古城山
散策:2008年06月中旬
【低山ハイク】 古城山
概 要 古城山は伊東市と伊豆市の市境尾根に聳える低山です。 山頂は樹木に囲まれていて展望は得られませんが、南の方の尾根からは伊豆の山々を見渡せる眺めが広がっています。 今回は冷川峠から古城山へ登って松川湖へ降るルートを歩きます。 松川湖からは万葉の小径を通って八代田へと向かっていきます。
起 点 伊豆市 冷川峠バス停
終 点 伊東市 八代田バス停
ルート 冷川峠バス停…467m峰…小ピーク…古城山…Y字路…鹿路庭峠分岐…尾根分岐…小ピーク…406m峰…小ピーク…中伊豆バイパス…奥野橋…展望広場…花の広場…水遊び広場…松川湖…奥野ダム…おくの公園…万葉の小径…稚児ヶ淵…八代田バス停
所要時間 5時間10分
歩いて... 冷川峠から古城山を経て鹿路庭峠への分岐の辺りまでは広めで分かり易い道が続いていました。 倒木がかなりありましたが、夏草が生い茂っている訳でもなく、安心して歩いていけました。 鹿路庭峠への分岐から松川湖へ降る尾根道は傾斜が急な所や分かり難い箇所もありましたが、 点々と設置されている境界杭などを確認しながら何とか降りて行けました。 尾根ではセミの鳴き声も聞こえてきたりして、夏の訪れが近づいているようでした。
関連メモ 今のところ、関連メモはありません。
コース紹介
冷川峠(ひえかわとうげ)バス停
伊東駅(JR伊東線)から、修善寺行きバスにて27分、 便は非常に少ないので、事前に確認しておきましょう。
 全日 7:15 8:10 11:40 13:30 17:05 18:15
バス停の手前10mほどの所に立つ電力会社の巡視路の黄色い標柱「伊東線50号」の脇から植林帯へ入っていきます。
バス停の場所
バス停の数10m先の水準点の先に立つ「県道12」の標識には「伊東修善寺線 伊豆市徳永」とあり、 またバス停の手前の標柱「伊東線50号」の更に手前の道路上には「伊東市」の標識がありました。 この峠は伊東市と伊豆市の市境になっているようですが、 峠を越えて少し降り始めた所にバス停があったので、ここでは伊豆市に含まれる地点にあるとしておきます。
植林帯へ入っていくと、僅かな谷筋のような所にプラスチック製の階段が現われます。 上の方に見えている尾根を目指して真っ直ぐに登っていきます。 やがてジグザグに曲がりながら斜面を登るようになります。 2分半ほどで階段が終わると、広くて緩やかな道になります。 その道を軽く登っていくと、バス停から4分ほどで、左右に通る尾根に登り着きます。 緩やかになった尾根には広い道が続いていました。 登り着いた所には巡視路の標柱「伊東線49号に至る」が立っていて、右手の尾根道を指しています。 ここは標柱に従って右手の尾根道を進んでいきます。
試しに左手の尾根道を進んでいくと、50mほど先の所に送電線の鉄塔「伊東線50」が立っていて、 広い尾根道はそこで終わっていました。
広くて緩やかな尾根道を2分ほど進んでいくと軽く登るようになります。 程なくして右斜面を横切るようにして進むようになると、先ほどの標柱の所から4分ほどで分岐があります。 中ほどには巡視路の標柱が立っていて、 右手へ降っていくプラスチック製の階段は「伊東線49号に至る」、 左手の高みへと登っていく道は「伊東線48号に至る」となっています。 ここは左手の高みへと続く細くなった山道を登っていきます。 登り始めの部分は道がはっきりしませんが、赤テープに導かれて植林帯を登っていくと、 程なくして雑木林の尾根に続く広い道になってきます。
(写真は左手にある登り口を向いて写したものです)
引き続き広い尾根道を進んでいきます。 軽く登るようになると、先ほどの標柱の所から4分ほどで分岐があります。 中ほどには巡視路の標柱が立っていて、 右手の斜面に続く道は「伊東線48号に至る」となっていますが、 ここは正面の雑木林に続く傾斜の増した尾根道を登っていきます。
所々の樹木には赤テープが巻きつけられていたりもします。 登り始めは細くて頼りなさそうな道ですが、2分ほど登っていくと広い尾根道になってきます。 樹木が少し途切れて山並みを見渡せる所があったりもします。
467m峰
