明王峠
散策:2009年06月下旬
【低山ハイク】 明王峠
概 要 明王峠は奥高尾縦走路にある峠です。 条件に恵まれると、富士山も望める素晴しい眺めが広がる所です。 今回は南側の沢筋に続く貝沢林道から大平小屋のある尾根へ登り、 吉野矢の音に立寄ってから明王峠へと登っていきます。 明王峠からは東へ進み、堂所山を経て白沢峠にある分岐道を底沢地区へと降っていきます。
起 点 相模原市 相模湖駅
終 点 相模原市 底沢バス停
ルート 相模湖駅…貝沢林道…大平小屋…吉野矢の音…614m峰…栃谷坂沢林道…明王峠…底沢峠…堂所山…白沢峠(1)…白沢峠(2)…T字路…69番鉄塔…林道…水場…美女谷温泉…小仏峠分岐…底沢バス停
所要時間 5時間40分
歩いて... この日は生憎と遠くが霞んでいて、明王峠からは富士山を望むことが出来ませんでした。 貝沢林道から大平小屋へと続く山道にはそれほどの急登もなくて、疲労困憊するほどではありませんでした。 白沢峠から底沢へ降る道は、昔にあったという白沢峠越えの古道かと思っていたのですが、 ルートがかなり違っていて、別の道のようでした。
関連メモ 北高尾山稜, 矢ノ音, 木下沢林道, 景信山, 堂所山
コース紹介
相模湖(さがみこ)駅
相模湖駅(JR中央線)から歩いていきます。
改札口の右手の先にある出口から駅舎を出ていきます。 階段を降って右手へ曲がり、線路沿いに進んでいきます。
相模湖駅開業百年の歩み
与瀬駅(現相模湖駅)が誕生したのは明治34年8月1日であり、 神奈川県の北門といわれ、津久井の北玄関とまで称されるほどでした。 位置は現在と同じ与瀬町1385番地にあり、以前は附近一帯、一面の溝田であった所に駅が構築されました。 当時は老婆など切符のことをお札様と呼び、 汽車が通行中でも手を上げれば止めてくれたほどであったといわれています。 現在においては、相模湖の出現に伴い、観光の駅として一躍内外に知られるようになりました。
 (津久井郡勢誌より)
信用組合の先のT字路を右折した先をすぐに左折して、線路沿いの小径を進んでいきます。 線路を渡る陸橋を見送っていくと、民家の庭先に大きなシナノキがありました。 津久井の名木にも指定されている古木です。
津久井の名木 シナノキ
科目 しなのき科シナノキ属
樹高 20メートル
樹齢 推定300年
特徴 全国の山地に自生する落葉高木。 花は淡黄色で、レモンの香りがする。 樹皮の繊維は布、縄などの原料にする。 高さ15〜20メートルになる。
所在地 相模湖町与瀬1312
 (かながわトラストみどり財団、津久井地区推進協議会、相模湖町)
しなのき
(「しな」はアイヌ語で「縛る」の意) シナノキ科の落葉高木。 山地に自生、高さ10メートルに達する。 初夏、葉のつけ根に帯黄色で香りの高い小花を房状につけ、花柄の中部に箆状の苞がある。 材は器材や経木、マッチの軸に供し、花や果実は薬用。皮は布・紙の原料。ヘラノキ。
 (出典:広辞苑第五版)
T字路に突き当たって、再び右・左と折れ曲がって、線路のすぐ脇の小径を進んでいきます。 道端にはアジサイなどが綺麗な花を咲かせていました。 やがてトンネルの左上へ登って集合住宅の横を過ぎていくと十字路に出ます。 手前には木のベンチが二組設置されていたりもします。 右手には慈悲寺や与瀬神社へと続く大きな与瀬神社橋があります。 小孫山ノ頭や大明神山を経て明王峠へ続くハイキングコースはこの橋を渡っていくのですが、 今回は数100m西側にある貝沢林道が通る谷筋から登っていきます。 すぐに大きな鳥居が立っていて、脇には 「北相名社 与瀬神社」の石碑や狛犬や燈籠などもあって、与瀬神社の入口になっているようでしたが、 与瀬神社橋は見送って、そのまま正面に続く道を進んでいきます。
(与瀬神社橋を渡っていく道は「矢ノ音」を参照)
住宅が建ち並ぶようになった道を1分ほど進んでいくと、 「この先100米 車両通行止」の看板の立つ十字路があります。 十字路を直進して、少し登り坂になってきた道を進んでいきます。 右へ少し曲がって東名高速道路の脇まで来ると、道路は行き止まりになっています。 先ほどの看板に書かれていた所のようです。 その先に続く階段混じりの細い通路を降っていくと国道20号に降り立ちます。 東名高速道路の下を過ぎていくと、左手へ曲がっていく角から右側の谷筋に道が分れていきます。 今回はこの右手に続く道から大平小屋のある尾根へと登っていきます。
沢沿いに続く広い道を緩やかに登っていきます。 2分ほど進んでいくと、左手の沢へ降っていく横木の階段が分れていきます。 脇には標柱が立っていて、「甲州古道 貝沢橋を渡り一里塚へ」となっていました。 また「甲州古道はここより下り貝沢を渡り一里塚へ出る」の看板もありました。 何やら興味の湧く道でしたが今回はやり過ごして、正面に続く広い道をそのまま進んでいきました。
貝沢林道
一里塚への道を見送っていくと1分もせずに左右に通る道に出ます。 正面には「甲州古道 貝沢」の標柱が立っていて、 右手の道は「与瀬宿」、今来た道は「吉野宿」となっていました。 「熊野大権現」と刻まれた石碑や「かながわ水源の森林づくり」の大きな看板もありました。 左手の道には車止めが設置されていて、 「林業関係者以外 進入禁止」の看板が取り付けられていましたが、 対象は自動車なのだろうと判断して、 車止めの脇を抜けて、この先に続く貝沢林道を進んでいきます。
ここでは「貝沢林道」の文字は見かけませんでしたが、 この先にあった「水源の森林づくり」の看板には書かれていました。
林業関係者以外 進入禁止
この林道は、林業に関係するものが使用するための道路です。 また、この林道は急峻な山腹に位置し、落石被害や林道から転落する恐れがありますので、 林業関係者以外の進入を禁止します。 関係者が使用する場合は、こちらに連絡を下さい。
 (相模原市相模湖経済環境課)
かながわ水源の森林づくり
●森林の働き
森林は、雨が降ったときに土に水をたくわえ、きれいにしながら少しずつ時間をかけて河川やダム湖などへ流します。 そのため、水源地域に豊かな森林があれば、洪水や渇水は起きにくくなり、 私たちの生活に欠かせない水を安定的に確保することができます。 豊かな森林を維持するには手入れが欠かせません。 しかし、近年、外国産木材の輸入量の増加などにより、県産木材の利用が減少し、 手入れがされずに放置され、土壌が流出するなど荒廃が進む森林が増えています。
