大戸緑地
散策:2009年03月上旬
【低山ハイク】 大戸緑地
概 要 大戸緑地は城山湖の北側に広がる町田市の緑地で、南側は相模原市と、北側は八王子市と接しています。 今回は大戸緑地の尾根道に設定されているハイキングコースを通って草戸峠へと登っていきます。 草戸峠からは北側へ続く「かたらいの路 高尾-大戸コース」の途中から分かれて、 初沢川の東側に続く尾根道を歩いていきます。
起 点 町田市 上大戸バス停
終 点 八王子市 高尾駅
ルート 上大戸バス停…大戸観音堂…雨乞い場の碑…権現平…段木入のおか…青少年センター分岐…境川源流分岐…草戸峠…梅ノ木平分岐…かたらいの路分岐…342.9m峰…37番鉄塔…305m峰…290m峰…展望地…高尾紅葉台…初沢山…高尾天神社…御衣公園…高尾駅
所要時間 4時間10分
歩いて... 大戸緑地から草戸峠を経て高尾紅葉台へと続く今回のルートは、 それほどの急坂もなくて明瞭で歩き易い道になっていました。 道に沿って有刺鉄線柵が長い間続くのさえ我慢すれば、雰囲気のいい道になっています。 この時は冬枯れの季節で殺風景でしたが、新緑や紅葉の季節には綺麗な眺めになるのだろうと思われます。
関連メモ 草戸山, 三井水源林, 東高尾山稜, 草戸山, 草戸山
コース紹介
上大戸(かみおおと)バス停
橋本駅(JR横浜線)の北口から、[橋16][橋25]大戸行きバスにて23分、 1時間に1本から2本程度の便があります。
 土曜 6:59 7:39 8:19 8:59 9:44 10:24 11:04 11:44...
 日曜 6:59 7:39 8:19 8:59 9:34 10:14 10:54 11:34...
今回は大戸緑地ハイキングコースの尾根道から、 雨乞い場の碑や段木入のおかなどに立寄りながら、権現平を経て草戸峠へと登っていきます。 東京都のホームページに大戸緑地ハイキングコースの地図が載っているので、 印刷して持参すると参考になります。
大戸観音堂
大戸緑地へはバス停の先へ進んでいくのですが、 50mほど戻った所に大戸観音堂があるので、ちょっと立寄っていきました。 入り口には山門と鐘楼とが一体化して二階建てのようになったものがあります。 「大戸の晩鐘」として「八王子八景」にも選ばれているようです。 傍には町田市の名木百選や保護樹木に指定されているイチョウの老大木があります。
町田の民話と伝承 大戸の地名
大戸は元禄3年(1690)から多摩郡横山之庄「上相原村」が村名であったが、 土地の人は通称「大戸」と呼び、通称の方が近郷に知られていたので、 大戸の呼び名は上相原村の屋号とも言える。 『大戸踏み切り8時半 貨車がすぎます 走ります』と誰が読んだか、 現在の町田街道はそのころ大戸往還と呼ばれたのである。 この街道が、古くは鶴間から分岐して、秩父、高崎方面に向う「鎌倉街道山之道」と言われ、 この場所から山路への入り口であり、また、横山之庄の相州口として大木戸番所が置かれたと伝えられ、 大木戸をいつしか「大戸」と呼ぶようになった。 この番所のかたわらに「了心庵」と言う草庵があり、 後に八王子市山田の雲津院の末寺で「祐照庵」と呼ばれた。 境内に観音堂が創立されたのが慶長元年(1596)で、 当時から大戸の観音様と呼ばれ、門前には旅人宿や居酒屋が立ち並んで賑わい、 鐘楼は八王子八景の景勝の地として「大戸の晩鐘」とうたわれている。
大戸の晩鐘 夕かすみ たつや大戸の 鐘の音に 妻木を負ふて 帰る里人
町田の民話と伝承第一集・町田市文化財保護審議会編から
 (町田市教育委員会)
八王子八景 大戸の晩鐘
 武相経界 古霊蹤 高遍諸天 響晩鐘 音響寥々 獅吼似 回頭瞹々 白雲重
和歌 夕かすみ たつや大戸の かねの音に つま木を負ふて かへるさとひと
町田市指定 保護樹木No.3 イチョウ
樹高11.5m 幹周り4.8m
