くさぶえ・ふじやとの道
散策:2008年05月上旬
【街角散策】 くさぶえ・ふじやとの道
概 要 くさぶえの道とふじやとの道は、横浜市都筑区のニュータウンの中に続く散策路です。 中川駅から山崎公園・牛久保西公園・牛久保公園・徳生公園・神無公園・山田富士公園を経てのちめ不動バス停の傍まで続いています。 今回は中川駅からくさぶえの道とふじやとの道を通って、東山田駅へと歩いていきます。
起 点 横浜市 中川駅
終 点 横浜市 東山田駅
ルート 中川駅…山崎公園…牛久保西公園…四季舞橋…牛久保公園…青が渓橋…徳生公園…なつみかん公園…水雲隧道…徳生公園…神無公園…山田富士橋…山田富士公園…山田富士…富士塚歩道橋…夢逢歩道橋…根上がり坂橋…城山バス停…城山歩道橋…のちめ不動尊…東山田駅
所要時間 2時間50分
歩いて... 住宅街の中に残された自然を利用しやすいように整備した緑道で、道に沿ってせせらぎが流れています。 池やこんもりとした雑木林などもあって、 大規模住宅地が出来る前の丘陵地帯だった頃の面影が感じられる道でした。 ジョギングや散策をするなど、近隣の人達の憩いの場所になっているようでした。
関連メモ せきれいの道, ささぶねの道
コース紹介
中川(なかがわ)駅
中川駅(横浜市営地下鉄)から歩いていきます。
出口1から駅舎を出ると、すぐに左右に架かる中川歩道橋があります。 その下を過ぎてタクシー乗り場の脇を進み、その先の駐輪場の左手を進んでいきます。 今回は、山崎公園〜徳生公園の「くさぶえの道」と、 なつみかん公園〜のちめ不動バス停の「ふじやとの道」を歩きます。
都筑区の緑道
横浜市都筑区には、くさぶえの道・ささぶねの道・せきれいの道・ふじやとの道・ゆうばえの道と名付けられた緑道があります。 今回歩くのはその中のふたつの道になります。
駐輪場を過ぎていくと、階段の下が小広くなっています。 そこに「くさぶえのみち」と題した石製の案内板があるので参考にしましょう。 広い範囲を示した「緑道・公園案内図」と、この周辺だけを拡大した「周辺案内図」が載っています。
くさぶえのみち
山崎公園、牛久保西公園、牛久保公園、徳生公園をむすぶ緑道がくさぶえのみちです。 広がりのある明るい木立にせせらぎが流れ、谷や広場など変化に富んだ風景がつづきます。
 (横浜市都筑土木事務所)
オートバイ乗り入れ禁止
犬のふんは持ち帰りましょう
犬は放さないで下さい
小広場からその先へ進んで緑道が始まりると、すぐの所の脇に「公園愛護会掲示板」があります。 その傍には緑道における位置を示す標柱が立っていて、 起点である中川駅からの距離と、終点であるのちめ不動バス停までの距離が示されています。 この標柱が示す緑道は、くさぶえの道とふじやとの道とを繋いだコースになっていて、 北ルートとも呼ばれています。 ここの標柱はその最初として「START POINT・のちめ不動バス停まで4.1km」となっています。 同様の標柱はコースに沿って500m毎に設置されています。
(標柱をすべて確認しようと思いながら歩いていきましたが、幾つかは見落としてしまいました)
ヤマユリのコーナー実験中
ニュータウン開発前、この辺りでは夏になると林の縁などにヤマユリが白く咲きみだれていたそうです。 そんな少し前までの風景を偲ばせるコーナーづくりを目指しています。 明治から昭和の中頃までに日本から数億球ものユリの球根が輸出されたそうです。 この中川からも数多くのヤマユリやカノコユリを輸出していたそうです。 それらの球根はオランダやフランスなどヨーロッパで品種改良され 「カサブランカ」に代表される現在よくみる花として日本に逆輸入されています。
 (くざぶえのみち入り口中川ひろば愛護会)
山崎公園
すぐ先に架かっている陸橋「あけぼの橋」の下をくぐって緑道を進んでいくと、 道が右手へと分かれて降っていきます。 その道を見送っていくと、すぐの所に先ほどと同じような石製の案内板があります。 案内図によるとこの右手に山崎公園があるようなので、ちょっと立寄っていくことにしました。 案内板の所から右手へ曲がっていくと、先ほど分かれてきた道が合流してきます。 その先の陸橋の下を過ぎていくと、「山崎公園」と刻まれた石があります。 上には藤棚があって薄紫色の花をつけた房が沢山垂れ下がっていました。 その先には「山崎の池」が広がっていました。 池の中ほどには橋が架かっていて、右手には東屋もありました。
