鎌倉アルプス
散策:2008年04月下旬
【低山ハイク】 鎌倉アルプス
概 要 鎌倉アルプスは鎌倉の街を取り巻くようにして続く低い山です。 天候に恵まれると山頂からは富士山を望むことができます。 今回は貝吹地蔵から天園へ登り、大平山を経て尾根道の途中から獅子舞地区の谷へと降るルートを歩きます。 獅子舞地区からは緑苑台を経て覚園寺へのハイキングコースを降っていきます。
起 点 鎌倉市 大塔宮バス停
終 点 鎌倉市 大塔宮バス停
ルート 大塔宮バス停…鎌倉宮…通玄橋…瑞泉寺…登り口…明王院分岐…22番鉄塔…貝吹地蔵…天台山…X字路…天園休憩所…天園峠の茶屋…大平山…降り口…天園分岐…獅子舞地区…杉ノ川橋…緑苑台…覚園寺分岐…覚園寺…大塔宮バス停
所要時間 3時間20分
歩いて... 大平山の先の尾根道から獅子舞地区の谷へと降る道は地形図には載っていませんが、 比較的緩やかで歩きやすい道になっています。 笹竹が生い茂っていたりもするので、夏場は避けた方がいいようです。 天園ではツツジやサツキが赤色や薄桃色の綺麗な花を咲かせていました。
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相武尾根
コース紹介
大塔宮(だいとうのみや)バス停
鎌倉駅(JR横須賀線)の東口から、[鎌20]大塔宮行きバスにて7分、1時間に4本程度の便があります。
鎌倉宮
大塔宮バス停の傍に鎌倉宮があるので、お参りをしていきましょう。 広い境内の奥の石段を登っていくと、鳥居をくぐった先に社殿があります。 本殿は拝殿の奥の方に見えていて、かなりの距離があるようでした。 何だか厳かな雰囲気が漂っていました。 「身代り板獅子頭」というのと関係があるのか、拝殿の前には赤い大きな獅子頭が置いてありました。
鎌倉宮
後醍醐天皇の皇子である護良親王を祭神とする神社です。 護良親王は、後醍醐天皇の鎌倉幕府倒幕の動きに呼応して幕府軍と戦うなど、貢献しました。 幕府が滅亡し天皇親政が復活(建武の新政)すると征夷大将軍に任じられましたが、 その後足利尊氏と対立して捕らえられ、28歳で非業の最期と遂げました。 社殿の後ろ手に残る土牢がは親王最後の地と伝えられています。 10月には境内で薪能が催されます。
身代り板獅子頭
日常に起こりうるあらゆる厄・災難を自分の身代りになって除けてくれる当宮だけのお守りです。 カバン、定期入れなどに入れてお持ち下さい。
手水の作法
一、左手を清めます。
二、右手を清めます。
三、左の手のひらに水を受けて口をすすぎます。
四、水の入った柄杓を手前に立て柄に水を流してから伏せて置きます。
五、柄杓に直に口をつけたり直接中で洗ったりしないで下さい。
 (鎌倉宮社務所)
三浦半島八景 大塔(鎌倉宮)の夜雨
「三浦半島八景」は、神奈川県が三浦半島地区の4市1町と協働して、 この地域の"うるおい","にぎわい"づくりをめざし、 半島をぐるっとまわれるような新たな「八景」をつくるため「三浦半島八景」選定委員会を設置し、 県民の皆様のご意見を参考に平成13年11月に選定したものです。
・大塔(鎌倉宮)の夜雨
・灯台(燈明堂)の帰帆
・大佛の秋月
・長者ヶ崎の夕照
・神武寺の晩鐘
・猿島の晴嵐
・城ヶ島の落雁
・建長寺の暮雪
「八景」の考え方は15世紀に中国から日本に移入されました。 「近江八景」や「金沢八景」が有名ですが、 三浦半島地域でもこれまでにたくさんの「八景」が残されています。 伝統的な「八景」は次の八つの景色を基本形につくられ、 それぞれ次のような情景を表わすのではないかと言われています。
・夜雨:水辺の夜の雨
・帰帆:港に帰る漁船
・秋月:水辺に映える秋の月
・夕照:夕日に照らされた遠くの山
・晩鐘:山寺の晩鐘
・晴嵐:朝もやに煙る松林
・落雁:干潟に降り立つ雁の群れ
・暮雪:夕暮れの雪景色
 (神奈川県横須賀三浦地区県政総合センター)
通玄橋
参拝者休憩所の右手から鎌倉宮を出ていきます。 小径に出て左手へと進んでいきます。 鎌倉宮カントリークラブ入口やテニスコートを過ぎていくと、 永福寺跡(ようふくじ)の解説板が立っています。 そのすぐ先で道が二手に分かれています。 正面に架かる通玄橋の手前を左手へ曲がって二階堂川沿いに進んでいくと獅子舞地区へ続いていますが、 今回は通玄橋を渡って瑞泉寺へと向かっていきます。