このイチョウは、数度にわたる落雷、台風を一身に受け、観音堂を守り続けてきました。 しかし、その傷跡も年とともにいえ、徐々に雄大な昔の姿を取り戻しつつあります。
町田市 名木百選No.4 イチョウ
本樹は尊い自然の財産であり文化財です。 大切に保存しましょう。
 (町田市/町田市花とみどりの会)
大戸観音堂で7分ほど費やしてから上大戸バス停へ戻り、車道をその先へ進んでいきます。 右手へ分れていく路地を見送っていくと、カーブミラーの設置されたT字路があります。 手前には「春蘭の会」の花壇があり、向い側には赤い色をした自動販売機があります。 ここを右折して、住宅地に続く道を進んでいきます。
大戸の町を花でかざろう! 春蘭の会
私たちは、大地沢青少年センター入口の花壇造り活動で、大戸町内の地域コミュニケーション活性化と 地球環境の創出・保全を目指しています。
 (大戸やまぶき会(春蘭の会))
住宅地に続く広い舗装路を進んでいきます。 2分ほど進んで少し登り坂になってくると、道が二手に分かれています。 道標類は見かけませんでしたが、ガードレールの角に「IDACA」と書かれた板が取り付けられていて、 左の道を指していました。 手元の地図によると、正面から右へ曲がっていく道は、農協中央協同組合学園へ続いているようなので、 ここは左に分れていく坂道を登っていきます。
すぐに分かることになりますが、「IDACA」とは「アジア農業協同組合振興機関」のことのようです。
IDACA:the institude for the development of agriculture cooperation in asia.
大戸緑地ハイキングコース入口
程なくして、左側の志村記念体育館や右側の白い建物を過ぎて、左手へ曲がっていきます。 緩やかになってくると、左手には荷見記念館やアジア農業協同組合振興機関の建物があります。 それらの入口を過ぎていくと、広い舗装路は終わりになります。 ここが大戸緑地ハイキングコースの入口になります。 上大戸バス停から8分ほどで到着しました。 この辺りに案内板などが設置されていても良さそうに思えますが、それらしいものは見かけませんでした。
植林帯の縁に沿って、広めの土の道が続いていました。 小型車なら通っていけるだけの道幅があって、緩やかで歩き易い道になっていました。 僅かな登り降りはあるものの、快適に進んでいくことが出来ます。 程なくして植林帯が終わって雑木林の尾根になります。 入口から3分ほど進んでいくと、道端に家具や自動車などが不法投棄されている所がありました。 更に1分ほど進んで僅かな高みへさしかかると細い道が右へ分れていきますが、 広めの道をそのまま進んでいきます。 大戸緑地ハイキングコースの入口から7分ほど進んでいくと、 道が少し広がった所で広めの道は終わって、細めの山道に変わってきます。 その入口には細木などが生い茂っていて、先行きが不安になったりもしますが、 すぐに広めの山道になってきます。
雨乞の碑分岐
傾斜もそれ程なくて歩き易い尾根道を2分ほど進んで登り坂になってくると、 道が二手に分かれています。 角の樹木に取り付けられた道標によると、左手の道は「雨乞の碑」となっています。 手元の地形図によると、正面の高みは272m峰の南東300m辺りにある標高260mほどの高みになるようです。 正面へ登っていく道には何も示されてはいませんが、権現平へは正面の道になります。 今回は権現平へ向う前に、雨乞の碑へ立寄っていくことにしました。
正面の高みを左手から巻くようにして続く道を1分ほど進んでいくと、左右に通る道に出ました。 正面の樹木に先ほどと同じような道標「雨乞の碑」が取り付けられていて、左手の道を指していました。 右手から来る道は、高みを向こう側から巻いてくる道になります。 道の中ほどには矢印が書かれた短い杭が設置されていて、ペンキで「K1」と書き込まれていました。 ここは道標に従って、左手へ続く緩やかで広めの道を進んでいきます。