雑木林の疎林に広くて緩やかな尾根道が続いています。 夏草が生い茂っている訳でもなくて、とても歩き易くなっていました。 僅かな高みを左手に巻くようにして続く道を通っていくと、再び広くて緩やかな尾根道になってきます。 倒木が道を塞いでいる所もありましたが、右手へ迂回路のような踏み跡があったので、 そこから回り込んでその先へと進んでいきました。 先ほどの標柱の所から10分ちょっと登っていくと、尾根道には丸い形をした岩を幾つも見かけるようになります。 この辺りが手元の地形図にある467m峰になるようですが、 尖った高みではなくて、緩やかな登りが続く尾根になっています。 冷川峠バス停から28分ほどの所になります。
小ピーク
引き続き広くて歩き易い尾根道を進んでいきます。 この尾根は伊東市と伊豆市の市境になっていて、短い境界杭が点々と設置されていました。 そんな杭や時折あるテープなどを確認しながら、特に分岐などはなくて分かり易い尾根道を進んでいきます。 やがて軽く登るようになると、丸い岩が幾つもある所を過ぎていきます。 倒木が道を塞いでいたりもしますが、跨いだり脇を抜けたりしながら進んでいきました。 白い小さな花を咲かせた細い低木が生える所を抜けていくと緩やかな尾根に出ます。 少し右へ曲がって広くて緩やか尾根道を進んでいくと小ピークに着きました。 手元の地形図によると、539.5m峰(古城山)の北北東350m辺りにある標高530mほどの高みになるようです。 冷川峠バス停から40分ほどの所になります。 境界杭が幾つか設置されていて、中ほどに生える樹木には黄・黒・赤テープが巻きつけられていました。 ここでひと息入れてから、少し左手へ曲がって緩やかに続く尾根道を進んでいきました。
程なくして少し降るようになってくると、左手の樹間から山並みが見えるようになります。 形からすると大室山のようです。 そんな景色を眺めたりしながら、丸い尾根の背に続く広い道を降っていくと、 先ほどの小ピークから5分ほどで鞍部に着きます。 そこから登り返していくと、大きな丸い岩が幾つかある高みに着きました。 手元の地形図によると、古城山の北150m辺りにある標高510mほどの高みになるようです。 高みには数本の木の柱とプラスチック製の赤い標識が設置されていました。
正面にはこれから向かう古城山と思われる高みが見えていました。 その左手の奥の方には特徴的な姿の大室山も頭を覗かせていました。
僅かに降って馬の背のような鞍部から登り返していきます。 広くて緩やかになった尾根を進んでいきます。 道を塞いでいる倒木を右手から回り込んでその先へ進んでいきます。 白い小さな花を咲かせた細い低木が生える坂を登っていくと緩やかな尾根に出ます。 この辺りから古城山の山頂部になるようで、 南北に続く広くて緩やかな場所になっています。
古城山 (標高539.5m)
少し右へ曲がってその先へ続く広くて緩やかな尾根を進んでいくと古城山の山頂に着きました。 冷川峠バス停から1時間ほどで登って来られました。 山頂には二等三角点があり、脇に生える樹木には「古城山539.5m」と書かれた手製の標識が括り付けられていました。 周りは樹木に囲まれていて展望は得られず、樹間から僅かに山並みなどが見える程度でした。 冷川峠バス停からここまではそれほど急な登りもなくて比較的楽に登って来られましたが、 季節がら湿度が高くて結構汗をかいたりしたので、リュックを降ろして休憩していきました。
二等三角点 たいせつにしましょう 建設省国土地理院
注意
このやぐらは基本測量に使用する測標です。 展望台ではありません。 あぶないからのぼらないでください。
 (国土地理院)
15分ほど休憩した古城山を後にして、その先へと進んでいきます。 引き続き広くて緩やかな尾根道が続いています。 特に分岐のない尾根道ですが、 樹木にはテープが巻かれ、コンクリート製やプラスチック製の境界杭も点々と設置されていて、 それらを確認しながら進んでいきます。 緩やかな坂になった尾根道を5分ほど降っていくと、なだらかな鞍部がしばらく続きます。 この山域の特徴なのか、この辺りでも丸まった岩を幾つか見かけました。 正面にはこんもりとした高みが見えていました。
