三浦富士
散策:2008年02年下旬
【低山ハイク】 三浦富士
概 要 三浦半島の先端近くにある武山・砲台山・三浦富士を結ぶハイキングコースを歩きます。 コースの途中からは、東京湾や房総半島・伊豆大島・伊豆半島や富士山などを見渡せる展望が得られます。 今回は北側から武山へ登って尾根コースを三浦富士へ向かい、東から南へ分かれていく尾根を降っていきます。
起 点 横須賀市 南武入口バス停
終 点 横須賀市 京急長沢駅
ルート 南武入口バス停…武山不動尊北登り口…武山富士山見晴台…武山不動院…武山…展望台…砲台山分岐…砲台山…見晴台…オレンジルート分岐…三浦富士…長沢・野比分岐…鞍部…果樹園…解放戦士の碑…平和の母子像…京急長沢駅
所要時間 2時間50分
歩いて... このコースはそれほど急な起伏もなくて歩き易いコースになっています。 少し霞んでいたものの、武山富士山見晴台や三浦富士からは、雪化粧した富士山を望むことが出来ました。 三浦富士の東から南へ降っていく尾根道は地図には載っていないようですが、 しっかりとして分かり易い道が続いていました。
関連メモ 武山, 三浦富士, 武山, 三浦富士, 武山, 武山
コース紹介
南武入口(みなみたけいりぐち)バス停
衣笠駅(JR横須賀線)を降りて右手へ少し行った所から、線路沿いに続く商店街を進んでいきます。 商店街を抜けた所にある衣笠架道橋の下をくぐった先にある衣笠小学校入口の信号を渡った所に 衣笠十字路バス停があります。 そこから、[衣2]三浦海岸駅行きバス、[須3][衣3]横須賀市民病院行きバス、[須4][衣4]大楠芦名口行きバス、 [須5][衣5]長井行きバス,または,[須8][衣6]三崎口行きバスにて9分、 1時間に5本から10本程度の便があります。
横須賀駅(JR横須賀線)や横須賀中央駅(京浜急行本線)からも、 [須3]横須賀市民病院行きバス、[須4]大楠芦名口行きバス、 [須5]長井行きバス,または,[須8]三崎口行きバスの便が、1時間に6本程度あります。
武山不動尊北登り口
南武入口バス停のすぐ先にある信号を左折して、住宅地の中に続く道を進んでいきます。 50mほど先にある小さな橋を渡って次第に登り坂になってくる道を進んでいきます。 坂を登り切った所に立つ庚申塔群を過ぎて緩やかに降っていくと、 南武入口バス停から4分ほどで、両側にカーブミラーの立つ少しずれたX字路があります。 そこを右折して細い路地を進んで川沿いに出るとT字路があります。 そこで川も二手に分かれています。 右折して南武川沿いに進んでいくと、コンクリート製の小さな橋が右手に架かっています。 この橋を渡った少し先に石仏が佇んでいて、 その脇に「武山不動尊北登り口」と書かれた標柱が立っています。 ここが武山への登り口になります。 石仏や民家を過ぎて、右手へ少し曲がりながら竹林へと入っていく山道を登っていきます。
普通河川 南武川 RIVER MINAMITAKEGAWA
守ろうよ、みんなの街の川だから
 (横須賀市)
火の用心 Stop the Fire
 (南消防署)
浅くU字形に抉れてかなり傾斜のある広めの道を登っていきます。 竹林の中をS字形に曲がりながら登っていくと、3分ほどで竹林から雑木林へ変わってきます。 傾斜が少し緩やかになった尾根道を登っていくと、抉れもなくなって歩きやすくなってきます。 笹竹や常緑樹などが生える雑木林を進んでいきます。 振り返ると、樹間からは山並みが見渡せたりもします。
注意
この付近一帯は、武山近郊緑地特別保全地区に指定されており、 建築物・工作物の新築・改築・増築・土地の形質変更・木竹の伐採行為をするときは許可がいります。 違反すると処罰されます。
 (神奈川県横須賀土木事務所)
程なくして再び登り傾斜が少し増してくる道を登っていきます。 小嵐でもあったのか、青々とした樹木が折れて道を塞いでいたりもしました。 やがて右手に囲い塀が見えてきます。 作業場のようで、中には建設資材などが置かれていました。 その左手に続く山道を登っていくと、左右に通る舗装路に出ました。 麓の石仏から12分ほど、南武入口バス停から20分ほどで登って来られました。 この道は一騎塚バス停から武山の山頂まで続いている道で、小型車なら通っていかれるだけの幅があります。 ここを左折して、爪先上がりの急傾斜の坂道を登っていきます。
