足柄峠
散策:2008年11月下旬
【低山ハイク】 足柄峠
概 要 足柄峠は神奈川県と静岡県の県境にあり、奈良・平安時代には足柄古道が峠を越えていました。 峠にある足柄城址からは裾野まで広がる富士山を望む素晴らしい景色が広がっています。 今回は北側の大沢林道から足柄峠へ登り、金時山の手前から金時山ハイキングコースを夕日の滝へと降るルートを歩きます。
起 点 小山町 駿河小山駅
終 点 南足柄市 地蔵堂バス停
ルート 駿河小山駅…大沢林道…大澤名水…遊女の滝…奥大沢分岐…奥大沢…釜ヶ沢…二本松…県道78号…足柄古道分岐…六地蔵…遊歩道…足柄城址…足柄峠…金時林道分岐…足柄峠コース分岐…車止めゲート…962m峰…沢渡り…沢渡り…足柄峠コース合流…夕日の滝分岐…夕日の滝…金太郎遊び石…地蔵堂バス停…(地蔵堂)
所要時間 6時間40分
歩いて... 今回は天候に恵まれて、雪を頂いて裾野まで広がる綺麗な富士山を望むことが出来ました。 大沢林道から分かれて県道78号に出るまでの山道には薮漕ぎする所も一部ありましたが、 それ以外は分かりやすい道になっていて、快適に歩けるコースでした。 遊女の滝と夕日の滝を巡る「滝巡りコース」にもなっていました。
関連メモ 金時山, 足柄峠, 矢倉岳
コース紹介
駿河小山(するがおやま)駅
駿河小山駅(JR御殿場線)から歩いていきます。
駅舎を出ると、雲ひとつない青空に、雪を頂いた富士山が少し見えていました。 歩き始めは綺麗に見えていても山の上に登り着いた時には霞んでいることを何度も経験しているので、 今回は大丈夫だろうかと、はやる気持ちを抑えるのでした。 小山町観光案内所の横に立つ「遊女の滝3.2km」の看板に従って、道路を左手へと進んでいきます。
小山町観光12選
1.小富士 標高1979メートル。富士山東裾の側火山。須走口登山道古御嶽からほぼ等高線沿いにコメツガ、ダケカンバなど樹木が茂る遊歩道。
2.富士山 標高3776メートル。日本一の山である。須走口登山道のバスの終点、古御嶽までは「ふじあざみライン」と呼ばれる舗装道路。
3.三国山稜 丹沢山塊の最西端の籠坂峠から明神峠を結ぶ稜線である。明神峠から相模・甲斐・駿河の分岐点の三国山付近にはブナの原生林が残る。
4.金時山 標高1213メートル。小山町と神奈川県南足柄市、箱根町との分岐点にある箱根外輪山の最高峰。山頂から箱根や富士山の展望が素晴らしい。
5.足柄峠 海抜759メートル。峠には戦国時代小田原北条氏によって築かれた足柄城の遺構が残る。新羅三郎義光吹笙の石や文学碑など石造物がある。
6.金時公園 「坂田金時の子孫の家」の伝承があった「坂田屋敷」跡。金時神社・金時産湯の七滝・第六天社など金時ゆかりの史跡がある。
7.宝鏡寺 曹洞宗大雄山宝鏡寺。本尊の木造地蔵菩薩坐像は県指定有形文化財だが、60年に一度開帳の秘仏。御厨地蔵横道第一番札所。
8.富士浅間神社 富士山東口(須走口)登山道の鎮守。社記では大同2年(807)の創建と伝える。県指定天然記念物のハルニレや登山記念碑がある。
9.唯念寺 開山は念仏行者滝沢唯念。開基の檀那は大御神の天野伝右衛門。奥の沢開山堂境内には百余を数える信者奉納の石仏群がある。
10.唯念上人の大名号碑 唯念の教義を信仰する人々が、彼の記した南無阿弥陀仏の名号を石碑にしたもの。足柄峠栗の木沢にある、高さ4メートル、幅2.1メートルの碑。
11.富士スピードウェイ 1周4.47キロメートルの国内屈指のレーシングコース。雄大な富士を眺めながら各種のモータースポーツが楽しめる。
12.富士霊園 敷地面積230ヘクタールの公園墓地。四季花々に彩られ、日本さくら名所百選に選ばれた5千本の桜や、つつじ・さつきの時期は華やかである。
 (国際ソロプチミスト御殿場)
軽い登り坂を進んでいくと、右手から降ってくる道が合流してきます。 その道を合わせて緩やかなになった道を進んでいきます。 左右に分かれていく枝道もありますが、道なりに真っ直ぐ進んでいきます。 駿河小山駅から10分ほど進んでいくと、T字路の脇に大きな「下谷(小山四区)案内図」があります。 これから向かう大沢林道までの道が図示されているので参考にしましょう。 その図によると、遊女の滝までは1時間30分、足柄峠までは2時間30分となっています。 T字路を直進して1分ほど進んでいくと、 道端に「金太郎 猿待ち合い伝説 下谷大沢古道」の看板が立っていて、 その脇には石碑がありました。 石碑には多くの文字が刻まれていましたが、風化が進んでいてよく読めませんでした。 先ほどの案内図にも「猿待合」へ至るハイキングコースが載っていたし、 どんなコースなのか気になりましたが、訪ねるのはまたの機会にということにして、 今回はそのまま正面の道を大沢林道へと向かっていきました。
1分ほど進んで降り始めるようになると、道端に道祖神が三体並んでいました。 そこから傾斜が増した道路を降っていくと、正面に東名高速道路が見えてきます。 その下までいくと道が二手に分かれています。 角には道標類が幾つか設置されています。 それらによると、右手の道は「遊女の滝2.4km」・「至 大沢林道」・「大沢コース」、 左手の道は「至 国道246号線」・「山北駅10.0km」、 今来た道は「至 駿河小山駅10分」・「駿河小山駅・観光案内所0.8km」となっています。 今回はここから高速道路の下をくぐって右手へ続く道を進んでいきます。
大沢コース
遊女ノ滝を経て「奥大沢」にてルートは分れる。 小山町新設の「トレイルロード」は万葉公園・足柄峠に行く。
「トレイルロード」とは、 富士山五合目〜須走立山〜三国山〜明神峠〜湯船山〜不老山〜足柄峠〜金時山を結ぶ延長30kmほどの道で、 小山町の2008年度事業として調査が開始されたようです。 不老山から降りてきて、ここから大沢林道を経て足柄峠へと登っていくルートのようです。
