松田桜まつり
散策:2008年03月中旬
【街角散策】 松田桜まつり
概 要 神奈川県西部の足柄地方の春を求めて、南足柄市の「菜の花まつり」と松田町の「桜まつり」を訪ねます。 南足柄市のふくざわ公園の近辺の菜の花を愛でてから酒匂川沿いを歩いていきます。 十文字橋を渡って河津桜と菜の花が咲く西平畑公園へ向かい、 その上にある「あぐりパーク嵯峨山苑」の菜の花を満喫します。
起 点 南足柄市 まましたバス停
終 点 松田町 新松田駅
ルート まましたバス停…ふくざわ公園…千津島観音堂…大口広場…酒匂川青少年サイクリングコース…十文字橋…十文字橋臨時駐車場〜(シャトルバス)〜西平畑公園…松田町自然館…あぐりパーク嵯峨山苑…西平畑公園…松田山ハーブガーデン…矢倉沢踏切…新松田駅
所要時間 4時間20分
歩いて... 菜の花は丁度見頃を迎えていて、いい香りを辺り一面に漂わせていました。 河津桜は濃い桃色の花を沢山咲かせていましたが、 満開を少し過ぎた頃だったので、若葉が伸び始めていました。 この日はいい天気で気温もぐんぐんと上がり、歩いていても汗ばむ陽気でした。
関連メモ 最明寺史跡公園
コース紹介
まましたバス停
大雄山駅(伊豆箱根鉄道大雄山線)の改札口を出てすぐ右手にあるバスターミナルから、 新松田駅行きバスにて5分、1時間に4本程度の便があります。
バス停から新松田方向へ進んでいくと、ガソリンスタンドのある十字路があります。 角には「菜の花まつり「春めき」」と書かれた看板が立っていて、 左手の道を指していました。 その看板に従って十字路を左折して、車道を真っ直ぐに進んでいきます。
(新松田駅(小田急小田原線)からだと10分ほどで来られます)
始めのうちは民家なども立ち並んでいますが、次第に疎らになってきます。 所々には「あしがら花紀行 菜の花まつり」の幟が立っていたりもします。 バス停から7分ほど進んでいくと十字路があります。 左手の高い所に「←福沢公民館・サービスセンター200m」の標識が立っています。 角には「あしがら花紀行」の標柱が立っていて、 左手の道は「アサヒビール工場」、正面の道は「酔芙蓉農道・ハナアオイ農道」となっています。 双体のお地蔵さんが二組並んでいたりもしますが、 ここは左右の分岐は見送って、真っ直ぐに進んでいきます。
田んぼが広がったりする景色が続き、左手には箱根外輪山を、右手には丹沢山塊を眺めながら真っ直ぐに進んでいきます。 明神ヶ岳や特徴的な姿をした矢倉岳を眺めながら進んでいくと、信号機の設置された十字路がありました。 角に立つ「あしがら花紀行」の標柱によると、 左手の道は「アサヒビール工場」、正面の道は「酔芙蓉農道・ハナアオイ農道・長井家のフジ」となっています。 裏面を見ると右手の道も「酔芙蓉農道・ハナアオイ農道」となっていました。 また、背の高い標識もあって、右手の道は「酔芙蓉・ハナアオイ農道」となっていました。 この時には道路の工事中のようでしたが、ここで右折していきました。
工事中の道路を数10m進んでいった所から左手へ分かれていく道を進んでいきます。 この辺りから土の道になります。 左右には田んぼが広がっていました。 右手の山際には桜色と黄色の帯が見えていました。 今回の目的地である西平畑公園のようです。 正面には山北町にある浅間山や城山と思われるこんもりとした小山も見えていました。 広々とした景色の中を真っ直ぐに進んでいきます。 桜の木でしょうか、沿道にはほころび始めた桃色の花を付けた木が沢山ありました。 開花状況は木によって違っていましたが一分から二分咲きほどで、満開はもう少し先のようでした。
先ほどの信号のある十字路から7分ほど進んでいくと、右手の広い畑に菜の花が一面に咲いていました。 花は丁度見頃のようで、辺りに甘酸っぱい香りを漂わせていました。
その先へ少し進んでいくと、左手に菜の花が咲いていました。 ここは筋状に植えられていて、一面に植えられていた先ほどの畑とは少し違った雰囲気でした。
ふくざわ公園
菜の花畑の先には桃色の花が咲き始めた樹木に囲まれた一角がありました。 梅でしょうか、桃色に混じって白い花を咲かせた木もありました。 傍まで行ってみるとふくざわ公園というようで、露店などが沢山出ていました。 まだ早めの時刻だったので客は疎らでしたが、 足柄人形や食べ物など、色々なものが売られていました。 「菜の花摘みとり会場」という看板も立っていて「菜の花まつり」のメイン会場のようでした。 まましたバス停から25分ほどで到着しました。
ふくざわ公園
東京三田の龍源寺から閑静な地を好む大島仁宗が千津島天福寺住職に入られたのが明治9年である。 明治維新の時、思想家、教育者として活躍した福澤諭吉は親交深かった大島住職のもとをたびたび訪れた。 明治22年町村制がひかれた時、新しい時代を夢みて衆議一決、福澤諭吉の福澤(ふくざわ)を村名にした。 この公園の地は天福寺のゆかりの地をもって「ふくざわ公園」と名づけ、 後世に夢と理想と希望を語り合える場にと願っている。
足柄人形
足柄地方は万葉集など古くから歌に詠まれた史実と伝説に富んだところです。 その足柄の歴史・芸能・民話に登場する人物などを主人公に土人形・お面・鈴などを創作しています。 小さいながら生命力一杯の人形たち・素朴なもの・格調高いものどれも丹精こめて造った自信作です。 身近に置いて、また贈り物としてご愛願いただければ幸いです。
 (金太郎窯 府川泰行)
墓地移転について
