鎌倉アルプス
散策:2009年01月上旬
【低山ハイク】 鎌倉アルプス
概 要 鎌倉アルプスは、鎌倉の街を取り巻くように聳える標高150mほどの山々です。 そこに隣接するように横浜市民の森もいくつかあります。 今回は天園から南西に伸びる尾根を通って二階堂川の源流に降り立ち、 北西へと続く尾根を登って天園ハイキングコースに出るルートを歩きます。
起 点 鎌倉市 大塔宮バス停
終 点 鎌倉市 半僧坊下バス停
ルート 大塔宮バス停…鎌倉宮…永福寺跡…登り口…明王院分岐…やぐら群…22番鉄塔…貝吹地蔵…天台山…X字路…見晴台…天園峠の茶屋…X字路…24番鉄塔…二階堂川…登り口…16番鉄塔…鷲峰山…覚園寺分岐…今泉台六丁目公園…緑道…半僧坊下バス停
所要時間 2時間40分
歩いて... 天園から南西に伸びる尾根を通って二階堂川の源流に降りる道は送電線の巡視路になっているのか、 広くてしっかりとした道になっていました。 一方、二階堂川から北西の尾根を登っていく道は、笹やアオキなどが生い茂っている所もかなりあって、 あまり歩かれていない道のようでした。
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相武尾根
コース紹介
大塔宮(だいとうのみや)バス停
鎌倉駅(JR横須賀線)の東口から、[鎌20]大塔宮行きバスにて7分、1時間に4本程度の便があります。
鎌倉宮
大塔宮バス停の傍に鎌倉宮があるので、お参りをしていきましょう。 広い境内の奥の石段を登っていくと、鳥居をくぐった先に社殿があります。 本殿は拝殿の奥の方に見えていて、かなりの距離があるようでした。 何だか厳かな雰囲気が漂っていました。 この時は新年とあって、破魔矢やお御籤などを求める人達を多く見かけました。
鎌倉宮
後醍醐天皇の皇子である護良親王を祭神とする神社です。 護良親王は、後醍醐天皇の鎌倉幕府倒幕の動きに呼応して幕府軍と戦うなど、貢献しました。 幕府が滅亡し天皇親政が復活(建武の新政)すると征夷大将軍に任じられましたが、 その後足利尊氏と対立して捕らえられ、28歳で非業の最期と遂げました。 社殿の後ろ手に残る土牢がは親王最後の地と伝えられています。 10月には境内で薪能が催されます。
三浦半島八景 大塔(鎌倉宮)の夜雨
「三浦半島八景」は、神奈川県が三浦半島地区の4市1町と協働して、 この地域の"うるおい","にぎわい"づくりをめざし、 半島をぐるっとまわれるような新たな「八景」をつくるため「三浦半島八景」選定委員会を設置し、 県民の皆様のご意見を参考に平成13年11月に選定したものです。
・大塔(鎌倉宮)の夜雨
・灯台(燈明堂)の帰帆
・大佛の秋月
・長者ヶ崎の夕照
・神武寺の晩鐘
・猿島の晴嵐
・城ヶ島の落雁
・建長寺の暮雪
「八景」の考え方は15世紀に中国から日本に移入されました。 「近江八景」や「金沢八景」が有名ですが、 三浦半島地域でもこれまでにたくさんの「八景」が残されています。 伝統的な「八景」は次の八つの景色を基本形につくられ、 それぞれ次のような情景を表わすのではないかと言われています。
・夜雨:水辺の夜の雨
・帰帆:港に帰る漁船
・秋月:水辺に映える秋の月
・夕照:夕日に照らされた遠くの山
・晩鐘:山寺の晩鐘
・晴嵐:朝もやに煙る松林
・落雁:干潟に降り立つ雁の群れ
・暮雪:夕暮れの雪景色
 (神奈川県横須賀三浦地区県政総合センター)
永福寺跡
参拝者休憩所の右手から鎌倉宮を出ていきます。 小径に出て左手へと進んでいきます。 鎌倉宮カントリークラブ入口やテニスコートを過ぎていくと、 永福寺跡(ようふくじ)の解説板が立っています。 そのすぐ先で道が二手に分かれています。 角に立つ道標によると、正面に架かる通玄橋を渡っていく道は「瑞泉寺400m」、 今来た道は「鎌倉宮400m」となっていて、 左手へ曲がって二階堂川沿いに進んでいく道は何も示されていません。 左手の道は獅子舞地区を経て天園へ登っていけますが、 今回は通玄橋を渡って瑞泉寺方面へと向かっていきます。