雨乞い場の碑
緩やかで広めの尾根道を進んでいきます。 境界などを示しているのでしょうか、先ほどと同様の短い杭が点々と設置されていました。 道端に生える樹木にはその名前を記した札が取り付けられていたりもします。 そんな快適な道を4分ほど進んでいくと、「雨乞い場の碑」のある高台に着きました。
雨乞い場の碑
旱天が続き作物が被害を受けると、部落総出で氏神等に降雨の祈りをささげるのが習慣となっていた。 その由来は詳らかでないが、遠い昔からこの_田の山頂が雨乞い場に使われ、 戦後の昭和22年頃の雨乞いがその最後であった。 この年は日照りが続き田に水が無く、作物は枯死寸前であった。 大戸の八雲神社のお祭りの前日7月31日、部落の人々が此処に集り、火を焚き神官にのりとをあげてもらい、 大戸の観音様から借りてきた大きな鐘をたたき、焚火の周りを回りながら雨乞いの歌をうたい、 降雨の祈りをささげた。 因にこの地方では雨乞いの行事として高尾山に行き、護摩を焚いてもらったり、 八王子市寺田榛名神社にある池の霊水を持って帰り田畑にまいたりした。
雨乞いの歌
東に黒雲おったった 西に雨雲回わるとさ 南に雷出たとさ 北に回ると雨降るとさ
(「_田」の"_"の字は、"刃"の下に"一"と書きます)
雨乞い場の碑のある高台の正面には街並みが広がっていました。 手前に並んだ建物は法政大学でしょうか。 その奥に見えている高いビル群は橋本駅の辺りでしょうか。 高台にはベンチが幾つか設置されていて、ひと休みしていくのに良い所です。 ここから東側へ道が続いていて、若宮八幡宮方面へ降りていかれるようでした。
先ほどの「雨乞い碑」の道標のある分岐まで引き返していきます。 高みの巻き道になっている左手の道を1分ほど進んでいくと、高みを越えて降ってくる尾根道に出ました。 正面には道標が立っていて、左手の道は「権現平」、右手の道は「JA中央学園」となっています。 ここは権現平を目指して左手に続く尾根道を進んでいきます。
雑木林に続く広めの尾根道を進んでいくと、植林帯へ入っていきます。 僅かな登り降りはあるものの、引き続き、歩き易い道が続いています。 分岐から2分半ほど進んでいくと緩やかな高みに着きました。 頭を赤く塗られた黄色い標柱「境界点標示」が立っていました。 その袂には頭を赤く塗られた短い黒い杭もあって「K45」と書き込まれていました。 手元の地形図によると、272m峰の南南東200m辺りにある標高260mほどの高みになるようです。 ここから左手にも緩やかな尾根が続いていましたが、 少し右へ曲がって降っていく道を進んでいきます。
権現平 (標高272m)
馬の背のような尾根を降っていくと、再び黄色い標柱「境界点標示」が立っています。 そこを過ぎて、植林帯と雑木林を分ける尾根を登っていくと、緩やかな高みに着きました。 雨乞い場の碑から12分ほど、大戸緑地ハイキングコース入口から35分ほどで到着しました。 ここで道が二手に分かれています。 中ほどに立つ道標によると、右手の道は「恋地・町田街道」、 左手の道は「草戸峠」、今来た道は「雨乞い碑」となっていました。 また、右手の道は「館ヶ丘」、左手の道は「青少年センター」、 今来た道には「若宮八幡宮」とも書き込まれていました。 この場所を示す文字は見かけませんでしたが、前後の関係からすると、 地形図にある272m峰権現平になるようです。 周囲は雑木林になっていて、展望はあまり良くありません。 今回は草戸峠へ向けて左手の道を進んでいきます。
右側に有刺鉄線柵が続くようになった尾根道を進んでいきます。 この尾根の北側一帯は拓殖大学の敷地になっているようで、 「あぶないからはいってはいけません 立入禁止」と 書かれた板が柵に取り付けられています。 この尾根は町田市と八王子市の市境にもなっていて、境界杭が点々と設置されています。 緩やかな高みに着いて、左手へと降っていきます。 僅かな登り降りはあるものの、引き続き、広めで歩き易い道が続いています。
