朝比奈切通
散策:2008年12月下旬
【低山ハイク】 朝比奈切通
概 要 朝比奈切通は鎌倉七切通しの一つで、鎌倉市十二所と横浜市金沢区六浦を結ぶ道にあります。 現在では少し北側に車道ができているので生活道路としての役目を終えて、 往時の姿を色濃く残した国史跡として保存されています。 今回は朝比奈切通から吉沢川へ向かい、尾根を越えて獅子舞地区へ降ってから天園へと登っていきます。
起 点 横浜市 朝比奈バス停
終 点 横浜市 森の家前バス停
ルート 朝比奈バス停…朝比奈切通…やぐら群…沢合流…熊野神社分岐…朝比奈峠…石仏…熊野神社分岐…十二所果樹園分岐…梶原太刀洗水…やぐら群…泉橋…十二所神社バス停…瑞泉寺分岐…馬場ヶ谷…小広場…鎌倉霊園分岐…お塔の窪やぐら…尾根道…21番鉄塔…20番鉄塔…二階堂川…東電送電所…山道分岐…X字路…岩場…天園休憩所…市境尾根分岐…グランド…車止めゲート…栄資源循環局前交差点…森の家前バス停
所要時間 3時間10分
歩いて... 朝比奈切通では危ない木の伐採作業中で、周囲の樹木がかなり切られていて、雰囲気がかなり変わっていました。 そのためもあって、これまでには気が付かなかったやぐら群を知ることができました。 吉沢川から尾根を越えて獅子舞地区へ降る道や、栄プールから資源循環局へ降る道はマイナールートですが、 分かり易い道になっていました。
関連メモ 朝比奈切通, 池子の森, 鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス, 鎌倉回峰, 池子の森, 鎌倉アルプス,
鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス, 十二所果樹園, 吉沢川, 鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス, 六国峠,
鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス,
鎌倉アルプス, 吉沢川, 朝比奈切通, 鎌倉アルプス, 相武尾根
コース紹介
朝比奈(あさひな)バス停
金沢八景駅(京浜急行本線)から少し離れた所にあるバス乗り場から、 [金24][金25]上郷ネオポリス行きバス、[金26]庄戸行きバス、[金28]本郷車庫行きバス、 [船08]大船駅行きバス,または,[鎌24]鎌倉駅行きバスにて9分、1時間に4本から6本程度の便があります。
京浜急行と神奈川中央交通のバスでは、金沢八景の乗り場が違う所にあります。 京浜急行のバス乗り場は横浜駅寄りの所で、1時間に2本程度の便があります。 神奈川中央交通のバス乗り場は東寄りの所で、1時間に3本から5本程度の便があります。 なお、京浜急行の金沢八景(国道)バス停が神奈川中央交通の金沢八景駅バス停と隣接しているので、 そこで待っていれば何れが来ても大丈夫です。 大船駅からも1時間に2本から3本程度、鎌倉駅からも1時間に2本程度の便がありますが、 金沢八景駅からの方が便数が多く、所要時間も短くなっています。
朝比奈切通
朝比奈バス停の先の横断歩道を過ぎていくと、左手へと入っていく路地があります。 角には「朝夷奈切通 200m」の標識が立っています。 その道へ入ってまっすぐに進んでいきます。 朝比奈町内会館や鉄工所を過ぎていくと分岐があります。 そばには「朝夷奈切通」と刻まれた石標があります。 「左 熊野神社」となっていますが、左手の道は鉄工所の奥で行き止まりになっています。 ここは右手の方の坂道を登っていきます。 そばには「朝夷奈切通」の解説板があります。 「朝比奈」は「朝夷奈」とも書くようです。
後日に来てみると、鎌倉駅や大船駅方面の乗り場は、朝夷奈切通への路地を過ぎた所に移動していました。
国史跡 朝夷奈切通
鎌倉幕府は、仁治元年(1240)六浦津との重要交通路として、 路改修を議定、翌年4月から工事にかかりました。 執権北条泰時自らが監督し、自分の乗馬に土石を運ばせて工事を急がせたといいます。 当時の六浦は、塩の産地であり、安房・上総・下総等の関東地方をはじめ、 海外(唐)からの物資集散の港でした。 舟で運ばれた各地の物資は、この切通を越えて鎌倉に入り、六浦港の政治的・経済的価値を倍増しました。 また、鎌倉防衛上必要な防禦施設として、路の左右に平場や切岸の跡とみられるものが残されています。 鎌倉市境の南側には、熊野神社がありますが、 これは鎌倉の艮(鬼門)の守りとして祀られたと伝えられています。 鎌倉七口の中、最も高く険阻な路です。
 (横浜国際観光協会、横浜市教育委員会文化財課)
保健保安林
保安林内で知事の許可なく次の行為をすることは禁止されています。
立木竹の伐採、立木の損傷、家畜の放牧、下草落葉落枝の採枝、土石樹根の採掘、開墾、 その他土地の形質を変更すること。
(注)これに違反した場合は、森林法の規定により処罰されます。
 (神奈川県自然保護課)
すぐ先にある庚申塔群を過ぎ、横浜横須賀道路の下をくぐって石畳の坂道を登っていきます。 3分ほど登っていくと、狭い切通しの間を抜けていきます。 両側には、シダ類が繁茂した高い崖がそそり立っています。
森はみんなのたからもの
やめよう火あそび たばこの投げすて!
