池子やまなみルート
散策:2009年07月中旬
【低山ハイク】 池子やまなみルート
概 要 池子やまなみルートは、逗子市にある池子の森を取り巻く尾根に続いていて、 久木大池公園から十二所果樹園を経て千光寺に至る約6kmのハイキングコースです。 起伏の緩やかな尾根道が続いています。 途中の十二所果樹園にある展望地からは、相模湾や富士山や東京湾などを見渡せる眺めが広がります。
起 点 逗子市 坂上バス停
終 点 横浜市 六浦駅
ルート 坂上バス停…久木大池公園…やまなみルート…清寿苑分岐…十二所分岐…光触寺…宇佐小路分岐…十二所果樹園(西側)…展望地…十二所果樹園(東側)…六浦分岐…三信住宅分岐…東朝比奈1丁目…千光寺…東朝比奈ふれあい公園…六浦駅
所要時間 3時間50分
歩いて... 逗子市・鎌倉市・横浜市の市境の尾根道に沿って、 在日米軍施設との境界を示す鉄線柵が延々と続いています。 道端に笹などが生い茂る所もあったりしますが、 全体的にはしっかりとして分かり易い道が続いています。 期待していた十二所果樹園の展望地からの眺めは霞んでいて、 残念ながら富士山は見えませんでした。
関連メモ 池子の森, 池子の森, 十二所果樹園, 鎌倉アルプス, 衣張山
コース紹介
坂上(さかうえ)バス停
逗子駅(JR横須賀線)のバスターミナルから、 [逗22]ハイランド循環バスにて11分、1時間に2本程度の便があります。
鎌倉駅(JR横須賀線)の東口のバスターミナルから、 [鎌36]ハイランド循環バスにて12分、1時間に1本から2本程度の便があります。
このバス停は、以前には「ハイランド坂上」という名前だったようで、 まだ「ハイランド坂上」と表記している看板やWebサイトもあります。 更新が追いついていないところをみると、バス停の名前が変更されたのは、つい最近のことのようです。
バス停の手前10mほどの所にある十字路を左折(東方向)していくと、 道路はすぐに左へ曲がっていきます。 その角から小径が右へ分れていて、「久木大池公園」の標柱が立っています。 また脇には、緊急時の通報番号を記した逗子市消防本の設置する 「山火事注意 ひさぎ5」の看板が倒れていました。 ここから久木大池公園へ降っていきます。
火気に注意
 (神奈川県)
犬のフン禁止!
「逗子市空き缶等の散乱防止等に関する条例」により、 空き缶、たばこ等のポイ捨ても禁止しています。
 (逗子市)
道には手摺が設置されていて、路面には網が敷かれていますが、すぐに石段を降るようになります。 幅はかなり広くて歩きやすいものの、苔が少し生えていたり、 岩盤が剥き出した所があったりするので、滑らないよう注意しながら降っていきます。 クネクネと曲がりながら3分ほど降っていくと、広めの散策路に降り立ちます。 正面には「ひさぎ1」の看板が立っています。 右手の道は「せせらぎ」を通って住宅地へ続いていますが、左正面のすぐの所に久木大池があります。
久木大池公園
小さなコンクリート製の橋を渡っていくと、左手に久木大池が広がっています。 その昔にはこの谷戸の田畑の水を確保するのに使われていた溜め池で、6,000uほどの広さなのだそうです。 花木の生け垣の前を過ぎていくと山に突き当たります。 道なりに左手へ進んでいくと、池の畔に東屋がありました。 テーブル・ベンチも設置されていて、池を眺めながらひと休みするのには良さそうでした。 この時には道端の草刈り作業が行われていて、いい匂いが漂っていました。
釣り禁止
この公園で釣りをすることは、逗子市都市公園条例で禁止されています。 違反行為をした場合、5万円以下の過料が科せられる場合があります。
 (逗子市緑政課)
やまなみルート入口
東屋を過ぎて池に沿って山際を進んでいくと、ベンチがひとつ設置された小さな谷筋に着きました。 その脇には「やまなみルートのご案内」と題した真新しい案内板が設置されていました。 以前に来た時には名前だけしか分からなかったのですが、案内板に載っているルート図によると、 ここから十二所果樹園を経て千光寺へ至る尾根道が「やまなみルート」になるようです。 奥から谷筋を登っていく山道が始まっていて、その入口には 「やまなみルート入口 十二所果樹園・朝比奈切通し・六浦方面」の看板も立っています。 十二所果樹園を経て熊野神社や朝比奈切通へと至る尾根道は何度か歩いていて、 今回は六浦方面へ降るルートを確かめに来たのですが、 どうやら「やまなみルート」に含まれているようなので、 千光寺まで続いているというこのコースを歩いてくことにしました。