道の左手には小川が流れています。 民家の建ち並ぶ浅い谷あいに続く坂道を登っていくと、大澤橋を渡っていきます。 右手に広がる田んぼを見ながら坂道を登って高速道路が見えてくると、和手橋を渡っていきます。 その袂には「トレイル・ロード体験ウォーク順路」と書かれた紙が括り付けられていました。 先ほどの道標にもありましたが、どのようなルートなのか気になるところではあります。
土石流危険渓流 鮎沢川水系下谷沢2
土石流が発生する恐れがありますので、大雨の時などは十分注意して下さい。
 (静岡県、小山町)
土石流危険渓流 鮎沢川水系和手川
土石流が発生する恐れがありますので、大雨の時などは十分注意して下さい。
 (静岡県、小山町)
霜が降りた畑などを眺めながら坂道を登っていくとT字路があります。 正面に立つ「遊女の滝2.0km」に従って右手へ進んでいきます。 畑の脇に続く道を進んでいくと、道端の一段高い所に、 大きな「大沢林道開通記念碑」と「大澤川流域治山治水碑」が並んでいました。 裏面には解説文が刻まれていましたが、よく読めませんでした。 石碑を過ぎて高速道路の傍までくると上大沢橋が架かっています。 橋を渡って左手へ曲がり、高速道路の下を過ぎていきます。 石垣の上の竹林を過ぎていくと、植林帯へ入っていきます。 左手には沢の流れが続いていて、心地よい水音をたてていました。 S字形に曲がって更に進んでいくと、上空には送電線が通っていました。 壊れたカーブミラーを過ぎていくと、沢に架かる小橋を渡っていきます。 沢には石がゴロゴロしていました。
禁漁中
県条例で11月1日より2月末日まで、すべの釣はできません。 これに違反すると罰せられます。
 (小山町観光協会、小山町釣友会、御殿場警察署)
復旧治山事業
荒廃した森林を、もとのすがたにもどし、災害を防止するため治山工事を行なっています。
 (静岡県)
大沢林道
カーブミラーを過ぎてガードレールが設置された所を過ぎていくと、 「林道大沢線」の看板が設置されていました。 ここからが大沢林道ということでしょうか。 駿河小山駅から45分ほどで着きました。
林道 大沢線
林道の規格・構造は、公道とは異り路肩の保全・法面の落石防止等の処置が十分ではありませんので、 利用される方は次の事項を厳守のうえ通行してください。
1.降雨・降雪時には、スリップまたは落石の危険があります。
2.車のスピードは、20km/時速以下としてください。
3.夜間または濃霧のときの通行は避けてください。
4.見通しの悪い箇所での駐車は避けてください。
 (小山町)
大澤名水
沢沿いに続く林道を登っていきます。 4分ほど進んでいくと、送電線の鉄塔「北駿線No.21」への巡視路を左手に分けていきます。 雑木林に変わっていくと落ち葉が積もっていたりもします。 林道は砂利道になったり舗装路になったりしながら続いています。 傾斜はそれほど急ではありませんが、長く歩いていると疲れてもきます。 再び植林帯へ入っていくと、送電線の鉄塔「北駿線No.22」への巡視路を左手に分けていきます。 そのすぐ先は、道が膨らんで小広くなっていました。 大沢林道の看板の所から14分ほどの所になります。 左手には「大澤名水」と書かれた標柱が立っていました。 小さな沢から竹製の樋で引かれた水が流れ落ちていました。 これが「大澤名水」なのでしょうか。 解説板などは見かけませんでしたが、手で受けて飲んでみると、冷たくて美味しい水でした。
大澤名水を後にして林道をその先へと進んでいきます。 左手が雑木林になった植林帯を山襞に沿うようにして進んでいくと、 大澤名水から3分半ほどで、右手へ降っていく「遊女の滝」への入口がありました。 脇には「金太郎探索実行委員会 遊女ヶ滝 大澤古道」と書かれた看板が立っていて、解説板もありました。 看板の柱には「さわやかウォーキング常設コース」の貼り紙もありました。 傍には道標も立っていて、正面の道は「足柄峠方面」、今来た道は「駿河小山駅方面」となっています。 また左手にも道標が立っていて、右手へ降りていく道は「遊女の滝」、 正面に続く林道は「県道 金太郎富士見ライン2.0km」、今来た道は「駿河小山駅3.1km」となっています。 足柄峠へは正面の林道を進んでいくのですが、この下の方に遊女の滝があるようなので、 立寄っていくことにしました。
遊女の滝
硬質プラスチックで補強された横木の階段をクネクネと曲がりながら降っていきます。 黒色と黄色のトラロープが張られていたりもしますが、それほど必要な感じはありませんでした。 植林帯から雑木林に変わった斜面を降っていくと、林道から3分ほどで、 大きな石がゴロゴロしている沢に降り立ちました。 上流には心地よい音を響かせながら流れ落ちる滝が見えていました。 あれが遊女の滝だろうと思って、足元に注意しながら石伝いに沢を上流へ進んでいくと、 垂直に切り立つ崖の上から末広がりになりながら、水が勢い良く流れ落ちていました。 大沢林道の看板の所から25分ほど、駿河小山駅から1時間10分ほどで到着しました。 滝の上には紅葉した樹木があって綺麗な眺めでした。 写真を写したりしながら、しばらく休んでいきました。
金太郎ゆかりの地 遊女の滝
この滝の名を「遊女の滝」といいます。 ある日金時山の頂きで寝ていた八重桐は夢の中で赤龍と結ばれました。 この時八重桐のお腹に宿ったのが金太郎です。 八重桐は山をおりるとこの滝に身を打たせ産まれてくる金太郎の健康を祈願しました。 八重桐が滝に打たれている姿を見た里人はその後この滝の名を遊女の滝を呼ぶようになりました。
往復15分ほどで遊女の滝から引き返してきて、大沢林道をその先へと進んでいきます。 林道に出て5分ほど進んでいくと、左手の斜面に登っていく鉄板製の階段があります。 袂に立つ標識によると、送電線の鉄塔「北駿線No.23」への巡視路のようでした。 上空を見上げると送電線が通っていました。 その下を過ぎていくと、僅かに降るようになります。 右手を見ると、沢の向こう側に続く尾根の山端が少し紅葉していました。
