頭高山
散策:2008年08月上旬
【低山ハイク】 頭高山
概 要 頭高山は丹沢の南側にある標高300mほどの低い山で、渋沢丘陵とひと続きになった山稜です。 尾根筋の道からは丹沢の山々を、頂上からは箱根の山々などを望むことができます。 今回は頭高山に登ってから、その南南西にある神山滝へと降るルートを歩きます。
起 点 秦野市 峠バス停
終 点 松田町 新松田駅
ルート 峠バス停…峠湧水…六地蔵…登り口…震生湖分岐…雁音神社…頭高山入口…慰霊碑…四つ辻…八重桜の里…周回道分岐…頭高山…周回道分岐…神山滝分岐…東屋分岐…神山滝降り口…神山滝…小滝…神山滝入口…滝島橋…籠場橋…新松田駅
所要時間 3時間50分
歩いて... 頭高山の山頂には真新しい東屋が出来ていて解説板も設置されていました。 残念ながら山頂からの眺めは霞んでいました。 神山滝へと降る途中には、季節がら夏草が生い茂っている所もありましたが、 大部分は分かりやすい道が続いていました。 二段になって流れ落ちる神山滝はヒンヤリとした空気に包まれていました。
関連メモ 頭高山, 八国見山, 頭高山, 渋沢丘陵
コース紹介
峠(とうげ)バス停
渋沢駅(小田急小田原線)の南口のバスターミナルから、 [渋03]峠行きバスにて8分、便は少ないので予め確認しておきましょう。
 土日曜 6:58 8:08 9:18 10:28 11:48 12:50...
バス停の脇に「峰地区 渋沢丘陵 散策案内板」と題した手製の案内板があり、 今回歩く頭高山へのルートも載っていました。 頭高山へ登るだけなら、 峠バス停の少し手前にある「やまばと学園」の所から分かれていく坂道を登っていった方がずっと近道 (ルート図に青色で表示)ですが、 今回は峠地区と篠窪地区の間の高台に続く市町境尾根から登っていくことにしました。
以前から進められていた渋沢駅南口の再開発工事は既に終わっていて、綺麗になっていました。 降り口の所に「渋沢駅南口発着バスマップ」と題した案内図があり、 そこにバスルートと共に、観光スポットなどが紹介されています。 今回の頭高山も載っていて、 千村台入口バス停から頭高山へ登って渋沢中学校入口バス停へ降るコースが図示されているので 参考にしましょう。 今回歩く市町境尾根からのルートはマイナールートのようです。
頭高山コース
千村台入口バス停〜頭高山〜渋沢中学校入口バス停(約5km)
頭高山
箱根の山並み、足柄平野、表丹沢が一望できます。 桃や桜の花が咲く春先は見事です。
峠湧水
峠バス停の道路向かいには峠湧水があります。 金網柵の扉には鍵が取り付けられていますが、この時には開いていたので、ちょっと立寄っていきました。 扉のすぐ脇にあって、石の間から流れ出た水が樋で受けられて水路へと導かれていました。 2008年5月実施の「水質試験・検査成績表」が添えられていました。 幾つも検査項目があって、 総合判定は「水道法に基づく水質基準に適合」となっていましたが、 「沸騰させてから飲むように」との注意書きが貼り出されていました。 直接飲む人もいるのでしょうか、コップが置かれていたりもしました。 水を汲みに来たらしい親子連れが、沸騰させないと飲めないと知って、汲まずに帰っていきました。
この水は、水道水のように消毒されていません。 飲料用として利用する場合には、沸騰させてから利用してください。
 (秦野市環境保全課)
六地蔵
バス停の傍にある峠多目的研修センターの左手から正面の峠地区に続く道路を進んでいきます。 歩き始めてすぐの所から右手へ分かれていく道があります。 角には「禁葷酒」と刻まれた石碑が佇んでいました。 頭高山へは正面へと進んでいくのですが、右手のすぐ先に六地蔵があるので立寄っていきました。 以前はここに真静院というお寺があったようですが、今では森の傍に六地蔵が佇んでいるだけになっています。 祠の中には六地蔵の他にも五輪塔などがありました。
秦野市指定重要文化財 石造六地蔵(真静院)