 (金沢消防署、金沢火災予防協会)
やぐら群
切通しを抜けて1分ほど進んでいくと、右手の崖に穴が幾つか開いていました。 鎌倉に多い「やぐら」なのでしょうか。 これまでに何度か歩いている道ですが、今回初めて気が付きました。 何とか登れるようになっていたので傍まで行ってみると、 その中の一つに、四角い石の上に丸い石が乗ったものが二つありました。
熊野神社分岐
やぐら群を過ぎて1分ほど登っていくと、右手に戻るようにして分れていく道があります。 送電線の巡視路なのでしょうか。 その道を見送って、岩畳の道を更に登っていきます。 両側にある崖や道の岩畳を見ていると、岩盤を開削して造られたというのがよく分かります。 そんな道を登っていくと分岐があります。 やぐらに立寄っていたりしていたので、朝比奈切通入口から10分ほどかかりました。 分岐には「右 かまくら道、左 熊野神社」の石標が立っています。 また「熊野神社」と刻まれた大きな石碑や神社の由緒書きなども設置されています。 ここを左手へ曲がって3分ほど先の分岐を右手へ進んでいくと熊野神社がありますが、 今回は正面に続く朝比奈切通の坂を越えていきます。
朝比奈町鎮守 熊野神社
御祭神 速玉男之命、伊邪那岐命、伊邪那美命
御由緒 古傳に曰、源頼朝鎌倉に覇府を開くや、朝比奈切通の開削に際し、 守護神として熊野三社大明神を勧請せられしと、 元禄年中地頭加藤太郎左衛門尉之を再建す。 里人の崇敬亦篤く、安永及嘉永年間にも修築を加え、明治6年村社に列格、 古来安産守護に霊験著しと云爾
建物内への無断立入禁止
 (熊野神社)
朝夷奈切通
落石に御注意ください。
 (横浜市金沢土木事務所)
朝比奈峠
岩がごろごろした坂道をひと登りしていくと、左右が切り立った岩壁になった峠に着きます。 朝比奈切通の中での最高地点で、この先からは降り坂になります。 左右の岩壁には「やぐら」と思われる四角い穴が幾つか開けられていました。 ここは横浜市と鎌倉市との市境にもなっていて、「神奈川県・横浜市」の標柱も立っています。
左手の崖が大きくくり抜かれていて、その壁には等身大の仏像が一体彫られていました。 いつの頃に彫られたのでしょう。朝比奈切通ができた鎌倉時代からあったのでしょうか。 その下には小さな石積みが沢山並んでいました。
(写真は振り返って写したものです)
峠を越えて鎌倉側へ降り始めると、右手の岩壁に開けられた四角い穴に「道造供養塔」と刻まれた石碑が納められていました。 その先には「安永九子天ノ峠坂道普請 南無阿弥陀佛 十二月吉日」と刻まれた石碑もありました。 この朝比奈切通を作るのに多くの犠牲者があったことがうかがえます。 この時には2009年2月16日までの予定で切通の工事中で、 「危ない木を切っています」との看板が出ていました。
石仏
峠を過ぎて、シダ類の生い茂るようになった坂道を降っていくと、 やがて岩畳の道になってきます。 岩の上には水が流れていたりもするので、滑って転ばないように気をつけながら慎重に降っていきます。 峠から4分ほど降っていくと、石仏が一体佇んでいました。 いつの頃からここに立っているのでしょうか。 長い間風雨に晒されて、傷だらけのようです。 優しそうな顔を見つめていると、何だか癒されそうな気持ちになります。 この切通しを行き交う鎌倉時代の武士達も祈っていったのでしょうか。
沢合流
岩畳になった切通の道の脇には水が流れていて、小さな沢のようになっています。 苔生した岩肌などを眺めながら岩盤の切通を降っていくと、右手から小さな沢が合流してきます。 以前にはこの辺りは幅が狭くなっていたのですが、 先ほどの看板にある工事のためか、かなり広くなっていて、雰囲気が変わっていました。 この辺りから沢の形が次第にはっきりとするようになります。 岩壁に沿って左へ曲がっていくと、沢には小さな橋が架かっています。
歴史的風土特別保存地区指定図
昭和63年6月17日から、この地区は、歴史的風土特別保存地区になりましたので、 建築物、工作物の新築・増築・改築、土地形質の変更、木竹の伐採、土石の類の採取、 建築物、工作物の色彩の変更、屋外広告物の表示又は、掲出及び水面の埋立又は、 干拓の現状変更行為をするときは、許可がいります。 違反すると刑罰に処せられます。 なお行為の申請、質問等の申出は下記へ。
 (神奈川県横須賀三浦地区行政センター環境部、鎌倉市役所)
