高取山
散策:2008年09月中旬
【低山ハイク】 高取山
概 要 高取山は丹沢大山の前衛にある低い山です。 今回はその東側にある聖峰を経て高取山へ登り、西側の寺山地区へと降るルートを歩きます。 不動尊の建つ聖峰の高台からは、新宿副都心や房総半島までも望むことができる素晴らしい眺めが広がっています。
起 点 伊勢原市 恵泉女学園前バス停
終 点 秦野市 東中学校前バス停
ルート 恵泉女学園前バス停…清掃工場分岐…コスモス園…登山口…山の神社…聖峰不動尊…小ピーク…弘法山分岐…高取山…ゴルフ場…クラブハウス…山乃神…清水湧水池跡…東中学校前バス停
所要時間 3時間20分
歩いて... この時は気温も高くて湿度も高く、聖峰を経て高取山へ登る道ではたっぷりと汗を搾られました。 息が切らせながら登り着いた聖峰の高台からの眺めは、残念ながら遠くの方は霞んでいました。 しかし麓の近くには綺麗な花が一面に咲いているコスモス園もあって、目の保養になったのでした。
関連メモ 高取山, 聖峰, 高取山, 浅間山林道, 高取山, 浅間山
コース紹介
恵泉女学園前(けいせんじょがくえんまえ)バス停
伊勢原駅(小田急小田原線)の北口から、[伊16]栗原行きバスにて15分、朝方には1時間に1本程度の便があります。
 全日 6:30 7:30 8:30 9:30 13:30...
今回は聖山を経て高取山へ登り、西側のゴルフ場を抜けて寺山地区へと降るルートを歩きます。
バス停からその先へ1分ほど進んでいくと分岐があります。 角には看板などが沢山立っていました。 また花の季節とあって、色とりどりのコスモスが綺麗に咲いていました。 脇には「塞座大神」と刻まれた石碑が佇んでいて、 「栗原ふれあいの里」と題した大きな案内図もあります。 角に立つ道標「聖峰40分・高取山1時間30分」に従って正面の道を進んでいくと、 すぐに栗原川に架かる栗原大橋を渡っていきます。
(ここから聖峰まで40分とのことですが、今回は1時間ほどかかりました)
清掃工場分岐
栗原大橋を過ぎていくと、1分もしない所にT字路があります。 聖峰や鷹取山へは正面の道の方が近道のようですが、 今回は少し遠回りをして左手の道を進んでいきました。 真っ直ぐに進んで突き当たりのT字路を右折していくと、 「埒の湧」への道が右手に分かれていきますが、 左手へ曲がっていく広い道を進んでいきます。 頭を垂れ始めた田んぼの稲穂などを見ながら進んでいくと、僅かに登り坂になってきます。 神奈川県水道局の善波揚水ポンプ所を過ぎ栗一集荷所を過ぎていくと、道が二手に分かれています。 角にある看板などによると、左手に分かれていく道は「清掃工場」、 正面の道は「聖峰不動尊・三段の滝」となっていますが、ここは正面に続く道を進んでいきます。
バス停の名残なのでしょうか、「バス待合 中島」と書かれた古びた柱が道端に立っていたりもします。 1分ほど進んでいくと、円台に乗せて農産物を直売する民家の先で、 左手に戻るようにして坂道が分かれていきますが、 脇に立つ電柱に取り付けられた「聖峰・鷹取山」に従って正面の道を進んでいきます。 栗原川の支流と思われる細い川を渡って緩やかに登っていくとT字路に出ます。 正面に立つ道標によると、左手の道は「聖峰32分・高取山1時間34分」、 今来た道は「坪ノ内バス停24分」となっています。 また「コスモス園」の看板もあって左手の道を指していて、 伊勢原市消防署・団の設置する「山火事注意 通報番号35」の標識も立っていました。 左手の崖の上には双体の石仏などが佇んでいました。 ここは左手へと続く道を登っていきます。
坪ノ内バス停は、先ほどの清掃工場分岐を左折していった先にあるようです。 関東ふれあいの道「弘法大師と桜のみち」と「太田道灌・日向薬師のみち」の起終点にもなっています。
かなり傾斜のある坂道を登っていきます。 3分ほど登って緩やかになってくると、右手に分かれていく道があります。 角に立つ道標によると、右手の道は「聖峰1.7km・高取山2.8km・弘法山6.3km」、 今来た道は「三之宮比々多神社1.0km」となっています。 その袂には手製の青緑色の小さな道標もあって、右手の道は「聖峰・高取山」となっています。 ここは道標に従って右手に分かれていく道を登っていきます。
