大磯鷹取山
散策:2008年11月中旬
【低山ハイク】 大磯鷹取山
概 要 鷹取山は大磯町にある低山です。 山頂には鷹取神社があって関東ふれあいの道「鷹取山・里のみち」の一部にもなっています。 今回は西側から「鷹取山・里のみち」の通る尾根に出て鷹取山へ登り、 北側にある小ピークを経て「霧降り渓流のみち」から妙覚寺へと降るルートを歩きます。
起 点 大磯町 月京バス停
終 点 平塚市 寺前橋バス停
ルート 月京バス停…東昌寺…登り口…山道出合…鳥居…鷹取神社…72番鉄塔…73番鉄塔…霧降り渓流のみち…立石分岐…松岩寺分岐…上吉沢八剱神社…妙覚寺…寺前橋バス停
所要時間 2時間20分
歩いて... 鷹取山へ登る道には長い横木の階段が続いています。 汗をかきながら息を切らせて登り着いた山頂は樹木に囲まれていて展望は得られませんが、 妙覚寺へと降る高台の畑地からはいい眺めが広がっていました。 当初は鷹取山の北側にある小ピークから東へ伸びる山道を歩く予定でしたが、 残念ながら立入禁止になっていました。
関連メモ 鷹取山・里のみち, 霧降りの滝, 霧降り渓流のみち, 大磯鷹取山, 大磯鷹取山, 大磯鷹取山, 大磯鷹取山
コース紹介
月京(がっきょう)バス停
大磯駅(JR東海道線)から、[磯01][磯14]二宮駅北口行きバスにて8分、 1時間に1本から2本程度の便があります。
大磯駅から、[磯13]湘南大磯住宅行きバスで東海大学大磯病院バス停まで行っても、 月京バス停のすぐ傍まで来られます。1時間に2本から3本程度の便があります。 また、二宮駅(JR東海道線)からも、1時間に1本から2本程度の便があります。
大磯鷹取山
今回の鷹取山は大磯町にあります。 神奈川県で鷹取山と云えば三浦半島にある山が有名ですが、 それと区別するために「大磯鷹取山」というタイトルにしました。 (正式名ではありません)
月京バス停から西へ100mほど進んでいくと県道63号に出ます。 その右手には大磯町役場の国府支所があり、その前には「関東ふれあいの道」の案内板が設置されています。 道標も立っていて、今来た道は「鷹取山里のみちL=8.9km・鷹取山3.1km」となっています。 今回のルートは、尾根から鷹取山を経て小ピークへの分岐までは、 関東ふれあいの道「鷹取山・里のみち」を歩きます。 信号を右折して月京歩道橋の下を過ぎ、県道63号を北へ向かっていきます。
関東ふれあいの道
関東ふれあいの道は、一都六県を巡る自然歩道です。 沿線の豊かな自然にふれ名所や史跡をたずねながら、ふる里を見直してみませんか。
鷹取山・里のみち  この道は県内17コースのうち8番目のコースで、終点南平橋(金目川)まで8.9kmです。 ここ大磯町国府支所から東へ進み、国府祭が行われる馬場公園、神揃山の前を通ります。 諏訪の下橋から不動川沿いを上り東の池まではのどかな水田地帯が広がり、水鳥を観ることができます。 県道を横断してからは鷹取山への登り坂となり雑木林の中を歩きます。 坂を上りつめると鷹取神社の境内にでます。 ここからは畑の中を進み、途中富士山や表丹沢の山並みが一望できる路傍休憩地を通ります。 この先のみどころは、妙円寺(銭洗い弁天)、土屋一族の墓、土屋城址、大乗院、熊野神社などがあります。 車道もありますので十分注意してください。
 (神奈川県自然環境保全センター自然公園課)
大磯町消防署国府分署を過ぎていくと、やきとり屋の先に架かる短い月京橋を渡っていきます。 ここからは左手に谷戸川が流れるようになります。 正面には、これから向かっていく鷹取山が聳えています。 谷戸川に架かる蓼ヶ尻橋を見送って、おおいそ学園入口バス停を過ぎ、国府中学校入口交差点を直進していきます。
西乃池橋を見送って県道を真っ直ぐ進んでいきます。 信号機のあるT字路を直進していくと東海道新幹線のガードをくぐっていきます。 ガードを過ぎて数10mの所の左手に短い橋が架かっています。 この橋を渡って、谷戸川の右岸沿いの道を進んでいきます。
左手へ分かれていく道を見送って谷戸川沿いに進んでいくと、 道端に双体のお地蔵さんが二つ並んで佇んでいました。 そこを過ぎていくと道が二手に分かれています。 鷹取山へは右手へ曲がっていく道を進んでいくのですが、 左手へ分かれていく道のすぐ先に東昌寺があるので、ちょっと立寄っていきました。 角には「曹洞宗 生澤山 東昌寺・相模之国第六番札所」と書かれた看板が立っていて、左手の道を指しています。