●「かながわ水源の森林づくり」とは
そこで神奈川県では水源の森林エリア内の荒廃が進む森林の土壌保全を図りながら、 水源かん養機能が持続的に発揮できる「巨木林」や「複層林」や「混交林」や 「活力ある広葉樹林」へ誘導していく「水源の森林づくり」事業に取り組んでいます。
●目標とする森林の姿
巨木林 樹齢100年以上のスギやヒノキの大木が林立している森
(下層植生が豊かな土壌保全や貯水能力に優れた森林です)
複層林 高い木と低い木からなるスギやヒノキの二段の森林
(上木を伐っても下木が残り、裸地化せずに土壌が保全される木材の循環利用が可能な森林です)
混交林 針葉樹と広葉樹が混生する森林
(様々な大きさや高さを持つ性質の違う樹木で構成される病虫害や自然災害に強い森林です)
活力ある広葉樹林 高い木や低い木など多様な樹種で構成されている広葉樹林
(有機物に富んだ保水力のある土壌が形成される貯水能力に優れた森林です)
 (神奈川県)
神奈川県「水源の森林づくり」契約地(水源協定林)
年度平成12年度
所在地津久井郡相模湖町与瀬字宮開戸1436-イ外4筆
面積2.27ha
水資源を大切にしましょう。
 (神奈川県環境農政部水源の森林推進課、神奈川県津久井地区行政センター森林保全課)
一部舗装されている箇所もありますが、大部分は砂利道になった貝沢林道を進んでいきます。 林道の名前や「貝沢を渡り…」という看板などからすると、左下を流れる沢は貝沢と云うようです。 沢を流れる心地よい水音を聞きながら、緩やかな林道を進んでいきます。 道端に建つ小屋を過ぎていくと、右手へ登っていく木梯子がありますが、林道をそのまま進んでいきます。 車止めを過ぎて1分半ほど進んでいくと、林道を横切って貝沢へ流れ込む支沢を渡っていきます。 支沢を過ぎて1分ほど進んでいくと、道端に「かながわ水源の森林づくり」と題した大きな看板が設置されていました。 貝沢林道に出た所にも似たような看板がありましたが、掲載内容は少し異なっていました。
県立陣馬相模湖自然公園
これより自然公園区域です。 開発行為等の問合せは、丹沢大山自然公園管理事務所まで。
郷土の緑 山火事注意
自然を守りましょう。
 (森林国営保険、神奈川県)
森林の水源づくり
森林から流れだす水は、私たちだけでなく、多くの生き物をはぐくむ命の水となっています。 県では、森林を森林所有者や県民のご協力を得ながら、保水機能の高い豊かな森林に整備する 「森林の水源づくり」事業を行っています。
1.森林は緑のダム  森林に降った雨は、森林が作り出したやわらかい土にしみこんで蓄えられ、ゆっくりと時間をかけて徐々に、 しかも絶えず湧き水や沢の水となって流れだします。 森林は、このような働きをすることから緑のダムと呼ばれています。
2.水源の森林づくり  「森林の水源づくり」は、私たちの生活に欠かすことのできない良質な水を安定的に確保するため、 水源地域の森林を保水機能の高い100年生以上の巨木林、高い木と低い木からなる複層林、 針葉樹と広葉樹が混じった混交林、そして活力ある広葉樹林に整備していきます。 また「森林の水源づくり」は、森林ボランティア活動への参加や寄付など、 県民の皆さんの参加と協力をいただきながら進めています。
・目標とする森林 : 巨木林、複層林、広葉樹林、混交林
・水を浸透させる能力 : 森林258mm/時、草地128mm/時、裸地79mm/時
 (神奈川県水源の森林推進室、地区行政センター、農政事務所森林保全課)
 (かながわ森林づくり公社)
引続き、沢を流れる心地よい水音を聞きながら、緩やか林道を進んでいきます。 陽当りがあまり良くないのか、シダ類が大きな葉を茂らせている所もありました。 この辺りの森は「水源の森林」になっているようで、 「水源の森林」の赤頭白杭や「森林の水源づくり」の看板をかなり見かけます。 「神奈川県公嘱協会 登録基準点No.051」と書かれた標識もありました。 先ほどの支沢を過ぎてから10分ほど進んでいくと、再び林道を横切って貝沢へ流れ込む支沢を渡っていきます。
神奈川県「水源の森林づくり」契約地(水源分収林)
年度平成12年度
所在地津久井郡相模湖町与瀬横貝1454-1外4筆
面積5.62ha
水資源を大切にしましょう。
 (神奈川県環境農政部水源の森林推進課、神奈川県津久井地区行政センター森林保全課)
小さな火 "まさか"がおこす 山の火事
 (神奈川県)
貝沢林道終点
中央部に背丈の低い草が生えるようになった林道を進んでいくと、 先ほどの支沢から3分ほどの所に、林道を横切っていく支沢があります。 右側のすぐ傍には小さな砂防ダムがあって、音を響かせながら水が流れ落ちていました。 沢に架かるコンクリート製の短い橋を渡った10mほど先の所で、貝沢林道は終わりになります。 車止めを過ぎてから14分ほど、相模湖駅から35分ほどで到着しました。 突き当たりの右側から山道が続いています。 登り口には杉の木が並んで生えていて、それらの幹には「山火事注意」の看板や、 伐採作業中の貼り紙などが取り付けられていました。 これからの登りに備えて、ここでひと休みしていきました。
5分ほど休憩してから、谷筋に続く山道を登っていきました。 すぐに僅かな沢筋を渡って、植林帯へと入っていきます。 道はしっかりとしていて歩きやすくなっていました。 植林帯の斜面を横切るようにして続く緩やかな道を進んでいくと、3分ほどで沢の脇に出ました。 この先は沢を歩いていくのかと思っていると、道は沢を掠めて左へ曲がっていきます。 僅かに登っていくと、またすぐに沢に出ます。 今度はその沢を渡っていきますが、幅の狭い沢で流れる水も僅かなので、難なく渡っていけます。
保安林区域
保安林内で知事の許可なく次の行為をすることは禁止されています。 立木竹の伐採、立木の損傷、家畜の放牧、下草落葉落枝の採取、土石樹根の採掘、開墾その他土地の形質を変更すること。
(注)これに違反した場合は、森林法の規定により処罰されます。