(右手から登ってくる道は「三浦富士」を参照。 写真は舗装路に出て進行方向を写したものです)
注意
この付近一帯は、武山近郊緑地特別保全地区に指定されています。 この区域内で、緑地の保全に支障を及ぼす行為は禁止されています。 この区域内で、樹木の伐採・土地の形質変更等を計画している方は、 必ず事前に下記まで問い合わせてください。 許可なく行為を行うと法令の規定により処分される場合があります。
 (横須賀市緑政部緑化推進課)
武山富士山見晴台
道沿いにはツツジの木が植えられていました。 この時は冬枯れの季節だったので花は咲いてはいませんでしたが、春には綺麗に彩られるのだろうと思います。 やがて急な登り坂が終わって緩やかな尾根を進むようになると、 舗装路に出てから6分ほどで、正面に大きな木が見えてきます。 その手前の右側が開けていて見晴がよくなっています。 ここは関東富士見百景にも選ばれている武山富士山見晴台になります。 見晴台と云っても展望台のような建物がある訳ではなく、道端に竹柵とベンチがひとつ設置されているだけです。 この時は少し霞んでいたものの、街並みや小田和湾の向こうに、雪化粧した富士山が見えていました。 景色を眺めながらひと休みしていきました。
三浦半島(横須賀市)からの富士
長井海の手公園「ソレイユの丘」、立石海岸、武山・富士山見晴台
この地点、国土交通省「関東富士見百景」の一つに選定されました。
〜富士山の見えるまちづくり〜
三浦半島からの富士として、一体的に選定することで、横須賀市の1次選定された箇所とともに 相互に連携を図ることで、さらなる景観保全、観光振興を期待したい。
 (神奈川県、横須賀市)
見晴台を過ぎて更にその先へと進んでいくと、次第に森の雰囲気がしてきます。 「ナマケモノ」に見えるという木の瘤のある所を過ぎていくと、 見晴台から6分ほどで、道の左手に庚申塔が立っています。 側面には「貞亨五年戌辰十月廿一日」の年号が刻まれていたので、江戸時代からある庚申塔のようです。 このまま舗装路を進んでいくと「武山不動院」の看板の架かる石門の所に着きますが、 今回は庚申塔の脇から続く山道を登っていきました。
横須賀都市計画武山近郊緑地特別保全区域
首都圏武山近郊緑地保全区域
緑色の地区は、都市計画法に基づく風致地区です。 オレンジ色斜線区域は、首都圏近郊緑地保全法に基づく近郊緑地保全区域です。 紫色の地区は、近郊緑地特別保全地区です。 これらの区域内で、建物の新築、増築、改築、石積、よう壁、屋外広告物等の工作物の設置、 宅地や農地の造成、土石類採取等、土地形質の変更、木竹類を切る場合は、 あらかじめ市長の許可を受けるか届出が必要です。
 (横須賀市緑政部緑化推進課)
武山不動院
雑木林に続く山道を登っていきます。 墓石をひとつ過ぎて更に登っていくと、1分ほどで武山不動院のある境内に登り着きました。 南武入口バス停から40分ほどで登って来られました。 本堂の正面の柱には、右手に「東国花の寺 百ヶ寺」、左手に「干支守霊場 西歳の寺」と書かれた看板が付いていました。
武山不動尊縁起由来
当山は浄土宗龍塚山持経武山不動院と称します。 武山は昔日本武尊が弟橘比売命妃と共に御登りになられたので其の名がつけられたと謂はれ、 又三笠宮、浩宮様方も学習院に在籍中は御遊覧にお登りになられた由緒ある歴史を持っております。 抑も当不動尊は後小松帝の御写応永4年(1397)奈良東大寺沙門萬務阿闍利が諸国行脚の折、 当地に立寄り創建したもので、国家安全、萬民福利を祈願する道場として、 一刀三禮感応の霊々たる不動明王を安置し奉り、三浦半島の総鎮守として霊場一番の札所であります。 当山の標高は海抜二百米余の高燥の地位を占め、空気清浄閑雅にして、遠くは雄大なる太平洋をのぞみ、 近くは霊峯富士山を控え眺望絶景なるをもって善男善女紳士淑女学生団体等の参拝あり。 又航海者漁夫達の目標の場所として、特に篤い信仰を寄せられております。
