大楠山
散策:2009年07月下旬
【低山ハイク】 大楠山
概 要 大楠山は三浦半島の最高峰で、半島の中ほどにあります。 山頂からは、伊豆半島・富士山・箱根・丹沢・大島・房総半島などを見渡せる360度の大パノラマが広がっています。 今回は大楠芦名口コースから大楠山へ登り、衣笠コースを降って、 衣笠城址を経て衣笠山公園へと続くルートを歩きます。
起 点 横須賀市 大楠芦名口バス停
終 点 横須賀市 衣笠駅
ルート 大楠芦名口バス停…芦名の堰…へっぴり坂…巻き道分岐…大楠山…阿部倉分岐…古道分岐…三叉路…大畑橋…大善寺…衣笠城址…三浦縦貫道衣笠入口交差点…134.2m峰…衣笠山公園…衣笠神社…衣笠駅
所要時間 4時間40分
歩いて... 朝方は日差しもあるまずまずの天候でしたが、 大楠山へ向かって登り始めると、海から流れてきた霧のために、山々は白いベールに包まれてしまい、 山頂からの素晴しい眺めを見ることは出来ませんでした。 阿部倉分岐の手前で入った枝道の途中にあった分岐からは芦名地区へ降りていけるのだろうかと、 その行く末が気になりました。
関連メモ 佐島・大楠山のみち, 衣笠山, 大楠山, 前田川遊歩道, 大楠山, 大楠山, 大楠山, 大楠山, 大楠山, 大楠山
コース紹介
大楠芦名口(おおぐすあしなぐち)バス停
逗子駅(JR横須賀線)から、[逗4]大楠芦名口行きバス、[逗5]横須賀市民病院前行きバス、[逗6]長井行きバス、 [逗7]佐島マリーナ入口行きバス、[逗72]湘南佐島なぎさの丘行きバス,または, [逗8]電力中央研究所行きバスにて26分、1時間に5本程度の便があります。
大楠山へ登る主なルートは四つありますが、 今回はその中の「大楠芦名口コース」から大楠山に登って「衣笠コース」を降るルートを歩きます。
大楠山への主なルート
【前田橋コース】 前田橋バス停〜大楠山
【大楠芦名口コース】 大楠芦名口バス停〜大楠山
【塚山・阿部倉コース】 田浦駅〜塚山公園〜池上住宅入口バス停〜大楠山
【衣笠コース】 衣笠公園バス停〜衣笠山公園〜大楠山
大楠芦名口コースは関東ふれあいの道「佐島・大楠山のみち」の一部にもなっていて、 バス停の手前にある大楠山入口交差点に案内板が設置されています。 案内板の脇にある関東ふれあいの道の道標「大楠山へ3.2km」に従って、 交差点を右折(バスが来た向きでは左折)していきます。 200mほど行くと道が左へ分かれています。 手前に立つ道路標識「大楠山」が左手の道を示しています。 また、関東ふれあいの道の道標も立っていて、左手の道は「大楠山へ2.9km」、 今来た道は「大楠芦名口バス停へ200m」となっています。 広い車道と分れて、左手に続く道へ入っていきます。
関東ふれあいの道
関東ふれあいの道(首都圏自然歩道)は、一都六県を巡る自然歩道です。 沿線の豊かな自然にふれ名所や史跡をたずねながら、ふる里をみなおしてみませんか。
佐島・大楠山のみち
このみちは、県内17コースのうちの4番目です。 ここから市道を大楠山へ登ります。 山頂展望台からは全周の眺望が開けます。 山みちを前田橋バス停の方へ下り、途中前田川からは市道を歩きます。 前田橋バス停から葉山御用邸まで海岸沿いの国道134号線を北上し、 県道に入って一色海岸バス停が終点です。 途中のみどころは立石やしおさい公園などです。 佐島は路線から離れ、前田橋バス停から約2kmで、 佐島公園や横須賀市天神島臨海自然教育園(ビジターセンター)があります。 車道を歩きますので注意してください。
大楠芦名口バス停…3.0km…大楠山…3.5km…前田橋バス停…0.8km…立石公園…2.4km…長者ヶ崎…0.8km…御用邸前交差点…0.2km…葉山しおさい公園一色海岸バス停
 (神奈川県自然環境保全センター)
守ろう美しい自然きれいな環境
 (よこすか葉山農協青壮年部、横須賀市経済部農林水産課)
芦名の堰
民家が散在する緩やかな坂道を登っていきます。 2分ほど進んだ所にある横須賀市消防団第28分団の車庫の隣りに、綺麗な「芦名観光トイレ」がありました。 トイレを過ぎて、畑が続くようになった谷間の道を登っていきます。 トタン塀で囲まれた資材置場を過ぎて傾斜が増してきた坂道を登っていくと、 車道から分れて500mほどの所に池がありました。 脇に立つ解説板によると「芦名の堰」というようです。 この池で観察される生き物たちが、写真付きで貼り出されていました。 池のすぐ先で左手へ道が分れていきますが、道標「大楠山へ」に従って、右へ曲がっていく道を登っていきます。
芦名の堰
ここは500年前からのため池です。 最近まで稲作に役だっていました。 いまは魚や水鳥、トンボたちのすみかです。 大楠の自然をみんなで大切に守りましょう。
 (おおくすエコミュージアムの会、横須賀市)
大楠山鳥獣保護区区域図
この区域は鳥獣の捕獲が禁止されております。 鳥獣の保護に、ご協力をお願いします。
 (神奈川県)
シュレーゲルアオガエル 初夏、どこからともなく「コロコロコロ…きりりりり…」と聞こえてきます。 黄緑色で小さなカエルです。 地面の中に穴を掘って鳴いているので、まず見つけることはできません。 そしてその地面の中で卵を産み、オタマジャクシは地面の中で孵ります。 さて、どうやって出てくるのでしょうか?
モクズガニ 小さいころは海で育ち、大きくなったら芦名川を上って芦名堰でくらすカニ。 写真左はメス、右はオスです。 海と池が川でしっかり繋がっていることが大切です。 カニは足があるので護岸された川でも上れます。 アユなどは、芦名川の構造では上流まで上ることはできません。
抽水植物とトンボ 芦名堰で確認されているトンボは、アオモンイトトンボ、ギンヤンマ、オオシオカラトンボ、シオカラトンボ、 コシアキトンボ、ショウジョウトンボなどです。 昨年まで、水が少なく抽水植物も少ない状態でした。 これから環境改善していき、どんなトンボが増えるか見守っていきましょう。
ヤマアカガエル 2月〜3月に卵を産みにくる茶色いカエルです。 夏の間は、林の湿っている地面でくらしています。 三浦市にいてよく似ている「ニホンアカガエル」とは別のカエルです。 カエルがいるということは、それを支えられる豊富な昆虫がいるということです。 この環境を大切にしましょう。
芦名堰の小魚 カダヤシ、モツゴ、タモロコ
長い水田耕作の歴史の中で、人間の移動とともに芦名関井にたどり着いた魚です。 幸い、ブラックバスやブルーギルなどの釣魚は放流されておらず、 水の中はたくさんの小魚が平和にくらしています。
アメリカザリガニ 多数おり、芦名堰の小魚と水生昆虫に最も深刻な影響を与えています。 地道に駆除していくほかありません。
山火事注意
火の始末 山に来るたび 歩くたび。 タバコの投げ捨てはやめましょう。
 (横須賀市)
火の用心 Stop the Fire
 (南消防署)
へっぴり坂
青葉が生い茂って緑のトンネルのようになった道を登っていきます。 道は自動車が通っていけるだけの幅があります。 全体的には砂利道ですが、傾斜が増した所は簡易舗装されています。 芦名の堰から5分ほど登っていくと、右手に戻るようにして山道(*)が分れていきます。 その道は見送って広い道を更に登っていくと、 登り傾斜が増し始めた所の道端に「へっぴり坂」の標識が立っていました。 大楠芦名口コースのなかでは最も傾斜のある所なのだそうです。 現在ではそれほどでもありませんが、 昔には文字通り「屁っ放り腰」にならないと登っていけないほど傾斜があったのでしょうか。 標識を過ぎていくと、横須賀市の設置する看板Q1があります。 大楠山への各ハイキングコースに沿って点々と設置されていて、この地域の事がクイズ形式で紹介されています。 頂上までの距離も書かれていて、道標の役目も果たしているようです。 シャッター付きの小窓を開けると答えが現れます。
後日に右手へ戻るようにして分かれていく道を歩きました。 (「大楠山」を参照)
大楠山で観察できる鳥たちを紹介します
メジロ、ホオジロ、エナガ、ジョウビタキ、シジュウカラ、コゲラ
・ごみは必ず持ち帰りましょう
・不法投棄、ポイ捨て監視中
・山火事防止にご協力ください
 (横須賀市)
へっぴり坂
芦名側のなかで最も傾斜の急な坂道。 その名がおもしろい。
 (西地域文化振興懇話会)
ハイキングコースクイズ
横須賀市にちなんだクイズです。何問できるか、チャレンジしてみよう!
