舞岡公園
散策:2009年09月中旬
【里山散歩】 舞岡公園
概 要 舞岡公園は横浜市の戸塚区から港南区にかけて広がる自然公園で、 舞岡ふるさと村や舞岡ふるさとの森とも隣接しています。 谷戸田を取り巻くようにして森や丘が続いていて、小谷戸の里を中心として保存活動が続けられている里山です。 今回は舞岡ふるさとの森を経て舞岡公園へと降るルートを歩きます。
起 点 横浜市 日立和敬寮前バス停
終 点 横浜市 京急ニュータウンバス停
ルート 日立和敬寮前バス停…舞岡ふるさとの森入口…四阿…農道出合…ふれあい広場分岐…くぬぎ休憩所分岐…三枚畑の森…瓜久保分岐…上倉田分岐…みずき休憩所分岐…明治学院大学分岐…中丸の丘…北門…きざはし池…やとひと情報館…小谷戸の里…舞小谷戸屋…旧金子家住宅主屋…ミニミニ博物館…炭焼小屋…ねむのき休憩所…栗林…大原谷戸池…南門…京急ニュータウンバス停
所要時間 2時間20分
歩いて... 舞岡ふるさとの森の尾根道からは、丹沢から箱根にかけての稜線や富士山を望むことが出来ました。 冬晴れの日には冠雪した綺麗な富士山の姿を望むことが出来そうでした。 刈り取りが間近な谷戸の田んぼでは案山子が沢山設置されていました。 小谷戸の里ではまだ制作中のものもあったので、これからまだ増えそうでした。
関連メモ 舞岡ふるさと村, 舞岡ふるさとの森, 舞岡ふるさと村, 舞岡公園, 舞岡公園, 舞岡公園, 舞岡公園, 舞岡公園,
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コース紹介
日立和敬寮前(ひたちわけいりょうまえ)バス停
戸塚駅(JR東海道線)の東口から、京急ニュータウン行きバス、 舞岡台循環バス、明治学院大学南門行きバス,または,小田急分譲地中央行きバスにて3分、 便は頻繁にあります。
バス停の30mほど先に小田急団地入口交差点があります。 左右に分かれていく道の間にこんもりとした森があります。 そこから正面へ降っていく細い坂道へ入っていきます。
坂道を降っていくと道が二手に分かれていますが、左手へ進んでいきます。 住宅が見えてくると、その手前から右手へ分かれていく道があります。 正面の坂道は先ほどの車道に出るので右折していきます。 民家の横を過ぎていくと左右に通る道に出ます。 浅い谷戸には、田んぼが広がる昔懐かしい里山風景が続いています。 左折して、実った稲が頭を垂れる田んぼを眺めながら進んでいきます。 既に刈り取りが終わって、稲が干してある田んぼもありました。
車道の近くは工事中になっていました。 「新しい道路を造っています」という看板も出ていたので、 今回降って来た細い坂道がいつまであるのかは分りません。 以前には途中に民家もあったのですが、何年か前に立ち退きになりました。
舞岡ふるさとの森入口
T字路を右折していくと、小川に倉下橋が架かっています。 橋を渡って道なりに左手へ進んでいきます。 小さな谷筋にある民家の前を進んで端まで来ると、 左へ曲がっていく角から右手の谷へ分かれていく道があります。 角には道標が立っていて、左手の道は「散策道を経て舞岡駅へ」、 右手の道は「散策道を経て舞岡公園へ」となっています。 ここが舞岡ふるさとの森の入口になります。 傍には「舞岡公園・舞岡ふるさとの森・舞岡ふるさと村案内図」もあるので、 これからのコースを確認しておきましょう。 今回は、舞岡ふるさとの森を通って、明治学院大学へ向かう尾根道の途中から舞岡公園へと入っていきます。 右折して、谷の左側に沿って続く坂道を登っていきます。
「ふるさとの森」は、山林所有者の御好意で保存されています。 山林、竹林、農地内への立入りはできません。 利用時間は日の出から日没までが原則です。
フィールドマナー
自然の中でのルールを守ろう!