武山不動院の本堂の右手には、武山稲荷大明神や身代り不動尊、筆塚などもあります。
身代り不動尊由来
江戸末期文化の頃、豪雨の中、本堂脇のオオキの大木に落雷。 大木は真二つにさけ、焼焦げとなりました。 御本尊、御本堂も無事なるを見た人々は、御身代りと唱えました。 その大木、年代を経て芽を吹き、青き葉、枝をささえ、その旺盛なる力に感動し、 参拝の有信者が手を合わせ、身代の不動尊と唱え、これをまつりました。
筆塚由来
人は皆筆により智を幸を知る。その筆に感謝し、成長することを念じ、 ここに筆塚を信者の賛同御寄附を得て建立されました。 合掌
 (龍塚山持経武山不動院)
横須賀風物百選 武山初不動
初不動は、例年1月28日で、縁日商人や近在の善男善女でにぎわっています。 ここに至る参詣道は、南武、一騎塚、須軽谷、北下浦と四方にあります。 それらの登山口には、必ず前不動と呼ばれる不動明王像が立っていて、参詣人の案内役を勤めます。 不動明王は、大日如来が一切の悪魔を払うために変身された姿で、 災害を覗き財宝を得る功徳があると言われています。 とくに、武山不動尊は、航海安全の浪切不動として広く知られ、漁業関係者から厚く信仰されています。 沿岸漁業者にとっては、この山頂が魚場を定める基準として、あるいは、 港の方向を知る標準として欠かすことのできないお山であったことも信仰を深めた一因と思われます。 「武山の不動さん」と親しまれているこの寺院の正式名称は、「龍塚山持経寺武山不動院」で浄土宗です。 ここの安置される不動尊は、後小松天皇の御代、応永4年(1397)に奈良東大寺の 沙門万務大阿闍利が、諸国行脚の途中に、現在の南武にあった持経院に立ち寄り、 高さ三尺九寸(約117センチメートル)の不動尊を彫刻して本尊としたものです。 その後、修験僧讃与見随が、この山頂に移したと伝えられています。 この山頂には、オオムラサキ、博多白、妙義山のツツジが約2000本あり、 毎年4月下旬に「武山つつじ祭」が行われます。また、この山頂は、一騎塚から現在地を経て 砲台山、三浦富士、津久井に至るハイキングコースの一拠点でもあります。
武山 (標高200m)
武山不動院の正面の石段や坂道を降って子安地蔵尊を過ぎていくと武山の山頂になります。 山頂には電波塔や展望台などがあって、かなり広い場所になっています。 ここに「公共施設案内」があって、武山ハイキングコースが紹介されているので参考にしましょう。 モデルルートとして4コースが紹介されていますが、 今回歩くコースは武山〜砲台山〜三浦富士の尾根部分を除くと、そのどれにも該当しないようです。
武山子安地蔵尊
お地蔵さまは、左手に宝珠、右手に杓杖をもち、衆生を救い、 慈悲の心の大切さを教えられている菩薩さまであります。 賽の河原で童子の救主として有名であります。 この子安地蔵尊は、子授、安産、また幼なくして他界された霊の菩提をとむらい、 子供のすこやかなる成長を願って建立されたものであります。 合掌
武山ハイキングコース
(1) 津久井浜駅を起終点に3山をめぐる一般ルート。 2時間10分
津久井浜駅-(20分)-津久井浜観光農園-(30分)-武山-(20分)-砲台山-(20分)-三浦富士-(40分)-津久井浜駅
(2) 津久井浜駅から3山をめぐりYRP野比駅を結ぶルート。 1時間45分
津久井浜駅-(20分)-津久井浜観光農園-(30分)-武山-(20分)-砲台山-(20分)-三浦富士-(15分)-浅間神社バス停
*浅間神社バス停からYRP野比駅まで徒歩で20分
(3) オレンジルートを利用したルート。果実狩りも楽しめます。 2時間
津久井浜駅-(20分)-津久井浜観光農園-(30分)-砲台山-(20分)-武山-(30分)-津久井浜観光農園-(20分)-津久井浜駅
(4) 一騎塚バス停を起点にしたルート。つつじの頃は最高。 2時間
一騎塚バス停-(40分)-武山-(40分)-三浦富士-(40分)-津久井浜駅
(展望台から望む伊豆大島)
展望台
