舞岡公園
散策:2008年05月中旬
【里山散歩】 舞岡公園
概 要 舞岡公園は横浜市の戸塚区から港南区にかけて広がる自然公園で、 舞岡ふるさと村や舞岡ふるさとの森とも隣接しています。 谷戸田を取り巻くようにして森や丘が続いていて、 小谷戸の里を中心として保存活動が続けられている里山です。 今回は丘に続く散策路を中心に歩いていきます。
起 点 横浜市 日立和敬寮前バス停
終 点 横浜市 京急ニュータウンバス停
ルート 日立和敬寮前バス停…切通し…舞岡ふるさと村…舞岡八幡宮…舞岡町小川アメニティ…虹の家…舞岡ふるさとの森…四叉路…舞岡公園…前田の丘…瓜久保…みずき休憩所…狐久保…中丸の丘…葦原…ばらの丸の丘…もみじ休憩所…五叉路…京急ニュータウンバス停
所要時間 2時間10分
歩いて... 丘や谷戸に広がる雑木林には青葉が伸びていて初夏の装いになっていました。 高台には畑地が広がっていたりもして、長閑な里山風景が続いていました。 春には桜の花が綺麗に咲く所もあるので、花の季節に訪れるのもいいようでした。 谷戸の田んぼでは田植えの準備が進められていました。
関連メモ 舞岡ふるさと村, 舞岡ふるさとの森, 舞岡公園, 舞岡公園, 舞岡公園, 舞岡公園, 舞岡公園, 舞岡ふるさと村,
舞岡公園, 舞岡公園, 舞岡公園, 舞岡ふるさとの森, 舞岡公園
コース紹介
日立和敬寮前(ひたちわけいりょうまえ)バス停
戸塚駅(JR東海道線)の東口から、京急ニュータウン行きバス、 舞岡台循環バス、明治学院大学南門行きバス,または,小田急分譲地中央行きバスにて3分、 便は頻繁にあります。
バス停の30mほど先にある小田急団地入口交差点を右折して、車道を降っていきます。
舞岡熊之堂公園を過ぎて車道を降っていきます。 途中から左手へ分かれていく道を見送って坂の下までくると、左手にある蕎麦屋の方へと道が分かれていきます。 そこを左折して蕎麦屋の前を通り過ぎて坂道を降っていきます。 程なくしてあるT字路を右折していくと、道の左手には田んぼが広がり、右手には細い川が続きます。 川に架かるつくし橋を見送って川沿いに進んでいくと土の農道になってきます。 ビニールハウスの脇を過ぎて更に進んでいくと、 田んぼと川の間に続く農道には草が生えていて、雰囲気のいい所になっていました。 田んぼでは粗起しが終わって水が張られ、田植えの時が来るのを待っているようでした。
左右に通る舗装路に出た所にある倉下橋を渡って左手へ道なりに進んでいくと、 民家が建つ突き当たりの所から右手の浅い谷筋へと道が分かれていきます。 角には道標が立っていて、左手の道は「散策道を経て舞岡駅へ」、 右手の道は「散策道を経て舞岡公園へ」となっています。 左手の道は川沿いに舞岡ふるさと村へと続いていますが、今回は右手の道から丘を越えていきます。 右手の道のすぐ先には「舞岡公園・舞岡ふるさとの森・舞岡ふるさと村 案内図」があって、 その中を巡る散策路が示されているので参考にしましょう。 今回は中央の谷筋を取り巻く丘を中心にして散策していきます。
舞岡公園・舞岡ふるさとの森・舞岡ふるさと村 案内図
「ふるさとの森」は、山林所有者の御好意で保存されています。 山林、竹林、農地内への立入りはできません。 利用時間は日の出から日没までが原則です。
 (横浜市緑政局南部農政事務所)
切通し
浅い谷筋には「特区農園」になっている畑地が続いています。 山際に続く舗装された坂道を登って谷の奥まで来ると、幅の広い階段が現れます。 その階段を登り切ると土の道になります。 広くて緩やかな道のすぐ先にある切通しに着くと、道が二手に分かれています。 角に立つ道標によると、右手に続く尾根道は「ふれあい広場・舞岡公園」、 今登ってきた道は「舞岡駅」となっています。 左手にも細い道が分かれていますが、道標には何も示されてはいません。 右手の尾根道は舞岡ふるさとの森の尾根を通って明治学院大学まで続いていますが、 今回は左手へ分かれていく道を降っていきます。