林道沿いの樹木も紅葉しているのがありました。 陽光を背にして輝いていて、綺麗な眺めでした。 背の低いガードレールが両側に設置されたコンクリート橋を渡って、林道を更に登っていきます。
奥大沢分岐
坂道を登っていくと傾斜が緩やかになってきます。 僅かに降るようになって少し右へ曲がっていく角に、 再び両側にガードレールの設置されたコンクリート橋があります。 その橋を渡った10mほど先で、左手へ戻るようにして道が分かれていきます。 遊女の滝への降り口から18分ほどの所になります。 手元の地形図では、632m峰の東500m辺りの実線の道が分かれている所になります。 右手へ曲がっていく林道から降ってくると正面に見える向きに道標が立っていて、 左手の道(降ってくる向きからは右手)は「奥大沢」、今来た道は「駿河小山駅」となっていました。 このまま大沢林道を進んでいくと県道365号に出ますが、 今回はここで林道と分かれて、左手の道を進んでいきました。
(写真は分岐を過ぎた所から振り返って写したものです)
奥大沢
砂利道になった広めの道を登り気味に進んでいきます。 程なくして緩やかになった道を進んでいくと、分岐から2分ほどで僅かな沢を渡っていきます。 右手へと続く道を更に進んでいくと、奥大沢分岐から5分ほど、遊女の滝への降り口から24分ほどで、 小さな沢に堰のようなコンクリート製の橋が架かっています。 手元の地形図では、奥大沢分岐の南東250m辺りにある実線の道が分かれている所になるようです。 広めの道は橋を渡った先で左右に分れています。 足柄峠のある尾根を通る県道へと続く破線の道は、この橋を渡って右手へ進んでいくようですが、 橋の手前からも道のようなものが分かれていました。 その入口には赤テープが巻かれた道標が立っていて、橋の手前から右手へ分れていく道は「旧大沢林道」、 今来た道は「駿河小山駅」となっていました。 当初は橋を渡って右手の道から尾根へと登っていく予定にしていたのですが、 手前から右へ分れていく「旧大沢林道」という名前に惹かれて、今回はこの道を進んでいきました。
この先にあった道標から考えると、この辺りが「奥大沢」と呼ばれる所のように思えましたが、 その旨を示す標識などは見かけなかったので違うのかも知れません。 東名高速道路の下にあった道標に書かれていた 「遊女ノ滝を経て奥大沢にてルートは分れる」とはこの地点を指しているのでしょうか。 また同じ道標に書かれていた「小山町新設のトレイルロードは万葉公園・足柄峠に行く」とは、 この橋を渡って右手へ続く当初予定していた道なのでしょうか。 もしそうならば、今回歩くルートが道標にあった「大沢コース」になるようです。
後日、橋を渡って右手へ続く道を歩いてみました。 車1台が通っていける広い道を進んでいくと、丸太橋を過ぎて山道になります。 植林帯や笹の茂る道を登っていくと、776m峰を経て足柄万葉公園の北端に出ました。 その道がトレイルロードだと思われますが、地形図に載っている破線の道ではなくて、 その少し北側の小尾根を登っていくルートになっていました。 (「矢倉岳」を参照)
入口は萱や笹が刈り払われて広めの道になっていました。 そこを過ぎて雑木の疎林になってくると、道が不明瞭になりました。 本当に旧大沢林道なのかと思いながらも何とか踏み跡を見つけて進んでいきました。 樹木には赤や白テープが巻かれていて、ルートを示しているようでした。 沢沿いに出て砂防ダムの脇を二つ過ぎていくと植林帯になってきます。 引き続き樹木に赤テープが巻かれていて導いてくれます。 植林帯を進んでいくと、奥大沢から6分半ほどで道標が立っていました。 それによると、この先の道は「釜ヶ沢」、今来た道は「駿河小山駅」となっていました。 明瞭ではないものの、とりあえず道は合っていそうだと思ってその先へ30秒ほど進んでいくと、 小さな沢に丸太橋が架かっていました。 橋を渡って右手へ向かっていくと、そこは沢筋が合流している所でした。 両側の谷の間に僅かな尾根が続いていて、その登り口には黄テープが巻かれていました。
釜ヶ沢
植林帯の尾根を2分ほど登って緩やかになってくると、林床には草が生い茂っていて道が分かり難くなってきました。 そんな中を踏み跡を追いながら進んでいくと、右手へと分れていく所がありました。 角には草に埋もれて分かり難くなっていましたが、標識と道標が立っていました。 それによると、ここは「釜ヶ沢」で、 右手へ続く道は「足柄城跡」、今来た道は「奥大沢」となっていました。
右手へ続く道を進んでいくと、すぐに植林帯の丸い尾根の背を登るようになります。 草が減って分かり易くなるのはいいのですが、かなりの傾斜があります。 黒色と黄色のトラロープが張られていたりもするので、捉まったりしながら登っていきました。 そんな急坂を1分ちょっと登って幾分緩やかになるとロープはなくなりました。 良く歩かれて踏み固められた道という訳ではありませんが、要所には赤や黄テープが巻かれていて、 迷うことなく登っていけました。
植林帯の斜面を更に5分ほど登っていくと、再びトラロープが現れました。 傾斜が急になって脹脛が痛くなってきます。 汗が滲んできたりもするので、休み休み登っていきました。 そんな急坂も4分ほどで登り切ると、傾斜が幾分は緩やかになった道が少し右へ曲がっていきます。 その角に道標が立っていて、右手へ曲がっていく道は「県道」、今登ってきた道は「釜ヶ沢」となっていました。