お願い
農作物被害に対する有害鳥獣対策として、地元猟友会に銃器による威嚇等の対応をお願いしております。 皆様のご協力をお願い致します。
尚、農地等の人への危害の及ぶと思われる場所では、原則行いません。
 (JAいせはら農政対策委員会)
コスモス園
坂道を登っていくと、程なくして高台に続く緩やかな道になってきます。 道の左手にはコスモスが咲くコスモス園がありました。 橙・桃・白・赤紫など、色とりどりの花が一面に咲いていて、とても綺麗な眺めでした。 畑の奥には「ようこそ…コスモスの里へ」と題した看板があり、 正面へ続く道は「三段の滝沿道・聖峰沿道」となっていました。 正面に広がる山の上の方には若草色をした一角が見えています。 これから向かう聖峰不動尊のある高台だと思われます。 コスモス園の先で左手に分かれて降っていく道もありますが、そのまま正面へと続く道を進んでいきます。
登山口
緑色に塗られたコンクリート塀を過ぎていくと、街並みなどを見渡せる眺めが右手に広がってきます。 そこを過ぎて緑色のフェンスが続くようになると、左手へ戻るようにして道が分かれていきます。 ここが聖峰や高取山への登山口になります。 恵泉女学園前バス停から30分ほどで到着しました。 角には道標が立っていて、左手の道は「聖峰1.2km・高取山2.3km・弘法山5.8km」、 今来た道は「三之宮比々多神社1.5km・坪ノ内バス停1.9km」となっています。 「山火事注意 通報番号36」の標識も立っていました。 栗原大橋の手前にあった案内図によると、正面の道は「三段の滝」へ続いているようですが、 今回は左手にある車止めを過ぎて、雑木林の尾根に続く道を聖峰へと登っていきます。
注意
危険に付これより先は関係者以外、一般車の進入を固く禁止します。
 (栗原ふれあい里づくり研究会)
コンクリート道を緩やかに登っていきます。 聖峰不動尊の参道になっているのか、道はとても広くて歩き易くなっています。 やがて土の道になって左手のちょっとした高みを過ぎていくと、 高みから降ってくる踏み跡が合流した所に金網柵があります。 登山口から7分ほど登ってきた所になります。 扉を開けて向こう側へ出て扉を閉め、その先に続く道を進んでいきます。
−お願い−
この柵は有害鳥獣(鹿、猪等)の被害対策用の柵です。 開けたら必ず扉を閉めて縛って下さい。
 (地元鹿柵管理組合)
山の神社
柵を過ぎて1分半ほど進んでいくと、「聖峰不動尊」の赤い幟の先で、 右手の高みへ登っていく細い道が分かれています。 その登り口には「山の神社」の看板が立っていて、右手の道を指しています。 広い道をそのまま進んでいってもすぐ先で合流しますが、 今回は山の神社を訪ねていくことにしました。 尾根に続く道を1分ほど登っていくと、大きな樹木の間に「山の神社と刻まれた石碑がありました。 これが山の神社になります。 由緒などを記したものは見かけなかったので、どういう謂れの社なのかは分かりませんでした。
石碑を過ぎていくと、道端にベンチがひとつ設置されていました。 そのすぐ先で、先ほどの道に降り立ちます。 ここで山道が左手へ分かれて登っていきます。 脇にある看板などによると、左手の尾根を登っていく道は九十九曲というようで、 この上にある聖峰不動尊へと続く参道になっているようです。 今回は脇に立つ道標「聖峰10分・鷹取山約50分」に従って、右手に続く女坂を登っていきました。
道標の「約50分」の部分は後から訂正されたようで、元は「1時間xx分」となっていたようです。 「xx分」の部分は「約50分」の文字が上書きされていて読めませんでした。
女坂はそれほど急ではないだろうと思っていたところ、かなり急な所もあったりします。 その上、この日は気温が高くて湿度も高く、後から後から汗が噴き出してきました。 何度も立ち止まって汗を拭いながら休み休み登っていきました。 雑木林に続く道は何度も曲がりくねりながら続いています。 曲がり角の部分はコンクリート舗装されていたりもしますが、それ以外は土の道になっていました。 小型車なら通っていけそうな幅のある道を登っていきます。