・火は出さない。バーベキュー禁止。
・ポイ捨て禁止。
・しずかさをみださない。
・ペット(犬など)はつないで。
・ゴミはうちまで。
・生きものをもちかえらない、もちこまない。
・ボール遊びはできません。
・道からはずれない。
ミツバチは蜜を吸う時に花を傷つけません(ファーブル)
 (横浜市緑政局南部農政事務所)
畑が続く狭い谷筋に続く坂道を緩やかに登っていきます。 この辺りの畑は横浜市の「特区農園」になっているようです。 谷筋の奥まで来ると森の中へと続く広い階段が現れます。 階段を登っていくとすぐに小さな切通があります。 左手には細い道が分かれていますが、道標「ふれあい広場・舞岡公園」が指している右手の階段を進んでいきます。
横浜市市民利用型農園 特区農園
平成18年3月認定
この農園は、特定の内貸付法に基づき開設された市民利用型農園です。
 (横浜市)
なだらかな雑木林の尾根筋に、階段混じりの広い山道が続いています。 細い分岐道もありますが、「この先は立入り禁止です」の看板が立っていたりします。 所々には笹竹が生い茂ってもいて、何だか風情が感じられます。
山火事注意
タバコの投捨て・たき火は禁止です。
 (市民の森愛護会、横浜市)
マナーを守ってきれいなまちを
犬のフンは飼い主があとしまつをしましょう。
 (横浜市南西部農政事務所)
四阿(あずまや)
尾根道を5分ほど進んでいくと、散策路の右手に四阿(あずまや)があります。 テーブルやベンチが幾つも設置されています。 周りは雑木で囲まれ、森林浴を楽しみながらの休憩ができる場所です。
農林水産省補助事業
−農業農村活性化農業構造改善事業−
地区名横浜市戸塚区舞岡地区
設置年度平成3〜4年度
事業主体横浜市
施設概要施設名 地域農業活用施設連絡路
事業量 連絡通路 四阿 延長955m
四阿から先にも広くて緩やかな尾根道が続きます。 ちょっとした坂を越えていくと、開けた場所に出ます。 その先へと進んでいくと左右には畑が広がり、右手の畑の向うには戸塚の上倉田地区の街並みが見渡せます。
農地への立入り禁止です。
 (緑政局南部農政事務所)
この時は空気が澄んでいたようで、丹沢から箱根にかけての稜線がよく見えました。 その奥には裾野を広げる富士山の姿もありました。 手前の住宅地に通る電線が少し邪魔をしているのが難点ですが、 冬晴れの日には冠雪した綺麗な姿が眺められそうです。
左手が少し開けて竹が生えている所を過ぎていきます。 散策路と並行するように左手に農道が続くようになりますが、 間にはロープ柵が設置されていて立入禁止になっています。 柵が途切れると左手の道が少し離れていきますが、右手の散策路をそのまま進んでいきます。
農道出合
少し登っていくとやがて階段が現れます。 その階段を降っていくと舗装された農道に出ます。 ここにも「舞岡公園・舞岡ふるさとの森・舞岡ふるさと村案内図」があるので、 これからのコースを再確認しておきましょう。 この農道は舞岡ふるさと村から森を越えて上倉田地区へと続く舗装された道ですが、 自動車はめったに通っていきません。 農道を真直ぐに50mほど進んでいくと、左手の土手に開いた場所があります。 その脇にも「舞岡公園・舞岡ふるさとの森・舞岡ふるさと村案内図」があります。 そこから畑の中に続く道へと入っていきます。
注意
1. バイク、自転車等の放置(駐車・駐輪)はしないで下さい。市条例により移動致します。
2. みんなの街です…きれいにしましょう。粗大ゴミ等の投げ捨てをしないで下さい。違反者は通報致します。
 (舞岡駅自転車等放置防止推進協議会、舞岡地区連合町内会・自治会)
左手の畑への道を見送って右手へ曲がっていくと、すぐ先で道が二手に分かれています。 角に立つ道標「舞岡公園」が右手に分かれていく道を指しています。 正面の道は舞岡ふるさと村へ降っていく道で、舞岡ふるさとの森の散策路は右手の道を進んでいきます。 角に「チップのひいてある散策道の案内図」というのがあって、この前後の散策路が図示されています。
畑の脇に続く道を緩やかに登っていくと、右手には街並みを見渡せる眺めが広がっていました。 先ほどの所とは見える範囲が少し違いますが、ここからも富士山の姿を望むことができます。 手前の住宅地に通る電線が少し邪魔をしているのは同様です。