これまでよりも緩やかになった尾根を3分ほど登っていくと、なだらかな高みに着きました。 手元の地形図によると、694m峰の北350m辺りの標高690mほどの緩やかな尾根になるようです。 境界杭と柱が立っていて、その袂には文字が書かれた板が落ちていました。 柱に取り付けられていたのが壊れて落ちたのだろうと思われます。 その板には「境界 右・足柄林業 左・菅沼分・関所跡方面」と「足林・所・菅との三境界」と書かれていました。 どちらを指しているのかは分かりませんでしたが、その先に続く緩やかになった尾根を進んでいきました。
二本松
右側が植林帯、左側が雑木林になっている緩やかな尾根に続く道を進んでいきます。 1分ほど進んでいくと、桧に混じって松の木が二本生えていました。 道端には「二本松」と書かれた標識が立っていました。 ただ松が生えているだけで、解説板のようなものは見かけませんでした。
草が増えてきた所を過ぎて僅かに降っていきます。 浅い暗部に着いて登り返していくと、二本松から3分ほどでススキが生い茂る明るい所に出ました。 脇に生える樹木に道標がくくり付けれていて、この先の道は「六地蔵」、今来た道は「二本松」となっています。 手元の地形図によると、694m峰の北北東200m辺りの標高700mほどの緩やかな尾根になるようです。 道標に従って、ススキが生い茂る道を薮漕ぎ状態になりながら進んでいきます。 ススキ越しには、正面に金時山が、右手に富士山が見えるようになってきます。 ススキが終わると笹竹が生い茂るようになります。 細い木や茨のような棘のあるものも生えていたりしますが、 地面を見ると踏み跡はしっかりと続いていました。
県道78号
先ほどの道標から5分ほど薮漕ぎしていくと再び道標が立っていて、この道で合っているとひと安心しました。 正面に続く道は「足柄城跡」、今来た道は「駿河小山駅」となっていました。 道標を過ぎて笹竹の生い茂る道を緩やかに降っていくと、1分も経たずに車道に降り立ちました。 奥大沢から40分ほどで登って来られました。 登り着いた車道は、足柄峠を越えていく県道78号で、 足柄峠の北西550m辺りのヘアピン状に曲がっている角になります。
奥大沢にあった道標の指す「旧大沢林道」ですが、終ぞ林道のようなものはありませんでした。 本当に今回登ってきたルートが旧大沢林道だったのでしょうか。 道標の向きがずれていて、もしかしたら、橋を渡って左右へ続く道の方だったのかも知れません。 事実のほどはよく分かりませんが、今回歩いた道が「大沢ルート」であったようには思えました。
足柄峠へは左手へ進んでいくのですが、右手には素晴らしい富士山が見えていたので、 ガードレールの所まで行って、景色を眺めながら、薮漕ぎでの疲れを癒していきました。 この日はよく晴れていて、雪を頂いて裾野まで広がる綺麗な富士山を眺めることが出来ました。
足柄古道分岐
富士山の眺めを満喫したら、県道78号を足柄峠へ向かっていきます。 それほど傾斜はなくて歩き易い車道を3分ほど進んでいくと、右手へ足柄古道が分れて降っていきます。 降り口には道標が立っていて、右手の道は「足柄駅60分」、正面の道は「金時山100分・足柄峠10分、 今来た道は「駿河小山駅120分」となっていました。 右手の道は足柄古道を経て足柄駅へと降っていけますが、今回は正面の車道を足柄峠へと向かっていきました。 すぐ左手には松尾芭蕉の句碑が立っていました。
(右手の足柄古道については「足柄峠」を参照)
足柄古道
古代より足柄峠越えのルートであったが、 特に江戸時代より明治末期迄は小田原より山梨県へ海産物を運ぶ塩の道として栄えた。
芭蕉の句碑文
目にかゝる 時やことさら 五月富士 (芭蕉翁行状記)
解説 くもりの空で、とても富士など見えないと思っていた所、 山を越える頃ふとその雲が切れて、実に目にもあざやかに富士の姿が現れた。 その山容の美しさ、このように予期もしない時にふと目に入った時こそ、 殊更に美しく感じられるよ富士の峰は、という句である。(芭蕉俳句大成)
句を詠んだ年代 元禄7年(1694)夏の作
建碑 嘉永3年か4年頃(1850年頃)牛負庵牛翁が願主で、 小山・生土・藤曲・茅沼の俳人関係者が補助して建てた。
 (小山町教育委員会)
六地蔵
句碑を過ぎて30秒ほど進んでいくと、左手に地蔵が並んでいました。 立った姿の地蔵が7体と小ぶりの地蔵が1体、合わせて八地蔵でした。 それぞれ、赤い頭巾を被り前掛けをして頭陀袋を首から下げていました。 前には真新しい花が手向けられていました。 その先へ1分ほど進んだ所にも、地蔵が並んでいました。 こちらのは赤い前掛けだけをした地蔵が6体あって、脇には「六地蔵」と書かれた板が取り付けられていました。
遊歩道
六地蔵を過ぎて1分ほど進んでいくと、左手へ道が分かれていきます。 車道に出てから14分ほどで着きました。 角には道標が立っていて、正面に続く車道は「足柄峠」、左手へ分れていく道は「遊歩道入口」、 今来た道は「小山・足柄方面」となっていました。 このまま車道を進んでいくと足柄峠へ着くようですが、車道を歩いても趣きに欠けようというものなので、 遊歩道を歩いていくことにしました。
少し降って、広くて緩やかに続く遊歩道を進んでいきます。 1分半ほどして現れる横木の階段を登っていくと「五の郭」の標識が立っています。 広めの場所ですが、遺構のようなものは見かけませんでした。 辺りの樹木が紅葉して綺麗な眺めでした。 「空堀跡」を過ぎて登り返していくと「四の郭」の標識が立っていますが、 そこも広くなった所にススキが生い茂るばかりでした。
根元から枝分かれした潅木を過ぎていくと「井戸跡」があります。 そこを過ぎて横木の階段を登っていくと、開けた高台に出ました。 ここが「三の郭」で、右手には綺麗な富士山が裾野を広げていて、 左手には愛鷹連邦も綺麗に見えていました。 ここでも写真を撮ったりしながら、しばらく景色を楽しんでいきました。
空堀跡」を過ぎて登り返していくと広い芝地の高台に出ます。 ここが「二の郭」で、先の方へ進んでいくと、正面には金時山が聳えていました。 三の郭と同様に、富士山と愛鷹連邦を見渡せる眺めが広がっていました。 テーブル・ベンチも設置されていて、ひと休みしていくのにはいい所です。