地蔵菩薩とは、釈迦入滅ののち弥勒仏の出現するまでの間、六道に迷う衆生を救済する菩薩であり、 六地蔵とは地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道の六道に配し、 各界の苦難を救う姿をあらわしたものである。 六地蔵の石仏は、寺院等の入口にあって珍しいものではないが、 そのほとんどは江戸時代あるいはそれ以後のものであり、それ以前のものは極めてすくない。 この六地蔵のうち一体は南北朝時代、他の五体はいずれも室町時代の制作である。 又、これらのうち銅板・団扇・太鼓をもっているものは他に例のない特異なものである。 本像は表現は素朴であるが、古い時代の小さな石像が六体一組として揃って保存されていたのはまれなことである。 又、通称「峠」と呼ばれる小田原街道のこの地に、この石仏が存在することは、 この「峠」が古くから交通の要所であったことを知る貴重な資料である。
 (秦野市教育委員会)
六地蔵を後にして峠地区をその先へと進んでいきます。 カーブミラーのある分岐を道なりに左手へ進んでいくと、右手正面へと坂道が分かれていきます。 その角には「松田・篠窪→」と書かれた標識が立っていてその道を指しています。 今回はここから右手正面に続く道を通って県道708号へ向かっていきます。
竹林の脇に続く坂道を登っていきます。 左手から登ってくる道を合わせてその先へ進んでいくと、左右に通る県道708号に出ます。 その手前にはヒマワリが沢山植えられた畑がありました。 県道に出て左手へと進んでいきます。
峠花畑づくり
今年5月に、遊休農地を活用して景観形成植物を耕作者と市民ボランティアが協働して種まきし、 花畑づくりを実施しました。
○花の種類:ひまわり
花畑づくりに興味のある方はお気軽にご連絡ください。
 (はだの都市農業支援センター、秦野市農産課農業支援班)
緩やかな高台に続く県道を進んでいきます。 道路の左右には畑地が続き、その向こうの方には山並みが広がっていました。 左手の谷向かいの山の上には、八国見山の傍にある栃窪無線中継所の電波塔も見えていました。
登り口
県道に出てから8分ほど進んでいくと、大きく右手へU字形に曲がっていきます。 この尾根は秦野市と大井町の市町境になっているようで、 道路の上に「大井町」の標識が掲げられていて、「ここより松田土木事務所管内」の標柱も立っていました。 ここから先は大井町の篠窪地区になるようで、 すぐ先に立つ「県道708号」の標識に「大井町篠窪」と書かれていました。 その標識の道路向かいから右手へと分かれていく道があります。 峠バス停から22分ほどの所になります。 県道はこの先へと降り気味に続いていますが、今回はここから頭高山へと向かっていきます。
樹木の生い茂る脇を過ぎていくと、すぐに畑地の脇に出ます。 左右に広がる山並みなどを眺めながら広い農道を進んでいきます。 登り基調の道ですが傾斜はそれほどなくて歩く易くなっていました。 背の高い樹木が生える所まで来ると道が左右に分かれている四叉路がありますが、 正面に続く道を更に進んでいきます。 少し登っていくと、作業場のような所があり、 そこから西側の山並みを見渡すことができました。 方角からすると矢倉岳でしょうか、高そうな山が聳えていました。 その奥には幾重にも山並みが続いていましたが、遠くは霞んでいてはっきりとは見えませんでした。
森の中に入って緩やかに降っていきます。 右手に続く疎らな笹竹の原を過ぎて僅かな鞍部に着くと四叉路があります。 右手へ降る道と、左手へ戻るようにして降っていく道を見送って、 道端に咲くヒマワリの大輪を愛でながら、正面に続く簡易舗装された道を進んでいきます。 雑木林を降り気味に進んでいくと、右手が開けた所に出ます。 斜面に続く畑地の先には山並みなどが続く眺めが広がっていました。 下の方には県道708号と思われる道路が通っていました。
渋沢西端里山林
畑地を過ぎて森の中へ続く広い農道を進んでいきます。 両側にコンクリート壁が続く僅かに登り気味の道を進んでいくと、 道端に「弘法のすずり水」と書かれた標柱が立っていました。 その脇には井戸のようなものがありましたが、涸れていて水は見かけませんでした。 そこを過ぎていくと、再び眺めが広がる畑地に出ます。 降り気味になってきた道を進んでいくと、峠雨量観測局を過ぎた所に「渋沢西端里山林」の標柱が立っていて、 そこから左手の山へと道が分かれていました。 入口にはベンチなども設置されていましたが、 ロープが張られていて一般者の立入は禁止のようでした。 入口の先には「渋沢小学校学習林」と書かれた標識や注意書きなどの看板が立っていました。
西端山林の樹木
