・落合橋・七尾・伊豆山」、 正面の道は「七尾峠・伊豆山」、今来た道は「十国峠・山頂・日金山東光寺」となっていました。 左手の道を覗ってみると、岩がゴロゴロした急坂になっていました。 トラロープも張られて崖のようになっていて、私にはちょっと降りていけそうにもありませんでした。 道標に取り付けられた小さな案内図によると、尾根道を進んでいった先にも岩戸観音への分岐があるようなので、 そちらへ廻ってみることにしました。
引続き両側に熊笹が生い茂る尾根道を進んでいくと、次第に降り傾斜が増してきて、 右・左と折れ曲がりながら降るようになります。 程なくして熊笹が終わって、冬枯れの雑木林を降るようになります。 樹間から見える山並みなどを眺めながら降っていきます。 再び熊笹が生い茂るようになった道を降っていくと、大きな岩が剥き出した所があります。 そこを過ぎて右へ曲がっていく角から、細い道が左へ分かれていきます。 17番鉄塔から8分ほど、岩戸山の山頂から11分ほどの所になります。 角には先ほど見かけたのと同様の手製の道標が立っていて、 左手の道は「岩戸観音・山頂」、右手に曲がっていく尾根道は「七尾峠・伊豆山(神社)」、 今来た道は「岩戸山頂・東光寺・十国峠」となっていました。 小さな案内図も取り付けられていて、 岩戸観音を経てロープ伝いに先ほどの分岐までの道が示されていました。 また右手の道の少し先にもしっかりとした道標が立っていて、 左手の道は「岩戸観音」、右手の道は「伊豆山神社・七尾」、 今来た道は「岩戸山山頂・日金山東光寺」となっていました。 先ほどの道よりはずっと歩きやすそうだったので、ここから岩戸観音へ向うことにしました。
山を汚す登山者は猿より頭の毛が三本? 空き缶・ゴミ・良心は持ちかえろうね
これまでのしっかりと踏まれた道から一転して、山の斜面を横切るようにして細い道が続きます。 踏み固められた感じではなくて、頼りなさそうな道になっていました。 多少の登り降りがあったり、崩れやすい所もあったりしますが、 谷へズリ落ちたりしないよう注意しながら何とか歩いていけました。 熊笹が生えるようになった道を進んでいくと、尾根道から7分ほどで分岐がありました。 角には先ほどのと同じ人の作と思われる道標が立っていて、 右手に降っていく道は「落合橋よりバス・JR駅(林道横断)」「湯河原落合橋・落合橋バス停・JR湯河原駅」、 左手に登っていく道は「岩戸観音・ロープあり」、 今来た道は「七尾・伊豆山方面」となっていました。 今回はここから落合橋へ降っていくのですが、その前にこの先にある岩戸観音を訪ねていきます。
岩戸観音
分岐からは途切れ途切れに石段が続いていて、その昔にはしっかりとした参道になっていたようです。 分岐の右手に続く道にも石段があったので、そちらから登ってくるのが正規の参道のようでした。 道標には「ロープあり」となっていたので心配しながら登っていきましたが、 特にそれらしいものはなくて、分岐から1分半ほど、尾根道から9分ほどで岩戸観音に着きました。 切り立った高い岩壁の袂が刳り貫かれていました。 扉の中を覗ってみると、中には石祠があって、金色の小さな観音像が安置されていました。 線香立てや蝋燭立てもあって、綺麗な花やお賽銭も供えられていました。 花は新鮮だったので、熱心にお参りされている方がおられるようでした。 また「岩殿観音和讃」と題した書き物も置かれていました。 それによると、岩戸観音は「岩殿観音」とも云うようです。 岩戸観音の前にはこれまでにも見かけたのと同様の道標が立っていて、 この先の道は「十国峠・東光寺・山頂」、今来た道は「七尾・伊豆山・落合橋バス停」となっていました。 小さな解説板も取付けられていましたが、途中で切れているのか、中途半端な感じの文に思えました。
岩殿観音和讃
