八王子城跡
散策:2008年02月上旬
【低山ハイク】 八王子城跡
概 要 八王子城跡は旧甲州街道を挟んだ高尾山の北側の低山にある城跡です。 今回は北側の心源院から続く尾根を八王子城跡へと登り、そこから北高尾山稜の富士見台へ向かっていきます。 富士山も望める富士見台からは、南東に伸びる尾根を通って小仏関所があった駒木野へと降っていきます。
起 点 八王子市 川原宿大橋バス停
終 点 八王子市 駒木野バス停
ルート 川原宿大橋バス停…心源院…秋葉神社…285m峰…小ピーク…131番基準点…368m峰…十字路…八合目…九合目…展望地…八王子神社…本丸跡…見晴台…坎井…駒冷場…天守閣跡…北高尾山稜…富士見台…小下沢林道分岐…小ピーク…城山林道分岐…421m峰…小ピーク…荒井分岐…地蔵ピーク…中央自動車道…神明神社…小仏関跡…駒木野バス停
所要時間 4時間20分
歩いて... 八王子城跡へ登る北からの尾根道はハイキング用地図には描かれていませんが、 冬枯れの季節ということもあってか、踏み跡はしっかりと確認できて迷うようなことはありませんでした。 生憎の曇天のため、富士見台からは富士山の肩の辺りが僅かに見えただけでした。 八王子城跡から富士見台を経て駒木野へ降る尾根にはアップダウンがかなりあって、 最後の中央自動車道の脇に降り立つ頃には膝がガクガクになってしまいました。
関連メモ 北高尾山稜, 富士見台
コース紹介
川原宿大橋(かわらじゅくおおはし)バス停
高尾駅(JR中央線)の北口から、[高33]陣馬高原下行きバス、[高30]大久保行きバス、 [高13]宝生寺団地行きバス、[高10]恩方車庫行きバス,または, [高34]美山町行きバスにて10分、便は頻繁にあります。
バスを降りて、北浅川に架かる川原宿大橋を引き返して、心源院へと向かっていきます。 川原宿大橋を渡り切った所から右手の川沿いに続く細い道へと入っていきます。
バス停の20mほど先の金網にこの地区の街路図があります。 心源院までの道が載っているので参考にしましょう。
北浅川に架かる深沢橋に出て左折していきます。 細い川沿いに150mほど進んでいくと、右手に大きな石柱が立っています。 右側には「深澤山」、左側には「心源院」と刻まれた石柱の間に続く道を進んでいきます。 石材店を過ぎていくと左手に分かれて登っていく道がありますが、 その道は見送って道なりに進んでいきます。 電話会社の電波塔を右手に見ながら道なりに左へ曲がっていくと大きな山門があります。 その脇には石碑や石仏が立っていて、その解説板もありました。
市指定史跡 小谷田小寅の碑
小谷田小寅は千人同心で、宝暦11年(1761)4月4日、武州多摩郡川口村(現八王子市川口町)に生まれ、 名を小谷田権右衛門昌亮という。 幼くして父を亡くしたが、勉学に励み天文学・洋学に詳しく、特に医学に明るく、 薬を乞うもの、診断を求めるものがあとをたたず、民衆に慕われたという。 この善徳を称えるため、千人同心きっての碩学といわれた塩野適斎が撰文し、 植田孟縉が揮毫ならびみ刻字したきわめて貴重な碑である。 碑面には三百八十六文字が刻んである。
 (八王子市教育委員会)
この山林は山火事の非常に起き易いところです。 たき火・喫煙の時のマッチ・すいがら等には最大の注意をすること。
 (八王子市消防団、八王子消防署、八王子山林火災防止協議会、八王子森林組合)
心源院
山門の脇を過ぎて広い空き地のような所を右手から回りこんで、 正面にこんもりとした森を見ながら進んでいくと、右手の奥まった所に心源院があります。 朱色の脚をした鐘楼を過ぎて飛び石の参道を真っ直ぐに進んでいくと、正面に本堂がありました。 今風の本堂の右手には、庫裡と思われる建物があり、境内には大きな古木もありました。 謂れなどを記したものは見かけませんでしたが、曹洞宗のお寺で、山号は「深沢山」と云うようです。 開基は滝山城主の大石定久で、 武田氏滅亡時に甲斐から逃れてきた信玄の息女・松姫が出家したお寺なのだそうです。