右手の一段高い所にある展望台はコンクリート製の建物で、二階建てになっています。 この建物の名前なのか、外壁には「AZALEA HOUSE」の文字がありました。 一階はガランとしていて、ベンチが設置されている以外には何もありません。 この辺りの自然などに関する資料が壁一面に掲示されていました。 一階の屋上には展望台のような小さな建物があって、360度の大パノラマを堪能できます。 海に突き出すようにして伸びる三浦半島の左手には東京湾が広がり、 その奥には房総半島がすぐそこに見えていました。 右手には相模湾があり、その沖には伊豆大島もよく見えていました。 西側には伊豆方面の山並みが見えていましたが、武山不動院の森に隠れているのか、 ここから富士山は見えませんでした。
ディスカバリー 武山の森クラブ
「武山の森」は、神奈川県・神奈川新聞社が主催した「かながわ未来遺産100」で、 三崎のマグロについで、第70位に選ばれました。 開山600年の歴史を誇る緑豊な武山山頂からの眺望は、眼下のIT先端技術を開発している NTT横須賀研究開発センターを初め、ランドマークタワー、ベイブリッジ、房総半島、伊豆半島等を望むことができます。 このような環境に恵まれた武山の森には、あなたが発見することができる秘密がたくさん埋蔵されています。 さあ、宝探しにチャレンジしよう。
温暖化を防ぐための取り組み
温暖化を防ぐためには、石油などの化石燃料の使用などで排出される二酸化炭素を減らしていかなければなりません。 このために、京都議定書など世界的な取組みが各国で始まっています。 日本では、2010年の二酸化炭素など温室効果ガスの排出量を1990年比6%削減することに取り組んでいます。 神奈川でも「新アジェンダ21かながわ」を策定し、温暖化防止への取組みを進めています。 深刻な温暖化を防ぐために、一人ひとりが問題意識を持ち、今できることから始めることが必要なのです。
眺めを堪能したら、砲台山へと進んでいきます。 電波塔と展望台の間に道標が立っています。 右手の道は「津久井観光農園」、左手の道は「三浦富士・砲台山」となっています。 道標に従って、電波塔を囲む金網のそばの道を進んでいきます。 正面の奥の山には電波塔が立っているのが見えますが、これから向かう砲台山のようです。 舗装路は武山不動院までで、ここからは山道になります。 すぐに現れる横木の階段を降っていくと分岐があります。 以前にはキノコ型をした可愛い道標があったのですが、 今回は何の変哲もない2本足の四角い標識に変わっていました。 その道標によると、右手の道は「津久井浜観光農園」、左手の道は「三浦富士」となっています。 右手の道は武山の展望台の手前から右手へ降っていく道の途中に続いていますが、 今回は道標「三浦富士」に従って左手の尾根道を進んでいきます。
引き続き横木の階段を降っていくと、2分ほどで終わりになります。 緩やかになった尾根道を進んでいくと、大きな木の生えている先で道が二手に分かれています。 角にある道標によると、正面の尾根道は「三浦富士」、 左手に降っていく道は「この道はコースではありません」となっています。 左手の道もかなり広めの道になっているので、間違える人がいるのでしょうか。 ここは正面に続く尾根道を進んでいきます。
後日に左手の道を歩きました。(「武山」を参照)
広くて緩やかな尾根道を進んでいきます。 人気のあるコースのようで、歩きやすい道が続いています。 この日は休日とあって多くのハイカーとすれ違いました。 やがて登り傾斜が少し増してくると横木の階段が現れます。
山歩く 心にいつも 火の用心
 (神奈川県)
砲台山分岐
横木の階段を登り切って、コンクリート製の四角い水溜めを過ぎていきます。 緩やかになった道をその先へ進んでいくと分岐があります。 武山から15分ほどの所になります。 分岐点の真ん中には大きな石があって目印になっています。 そばにはベンチもひとつ設置されています。 角に立つ道標によると、左手に戻るようにして続く道は「砲台山」、正面の道は「三浦富士」となっています。 ここから砲台山までは片道5分とはかからないので、ちょっと往復してきましょう。