国指定史跡 永福寺跡
永福寺は源頼朝が建立した寺院で、源義経や藤原泰衡をはじめ奥州合戦の戦没者の慰霊のため、 荘厳なさまに感激した平泉の二階大堂大長寿院を模して建久3年(1192)、工事に着手しました。 鎌倉市では、史跡の整備に向けて昭和56年から発掘調査を行い、 中心部の堂と大きな池を廃した庭園の跡を確認しました。 堂は二階堂を中心に左右対称で、北側に薬師堂、南側に阿弥陀堂の両脇堂が配され、 東を正面にした全長が南北130メートルに及ぶ伽藍で、 前面には南北100メートル以上ある池が造られていました。 市では昭和42年度から土地の買収を行っており、今後は史跡公園としての整備事業も進めていく予定です。
永福寺舊蹟
永福寺世ニ二階堂ト称ス今ニ二階堂ナル地名 アルハ是ガタメナリ文治五年頼朝奥州ヨリ凱 旋スルヤ彼ノ地大長寿院ノ二階堂ニ擬シテ之 ヲ建立ス輪奐荘厳洵ニ無双ノ大伽藍タリキト 云ふ亨徳年間関東官領ノ没落セル頃ヨリ後全 ク頽廃ス
 (鎌倉町青年會)
通玄橋を渡って、山際に続く緩やかな坂道を3分ほど進んでいくと、道が三方に分かれています。 正面の道の脇には「関東十刹第二 錦屏山瑞泉寺」と刻まれた石柱が立っています。 また「瑞泉寺 車両直進」と書かれた看板も立っていました。 正面の道と右手の道はいずれも瑞泉寺へと続いていますが、今回は正面の道を進んでいきました。
切通しのような所に続く坂道を真っ直ぐ登っていくと、正面に山門が現れます。 右手から登ってくる道を合わせてその先へ進んでいくと、すぐに道が右手へと分かれていきます。 鎌倉宮から10分ほどの所になります。 角には道標が立っていて、右手の道は「天園ハイキングコース入口10m」,「覚園寺120分・建長寺110分」、 正面の道は「瑞泉寺70m」、今来た道は「鎌倉宮650m」となっています。 天園ハイキングコースへはこの右手すぐの所から登っていくのですが、 今回は正面の先にある瑞泉寺を訪ねていくことにしました。
程なくして舗装道路から石畳の道に変わると瑞泉寺の境内になります。 拝観料を払って中へ入っていくと、綺麗な庭園が続いていました。 やがて道が二手に分かれていますが、左手の道は墓地へ続いているようでした。 角には「史跡瑞泉寺境内・名勝瑞泉寺庭園」と刻まれた石柱や、「夢窓国師古道場」と刻まれた石碑がありました。 左手に分かれていく道は見送って正面から右手へ曲がり気味に続く道を進んでいくと、程なくして石段が現れます。 幅の広い石段を登っていくと、大きな杉の木を過ぎた先で二手に分かれています。 道標類は見かけませんでしたが、どちらの石段を登っていっても同じ所に着きます。 何故二つに分かれているのかはよく分かりませんでしたが、今回は左手の石段を登っていきました。
瑞泉寺
宗派臨済宗円覚寺派
山号寺号錦屏山瑞泉寺
建立嘉暦2年(1327)
開山夢窓疎石(夢窓国師)
中興開基足利基氏
鎌倉公方(鎌倉幕府の長)の菩提寺として、鎌倉五山に次ぐ関東十刹に列せられた格式ある寺院です。 山号の錦屏山は、寺を囲む山々の紅葉が錦の屏風のように美しいことから付けられたといわれています。 また境内は、四季を通して様々な花を楽しむことが出来ます。 開山の夢窓国師は、後醍醐天皇や足利尊氏も深く帰依し、鎌倉〜南北朝期に禅宗で重きをなした僧です。 昭和45年に発掘、復元された仏殿背後の庭園は国師の作として、国の名勝に指定されています。
 (鎌倉市)
綺麗な新緑を眺めながら石段を登っていくと、正面に屋根付きの壁と門が現れます。 右手からは下で分かれてきた石段が合流してきます。 脇には「国之指定 史跡瑞泉寺境内・名勝瑞泉寺庭園」と題した境内の案内図があるので参考にしましょう。 門をくぐって中へと入っていきます。
案内板では偏界一覧亭への登坂路も描かれていますが、 現在では立入禁止になっていて一般公開されていないようです。
国指定史跡 瑞泉寺境内・国指定名勝 瑞泉寺庭園
創建は、嘉暦2年(1327)、錦屏山と号し、開山は夢窓疎石、臨済宗円覚寺派に属する。 偏界一覧亭も創建と同時期に建てられ、亭の前庭を兼ねた書院庭園もそのころに造られたものと思われる。 南北朝時代に入ると、鎌倉公方足利基氏が疎石に帰依したため公方の塔所となり、 関東十刹に名をつらね、疎石派の拠点として関東禅林に重きをなした。 現在、寺内に古建築は残っていないが、発掘復元された池庭と、 十八曲して一覧亭にいたる登坂路の遺構はよく保存されている。 また、寺背の山に多くのやぐら群をふくむ境内地がほぼ全域にわたって保持されていることは貴重である。