東昌寺
民家の横を過ぎて真っ直ぐ進んでいくと、正面に東昌寺があります。 右手に「曹洞宗」、左手に「東昌寺」の表札が掛かる石門から境内へ入っていきます。 赤い帽子と前掛けをした六地蔵に出迎えられて真っ直ぐ進んでいくと、正面に立派な本堂がありました。 右手には庫裡と思われる民家風の建物があり、左手には墓地が広がっていました。 お寺の謂れなどを記したものは見かけませんでしたが、 「国府小学校発祥之地」と刻まれた石碑が立っていました。
墓参のこころえ
まず本堂のご本尊様に合掌礼拝してからご自分のご先祖様のお墓にお参りしましょう。
・飼い犬や猫等を連れて入らないで下さい。
・古仏花以外のゴミは必ずお持ち帰り下さい。
・タバコのポイ捨てやめて下さい。
 (東昌寺)
先ほどの分岐まで引き返してその先へ進んでいくとT字路があります。 左手の道は行止まりである旨の板が正面に取り付けられていました。 右手すぐの所を流れる谷戸川に架かる短い橋を渡り、 その先にある背の高いカーブミラーが設置された十字路を左折していきます。 立派な門構えの民家などを過ぎていくと小田原厚木道路が現れます。 道路の下を過ぎて少し進んでいくと、道が二手に分かれています。 更に右手の民家への道もあって四叉路のようになった所です。 道標類は見かけませんでしたが、鷹取山へは右斜め前方の道を進んでいきます。
登り口
石垣や生垣に沿って緩やかに登っていくと、正面に民家が現れます。 広めの道はここで行止まりになっていますが、手前から右手へ細い山道が分かれていきます。 道標類は見かけませんでしたが、ここが鷹取山への登り口になります。 月京バス停から33分ほどで到着しました。 角に立つ電柱には、リスが纏を持った山火事注意の看板が括り付けられているので目印にしましょう。 左手にある小屋には犬が数匹いて吠え立ててきましたが、鎖で繋がれているので安心でした。
小さな火 "まさか"がおこす 山の火事
 (神奈川県)
細い道へ入って道なりに左へ曲がっていくと、民家の裏手に続く登り坂になってきます。 道端にスイセンが植えられた細い道を登っていくと、板が渡されて補強された所もあったりします。 そこを過ぎていくと、すぐに森の中へ入っていきます。 雑木林の尾根にU字型に窪んだ広めの道が続いています。 道は明瞭に続いていますが傾斜がかなりあって、脹脛が痛くなってきたりもします。 道には落ち葉がかなり積もっていました。 私の前にも誰か歩いたようで、足跡が見受けられました。 歩く道として認められているようで、先ほどと同じ山火事注意の標識が樹木に取り付けられていたりもします。
山道出合
急坂を3分ほど登っていくと、抉れもなくなって緩やかな尾根道になってきます。 山火事注意の赤い標柱を過ぎていくと、再び登り坂になってきます。 竹混じりの雑木林の尾根に続く広めの道を登っていくと、 麓の登り口から6分ほどで、左右に通る尾根道に出ました。 登り着いた所には道標は立っていませんが、 右手の道の数10m先には送電線の鉄塔「西湘線71」が立っていて、道はそこで行止まりになっています。 左手の道のすぐ先は分岐になっていて、その角に関東ふれあいの道の道標が立っています。 それによると、右手へ降っていく道は「国府本郷2.0km・月京2.3km」、 正面の道は「鷹取山0.7km」となっています。 右手から登ってきて鋭角に折れ曲がって正面の尾根へと続く道は、 関東ふれあいの道「鷹取山・里のみち」になります。 ここは道標「鷹取山」に従って、正面に続く尾根道を進んでいきます。 ここから鷹取山を越えた先までは「鷹取山・里のみち」を歩いていきます。
あっ!その火が山を灰にする
私たちの自然を守りましょう
 (大磯町消防本部)
道端に笹の生い茂る所を過ぎてU字形に抉れた所を登っていくと、すぐに緩やかな尾根道になってきます。 先ほどの山道出合から1分半ほど進んでいくと植林帯へ入っていきますが、1分ほどで雑木林に変わります。 大木が生えていたりもして、雰囲気のいい歩き易い道が続いています。
引き続き広くて緩やかな道が続きます。 植林帯の脇を過ぎていくと再び雑木林になります。 道端に笹竹が生い茂るようになると横木の階段が現れますが、 段差はそれほど高くはなくて、歩き難いというほどではありませんでした。
山火事注意 火の用心!