この地は臨済宗天福寺「文明辛卯3年(1471)10月9日開創」の墓地として、 520有余年の長き年月を経た由緒ある寺です。 今や時代の変革に伴って、国、県、市及び営農者は、農家経営の効率化等の必要性に鑑み、 農地の甫(ほ)場整備をすることになり、「県営ほ場整備事業酒匂川右岸地区」として発足、 その事業計画により、墓地移転を余儀なくされ、平成甲戌6年(1994)3月29日、 怒田1537番地内に移転しました。 後世のため一稿を記す。 合掌
 (墓地移転委員、天福寺住職、千津島地区ほ場整備事業業組合)
公園の一角の東屋の脇に水車がありました。 揚水水車というようで、昭和30年頃までは色々な用途に使われていたようです。
揚水水車
水車は水のエネルギーを回転させて動力源としたものです。 この水車は高い水田へ水を汲み上げるために使われました。 水車は、このほか、米つき、油しぼり、製紙、粉ひき、製板などに使われ、 昭和30年代に入り姿を消しました。
 (南足柄市役所)
千津島観音堂
ふくざわ公園の脇に上記のような墓地移転に関する石碑がありました。 手元の地図には公園の近くに「天福寺」の文字が書かれていたので、 石碑に記された住所とは違いますが、ちょいと訪ねてみることにしました。 公園から左手へ進み車道を横切っていきます。 水路を渡り酒店の先の水路を渡っていくと、T字路に出る10mほど手前の右手に石柱が立っています。 そこから路地へ入っていくと境内がありました。 六地蔵(+1)などに出迎えられながら境内へ入っていくと、正面に千津島観音堂がありました。 手元の地図には「天福寺」と記されていましたが、現地ではその文字は見かけず、 関連についてはよく分かりませんでした。 千津島観音堂の天井には家紋と思われる絵柄が沢山嵌め込まれていて、地区名や氏名が書き込まれていました。 この観音堂の再建に当って寄進した方々のようです。 左手には神社のような祠もありました。
千津島観音堂の由来
千津島観音堂は、文禄3年(1596)難産で妻子を失った千津島の名主瀬戸文右衛門の祖が、 妻子の供養と人々が二度と自分のような悲しみを味わうことのないようにと祈願して建立したと伝えられています。 以来、安産と子育ての観音様として足柄平野一帯の多くの人々の信仰を集めていました。 特に17年に一度の「ご開扉」には、近在、近郷の念仏講が集って供養したということです。 また、別名の「竹皮の観音さん」という愛称は、境内の北側に竹やぶがあり、 竹の子が成長して竹の皮が剥げ落ちる様子にあやかって、 竹の子のように子どもが健やかに成長するよう願を込めて呼ばれたものといわれています。 この地方では、妊娠するとお観音さんの「お腹帯」を借りて安産を祈りました。 この「お腹帯」は、17年に一度の「ご開扉」で使用された禅布で作られており、 赤糸の布のときは女の子、青糸の布のときは男の子と、その色によって生まれてくる子の性別を占いました。 今でも、珠明寺に依頼すれば「お観音さんのお腹帯」を借りることができます。 千津島観音堂は、明治初期に火災に遭い、現在の建物は、明治24年に修復再建されたものです。 堂内に残されている寄進者の銘板を見ると広く足柄平野一円から寄進されて再建されたことがわかります。 また、合天井の板絵にもそれぞれ、寄進者の名が残されています。 寄進者の銘板には、明治9年以来しばしば千津島の地を訪れた福澤諭吉翁が 観音堂の再建に拾円を寄進されたことが記されていましたが、その部分は、現在では欠落してしまいました。 千津島自治会では、平成18年の「ご開扉」を記念して福澤諭吉翁の銘板を復元しました。
千津島観音堂からふくざわ公園まで引き返して、公園の先へと進んでいきます。 脇には「酔芙蓉農道」と記された看板が立っていました。 沿道には根本から細かく枝分かれした切り株が沢山ありましたが、それが「酔芙蓉」なのでしょうか。 酔芙蓉は9月後半が見頃のようで、朝には白だった花びらが夕方になると濃い桃色に変わる不思議な花なのだそうです。 山北町の浅間山や城山と思われる小山を正面に眺めながら、田んぼの中に続く農道を真っ直ぐに進んでいきます。
突き当たりのT字路を左折していくと車道に出ます。 そこを右折して車道を4分ほど進んでいくと、右手から車道が合流してきます。 その角には班目公民館があり、道端には「頌徳碑 服部満造翁」の石碑や道祖神も佇んでいました。 右手からの道を合わせて車道をその先へ進んでいくと、左手には箱根の山並みが広がっていました。 最初のうちは雲に隠れていた明神ヶ岳の山頂部も見えるようになっていました。 明神ヶ岳と矢倉岳の間の奥の方には、特徴的な姿をした急峻な山が聳えていました。 方角からすると金時山のようです。
大口広場
班目橋を渡っていくと、車道は左手へと曲がっていきます。 その正面に大口広場があります。 ふくざわ広場から15分ほどで歩いて来られました。 酒匂川の土手道のようになった広い所で、大きな樹木が幾つも生えていました。 広場には立派なトイレがあり、男性用には真鯉、女性用には緋鯉のタイル絵があったりもします。 右手の方へ進んでいくと、二つ並んで立っている看板の間から石段が河原へと降っていました。 このまま酒匂川に沿って続く道を進んでいってもいいのですが、ちょいと河原へ降りてみました。
河川へ立入る皆さんへ
この川の近くには発電所があり、雨などにより川の水が増えたり、発電所を止める場合、 ダムや水槽余水路などから水を流しますので、川の水が急に増えることがあります、注意していください。 サイレンが鳴ったら、いそいで川から上がってください。
 (松田警察署、神奈川県松田土木事務所、東京電力株式会社)
危ない!!
