鯉ヶ久保ふれあいの樹林
散策:2009年08月上旬
【街角散策】 鯉ヶ久保ふれあいの樹林
概 要 鯉ヶ久保ふれあいの樹林は、横浜市の「ふれあいの樹林」のひとつで、 開発が進む中に残された貴重な緑地です。 今回は泉区の丘陵地にある「泉の森ふれあい樹林」・「中田ふれあいの樹林」・「鯉ヶ久保ふれあいの樹林」の三つの樹林を訪ねます。 途中にある御霊神社は、村岡川(宇田川)の源流にもなっています。
起 点 横浜市 領家一丁目バス停
終 点 横浜市 踊場駅
ルート 領家一丁目バス停…領家公園…領家A雨水調整池…西田B雨水調整池…西が岡三丁目公園…泉の森ふれあい樹林…御霊神社…中田町宮ノ前公園…中田ふれあいの樹林…鯉ヶ久保ふれあいの樹林…中田第九公園…踊場駅
所要時間 3時間10分
歩いて... その昔には丘陵地帯が続く緑豊かな所だったのですが、鉄道が通るようになって開発がどんどんと進み、 すっかり様変わりしてしまいました。 今では「ふれあいの樹林」や神社など、飛び飛びに緑地が残されているだけです。
関連メモ 今のところ、関連メモはありません。
コース紹介
領家一丁目(りょうけいっちょうめ)バス停
戸塚駅(JR東海道線)の西口から線路沿いに250mほど横浜駅寄りに進んだ所にあるバス乗り場から、 [戸90][戸98]上矢部循環バス、[戸91][戸99]上矢部高校行きバス,または, [戸97]ラムーナ横浜戸塚行きバスにて10分から17分、1時間に3本から5本程度の便があります。
東戸塚駅(JR横須賀線)の東口から、[東23]弥生台駅行きバスにて13分、1時間に1本程度の便があります。
弥生台駅(相模鉄道いずみ野線)から、[東23]東戸塚駅東口行きバスにて7分、1時間に1本程度の便があります。
バス停から南西方向に数10m進んだ所にある領家二丁目交差点を北西方向に曲がっていきます。
戸塚駅からの便は、14時までとそれ以降とではバスの進行方向が逆になっています。 領家三丁目バス停を経て来た場合は戻る方向に、それ以外は進む方向に領家二丁目交差点があります。
領家公園
街路樹が並木を作る車道脇の歩道を緩やかに降っていきます。 200mほど進んだ所にある十字路を右折していきます。 左手の角には教会があります。 突き当たりにある領家キッズ保育園「ベルノホーム」の前を右折して坂道を登っていきます。 保育園の角まできて左折していくと、正面に樹木が生い茂る所が見えてきます。 突き当たりを右折したすぐの所に「領家公園」と書かれた入口があります。 広い階段を降っていくと、遊具などが幾つか設置されていました。 この時には地域の人達が総出で、公園の掃除をしていました。 正面の下には野球が出来る広いグラウンドがあって、この時には練習をしている人達を見かけました。
犬を連れている方へ
・公園内で犬を放すのはやめましょう。
・犬のフンは飼い主が必ず持ち帰りましょう。
※上記行為は横浜市公園条例及び横浜市動物保護管理条例で禁止されています。
 (横浜市泉土木事務所)
領家A雨水調整池
石段を降りてグラウンドの手前を左手へ進んでいくと池がありました。 畔にはボードウォークが設置されていて、池には葦や蓮などが生えていました。 向こう岸には垂れ柳も植えられていて、雰囲気のいい空間になっていました。 池の畔では腰掛けてのんびりと釣糸を垂れている人を二人ほど見かけました。 ボードウォークを進んでその先の坂道を登って左右に通る道に出ると、 この池の解説板が設置されていました。 この窪んだ所にある池は領家A雨水調整池というようです。
領家A雨水調整池
この調整池は、つぎのような役目をもっています。
1.大雨の時に雨水を一時貯留して、下流の河川の洪水を軽減する役目を持っています。
2.親水性のある修景施設として、水と緑の豊かな生活環境を創造しました。
3.池は、災害時の消火用水として利用できるようになっています。
利用に関する注意