熊野神社分岐
少し降って正面に竹林が見えてくると、左手に登っていく道が分かれていきます。 熊野神社の裏手に続く道の先にある分岐から降ってくる道で、熊野神社や池子の森へと続いています。
(左手の道は「鎌倉アルプス」を参照)
「危ない木を切っています」とのことですが、周囲の木がかなり切られてサッパリとしてしまい、 以前と比べて何だか味気ない道になったように感じたりしました。 秋には紅葉する樹木もあって綺麗な眺めになる所でしたが、これでは期待できそうにもありません。
十二所果樹園分岐
岩畳の坂道を更に降っていくと、左手に小さな滝があります。 その傍には「朝夷奈切通」の記念碑が建っています。 滝のすぐ先にある車止めを過ぎるとT字路になっています。 その脇には「史跡 朝比奈切通」や「朝夷奈切通」の標柱も立っています。 ここで朝比奈切通は終りということなのでしょう。 解説板のあった入口から33分ほどで歩いて来られました。 標柱にはマジックで「十二所果樹園」と書き込まれていて左手の道を指していますが、 右手の道を緩やかに降っていきます。
朝夷奈切通
鎌倉七口ノ一ニシテ鎌倉ヨリ六浦ヘ通ズル要 衝ニ当リ大切通小切通ノニツアリ土俗ニ朝夷 奈三郎義秀一夜ノ内ニ切抜タルヲ以テ其名ア リト伝ヘラルルモ東鑑ニ仁治元年(皇紀一九 〇〇)十一月鎌倉六浦間道路開削ノ議定アリ 翌ニ年四月経営ノ事始アリテ執権北条泰時其 所ニ監臨シ諸人群集シ各土石ヲ運ビシコト見 ユルニ徴シ此切通ハ即チ其当時ニ於テ開通セ シモノト思料セラル
 (昭和十六年三月建 鎌倉市青年団)
史跡 朝比奈切通
文化財をたいせつに
梶原太刀洗水
朝比奈切通が終って、土の道を太刀洗川沿いに右手へ少し進んでいくと、 川向こうの岩肌をくり抜いたような所から水が流れ落ちている所があります。 そこから管で川へと導かれていました。 解説板などは見当たりませんでしたが、これが梶原太刀洗水なのでしょうか。 この時には草木が刈られていて、四角く刳り貫かれた所に石碑が見えていました。
寿永2年(1183)、梶原景時が上総介千葉広常を討ってその太刀を洗った所と云われ、 鎌倉五名水の一つとされている。この付近の地名に「太刀洗い」の名が残っている。
 (鎌倉市ホームページより抜粋)
やぐら群
太刀洗川沿いの雰囲気のいい道を1分ほど進んでいくと、 川向こうの崖に四角い穴が列を成して幾つも開いていました。 鎌倉地方に数多くあるやぐら群なのでしょう。 これまでは樹木などが生い茂っていたのか、何度か歩いているのに気が付きませんでした。 これも「危ない木を切っています」の作業の一環なのでしょうか。 岩床になった川を渡って、階段状の切れ込みが施された岩場を登っていくと、すぐ傍までいくことができました。 最近になって入れた切れ込みとは思えない様子なので、やぐらを作った頃からあったのでしょう。 穴まではかなりの段差があって中が見辛くなっていて、内部の様子はよく分かりませんでした。
太刀洗川沿いの雰囲気のいい道を2分ほど進んでいくと、川向こうの岩壁に四角い穴が開いていて、 石仏が納められていました。 すぐ先にある鉄板製の橋を渡って傍までいくと、周囲も小綺麗に掃除されていて、大切に祀られているようでした。
泉橋
石仏を過ぎていくと住宅地になってきます。 舗装された道を川沿いに2分ほど進んでいくと、滑川に架かる泉橋があります。 ここで太刀洗川は滑川へと注いで終りになります。 泉橋を渡った所に道標が立っていて、左手の道は「十二所神社300m」、 今歩いてきた道は「朝比奈切通し400m、十二所果樹園600m」となっています。 ここは道標に従って左手へと滑川沿いに進んでいきます。
砂防指定地 太刀洗川
この土地の区域内において、宅地造成・家屋の新築・土採取等の行為をする場合は、 神奈川県知事の許可が必要ですから、藤沢土木事務所に御相談下さい。
 (神奈川県)
十二所神社バス停
集落の中に続く道を3分ほど進んでいくと県道204号に出ます。 その左手の脇に十二所神社バス停があります。 朝比奈バス停から57分ほどで到着しました。
鎌倉駅(JR横須賀線)まで1時間に3本から4本程度の便がありますが、 まだまだ時間に余裕があったので、吉沢川の途中からお塔の窪やぐらを経て天園へ登っていくことにしました。 横断歩道を渡った所に佇むお地蔵さんに挨拶をして、 県道を100mほど鎌倉駅方面へ進んだ所にあるT字路を右折して、 滑川へと注ぎ込む吉沢川沿いの道を進んでいきます。