泉の山の 岩かげに 南無や岩殿観世音 由来をくわしく たずねれば 帰依ある人も なき人も 互いに誘い 誘われて 雨の降る日も 風の日も 如何なる真の 暗き夜も いとわず たがわず けだいなく 観音堂に 集まりて わが名を千べん 唱うれば 腹立つたびの とがおとし この世で祈祷 未来まで 必ず救い とらんとて 大慈大悲の おん誓い 観音菩薩の おん慈悲は 普くしゅじょうを 救わんと 導き給へや 観世音 南無や岩殿観世音
(「泉の山」の"泉"とは、熱海市の泉地区を指しているのでしょうか)
岩戸観音 開運
戦時中、戦地の父や兄弟の武運と無事を祈る講と麓に岩殿観音が
岩戸観音から手前の分岐まで引き返して、落合橋へと降っていきます。 切り出した石や自然石などが敷かれていて、 その昔にはしっかりとした参道になっていた名残を感じながら降っていきました。 道端の石が苔生しているところをみると、古くからある道のようでした。 斜面を折れ曲がりながら降っていくと、熊笹は次第に減ってきます。 岩戸観音から4分ほど降っていくと斜めに通る道に降り立ちました。 道標類は見かけませんでしたが、左手は登り気味に続いているので、右手へと降っていきました。 その1分ほど先でも同じような道に降り立ちましたが、そこでも右手へと進んでいきました。 岩が剥き出した所を曲がっていくと、岩戸観音から8分ほどで谷筋に降り立ちました。
引続き石段が途切れ途切れに続いています。 石を切り出した跡のような所も見かけたので、 石段に用いられている石は麓から運び上げたのではなくて、この付近の岩から切り出したように思えました。 谷筋に続く道を緩やかに降っていくと、岩戸観音から11分ほどで杉林に入っていきます。 林床にはアオキなどが生い茂っていましたが、道は明瞭に続いていました。 杉林を5分ほど降っていくと、道端にスイセンが生えている所がしばらく続きました。
中沢林道
一旦途切れて再びスイセンの群落が続く道を降っていくと、樹木が疎らになって明るい所に出ました。 樹木越には箱根方面の山並みが見えていました。 その先の細い木や夏草の跡などが続く杉林の道を降っていくと林道に降り立ちました。 地形図に実線で載っている道で、中沢林道というようでした。 岩戸観音から23分ほどで降りて来られました。 脇に生える樹木に手製の道標が幾つか括り付けられていました。 それらによると、右手の道は「中沢林道を下りゆづり葉団地へ50分」、 左手の道は「日金沢みち・28丁目え至る」、今来た道は「岩戸山」となっていました。 林道を横切った正面に山道が続いていて、 「林道直進横断」「下り左中沢をへておちあい橋え」(*)の標識がその山道を指していました。 ここは林道を横切って正面に続く道へ入っていきました。
*「左中沢」というのは、この下の泉地区を流れる川の名前のようです。
7・8人のグループが林道を丁度通りかかりましたが、 道にできた大きな水溜まりに張った薄氷を足でバリバリと割りながら、大声を出してはしゃいでいました。
泉地区
常緑の樹木が生える所を降っていきます。 道はこれまでよりも明瞭で広めになっていました。 1分もしない内に桧林に入っていきます。 僅かな水の流れを渡って桧林を更に降っていくと、林道を横切ってから5分ほどで舗装路に降り立ちました。 これで山道は終わりになります。 岩戸観音から30分ほどで降りて来られました。 手元の地図によると、ここは熱海市の泉地区の奥地になるようです。 降り立った所には白塗りの板が置かれていました。 道案内のようで、何やら文字などが書かれていましたが、掠れていて読めませんでした。 他に道標類は見かけませんでしたが、左手は登り坂になっているので、右手へと降っていきました。 正面には山並みが広がり、その奥には相模湾が見えていました。 海の向こう側には陸地も見えていましたが、小田原から鎌倉にかけての海岸でしょうか。
