相模川
散策:2008年04月中旬
【街角散策】 相模川
概 要 相模川は山中湖を水源とし、相模湖や津久井湖などを経て平塚市と茅ヶ崎市の境から相模湾へと注ぐ一級河川です。 今回はその河口付近の河川敷にあるお花畑や水辺の楽校などを訪ねてから、相模国の四之宮である前鳥神社へと向かっていきます。 お花畑では四季折々の綺麗な花を見ることができます。
起 点 平塚市 馬入橋バス停
終 点 平塚市 前鳥神社前バス停
ルート 馬入橋バス停…蓮光寺…馬入ふれあい公園…相模川…長瀞スポーツ広場…馬入お花畑…馬入水辺の楽校…グラウンド…前鳥神社…前鳥神社前バス停
所要時間 2時間20分
歩いて... お花畑では芝桜やチューリップが綺麗な花を咲かせていました。 河川敷には散策路が巡っていて、菜の花も咲いていました。 その昔には「馬入の渡し」があったという所には今では橋が架かっていますが、 記念碑や解説板などもあって、往時を偲ぶことができました。
関連メモ 今のところ、関連メモはありません。
コース紹介
馬入橋(ばにゅうばし)バス停
平塚駅(JR東海道線)の北口のバスターミナルから、[茅06]茅ヶ崎駅行きバスにて4分、 朝夕は1時間に3本程度、日中は1時間に2本程度の便があります。
バス停のすぐ先の逆Y字路になった馬入交差点の左手にある横断歩道を渡って、 国道1号を茅ヶ崎方面へと進んでいきます。
蓮光寺
自動車販売店の前を過ぎて200mほど進んでいくと工業団地入口交差点があります。 横断歩道を渡っていくと道標が立っていて、 左手の道は「馬入ふれあい公園1.0km・馬入お花畑1.1km」となっています。 道標に従って交差点を左折していくと、程なくして蓮光寺があります。 「高野山真言宗 蓮光寺」と刻まれた石柱の立つ立派な山門をくぐって境内に入っていくと、 すぐ正面にある本堂は今風の建物になっていました。
馬入山 蓮光寺
御本尊 不動明王
宗派 高野山真言宗 立経開宗は大同2年(807)
総本山 高野山金剛峯寺 和歌山県伊都郡高野町
宗祖 弘法大師(空海) 宝亀5年(774)6月15日香川県善通寺市で御誕生、承和2年(835)3月21日高野山奥之院に御入定
御宝号 南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)
教義と
 信仰
宇宙のすべてのものは大日如来のいのちの顕われであり、 このいのちの世界をあらわしているのが曼荼羅です。 高野山真言宗の教えは、いのちの平等と尊厳をさとり、 大日如来の智慧をこの世に実現するために、生かせいのちを実践し共存共生の世界をめざすことにあります。 本宗の御宝号念誦運動は、弘法大師の共利衆生の精神に立って、 すべてがいのちを共にしている社会の福祉をめざす具体的な活動です。 弘法大師は未来永劫にわたって衆生を救済すると御誓願され、高野山奥之院に入定留身されています。 同行二人の信仰のもと、大師の御教えをこの世に生かし実現することが私たちの務めであり喜びです。
境内の左手には赤い鳥居が立っていて、屋根だけの建物の中に小祠と石仏がありました。 座布団の上に置かれた石仏は「持ち上げ地蔵」というのだそうです。 願い事を念じながら持ち上げて、軽く感じたら願いが叶うのだそうです。
持ち上げ地蔵
心のなかで願いごとを念じながら持ち上げ、軽く感じたら願いが叶う、 重く感じたらかなわないという地蔵で、抱き地蔵とも呼ばれる。 石仏の地蔵尊は数多いが、持ち上げて占いをするのは市内で唯一である。 蓮光寺境内に移される以前は、馬入地区の信者の家にまつられていた。 元の地蔵尊には「発願主 比丘妙運大徳八萬四千體之内」と彫られ、 八万四千体のうちの一つであるのがわかる。 妙運は、明治9年に上野桜木(東京都台東区)の浄名院の住職となった僧で、 明治12年に八万四千体の地蔵建立を発願した。 建立開眼した地蔵は「うかがい地蔵」の名で各地にもたらされたが、 持ち上げてみて占うことから、持ち上げ地蔵とか抱き地蔵と呼ばれるようになった。