Q.1 芦名口コース
コスモスは別名秋桜といわれていますが、ラテン語ではどんな意味をもつ言葉でしょうか。 次のうちから選んでください。
 1. 惑星 2. 地球 3. 宇宙
頂上まであと1.6km、ガンバレ!
 (横須賀市)
右手に分れていく道を見送って更に登っていきます。 道は広くて快適に歩いて行けますが、前夜の降雨のため、所々に水溜まりが出来ていました。 クイズの看板Q2を過ぎていくと、 へっぴり坂の標識の立つ所から8分ほどで、細い道が右手に分れていきます。 芦名方面へ降りていける道のようですが、入口には「通行止め」の看板が立てられていました。 かなり前から工事中になっています。 期間が延長されたのか、訂正した跡もありました。 左手には、山並みや海などを見渡せる眺めが広がっています。 朝方は日差しもあるまずまずの天候だったのですが、次第に海からの霧が流れてきました。 正面にはこれから登る大楠山と思われる山も聳えていましたが、山頂付近は霧で霞んでいて、 建っているはずの電波塔は見えませんでした。 気温も高めで蒸し風呂状態になり、汗が顔に纏わり付き、メガネも曇ってきます。 何度も立ち止まってメガネや顔を拭きながら登っていきました。
ハイキングコースクイズ
横須賀市にちなんだクイズです。何問できるか、チャレンジしてみよう!
Q.2 芦名口コース
長井の新宿地区に伝わる郷土芸能で、若衆(男)に代わり、小中学生の女子によって引き継がれている 市指定無形民俗文化財を次のうちから選んでください。
 1. 飴屋踊 2. 虎踊 3. とっぴきぴー踊
頂上まであと1.2km、ガンバレ!
 (横須賀市)
お知らせ 通行止め
芦名方面は工事中のため通り抜けが出来ません。 ご協力お願い致します。
期間 自平成18年4月1日 至平成30年3月31日
 (横須賀市、横須賀警察署、かながわ環境整備センター)
鳥獣保護区
ここは保護区域です。 鳥や獣を守ってください! この付近では鳥や獣を狩猟してはいけません!
 (神奈川県)
更に1分ほど進んでいくと右手が開けてきました。 大楠芦名口バス停から25分ほどの所になります。 三浦半島の先端へと続く眺めが広がっていましたが、生憎と霞んでいて明瞭ではありませんでした。 畑を過ぎていくと、関東ふれあいの道の道標が立っていて、正面に続く道は「大楠山へ1.4km」、 今来た道は「大楠芦名口バス停へ1.7km」となっています。 脇には里程標もあって、正面の道は「一色海岸0.9km」、今来た道は「芦名口1.7km」となっています。 またクイズの看板Q3もありましたが、大楠山への距離は道標とかなり違っていました。 直線距離と道程ということなのでしょうか。
関東ふれあいの道 佐島・大楠山のみち 大楠山で見られる樹木・植物
大楠山は、タブノキ、スダジイ、シロダモなどの照葉樹や、 コナラ、クヌギ、オオシマザクラなどの落葉樹でおおわれています。 林の中はアオキやヤツデなど、林の縁にはエノシマキブシやマルバウツギやムラサキシキブなどの低木がはえ、 道端には春にカントウタンポポやタチツボスミレ、秋にはノコンギクやナンテンハギなど、 四季折々に多彩な花や実が見られます。
スダジイ 葉は厚く楕円形で、先が尖り、裏面は金色です。 初夏には甘い香りの花が咲き、秋にはやや角張ったドングリが実り、生でも食べることができます。 ドングリをつける木にはこのほか常緑のマテバシイ、アカガシ、落葉性のコナラやクヌギなどがあります。
タブノキ 葉は大きく厚く、細長い倒卵形で、葉の裏側は緑白色です。 大木になるので、三浦半島ではオオキとも呼ばれます。 花は春に咲き、果実は球形で黒く熟し、赤い柄が目立ちます。
オオシマザクラ 伊豆大島原産。成長が速いので、三浦半島では薪や炭の材料として盛んに植樹されました。 葉は楕円形で、先は細く尖り、縁には細かな鋸歯があります。 黄緑色の若葉と同時に出る大きく白い花が特徴です。 ヤマザクラは若葉が赤く、花は薄桃色です。
エノシマキブシ 早春、葉が出る前に薄黄色の花がかんざしのように枝から垂れ下がって咲きます。 葉は楕円形で先は細長く尖り、縁には細かな鋸歯があります。 沿岸地域に分布し、名は江の島に由来します。
アオキ 冬に赤く熟す実はだるまのように見えるので、三浦半島ではダルマノキとも呼ばれます。 緑色の枝にまばらな鋸歯をつけた大きな楕円形の葉が対になってつきます。 花は春に咲き、雌雄異株です。
タマアジサイ つぼみが苞葉に包まれ、球になります。 葉は大きく、細かな毛が密生するので、ささるとざらざらします。 花は海岸に生えるガクアジサイよりもやや遅く、夏に咲きます。
カントウタンポポ 林の縁や草地に生え、春を告げる植物のひとつです。 帰化植物のセイヨウタンポポやアカミタンポポは舗装された道路や造成地などで1年中咲きますが、 在来種の花期は春だけです。
ノコンギク 林の縁などに見られ、舌状花の花びらは薄紫色です。 このほかシロヨメナ、カントウヨメナ、ユウガギクなどが大楠山の秋を彩る野菊です。
オオハナワラビ 秋から春の林床に生えるシダ植物で、花に見立てられる胞子葉が栄養葉とは別にでて、よく目立ちます。 栄養葉は五角形で、冬に紅葉するものもあります。
 (神奈川県、横須賀市自然・人文博物館)
ハイキングコースクイズ
横須賀市にちなんだクイズです。何問できるか、チャレンジしてみよう!
Q.3 芦名口コース
この海岸は海蝕台や海蝕洞の地形で、白い頁岩と黒い凝灰岩の岩礁に打ちよせる波が印象的です。 ここからは遠く相模・伊豆の連山や富士山が眺められます。 この海岸を次のうちから選んでください。
 1. 荒崎海岸 2. 秋谷海岸 3. 観音崎海岸
頂上まであと900m、ガンバレ!
 (横須賀市)
解説板を過ぎて数10m進んでいくと、右手に細い道が分れていきます。 そこからも芦名方面へ降りていけるようですが、 先ほど見かけたのと同じ「通行止め」の看板が入口に立てられていました。 道端に生える樹木や草には、その名前を示す小さな木の板が取り付けられていました。 新しそうな様子だったので、最近に設置されたようでした。 海から来る霧が次第に濃くなってきて、道の先の方が霞んできました。 しかし、感覚的には雨が降ってくる雰囲気ではなかったので、このまま散策を続けることにしました。 僅かな登り降りはあるものの、緩やかで歩きやすい登り基調の道が続きます。
注意
この区域一帯は、首都圏近郊緑地保全法に基づく衣笠・大楠山近郊緑地保全区域、 又都市計画法に基づく衣笠・大楠山風致地区に指定されています。 この区域内で建築物の新築・増改築・宅地の造成・土砂類の採取・土地形質の変更・ 屋外広告物の表示又は掲示を行う場合は、事前に市長の許可を受けなければなりません。 なお、近郊緑地保全地区と風致地区では規制内容が違いますので、 上記の行為等を計画されている方は、必ず事前に下記まで問い合わせて下さい。 許可なく行為を行うと法令の規定により処分される場合があります。
 (横須賀市緑政部緑化推進課)
ハイキングコースクイズ
横須賀市にちなんだクイズです。何問できるか、チャレンジしてみよう!