すぐに広めの道が右手に分かれていきますが、左手へ曲がっていく舗装路を降っていきます。 小屋などの前を過ぎていくとT字路があります。 道標類は見かけませんでしたが、正面の道は登り気味になっていたので、 右へ分かれていく道を降っていきました。 コンクリート舗装からアスファルト舗装になってきたしっかりとした道を降っていきます。 熱海市の水道設備を過ぎた先で道が二又に分かれていますが、 左手の道は登り坂になっているので、正面の降り坂になった道を進んでいきます。 この先にかけても道が分かれている所が何度もありますが、 いずれも降り坂になった方の道を下へ下へと進んでいきます。
水場
茶畑やミカン畑などを過ぎていくと、民家が点在するようになってきます。 舗装路に降り立った所から6分ほど降っていくと、道路の脇に水場がありました。 竹筒で引かれてきた水が下に置かれた水瓶に流れ落ちていました。 脇の木にはコップがぶら下げられていたので飲めるのだろうと思われますが、 この時には水は足りていたので、飲まずにおきました。
右側に細い水の流れが続くようになった坂道を降っていきます。 生け垣のある民家を過ぎていくと、道は左手へ直角に曲がっていきます。 角には中沢町内会第1組の赤いホース格納箱がありました。 そこを左折して、幅が広がってきた流れに沿って更に降っていきます。 脇に立つ看板によると、この沢は「左中沢川」というようです。 沢沿いに降って名もない橋を渡った先の二又を左折して、沢沿いに更に降っていきます。 沢に架かる橋まで来て手前を左折して沢沿いに降っていくと、 やがて正面に山並みが見渡せるようになってきます。 S字形に大きく右へ曲がっていくと、沢に降りていける所がありました。 舗装路に降り立った所から20分ほどの所になります。 大きな岩がゴロゴロしていますが、2mほどで流れまで降りられます。 小さな滝のようになっていて、流れ落ちる水が心地よい音を響かせていました。 暑い夏場には涼を得るのに良さそうな所でした。
土石流危険渓流 千歳川水系 左中沢川
土石流が発生する恐れがありますので、大雨の時などは十分注意して下さい。
 (静岡県、熱海市)
前仲沢バス停
中沢1号橋や中沢2号橋を渡りながら降っていくと、ホテルなどが建ち並ぶ温泉街になってきます。 道路の上に架かる作業用の鉄製の橋の下を過ぎて坂道を降っていくと、左右に通る道路に降り立ちました。 泉地区の奥の舗装路に降り立った所から30分ほどの所になります。 正面には前仲沢バス停があります。 湯河原駅までの便がありますが、午後には僅かに16:35発の1本しかないので、 当てにはせずに、このまま右手へと更に降っていきます。
東光寺の先の湯河原分岐を「泉・湯河原」に従って曲がってくると、この道に降りて来られます。
(「十国峠」を参照)
道なりに右手へ降っていきます。 左へS字形に曲がっていくと、道路の拡幅工事が行われていました。 そこを過ぎていくと、少し曲がったX字路があります。 落合バス停へはここを左折して降っていくのですが、 右手に「椿寺 身延山湯河原別院参道」と書かれた門があったので、 ちょいと立ち寄っていくことにしました。 脇には「泉ヶ丘大聖不動明王入口」と刻まれた石柱や、「一丁目」の丁仏もありました。 門の先に真っ直ぐ続く石段を登っていきました。
椿寺はすぐ近くにあるだろうと思っていましたが、結果的にはかなり歩かされました。 石段を登って道路を横切り、その先の石段を登っていきます。 再びある道路を横切って石段を更に登っていきます。 石段が終わった先に続く坂道を登っていくと、三度目の石段が現れます。 降り基調の道がほとんどの今回のコースの中にあって一番疲れた所になりました。 石段を登り切ると左右に通る道があります。 正面に置かれた「←椿霊園」の板に従って左手へ登っていきます。 熱海市の水道施設の手前まで来ると、右側に四度目の石段が現れます。 その石段を登っていくと、椿寺の境内に着きました。 正面には「椿寺山廊」と書かれた標識が設置されていて、 右側には「椿山亭」と名付けられた東屋がありました。 東屋からは、箱根へと続く山並みや真鶴半島を眺めることが出来ました。
椿寺