足柄城址
空堀跡」を過ぎて登り返していくと、再び広い芝地の高台に出ます。 ここが「一の郭」で、コンクリートで固められた石積みの上に歌碑が立っています。 裏面に刻まれた解説文によると、先の大戦の時に小山町に疎開してきた歌人の生田蝶介の歌碑とのことで、 表面にはその歌が刻まれているようです。 達筆すぎて無学の私には読めませんでしたが、この足柄山に登って詠んだ富士山の歌のようでした。 その裏手からは、富士山と愛鷹連邦を望む眺めが広がっています。
生田蝶介歌碑
生田蝶介先生は歌誌「吾妹」の主事。 日本歌人クラブの名誉会員として歌壇の重鎮をなす。 戦火を避けてこの地に疎開され5年間小山町の人たりし。 幾度か足柄山に足を運ばれ秀麗な富士に対いて名歌あり。 その一首を永く残さんと、此処に第八歌碑として建立するもの也。
足柄峠
一の郭の先の方には東屋が建っていて、その左手の森の中に「玉手ヶ池」があります。 右手に架かる「あづまはやはし」を渡っていくと「山の神社」があります。 尾根から車道へ降りていくと「足柄之関跡」や「聖天堂」などがあります。 詳細は「足柄峠」を参照してください。 吊り橋の下をくぐっていくと道が左右に分かれています。 ここが現在の足柄峠になるようです。 角に立つ道標によると、右手の道は「駿河小山駅130分・足柄駅70分」、 左手の道は「金時山90分」、今来た道は「聖天堂1分・地蔵堂45分」となっています。 正面には「新羅三郎義光笛笙之石」と刻まれた石柱と大きな石と解説板が設置されています。 今回は左手から金時山へと続く広い尾根を進んでいきます。
足柄峠
足柄峠は標高759mの箱根外輪山から派生する尾根上に位置し、静岡県小山町と神奈川県南足柄市との境にあり、 古くから官道として防人や旅人の往来も盛んであった。 また軍事的にも重要な場所であったため、多くの史跡や遺跡、石仏、文学碑等が残され、 その上旅情豊かな風景は訪れた人達の心を離さない。
足柄の関 昌泰2年(899)盗賊(しゅう馬の党という)を防ぐ目的で設置された関である。
足柄城址 創築者・年代は不明であるが、平安末期ごろから戦略上の要地として何度か軍事的な施設が設けられた形跡がある。 城郭としては、小田原後北条氏の属城で、数ヶ所の曲輪と土塁、井戸跡、倉屋敷跡、数地点に砦(矢倉)等があり、 天正18年(1590)豊臣秀吉の小田原攻めの後、廃城となった。
笛吹塚 新羅三郎義光は、兄八幡太郎義家の苦戦している後三年の役(1083〜1087)に参戦する途中、 足柄峠において笙の笛の師豊原時元の子時秋に笙の秘曲を伝授したといわれる。
聖天堂 弘法大師の建立と云われ、本尊は等身大の石仏で、秘仏として公開されない。 福運厄除、縁結びのご利益があるとして参拝者が絶えない。 毎年、4月20日に大祭が行われる。
万葉公園 足柄峠は古来から官道であったため、多くの人々が通り、歌を詠んでいる。 万葉集にも数首詩われているのが見られる。 万葉の歴史を記す公園として、昭和57年度に南足柄市によって設置された。
万葉集から 足柄の 御坂に立して 袖振らば 家なる妹は 清み見もかも
その他の
遺跡,句碑など
あずまはや橋、六地蔵、芭蕉句碑、足柄明神、唯念上人名号碑、生田蝶介歌碑、足柄古道など。
 (小山町観光協会、小山町)
足柄山 笛の調べ
八幡太郎義家の弟三郎義光は琵琶湖の畔り三井寺の近くの新羅の森で元服したから新羅三郎義光と云っていた。 戦乱の世にあっても風雅の心を失わず、笙は時の名人豊原時元に学んだ。 堀河天皇の御代に奥州の清原武衛等が叛いて兵を挙げたのでこれを鎮定するために、 八幡太郎義家が行った世に云う後三年の役で、この時的の抵抗強く義家苦戦と聞いて 三郎義光は数十騎の兵をつれて逢坂山を越え日を重ねて足柄峠に露営したのは寛治2年の仲秋の名月であった。 義光は豊原時秋を傍近く呼んで「 よく聞かれよ、我は御尊父より笙の秘曲を授り、これを後世に伝うべく託された。 然るにこの度戦場に赴く上は生死の程も計り難い。 我死なばこの道はすたれ先師の志をも空しうする。 只今これより相伝の秘曲を伝授すれば、貴殿はこれより京へ引き返しこの道を守られよ。 」と論じ、この大石の上に坐り伶人豊原時秋に笙の奥義を伝えた。
金時林道分岐
遊歩道に入ってから40分ほど散策した足柄城址を後にして、金時山へ続く道を緩やかに降っていきます。 ちょっとした駐車場を過ぎていくと土の道になりますが、3分ほど進んでいくと再び舗装路になります。 軽い登りになった坂道を進んでいくと、足柄峠から13分ほどで、金時林道が右手へ分れていきます。 手元の地形図によると、足柄峠の南南西700m辺りから分れていく実線の道になるようです。 角には道標が立っていて、右手の道は「林道金時線」、左手の道は「金時山80分」、 今来た道は「足柄駅80分・足柄峠10分」となっています。 ここからも富士山が見えますが、手前の樹木が少し邪魔をしていました。 ここは道標に従って、左手の道を進んでいきます。
林道 金時線
ここから先は、小山町が管理する林道です。 車の運転には、十分気をつけて通行して下さい。
 (小山町)
守ろう自然の緑 社会のマナー
 (小山町、静岡県林業会議所)
水源かん養 土砂流出防備 保安林
私たちの郷土とくらしを守る保安林を大切にしましょう。 保安林についての問合せは頭部農林事務所又は県庁治山課へ
 (静岡県)
あなたです 山を守るも 火を出すも
つけた火は ちゃんと消すまで あなたの火
 (南足柄氏消防本部)
引き続き緩やかな登り坂になった広い道を進んでいきます。 石垣の脇を過ぎていくと、金時林道分岐から9分ほどで、ひと際立派なガードレールが設置された所がありました。 その右手が開けていて、綺麗な富士山を望むことができました。
山火事注意 山歩き 心にいつも 火の用心!