注:この史跡、名勝の現状をみだりに変更し、焼失、き損、衰亡等保存に影響を及ぼす行為は禁止されております。
 (神奈川県教育委員会)
瑞泉寺
門から中へ入っていくと、樹木などが一面に植えられた庭園になっています。 石畳になった小径を進んでいくと、正面に本堂がありました。 本堂の扉が少し開けられていたので中を伺ってみると、 中央には釈迦牟尼佛、左手には千手観音菩薩、右手には夢窓国師の像が鎮座していました。 千手観音菩薩は元禄年間に水戸光国公の奉安で、 鎌倉三十三観音の第六番で、鎌倉市指定文化財になっているようでした。 本堂の右手には庫裡などが何軒か建っていました。 庭園には桜や梅の木が沢山あって「広い」という印象は受けませんが、 料金所からがずっと境内なので、全体ではかなりの広さになるようです。
本堂の左手に続く小径を進んでいくと「どこもく地蔵」が安置されているお堂がありました。 両脇には大国様と恵比寿様と思われる石像がありました。 不遜ながら神社にある狛犬のように思えたりもしました。 扉が開いていたので中を伺ってみると、大きなお地蔵様が祀られていました。 その上には七福神と思われる絵が掲げられていました。
どこもく地蔵様由来
昔むかし、このお地蔵様が扇谷の辻におられた頃、お仕えしていた 堂守が貧しい生活に耐えかねて、逃げ出すことを考えるようになり ました。そんなある夜、堂守の夢にお地蔵様があらわれ「どこも、 どこもく」と言われました。八幡宮寺正覚院のお坊様にその意味を うかがうと、「苦しいのはどこも同じ。ひとつところで辛抱ができ」 なければ逃げるだけの人生ということじゃ」と論され、心を改めた 堂守はずっとお守りを続けたという話です。こうした由来で、この お地蔵様は「どこも地蔵」、「どこもく地蔵」と呼ばれています。
 (鎌倉地蔵七番札所 鎌倉市指定文化財)
本堂の裏手は崖になっていて、崖面には洞がありました。 手前には池があて、左手の方には太鼓橋もあったりしました。 門の所にあった案内図によると、この池は「貯清池」、 崖にある洞は「天女洞・水月観の道場」というようです。 右手の方にも小振りの洞「葆光窟・ざぜん窟」があるようですが、よく確認できませんでした。
登り口
瑞泉寺から元来た道を引き返していきます。 料金所から出ていくと、道標の立つ分岐まで戻ってきます。 道標「天園ハイキングコース入口10m」に従って曲がっていくと、 すぐに民家の脇へと細い道が分かれていきます。 入口には「天園ハイキングコース」の道標が立っていて、「天園 約1.9km・建長寺 約5km」となっています。 脇には鎌倉市消防本部の設置する 「No.3 ハイキングコース内での喫煙はやめましょう」と書かれた標柱も立っています。 ここが天園ハイキングコースへの登り口になります。 民家の裏手のような所に続く幅の狭い階段を登っていきます。
縦杭になった階段を登っていくと、右手には青緑色の塀が現れます。 そこを過ぎて階段が終わると、緩やかな尾根道が続くようになります。 鉄線柵が右手に続く尾根を登っていくと、岩が剥き出しになっていたりもします。 雨の後などには滑りやすいので注意しながら登っていきました。 そんな道も4分ほどで終わって、緩やかで歩きやすい尾根道になってきます。
明王院分岐
軽く登っていくと、小さな切通しの先で道が左右に分かれています。 角には手製の道標が立っていて、今登ってきた道は「瑞泉寺」となっていますが、 左右の道には何も示されていません。 右手へもしっかりした尾根道が続いていましたが、左手へと尾根道を進んでいきました。 コンクリートブロック積みの脇のちょっとした切通しを過ぎて1分ほど進んでいくと、道が左手へと分かれています。 登り口から8分ほどの所になります。 角に立つ道標によると、正面の道は「至 明王院・浄妙寺・報国寺」、 左手の道は「天園ハイキングコース・建長寺方面」、今来た道は「瑞泉寺」となっています。 正面の道ははじめ弁天を経て明王院へと降っていけますが、 今回は天園を目指して左手の道を進んでいきます。