これまでの尾根道に比べて広くなった道を緩やかに登っていきます。 1分半ほど進んでいくと、右手に登っていく細い道が分かれています。 右手の道は砲台山への近道ですが、この道は戻りに歩くことにして、 先ずは今回は正面の広い道から登っていくことにしました。
砲台山 (標高204m)
コンクリート製の柱が二本立っている所を過ぎていきます。 やがて右手へ曲がっていくと砲台山に着きました。 武山から20分ほどで到着しました。
砲台山とはいっても、先の大戦の頃に設置されていた大砲の台座の跡の大きな窪みがあるだけです。 山頂には第三管区海上保安本部の武山中継所の施設とアンテナがあり、こちらの方が目立っています。 ソロバンの玉のような形のアンテナが各方角に向けて沢山取り付けられています。 今回のコースの最高地点になりますが、周りは樹木に囲まれていて展望は得られません。
後日に来て見ると、南側が切り開かれて眺めが広がるようになっていました。
(「武山」, 「武山」を参照)
見晴台
台座の右手から雑木林の中に入っていくとすぐに道が二手に分かれていますが、 右手に降っていく急坂が先ほどあった分岐道になります。 左手の尾根に続く道は少し先で不明瞭になっています。 ずり落ちないよう注意しながら右手の急坂を降っていきます。 先ほどの砲台山分岐まで引き返し、道標「三浦富士」に従って、左手に続く広い尾根道を進んでいきます。 緩やかな尾根道を1分ほど進んでいくと見晴台に着きます。 右手が開けていて、三浦半島の先端部やその先の房総半島や伊豆大島などを一望できます。
ゴミや空カンなどを崖下に投げたり、まわりに捨てないようにしましょう。
 (横須賀市)
オレンジルート分岐
見晴台を過ぎて3分ほど進んでいくと、少し広くなった場所に着きます。 ここに「武山オレンジルート観光案内図」があります。 右へ降っていく山道がオレンジルートで、「観光農園案内所 至る津久井浜駅」の標柱も立っています。 みかん園やいちご園を経て観光農園案内所の辺りへ降りて行かれるようですが、 今回は三浦富士へ向かってこのまま広い尾根道を進んでいきます。
(右手の道は「武山」を参照)
武山オレンジルート
津久井浜の自然を生かしたハイキングコースが出来ました。 名付けて「オレンジルート」。農園の四季をみなさまでお楽しみ下さい。
収穫シーズン
・みかん狩り10〜11月
・さつまいも堀り9〜10月
・落花生堀り9〜10月
・津久井浜メロン7月
・じゃがいも堀り5〜6月
・いちご狩り1〜5月
 (横須賀市)
4分ほど進んでいくと、道が二手に分かれています。 広い道は左手へと曲がっていき、細めの山道が正面へと続いています。 どちらへ行けばいいのかと辺りを見回していると、細めの道の先に道標が立っていました。 その道標によると、正面の道は「三浦富士」、今来た道は「武山・砲台山」となっています。 左手へ曲がっていく道は何も示されていませんでしたが、麓の「通研通り」へと降っていくようです。 砲台山までは広い道になっていて、小型車なら通っていけそうな幅があります。 武山中継所を建設した時の資材を運ぶために造られた道なのでしょうか。 ここは道標「三浦富士」に従って、正面に続く尾根道を進んでいきます。
正面の尾根道を1分ほど進んでいくと、右手が開けていて海を見渡せる所があります。 短い横木の階段を登ってその先へと進んでいくと、何やら幹の表面が滑らかな樹木が続くようになります。 海洋性の樹木なのでしょうか、普段はあまり見かけない雰囲気の木です。
左手の樹間からYRPの研究所の建物などを眺めたりしながら、 しっかりとして歩きやすい尾根道を進んでいきます。
YRPとは「Yokosuka Research Park」の略で、 40ほどの会社や研究所などが集って研究開発を推進している地区の名称です。
YRPは自然と人が共生する、大規模テレコム研究都市です。 研究機関を中心に、情報通信技術の研究開発を進めることにより、 国内及び国際的な情報通信技術の発展に寄与するとともに、 21世紀の高度で豊かな社会の構築に貢献いたします。