ふれあい広場分岐
畑地を過ぎて雑木林の中へと入っていきます。 明るい雑木林の中の緩やかで快適な尾根道を進んでいくと分岐があります。 角に立つ道標によると、左手に降っていく階段は「ふれあい広場」、 正面の尾根道は「舞岡公園」となっています。 左手の階段は、擬木の柵が両側に設置された縦杭の立派な階段になっています。 舞岡ふれあいの森のふれあい広場へ降っていく道ですが、 今回は舞岡公園へ向って、このまま尾根道を真直ぐに進んでいきます。
くぬぎ休憩所分岐
雑木林の中に続く散策路を緩やかに登っていくと、 やがて左手が明るくなり、道が二手に分かれています。 ここにも「舞岡公園・舞岡ふるさとの森・舞岡ふるさと村案内図」があります。 左手の道はくぬぎ休憩所前田の丘を経て舞岡公園へと降っていきます。 案内板によると、舞岡ふるさとの森はここまでで終わり、 これから先は舞岡公園になるようで、「舞岡公園」と書かれた標柱が立っています。
くぬぎ休憩所への分岐を見送って、緩やかな降り坂になった尾根道を進み始めると、 すぐの所から左手に分かれていく小径があります。 その道へ5mほど入った所に双体のお地蔵さんが佇んでいます。 かなり昔からあるお地蔵さんのようですが、この尾根道を行き交った人達を見守ってきたのでしょうか。 前には茶碗やコップなどが置かれ、季節の花がお供えされていました。 何を意味しているのでしょうか、周囲には丸まった石が幾つも置いてありました。
三枚畑の森
お地蔵さんを後にして、桜の並木が続く広くて緩やかな道を進んでいきます。 少し降っていくと分岐があります。 角に立つ道標によると、右手から来る道は「公園出口」、 今歩いてきた道は「舞岡ふるさとの森・前田の丘」となっています。 道標が新しくされたようで、以前のと内容が少し違っていました。 以前には「三枚畑の森」の標柱も立っていたのですが、今回は見かけませんでした。 ここから右手へ進んでいくと舞岡駅や戸塚駅へと続いていますが、正面に続く道を進んでいきます。
三枚畑の森とは、この尾根道の左側に広がる森を指しているようです)
火気厳禁
森は生きものたちのすみかです。
 (戸塚消防署、南部公園緑地事務所)
瓜久保分岐
森の中へ続く道を進んでいくと、右手へ曲がっていく角から左手に急な横木の階段が降っていきます。 入り口には「至 瓜久保」の標柱が立っています。 階段の下には瓜久保池があって、その右手には広場、左手には「瓜久保の家」などがありますが、 このまま尾根道を進んでいきます。
上倉田分岐
瓜久保への分岐を見送って尾根道を進んでいきます。 この尾根道は舞岡公園の縁に沿って続く道で、この左側が舞岡公園になります。 少し進んで僅かに登るようになると、道が左右に分かれています。 角に立つ道標によると、右手の道は「上倉田方面」、 今来た道は「舞岡ふるさとの森方面」となってます。 以前からあった道標には別の表記がされていましたが、その上に新たな板が打ち付けていました。 先ほどの三枚畑の所から続く尾根道にある道標は近年になって作り直されたようで、みんな新しくなっていました。 ここは柵に沿って続く左手の尾根道を進んでいきます。
みずき休憩所分岐
柵沿いに進んでいくと、すぐに道が左手へと分かれていきます。 角には真新しい道標が立っていて、左手の道は「みずき休憩所」、 正面の尾根道は「中丸の丘・明学方面」となっています。 以前には「舞岡公園」の標柱も立っていたのですが、この時には見かけませんでした。 ここは正面に続く柵沿いの尾根道を更に進んでいきます。
明治学院大学分岐
柵沿いに続く尾根道を進んでいくと、程なくして送電線の鉄塔「吉田線No.24」を過ぎていきます。 右側に続く明治学院大学の校舎や校庭などを眺めながら緩やかな尾根道を進んでいくと、 道が左手へ分かれていきます。 角に立つ真新しい道標によると、正面の道は「明治学院大学方面」、 左手の道は「中丸の丘」、今来た道は「舞岡ふるさとの森方面」となっています。 このまま尾根道を進んでいくと、桂町戸塚遠藤線へ降りて明治学院大学へと続いていますが、 今回はここから左手にある舞岡公園の中丸の丘へ向かっていきます。
明治学院大学は桂町戸塚遠藤線を挟んだ両側に広がっていて、車道に降りた先に南門があります。
鳥獣保護区
ここは保護区域です。 鳥や獣を守ってください!