瑞泉寺分岐
川沿いに100mほど進んだ所に架かる御坊橋を渡って、山際に続く軽い坂道を登っていきます。 登り坂が終わって山際から離れて右手へと曲がり、馬場地区の集落に続く道を進んでいきます。 小さな沢に架かる橋を渡っていくと、道がクランク形に左・右と曲がっていきます。 再び山際に沿って進んでいくと、御坊橋から3分ほどで、左手へ山道が分かれていきます。 角には道標「瑞泉寺・天園」が立っていて、左手に分かれていく山道を指しています。 この山道は天園から貝吹地蔵を経て瑞泉寺や明王院へと降る尾根道へ続いていますが、 今回は馬場地区に続く正面の道を更に進んでいきます。
砂防指定地 吉沢川
この土地の区域内において宅地造成・家屋の新築・土採取等の行為をする場合は、 神奈川県知事の許可が必要ですから藤沢土木事務所に御相談下さい。
 (神奈川県)
馬場ヶ谷
吉沢川が一旦近づいて来てまた離れていきます。 集落の中に続く道を登り気味に進んでいくと、御坊橋から6分ほどで馬場地区の集落は終わりになります。 突き当たりは民家の脇の駐車場のようになっていて、右手からは吉沢川が近づいてきます。 ここが馬場ヶ谷に続く吉沢川を遡行するルートの入口になります。 右手の金網沿いに続く細い道へ入っていくと、金網はすぐに終わって岩壁のようになった吉沢川の横に出ます。
十二所馬場地区急傾斜地崩壊危険区域
この区域内で、のり切・掘削・伐採等を行う場合は、知事の許可が必要ですから左記へお問合わせ下さい。
 (神奈川県藤沢土木事務所)
小広場
すぐに左手へと分れていく道へ入っていきます。 川沿いにも細い道が続いていますが少し先で途絶えています。 すぐに右へ曲がって、細い常緑樹や笹竹の生い茂る中に続く道を進んでいきます。 1分ほど進んで行った所にある竹製のバーをくぐっていくと、小さな広場に出ます。 簡易倉庫や作業小屋などが建っていてテーブルも置いてありました。 小屋の左側を抜けて、小さな流れに架かる小橋を渡り、再び笹竹の生い茂る所を進んでいきます。
笹竹や細い木の生い茂る中に続く道を進んでいくと、すぐに左手へ道が分かれていきます。 その先には細い谷筋があるようでしたが、右手へと続く道を進んでいきます。 少しぬかるんだ所には板などが敷かれているので、その上を歩いていきます。 少し広くなった所を過ぎてその先へ進んでいくと、入口から5分ほどで、再び広くなった所に出ました。 両側には岩壁が聳えていて、その間に続く谷筋は少しぬかるんでいました。 冬枯れの時期でしたが、青々とした草が生い茂っていて、彩りを添えていました。 ここでも丸太や板などが敷かれているので、その上を渡っていきます。
鎌倉霊園分岐
広くなった所を過ぎて笹竹の生い茂るの中に続く道を進んでいくと、1分もしない内に沢へ降り立ちます。 この沢が先ほどから道の傍に続いていた吉沢川の源流域になります。 馬場地区の奥の入口から6分ほどで到着しました。 紅葉の季節には綺麗な眺めになりますが、この時には既に葉は散っていました。 正面は切り通しのようになっていて、少し先の所から左手へ登っていく道と、 右手に戻るようにして登っていく道に分かれています。 右手の道は権兵衛山のある尾根に出て鎌倉霊園から市境尾根へと続いていますが、 今回は左手の道を登っていきます。
(右手の道は「鎌倉アルプス」, 「吉沢川」, 「吉沢川」を参照)
丸太橋
崖に沿って続く道を進んでいくと、程なくして吉沢川の本流は右手へと曲がっていきます。 その角から細めの支沢が左手へと分かれていきます。 道はその支沢の流れる谷筋に沿って続いています。 吉沢川から2分ほど進んでいくと、道が二手に分かれています。 左手の道は金属網の登り階段が高みへと続いていて、 右手の道は丸太の木橋を渡った先から谷筋の奥へと更に続いています。 道標類はないしどちらへ行ったものかと迷う所ですが、 ここは右手の木橋を渡って、支沢の流れる谷筋に続く道をその奥へと進んでいきます。
木橋は直径15cmほどの丸太を2本束ねたような形をしています。 表面には薄っすらと苔類が付いた細い橋で、雨の後などでは滑りやすいと思われます。 横にも古くなった橋が架かっていたので、老朽化のために新たな橋が架けられたようですが、 それも何年か経っているようでした。 左手の道は送電線の鉄塔への巡視路で、高みに立つ鉄塔の所で行き止まりになっているようです。