たばこ・たき火は確実に消そう!
 (森林国営保険、神奈川県)
足柄峠コース分岐
眺めを楽しんだらその先へと進んでいきます。 砂利道になった道を5分ほど進んでいくと、道が広がって駐車場になった所があります。 ここから左手へと山道が分れていきます。 手元の地形図によると、847m峰の北側から東北東へ分れていく破線の「足柄峠ハイキングコース」になります。 角には道標が立っていて、左手の道は「夕日の滝60分」、正面の道は「金時山60分」、 今来た道は「足柄峠20分」となっています。 今回は金時山へは登らずに夕日の滝へ降る予定にしていますが、 左手の足柄峠ハイキングコースは以前にも歩いたので、 今回はこの先の金太郎ハイキングコースを降っていくべく、正面に続く広い道を進んでいきました。
保安林区域図
保安林内で木を伐採したり、植物や土石を採取するときは許可が必要です。 くわしい事は右記へお問い合わせ下さい。
 (神奈川県足柄上地区行政センター農林部林務課)
神奈川県「水源の森林づくり」契約地(水源協定林)
水資源を大切にしましょう。
 (神奈川県環境農政部水源の森推進課、神奈川県足柄上地区行政センター森林保全課)
車止めゲート
広くて緩やかな道を1分半ほど進んでいくと、道が膨らんだ駐車場があります。 その先には車止めゲートが設置されていました。 足柄峠から33分ほどの所になります。 手元の地形図によると、847m峰の辺りになるようです。 脇には道標が立っていて、正面の道は「金時山60分」、 今来た道は「駿河小山駅160分・足柄駅100分・足柄峠30分」となっています。 車止めゲートの脇を抜けてその先へと進んでいきます。
登山道入口に付き駐車禁止
 (金時茶屋)
注意
・落石に注意!
・ロープの取り扱い(過過重にならないように一人ずつ)
・凍結注意(凍結時は靴に縄等を巻くかアイゼンの装着)
かかがわ水源の森林づくり 水源林整備協定
森林は、雨が降ったときに土に水をたくわえ、きれいにしながら河川やダム湖などへ少しずつ時間をかけて流します。 そのため、水源地域に豊かな森林があれば、洪水や渇水は起きにくくなり、 私たちの生活に欠かせない水を安定的に確保することができます。 しかし、近年、手入れが行き届かずに、土壌が流出するなど荒れた森林が増えています。 そこで、神奈川県では、土壌保全を図りながら、 水源かん養機能が持続的に発揮できる「混交林」などへ誘導していく「水源の森林づくり」事業に取り組んでいます。 水源林整備協定は、県が所有者の方から土地をお借りして「混交林」へ誘導していく制度です。
 (神奈川県)
傾斜が増してくる坂道を登っていきます。 これまでよりも道幅は狭まるものの、自動車一台が通っていけるだけの幅はあります。 左右に分れていく細い道もありますが、尾根に真っ直ぐに続く広い道を進んでいきます。 車止めゲートから12分ほど進んでいくと、右手に戻るようにして道が分かれています。 手元の地形図によると、962m峰の北450m辺りから分れていく破線の道のようでした。 行く末は確かめていませんが、歩き出しの所は広い道になっていました。 今回はその道は見送って、正面に続く道を更に進んでいきます。
広い坂道を登っていくと、松が何本か生えるちょっとした高みに着きます。 手元の地形図によると、962m峰の北250m辺りの標高950mほどの高みになるようです。 緩やかになった高みを進んでいくと、左手に水溜りが幾つか並んでいました。 なぜこんな山の上に水が溜まっているか不思議でしたが、 脇に立つ標柱によると、シートが敷かれているようでした。 水溜りにはカエルが棲んでいるようで、 「カエルツボカゼ対策簡易マニュアル」の資料がビニール袋に入れられて吊るされていました。
お願い
シート破れ防止の為、アイゼン装着及びストックをもって入らないでください。
旅立つまで温かく見守ってやりましょう。
962m峰
高みを過ぎていくと僅かに降るようになります。 広くて快適な道を5分ほど進んでいくと、開けた所に着きました。 手元の地形図にある962m峰になるようです。 足柄峠から1時間ほどで到着しました。 正面には金時山が間近に聳えていて、右手には綺麗な姿の富士山が裾野を広げていました。 ここは猪鼻砦があった所のようで、その解説板が設置されていました。
猪鼻砦跡
猪鼻砦は、金時山から足柄峠方向へ下る尾根の最初のピークに位置しており、 御殿場側から望見すると、ちょうど猪の鼻の先端部の形に見えるため「猪鼻砦」と名付けられたものと思われる。 地蔵堂近くの古城跡「定山」から、一の金王、二の金王、三の金王を登り詰めると当砦に至る。 ここから、小山町新柴へと尾根道が続いており、 猪鼻砦は金時山から足柄峠、「定山」から新柴へと続く尾根道を押さえる目的で築かれ、 足柄城の南方を守備する砦として重視されていた。 足柄城からは2.7kmの距離にある。
お昼を僅かに過ぎた時刻になったので、右手に設置されているベンチに腰を掛けて、 正面に見える富士山をおかずにしながら昼食タイムにしました。 朝のうちは雲ひとつない晴天でしたが、ここまでくると西の方から雲が少し流れてくるようになってきました。 一時、富士山の山頂にもちぎれ雲がかかっていましたが、少し待っていると流れていきました。 今回のルートでは富士山が見える最後の場所になるので、心ゆくまで眺めを楽しんでいきました。
お腹も満ちて富士山も堪能したら、道標「夕日の滝」に従って、 「金時山ハイキングコース」を降っていきます。 背丈以上もある笹竹が生い茂る中に細い道が続いていますが、2分ほど降っていくと道幅も広がってきます。 雑木林の尾根を降るようになると、962m峰から4分ほどで、緩やかな開けた感じの所に出ました。 そこを過ぎて、両側に笹の生い茂る尾根を進んでいきます。 道の所々には「金時山」や「夕日の滝」を示す道標が立っています。