この広場は調整池を利用していますので、雨が降っている時および赤色灯が点滅している時 (水がたまっている状況)は、中に絶対に入らないでください。
 (環境創造局水・緑・管理課、泉区泉土木事務所)
池から上がって左手へ進んでいくと、領家二丁目交差点から続く車道に出ます。 そこを右折して150mほど進んでくと領家一丁目交差点があります。 交差点を左折して200mほど進んでいくと金堀谷バス停があります。 戸塚駅と弥生台駅との間に1時間に2本程度の便があります。 バス停の手前から右手へ分れていく路地に入っていきます。
西田B雨水調整池
「富士山の麗水」の幟がはためく家を過ぎていくと十字路があります。 その左前方へ入っていく赤レンガ敷きの坂道を登っていくと、調整池の上に出ます。 柵に沿って右手へ進んでいきます。 赤レンガ敷きの道を進んでいくと、階段の手前に解説板がありました。 先ほどの領家A雨水調整池と同じような感じの窪んだ所にある池で、西田B雨水調整池というようです。
西田B雨水調整池
貯水量16,537立方m
水深3.043m
貯水面積5,433u
この調整池は大雨の時、雨水を一時貯留して、下流へ少しずつ流し、 河川の氾濫を防ぐ大切な役目をしています。
きけんですからなかへはいらないでください。
 (道路局河川管理管理課、泉区泉土木事務所)
西が岡三丁目公園
短い階段を登っていくと、左側から前方にかけて公園が続いていました。 藤棚や遊具などがある広場の先の一段高い所には、もう一つの広場がある形になっていました。 出た所にあった銘板によると西が岡三丁目公園というようです。
西が岡三丁目公園を出て、住宅地に続く道を右手へ緩やかに登っていきます。 坂を登り切った所にある十字路を左折していくと、泉寿荘前交差点に出ます。 交差点の右手すぐの所に「老人福祉センター横浜市泉寿荘」が建っていて、 その前には福祉センター前バス停があります。 弥生台駅と戸塚駅・東戸塚駅との間に、合わせて1時間に5本程度の便があります。 バス停を過ぎた所に西恩寺があり、その脇から左手へ登っていく階段があります。 ここが「泉の森ふれあい樹林」への入口になります。
泉の森ふれあい樹林
階段を登っていくと、正面に森が広がっていました。 森の中に「泉の森ふれあい樹林」の標識がありましたが、入口は見当たりません。 道は左右に分れているし、どこから入ればいいのか分かりませんでしたが、とりあえず右へ進んでみました。 アジサイの木が続く僅かな登り坂を進んでいくと、森へ入っていく横木の階段がありました。 脇には「けやき坂」と書かれた標識がありましたが、 今歩いてきた森の外に続いている舗装路を指しているようでした。 それ以外に標識類は見かけませんでしたが、ここから樹林へと入っていきます。
横木の階段を登っていくと、すぐに東屋「まほろば亭」が建っていました。 横には藤棚もありました。 手前に生える大きな樹木には注連縄が張られていました。 振り返ると横浜の街並みが広がっていて、奥の方にはランドマークタワーも見えていました。 道はここから左へ戻るようにして曲がり、森の中に緩やかに続いています。
犬を入れてはいけません
森の中の緩やかな散策路を進んでいくと、道端にちょっとした畑のようなものがありました。 花は咲いてはいませんでしたが、花壇なのでしょうか。 そのすぐ先にテーブル・ベンチが設置されていて、藤棚もありました。 周囲の樹木には名前を書いた札が取り付けられていました。 中には「指定の木」という立て札のある木も幾つかあって、樹齢や太さなどが記されていましたが、 どのような謂われの木で、何処が指定したのかは分りませんでした。 漏らしたのも多くありそうですが、この樹林で見かけた木の名札を列挙しておきます。
ヤマザクラ, ビワ, クロマツ, ヤマグワ, ナラ, クリ, エゴノキ, コナラ, ヤツデ