横浜市市民利用型農園 特区農園
この農園は、特定農地貸付法に基づき開設された市民利用型農園です。 利用方法等については下記の開設者(又は管理者)に直接お問い合わせください。
 (平成18年3月認定 横浜市)
尾根道から分かれて山際に沿って降っていきます。 道端には笹竹が生えていたりもしますが、道はしっかりと確認できました。 1分ほど降っていくと、浅い谷筋に広がる畑地に出ました。 そこから左手へと続く舗装路を緩やかに降っていきます。
舞岡ふるさと村
程なくして民家が建ち並ぶようになった道を降っていきます。 立派な門構えの民家の前を右折して更に進んでいくと、 舞岡ふるさと村に通る道路に出ます。 左手には田んぼが広がっていました。 苗床から軽トラックで運んできた苗を田んぼの脇に置いて、まさに田植え作業が始まろうとしていました。 舞岡公園は右手へ進んでいくのですが、左手の先に舞岡八幡宮があるので立寄っていきました。
舞岡八幡宮
道路の手前から左手に分かれて山際に続く畦道を進んでいきます。 水が張られた田んぼにはカモが二羽いて餌漁りなどをしていました。 山際を1分ほど進んでいくと、左手に舞岡八幡宮があります。 手水舎の先の短い石段を登って鳥居を過ぎると、右手に由緒書きがあります。
舞岡八幡宮
祭神誉田別命(主祭神)、息長足姫命、比淘蜷_(以上相殿)
考安天皇、仁徳天皇、国常立命(以上明治6年合祀)
特殊神事湯花(湯立)神楽 4月15日 例祭日
由緒 昔、当地一帯を腰(越)村と呼んで居た頃、白幡が空に舞ったので村の名を舞岡と改めたと云う。 その幡は当地の西方30キロの落幡村(現秦野市)に落ちたと伝へるが、 この奇瑞に因んで石清水八幡宮を勧請したのが当神社の始めであって、 時に乾元元年(紀元1963、西暦1302)3月であった。 爾来、村の鎮守として崇敬さられ、明治6年村社、大正6年幣帛供指定村社(例祭の折、市区町村長が装束を着けて幣帛を奉る)と成り、 昭和28年宗教法人と成って現在に至る。 相模国鎌倉郡舞岡村はやがて神奈川県鎌倉郡川上村舞岡と成り、昭和14年には横浜市域の拡大に依って、 横浜市戸塚区舞岡町と成った。昭和30年代末の宅地造成に伴って南舞岡が生れたが、 当神社の氏子区域であることは変わらない。
鳥居を過ぎて急な石段を登っていくと社殿があります。 壁がなくて風通しのいい舞殿のような拝殿の奥に本殿があります。 拝殿の屋根には7本の鰹木が乗り外削ぎの千木が聳え、本殿の屋根には4本の鰹木が乗り外削ぎの千木が聳えています。 男神と女神が合祀されているので、そのような数になっているのでしょうか。 社殿の右手には舞岡地区の英霊を祭る小振りの「英霊殿」があり、 その屋根も4本の鰹木と外削ぎの千木になっていました。 英霊殿の右手には、日枝社・稲荷社・愛染社・疱瘡社・疫神社が並んでいました。
應神天皇の御神徳
御母・神功皇后が「事竟へて遠らむ日に茲土に産れたまへ」と祈られて御胎内のままに西を征ち凱旋後に降誕なさり、 御即位後は、「枯野」といふ船や「韓人池」などをお作り遊ばされた。 又、百済との交流をおすすめになったので、縫工・治工・醸酒人・呉服部の来朝や論語・千字文の献上が行はれた (天皇のお徴しによって来朝した王仁が献上、皇子は王仁に師事して勉強なさった)。 これらの事から、應神天皇は、世間一般に安産・国家安寧・交通・農業・外交・工業・飲食・服飾・ 学芸教育文化の神として尊崇せられる。 我が鎮守として舞岡町の全般を守り、産土神として一人々々を絶えずお守り下さることは言ふ迄もない。 御降誕の時「宍、胱の上に生ひたり。其の形、鞆の如し」「故、其の名を稱へて誉田天皇と謂す」のである。