 (神奈川県)
分岐道
沢を渡って「水源の森林」の赤頭白杭を過ぎたすぐ先で、道が二手に分れています。 角にはマジックで「106」と書き込まれた「神奈川県森林公社 山火事注意」の赤頭白杭が立っていました。 杭には小さな札が取り付けられていて、 右手の尾根筋に続く道は「H09-分-1 水源の森林を大切に 通りぬけできません」となっていました。 支柱の袂にはマジックで小さく「←」と書き込まれていて左手の道を指していました。 それ以外に道標らしきものは見当たらないし、大平小屋のある尾根にはどちらへ進んだものかとしばらく考えた末、 地形図では破線の道は谷筋に続いているし、右手の道はその東側にある尾根へ続いているように思えたので、 ここは左手の緩やかな道を進んでいきました。
沢沿いに3分ほど進んでいくと、道が二手に分れています。 正面には「神奈川県森林公社分収造林地」の看板が立っていました。 正面の沢沿いの道の入口には石が並べられていて封鎖されたようになっていました。 試しにその先を覗ってみると、すぐに沢へ近づいていって、その先は不明瞭になっているようでした。 ここは、右へ鋭角に曲がって植林帯を登っていく道を進んでいきます。
神奈川県森林公社分収造林地
年度平成8年度
所在地津久井郡相模湖町与瀬桑久保1528-イ外1筆
樹種ヒノキ
面積2.34ha
火の用心
植林帯の斜面を横切るようにして登っていくと、沢を流れる水音が次第に遠退いてきて、 静かになった道を登るようになります。 登り傾斜が増してくると、右・左と曲がりながら登るようになります。 道は明瞭で迷うようなことはありません。 疲労困憊するほどの傾斜ではありませんが、季節柄とても蒸し暑くて、後から後から汗が噴き出してきます。 何度も立ち止まって汗を拭きながら、ゆっくりと登っていきました。 振り返ると、樹間から相模湖を見下ろせる所があったりもしました。
神奈川県「水源の森林づくり」契約地(水源立木林)
年度平成9年度
所在地津久井郡相模湖町与瀬桑久保1529-1外13筆
面積6.61ha
水資源を大切にしましょう。
 (神奈川県環境農政部水源の森林推進課、神奈川県津久井地区行政センター森林保全課)
大平小屋
やがて正面の上の方が明るくなってきます。 尾根が近づいてきているようだと思うと、疲れた体にも力が湧いてきます。 そろそろ尾根だと思う辺りまで登ってくると、道が二手に分れています。 右側の道の先には赤頭白杭が二つ並んで立っていました。 右側の道は大平小屋の50mほど東側に、正面の道は大平小屋の西側の脇に出られます。 どちらの道を進んでいってもいいのですが、今回は正面の道を進んでいきました。 尾根に並行するようにして進んでいき、最後に横木の階段を登っていくと、 分岐から1分強で、左右に通る緩やかで広い尾根道に登り着きました。 右側すぐの所には大平小屋が建っています。 貝沢林道の終点から29分ほどで登って来られました。 明王峠へは左手へ更に登っていくのですが、ここでひと休みしていきました。 この時には小屋は営業していませんでした。
清涼飲料・登山記念・各種あります。どうぞ、お休み下さい。
 (大平小屋)
ひと休みしたら、左手に続く広くて緩やかな尾根道を進んでいきます。 すぐに植林帯を右・左と曲がりながら登るようになると、道幅も狭まってきて普通の山道になってきます。 大平小屋から2分ほど登っていくと、緩やかな道が左手へ分れていきますが、 その入口にはトラロープが張られていて、切り倒された木も横たえられていました。 633m峰の巻き道になっているのでしょうか。 以前に来た時にも見かけていて興味のある道ですが、右手へと曲がっていく道を更に登っていきます。 1分ほど進んでいくと横木の階段を登るようになります。 谷側には鎖が設置されていますが、それほど必要な感じの所ではありません。 結構段差があって歩きにくい思いもしますが、2分ほどで登り切ります。
たばこの投げすて!火事のもと
 (神奈川県)
矢の音分岐
右傾斜の斜面を横切るようにして続く緩やかになった道を進んでいきます。 右側の樹間からは小仏城山方面の山並みが見える所があり、山頂に立つ電波施設も見えていました。 相模原市消防局・消防団の設置する「山火事から森を守ろう 津7-6」の標識を過ぎて、 高みを右から巻くようにして進んでいきます。 松の木が並んで生えている所に立つ道標「明王峠」「与瀬神社(矢の音)」を過ぎていくと、 左手へ戻るようにして道が分れていきます。 脇に立つ道標によると、正面の道は「明王峠1.1km」、今来た道は「与瀬神社3.0km」となっています。 左手の道は何も示されていませんが、矢の音へと続く道になります。 この10mほど先にも分岐があって、633m峰の北西側を巻いていく道が分れています。 明王峠へは正面の道を進んでいくのですが、今回は矢の音に立寄っていくことにしました。
吉野矢の音 (標高633m)
雑木林の中に細い山道が続いています。 傾斜は緩やかで分岐もないので迷うこともなく歩いていけますが、 歩く人はほとんどいないようで、時折、蜘蛛の巣が顔にかかったりもします。 緩やかな尾根を7分ほど進んでいくと、植林帯の手前に少し広くなった所があります。 ここが吉野矢の音の山頂になります。 周りは樹木に覆われていて展望は得られません。 大きな標柱と道標が立っていました。 標柱には「藤野町十五名山 吉野矢の音 標高633m」と記されています。 藤野町が制定した十五名山のひとつになります。
吉野矢の音の山頂からは、その先へ道がふたつ延びています。 道標によると、右手の道は「吉野・藤野駅」、今来た道は「明王峠・陣馬山」となっています。 正面の植林帯へ降っていく道もありましたが、その道を示す道標はありませんでした。 方向からすると、横橋地区へ降っていく道なのかも知れません。 明王峠へは今来た道を引き返せばいいのですが、同じ道を歩くのも芸がないと思って、 今回は、道標「吉野・藤野駅」に従って右手の道を降っていきました。 山頂への登り道より傾斜が急な坂道を降っていきます。 倒木が道を塞いでいる所があったりしますが、踏み跡はしっかりとしていて、迷うようなことはありません。