国指定史跡 永福寺跡
永福寺は源頼朝が建立した寺院で、源義経や藤原泰衡をはじめ奥州合戦の戦没者の慰霊のため、 荘厳なさまに感激した平泉の二階大堂大長寿院を模して建久3年(1192)、工事に着手しました。 鎌倉市では、史跡の整備に向けて昭和56年から発掘調査を行い、 中心部の堂と大きな池を廃した庭園の跡を確認しました。 堂は二階堂を中心に左右対称で、北側に薬師堂、南側に阿弥陀堂の両脇堂が配され、 東を正面にした全長が南北130メートルに及ぶ伽藍で、 前面には南北100メートル以上ある池が造られていました。 市では昭和42年度から土地の買収を行っており、今後は史跡公園としての整備事業も進めていく予定です。
永福寺舊蹟
永福寺世ニ二階堂ト称ス今ニ二階堂ナル地名 アルハ是ガタメナリ文治五年頼朝奥州ヨリ凱 旋スルヤ彼ノ地大長寿院ノ二階堂ニ擬シテ之 ヲ建立ス輪奐荘厳洵ニ無双ノ大伽藍タリキト 云ふ亨徳年間関東官領ノ没落セル頃ヨリ後全 ク頽廃ス
 (鎌倉町青年會)
通玄橋を渡って、山際に続く緩やかな坂道を2分ほど進んでいくと、 道端に石仏と「三社大権現」と刻まれた石碑が佇んでいて、 その脇には「荏柄天神社旅所」と書かれた立て札がありました。 そこを過ぎていくと道が三方に分かれています。 正面の道の脇には「関東十刹第二 錦屏山瑞泉寺」と刻まれた石柱が立っています。 また「瑞泉寺 車両直進」と書かれた看板も立っていました。 正面の道と右手の道はいずれも瑞泉寺へと続いていますが、今回は正面の道を進んでいきました。
登り口
切通しのような所に続く坂道を真っ直ぐ登っていくと、正面に「瑞泉寺」の表札の掛かる山門があります。 右手から登ってくる道を合わせてその先へ進んでいくと、すぐに道が右手へ分かれていきます。 鎌倉宮から10分ほどの所になります。 角には道標が立っていて、右手の道は「天園ハイキングコース入口10m」, 「覚園寺120分3.9km・建長寺110分3.7km」、 正面の道は「瑞泉寺70m」、今来た道は「鎌倉宮650m」となっています。 道標「天園ハイキングコース入口」に従って右へ曲がっていくと、 すぐに民家の脇から細い道が分かれていきます。 入口には「天園ハイキングコース」の道標が立っていて、「天園 約1.9km・建長寺 約5km」となっています。 脇には鎌倉市消防本部の設置する 「No.3 ハイキングコース内での喫煙はやめましょう」と書かれた標柱も立っています。 ここが天園ハイキングコースへの登り口になります。 民家の裏手のような所に続く幅の狭い階段を登っていきます。
縦杭になった階段を登っていくと、右手には青緑色の塀が現れます。 そこを過ぎて階段が終わると、緩やかな尾根道になってきます。 右手に鉄線柵が続く尾根を登っていくと、岩が剥き出しになった道がしばらく続きます。 そんな道も4分ほどで終わって、緩やかで歩きやすい尾根道になってきます。
明王院分岐
軽く登っていくと、小さな切通しの先で道が左右に分かれています。 角には手製の道標が立っていて、今登ってきた道は「瑞泉寺」となっていますが、 左右の道は何も示されていません。 右手へもしっかりした尾根道が続いていますが、左手へと尾根道を進んでいきます。 コンクリートブロック積みの脇のちょっとした切通しを過ぎて1分ほど進んでいくと、道が左手へと分かれています。 登り口から8分ほどの所になります。 角に立つ道標によると、正面の道は「至 明王院・浄妙寺・報国寺」、 左手の道は「天園ハイキングコース・建長寺方面」、今来た道は「瑞泉寺」となっています。 正面の道ははじめ弁天を経て明王院へ降っていけますが、今回は天園を目指して左手の道を進んでいきます。