程なくしてある十二所へ降っていく分岐道を見送って、両側に笹竹の生い茂る尾根道を進んでいきます。 ここから天園まではそれ程の傾斜もなくて、歩きやすくてしっかりとした道が続いています。 緩やかな尾根道を2分ほど進んでいくと、右手には「やぐら」が沢山ありました。 中には五輪塔が納められたものもあり、綺麗な花束が手向けられていたりもします。 この先にかけて、点々と「やぐら」が見られるようになります。
やがて抉れた感じになって左手に有刺鉄線柵が続くようになると、 明王院分岐から5分ほどの所の左手にお堂が建っています。 柵があって近づくことは出来ませんが、先ほど訪ねてきた瑞泉寺の偏界一覧亭になるようです。 その先へ進んでいくと、土に半ば埋まったような石碑がひとつ道端にありました。 側面には「瑞泉寺山内 従是右 北條家御一門」や「文政十二年丑」の文字が刻まれていました。
22番鉄塔
やぐらなどがあったりする尾根道をその先へと進んでいきます。 「歴史的風土保存用地」の大きな看板のすぐ先に、送電線の鉄塔「北鎌倉線No.22」が立っています。 脇に細い道があったので登ってみましたが、周りは木や笹竹などが生い茂っていて展望は得られませんでした。
歴史的風土保存用地
地番 鎌倉市二階堂639-1外5筆
面積 22,094.00u
この土地は、「古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法」に基づき 歴史的風土を長く保存するため昭和54年度及び55年度に神奈川県が買い入れたところです。 歴史的風土を協力して保存しましょう。
 (神奈川県横須賀三浦地区行政センター)
鎌倉市消防本部の設置する「No.5」の標柱を過ぎていくと、岩盤が剥き出しになった所があります。 そこから右手の谷筋へと細い道が分かれて降っていきます。 その道は「お塔の窪やぐら」を経て吉沢川へと続いていますが、 今回はこのまま尾根道を登っていきます。
(右手の道は「鎌倉アルプス」, 「朝比奈切通」, 「鎌倉アルプス」を参照)
貝吹地蔵
右手の道を見送ってその先へ進んでいくと、すぐに登り傾斜が増してきます。 過日の台風の爪痕なのか、倒木が道を塞いでいますが、脇に迂回路が出来ていたりもします。 ちょっと迂回して岩盤に切られた階段を登っていくと、右手の斜面に貝吹地蔵があります。 明王院分岐から15分ほどの所になります。 この時には赤・黄・白などの花が手向けられていました。 何度も見かけている地蔵ですが、上半身しかないのでしょうか。 それとも下の部分は土に埋まっているのでしょうか。
貝吹地蔵
新田義貞の軍に攻められ(1333年)自害した北条高時の首を守りながら敗走する北条氏の部下たちを助けるため、 貝を吹き鳴らしたという。
 (瀬谷文化協会)
貝吹地蔵を過ぎていくと、岩盤を切り開いたような登り坂になった切通しがあります。 小さな切通しなので難なく過ぎていくと、緩やかな尾根道になります。 切通しが終わったすぐの所から左手の高みへと細い踏み跡が分かれていました。 天園へは広い尾根道を進んでいくのですが、試しにその道を登ってみました。
天台山 (標高141.3m)
最初ははっきりとしていた踏み跡ですが、次第に明瞭ではなくなってきました。 しかし尾根の背をそのまま登っていくと、草木が刈り払われたこじんまりとした所に出ました。 尾根道から2分もしない所になります。 小さな石祠があって、その前には三等三角点もありました。 脇に生える樹木の幹に、マジックで「天台山141.3m」と書かれていました。 石祠には識別できそうな文字は見かけませんでした。 中には線香立ての缶と小銭のお賽銭などがありました。 周囲は笹竹などに囲まれていて展望は得られません。 右手に生い茂る笹竹の中へと踏み跡が続いていましたが、すぐ先で不明瞭になっていました。
三等三角点
基本測量
たいせつにしましょう三角点
 (建設省国土地理院)
天台山から元の尾根道へ引き返してきて、その先へと進んでいきます。 広くて緩やかなしっかりとした尾根道を1分ほど進んでいくと植林帯になってきます。 太い樹木が立ち並んでいる所を過ぎてその先へ進んでいくと、 再び太い樹木が立ち並んでいる所があります。 そこから右手へと道が分かれて降っていきます。 脇に生える樹木には 「国鉄送電線巡視路No.26 No.25 森林愛護 火の用心」と書かれた黄色い板が取り付けられています。 この道も吉沢川へと降っていけますが、このまま正面に続く尾根道を進んでいきます。