ダムの放流による増水に注意
この川の上流14.1kmのところに三保ダムがあり、 ときどきダムに貯った水を流し、この川の水が急に増えることがありますから注意してください。 また、ダムに貯った水を流すときは、左記のとおりサイレンやスピーカーなどで知らせますので、 そのときは危険ですから河原に降りないでください。
【サイレン吹鳴方法】 1分−5秒停止−1分−5秒停止−1分
 (神奈川県三保ダム管理事務所)
酒匂川青少年サイクリングコース
石段の先はコンクリート補強された岸になっていました。 大きな丸い石が幾つも埋め込まていて歩き難い思いをしながら進んでいくと、広いグラウンドに出ました。 大口河川敷グラウンドというようで、 ユニフォーム姿の子供達が集ってきていて、これらから少年野球の練習が始まるようでした。 グラウンドの手前を右手へ登っていくと、大口広場から続いてきた道に出ました。 そこに「酒匂川青少年サイクリングコース起点」の標識が立っていました。 ここから富水駅(小田急小田原線)の傍の富士道橋まで、酒匂川の右岸の土手に続く9kmほどのコースになります。
酒匂川青少年サイクリングコース
車両進入禁止(自転車、農耕車、河川管理用車両を除く)
 (神奈川県)
作業場のような所や民家や施設のような建物などを過ぎていくと、 起点から9分ほどの所に、堤防のようなものが酒匂川に突き出ていました。 その先の川床にもコンクリートが設置されているようでした。 上面に貼り付けられた銘板によると文命堤床止工というようです。
文命堤床止工
昭和45年度河川改修工事、昭和46年7月完成
 (神奈川県土木部)
工事概要
河川名 2級河川 酒匂川
施工位置 右岸 足柄上郡南足柄町班目地先  左岸 足柄上郡山北町向原地先
形状寸法 床止工長260m 立積5676.9立法m
施工期間 着手 昭和45年12月18日  完成 昭和46年7月20日
 (大豊建設株式会社)
文命堤床止工を過ぎて土手道を2分ほど進んでいくと、右手から道が合流してきます。 その道を合わせて先へ1分ほど進んでいくと、大きめの水路を渡っていきます。 発電のための水路のようで、この時には勢い良く流れる水が酒匂川へと注ぎ込んでいました。 水路を渡った所に、柵に囲まれた班目水位観測所がありました。 ここから先は、サイクリングロードに並行する形で、幅の広い土の道が同じ高さで続くようになります。 サイクリングロードと土の道の間は、金属製のロープで区切りがされていました。
班目水位観測所
この施設は、川の水位を自動的に観測する設備で、 観測データは15分ごとに無線で三保ダムの電子計算機に送り込まれています。 このデータは、三保ダムで洪水を調節したり水を有効に利用するための資料として重要な役割をはたしています。
 (神奈川県三保ダム管理事務所)
あぶない!!
ここは急に水が流れることがあります。 危険ですので近寄らないでください。
川をきれいにしましょう!!
 (東京電力)
河川を利用する皆様へ!!