 (平塚市観光協会)
馬入ふれあい公園
蓮光寺から出て右手すぐの所にある十字路を右折して蓮光寺の塀沿いに進んでいくと、 何やら洋風の建物があります。 ホテルやレストランのようです。 その左前方に馬入ふれあい公園の入口があります。 公園へ入って右手の方に「馬入ふれあい公園施設案内」があるので参考にしましょう。 公園には、はらっぱ・馬入サッカー場・ひらつかアリーナ・中央広場などがあります。 相模川のすぐ傍にある公園です。
相模川
公園の中ほどまで進んでいくと、右手の土手へ登っていく広いデッキがあります。 脇には階段も設置されています。 その階段を登って土手に出ると、正面には相模川が広がっていました。 河口に近い所なのでかなりの川幅があります。 手前にはボートなどの陸揚げ場所があり、右手の方には国道1号の馬入橋が架かっています。
土手に出た右手には「東海道 馬入の渡し跡」の石碑と解説板が設置されていました。 この300mほど下流というと、今の馬入橋が架かっている辺りに「馬入の渡し」があったようです。
東海道 馬入の渡し跡 碑文
此の地より約300米下流に存在した東海道馬入の渡し場に替わり、明治11年馬入村民念願の橋架る。 爾来128年間その痕跡見ること無し。 今日馬入住民が総力を挙げて此の馬入の渡し跡碑を建立す。
 (平成18年8月20日 馬入住民一同、松原地区自治会連合会、馬入の歴史連絡協議会、平塚市)
東海道 馬入の渡し
江戸時代、幕府は大きな河川に橋をかけることを禁止しました。 そのため、相模川(馬入川)や多摩川(六郷川)は「渡し船」、酒匂川は「徒歩渡し」などで渡っていました。 相模川には60以上の渡し場がありました。 大動脈である東海道は「馬入の渡し」と呼ばれ、幕府が管理し、周辺村々の負担によって成り立っていました。 当所、船は須賀村だけで用意していたようですが、元禄5年(1692)に対岸の柳島村が加わりました。 また、渡船賃の徴収などを扱う「川会所」の運営や船頭の確保は馬入村など五か村が務めました。 川会所や渡船額などの情報を掲示する「川高札」は馬入村にありました。 渡し船には「小舟」と「馬船」がありました。 小舟は人を乗せる船で定員20人ほど、馬船は大型で馬が荷物を積んだまま横向きに乗ることができる船です。 このほかに、将軍や大名用の「御召船」などが常時用意されていました。 また、将軍の上洛など特別の大通行があった場合、幕府は「船橋」を架けさせました。
 (平塚市)
この辺りを描いた往時の浮世絵なども掲載されていました。
東海道五十三次 平塚馬入川渡船
茅ヶ崎から馬入川を渡る際、一番の目印であったタブの木が繁る当時の馬入の渡し。
中央の狂歌は「大磯へ いそぐえき路の すずのねに いさむ馬入の 渡し船かな
東海道五十三次 平塚馬入川舟渡し
船着場で渡船を待つ旅人と馬子、近在の商人。 富士と大山を背景に、渡し舟が一艘。 旅人の煙管入れや根付、胴乱、道中差し、荷駄馬の轡、馬わらじなど細かい描写も面白い。 渡し賃は12文であったという。
長瀞スポーツ広場
馬入の渡し跡の石碑を後にして、舗装された土手道を上流へ進んでいくと、 右手の河川敷には長瀞スポーツ広場がありました。 青々とした広い芝地になっていて、サッカー場になっているようでした。 サッカーチームと思われる人達がこれから練習を始めようとしているところでした。