(右手の道は「鎌倉アルプス」を参照)
吉沢川への分岐道を見送って尾根道を1分半ほど進んでいくと、道が二手に分かれています。 以前には道標が立っていたのですが、最近では見かけなくなりました。 正面から左手へ少し曲がっていく道は送電線の巡視路で、 天園へは右手のちょっとした切通しを抜けていきます。
左手の道は、途中にある分岐を右手に進んでいくと、 天園から獅子舞地区へ降り始めた角から分かれていく小径へ続いています。 (「鎌倉アルプス」を参照)
X字路
再び植林帯になった尾根道を進んでいきます。 少し傾斜の増した植林帯を登っていくと、正面が開けて山並みを見渡せたりもします。 左手へと曲がって雑木林に続く尾根道を更に進んでいきます。 ちょっとしたマウンドを越えて植林帯になった道を降り気味に進んでいくとX字路に出ます。 角には真新しい道標が立っていて、右手の道は「建長寺・金沢文庫方面」、 左手の道は「鎌倉宮・鎌倉駅方面」、今来た道は「瑞泉寺・十二所方面」となっています。 また古い道標もあって、左手の道は「獅子舞経由鎌倉宮」となっていて、「永福寺アト」と書き込まれていました。 以前には「下りはスベル注意!!」とも書き込まれていたのですが、 この時にはほとんど消えてしまっていて読めなくなっていました。 左手の高みへ登っていく細い道もありますが、道標には何も示されてはいません。 正面の高みへ登っていく道には以前には竹などが積まれて通行禁止になっていましたが、 この時には綺麗に撤去されていました。 天園休憩所へは右手の道を進んでいけばいいのですが、 正面すぐの所が見晴のいい岩場になっているので、その岩場を経由していくことにしました。
明治の頃よりこの地に居住し、祖父母の時代に、いちょうやもみじ、梅などを植え、公園を造り、 天園と称し、四季折々の自然の美しさと恵みに感謝して現在に至っております。
 (かまくら六国峠 天園休憩所)
岩場をよじ登って頂きに着くと、そこには竹が横たえてあって「通行止」の貼り紙がありました。 何だか片手落ちのように思えましたが、もう頂きに着いていて引き返すのも意味がないので、竹を越えていきました。 天気がいいと富士山も望める眺めの素晴らしい所なのですが、 この時には霞んでいて、眼下の鎌倉の街や海でさえも霞んでいました。
天園見晴台
眼下に鎌倉の町並、海、遠く前方には箱根の山々、富士山、伊豆方面が眺められ、大変に趣きがあります。
天園休憩所
岩場を過ぎてその先へ進んでいくと、すぐに右手へ道が分かれています。 角には道標が立っていて、右手の道は「瑞泉寺 約30分・鎌倉宮 約30分」、 正面の道は「建長寺」、今来た道は「天園見晴台」となっています。 右下すぐの所に天園休憩所があるので、立寄っていきました。 左手の竹林へ分かれていく道を見送って、道標「「瑞泉寺・鎌倉宮方面」に従って降っていくと、 すぐに天園休憩所があります。 天台山から15分ほどで到着しました。 丁度昼時になったのでおでんを頂くことにしました。 タケノコの旬ということなのか、「朝とりタケノコ入り」ということで、 いつもの具の他に沢山のタケノコが入っていました。 『硬ければ残して下さい』とのことでしたが、 よく煮えていて食べやすく、コリコリとしてとても美味しいのでした。 ボリュームたっぷりのおでんに大満足なのでした。 他の客も『絶対また来ます』と絶賛していました。
天園休憩所
天園休憩所をご利用下さいまして誠にありがとうございます。 検査に合格している井戸水を井戸水を大切にしながら年中無休で営んでいます。 採れたてのものを採れたそのところで素材の持つ良さがより活きるメニュー造りに心掛けております。
左記のことにつきましてはお断り申し上げます。
 ・アルコール類のお持ち込み
 ・コンロを用いましての火のご使用
また、当所でお買い上げ以外のごみはお願いです!! お持ち帰り下さいます様に。
ネコにはエサを与えないで下さい。 朝夕二回、時間を決めて当所で与えております。
天園峠の茶屋