應神天皇の御製
近江国(今の滋賀県)に行幸の時−国ほめの歌
千葉の葛野を見れば百千足る家庭も見ゆ国の秀も見ゆ
神功皇后の御歌
皇太子(後の應神天皇)の為に祝宴をなさった時−寿宴の歌
この御酒は我が御酒ならず酒の司常世に坐す石立たす少名御酒の神壽き壽き狂ほし豊壽き壽き廻ほし献り来し御酒ぞ乾さず食せささ
仁徳天皇の御事蹟(古事記の記述)
天皇、高山に登りて、四方の国を見たまひて詔りたまひしく 「国の中に煙発たず、国皆貧窮し。故、今より三年に至るまで、悉に人民の課、役を除せ」とのりたまひき。 是を以ちて大殿破れ壊れて、悉に雨漏れども、都て修め理ること勿く、樋を以ちて其の漏る雨を受けて、 漏らざる処に遷り避けましき。後に國の中を見たまへば、國に烟満てり。 故、人民富めりと為ほして、今はと課、役を科せたまひき。 是を以ちて百姓榮えて、役使に苦しまざりき。故、其の御世を稱えて、聖帝の世と謂ふなり。
参拝のしかた
一、先ず浅い礼を1回します。
二、次に深い礼を2回します。(二拝)
三、次に手を二つ打ちます。(二拍手)
四、次に深い礼を1回します。(一拝)
五、最後に浅い礼を1回します。
参考 願いごとがある場合には次のようにします。
一、の次に先ず二拝してから願いごとや感謝のことばをそのままとなえます。 「祓えたまえ清め給え」ととなえるのもよいことです。
舞岡八幡宮の社殿の左手には小振りの水車小屋の模型が置かれています。 50数年前まで神社の前で使われていたものを模したものなのだそうで、なかなか風情があってよく出来ています。
いはれ
今より約五十余年前、神社の前、用水を利用してあった
ふる里の 神社に 我詣で 昔が浮ぶ 水車かな
舞岡町小川アメニティ
舞岡八幡宮の左手から続く坂道を戻っていきます。 一部が階段状にもなっている道を降っていくと、大きな狛犬が控える鳥居の所に降りてきます。 そこから鳥居をくぐって田んぼの脇に出て左手へと進んでいきました。 程なくしてあるT字路を右折していくと、舞岡ふるさと村に通る道路に出ます。 道路沿いは舞岡町小川アメニティになっていて、整備されたせせらぎが流れています。 右手には東屋があり、その脇には水車が勢い良く回っていました。 以前に訪れた時には老朽化して動かなくなっていましたが、新しく造り直されたようです。 アメニティ沿いに続く小径を右手へと進んでいきます。 せせらぎには黄色や紫色のカキツバタなどの花が咲いていたりもして、雰囲気のいい道が続いています。
虹の家
丘から舞岡ふるさと村へ降ってきた所を過ぎていきます。 角に佇む双体のお地蔵さんを見送ってその先へ進んでいくと、 アメニティ沿いの道はボードウォークになってきます。 保育園の入口までくると、左手に虹の家があります。 その入口に「舞岡ふるさと村総合案内板」があるので参考にしましょう。 舞岡ふるさと村と舞岡公園が紹介されています。 虹の家では、舞岡地区の歴史・民俗・自然・動物や、近隣にある横浜市民の森などが紹介されていました。 有料だったりしますが散策マップも置いてあります。
舞岡ふるさとの森