広場を過ぎていくと、右手に分かれて降っていく緩やかな坂道があり、その先には階段もありました。 向こうの方には綺麗な花が咲いている所が見えていたので、右手の河川敷へと降りていきました。 降りた所にある掲示板によると、 この辺りは「平塚市からの富士」として関東の富士見百景に選ばれているのだそうです。 広々として眺めが広がる所ですが、この時には残念ながら遠くは霞んでいて、富士山は見えませんでした。
馬入お花畑
河川敷に降りていくと花畑が広がっていまいた。 馬入お花畑というようで、この時には芝桜とチューリップが綺麗な花を咲かせていました。 先ほどあった掲示板によると、昨年の秋に市民など総勢130人で植栽したのだそうで、 開花時期は、チューリップが3月末〜4月初め、芝桜が4月一杯となっていました。
それら以外にも季節毎に色々な花が植えられるようでした。 ポピーが5月中旬〜5月末、ラベンダーが5月下旬〜6月初め、 藤が5月下旬〜7月初め、アジサイが6月一杯、キバナコスモスが10月一杯、 コスモスが10月中旬〜10月末、パイナップルセージが11月一杯となっていました。
チューリップ畑を過ぎた先には芝桜が咲いていました。 桃色と白色の綺麗な花を咲かせていて、花の絨毯のようでした。
中ほどには大きな木があって、その周りにベンチなどが幾つか設置されていました。 ベンチに腰掛けながら周囲を眺めていると、何ともいい気持ちになってきたりもします。
川辺の方には菜の花も咲いていました。 散策路に沿ってアジサイの木が植えられていて、若葉をかなり出して青々としていました。 6月頃には綺麗な花を咲かせるようです。
花の種がまいてあるので入らないでね!!
お知らせ
・花を取らないでね。
・ごみは持ち帰ってね。
・花畑をあらさないでね。
・この花畑はボランティアが草刈り等を行っています。
 (建設省、平塚市)
更に川辺へ進んでいくと、川に突き出すようにしてデッキが設置されていました。 「相模川自然観察・身体障害者用デッキ」というのだそうです。 この時には妙齢(としておきます)の御婦人がデッキの脇に腰掛けて水彩画を描いていました。 相模川と平塚の街並みと丹沢の山並みなどをあしらった素晴らしい絵になるのでしょうか。 川では数台のジェットスキーが爆音を轟かせながら行き来していて、 何だか雰囲気が壊れてしまいそうに感じたりもしました。 「係留禁止」の立て札もありましたが、撤去作業が行なわれたのか、 この時には不法係留と思われる船は見かけませんでした。
この相模川水辺空間の新しいシンボルアメニティー施設「相模川自然観察・身体障害者用デッキ」は、 宝くじ普及宣伝事業により整備されたものです。
 (平塚市、財団法人リバーフロント整備センター、財団法人日本宝くじ協会)
係留禁止
河川区域内に許可なく船舶を係留すること、係留用設備を設置することは、河川法に違反します。 船舶の所有者は速やかに船舶を撤去してください。
 (海上保安庁、平塚警察署、平塚市)
火災注意
この附近は枯草による火災発生の恐れがあります。 タバコの吸がらの投げ捨て、たき火・火遊びはやめてください。 ゴミ・空ビン・空カンを捨てないでください。
 (国土交通省京浜河川事務所)
馬入水辺の楽校
馬入お花畑から更に上流へ進んでいくと、広くなった所に馬入水辺の楽校があります。 中ほどには風車が立っていて、その袂に解説板がありました。 「楽校」と書いて「がっこう」と読むようです。 風車の袂からは汲み上げられた水が流れ出ていました。
馬入水辺の楽校
子供たちが、積極的に自然とふれあいながら「遊び」「学び」「冒険心」「創造性」を育み、 自然と接する「作法」や「感性」をやしなう場です。 また、人々が四季を問わず豊かな自然にふれあうことで、「いこい」「やすらぎ」を感じることができる空間です。
水辺の楽校の目的