程なくしてある十二所へ降っていく分岐道を見送って、両側に笹竹の生い茂る尾根道を進んでいきます。 ここから天園まではそれ程の傾斜もなくて、歩きやすくてしっかりとした道が続いています。 緩やかな尾根道を2分ほど進んでいくと、右手には「やぐら」が沢山ありました。 中には五輪塔が納められたものもあり、綺麗な花束が手向けられていたりもします。 この先にかけて、点々と「やぐら」が見られるようになります。
やがて抉れた感じになって左手に有刺鉄線柵が続くようになると、 明王院分岐から5分ほどの所の左手にお堂が建っています。 柵があって近づくことは出来ませんが、瑞泉寺の偏界一覧亭のようです。 その先へ進んでいくと、道が右手へ分かれていきます。 その角には、半ば土に埋まっているような石碑があります。 側面には「瑞泉寺山内 従是右 北條家御一門御…」や 「文政十二年丑正…」の文字が刻まれていました。 以前から右手の道の存在は知っていましたが、歩いたことはまだなかったので、 今回はその行く末を確かめるために立寄っていくことにしました。
やぐら群
植林帯の斜面に続く広めで緩やかな道を進んでいくと、1分もしない所の山際に、 岩を刳り貫いた「やぐら」が沢山並んでいました。 中には五輪塔のような石積みが並んでいて、綺麗な花束が手向けられていました。 尾根道にあった石碑には「従是右 北條家御一門御…」となっているので、北條一門の「やぐら群」なのでしょうか。 きちんと数えてはいませんが、やぐらは10個ほどはあったでしょうか。 道はその先にも続いていましたが、急速に踏み跡程度になっていくようでした。
22番鉄塔
尾根道まで引き返して、やぐらが幾つか並んでいる広くて緩やかな道をその先へと進んでいきます。 「歴史的風土保存用地」の大きな看板を過ぎていくと、送電線の鉄塔「北鎌倉線No.22」が立っています。 脇に細い道があったので登ってみましたが、周りは木や笹竹などが生い茂っていて展望は得られませんでした。
歴史的風土保存用地
地番 鎌倉市二階堂639-1外5筆
面積 22,094.00u
この土地は、「古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法」に基づき 歴史的風土を長く保存するため昭和54年度及び55年度に神奈川県が買い入れたところです。 歴史的風土を協力して保存しましょう。
 (神奈川県横須賀三浦地区行政センター)
22番鉄塔を過ぎていくと、鎌倉市消防本部の設置する「No.5」の標柱が立っています。 その脇から左手へ道が分かれていて、21番鉄塔・20番鉄塔を経て二階堂川の源流へ降っていけます。 その道を見送って岩盤が剥き出した道になってくると、右手の谷筋へ細い道が分かれていきます。 「お塔の窪やぐら」を経て吉沢川へ降っていく道ですが、今回はこのまま尾根道を進んでいきます。
(右手の道は「鎌倉アルプス」, 「朝比奈切通」, 「鎌倉アルプス」を参照)
(左手の道は「朝比奈切通」を参照)
貝吹地蔵
岩盤が剥き出した所を過ぎていくと、すぐに登り傾斜が増してきます。 岩盤に切られた階段を登っていくと、右手の斜面に貝吹地蔵があります。 明王院分岐から20分ほどの所になります。 この時には綺麗な花が手向けられていました。 何度も見かけている地蔵ですが、上半身しかないのでしょうか。 それとも下の部分は土に埋まっているのでしょうか。
貝吹地蔵
新田義貞の軍に攻められ(1333年)自害した北条高時の首を守りながら敗走する北条氏の部下たちを助けるため、 貝を吹き鳴らしたという。
 (瀬谷文化協会)
貝吹地蔵を過ぎていくと、岩盤を切り開いたような登り坂になった切通しがあります。 小さな切通しなので難なく過ぎていくと、緩やかな尾根道になります。 切通しが終わったすぐの所から、左手の高みへと道が分かれています。 その登り口には「No.27」と赤字で書かれた杭がありました。 天園へは広い尾根道を進んでいくのですが、この先に天台山があるので、立寄って行くことにしました。
(写真は切通しを登った所から振り返って写したものです)