たばこ・たき火は確実に消して!
鳥居
横木の階段を登っていくと、1分もしないうちに鳥居の立つ踊り場のような所に着きました。 山道出合から10分ほどの所になります。 何段あるのかと数えながら登ってきましたが、横木の階段は52段ありました。 脇にはテーブル・ベンチも設置されていて、ひと休みしていくのに良い所です。 野鳥の解説板を読んだりしながらひと息入れていきました。 その袂には関東ふれあいの道の里程標があって、 この先の道は「下大槻6.1km」、今来た道は「月京2.8km」となっています。
この附近の野鳥
シジュウカラ 全長約14.5cm。 頭は黒くほおは白い、のどから胸、腹にかけてネクタイのような黒い縦すじが一本ある。 ツツピーツツピーと鳴く。
メジロ 全長約11.5cm。 体の上面は暗黄緑色で、喉は黄色く目のまわりは白い輪になって見える。 チーチュルチーチュルチチルチチルと鳴く。
エナガ 全長約13.5cm。 体は白く翼と尾は黒く、背に赤紫色がある。 長い尾を振りながら活発に行動し、木の幹にとまり樹液をのむこともある。 ジュルリ、ジュルリ、チーチーチーと鳴く。
コゲラ 全長約15cm。 背は褐色と白の横じまで、最も小さなキツツキ。 木の幹にたてにとまり、虫などを食べる。 ギィーッ、ギィーッキッキッキッと鳴く。
カワラヒワ 全長約14.5cm。 体は緑褐色、背と尾のつけねに黄色斑が目立つ。 群れて行動し、かわいらしい声で、キリリコロロと鳴く。
ウグイス 全長約15cm。 体は茶褐色で淡い眉斑があり、体の下面が少し淡い。 体を左右に活発に動かしながら枝移りする。 ホーホケキョ、ケケケケケキョ、ケキョと鳴く。
貴重な自然を大切にしましょう!!
 (環境庁・神奈川県)
ひと休みしたら、すぐ先から続く横木の階段を更に登っていきます。 段差は引き続きそれほど高くはないものの、かなりの傾斜があって、息が切れていたりもします。 汗が噴出してきたりもするので、何度も立ち止まって汗を拭いながらゆっくりと登っていきました。 尾根を真っ直ぐ登っていくのではなくて、クネクネと曲がりながら続いています。
5分ほど登って小さな祠のある所までくると、傾斜が緩やかになって道幅もぐっと広がってきます。 そこから右へ少し曲がって、間隔が広がって歩き易くなった横木の階段を更に登っていきます。 石段の手前までくると、「鷹取山自然環境保全地域」の三本柱の標識が立っています。 途中ではっきりしない部分もありましたが、鳥居の立つ所から続いた横木の階段は250段ありました。
鷹取神社
18段ある広い石段を登っていくと鷹取神社の境内に着きます。 山道出合から19分ほど、麓の登り口から28分ほどで登って来られました。 周囲は樹木に囲まれていて展望は得られません。 この日は家を出るのが遅かったので、ここに着いた時には正午をかなり過ぎていましたが、 脇に設置されているテーブル・ベンチに腰を掛けて遅めの昼食タイムにしました。
社殿の屋根には2本の鰹木が乗り内削ぎの千木が聳えていました。 千木は屋根の両側に一組ずつあるものとばかり思っていましたが、 ここのは縦向きに並んでいて一組しかありませんでした。
鷹取神社御由緒と沿革
鎮座地大磯町生澤1401
祭 神木花咲夜姫命
境内地277坪
保安林2,400余坪
鷹取神社は、生澤地区の鎮守氏神様として鷹取山 (218.98m)の山頂に鎮座し、御創建は天長3年(826)3月と 伝えられる。御創建当時の名称は「直下社」と言われた。 鎌倉時代の文献東鑑によると「建久2年4月27日相模国生澤直下社神主清包 地頭土屋三郎云々」と見える。これによると当神社は鎌倉時代には 専住の神主が在住し、執事していた事が知られ大変賑わいを見せた神社であったと思われる。 小田原北条氏も信仰が篤く、多くの社領の寄進があり、一説には300貫と言われる。 