気候帯分布上 温暖帯〜冷温帯にまたがる
植物分類学で 被子植物(花や果実、種子に特徴)
樹種分布より 落葉広葉樹林、スギ・ヒノキは人工林
土壌の形態 褐色森林土、下層に黒色土(火山灰)
生態系の特徴 入り混んだ地形が気候の変化を生み貴重な動植物を育む
遷移上今は 先駆植物(ハリエンジュ・アカメガシワなど)が自然淘汰されコナラ・シデ林に
森林の機能 水源かん養、空気の浄化、健康福祉
雑木林の樹種 ブナ科のコナラ・クヌギやイヌシデ・ヤマザクラなど
潅木(低木)とは 高木(ヤマナラシ・ウワミズザクラほか)、亜高木の下層に位置する
潅木の種類 サンショウ、ムラサキシキブ、ガマズミ、クロモジ、ハナイカダ、シリバナほか
ドングリの実 コナラ・カシ・シイのドングリ類は1年で、クヌギのドングリが2年で熟する
入山される皆さんへ
1.学習林利用、自然観察の入山を許可します。
2.森内は危険なので1人で入らないで下さい。
3.樹木の保護の為、タラの芽、落葉等持出しを禁ず。
4.ゴミは持ち帰って下さい。
5.森内は火気厳禁、マムシに注意。
 (渋沢共有地管理組合、まほろば里山林を育む会)
震生湖分岐
渋沢西端里山林への道を見送っていくと、鶏小屋を過ぎた先で道が二手に分かれています。 角に立つ道標によると、右手の道は「震生湖5.0km」、 左手の道は「頭高山入口0.4km・渋沢駅2.8km」となっています。 また別の道標も立っていて、左手の道は「頭高山300m先登山口」、 今来た道は「行止り・篠窪」となっていました。 県道708号の登り口から22分ほどで到着しました。 右手の道は渋沢丘陵を経て震生湖へと続いていますが、 今回は左手に続く道を頭高山へと向かっていきます。
峠バス停の手前にある「やまばと学園」の所から登ってくると、ここへ来られます。
雁音神社
雑木林に続く広い舗装路を3分ほど降っていくと、右手の一段高い所に雁音神社があります。 赤い燈籠が続く道を進んでいくと、中ほどに赤い祠があります。 中には木のお面や詩がお供えされていたりもしました。 傍には「かりがねの松」の解説板がありました。 「かりがね」と呼ばれるお姫様をここに葬ったということなのでしょうか。
かりがねの松
この「かりがねの松」のお話は、いつのころのことかよくわかりません。
そのむかし、千村(西地区)は宿場として京にのぼるのに、 また西からの大山まいりのお客などでにぎわった所だと言われています。 この千村に「ちむらわかされ」と、呼ばれる辻があったんだそうな。 そんなむかしのある日のことですと。 その日は、大へんに寒く、いつもなら旅人でにぎわう「わかされ」ですが、 さっぱりと人通りがなく、ただ寒い西風が吹きすさび粉雪を舞い上げていたんだと。 びゅうびゅう吹きすさぶ西風に送られて来られたのでしょうか。 それはそれは美しいお姫様がただひとり、とぼとぼと…。 お姫様は、「わかされ」まで来ると、急に胸をかかえよろよろとひざまづいてしまったのだそうだ。 そんな姿を見た村人はおどろき、お姫様をだき起こしました。 そして、あれやこれやといたわり、手厚く看病しましたが、そのかいもなく、 村人にだかれたままとうとうかえらぬ人となってしまったのですと。 お姫様は、苦しいいきの中から、 『わたしは都の者でございます。名前は「かりがね」と申します。故あって…。』と、 そこまでやっと話されましたが、あとの声は小さくなっていき聞きとることができなかったそうだ。 村人たちは、あまりの急な悲しい出来ごとにほろほろと涙を流し、 「かりがね」をねんごろに、わかされにとむらいました。 そして、そこに一本の松を植えました。 松はすくすくと大きくなり、そのみごとな枝ぶりは口ではたとえようもありませんでしたと。 一枚一枚の松の葉はかりの羽のように。 大きな枝は、羽を広ろげたかりのように。 村人の中には「姫よりも美しい松」と言うものさえでてきました。 いつの間にか、だれ言うともなく、その松を「かりがねの松」とか、「かりがねの姫」と、呼ぶようになり、 姫の美しさとそのあわれさをしたって、松と一しょにいつまでも語りついできたのだと言うことですと。
頭高山入口