お塔の窪やぐら
シダ類の生い茂る谷筋の道を緩やかに登っていくと、2分ほどで少し広くなった所があります。 右手の岩壁には穴が開けられていました。 解説板などは見かけませんでしたが「お塔の窪やぐら」と呼ばれる史跡のようです。 写真には穴が二つしか写っていませんが、 この右側にもう一つ穴があって全部で三つ並んでいるのだそうです。 しかし、完全に土砂に埋まっているのか、三つ目の穴は分かりませんでした。 真ん中の穴には五輪塔があって、風化した宝篋印塔がその周りに並んでいました。 誰かお参りをしたようで、線香が立てられていました。 左手の穴には石仏が安置されていました。 鎌倉最古のやぐらで北条高時を供養した塔だという説もあるようですが、詳細はよく分かりません。
やぐらを過ぎて、シダ類の生い茂る谷筋を更に登っていきます。 木の根が張り出して道がかなり狭くなった所を過ぎていきます。 ロープが張られていたりもするので、それに捉まりながら進んでいきます。 紅葉した樹木もまだ残っていて、綺麗な眺めの谷筋でした。 切り立った岩壁の横を過ぎて傾斜が増してくると、植林帯を登るようになります。
尾根道
やがて上の方から人の声が聞こえてくるようになります。 左手へ曲がって少し登っていくと、しっかりとした尾根道に出ました。 吉沢川から13分ほど、十二所神社バス停から31分ほどで登って来られました。 この尾根道は、天園から瑞泉寺や明王院などへと続く「天園ハイキングコース」になっています。 先ほどから聞こえていたのは、このハイキングコースを歩くハイカーの声だったようです。 登り着いた辺りは岩が剥き出しになった道になっています。
貝吹地蔵を経て天園へと続くハイキングコースは右手へ進んでいくのですが、 左手の20mほど先に、鎌倉市消防本部の設置する 「No5 ハイキングコース内での喫煙はやめましょう」と 書かれた標柱が立っていて、その右脇から分かれていく道がありました。 何度も歩いている尾根道ですが、今までこの道には気が付きませんでした。 貝吹地蔵を経て天園へ登っていこうと思っていたのですが、 歩き始めの部分がしっかりとした広い道になっていて興味が出てきたので、 予定を変更してこの道を歩いていくことにしました。
21番鉄塔
斜面に続く広くてしっかりとした道を降っていきます。 歩き始めの部分は広くてしっかりとした道になっていますが、 進むにつれて次第に普通の山道のようになってきます。 傾斜の急な部分があったり、岩が剥き出している所があったりもするので、足元に気を付けながら降っていきました。 所々には赤テープが巻かれていてルートを示しているようでした。 やがて植林帯の斜面を降るようになります。 緩やかになった山襞に着いてから、その先に続くかなり傾斜のある道を登り返していくと、 「NO.6」と書かれた境界杭がある尾根に着きます。 そこから右手へ踏み跡(*)が分かれていきますが、 左手の緩やかで明瞭な道を20mほど進んでいくと、送電線の鉄塔「北鎌倉線No.21」が立っていました。 尾根のハイキングコースから6分ほどの所になります。 道は鉄塔を掠めて左手へと更に続いています。
*右手の踏み跡は、天台山の巻き道になっています。 植林帯の斜面を横切るように北へ5分ほど進んでいくと、右手の山際に大きな穴が幾つか開いています。 「やぐら」にしては大きな穴で深さも結構あって、石切場跡のようにも思えました。 その先は道が不明瞭になりますが、右手にある急斜面を登って尾根の上へ出て、 南へと続く緩やかな山頂部を細木や笹竹などを掻き分けながら進んでいくと、 石祠や三角点のある天台山に着きます。 (天台山へは貝吹地蔵の先から登る方がずっと楽です)
20番鉄塔
雑木混じりの植林帯の尾根を緩やかに進んでいきます。 道端には笹竹が生い茂っていたりもしますが、道はしっかりと続いていました。 少し降るようになると、21番鉄塔から2分半ほどの所に、 送電線の鉄塔「北鎌倉線No.20」が立っていました。 左手が開けていて、樹木越しに山並みを見渡すことが出来ました。 鉄塔の下を過ぎて、その先へと続く道を進んでいきます。
二階堂川