なだらかな鞍部が終わって登り返していきます。 倒木が道を塞いでいたりもするので、右手の植林帯へ迂回して尾根道へ戻り、 その先へと登っていきます。 これまでにも見かけた白い小さな花を咲かせた細い低木が生い茂る所を登っていくと、 ちょっとした高みに着きました。 中ほどにはコンクリート製とプラスチック製の境界杭が設置されていました。 手元の地形図によると、古城山の南南西350m辺りにある標高510mほどの高みになるようです。 古城山から12分ほどの所になります。
振り返ると、今登ってきた古城山がよく見えていました。 緩やかな山頂部になっている様子がよく分かります。
Y字路
細い低木がこれまでよりも目立つようになった緩やかな尾根を進んでいきます。 この辺りは西南西へと続く緩やかな高みになっているようです。 少し登るようになると、境界杭の立つ高みに着きました。 先ほどから続いていた高みの端になるようで、 古城山の南南西400m辺りにある標高510mほどの高みになるようです。 ここは古城山から18分ほどの所で、道が二手に分かれているY字路になっていました。 右手へ降っていく広めの尾根道の先の方には赤テープが点々と取り付けられていました。 右手の道の方が歩きやすそうな様子でしたが、松川湖へと降る道は左手の尾根になります。
Y字路を左手へ進んで、これまでよりも少し大きめの境界杭を過ぎて降り坂になってくると、 左手の樹木が途切れて、伊豆の山並みを見渡せる景色が広がっていました。 奥の方に頭を覗かせている山は、形や方角からすると大室山のようです。
1分ほど進んで細い馬の背のような鞍部に着くと両側が開けていて、 伊豆の山並みなどを見渡せる景色が広がっていました。 左手の方の海に近い辺りには小室山と思われる山も見えていました。
良くは知らないのですが、万二郎岳や万三郎岳なのでしょうか、 右手の前方には高そうな山が続いていました。 景色を眺めたりしながらひと息入れていきました。
鞍部を過ぎて少し登っていくと、左手にはいい眺めが広がっていました。 そこを過ぎていくと、道の真ん中に大きな岩がありました。 良くは知らないのですが「礫岩」というのでしょうか、 小さな石が沢山嵌め込まれたような様子をした丸い大きな岩でした。 道はその岩を右手に迂回するようにして続いています。 引き続き、左右の樹間から見える伊豆の山並みなどを眺めながら進んでいきました。
鹿路庭峠分岐
広くてしっかりとした尾根道を更に進んでいきます。 左手が開けて小室山などを見渡せる景色が広がる所を過ぎていきます。 尾根道を緩やかに登って高みに着くと分岐があります。 古城山から35分ほどの所になります。 手元の地形図では、古城山の南南西550m辺りにある標高450mほどの高みのようです。 高みには伊東山歩会が設置した立派な道標が立っていました。 冷川峠から松川湖までの今回のルートで、唯一見かけた道標になります。 「平成十八年」とも書かれていたので、設置されてからまだ2年ほどの新しい道標でした。 ここで道が二手に分かれています。 道標によると、右手の道は「鹿路庭峠」、左手の道は「松川湖」、 今登ってきた道は「冷川峠」となっていました。 ここは左手に続く緩やかな尾根を松川湖へと降っていきます。
緩やかな道が1分ほど続いてから降り傾斜が増してきますが、1分ほどで再び緩やかな尾根道になってきます。 引き続き境界杭が点々と設置されているので、それらを確認しながら尾根を辿っていきます。 道はこれまでよりも少し細くはなりますが、山道にしては幅の広いしっかりとした道が続いています。 5分ほど降っていくと大きな岩が幾つかある所を過ぎていきます。
尾根分岐
道には次第に細い樹木が生えるようになってきますが、道はしっかりと続いていました。 軽く登るようになってちょっとした高みに着くと、尾根が二手に分かれていました。 手元の地形図によると、鹿路庭峠分岐の東南東180m辺りにある標高440mほどの高みのようです。 道標類は見かけませんでしたが、地形図と磁石で確認して右手の尾根の方がいいようだと判断し、 右手の尾根に続く道を降っていきました。