Q.4 芦名口コース
相模湾の富浦公園に接した海面は質の良いのりの養殖場として知られています。 養殖のため海面にたくさんの竹が立てられていますが、それは何と呼ばれているでしょう。 次のうちから選んでください。
 1. のりぼう 2. のりひび 3. のりぐい
頂上まであと560m、ガンバレ!
 (横須賀市)
告知
アライグマの生息状況調査のため、大楠山周辺にオリを設置しています。 オリを見かけても手を触れないようお願いします。
 (神奈川県緑政課)
鳥獣保護区
この附近では鳥や獣を狩猟してはいけません!
 (神奈川県)
巻き道分岐
緑のトンネルになった広い道を進んでいくと、右手に携帯電話会社の大楠無線中継所への道が分れていきます。 大楠芦名口バス停から40分ほどの所になります。 このすぐ先で道が二手に分れています。 角には関東ふれあいの道の道標が立っていて、 左へ曲がっていく広い道は「大楠山0.5km」、今来た道は「大楠芦名口バス停2.6km」となっています。 右手に分れていく道は何も示されていませんが、大楠山を巻いて衣笠城跡方面へ続く道になります。 右手の道の2分ほど先からも大楠山へ登っていけますが、 今回は大楠平の手前から大楠山へ登るべく、左へ曲がっていく広い道を更に進んでいきました。
ここは よこすか 環境美化街道
 (よこすか葉山農協青壮年部、横須賀市経済部農林水産課)
ハイキングコースクイズ
横須賀市にちなんだクイズです。何問できるか、チャレンジしてみよう!
Q.5 芦名口コース
大楠山は三浦半島で一番高い山ですが、海抜何メートルあるでしょか。 次のうちから選んでください。
 1. 55メートル 2. 242メートル 3. 545メートル
頂上まであと300m、ガンバレ!
 (横須賀市)
左手に眺めが広がる所を過ぎていくと、先ほどの巻き道分岐から2分半ほどで、 右手に電話会社の大楠無線送受信所への道が分れていきます。 その入口は青ペンキが塗られた柵で封鎖されていますが、 大楠山の山頂へ向かって真っ直ぐ延びる坂道がその先に続いていました。 右手の道を見送っていくと、「登山歩道あと五分」と書かれた古びた標識を過ぎていきます。
山の斜面に続く広い道を進んでいきます。 少し登るようになって左へ曲がり始めると、右手に幅の広い横木の階段が分れていきます。 角には関東ふれあいの道の道標が立っていて、正面の広い道は「前田橋バス停へ」、 右手の階段は「大楠山へ150m」、今来た道は「大楠芦名口バス停へ」となっています。 正面の道のすぐ先に大楠平がありますが、 今回は大楠平には立寄らず、ここから大楠山へ登っていきます。
階段を20段ほど登って小尾根に着くと、正面の谷へと踏み跡が降っていました。 湘南国際村方面へ続く道のようですが、工事中のため通行止めになっていました。 その道は見送って、右手の尾根に続く幅の広い横木の階段を登っていきます。 手摺が設置された所を過ぎて更に登っていくと、正面に電波塔が見えてきます。
(後日に湘南国際村へ降る道を歩きました。 「大楠山」, 「大楠山」, 「大楠山」を参照)
お知らせ 通行止
工事中のため湘南国際村方面への通り抜けはできません。 ご協力お願い致します。
 (三井不動産株式会社)
大楠山 (標高242.0m)
上に向かって階段を更に登っていくと、 「大楠山へ150m」の道標のあった所から4分ほどで大楠山の山頂に着きました。 巻き道分岐から10分ほど、大楠芦名口バス停から55分ほどで登って来られました。 登り着いた所にある大楠山ビューハウスの先は三角点のある広場になっていて、ベンチが幾つか設置されています。 この大楠山は「かながわの景勝50選 大楠山の展望」や 「横須賀風物百選 大楠山」としても選ばれている眺めの素晴しい所です。 螺旋階段の付いた展望塔が立っていて、その上まで登ると360度の大パノラマが広がります。 条件がいいと、西側には相模湾に浮かぶ江ノ島が、 その奥には箱根連山や伊豆半島や丹沢山塊や富士山が広がっています。 北側には逗子市・鎌倉市・横浜市などが、 東側には横須賀市や東京湾に浮かぶ唯一の自然島である猿島も見下ろせます。 南側には三浦半島の先端部が見え、その先には房総半島や大島が見えます。 しかし、この時には海から流れてきた霧のために周囲は白いベールに包まれていたので、 展望塔の上に登るのは止めておきました。 晴れ間が覗きそうな様子は一向にありませんでしたが、幾つか設置されているベンチに腰掛けて、 軽く食事を摂ったり水分補給したりしながら、しばらく休憩していきました。
大楠山頂上…50分…秋谷(前田橋バス停)…25分…逗子・衣笠駅
大楠山頂上…45分…芦名(大楠芦名口バス停)…25分…逗子・衣笠駅
大楠山頂上…30分…阿部倉温泉…20分…衣笠駅
大楠山頂上…90分…衣笠城跡…30分…衣笠山公園…20分…衣笠駅
お知らせ
大楠山山頂には水道はありません。ご了承ください。
展望塔開放時間 午前9時〜午後4時(ただし、天候により閉鎖する場合があります。
強風の時は、展望塔には登れません。 ご了承ください。
 (横須賀市経済部観光課)
しばらく待ってみても天候は回復しそうにもないので、大楠山から下山することにしました。 登ってきた時とは反対側の東へ続く横木の階段から降っていきます。 段差の高い所もあって、降るのにも疲れてきます。 途中でロープが張られている所もありますが、それほど必要な感じではありませんでした。 曲がりながら続く横木の階段を5分ほど降っていくと、大きな樹木の生える所に降り立ちました。 ここで道が二手に分れていますが、いずれもすぐに巻き道に出ます。 左手の道を10mほど進んでいくと、左右に通る広い道に出ました。 この道は大楠山の巻き道になっています。 脇には道標が立っていて、右手の道は「大楠山」、左手の道は「塚山公園・衣笠山公園」、 今降って来た道は「大楠山山頂(階段/230段)」となっています。 右手へ2分ほど進んでいくと、大楠山の手前にあった「巻き道分岐」へ出られますが、 今回は衣笠山公園へ向かって左手へ進んでいきます。
左手へ20mほど進んでいくと、急に道幅が狭くなってきます。 ゴルフコースとの境にある金網柵に沿って右手へと降っていきます。 ボールが飛んでくるからなのか、上にも屋根のようにして金網が設置されています。 岩盤が剥き出した道になっているので、滑らないよう注意しながら降っていきました。 金網柵に沿って2分ほど降っていくと、道は左へ曲がって、横木の階段を降るようになります。 その角から踏み跡が右手へ分れていました。 以前に来た時には「通行止め」の看板が立っていたのですが、 通れるようになったのか、この時にはありませんでした。 芦名地区へ降っていく道だったように思いますが、行く末を確かめようと歩いてみることにしました。
これまでの明瞭でしっかりとしたハイキングコースから一転して、細い山道になってきます。 落葉が積もっていたりもする雑木林の斜面を1分ほど降っていくと、左右に通る道に降り立ちました。 左右には大きな樹木が生えていました。 道標類はないし、どちらへ進んだものかと地図を見ながら考えるに、 右手の道は、大楠山の手前にあった携帯電話会社の大楠無線中継所がある高みの北側から東側を通って 南の松越川沿いに降りて芦名地区へ続く道のように思えました。 右手の道の行く末を確かめたいとも思いましたが、 今回は衣笠山公園へ向かうため、左手の道を進んでいきました。