池に架かる橋を渡って水路沿いの道を登り気味に進んでいくと、右手の先に広くなった所がありました。 背の低い石垣で囲まれた正面にあるのはプール施設のようですが、 まだ泳ぐ季節ではないようで、扉は閉ざされていました。 その右手には噴水があって、水が勢い良く噴き上がっていました。 流れ出た水は水路を通って先ほどの山崎の池へと流れ込んでいました。 噴水の近くでは子供達が歓声を上げながら遊んでいました。
プール施設の先には森が続いていたので、ちょっと歩いてみました。 右手の方へ進んでいくと、向こうの山並みの奥に冠雪した富士山が頭を少し覗かせていたりもしました。 余り遠くまでは行かずにその辺りから引き返してきました。 プール施設を過ぎていくと、すぐの所に円い形をした運動場があります。 その周囲が少し高くなっていて、運動場を一周するようにして散策路が巡っていたので、 右手から回り込むようにして散策路を進んでいきました。 運動場を巡る道をぐるぐると何周もジョギングしている人を見かけたりもしました。
公園からの出口を見送っていくと、運動場から右手へと分かれていく道がありました。 その道へ入っていくと、先ほどの山崎の池の畔に出ました。 池には「釣り座」というものが突き出ていて、そこにひとりずつ座って釣り糸を垂らしていました。
山崎の池使用ルール
1. 危険な釣り行為(投げ釣り、ルアー釣り、仕掛けを振り回すこと等)をしてはならない。
2. 許可無く魚、カメ等の生き物を放してはならない。
3. 許可無く池に生息する生き物を持ち出してはならない。
4. 樹木や草花を傷つけてはならない。
5. 事故防止のため、夜間(日の入りから日の出まで)に釣りをしてはならない。
6. 釣り座は先着順とし、場所取りをしてはならない。
7. 撒き餌をしたり、エサの残りを池に捨ててはならない。
8. 帰る際は周囲を清掃してゴミ(釣り糸、釣り針等を含む)を持ち帰らなければならない。
9. 釣り場の範囲は下図青の場とする。なお、釣り大会等でこの範囲以外で釣る場合には許可を受けなければならない。
10. その他、管理上支障のある行為。
 (横浜市都筑土木事務所、山崎公園山崎の池愛護会)
陸橋の下をくぐって緑道まで引き返して、その先へと進んでいきます。 緑道に沿ってせせらぎが流れていて、湿地に生える植物なども植えられていました。 葦のような植物が薄茶色の穂を出していて、昔懐かしい眺めでした。 人工的なせせらぎですが、都会の中のオアシスのように思えたりもしました。 親子連れがせせらぎの傍で遊んでいたりもしました。 テレビゲームなどをするよりも、心にも体にもずっといいように思えたりします。
せせらぎの右手へ渡っていくと、右下の堀割のような所に電車の線路がありました。 しばらく待っていると、青い線の入った横浜市営地下鉄の6両編成の電車が通り過ぎていきました。
何という名前なのか知らないのですが、沿道には白い小さな花を沢山咲かせた木もあって、 「わあ綺麗」と言いながらしばらく眺めていく人もいたりしました。
牛久保西公園
「中川駅緑道入り口から0.5km」の標柱を過ぎていくと、右手にちょっとした高みがあって、 その上に尖がり屋根の東屋のようなものが見えました。 何だろうと思って幅の広い石段を登っていくと、それは六角形をした休憩所が二つ並んでいたのでした。 その向こうには広い運動場がありました。 石製の案内板によると牛久保西公園というようです。 これから練習をしようというのか、数人がグランド整備などをしていました。
四季舞橋
休憩所の脇から続く坂道を降っていって緑道へ降り立つと、石製の案内板があります。 左手には墓地が広がっていましたが、右手へと続く緑道を進んでいきます。 せせらぎの縁に沿って枝垂れ柳が植えられていて、雰囲気のいい道が続いていました。 私の故郷でも街中を流れる川沿いに枝垂れ柳が並木を作っているので、懐かしく思い出したりもしました。 水辺と枝垂れ柳の組み合わせはいつ見ても絵になります。 そんな道を進んでいくと、程なくして陸橋が架かっています。 橋の名前などは見かけませんでしたが、石製の案内板によると四季舞橋というようです。 曲線を描く特徴的な形をした鉄骨で支えられていて、橋の下にもせせらぎが続いていました。