やまなみルートのご案内
ここ久木大池から十二所果樹園を経て千光寺に至る約6km(上図黒太線)のハイキングコースです。 道の南側は池子の米軍管理地域に沿い、登り口を除けば、起伏の緩やかな、 鎌倉から横浜・東京湾をも望む、眺望豊かなコースです。 このルートは、中世以来、三浦半島から鎌倉に至る重要な生活道でしたが、 近来は殆んど忘れられ、荒廃していました。 当時はルートの途中で現在の池子米軍地域を横断し、逗子・横浜両市の市境の尾根道(図赤線)を通っていました。 なお、本ルートの途中から北上して熊野神社・朝比奈切通しから鎌倉へ向かうルート(図青線)も 並行ルートとしてお勧めしています。
 (平成21年5月 ずし市環境会議まちみなと緑の創造部会)
山道に入っていくと植林帯を登るようになります。 道端にはシダ類などが生い茂っていますが、道はしっかりと確認できる状態でした。 程なくして横木の階段を登るようになりますが、 段差はそれほど高くはなくて歩き難くはありません。 道端に笹が生い茂るようになった階段を登っていきます。 傾斜が緩やかになって横木の階段が終わり、 右へ少し曲がっていくと、久木大池から4分ほどで尾根道に登り着きました。 出た所には真新しい道標が立っていて、今登ってきた道は「久木大池 逗子・鎌倉駅ゆきバス停」となっていました。 また別の道標も立っていて、左手の道は「やまなみルート」、 右手の道は「行き止まり」となっていますが、 マジックで「久中プール出口10分」とも書き込まれています。 尾根道に沿って鉄線柵が設置されていて、この向こう側は在日米軍施設になります。 柵に取り付けられた注意書きにもマジックで書込みされていて、 右手の道は「久木中・逗子駅へ」、今登ってきた道は「久木大池」となっていました。 今回はここから左手へ続く尾根道を進んでいきます。
右手の尾根道は、道標には「行き止まり」となっています。 以前に来た時にも同じように書かれていましたが、 実際には久木中学校の裏手にあるプールの脇に降りていかれました。 現在はどういう状況なのかは分かりませんが、 道の状態も悪くはないし、立入を防ぐ柵なども設置されておらず、 最後の横木の階段を除くと歩きやすい道が続いていました。 「行き止まり」としている理由はよく分かりませんが、 学校の裏手や民家の脇へ出るので、歩いてほしくない道だということなのでしょうか。
(右手の道は「池子の森」, 「衣張山」を参照)
在日米軍施設につき立入りを禁ず
許可無き立入りは、日本国法令により罰せられます。
 (米海軍横須賀基地司令官、横浜防衛施設局長)
しっかりとして歩きやすい尾根道が続いています。 三浦半島から鎌倉に至る重要な生活道だっだという往時を思いながら進んでいきました。 尾根道沿いの鉄線柵は、最後の千光寺の脇へ降りる所まで延々と続いています。 この柵さえ気にしなければ、緩やかで雰囲気のいい尾根道になっています。 少し登っていって僅かな高みに着くと「ひさぎ10」の看板が立っていました。 左手へ少し入った所には送電線の鉄塔「逗子分岐12号」が立っていました。 この尾根には鉄塔が沢山立っていて、この先にかけて、多くの鉄塔の脇を過ぎていくことになります。
逗子分岐12号 お願い
この送電線は、6万6千ボルトの高電圧です。 下記の事柄について御連絡下さい。
1.送電線の附近に建造物を建てられるとき。
2.送電線に接近して作業をされるとき。
3.送電線の附近で火災がおきたとき。
 (JR東日本 新鶴見給電メンテナンスセンター、中央給電指令)
高みを越えて、雑木林の尾根に続く緩やかな道を進んでいきます。 僅かな登り降りはあるものの息が切れるようなこともなく、快適な道が続いています。 道沿いに続く鉄線柵には「立入禁止」の旨の看板が点々と取り付けられていて、少々うんざりとしてきます。 看板には日本語版と英語混じり版の2種類があるようでした。 木の根や岩盤が剥き出した所を登っていくと、「防衛施設」と刻まれた杭が設置されていました。 同様の杭は、この先にかけても点々と見られました。