・命の尊さを知り、生き物に対する思いやりを育む。
・自然とのふれあいや自然体験を通して身近な自然環境に気づく。
・身近な自然環境から、
 地球環境とも関わっている自然と人間との関係を学ぶ。
・生態系に理解を深め生き物と共存できる環境を考える。
・テレビや写真ではない本物を知り学ぶ。
・自分たちの創意工夫で遊び自分たちでルールを作る。
・ボランティア活動による奉仕の喜びを知る。
・自然の中で仲間と一緒になって遊ぶことにより、
 社会への適応力や健全な精神を養う。
 (馬入水辺の楽校運営協議会)
この下流にはトンボ池があり、生き物がたくさん住んでいます。 汚れた水を流さないようにしましょう。(洗剤使用禁止)
 (馬入水辺の楽校の会)
馬入水辺の楽校には、池や小さなせせらぎや野鳥観察ウォールもあり、散策路が巡っていました。 川辺に降りていける所もあって、相模川と間近に接することができます。
カニ捕り・魚すくい・花輪作り・草摘みなど、自然の中で遊んだ子供の頃を思い出したりもしました。 今とは違って、遊び道具は自分達で作ったものでした。
ワンド ヨシ原を復元することにより、豊かな生態系がよみがえります。 ゆるやかな傾斜が水辺までつづき、ワンドに入って遊べます。
ヨシ原 自然の中には発見がいっぱい。遊び、学びながら生き物たちと出会ってください。
野鳥観察ウォール 鳥を驚かさずに観察できる野鳥観察ウォール。 窓の高さは大人、子ども、車いすの方に合わせています。
風車 推進の浅いせせらぎや手押しポンプなど、子どもたちが元気いっぱい遊べます。 小川の水を供給するのは風車。クリーンエネルギーを身近に感じてください。
丸太階段 水際に近づける丸太階段や小川など、水がグンと身近になります。 池のまわりの木立がすずしげ。
 (馬入水辺の楽校運営協議会)
河川敷を巡る散策路には、数mの高さの小山もありました。 上へ登ってみると、河川敷に広がる馬入水辺の楽校が一望できました。 若草が萌え出ていて、新緑の綺麗な眺めが広がっていました。 もう少し経って夏場になると、もっと成長して鬱蒼としてくるのでしょうか。
ここで見られる植物
エノキ(ニレ科) 花場t家のシンボルツリー。秋にだいだい色の実がなり、鳥が食べる。
ヨシ(イネ科) 下流の岸辺にヨシ原を作り、水質の浄化にも役立っている。
オニグルミ(グルミ科) 上流から流れてくる実が芽を出して、大きな木に育っている。
オギ(イネ科) ヨシよりも少し乾いた川原に生え、秋には銀色の穂波を作る。
ノイバラ(バラ科) 5月頃、よい匂いのする白い花を咲かせ、多くの虫が集まってくる。
クコ(ナス科) 冬も青々と茂る元気のよい低木。銀色の花と赤い実が目立つ。
 (平塚市博物館、相模川河口の自然を守る会)
ここで見られる動物
カワウ(ウ科)留鳥 大きなみずかきを使って水に潜り魚を捕らえる。送電線で休憩。
ユリカモメ(カモメ科)冬鳥 くちばしと足が赤いカモメ。昼間は川で過ごし夜は濁に下る。
ミサゴ(タカ科)冬鳥 翼が長く白黒模様のタカ。水中に飛び込んで大きな魚を捕らえる。
モズ(モズ科)留鳥 小動物を捕らえる肉食の鳥。秋には大きな声で高鳴きをする。
ホオジロ(ホオジロ科)留鳥 こずえにとまり「源平つつじ白つつじ」と聞こえる声でさえずる。
カワセミ(カワセミ科)留鳥 チーと鳴いて川面を飛ぶ宝石のような鳥。水に飛び込んで魚をとる。
コサギ(コサギ科)留鳥 黒い足に黄色い指が目立つシラサギ。魚を捕らえるのが上手。
 (平塚市博物館、相模川河口の自然を守る会)
河川敷に広がる馬入水辺の楽校を上流へ進んでいくと、ヨシ原の所から土手の方へと曲がっていきます。
道なりに左手へ曲がって原っぱを進んでいくと大きな木が生えています。 小径はそこから川辺へと更に続いています。 菜の花などが咲いていたりもしますが、やがてその先で不明瞭になっています。