四季舞橋をくぐっていくと、すぐにトイレが見えてきます。 その手前から左手へと登っていく石段が分かれていきます。 緑道とせせらぎはこの先へと続いていますが、 この左手の上に牛久保公園があるようなので立寄っていきました。
牛久保公園
石段を登っていくと、右手の斜面がちょっとした草地になっていました。 なだらかになった道の先から再び始まる石段を登っていくと、道が二手に分かれています。 左手のすぐ先には道路があるので、右手に戻るようにして続く横木の階段を登っていきます。 右・左と折れ曲がりながら登っていくと、広くなった草地に出ます。 名前を示すものは見かけませんでしたが、石製の案内板によると牛久保公園というようです。 草地は平らではなくて、亀の甲羅のように中央部が少し盛り上がっていました。 背の低い草が生い茂っていて、いい香りが一面に漂っていました。 まさに『風薫る五月』なのでした。 草地では犬を放している人がいました。 打ったボールをくわえて持ち帰ってくるようで、何度も何度も繰り返していました。 草地の両側には八角形をした東屋が建っています。 左手の東屋からは街並みを見渡すことが出来ますが、手前の樹木が少し邪魔をしていて、眺めは今ひとつでした。
左手の東屋から草地に沿って続く散策路を進んでいきます。 左手へ降っていく広めの道を見送って、右手の東屋へと向かっていきました。 東屋を過ぎていくと、雑木林の中へ入っていきます。 程なくして現れる横木の階段を降っていくと、左右に通る道に出ました。 左折して更に降っていくと、右手の斜面には草地が広がっていました。 草地を過ぎて幅の広い横木の階段を降っていくと、緑道のトイレの脇に降り立ちました。 四季舞橋を過ぎた先に見えていたトレイになります。 そこから左手へと続く緑道を進んでいきます。
せせらぎに沿って続く緑道を進んでいくと、せせらぎには青い綺麗な花が咲いていました。 よくは知らないのですがカキツバタでしょうか。 アヤメとよく似ていて、ふたつを横に並べられても私には区別は付けられませんが、 手元の図鑑によると、アヤメは『やや乾燥した山野に生える』、 カキツバタは『水辺の湿地や浅い水中に生える』と書かれているので、 ここではカキツバタということにしておきます。
「中川駅緑道入り口から1.0km」の標柱を過ぎていくと、石製の案内板があります。 薄桃色の花が咲く木などを眺めながら進んでいくと、せせらぎにカモが二羽いました。 番いなのかどうかは分かりませんが、二羽とも同じような羽の模様をしていました。 水や泥の中に嘴を入れて何やら一生懸命に探していて、 近くに人がいても気にかける様子は一向にありませんでした。
青が渓橋
カモと分かれて緑道をその先へ進んでいくと陸橋が架かっています。 その下をくぐっていくと壁や柱に橋の名前が書かれていました。 それによると、この陸橋は青が渓橋(あおがたにはし)というようです。
青が渓橋を過ぎて、せせらぎ沿いの緑道を更に進んでいきます。 少し進んでいくと、左手に一面に葦が生えた池がありました。 池の中ほどには板敷きのボードウォークが架けられていて、奥の山際へと渡っていけるようになっていました。 家族連れが池の中を覗いてザリガニ釣りなどをして楽しんでいました。 時々ザリガニを見つけては歓声を上げていたりもしました。
私が子供の頃は、こうして親と一緒に遊ぶということはありませんでした。 親達は忙しく働いていて休日はほとんどなかったようでした。 近所の家も同じような状況で、遊ぶのはいつも子供達とだけでした。 自然がすぐ傍にあって今のように特別な存在ではなかったので、親としても安心できたのかも知れません。 ザリガニが身近だった記憶は余りありませんが、 沢ガニ・メダカ・カエル・おたまじゃくし・アメンボウ・ゲンゴロウ・ミズスマシなどと仲良しでした。 陸ではトンボ・蝶・カブトムシ・クワガタムシ・セミなど、多くの生き物たちが身近にいました。 毎日が探検の連続で、新たな発見をしては喜んだりしていたものです。