鷹取山の名は、古くは栗原山等の名があったが、 現在の名は、徳川家康が平塚の中原で鷹狩りを行なった時、その愛鷹が この山までにげてきて捕えた事から名付けられた。江戸時代の始め寛文元年 3月の当神社棟礼には、鷹取直下社造営と見える。 天正19年徳川家康公より社領2石の御朱印があり、御祭神が富士浅間社と 同じであることから、江戸中期から明治の始め頃までは鷹取浅間社と言われるように なったが、明治6年鷹取神社と現在と名称になり、同年指定村社に列せられた。 木花咲夜姫の神様は大山祇神と言う尊い神様の御子神であ、木の花(桜の事)の 咲くような美しい姫神様です。湧水を司さどられ豊作物の豊作の守護神であり、 又助成の方は熱心に参拝祈願をすると少しづつより美人となっていくという 御神徳の高い神様です。
境内には大きなイチョウやシイの木などが生えていました。 解説板なども設置されているので、それらを読んだりしながら、 長い横木の階段を登ってきた疲れを癒していきました。 この鷹取神社のある一帯は広くてなだらかになっていて、鷹取山の山頂部を成していますが、 地形図にある標高219mの三角点がある山頂は、ここから少し外れた所にあるようです。
後日に三角点を確認しました。 鷹取神社の北側の小広くなった所のすぐ先の左側に僅かな高みがあり、 その中ほどに「三等三角点」と刻まれた石標がありました。
神奈川県指定天然記念物 鷹取神社の社叢林
鷹取神社の周辺は、うっそうとしたスダジイやタブノキなどの 常緑広葉樹林で囲まれて、深山に鎮座する神社の風格を思わせています。 最も発達した樹林は、鷹取神社西側にみられ、胸高直径12 5センチのタブノキの老木を伴うタブノキの優占する林で、林高は27m、 高木層の植被率は90%に達して斜面を被い、これらの樹木が斜面崩壊を防いでいます。 神社東側のゆるやかな傾斜地にはタブノキとともに、木肌が鹿 の子模様にはがれるカゴノキがみられます。さらに、参道の周辺 にはスダジイ林が帯状に残され、傾斜地の尾根部を占めています。 また、参道下部や急斜面部には胸高直径が90cmのカラスザ ンショウや、オオシマザクラ、アカメガシワ、エノキなどの混生した夏緑広葉樹林がみられます。 林内にはアオキ、シロダモ、ヤブニッケイ、ヤブツバキなど常緑 の亜高木や低木が優占し、神奈川県の中部を北限とし、沖縄まで 分布するモクレイシが混生しています。林床にはカブダチジャノヒゲ、 キヅタ、ツルマサキ、ヤブコウジ、ヤブランなどど、県下では 比較的固体数の少ないカラタチバナがみられます。 鷹取神社の樹叢は、近くにある高麗山の樹林とともに、神奈川県の 郷土の森を代表する樹叢として景観的に貴重であるだけでなく、 この地の原植生の面影をとどめる学術的にも貴重な樹叢であります。
かながわの名木100選 鷹取神社の大タブノキ
鷹取山頂の一角にそびえ、幹に裂目を生じているが、樹勢は旺盛な古木である。 周辺の自然林を含めて大磯町の天然記念物に指定されている。
樹高:18m 胸高周囲:5.0m 樹齢:約400年(推定)
タブノキは、本州から沖縄に分布する常緑高木で、照葉樹林の代表的な木である。 樹高25m、胸高周囲10m、樹齢約700年に達するものもあると言われている。
 (神奈川県)
お腹も満ちて疲れも癒えたところで、鷹取神社を後にしてその先へと進んでいきます。 社殿の左手には関東ふれあいの道の道標が立っていて、 その奥へと続く広い道は「南平橋5.9km・弘法山9.6km」、 今来た道は「月京バス停3.0km・大磯海岸」となっています。 社殿の脇を過ぎていくと、土管が二つ立っていて車止めになっていました。 その間には「出入口につき駐車禁止」の立て札もありました。 その先は小広くなった広場のようになっていて、その先へと簡易舗装された道が続いています。 自動車一台が通っていけるだけの広さがある歩き易い道になります。 「駐車禁止」というほどなので、ここまで車で登って来られるようです。