藤棚の手前で道が二手に分れています。 左手の道は森を緩やかに降って、最初の階段を登った所から左へ続く舗装路へ出られます。 森の中の散策路は幾つかに分れていますが、何れも歩きやすい道になっていました。 道端にはロープ柵が設置されていて、散策路以外には入らないようにとの注意書きもありました。
野草・小動物の保護地区です
柵内に入らないで下さい。
 (泉の森ふれあい樹林愛護会)
樹林の上辺に続くこの散策路は「哲学の小径」という名前のようで、 その名前を記した標識が立っていました。 幾つかに枝分かれしている散策路を真っ直ぐに進んでいくと、 資料収納庫や簡易倉庫やテーブル・ベンチなどが幾つか設置された所がありました。 この森の中心的な場所になるようで、 油絵風の「樹林管理作業案内板」もありました。 それによると、哲学の小径の外側の森は「うぐいすの渡り」、今歩いてきた森は「まほろば」、 この先の舗装路を挟んだ所の森は「たらっぽ」というようです。 それらの間や周囲に、けやき坂・花の径・ひのき道・あじさい坂などの舗装路が通っている形になっています。 横浜市ホームページによると、この樹林の面積は1.2haとのことです。
泉の森ふれあい樹林利用上の注意
この樹林は、地権者から土地を借りて市民の方々に開放しているものです。 利用にあたっては次のことを守って下さい。
1.車両・バイクで樹林内に入らないでください。
2.火気は使用しないでください。
3.樹林内は禁煙です。
4.キャッチボール・ゴルフ等の危険な行為は止めてください。
5.この樹林は市が愛護会に管理・活動をお願いしています。愛護会の管理・活動にご協力下さい。
6.ゴミは持ち帰ってください。
7.木柵内は立入禁止です。
 (泉の森ふれあい樹林愛護会、横浜市緑政局)
舗装路の「あじさい坂」を横切った先は植林地になっていて、その中にも散策路が続いていました。 道端には「たらっぽ」と書かれた標識がありました。 この森の名前のようですが、意味はよく分りませんでした。 散策路を進んでいくと、「花の径」から続く「ひのき道」に出られます。 出た所にも「泉の森ふれあい樹林」の標識が設置されていました。
あじさい坂まで引き返してきて、泉の森ふれあい樹林を後にして、かなり傾斜のある坂道を降っていきます。 坂を降りきると、少しずれた十字路があります。 その右前方へ続く緩やかな坂道を登っていきます。 左右の道端に立つ電柱に取り付けられた住所表記によると、 この道は泉区の中田北三丁目と中田東四丁目の境界になっているようです。 坂道を登り切った所に小振りのコンビニがあったので、ちょっと買い物をしていきました。 そこから降り坂になった道を進んでいくと、左手に畑が広がるようになります。 その始まりの所から右へ分れていく路地に入っていきます。
住宅地に続く道を進んでいくとT字路に出るので、そこを左折していきます。 すぐに右へ曲がっていく坂道を降っていくと、車道に降り立ちました。 その右側すぐの所に「御霊神社」の扁額が掛かる鳥居や、幟旗を立てる高い柱が聳えています。 脇には「村社御霊神社」と刻まれた石柱もありました。 ここが御霊神社の参道の入口になります。 鳥居をくぐって、その先に続く参道を進んでいきます。
参道を真っ直ぐに進んでいくと、鳥居の手前から左側に続いてきた道が横切っていきます。 御霊神社に併設されている御霊神社幼児園への道になります。 その左側には小さな石橋がありました。 欄干には「ふどうばし」,「村岡川源流」と刻まれていました。 下を見ると細い流れが続いていました。 この辺りが村岡川の源流ということのようです。 橋の先は塀で閉ざされていますが、「ホタルの餌かわにな養殖小屋」と書かれた小屋が見えていました。
村岡川は、現在では宇田川と呼ばれています。 江の島が浮かぶ相模湾へ注ぐ境川の支流のひとつで、この辺りに端を発する二級河川です。 途中には民話が残る「まさかりが淵」もあります。
お願い