天台山 (標高141.3m)
道は次第に明瞭ではなくなってきますが、 尾根の背をそのまま登っていくと、草木が刈り払われたこじんまりとした所に出ます。 尾根道から2分もしない所になります。 小さな石祠があって、その前には三等三角点もあります。 脇に生える樹木の幹には、マジックで「天台山141.3m」と書かれています。 石祠には識別できそうな文字は見かけませんでした。 中には線香立ての缶と小銭のお賽銭などがありました。 周囲は笹竹などに囲まれていて展望は得られません。 右手に生い茂る笹竹の中へと踏み跡(*)が続いていますが、すぐ先で不明瞭になっています。
*天台山の山頂は笹竹や雑木などが生い茂っていますが、南北に続く緩やかな所になっています。 笹竹の中へ続く踏み跡はその山頂の北へと続いています。 笹竹や雑木などを掻き分けながら進んでいくと、 急坂を降って西へ曲がった所に石切場跡のような大きな穴が開いています。 それもやぐら群なのかも知れません。 そこから南へ続く植林帯の斜面を進んでいくと、 先ほどの「No.5」の標柱の所から左手へ分かれていった道に出ます。 そのすぐ先に21番鉄塔が立っています。
三等三角点
基本測量
たいせつにしましょう三角点
 (建設省国土地理院)
天台山から元の尾根道に引き返してきて、その先へと進んでいきます。 広くて緩やかなしっかりとした尾根道を1分ほど進んでいくと植林帯になってきます。 太い樹木が立ち並んでいる所を過ぎてその先へ進んでいくと、 再び太い樹木が立ち並んでいる所があります。 そこから右手へと道が分かれて降っていきます。 脇に生える樹木には 「国鉄送電線巡視路No.26 No.25 森林愛護 火の用心」と書かれた黄色い板が取り付けられています。 この道も吉沢川へと降っていけますが、このまま正面に続く尾根道を進んでいきます。
(右手の道は「鎌倉アルプス」を参照)
吉沢川への分岐道を見送って尾根道を1分半ほど進んでいくと、道が二手に分かれています。 以前には道標が立っていたのですが、最近では見かけなくなりました。 正面から左手へ少し曲がっていく道は送電線の巡視路で、 この時には「キケン注意」と書かれた黄色いテープで閉ざされていました。 天園へは右手の岩盤になったちょっとした切通しを抜けていきます。
左手の道は、途中にある分岐を右手に進んでいくと、 天園から獅子舞地区へ降り始めた角から分かれていく小径へ続いています。 (「鎌倉アルプス」を参照)
X字路
再び植林帯になった尾根道を進んでいきます。 少し傾斜の増した植林帯を登っていくと、正面が開けて山並みを見渡せたりもします。 左手へと曲がって雑木林に続く尾根道を更に進んでいきます。 ちょっとしたマウンドを越えて植林帯になった道を降り気味に進んでいくとX字路に出ます。 角には真新しい道標が立っていて、右手の道は「建長寺・金沢文庫方面」、 左手の道は「鎌倉宮・鎌倉駅方面」、今来た道は「瑞泉寺・十二所方面」となっています。 また古い道標もあって、左手の道は「獅子舞経由鎌倉宮」となっていて、「永福寺アト」と書き込まれていました。 左手の高みへ登っていく細い道もありますが、道標には何も示されてはいません。 今回はこの左手の高みへの道を歩くのですが、その前に天園峠の茶屋まで往復してくることにしました。
明治の頃よりこの地に居住し、祖父母の時代に、いちょうやもみじ、梅などを植え、公園を造り、 天園と称し、四季折々の自然の美しさと恵みに感謝して現在に至っております。
 (かまくら六国峠 天園休憩所)
見晴台
正面の高みへ登っていく道は過日の台風の影響などで一時的に通行禁止になっていましたが、 この時には修復作業が終わったのか、通行禁止の旨の標記はありませんでした。 岩場を少しよじ登っていくと、岩が剥き出した高みに着きます。 空気が澄んでいると富士山も綺麗に望める眺めの素晴らしい所なのですが、 この時には遠くは霞んでいて、その姿がぼんやりと見える程度でした。