斜面を横切るようにして細い道が続いています。 歩く人はほとんどいないようで、シダ類や細木などが生い茂ってはいましたが、何とか踏み跡は確認できました。 左上を見ると尾根が間近に続いていて、金網柵も見えていました。 尾根道から以外と近い所に続いているようでした。 次第に登り坂になってくると、金網柵沿いの尾根道と接する所に出ました。 尾根道から細い踏み跡に入ってから8分ほどの所になります。 ここからは尾根道を進んでいってもいいのですが、踏み跡は正面の高みへ更に続いていたので、 細い道をそのまま登っていきました。
高みを右手から巻くようにして登っていき、大きな岩の脇を過ぎていきます。 斜面に続く緩やかになった道を進んでいくと、1分ほどで尾根道に出ました。 左手のすぐ上にある高みには道標が見えていました。 どうやら尾根道に接した所からここまでは、道標のある高みの巻き道になっているようでした。
阿部倉分岐
広い尾根道に出て、緩やかに30秒ほど降っていくと、左手に戻るようにして横木の階段が分れていきます。 角には道標が立っていて、左手の道は「阿部倉・塚山公園」、 正面の道は「衣笠城址・衣笠山公園」、今来た道は「大楠山」となっていました。 ここは正面に続く広くて緩やかな尾根道を進んでいきます。
(左手の道は「大楠山」, 「大楠山」を参照)
広い尾根道は次第に狭くなってきますが、引続きしっかりとした道になっています。 少し登るようになると、阿部倉分岐から1分半ほどの所で、左手へ道が分れていました。 その道の先を覗いてみると、送電線の鉄塔「三崎線No.46」が立っていました。 左手の道は見送って、正面に続く道を進んでいくと、周囲の樹木が低くなった所に出ました。 上には送電線が通っていました。 陽当りがいいからなのか、かなり夏草などが生い茂っていましたが、踏み跡はしっかりと続いていました。
古道分岐
開けた所を過ぎて再び樹木が生い茂る森へ入っていくと、道幅が広くなってきます。 先ほどの開けた感じの所は夏草などのために道が狭くなっていたようで、 冬枯れになると広い道になるのかも知れないと思いながら進んでいきました。 クイズの看板Q10を過ぎていくと、登り坂が始まる手前から右手に道が分れていきます。 枝道に入ったりしていたこともあって、大楠山からここまで28分ほどかかりました。 角に立つ標柱や道標によると、正面の道は「衣笠城址・衣笠山公園」、 今来た道は「大楠山」となっています。 右手の道には何も示されてはいませんが、長坂地区にある南葉山霊園の奥から続く「古道」になります。 ここは正面に続く坂道を登っていきます。
(右手の道は「大楠山」, 「大楠山」を参照)
ハイキングコースクイズ
横須賀市にちなんだクイズです。何問できるか、チャレンジしてみよう!
Q.10 衣笠コース
満願寺にある観音菩薩像、地蔵菩薩像は国指定有形文化財です。これらは何時代に造られたのでしょう。 次のうちから選んでください。
 1. 平安時代 2. 鎌倉時代 3. 室町時代
頂上まであと600m、ガンバレ!
 (横須賀市)
坂道を登り切って、緩やかになった広い道を2分ほど進んでいくと、降り坂になってきます。 幅が細くなった道端にはシダ類が生い茂っていました。 程なくして横木の階段を降るようになります。 1分ほどで階段を降り切ると、クイズの看板Q9がありました。 そこから緩やかになった道を進んでいきます。 少し広くなった尾根道を軽く登るようになると、右側の樹木の切れ間から10mほど入った所に、 送電線の鉄塔「東京南線3・4号線No.24」が立っていました。 古道分岐から5分ほどの所になります。
ハイキングコースクイズ
横須賀市にちなんだクイズです。何問できるか、チャレンジしてみよう!
Q.9 衣笠コース
東京湾に面した観音崎は、我が国最初の洋式灯台が設置されたことで有名です。 さて、この灯台はいつ点灯されたでしょうか。 次のうちから選んでください。
 1. 明治2年 2. 明治25年 3. 大正6年
頂上まであと900m、ガンバレ!
 (横須賀市)
24番鉄塔を見送って数10m進んでいくと、 道の右側に送電線の鉄塔「東京南線1・2号線No.25」が立っています。 左側の樹木が低くなっていて、山並みなどを見渡せる眺めが広がっていました。 この時は霞んでいましたが、晴れていると、どの辺りまで見えるのでしょうか。 上空には二系統の送電線が併走するようにして続いていました。 各々の鉄塔の両肩に送電線が架けられていて、 右側の鉄塔に1号線と2号線が、左側の鉄塔に3号線と4号線があるようです。 鉄塔を過ぎていくと横木の階段を降るようになりますが、30秒ほどで緩やかな尾根道になってきます。
幅は広めで歩きやすい尾根道が続きます。 道端には背の低い笹が生えていたりもする雑木林の緩やかな尾根を進んでいきます。 右側にあるちょっとした竹林を過ぎていくと、横木の階段を降るようになります。 かなり長く続いていて、降り切るのに2分半ほどかかりました。 階段が終わった所に板製の道標が設置されていて、 正面の道は「衣笠城址・衣笠山公園」、今来た道は「大楠山」となっています。 少し右へ曲がっていく広くなった尾根道を進んでいきます。
ハイキングコースクイズ
横須賀市にちなんだクイズです。何問できるか、チャレンジしてみよう!
Q.8 衣笠コース
昔から、わき水が豊富なことで知られ、ここから明治7年市内初の水道が敷設されました。 さて、この水源地はどこでしょうか。 次のうちから選んでください。
 1. 吉井 2. 走水 3. 津久井
頂上まであと1.3km、ガンバレ!
 (横須賀市)
山歩く 心にいつも 火の用心
 (神奈川県)
軽く登ってから緩やかな尾根道を進んでいきます。 クイズの看板Q7を過ぎて更に進んでいきます。 やがて軽く降るようになった尾根道を進んでいくと、右側に舗装道路が併走する所に出ます。 脇にはクイズの看板Q6もありました。 舗装道路との間には杭が並んで立てられていて、車止めのようになっていました。 その杭にハイキングコースの看板が取り付けられていて、正面に続く尾根道は「衣笠方面」、 今来た道は「大楠山方面」となっています。 舗装道路に出て左前方へと進んでいってもいいのでしょうが、 今回は正面に続く土の尾根道をそのまま進んでいきました。
ハイキングコースクイズ
横須賀市にちなんだクイズです。何問できるか、チャレンジしてみよう!
Q.7 衣笠コース
横須賀市は昭和45年にブレスト市と姉妹都市になりました。 さて、この市はどこの国にあるでしょうか。 次のうちから選んでください。
 1. イギリス 2. アメリカ 3. フランス
頂上まであと1.6km、ガンバレ!
 (横須賀市)
ハイキングコースクイズ
横須賀市にちなんだクイズです。何問できるか、チャレンジしてみよう!
Q.6 衣笠コース
久里浜のペリー公園には嘉永6年(1853)4隻の黒船を率いた米海軍ペリー提督の上陸記念碑があります。 毎年記念日(7月14日)に久里浜の地区で催される祭は何でしょうか。 次のうちから選んでください。
 1. みこしパレード 2. 咸臨丸まつり 3. 黒船まつり
頂上まであと1.7km、ガンバレ!