有刺鉄線柵はこの先の高尾紅葉台の手前まで続いています。 拓殖大学の敷地を取り巻くように設置されているようでした。
段木入のおか分岐
少し降ってから緩やかな高みを越えていきます。 引き続き、有刺鉄線柵が続く広めの尾根道を進んでいきます。 僅かな鞍部に着いて登り返していくと、権現平から8分ほどで分岐があります。 中ほどに立つ道標によると、正面の道は「草戸峠」、左手の道は「段木入のおか」、 今来た道は「権現平」となっています。 また、左手の道は「見晴し良し ベンチアリ」とも書き込まれていました。 草戸峠へは正面の道を進んでいくのですが、ここでも段木入のおかへ立寄っていくことにしました。
段木入のおか
植林帯と雑木林を分ける尾根を進んで、最後に少し登っていくと、1分ほどで高台に着きます。 場所を示すような標識類は見かけませんでしたが、ここが段木入のおかになるようです。
正面には街並みを一望できる眺めが広がっていました。 新宿辺りでしょうか、東北東の奥の方には高層ビル群が見えていました。 南東側には先ほどの雨乞い場の碑のある高台から見えていて橋本駅付近と思われるビル群も見えていました。 ここにもベンチが幾つか設置されていて、ひと休みしていくのに良い所です。 写真を撮ったりしながら、しばらく休憩していきました。
青少年センター分岐
先ほどの分岐まで引き返して、道標「草戸峠」に従って、尾根道を進んでいきます。 引き続き、広くて歩き易い道が続いています。 境界杭などを確認しながら、軽い登り降りを繰り返しながら進んでいくと、 段木入のおかから10分ほどで、道標が幾つか設置された僅かな高みに着きます。 手元の地形図よると、草戸峠の東北東500m辺りにある標高310mほどの高みになるようです。 ここで道が二手に分かれています。 それらの道標によると、右手の道は「草戸峠 徒歩20分」、 左手の道は「青少年センター・大戸」、今来た道は「町田街道 徒歩25分」となっています。 左手から登ってきて草戸峠へ至る道は「大地沢周回コース」にもなっているようです。 ここは道標「草戸峠」に従って、右手の尾根道を進んでいきます。
次第に登り坂が続くようになってきます。 これまでは僅かな登り降りでしたが、この辺りから少し険しくなってきます。 しかし息が切れてしまうほどではなくて、広めで歩き易い道が続いています。 左右の樹間から見える山並みを眺めながら進んでいきます。 青少年センター分岐から7分ほど進んでいくと、緩やかな高みに着きます。 手元の地形図によると、草戸峠の北東300m辺りにある標高340mほどの高みになるようです。
境川源流分岐
高みを越えて、植林帯の尾根に続く道を降っていきます。 2分半ほど降って鞍部に着くと、抉れた所に続く道が左手へと分かれていきます。 周囲には幾つか道標が立っていて、正面へ登っていく道は「草戸峠」、 左手の道は「青少年センター近道・境川源流方面」、今来た道は「青少年センター」となっています。 正面に続く道を登り返していくと、すぐの所にも道標が立っていて、 正面の道は「草戸峠」、今来た道は「青少年センター・大戸」となっていました。
後日に左手の道を歩きました。(「草戸山」を参照)
火の用心
 (町田消防署、町田防火協会)
草戸峠
植林帯の尾根に続く道を登っていきます。 道は広めでしっかりとしていました。 3分ほど登っていって上の方が明るくなってくると、太いトラロープが張られていますが、 それ程必要な感じではありませんでした。 傾斜が増してきた尾根道を1分ほど登っていくと、 左右に通る緩やかな尾根にある草戸峠に登り着きました。 段木入のおかから27分ほど、権現平から47分ほどで到着しました。 手元の地形図によると、364m峰(草戸山)の北300m辺りにある標高320mほどの地点になるようです。