徳生公園
池を後にして緑道を進んでいきます。 「中川駅緑道入り口から1.5km」の標柱や石製の案内板を過ぎていくと、 道端に「徳生公園」と刻まれた石がありました。 せせらぎ沿いの緑道をその先へ進んでいくと、大きな池に出ました。 ここが徳生公園になるようです。 これまで続いてきたせせらぎはこの池へと流れ込んでいました。 池の中を覗いてみると、大きな鯉が沢山泳いでいたりもしました。 小橋を渡って右手へ進んでいくと、池の畔の花壇には綺麗な花が植えられていました。 最初にあった石製の案内板によると、 これまで続いてきたくさぶえの道はこの徳生公園で終りになるようで、 ここからはふじやとの道を歩いていきます。 中川駅からのちめ不動バス停へと続く緑道はこの公園の左手へと続いていますが、 ふじやとの道の起点は、この公園の右手の先にある「なつみかん公園」になるので、 そこへワープしてから、ここまで引き返してくることにしました。 それでは…
注意
アヒルやカメ等ペットは最後まで責任を持って飼育しましょう。 公園に捨てないでください。
生き物に餌を与えないでください。 池の水質悪化や糞の害の原因となるばかりでなく生息する生き物の調和を乱す原因となります。
 (横浜市都筑区土木事務所)
なつみかん公園
徳生公園の南東400mほどの所にあるなつみかん公園ふじやとの道の起点になります。 運動場のようになった小振りの公園の脇に「ふじやとのみち」と題した石製の案内板があるので参考にしましょう。 ふじやとの道は、このなつみかん公園からのちめ不動バス停まで続いていて、 沿道には十二支(ね・うし・とら・う・たつ・み・うま・ひつじ・さる・とり・いぬ・ゐ)の文字を刻んだ石が置かれていたりもするので、 そんな石を確認しながら歩いていくのも楽しいようです。 公園の先の短い横断歩道を渡った所から緑道が始まります。 (「いぬ」だけは石ではありません)
あさひの道
案内板には南北緑道連結ルートとして「あさひのみち」が図示されていました。 せきれいの道の早渕公園とこのなつみかん公園を結ぶルートと、 途中から分かれてふじやとの道の終点付近の城山歩道橋を結ぶルートになっているようです。
ふじやとのみち
なつみかん公園から徳生公園、神無公園、山田富士公園を結ぶ緑道です。 ふじやとのみちには干支をモチーフにした12のモニュメントが、みち沿いにたたずんでいます。 この公園の脇から始まります。
 (都筑土木事務所)
水雲隧道
緑道に入ってすぐの所に「」の石があります。 何のためなのか、石の上面には円筒形の穴が開いていたりもします。 そこを過ぎて緑道を進んでいくと道が左手へ分かれていきます。 角には石製の案内板があります。 解説文が先ほどのとは違っていたので載せておきます。 分岐を直進して緑道を真っ直ぐに進んでいくと、「うし」の石の先に陸橋があります。 壁に書かれた文字によると水雲隧道というようです。
この先に設置されている十二支の石の上面にもすべて穴が開いていました。 穴の数は大半はひとつでしたが、ふたつの石もありました。
ふじやとのみち
山田富士公園、神無公園、徳生公園を結ぶ緑道がふじやとのみちです。 広がりのある明るい木立にせせらぎが流れ、江戸時代に信仰を集めた山田富士が望めるなど かつてのふるさとの風景がしのばれます。
徳生公園
水雲隧道を抜けていくと、右手の脇に「徳生公園」と刻まれた石があります。 その先には徳生公園の池が広がっています。 池の右手に続く道を進んでいくと、池に突き出すようにしてデッキがあります。 鳥などを観察するための小窓開きの壁もあります。 デッキの傍ではカモが数羽泳いだり、陸地に上がったりしていました。 羽の色が派手なのと地味なのがいたので、雄と雌がいたようです。
この池では魚釣りはできません
生物の持込み・エサやり禁止
理由 たとえば、コイは何でも食べる魚ですから、ほかの小さな生物などが食べられて少なくなってしまうことがあります。 また、人がえさをあげると食べ残しなどで水が汚れますので、 結果として生物が少なくなってしまうことがあるからです。