権五郎党(BSのOB会)に人たちが、村岡川の源流であるこの弁天池の湧水を利用して、 ホタル発生のための「きれいな小川作り」の環境整備を始めました。 やがてホタルが飛び始めるようにと、お宮の庭に降った雨水も流れ込まないようにし、 弁天の湧水だけの「きれいな小川」の流れにしました。 ですから、水質を悪くするようなゴミ類やタバコの吸い殻などの投げ捨てはしないで下さい。 また、整備中の環境を保全するため、関係者以外、柵内への立入を禁止します。
かきねの中や川の中に入ってはいけません。守って下さい。
 (宮司)
参道を横切っている道を右手へ少し登っていくと、道端に「古式消防器材保存庫」がありました。 中を覗いてみると、金属製の手押し式のポンプ車がありました。 軒下には解説文が掲示されていました。 掠れていて読めない文字もありましたが、ここに載せておきます。
中田の消防ポンプについて
火災などの火急な場合の共同防護組織は相当むかしから存在していたが、 明治以降中和田一村の自治消防組織である"中和田消防組"が結成されたのは明治43年といわれている。 この消防組ができる以前の消防器具は時代劇等で見られる「リュードスイ」を中心とした木製のものであったが、 結成後は消火性のすぐれた鉄製の腕用ポンプにかわった。 中田の消防ポンプは消防組結成時のものを初代とし、二代目は大正8年に、 そしてこの保存されているポンプは昭和5年に70円で購入した三代目のものである。 このころ中和田には14台の腕用ポンプがあったが、 この中田のポンプは近郷に類をみない高性能のもので、放水能力等は並ぶものがなかったという。 むかしから一村一社寺であった関係か、団結・協調という中田の人の心が高性能のポンプに更に生かしたともいえる。 中和田消防組はその後防護団となり、さらに発展解消して…と名を変えた。 昭和18年、戦時体制下…にエンジン付の動力ポンプが配備されたが、 カカリの悪いエンジン付動力ポンプは実際には…ず、専らこの腕用ポンプが昭和28年ごろまで活躍した。 今回第四分団第一班が中田囃で保存会及び住民の協力を得て、 由緒ある消防器材とそれに纏わる人の心を後世に伝えるため、この保存庫を建立した。
 (昭和49甲寅年4月14日 中和田御土研究会)
中田と中和田
上記の解説文に「中田」と「中和田」という地名が出てきますが、 これらは誤記ではなくて、歴史的な集落の統合過程においてそれぞれ実在した名前のようです。 中田村が近隣の村と合併して中和田村になったことから、 「中和田」の方が新しくて広い範囲を指しているようです。
参道まで引き返して正面へ進んでいくと、すぐの所の左側に庚申塔や歌碑などが並んでいました。 庚申塔は江戸時代の寛文6年(1666)に造られたものだそうで、総高は109cmとのことです。
石造庚申塔
横浜市指定有形文化財(石造建造物)  この塔は、横浜市域に存在する庚申塔の中でも古く、方形の台石の上に角柱の塔身を立て、 笠を置く角柱笠塔婆型で、台石の上部にはコの字形の池をめぐらし、 正面の左右に円形の半島をつきだし、花立を造っている。 塔身の四面には、南無阿弥陀仏の名号が刻まれ、 正面には耳をふさいだ猿、向かって左側面には口をふさいだ猿、右側面には目をふさいだ猿が それぞれ浮き彫りにされている。
 (横浜市教育委員会)
源流に 沿い八十歩 初詣 火山
右側には村岡川の源流になっている弁天池があって、綺麗な錦鯉が沢山泳いでいました。 池の上にカメラを出して写そうとすると、餌を貰えると思うのか、多くの鯉が寄ってきました。 池に突き出すようにして小祠もあり、その前には鳥居も立てられていました。 名前は分りませんでしたが、小降りながら立派な佇まいでした。 池の名前からすると、弁財天が祀られている祠なのでしょうか。
お願い
この池に鯉などの魚を入れないで下さい。 健康管理されていない魚が入ると、病気にかかって居たり、寄生虫が居たりして、 この池に居るきれいな魚に感染して死んでしまいます。 クスリを入れて池を消毒するには、たくさんの酸素も必要ですし、お金も掛かります。 守ってください。
 (宮司)
御霊神社