峠には真新しい道標が設置されていて、左手の道は「草戸山」、 右手の道は「高尾」、今来た道は「青少年センター」となって、支柱には「草戸峠」と書かれています。 また、古びた道標もあって、 左手の道は「草戸山・榎窪山」、右手の道は「四辻・高尾駅」、 今来た道は「大地沢青少年センター・大戸」となっていました。 正面には稲荷山コースのある尾根の奥に高尾山が広がっています。 右手の奥の方には高そうな稜線が横たわっていました。 大岳山へと続く尾根でしょうか、それとも秩父の山々でしょうか。 ベンチも設置されているので、そんな景色を眺めながらひと休みしていきました。
眺めを楽しんだら、道標「四辻・高尾駅」に従って、右手に続く横木の階段を降っていきます。 トラロープが張られていたりもしますが、それほど必要な感じはありませんでした。 程なくすると緩やかになった尾根道になります。 この尾根道は「かたらいの路 高尾-大沢コース」になっていて、 四辻を経て高尾駅の近くまで続いています。 大きなモミの木が数本生える所を過ぎていきます。 右側には再び有刺鉄線柵が続くようになり、「立入禁止」の板も点々と取り付けられています。 草戸峠から2分ほど進んでいくと、右手の小さな高みへ登っていく道と、その巻き道に分かれています。 どちらの道を進んでも少し先で合流します。 高みには林野庁の境界見出標があるだけで、展望は得られません。
梅ノ木平分岐
分かれた道を合わせて幅が広がって歩き易くなった尾根道を進んでいくと、 大きなモミの木の袂から左手へと道が分かれて降っていきます。 草戸峠から3分ほどの所になります。 角には道標が立っていて、正面の道は「高尾山口駅」、左手の道は「梅ノ木平」、 今来た道は「三沢峠」となっています。 また古びた道標も立っていて、今来た道は「本沢ダム・峰の薬師」となっています。 左手の道は関東ふれあいの道「峰の薬師へのみち」や「湖のみち」にもなっている 榎窪川沿いの道へ降りていけますが、今回は正面に続く道を進んでいきます。
(左手の道は「三井水源林」を参照)
かたらいの路分岐
引き続き、広くて歩き易い尾根道が続いています。 草戸峠から5分ほど進んでいくと、緩やかな高みを過ぎていきます。 手元の地形図によると、草戸峠の北北東250m辺りにある標高340mほどの高みになるようです。 高みを越えて緩やかな尾根道を更に進んでいきます。 やがて少し登るようになると、草戸峠から12分ほどで、分岐のある高みに着きました。 手元の地形図によると、草戸峠の北北東550m辺りにある標高340mほどの高みになるようです。 中ほどにある赤く塗られた短い杭の側面には、 「武蔵国南多摩郡」や 「浅川村上椚田」の文字が刻まれていていました。 道標類も幾つか設置されていて、左手へ降っていく道は「高尾山口駅」、 今来た道は「三沢峠」,「草戸峠」,「本沢ダム・峰の薬師」、 正面に続く道は「高尾紅葉台団地・初沢城跡」となっていました。 四辻を経て高尾山口駅や高尾駅へと続く「かたらいの路」は左手の道になりますが、 今回はここから正面に続く道へ入り、高尾紅葉台へと続く尾根道を歩いていきます。
(左手の道は「草戸山」, 「東高尾山稜」, 「草戸山」を参照)
342.9m峰
引き続き、右側に有刺鉄線柵が続く緩やかな尾根道を進んでいきます。 少し右へ曲がって僅かに降ってから登り返していくと、 先ほどの分岐から2分ほどで、四等三角点が設置された僅かな高みに着きました。 手元の地形図にある342.9m峰になるようです。 周りは樹木に囲まれていて展望は得られません。 道はここで左へ曲がって、その先へと更に続いています。
四等三角点
基本測量。大切にしましょう三角点。
 (国土地理院)
342.9m峰から左手へ曲がっていく尾根道を進んでいきます。 この道は、初沢川の東側に続く尾根道になります。 緩やかに1分ほど降っていくと降り傾斜が少し増してきますが、1分ほどで緩やかな鞍部に着きます。 引き続き、しっかりとして分かり易い道が続いています。 軽い登り降りが続く道を進んでいくと、342.9m峰から5分ほどで、植林帯を降るようになります。 植林帯が終わると、僅かな高みを越えていきます。