 (都筑土木事務所、徳生公園愛護会)
石製の案内板がある所から徳生公園を出て、道路に沿って続く緑道を進んでいきます。 左手には竹林が続いていました。 「とら」の石を過ぎていくと分岐があります。 角には「」の石があります。 道標類は見かけませんでしたが、ここは右手へと続く緑道を進んでいきます。
お願い
この竹林は、公園愛護会が管理しています。 竹の子堀り等の竹林の管理に支障がある行為は行わないようご協力お願いします。
 (都筑土木事務所、徳生公園愛護会)
神無公園
樹木が続く緑道を真っ直ぐ進んでいくと、正面に神無公園があります。 標識の所から中へ入っていくと、広いグラウンドになっていました。 野球やサッカーなどが行えるようで、この時には少年サッカーチームが練習をしていました。 手前で道が左右に分かれていてどちらへ行けばいいのか迷っていると、 左手の先には車止めが見えたので、右手の道へ進んでいきました。
山田富士橋
神無公園の外周に続く緑道を反時計回りに進んでいくと、 石製の案内板の先に「たつ」の石があります。 そこで道が左右に分かれていますが、緑道は左手へと続いています。 「中川駅緑道入り口から2.5km」の標柱を過ぎていくと、沿道にはちょっとした花壇があって、 色とりどりの花が咲いていました。 緑道の左右には道路が続いていますが、道なりに真っ直ぐ進んでいきます。 「」の石を過ぎていくと、正面にアーチ形をした陸橋が現れます。 石製の案内板によると山田富士橋というようです。
山田富士公園
山田富士橋をくぐっていくと、すぐに「うま」の石があります。 そこを過ぎていくと道路に出ます。 緑道は道路に沿って右手へと続いていますが、道路を渡った所が山田富士公園なので、ちょっと立寄っていきました。 道路を渡って右手へ進んでいくと草地が広がっています。 草地にシートを広げて、昔懐かしいエレキギターを奏でている人がいたりもしました。 左手の山際には池があって、子供連れが遊んでいました。 左手の森に沿うようにして奥へと登り気味に続く道を進んでいきました。 途中には緑色の網で囲われた一角がありました。 掲示板に貼り出された文書によると、ほたるの幼虫飼育をしているとのことでした。 一番上まで行って振り返ると、緩やかな斜面に草地が広がっていました。
山田富士 (標高46m)
奥の左手から幅の広い横木の階段が続いています。 折れ曲がりながらその階段を登っていくと、雑木林の高みに着きました。 そこから最初の入り口の方へ戻るようにして、広くて緩やかな尾根道が続いていました。 雰囲気のいい雑木林の尾根を進んでいきます。 少し降り気味になってくると横木の階段が始まります。 階段を降っていって正面が明るくなった所に出ると、小さな山が聳えていました。 脇に設置された解説板によると、これが山田富士のようです。 人工的に築いた富士信仰の塚なのだそうで、手元の地図によると標高は46mあるのだそうです。
横浜市地域史跡 山田富士
この山田富士は、富士信仰に基づき富士山の山容を模して築かれた富士塚で、 富士山同様美しい裾野をひき、コニーデの形状を示しています。 登拝口は、東側の緩やかな道を御殿場口、南側の急な勾配の道を吉田口としています。 前者の登り口を数歩登った場所には、かつて胎内道が穿たれ、仏がまつられていました。 また、後者の脇には、須走りが模作されています。 それぞれの登り口から頂上のお釜までの間には石塔が点在しています。 山田富士は『新編武蔵風土記稿』中に、「 太子堂山、北ノ方ニアリ、此山ニ富士塚トテ高サ、十丈ハカリアリ、 又半腹ニ至リテ、太子堂ヲ建ツ、五間ニ二間、南ニ向エリ、太子ハ根ノ立像、長一尺ハカリ、 村内長泉寺ノ持 」とあり、すでに江戸時代の文政年間(1818〜30)には、高さ30mほどの塚として存在していました。 富士講は、俗に富士の八百八講といわれるほど多くの講が結社され、 この山田富士の講である山眞講をはじめ、この付近ではいくつかの講社名が知られています。 ただし、富士信仰に関わる行事は、早い時期に絶えたようで、 伝承を繋ぎ合わせると、6月1日に、講員たちは先達に導かれ、菅笠をかぶり、行衣を着て、 金剛杖をつきながら鈴をふり、呪文や六根清浄を唱えながら登拝したようです。