手水舎を過ぎて石橋を渡り、両側に立つ石灯籠の先に続く石段を登っていくと、 両側に大きなイチョウの木が聳えていました。 境内の先の玉垣で囲まれた一段高い所に御霊神社の社殿があました。 本殿と拝殿から成る立派な社殿でした。 本殿の屋根には5本の鰹木が乗り外削ぎの千木が聳えていました。 境内の右側には中田囃子稽古所があり、境内の外側には御霊神社幼児園があります。
御霊神社
戸塚区・栄区・鎌倉市域の御霊神社と同じく鎌倉権五郎景政を祀った神社で、昔から中田のごりょう様と呼ばれていました。 明治の廃仏毀釈前は宮司家の東端に実相院の不動堂や護摩堂がありました。 保安林に囲まれた石段下の弁天池は村岡川(宇田川)の源流になっています。 池の前の庚申塔は、区内最古のもので、地域文化財に登録されています。 鳥居横には、中田の子弟の教育に尽力された宮本湊先生の頌徳碑があります。
 (泉区役所)
御霊神社の境内には建物や祠などが沢山ありました。 社殿の右手には札所のような建物と神輿蔵と思われる建物がありました。 赤い鳥居の立つ矢並稲荷社もあり、真新しい銅葺きの屋根には4本の鰹木が乗り外削ぎの千木が聳えていました。 左手には真新し銅葺きの屋根の大日大聖不動社があり、 稲荷社と同じように屋根には4本の鰹木が乗り外削ぎの千木が聳えていました。 その奥には白木の金比羅社と日枝社が並んで納められた祠がありました。 小振りながら、屋根には5本の鰹木が乗り内削ぎの千木が聳えていました。 傍には石祠が四つ並んでいて、「熊野三社権現」や「庚申様」と書かれた札が納められていました。 更にその奥の一段高い所には「三峯神社・神明神社・秋葉神社」と刻まれた石碑があり、隣りには祠がありました。 その脇には圧倒されそうなほど巨大な樹木が生えていました。 注連縄も渡されていたので、御神木なのでしょうか。
境内の左手には「日本ボーイスカウト横浜第31-32団本部」の看板が掲げられた建物がありました。 その横にはトイレもありました。 前には丸太を削ったベンチが並んでいたので、それに腰掛けて、 先ほどのコンビニで買ったものを食べたり飲んだりしながら、ここでひと休みしていきました。 休んでいると、一人や三人連れなど、地域の方々が次々と参拝に訪れていました。 重要な願い事でもあったのか、かなり長い時間拝んでいる人もいて、待ち行列が出来たりしていました。 そのうちに、併設されている幼児園から保母さんに連れられた園児が3人出てきて、 神社の前で保母さんと一緒に柏手を打ってお参りしていきました。 神社併設の幼児園ということで、日課になっているのでしょうか。
中田町宮ノ前公園
御霊神社から参道を引き返してきて、鳥居の先に続く車道を真っ直ぐに進んでいきます。 地域活動ホーム「かがやき」や泉消防署中田消防出張所を過ぎていくと、 道路の左側に中田町宮ノ前公園があります。 広場を中心にして、遊具などがある静かな公園です。 この時には納涼盆踊大会が近いようで、櫓が組まれて太鼓が据えられ、提灯も吊り下げられていました。 周囲には仮設テントも設営されて、準備が着々と進められていました。
今では中田東四丁目などという味気ない名前に変わってしまいましたが、 公園入口の横断幕や櫓に立てられた幟には「中村町内会」と書かれていたので、 以前はこの辺りは「中村町」という名前だったのでしょうか。 地区名は変わっても、町内会の名前は元のままというケースはよくあるようです。
公園の脇を進んで端までいくと、東中田小学校入口交差点があります。 その手前の角に石碑が佇んでいました。 向かって左手の石碑には「庚申塔」と刻まれていました。 右手の石碑には浮き彫りがあって、側面には「同行八人」「元禄十五午二月」と刻まれていました。 元禄15年(1702)と云えば江戸時代の中頃からある石碑のようです。 他にも文字が刻まれていましたが、かなり風化していて読めませんでした。