最初は尾根が分岐していることに気付かず、左手の尾根を降っていきました。 しかし次第に細い樹木が生い茂るようになってくるし、どうも違う道のように思えてきました。 どうしたものかと左右を伺っていると、右手の方にも尾根が見えました。 地形図と磁石を取り出して確認すると、右手の尾根の方が良さそうに思えたので、 少し引き返して右手の尾根を降っていったのでした。
小ピーク
細い樹木が生い茂る所を抜けていくと、再び分かり易い道になってきます。 鞍部に差し掛かると枯れた松が幾つもありました。 鞍部を過ぎて広くて分かり易くなった尾根道を緩やかに登っていくと、 鹿路庭峠分岐から25分ほどで小ピークに着きました。 手元の地形図によると、鹿路庭峠分岐の東450m辺りにある標高400mほどの高みのようです。 ここから少し右手へ曲がって降っていく尾根道を進んでいきます。
406m峰
軽く降っていくと、広くて歩きやすい尾根道が続いていました。 僅かな高みを越えてその先へ登っていくと、ちょっとした高みに着きました。 手元の地形図によると、鹿路庭峠分岐の東南東750m辺りにある406m峰になるようです。 先ほどの小ピークから8分ほど、鹿路庭峠分岐から44分ほどで到着しました。 登り着いた所には大きめの境界杭があったりもします。 尾根道はここから左手へと曲がっていきます。
(写真は左手を向いて写したものです)
程なくして降り傾斜が増してきますが、広くて歩きやすい道が続いていました。 7分ほど降っていくと緩やかな尾根になってきました。 引き続き境界杭が点々と設置されているので、それらを確認しながら進んでいきます。 緩やかな尾根道を1分半ほど進んで大きな樹木が二つ生える僅かな高みまでくると、 その先は再び降り傾斜が増してきます。
坂道を5分ほど進んでいくと、細い樹木が生い茂るようになりますが、 1分もすると再び広くて歩きやすい道になってきます。 尾根道はこの辺りから次第に右へ曲がっていきます。 地形図に載っている道を通っていることを磁石で確認しながら進んでいきました。 左手には沢でもあるのか、下の方から水の流れる音が聞こえてきたりしました。 まだ一匹だけでしたが梢からはセミの鳴き声も聞こえてきて、 そろそろ本格的な夏が近づいているなと思いながら降っていきました。
小ピーク
丸い尾根の背に続く広めの道を降っていきます。 大きな丸い岩を過ぎていくと浅い鞍部に着きます。 そこから雑木林に続く斜面を登っていくと、 406m峰から30分ほどで、緩やかな高みになった小ピークに着きました。 手元の地形図によると、406m峰の東北東600m辺りにある標高250mほどの高みのようです。 高みを越えてその先へと緩やかに降っていきます。
潅木などが生える尾根道を降っていくと、やがて樹間から民家などが見えるようになってきます。 下にある中伊豆バイパスを通る自動車の音も聞こえてくるようになります。 以前には何かあったのでしょうか、尾根の一部が抉れていて水が溜まっている所がありました。 周りにはシダ類が生えていたりもしました。 そこを過ぎて更に降っていくと、正面に車道が見えてきます。 そのまま真っ直ぐに進んでいくと、倒れるようにして生えている竹の先から石段が降っていました。 落ち葉が厚く積もっていて、一見して石段があるようには見えませんでしたが、 両側にあるコンクリートを見つけて、石段があることが何とか分かったのでした。 神社にあるような間隔の狭い石段になっていて、足を横に向けないと降っていけません。 積もった落ち葉を掻き分けるようにしながら注意深く降っていったのですが、 途中で足を滑らせて尻餅をついてしまいました。
中伊豆バイパス
30段ほどはある石段を降っていくと中伊豆バイパスに降り立ちました。 406m峰から44分ほど、鹿路庭峠分岐から1時間20分ほどで降りて来られました。 これで山道は終わりになります。 降り立った所のすぐ左手には「凍結・積雪時スリップ注意」の道路標識があり、 正面には「料金所TOLL GATE この先200m」の標識が立っていました。 車道に降りてから振り返ってみると、草などが生い茂っていて、石段があることが分かり難くなっていました。 右手を伺ってみると、橋の先に料金所らしい設備が見えていました。