常緑樹の間に続く道へ入っていくと、金属網の階段が現れます。 送電線の巡視路ではよく見かける階段です。 階段はすぐに終わって歩き易い道が続きます。 道端に生える樹木には点々と白テープが巻かれていて、数字を書いた赤いテープが添えられていました。 道案内ではなくて、林業に関する目印のように思えました。 緩やかになった道を進んでいくと再び金属網の階段が現れます。 この先にも途切れ途切れに階段が続くようになります。 やがて階段が長く続くようになって左手へジグザグに降っていくと、小さな谷筋に降り立ちます。 そこから右手へ少し降っていくと二階堂川に出ました。 20番鉄塔から6分ほど、尾根のハイキングコースから15分ほどで降りて来られました。
東電送電所
川に架かるトタン敷きの木橋を渡って金属製の柵を抜けていくと民家の前に出ました。 『はて見覚えのある所だが』と思っていると、ここは獅子舞地区の奥にある最後の民家の前なのでした。 ここから鎌倉の街へ出てもいいのですが、まだ時間に余裕があったので天園まで登ることにしました。 道路を右手へ進んでいくと、すぐに東電送電所があります。 傍には送電線の鉄塔「北鎌倉線No.19」も立っています。 獅子舞の集落はここで終わりになります。 この先の畑地を過ぎていくと、細くなった二階堂川沿いに続く山道になってきます。
歴史的風土特別保存地区指定図
昭和63年6月17日から、この地区は歴史的風土特別地区になりましたので、 建築物・工作物の新築・改築・増築、土地形質の変更、木竹の伐採、 土石の類の採取、建築物・工作物の色彩の変更、屋外広告物の表示又は掲出及び、 水面の埋立又は干拓の現状変更行為をするときは許可がいります。 違反すると刑罰に処せられます。 なお行為の申請・質問等の申出は下記へ。
 (神奈川県横須賀三浦地区行政センター環境部、鎌倉市役所)
畑地を回り込むようにして進んでいきます。 背の高い石垣を過ぎて川沿いに続く山道を進んでいくと、川を渡る小さな橋があります。 二階堂川はこの辺りから谷筋を流れる「沢」という雰囲気に変わってきます。 橋を渡っていくと岩盤の上を流れる沢へと変わっていきます。 水の流れに沿って岩盤の上に道が続いています。 この時には水量は余り多くはありませんでしたが、 雨が降った後などはかなり勢い良く流れるようになります。
歴史的風土保存用地
この土地は「古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法」に基づき 歴史的風土を長く保存するため、平成11年3月神奈川県が買い上げたところです。 この土地を大切に保存していきましょう。
 (横須賀三浦地区行政センt−環境部)
この先、自転車・バイクの乗り入れはご遠慮下さい
 (鎌倉警察署、鎌倉市)
そんな岩盤も2分ほどで終わりになります。 沢に架かる木橋を渡って、その先へと続く山道を進んでいきます。 細くなった沢を渡ったり渡り返したりしながら登っていきます。 雑木や杉などが生えるしっとりとした谷筋に山道が続いています。 傾斜は緩やかで歩きやすくなっています。 道の脇には「No.7 ハイキングコース内での喫煙はやめましょう」 の標柱が立っていたりします。 尾根に着くまでの途中に道標類はありませんが、ハイキングコースとして認知されている道のようです。
山道分岐
4つ目の小さな木橋を渡っていくと、左手へと山道が分かれていきます。 脇には「歴史的風土保存用地」の看板が立っています。 道標類はありませんが、 左手の道は、大平山から「覚園寺・今泉台分岐」に至るハイキングコースの途中へと続いています。 ここは天園を目指して正面に続く道を進んでいきます。
左手の道はすぐ先で二手に分かれています。 手元の地形図にある破線の道は尾根筋に続いているので、 その尾根の北東側の谷に続く道と、谷の北東側の尾根に続く道になるようです。
(左手の道は「鎌倉アルプス」を参照)
植林帯に続く広い道を進んでいきます。 小さな木橋を渡っていくと再び岩盤が現れます。 両側が切り立った岩壁になっていて切り通しのような感じもします。 沢は岩盤の上を流れています。 この辺りも雨が降った後には急流になる所です。 上には紅葉した樹木がまだ残っていて、彩りを添えていました。 右手を流れる沢を渡って、沢を左手に見ながら右手に続く岩壁に沿って進んでいきます。