グラウンド
原っぱを過ぎて土手の方へ進んでいくと広いグラウンドに出ました。 近くの工業団地にある会社の所有地のようで、野球などが出来る所が何面か連なっていました。 丁度昼休み時とあって、工業団地で働く人達が野球やサッカーやフリスビーなどを楽しんでいました。 そんな様子を眺めながら、グラウンドを横切って土手道へ登っていきました。
舗装された土手道に出て、右手(上流側)へと進んでいきます。 沿道には桜が並木を作っていました。 既に葉桜になっていましたが、花の季節には綺麗な並木道になるようでした。 右手の河川敷に続くグラウンドを眺めながら真っ直ぐに進んでいくと、 河川敷にある駐車場から土手道を越えてくる舗装路が横切っています。 両側には車止めがあって、この土手道は車両通行止めになっているようでした。
車止めを過ぎて土手道をその先へ1分ほど進んでいくと、再び車止めがあります。 舗装路はそこで終わっていて、その先は細めになった土の道になります。 左手に続く舗装道路へ降りていく道を見送って、正面の土の道を更に進んでいきます。 正面に架かる湘南銀河大橋を眺めながら畑地沿いに進んでいきます。 正面に見える送電線の鉄塔が間近になってくると、左側に続いていた舗装道路に出ます。 出た所はT字路になっていますが、右手に続く道を進んでいきます。
送電線の鉄塔「馬入線No.1」を過ぎていくと、 その先にある鉄塔「湘南茅ヶ崎線10」の辺りから右手の土手へと道が分かれていきます。 その土手道は湘南銀河大橋をくぐって、相模川の更に上流へと続いているようですが、 今回は舗装道路をそのまま真っ直ぐに進んでいきます。 やがて湘南銀河大橋へ登っていく県道44号に突き当たると、舗装道路は県道に沿って左手へと曲がっていきます。 その曲がり角に、県道をくぐっていくガードがあります。 今回はこのガードをくぐって県道の向こう側に出て、道なりに左手へと進んでいきます。
住宅地に沿って進んでいくと、湘南銀河大橋から降ってくる道と同じ高さになります。 その先へ更に進んでいくと四之宮中島交差点があります。 そこを右折していくと、正面に参道が現れます。 右手の石柱には「延喜式内社相模国第四之宮 前鳥神社」、 左手の石碑には「学問の宮 奨学神社」と刻まれていました。 その先の赤い太鼓橋状の所を過ぎて、桜の大木が並木を作っている参道を進んでいきます。
参道を進んでいくと、途中で道が横切っています。 右手には「さきとり幼稚園」がありますが、そのまま真っ直ぐ進んでいくと、大きな鳥居が立っています。 両脇には立派な獅子の狛犬が控えていました。 右手には鐘楼や忠魂碑などがあり、左手には「平塚八景」の解説板もありました。 この前鳥神社の森は「森の前鳥神社」として平塚八景のひとつになっているようでした。 鳥居をくぐって境内へと入っていきます。
平塚八景 森の前鳥神社
ケヤキの老樹などの森にかこまれた、四之宮に鎮座する前鳥神社は、 平安時代の延喜式神名帳に、相模国第四之宮として載っている古社である。 社号は大住郡サキトリの郷にあったため、左喜登利・前鳥・前取の文字があてられている。 祭神は菟道稚郎子命と大山咋命、そして日本武尊命であり、これら祭神にちなむ前鳥神事がある。 また境内には、奨学神社や神戸神社などがあって、古い時代をしのばせる。
前鳥神社
祖霊社や立派な手水舎を過ぎていくと、正面に前鳥神社の社殿があります。 相模国の四之宮とされるだけあって立派な佇まいでした。 正面には「左喜登利神社」と書かれた扁額が掲げられていました。 社殿の前には「四合せ(しあわせ)の松」という木もありました。
前鳥神社参拝の栞