交差点を直進して100mほど進んでいくと、左手へ道が分れていきます。 手前の右側にはスナックや定食店があり、左前方には歯科医院があります。 そこを左折して緩やかに坂道を降っていきます。 十字路を直進して僅かな登りになった道を進んでいきます。 小さな川に架かる橋を渡っていくと、正面にこんもりとした森が見えてきます。 森の際まで行くと、道路が左右に通り、そのすぐ先でも道が二手に分れていて、五叉路になっていました。 右側にはスーパーがありました。 この時には野菜などの大売出しが行われていて、買い物客で賑わっていました。 道路を渡った右前方にある横浜市泉消防団第1分団第1班の車庫の先へ続く山際の道を進んでいきます。
中田ふれあいの樹林
山際に続く坂道を1分ほど登っていって傾斜が緩やかになってくると、 左側に続いていた木柵の途切れる所があって、「中田ふれあいの樹林」の標識が出ていました。 その脇には「中田ふれあいの樹林愛護会」と書かれた掲示板がありましたが、何も貼り出されていませんでした。 ここから森の中へと入っていきます。
森の中へ入っていくと、僅かな斜面になった森にはテーブル・ベンチが幾つか設置されていました。 散策路には特にロープ柵などは施されておらず、自由に歩いていけるようでした。 右手へ進んでいくと森から出られますが、そこにも掲示板がありました。 引き返して樹林の中に続く踏み跡を辿って散策していきました。 このふれあいの樹林の解説板のようなものはないかと探してみましたが見かけませんでした。 横浜市ホームページによると、この樹林の面積は0.8haとのことです。
樹木には小さな解説板が取り付けられていたりもします。 竹林の近くまで来ると、柵で閉ざされています。 竹林はふれあいの樹林には含まれないようです。 右手の住宅地へ出ていく道もありましたが、元の入口がある左手へと降っていきました。
ミズキ
枝をきると水が出るのでこの名があります。 冬の枝は赤く色づき、ダンゴ木といって正月のモチかざりにします。 あれ地にまっさきに生えます。
ヒモキ
昔、この木をこすり合わせて火をおこしたのでヒノキとよばれます。 用材としてすぐれ、各地の山中にたくさん植林されて美しい林をつくっています。
オオシマザクラ
伊豆大島に多く見られるのでこの名前がつきました。 和菓子の桜餅にはこの木の若葉を塩づけにしたものを使います 花と葉は同時に開きます。
中田ふれあいの樹林から出て、元来た道を五叉路まで引き返し、左手へと続く道を進んでいきます。 スーパーの前を過ぎて登り坂になってくると道が二手に分れています。 角にはカラオケ喫茶がありますが、左手の道を進んでいきます。 坂を登り切った所にある十字路を直進して、その先へ続く坂道を降っていくと、 県道22号(長後街道)の中田駅前交差点に出ます。 道路向いには「地下鉄中田駅」と書かれた建物があります。 横断歩道を渡って左手へと進んでいきます。
以前の長後街道は道幅が狭くて慢性的な渋滞に悩まされていましたが、 横浜市営地下鉄が出来て道路の拡幅整備も行われて、今では四車線の立派な道路へと変わりました。 それに伴って、沿道の街並みもすっかり様変わりしてしまい、以前の面影は残っていません。
鯉ヶ久保ふれあいの樹林
白百合愛児園入口交差点・中田南二丁目交差点を過ぎていきます。 大型家具店や集合住宅を過ぎて少し降り坂になった所にある山神社入口交差点を右折していきます。 「ボク きれいな川 すき」の看板を過ぎていくと、正面に森が現れます。 突き当たりを道なりに右へ曲がって、住宅地に続く道を進んでいきます。 緑色と白色に塗られた横断歩道のある十字路を左折して小川に架かる小さな橋を渡っていくと、 正面に鯉ヶ久保ふれあいの樹林が広がっています。 手前には畑があって、綺麗な花が咲いていました。 正面に「鯉ヶ久保ふれあいの樹林」と題した案内板があるので参考にしましょう。 横浜市ホームページによると、この樹林の面積は1.4haとのことです。 真ん中を通る今来た道で樹林は二分されていますが、先ずは右手の森を散策することにしました。