 (横須賀市)
火災防止のため、たばこのポイ捨てはやめよう
 (横須賀市南消防署、横須賀警察署)
三叉路
次第に狭まってくる道を軽く登っていくと、 舗装道路に鉄製の欄干が設置されたコンクリート敷きの仮設橋が架かっています。 その橋を渡って左折し、山際に続く細い道を進んでいくと三叉路に出ます。 古道分岐から25分ほどの所になります。 看板が幾つか並んでいて、クイズの看板Q5もありました。 右手は建設廃土の長坂処分場への道で、左手から続いてきた道は減容固化施設への道のようです。 「大楠山方面はこの看板の裏を進んでください」と書かれた ハイキングコースの看板も立っていて、今来た道を指していました。 衣笠城址はどちらへ行けばいいのかと辺りを見回していると、 前方にハイキングコースの看板が立っていて、 正面の道は「衣笠方面」、今来た道は「大楠山方面」となっていました。 それに従って、正面に続く舗装道路を進んでいきます。 左側には山並みや住宅地などを見渡せる眺めが広がっていました。
ハイキングコースクイズ
横須賀市にちなんだクイズです。何問できるか、チャレンジしてみよう!
Q.5 衣笠コース
横須賀に残る年中行事のうち小正月の行事として須軽谷、野比、長沢、久里浜などで行なわれる行事は何でしょうか。 次のうちから選んでください。
 1. おんべ焼 2. 有田焼 3. 炭焼
頂上まであと2km、ガンバレ!
 (横須賀市)
広い舗装道路を2分ほど進んでいくと分岐があります。 左手に戻るようにして分れているので、うっかりしていると通り過ぎてしまいそうです。 角には道標が立っていて、左手の道は「衣笠城址、衣笠山公園」、今来た道は「大楠山」となっています。 脇にはクイズの看板Q4も立っています。 道標に従って、コンクリート製の円柱の車止めを抜けて左手の尾根道へと入っていきます。
ハイキングコースクイズ
横須賀市にちなんだクイズです。何問できるか、チャレンジしてみよう!
Q.4 衣笠コース
東京湾の玄関、浦賀水道は世界各国の船舶が数多く往来しています。 さて、この浦賀水道をはさむ房総半島と三浦半島の最短距離はどのくらいあるでしょうか。 次のうちから選んでください。
 1. 約4キロメートル 2. 約8キロメートル 3. 約15キロメートル
頂上まであと2.2km、ガンバレ!
 (横須賀市)
大畑橋
雑木林の斜面に広めの道が続いています。 一部に岩盤が剥き出した所もあって、前日の雨のために滑りやすくなっていました。 切通しのような所を過ぎて緩やかに降っていくと、 舗装道路から4分ほどで、横浜横須賀道路に架かる大畑橋に出ました。 橋を渡っていくと、左へ曲がっていく道と、右へ登っていく石段に分かれています。 角には道標が立っていて、右側の石段は「衣笠城址1.3km」、今来た道は「大楠山2.7km」となっています。 左手は平作地区を経て衣笠駅(JR横須賀線)へと降っていく道ですが、 道標に従って、右側の石段を登っていきます。
20段ほどの石段を登ると、緩やかな尾根道になります。 横浜横須賀道路が出来るまでは、大畑橋の手前からずっと尾根道が続いていたのでしょう。 緩やかになった道を数10m進んでいくと、地すべりのために鉄板で仮設工事を施した箇所があります。 そこを過ぎていくと、雑木林の尾根の斜面に緩やかで歩きやすい道が続いています。 石段を登ってから4分ほど進んでいくと、クイズの看板Q3が立っています。 そこを過ぎていくと植林帯へ入っていきます。 少し降るようになってくると雑木林に変わってきます。 岩が剥き出した小さな切通しのような所を過ぎていきます。
ハイキングコースクイズ
横須賀市にちなんだクイズです。何問できるか、チャレンジしてみよう!
Q.3 衣笠コース
西浦賀の燈明崎には慶安元年(1648)に建てられ、明治の初めごろまで約220年間にわたり 灯火をともした燈明堂がありました。さて、その原料は何だったでしょうか。 次のうちから選んでください。
 1. 石油 2. 菜種油 3. 椿油
頂上まであと2.6km、ガンバレ!
 (横須賀市)
僅かな高みを越えて降っていくと、道が二手に分れています。 右へ降っていく道と、正面に続く植林帯へ入って右へ曲がっていく道になります。 道標類はないしどうしたものかと考えた末、 その先で合流するのだろうと判断して、正面の植林帯へ入っていく緩やかな道を進んでいきました。 程なくして右側に金属製の階段が設置されていて、手前で分れてきた道から登ってくるようになっていました。 その先へ進んでいくと、右側に金属製の階段が設置されていて、そこから尾根道に降りられました。 どうやら二つあった金属製の階段の間の斜面が崩落して、尾根道が通れなくなったための迂回路のようでした。 右手を覗いてみると、笹や夏草などが生い茂っていて、もはや道があるようには思えない状況になっていました。 4年半ほど前に来た時にも迂回路になっていましたが、改修する予定などはないのでしょうか。 尾根道に降りて、その先へ続く植林帯を進んでいきます。
緩やかな降り基調の尾根道を3分ほど進んでいくと植林帯は終わって、少し開けた感じの所に出ました。 左側には畑がありました。 そこを過ぎて森へ入っていくと、1分ほどで浅い鞍部になった開けた感じの所があります。 そこを過ぎていくと、やがて登りになってきます。 クイズの看板Q2を過ぎていくと、岩盤が剥き出したような坂道を登るようになります。
ハイキングコースクイズ
横須賀市にちなんだクイズです。何問できるか、チャレンジしてみよう!
Q.2 衣笠コース
大善寺の裏手に衣笠城址がありますが、この付近で衣笠合戦があったのはいつでしょうか。 次のうちから選んでください。
 1. 奈良時代 2. 平安時代 3. 鎌倉時代
頂上まであと□km、ガンバレ!
 (横須賀市)
坂道を登り切って、緩やかで広くなった道を進んでいくと、切通しのような所があります。 手前には道標が立っていて、切通しを越えて左へ降っていく道は「衣笠城址・衣笠山公園」、 今来た道は「大楠山」となっていました。 手前から右手へ踏み跡が分れていましたが、道標には何も記されていませんでした。 輪切りの木や枝などが置かれていたので、林業の作業路でしょうか。 ここは切通しを越えてその先へと降っていきます。
左右に畑地が続く道を降っていきます。 民家が散在するようになった道を降っていくと、正面に山並みや民家などを見渡せる所に出ます。 そこから左手へ回り込むようにして降っていきます。 山際に続く坂道を降っていくと、石段が左手に分れていきます。 角に立つ道標によると、道なりに降っていく道は「バス停1.0km」、 左手に登っていく石段は「衣笠城址0.2km」、今来た道は「大楠山3.7km」となっています。 今回は衣笠城址から衣笠山公園へ向かうべく、左手の石段を登っていきました。
横須賀市指定史跡 衣笠城跡
山麓の右を流れる大谷戸川と左手の深山川に挟まれ、東に突き出た半島状の丘陵一帯が 衣笠城跡である。源頼義に従って前九年の役に出陣した村岡平太夫為通が戦功によって 三浦の地を与えられ、所領となった三浦の中心地である要害堅固のこの地に、 両川を自然の堀として、康平年間(1058〜1064)に築城されたといわれ、 以後為継・義継・義明の四代にわたり三浦半島経営の中心地であった。 治承4年(1180)8月、源頼朝の旗揚げに呼応して、この城に平家側の大軍を迎えての攻防戦は、 いわゆる衣笠合戦として名高い。丘陵状の一番裾が衣笠城の大手口で、ゆるやかな坂を 登って滝不動に達する。一段上に不動堂と別当大善寺がある。 さらに、その裏山がこの城の最後の拠点となる詰の城であったと伝えられる平場で、 金峯山蔵王権現を祀った社が存在した。また、その西方の最も高い場所が、 一般に物見岩と呼ばれる大岩があり、その西が急峻な谷になっている。 要害の地形を利用して一部に土塁や空堀の跡が残っている。 このように、この地一帯は平安後期から鎌倉前期の山城で、 鎌倉時代の幕開けを物語る貴重な史跡である。
 (横須賀市教育委員会)
鳥を大切に
野鳥を捕るには許可が必要です。あなたは?