 (神奈川県)
入口に立つ「舞岡公園」の標柱を過ぎて、僅かな高みを越えてその先へ降っていきます。 脇にロープ柵が設置された道を緩やかに降っていくと、樹木が途切れて明るくなってきます。 左手が開けて尾根を眺められます。 以前には背の高い笹竹が生い茂る所に続く細い道でしたが、綺麗に整備されて歩きやすい道になりました。
中丸の丘
再び現れる森へ入って僅かに登っていくと中丸の丘に着きます。 入口からは狐久保への横木の階段が左手に分かれていきます。 奥の左手からは松原越休憩所への道が分かれています。 中丸の丘は高台にある広めの場所になっていて、テーブルやベンチが幾つか設置されています。 この時には笛で昔懐かしい曲を奏でている女性がいました。 時々間違えたりして辿々しい面もありましたが、 一所懸命に吹いているその姿に、昔を懐かしむ気持ちが感じられました。 私と同年代の方のように思えましたが、遠くからそっと聴かせて頂くだけにしておきました。
正面には舞岡公園の谷筋や谷向いの丘などを見渡せる眺めが広がっています。 以前には菜の花が一面に咲く丘だったのですが、最近では見かけなくなりました。 斜面の左側に続く幅の広い横木の階段を降っていきます。 入口には「至 谷戸・水田」の標柱が立っています。
菜の花が植えられていた頃には右側に坂道が付いていたのですが、 近年になって左側に横木の階段が設置されて、坂道は廃止になりました。
幅の広い横木の階段を曲がりながら降っていくと、広い道に降り立ちます。 この道は舞岡公園の谷筋に続く中心的な道になります。 降り立った所には道標が立っていて、正面の道は「ばらの丸の丘」、右手の道は「小谷戸の里・お手洗」、 左手の道は「舞岡駅1.8km」、今降ってきた階段は「中丸の丘」となっています。 脇には「舞岡公園案内図」があるので参考にしましょう。 道路を挟んだ向い側には葦原や田んぼがあって、短い階段の先にはボードウォークが続いています。 その左手にはさくらなみ池や宮田池などもありますが、今回は右手に続く広い道を進んでいきます。
北門
中丸の丘へ登っていく旧坂道を見送っていくと、すぐに北門があります。 舞岡公園の中でも、夜間の立ち入りやペットを連れての立ち入りが禁止されている区域になります。 この北門の他に、同様の南門と東門があって、三箇所から入ることが出来ます。
お知らせ
ここより先は野生動植物の保護及び自然環境を維持して行くため、 犬(補助犬を除く)等を連れての立ち入りはできませんのでご協力をお願い致します。 また、前期の保護及び維持のため公園門の開閉を下記時間で行います。
公園門(南・北・東)内の開園時間
  夏期間(4月〜10月)… 8:30〜19:00
  冬期間(11月〜3月)… 8:30〜17:00
 (横浜市環境創造局南部公園緑地事務所、舞岡公園田園小谷戸の里管理運営委員会)
愛犬家のみなさんへ
舞岡の谷戸はやしは市民に残された数少ない野生動物たちの貴重な生息地の一つです。 このため、これより先へは愛犬と一緒には入場できません。 タヌキ・ノウサギ・キジなど、ふるさとの動物たちが安心して暮らすための環境作りにご協力下さい。 家族一員の愛犬に社会のルールを教え守らせることも飼い主の責任の一つです。
きざはし池
北門から入っていくと、右手にきざはし池があります。 掲示板にはここで見られる鳥の写真が掲示されていました。 冬枯れの頃には野鳥を観察する格好の場所のようで、 超望遠レンズを付けた一眼レフカメラやデジスコを三脚に乗せた人達がずらりと並んでいたりもしますが、 この時は葦が生い茂る季節で観察には向かないのか、誰もいませんでした。
ちょっとまって!