WARNING 警告
U.S. Navy Property Authorized Personnel Only
米国海軍管理区域 立入りは許可された者に限る
引続き、緩やかで歩きやすい尾根道を進んでいきます。 「ひさぎ11」の看板を過ぎて笹が少し目立つようになってくると、 道端に送電線の鉄塔「逗子分岐11号」が立っています。 鉄塔の脇を過ぎて、その先へ進んでいきます。
清寿苑分岐
ひさぎ12」の看板を過ぎていくと、道端に送電線の鉄塔「逗子分岐10号」が立っています。 久木大池から尾根に登り着いた所から10分ほどの所になります。 この角から左手へ道が分れていきます。 鉄塔を取り囲む柵に取り付けられた道標によると、左手の道は「清寿苑・ハイランド」、 今来た道は「久木大池」となっていました。 ここは正面へ続く尾根道を更に進んでいきます。 ここから十二所果樹園の先にかけての尾根は、逗子市と鎌倉市の市境になります。
(左手の道は「衣張山」を参照)
緩やかな尾根道を進んでいきます。 笹が更に生い茂ってきますが、道はしっかりと確認出来る状態で続いていました。 周囲の樹木も青葉を茂らせて雰囲気のいい道が続きます。 時折、樹間から街並みが覗いたりもしますが、尾根には樹木が生い茂っていて、総じて眺めはよくありません。 久木大池にあった案内板では 「鎌倉から横浜・東京湾をも望む、眺望豊かなコース」となっていましたが、 十二所果樹園の展望地から良い眺めが広がる他は、そんな雰囲気ではありません。
一段と笹が生い茂るようになった尾根道を進んでいきます。 以前はひっそりとしていた尾根道ですが、最近ではよく知られるようになり、歩く人がかなり増えてきたようです。 今回も何人かの人とすれ違いました。 マウンテンバイクでしょうか、ぬかるんだ所には轍の跡が残っていました。 今回は見かけませんでしたが、こんな山道にも乗り入れる輩がいるようです。 倒れた「ひさぎ23」の看板を過ぎていくと、 送電線の鉄塔「逗子分岐9号」が立っています。 鉄塔の脇を過ぎて少し進んでいくと、笹が少なくなって快適な道になってきます。
岩盤が剥き出した所を越えていくと、左右に通る広めの道に降り立ちました。 左手へ続く道の入口には木が横たえられていて通行止めのようだったので、右手へと進んでいきます。 少し登るようになると、岩盤が剥き出して切通しのようになった所を過ぎていきます。
分岐道
緩やかな尾根から少し登っていくと、「ひさぎ24」の看板が立つ高みに着きます。 清寿苑分岐から8分ほどの所になります。 尾根道はここから右前方へと降っていきますが、 看板の左脇から分れていく道があって、その先に鉄塔が見えているので、 ちょいと立寄っていくことにしました。
小さな窪みを過ぎていくと、送電線の鉄塔「逗子分岐8号」が立っていました。
鉄塔を取り囲む柵を左手から回り込んでいくと、その先の尾根にも踏み跡が続いていました。 どこまで続いているのか興味が湧いてきたので、行く末を確かめようと歩いてみました。 あまり歩かれていない道のようで、季節柄、背丈の低い草が少し目立ちましたが、 しっかりとして緩やかな道になっていました。 こりゃぁ良いやと思って歩いていくと、 鉄塔から2分ほど進んだ所にある僅かな高みの先は降り坂になっていて、 その先は道が不明瞭になっていました。
十二所分岐
往復8分ほどで「ひさぎ24」の看板が立つ所まで引き返してきて、その先へと進んでいきます。 樹木が生い茂って、緑のトンネルになった所を過ぎていきます。 植林帯に入って登り坂になっていくると、右へ曲がっていく角から、左手に分れていく道がありました。 「ひさぎ24」の看板の立つ高みから2分半ほどの所になります。 正面の樹木の幹には青ペンキで「←」の印が描かれていましたが、他に道標類は見かけませんでした。 市境に続く尾根道は右手へ進んでいくのですが、ここでも左手の道の行く末を確かめてみることにしました。
尾根に続くしっかりとした道を降っていきます。 夏草が生い茂る季節にしては明瞭な道になっていました。 頭を青く塗られた短い杭を過ぎて、傾斜が増してきた尾根道を降っていくと、 下の方が明るくなってきて、谷筋が見えるようになります。 最後に5mほどの崖のような急坂を降っていくと、谷筋に降り立ちました。 尾根道から3分半ほどで降りて来られました。 降り立った所は、ふたつの谷が分れていく所になっていて、 降りてきた尾根はそれらの谷の間に続いていたのでした。