この川は、上流での雨により急激に川の水位が上昇する場合があります。 ここで雨が降っていなくても、突然、川の水が濁ったり、ゴミが大量に流れてきた場合などは、 上流で大雨が降っている場合があります。 釣りやキャンプなどで川を利用される場合には、事前に気象情報などを確認して、十分注意して下さい。
 (神奈川県松田土木事務所、開成町)
お願い
此の川で釣りをする方はあらかじめ遊漁証釣り券をお買い求め下さい。
中学生以上の方
店売り日釣り券 あゆ・にじます1000円 雑魚500円
現場売り日釣り券 あゆ・にじます1400円 雑魚800円
 (酒匂川漁業協同組合)
右手に続く田んぼなどを眺めながら、酒匂川の土手に続くサイクリングロードを進んでいきます。 サイクリングやジョギングやウォーキングなどをする人が時々通り過ぎていったりもしました。 やがて右手の田んぼの向こうに続く松並木が見えるようになってきました。 その奥には、明神ヶ岳〜金時山〜矢倉岳にかけての箱根の山々が続いていました。 冬枯れのため土手は殺風景でしたが、 新緑の季節になると若草が萌え出てきていい雰囲気になるのだろうと思ったりもしました。 広々とした景色を眺めながら進んでいくと、 左手の方の斜面には、目指す西平畑公園と思われる所が次第に近づいてきました。
空を見上げてみると、パラグライダーが長閑に大空を舞っていました。 最初は一つだけ見えていたのですが、その上空の方に目をやると、 ここにも、あそこにもと、5・6個ほどが大空を泳ぐように、右へ左へと旋回しながら飛んでいました。 パラグライダーで飛んだ経験はありませんが、さぞ爽快な気分になれるのだろうと思うにつけ、 そんなスポーツが出来る境遇を羨ましく思ったりしました。 パラグライダーは折り畳めるので、硬いハングライダーと比べて運ぶのにも便利そうで、 より庶民的なスポーツなのだろうと思えたりもします。 やがてその内のひとつが、川向こうの河川敷の広場へと降りていきました。 着地するまで眺めていたのですが、不測の事態が起きることもなく無事に着地できたようでした。
やがてサイクリングコースと土の道に段差が出来始めるようになると、 「酒匂川松並木コース・あじさいの里」の標識が立っていて、右側の道を指していました。 右手には下河原放流警報所があり、その左手へと続いているようでした。 サイクリングロードはこの先の新十文字橋や十文字橋の下をくぐっていきますが、 今回は十文字橋から川向こうへ渡っていくので、ここからは右側の土の道を進んでいきました。
下河原放流警報所
この施設は、上流の三保ダムで洪水調節のための水を流すときに、 下流の住民や河原にいる人にサイレンやスピーカーで増水を知らせる設備で、 三保ダムから無線で操作しています。 「ダム放流中」の電光表示や回転灯が点灯しているときは増水に注意して下さい。
川をきれいにしましょう!!
 (神奈川県三保ダム管理事務所)
次第に見える角度が変わってくる西平畑公園を眺めながら土手道を進んでいきます。 新十文字橋の下をくぐって自動車教習所を右手に見ながら土手道を更に進んでいくと、 左下に続いていたサイクリングロードから分かれた道が登ってきました。 脇にはサイクリングロードの看板が立っていてコース図も載ってましたが、 長年の風雨でかなり掠れていて、ほとんど読めなくなっていました。
青少年サイクリングコース概要
 所在地大口橋から富士道橋までの酒匂川右岸
 距離8,935メートル
 構造巾2mのアスファルト舗装ほか
スピードをだすと危険です。
左側一列走行を守りましょう。
川の増水するときや夜間の利用はやめましょう。
コースや広場の美化に心がけましょう。
走行中の安全にも注意しましょう。
 (神奈川県)
十文字橋
左から登ってくる道を合わせていった先に十文字橋が架かっています。 大口広場から50分ほどで歩いて来られました。 今回はここから十文字橋を渡って、西平畑公園へと向かっていきます。
十文字橋の左岸寄りの1/3ほどが被災して壊れていて、その修復工事が行なわれていました。 そのため車両は通行止めになっていますが、歩行者は渡っていくことができるように、 迂回する形の仮設橋が設置されていました。 十文字橋を渡りきると十字路になっていました。 角には「清流と鮎」と題したモニュメントがありました。 半月形をして上を向いているのが鮎で、 その下にある波のような形をした部分が清流を表しているように思えました。 酒匂川がいつまでも鮎の泳ぐ清流であってほしいという願いを表現しているのでしょうか。
十文字橋臨時駐車場