この舞岡公園にはたくさんの草花や木々があり、多くの生きものがすみ、大勢の市民の憩いの場となっています。 いつまでもこの豊かな自然を楽しめるように次のことにご協力ください。
☆植物をとらない。
☆生きものをつかまえて持ち帰らない。
☆園路以外のところに入らない。
植物等の採取禁止は条例で決まっています。 また、ペットを放したり植物を持ち込んだりすることも、 ここにすむ生きものたちの生活を乱すことになるのでしないでください。
やとひと情報館
きざはし池を過ぎていくと、すぐ左側にやとひと情報館があります。 舞岡公園の一年の移り変わりや作業などが紹介されています。 また1993年から毎年恒例になっている「案山子祭り」の優賞作品の写真や、 小谷戸の里で行われた結婚式の写真などが展示されていました。 展示内容は以前からあまり変わっていないようでした。 隣りには水車小屋もあります。
やとひと情報館
「雑木林」や「里山」と言った言葉が最近流行っている。 農的な営みの中で成立してきた人の手の入った自然−雑木林−は、 その分だけ「親しみ」や「懐かしさ」を感じることが出来る等、 雑木林の魅力については様々な方面で論陣が張られ讃歌されている。 ここ舞岡公園での雑木林の価値も、田んぼの水の水源として、 生き物の生活の場として、その他いろんな必要性・魅力があげられるのは言うまでもない。 しかし、あえて一言で言うなら「それがあることで、自分が、地域が、世の中が元気になる」存在なのである。 例えば、1年間の雑木林活動を示した図「雑木林の曼荼羅」を見れば、 この公園での市民の元気さが伝わってくるはず。 今、夢でも幻でもなく現実のものとして見事な曼荼羅が広がっているこの雑木林に、 市民が始めて鎌をいれたのはいつのころか。 改めて雑木林の持つ「関わり続けていく面白さ」を感じないわけにはいかない。
さあ、胸を張って謂おう! 「雑木林はわたしたちのまちの恋人!!
舞岡公園憲章
私たちは横浜市の原風景である谷戸を愛する市民です。 舞岡公園は、水や土、それに私たち人間をはじめとする生きとし生けるものの調和によって 成り立ってきた谷戸の景観をとどめています。 この緑あふれる谷と丘を良好に維持保全し、ながく後世に引き継ぐことを目的としてここに憲章を定めます。
・私たちは、舞岡講演で自然とふれ合い、様々な生き物たちと共にあることを大切にします。
・私たちは、谷戸で受け継がれてきた文化や農体験を大切にします。
・私たちは、舞岡公園を市民の手づくりによる市民のための公園にします。
やとひと情報館と水車小屋の間から降りていくと、右手の谷戸には田んぼが広がっていました。 収穫時期が近いようで、重い実を付けた稲穂が頭を垂れていました。 スズメ避けでしょうか、上面には網が張られていました。
あぜ道には案山子が幾つも立っていました。 毎年の恒例になっているようで、その年の話題などを反映したものも有るようでした。 この後に向かった小谷戸の里では制作作業が行われていたので、これからもまだ追加になるようでした。
(画像を左クリックすると、見かけた案山子33体の写真が順次表示されます)
小谷戸の里
右手に分かれていく板敷きになった坂道を登っていくと、「小谷戸の里」の表札の掛かる門があります。 作業棟の横には「横浜の里山」と題した解説が掲示されていました。 前にある広場では、指導員に教わりながら案山子を作る作業が進められていました。
"小谷戸の里"休館日
毎月第3月曜日(祝日の場合はその翌日)
開館時間 : 午前9時〜午後5時
年末年始の休み : 12月29日〜1月3日
 (舞岡公園田園・小谷戸の里管理運営委員会)
横浜の里山
里山とは… 燃料となる薪や炭のために定期的に林を伐採したり、落葉をかいてたい肥にして田畑の肥料としたり、 竹を切っていろんな道具を作ったり、昔の農家の生活や農作業の営みにあわせてできあがってきた 林や田畑・水辺などの一体の環境… それが里山です。 横浜でも昭和30年代までは広く見られました。
「舞岡公園へようこそ」