戸塚区の南部、"舞岡ふるさと村"の一画。 市営地下鉄「舞岡駅」を降りると、周囲は大規模な住宅地。 それを忘れてしまうほど、のどかな田園風景が広がります。 小川が流れ、雑木林が田んぼや畑を囲み、いくつかの谷戸をかかえています。 そんな田園風景を楽しみながら、雑木林へ続く散策路をたどると、いつの間にか"舞岡ふるさとの森"です。 コナラやクヌギ、サクラの木が目につくこの森は、昔、炭や薪をとるための森だったことを物語っています。 木を育てては伐り、伐っては育て、農家の暮らしとともに守られてきた森でした。 そんな先人の息吹を感じながら、山道をのんびり歩きましょう。 きっと、愛らしい野草や小鳥の群れに出会うでしょう。 また、ふと足をとめた道祖神には、心が和むことでしょう。 山道を下りれば、農家の庭先に、とれたての野菜が並んでいるかも知れません。 "ふるさとの森"には、さまざまな出会いが待っています。
"ふるさとの森"とは
横浜市内には25の"市民の森"があります。 "舞岡ふるさとの森"もその中のひとつです。 "ふるさとの森"という名称は、"ふるさと村"指定地域の中にあることからつけられました。 "ふるさとの森"(市民の森)は、山林所有者の方々のご好意により、山林を使用させていただいているものです。 市民の皆さんの憩いの場としてご利用いただくとともに、緑を守り育てるという横浜市の緑地保存事業の一環です。 "ふるさとの森"(市民の森)は、緑を守り、自然の景観をこわさないように最小限の整備をし、一般に公開しています。 散策道や広場の清掃・草刈りなどは、地元の方々でつくられた「ふるさとの森愛護会」(市民の森愛護会)が行なっています。 訪れた人々が快く歩けるようにマナーを守って、きれいな"ふるさとの森"にしていきましょう。
虹の家を後にしてボードウォークをその先へ進んでいくと、 程なくして右手へと道が分かれていきます。 角には道標が立っていて、正面に続く道路は「小川アメニティを経て舞岡公園へ」、 右手の道路は「舞岡ふるさとの森」となっています。 そのまま真っ直ぐに進んでいくと舞岡公園へ続いていますが、今回はそこを右折していきました。 民家風の保育所や民家などを過ぎていくと、浅い谷筋には畑が広がっています。 白色や黄色の花が咲いて綺麗な畑などを見ながら進んでいくと、道が二手に分かれています。 左手の道を進んでいくと、舞岡ふるさとの森の尾根を越えて上倉田地区へと降っていけますが、 今回はここを右折していきます。
畑地の中に続く道を進んでいくと、程なくして十字路があります。 そこを直進して民家の間を軽く登っていくと舗装路は終わって、森へと続く土の細い山道になってきます。 その山道へ入って畑の脇に沿って登っていくと、奥まった所に蕗畑があります。
(写真は蕗畑から振り返って写したものです)
舞岡ふるさとの森
蕗畑の縁に沿って進んで畑が終わると、山へと登っていきます。 今では余り歩かれていない感じの道ですが意外としっかりとしていました。 杉や竹などが生える坂道を折れ曲がりながら1分ほど登っていくと、左右に通る広い尾根道に登り着きます。 登り着いた道は、最初の切通しの所を右折してきた尾根道で、 この辺りに続く森が舞岡ふるさとの森になります。 この正面にも細い山道が降っていて、ちょっとした十字路になっていますが、 「この先は立入り禁止です」の看板が立っています。 今登ってきた道から尾根道を横切って正面へ降っていく道は、 以前には丘越えの峠道だったのでしょうが、今では余り歩かれなくなったようでした。 今回はここから左手に続く尾根道を進んでいきました。
軽く登ってから降っていくと、右手が開けた畑地に出ます。 右手の畑地の向こうには戸塚の街並みが広がっています。 左手に竹林などを眺めながら、緩やかで広い尾根道を進んでいきます。 左手の草地には、尾根道と並行するように道が続いていますが、 間にはロープが張られていて区切られています。
