武山
散策:2009年04月下旬
【低山ハイク】 武山
概 要 三浦半島の先端近くにある三浦富士・砲台山・武山を結ぶハイキングコースを歩きます。 三浦富士や武山などからは、東京湾や房総半島・伊豆大島・伊豆半島などを見渡せる眺めが広がっています。 今回は津久井小学校の脇から三浦富士へ登り、砲台山を経て武山へと向かっていきます。
起 点 横須賀市 津久井浜駅
終 点 三浦市 庚申堂バス停
ルート 津久井浜駅…浅間神社…大畑堰…鳥居…横須賀警察犬訓練所…石仏…三浦富士…横須賀リサーチパーク分岐…オレンジルート分岐…見晴台…砲台山…武山…武山不動院…水道施設…津久井浜駅分岐…いも堀り現地案内所…関東総合通信局電波管理部…庚申堂バス停
所要時間 3時間10分
歩いて... 条件がいいと富士山も望めるコースなのですが、この時は遠くが霞んでいて、残念ながら見えませんでした。 武山の山頂では綺麗なツヅジが沢山咲いていて、近々催されるつつじ祭の準備が進められていました。 端午の節句が近いとあって、鯉のぼりも沢山泳いでいました。
関連メモ 武山, 三浦富士, 三浦富士, 三浦富士, 武山, 武山
コース紹介
津久井浜(つくいはま)駅
津久井浜駅(京浜急行久里浜線)から歩いていきます。
改札口を出た正面に「周辺案内図」があって、 これから向かう三浦富士までの道が載っているので参考にしましょう。 津久井浜駅から三浦富士へ登る道は、高田橋を経ていくルートがよく歩かれているようですが、 今回は津久井小学校の脇から続く道を登っていきます。
(今回歩いた三浦富士までのルートを赤の点線で示しておきました)
浅間神社
改札口を出たすぐ左のガードの先に浅間神社があるので立ち寄っていきました。 ガードをくぐっていくと、正面に「浅間神社」の扁額が架かる鳥居があって、 その先の参道の両側には「津久井総鎮守 浅間神社」と書かれた桃色の幟が沢山旗めいていました。 祭神が木花咲耶姫命とあって華やいだ雰囲気になっていて、似顔絵も描かれていました。 参道の先の数10段ある石段を登っていくと社殿がありました。 本殿と拝殿から成る社殿ですが、千木や鰹木は見かけませんでした。 右側には金毘羅神社が祀られていて、立派な鳥居もありました。 由緒書きにある稲荷神社でしょうか、赤い鳥居を従えた石祠もあり、中には狐像が納められていました。 左側には倉庫のような建物がありました。
浅間神社由来
御祭神 木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと) 縁結び・安産・子育ての守護神
社伝によると聖武天皇の天平年中(729〜748)に僧行基(奈良大仏建立勧進の高僧)が当郷に来り、 駿河国の浅間神社を勧請し祀ったとある。 そこは津久井と長沢の奥にあって高くそびえる浅間山の山頂である。 この山は海上からよい目標となり漁場の位置や東京湾に出入りする船のよい目印とすると共に 信仰の対象になっている。 後に富士山と呼ばれ人々から崇められるようになってきた。 当社の奥宮は今も山頂に鎮座している。 毎年7月8日山頂にて「お焚き上げ」の神事が盛大に行われ、 家内安全・大漁・海上安全・五穀豊穣・病気平癒・交通安全等を祈願する人で賑わう。 当社殿は当初「富士入」にあったが、昭和3年11月現在地に移転鎮座され、毎年7月7日例祭が行われている。 夏祭り(八雲祭)は昭和40年代以前は7月7・8日に行われていたが、現在は8月下旬の土・日曜に行われている。 当社の境内社として金毘羅神社と稲荷神社が祀られている。 明治41年12月神奈川県令で神社が合祀され、御祭神は相殿に祀られた。
八坂神社 祭神 素盞鳴尊 横手
日枝神社 祭神 猿田彦命 川尻
御霊神社 祭神 稲荷神 安戸
往復8分ほどで浅間神社から津久井浜駅へ引き返してきて、三浦富士へと向かっていきます。 改札口の正面の先に「三浦富士・武山 ハイキングコース入口」の標識が立っています。 その先のガードをくぐって左手へ進んでいきます。 山沿いに続く細めの道を左に分けて右へ曲がっていく車道を進んでいくと、 左手には津久井市民農園が広がっています。 津久井川の手前が津久井市民農園、橋を渡った所が津久井第2市民農園というようです。