37番鉄塔
馬の背のような尾根を進むようになると、 送電線の鉄塔「八王子大月線 八-上37号」が立つ高みに着きました。 342.9m峰から9分ほど、草戸峠から27分ほどで到着しました。 手元の地形図によると、342.9m峰の北北東350m辺りにある標高300mほどの高みになるようです。 鉄塔の下には草木が生えておらず、明るい雰囲気になっていました。 左右の樹木が少し低くなってはいるものの、展望はあまり良くありません。 お昼にはまだ時間がありましたが、この先に昼食を摂れる所はなさそうに思えたので、 ここで昼食タイムにしました。
八-上37号 お願い
この送電線は、6万6千ボルトの高電圧です。 下記の事柄について御連絡下さい。
1.送電線の附近に建造物を建てられるとき。
2.送電線に接近して作業をされるとき。
3.送電線の附近で火災がおきたとき。
 (武蔵境給電メンテナンスセンター、中央給電指令)
305m峰
お腹も満ちたところで、鉄塔の下からその先へ続く尾根道を進んでいきます。 馬の背のようになった雑木林の尾根道を緩やかに降っていきます。 「自然を守ろう 山火事注意」の標柱の立つ鞍部に着いて登り返していきます。 軽い登り降りはあるものの、引き続き右側に続く有刺鉄線柵さえ気にしなければ、 広めで快適な尾根道が続いています。 緩やかな高みを過ぎていきます。 左手の樹間からは高尾山が見えたりもします。 やがて軽い登りが続くようになると、37番鉄塔から10分ほどで、緩やかな高みを過ぎていきます。 傾斜は緩やかになっていて、どこが頂上なのかはよく分かりませんでしたが、 この辺りが手元の地形図にある305m峰になるようです。 右前方には黄緑色をしたコートや建物が見えていました。 拓殖大学の八王子キャンパスのようでした。
引き続き、広めでしっかりとした尾根道が続いています。 僅かな登り降りを繰り返しながら、雑木林の尾根道を進んでいきます。 植林帯の縁に沿って軽く登っていくと、305m峰から9分ほどで僅かな高みに着きます。 手元の地形図によると、305m峰の北350m辺りにある標高290mほどの高みになるようです。 高みを過ぎて降っていくと、縦板の階段が現れますが、歩き難くはありません。
浅い鞍部に着いてその先へと緩やかに登っていきます。 小さな高みを越えて雑木林になってきた尾根道を進んでいきます。 290mほどの高みから5分ほど進んで登り始めるようになると、先ほどと同じような縦板の階段が現れます。 トラロープが張られていたりもしますが、それ程必要な感じはありませんでした。
290m峰
縦板の階段を登ってその先へと進んでいきます。 軽く登り降りを繰り返しながら進んでいくと、 先ほどの305m峰から16分ほどで、緩やかになった高みに着きました。 傾斜は僅かしかなくて、どこが頂上なのかはよく分かりませんでしたが、 この辺りが手元の地形図にある290m峰になるようです。 暫く続く緩やかな高みを進んでいくと、先ほどから見かけている縦板の階段を降るようになります。
展望地
階段が終わって緩やかになった尾根道を進んでいくと、急に目の前が開けた所に出ました。 標高は低いながらも展望地のようになっていました。 正面の崖の先には館ヶ丘団地が広がり、奥の方には新宿方面と思われる高層ビル群も見えていました。 右手の方には橋本駅の辺りと思われるビル群も頭を覗かせていました。 そんな景色を眺めながら、ひと休みしていきました。 ここで道が左右に分かれています。 道標だったと思われる板が落ちていましたが、文字は判読できませんでした。 どちらへ進んだものか迷う所ですが、手元の地図を参照して、左手へと降っていきました。