やがて植林帯を登るようになると開けた所に着きました。 ここが聖峰不動尊のある高台になります。 麓の登山口から27分ほどで登ってこられました。 高台にはベンチが幾つも設置されています。 眺めが広がる所なのですが、何はともあれ疲れがひどいので、 脇の樹木の木陰に腰を降ろして休憩していきました。 水分補給などをしながら休んでいると、冷気を含んだ風が吹いてきて何とも心地良いのでした。 「あぁ気持ちいい、生き返るようだ」と思わず声が出てしまいます。
東から南にかけて、伊勢原の街並みなどを一望できる眺めが広がっています。 脇にはここから見える地名などを記した銘板がありました。 それによると、南側には利島・伊豆大島・湘南平、 東側には江ノ島・房総半島(鋸山)・伊勢原の街・横浜ランドマークタワー・新宿副都心などが見えるようです。 空気が澄んでいると素晴らしい眺めなのでしょうが、 この時は生憎と霞んでいて、遠くの方はよく見えませんでした。 ベンチの脇からは「九十九曲」への降り口がありました。
聖峰不動尊 (標高375m)
高台の山際には聖峰不動尊があります。 小振りの祠の前には石仏がずらりと列をなして並んでいて、 「奉納 聖峰不動尊」の赤い幟も旗めいていました。 祠の中を伺ってみると、不動明王の両脇には童子が控え、その奥には千羽鶴が飾られていました。
聖峯
栗原の西方に群立する山々の中央に、お椀を伏せたような山が聖峯である。 標高375メートル。聖峯の名は古い伝説のなかで生まれた。 天平の頃、紀伊国、高野山のふもと天野郷に、阿字の長者とよばれる賢女がいた。 一夜一人の旅僧が夢枕に立ち、「私は世の中を救おうとする大願をもっているが、しばらく長者の胎を借りたい。」 と言うと長者の口の中へ入ってしまった。 やがて長者には立派な男の子が誕生し、長者は不思議な夢にちなみ、その子に「救世若」という名を付けた。 「救世若」は比叡山に登り、円仁慈覚大師について修行をつみ、当地に来たのは貞観のはじめ頃(859年頃)であった。 「救世若」は人々から「天野の聖」又は「子の聖」と呼ばれ、 当峰を選んで不動尊をまつり、また、自らの練行の場としたので、聖峰の名が起きた。 「救世若」は非常に長寿であったことや、足腰の病の神として人々にまつられている。
 「うもれ起」より (商工観光課)
不動明王真言
のうまく・さんまんだー ばーざらだん・せんだー
まーかろしゃーだー・そわたや うん・たらたー・かん・まん
真言を唱えてお参りしましょう。
道標「高取山40分」に従って、解説板の後ろから続く山道を登っていきます。 森の中の入口辺りの木陰にテーブルベンチが設置されていました。 日向を避けて座り心地の余り良くない樹木の袂で休んでいたのですが、 こちらの方がずっと良かったと後悔しながら、植林帯になった森に続く道を進んでいきます。 緩やかな道を2分ほど登っていくと、僅かな高みに着きます。 この辺りが、手元の地形図にある380m峰になるのだろうかと思いながら、 その先へと降っていきました。
小ピーク
浅い鞍部について登り返していくと、雑木林になってきます。 再び現れる植林帯に沿って進んでいくと、壊れたベンチの所で道が二手に分かれています。 僅かな高みを越えていく道とその巻き道になりますが、 すぐ先で合流するので、どちらの道を進んでも変わりません。 右手の樹木の間からは高取山の山頂にある電波塔が見えたりもしました。 軽いアップダウンの続く尾根道を進んでいくと、 古びたベンチが幾つか設置された緩やかな小ピークに着きました。 聖峰不動尊から19分ほどの所になります。 手元の地形図によると、高取山の東南東350m辺りにある標高420mほどの高みになるようです。 この先からは尾根への急登が始まるので、ここでひと息入れていきました。
浅い鞍部を過ぎていくと、横木の急階段が始まります。 段差がかなりあるので、右足・左足と一歩一歩引き上げながら登っていきました。 階段が途切れてホッとしたと思っていると、すぐ先で再び現れます。 次第に息が切れてきて汗も滴り落ちてくるので、 何度も立ち止まって呼吸を整え、後から後から噴き出てくる汗を拭いながらゆっくりと登っていきました。
弘法山分岐