ここ舞岡公園は、市内でも残り少なくなった昔ながらの田園風景が残され、 横浜の特徴的な景観である谷戸の地形をいかした公園です。 田んぼや畑、雑木林などの農的自然を四季折々に育み続け、 そこに息づく生きものたちへの心配りも大切にし、 さまざまな生きものが織りなす豊かな自然の営みが末永く続くことを願って開設されました。 ここで多くの市民の汗と創意が何よりも重んじられています。 横浜市環境創造局と市民団体が、1993年6月の開園までの約10年間、 他にほとんど例のない公園の維持と運営に向けて少しずつ試行錯誤を重ね、 その成果が実りさまざまな工夫と知恵が活かされて現在にいたっています。 公園内の「田園体験区域」では、田や畑の農作業、雑木林の維持作業、自然観察会、炭焼き、わら細工、 季節の行事などが行われています。 ここの管理運営を行っているのが「舞岡公園田園・小谷戸の里管理運営委員会」です。 指定管理者としてさまざまな事業を行っており、作業参加のボランティアの方々や、 散策の市民の歓声や笑い声がいつも絶えない日常です。 茅葺き屋根の古民家では、竃の煙が立ち上り、敷居を一歩またぐとそこにはもう明治・大正時代にタイムスリプ! 囲炉裏や太い大黒柱がピカピカに黒光りしている佇まいは、そこにいるだけで身体全体が「ほっ!」とします。 ボランティアとして会の活動を支えている登録者は約400口。登録内容も多種多様。 登録関連諸経費として年間2000円と3000円のどちらかを選択し、登録時に支払います。 他に主に資金面で協力してくださる登録もあります。 内容は、田んぼ・雑木林・畑・古民家・農芸・会報編集・生物環境・谷戸学校・こども谷戸教室・親子自然教室などがあります。 谷戸学校は、会の運営を担うスタッフ(指導員)の養成を目的にした1年間の講座で、座学と実習があります。 作業を共にして一緒に流す汗は、それだけで心をなごませ会話が弾みます。 老若男女どなたでも参加できます。 お気軽に声をかけてください。
小谷戸屋
「舞岡公園田園・小谷戸の里管理運営委員会事務所」の前に小谷戸屋があって、 ボランティアの方々が作られた品物が売られています。 この時には、竹ぼうき・草木灰・もみ殻・竹炭・竹トンボ・わら馬・草鞋・木酢液などが販売されていました。 また、舞岡公園開園15周年記念の手ぬぐいも販売されていました。 古民家・鳥類・昆虫類・魚類・稲・狸・蛙・草花などの絵があしらわれた図柄になっていました。
小谷戸屋はこんな店
私達は、横浜の原風景である谷戸を愛し、いつまでもこの姿を残し育んでいきたいと考えておりますが、 現実の自然環境保全の活動は大変です。 当店では、ボランティアの方々の苦心作を取り扱っておりますので、 皆様のカンパによるご利用が頂ければ幸いです。 ご厚志は、全額当公園の維持運営の一助とさせて頂きますのでよろしくお願い申し上げます。
−お知らせ−
小谷戸屋の品は、ボランティアが作製しております。 また、公園内の産物は園内の行事や整備等に使うことを基本としており、 余った物を小谷戸屋の品の材料としています。 そのため、ご好評の品がいつも揃えられるとは限りませんので、どうぞご了承ください。
小谷戸屋の品物(竹細工・ワラ細工・竹炭焼き・などなど)を作るボランティア募集中
継続的に作る意思のある方なら、初心者でもお教えします。 詳しくは事務所まで。
旧金子家住宅主屋
小谷戸屋を過ぎて奥へ進んでいくと、古民家「旧金子家住宅主屋」があります。 数年前に葺き替えられて真新しい淡い色をしていた茅葺き屋根も、すっかり落ち着いた色になっていました。 軒下には皮を剥いたトウモロコシが吊るされていたりもしました。 隣りには納屋もありますが、立入禁止になっています。
古民家 懐かしい明治後期の古民家「旧金子家住宅主屋」
明治後期に建築されたと思われる旧金子家住宅主屋は、戸塚区品濃町にあったものを平成7年6月に 納屋なども含めて舞岡公園小谷戸の里に移築し、復元したものです。 建築様式は、木造平屋建て、寄棟茅葺屋根で、平成7年度に横浜市認定歴史的建造物に指定されました。 間取りは整形四間取りと呼ばれ、8畳の部屋を4室、田の字に並べたもので、 間仕切りにはすべて戸・障子が用いられて開放的になっています。 こうした間取りは、江戸時代末期から明治初期にかけて座敷で蚕の飼育をしたために、 間取りの壁を取り払った結果できたものと考えられています。
人生は七十才より
七十才にてお迎えあるときは 今留守と言へ
八十才にてお迎えあるときは まだまだ早いと言へ
九十才にてお迎えあるときは そう急がずともよいと言へ
百才にてお迎えあるときは 時機を見てこちらからボツボツ行くと言へ