鯉ヶ久保ふれあいの樹林
ふれあいのじゅりんは、市内の森を守り育てるとともに、地域の皆様のふれあいの場としてご利用いただくため、 山林所有者の方々のご好意により、山林を使用させていただくものです。 ふれあいの樹林の散策道や広場の清掃、草刈等は、地元の方々でつくられた「ふれあいの樹林愛護会」が行っています。 利用者の皆様もきれいな「ふれあいの樹林」になるようにご協力をお願いいたします。
 (鯉ヶ久保ふれあいの樹林愛護会、横浜市緑政局)
案内図によると、先ほどの「山神社入口」交差点は「中田庚申前東側」という名前になっていました。 最近になって交差点の名前が変更になったようです。
「鯉ヶ久保ふれあいの樹林」の標識の脇から続く幅の広い横木の階段を登って、 その先の緩やかになった道を進んでいくと、雑木の森の中に広場がありました。 テーブル・ベンチが幾つも設置されていて、休憩していくのに良さそうな所になっていました。 ここにも先ほどと同じ案内板がありました。 それによると、ここはどんぐり広場というようです。 散策路はこの広場の周囲を巡るようにして続いています。 その外側には柵が施されていて「自然保護区につき立入禁止」の看板が立っています。
フィールド・マナー FIELD MANNER 自然の中でルールを守ろう!
【火は出さない】 CAMPFIRES PROHIBITED, 【バーベキュー禁止】 DO NOT B.B.Q
【ポイ捨て禁止】 DO NOT LITTER
【しずかさをみださない】 NOISE PROHIBITED
【ペット(犬など)はつないで】 KEEP DOGS ON LEASH
【生きものをもちかえらない もちこまない】 DO NOT DISTURB WILD LIFE
【ボール遊びはできません】 BALL GAME PROHIBITED
【道からはずれない】 DON'T STRAY FROM THE PATHS PROVIDED
【ゴミはうちまで】 DISPOSE OF GARBAGE PROPERLY
【サバイバルゲーム禁止】 DO NOT SURVIVAL GAME
・「ふれあいの樹林」は、山林所有者の御好意で保存されています。
・とって良いのは写真だけ、残して良いのは足あとだけ。
・ミツバチは蜜を吸う時に花を傷つけません(ファーブル)。
・歩行喫煙等による火災事故防止に努めて下さい。
・利用時間は日の出から日没までです。
 (鯉ヶ久保ふれあいの樹林愛護会、横浜市緑政局)
どんぐり広場の周囲に続く散策路をひと巡りして元来た道を引き返してくると、 最初の案内板のあった道へ降っていく横木の階段で、捕虫網を持った子供達が遊んでいました。 男の子二人と女の子一人の組み合わせで、虫捕りでもしていたのでしょうか。 近所の友達なのか兄弟でしょうか、仲が良さそうにワイワイ言いながら遊んでいました。 自然の中で遊ぶ子供達を見ていると、同じようにして遊んでいた自分の子供の頃を思い出したりしました。
舗装路に降り立って、正面に続く横木の階段を登っていきます。 右手から来る散策路を合わせていくと、程なくして降り坂になってきます。 その先の横木の階段を降っていくと、 案内板のある所から分れて小川沿いに続いてきた散策路に降り立ちます。 そこから小川沿いに右手へ進んでいくと、右側に円錐形をした小山がありました。 その上へ続く手摺付きの横木の階段もありました。 横浜市都筑区にある「ふじやとの道」の山田富士のようなものかと思って、 この上はどうなっているのか興味が出てきたので、ちょいと登ってみることにしました。
中田第九公園
横木の階段を登っていくと、なだらかになった正面には公園が続いていました。 下からは尖った小山のように見えていましたが、高台の縁にある斜面なのでした。 正面にあるのは中田第九公園というようで、閑静な住宅地にある公園です。 ここでも近々に盆踊り大会が催されるようで、櫓が組まれていました。