津久井第2市民農園
この市民農園は、農業環境総合整備事業により整備しました。 市民の皆様が土と緑に親しみ、収穫の喜びを通じて、 都市近郊農業の生産と消費に対する理解を深めていただくために設置しました。
 (横須賀市経済部農林水産課)
津久井川に架かる橋を渡って、横須賀津久井郵便局の前を左へ曲がっていきます。 医院を過ぎていくと、集合住宅の先から右へ分かれていく細い道があります。 角の民家の塀に「津久井三丁目19」の住所標示板があって、 電柱には「この地域の広域避難地は県立津久井浜高校」と書かれた緑色の看板が取り付けられています。 少し心細そうな道ですが、この道へ入っていきます。
大畑堰
1分ちょっと進んた所にある少し曲がった十字路を左折して、真っ直ぐに進んでいきます。 民家が建ち並ぶ道を3分ほど進んでいくと、左右に通る道に出ます。 正面には横須賀市消防団第20分団2班の建物があります。 そこを右折してその先の水路を渡って山際まで行き、 道なりに左へ曲がって軽く登っていくと、左右に通る二車線の道路に出ます。 その左手のすぐ先から正面へ続く道へ入っていきます。 入口には帽子を被ってマントを着た石仏が佇んでいます。 その脇には道標が立っていて、正面へ続く道は「三浦富士・武山」となっています。 角には「大畑堰」と呼ばれるため池があります。
大畑堰(おおばたぜき)
この池は農業用のため池です。 あぶないので、池の中に入らないでください。
 (横須賀市経済部農林水産課)
鳥居
ビニールハウスの手前から左へ分かれていく道を見送って右へ曲がっていくと、 大畑堰から離れて左へ曲がっていく角から正面へと道が分かれていきます。 辺りに道標は見かけませんでしたが、正面の道の先の山際に鳥居が見えていたので、 今回は正面の道を進んでいきました。 畑地を過ぎて少し登り坂になった道を進んでいきます。 右手の上には津久井小学校が見えています。 山際までくると「浅間神社」の扁額が架かる鳥居が立っていました。 津久井浜駅から18分ほどの所になります。 鳥居をくぐってその先に続く階段を登っていきます。
階段を1分ほど登ってその先に続く坂道を1分ほど登っていくと、広めの道に出ました。 出た所の角には「美味しい野菜は自然環境から」の看板が立っています。 その支柱やガードレールに書き込まれたメモによると、今登ってきた道は「長沢駅」となっていました。 今回は津久井浜駅から来ましたが、 手元の地図によると、京急長沢駅から津久井小学校の北側を通ってきた方が僅かに近いようです。 振り返ると、三浦海岸の辺りの海などを見渡せる景色が広がっていました。
美味しい野菜は自然環境から
 (よこすか葉山農協青壮年部、横須賀氏経済部農林水産課)
広めの舗装路を登り気味に進んでいきます。 両側には樹木が生い茂っていて見晴らしは得られません。 沿道には津久井小学校の児童が書いたゴミ投棄に対する注意書きが点々と設置されています。 3分ほど進んで高台に出ると、造成作業が行われている所がありました。 そこを過ぎて再び森の中へ入って2分ほど進んでいくと、高台にある広い畑地に出ます。 振り返ると、津久井浜の辺りの街並みが広がっていました。 正面には三浦富士から武山へ続く稜線が見えていました。 最初は砲台山にある電波塔が見えていますが、進むにつれて、 武山にある電波塔も左手の方に見えてきます。
横須賀警察犬訓練所