 (横浜市教育委員会)
幅の狭い横木の階段が上まで付いているので登ってみました。 解説板にもあるように実際の富士山を模した形になっているようで、 山頂はすり鉢のように少し窪んでいました。 その中央には石標があって、富士山の絵や「奉納施主」,「當所」,「眞」などの文字が刻まれていましたが、 全体的な意味はよく分かりませんでした。 地中に埋もれた部分にもまだ文字が刻まれているのかも知れません。 山田富士の周囲は270度ほどが開けていて展望が得られます。 丹沢と思われる山並みも薄っすらと見えていました。 山崎公園から見えていた本物の富士山をここから眺めたいものだと思って探してみましたが、残念ながら見えませんでした。
登ってきた横木の階段以外にも道が二つ付いていたので、その内の左手の方から降っていきました。 山田富士を巻いてきた道に降りて右手へ進んでいくと、すぐに横木の階段混じりの降り坂になってきます。 次第に傾斜が増してくる横木の階段を降っていくと、 道路を渡って山田富士公園へ入った所にある公園愛護会掲示板の脇に降り立ちました。 道路を渡って元の緑道へ戻って、その先へと進んでいきます。
富士塚歩道橋
道路に並行するようにして続く緑道を進んでいきます。 細長い感じの東屋を過ぎていくと、道端に「ふじやとのみち」と刻まれた石がありました。 その対面には石製の案内板があります。 その先へ進んでいくと、程なくして陸橋が架かっています。 石製の案内板によると富士塚歩道橋というようです。 橋の下を過ぎていくと「中川駅緑道入り口から3.0km」の標柱が立っています。
夢逢歩道橋
程なくしてある「ひつじ」の石を過ぎていくと陸橋が架かっています。 石製の案内板によると夢逢歩道橋というようです。 その袂から左手へ登っていく階段がありました。 階段に沿って綺麗なツツジが咲いていました。 手元の地図によると、その階段の先には横浜国際プールがあるようですが、 今回は訪ねるのは省略して、緑道をその先へと進んでいきました。
根上がり坂橋
車道と細いせせらぎの間に続く緑道を真っ直ぐ進んでいくと、道が右手へと分かれて登っていきます。 その角に「さる」の石がありました。 右手の道を見送って、緑道を真っ直ぐ進んでいくと、 沿道には「ふじやとの道愛護会」が植えた花壇があって、綺麗な花が咲いていました。 右手への枝道を見送って道なりに進んでいくと、正面に大きな陸橋が架かっています。 石製の案内板によると根上がり坂橋というようです。 その手前には「とり」の石がありました。
根上がり坂橋の下を過ぎていくと、右手に続いていたせせらぎは、地下へと流れ込む形で終わっています。 このすぐ先から右手へ登っていく坂道が分かれています。 右手の坂道を登っていった先に城山歩道橋があるのですが、緑道は正面へと続いています。
城山バス停
右手の坂道を見送って正面に続く緑道を進んでいきます。 右に曲がりながら進んでいくと、程なくして石製の案内板があります。 そこを過ぎてその先へ進んでいって県道102号に出ると、左手に城山バス停があります。 日吉駅(東急東横線)まで1時間に1本から2本程度、 綱島駅(東急東横線)まで1時間に1本程度の便があります。 ここで散策を終えてバスに乗って帰ってもいいのですが、 緑道はこの右手にある城山歩道橋を渡って道路の向こう側へと続いています。
城山歩道橋
右手にある階段を登っていくと城山歩道橋があります。 手前から分かれてきた坂道が右手から合流してきます。 橋の脇には金属棒を曲げて犬を模ったモニュメントがありました。 手前と橋を渡った所の二箇所にあって、同じような形をしていました。 この前後を探してみましたが「いぬ」の石は見当たらなかったので、その代わりなのだろうと思います。 橋を渡っていくと、すぐに左手へと曲がっていきます。 逆方向の城山バス停へ降りていく階段もありますが、その右側にある緩やかな坂道を進んでいきます。