当神社は延喜式内社であります。 相模国第四之宮として、創祀1600余年の歴史を有し、 関東唯一の学問の宮にして、又、商工業・交通守護神として、ひろく崇敬されています。
御祭神菟道稚郎子命、大山咋命、日本尊尊
境内社奨学神社:菅原道真公・阿直岐命・王仁命
神戸神社:天照皇大神・素盞鳴命
年間恒例祭
1月1日歳旦祭・初詣
1月15日奨学祭
2月3日節分祭
2月17日祈年祭
4月第3日曜日崇敬者大祭
5月5日国府祭
6月30日夏越の大祓
7月14日八坂神社例祭
9月28日本宮例大祭
11月23日感謝祭
12月31日大祓・除夜祭
ご祭神のご神徳を仰ぎ、学業増進、進学成就、商売繁盛、交通安全、厄除等のご祈祷を随時行っています。
前鳥神社は平塚市最古の神社で、御祭神は応神天皇の皇太子である菟道稚郎子命です。 命は百済国から来た王子阿直岐と博士王仁を学問の師とされました。 博士王仁は初めて日本に論語と千字文をもたらした人です。 よってこの由縁をもって、境内社奨学神社にはこの御二方のほか菅原道真公を祭祀してあります。 また菟道稚郎子命を御祭神とする神社は東国では当社のみです。
四合せの松
此の松の木は稀に四本の葉をつけた松葉が見つけられます。 いつか頃よりか「しあわせの松」と呼ばれ、 この四合せの松葉を身に付けると運が開け幸運を招くと伝えられています。
前鳥神社の境内には、神戸神社と奨学神社もあります。 神戸神社の祭神は天照皇大神と素盞鳴命のようですが、 社殿の屋根には六本の鰹木が乗り内削ぎの千木が聳えていました。
三社まいり
前鳥神社の境内には三つの神社が祀られています。 三社は各々ご祭神が異り、ご神徳霊験はあらたかでございます。 お詣りは三社をご巡拝下さい。
前鳥神社
ご祭神 菟道稚郎子命、大山咋命、日本尊尊
ご神徳 学徳の祖神・安全守護の神
神戸神社
ご祭神 天照皇大神・素盞鳴命
ご神徳 農業・諸業繁栄・厄除・防災招福
奨学神社
ご祭神 王仁命・阿直岐命・菅原道真命
ご神徳 学業・文化・芸能の神
奨学神社の中を伺ってみると、小振りの赤い達磨が沢山供えられていて、 各々には納めた人の名前の書かれた紙片が添えられていました。
社殿の左手には神輿殿がありますが、修復作業などが行なわれていたのか、 この時にはロープが張られていて「立入禁止」の貼り紙が掲げられていました。 以前に訪ねた時には、相模国府祭に参加する時の白木の神輿も収められていたように記憶していますが、 残念ながら今回は見られませんでした。 社殿の左手にある赤い大きな鳥居から前鳥神社を出ていきます。
相模国府祭(さがみこうのまち)
相模国府祭(こうのまち)は、現大磯町国府に、 昔相模国の国府庁(今の県庁)が置かれた国府本郷の神揃山(かみそろいやま)のお祭りと、 小字高天原(こあざたかまのはら)、別名、逢親場(おおやば)・大矢場(おおやば)で行う国司祭の二つをいう。 相模国の一之宮寒川神社(寒川町鎮座)、二之宮川匂神社(二宮町鎮座)、三之宮比々多神社(伊勢原市鎮座)、 四之宮前鳥神社(平塚市鎮座)、 平塚八幡宮(平塚市鎮座)、総社六所神社(大磯町国府鎮座)の相模国の有力六社が参加し、 相模国を網羅する関東一の最大の祭典として、 又、全国的にも試にめずらしく、貴重なお祭として知られ、現神奈川県の無形文化財に指定されている。
(相模国府祭は「相模国府祭」を参照)
前鳥神社前(さきとりじんじゃまえ)バス停
前鳥神社の境内から出て正面に続く路地を真っ直ぐに進んでいきます。 「テクノロード」を横切ってその先へ進んでいくと、信号機のある車道に出ます。 そこを右折して数10m進んでいくと前鳥神社前バス停があります。
平塚駅(JR東海道線)まで、平塚駅北口行きバスにて11分、 日中には1時間に6本程度、朝夕にはもっと多くの便があります。