心源院から引き返して、先ほどから見えていたこんもりとした森へ向かっていくと、 二本の桧の大木の前に「秋葉神社」の扁額の架かる鳥居が立っています。 左手にある「慈雲陵」という丸い台の上には、蓮台に座った観音像がありました。 鳥居の正面には石燈籠のようなものがひとつありました。 両脇には細い樹木が植えられて、手前には何やらお供えもされていました。 「これが秋葉神社なのか?」と妙に思いながらも竹林に沿って続く左手の坂道を登っていくと、 坂の途中から右手へ戻るようにして分かれていく道があります。 脇のコンクリート塀には「秋葉神社・八王子城址に至る→」と書かれた板が取り付けられていて、 右手の道を指していました。 その標識に従って、竹林へと続く坂道を登っていきます。
秋葉神社
竹林に続く道を折れ曲がりながら登っていきます。 秋葉神社の参道になっているようで、幅が広くてしっかりとした道になっていました。 途中で道が二手に分かれていますが少し先で合流します。 更にそこから二手に分かれていますが、今回は右手の先から続く手摺の付いた石段を登っていきました。 石段を登り切ると秋葉神社の境内に着きました。 麓の鳥居の所から5分ほどで登って来られました。 登ってきた参道は細長い8の字のような感じになっていて、その頭の部分に神社が位置しています。 境内の左手には舞殿のような建物があり、正面の短い石段の上の一段高い所に社殿がありました。 右手や裏手には小振りの祠もありましたが、神社の由緒書きなどは見かけませんでした。 社殿の前には大学ノートが一冊置いてあり、表紙には「2008年 秋葉神社 平成20年」と書かれていました。 お参りした人が願い事などを記していくノートなのでしょうか。 これからの散策の安全をお祈りしていきましょう。
左手から境内へ登ってくる道の所に錆び付いた金属製の道標が立っていて、 社殿の左手を指して「八王子城址に至る→」と書かれていました。 その道標に従って社殿の左手を登っていくと、裏手のこんもりとした所に小さな祠がありました。 「八王子城址」への道はどこなのかと探していると、小祠の左側からその奥へと細い道が続いていました。 道標類は見かけませんでしたが、ここが八王子城跡への道だろうと思って進んでいきました。 道の両側には笹竹が生い茂っていましたが、踏み跡はしっかりと確認できました。
285m峰
笹竹混じりの雑木林に続く緩やかな道を進んでいきます。 やがて尾根状になった所を過ぎていくと、太い竹が目立つようになります。 常緑樹が生い茂る中を登っていくと、植林帯の前に出ます。 道の所々には橙色や青色のテープが巻かれていたりもします。 テープはこの先にも点々と巻かれていて、八王子城跡までの道を示しているようでした。 それらのテープを確認しながら進んでいきます。 植林帯を掠めるようにして左手へ進んでいくと、正面にこんもりとした高みが現れます。 その手前で道が二手に分かれています。 八王子城跡へは青テープが巻かれた左手の道を進んでいくのですが、試しに右手の道を登っていきました。 30秒ほど登っていくとこんもりとした高みに着きました。 その場所を示すようなものは見かけませんでしたが、手元の地形図にある285m峰だと思われます。 秋葉神社から10分ほどで到着しました。 周りには樹木が生い茂っていて展望はあまり良くありませんでしたが、 樹間や樹木越しには、これから向かう山と思われる稜線が広がっていました。
285m峰の先にも僅かな踏み跡が降っていましたが、滝沢川の方に降りてしまいそうだったので、 手前の分岐まで引き返して285m峰を巻くようにして続く道を進んでいきました。 常緑樹が生い茂る尾根道を過ぎていきます。 軽いアップダウンはあるものの、全体的には緩やかな尾根道が続いていました。 やがて少し傾斜が増してきた雑木林を登っていくと、道が二手に分かれています。 角に生えている樹木には青テープが幾つか巻かれていたりもします。 八王子城跡へは右手へ進んでいくのですが、左手のすぐ上に見晴らしの良い所があるので、 ちょっと立ち寄っていきましょう。
小ピーク
分岐から軽く登っていくと、1分ほどで小ピークに着きました。 手元の地形図によると、285m峰の南南東220m辺りにある標高310mほどの高みのようです。 285m峰から7分ほどで到着しました。 ベンチ代わりなのか、深黄緑色のビールケースが裏返しに置いてあったりもします。