雑木林の中を過ぎて植林帯へ変わってくると、山頂から8分ほどで、 先ほどの矢の音分岐の先から分れてきた巻き道に降り立ちます。 角に立つ道標によると、右手へ戻るようにして続く道は「明王峠・陣馬山 巻道」、 正面の道は「日野・藤野駅」、今来た道は「矢ノ音」となっています。 こちらから登る場合にはこの道標があるので、矢の音の山頂への登り口を見落とすことはないでしょう。 このまま正面の尾根道を進んでいくとイタドリ沢ノ頭や大沢ノ頭方面へ続いていますが、 今回はここから右手の巻き道を進んでいきます。
(正面の道は「矢ノ音」を参照)
矢の音分岐
矢の音の北西側の斜面を横切るようにして巻き道が続いています。 巻き道というと緩やかな道を連想しますが、全体的には登り基調の道になっています。 小さな谷筋に差し掛かると道標が立っていて、正面の道は「明王峠1.4km」、 今来た道は「奈良本3.5km」となっています。 道標を過ぎて更に登り坂を進んでいくと、巻き道に降り立った所から12分ほどで、 大平小屋から明王峠へと続く尾根道に戻って来られました。 ここは、矢の音の山頂へ向かっていった分岐の10mほどの先の所になります。 矢の音へ立寄って戻ってくるのに、合わせて30分ほどを要しました。 角に立つ道標によると、左手の道は「明王峠・陣馬山」、右手の道は「与瀬神社・相模湖」、 今来た道は「吉野」となっていて、この地点は「矢ノ音」となっています。 左折して明王峠へと向かっていきます。
614m峰
植林帯に続く緩やかな尾根道を進んでいきます。 傾斜もほとんどなくて快適な道が続きます。 程なくして雑木林に変わりますが、すぐ先で再び植林帯になります。 分岐から3分ほど進んでいくと、馬の背のようになった浅い鞍部を過ぎていきます。 小さなマウンドを切り開いたような所を過ぎて、広くて緩やかになった尾根道を進んでいくと、 正面に林道が見えてきます。 その手前には切り倒された大きな松の木が数本横たえられているので、 それに腰掛けて、明王峠への登りに備えてひと休みしていきました。 矢の音分岐から7分ほどの所で、地形図に載っている614m峰になるようです。
傍には「相模湖観光案内図」が設置されていて、 高尾山から明王峠や相模湖駅にかけてのハイキングコースが紹介されていました。
山火事注意 火の用心!
たばこ・たきびは確実に消そう! みどりとのふれあいでリフレッシュ
 (森林共済セット保険、神奈川県)
栃谷坂沢林道
ひと休みしたところで、その先へ降っていくと、すぐに栃谷坂沢林道に出ます。 林道が大きく曲がっている角に当たります。 出た所には道標が立っていて、右手の道は「美女谷鉱泉・底沢」、今来た道は「与瀬神社・相模湖駅」となっていて、 「美女谷温泉 これより4km」の看板も立っていました。 また「林道栃谷坂沢線完成記念碑」もありました。 林道を横切った正面の尾根へコンクリート敷きの細い坂道が続いています。 その登り口にも道標が立っていて、正面の道は「明王峠0.5km」、右手の道は「底沢」、 左手の道は「伝通・栃谷」、今来た道は「与瀬神社3.6km」となっています。 明王峠までは残り500mとの表記に力づけられて、正面の尾根に続く道を登っていきました。
石投げ地蔵嬢ヶ塚
コンクリート敷きの道を登っていくと二股に分れていますが、すぐ先で合流します。 植林帯を少し登っていくと、広くて緩やかな道が続くようになります。 明王峠までこんな道ならいいがと思ったりもしますが、そう甘くはありません。 次第に登りの傾斜が増してくる道を登っていくと、大きな樹木の脇に石が沢山積まれた所がありました。 ケルンにしては石が多すぎるようだしと思っていると、脇に解説板があって、 「石投げ地蔵嬢ヶ塚」というようでした。 林道から6分ほど登ってきた所で、標高660m辺りの尾根になるようです。
明王峠・石投げ地蔵嬢ヶ塚
景信山と明王峠の山稜を結ぶ間に「堂所山」という小峰がある。 その昔、武田信玄が北条と合戦の時、 鐘によって敵の情報を知らせるための鐘つき堂があった跡でその名が付けられた。 また明王峠は武田不動尊を祀り武運を祈願した所と伝えられる。 この峠の山頂に登り詰める一歩手前の道筋に、小石を積み重ねた小塚があるのが目につく。 伝説に塚の由緒を記すが、時は天正年間、甲斐の武田一族の姫君が常陸の国佐竹家に嫁したが、 不幸にして離縁となり、幼女を残して生国の甲斐へと戻された。 その後幾とせ、残された幼女は美しい姫となった。 ある日、乳母より実母のことを聞かされ、次第にまだ知らぬ母に思慕の念がつのる様になった。 やがて秋も深まろうとする頃、母と対面する好機が訪ずれ、乳母と共に母の消息を尋ねたいと父に懇願し、 許しを得て、従士三人乳母等五人で甲州に旅立つことになった。 何分にも当時は戦国乱世の時、旅は決して楽なものではなく、 敵方の難を逃れるため間道や峰道を通らねばならなかった。 ある時は木の実を食し、沢の水で空腹を満たすほど殆ど不眠不休の旅であった。
 (相模湖町、相模湖観光協会)
石投げ地蔵嬢ヶ塚を過ぎていくと、幅の広い横木の階段が始まります。 1分ほど登っていくと緩やかで広い尾根道になります。 1分半ほどで再び横木の階段が始まりますが、それも1分ほどで終わりになります。 広くて緩やかな道を2分ほど進んでいくと、明王峠へ向かっての最後の横木の階段が始まります。 段差がかなりあって歩きにくい階段になっています。 脇には階段を避ける坂道も出来ていますが、ロープ柵が設置されていて、 階段を歩くようになっています。
明王峠 (標高738.9m)
幅の広い横木の階段を5分ほど登っていくと明王峠に着きました。 栃谷坂沢林道から18分ほどで登って来られました。 峠には明王峠茶屋がありますが、この時には営業していませんでした。 茶店の脇やその周囲にはベンチが幾つもあって、既に何組かのハイカーが休憩していました。 アジサイの季節とあって、綺麗な花が沢山咲いていました。 この明王峠は、「藤野町十五名山」にも選ばれていて、 茶屋の前には「藤野町十五名山 明王峠 標高738.9m」の標柱が立っています。
明王峠と底沢峠