 (神奈川県)
大善寺
30段ほどの石段を登っていくと、右手に大善寺があります。 木造の阿弥陀如来像、観音菩薩立像、勢至菩薩立像があって、横須賀市の重要文化財に指定されているようです。 手前の石段を登らずにそのまま坂道を降っていったすぐの所に、この大善寺と関係の深い不動井戸があります。
大善寺と不動井戸
この寺は曹洞宗に属し、「金峯山不動院大善寺」と称します。 大平元年(728)、諸国行脚中の僧行基が、この山に金峯蔵王権現と、自ら彫刻した不動明王を祭り、 その別当として建てられたのが大善寺であるといわれています。 その時、おはらいをする水に困った行基が、杖で岩を打つと清水がわき出ました。 その場所が、このコンクリートで囲まれた井戸の辺りであると伝えられています。 康平6年(1063)、前九年の役の戦功により、三浦の地を与えられた平大夫為通は三浦の姓を名のり、 この山のほぼ全域を城としました。それが衣笠城です。 衣笠城は、第七代泰村が北条時頼との勢力争いに敗れ、一族五百余人と鎌倉の法華堂で宝治元年(1247)に 討ち死にするまでの約184年間、三浦一族の本城でした。 大善寺、蔵王権現、不動堂は、衣笠城の中にあって、 三浦一族の学問や仏教信仰の中心的な役割を果たしました。 とくに不動尊は、第二代為継が後三年の役に出陣したとき戦場に現われ、 敵の射かける矢を打ち払って、為継を守ったと伝えられています。 「矢取不動」の名称は、その伝説によります。 また、行基によって開かれた泉は、衣笠城の重要な生活用水でした。 いつの頃からか、「不動尊御手洗池」、通称「不動井戸」と呼ばれるようになりました。 現在、蔵王権現も不動堂も残っていませんが、 不動明王像は、大善寺に本尊として祭られています。 今ある大善寺は、明治29年に全焼した堂宇を昭和10年に再建したものです。
 (横須賀市)
衣笠城址
大善寺の裏手に続く横木の階段を登っていくと、すぐに衣笠城址に着きます。 道標には「0.2km」となっていましたが、100mも行かないうちに広場の端に着きます。 広場の手前から右へ少し入った所には五霊神社の小さな祠があって、赤い前掛けをした狛犬が控えています。 斜面になった広場を上へ登っていくと、「三浦大介義明公八百年記念碑」が建っています。 そばには衣笠城跡案内図もありました。 大畑橋を渡ってから34分ほどで到着しました。 衣笠城址は横須賀風物百選にも選ばれているようです。 左奥の高みにある大きな岩の側には「衣笠城址」と刻まれた石碑が建っています。 石碑や「遺物発掘処」などを見てから、ベンチに腰掛けてひと休みしていきました。 広場には桜の木が沢山植えられていて、春になると綺麗に彩られますが、 この時は青葉が茂るばかりでした。
衣笠城跡(市指定史跡)
城跡といっても平安・鎌倉時代の山城(やまじろ)ですから石垣や天守閣はありません。 衣笠合戦(1180)は三浦一族と平家方との激しい戦いで、このお城を有名にしました。 しかし、現在ある衣笠城跡はその後、宿敵北条氏に対抗するため、 鎌倉時代後期に大改造されたものです。 でもその後、三浦氏は鎌倉で滅ぼされてしまいます(宝治元年/1247)。 尚、大正8年に物見岩の下から経筒、他が発見されました。
守りやすく、攻めにくい山城
・すそ切山すそを切り、急ながけにする。
・平場斜面を段々にして登りにくくする。
・山腹路山の斜面に道をつけ、緊急時には切りくずす。
 (横須賀市教育委員会)
ハイキングコースクイズ
横須賀市にちなんだクイズです。何問できるか、チャレンジしてみよう!
Q.1 衣笠コース
春の衣笠山公園は桜の名所としてしられていますが、 この時期、三浦一党出陣武者行列などが行なわれる一大行事は何でしょうか。 次のうちから選んでください。
 1. さくら祭 2. 三浦大介まつり 3. 萩まつり
頂上まであと3.6km、ガンバレ!
 (横須賀市)
山火事防止
たばこの投げ捨て、たき火に注意
 (南部消防署)
ひと息入れたところで、衣笠山公園へと向かっていきます。 「三浦大介義明公八百年記念碑」の脇に立つ道標「衣笠山公園」に従って、 その先の雑木林の斜面に続く広めの道を登っていきます。 左手にある高みを巻くようにして進んで、木の根が張り出した坂を登っていくと、 衣笠城址から1分ほどで緩やかな尾根道になります。 岩が剥き出していて苔が生えていたりもします。 衣笠山公園へは正面に続く尾根道を進んでいくのですが、左手に戻るようにして高みへと踏み跡が続いているので、 ちょいと立寄っていきました。
ひと登りして高みに着くと、小さな稲荷がありました。 石祠の前には朱塗りの鳥居があり、小さな狐像が幾つも控えていました。 この高みから先へと踏み跡が降っていたので、 もしかしたら「衣笠城址」の石碑のある高みへ続いているのかも知れませんが、 行く末を確かめるのは止めておきました。 石祠の脇には和歌が書かれた看板が立っていました。 無学の私には誰の作かは分かりませんでしたが、この稲荷を詠んだ歌のようでした。 「西山」というのがこの高みなのでしょうか。 手元の地図によると、この高みは衣笠城址の西側に位置しているようです。
朝日さし 夕日かがやく 西山の 稲荷の森は 黄金なるなり
尾根道まで引き返してその先へと進んでいくと、すぐにある岩の所で、道が二手に分れています。 どちらの道を進んでいってもすぐ先で合流しますが、 右側の道は岩壁の上を通るルートになっていて危険なので、左側の道を進んでいきましょう。 高みから降り始めると、右側からの道が合流してきます。 右側は岩壁がそそり立つ谷になっているので、谷側には寄らないようにして進んでいきます。
(写真は右側のルートにある岩壁です)
岩場を過ぎて森へ入っていくと、左側に青緑色の金網柵が続くようになります。 柵の向こう側には竹林が続いています。 広くて緩やかで歩きやすい道を柵沿いに1分ほど進んでいくと、柵は終わりになります。 そこから正面の高みを右手へ避けるようにして続く道を進んでいきます。 少し登り坂になった道を進んで緩やかな尾根に出ると、左手に戻るようにして高みへ続く細い道が分れていきます。 笹が生い茂る角には道標が立っていて、 この先の道は「衣笠山公園」、今来た道は「衣笠城址・大楠山」となっていて、 左手の高みへ登っていく道には何も示されてはいません。 地形図によると、衣笠城址から北北西へ続く破線の道が、東の方角へ大きく曲がっていく所になります。 ここは道標に従って、正面に続く緩やかになった尾根道を進んでいきます。
(写真は尾根に出てから振り返って写したものです)
広くて緩やかになった尾根道の両側には、笹竹が生い茂るようになります。 2分ほど進んでいくと、これから向かう衣笠山公園のある高みが正面に見えてきます。 その辺りから道は次第に降り坂になってきますが、引続き広くて歩きやすい道になっています。 道標のあった所から3分半ほど進んで笹竹が少なくなってくると、横木の階段を降るようになります。 やがて擬木の柵が続くようになった横木の階段を、右・左と曲がりながら降っていきます。
三浦縦貫道衣笠入口交差点
横木の階段を4分ほど降っていくと、鉄パイプ製の柵に変わった所から細い坂道になります。 角に立つ道標「衣笠山公園」に従って左へ曲がって柵沿いに降っていくと、車道の脇に降り立ちました。 衣笠城址から16分ほどで降りて来られました。 降り立った所には看板が立っていて、今降って来た道は「衣笠城址」となっていましたが、 「7月27日より工事のため関係者以外入れません」と書かれていました。 右手すぐの所にはT字路になった三浦縦貫道衣笠入口交差点があります。 左手は道路の建設中で、入口には柵が設けられて「関係者以外立入禁止」となっていました。
道路の向い側へ渡っていくと飲み物の自動販売機があったので、ちょいと喉を潤していきました。 工事柵に沿って、右手から反時計回りにコの字形に進んでいきます。 柵には「衣笠山公園」を指す看板が取り付けられていて、付近の簡単な地図も載っていました。 柵沿いに続く細い道を進んでいくと、左右に通る広めの山道に出ます。 正面には道標が立っていて、左手の道は「衣笠山公園1.0km」、右手の道は「バス停0.7km」、 今来た道は「衣笠城址0.6km」となっています。 ここは左手に続く道を進んでいきます。
工事柵が途切れると畑の脇を進むようになります。 畑はすぐに終わって、山際に続く広めで緩やかな山道を進んでいきます。 「衣笠山公園」を指す道標を過ぎて、溝のような僅かな沢を渡っていくと、道が二手に分れています。 角には道標が立っていて、右手から始まる横木の階段は「衣笠山公園」となっていて、 左手の道は何も示されてはいません。 ここは道標に従って、衣笠山公園を目指して、右手に続く横木の階段を登っていきます。
畑の脇を歩いていると、50cmほど前を蛇が蛇行したがら横切っていきました。 写真を撮ったりしながら歩いていて足元への注意が疎かになっていたようで、 もう少しで踏みつけるところでした。 何とか踏みつけないようにと必死に足を前に伸ばすと、道を踏み外して転びそうになったりもしました。 手は縮こまって上に持ち上がるし、 足が地面に長くは付かないように飛び上がるようにして、その場を大急ぎで去っていきました。 心臓はバクバクするし、もう大パニックになってしまったのでした。 カメラを持っていた指先に無意識に力が入ってシャッターを押したようで、ブレブレの写真が写っていました。 大混乱ぶりが覗えようというものなので、恥を忍んで載せておきます。
(左の画像にマウスポインタを乗せると表示されます)
段差が結構あって歩きにくい階段が続きます。 前夜の雨で少々ぬかるんでいたものの、脇の平らな所にも足を置いたりしながら、 汗を拭き拭き登っていきました。 そんな横木の階段も6分半ほど登っていくと終わりになります。 左側には広場風の空間がありました。 僅かな段差で二段になっていて、かなり広い場所になっていました。 桜の木も植えられているようだったので、春にはピクニックに良さそうな所でした。
愛犬家のみなさんへ!!