 (横須賀リサーチパーク推進協会、京浜急行電鉄株式会社)
広くなった尾根道を進んでいくと、やがて左手へ少し降るようになります。 左手の樹木越しに街並みなどを見ながら進んでいくと少し登っていきます。 緩やかになった先で横木の階段が現れますが、1分ほどで登ることができます。
三浦富士 (標高183m)
横木の階段を登り切って緩やかになった尾根道を2分ほど進み、 最後に坂道をひと登りすると、二等三角点のある三浦富士に着きます。 砲台山から30分ほどで到着しました。 山頂には「津久井村社 浅間神社奥宮」と記した石碑や、「三浦富士」と記した看板が立っています。 大きな木の袂には、石造の小さな祠が建っています。 これらが浅間神社奥宮のようです。 山頂はそれ程広くはありませんが、少人数ならシートを広げて弁当を食べられる程度はあります。 既に大人数のグループが休憩していて山頂はほぼ満杯状態でしたが、 空いている脇の岩を見つけて腰を下ろし、少し早めの昼食タイムにしました。
(写真はグループが砲台山へ向かって出発した後で写しました)
以前には山頂の周りの樹木がもう少し低くて、 東京湾から房総半島・伊豆大島などの広大な眺めが広がっていたようですが、 今では手前の樹木が邪魔をしていて、眺めは今ひとつの状況です。 それでも樹木越しに何とか四方を望むことができます。 霞んでいてあまり明瞭ではありませんでしたが、 西の方の樹木が少し低くなっていて、雪化粧した富士山が頭を覗かせていました。 富士山の手前の右手には、砲台山の電波塔もよく見えていました。 武山の電波塔でしょうか、その奥の方にも電波塔のようなものが見えていました。
お腹も満ちたところで、三浦富士から下山していきます。 以前にはキノコ型の道標があったのですが、ここでも2本足の四角い標識に変わっていました。 その道標によると、石祠の正面から降っていく階段は「津久井浜観光農園」、 石祠の右手から降っていく道は「YRP野比駅」となっています。 今回は石祠の右手から降る道を京急長沢駅へと向かっていきます。 いきなりの急な横木の階段を降っていきます。 ロープが張られていたりもしますが、それほど必要な感じではありませんでした。 かなり急な横木の階段を降っていくと、右手が開けていて見晴らしのいい所がありました。 三浦半島の先端部や対岸の房総半島がよく見えていました。 山頂よりは樹木が低くなっていて若干眺めは良いようでした。
(石祠の正面の階段は「武山」を参照)
長沢・野比分岐
横木の階段混じりの広めの尾根道を降っていくと、山頂から3分ほどで道が二手に分かれています。 小さなベンチもひとつ設置されていて、登ってきた時にひと休みしていくのには良さそうです。 真新しい道標によると、左手の道は「野比駅」となっています。 小さな板切れの道標もあって、右手の道は「京急長沢駅」、左手の道は「野比」となっています。 古くなった標柱も立っていて、右手の道は「京浜長沢駅に至る」となっています。 左右の道のいずれも急な降り坂になりますが、今回は右手の道から京急長沢駅へと降っていきました。
(左手の道は「三浦富士」, 「武山」を参照)
降り始めはふつうの道幅ですが、すぐに広くなって降り傾斜が増してきます。 階段状にはなっていないので、うっかりしているとズリ落ちてしまいそうになります。 道幅が広くて片方だと危ないのか、道の両側にロープが張られていたりもします。 脇のロープに捉まりながら慎重に降っていきました。
急坂を2分ほどかけて降っていくと、緩やかな尾根道になってきます。 軽いアップダウンもあったりしながら降り基調の道が続いています。 傾斜も緩やかでしっかりとした歩きやすい道になっていました。 尾根から少し外れて高みを巻くようにして斜面を進む所もあったりします。 何という名前なのでしょうか、根本辺りから幹が分かれた特徴的な樹木が沢山生えていました。
鞍部
三浦富士から15分ほど降ってくると、浅い鞍部のようになった所がありました。 尾根道は正面へと続いているのですが、右手の高みへ細い道が続いていたので試しに登ってみました。 1分ほど登っていくと高みに着きましたが、周りは樹木に囲まれていて、展望などは得られませんでした。 元の尾根道に戻って、その先へと進んでいきました。