(写真は谷筋に降りて振り返って写したものです)
僅かな流れに渡された鉄板を過ぎて、ふたつの谷が合流した谷筋を緩やかに降っていきます。 この谷筋は、以前には水田や畑になっていたのでしょうか。 この時には生い茂る草の一部が刈られていて、歩きやすくなっていました。 簡易倉庫のようなものを過ぎていくと、住宅地の道路に降り立ちました。 正面にある電柱には「十二所156 06・2・12 赤池」と書かれた板が取り付けられていました。 ここは何処だろうと思いながら右手へ進んでいくと、、 数10m先で行き止まりになっていたので、左手の道を少し歩いてみることにしました。
光触寺
住宅が建ち並ぶ谷筋の道を緩やかに降っていきます。 突き当たりのT字路を右折して道なりに進んでいくと、 短い橋を渡った所で左右に通る道に出ます。 その右手すぐの所に光触寺がありました。 短い石段を登っていくと山門がありました。 脇には「時宗 光触寺」と刻まれた石柱や、 「鎌倉三十三観音霊場第七番札所・鎌倉二十四地蔵尊霊場第五番札所」の石碑がありました。
左側に「重要文化財頬焼く阿弥陀」、右側に「時宗 光触寺」の板が掛かる山門から境内へと入っていきます。 綺麗に整備された墓地を進んで左手へ曲がっていくと、本堂がありました。 手前には一遍上人の銅像が立っていました。 その脇には「塩嘗地蔵」と刻まれた石柱が立つ祠があって、 中には光背を背負ったお地蔵さんが安置されていて、その前には赤い頭巾や前掛けをした六地蔵が並んでいました。 本堂の右手には庫裡と思われる建物があり、日本風の綺麗な庭園もありました。
光触寺
岩蔵山光触寺と号し、開山は一遍知真(1239-89)で、本尊は重要文化財の阿弥陀三尊像です。 寺宝には重要文化財の阿弥陀縁起が有名です。 また地蔵堂にある塩嘗地蔵はもと金沢街道にあり、六浦の塩売りが初穂をあげると 帰りにはなくなっていたので、この名がついたといわれています。
 −時宗−
光触寺から引き返して、滑川に架かる光触寺橋を渡り、 県道204号に出た所に十二所バス停があるのを確認してから、元の尾根道まで引き返してきました。 合計で30分ほどの寄り道になりました。 頭を出した大きな岩の間を登って、その先に続く緩やかになった尾根道を進んでいきます。 2分半ほど進んで僅かに登っていくと、「ひさぎ25」の看板が立っています。 尾根道の左脇には送電線の鉄塔「逗子分岐7号」が立っていました。 岩盤が剥き出した坂を降って、緩やかになった尾根道を進んでいきます。 2分ほど進んでいくと、岩盤が剥き出した僅かな高みを過ぎていきます。 道端に笹が生い茂るようになった尾根道を進んでいくと、「ひさぎ26」の看板が立っています。
宇佐小路分岐
看板を過ぎて登り気味になってきた尾根道を進んでいくと、 十二所分岐から9分ほどで、右側にコンクリート塀が現れます。 塀沿いに進んでいくと、右へ曲がっていく角に「ひさぎ27」の看板が立っています。 その左脇から分れていく道がありました。 看板には板が取り付けられていて、 左手に分れていく道は「光触寺(10分)・十二所バス停近道(鎌倉・金沢八景方面行)」となっていました。 裏面を確認してみると、塀沿いに続く道は「果樹園・朝比奈・六浦・金沢八景」、 今歩いてきた道は「ハイランド・久木・逗子駅」となっていました。 また看板には、「光触寺2007・4・8開通」や 「途中に日本で最も古い(明治33年)コンクリート製標識があります」とも書き込まれていました。 黄色地に青色の矢印も樹木の幹に書き込まれていて、左手に分れていく道を指していました。 十二所果樹園へは塀沿いに更に進んでいくのですが、何やら興味が湧いてきたので、 ここでも左手の道の行く末を確かめるために寄り道をしていくことにしました。