中田第九公園
一、きれいな環境で安心して遊べるよう、みんなで協力しましょう。
一、木や草花を大切にしましょう。
一、遊んでいる子供達に危険がないよう、みんなで気をつけましょう。
一、犬を公園に入れないでください。
一、後片付をきちんといたしましょう。
 (管理運営委員会)
元の散策路まで引き返してきて、鯉ヶ久保ふれあいの樹林に続く小径を更に進んでいきます。 何箇所かで分岐がありますが、いずれの道を進んでいってもその先で合流します。 広めでしっかりとした散策路になっていました。 樹林の北側に沿って流れている小川の名前は分りませんでしたが、 手元の地図によると、宇田川の支流のひとつになるようです。 やがて樹木が疎らになって正面が明るくなってくると、樹林の出口になります。 住宅地の道路に出た所にも、これまでに見かけた大きな案内板と注意書きが設置されていて、 「鯉ヶ久保ふれあいの樹林」の標識もありました。
鯉ヶ久保ふれあいの樹林利用上の注意
この樹林は、地権者から土地を借りて市民の方々に開放しているものです。
1.キャッチボール・ゴルフ等の危険な行為はやめてください。
2.各自の責任において利用してください。
3.車両・バイクで樹林内に入らないでください。
4.犬は放し飼いにしないでください。またふんは飼い主が始末してください。
5.火気は使用しないでください。
6.樹林内は禁煙です。
7.ゴミは持ち帰ってください。
8.木柵内は立入禁止です。
 (鯉ヶ久保ふれあいの樹林愛護会、横浜市緑政局)
踊場(おどりば)駅
鯉ヶ久保ふれあいの樹林から道路に出て、左手へ進んでいきます。 笹の植込を過ぎて金網柵沿いに進んでいくと分岐があります。 正面の坂を登ったすぐ先には車道が見えていますが、 手前を右折して、自動車整備工場の右脇の坂道を登っていきます。 2分ほど登っていくと県道22号(長後街道)に出ます。 県道に出た先にある中田町東原交差点の横断歩道を渡って道路の向い側へ行くと、 右手すぐの所に踊場駅(横浜市営地下鉄)があります。
また、地下鉄の入口の先に踊場バス停があって、 戸塚バスセンター行きの便が1時間に5本から7本程度あります。
踊場バス停の先にある地下鉄の入口の脇に「念仏供養塔」が立っています。 屋根も設置されていて丁寧に保存されています。 正面には「南無阿弥陀佛寒 念仏供養」、 右面には「三界萬霊等…」、左面には「相州鎌倉郡中田村…」と刻まれていました。 以前はこの先の踊場交番前交差点の脇にありましたが、道路の拡幅工事に伴って現在地へ遷されました。
念仏供養塔を過ぎた所にある踊場交番前交差点は、 前後に越えていく長後街道と、左右に続く鎌倉道が鞍形に交わる峠になっています。 山を切り開く形で戸塚と長後を結ぶ長後街道が大正時代の初期に建設されるまでは、 くねくねとした山道が続く峠の広場になっていたようです。 その広場に、夜な夜な猫が出没して踊っていたという昔話が残っています。 インターネットで調べてみると、 戸塚の水本屋という醤油屋の猫の話や、藤沢のかんべえさんの猫の話が見つかりました。 共通しているのは、集まってきた猫達が手拭を被って踊るという内容でした。 そんな出来事から、この辺りを「踊場」という呼ぶようになったと云うことです。
(画像を左クリックすると、踊場駅で見かけた猫関連の写真が順次表示されます)
踊場の碑の由来
踊場の地名は伝説として古猫が集り毎夜踊ったので生じたと言はる。 この碑は猫の霊をなぐさめ住民の安泰を祈念して、近郷住民の総意にて元文2年(1737)造立し、 中田寺住職尊帰として開眼供養せられしものなり。 最近交通いよいよ激しく、長後街道と鎌倉道のこの交差路改修にて碑の移動に伴ひ、 本願の地区安泰と交通安全を祈願のため町内有志相計り、 住民各位の助成を得て慰霊塔を護持、祖先の意志を継承奉らんとするものである。 昭和61年11月3日に戸塚区から当地は泉区に変更になった。
 (中田踊場慰霊塔管理委員会)