畑地が終わって森の中へ入っていきます。 降り気味に進んでいくと、左手に建物があります。 中から犬の鳴き声がしきりに聞こえてきますが姿は見えません。 建物に沿って進んでいくと、左右に通る道に出ました。 津久井小学校の脇の鳥居から15分ほどで到着しました。 角には「守ろう美しい自然きれいな環境」の看板が立っていました。 その支柱には手製の案内板が取り付けられていて、 今来た道は「京急長沢駅 左近道」となっていて、京急長沢駅までの簡単な地図も載っていました。 左手にあるは横須賀警察犬訓練所で、入口は柵で閉ざされていました。 柵には「犬の学校 横須賀警察犬訓練所 地震災害救助犬訓練場」の看板が出ていました。 ここは右手へと進んでいきます。
守ろう美しい自然きれいな環境
 (よこすか葉山農協青壮年部、横須賀氏経済部農林水産課)
石仏
広めの道を進んでいくと森の中へと入っていきます。 四角いコンクリートブロックが敷かれた道を登っていきます。 木の根が張りだした所もあったりしますが、道は広めでしっかりとして歩きやすくなっています。 4分ほどすると、正面の高みを左手へ巻くようにして進んでいきます。 再び尾根に出て広い道を進んでいきます。 左斜面を進むようになると、警察犬訓練所から7分ほどで再び尾根に出ます。 出た所には大きめの石仏が佇んでいました。 合掌した姿のお地蔵さんで、 黄色いスカーフを巻いてもらっていて、袂には小銭が沢山お供えされていました。 台座には「精霊供養 仏者千人衆」と刻まれていました。
火の用心 Stop the Fire
 (南消防署)
お地蔵さんと分かれて左手へ続く尾根道を進んでいくと、すぐに横木の階段を登るようになります。 右・左と曲がりながら1分ほど登っていくと、 右側の尾根を登っていく階段の所から正面へ細い道が分かれていきます。 右側の尾根へ続く横木の階段は三浦富士の山頂へ真っ直ぐ続いていて、 正面の道はその巻き道になります。 ここは右側の尾根へと横木の階段を登っていきます。
三浦富士 (標高183m)
幅の広い横木の階段が山頂へ向かって真っ直ぐに続いています。 真ん中には手摺が設置されていて、登り道と降り道に分かれているようでした。 かなり傾斜がありますが1分ほどで登り切ります。 登り着いた脇には「津久井村社 浅間神社奥宮」と刻まれた石碑と、 「三浦富士 標高183m」と書かれた標識があります。 正面には大きめの石祠が二つ並んでいて、その前には小さな赤い鳥居が立っています。 周囲には記念碑などが幾つかあって、二等三角点もあります。 警察犬訓練所から12分ほど、津久井浜駅から45分ほどで登って来られました。
三浦富士の山頂はそれ程広くはありませんが、少人数ならシートを広げて弁当を食べられる程度はあります。 高さの低いベンチもひとつ設置されていました。 以前に来た時には手前の樹木が邪魔をして眺めは今ひとつでしたが、 この時には樹木が伐採されていて、見晴らしが少し良くなっていました。 津久井浜辺りの海や三浦半島の先端方面を見渡すことが出来ました。 右手の方には小田和湾の南側の沿岸部も見えていました。 天気が良いと、房総半島や伊豆大島や富士山も望めるのですが、 この時には遠くが霞んでいて、房総半島の沿岸部が僅かに見えていた程度でした。
三浦富士からは道が左右に分かれています。 山頂に設置されている「武山ハイキングコース」の道標によると、 右手へ降っていく道は「YRP野比駅」、左手へ降っていく道は「武山」、 今登ってきた道は「津久井浜観光農園」となっています。 ここは砲台山へ向かって、 「戦役凱旋之碑」やお地蔵さんの左手に続く道を降っていきます。
以前はキノコ型をした可愛い道標だったのですが、近年になって作り直され、 平たくて四角い道標になっています。 以前の道標は曲面に書かれた文字がどの方角を指しているのか分かり難かったようにも記憶していますが、 趣きはずっとあったように思います。
YRPとは「Yokosuka Research Park」の略で、 40ほどの会社や研究所などが集って研究開発を推進している地区の名称です。 1997年のYRPの開業に伴い、その翌年に、 最寄り駅の名称が「野比駅」から「YRP野比駅」に改称されました。
(右手の道は「三浦富士」, 「三浦富士」, 「三浦富士」, 「武山」を参照)