茶屋の看板には「721m」と記されていて、「藤野町十五名山」の標柱にある標高と一致していませんが、 地形図では730mの等高線で囲まれているので、「738.9m」の方が正しいように思えます。 石投げ地蔵嬢ヶ塚を経て登ってきた今回の道は、昭和26年の地形図では明王峠には続いておらず、 少し手前から巻くようにして東へ曲がって、底沢峠の少し西寄りの尾根に登っていたようです。 底沢峠の脇にある高みが標高721mであることを思うと、 以前の明王峠は現在の底沢峠の位置にあったことが考えられます。 何らかの理由で道が今のルートに付け替えられた時に、 「明王峠」の名前が現在の位置に移され、 以前の明王峠は「底沢峠」と改称されたのだとすると、 茶屋の看板に書かれている「721m」というのは、 往時の記憶を今に伝えている貴重な史料なのかも知れません。
ぼけたらあかんで 長生きしなはれ
憎まれ口に泣き言ごとに  人の陰口ぐち言わず  他人のことはほめなはれ  いつでもアホで居りなはれ  若い者には花もたせ  一歩さがっておることや  いずれお世話になる身なら  いつも感謝を忘れずに  一歩さがっておることや  いずれお世話になる身なら  いつも感謝を忘れずに  どんな時でもへえおおきに  お金の欲は捨てなはれ  生きてるうちにばらまいて  山ほど徳を積みなはれ  昔のことは忘れなはれ  自慢ばなしにわしらの時は  なんて鼻もちならぬ忌言葉  わが子に孫に世間さま  どなたからでも慕われる  ええ年寄りになりなはれ  ぼけたらあかんそのために  何か一つ趣味をもち  せいぜい長生きしなはって  ええ年寄りになりなはれ
 (天牛将富)
明王峠は南西側が開けていて、条件がいいと山並みの奥に富士山も見えるのですが、 この時には霞んでいて、残念ながら見えませんでした。 お昼にするにはまだまだ早かったので、ここでは景色を眺めながら休憩するだけにしておきました。
神奈川県の自然公園
自然公園は、すぐれた自然の風景地を保護するとともにその利用を通じて 国民の保健、休養、教化に役立てることを目的に指定されています。 ここ県立陣馬相模湖自然公園は、富士箱根伊豆国立公園箱根地区を始めとして、 丹沢大山国定公園、県立丹沢大山自然公園、県立真鶴半島自然公園、県立奥湯河原自然公園についで 県内6番目に指定された自然公園です。
おもな山と標高
陣馬山857.0m 生藤山990.6m 景信山727.1m 城山670.6m 嵐山405.9m 石老山694.3m
自然を大切にしましょう。
 (神奈川県)
明王峠からは道が二手に分かれています。 角には関東ふれあいの道の道標が立っていて、右手の道は「景信山3.8km・小仏峠5.0km」、 左手の道は「陣馬山1.9km・陣馬高原下バス停2.6km」、今登ってきた道は「相模湖駅5.4km、となっています。 また、明王峠へ登り着いた所にも道標が立っていて、 右手の道は「景信山・小仏峠」、左手の道は「陣馬山」、 今登ってきた道は「与瀬神社4.1km」となっています。 今回は白沢峠へ向かって、茶店の左側にある「不動明王尊」と刻まれた石碑の先へ続く尾根道を進んでいきます。
「明王峠」の名前はこの不動明王に拠るのだそうで、「みょうおうとうげ」と読むようです。
植林帯に続く広くて緩やかな尾根道を進んでいきます。 陣馬山から高尾山へと続くこの奥高尾縦走路は、関東ふれあいの道「鳥のみち」にもなっていて、 とても歩きやすい道が続いています。 明王峠茶屋の裏手を巻いてきた道を合わせて2分ほど進んでいくと、 八王子市の設置する黒いドラム缶の消化用水が並んでいます。 そこを過ぎて軽く降っていき、浅い鞍部から軽く登り返していくと、 消化用水が並んだ脇に、「皇紀二千六百年記念植樹 恩方村」と刻まれた石碑が立っていました。
底沢峠
登り気味の尾根から緩やかになってくると、明王峠から8分ほどで底沢峠に着きました。 地図などでは十字路のように見えますが、ふたつの分岐が100mほどの間をおいて続いた形になっています。 先ず左手への分岐があります。 角に立つ道標によると、左手の道は「陣馬高原下バス停2.8km」、 正面の道は「関東ふれあいの道 景信山3.3km、小仏峠4.5km」となっています。 道標には「底沢峠」と書かれた板も取り付けられていました。 石標も立っていて、四面に文字が刻まれていました。 それぞれ、「平和記念」、「南 底沢・千木良・小原方面」、「西 与瀬・吉野・上野方面」、「向左 八王子市方面」 となっていました。 100mほど先に右手への分岐があって、右手の道は「底沢2.8km、相模湖駅5.8km」、 正面の道は「関東ふれあいの道 景信山3.2km、小仏峠4.4km」となっています。 今回は左右の道は見送って、正面に続く尾根道を進んでいきます。
(左手の道は「木下沢林道」、 右手の道は「北高尾山稜」を参照)
保健保安林
森林の緑は、安らぎを与えてくれます。
森林は、汚れた空気をきれいにし、森林浴などの森林レクレーションの場を提供してくれます。 このような森林の働きを発揮させるために指定されているのが保健保安林です。 (当保安林面積2.4ha) みんなの森林を大切に守るため、火の始末に気をつけましょう。
 (東京都林務課)
お願い
当地番は、水源かん養保安林であり、また保健保安林指定予定地であるため、 ハイキングコースに沿って境界測量杭が入っています。 現在、東京都で手続き中なので破損しないようお願いします。
 (東京都南多摩経済事務所、八王子市上恩方町下共有林、地主一同)
底沢峠の正面にはちょっとした高みがあります。 手元の地形図によると721m峰のようです。 その高みを左手から巻くようにして雑木林に続く尾根道を1分ほど進んでいくと、 左手が開けて眺めが広がる所がありました。 方角からすると奥多摩の大岳山や御前山の辺りでしょうか、 かなり霞んではいたものの、幾重にも重なるようにして奥の方まで続いていました。 腰を掛けて眺めを楽しもうというのか、道端には丸太のベンチも設置されていました。