すぐにトラロープが張られた狭い道になります。 細い尾根に付けられた縦板の階段を2分ほど降っていくと、緩やかな道になってきます。 左手には高尾霊園が続いていました。左側に有刺鉄線柵が続く細い尾根道を進んでいきます。 右手の前方にはこんもりとした初沢山が見えていて、右下すぐの所には公園が続いていました。
高尾紅葉台
有刺鉄線柵に沿って真っ直ぐに進んでいきます。 突き当たりから右手へ曲がっていく横木の階段を降っていきます。 生垣のような所を抜けていくと住宅地に降り立ちました。 手元の地図によると、この住宅地は高尾紅葉台というようです。 先ほどの展望地から4分ほど、37番鉄塔から35分ほどで降りて来られました。 出口の樹木には「城山湖・峯の薬師登山道」と書かれた標識が括り付けられていました。 今回歩いてきた初沢川の東側に続く尾根道は、ハイキングコースとして認知された道のようでした。 それほど急な坂もなくて、広めでしっかりとした道が続いていました。
(写真は道路に出てから振り返って写したものです)
団地の縁に沿って続く舗装路を左手へ進んでいくと、広めの二車線道路に出ます。 紅葉台循環バスの初音台公園入口バス停を過ぎていくと、道路は右へと曲がっていきます。 その角から分かれて正面へ降っていく道に入っていきます。 降り始めてすぐに右手へ分れていく道があります。 その道に入っていくと初音台公園があります。 公園を過ぎて住宅地の中を真っ直ぐ進んで山際まで来ると、左右に通る道路の先に坂道があります。 この坂道を登っていきます。
右前方へ続く坂道を登っていくと、尾根筋に出ます。 その角から土の道が右手へ分かれていきますが、左手へ曲がっていく舗装路を進んでいきます。 程なくして傾斜が緩やかになってくると土の道に変わってきますが、広くて歩き易い道になっていました。 振り返ると、高尾紅葉台の住宅地の向こうには、今歩いてきた尾根が横たわっていました。 左手に鉄製の階段が現れると、右手の山際に、東京都水道局の初沢配水所の大きなタンクがあります。 配水所を囲む柵に沿って進んでいくと、柵は右手へと曲がっていきます。 道は正面へと更に続いていますが、柵に沿っても道らしいものが続いていました。 今回は尾根の背から一段低い所に続く正面の道を進んでいきました。
初沢山 (標高294m)
道幅が少し狭まってきますが、普通の山道よりもずっと広くなっています。 そんな道を緩やかに登っていくと高台に着きました。 右側の一段高い所には「初沢城跡」と書かれた標柱が立っていて、その脇には三等三角点もありました。 この初沢城跡のある高みが初沢山になるようです。 高尾紅葉台に降り立った所から12分ほどで到着しました。 周りにはベンチが幾つか設置されていて、ひと休みするのに良さそうな所になっていました。
初沢山の標高は、地形図では294mとなっていますが、ここの案内板では300mとなっていました。
初沢山の南西側が開けていて、丹沢の山並みを一望することが出来ました。 ここから見える山々の名前と標高を記した案内板も設置されているので、 それを参考にしながら、休憩も兼ねて暫く景色を眺めていきました。
丹沢山塊
大山1252m 仏果山747m 三ノ塔1205m 高幡山846m 丹沢山1567m 棚沢ノ頭1604m 蛭ヶ岳1673m 三ッ峰1345m 袖平山1432m 焼山1060m 高尾山600m 大室山1586m
仏果山に立っている一番左の塔は展望台で高さ13mあります。
焼山には肉眼では見えにくいのですがラセン階段の展望台が立っています。