程なくして、並行していた道は左手へと分かれていきます。 右手へ曲がって登っていく尾根道を進んでいくと、降り階段が現れます。 階段を降っていくと、尾根を越えていく舗装路に降り立ちます。 この道は先ほどの虹の家の先を右折して、その先の分岐を左手へ進んできた道で、 舞岡町から尾根を越えて上倉田町へと続いています。 降り立った所に「舞岡公園・舞岡ふるさとの森・舞岡ふるさと村 案内図」があります。 この付近の道などが紹介されているので参考にしましょう。 今回はこの50mほど先を右折して、再び舞岡町へと降っていきます。
舗装路に降りて正面へ50mほど進んでいくと、左右に道が分かれています。 右手の階段を降っていくと上倉田町になりますが、 今回は左手の切通しのような所へと入っていきます。 入口には先ほどのと同じような案内図があります。
左手の道へ入っていくと畑地になっています。 そこを右手から回り込むようにして進んでいくと分岐があります。 角に立つ道標によると右手の道は「舞岡公園」となっていて、 正面の道には何も示されてはいません。 脇には「チップのひいていある散策道の案内図」があって、 先ほど車道に降りた所からこの右手へと続く道が示されています。 右手の道が明治学院大学まで続く尾根道になりますが、今回は正面の道を進んでいきました。
切通しのようになった坂道をひと登りしていくと、丘の上に広がる畑地に出ます。 右手に広がる広い畑を見ながら左手へと曲がりながら降っていきます。 山際には桜の木が沢山植えられていて、花の季節には綺麗な眺めになるのだろうと思います。 山際に沿って続く簡易舗装された道を降っていくと、 正面には南舞岡から日限山方面の街並みが広がっていました。
白いガードレールが設置されるようになった道を更に降っていくと、 右手に広がる畑の奥の方には、舞岡ふるさとの森の「ふれあい広場」が見えていました。 畑沿いの道を更に降っていって傾斜の増した坂道になると竹林へと入っていきます。 石垣とトタン塀に囲まれた坂道を降っていくと、民家の脇に降り立ちます。 そのまま真っ直ぐに進んでいくと、虹の家から続く道路を直進してきた道に出ます。 そこを右折して、小川アメニティ沿いに進んでいきます。
四叉路
坂下口バス停を過ぎていくと道端に道標が立っていて、 正面に続く道は「舞岡公園 瓜久保・小谷戸の里」,「古民家(小谷戸の里)約800m」となっています。 クリーニング工場を過ぎて藤棚の下をくぐっていくと、 左手からの道を合わせたすぐ先で、道が三方に分かれています。 十字路とは少し形が違うので四叉路としておきます。 角に立つ道標によると、正面の道は「原古御堂を経て舞岡公園へ」、 右手の道は「松原越しを経て舞岡公園へ」となっています。 また舞岡第三町内会の掲示板に取り付けられた看板によると、 正面の道は「舞岡公園駐車場700m」、右手の道は「公園入り口300m」となっていて、 歩行者は右手の道を進むように書かれています。 正面の道を進んでいくと舞岡公園の管理詰所やけやき広場の辺りへ登っていけますが、 今回は右手に続く小川アメニティ沿いの道を進んでいきます。
舞岡公園
四叉路を右折していくと、程なくして小川アメニティが道を横切って左手へと曲がっていきますが、 今回はそのまま舗装路を真っ直ぐに進んでいきました。 民家が終わって畑地が広がるようになると、道端に木製の三本の標識が立っていて、 「ここより舞岡公園」,「前田の丘入口まで50m」,「公園入り口(瓜久保)まで100m」となっています。 ここを過ぎていくと、少し先の所から右手に登っていく坂道が分かれていきます。 その角には標識が立っていて「至 前田の丘」となっています。 瓜久保へは正面へ進んでいくのですが、今回は右手の道を登っていきました。
前田の丘