関東ふれあいの道の里程標「陣馬高原下7.2km・高尾山口11.8km」を過ぎていくと、 植林帯の脇を進むようになります。 程なくして植林帯へ入っていくと、二つ並んだ丸太のベンチを過ぎた先で、道が二手に分かれています。 角に立つ道標によると、左手の高みへ登っていく道は「夕焼けふれあいの里」となっていて、 マジックで、「堂所山→30分→関場峠→50分→ふれあいの道口→70分→ふれあいの里」と書き込まれていました。 道標に取り付けられたこの付近の地図によると、 左手の道は堂所山への道、右手の道は堂所山を巻いて景信山へと続く道になります。 白沢峠へは右手の巻き道を進んでいけば良いのですが、 今回は縦走路の少し脇にある堂所山へ立寄っていくことにしました。
植林帯の尾根に続く木の根が張り出した坂道を登っていきます。 最初はそれ程でもありませんが、登るにつれて次第に傾斜が増してきます。 背の低い笹が生い茂るようになって緩やかになってくると分岐があります。 角にある道標によると、右手の道は「景信山2.6km・小仏峠3.8km」、 左手の道は「堂所山0.1km・八王子城山7.5km」、 今来た道は「明王峠1.2km・陣馬山3.1km」となっていました。 脇には八王子市の設置する消火用水が並んでいて、ベンチも設置されていました。 ここは道標に従って、左手のすぐ先にある堂所山へ向かっていきます。
火災の芽 摘んで緑の 八王子
 (八王子消防署、八王子市消防団、八王子山火事防止協議会、関東森林管理局)
堂所山 (標高733m)
緩やかな尾根道を1分半ほど進んでいくと、 「御料局三角點」と刻まれた石標のある堂所山の山頂に着きます。 底沢峠から20分ほど、明王峠から30分ほどで到着しました。
地形図では堂所山は731mとなっていて、ここにある標柱に書かれた733mと一致していません。
堂所山は西側が開けていて、奥多摩の山並みを見渡すことが出来ます。 天気のいい冬枯れの季節には、富士山の山頂部を望むことも出来るのですが、 この時には霞んでいて見えませんでした。 お昼にはまだ少し早かったのですが、 今回のルートではこの先で昼食の取れそうな所は思いつかなかったので、 ベンチに腰掛けて景色を眺めながら昼食タイムにしました。
お腹も満ちて眺めも堪能したら、白沢峠へ向かっていきます。 手前にあった分岐まで引き返し、道標「景信山」に従って坂道を降っていきます。 かなり急な坂道を3分ほど降って緩やかになってくると、手前から分かれてきた巻き道が右手から合流してきます。 ここにも道標が立っていて付近の地図も取り付けられていました。 目指す白沢峠の文字も載っていますが、どの場所なのかは明確ではありませんでした。 その支柱には「夕焼けふれあいの里」を示す道標が取り付けられていて、今降って来た急坂を指しています。 道標にはマジックで「堂所山→30分→関場峠→50分→北高尾山稜→70分→夕焼けの里」と書き込まれていました。 今回はこの先へ続く広くて緩やかな奥高尾縦走路を白沢峠へと向かっていきます。
広くて緩やかな尾根道を30秒ほど進んでいくと、道が二手に分れています。 道標などは見かけませんでしたが、左手の高みへ登っていく道は、 堂所山の東200m辺りにある標高700mほどの高みを越えていく縦走路で、 右手の緩やかな道はその巻き道になります。 高みを越えていく道はこれまでにも何度か歩いているので、 今回は巻き道の様子を探るために、右手の巻き道を歩いていきました。
巻き道と云うとなだらかな道を連想しますが、多少の登り降りはありました。 尾根道よりも幅は狭く、木の根が剥き出していたりもして、それほど快適な道ではありませんでした。 熊笹が生える所を過ぎていくと、分岐から3分ほどで尾根道に出ました。 そこでも道標類は見かけませんでした。 広くて緩やかな尾根道を30秒ほど進んでいくと、再び分岐があります。 ここには関東ふれあいの道の道標が立っていて、 正面の高みへ登っていく道は「景信山2.2km・小仏峠3.4km」、 右手へ分かれていく道は「まき道(景信山・城山)」、 今来た道は「明王峠1.6km・陣馬山3.5km」となっています。 正面の道は堂所山の東北東300m辺りにある標高700mほどの高みを越えていく道ですが、 ここでも右手の巻き道を進んでいきました。
先ほどの巻き道と同様に、多少の登り降りのある道を進んでいきます。 ここでも幅は尾根道より狭く、木の根が剥き出していたりもしますが、 熊笹が生えていたりもして、雰囲気は悪くはありません。 今回の巻き道は先ほどよりも長くて、5分ほどで巻き終えました。 尾根道に出た所にも関東ふれあいの道の道標が立っていて、 正面の道は「景信山1.9km・小仏峠3.1km」、 左手から降ってくる道は「明王峠1.9km・陣馬山3.8km」、 今来た道は「まき道(明王峠・陣馬山)」となっていました。
白沢峠(1)
広くて緩やかな尾根道を2分半ほど進んでいくと、関東ふれあいの道の道標の立つ分岐があります。 正面の高みへ登っていく道は「 景信山1.7km・小仏峠2.9km」、 右手の道は「まき道(景信山・城山)」、 今来た道は「明王峠2.1km・陣馬山4.0km」となっています。 道標をよく見ると、消えかかってはいましたが「白沢峠」と書き込まれていました。 堂所山から18分ほどで到着しました。 峠とは云っても尾根を越えていくような道は見当たりませんでしたが、その昔にはあったのかも知れません。 正面にある高みは地形図にある673m峰になりますが、ここでも右手の巻き道を進んでいきました。 降り気味に続く巻き道を3分半ほど進んでいくと尾根道に出ます。 そこにも関東ふれあいの道の道標が立っていて、 正面の道は「景信山1.5km・小仏峠2.7km」、 左手から降ってくる道は「明王峠2.3km・陣馬山4.2km」、 今来た道は「まき道(明王峠・陣馬山)」となっていました。
白沢峠(2)
広くて緩やかな尾根道をその先へ1分ほど進んでいくと、右手へ細い道が分れていきます。 入口には赤頭白杭の「水源の森林18」が立っています。 この時にはほとんど消えかかっていましたが、 以前に通りかかった時には「底沢・美女谷温泉に抜ける林道につながっています」 と書かれていました。 右手の道のすぐ先には桃色の杭もあって「白沢峠」と書き込まれていました。 先ほどの道標にも「白沢峠」と書かれていましたが、 明治から大正にかけての地形図によると、奥高尾縦走路を越えていく道は、 673m峰の東側に描かれていることを思うと、こちらの方が本来の白沢峠のようには思えます。 右手の道がその古道なのかと思って、今回はこの道の行く末を確かめるのを目的にしてきたのでした。 右手に分れていく道のすぐ先にはロープが張られていて、 「この先、登山道ではありません」と書かれた紙が吊されていました。 巻き道だと思って入っていく人が多いためでしょうか。