この附近の樹木
鷹取山の自然林】  山頂一帯は、大きなタブ、スダジイなどの常緑広葉樹におおわれた県内有数の自然林で、 神奈川県の自然環境保全地域と大磯町の文化財に指定されています。
自生している主な樹木】  タブ、カゴノキ、スダジイ、ヤブニッケイ、ヤブツバキ、モクレイシ、アオキ、 カラタチバナ、トベラ、ヒサカキ、テイカカズラ、ツルグミ
どんないきものとふれあえるかな】  この道を歩いてみるといろいろないきものに出会うと思います。 かれらがどんな生活をしているかそっと観察してみましょう。
貴重な自然を大切にしよう!!
 (環境庁、神奈川県)
鷹取山の自然林(町指定)
鷹取山には、スダジイ・タブを主体にした、 この地方本来の自然植生が保存されています。 特に鷹取神社境内一帯は、カゴノキ・モクレイシが 自生しているほか、スダジイ・タブ等には高麗山をしのぐ巨大樹も認められます。 また、モミが多数生存しているなど注目に値する点も多く、 1haにも及ばない小面積の中に密度の濃い貴重な自然林を形成しています。
お願い  この天然記念物を、伐採したり荒らしたりしないで、大切に保護してください。
 (神奈川県教育委員会、大磯町教育委員会)
雑木混じりの植林帯を降っていきます。 浅い鞍部を過ぎて登り坂になってくると、道の右手にパイプ製の手摺が続くようになります。 手摺が終わって高みに着いて降り坂になってくると、道の両側に有刺鉄線の柵が続くようになります。 緩やかになった所を過ぎて僅かに降るようになると、 左側の柵が開いていて、そこから山道が分かれている所がありました。 鷹取神社から6分ほどの所になります。 広めのしっかりとした道になっていて気になりましたが、行く末を確かめるのはまたの機会にということにして、 そのまま広い尾根道を進んでいきました。
手元の地形図によると、この西側に送電線の鉄塔がありそうなので、 左手に分かれていく山道は、その鉄塔へ続く巡視路なのかも知れません。
右手の鉄線柵が一旦途切れた道を進んでいくと、パイプ製の柵が再び現れます。 緩やかになった道を進んで僅かに登るようになると、右手へ広い道が分かれていきます。 高みを越えてその先へと降っていくようでしたが、そのまま正面に続く広い道を進んでいきます。
コンクリートブロック塀を過ぎて軽く登っていくと、右手に戻るようにして広めの山道が分かれていきます。 簡易舗装された広い道はこの先へと降っていきますが、今回はこの右手の道を進んでいきます。 手元の地形図によると、ここは鷹取山の北400m辺りにある破線の道の分岐点になるようです。
(正面の広い道をその先へ降っていくと、「霧降り渓流のみち」への分岐点があります)
72番鉄塔
すぐに左手へ折れ曲がって尾根を登っていきます。 雑木混じりの植林帯の尾根に続く道を緩やかに登っていきます。 程なくして雑木林へ変わってくると、先ほどの分岐から1分半ほどで、 送電線の鉄塔「西-平72号」が立つ高みに着きました。 周囲は樹木に囲まれていて展望は得られません。 手元の地形図によると、鷹取山の北500m辺りにある標高200mほどの高みになるようです。 鉄塔の下を過ぎてその先へと続く道を進んでいきます。
73番鉄塔
引き続き、山道にしては広めの道を進んでいきます。 頭上を見上げると、進行方向に沿うようにして送電線が続いていました。 雑木林に続く緩やかな道を進んでいくと、72番鉄塔から2分半ほどで、 送電線の鉄塔「西-平73号」が立っていました。 鷹取神社から16分ほどで到着しました。 脇には「基準点No.8」と刻まれた石標もありました。 72番鉄塔の立つ所からここまでは標高がほとんど変わらず、一つのピークを成しているようでした。