細めながらしっかりとした降り基調の尾根道が続いていました。 特に分岐などはなくて迷うほどの道でもありませんでしたが、 道沿いの樹木には青ペンキの矢印や赤テープで点々と印が付けられていました。 ハイキング会でもあったのでしょうか。 しかし余りの多さに、少々うんざり気味になってきました。 これでは迷う気遣いなどまったくありません。 1分ほど降った左手10mほどの所に、送電線の鉄塔「逗子分岐6号」が立っていました。 3分ほど降っていくと、尾根の真ん中に生える二股の大きな樹木に、 青ペンキで「←15」、「14→」と書き込まれていました。 辺りを覗っていると、ここで道が尾根の左右へ分れていきます。 どちらへ降ったものかと先の方を覗いてみると、どうやらすぐ先で合流しているようでした。 「14」や「15」の意味は分かりませんでしたが、ここは右手の道を降っていきました。 程なくして左手から来る道と合流すると、大きな樹木が根刮ぎ倒れていました。
雑木林から植林帯の縁を進むようになってくると、 右側の樹間からは、下の方に建物が見えるようになってきました。 数mの急坂を降ってさらに進んでいきます。 2本の棒が道の左右に置かれた僅かな鞍部を過ぎて雑木林へ入っていくと、 真新しいトラロープが張られていました。 崖崩れが起きたような形跡はないし、それほど傾斜が急でもないし、 なぜ張られているのだろうとか思いながら、ロープ沿いに降っていきました。 傾斜が緩やかになって笹竹が目立つようになった道を進んでいくと、道端に石柱が立っていました。 側面に刻まれた文字を確認してみると、 「横須賀軍港境域標」、「明治三十三年二月十三日」、「海軍省」と刻まれていました。 どうやら尾根道にあった看板に書き込まれていた標識のようでした。
笹竹の回廊を抜けて尾根道を降っていきます。 右下に見えている建物が次第に近づいてきます。 木柵がされた道を左に分けて右へ曲がり、傾斜が増してきた坂道を降っていきます。 崖面に開けられた穴の前に置かれた板格子を過ぎていくと、左手に住宅が間近に見えてきます。 夏草などが生い茂るようになった道を進んでいくと、墓地や民家がある谷筋に降り立ちました。 尾根道から15分ほどで降りて来られました。 右手のすぐ先にある看板によると、この辺りは十二所の宇佐小路という地区のようでした。 右手の道はすぐ先で二手に分れていますが、何れも行き止まりになっています。 左手の道の先はどうなっているのか確かめようと歩いていくと、1分ほどで光触寺の脇に出ました。 降り立った場所を確認できたところで、尾根道まで引き返していきました。
十二所宇佐小路区急傾斜地崩壊危険区域
この区域内で、のり切り・掘削・伐採等を行う場合は、知事の許可が必要ですから、 左記へお問い合わせ下さい。
 (神奈川県藤沢土木事務所)
往復40分ほどで尾根道まで引き返してきて、塀沿いに続く道を進んでいきます。 程なくして塀から少し離れた所を進むようになると、笹竹が生い茂って回廊のようになってきます。 竹のトンネルを抜けて軽く登っていくと、送電線の鉄塔「逗子分岐5号」が立っていました。 脇には「ひさぎ28」の看板も立っていました。 鉄塔を過ぎて30秒ほど進んでいくと、道端に生える樹木に青ペンキ「←12」と書かれていました。 その指す方角には僅かな踏み跡が続いていました。 先ほども見かけた青ペンキの数字ですが、どうやら場所を示すために付けられた連番のようでした。 今回はその分岐は見送って、笹竹が生い茂る尾根道を進んでいきました。
再びコンクリート塀が近づいてきます。 塀沿いに進んで植林帯へ入っていくと、塀から少し離れていきます。 再び近づいてきた塀沿いに進んでいくと、金属製の扉があります。 宇佐小路分岐から5分ほどの所になります。 塀はここで終わっていて、代りに鉄線柵が続くようになります。 扉を過ぎたすぐ先で、緩やかで広い左手の道と、右手の尾根の上を通る道とに分れています。 左手の道のすぐ先には「ひさぎ29」の看板が立っています。 左手の道は何度か歩いているので、今回は右手の尾根に続く道を登っていきました。
かなり傾斜のある尾根を登っていきます。 あまり歩かれていない道のようですが、鉄線柵に沿って何とか道は続いていました。 緩やかになった先の木の根が張り出した急坂を登って高みに着くと、 すぐ左手には送電線の鉄塔「逗子分岐4号」が立っていました。 扉の所から2分半ほどの所になります。
十二所果樹園(西側)