天園休憩所から尾根道まで引き返してきて、道標「建長寺」に従ってその先へ進んでいくと、 すぐに天園峠の茶屋があります。 先ほどの天園休憩所よりもテーブルやイスが沢山あって、大きな店になっています。 正面が開けていて鎌倉の街や海などを見渡すことができますが、 手前の樹木に邪魔をされて、ここからは富士山を望むことはできません。 この時にはツツジやサツキが綺麗に咲いていました。 蜜を吸いに来たのか、大きなアゲハチョウが数羽、花から花へと飛び回っていました。
大平山 (標高159.2m)
天園峠の茶屋を後にして一段と広くなった道を降っていきます。 一旦緩やかになった先の急坂を降っていくと、ゴルフ場の脇に出ます。 少し先で道が二手に分かれていますが、 天園ハイキングコースの道標「建長寺 約3.1km・覚園寺 約2.4km」の指す左手の道を進んでいきます。 クラブハウスの裏手は広場になっていて、弁当などを広げているグループを何組も見かけたりします。 広場の先には岩場になった大平山があります。 頂きには神奈川県内広域水道企業団の「節点 久木-1」の標識があります。 また金網には「大平山 海抜159.2m 鎌倉市最高地点」と書かれた手製の標識が取り付けられていて、 脇にはここから見える景色の地名などを書き込んだ写真もありました。 手前の方には関内やみなとみらい地区から上大岡方面が、 その奥には台場や築地から渋谷や新宿などを見渡せるようですが、 この時には霞んでいて遠くはよく見えませんでした。
鎌倉市消防本部の設置する標識「No.10」を過ぎて、急坂を降っていきます。 雨の後で滑りやすくなっていたので慎重に降っていきました。 2分ほどで緩やかな道になってくると、その先で岩が剥き出しになった所を降っていきます。 道の真ん中に岩が露出した所を過ぎていくと、 右手へ曲がっていく辺りから、左手に並行する小尾根へと分かれていく踏み跡があります。 大平山から4分ほどの所になります。 そこは浅い鞍部になっていて、尾根道からほんの2mほど脇の所になります。 特に目印などはないので、「道の真ん中にある岩を過ぎて30秒ほどの所」と考えて下さい。 建長寺や覚園寺へはこの先に続く広くてしっかりとした尾根道を進んでいくのですが、 今回はここから獅子舞地区の谷筋へと降っていきます。 地形図には載っていないマイナールートですが、夏草が生い茂る季節を除くと、それほど歩き難くはありません。
降り口
尾根道の左手に並行する小尾根に出て右手へ進んでいくと、 1分もしない所に堀切のような窪みがあります。 その右手の先には尾根道が通っていますが、正面に続く高みへと登り返していきます。 背の低い常緑樹などが生い茂る坂を登って高みに着くと、左手の谷筋へと細い道が分かれていきます。 小尾根に続く道はこの先へと続いていますが、今回はここから左手へ分かれていく道を降っていきます。 袂には頭の赤い短い杭があって、白ペンキで「P2」と書かれていました。
正面の小尾根に続く道をそのまま進んでいくと、少し先で尾根道へ降りていきます。
笹竹が生い茂る道を降っていきます。 一般ハイキングルートではないので余り整備された道とは言えませんが、 踏み跡はしっかりと続いていて、迷うような分岐道もありません。 歩く人が少ないのか、時折蜘蛛の巣が張っていたりもするので、拾った枝などで払いながら降っていきました。 傾斜も緩やかになっていて、滑り落ちるような心配もありません。 2分ほど降っていくと岩が剥き出した段差がありますが、難なく降っていきます。 引き続き笹竹が生い茂る尾根道が続きますが、 道が分からなくなる程ではないので安心して降っていけます。 その先でも2度ほどちょっとした岩が剥き出した所があったりもしますが、大した事はありません。
(写真は二つ目の岩がある所です)
コンクリート製の短い境界杭などを見ながら、笹竹などが生い茂る尾根道を降っていきます。 やがて降り傾斜が増してきますが、滑り落ちるほどの傾斜ではないので大丈夫です。 傾斜の増した道を2分ほど降っていくと、僅かな踏み跡が右手から合流してきます。 合流地点の中ほどには頭の赤い短い杭があります。 右手からの踏み跡を合わせて、正面左手へと更に降っていきます。 常緑樹などが生い茂るようになった道を降っていくと、 1分もしない内に、再び右手から道が合流してきます。 こんどの道はかなりしっかりとした道になっています。 合流地点の中ほどには、先ほどと同じような頭の赤い短い杭があります。
右手の道を登っていくと…