3分ほどして岩盤の道が終わって沢を渡り返していきます。 沢と分かれて山道を登るようになると、程なくして横木の階段が左手へ分かれていきます。 横木の階段をジグザグに登っていくと1分ちょっとで正面の道を進んでいった道と合流しますが、 今回は正面の道を進んでいきました。 土が露出した坂を登って手前で分かれてきた道を合わせて右手へ進んでいくと、 登りの傾斜が次第に増してきます。 よく歩かれているルートのようで、道は広くてしっかりとして歩き易くなっています。 やがて大きなイチョウの木が何本も生えるようになります。 この時には銀杏のあの独特の匂いは漂っていませんでした。 道の左手が少し膨らんで大きな岩がある所もあります。 黄葉を眺めながらひと休みするのに良さそうな場所です。
No.8 ハイキングコース内での喫煙はやめましょう」の標識を過ぎていくと、 天園に向っての最後の急登が始まります。 正面が明るくなって、尾根が近いことを感じられるようになります。 以前は笹竹が生い茂る狭い所を抜けていったのですが、 この時には左側が刈り払われて横木の階段も設置され、開けた感じに変わっていました。 小刻みに右・左と折れ曲がりながら登っていきます。 角が取れて丸くなった所もあって、雨の後などは滑りやすいので注意しましょう。 振り返ると、樹木越しに山並みを見渡せたりもしますが、 眺めを楽しむのは天園の岩場からにするとして、かなり傾斜のある坂道を登っていきます。
X字路
3分ほどで急坂を登りきると、X字路になっている尾根道に出ます。 獅子舞地区に出た所から17分ほどで登ってこられました。 角に立つ道標によると、右手の道は「瑞泉寺」、今登ってきた道は「獅子舞経由鎌倉宮」となっています。 真新しい道標も立っていて、左手の道は「建長寺・金沢文庫方面」、 今登ってきた道は「鎌倉宮・鎌倉駅方面」となっています。 また、「No.6 ハイキングコース内での喫煙はやめましょう」の標識も立っています。 右手の高みへ登っていく細い道もありますが、道標には何も示されてはいません。 左手の岩場へ登っていく道は過日の台風の影響などで通行禁止になっていましたが、 整備が終わったのか、この時には通行止めは解除されていました。
明治の頃よりこの地に居住し、祖父母の時代に、いちょうやもみじ、梅などを植え、公園を造り、 天園と称し、四季折々の自然の美しさと恵みに感謝して現在に至っております。
 (かまくら六国峠 天園休憩所)
岩場
大きな岩が剥き出した所を登っていくと、すぐに見晴らしのいい岩場に着きます。 鎌倉の街並みや海を一望出来る眺めのいい所で、条件がいいと富士山もよく見えるのですが、 この時には遠くが霞んでいて見えませんでした。
天園休憩所
岩場の先へ数10m進んでいくと、道が二手に分かれています。 正面のすぐ先には「天園峠の茶屋」が見えていますが、今回は右下にある天園休憩所へ立寄っていきました。 お昼を少し過ぎた時刻になったので、おでんを注文して食べていきました。 いつもの具に加えて、うどんも入っていました。 汁もたっぷりと入っていて、お腹が一杯になってしまいました。 人馴れした猫たちが出迎えてくれたりもします。 丁度店の人にエサを貰って食べているところでした。
天園休憩所をご利用下さいまして誠にありがとうございます。 検査に合格している井戸水を井戸水を大切にしながら年中無休で営んでいます。 採れたてのものを採れたそのところで素材の持つ良さがより活きるメニュー造りに心掛けております。 左記のことにつきましてはお断り申し上げます。
 ・アルコール類のお持ち込み
 ・コンロを用いましての火のご使用
また、当所でお買い上げ以外のごみはお願いです!! お持ち帰り下さいます様に。
ネコにはエサを与えないで下さい。 朝夕二回、時間を決めて当所で与えております。
市境尾根分岐
天園休憩所から天園峠の茶屋へ続く道へ引き返していく途中から右手の竹林へと分れていく道に入っていきます。 角には道標が立っていて、天園休憩所へ降っていく道は「瑞泉寺・鎌倉宮方面」となっています。 竹林へ入っていく道は何も示されていませんが、天園の山頂を巻いていく道になります。 坂道を登っていくと十字路のような所があります。 右手の下には基礎だけが残された平らな場所があり、 左手の上には天園峠の茶屋の脇の畑地へ続いていますが、正面から左手へ曲がっていく道を進んでいきます。 程なくして尾根から山頂へ登っていくしっかりとした道に出ます。 そこから右手へ降っていくと、左手へ分かれて登っていく道があります。 脇の金網柵には「野七里・上郷方面」の標識があって、左手の道を指しています。 「JR港南台駅行バス停まで10分」の紙も貼り付けられていました。 手前に生える大木を振り返ってみると、幹に「バス停10分 JR港南台駅行 栄プール」のメモが貼り付けられていて、 同じく左手の道を指していました。 正面へ降っていく道は鎌倉市と横浜市の間に続く市境尾根になりますが、 今回は栄プールへと続く左手の道を進んでいきました。