正面の180度ほどが開けていて、街並みや山並みなどを見渡せる展望地になっていました。 左手には奥多摩の山並みが、右手には都心方面まで続く大パノラマが広がっていました。 振り返ると、これから向かっていく山並みと思われる稜線が続いていました。 景色を眺めながら、ここでひと休みしていきました。
手前にあった分岐まで引き返して八王子城跡へと向かっていきます。 常緑樹の脇を過ぎていくと、右手の樹間からは山並みが広がっていました。 軽く降って鞍部に着いて、植林帯沿いに登り返していきます。 再び降ってから植林帯の尾根を登り返していきます。 道はしっかりとして分かりやすくなっている上に、所々には青テープも巻かれていて、 迷うこともなく進んでいけました。 この先にも軽いアップダウンが続きますが、傾斜はそれ程急ではなく短くもあるので、 息が切れてしまうようなことはありません。
少し傾斜が増してきた尾根を登っていっていくと、左右に通る尾根に出ました。 左手へ降っていく道にも橙テープが巻かれていて、どちらへ行ったものかと左右を伺っていると、 左手の樹木に巻かれた白テープに「八王子城跡→」と書き込まれていて、右手の道を指していました。 また、右手の樹木に巻かれた橙テープに「八王子城山方面」,「H335m」と書き込まれていました。 手元の地形図によると、368m峰の北東250m辺りにある東西に伸びる尾根のようです。 先ほどの小ピークから10分ほどの所になります。 地形図からは標高は320mほどに思えますが、「H335m」とは標高のことなのでしょうか。 ここは右手に続く緩やかな尾根道を進んでいきました。
131番基準点
雑木林の尾根を進んで軽く登っていくと、東西に伸びる尾根に出た所から2分ほど、 展望のいい小ピークから15分ほどで、ちょっとした高みに着きました。 手元の地形図によると、368m峰の北北東200m辺りにある標高330mほどの高みのようです。 高みには「八王子市道路台帳1級基準点No.131」と刻まれた石標がありました。 この高みを過ぎて軽く降って登り返していくと、植林帯へと入っていきます。
植林帯に続く尾根道を登っていくと、ちょっとした高みに着きました。 手元の地形図によると、368m峰の北東150m辺りにある標高350mほどの高みのようです。 ここで道が左右に分かれていますが、左手の道には木が置かれていて通行止めのような感じになっていました。 右手の杉に巻かれた青テープには「城跡へ」と書き込まれていて、右手の道を指していました。 ここは右手へと進んでいきます。
368m峰
ちょっとした高みを越えてその先の鞍部から植林帯を登り返していくと、 131番基準点から7分ほどで高みに着きました。 この場所を示すようなものは見かけませんでしたが、手元の地形図にある368m峰のように思われます。 展望のいい小ピークから25分ほどで到着しました。 ここから左手へと続く尾根道を進んでいきます。 緩やかな尾根が少し続いてから降り坂になってきます。
最初は緩やかな降りですが、次第に傾斜が増してきます。 かなり傾斜があって滑り落ちそうになったりもするので、周囲の樹木などに捉まりながら降っていきました。 3分ほど降って鞍部から登り返していくと、368m峰から5分ほどで高みに着きました。 手元の地形図によると、368m峰の南200m辺りにある標高340mほどの高みになるようです。 手前の左右には門柱のように樹木が生えていて、 高みの中ほどには根本から二股に分かれた大木が生えていたりもします。 この高みを越えてその先へと降っていきます。
十字路
浅い鞍部を過ぎて登り返していくと、石がゴロゴロした尾根になってきます。 植林帯と雑木林を分ける尾根の肩に着くと、「武蔵国南多摩郡恩方村下恩方」と刻まれた短い石標がありました。 そこから更に少し登って石ゴロゴロの尾根を進んでいくと、浅い鞍部になった十字路があります。 先ほどの高みから5分ほど、368m峰から11分ほどで到着しました。 辺りには小型の道標が幾つも設置されていました。 それらによると、右手から登ってくる道は「松竹方面」,「松竹橋(バス停)」,「松竹ばしへ40分」、 左手の斜面に降り気味に続く道は「八王子城跡20分」,「しろ山へ」、 正面の道は「×急坂」、今登ってきた道は「霊園方面」,「行き止まり」となっていました。 右手の道は松竹バス停から滝沢川沿いに登ってくる道で、 手元のハイキング用地図にも描かれているルートになります。 今回は八王子城跡へ向かうべく、左手の道を進んでいきました。