十文字橋を渡った所の脇に立つ「あしがら花紀行」の道標によると、 正面の道は「松田山ハーブ館」、今渡ってきた十文字橋は「あじさいの里」となっています。 また「桜まつりシャトルバス乗り場」の看板もあって左手を指していました。 西平畑公園まではそれほどの距離でもなさそうなので歩いていってもいいのですが、 左手数10m先の所の石段から河川敷へ降りた所にシャトルバスの乗り場があったので、 今回はバスに乗っていくことにしました。 桜まつりの期間の週末には松田山ハーブ館行バスが1時間に2本の割合で出ていますが、 丁度バスが出発したところでした。 しかし待っている客が多い場合には臨時便も出るようで、この時にもすぐに次のバスがやってきました。 ここや公園までの沿道にはトランシーバーを持った係員が多く立っていて、交通整理のための情報交換をしていました。
西平畑公園
松田の街並みを過ぎて国道246号や東名高速道路の下をくぐっていきます。 西平畑公園へ続いている道は狭くて自動車が自由にすれ違えるだけの幅がないので、 時々交換のために停車して行き違いの車を通したりします。 傾斜がかなり急で曲がりくねった道を大きなエンジン音を轟かせながら登っていくと、 十文字橋臨時駐車場から20分ほどで西平畑公園にある子どもの館の前に着きました。 脇には「西平畑公園ご案内」と題した案内板があるので参考にしましょう。 子どもの館の前は彫刻のある丘になっていてチェリーナの丘と云うようです。 また「箒を持つ少年像」や「縄文時代の屋外炉」というのもあったりしました。 開花が遅れて「桜まつり」の期間が延長されたこともあってか、 この時にはすでに多くの人で公園はごった返していました。 右手にはハープガーデンがありますが、 先ずは子どもの館の左手に続く坂道から自然館へと向かっていきました。
チェリーナの丘(彫刻の丘)について
ドラゴ・マリン チェリーナ氏(1949年生れ)は、 激動する東欧のクロアチア共和国(旧ユーゴスラビア)を代表する彫刻家で、 世界各国で制作活動を続け、1974年のブエノスアイレス国際彫刻コンクールでグランプリを受賞したほか、 数々の国際彫刻コンクールで優勝しています。 また、ピカソ・キング牧師・キッシンジャーなど巨頭の彫像制作で知られており、 日本では、大阪で開催されたEXPO'90'などに出品、ユーゴスラビア・ガーデンのプロヂュースを担当した。 ここに設置したチェリーナ氏の5体のブロンズ像は、(株)キョウエイ・アド・インターナショナルより寄贈されたものです。
箒を持つ少年像
いつも心にほうきを
この像は訪れた人々にきれいにする心を持ってほしいと願っています。 人に迷惑をかけないよう素直でやさしい人になりましょう。
縄文時代の屋外炉
平成1年から2年にかけての東名高速道路拡巾工事の時に、松田山の根石台地で発掘された、 およそ4000年くらい前の縄文時代の住居跡群にあった「炉」をここに移築したものです。 素朴な感じですが、多分、下の川原あたりから石を拾いあげてきて造ったものでしょう。 はるかな昔、山の獲物や川の魚などを、この炉で焼いたり煮たりしていた先人のくらしをしのんでみましょう。
 (松田町教育委員会)
「自然館0.2km3分」の道標に従って坂道を登っていくと、 すぐに「ふるさと鉄道」お山のポッポ鉄道の乗り場があります。 蒸気機関車と小田急ロマンスカーの2種類の車両があり、それぞれ40分おきくらいの頻度で、 自然館の少し先の所までの折り返し運行をしています。 空席があれば大人も大丈夫のようなので乗ってみたい気もしましたが、 多くの子供連れが待っていたし発車時刻までかなり時間があったので止めておきました。
乗車料金
中学生〜大人:300円、 満3才〜小学生:200円
満2才以下:無料=席なし(満2才以下で席を必要のときは200円)
混雑するときは、乗車券を次の優先順位で発売させて頂きます。
1.中学生以下を最優先します。
2.小学生以下の同伴保護者一名。
3.空席があるときは大人も乗車できます。
 (松田町ふるさと鉄道)
線路沿いに登っていくと、沿道には河津桜が綺麗に咲いていました。 満開を少し過ぎた頃だったので若葉が伸び始めていましたが、 綺麗な濃い桃色の花をまだ沢山咲かせていました。
河津桜とは
河津桜は大島桜と寒緋桜の自然交配種と推定される桜で、 染井吉野のようにパッと咲いてパッと散るという感じではなく、 1月下旬頃から淡紅色の花が約1ヶ月に渡って咲き続ける早咲きの桜です。 河津桜の原木は、伊豆の河津町に住む人が昭和30年(1955)頃に、 河津川沿いの冬枯れの雑草の中で芽咲いている苗を見つけたものだそうです。 その後各地へ広がっていったようですが、河津町に原木があることから、 昭和49年(1974)になって「河津桜(カワヅサクラ)」と命名されたようです。
松田町自然館
右手へ曲がりながら少し降っていくと、線路を渡った左手に松田町自然館がありました。 中を覗いてみるとテーブルが幾つもあって、野草などが並んでいました。 自由に入っていけるのですが、玄関で靴を脱ぐのが面倒だったので、入っていくのは止めておきました。 建物の周囲を確認していると、左手に「野鳥観察の森観察路」の案内板がありました。 バスを降りた所にあった案内図にも載っていましたが、 谷筋を流れる沢に沿って散策路が続いているようでした。 帰りに歩こうと思いながら、「あぐりパーク苑 眺望抜群」の標識に引かれて、 自然館の先にある「あぐりパーク嵯峨山苑」へと向かいました。 自然館を過ぎたすぐ先で、左手へ続く線路と分かれて、右手に続く坂道を登っていきます。