1分ほど降っていくと、左手から細い道が合流してきます。 山頂の手前から巻いてきた道になります。 その道を合わせて広めの尾根道を進んでいきます。 横木の階段を降ったり登ったりする所もありますが、総じて歩きやすい道が続いています。 5分ほど進んで登り坂になってくると、海洋性の樹木が生えるようになります。 高みに着くと、右側の尾根の背に続く道と、その左下に続く道に分かれています。 いずれの道を進んでも1分ほどで合流しますが、今回は尾根の背の道を進んでいきました。 中程まで進んでいくと横須賀リサーチパークを一望出来る眺めが広がっていて、 その奥には、猿島と思われる島も浮かんでいました。
YRPは自然と人が共生する、大規模テレコム研究都市です。 研究機関を中心に、情報通信技術の研究開発を進めることにより、 国内及び国際的な情報通信技術の発展に寄与するとともに、 21世紀の高度で豊かな社会の構築に貢献いたします。
 (横須賀リサーチパーク推進協会、京浜急行電鉄株式会社)
横須賀リサーチパーク分岐
二つの道が合流した先へ1分ほど進んでいくと、横木の階段を降るようになります。 階段を降り切って緩やかになった尾根道を進んでいくと、右手から登ってきて正面へと続く広い道に出ます。 三浦富士から13分ほどの所になります。 幅3mほどはあって小型車なら通って行けるだけの道になっています。 砲台山にある電波施設の建設資材などの運搬のために整備された道なのでしょうか。 脇には道標が立っていて、正面の道は「武山・砲台山」、今来た道は「三浦富士」となっています。 右手の道は何も示されていませんが、手元の地形図に破線で載っている道で、 横須賀リサーチパークへ降りて行かれるようです。 ここは正面に続く広い道を砲台山へと向かっていきます。
落石注意
この先危険な箇所あり。迂回または十分注意して通行下さい。
 (横須賀市観光課)
広くて緩やかな道を進んでいきます。 周囲の樹木が青葉を伸ばしていて、雰囲気のいい道が続きます。 左手の樹間から三浦海岸の辺りが見える所もありました。 海岸の砂浜もよく見えていました。
オレンジルート分岐
先ほどの分岐から4分ほど進んでいくと、右へ曲がっていく角が少し広くなっています。 ここから急な山道が左へ分かれて降っていきます。 脇には「武山オレンジルート観光案内図」があります。 三浦富士から武山へ至る稜線とその南側に広がる津久井浜観光農園がイラスト風に描かれています。 山側には標柱が立っていて、右へ曲がっていく広い道は「見晴らし台・武山」となっています。 左へ降っていく山道がオレンジルートになりますが、砲台山へはこのまま広い道を進んでいきます。
(左手の道は「武山」を参照)
武山オレンジルート
津久井浜の自然を生かしたハイキングコースが出来ました。 名付けて「オレンジルート」。農園の四季をみなさまでお楽しみ下さい。
収穫シーズン
・みかん狩り10〜11月
・さつまいも堀り9〜10月
・落花生堀り9〜10月
・津久井浜メロン7月
・じゃがいも堀り5〜6月
・いちご狩り1〜5月
 (横須賀市)
見晴台
オレンジルート分岐から3分ほど進んでいくと見晴台があります。 南側が開けていて、三浦海岸や三浦半島の先端部やその先の房総半島や伊豆大島などを一望できますが、 この時は遠くの方は霞んでいました。
ゴミや空カンなどを崖下に投げたり、まわりに捨てないようにしましょう。
 (横須賀市)
見晴台からその先へ1分ほど進んでいくと分岐があります。 角には大きな石が置かれていて、その脇には道標が立っています。 左手の道は「武山」、右手の道は「砲台山」、今来た道は「三浦富士」となっています。 左手の樹間からは武山にある電波塔が見えていて、ベンチもひとつ設置されていたりします。 武山へは左手の道を進んでいくのですが、砲台山へ立ち寄っていくべく、 登り気味に続く右手の道を進んでいきました。