鉄塔を取り囲む柵を左手から回り込んでいくと、その先へ細い道が続いていました。 その道を降っていくと、扉の所から分れてきた広めの尾根道に降り立ちます。 降り立った所は、尾根道が鋭角に右へ折れ曲がっている所になります。 正面の浅い谷筋には十二所果樹園が広がっています。 宇佐小路分岐から10分ほどで到着しました。 十二所果樹園は、中ほどに突き出した尾根を境にして、西側と東側に分れていますが、 ここは西側の果樹園になります。
立入禁止
この十二所果樹園は(財)鎌倉風致保存会の私有地です。 梅、栗、柚子などの果実や野菜を持ち去ると、窃盗罪になります。
お知らせ
この十二所果樹園は(財)鎌倉風致保存会の私有地です。 園内の樹林等保護のため、立入りはご遠慮ください。
 ((財)鎌倉風致保存会)
斜面を横切るようにして続く緩やかな道を右手へ進んでいきます。 左手に広がる果樹園との間にはロープ柵が張られています。 「ひさぎ30」の看板を過ぎていくと、尾根道に降り立った所から2分ほどで、 柵が開いていて果樹園に入っていくことが出来る所があります。 手書きの古い看板に混じって、新しい看板も設置されていましたが、 「立入禁止」と「通年開放」と、随分と違う内容になっていました。 以前には5月11日〜6月30日と8月21日〜10月30日だけ立入禁止という看板も見かけましたが、 現在では通年開放というのが正しいのでしょうか。 何が正しいのか分からなくなるので、古い看板は撤去してほしいものです。 今回は果樹園には立寄らずに、上辺を通過していきます。
この十二所果樹園は、平成18年1月に鎌倉の貴重な緑地を保存するため、 (財)鎌倉風致保存会が買い取りました。 緑地保存とともに、皆さんの憩いの場として活用していただくため、通年開放しています。 次ぎのことを守って、どうぞ大切にご利用ください。
1.園内で火を使わないこと
2.園内の動・植物は取らないこと
3.園内では自転車・バイクからおりて通ること
4.園内にゴミを捨てないこと
 ((財)鎌倉風致保存会)
果樹園への入口を過ぎて1分ほど進んで、左右に延びる尾根が近づいてくると、急な階段が現れます。 その手前には「ひさぎ31」の看板が立っています。 以前には階段の手前から左手に広い急坂が分れていて、尾根まで続いていたのですが、 今では廃道になって草が生い茂り、入口にはロープ柵が施されています。 ここは正面に続くトラロープが張られた急な階段を登っていきます。
ここでは山芋堀りを、しないでください。 園内の動植物、果実、作物の持ち去りは、罪になります。
 ((財)鎌倉風致保存会)
1分ほどかけて階段を登り切ると、正面には送電線の鉄塔「逗子分岐3号」が立っています。 ここで道が二手に分れています。 以前には道標もあったのですが、この時には見かけませんでした。 熊野神社や六浦方面へは鉄塔の右脇から続く道を進んでいくのですが、 この左手の先に展望地があるので立寄っていくことにしました。 送電線の鉄塔が点々と立つ尾根を右手に見ながら、広くて緩やかな尾根道を進んでいきます。
展望地 (標高149m)
開けた所から樹木の生い茂る尾根へ入っていくと、左手から急坂が登ってきます。 先ほどの階段の手前から分れてきた以前の坂道になりますが、 今では入口には樹木が積まれトラロープも張られて通行禁止になっています。 広くて緩やかな尾根道を快適に進んでいくと、鉄塔から150mほどで、 テーブルやベンチが幾つか設置された開けた所に着きます。 寄り道も含めて、久木大池から2時間15分ほどで到着しました。 この尾根は十二所果樹園の中ほどに突き出ていて、果樹園を東西に分けています。 正面の小高くなった所には「神奈川県内広域水道企業団 基準点」がありますが、 青ペンキが塗られていて、文字は読めなくなっていました。
手前に夏草などが育っていて邪魔しているのが難点ですが、 展望地の三方が開けていて展望が広がっています。 条件がいいと北西側には鎌倉の海や富士山も見えるようですが、 この日は遠くが霞んでいて、鎌倉方面の街や海などが僅かに見えた程度で、富士山はまったく見えませんでした。 北東側には横浜の海までも見えるようですが、手前の樹木やススキなどが育っていて眺めを邪魔していました。 南東側には、熊野神社や朝比奈切通しへと続く尾根が続いていて、送電線の鉄塔が並んでいるのが見えます。 丁度昼時になったので、ベンチに腰を降ろして昼食タイムにしました。
ここでは絶対に火を使わないでください。 園内は禁煙、焚火厳禁です!