右手の緩やかな道を進んでいくと、沢沿いに道が続いています。 細い常緑樹や笹竹などが生い茂っていますが、道の部分は刈り払われていて道はよく確認できます。 やがて沢が終わって傾斜の増した坂道を登っていくと、 大平山から建長寺へと続くハイキングコースの脇に続く高みに出ます。 そこから西側へ小尾根を進んでいくと、ここから10分ほどで、 送電線の鉄塔「大船−田浦22号」の袂に登り着きます。 すぐ近くに通っているハイキングコースへ降りていく道が幾つか分かれていますが、 そのまま小尾根を進んでいくと、送電線の鉄塔「大船−田浦21号」が立っています。 小尾根の道はその辺りで終わっていて、脇のハイキングコースへ降る道になっています。 ハイキングコースへ降りた近くには、 「No.11 ハイキングコース内での喫煙はやめましょう」の標識が立っています。
天園分岐
右手からの道を合わせて左手へ数10m降っていくと、谷筋に続く広い道に降り立ちます。 「P2」の杭のあった小尾根の降り口から9分ほどで降りて来られました。 降り立った所には「歴史的風土保存用地」の看板が立っています。 この広い道は、天園休憩所の手前のX字路から獅子舞地区へと降っていくハイキングコースになります。 道標類は見かけませんでしたが、ここは右手へと進んでいきます。
今回降ってきた道
手元の地形図にある破線の道は尾根筋に続いているので、 手前にあった分岐から右手へ続く道はその尾根の北東側の谷に続く道で、 今回の道はその谷の北東側の尾根を通っているようです。
(左へ続く広い道は「鎌倉アルプス」, 「鎌倉アルプス」を参照)
歴史的風土保存用地
この土地は「古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法」に基づき 歴史的風土を長く保存するため平成5年3月神奈川県が買い上げたところです。 この土地を大切に保存していきましょう。
 (横須賀三浦地区行政センター環境部)
谷筋に広くてしっかりとした道が続いています。 谷には二階堂川の源流にあたる細い沢が流れています。 沢に架かる小さな木橋を渡ったり渡り返したりしながら、谷筋を緩やかに降っていきます。 三つ目の木橋を渡った所から沢へ降りていける道が付いていました。 沢へ降りてみると、僅かばかりの水が流れていました。 雨が降った翌日にしては少な目のように思えました。
沢から上がってその先へ進んでいくと、小広くなった所に出ます。 沢が左手から右手へと横切っていて、これまでよりも少し長めの木橋が架かっています。 先ほどから1分もしない所ですが、心なしか水量が増えてきたように思えました。 沢にはちょっとした段差もあって、水が心地よい音を立てて流れ落ちていたりもしました。
木橋を渡っていくと、岩畳になった坂道になります。 沢は岩畳の右手の脇に沿って流れ落ちています。 岩の表面が濡れていて滑りやすくなっていたので、慎重に降っていきました。 途中から左手に登っていく道が分かれていましたが、その行く末は確認しませんでした。 両側が切り立った崖のようになっていて、朝比奈峠のように人工的に切り開いた道のようにも思えました。
岩畳の道が終わって崖の傍を過ぎていくと、コンクリート製の短い橋が架かっています。 ここにも「歴史的風土保存用地」の看板が設置されていました。 橋を渡って崖沿いの岩畳の道を少し進んでいくと、丸い石が積まれた石垣の先にある畑地の脇に出ます。 これで山道は終りになります。 谷筋の道に降り立ってから10分ほどで到着しました。 左手にはこれまで続いてきた沢から名前が変わって広くなった二階堂川が流れています。 左手から回り込むようにして畑地の脇を過ぎていくと、右手には東電送電所があります。 そこからは舗装路になります。
この先、自転車・バイク乗り入れはご遠慮下さい。
 (鎌倉警察署、鎌倉市)
砂防指定地 二階堂川
この地域において土地の掘さく等の行為をする場合は許可が必要です。 藤沢土木事務所に相談して下さい。
 (神奈川県)
獅子舞地区
東電送電所を右手に見ながら、舗装路になった道を進んでいくと、 次第に民家が建ち並ぶようになってきます。 左手の山際に立つ集合住宅を過ぎていくと、カーブミラーの立つT字路があります。 このまま真っ直ぐに進んでいくと亀ヶ渕橋へと続いていますが、 今回はここから右手の路地に入って、獅子舞地区の住宅地を歩いていきました。
杉ノ川橋