(写真は左手の道の入口から写したものです)
金網柵沿いに続く道を登っていくと、左手から降ってくる道が合流してきます。 天園峠の茶屋の裏手から降ってくる道になります。 その道を合わせて、金網柵沿いに続く尾根道を降っていきます。 よく歩かれている道のようで広くてしっかりとしていて、とても歩きやすい快適な道になっています。 金網柵には「火気厳禁」や「立入禁止」の注意書きが点々と取り付けらていました。 右手の樹間からはグランドが見えています。 引き続き金網柵沿いの道を緩やかに降っていきます。 傾斜はほとんどなくて歩きやすい道が続いています。 市境尾根分岐から8分ほど降ってくると、右手のこんもりとした高みを越えていく階段と、 左手の緩やかな巻き道に分かれています。 高みへ登っても特に見晴らしがいい訳でもないので、どちらの道を進んでいっても変わりはありません。
高みを越えていく道と巻き道が合流した所から30秒ほど進んでいくと、再び高みへの階段と巻き道に分かれています。 高みへ登ってみると、右手に続いている金網柵に扉があって、その先へと道が降っていきます。 以前に来た時には「立入禁止」の標識があったように思いましたが、 この時には扉は開いていて標識も見かけませんでした。 このまま尾根道を進んで栄プールまで降っていってもいいのですが、 今回はまだ歩いたことのない右手の道を降っていきました。
グランド
両側に金網柵が続く急傾斜の道を降っていきます。 あまり歩かれていないのか、道には落ち葉が厚く積もっていました。 少し降っていくと傾斜が緩んで歩き易くなってきます。 所々に倒木があったりもしますが分岐などはなくて、分かりやすい道になっていました。 「山火注意」の看板が取り付けられているところを見ると、歩くのは大丈夫のようでした。 そんな道を3分半ほど降っていくとグランドの脇に降り立ちました。 尾根から見えていたグランドになるようでした。 ここからグランドに沿って左手へと続く金網柵沿いの道を進んでいきます。
車止めゲート
バックネットの所まで来るとベンチが幾つか設置されていました。 そこから左手へ曲がって舗装路を降っていきます。 左下にある駐車場の向こうには街並みも見えていました。 程なくして駐車場へ続く広めの舗装路に降り立ちます。 正面の高みには送電線の鉄塔が立っていました。 舗装路をその先へ進んでいくと、車止めゲートがあります。 グランド脇に降り立ってから6分ほどの所になります。 ゲートの脇を抜けていくと十字路になっています。 角には「グランド300m」と書かれた看板があって今来た道を指していました。 正面の道のすぐ先には横浜市資源循環局栄事務所や職員宿舎などがあります。 右手には「栄工場ストックヤード」があったようですが、看板には黒く塗り潰されていました。 ここは左手へと続く車道を降っていきます。
栄資源循環局前交差点
右手に墓地を見ながら車道沿いの歩道を降っていきます。 桜の木が並木を作っていて、花の季節には綺麗だろうと思いながら降っていくと、 車止めゲートの所から4分ほどで、県道23号栄資源循環局前交差点に降り立ちました。 栄プールへと続く尾根から14分ほどで降りて来られました。
森の家前(もりのいえまえ)バス停
正面の横断歩道を渡って右手へ20mほど進んでいくと、金沢八景駅方面の森の家前バス停があります。 金沢八景駅(京浜急行本線)まで、金沢八景駅行きバスにて12分、1時間に3本から5本程度の便があります。
また交差点を左折して上郷森の家入口交差点や横浜霊園の入口を過ぎていくと、 交差点から2分ほどの所に大船駅方面の森の家前バス停があります。 大船駅(JR東海道線)まで、大船駅行きバスにて21分、 1時間に2本から3本程度の便があります。
この森の家前バス停は、以前には「源氏ヶ丘バス停」という名前でしたが、2005年11月に変更されたようです。 (写真は大船駅方面のバス停です)