天園見晴台
眼下に鎌倉の町並、海、遠く前方には箱根の山々、富士山、伊豆方面が眺められ、大変に趣きがあります。
天園峠の茶屋
岩場を過ぎてその先へ進んでいくと、すぐに右手へ道が分かれていきます。 角には道標が立っていて、右手の道は「瑞泉寺 約30分・鎌倉宮 約30分」、 正面の道は「建長寺」、今来た道は「天園見晴台」となっています。 右手のすぐ下には天園休憩所がありますが、 今回は正面のすぐ先にある天園峠の茶屋でひと休みしていくことにしました。 右手の分岐を見送って正面へ軽く登っていくと、すぐに天園峠の茶屋に着きます。 瑞泉寺の手前の登り口から55分ほどで登って来られました。 テーブルやベンチが沢山設置されている茶店です。 左手が開けていて鎌倉の街や海などを見渡すことができます。 沖の方には伊豆大島と思われる大きな島もよく見えていました。 お昼には少し早かったのですが、ここでおでんを食べながらひと休みしていきました。
X字路
天園峠の茶屋から見晴台を経てX字路まで引き返してきます。 古い道標「獅子舞経由鎌倉宮」の右脇から正面の高みへと続く踏み跡を登っていきます。
落ち葉の積もる踏み跡を1分ほど登っていくと、樹木が刈り掃われて小広くなった高みに着きました。 右手の樹木越しには、天園から半僧坊へと続く鎌倉アルプスの稜線を見渡せます。 ここから正面に生い茂るアオキの左手へと踏み跡が分かれていますが、 右手へ降っていく坂道を進んでいきます。 すぐに左右に通る道に降り立ちます。 降り立った道は、獅子舞地区から先ほどのX字路へ登っていく道の最後の曲がり角から分かれてきた道になります。 今回はその道を左手へと進んでいきます。
植林帯の斜面を横切るようにして緩やかでしっかりとした道が続いています。 植林帯が終わって右手へ少し曲がっていく所まで来ると、しっかりとした道が左手へ分かれていきます。 先ほどの高みから3分ほどの所になります。 角の樹木に赤ペンキで左を指す矢印らしいものが書き込まれている以外には道標類は見かけませんでしたが、 今回は右手へと曲がっていく道を進んでいきました。
後日に左手の道を歩いてみました。 途中で右手へ分かれていく道を見送っていくと、天園から瑞泉寺へと続くハイキングコースに出ました。 途中の分岐を右手へ降っていくと沢筋に降り立って、東電送電所の近くの二階堂川に続いていました。 (「鎌倉アルプス」を参照)
24番鉄塔
岩が露出した所もあったりしますが、広めで歩き易い道が続いています。 樹間からは大平山にあるゴルフ場のクラブハウスが見えたりもします。 道端にアオキなどが生い茂るようになった道を緩やかに降っていくと、 先ほどの分岐から6分ほどで送電線の鉄塔「大-田24号」が立っています。 鉄塔の周囲には樹木が生い茂っていて、樹木の間から僅かに山並みを見渡せる程度で、 見晴らしはあまり良くありません。 道は鉄塔の手前から右手へ曲がって降っていきます。
大-田24号 お願い JR東日本
この送電線は、6万6千ボルトの高電圧です。 下記の事柄について御連絡下さい。
1.送電線の附近に建造物を建てられるとき。
2.送電線に接近して作業をされるとき。
3.送電線の附近で火災がおきたとき。
 (新鶴見給電メンテナンスセンター、中央給電指令)
引き続き広くてしっかりとした道を右・左と曲がりながら降っていきます。 坂になった所には階段状に切れ込みが入れられていて歩き易くなっています。 緩やかになったり少し傾斜が増したりしながら次第に降っていきます。 「ハイキングコース内での喫煙はやめましょう」の標柱が設置されていないところをみると、 この道はハイキングコースではなくて、先ほどの送電線の鉄塔の巡視路なのでしょう。 それにしてはしっかりとしていて、ハイキングコースとしても十分に歩ける道になっています。
二階堂川