角に立つ道標によると、線路沿いに左手へ続く道は「最明寺史跡公園3.8km60分」となっていました。 ここから最明寺史跡公園まで道が続いているようですが、今回は訪ねるのは止めておきました。
(後日に左手の道を歩きました。「最明寺史跡公園」を参照)
松田山で見られる野鳥と野草
ホトトギス
(ホトトギス科)
さえずり(キョッキョキョキョキョキョ)
カッコウ類でツツドリよりも小さく、胸の横縞は太くて粗い。 目は褐色で周りは黄色で雌に稀に赤色型がある。 平地から松田山や寄の山中までのいろいろな林に生息するが、繁殖記録は少ないという。
アオバト
(アオバト科)
さえずり(アオーアオー)
キジバトと同じくらいのハト類で、頭から胸は緑色みのある黄色。 背から尾にかけては暗褐色。腹は白く、脇から下尾筒に暗色の斑がある。 くちばしと目の周りは青い。 雄は雨覆がブドウ色で、雌は緑色をしている。
メジロ
(メジロ科)
さえずり(チィチィチュチィーチィーチィー)
目の周りに白いアイリングがある小鳥。 のどは黄緑色、上面は暗い黄緑色でスズメよりも小さい。 平地から松田山や寄の山中までのいろいろは林に生息する。
ホオジロ
(ホオジロ科)
さえずり(チョッチョッスチョホイック)
体のわりには尾が長く、体は茶色っぽく黒い縦すじがある。 顔は白く、雄は目先から頬に至る部分と喉に黒い線がある。 雌は褐色である。 明るい林や河原のススキ原などに生息する。
ヒヨドリ
(ヒヨドリ科)
さえずり(ヒーヨヒーヨ)
全体的に濃淡のある灰色をし、頬の部分が赤っぽく、頭羽がぼさぼさしている。 秋冬にはツバキなどの花の蜜を吸ったり、モチノキなどの木の実や、キャベツ、ハクサイ、 春夏にはセミやトンボなどの小動物も食べる。
コゲラ
(キツツキ科)
さえずり(ギィーッ、ギィーッ)
スズメくらいの大きさで、体は黒褐色と白のまだら模様で、腹側は白い。 雄には顔の後ろに小さな赤斑があるが、野外では見分けにくい。 他のキツツキ類と同様に「タラララ」と木を叩く。
カワラヒワ
(アトリ科)
さえずり(キリキリキリコロロロ、ビィーン)
雄は全体が緑褐色で、太い肉色のくちばしと翼の黄色い模様が目立つ。 雌は全体に色が薄く、茶色っぽい。 雄が雌に給餌する。 市街地の街路樹にも営巣し、酒匂川の河原や公園で群れをなして採餌している。
ホオノキ
(もくれん科ホオノキ属)
落葉高木で高さは20mくらい。 葉は互生し、枝先に集まり長さ30cm以上になる。 若い葉は帯紅色で美しい。 花は晩春、香りが高く径15cm程度。
クサイチゴ
(ばら科キイチゴ属)
草のように見えるイチゴの意味で、高さ20〜60cmの山野の縁などにはえる低木。 花は晩春、径4cm。 果実は食用となり味と香りがよい。 葉は冬でも多少残し緑色。
ホウチャクソウ
(ゆり科チゴユリ属)
丘陵の林地にはえる多年草。 高さ30〜50cmで、葉の長さは7〜11cm。 花は春1〜2個垂れて正開しない。 球状の液果は黒熟する。
タチツボスミレ
(すみれ科スミレ属)
山地や野原にはえる有茎性の多年草で、茎は高さ20cmくらいになる。 花は春、葉とともに開く。 花の色や形態に変化が多く、多数の変種がある。
ノアザミ
(きく科アザミ属)
山野に普通にはえる多年草。 茎は高さ50〜100cmで全体に白毛があり、上部で分枝する。 葉の基部は茎を抱く。 花は春から夏で、時には白色花もある。
ニワトコ
(すいかずら科ニワトコ属)
山野に普通に見られる落葉低木。 葉は対生、羽状複葉は長さ15〜30cm。 花は春、新芽と同時に開く。 若葉は食用、民間薬となる。
アケビ
(あけび科アケビ属)
落葉つる低木で、花は春に新芽とともに開く。 若葉や果実は食べられる。 植物を指すときにはアケビカズラと呼ぶのが正しい。
あぐりパーク嵯峨山苑
かなり傾斜のある坂道を登っていきます。 急いで登ると息が切れてきます。 この日は気温もぐんぐんと上がる陽気で、汗がにじんできたりもするので、ゆっくりと登っていきました。 「あぐりパーク苑 あと10分」の標識を過ぎ、ミカン畑を過ぎていくと、 「あぐりパーク苑 あと2分」の標識が立っています。 そこから更に登っていくと、正面に菜の花が見えてきました。 道なりに左手へ曲がっていくと、あぐりパーク嵯峨山苑に着きました。 松田町自然館から7分ほどで登って来られました。 入口には「あぐりパーク嵯峨山苑」と題した大きな案内板があるので参考にしましょう。 民家のような所から料金を払って入っていきます。
松田山 菜花まつり