八合目
植林帯の斜面に続く道を降り気味に進んでいきます。 やがて少し登るようになると、左手から登ってくる道が合流してきました。 その道を合わせてひと登りすると、先ほどの十字路から2分ほどで、 「八合目」と刻まれた石標のある所に着きました。 左手からも広い道が登ってきていました。 角に立つ道標によると、左手から登ってくる道は「至 新道」、 右手へ続く道は「至 城山頂上・八王子神社」、今登ってきた道は「至 旧道」となっています。 また手製の道標もあって、今登ってきた道は「松竹バス停方面」となっていました。 手前の所で合流してきた道は「旧道」のようでした。 すでに多くの人が登ってきて休んでいました。 ガイドに引率されたグループのようで、ガイドと思われる方が何やら解説をしていました。 幾つか設置されているベンチはすべて占拠されていたので、休まずにそのまま先へと進んでいきました。
九合目
すぐの所で左手に道が分かれていきますが、正面の広い石段を登っていきます。 ジグザグに折れ曲がりながら続く石段を登っていきます。 麓から八王子神社へと続く参道になっているようで、広くてしっかりとした道になっています。 尾根に登り着くと「九合目」と刻まれた石標がありました。 その先から左手へと広い尾根道が続いています。 すぐの所から右手へ分かれていく細めの道を見送っていくと、 突き当たりから細い道が再び右手へ分かれていきます。 その道も見送って左へと曲がっていく道を登っていきます。
山火事注意
 (八王子消防署、八王子市消防団)
展望地
尾根の斜面に続く広い道を進んでいくと、八合目から8分ほどで、 左手が開けて視界が広がる所があります。 眼下には霊園が広がり、その向こうには都心方面まで続く街並みが広がっていました。
八王子神社 (標高446m)
展望地から緩やかになった道を1分ほど進んでいくと「山頂をへて高尾山・陣馬山に至る」の道標が立っています。 その先は広場のようになっていて、巨大な杉の木が幾つも生えていました。 その袂には「頂上」と刻まれた石標がありますが、実際の山頂はもう少し先になります。 広場の先の幅の広い石段を登っていくと、正面に八王子神社の社殿があります。 八合目から12分ほど、麓の心源院から1時間30分ほどで登って来られました。 八王子神社は壁のない外側の建物の内側にすっぽりと社殿が入った特徴的な形をしています。 境内の左手には舞殿のような建物があり、右手には小屋のような建物がありました。 社殿の左手には小振りの「横地社」や天狗像がありました。 この辺り一帯が八王子城跡になるようです。 ここでは城跡や神社の由緒書きなどは見かけませんでしたが、、 以前に東側の麓にある入口で見かけた解説板に 八王子城跡に関する紹介文があったので、参考までに載せておきます。
横地社由来記
緑の風は光り、古城のほとり英魂還る 横地監物、名を与三郎吉信といい、北條氏照の城代に任じ、八王子城に仕えて治道に盡すこと久し。 偶々天正18年6月23日(1590)天下鋭鋒濃霧をまって迫り、城郭の支えを崩しぬ。 監物出て転進再起を策して成らず。 奥多摩の山渓小河内村熱海蛇沢の窮谷に至り悲憤の慷概、遂に自決せり。 村民深く哀惜し、祠に祀り事蹟を伝えしが、今や小河内ダム成って、 慟哭の山河、哀吟の史篇を湖底に沈むるに及び、 後世伝承の資とすべく、この地本丸跡を選び横地社を遷せり。 建碑して由来を記念す。
本丸跡 (標高460m)
八王子神社の社殿の裏手にある高みが、本丸跡のある山頂になります。 社殿の右手から続く石段を登っていきます。 左手からの道を合わせて植林帯を登っていくと、程なくして雑木林に変わります。 倒れかけた老木を過ぎていくと、社殿の所から3分ほどで、小広くなった山頂に着きます。 山頂には小祠と「八王子城本丸址」と刻まれた石碑や「本丸跡」の標柱などがあります。 周りには樹木が生えていて展望は得られません。
国指定史跡 八王子城跡 本丸跡
城の中心で、最も重要な曲輪です。 平地があまり広くないので、大きな建物はなかったと考えられています。 ここは、横地監物吉信が守っていたといわれています。