分岐などは特になくて、しっかりとして分かりやすい道が続いています。 傾斜が少し増した所もあったりしますが、概ねは歩き易い道になっていました。 点々と設置されている道標を確認しながら降っていきます。 尾根から20分ほど降っていくと、道の右側に緑色の金網が現れますが、 地面に付くように低くなっている所もあって、あまり用をなしていないようでした。 時折樹間から見える明神が岳などの箱根外輪山を眺めながら、快適に降っていきます。
尾根から25分ほど降った所にある「水源の森林づくり(水源立木林)」の看板を過ぎていくと、 道には赤い頭をした「水源の森林」の標柱が点々と続くようになります。 引き続き広くて歩き易い道を降っていくと、尾根の左斜面を降るようになります。 植林帯の中をジグザグに曲がりながら降っていくと、涸れ沢の脇に出ます。 尾根から38分ほど降ってきた所になります。 そこから再び沢から少し離れた所を進んでいきます。
沢渡り
「水源の森林づくり(水源立木林)」の看板を過ぎて更に進んでいきます。 「神奈川県森林公社分収造林地」の看板を過ぎていくと、左手を流れる沢を渡っていきます。 尾根から45分ほど降ってきた所になります。 大きな石がゴロゴロとしていますが、水は僅かに流れているだけなので、難なく渡っていけます。 沢を渡る手前と渡った先には道標が立っていて、この先の道は「夕日の滝」、 今降ってきた道は「金時山」となっています。
沢渡り
沢沿いに続く道を3分ほど進んでくと道標が立っていて、 右手の沢を渡っていく道は「夕日の滝」、今来た道は「金時山」となっています。 先ほどと同じく大きな石がゴロゴロしていますが、流れる水は僅かなので、難なく渡っていきます。 沢を渡った所にも道標が立っていました。
たき火・たばこに注意
 (神奈川県、森林国営保険)
足柄峠コース合流
沢を渡って笹竹の生える道を進んでいくと、植林帯へ入っていきます。 右手から流れてくる細い涸れ沢に架かる木橋を渡ったりしながら、植林帯の斜面に続く道を降っていきます。 山襞を過ぎて植林帯を更に降っていくと左手へ曲がって、三度目の沢を渡っていきます。 ここでも流れる水はそれ程多くはなかったので、石伝いに渡っていけました。 沢から上がると、左右に通る道に出ました。 962m峰から1時間5分ほどで降りて来られました。 左手から降ってくる道は「足柄峠ハイキングコース」で、 これまで降ってきた「金時山ハイキングコース」との合流点になります。 ベンチもふたつ設置されているので、ひと休みしていくのにはいい所です。
(写真は沢を渡ってから振り返って写したものです)
沢の左岸に続くしっかりとした道を進んでいきます。 沢には砂防ダムがあって、流れ落ちる水が心地よい音を響かせていました。 雑木林から植林帯になった道を降っていくと、沢から上がって4分ほどで東屋が立っています。 すぐ横を流れる沢には砂防ダムがあって、水が勢い良く流れ落ちていました。 脇には「地蔵堂(足柄峠・夕日の滝)金時山ハイキングコース」と題した大きな看板が設置されています。 今回の金時山ハイキングコースや足柄峠ハイキングコースが図示されていました。 ここでリュックを降ろしてひと休みしていきました。
東屋を後にして、その先に架かる小さな木橋を過ぎていくと、植林帯へと入っていきます。 緩やかで歩き易い道を4分ほど進んでいくと、左の斜面へ登っていく横木の階段が分れていきます。 道には「迂回路」の標識が立っていて、その階段を指しています。 正面の道が通れなくなっているようでしたが、その理由は分かりませんでした。 試しにどうなっているのかと思ってそのまま進んでいくと、1分ほどで崖崩れになっていました。 脇には「この先危険なため近寄らないでください」との立て札もありましたが、 何とか通って行けそうな状況で長さも僅かだったので、引き返さずにそのまま進んでいきました。 歩き易くなった道をそのまま緩やかに降っていくと、 先ほどの迂回路の標識の立つ所から3分ちょっとで、左手の斜面から横木の階段が降ってきていて、 角には「迂回路」の標識が立っていました。 元からあった山道なのか、迂回路にしてはよく踏まれてしっかりとした道でした。
夕日の滝分岐
迂回路を合わせてその先へ進んでいきます。 山襞を過ぎて植林帯を降っていくと、コンクリートブロックが敷かれた所がありました。 そこを過ぎて左手に沢を眺めながら広くなってきた道を降っていくと、T字路のような所に出ました。 その手前には道標が立っていて、左手の道は「夕日の滝」、 今降ってきた道は「金時山130分」となっていました。 右手の道には何も示されてはいませんでしたが、少し先で細くなっているようでした。 左手へと続く広い道を進んでいくと、すぐに小屋が建っていて、そこからは舗装路になってきました。 畑地や民家を過ぎていくとT字路に降り立ちました。 正面の右手は駐車場になっていました。 角に立つ道標によると、右手の道は「夕日の滝」、今降ってきた道は「金時山」となっています。 地蔵堂バス停へは正面の道を降っていくのですが、夕日の滝まで往復してくることにしました。
夕日の滝バンガローを過ぎて植林帯へ入っていくと、 「付近の観光案内」と題した大きな看板が設置されていました。 21世紀の森・矢倉岳・万葉公園・足柄峠・金時山・矢倉沢峠・明神ヶ岳・大雄山最乗寺などを巡るコースが図示されていました。 僅かな林を抜けて沢に出ると、赤い欄干の橋が架かっていました。 橋を渡った正面には「金太郎のふる里 足柄山」と題した石碑があって、 その上には金太郎の像に加えて、熊・猿・兎と思われる像も並んでいました。 石碑の前を右折して、夕日の滝へと向かっていきます。