雁音神社を過ぎてその先へ1分ほど降っていくと分岐があります。 角に立つ道標によると、左手へ分かれて登っていく坂道は「頭高山」、 今来た道は「0.4kmで西端へ」となっています。 先ほどの震生湖分岐にあった頭高山入口や登山口になるようです。 左手の上には「ZUKO YAMA Pray hill」と刻まれた石碑があったりもします。 正面へ続く広い道は千村地区へと降っていけますが、 今回はここから左手の道を登って頭高山へ向かっていきます。
慰霊碑
果樹園に続く傾斜の急な坂道を登っていきます。 一旦緩やかになって再び登り傾斜が増してくると、道の右手に広場があります。 その山側には掌を合わせた形の慰霊碑「祈り」があり、少し離れた所に手製の解説文が掲げられています。 広場の北側が開けていて、渋沢の街並みや丹沢の山並みなどを一望することが出来る所なのですが、 この時には生憎と曇っていてはっきりとは見えませんでした。 ベンチが幾つか設置されているので、ここでひと休みしていきました。
慰霊碑「祈り」について
二十一世紀を目前に控えた大きな節目の年に、身近なところから「平和」について考え、 行動するきっかけとなることを願っています。 敗戦のがれきのなかから再出発して半世紀、現在、私たちは物の豊かさを手にして、 平和な暮らしを営んでいますが、この平和と繁栄も、先の大戦とそれに続く苦難の時代といった、 大きな犠牲のうえにきづかれたものであることを忘れることはできません。 戦場で散り、戦禍に倒れた方々への哀悼の念をあらためて表すとともに、 最愛の肉親を亡くし、限りない悲しみと永い苦難の日々を耐えてこられたご遺族などの戦争体験を、 「忘れてはならない記憶」として次代を担う子や孫にしっかりと語り継いでいきたい。 これが、今を生きる私たちの願いです。 平和の尊さをかみしめ、「共に生きる」社会をめざして、新たな時代を歩みつづけるために。
 (平成7年8月吉日 文責 谷利雄)
疲れも癒えたところで、慰霊碑を後にして、その先に続く植林帯へ入っていきます。 すぐに傾斜が緩やかになって歩き易くなってきます。 左手にある竹林を過ぎていくと、高台にある畑地の脇に出ます。 畑には梅の木が植えられているようでした。
四つ辻
再び植林帯に入って少し降るようになると、程なくして道幅が狭まってきます。 傾斜の増した坂道を降っていくと、1分ほどで広い道に降り立ちました。 広い道は右手から登ってきて正面へと続いています。 また左手に戻るようにして細い道も分かれていて、四つ辻になっています。 降り立った所には道標が立っていて、正面の道は「頭高山」、 今来た道は「渋沢丘陵」となっています。 左右の道は何も示されてはいませんが、右手の道は千村地区から登ってくる道になります。 今回は頭高山を目指して、広くなった正面の尾根道を進んでいきます。
(左手の道を後日に確認したところ、1分ほど先にある畑の辺りで不明瞭になっていました)
小型車なら通って行けそうな幅がある尾根道を進んでいくと、 すぐの所から右手の高みに登っていく小さな道が分かれています。 その高みには送電線の鉄塔があるだけなので右手の道は見送って、そのまま真直ぐに進んでいきます。 程なくして左手に降っていく広い道が分かれていきますが、 この道も見送って、そのまま登り気味に続く右手の道を進んでいきます。
(右手の高みからは丹沢の山並を見渡せる眺めが広がります。 「頭高山」を参照)
僅かな高みを越えて緩やかに降ってくと、四つ辻から4分ほどで開けた場所に着きます。 頭高山の手前にある浅い鞍部で、小さな広場のようになっています。 右手の樹木の間からは丹沢の山並みが見渡せますが、 この日は生憎と曇っていて、稜線には雲がかかっていました。 ここから見渡せる景色の写真が載った案内板も設置されていて、 山の名前も書き込まれているので参考にしましょう。 秦野市と秦野丹沢ライオンズクラブが設置したもののようです。
鍋割山1273、小丸1341、大丸1386、塔ノ岳1491、木ノ又大日1396、新大日、 行者岳1209、烏尾山1136、三ノ塔1205、二ノ塔1120、菩提峠、ヤビツ峠761、大山1252
八重桜の里
案内板を過ぎていくと、神山滝への細い道が左手に分かれていきます。 今回はそこから神山滝へと降っていくのですが、その前に、すぐ先にある頭高山まで往復していくることにします。 分岐を見送って坂道を登り始めると、すぐ左手に東屋が建っています。 「八重桜の里」と刻まれた石碑も立っていました。 ここが八重桜の里のようです。 この時は真夏で花などは咲いていませんでしたが、 春になると一帯は綺麗な花で一杯になるのでしょうか。 東屋の側には真新しい石碑が二つ並んでいました。 また、「頭高山を愛する会、秦野丹沢ライオンズクラブ創立20周年記念事業」と記された細長い案内板もありました。 それによると、現在地の標高は約250mで、この先にある頭高山は303mとのことです。