この高みからは、右手に続く細めの道と、左手に続く広めの道の二手に分かれています。 当初は東へ伸びる破線の道として地形図にも載っている右手の道を歩いていこうと思っていたのですが、 生憎と入口には「危険につき立入禁止」の立て札があり、黄色テープで封鎖されていました。 その先を覗いてみると、細いながらもしっかりとした道が続いているようでしたが、 「危険!縦穴有り 立ち入り禁止」の紙も掛けられていたので、歩くのは諦めることにしました。 今回は左手に続く道を進んでいきました。
後日に来てみると、「立入禁止」の立て札などは無くなっていて通れるようになっていました。
(「大磯鷹取山」, 「大磯鷹取山」, 「大磯鷹取山」, 「大磯鷹取山」を参照)
霧降り渓流のみち
緩やかで広い道を進んでいくと、少し左へ曲がって降り坂になってきます。 その坂を降り切ると、73番鉄塔から1分もせずに、左右に通る山道に降り立ちました。 降り立った道は「霧降り渓流のみち」で、 正面には「湘南平・霧降り渓流のみち」の道標が立っていました。 それによると、左手の道は「鷹取山」、右手の道は「霧降りの滝・松岩寺」となっています。 左手の道を登っていくと、先ほどの72番鉄塔へ分かれていく道を見送って、 簡易舗装路をその先へ降っていった所に出ますが、今回は右手へと降っていきました。
火気に注意
(突然の転倒)
道端にはアオキなどが生い茂っていたりもしますが、道は広くて歩き易くなっています。 紅葉し始めた樹木もあったりするので、余所見しながら歩いていると、 突然前のめりになって転んでしまいました。 両腕でカバーして顔をぶつけることがなかったのは不幸中の幸いでした。 あまりに突然の出来事に何が起きたのかしばらく分かりませんでした。 少し落ち着いてから考えてみるに、先が切られた状態の木の根が道に突き出ていて、 それにつまづいたのでした。 がっしりとした固い根で、少々蹴った位ではビクともしません。 そのため、脚を出すタイミングと併せて、突然の転倒となったようでした。
手に持っていたデジカメは、地面に強く打ち付けてレンズが動かなくなってしまいました。 シャッターボタンを押してもピント合わせ動作はしないし、写すこともできません。 それでも無理やりレンズを回したり引っ張ったりしていると、何とかシャッターは切れるようになりましたが、 相変わらずピントは合いません。 レンズを手で回して液晶モニターで目視確認して焦点調節しながらの撮影になりました。 正規の位置にレンズがないので、四隅は黒くケラレてしまい散々な状況でした。 それでも写らないよりはマシと思ってそのまま写し続けましたが、 ピントのあまい写真ばかりになってしまいました。
(これ以降はそんな写真ばかりで見苦しいかと思いますがご容赦願います)
野草を取らないで
立石分岐
「霧降り渓流のみち」に降りた所から6分ほど進んでいくと、道が右手へと分かれていきます。 角に立つ道標によると、右手の道は「日之宮神社60m・立石140m」、 正面の道は「霧降りの滝・松岩寺」、今来た道は「鷹取山」となっています。 右手の道は以前にも歩いたので今回は省略して、正面に続く道を進んでいきました。 ちょっとした切通しのような所を過ぎていくと、少し傾斜のある坂を降るようになります。 滑って転んだりしないよう注意しながら、落ち葉を踏みしめながら降っていきました。
(右手の道は「霧降り渓流のみち」, 「大磯鷹取山」を参照)
注意
タバコの投げ捨て禁止。 緑を大切にしましょう。
 (平塚市消防本部、日本土地建物株式会社)
松岩寺分岐
傾斜が緩やかになった道を更に進んでいくと、立石分岐から6分ほどで分岐があります。 角に立つ「湘南平・霧降り渓流のみち」の道標によると、右手に戻るようにして降っていく道は「霧降りの滝0.6km・松岩寺1.4km」、 正面の道は「妙覚寺・寺前橋バス停1.3km」、今来た道は「鷹取山1.4km・関東ふれあいの道0.8km」となっています。 右手の道は霧降りの滝や吉沢の池や松岩寺などへ降っていけますが、 今回は正面に続く道を進んでいきました。