コラム 八王子神社と横地社
延喜13年(913)に華厳菩薩妙行が、山中で修行をしている際に出現した牛頭天王と八人の王子に会ったことで、 延喜16年(916)に八王子権現を祀ったといわれています。 この伝説に基づいて、北條氏照は八王子城の築城にあたり八王子権現を城の守護神としました。 これが「八王子」の地名に起源とされています。 その八王子神社の横にある小さな社は、落城寸前に奥多摩へ落ち延びた横地監物が祀られています。 もともと、東京都奥多摩町にありましたが、ダム建設で湖底に沈んでしまうためにここに移しました。
 (八王子市教育委員会)
本丸跡
標高460メートルの山頂部が本丸と呼ばれており、城の中心部にあたります。 落城の時、城主不在の本丸には、横地監物が守備していたといわれています。
自然と文化財を大切にしましょう。
 (八王子市教育委員会)
見晴台
本丸跡のある山頂から引き返していきます。 途中にあった分岐を曲がって横地社の裏手から境内に降りていくと、 正面には特大の石碑がふたつ並んで建っています。 その前が開けた展望地になっています。 テーブルやベンチなどが幾つか設置されていて東屋風の建物もあります。 「見晴」と刻まれた石標もあります。 前の方には円弧状のテラスのようなものがあり、そこから見える景色が図示されていました。 晴れて条件がいいと富士山も望めるようですが、この時は生憎の曇天のために見えませんでした。 脇にある解説板によると、ここは松本曲輪というようです。 先ほどあった展望地のことも解説板に書かれていました。
国指定史跡 八王子城跡 松本曲輪
中山勘解由家範が守っていたといわれる曲輪です。 中の丸とも二の丸とも呼ばれていました。 近くには「坎井」と呼ばれる井戸があります。 天正18年(1590)6月23日に前田利家の軍勢と奮戦しましたが、 多勢に無勢で防ぎきれなかったといわれています。 この時の家範の勇猛ぶりが徳川家康の耳に入り、 その遺児が取り立てられ、水戸徳川家の家老にまでなりました。
コラム 山上からの眺望
ここからは、高尾山方面を一望することができ、晴れていれば富士山が見えることがあります。 さらに八王子神社から階段を降りた先のちょっとしたひらけたところからの眺望はなかなかです。 八王子市内が一望でき、冬の空気の澄んだ晴れた日には 新宿副都心や池袋のサンシャインビルまで見ることができます。
 (八王子市教育委員会)
坎井
あわせて15分ほど居た八王子城跡の山頂部を後にして、 見晴台の左手から降っていく道を進んでいきます。 右へ曲がりながら降っていくとトイレの建つ所に出ます。 その少し先から左手へ降っていく山道があります。 近くに道標類はありませんが、道の入口の両脇には杉の木が門のように生えています。 その間から傾斜のある坂道を降っていきます。 1分もしない内に傾斜が緩やかになると、道の脇に井戸があります。 先ほどの見晴台にあった解説板に書かれていた「坎井」だと思われます。 上面は丸太やトタンで塞がれていて、今では使われていないような感じです。 どのような謂れの井戸なのか分かりませんが、御幣が掛けられていたりもします。
坎井を過ぎて降っていくと、左右に通る道に降り立ちます。 角には道標が立っていて、左手の道は「高尾・陣馬縦走路」、 今降ってきた道は「八王子城山」となっています。 右手の道には何も示されてはおらず、少し先で行止まりのような感じでした。 道標に従って左手へ曲がっていきます。 右・左と折れ曲がりながら雑木林の斜面を降っていくと、再び道標の立つ道に降り立ちます。 左手の道は「元八王子」、右手の道は「高尾・陣馬縦走路」、 今降ってきた道は「八王子城山山頂」となっています。 ここは道標「高尾・陣馬縦走路」に従って、右手の道を進んでいきます。
駒冷場
斜面に続く緩やかな道を3分ほど進んでいくと堀切のような所があります。 見晴台から7分ほどの所になります。 「史跡 八王子城駒冷場」と刻まれた石標がありました。 脇に立つ道標によると、堀切を横切っていく広い道は「城山山頂通過・霊園前バス停・高尾駅」、 左手に戻るようにして登っていく細い道は「富士見台・夕焼小焼・裏高尾縦走路・景信山・高尾駅」、 今来た道は「城山山頂(トイレ有)・霊園前バス停・高尾駅」となっています。 また地面に剥がれ落ちたような道標の板もあって、 左手の道は「大天主跡を経て富士見台へ 徒歩1時間」となっています。 壊れかけた大きな注意書きもありますが、読めない箇所がかなりありました。 ここは左手に登っていく細い道を進んでいきます。