使われなくなった緑色の網を過ぎていくと、小さな川の畔に降り立ちました。 24番鉄塔から5分ほど、ハイキングコースのX字路から15分ほどで降りて来られました。 この川は二階堂川の源流域になります。 岩盤になった川へ降りて行けるようになっていて、そのすぐ右手から正面の道に上がっていけます。 川の向こう岸に沿って続く道は、 獅子舞地区から谷筋を経て、先ほどのハイキングコースにあったX字路へ登っていく道になります。
降り立った地点は、獅子舞地区の奥にある東電送電所から畑地を過ぎ、 石垣や崖沿いに進んだ所に架かる短いコンクリート橋を渡り、 岩畳の道を過ぎて木橋を渡ったすぐ先の所になります。
登り口
二階堂川から上がって右手へ10mほど進んでいくと、小さな木橋が架かっています。 その先に「No.7 ハイキングコース内での喫煙はやめましょう」の標柱が立っています。 その右脇から尾根へと踏み跡が分かれていきます。 手元の地形図にある破線の道で、尾根筋を経て天園ハイキングコースへと続いているようです。 この少し先に「歴史的風土保存用地」の看板が立つ分岐があって、 そこからも天園ハイキングコースへ登っていけますが、今回はここから登っていくことにしました。
(この先の分岐から登っていく道は「鎌倉アルプス」, 「鎌倉アルプス」を参照)
No.7の標柱の右脇から登っていきます。 谷筋へも踏み跡が続いているので、尾根の背から外れないよう気をつけながら登っていきます。 笹の生える所を過ぎて岩が剥き出しになった所に出ると、頭を赤く塗られた境界杭「No.5」がありました。 登り口から2分ほどの所になります。 側面には「公園界」と刻まれていました。 上面には矢印が刻まれていてほぼ西の方角を指していましたが、いずれも意味はよく分かりませんでした。
杭を過ぎてその先へと尾根を登っていきます。 僅かな踏み跡ですが、何とか辿っていけました。 尾根は比較的広くてそれほどの傾斜もなく、登り辛くはありませんでした。 「No.5」の杭から5分ほど登って僅かな高みに着くと、同様な形の「No.4」の杭がありました。 脇にはビールの空缶が捨てられていたりもしたので、人が立ち入らない道という訳ではないようです。 僅かに降ってからその先へ登っていくと、大きな樹木の先に「No.3」の杭がありました。 「No.4」の杭から2分ほどの所になります。 この辺りから次第に笹やアオキなどが生い茂るようになって、踏み跡も確認し辛くなってきますが、 丸い尾根の背の真ん中を上へ向かって登っていけば大丈夫です。
笹などを掻き分けながら2分半ほど登っていくと、道端に「No.2」の杭がありました。 その先へと笹を掻き分けながら登っていくと、古びた赤テープや黄テープが樹木に巻かれていました。 アオキなどが生い茂る尾根を更に登っていくと、「No.2」の杭から2分ほどの所に、 上面が十字になって赤色が剥げかけた杭がありました。 これが「No.1」の杭なのかと思っていると、そのすぐ先に赤色がはっきりとした「No.1」の杭がありました。 その先の笹の生い茂る所を抜けて大きな樹木の袂に出ると、右手からも踏み跡が登ってきていました。 今回の登り口の少し先にある「歴史的風土保存用地」の看板が立つ分岐から谷筋を登ってきた道になります。
(写真は振り返って写したものです。)
右手からの道を合わせてひと登りすると、正面に大きな岩が現れます。 ここは天園ハイキングコースのすぐ脇に続く小尾根で、左右に続いています。 小尾根を左手へ進んでいくと、送電線の鉄塔「大船−田浦22号」や「大船−田浦21号」が立っていますが、 今回は岩の手前から右手へ分かれていく道を降っていきました。 すぐに小尾根の鞍部に降り立つと、正面は岩が切り立った崖になっています。 鞍部のすぐ左手には、広くてしっかりとした天園ハイキングコースが通っています。 二階堂川沿いの「No.7」の標柱の立つ登り口から19分ほどで登って来られました。
今回登ってきた道を後日に降ってみました。(「鎌倉アルプス」を参照)