・犬のふん・おしっこでみんなが迷惑しています。
・犬のふんを放置するとポイ捨て防止条例に違反します。
・散歩は引き綱をつけて!!
動物は愛情と責任を持って飼いましょう。
 (横須賀市)
広場から先は、道の両側に苔生した石が並べられて、趣きのある広い道になってきます。 桜や雑木や笹竹などが生える尾根を緩やかに登っていきます。 左手からくる広場からの道を合わせていくと、自然石を敷き詰めた石段を登るようになります。 石段から横木の階段に変わった道を登っていくと、コンクリート坂が並行するようになります。 その途中から「ホタルの里」への道が左手に分れていきますが、 その道は見送って、正面へと更に登っていきます。
この周辺の桜は宝くじの益金で植えられました。
 (財団法人 日本さくらの会)
134.2m峰
真っ直ぐに正面へ登っていくと、展望台が二つある高みに着きました。 三浦縦貫道衣笠入口交差点から17分ほどで登って来られました。 展望台の脇には三等三角点が設置されていて、地形図にある134.2m峰になるようです。 右側の高い方の展望台に登ってみました。 階段で2階に登ると円い形の図が床に描かれていて、ここから見渡せる眺めが図示されていました。 更にその上の階に登っていくと、 丹沢・富士山・伊豆半島・三浦半島・東京湾・横浜などをぐるりと一望できる眺めが広がっています。 この時は生憎と曇っていたので遠くは見えませんでしたが、 近くにある猿島や先ほど登ってきた大楠山は何とか見えていました。
展望台の右側に衣笠公園配水池の設備があります。 その道路向いには道標が立っていて、正面に続く道は「衣笠公園・バス停」、 今来た道は「衣笠城址・大楠山」となっています。 道標に従って、その先へ続く舗装された広い散策路を進んでいきます。 鎖の柵が続く散策路を進んでいくと、わんぱく広場への道が左手に分れていきます。 わんぱくの森・わんぱくの水辺・ほたるの里・ローラー滑り台・遊具や遊水地などがあるようですが、 訪ねるのは省略して、そのまま散策路を進んでいきました。
衣笠山公園
左手へ分れて降っていく散策路を見送っていくと、広場に着きます。 公衆トイレを過ぎた先には展望台があります。 この辺りが衣笠山公園の一番高い所になるのでしょうか。 休憩なども含めて、衣笠城址から45分ほどで到着しました。 大楠山の辺りでは海から吹き寄せる霧で霞んでいたのですが、 この辺りまで来ると青空も覗く天候になってきました。 展望台に登ってみると、屋上には「衣笠聖観世音」の祠があります。 周りには金網が張り巡らされていて赴きは今ひとつですが、 手前の樹木越しには、横須賀の街や東京湾を一望できる眺めが広がっています。
横須賀風物百選 衣笠山公園
山の容姿が、馬の背に鞍を置いた形に似ているところから、正しくは「鞍掛山」と呼びますが、 現在では、広く「衣笠山」の名称で親しまれています。 明治37年2月4日(1904)、日露戦争がおこり、この三浦半島からも多数の人々が徴兵され、戦死しました。 明治40年4月18日、それら戦没者の霊を慰めるため、三浦半島の官民有志が、頂上に「芳名不朽」の 文字を刻んだ記念塔を建設し、数百株の桜樹と、各種のツツジを植えて公園としました。 それ以後、この公園は、三浦半島随一の桜の名所となりました。 その当時の様子を、ソ連に帰化した女優岡田嘉子の父岡田緑風は、「三浦繁昌記」(明治41年刊)の中で 次のように書いています。
「・・・、試みに絶頂に立ち四方の光景を展望すれば、脚下に起伏する群嶺は波をたたんで蜿蜒相連なり、 山尽きて里落栄え、陸止まりて碧海遠く開く。・・・秋は紅葉の四山に錦を織るあり、 春は万朶の桜の白雲紅霞となって漂うあり、・・・」
名物の桜も戦後の一時期、桜樹の老化と病気により衰えかけたが、 衣笠観光協会が補植等に力を尽くした結果、昔の姿をとり戻しました。 公園の面積は、7.4ヘクタール、桜樹は三千本を数え、その大部分はソメイヨシノです。 なお、この公園は、谷一つ隔てた衣笠城址を経て、三浦半島の最高峰大楠山(242メートル)に至る ハイキングコースの東側玄関口になっています。
展望台の右前方から続く坂道を降っていきます。 手摺が設置された坂道を曲がりながら降っていくと、手前から分れてきた道に合流します。 そこから広くなった散策路を降っていくと、S字形に曲がっていく所から左右に道が分れています。 左脇には茶色い衣笠山公園管理事務所の建物があり、角には芭蕉の句碑が建っています。 右手のすぐ先には「お花見広場」があり、左手は「ほたるの里・わんぱくの里」へと続く道のようでした。
しら露も こぼさぬ萩の うねり哉 はせを
桜の名所衣笠山公園に「萩」の名所を新たに加えるべく、揮壱を横須賀市長横山和夫氏に依頼し、 ここに芭蕉の句碑を建てる。
 (衣笠観光協会)
火気厳禁
公園内では、火気を使用しないで下さい。
 (横須賀市)
やめよう!犬の放し飼い
ペットのフンは飼い主があとしまつを
みんなでまちをきれいに
 (横須賀市)
右手のすぐ先はお花見広場になっていて、入口には「大介桜」という大きな桜の木が生えています。 藤棚の先へ進んでいくとテラスがあって、そこで行き止まりになっています。 広場の周囲には咲き遅れたアジサイが青紫色の花をつけていました。 右側の山際には「忠犬タマ公の碑」がありました。
大介桜
この桜の木は、今年で百歳になりました。 いつの頃からか、誰言うことなく「大介桜」と呼ばれるようになりました。 どうか大切に可愛がってやってください。
 (平成11年吉春 衣笠観光協会)
「忠犬タマ公の碑」について
忠犬タマ公は、新潟県中蒲原郡村松町(旧川内村)に住む刈田吉太郎氏の飼犬であるが、 昭和9年2月5日と同11年1月10日の二度にわたり、狩猟にでた主人達が雪崩により遭難した際、 必死に雪を堀おこし、主人達を救出した。 この二度にわたる「タマ」の功績は、当時の新潟新聞に掲載され礼賛されたほか、 「忠犬タマ公を語る座談会」としてラジオにより全国放送された。 この「忠犬タマ公」の美談は横須賀市に在住する新潟県出身の退役海軍将兵で組織している互立会の 知るところとなり、また郷里における美談に感激した互立会の一員が、新潟県村松町に住む 刈田吉太郎氏宅に赴き、タマ公が寝起きしている場所の土を貰い受けてきたのを契機に、 この土をゆかりとし、横須賀市に在住する新潟県出身の将兵達に、末永く「タマ公」の美談を伝え残すため、 互立会の手によって建立されたものと推測される。 この碑は、昭和11年9月23日衣笠山公園裏道入口付近、現在の枡沢磋氏宅地内に建立され、 枡沢貞子氏が今日まで長い間管理していたものを移したものである。 また、この碑の「忠犬タマ公の碑」の文字は、逓信大臣 第13代横須賀市長を歴任された 小泉又次郎先生の筆によるものである。