静かな自然環境の中で苑内を散策しながら標高差による景観の変化と食用菜花狩りが体験できます。
開苑期間 平成20年2月9日から3月20日 雨天の場合は休苑
開苑時間 午前10時から午後4時
料 金 入苑料 1人300円、中学生以下・車イスの方は無料
菜花狩り別途500円(1袋500g入)
標高230mから285mにかけての斜面に菜の花が一面に植えられていて、その中に散策路が巡っています。 この時は丁度花の見頃で、甘酸っぱい香りが漂っていました。 所々には順路を示す道標や場所を示す標識が立っていたりもします。 いろは坂・ストレス解消の丘・富士見の丘・芝生広場という名前が付けられた所もあったりします。
園主のメッセージ −白とピンクと黄色に魅せられて−
本日はあぐりパーク嵯峨山苑へご来苑いただきありがとうございます。 みかん栽培に従事して半世紀、現在はみかんの木オーナー制や極早生みかん狩り等の観光農園に精を出しております。 みかんは清楚で純白な花を咲かせ人の心に誠実さを与えてくれます。 このあぐりパーク苑の段々畑も以前はみかんが栽培されていましたが、 その後試行錯誤を繰り返しながら農業公園としての整備を少しずつ進めて参りました。 2月から3月にかけて咲くピンクの数種類のサクラは春を待つ人の心に躍動感を与えてくれますし、 黄色の菜花は潤いと安らぎの気持ちを与えてくれます。 晴れた日には、西に富士山や箱根連山、南に相模湾と伊豆大島、 東には東名高速大井松田ICと曽我丘陵、そして眼下に広がる足柄平野と酒匂川…。 この素晴らしいロケーションを誇る松田山の豊かな自然環境を是非ゆっくりと満喫して行ってください。 昨年9月に小田原に上陸した9号台風でかなりの河津桜が吹き飛ばされてしまい、 今年また植栽をしました。 一年ごとに年輪を増して大きく育っていってくれるものと思います。 末永くお引き立て下さればこの上もない喜びです。
 (松田山みかんの里 内藤園)
かなり傾斜があって横木の階段が設置されていたりもしますが、釈迦利器になって登ったりせずに、 菜の花や景色を愛でながら、のんびりと歩いていきました。
おねがい!
菜花は開花が終わると結実し、5月下旬には茎から刈り取って敷草にします。 こぼれた種子が10月に発芽するまでの夏の間、3〜4回苑内の草刈作業を実施しますが、 空き缶・空きビンやビニール等が落ちていると作業に支障を来たし大変危険です。 必ずお持ち帰りいただくよう切にお願い申し上げます。
 (内藤園)
振り返ると、眼下には足柄平野や酒匂川、 その向こうには相模湾、右手には明神ヶ岳〜金時山〜矢倉岳にかけての箱根連山を望む素晴らしい眺めが広がっていました。 この時は雲が湧き出ていて遠くの方は霞んでいました。 矢倉岳の右手に富士山が頭を覗かせていたりもしましたが、すぐに雲の中に隠れてしまいました。 標高は低いものの、正に「眺望抜群」なのでした。 所々にはベンチも設置されているので、景色を眺めながら菜の花に囲まれてひと休みしていくのも良いようです。
ご来苑の皆様へ
内藤園では、下のみかん狩り園(松田町自然館前)にて 期間中、各種農産物等の直売所を開設しております。 皆様のお休み処ともなっておりますので、お帰りの際にはどうぞお気軽にお立ち寄りください。
 (内藤園)
菜の花と景色を満喫したら、最初の西平畑公園へと引き返していきます。 松田町自然館の手前まで降りてくると、列車が丁度すれ違うところでした。 一部複線になった所に登っていくロマンスカーが止まっていると、 降ってきた蒸気機関車が通り過ぎていきました。 両方とも親子連れで満員状態でした。 動力源は何なのか分かりませんでしたが、長い煙突から煙のようなものを出しながら走っていきました。 親御さんでしょうか、我が子を撮ろうとビデオカメラを向けている人もいました。 私もちょっと失礼して、汽車が来るのを待ち構えて写してみたのでした。
汽車ポッポ  作詞:富原薫 作曲:草川信 【♪演奏
汽車 汽車 ポッポ ポッポ シュッポ シュッポ シュッポッポ
僕等をのせて シュッポ シュッポ シュッポッポ
スピード スピード 窓の外 畑も とぶ とぶ 家もとぶ
走れ 走れ 走れ 鉄橋だ 鉄橋だ たのしいな
汽車 汽車 ポッポ ポッポ シュッポ シュッポ シュッポッポ
汽笛をならし シュッポ シュッポ シュッポッポ
ゆかいだ ゆかいだ いいながめ 野原だ 林だ ほら 山だ
走れ 走れ 走れ トンネルだ トンネルだ うれしいな
汽車 汽車 ポッポ ポッポ シュッポ シュッポ シュッポッポ
けむりをはいて シュッポ シュッポ シュッポッポ
ゆこうよ ゆこうよ どこまでも 明るい 希望が 待っている
走れ 走れ 走れ がんばって がんばって 走れよ
昭和12年にこの曲が出来た時は「兵隊さんの汽車」という題名で、 汽車に乗って出征していく兵隊を歓送する歌だったようですが、 先の大戦が終わって、子供たちの夢を乗せて走る汽車の童謡になりました。