天園ハイキングコースを左手へ進んでいくと、 並行する小尾根から降ってくる道が幾つかあります。 尾根道に出た所から1分もしない所に 「No.11 ハイキングコース内での喫煙はやめましょう」と書かれた標柱が立っています。 そこを過ぎて広くて緩やかな尾根道を進んでいきます。 道の両側に笹竹の生い茂る所を過ぎていくと、岩が剥き出した所を軽く登っていきます。 その先の右側には岩壁が続いていますが、道は広くて歩き易くなっています。 紅葉した樹木がまだ残っていたりもしました。
16番鉄塔
岩盤を切り開いたような所を過ぎて緩やかになった道を進んでいきます。 再び現れる岩盤の上を過ぎて尾根道をその先へ進んでいくと、 緑色の金網で囲まれた送電線の鉄塔「北鎌倉線No.16」が道の脇に立っています。 尾根道に出た所から11分ほどの所になります。
鷲峰山 (標高127m)
鉄塔を過ぎていくと、右手にこんもりとした高みがあります。 この高みは鷲峰山で、頂には鎌倉市の一級基準点「No-111」が設置されています。 尾根道はその高みを巻くようにして続いています。 広い道を進んでいくと、道の真ん中に大きな岩がありますが、 その脇を抜けて先へと進んでいきます。
覚園寺分岐
岩盤の道を過ぎて降っていくと、浅い鞍部になった十字路があります。 尾根道に出た所から15分ほどで到着しました。 真ん中に立つ道標によると、右手の道は「今泉台住宅地」、 右手の道は「覚園寺約1.2km」、正面の道は「建長寺約1.9km」となっています。 左手の道のすぐ先から左へ分かれていく細い道をひと登りすると、 尾根道の下の岩場にやぐら群がありますが、 今回はここで尾根道から分かれて今泉台へと降っていきました。
歴史的風土建長寺・浄智寺・八幡宮特別保存地区
この地区内において、建築物の新築・改築・増築・土地形質の変更・木竹の伐採等の 行為をするときは許可がいります。
今泉台六丁目公園
道標「今泉台住宅地」に従って、右手に続く幅の広い縦杭の階段を1分ほど降っていくと、 今泉台六丁目公園に降り立ちます。 遊具などは特にない静かな公園です。 降り立った所には「天園ハイキングコース」の道標が立っていて、今降ってきた階段を指しています。 公園の右側をその先へ進んで、今泉台町内会の防災備品倉庫を過ぎていくと、住宅地の道路に出ます。
緑道
住宅地に出て左手へ進んでいくとT字路があります。 角には道標が立っていて、左手の道は「散在ガ池森林公園400m」、 今来た道は「天園ハイキングコース 建長寺1.5km45分・瑞泉寺3.2km75分」となっています。 道標に従って左手へ進んでいくと、右へ分れていく道を見送った先から右手へと緑道が続いています。 角には道標「散在ガ池森林公園」が立っていて、その道を指しています。 沿道には樹木などが植えられていて、住宅地の中のオアシス的な存在のように思えました。 頭上を見上げると、緑道と並行するように送電線が通っています。
半僧坊下(はんそうぼうした)バス停
緑道を1分ちょっと進んで車道に出ると、その左手すぐの所に半僧坊下バス停があります。 緑道は車道を渡って更に続いていて、その先には散在ヶ池森林公園がありますが、 今回はここで散策を終えることにしました。
大船駅(JR東海道線)まで、 大船駅行きバスにて20分〜22分、1時間に6本程度の便があります。
生活環境を守るための住民協定(要約)
当町内会には、豊かな自然と共生し、仲良く生活を営み、「活力ある町」を実現するために、 概要以下のような住宅協定があります。
一、この町を「風致地区」にふさわしい住宅地として維持する。
二、建物は、一区画一棟の専用住宅のみとする。
三、共同住宅、寮等の建設は行わない。
四、現在の区画の細分化は行わない。
五、既存商店街以外での店舗開設は行わない。
六、近隣の迷惑、景観や自然の劣化につながる土地の形質変更は行わない。
七〜十 (省略)
詳細については町内会にお問い合わせ下さい。
 (今泉台町内会)