 (衣笠観光協会)
お花見広場を出て雰囲気のいい並木が続く散策路を降っていくと、 右手の石段の上に「西田明則君之碑」が建っています。 東京湾にある三つの海堡の建設に尽力された方のようです。 そばには、第三海堡の復元イメージ図もありました。 全長270m、最大幅167mの大きな設備だったようです。
明治から大正時代にかけて、観音崎と富津三崎の間に第一海堡・第二海堡・第三海堡が建設されました。 海堡とは、砲台を置くため海上に造られた人工島です。 猿島や観音崎公園の中などにも、たくさんの砲台跡があり、要塞地帯であったことがうかがえます。 中でも、第三海堡のように水深が深い場所でも大規模な海上要塞は世界でも類を見ないものでした。 「西田明則君之碑」は、この海堡建設の最大功労者「西田明則」をたたえるために、 大正12年(1923)に、これらの海堡を望むここ衣笠山に建てられました。
 (国土交通省 関東地方整備局 東京湾口航路事務所)
東京湾に三つの海堡を山のようにそびえ立たせ、帝都の入り口の砦とし、海上防衛の備えとする。 明治12年(1879)、参謀本部内に海岸防禦取調委員を置いた。間もなく、陸軍工兵少佐 西田君は 常任委員として、もっぱら従事することとなった。 東京湾海堡の設計・施工の多くは君が苦労し、心をつくして行ったものである。 それは、中国の禹の治水に勝るとも劣らないものであった。(禹は古代中国伝説上の王で、治水に功があった) ことに、第三海堡の位置は水深が20ヒロ余り(約40メートル)もあり、潮流はこれまでに例のない 早さであった。人々は大いにこれを危ぶんだ。しかしながら、君はあらゆる方面に説いて廻り、 その結果、ついに今日、完成するに至ったのである。これは、あらかじめ成功する成算がなければ 成しとげられなかったものである。君の功績は偉大と言うべきである。 君は名を明則と言い、山口県出身で、見識と度量があり、数学に精通していた。 明治19年(1886)に陸軍技師となり、一生その職にあった。(軍役を退いたのちも技師として陸軍に奉職した) 明治39年(1906)5月21日、君は80歳にして竣工を見ることなく逝去され、 横須賀聖徳寺の墓地に葬られた。今、この3月、志を同じくするものがあい計らい、 衣笠山公園に碑を建て、後世に伝えることとした。 このたび、各皇族より御下賜金を戴いた。大いに名誉なことである。 私は君と交誼があったので、この碑文を作成した。君の遺言は骨を三つの海堡を一目で見える所に埋めて、 霊魂が長く三つの海堡を護ることを望むものであった。
あゝ、君は死してのちもなお、心を尽くし、国のためにつとめるのか。
 (元帥陸軍大将 子爵 上原勇 作撰)
衣笠神社
車止めを過ぎていくと、右手には衣笠山公園駐車場やトイレがあります。 脇にある「衣笠山公園」の石碑によると、 この衣笠山公園は「日本さくらの名所100選」に選ばれているようです。 その先へ進んでいくと、左へ曲がって降っていく角から右へ入っていくと、衣笠神社があります。 旧衣笠村の各字にあった23社が合併してできた神社だそうです。 社殿の正面に続く参道を降っていきます。 鳥居を過ぎていくと、手前で分れてきた道に出ます。 そこからかなり傾斜のある坂道を降っていきます。 道の両側には桜が並木を作っていました。
衣笠神社
鎮座地横須賀市小矢部四丁目1202番地
祭神大日霊貴尊
氏子区域小矢部、衣笠栄町、金谷、衣笠
由緒
旧衣笠村の各字には計23社あり、各字の鎮守として崇拝されて来たが、 時の政府政令に依る一村一社の方針により、大正2年9月1日、小矢部一丁目城山1020番地鎮座の 村社皇大神社に合併し、社殿は明治20年6月に造営された小矢部一丁目1387番地に鎮座する 熊野社・山王社を解体、内陣は明治10年造営された衣笠町より遷宮し、 現在地に鎮座せられた衣笠神社となった。 境内の鳥居・狗犬・燈籠・手洗等はすべて各字の神社より移したものである。 昭和20年8月第二次世界大戦終戦後、大矢部・平作・阿部倉・池上は参拝に遠隔不便のため、 各町毎に鎮守を分離復活させた。 昭和60年3月衣笠神社修復委員会は住民の協力のもとに鳥居の建立・屋根葺替え・回廊の修理を行った。
この桜並木は、ボランティアのみなさんが管理しています。 大切にしましょう。
 (衣笠山桜守改、土木みどり部道路維持課、横須賀市)
少し右手へ曲がりながら降っていくと、左手へと道が分れていきます。 この辺りの住宅地は衣笠公園団地というようです。 左手の道は見送って、正面に続く道を更に降っていきます。 右手から来る道を合わせて、竹林の前を左手へと進んでいきます。 塀に沿って降っていくとT字路に出ます。 左手の上の方に道標が立っていて、左手の道は「バス停」、 今来た道は「衣笠山公園・大楠山」となっているので、道標に従って左折していきます。 少し登るようになってくると県道26号(三崎街道)の衣笠山公園入口交差点に出ました。 右脇には大きな道標が立っていて、 今来た道は「衣笠山公園入口 ここから0.7km」となっていました。 右手には衣笠公園バス停があるようでしたが、 衣笠駅までは1kmほどの距離なので、歩いて行くことにしました。
横須賀市都市計画衣笠大楠山風致地区
首都圏衣笠大楠山均衡緑地保全地域
衣笠大楠山近郊緑地特別保全地区
緑色の区域は、都市計画法に基づく風致地区です。 オレンジ色斜線区域は、首都圏近郊緑地保全法に基づく近郊緑地保全区域です。 紫色の区域は、近郊緑地特別保全区域です。 これらの地区内で、建物の新築・増築・改築・石積・よう壁・屋外広告物等の工作物の設置・ 宅地や農地の造成・土石類採取等、土地形質の変更・木竹類を切る場合は、 あらかじめ市長の許可を受けるか、届出が必要です。
 (横須賀市緑政部緑化推進課)
衣笠(きぬがさ)駅
小矢部一丁目交差点を過ぎていくと、小矢部交番の先に衣笠十字路バス停があります。 その先の衣笠小学校入口交差点を過ぎていくと、JR横須賀線のガードが見えてきます。 ガードをくぐった所にある衣笠横断地下道への入口の手前を左折して、 線路沿いに続く衣笠商店街を通っていきます。 商店街が終わる所まで進んで右折して県道27号に出ると、 左手すぐの所にある衣笠駅前交差点の左側に衣笠駅(JR横須賀線)があります。