発足記念碑
我がふる里千村 頭高山に花木を植える
ソメイヨシノ、イロハモミジ、コブシ、山ツツジ
愛する会
功労者 亡き友よ 永遠に咲かそう 八重桜
周回道分岐
右手に続く広い道を登っていくと、1分ほどで開けた場所に出ます。 右手に分かれていく細い山道は見送って左手の道を進んでいくと、すぐに道が二手に分かれています。 角には道標が立っていて、左手の道は「頂上(左まわり)」、右手の道は「頂上(右まわり)」となっています。 また、道標に書き込まれたメモによると、右手の道は「遠回り道」、左手の道は「近道」となっています この左右の道は頭高山の山頂の直下を取り巻いている周回道で、左右いずれへ進んでも頂上へ続いていますが、 今回は左手の道を進んでいきました。
周回道
この周回道は地形図にある山頂を取り巻く道とは別の道のようで、 その内側を小さく巡っています。
秦野ロータリークラブ 創立40周年記念植樹 八重桜の里づくり
言行はこれらに照らしてから
1.真実かどうか
2.みんなに公平か
3.好意と友情を深めるか
4.みんなのためになるかどうか
爪先上がりの急傾斜の道を登っていきます。 1分ほどかけて急坂を登り切って緩やかな道になると、右手の高みへと細い山道が分かれていました。 山頂への登り口はこの少し先にあるのですが、右手の道が気になったので、 今回はこの右手の山道を登っていきました。
秋葉神社
最初はそれ程でもないのですが、次第に登り傾斜が増してきます。 1分ほど登っていくと横木の階段が現れます。 その階段を1分ほどで登り切って緩やかになった尾根を進んでいくと、木製の鳥居の脇に出ました。 先ほどの周回道の少し先から登ってくる所にある鳥居で、「秋葉神社」という扁額が掲げられています。 鳥居の右手(山頂側)には小さな石の祠がありました。 これが秋葉神社ということなのでしょうか。 側面には、「相模国中郡西秦野村千村氏子中」、「明治三十九年丙午四月十五日」と刻まれていました。 石祠の傍には馬頭観世音菩薩の石碑が二つ並んでいました。
頭高山 (標高303.4m)
石祠の後ろ側が頭高山の山頂になります。 慰霊碑から21分ほどで到着しました。 4年ほど前に来た時には山頂には何もなかったのですが、今回来てみると真新しい東屋が建っていました。 東屋の脇には「頭高山(ずっこうやま)標高303.4メートル」と書かれた立て札もありました。 丁度昼時になったので、脇に設置された解説板を読んだりしながら、ここで昼食タイムにしました。
頭高山(ずっこうやま)
頭高山とはどんな山なのでしょうか。 その名の通りどこから見ても丸い頭の形をしています。 新編相模国風土記稿によれば、 「秋葉山 村南に在 高三町半許 丸山 ぼつこう山とも呼り」と記されています。 その高さは303.4メートル。 山頂から西を望めば箱根の山々が連なり、山間には神山滝の瀑布があります。 この水は川音川(四十八瀬川)にサラサラと音を立て流れています。 東南には相模の海が、北側には丹沢山塊の山々が連なって見えます。 この山のふもとには、かつて東海道の脇街道だった矢倉沢往還があり、 富士山や大山参詣で多くの旅人で賑わっていたとのことです。 この地には、その昔、京より鎌倉に向かう姫の悲しい伝説「かりがねの松」がありました。 その社の名は「雁音神社」といいます。 南側には小田原道があります。 道の端には弘法大師が御出になったと言い伝えられている「弘法の硯水(すずりみず)」があり、 コンコンと清水が湧き出ていたのです。 頭高山は村人や多くの旅人にとって、とてもよい思い出のある所です。 ここになお、美しさを増し、訪ねる多くの人たちの心を癒し、 安らぎを与えてくれることでしょう。
 (平成20年4月 秦野市観光課)
西側からは、眼下に広がる松田の街の向こうに、箱根の山々を一望することができます。 条件がよければ富士山までも望むことができるようですが、 この時には霞んでいて、手前の山さえ見えない残念な眺めでした。 北側の樹間からは丹沢の山並みも見えていましたが霞んでいました。