8分ほど登っていくと、眺めの広がる所があったりします。 そこを過ぎて更に横木の階段を登っていくと、 先ほどの小ピークから15分ほどで、高取山から念仏山へと続く尾根に登り着きました。 角に立つ道標によると、左手の道は「弘法山3.8km」、 右手の道は「高取山」,「小蓑毛3.2km・田原ふるさと公園5.1km」、 今登ってきた横木の階段は「聖峰25分・神戸バス停1時間20分」となっています。 急階段を登ってきたのでここでひと休みしていきたいところですが、 高取山の山頂まではもう少しなので、このまま休まずに右手へと進んでいきました。
(左手の道は「高取山」,「高取山」,「高取山」を参照)
広くて緩やかな尾根道を進んでいきます。 このまま山頂までこんな感じならいいがと思ったりもしますが、程なくして横木の階段が始まります。 しかし先ほどまでの階段より段差が低くて、それほど苦労することもなく登っていけました。
注意
ハンターのみんさん! この附近に銃猟禁止区域があります。 狩猟に注意しましょう。
 (神奈川県)
高取山 (標高556m)
息を切らせながら横木の階段を登っていくと、尾根道に出た所から6分ほどで高取山に着きました。 山頂には「高取山 標高556米」と書かれた標柱が立っています。 展望も得られるとのことですが、手前の樹木が育っている上に霞んでいて、生憎と眺めは良くありませんでした。 二等三角点のある山頂は余り広くはなくて、 二組ほどあるベンチは、既に登ってきていた幾組かのパーティーで占拠されていました。 お昼には少し早かったのですが、脇の倒木に腰を降ろして昼食タイムにしました。
自然と見晴
ようこそ高取山へ
 (栗原ふれあい里づくり研究会)
お腹も満ちて疲れも癒えたところで、高取山から下山していきます。 道標によると、正面の道は「大山・蓑毛」、左手の道は「寺山」、 今来た道は「聖峰」,「鶴巻6km・弘法山4km」となっています。 正面の道は不動越や蓑毛越を経て丹沢大山へと続く尾根道ですが、 今回は道標「寺山」に従って、左手に続く道を進んでいきました。 すぐの所にある日本放送協会の大山無線中継所を過ぎていきます。
(正面の道は「高取山」, 「聖峰」, 「高取山」, 「浅間山林道」, 「浅間山」を参照)
大山無線中継所を過ぎていくと、桧などが混じる雑木林になってきます。 夏草が生い茂る季節にしては草が道を覆っている訳でもなくて、分かり易くなっていました。 傾斜もそれほど急ではなくて広めで歩き易い尾根道を降っていきます。 中継所へ電気を送るためなのでしょう、道に沿って点々と電柱が立っていて、麓から電線が続いていました。 高取山から11分ほど降っていくと、 「銃猟禁止区域」の赤い標識が取り付けられた電柱の立つ所に出ました。 右手はなだらか踊り場のようになっていましたが、少し樹木が生えていました。 手元の地形図によると、高取山の西400m辺りにある標高460mほどの所で、崩壊地の表記のある東側になるようです。 道標類は見かけませんでしたが、電柱の袂から左手へ続く横木の階段を降っていきます。 これまでは比較的緩やかな尾根道でしたが、ここからは傾斜の増した降り階段になります。
雑木林に続く横木の階段を降っていきます。 かなり傾斜がある上に段差もかなりあって歩き難い思いをしながら降っていきました。 そんな階段も3分ほどで終わって、緩やかな所に降り立ちました。 ここでも右手は踊り場のようになっていましたが、左手へと続く道を降っていきます。
緩やかで広めの尾根道を2分ほど進んでいくと、 右手から来る電線が135度ほどに折れ曲がって正面へと降っていました。 程なくして道の両側に笹竹が生えるようになった道を降るようになると、広めの道に降り立ちました。 降り立った所には手製の道標が立っていて、今降ってきた道は「高取山」となっていました。 道との間には柵があります。 扉もあって「開けたら閉めて下さい」と書かれた看板も取り付けられていたりもしますが、 扉が壊れていて開放状態になっていました。 道は左右に続いていますが、左右を示す道標類は見かけませんでした。 右手の道は登り気味に続いているし、 左手から登ってくると見える向きに「高取山」を指す道標が設置されていることも考え合わせて、 ここは左手へと降っていきました。
通行時扉を開けた方は必ず閉めて下さい。
 (東京カントリー倶楽部)