 ((財)鎌倉風致保存会)
十二所果樹園(東側)
お腹も満ちて疲れも癒えたところで、先ほどの3番鉄塔まで引き返して、 右の袂から続く尾根道を進んでいきます。 トラロープと鉄線柵に挟まれた坂道を降っていくと、道が二手に分れています。 東側の十二所果樹園の上辺に沿って緩やかに続く道と、右手の僅かな高みに続く尾根道になります。 少し先で合流しているので、どちらの道を進んでいっても同じです。 尾根の方を歩いても特に見晴らしが良い訳でもありませんが、 今回は右手の尾根に続く方の道を歩いていきました。 1分ほど進んでいくと左に曲がって降っていき、直進してきた道と合流します。 合流地点は小さな十字路になっていて、果樹園へ降りていく細い道が正面に続いていますが、 今回は右手に続く尾根道を進んでいきます。
お知らせ
この十二所果樹園は(財)鎌倉風致保存会の所有地です。 園内の樹林等保護のため、立入りはご遠慮ください。
 ((財)鎌倉風致保存会)
細木が生い茂ってトンネルになった所を抜けていくと、 笹竹や常緑樹などが生い茂る道になってきます。 少し左へ曲がって、植林地の縁に続く緩やかな尾根道を進んでいきます。 「ひさぎ32」の看板を過ぎて、杉の回廊のような所を抜けていくと、 尾根の真ん中に送電線の鉄塔「逗子分岐2号」が立っています。 3番鉄塔から7分ほどの所になります。 尾根道はその下をくぐって先へと続いています。
六浦分岐
鉄塔の下をくぐって、林床に笹やアオキなどが生い茂る植林帯を進んでいきます。 2番鉄塔から2分半ほど進んで雑木林になってくると、「ひさぎ33」の看板が立っています。 鎌倉市と逗子市の市境に続いてきた尾根道は、その辺りからは鎌倉市と横浜市の市境に続くようになります。 道端に笹が生い茂るようになった道を緩やかに登っていくと、十字路に出ました。 十二所果樹園の展望地から14分ほどの所になります。 角には道標が立っていて、正面に続く道は「熊野神社・朝比奈切通し」、 右手の道は「六浦方面」となっています。 左手に登っていく道には何も示されていませんが、 20mほど登った所に立つ送電線の鉄塔「逗子分岐1号」で行き止まりになっています。 正面に続く道はこれまでにも何度か歩いているので、 今回はここから六浦方面へ続く右手の道を歩くのを目的にしてきたのでした。 今回歩いている「やまなみルート」も、ここから六浦方面へ続く道へ入っていくようで、 当初の目的と偶然に一致したルートを歩くことになりました。
(正面の道は 「池子の森」, 「池子の森」, 「十二所果樹園」 を参照)
笹やアオキなどが生い茂る植林帯の尾根にしっかりとした緩やかな降り基調の道が続いています。 右手には鉄線柵が引続き続いています。 道端に笹竹が更に生い茂るようになった尾根道を柵沿いに進んでいくと、 六浦分岐から3分ほどで、送電線の鉄塔「大-田33号」が立っています。 尾根道は鉄塔の下をくぐってその先へと続いています。
三信住宅分岐
引続き笹竹などが生い茂る植林帯の尾根道を進んでいくと、 33番鉄塔から3分ほどの所に、送電線の鉄塔「北鎌倉線No.30」が立っています。 尾根道は鉄塔の手前で左右に分流するように分れて、その先へ続いています。 鉄塔を過ぎた所に道標が立っていて、右手の道は「千光寺・六浦方面」、 左手の道は「三信住宅」となっています。 手元の地図によると、三信住宅はこのすぐ近くにあるようなので、 住宅地へ降りていくのには左手の道の方が良さそうでしたが、 「やまなみルート」は千光寺へ降っていくので、今回は右手の道を進んでいきました。
(後日に左手の道を歩きました。「鎌倉アルプス」を参照)
植林帯に続く道を降り気味に進んでいくと、次第に笹やアオキなどが生い茂るようになってきます。 道の上を塞いでいて藪漕ぎに近い状態になったりもしますが、路面はしっかりと確認できました。 歩く人が少ない道のようで、時折蜘蛛の巣が顔に掛かったりもして鬱陶しいので、 落ちていた笹を拾って前にかざしながら歩いていきました。 30番鉄塔から2分ほど進んでいくと、左手が開けて三信住宅地を見渡せる眺めが広がる所がありました。 この尾根道は三信住宅地の縁に沿って続いているようでした。 更に4分ほど進んでいくと、道端に「海軍」と刻まれた短い杭がありました。 側面には黄ペンキで「C.30」と書き込まれていて、下向きの矢印もありましたが、意味は分かりませんでした。
草木が生い茂る道を進んでいくと、伐採された太い雑木が道端に山積みされている所がありました。 少し開けた感じになったと思っていると、そこを過ぎていくと、笹やアオキや草などが益々繁茂してきます。 藪漕ぎに近い状態になりながらも、鉄線柵沿いに続く尾根道を進んでいきます。 そこを過ぎていくと、草などが少なくなって歩きやすい尾根道になりました。 道端には「日本道路公団」と刻まれた短い杭もありました。 右手の樹間からは、横浜横須賀道路を見下ろすことが出来ました。