左手の方からも広い道が山頂へと登ってきていました。 以前に来た時にはなかったのですが、新たに作られた道のようでした。 東屋の脇には街中でよく見かける吸殻入れが置かれていたりもしました。
お腹も満ちて疲れも癒えたところで、頭高山から神山滝へと降っていきます。 頭高山の山頂からは北側にも道が続いていましたが、 手前にあった鳥居をくぐって降っていきました。 以前は樹木が伸びていたのですが、今回は伐採されて明るい感じの斜面に続く横木の階段を降っていくと、 1分もせずに周回道に降り立ちます。 降り立った所には「頂上」を指す道標が立っていました。 そこから左手へと周回道分岐へ戻っていってもいいのですが、 今回は頭高山の山頂直下を取り巻いている周回道を一周していくべく、右手へと進んでいきました。 夏草が伸びている広い道を進んでいくと、1分もしない内に右手から広い道が降ってきました。 山頂から降ってくる道のようでした。 その道を合わせて、夏草が少なくなった道を、時計周りに頭高山の直下を巡っていきました。
周回道分岐
4年ほど前に来た時には、周回道は細い山道でしたが、 山頂の東屋建設の資材運搬のために整備されたのでしょうか、 小型車なら通っていけるだけの幅のある道に変わっていました。 左手の樹間から丹沢の山並みを垣間見ながら、緩やかで歩き易い道を進んでいきます。 山頂から降ってきた広い道を合わせてから4分ほど進んでいくと、 右手から降ってくる山道が合流してきました。 山頂の東屋の北側へ伸びていた道だと思われます。 そこを過ぎて3分ほど進んでいくと、降り傾斜が増してきます。 樹木が開けて丹沢の山並みや渋沢の街並みなどを眺めながら降っていくと、 頭高山の手前にあった周回道分岐へ戻ってきます。 山頂を出発してから11分ほどかかりました。
神山滝分岐
周回道分岐から元来た道を八重桜の里へと引き返していきます。 石碑や東屋を過ぎて降っていくと、右手に道が分かれている分岐へ戻ってきます。 角に立つ道標によると、右手へ分かれて降っていく道は「神山滝」、 今来た道は「頭高山」となっています。 夏草が生い茂る季節とあって道の状態が心配でしたが、 今回はここから神山滝へと降っていきました。
短い草が生い茂る道を進んでいくと、左前方が開けて高台にある畑地が見えるようになります。 進むにつれて草の背丈が次第に高くなってきて、植林帯へ入る辺りまで来ると道を隠すようになってきました。 夏草が生い茂る季節なのである程度は予想していたのですが、 実際にその状況に出遭ってみると、やはり鬱陶しい限りです。 この先もずっとこんな状態だと嫌だなと思いながら草を掻き分けて進んでいくと、 植林帯に入って2分ほどして雑木が目立つようになると、 草の背丈がぐっと低くなって分かりやすい道になってきました。
分岐
鬱蒼とした夏草が生い茂る所を過ぎて、快適で歩き易くなった山道を進んでいきます。 山道は等高線に沿うようにして、雑木林の斜面に緩やかに続いています。 尾根道の神山滝分岐から7分ほど進んでいくと分岐があります。 斜面に沿って右手へ登っていく道と、左手の尾根へ降っていく道との二手に分かれています。 道標類は見かけませんでしたが、ここは左手に続く道を降っていきました。 少し降っていくと、緩やかな尾根道が続くようになります。
尾根の背を緩やかに2分ほど降って僅かな鞍部に着くと、夏草が生い茂っていました。 しかし、草を掻き分けていくとすぐに分かりやすい道になってきて、 正面の高みを右手から巻くようにして続いていました。 再び尾根の背を進むようになると少し降るようになります。 程なくして右手へ曲がって、左傾斜の斜面を回りこむようにして緩やかに降ってきます。
東屋分岐
先ほどの分岐から6分ほど降っていくと分岐があります。 角には道標が立っていて、斜面に沿って右手へ回り込むようにして続く道は「東屋」、 左手の段差の下へと降っていく道は「神山滝(こうやまたき)」、 今歩いてきた道は「下道(したみち)」となっています。 今歩いてきた道から右手へ回り込むようにして続く道は下道というようです。 道標には「右まわり」と書かれていて、右手の道を指して「崩れあり」との書き込みもありました。 ここは神山滝へ向かうべく、左手の道を降っていきます。
下道とは?