果樹園
青々とした樹木が折れて道を塞いでいたりもしましたが、難なく乗り越えていきました。 ヤツデや常緑樹などが生える所を過ぎていきます。 大きな樹木が幾つか並んで生えている所を過ぎていくと、正面に柵が現れました。 先ほどの鞍部から6分ほどの所になります。 その手前で右へ曲がり、細くなった道を柵に沿って進んでいきます。 ミカン畑でしょか、左手の柵の向こう側は果樹園になっているようでした。 果樹園の先には東京湾が広がり、その奥には房総半島も見えていました。
果樹園を過ぎて森へ入っていっても、しばらくは柵が続いています。 周囲には根本から枝分かれした樹木が沢山生えていました。 果樹園から2分ほど進んでいくと、道は尾根から外れて右手へ曲がって斜面を降っていきます。 右・左と曲がりながら降っていくと、大きな樹木の幹に手製の道標が取り付けられていました。 それによると、正面の道は「長沢駅」、今降ってきた道は「三浦富士」となっていました。 その樹木を過ぎた少し先から右手へ戻るようにして降っていく急坂が分かれています。 かなり傾斜があってロープが張られていたりもしました。 そこには道標類はありませんでしたが、正面に続く道を進んでいきます。
解放戦士の碑
青々とした葉をつけた細い木などが生えるようになった所を過ぎていくと、正面に住宅が見えてきました。 その手前から左手に入っていく所がありました。 脇には「解放戦士の碑・平和母子像入口」と刻まれた石標が立っています。 京急長沢駅へは正面へ進んでいくのですが、どういう所なのかと思って立寄っていきました。 石標に従って左手へ入っていくと、すぐに石が何段にもなった広い所があり、 その一番高い山際に「神奈川県解放戦士の碑」と刻まれた丸い石がありました。
振り返ると、畑や街並みの先に、東京湾や房総半島が見える景色が広がっていました。
碑の由来
この解放戦士の碑は、神奈川県下の平和と民主主義の運動のなかで逝った活動家を顕彰するために、 1982年11月に、たくさんの人々の浄財によって建立された。 この碑の建立・制作のためには、岡崎一夫・山内忠吉・長野彰・陣之内鎮・斉藤秀夫・菊池由次・ 飯島松雄・飯島東・永橋為成などが尽力した。
 (神奈川県解放戦士顕彰会実行委員会)
平和の母子像
「解放戦士の碑」を過ぎた奥には「鳩よよみがえれ」と刻まれた「平和の母子像」がありました。
1977年9月27日、厚木基地より空母ミッドウェーに向かっていた米軍機が横浜市緑区に墜落炎上、 9名が死傷、林裕一郎君三歳、康弘ちゃん一歳は焼死、全身やけどを負った。 母親の和枝さんは子どもの分まで生きて事故の証人になると苦しい治療に耐えたが、 事故の真相もあきらかにされないまま、1982年1月26日、31歳の若い命を無念のうちに閉じた。
 このような悲惨な事故をゆるさない
 核も基地もない二本をつくりたい
そう願う多くの団体、個人によって、ここに平和の母子像「鳩よよみがえれ」を建立する。
 (平和の母子像建立実行委員会)
元の道に戻ってその先へ進んでいくと、すぐにコンクリート舗装された道に出ます。 そこで、左手に続く緩やかな道と右手に降っていく階段に分かれています。 道標類は見かけませんでしたが、右手の階段を降っていくと、すぐに住宅地の道路に降り立ちました。 これで山道は終わりになります。 三浦富士から35分ほどで降りて来られました。 手元の地図によると、降り立った所は「湘南長沢グリーンハイツ」という住宅地のようです。 階段の脇には「解放戦士の碑・平和の母子像」の標柱と、「三浦富士→」と書かれた標識が立っていました。
(写真は道路に降りてから振り返って写したものです)
京急長沢(けいきゅうながさわ)駅
道路に降りて左手にある長沢殿前公園を過ぎて進んでいきます。 左右に分岐道もありますが、道なりに真っ直ぐ進んでいきます。 やがて右へ曲がりながら降るようになると、 住宅地に降り立った所から6分ほどで京急長沢駅(京浜急行久里浜線)に着きました。