かなり傾斜のある坂道を登っていきます。 右手に折れ曲がって雑木林の中を登っていくと、開けた草地に出ます。 ここが前田の丘で、緩やかな斜面に広い空間を作っています。 自動車の両輪が乗るようにとのことなのか、二つの細い舗装路が並行して正面の丘の上へと続いています。 このまま正面の道を進んでいくとくぬぎ休憩所があり、 そのすぐ上に尾根道が通っていますが、 今回は前田の丘に出たすぐの所から左手に分かれていく横木の階段を登っていきます。 角には道標が立っていて、左手の階段は「至 瓜久保」となっています。
横木の階段はすぐに終わって、雑木林に続く緩やかな道になります。 道の両側にはロープ柵が続いています。 森に続く散策路はよく整備されていて、歩きやすくて雰囲気のいい道が続いています。
火気厳禁
森は生物たちのすみかデス
 (戸塚消防署、南部公園緑地事務所)
程なくして幅の広い横木の階段を降るようになります。 一旦緩やかになった先で、再び始まる幅の広い横木の階段を降っていくと、谷筋に続く散策路に降り立ちます。 角には大きな柱の標識が立っていて、今降ってきた横木の階段は「至 前田の丘」となっています。
瓜久保
散策路に降りた正面が瓜久保になります。 浅い谷筋に囲まれるようにして瓜久保池が佇んでいます。 手前には相撲を取っている河童の青銅像があったりもします。 ベンチも設置されているので、ひと休みしていくのにはいい所です。 瓜久保池には蓮が沢山あって、淡い紫色の綺麗な花が咲いていたりもしました。 池の右手の奥には広場がありますが、池の左手へ続く谷戸田の方へと進んでいきました。
瓜久保池の左手を過ぎて谷戸に続く散策路を降っていくと、 すぐの所から右手へ道が分かれていきます。 このまま谷戸に続く道を緩やかに降っていくと瓜久保の休憩所やトイレなどがありますが、 今回は右手に分かれていく道へ入っていきます。 角には標識が立っていて、右手の道は「至 みずき休憩所」となっています。
みずき休憩所
ロープ柵などが設置された道を進んでいくと、程なくして横木の階段を登るようになります。 かなり段差があったりもしますが1分ちょっとで登り切ることが出来ます。 横木の階段を登り切って丘に着くと、「至 瓜久保」の標識が今登ってきた階段を指しています。 丸い感じになった丘をその先へ進んでいくと、左手の方に東屋があります。
ここがみずき休憩所で、正面には舞岡公園の山並みを眺められる景色が広がっています。 ベンチに腰を掛けて、しばらく景色を眺めていきました。 舞岡公園の中心となる谷戸を挟んだ向こう側の丘に広がる畑地もよく見えていました。
みずき休憩所のすぐ先で、道が二手に分かれています。 右手の道は尾根道へと続いていますが、 狐久保へは左手のベンチの先から続く広い道を進んでいきます。 程なくして現れる幅の広い横木の階段を降っていくと、谷筋に続く散策路に降り立ちます。 角には大きな柱の標識が立っていて、右手の道は「右 狐久保」、 今降ってきた横木の階段は「至 みずき休憩所」となっています。 左手へ進んでいくと舞岡公園の中心となる谷戸に続く道に出ますが、このすぐ右手が狐久保になるので、 今回は右手へと進んでいきました。
狐久保
谷筋に降りて右手に続く散策路を少し左へ曲がりながら進んでいくと、すぐに開けた広場に出ます。 ここが狐久保になります。 次の中丸の丘へは左手に続く道を進んでいくのですが、 右手の奥の方へと広場が続いていて、 その奥まった所には、広場の名前に因んだ狐の石像があったりもするので、ちょっと立寄っていきましょう。
小広くなった草地を右手の奥へ進んでいくと、森に囲まれた空間がぽっかりと現れます。 静かな空間になった雰囲気のいい所です。 その山際に二つの狐の石像が置かれています。 三角に尖った両耳と吊り上った細い目、尖った鼻先から伸びる髭などが彫り込まれています。