(右手の道は「霧降り渓流のみち」を参照)
自然を大切に
道の両側に笹の生い茂る所を登り気味に進んでいくと、1分もせずに高台にある畑地に出ました。 畑には長ネギが一面に植えられていました。 畑の左手には丹沢の山並みが横たわり、正面には平塚の街並みが広がっていました。 晴れているといい眺めなのだろうと思われますが、 この日は午後になって雲が広がってきて、遠くの方は生憎と霞んでいました。 高台の畑地に続く道を真っ直ぐに進んでいきます。
3分ほど進んでいくと、左手から道が合流してきます。 その道を合わせてその先へと更に進んでいきます。 畑地に出てから6分ほど進んでいくと、左手が降り斜面の畑地になっていて、 丹沢の山並みがよく見える所がありました。 丹沢大山と思われる高い山も聳えていましたが、生憎と霞んでいました。 草などを燃やしているのか、白い煙が一筋立ち昇っていたりもしました。 この辺りから、簡易舗装された道になってきます。
僅かな森を過ぎて左手の果樹園を過ぎて降っていくと、 正面には平塚の街並みが、その先には相模湾が広がるようになります。 晴れているとさぞいい眺めなのだろうと思いながら、高台に続く畑地を緩やかに降っていきます。
少し抉れた所を過ぎていくと、傾斜が緩やかになってきます。 ネギに混じってキャベツも植えられた高台の畑地の中を進んでいくと、左手へ道が分かれていきます。 その角には「神徳諸天妙福大神」と刻まれた石碑が立っていましたが、謂れなどは分かりませんでした。 左手の道は見送って、正面へ続く道を緩やかに降っていきます。
正面のこんもりとした森の横まで来ると、道が二手に分かれています。 角に立つ道標によると、右手の道は「妙覚寺0.4km」、今来た道は「鷹取山2.3km」となっています。 正面にも引き続き広い道が続いていましたが、道標には何も示されてはいませんでした。 ここは道標に従って、右手へと続く坂道を降っていきました。
上吉沢八剱神社
坂道を降っていくと、すぐ右手に神社がありました。 横から境内へ入って正面に回ってみると上吉沢八剱神社というようでした。 73番鉄塔の立つ高みから33分ほどで到着しました。 本殿と拝殿になった立派な社殿でした。 境内には由緒書きが二つありましたが、「剱」と「剣」と別の漢字が使われていました。 また平塚市保全樹木に指定されているケヤキの大木もありました。
八剱神社
鎮座地 平塚市上吉沢758
祭神 日本武命、須佐之男命、大日霊貴命
由緒 境内地362坪に日本武命が東夷東征のとき御休息せられ、土民が歓待し、 命が大に感激され、後に社が建てられた由。 天正19年(1591)11月、徳川家康公より、社領高一石五斗を寄付され、 明治3年上地、明治6年村社に列せられる。 同字ノ台の八坂神社、日の宮神社、山入の八坂神社、神戸の八坂神社合祀する。
御祭事 歳旦祭1月7日、祈歳祭3月7日、大祓式7月・12月、大祭10月7日、七五三11月15日、感謝祭12月7日
上吉沢八剣神社
上吉沢地区の鎮守。祭神は日本武尊、建速須佐之男命、大日霊貴命の三柱。 相殿として、神明と春日を祀る。創始の年代は不明であるが、伝承によると 日本武尊東征の折、この地に休息したところ、住民がこれを歓待したので、 尊は大いに喜ばれたという。この由縁をもって、尊を祭神として祀ったと 伝えられている。天正19年(1591)徳川家康は、社領1石5斗を寄進し、 また寛永20年(1643)中原代官坪井次右衛門が、本殿と拝殿を造営した。
四脚門のような形になった正面の鳥居をくぐって境内から出ると、 両脇から来る道と右手に分かれていく道と正面への道が集まる五叉路になっています。 角には道標が立っていて、左脇から降ってくる道は「鷹取山」、右手の道は「吉沢の池」、 正面の道は「妙覚寺」となっています。 右脇から降ってくる道は何も示されてはいませんでした。 右手の道を進んでいくと、吉沢の池や松岩寺へと続いていますが、 今回は正面の道を妙覚寺へと向かっていきました。