金太郎のふる里 足柄山
金太郎の歌 作詞/石原和三郎 作曲/田村虎蔵
一、 まさかりかついで金太郎 熊にまたがり お馬のけいこ
はいしどうどう はいどうどう はいしどうどう はいどうどう
二、 足柄山の山奥で けだもの集めて 相撲のけいこ
はっけよいよい のこった はっけよいよい のこった
夕日の滝
水の流れを過ぎて短い木橋を渡っていくと、大きな樹木が何本も生えて木の根が張り出した所を通っていきます。 大きな岩が剥き出しになっていたりもする所を進んでいくと、正面に夕日の滝が現れました。 垂直に切り立った崖の上から滝壺へ向かって真っ直ぐに水が流れ落ちていました。 962m峰から1時間35分ほどで降りて来られました。 尾根にあった道標では85分とのことでしたが、それよりも10分ほど余計にかかりました。 水音を聞きながら、ここで最後の休憩をしていきました。
夕日の滝
この滝は、酒匂川の支流内川にかかており、高さ約23m、幅約5mです。 夕日の滝という名称は、夕日に映えるその美しさからきているようですが、 説によると、毎年1月15日に太陽が滝口の中央に沈むので、その名がつけられたと伝えられています。 また、昔はこの滝より下に6滝ありました。 この滝は、金太郎の伝説と深い関係があります。 金太郎はこの滝の水を産湯に使い、足柄山で育ったと言われており、 下流には、金太郎の生家跡や子供の頃に遊んだと伝えられる「かぶと石」,「たいこ石」があります。 源頼光と主従関係を結び、坂田公時と名を改めたのもこの地だと伝えられています。
先ほどの夕日の滝分岐まで引き返して、地蔵堂バス停へと向かっていきます。 坂を降った所の橋を渡って舗装路を降っていきます。 民家が散在していて、右下の谷筋には田んぼが広がり、長閑な山村風景が続いていました。 長者橋の先へと続く黒白林道を右手に分けていくと、 足柄人形を作っている金太郎窯がありました。 中を伺ってみると、小さな人形が沢山並べて売られていました。
足柄人形
足柄地方は万葉集など古くから歌に詠まれた史実と伝説に富んだ所です。 その足柄の歴史・芸能・民話に登場する人物などを創作しています。 小さいながら生命力いっぱいの人形たち、素朴なもの、格調高いもの、どれも丹精込めて造った自信作です。 身近に置いて、また贈物としてご愛願いただければ幸いです。
 (金太郎窯)
金太郎遊び石
金太郎窯を過ぎて坂道を降っていくと、 右手の広場のような所に「四万長者屋敷跡と金太郎遊び石」と題した解説板が立っています。 広場へ入っていくと、金太郎・熊・猿・兎の顔出し板の先に大きな石がありました。 これが金太郎遊び石というようです。
四万長者屋敷跡と金太郎遊び石
昔、金太郎は足柄の山中で育ったと言われていますが、 その出生の言い伝えの一つに「地蔵堂の四万長者というお金持ちの娘が、酒田村(現在の開成町)の 酒田氏に嫁入りしたが、わけがあって実家に戻り金太郎を生んだ」という話があります。 この四万長者は、現在の佐藤家(中島屋敷)だと言われており、 金太郎が使ったと言われている馬の鞍が、同家には保存されています。 また、金太郎が子供の頃に遊んだと伝えられている「かぶと石(正面上側)」,「たいこ石(正面下側)」が残っています。
屋敷跡…南足柄市矢倉沢2300番地
地蔵堂(じぞうどう)バス停
正面に矢倉岳を眺めながら緩やかに降っていくと、右手の下に駐車場が広がってきます。 駐車場を眺めながら降っていくと、地蔵堂バス停があります。 夕日の滝から18分ほどで到着しました。
大雄山駅(伊豆箱根鉄道大雄山線)まで、関本行きバス,または,新松田行きバスにて24分、 便は余り多くありません。
 土日曜 ...12:25 13:55 14:25 15:00 15:25* 15:40 16:25 17:25
(15:25発の便は3月15日〜12月15日の間のみ運行)
地蔵堂
地蔵堂という地名の起こりは、この地に地蔵菩薩がまつられてからのことでしょう。 堂内の地蔵尊は鎌倉時代の作といわれ、大きさは人の背丈ほど、温顔で慈悲の心が満ちあふれています。 この地には金太郎が生まれ育ったという伝説が古くから伝わり、金太郎の産湯の水につかったという 夕日の滝や遊び石などがあります。 そのほか、お正月の松飾りにはかしの木を使う風習や、 田畑を四万町歩も持っていたという四万長者の物語も残っています。 足柄峠へ通じる道は、古くからひらけ、江戸時代には旅籠が数軒あってさかえていました。 今でも「富士屋」、「大黒屋」などの屋号が残っています。
地蔵堂
地蔵堂バス停の傍には、その名前の元になっている地蔵堂があります。 一部に読めない文字もありましたが、解説板の内容を載せておきます。
神奈川県指定重要文化財
木造地蔵菩薩一躯】  鎌倉後期の作と云われ、像高は1メートル98センチ5ミリ檜材の寄木造りで_部の彩色に特徴があり、 朱地に銀泥で雲丈、蓮唐草、雷文、麻の葉つなぎ、七宝つなぎなどの文様が描かれている。 かなり強い目や張りのある頬、鋭い衣文線など東国で流行した鎌倉彫刻の様式が出ている。
地蔵堂内厨子一基】  桁行1メートル60センチ梁行92センチの大きさの入母屋造りで、軸部は禅宗様になっている。 軒は和様の二軒繁垂木の_裏様厨子でもあるのが特色。 年代は木鼻などの細部の性質から見て室町時代と推定される。 また木鼻が頭貫だけではく飛貫と腰貫にもつけられているのは県下では類例の少ない技法である。
 (南足柄市教育委員会、地蔵堂自治会)