右手の道を1分ほど進んでいくと、右側の高みへ登っていく細い道が分かれていきます。 右側の道は砲台山への近道で、正面の広い道は奥の方から回っていく道になります。 今回は右側の道から砲台山へ登って、正面の道から戻ってくることにしました。
砲台山 (標高204m)
右側の急坂を登っていくと、すぐに緩やかな道になります。 そこから右手へ踏み跡が分かれていますが、左手すぐの所に砲台の台座の跡の大きな窪みがあります。 ここが砲台山で、今回のコースの最高地点になりますが、 周囲は樹木に囲まれていて展望は得られません。 三浦富士から30分ほどで到着しました。 砲台跡のすぐ先には第三管区海上保安本部の武山中継所があります。 大きなパラボラアンテナが立っていて、砲台跡よりも目立っています。
後日に来て見ると、南側が切り開かれて眺めが広がるようになっていました。
(「武山」, 「武山」を参照)
電波塔の先から左へ回り込むようにして続く広い道を降っていくと、 コンクリート製の柱が二本立っています。 現在では使われていないようですが、先の大戦の頃の施設の一部だったように思えます。
道標のあった分岐まで引き返して、道標「武山」に従って右折していきます。 自動車が通れるほどの広い道は砲台山へと続いていて、ここからは普通の山道になりますが、 よく踏まれてしっかりとした道が続いています。 広めの道を1分ほど進んでいくと、コンクリート製の水溜めがあります。 飲料用とは思えないので、山火事を消火するための水なのでしょうか。 ここから左手に続く横木の階段を降っていきますが、 1分もせずに緩やかで歩きやすい道になります。
山歩く 心にいつも 火の用心
 (神奈川県)
広めで緩やかな道を進んでいきます。 人気のあるハイキングコースとあって、山道にしては幅が広くて歩きやすくなっています。 そんな道を4分ほど進んでいくと、右手へ戻るようにして道が分かれていきます。 砲台山から11分ほどの所になります。 角には道標が立っていて、正面の道は「武山」、右手の道は「この道はコースではありません」、 今来た道は「三浦富士」となっています。 ここは正面の尾根道を進んでいきます。
この時には親子連れのグループが大挙してハイキングにやってきていました。 同一のグループなのか、別々のグループなのかは分かりませんでしたが、全体ではかなりの人数でした。 後から後から延々と隊列が続くのでした。
後日に右手の道を歩きました。(「武山」を参照)
広い尾根道を1分ほど進んでいくと横木の階段を登るようになります。 段差が高くて土が抉れた所もあったりして歩きにくい思いをしながら登っていきます。 そんな階段を2分ほど登っていくと、道が二手に分かれています。 角に立つ道標によると、右手の道は「武山」、左手の道は「津久井浜観光農園」、 今来た道は「三浦富士」となっています。 左手の道は武山の巻き道になっていますが、ここは右手に続く横木の階段を武山へと登っていきます。
武山 (標高200m)
横木の階段を登っていくと、道端にはツツジが沢山咲いていました。 程なくして正面に電波塔が見えてきます。 左側にある塔は横須賀市消防無線中継局、右側にあるのは防衛省の電波塔のようでした。 階段を登り終えて振り返ると、咲き乱れるツツジの奥に、先ほど登ってきた砲台山の電波塔が見えていました。 左右の金網柵の間に続く道を進んでいくと、「武山不動院東門」と書かれた石門があります。 ここが武山になります。 砲台山から20分ほどで到着しました。
横須賀風物百選 武山初不動