道標には右手の道は「遠回り♯へ」、今来た道は「近回り♯へ」とも書き込まれていました。 よく分からないのですが、神社や東屋とは、 頭高山の山頂にあった秋葉神社や、八重桜の里にあった東屋のことなのでしょうか。 それとも別の神社や東屋があるのでしょうか。 下道という表現の意味もよく分かりませんでしたが、 頭高山の山頂直下を取り巻く周回道があったことを考えると、 更にその下に周回道が巡っていて、今歩いてきた道はその道ということなのでしょうか。 地形図にも頭高山を取り巻く破線の道が描かれているので、 少しズレているようにも思えますが、今歩いてきた道がその破線の道なのかも知れません。 ('鳥居マーク'が入力できないので、代わりに'♯'を用いました)
後日に右手の道を歩きました。(「頭高山」を参照)
所々に横木の階段も設置されている傾斜の増した坂道を降っていきます。 傾斜が緩やかになってきた尾根を降り気味に進んでいくと、 先ほどの東屋分岐から5分半ほどで、夏草が生い茂る僅かな鞍部に着きました。 どこが道なのだろうかと辺りを見回していると、 鋭角に左手へ折れ曲がって降っていく道がありました。
(左右の樹木が低くなっていたので、冬枯れの季節だと見通しのいい場所なのかも知れません)
神山滝降り口
尾根から左手へ折れ曲がっていくと、すぐに道が二手に分かれています。 斜面に沿うようにして緩やかな道が左手へ続いていますが、 右手へと曲がっていく夏草の生い茂る道を降っていきます。 夏草が生い茂る所は1分もしない内に終わって、斜面に沿って続く緩やかで歩き易い道になってきます。 大木が斜めに倒れ掛かっている所まで来ると、道が左手へと分かれて降っていきます。 先ほどの尾根から2分ほど降った所になります。 左下の方からは滝の音が聞こえてきます。 辺りを見回していると、分岐の所に生えている木の幹にマジックで「←神山滝」と書き込まれていました。 このまま尾根道を進んでいくと県道710号へ降りていけますが、 ここを左折して神山滝を訪ねていきましょう。
神山滝
雑木林の斜面に続く傾斜の急な道を降っていきます。 程なくして左手の斜面を横切るようにして続く道が分かれていますが、右手へと曲がって谷筋へ降っていきます。 左手にある滝を眺めながら雑木林の斜面を降っていくと沢が近づいてきます。 右手に分かれていく道を見送って真っ直ぐ降りていくと、 先ほどの神山滝降り口から3分もせずに沢に降り立ちました。 上流側には滔々と音を響かせながら岩壁の上から水が流れ落ちていました。 標識などは見かけませんでしたが、これが神山滝のようです。 東屋分岐から12分ほど、頭高山へ向かう尾根道にあった神山滝分岐から26分ほどで降りて来られました。 途中で折れ曲がった二段の形になっていて、 目測では上段が10mほど、下段が5mほどで、合わせて15mほどの落差がある滝のようでした。
蒸し暑い中を歩いてきて汗もかいたので、 滝から流れてくる冷たい水に浸したタオルで火照った顔や首筋を拭くと、 生き返るように気持ちがいいのでした。 岩壁を流れ落ちる水飛沫のためか、辺りはヒンヤリとした空気に包まれていました。 リュックを降ろして滝を眺めたりしながら、ここで最後の休憩をしていきました。
小滝
神山滝の下流すぐの所には小さなダムがあり、そこにアーチ形をした小橋が架かっているので、 立寄っていくことにしました。 沢へ降り立つ直前で右手へ分かれていた道がそこへと通じています。 僅かに登って左手へ降っていくと、小さなダムの脇に出ました。 その上流側には小滝がありました。 神山滝から流れ落ちた水が更にその先で岩壁を流れ落ちている滝で、目測で落差4mほどはあるでしょうか。 滝の左手の岩壁には、人が立って入れそうな大きな洞穴がありました。 ダムの所には取水口のような設備があり、その上に僅かにアーチになった鉄板敷きの橋が架かっています。