堀切を横切っていく広い道は「城山山頂通過」となっていることから考えると、 確かめた訳ではありませんが、先ほどの九合目の先にあった分岐へと続いているのでしょうか。 なお、ここから富士見台まで1時間とのことですが、休憩などを含めても40分とはかかりませんでした。
北高尾縦走路についての注意
このハイキングコースは快適な尾根道コースで、幾つかの突起があり、 奥高尾縦路高尾山〜陣馬山迄室所山には富士見台をへて約6.5時間(陣馬山迄)を要する健脚向きのコースです。 途中には・・・林道及び恩方町・・・あります。コース中、大久保峠〜関場峠間は林野・・・ 作業中・・・指導標・・・陣馬山健脚・・に従って未改修ですが稜線との縦走路を利用して下さい。 尚、このコースの大部分は国有林内を通りますので、特にハイカー道徳を守り、火気に充分注意して下さい。
 (東京都)
天守閣跡
急な坂道を登っていくと、すぐに緩やかな尾根道になります。 小さなアップダウンを繰り返しながら尾根道を進んでいくと、 駒冷場から12分ほどで、小広くなった天守閣跡に着きます。 手元の地形図によると、本丸跡と富士見台の丁度中間辺りにある標高470mほどの高みになるようです。 「史跡 八王子城天守閣跡」と記された石碑があるだけで、往時の面影を残すものは何もありません。 周りは樹木に囲まれていて展望は得られませんが、ここでひと休みしていきました。 前後にあった道標によると、ここは「大天主跡」とも呼ぶようです。
地面に置かれた道標の板「←富士見台を経て高尾山口駅へ 徒歩約2時間20分」に従って、 右手から左手へと降っていく道を進んでいきます。 斜面を横切るようにして降っていくと、1分もしない所に、再び堀切のような所があります。 堀切を横切って右手の尾根へと登っていきます。 傾いた道標「富士見台を経て堂所山明王峠迄 約4時間50分」を過ぎていきます。 分岐は特になくて分かりやすい道が続いています。
北高尾山稜
アップダウンを繰り返しながら、植林帯と雑木林を分ける尾根道を進んでいきます。 一つひとつの坂はそれほど長くはありませんが結構傾斜がある所もあって、 急いで登ると息が切れてしまいそうになります。 最後に長い坂道を登り切ると、左右に通る北高尾山稜に着きます。 天守閣跡から18分ほどで到着しました。 「元八王子村字城山」と刻まれた境界石標もありました。 中ほどに立つ道標によると、右手へ降っていく道は「堂所山を経て明王峠・陣馬山」、 左手に登っていく道は「富士見台」、今登ってきた道は「八王子城山」となっています。 地面近くにある道標によると、右手の道は「堂所山を経て陣馬山へ 徒歩約5時間」となっていて、 5時間は5時間40分に訂正され、「明王峠迄約4時間」と書き加えられていました。 今登ってきた道を指す「大天主跡を経て八王子城跡へ 徒歩約1時間」の板もありました。 また小さな道標が左手の道を指していて、「裏高尾縦走路・小下沢林道 分岐は50m先」となっていました。 ここは左手の道を富士見台へと登っていきます。
(右手の道については「北高尾山稜」を参照)
富士見台 (標高556m)
尾根の背に続く広くて歩きやすい坂道を1分ほど登っていくと富士見台に着きます。 見晴台から45分ほどで到着しました。 山頂の少し手前にはテーブル・ベンチが一組だけ設置されています。 お昼にはまだ少し時間がありましたが、景色を眺めながら、ここで昼食タイムにしました。
富士見台は南西側が開けていて、高尾山方面の山並みを望める所です。 手前にあるのが高尾の山並みで、その奥にあるのは丹沢の山並みでしょうか。 白いものが見えていたので、丹沢の高い山には少し雪が積もっているようでした。 条件がいいと綺麗な富士山も望めるようですが、 この時は生憎と曇天だったため、肩の辺りが僅かに見えていただけでした。
小下沢林道分岐