(写真は車道に降りてから振り返って写したものです)
奥野橋
松川湖へは中伊豆バイパスを左手へ進んでいくのですが、右手すぐの所に見えている橋まで行ってみました。 谷の上に架かる橋は奥野橋というようで、右手には先ほどの406m峰と思われる高みが聳え、 左手には松川湖を見下ろせる眺めが広がっていました。 そよ吹く風に当たりながら、煩わしい所や分かり難い所もあった山道を歩いてきた疲れを癒していきました。
展望広場
車道に降り立った所まで引き返してその先へ進んでいくと、 すぐの所から右手へ道が分かれています。 脇には「湖畔入口」の看板や「松川湖・展望広場・梅の広場」の標識がありました。 右手へ入ってすぐの所で道が二手に分かれていますが、車道沿いに続く左手の道を降っていきました。 車道から分かれてくる道を合わせて右へ降っていくと、 「いとう桜記念植樹」の記念碑が立っていました。 左手には立派な吊り橋がありましたが、右手の下の方に東屋が見えたので、そこへ向かっていきました。 記念碑の脇から分かれていく道を降っていきます。 すぐの所の分岐を右折してその先の小さな橋を渡っていくと、遊歩道の左手に東屋がありました。 植え込みに囲まれていて、季節がらアジサイの花も咲いていました。 この辺りは松川湖畔に広がる展望広場というようです。 丁度昼時になったので、東屋のベンチに腰を降ろして昼食タイムにしました。
花の広場
東屋で20分ほど過ごしてから、松山湖畔に続く遊歩道を奥野ダムへと向かっていきました。 東屋を出てすぐの所を左折して、幅の広い横木の階段を降ってその先へ進んでいきます。 湖へ流れ込む小さな川に架かる橋を渡った先を右折して湖畔沿いを進んでいくと、 芝生の植えられた広場に出ました。 広場には「愛の献眼顕彰碑」が立っていて、花壇もありました。 花の広場というのだそうで、 時期を過ぎていましたが、咲き遅れたツツジがチラホラと残っていたりもしました。 広場を回り込むようにして進んでいくと、正面には大きな吊り橋が見えてきます。 先ほどの記念碑の左手にあった橋で、「奥野エコーブリッジ」というのだそうです。
奥野エコーブリッジ
橋の種別歩道橋
橋の長さ100.5m
橋の幅員3.0m
橋の高さ22.0m
この橋は、斜張橋といって塔から斜めに張ったケーブルが橋げたを吊る吊り橋の一種です。 奥野エコーブリッジという名前は、市民からの応募によって、 奥野の山々にこだまするエコー(やまびこ)をイメージして名付けられました。
水遊び広場
吊り橋の下をくぐっていくと、右手には川が流れています。 心地よい音を立てながら勢い良く水が流れていました。 川に架かる小さな橋を渡っていくと水遊び広場があります。 中ほどには人工的な流れがありますが、この時には水は僅かしか流れていませんでした。 周囲には東屋や藤棚があり、ベンチも幾つも設置されていて、憩いの場所になっているようでした。
松川湖
吊り橋の橋脚の脇を過ぎて坂を登っていくと、松川湖へ降る道が分かれていますが、 「これより先 立入を禁止します」となっています。 その左手に続く遊歩道を登り気味に進んでいきます。 右手には松川湖や山並みが広がり、綺麗な眺めが続いていました。
注意
この湖は、静岡県内水面漁業調制規則の適用を受けます。 遊漁(つり)する方は次のことに注意して下さい。
一、 この湖は、漁業権が設定されておりますので、遊漁規則を守って下さい。
ニ、 漁法は、ルアー釣り、フライ釣り、和式毛鉤釣りに限る。 (舟の使用及びエサ釣りを禁止する)
三、 遊漁する方は、遊漁券を買ってから入って下さい。
四、 遊漁証は、見易い所につけ、監視員から要請のあった時は提示して下さい。
五、 この湖は、伊東市水道水源ですので、汚さないで下さい。 各自のゴミ、空缶等はお持ち帰り下さい。
これらの事項に違反したときは処罰されることがあります。
川と湖をきれいにしましょう
 (伊東市松川漁業協同組合)
奥野ダム