左手の道は上吉沢八剱神社の脇を通っていく道になります。
(左の画像にマウスカーソルを乗せると、振り返って写した写真が表示されます)
畑地の中に続く道を降っていきます。 ちょっとした森を抜けていくと、右手へと曲がっていく所に墓地があります。 その角から細い道が左手へ分かれていますが、そのまま広い道を右へと曲がっていきます。 畑地の中ほどにある土手のような所をクランク型に左・右と折れ曲がって降っていくと住宅地になってきます。 民家の間に続く道を降って傾斜が緩やかになるとT字路があります。 角には道標が立っていて、正面の道は「吉沢の池0.5km」、 左手の道は「妙覚寺・寺前橋バス停」、今来た道は「八剣神社0.3km」となっていますが、 妙覚寺へ向かって左手へと進んでいきます。
妙覚寺
住宅地に続く道を1分ほど緩やかに降っていくと、左手に「吉澤山妙覚寺」の表札の掛かる石門があります。 右手には中吉沢自治会館があります。 その門から境内へ入っていくと、妙覚寺の本堂や庫裡などが建っていました。
吉沢山宝積院妙覚寺
天台宗 本山比叡山延暦寺
開山 持長上人 康治元年開基(1141)
本尊 阿弥陀如来(開山当時薬師如来)
佛像 不動明王、地蔵菩薩像、持長上人像、牛頭天王(天王社)
石佛 延命地蔵、厄除地蔵、多宝塔等
本堂 天正13年再建。拝殿及び内陣柱斗きょう等は徳川前期のまゝ使用されている。
観音堂 昭和42年再建。相模新西国第二十六番。 本尊 準提佛母観音(子易観音)、三十三観音揃っておられ、慈覚大師御作といわれております。
四脚門 神奈川県指定文化財 昭和52年修復。 平安朝時代様式。残っている桂蟇股等は室町時代のもの。
妙覚寺は今の八剣神社の上八塚の丘陵に建立され、 周囲の山に不動堂、観音堂、鐘楼、又お寺(千平院)等もあり、 相当の大寺でありましたが、室町の頃か火災にあい、 すぐ下に再建されましたが再び焼失し、徳川の初め、 現在地に移ったと言われております。 又、大正12年の大地震に東海して大変小さくして翌年建てられました。 観音堂もともに倒れ、佛像は無事でしたので、観音堂に新しく安置されました。 四脚門は再度の火災をまぬかれ、そのまま現在の所に移されたので、 文化財に指定されました。八塚の所にありました当時を考えますと、 その大寺の面影をも見ることは出来ません。
正面には重要文化財にも指定されている四脚門があります。
(写真は門から出て振り返って写したものです)
神奈川県指定重要文化財 妙覚寺四脚門
四脚門とは、本柱筋の前後に各2本、計4本の控柱を立てるところから、この名があります。 妙覚寺の四脚門は、大正12年の関東大震災前には扉もあり、萱葺で、黒く 塗られていたため「黒門」とも呼ばれていました。 斗杉の背は高く、蟇股の形等も室町時代末の形式を示していますが。 実年代は桃山頃と推定されます。 鎌倉地方の室町末から江戸初期頃の四脚門が宗派を問わず禅宗様であるのに対し、 当四脚門は親柱の上部の頭貫や台輪など、部分的に禅宗様を取入れてはいるものの、 全体の意匠は軽快な和様の風があり、西相模における室町末から桃山時代の 建築様式の一端を伝える貴重な門です。
 (平塚市教育委員会)
寺前橋(てらまえばし)バス停
四脚門の先に並ぶ赤い前掛けの六地蔵に見送られて妙覚寺の境内から出ていきます。 不動川に架かる短い橋を渡って車道に出て、右手へ数10m進んでいくと寺前橋バス停があります。 上吉沢八剱神社から10分ほどで到着しました。
平塚駅(JR東海道線)まで、平塚駅北口行きバスにて15分から23分、 1時間に2本から3本程度の便があります。 (運行系統によって所要時間が違います)
車道を更に250mほど進んだ所の中沢橋交差点を左折していくと中沢橋バス停があります。 そこからだと、平塚駅北口までの便が1時間に5本から6本程度あります。