中丸の丘
狐久保の入口の左手にある標識「狐久保」の脇から続く道を進んでいきます。 道の両側には笹竹や雑木などが生い茂っていますが、道の部分はよく踏まれて分かりやすくなっています。 少し左へ曲がって枝分かれした谷筋に出ると、幅の広い横木の階段を登っていきます。 1分半ほどかけて階段を登り切ると中丸の丘に着きます。
正面が開けていて、舞岡公園の中心的な谷戸やその向こうの丘などを見渡せる景色が広がっています。 周囲にはベンチが幾つか設置されているので、ここでも景色を眺めながらひと休みしていきました。 谷戸に続く田んぼなども見下ろせるのですが、この時には青葉が伸びていて、かなり隠れていました。
丘の右手にはシートを広げて集う壮年グループがありました。 ハーモニカを吹いている人もいて、曲が終わる度に拍手が起こっていました。 何だか懐かしい曲でした。 以前にはその辺りにはベンチが並んでいたのですが、今では取り払われています。 休日の早朝にここへやってきてベンチに寝転がってラジオ番組を聴いていた頃を思い出したりもしました。 このような場所で聴くと雰囲気が変わって、新鮮に感じたりしたものでした。
中丸の丘からは左右に道が分かれています。 右手の道は尾根道へ続く道で、左手の木柵が続く道は松原越休憩所へと続く道ですが、 今回は正面に立つ標識「至 谷戸・水田」の脇から続く幅の広い横木の階段を降っていきます。 以前には丘の右側に沿って道が付けられていたのですが、 菜の花畑がなくなって整備され、丘の左側に沿って階段が付けられました。 すぐに雑木林の中へ入って折れ曲がりながら降っていくと、 舞岡公園の中心的な谷戸に続く散策路に降り立ちます。 降りた右手には「舞岡公園案内図」があるので参考にしましょう。 この右手には北門があってその先に小谷戸の里などがありますが、 今回は左手すぐの所から正面の葦原へ続く階段を降っていきます。 その入口には道標が立っていて、正面の階段は「ばらの丸の丘」、 右手の道は「小谷戸の里・お手洗」、左手の道は「舞岡駅1.8km」となっています。
葦原
短い階段を降りると、葦原になった谷筋には板敷きの道が続いています。 脇の水辺で何かを見つけて歓喜している母娘の連れを見かけたりもしました。 左手の葦原の先には田んぼがあって、その向こうにあるさくらなみ池では、 柳の木の下で何組かの家族連れが遊んでいました。 右手の葦原の先の谷戸にも田んぼが続いていて、田園体験をすることも出来るようです。
葦の生える水辺に来ると何だか子供の頃を思い出したりします。 大きな川の中州にある田んぼまで木舟で行って、刈り取った稲を持ち帰ってきたものです。 竹の竿をさして葦を掻き分けながら進んだものでした。 葉が手などに触れると切れたり痒くなったりしたこともあったようにも思います。 沼地の独特の匂いと合わせて、懐かしい思い出です。
ばらの丸の丘
葦原を渡って向こうの山際に着くと、道が二手に分かれています。 左手に続くさくらなみ池への道を見送って、正面へと続く幅の広い横木の階段を登っていきます。 程なくして左手から登ってくる道に出て右手へ進んでいくと、丘の上の広場に着きます。 ここがばらの丸の丘で、丘の奥の方まで続くかなり広い場所になっています。 芝地になった広場には桜の木が沢山植えられていて、花の季節には綺麗な眺めになる所です。 広場を奥へ進んでいくと、右手に東門がありますが、 今回は丘の上に続く広い散策路をそのまま進んでいきます。
舞岡公園の中心的な場所である谷戸や小谷戸の里などがある一角へと続く道は、 北門・東門・南門の三つの門で区切られています。