初不動は、例年1月28日で、縁日商人や近在の善男善女でにぎわっています。 ここに至る参詣道は、南武、一騎塚、須軽谷、北下浦と四方にあります。 それらの登山口には、必ず前不動と呼ばれる不動明王像が立っていて、参詣人の案内役を勤めます。 不動明王は、大日如来が一切の悪魔を払うために変身された姿で、 災害を覗き財宝を得る功徳があると言われています。 とくに、武山不動尊は、航海安全の浪切不動として広く知られ、漁業関係者から厚く信仰されています。 沿岸漁業者にとっては、この山頂が魚場を定める基準として、あるいは、 港の方向を知る標準として欠かすことのできないお山であったことも信仰を深めた一因と思われます。 「武山の不動さん」と親しまれているこの寺院の正式名称は、「龍塚山持経寺武山不動院」で浄土宗です。 ここの安置される不動尊は、後小松天皇の御代、応永4年(1397)に奈良東大寺の 沙門万務大阿闍利が、諸国行脚の途中に、現在の南武にあった持経院に立ち寄り、 高さ三尺九寸(約117センチメートル)の不動尊を彫刻して本尊としたものです。 その後、修験僧讃与見随が、この山頂に移したと伝えられています。 この山頂には、オオムラサキ、博多白、妙義山のツツジが約2000本あり、 毎年4月下旬に「武山つつじ祭」が行われます。また、この山頂は、一騎塚から現在地を経て 砲台山、三浦富士、津久井に至るハイキングコースの一拠点でもあります。
武山では間もなく開催されるつつじ祭の準備が進められていました。 ステージが設置されて雪洞が吊され、鯉のぼりも沢山泳いでいました。 公共施設案内板に「武山ハイキングコース」が紹介されているので参考にしましょう。 モデルルートとして4コースが紹介されていましたが、 今回の津久井浜駅から大畑堰までの道と、水道施設から庚申堂バス停までの道は示されていませんでした。
武山ハイキングコース
(1) 津久井浜駅を起終点に3山をめぐる一般ルート。 2時間10分
津久井浜駅-(20分)-津久井浜観光農園-(30分)-武山-(20分)-砲台山-(20分)-三浦富士-(40分)-津久井浜駅
(2) 津久井浜駅から3山をめぐりYRP野比駅を結ぶルート。 1時間45分
津久井浜駅-(20分)-津久井浜観光農園-(30分)-武山-(20分)-砲台山-(20分)-三浦富士-(15分)-浅間神社バス停
*浅間神社バス停からYRP野比駅まで徒歩で20分
(3) オレンジルートを利用したルート。果実狩りも楽しめます。 2時間
津久井浜駅-(20分)-津久井浜観光農園-(30分)-砲台山-(20分)-武山-(30分)-津久井浜観光農園-(20分)-津久井浜駅
(4) 一騎塚バス停を起点にしたルート。つつじの頃は最高。 2時間
一騎塚バス停-(40分)-武山-(40分)-三浦富士-(40分)-津久井浜駅
左手の一段高い所に展望台があります。 コンクリート製の建物で、二階建てになっています。 この建物の名前なのか、外壁には「AZALEA HOUSE」の文字がありました。 一階はガランとしていて、ベンチが設置されている以外には何もありません。 壁一面には、この辺りの自然などに関する資料が沢山掲示されていました。 一階の上には小さな建物があって、その上まで登ることができます。 展望台からは360度の大パノラマを堪能できます。 海に突き出すようにして伸びる三浦半島の左手には東京湾が広がり、 その奥には房総半島がすぐそこに見えています。 右手には相模湾があり、その沖には伊豆大島が見えています。 一階の屋上にはここから見える場所を記した石があります。 それによると、東から順に、富津・武山富士・房総半島・東京湾・三浦海岸・鋸山・三浦市・大島・伊豆半島・ 荒崎・相模湾・富士山となっていますが、 この時には遠くが霞んでいて富士山は見えませんでした。
(画像をクリックすると四方の眺めを順次表示します)
東側には横須賀リサーチバークが広がり、東京湾には猿島と思われる島も見えていました。 お昼にはまだ少し時間がありましたが、展望台にあるベンチに腰を掛けて、 景色やツヅジや鯉のぼりなどを眺めながら昼食タイムにしました。
ディスカバリー 武山の森クラブ
「武山の森」は、神奈川県・神奈川新聞社が主催した「かながわ未来遺産100」で、 三崎のマグロについで、第70位に選ばれました。 開山600年の歴史を誇る緑豊な武山山頂からの眺望は、眼下のIT先端技術を開発している NTT横須賀研究開発センターを初め、ランドマークタワー、ベイブリッジ、房総半島、伊豆半島等を望むことができます。 このような環境に恵まれた武山の森には、あなたが発見することができる秘密がたくさん埋蔵されています。 さあ、宝探しにチャレンジしよう。