左手へ1分ほど緩やかに降っていくと、ゴルフ場を見下ろす所に出ました。 広々とした眺めが広がる所で、奥の方には街並みも見えていました。 地面近くには細い電線が続いていました。 猪侵入防止のために電気が流されているようでした。 ここからは道がはっきりとはしなくなりますが、芝地との境を左手へと降っていきました。
後日に確認してみると、左手へ降り始めて数mの所にある樹木の左手から山道が続いていました。 入口は夏草に覆われていて、この時には気が付きませんでした。
電気柵使用中 感電注意
電気が流れております。 ふれないで下さい。
 (末松電子製作所)
ゴルフ場
ゴルフ場の芝地の端に沿って降っていくとカート道に降り立ちました。 これで山道は終りになります。 高取山から21分ほどで降りて来られました。 左右に広がるゴルフ場は「東京カントリー倶楽部」のコースのようです。 降り立った所の左手には車止めゲートがあり、その先へと広めの道が続いていました。 脇にある注意書きによると、 正面へ降っていく道は「秦野市内方面」、左手の道は「高取山方面」となっていました。 ここは正面へ続くカート道を降っていきます。
左手の道
高取山から降ってくる途中では分岐に気付きませんでしたが、 左手の道は何処へ続いているのだろうかと気になったので、後日に確認してみました。 車止めゲートを抜けて40秒ほど進んだ所から左手に戻るようにして山道が分かれていました。 入口には手製の道標「高取山」が立っていてその山道を指していました。 夏草が生い茂る所を過ぎていくと分かり易い道になってきました。 金網柵沿いに1分ほど登っていくと、先ほどのゴルフ場を見下ろす所に出ました。 山道を見送って広めの道をその先へ進んでいくと、1分ほどの所で二手に分かれていました。 その先は確認していませんが、あまり歩かれている様子ではありませんでした。
通行時扉を開けた方は必ず閉めて下さい。 電線には「猪」進入防止の為電気が流れています。 触れぬ様通過の事。
 (東京カントリー倶楽部)
ハイカーの皆様へお願い
入口のドアはご自由に開けてお通り下さい。 尚、通り抜け後は必ず閉めて下さい。
ご注意:イノシシよけの電線は非常に危険な為、触れないようご注意下さい。
クラブハウス
丹沢の山並みなどを眺めながらカート道を降っていきます。 間近にグリーンがあったりしてプレイしている人達を見かけたりもしました。 これからコースで出て行く人達でしょうか、カートに乗って準備中のグループも見かけました。 そんなカート道を8分ほど降っていくとクラブハウスがあります。
ご注意
ハイカーの方はゴルフプレー中のボールにご注意下さい。
 (東京カントリー倶楽部)
山乃神
右手には「山神」の扁額が架かる鳥居があって、その奥に石祠が四つ並んでいました。 由来記も掲げられていましたが、かなり擦れていて、後半部分は読めませんでした。
山乃神 由来記
国定公園丹沢大山の山ふところにいだかれた、この寺山の地には、 永い年月、山に親しみ山とともに生活してきた人々が、山の安全と平穏を祈って各所に「山の神」を祀ってまいりました。 この地にあります大小四体の石祠は大変古いもので、向かって左から 江戸期寛政2年(1790)久保講中建立、次は年代不詳、三番目が明治3年(1879)宝ヶ谷戸建立、 四番目は安政2年3月(1855)角ヶ谷戸二ッ沢講中建立との銘があります。 このたび地元の同意とご協力によりこの地に一段と神社形式に整備をし、安置いたしました。 地元住民各位、並びに__及びゴルファーの皆様がより安全で楽しいプレーができますことと …(以下判読不可)
クラブハウスの左手に続く傾斜の増したカート道を更に降っていきます。 正面に街並みを眺めながら降っていくと、道が左右に分かれています。 左手の浅い谷筋にはゴルフコースが広がっていて、その奥には電波塔の立つ山がありました。 方角からすると高取山ではないようでした。 454m峰から念仏山にかけての山並みのようでしたが、何と言う山なのかは分かりませんでした。 右手にある柵には裏向きに標識「ハイキング道路」が取り付けてあって、今降ってきた道を指していました。 右手の高みには道らしいものがあるので、ハイキング道路はそちらなのかとも思いましたが、 今回は右手へと続くカート道を更に降っていきました。