湖面の少し上に沿って続く緩やかな遊歩道を進んでいきます。 道端の所々にはベンチが設置されていて、ひと休みしてけるようになっていました。 湖に流れ込む小さな沢筋のある山襞を幾つか過ぎていくと、建物の建つ広めの道になってきます。 建物の脇を過ぎていくと正面に大きな建物があり、その右手の橋の先に奥野ダムがありました。 展望広場から27分ほどで到着しました。 建物の下をくぐっていくと車道へ続いているようでしたが、今回は右手の広い橋を渡っていきました。 橋を渡ったすぐの所に、「松川湖」,「奥野ダム」と刻まれた大きな石があって、 ちょっとした公園のようになっていました。
奥野ダムは高さ63m・長さ323mのロックフィルダムで、伊東大川の上流にあります。 昭和43年から予備調査を開始し、昭和56年に本体工事に着手して、平成2年に完成したようです。 ダム湖である松川湖は総貯水量510万立方m・湛水面積0.31平方kmで、 その湖底には家屋27戸・農地7.95haが水没しているのだそうです。
奥野ダムのご案内
奥野ダムが必要になった理由
昭和33年9月に襲った狩野川台風により、伊東市街を流れる伊東大川が氾濫し、大きな被害が出ました。 下流では建物が多く川幅を広げるのが難しいので、洪水を繰り返さないためには上流にダムを造り、 洪水を防ぐことが必要になりました。 また、伊東市は観光地として発展し続けており、 将来の水不足に備えて新しい水源を確保しておく必要があるのです。
奥野ダムの役目
1.洪水調節  大雨が降った時に川の水を一時溜めて、下流にいっぺんに大量の水が流れるのを防ぎ、 伊東市街を洪水から守ります。
2.水道用水の確保  伊東市に対して、新たに一日に最大3万5千立方mの水道用水を給水します。
3.流水の正常な状態の維持  伊東大川を流れる水は、水道用水として使われているほか、 川を浄化し、魚を育てたり、釣りやタライ乗り競争など市民の憩いにも役立っています。 この水が涸れないようにダムから常に一定以上の水を流します。
おくの公園
橋を渡ったすぐ左手から降っていく階段があります。 降り口には「おくの公園」を指す標識が立っています。 ダムの上に続く道を先の方へ進んでいくと、湖畔に奥野資料館などがあるようですが、 今回は橋を渡った左手から降っていきました。 ロックフィルダムの斜面に続く階段とあって、かなりの傾斜がありました。 右・左と折れ曲がりながら降っていきます。 季節外れでしたが、周囲にはツツジの木が沢山植えられていて、咲き終わった花がまだ残っていました。 4分ほどかけて階段を降り切るとおくの公園になります。 振り返ると奥野ダムが大きな壁となって聳えていました。
万葉の小径
道なりに右手へ進んでいくと道が左右に分かれていますが、 左手へと続く舗装路を川沿いに降っていきます。 車止めを過ぎて軽く登っていくと、右手に特別養護老人「ホーム奥野苑」があります。 左手からくる道を合わせてその先へ登っていくと車道に出ます。 車道を100mほど進んでいくと、左手へ登っていく坂道が分かれていきます。 少し手前には「四季の植物と渓谷美 万葉の小径」の看板が立っていて、 左手を指していました。 このまま車道を進んでいってもいいのですが趣きに欠けようというものなので、 今回は左手に続く「万葉の小径」を歩いていくことにしました。
坂道を登っていくと、1分もしない内になだらかな道になってきます。 等高線に沿うようにして舗装された道が続いていました。 樹木が木陰を作っていて雰囲気はいいのですが、 どこが「万葉」なのだろうかと思いながら進んでいきました。 小径に入って7分ほどして上空に送電線が通っている辺りまで来ると、道端に歌碑が立っていました。 内容を確認してみると万葉集の歌なのでした。 それで「万葉の小径」なのかと納得したのでした。 これから先にかけて、同じような歌碑が幾つかありました。 また樹木の袂には「雅の名」が書かれた標識が立っていて、名前の由来も書かれていました。 その樹木の名前なのかと思っていると、どうもそれらしい雰囲気はなく、 何に対する名前なのかはよく分かりませんでした。
夏葛の絶えぬ使いのよどめれば事しもあるごと思いつるかも 坂上郎女
くず
「これまで耐えることのなかった便りが途絶えたので、何かあったのかと心配していましたよ」
大伴坂上郎女が駿河麻呂の様子を尋ねるために送った歌。 くずは空きの七草の一つで、夏刈り取って葛布を織った。