舞岡公園憲章
私たちは横浜市の原風景である谷戸を愛する市民です。 舞岡公園は、水や土、それに私たち人間をはじめとする生きとし生けるものの調和によって 成り立ってきた谷戸の景観をとどめています。 この緑あふれる谷と丘を良好に維持保全し、ながく後世に引き継ぐことを目的として ここに憲章を定めます。
・私たちは、舞岡講演で自然とふれ合い、様々な生き物たちと共にあることを大切にします。
・私たちは、谷戸で受け継がれてきた文化や農体験を大切にします。
・私たちは、舞岡公園を市民の手づくりによる市民のための公園にします。
ここ舞岡公園には、四季の移りかわりを楽しませてくれる草花や木があり、さまざなま生きものたちがすんでいます。 この大切な動植物たちの営みを末永く保ちつつ多くの人たちが楽しめるよう、 次のことにご協力くださいますようお願いいたします。
・火の使用はできません。(公園の催しを除く)
・ゴミは持ち帰る。
・大きな音を出さない。(音楽等は迷惑にならないように)
・動植物をとらない、持ち帰らない。
・ペットなどの生き物を捨てたり、草花や樹木を無断で持ち込んだりしない。
・道をはずれない。(貴重な動植物をふんだりおどろかせたりすることがあります)
・生き物にエサをやらない。
 (横浜市南部公園緑地事務所)
お知らせ
ここより先は野生動植物の保護及び自然環境を維持して行くため、 犬(補助犬を除く)等を連れての立ち入りはできませんのでご協力をお願いします。
公園門(東・南・北)内の利用時間
夏期間(4月〜10月)…8:30〜19:00 冬期間(11月〜3月)…8:30〜17:00
なお野生動植物の保護及び自然環境の維持のため、夜間は公園門の開閉を上記の時間で行います。
 (横浜市環境創造曲南部公園緑地事務所、舞岡公園田園・小谷戸の里管理運営委員会)
もみじ休憩所
ばらの丸の丘を過ぎて舗装路になった散策路を緩やかに登っていきます。 雑木林の中の道を進んでいくともみじ休憩所の広場に出ます。 真ん中は芝地になっていて紅葉の木も沢山植えられています。 このまま真っ直ぐに進んでいくと、舞岡公園の管理詰所やけやき広場へと続いていますが、 今回はこのもみじ休憩所の左手に続く道へ進んでいきます。
五叉路
広場が終わって少し降るようになった舗装路を進んでいきます。 雑木林の中を緩やかに降っていくと五叉路があります。 右手からはもみじ休憩所の広場の奥から降ってくる道が合流してきます。 角に立つ道標によると、右手の道は「バス停0.2km、駐車場」となっています。 その他には何も示されてはいませんが、正面の道は舞岡ふるさと村へと降りていく道、 左手の道は谷筋からさくらなみ池の畔へ降りていく道になります。 今回は右手の道へ進んでいきました。
軽く降って道なりに左手へ曲がっていくと、幅の広い横木の階段が現れます。 その階段を登っていくと、車道の脇にある駐車場に出ます。 右手すぐの所には舞岡公園の管理詰所やけやき広場がありますが、 左手の先にある京急ニュータウンバス停へと向かっていきます。
駐車場から左手に進んでいくと、右手へ曲がっていく角から道が分かれて降っていきます。 その道は坂下口バス停の先にあった四叉路へと降っていく道ですが、 今回は広い車道を道なりに右手へと進んでいきます。
京急ニュータウン(けいきゅうにゅーたうん)バス停
左手に分かれていく道を見送って広い車道沿いに100mほど進んでいくと、京急ニュータウンバス停があります。
戸塚駅(JR東海道線)までの便が1時間に4本程度あります。 また、東戸塚駅(JR横須賀線)・上永谷駅(横浜市営地下鉄)・港南台駅(JR根岸線)までの便も 1時間に1本程度あります。