後日に確認してみると、右手の高みに続く道を10mほど登っていくと車道に出ました。 その出口にも「ハイキング道路」の標識が取り付けられていました。
少し降っていくと傾斜が一段と増した降り坂になってきます。 坂を降り終えてゴルフコースの脇まで来ると、道が二手に分かれています。 道標類は見かけませんでしたが、右手へ僅かに登った所に道路が見えていたので、右手へと進んでいきました。 建設中のトイレ設備の脇を過ぎていくと、すぐに二車線の道路に出ました。 麓からクラブハウスへと続く道のようでした。 そこから左手へと車道を降っていきました。
車道に出た所にも「ハイキング道路」の標識がありましたが、 今歩いてきた道を指しているのか、右手へ続く車道を指しているのかはよく分かりませんでした。 「ハイカーの方はハイキング道路をご利用下さい」とも書かれていたし、 先ほどの坂の上の分岐にあった標識から判断すると、 「ハイキング道路」はここから車道を右手へ進んでいった途中から分かれて、 先ほどの分岐へ続いているようにも思えました。 標識はここまでにも何箇所かに設置されていましたが、 登っていく向きには見え易い位置にあるようでも、降ってくる向きには見え難い位置になっているようでした。
ハイキング道路
後日に確認してみると、車道を右手へ登っていくとヘアピンカーブがあります。 右へ曲がって登っていくとクラブハウスが見えてきます。 その手前から左手へ曲がっていく角に、ガードレールが開いている所があって、 そこから細い道が右手に分かれていました。 その入口にも「ハイキング道路」の標識が取り付けられていて、右手の道を指していました。 その道を10mも降っていくと、先ほどのカート道の分岐の所に降り立ちました。
広い車道を降っていきます。 かなり傾斜があって、勢いにまかせて降っていくと、足の裏が熱くなってきたりもします。 4分半ほど降っていくと、右手に戻るようにして道が分かれていきますが、そのまま車道を降っていきます。 1分ほど降っていくと車止めゲートがありますが、開け放たれていました。 その少し先から左手へ登っていく道を見送って更に降っていくと、 右手には山並みや街並みが広がるようになってきます。
左手へと大きくS字形に曲がって降っていくと、傾斜が緩やかになってきます。 畑地や民家を過ぎてなだらかになった道を進んでいくと、細い川に架かる橋を渡っていきます。 川や橋の名前を記したものは見かけませんでしたが、手元の地図によると、 金目川の支流のひとつのようでした。 橋を渡っていくと、稲穂が頭を垂れる田んぼがありました。
清水湧水池跡
田んぼを過ぎて民家の間を過ぎていくと県道70号に出ました。 左折して僅かに進んだ道路向かいに蓑毛方面の東中学校前バス停があり、 その脇に「清水湧水池跡」の記念碑がありました。
ふるさと秦野 景観100選 清水湧水池跡(記念碑)
新編相模国風土記稿(1841)に「此処しみず湧出す 田間の用水とし 又民家の用水ともなす」と記されている。 かつてこのあたりに四ヶ所の湧水池があった。 この地を「清水」と呼ぶのはこの湧水による。 縄文時代から、この地で生活をしてきた先人たちの命の水でもあったこれらの湧水池は、 2004年におこなわれた県道改修工事を最後に、その姿をすべて消し、 東小学校・東中学校の校歌の歌詞にその影を残すのみとなった。 人は歌うとき、おのずとその情景を思い浮かべる。 この地に住む子供たちが、思い浮かべる「清水」として、先に私たちは記念の碑を建立した。 このたび、秦野市は市制50周年を記念して「ふるさと秦野景観100選」を選定したが、 「清水湧水池跡」がその一景として選ばれた。 私たちは、そのことを喜びとし、この案内板を設置した。
 (2007年1月吉日 清水自治会)
東中学校前(ひがしちゅうがっこうまえ)バス停
「清水湧水池跡」の記念碑を過ぎて100mほど進んでいくと、秦野駅方面の東中学校前バス停があります。 ゴルフ場に降り立った所から33分ほどで到着しました。
秦野駅(小田急小田原線)まで、秦野駅行きバスにて10分、 朝夕には1時間に3本程度、正午前後には1時間に2本程度の便があります。