両側に鉄線柵が続くようになった道を進んでいくと、 尾根の右側へ少し降って、急傾斜の斜面を横切るように進んでいきます。 剥き出した岩盤には、階段状の切れ込みが入れられていました。 1分ほど進んで左側へ曲がって登っていくと、僅かな高みに着きました。 30番鉄塔から15分ほどの所になります。 左側の鉄線柵には扉がありましたが、閉ざされていました。 その先を覗ってみると、送電線の鉄塔が見えていました。 手元の地図によると、ここは横浜横須賀道路横浜第3トンネルの真上の位置になるようです。 この先からは、降りの石段が続くようになります。 石段の両側には、引続き鉄線柵が続いています。
1分もせずに石段が終わると、その先には幅1mほどのコンクリート敷きの道が続くようになります。 樹間から横浜横須賀道路が見える所を過ぎていくと、 鉄製の柵と竹製の柵が並行して続く、馬の背のような尾根になってきます。 左手には住宅地がすぐ傍まで迫ってきていました。
東朝比奈1丁目
草が生い茂るようになったコンクリート敷きの道を進んでいきます。 次第に幅が広がってくる道を少し登っていくと広い舗装路に出ました。 これで山道は終わりになります。 市境尾根にあった六浦分岐から25分ほどで降りて来られました。 手元の地図によると、ここは東朝比奈1丁目になるようです。
左手に住宅地を眺めながら坂道を降っていくと、右側にお寺と思われる建物と墓地が見えてきます。 これが千光寺なのだろうと思うものの、入口が見当たりません。 そのまま真っ直ぐに降っていき、突き当たりを道なりに左折していくと、住宅地の十字路に出ました。 ここは何処だろうと周囲を確認していると、 十字路の右前方の角には「金沢区東朝比奈1丁目41」の住所表示板があり、 右手前には湘南八景自治会の赤い「ホース・ノズル格納箱」がありました。 手元の地図と照らし合わせて、現在地を確認できました。 十字路を右折して緩やかに降っていくと、T字路に突き当たります。 右側には民家の鉄製の扉のようなものがあって、お寺への入口のようには思えませんでしたが、 扉は開いていて、その先には山門らしきものが見えていたので、右手に続く坂道を登っていきました。
千光寺
坂を登って山際まで行くと、右側に山門がありました。 その手前には石灯籠が立っていて、左側は「日光山」、右側は「千光寺」と刻まれていました。 山門から境内へ入っていくと、正面に今風の大きな本堂がありました。 右側には庫裡と思われる建物があり、左側から裏手にかけては墓地になっていました。 また左手すぐの所には、送電線の鉄塔「東京南線1・2号線No.50」が立っていました。 本堂の前には「針供養塔」もありましたが、お寺の謂われなどを記したものは見かけませんでした。 久木大池公園から続いてきた「やまなみルート」は、この千光寺で終わりになります。
東朝比奈ふれあい公園
千光寺から先ほどのT字路まで引き返していきます。 T字路を左折して、先ほどの十字路を過ぎた先に三信住宅バス停がありますが、 六浦駅までは道程でも1kmほどの距離なので、今回は六浦駅まで歩いていくことにしました。 T字路を直進して、住宅地に続く道を緩やかに数10m降っていくと、 右側に東朝比奈ふれあい公園がありました。 住宅地にある小さな公園ですが、東屋やベンチがあって綺麗な花も咲いていたので、 これまで歩いてきた疲れを癒しながら、ひと休みしていきました。
疲れも癒えたところで、六浦駅へと向かっていきます。 公園を出て、住宅地に続く坂道をその先へ降っていくと、坂道になったT字路に突き当たります。 そこを右折して坂道を降っていきます。 突き当たりを道なりに左へ曲がって更に降っていくと、黄色い中央線の引かれた二車線道路に出ます。 そこを右折して、車道の両側に設けられた歩道を降っていきます。 傾斜が増してきた歩道を降っていくと、県道205号三信住宅入口交差点に出ます。 正面には京浜急行の線路が通っています。 久木大池公園にあった案内図では、線路を横切った先にT字路があって、 そこを左折していくように描かれていましたが、 実際には線路の手前にT字路があります。
六浦(むつうら)駅
交差点を左折して、侍従川右支川沿いに続く県道を進んでいきます。 線路沿いに200mほど進んでいくと、右側に六浦第2踏切があります。 県道はそこで線路から少し離れて左へ曲がっていきます。 六浦駅前郵便局を過ぎて京急六浦駅前交差点まで来ると、右側に六浦駅(京浜急行逗子線)があります。 東朝比奈ふれあい公園から12分ほどで到着しました。