主屋へ入っていくと、板の間の囲炉裏の上には天井から自在鉤が下がり、鉄瓶が掛けられていました。 土間にはカマドやミノなどがあって、その昔の生活の一端を偲ぶことが出来ます。 壁には、舞岡公園開園10周年を記念して、2002年9月に古民家で行われた結婚式の写真が掲げられていました。 白い角隠しをした和服姿の花嫁行列の写真でした。
ミニミニ博物館
古民家の一角にミニミニ博物館があります。 以前には「みそべや」として使われていた部屋とのことです。 この辺りに生息している鳥や小動物や昆虫などが展示されていました。 また往時の金子邸を紹介した記事も掲示されていて、 周辺や家屋の写真や間取り図などが紹介されていました。
谷戸奥で静かな佇まいを見せる金子巌家
横浜には丘陵が多い。 そのためにまた、谷戸のような地形も多く、その奥に住居が営まれることがある。 谷戸というのは、関東・東北地方太平洋岸の溺れ谷によく見られる低湿地のことで、 ここでは水田農業が比較的早い時代に定着した。 また、谷戸に接する台地の先端には泉がある場合が多く、早くから集落が形成されたりもした。 金子家も谷戸奥にある住居の一つの例である。 このお宅は横浜新道から少し入った所にあり、一つの谷戸の一番奥に位置する。 屋号をアライノヤト、あるいはムカイノヤトと言い、今でもそれらが使われているという。 旧地名は鎌倉郡川上村品濃と言った。 敷地は西・南・北の三方を山に囲まれ、昔は静かなたたずまいを見せていたことだろう。 林にはナラやクリなどの雑木類が多く、昭和二十七年の春まで炭を焼いていたという。 今では西側には川上団地が迫り、その景観の価値をだいぶ減じているが、 かたや自分の庭はないが派手な都市生活者の住む団地と、 かたや広い庭を持ちながらも地味な生活を営む農家とが好対照をなす。 敷地内には北側に主屋が置かれ、南側には家族が食べるだけの野菜を作る畑があり、 その他の場所には観賞用の草花が植えられている。 …(以下略)…
古民家の裏手には小さな池があって、林の中に散策路が続いています。 左手の作業小屋から続く小径を歩いていくと、山際からボードウォークを経て広場へと続いています。
炭焼小屋
広場の脇を過ぎて水路沿いに進んでいくと、小さな木橋の先に炭焼小屋があります。 奥には煉瓦製の「竹炭焼き窯」、手前には「ドラム缶窯」がありました。 奥の窯は「本格的な炭焼窯」とのことで、桜・楢・櫟などを炭材として、 連続約70時間で焼き、炭材800kgに対して約200kgの焼き上げ量になるようです。 ドラム缶窯の方は、煙突を取り付け石油缶のかま口で蓋をして、口焚きをするようでした。 ここでも案山子の制作作業が行われていました。
ねむのき休憩所
小谷戸の里を後にして、谷戸に続く広い散策路を進んでいきます。 丸い石の歌碑を過ぎていくと、右手に登っていく横木の階段があります。 階段をひと登りすると、小広くなった所に出ます。 テーブルやベンチが設置されていて、ねむのき休憩所というようです。 奥から左手へ続く横木の階段を降っていくと散策路に戻りますが、 ベンチの脇から右手の山へと横木の階段が続いていたので、ちょいと歩いてみることにしました。
ただひとつのために生き ただひとつのために枯れてゆく草よ
そんなふうに生きても おまえは誰も傷つけなかった (富弘)
栗林
右へと曲がりながら続く横木の階段を登っていきます。 階段が終わって坂道を進んでいくと、道が二手に分かれています。 案内などはありませんが、右手の道を進んでいきました。 結果的には、右手の道は先まで行ってから森を回るようにして引き返してきて、この左手の道に戻って来ます。 途中にはショートカット道もありました。 この森には栗の木が沢山生えているようで、山道には栗のイガが沢山落ちていました。 まだ実が入っているものもかなりありましたが、拾うのは止めておきました。 左側には金網柵があって、その下には桂町戸塚遠藤線が通っています。
クリや柿、野草など、公園の物をもち出さないで下さい。
栗林を10分ほどかけてゆっくりと一周してから、ねむのき休憩所まで戻って来ます。 横木の階段を降って散策路に降りた所に、手押しポンプ式の井戸があります。 取っ手を押すと水が出てきます。 飲めないとのことですが、手を洗うのには良さそうでした。 この先から柵がされた道が右手へ分かれています。 奥には炭焼き小屋がありますが、この時には炭焼きは行われておらず閉ざされていました。
この水は飲めません。(農作業に使います)
大原谷戸池