何故ここの干支だけが石ではないのか、その理由はよく分かりませんでした。 「いぬ」自体に何か特別な理由があるのでしょうか。 それとも石は等間隔に置くことを前提にしていて、この城山歩道橋が丁度その位置になっているのでしょうか。 石を置く所がないのなら少し手前にでも置けばいいように思えますが、 それではダメだと几帳面に考えて、金属棒のモニュメントを選んだということなのでしょうか。
赤茶色の若葉が芽吹いた植え込みが塀のように続く道を進んでいきます。 バス停から登ってくる道を合わせてその先へ進んでいくと「中川駅緑道入口から4.0km」の標柱が立っています。 そこを過ぎて少し右手へ曲がりながら進んでいくと、花壇になった緑道の終点に着きました。 その花壇の中に、最後の「」の石がありました。 これでふじやとの道は終りになります。 左手すぐの所を通る県道102号に出ると、右手の自動車販売所の前にのちめ不動バス停がありますが、 今回は東山田駅(横浜市営地下鉄)まで歩いていくことにしました。
(写真は緑道から出て振り返って写したものです)
のちめ不動尊
のちめ不動バス停の少し先にのちめ不動前交差点があります。 東山田駅へはそのまま県道102号を進んでいくのですが、 道路を渡ってその先へ200mほどの所に「のちめ不動尊」があるようなので、ちょっと立寄っていきました。 横断歩道を渡って道なりに進んでいくと、左手の石垣の間に階段がありました。 袂には「のちめ不動尊」と刻まれた石柱が立っていました。 傾斜の急な石段を登っていくと、正面にのちめ不動尊がありました。 お堂の左右には小祠があり、左手には由緒が書かれた石碑がありました。 「のちめの住人」という表現があるところをみると、 「のちめ」というのはこの不動尊を祀った人が住んでいた地区の名前のようでした。
のちめ不動尊由緒
この不動尊は今から約130年前の文久2年(1864)のち めの住人が八王子からお不動様を背負ってこの地に祀り、七世代に わたり地域の守り神として護持されて来ました。 昔は山の上に鎮座されていましたが、天災の為現在の場所に安置さ れました。この間数回の改築補修がなされましたが、平成元年暮れ に二メ・城山講中全員の発意により再建することになりました。 平成3年3月多額の浄財をいただき造成工事、本堂の建設、仏像仏 具の修復等予定通り順調に進み同年10月下旬落慶法要を行いました。 霊験あらたかなお不動様のお顔は怒りの相を現して右手に降摩の 剣を左手には、ひもなわを持って火炎を背にして石の上に立ってお り悪魔煩悩(心や身体をなやます一切のまよい)を降服させて下さ います。また本堂左側にはお釈迦様のお弟子さんのお賓頭様が祀ら れております。この像をなぜて病気の場所をなぜると病気が治ると 言い伝えられています。今から約80数年前(明治末期から大正初 期)、この地域に疫病が蔓延し多くの人々が亡くなりましたが、この 講中からはお不動様の御加護により死者がなかったと言い伝えられ ています。毎年7月27日(前夜祭)には地域の住民が全員集ま り1年の無事と幸せを祈願しています。崇敬者の皆様に末永くお不 動様の御加護がありますよう御祈念いたします。
 (平成6年12月吉日建之)
東山田(ひがしやまた)駅
のちめ不動前交差点まで引き返してきて、県道102号をその先へと進んでいきます。 百石橋西側交差点を直進し百石橋交差点を過ぎていくと、東山田駅バス停があります。 その先に平らなガラス張りになった東山田駅(横浜市営地下鉄)があります。
日吉駅(東急東横線)や中山駅(JR横浜線)までの便が、1時間に8本程度あります。
横浜市営地下鉄「グリーンライン」
東山田駅のあるグリーンラインは正式名称を横浜市営地下鉄4号線といって、 中山駅(JR横浜線)と日吉駅(東急東横線)を結ぶ約13kmの路線です。 2008年3月30日に開業した新しい地下鉄で、 長さ15.5m・幅2.5mと、普通の電車より小振りの車両になっていますが、 リニアモーター推進方式のため音は静かでなかなか快適です。 開業当初は4両編成で運転されていますが、 将来の6両編成運転に備えて、駅の設備などは長めに設計してあるようです。 将来的には日吉駅から鶴見駅までと、 中山駅から二俣川駅・東戸塚駅・上大岡駅・根岸駅・元町中華街駅まで延長する構想もあるようですが、 具体的な計画等はまだ決まっていないようです。