お腹も満ちて展望も楽しんだら、駒木野へと降っていきます。 「富士見台」の標識を過ぎて、植林帯と雑木林を分ける尾根に続く坂道を降っていきます。 幅は広いもののかなり傾斜があったりもします。 富士見台から30秒ほど降った所に分岐があります。 北高尾山稜に出た所にあった道標「分岐は50m先」が示す地点だと思われます。 足元にある道標によると、正面へ降っていく道は「高尾駅・荒井・駒木野バス停 80分」となっています。 また、右手にある看板の裏面には、右手に戻るようにして続く細い道は「日影バス停 1時間」と書き込まれていました。 看板は何故だか外側を向いています。 日影バス停から登ってくる人に向けて設置されているようです。 右手の道を利用する人もかなりいるということなのでしょうか。 手元の地図によると、右手の道は小下沢林道に降っていく道で、30分ほどで降りていけるようです。 林道に降りて1kmほど先に大下バス停や日影バス停があるようですが、 今回は駒木野を目指して、正面に続く広い尾根道を降っていきました。
(右手へ降っていく道は「富士見台」を参照)
保健保安林
森林の緑は、安らぎを与えてくれます。
森林は、汚れた空気をきれいにし、森林浴などの森林レクレーションの場を提供してくれます。 このような森林の働きを発揮させるため、指定されているのが保健保安林です。(当保安林面積95ha) みんなの森林を大切に守るため、火の始末に気をつけましょう。
この山道は、大下から高尾に通じています。
 (東京都林務課)
小ピーク
植林帯の尾根に続く坂道を降っていきます。 かなり傾斜があって、黒色と黄色のトラロープが張られていたりもします。 4分ほど降っていくと緩やかな尾根道になってきます。 幅が広くて歩きやすい道がしばらく続いています。 やがて鞍部に着いて登り返していくと、道端には背丈の低い笹が生い茂るようになります。 広い尾根道を登っていくと、富士見台から13分ほどで小ピークに着きました。 尖ったピークという感じではなくて、緩やかに続く高みという雰囲気の所です。 手元の地形図によると、富士見台の南南東400m辺りにある標高530mほどの高みになるようです。 脇には東京営林局の赤い境界見出標が設置されていました。
城山林道分岐
高みを越えてその先へ続く広い尾根道を緩やかに降っていきます。 道端には引き続き背丈の低い笹が生えていて、いい雰囲気の道になっていました。 ちょっとした高みを越えて左手へと降っていきます。 次第に傾斜が増してくる尾根道を降っていきます。 やがて傾斜が緩やかになって常緑樹の生い茂って道幅が狭まった所を過ぎていくと、 再び植林帯に続く広い尾根道になってきます。 引き続き尾根道を降っていくと、先ほどの小ピークから12分ほどで浅い鞍部に着きます。 手元の地形図によると、421m峰の西側すぐの所にある鞍部になるようです。 ここで左手に戻るようにして道が分かれていきます。 角に立つ道標によると、左手に戻るようにして降っていく道は「八王子城址下」、 今降ってきた道は「富士見台」となっています。 またマジックで書き込まれたメモによると、 正面に続く尾根道は「高尾駅・関所・荒井」となっています。 左手の道は城山林道から御主殿跡へと降っていける道のようですが、 今回は正面に続く尾根道を進んでいきました。
(左手へ降っていく道は「富士見台」を参照)
421m峰
城山林道分岐の鞍部から尾根道を軽く登り返していくと、1分ほどで緩やか尾根になります。 そのまま緩やかな尾根を進んでいくと分岐がありました。 場所を示すようなものは見かけませんでしたが、手元の地形図にある421m峰だと思われます。 富士見台から28分ほどで到着しました。 周りの樹木に取り付けられた道標によると、正面に続く尾根道は「高尾駅方面」、 今来た道は「城山方面」となっていました。 また中ほどに立つ道標では、今来た道は「富士見台を経て八王子城跡へ 徒歩約1時間40分」となっていて、 その支柱に巻きつけられた紙には、右手の道を指して「右下り 蛇滝バス停・荒井バス停」となっていました。 右手の道は、手元のハイキング用地図に載っている破線の道のようでした。 ここは駒木野に向かって正面に続く尾根道を進んでいきました。