白沢峠と関場峠
明治から大正にかけての地形図によると、 底沢地区からこの辺りを越えて小下沢へ降っていく道があったようです。 その道は更に北高尾山稜を越えて恩方町高留地区へ続いていたようです。 現在の地形図には載っていなくて廃道になったようですが、 西多摩地方の人々が底沢半僧坊に参詣した道だったのだそうです。 この奥高尾縦走路にある峠を「白沢峠」、 北高尾山稜にある峠を「関場峠」と呼んだようです。 今の関場峠は小下沢林道の終点に移動していますが、 往時の関場峠は611m峰の東400m辺りの送電線が通る鞍部の辺りにあったようです。 左側へ降っていく道はないかと探ってみましたが、それらしい跡は確認出来ませんでした。
植林帯の斜面を、尾根に沿うようにして南東の方向へ緩やかに降っていきます。 古地図に載っている道は南へ降っていくはずなのですが一向にその気配はなく、 引き続き斜面を横切るようにして緩やかに続いています。 古道にしては細い道だし、方角も何やら違うようだと思いながら進んでいきました。 どうやら林業の作業路のようでしたが、草で覆われている訳でもなくて、明瞭な道が続いていました。 白沢峠から5分ほど降っていくと、黄色い標柱「山火事注意 足元に注意 山林愛護」が立っていて、 「71」の数字が右手へ分れて降っていく道を指していました。 その先を見ると送電線の鉄塔が立っていたので、そこへ続く巡視路のようでした。 右手の道は見送って、正面に続く道を更に進んでいきました。
T字路
3分ほど進んでいくと右側が開けて、先ほどの鉄塔がよく見える所がありました。 植林帯の斜面を横切るようにして続く緩やかな道を引続き進んでいくと、 白沢峠から10分ほどで、道は右へと直角に曲がっていきます。 角には赤頭白杭の標柱「水源の森林37」が立っていました。 左の方を覗いてみると明瞭な踏み跡が降ってきていて、ここはT字路になっていました。 地形図によると、ここは696m峰から南西に伸びる尾根で、 左手の道はその高みから降ってくる道のようでした。 道標類は見かけませんでしたが、ここは右へ曲がって、かなり傾斜のある坂道を降っていきます。
696m峰から南西に伸びるこの尾根は、小原地区と千木良地区の境になっているようで、 境界杭が点々と設置されていました。 枝や根などに掴まらなくても何とか普通に立って降っていけるものの、 かなり傾斜があって、登りルートには選びたくないと思いながら、足元に注意しながら慎重に降っていきました。 所々で傾斜が緩む所もあるので足を休めたりしながら降っていくと、 T字路から7分ほどの所に黄色い標柱「山火事注意 足元に注意 山林愛護」が立っていて、 「70」の数字が右手を、「69」の数字が正面の道を指していました。 右手に道が分れていたのかは確認しませんでしたが、 ここは道なりに正面に続く坂道を降っていきました。
2分ほど降っていくと左側が開けた所があり、上空には送電線が通っていて、 その先の方には鉄塔が幾つか立っていました。 眺めを確認してから、植林帯に続く道を更に4分ほど降っていくと、 尾根の幅が広がって傾斜も緩やかになった所に出ました。 696m峰の南西にある標高530mほどの緩やかなな尾根になるようです。 中程には赤頭白杭の標柱「水源の森林15」が立っていて、 道の脇には腰掛けるのに具合の良さそうな大きな石がありました。 白沢峠から急坂混じりの道を23分ほど降ってきて膝も少しガタついてきたので、 石に腰掛けて水分補給などしながら、ひと休みしていきました。
69番鉄塔
植林帯の尾根に続く道を更に降っていきます。 明瞭で迷うことのない道を4分ほど降っていくと、 右手の樹間から東名高速道路や幾重にも重なる山並みを見下ろせる所がありました。 そこを過ぎて更に4分ほど降っていくと、黄色い標柱「山火事注意 足元に注意 山林愛護」が立っていて、 「69」の数字が右手へ分れていく僅かな道を指していました。 しかし、正面のすぐ下には鉄塔が立っているので、そのまま真っ直ぐに降っていくと、 送電線の鉄塔「新多摩線69」の袂に出ました。 白沢峠から37分ほどで着きました。 鉄柱に邪魔をされながらも、山並みを見渡せる眺めが広がっていました。 正面の谷向いの尾根に立っているのは、492m峰の西南西にある鉄塔のようでした。 左手の方には小仏峠から696m峰にかけての山稜と思われる山々が続いていました。
林道
鉄塔の下を過ぎて右へ曲がっていくと、右側から降ってくる道に出ました。 鉄塔のすぐ手前にあった標柱の所から分れてきた道のようでした。 標識類は見かけませんでしたが、左へと降っていきます。 植林帯を右・左と折れ曲がりながら降っていきます。 沢を流れる水音が次第に大きくなってくると、下の方が明るくなってきます。 石積みの炭焼き窯のような設備の脇を左折して斜面を降っていくと、コンクリート製の階段道に降り立ちました。 左側には墓地がありました。 道なりに右へ降っていくと、砂利道の林道に降り立ちました。 これで山道は終わりになります。 69番鉄塔から13分ほど、白沢峠から53分ほどで降りて来られました。 林道の名前は分かりませんでしたが、左手の先へ続いているようでした。 右手のすぐ先には車止めがあって、「一般車両通行止」の標識も取り付けられていました。
林業関係者以外 進入禁止
この林道は、林業に関係するものが使用するための道路です。 また、この林道は急峻な山腹に位置し、落石被害や林道から転落する恐れがありますので、 林業関係者以外の進入を禁止します。 関係者が使用する場合は、こちらに連絡を下さい。
 (相模原市相模湖経済環境課)
水場