「初沢城跡」の標柱の立つ一段高い所から引き返すようにして続く尾根道を降っていきます。 登ってきたのとは別の道で、先ほどの配水所の所まで続いているように思えました。 初沢山から降り始めると、すぐに左手へ戻るようにして道が分かれていきます。 道標類は見かけませんでしたが、高尾駅へはその左手の道を降っていきます。 斜面を横切って、その先の横木の階段を降っていきます。 階段が終わって坂道を降っていくと、初沢山から4分ほどで左右に通る道に降り立ちます。 脇の樹木には道標が取り付けられていて、今降ってきた道は「初沢山頂へ」となっていました。 道なりに右手正面へ続く広い尾根道を進んでいくと、すぐに道が二手に分かれています。 道標類は見かけなかったので試しに両方歩いてみたところ、 右手の高みを越えていく道と、その高みを左手から巻いていく道になっていました。 どちらの道を進んでいっても、高みの下の方で合流します。
高尾天神社
尾根道と巻き道が合流した所のすぐ先で、再び道が二手に分かれていました。 今来た道を指す「初沢山頂へ」という道標以外に道標類は見かけませんでしたが、 今回は左手へ続く降り気味の道を進んでいきました。 雑木林の斜面に続く広い道を緩やかに降っていくと、高尾天神社の裏手に出ました。 分岐道を確かめた時間も含めて、初沢山から10分ほどで降りて来られました。 境内には白梅や紅梅が花を咲かせていて綺麗な眺めでした。 また二宮尊徳像もありました。 正面へ回り込んでいくと、「高尾天神社」の扁額が掛かる社殿の屋根には5本の鰹木が乗っていました。 神社の由緒書きのようなものは見かけませんでした。
社殿の前に並ぶ石燈籠を過ぎて鳥居をくぐっていくと、右手に特大の菅原道真の銅像が立っていました。 銅像の身長は4.85mで、台石も含めた総高さは14.5mあるのだそうです。
菅原道真公銅像の説明
制作者 渡辺長男氏、 鋳造 昭和5年9月、 安置奉安 昭和11年12月、 正面石段 巾3米64 93段、
銅像の身長 4米85(束帯立像)、 銅像の重さ6,000瓩、 台石の高さ 7米88
 (財団法人高尾山自然公園協会)
菅原道真公尊像建立之趣意
菅公、菅原道真公は我国の文神として昔から崇敬され、全國に天満宮、天神様として祀られ親しまれて来た。吾國の近代史 の中で大正の15年は比較的平穏で文化旺盛な期間であった。この時文神菅公像の建設計画が起った事は偶然ではなかった。 然し此の像が完成に到る迄には幾多の波乱が重なり、恰も菅公御自身の悲運にも似た半世紀にわたる経緯があった。 …(以下略)…
菅公像規模
銅像身長4.8米 台座0.6米 飾刀2.7米 浅履0.9米 総重量6.4瓲 台石高さ7.5米 台座幅2.1米
総高さ14.5米 玉垣四方18米 石段幅3.6米 石段段数93段
 (財団法人 高尾山自然公園協会)
御衣公園
菅原道真の銅像の正面に続く石段を降っていきます。 右手の「故郷の森」を眺めながら、93段あるという石段を降り切ると、 正面には池や広場があり、右手の奥には黄色い大きな高尾みころも霊堂があります。 手元の地図によると、初沢山から高尾天神社にかけての尾根の東側に広がるこの一帯は御衣公園というようです。 高尾駅へは石段を降りて左手へと進んでいきます。
故郷の森
この「故郷の森」は高尾みころも霊堂に全國から奉安されている尊い御霊をお慰めし、ご冥福をお祈りするため、 各都道府県の県木を植樹いたしました。
御霊よ 故郷の緑に囲まれて 安らかにお眠りください
 (財団法人産業殉職者霊堂奉賛会)
高尾(たかお)駅
民家を過ぎて降っていくと道路に降り立ちます。 筝曲稽古所にもなっている正面の民家の左手に続く路地へ入って、真っ直ぐに進んでいきます。 浅川小学校の横を過ぎていくと車道に出ます。 右折して車道を進んでいきます。 市立浅川小学校交差点を直進して、次の信号を左折するとバスターミナルがあります。 線路の下をくぐって左手へ進んでいくと、高尾駅(JR中央線、京王高尾線)があります。 高尾天神社から20分ほどで到着しました。
バスターミナルには「かたらいの路 高尾-大戸コース案内図」が設置されていました。 高尾駅から初沢川の西側に続く尾根を通って草戸峠や草戸山へ登り、 そこから大地沢林道を経て大戸バス停まで続くコースが紹介されていました。