展望台から降りて西側へ進んでいくと子安地蔵尊があります。 その右手には、お札・お守り・おみくじ・のぼり旗などを受け付ける場所があります。
武山子安地蔵尊
お地蔵さまは、左手に宝珠、右手に杓杖をもち、衆生を救い、 慈悲の心の大切さを教えられている菩薩さまであります。 賽の河原で童子の救主として有名であります。 この子安地蔵尊は、子授、安産、また幼なくして他界された霊の菩提をとむらい、 子供のすこやかなる成長を願って建立されたものであります。 合掌
武山不動院
子安地蔵尊の先に並行する石段と坂道を登っていくと、正面に武山不動院があります。 正面の柱には、右側に「東国花の寺 百ヶ寺」、 左側に「干支守霊場 西歳の寺」と書かれた看板が付いていました。 手前の右手には鐘楼があり、左手の手水舎の奥には滝不動尊も祀られていました。
武山不動尊縁起由来
当山は浄土宗龍塚山持教寺不動院と称します。 武山は昔日本武尊が弟橘比売命妃と共に御登りになられたので其の名がつけられたと謂はれ、 又、三笠宮、浩宮様方も学習院に在籍中は御遊覧にお登りになられた由緒ある歴史を持っております。 抑も当不動尊は、後小松帝の御写応永四年(1397)奈良東大寺門萬務大阿闍利が諸国行脚の折、 当地に立寄り創建したもので、国家安全・萬民福利を祈願とする道場として一刀三禮感応の霊場、 霊作たる不動明王を安置し奉り、三浦半島の総鎮守として霊場一番の札所であります。 当山の標高は海抜二百米余の高燥の地位を占め、空気清浄閑雅にして、 遠くには雄大なる太平洋をのぞみ、近くは霊峰富士の山を控え、眺望絶佳なるをもって 善男善女紳士淑女学生団体の参拝あり。 又、航海者漁夫達の目標の場所として特に篤い信仰を寄せられております。
 (龍塚山持教寺武山不動院)
本堂の右手には、武山稲荷大明神や身代り不動尊筆塚などもあります。
身代り不動尊・筆塚由来
江戸末期文化の頃、豪雨の中、本堂脇のオオキの大木に落雷。 大木は真二つにさけ、焼焦げとなりました。 御本尊、御本堂も無事なるを見た人々は、御身代りと唱えました。 その大木、年代を経て芽を吹き、青き葉、枝をささえ、その旺盛なる力に感動し、 参拝の有信者が手を合わせ、身代の不動尊と唱え、これをまつりました。 合掌
筆塚
人は皆筆により智を幸を知る。その筆に感謝し、成長することを念じ、 ここに筆塚を信者の賛同御寄附を得て建立されました。 合掌
 (龍塚山持教寺武山不動院)
お腹も満ちて景色も堪能したら、合わせて35分ほどいた武山から下山していきます。 今回は「武山不動院南門」からその先へ続く横木の階段を降っていきました。 1分半ほど降っていくと、左手から道が合流してきます。 角には道標が立っていて、正面の道は「津久井浜観光農園」、左手の道は「三浦富士」、 今降って来た道は「武山」となっています。 左手の道は武山の手前にあった分岐から続く巻き道になります。 ここは正面に続く広めのしっかりとした尾根道を進んでいきます。
水道施設
尾根道を7分ほど降っていくと、降りの傾斜が増してきます。 左右にはロープが張られていたりもしますが、掴まって降りるほどのことはありません。 ロープが終わる辺りから横木の階段を降るようになります。 笹竹の生い茂る所を過ぎて曲がりながら降っていくと、武山から15分ほどで広めの舗装路の脇に降り立ちます。 これで山道は終わりになります。 降り立った所には道標が立っていて、左手の道は「津久井浜観光農園」、 今降って来た道は「武山」となっています。 右手には横須賀市水道局の施設がありました。 その奥は畑地になっていました。 舗装路から一段高い所に続く山際の道を左手へと降っていきます。