長久保池を過ぎていくと大原谷戸池があります。 田んぼへ降りて行く道への分岐まで来ると掲示板が立っていて、 舞岡公園で見られる野鳥や植物などの写真が載っていました。 そのすぐ先で広めの道が右手に分かれていきますが、行き止まりである旨の看板が立っています。 また角から南の丘へ登っていく横木の階段もありますが、 南門に向かって正面に続く道を真っ直ぐに進んでいきます。
舞岡公園 樹木と野草のしおり[夏]
昭和20年(1945)代頃の横浜には「谷戸」と呼ばれる、低地には田んぼ、 その周りには雑木林で形成されている景色が当たり前にどこにでも存在していました。 しかし、現在、市内では舞岡公園のように田んぼと雑木林が一体の形で残されている「谷戸」はわずかとなってしまいました。 「谷戸」は多種多様な動植物の生息環境として重要な役割を担っています。 この舞岡公園では「舞岡公園憲章」の精神を大切にし、 さらに動植物と人間の素晴しい共存関係が育まれることを願い、この「しおり」を作成しました。 日々変化する樹木と野草にふれあう手がかりとして、ご活用ください。
記載されていない植物ももちろん大切です。 すべてを載せるのは難しいので、よく目にする植物を選びました。
「夏」以外に、「春」「秋〜冬」の分冊もあります。
植物を観察する際は次の事に気を付けましょう。
 ・園路から外れないようにしましょう。
 ・植物を折ったり傷つけたりしないようにしましょう。
紹介した植物の状況は年により季節の微妙なズレが生じることをご了承ください。
写真はすべて舞岡公園で撮影されたものです
 (発行:やとひと未来)
幅の広い道を緩やかに登っていきます。 開けた散策路から一転して、頭上まで木の枝が覆った森になってきます。 少し登っていくと、道に沿って続く柵に「ハチに注意」の貼り紙がありました。 この先に巣があるとのことで、周囲を見回していると、木の上の方に大きな巣がありました。 遠くてはっきりとは分りませんでしたが、表面には蜂と思われるものが幾つか付いていました。 「近寄らないでください」とのことですが、柵があるので近づくことは出来ません。 こんな蜂の巣をまだ見たことがないようで、「初めて見た」と言って興奮している人達もいました。
ハチに注意
この先に、スズメバチの巣があります。 刺されると危険ですので、近寄らないでください。
 (南部公園緑地事務所)
生物保護区のため立入り、動・植物の採取を禁止します
 (横浜市)
南門
南の丘から降ってくる道を合わせて左手へ曲がっていくと南門があります。 門を出た所に生えている樹木の幹を見てみると、蝶が沢山集っていました。 染み出した樹液を舐めているのでしょうか。 近寄っても逃げようともせず、懸命に舐めているようでした。 名前は分りませんでしたが、羽に黒い目玉模様のある褐色の小さな蝶でした。
ここ舞岡公園には、四季の移りかわりを楽しませてくれる草花や木があり、 さまざまな生きものたちがすんでいます。 この大切な動植物たちの営みを末永く保ちつつ多くの人たちが楽しめるよう、 次のことにご協力くださいますようお願いいたします。
・火の使用はできません(公園の催しを除く)
・ゴミは持ち帰る
・大きな音を出さない(音楽等は迷惑にならないように)
・動植物をとらない持ち帰らない
・ペットなどの生き物を捨てたり、草花や樹木を無断で持ち込んだりしない
・道をはずれない(貴重な動植物をふんだりおどろかせたりすることがあります)
・生き物にエサをやらない
 (横浜市環境創造局)
左手に続くさくら休憩所を眺めながら南門の先に続く道を緩やかに登っていくと、左右に通る舗装路に出ます。 正面にあるこんもりとした高みはおおなばの丘で、春には桜の花で綺麗になる所です。 右折して舗装路を進んでいきます。 トレイを過ぎていくと、右手から来る二車線の車道に出ます。
京急ニュータウン(けいきゅうにゅーたうん)バス停
左折して車道を進んでいくと、けやき広場へ渡っていくばらのまる橋の下を過ぎていきます。 駐車場への道を見送っていくと、左手に分かれて降っていく道があります。 その道を見送って右へ曲がりながら100mほど進んでいくと京急ニュータウンバス停があります。
戸塚駅(JR東海道線)までの便が1時間に4本程度あります。 また、東戸塚駅(JR横須賀線)・上永谷駅(横浜市営地下鉄)・港南台駅(JR根岸線)までの便も1時間に1本程度あります。