突き当たりを道なりに左へと進んでいきます。 その先の突き当たりを再び左へ進んでいくとT字路に出ます。 そこを右手へ進んでいくと、杉ノ川に架かる杉ノ川橋があります。 橋の手前から杉ノ川沿いに右手へと道が分かれていきます。 かなり奥の方まで続いていて、その周囲は住宅地になっていますが、 正面に架かる杉ノ川橋を渡っていきます。 橋を渡ったすぐの所で、杉ノ川は左手から来る二階堂川へ流れ込んでいます。
緑苑台
杉ノ川橋を渡って2分ほど進んでいくと、広い道が右手へと分かれて登っていきます。 そのまま二階堂川に沿って進んでいくと、亀ヶ渕橋の所から通玄橋へと続いていますが、 この上には住宅地があるようなので、ちょいと寄り道をしていくことにしました。 幅の広い坂道を道なりに登っていくと、左右には緑苑台の住宅地が広がるようになります。 突き当たりまで登っていって、道なりに左へ曲がっていきます。 少し降るようになると、右手の民家の脇に横木の階段がありました。 手前には車止めがあって、脇にある注意書きによるとハイキングコースへ続いているようでした。 このまま二階堂川の所まで引き返していっては芸がないので、 この横木の階段を登っていくことにしました。
注意
ハイキングコース内への自転車・バイクの乗り入れは危険ですからやめてください。
 (鎌倉市、鎌倉警察署)
横木の階段はすぐに終わって、左右に通るハイキングコースに出ました。 角には小さな道標があって、左手の道は「覚園寺方面」となっていました。 道標に従って左手へ進んでいくと、何やら見覚えのある道です。 これは大平山から建長寺へと続く尾根道の途中にある分岐から覚園寺へと降っていく道なのでした。 これまでにも何度か歩いている道なので、見覚えがあったのでした。 住宅地のすぐ傍に続く道を進んでいきます。 竹林などを過ぎていくと、岩畳になった切通しのような所があります。 その先から始まる横木の階段を降っていきます。
覚園寺分岐
最初のうちは歩き易いのですが、次第に土が流れ出て抉れてきて、歩き難くなってきます。 V字形のような切通しに続く縦杭だけになって歩き難い階段を降っていくと、住宅地に降り立ちます。 ほんの5分ほどの短いハイキングコース歩きなのでした。 舗装路に出て右手へ1分ほど降っていくと、左右に通る小川沿いの道に降り立ちます。 脇には庚申塔や石仏などが並んでいました。 角に立つ道標によると、右手の道は「覚園寺250m」、 左手の道は「鎌倉宮500m・瑞泉寺1.4km」、 今降ってきた道は「天園ハイキングコース・瑞泉寺120分3.9km・建長寺45分1.5km」となっています。 大塔宮バス停へ戻っていく前に、右手にある覚園寺まで往復してくることにしました。
覚園寺
小川沿いに続く細い道路を3分ほど登り気味に進んでいくと、正面に山門が現れます。 石段を登って山門をくぐっていくと、樹木などが植えられた庭の先にお堂がありました。 賽銭受けの前にある額によると、愛染明王・不動明王・阿しゅく如来が祀られているようでした。 覚園寺の本堂などはこの左手から更に奥の方にあるようでしたが、 今回は訪ねるのは止めておきました。
右手にある梵鐘の下に置かれた賽銭入れには小鳥が巣を作っているようで、 「浄財を入れないで下さい」との貼り紙がしてありました。
覚園寺
宗派真言宗泉涌寺派
山号寺号鷲峰山覚園寺
建立永仁4年(1298)
開山智海心慧律師
開基北條貞時
建保6年(1218)、二代執権・北條義時が、戌神将のお告げにより建てた薬師堂が前身です。 その後九代執権・北條貞時が、元寇が再び起こらぬことを願い、 戒律を中心とした四宗(真言・天台・禅・浄土)兼学道場に改めました。 本堂の薬師三尊坐像と十二神将像は鎌倉屈指の尊増です。 奥深い境内は静寂としていて、古都鎌倉の面影をよく残しています。 地蔵堂の黒地蔵尊の縁日(8月10日)には、多くの参拝者が訪れます。
 (鎌倉市)
大塔宮(だいとうのみや)バス停
覚園寺から引き返してきて、小川沿いに続く細い道を緩やかに降っていきます。 車一台がやって通れるほどの幅しかなく、車が通る時には通行人は脇に避けたりもします。 そんな道を真っ直ぐに8分ほど降っていくと、最初の大塔宮バス停へ戻ってきます。
鎌倉駅(JR横須賀線)まで、[鎌20]鎌倉駅行きバスにて7分、 1時間に4本程度の便があります。