八景島
散策:2008年04月下旬
【街角散策】 八景島
概 要 八景島は横浜市にある人工島で、シーパラダイスやプレジャーランドなどがあります。 乗り物なども沢山あって、一日たっぷりと遊べる所です。 マリーナやクルーズ船も就航していて、海の傍のリゾートも満喫できます。 今回は八景島を巡る散策路をのんびりと歩いていきます。
起 点 横浜市 八景島駅
終 点 横浜市 八景島駅
ルート 八景島駅…金沢八景大橋…プレジャーランド…八景島マリーナ…シーパラダイスマリーナ…海の公園…八景島駅
所要時間 1時間40分
歩いて... 八景島の入口の近くには大きな牡丹が咲いていて彩りを添えていました。 傍にある海の公園の人工海浜では、今にも雨が降り出しそうな生憎の天候にもかかわらず、 夏を待ち切れない多くの人たちで賑わっていました。
関連メモ 金沢八景
コース紹介
マリーナから出港していくヨット
八景島駅(シーサイドライン)から歩いていきます。 改札口を出て左手に続く広い道を進んでいくと金沢八景大橋が架かっています。 左右に広がる景色などを眺めながら渡っていきます。 橋の欄干には版画風の金沢八景の絵と簡単な解説文が掲載されていました。 この辺りの景観は「乙艫帰帆」にあたるようです。 八景島に着いたらチケット売り場の脇でパンフレットをもらってから島内を散策していきます。 今回はプレジャーランドを右手からぐるりとひと巡りしていきました。 夕波橋を渡って八景島マリーナのある先端まで行くと、 東京湾には大型タンカーが浮かんでいました。 小型ヨットがマリーナから出港したり帰港したりしていましたが、 意外と速く動くことに驚いたりもしました。
金沢八景
金沢の景観は、平安時代の絵師巨勢金岡が余りの景観に感嘆して筆を捨てたといわれるほど、 古くから知られていました。 現在伝えられている金沢八景は、江戸時代、明の僧心越禅師が能見堂八景の詩をつくったとき、 この詩に金沢の八つの景勝地をあてはめたものです。 今では、幕末の絵師安藤広重の描いた「武州金沢八景」が当時の面影をよく伝えるものとして有名です。
称名晩鐘
 (しょうみょうのばんしょう)
称名寺のこんもりとした森の中からきこえてくる晩鐘をいう。 この鐘は、正安三年に北條顕時が改鋳したもので、重要文化財に指定されている。
内川暮雪
 (うちかわのぼせつ)
はじめ釜利谷の辺りをさしていたが、のち関東学院のある内川橋、瀬ヶ崎付近をさすようになった。 遠く鷹取山から神武寺へつづく連山をとりいれた暮雪をいう。
小泉夜雨
 (こずみのやう)
小泉は、金沢文庫駅の南を流れる宮川上流の南岸から手子明神の付近をいう。 昔は内海がこの辺りまで入り込み、海岸には老松が生い茂っていた。
乙艫帰帆
 (おっとものきはん)
乙艫海岸に帆かけ舟が帰ってくる風景をいう。 金沢一帯の海岸線が舟の鞆の形をしていたので、──おっとも──というようになった。
野島夕照
 (のじまのせきしょう)
野島は、もとは陸つづきの島で、百戸の漁家があった。 この漁村の夕暮は美しく、山頂からは遠く房総の地が望まれた。
瀬戸秋月
 (せとのしゅうげつ)
瀬戸橋付近から秋月を眺めた夜景で、手前に東屋、遥かに墨絵のような平潟湾と野島が望まれる。
洲崎晴嵐
 (すさきのせいらん)
もとは山市の晴嵐といい、朝比奈峠付近の景色をさしていた。 江戸中期までは洲崎にも松並木があり、いまでも照手姫のいぶし松など、多少の名残りをとどめている。
平潟落雁
 (ひらかたのらくがん)
平潟は、野島のふもとから洲崎にかけての地域をいい、潮干狩で有名であった。 また明治の初めまで、この辺りで塩を焼いていた。
賑わう海の公園
シーパラダイスマリーナを眺めながらアクアミュージアム方向へと向かっていきます。 カーニバルハウスから屋根付き歩道を通っていくと、 20cmほどはある大きな牡丹が沢山咲いていて、彩りを添えていました。 乗り物などの脇を過ぎていくと、メリーゴーランドのある最初の入口へ戻ってきます。 島の中ほどにある高台には丘の広場があるようですが、今回は訪ねるのは省略しました。 金沢八景大橋を渡って海沿いに続く歩道を進んでいくと、 程なくして海の公園の人工海浜が広がっています。 この時には今にも雨が降り出しそうな生憎の天候でしたが、 夏を待ち切れない多くの人たちで賑わっていました。 海の向こうには野島も浮かんでいました。 浜辺を少し歩いてから八景島駅へと戻っていきました。