西平畑公園
列車を見送って松田町自然館の脇から野鳥観察の森観察路へ降っていきました。 野鳥観察所を過ぎて曲がっていくと、何と「通行止」になっていました。 理由は特に示されていませんでしたが何とも残念でした。 仕方がないので上の道まで引き返して、元来た道を西平畑公園へと戻っていきました。 西平畑公園からあぐりパーク嵯峨山苑まで、往復1時間ほどで戻って来られました。 公園の前には菜の花が咲き、その奥には河津桜が咲いていて、 黄色と桃色のコントラストが何とも綺麗なのでした。
松田山ハーブガーデン
西平畑公園の脇には松田山ハーブガーデンがあって、 「桜まつり」のメイン会場になっています。 狭い所に多くの露店が並んでいて、大食堂などもあったりします。 丁度昼時だったこともあって、会場は多くの人でごった返していました。 私もちょいと小腹が空いたので、何か食べようと露店を物色していると、 イワナやヤマメの炭火焼が売られていました。 美味しそうだったので食べてみたく思いましたがまだ焼けていないようだったので、 近くで売っていた「じゃこ天串」をひと串買って食べたのでした。 小魚を骨ごとすり身にして油で揚げたもので、愛媛県宇和島名産とのことでした。
松田山ハーブガーデンの園内には自由に入っていけるようでした。 テラスの先まで出てみると、眼下の斜面には多くのハーブが植えられていました。 東屋もあって散策している人が何人もいましたが、今回はハーブガーデンの散策は省略しました。
松田山ハーブガーデンご案内
休園日 月曜日・祝日の翌日、12月26日〜1月11日
開園時間 3月〜10月 AM9:00〜PM5:00、 11月〜2月 AM9:00〜PM4:00
レストラン 夜間利用可能ですが、予約が必要です。
西平畑公園からは、十文字橋臨時駐車場までとJR松田駅までのバスの便があります。 いづれも1時間に2本の割合で運行されていますが、 今回は斜面に続く河津桜を愛でながら降っていき、新松田駅まで歩いていくことにしました。 麓まで続く斜面にジグザグに散策路が続いています。
ここも満開を少し過ぎた頃だったので若葉が伸び始めていましたが、 まだまだ綺麗な花を咲かせていました。 染井吉野よりも濃い色をした花で、サイズも少し大きいように感じました。
桜の木の下には菜の花が植えられていて、何とも綺麗な眺めが続いていました。 菜の花の甘酸っぱい香りと桜の仄かな香りの競演に、春爛漫の心地がするのでした。 下から一合目・二合目…という標識が立っていたりもしますが、 花を愛でたり香りを楽しんだり写真を撮ったりしながらゆっくりと歩いても、 10分とはかからずに道路まで降りていけます。
斜面に続く桜の並木道を降っていって東名高速道路の脇を通る道に降り立つと道標が立っていて、 今降ってきた道は「最明寺史跡公園」、左手の道は「新松田・松田駅」となっていました。 道標に従って左手へ進んでいくと、すぐに坂道が右手に分かれて降っていきます。 道標類は見かけないし持参した地図ではよく分からないし…と考えていても仕方がないので、 意を決して、前を行く人の後をついていくことにしました。 今回は右手の坂道を降り、東名高速道路の下に続く四角いトンネルをくぐっていきました。
後で調べてみると、真っ直ぐに進んでいく道は、 やがて東名高速道路と国道246号の下をくぐってJR松田駅へと続いているようでした。
(後日に正面の道を歩きました。「最明寺史跡公園」を参照)
矢倉沢踏切
トンネルを抜けると国道246号の脇に出ます。 そこを右折した先の国道の下に続く四角いトンネルを抜けていくと住宅地に出ます。 緩やかに降っていくと谷戸地域集会施設の建物の所で左手へ道が分かれていますが、そのまま直進していきます。 左右に分かれていく路地もありますが道なりに真っ直ぐ進んでいくと、 水路を渡った先で県道72号(松田国府津線)に出ます。 少し右手から正面へと続く路地へ入っていきます。 右手からの道を合わせてその先へ進んでいくとT字路に出ます。 そこを右折した少し先を左折していくと、JR御殿場線の矢倉沢踏切があります。
新松田(しんまつだ)駅
矢倉沢踏切を渡っていくと道が二手に分かれています。 角には「あしがら花紀行」の道標が立っていて、左手の道は「新松田駅400m」となっています。 道標に従って左手の道を進んでいくと、工務店の所で右手などへ道が分かれていきますが、 左手へ曲がっていく広い道を進んでいきます。 木塀に沿って進んでいってT字路に出ると電力会社の寮があります。 右折して真っ直ぐに進んでいくとT字路に出ます。 そこを左折して商店街を進んでいくと、新松田駅(小田急小田原線)に着きました。 東名高速道路の脇に降り立ってから14分ほどで到着しました。
西平畑公園から新松田駅までの道
今回歩いたルートは「こちら」になります。 前を行く人を途中で見失いましたが、新松田駅へ向かうにはまずまずのルートになったようです。