小橋の下流はどうなっているのかと思って、小橋を渡って沢の左岸を歩いてみました。 コンクリート護岸された上を進んでいくと、沢の右手に広い敷地の民家が見えてきます。 その少し先で正面にブロック塀が現れて行く手を阻んでいました。 小橋から2分ほどの所で、塀の脇に設置された階段を登った所に木戸がありました。 何だか民家の庭へ入っていくように思えたので、登っていくのは止めておきました。 左手に続く塀に沿って細い山道が分かれていましたが、かなり先まで塀があったので、 その道の行く末を確かめるのは止めておきました。
後で知ることになりますが、塀のすぐ先は県道になっていて、 正面にある建物は「ホテル神山滝」というようです。 階段の上にある木戸はそのホテルの入口の脇にあって、 階段を登って木戸を抜けていけば、すぐに県道に出られたようでした。 しっかりとした小橋も架かっていることだし、 神山滝へ向かうルートとして利用できると便利そうに思えましたが、実際のところはどうなのでしょうか。
(左手の写真は、下流から振り向いて小橋と小滝を写したものです)
神山滝入口
神山滝の所まで引き返して神山滝降り口まで登り、そこから左手へと緩やかな尾根道を進んでいきました。 程なくして右傾斜の斜面を降るようになります。 右手へ大きくS字形に曲がりながら降っていくと、神山滝降り口から4分ほどで県道710号に降り立ちました。 これで山道は終りになります。 降り立った所には道標が立っていて、今降ってきた道は「神山滝→頭高山 約50分」となっていました。 また「銃猟禁止区域」の赤い標識も立っていましたが、 登り口には夏草が生い茂っていて、分かり難くなっていました。 正面には小田急の線路が県道と並行するように続いていて、 右手の作業場の先には「nippack」と書かれた白い建物がありました。 ここから新松田駅まで歩いていきます。
滝島橋
県道710号を左手へ進んでいくと、白壁の民家の先に滝島橋が架かっています。 下を流れているのは、先ほどの神山滝から続く沢になるようです。 ここは秦野市と松田町の市町境になっているようで、道路の上に標識が出ていました。 滝山橋を渡ったすぐの所から左手へ入っていく道があり、 その入口に「ホテル神山滝」の看板が出ていました。
先ほどの小橋の先にあった塀はこのホテルの外側を取り巻く塀のようです。 階段の上にあった木戸は、ホテルの入口の脇にあるようですが、 こちら側からその木戸を確かめてはいません。
ホテルを見送って県道を進んでいくと、 右手を流れる川音川の河原では釣りをしている人を何人か見かけたりもしました。 何が釣れるのでしょうか。
釣りをする皆さんにお願い
釣りをする人は、遊漁券を購入して釣りをして下さい。
現場日釣り券1,400円 現場雑魚券800円
売店日釣り券1,000円 現場雑魚券500円
*小学生以下は無料です。
ごみは必ず持ち帰りましょう。
 (酒匂川漁業協同組合)
籠場橋
県道710号を更に進んでいきます。 生コン工場を過ぎて道なりに進んでいくと、右手には田んぼがあって青々とした稲が育っていました。 県道に降り立った所から1.4kmほど進んでいくと、 正面に東名高速道路の高架橋「川音川橋」が架かっています。 その下に神山バス停があって新松田駅までの便がありますが、週末には僅かしか運行されていないので、 当てにはせずにそのまま歩いていきます。 川音川橋の下を過ぎていくと、すぐに県道72号に出ます。 そこにも神山バス停がありますが、右手へと曲がっていきます。 すぐの所にある小田急の踏切「渋沢12号」を渡っていくと、川音川に籠場橋が架かっています。 橋を渡ってすぐの所から左手前方に降っていく路地へ入っていきます。
新松田(しんまつだ)駅
国道255号の高架の下を過ぎていくと、T字路が少しずれて合わさったような十字路があります。 左手すぐの所には小田急の線路が通っていますが、右・左とクランク形に曲がって、 民家が建ち並ぶ路地をその先へと進んでいきます。 薬局のある十字路を直進して道なりに真っ直ぐ進んでいくと、「仲町商店街」の大きな看板のある道路に出ます。 そこを左折してJR御殿場線の下をくぐっていくと、すぐ先の右手に新松田駅(小田急小田原線)があります。 県道710号に降り立った所から38分ほどで到着しました。