 (日本古典文学大系「万葉集」より)
介護ホームへ登っていく道を見送って緩やかな小径を進んでいくと、 小径に入って12分ほどの所の山際に水場がありました。 何段にもなった棚の石垣から水が滴り落ちていて、手前には竹で囲われた水飲み場が作られていました。 上には柄杓が置いてあったので飲めるのだろうと思って、手で受けてちょっと飲んでみました。 それほど冷たくはありませんでしたが、無味無臭の自然風味の水なのでした。
手に取れば袖さえにほふ女郎花この白露に散らまく惜しも 作者未詳
おみなえし
「手にとると袖にまで花の色香がうつりそうなおみなえしが、今朝の白露に散るのが惜しいことだなあ」
おみなえしの語源は「おみなめし」で、「おみな」は女性的な花姿を表わし、 「めし」は栗に似た花の形から栗飯の栗を省略したもの。
 (歌集「花の万葉集」より)
水飲み場を後にして4分ほど進んでいくと、道が曲がっていく角に歌碑がありました。 その脇に「稚児ヶ淵」の解説板が立っていて、右下を流れる伊東大川へと石段が降っていました。 このまま万葉の小径を進んでいってもいいのですが、 せっかく解説板も立っていることだしと思って、稚児ヶ淵へ立寄っていくことにしました。
朝露に咲きすさびたる鴨頭草の日くるるなへに消ぬべく思ほゆ 作者未詳
鴨頭草(つきくさ)
「朝露をうけて咲き盛っていたツユクサが日暮れとともにしぼむように日暮れになると身も消えそうに思われる」
現代名はツユクサで、古い時代から染色に用いられてきた植物である。
 (歌集「花の万葉集」より)
稚児ヶ淵
落ち葉が厚く積もった石段をジグザグに降っていきます。 程なくして石段が終わって手摺の付いた細い道になってくると、 万葉の小径から3分も経たずに伊東大川のすぐ上に出ました。 歌碑やその簡単な解説もありましたが、薄暗くて上手く写せませんでした。 川を覗いてみると、白波を立てながら勢い良く水が流れていました。 上にあった解説板によると、この辺りの淵には悲しい話が伝わっているようです。
頼朝の愛児千鶴丸と稚児ヶ淵
伊豆に流されて、伊東の北の小御所に住んでいた源頼朝と、伊東の領主祐親の娘八重姫との間に恋が芽生え、 音無の森で愛を語らった。 やがて二人の間に生まれた愛児は千鶴丸と名づけられ、すくすくと育った。 しかし、平家への恐れを抱く祐親の手によって、千鶴丸は松川の上流の淵へ沈められてしまった (曽我物語による)。 淵の名は、くもが淵・とどろきが淵・松枝が淵などいろいろに呼ばれて来たが、 今では稚児ヶ淵(ちごがふち)の名が一般的である。 古くは、城山と雨降山(今は無い)にはさまれた辺りが、その淵であると伝承されており、 この辺りがその雰囲気を一番よく伝えている。
 (伊東市教育委員会)
稚児ヶ淵を後にして、草木などが生い茂る細い道をその先へ進んでいきます。 道には水が流れていました。 青色の網を過ぎてその先へ登っていくと竹林になっていました。 旬のアジサイの花も咲いていたりして、雰囲気のいい空間を作っていました。 広くなった坂道を登っていくと、稚児ヶ淵から2分ほどで、万葉の小径へ登って来られました。 そこからは舗装された万葉の小径をその先へと進んでいきました。
土石流危険渓流
伊東大川水系鎌田八代田沢
土石流が発生する恐れがありますので、大雨の時などは十分注意して下さい。
 (静岡県、伊東市)
八代田(やしろだ)バス停
軽く降るようになった小径を5分ほど進んでいくと、やがて民家が現われるようになります。 伊東大川の対岸の建物を眺めたりしながら更に進んでいくとT字路に出ました。 その正面に八代田バス停があります。 万葉の小径に入ってから32分ほどで到着しました。 左手には東京電力の八代田変電所があり、右手を流れる伊東大川には谷城田橋が架かっていました。 ここにも最初にあったのと同じ「四季の植物と渓谷美 万葉の小径」の看板が立っていて、 今歩いてきた道を指していました。
伊東駅(JR伊東線)まで、伊東駅行きバスにて17分、 平日には1時間に3本程度、週末には1時間に2本程度の便があります。
(写真は谷城田橋からバス停の方を向いて写したものです)