車止めの脇を抜けていくと、左右に通る舗装路に出ました。 左手の沢に架かる日陰橋を渡って、その先へ続く舗装路を緩やかに降っていきます。 やがて民家が散在するようになってきます。 桂林寺への坂道や階段を見送っていきます。 白沢橋を渡って沢沿いに続く舗装路を更に降っていきます。 傾斜は緩やかで快適な道になっています。 道端には青色、赤紫色、白色などのアジサイが咲き、 黄色や桃色の花木などもあって、綺麗な道になっていました。 舗装路に出た所から10分ほど降って竹林が見えてくると、左側の電柱の袂に水場がありました。 パイプで引かれてきた水が大きな木を刳り貫いた水溜めに導かれ、 更にパイプでその下の桶に溜められていました。 茶碗も置かれていたので飲めるのだろうと思って、手で受けて少し飲んでみました。 特に変な臭いや味などはせずに、普通に飲める冷たい水でした。
採捕禁止
次の期間はヤマメの採捕を禁止とする。
自10月15日〜至翌2月末日
 (底沢ヤマメ愛護会)
水生動物(ヤマメ・ハヤ・サワガニ・ホタルなど)を保護しましょう
 (底沢ヤマメ愛護会)
水場を過ぎて1分半ほど降っていくと、玉簾川橋を渡っていきます。 橋を渡って傾斜が増した坂道を降っていくと、右手から降ってくる道が合流してきます。 その道の少し先には道標が立っていて、 右手の道は「陣馬山・明王峠」、正面の道は「底沢バス停1.2km・相模湖」となっています。 底沢峠から南東へ降ってくるとここへ降りて来られます。 その道を合わせて坂道を降っていくと、すぐに左右に通る道に出ます。 正面には道標が立っていて、左手の道は「相模湖・底沢バス停」、 今降って来た道は「陣馬山2時間5分・明王峠1時間」となっていました。 その脇には「照手姫ものがたり」の解説板も設置されていました。 ここは底沢バス停に向かって、左手へと曲がっていきます。
手元のハイキング用地図によると、この少し先にある小仏峠分岐から明王峠までは1時間40分、 陣馬山までは更に50分で、ここの道標に記された時間よりも長くなっています。
美女谷温泉
舗装路を数10m進んでいくと、右手へ道が分れていきます。 地形図に実線で描かれている道のようですが、その先には車止めが設置されていました。 道路の左側には石垣沿いに坂道があって、「美女谷温泉入口」の看板がその道を指しています。 「美女谷伝説」と関連のある温泉なのでしょうか。
照手姫ものがたり
美女谷伝説(相模湖町底沢)
浄瑠璃や歌舞伎で知られる「小栗判官と照手姫」の物語。 照手姫は、小仏峠の麓、美女谷の生まれと伝えられ、その美貌が地名の由来になったとも言われています。 北面の武士だったという父と優しい母から生まれた照手姫は美しい娘に成長し、 美女谷川上流の七ッ淵で豊かな黒髪を梳くその姿は、まばゆいばかりの美しさを放ち、 里の若者を魅了していたと言います。 しかし不幸にも両親が相次いでこの世を去り、いつしか照手姫の姿は美女谷の里から消えてしまいました。 その後、数奇な運命をたどった照手姫は相州藤沢宿で小栗判官満重と劇的な出会いをしますが、 満重は毒殺されてしまいます。姫の必死の想いが通じたのか、 満重は遊行上人という名僧のお陰で蘇生し、 常陸の国の小栗城に帰り、照手姫を迎え、末永く幸せに暮したと言います。
 (まちづくりボランティア まち夢工房)
小仏峠分岐
美女谷温泉を過ぎて、樹木の枝が上まで覆って緑のトンネルになった道を進んでいきます。 2分ほど進んで正面に東名高速道路の高架橋が見えてくると、道が二手に分れています。 角には道標が立っていて、少し左へ曲がっていく道は「小仏峠2.5km」、 右手に分れていく道は「底沢バス停1.0km・相模湖駅3.0km」となっています。 ここにも先ほどと同じ「照手姫ものがたり」の解説板が設置されていました。 ここは底沢バス停へ向かって、右手の道を進んでいきます。
少し降って美女谷橋を渡っていきます。 緩やかになった道を2分ほど進んでいくと、先ほどから見えていた東名高速道路の下を過ぎていきます。 高速道路の下を斜めに横切って、右側にある大きな橋脚の所まで来ると、 山際に「甲州古道 甲州道中 板橋」の標柱が立っていて、 この先に続く道は「小原宿」、今来た道は「小仏峠」となっていました。 その奥には尖った石が二つあって、その上には石碑のようなものが乗っていて、 簡単な解説を書いた板が立っていました。 往時の甲州道中は、ここから山側を進んでいくルートだったようです。 脇には「馬頭観世音」と刻まれた石碑もありました。
甲州道中はここを登り、中央自動車道の下を通り、樋谷路沢を渡って小原宿本陣脇へ出ますが、 今は通行不可能です。
標柱を過ぎていくと、左側には金網柵が続くようになります。 その左下にはJR中央線が並行するようになります。 軽く登ってから降っていくと、左へ曲がった所にある長久保架道橋をくぐっていきます。 ガードをくぐっていくと「甲州古道 甲州道中 長久保」の標柱が立っていて、 正面の道は「小原宿」、今来た道は「小仏峠」となっていました。 そのすぐ先で左右に通る道に出ます。 角には道標が立っていて、右手の道は「相模湖駅へ・底沢バス停300m」、左手の道は「小仏峠へ」となっています。 ここは右折して、底沢バス停へ向かっていきます。
長久保架道橋
お願い ガードに自動車等が衝突したのを見た方は、至急下記まで御連絡下さい。
 (JR東日本 東京施設指令)
底沢(そこさわ)バス停
道端に咲くアジサイの花を眺めたりしながら舗装路を降っていきます。 ガードを過ぎてから4分ほど進んでいくと国道20号に出ます。 左側には立派な底沢橋が架かっています。 右側の電柱の脇には道標が立っていて、右手の道は「相模湖駅2.0km」、 今来た道は「小仏峠3.5km」となっています。 傍には三ヶ木方面の底沢バス停がありますが、 相模湖駅方面のバス停は横断歩道を渡って右へ進んだ所にあります。 山道から降りて舗装路に出た所から28分ほどで到着しました。
相模湖駅(JR中央線)まで、相模湖駅行きバスにて6分、1時間に1本〜2本程度の便があります。
 土曜 ...12:42 13:39 14:10 15:44 17:57 18:04...
 日曜 ...13:22 13:39 14:46 15:44 15:57 16:34 17:25 18:04...
この時は運が良くて、数分待っただけでバスがやってきましたが、 待つようなら相模湖駅まで歩いていきましょう。 2kmほどの距離なので、ゆっくり歩いても30分もあれば着きます。