椿山亭を過ぎてなだらかな石畳の参道を右手へ進んでいくと、椿寺の本堂がありました。 左右には「身延山湯河原別院 日蓮宗湯河原教会」「湯河原動物愛護廟」と書かれた板が掲げられていましたが、 お寺の謂れなどを記したものは見かけませんでした。 その名の通り、参道には椿の木が沢山植えられていましたが、 花の季節ではなかったのか、あまり咲いてはいませんでした。
登り着いた所から左手へと坂道が続いていたので、ちょいと登ってみました。 椿が一面に植えられた斜面に続く道をジグザグに登っていくと東屋が建っていて、 中には「縁結び観音」が安置されていました。 東屋の柱などには布が沢山巻かれていました。 「縁結び」ということで、願い事を書いた布を結んでいるのでしょうか。 道はこの上へと更に続いていましたが、一段高い所に広がる墓地で行き止まりになっていました。 そこにも椿山亭と似たような東屋がありましたが、手前の樹木が邪魔をしていて、眺めは今ひとつでした。
落合橋
往復30分ほどでX字路まで戻ってきて、左手へと曲がっていきます。 みやげもの屋を過ぎていくと、千歳川落合橋が架かっています。 その袂には「日金山道起点」と刻まれた丁仏が佇んでいました。 「お寺めぐりコース」と題した案内板も設置されていて、 日金山東光寺まで続く延長4.7kmの十国峠日金山ハイキングコースが紹介されていました。 湯河原分岐を経て東光寺へ向う道になります。
落合橋のすぐ上流側で川が二手に分かれています。 北側が藤木川、南側が千歳川というようです。 それらの二つの川が合流して新たに「千歳川」として相模湾へ注ぎ込んでいきますが、 藤木川の方が大きいように思えました。
落合橋(おちあいばし)バス停
落合橋を渡った左手のすぐ先に落合橋バス停があります。
湯河原駅(JR東海道線)まで、湯河原駅行きバスにて10分、1時間に6本程度の便があります。
ウォーキングで健康を維持しましょう
なぜウォーキング?
私達は、日常生活で平均1,800kcalのエネルギーを消費します。 しかし、飲食物から摂取するエネルギーが消費エネルギーより多いと、 余ったエネルギーが蓄積されぜい肉となり肥満になります。 この余ったエネルギーを消費するために、最も手軽で多くの方が続けることができる運動がウォーキングです。 1日1万歩が目標ですが、これは1日の平均的エネルギー摂取量2,100kcalから エネルギー消費量1,800kcalを差し引いた300kcalを消費する歩数だからです。 無理なく週2回以上を目標にして健康維持に努めましょう。
摂取エネルギーと消費運動量
せんべい(1枚) 男性1,100歩女性1,300歩約0.6km
ワイン60cc(グラス1杯) 男性1,300歩女性1,500歩約0.7km
くし団子(あん・みたらし) 男性3,500歩女性4,100歩約1.8km
ビール(350cc) 男性4,100歩女性4,800歩約2.2km
大福(70g) 男性4,800歩女性5,600歩約2.5km
ジュース(350cc) 男性5,100歩女性6,000歩約2.7km
日本酒(180cc) 男性5,400歩女性6,300歩約3km
ショートケーキ 男性8,700歩女性10,300歩約4.7km
食パン50g(6枚切り1枚) 男性4,500歩女性5,500歩約2.5km
ご飯110g(女性用茶碗1杯) 男性5,400歩女性6,300歩約3km
うなぎの蒲焼(1人前110g) 男性8,700歩女性10,300歩約4.8km
ラーメン・ハンバーグ 男性13,000歩女性15,000歩約7km
お寿司(1人前) 男性16,200歩女性19,200歩約9km
チャーハン・天丼 男性18,900歩女性22,300歩約10km
カレーライス 男性20,300歩女性24,000歩約11km
ステーキ(200g)・スパゲティ 男性22,000歩女性23,000歩約12km
カツ丼 男性23,200歩女性27,400歩約12.5km
 (湯河原町保健センター)