正面の樹木越しに海岸線などを眺めながら1分ほど降っていくと、 右手の舗装路との間に金網柵が現れます。 その手前に向こう側を向いた石仏が佇んでいました。 黄色い帽子を被ってガウンを羽織っていました。 前にある四角い台座には「天地荘厳 仏者千人衆」と刻まれていました。 金網柵に沿って1分ほど進んでいくと、民家の前で左へと曲がっていきます。
津久井浜駅分岐
舗装路になった道を降っていきます。 作業場のような建物の右側を過ぎて舗装路を道なりに降っていくと分岐に出ます。 角には道標が立っていて、左手の道は「津久井浜駅」、今来た道は「武山」となっています。 「武山ハイキングコース」と書かれた看板もあって、今来た道を指していました。 ベンチがひとつ設置されていたりもします。 脇に立つ電柱には「津久井五丁目22」の住所標示板が取り付けられていました。 左手の道は、津久井浜観光農園や高田橋を経て津久井浜駅へと続いていますが、 今回は正面に続く道を進んでいきました。
次第に登り坂になる道を進んでいくと高台に広がる畑地の十字路に出ます。 そこを左折してキャベツなどが栽培されている畑を眺めながら進んでいきます。 小林農園を過ぎていくと、左手の畑地の向こうには房総半島が見えていました。 稜線は明瞭ながらも下の方は霞んでいて、まるで雲海の上に浮んでいるような幻想的な光景でした。 武山か砲台山でしょうか、振り返ると、山の上には電波塔が見えていました。
いも堀り現地案内所
高台の畑地に出てから4分ほど進んでいくと、少しずれた十字路があります。 右側には小屋が建っていて、「いも堀り現地案内所」の看板が出ていました。 左右に通る道は自動車も通っていく道になっていました。 どちらへ進んだものかと辺りを見回していると、 右手の先の方にアンテナらしきものが幾つか立っていました。 手元の地形図に載っているアンテナのようだったので、右手へと進んでいきました。 数10m先で道が二手に分かれていますが、アンテナを目指して左の道を進んでいきます。
いも堀り現地案内所
じゃがいも堀り期間 五月初旬〜六月中旬迄
さつまいも堀り期間 九月中旬〜十一月中旬迄
 (津久井浜観光農園、現地案内所)
関東総合通信局電波管理部
じゃがいも畑やキャベツ畑などが広がる高台に続く舗装路を進んでいきます。 この道は横須賀市と三浦市の市境にもなっているようです。 次第に近づいてくるアンテナ群を見ながら進んでいくと、少し右手から回り込むようにして道が続いています。 パラボラアンテナが上に向けて設置されていたりもして何の施設だろうと思っていると、 関東総合通信局電波管理部という施設で、宇宙国際監視課と宇宙国際調査課があるようでした。 振り返ると、電波塔が幾つか立っている山が遠くの方に見えていました。 方角からすると大楠山でしょうか。
ここは、国際電気通信条約に基づく国際監視局として、 また、我が国の短波帯以下の電波監視の中枢局として、内外の電波利用秩序を維持するため、 日夜、世界を飛び交う電波の監視や調査を行っているところです。
関東総合通信局を過ぎていくと降り坂になってきます。 畑地が終わって、両側に樹木が生い茂る坂道を降っていきます。 3分ほど降って民家が建ち並ぶようになると、信号機のある交差点に出ます。 左右に通っているのは県道214号になります。 交差点の右側には園芸店があって、綺麗な花の鉢植えなどが沢山売られていました。 その隣にはコンビニがありました。
庚申堂(こうしんどう)バス停
交差点の左側すぐの所に庚申堂バス停があります。 山道から水道施設の脇の舗装路に降り立ってから30分ほどで到着しました。
三浦海岸駅(京浜急行久里浜線)まで、三浦海岸駅行きバスにて5分、1時間に1本から2本程度の便があります。
バス停の横には、その名前の由来に関連すると思われる石碑が幾つも並んでいました。 「猿田彦大神」「青面金剛」「庚申塔」「馬頭観世音菩薩」などと刻まていて、 「寛政十戌午年」「文政十二丑年」の文字もあったので、江戸時代の後期に建立された石碑のようでした。 かつては「庚申堂」と呼ばれるお堂があったのかも知れませんが、 それらしい建物は見かけませんでした。