421m峰からは広くて緩やかな尾根道が続いています。 3分ほど進んでいくと、道に木が並べられている所がありました。 広い尾根はその先へと続いているようでしたが、そこから左手へ分かれて降っていく細い道がありました。 かなり歩かれている道のようで、踏み跡はしっかりとしていました。 植林帯の斜面を横切るようにして続く左手の細い道を降っていきます。 1分ほど降って尾根道に出ると、右手からも僅かな道が降ってきていたので、 何らかの理由で尾根道の迂回路が出来ているようでした。
小ピーク
広くなった尾根道に出て、その先へと進んでいきます。 ちょっとした高みを越えたりしながら、しっかりとした尾根道が続いています。 やがて登り坂が続くようになると、境界石標のある小ピークに着きました。 421m峰から7分ほどの所になります。 手元の地形図によると、421m峰の北東350m辺りにある標高410mほどの高みのようです。 緩やかな尾根が少し続いてから右手へと急坂を降っていきます。 急坂を降っていくと、2分もしないうちに緩やかな尾根道になってきます。 石がゴロゴロした高みを越えてその先へ進んでいきます。 この先にかけて小さなアップダウンが幾つかあります。 一つひとつは大したことがなくても、幾つも越えていくので、かなり膝にこたえたりもします。
荒井分岐
小さな高みを幾つも越えながら進んでいくと、 高みの手前に木が積まれていて通行止めのようになっていました。 先ほどの小ピークから11分ほどの所になります。 手元の地形図によると、421m峰の東600m辺りにある標高380mほどの高みになるようです。 周囲の樹木に取り付けられた道標によると、左手に分かれて降っていく道は「駒木野・高尾駅へ」、 今来た道は「八王子城跡へ」となっていました。 また幹を削って白地に塗った上に「高尾駅」と書かれた標識も左手の道を指していました。 左手の道は細くて急になっていて、黒色と黄色のトラロープが張られていたりもしました。 試しに正面の尾根道を探ってみると、広めの道がその先へと降っていました。 手元のハイキング用地図によると、正面の尾根道は荒井バス停へ降っていく道のようでしたが、 今回は周りにある道標に従って、左手に分かれていく細い道を降っていきました。
地蔵ピーク
斜面を横切るようにして続く細い道を1分ほど降っていくと、しっかりとした尾根を降るようになります。 大きく窪んだ所を過ぎて登り返していくと高みに着きます。 そこから降り気味に緩やかな尾根道を3分ほど進んでいくと、尾根が開けた感じの所に着きました。 小広くなった尾根には、お地蔵さんが向こう側(駒木野方向)を向いて立っていました。 手元の地形図によると、342m峰の南南東200m辺りにある標高350mほどの尾根になるようです。 荒井分岐から7分ほど、421m峰から28分ほどで到着しました。 古めのお地蔵さん二体の前に、真新しいお地蔵さん二体が佇んでいました。 古めのお地蔵さんの背中には「明治42年8月 駒木野中」と刻まれていました。 真新しいお地蔵さんの横には石柱が立っていて、 「永の歳月に傷みし地蔵尊 復元かなえた心の嬉しさ」, 「平成18年8月吉日 駒木野町会一同」と刻まれていました。
(写真はお地蔵さんを過ぎた所から振り返って写したものです)
地蔵ピークを過ぎてその先へ進んでいくと、急な降り坂になります。 降り口に生える大きな木には「→」と書かれた板切れが取り付けてあったりもします。 雑木林の斜面の続く坂道を右・左と曲がりながら降っていきます。 2分ほど降っていくと、斜面を左手へ横切るようにして進んでいきます。 丸い尾根の背を跨いで更に降っていきます。 所々には横木の階段が設置されていたりもして、 以前にはよく歩かれた登山道だったように思われますが、今ではかなり朽ち果てた感じになっていました。 6分ほど降っていくと、緩やかで広い尾根道を進むようになります。 ちょっとした高みを越えていく所もありますが、降り基調の緩やかな尾根道が続きます。
やがて傾斜が増した坂道を降っていくと植林帯が現れます。 樹木越しに高尾山の山並みが見えるようになります。 桧の若木の横に続く緩やかになった道を進んでいきます。 右下の方からは自動車の走る音が聞こえてくるようになります。 小さな植林地を過ぎていくと、中央自動車道の傍に出ます。 このまま進んでいくと道路に落ちてしまうのではないかと思えたりもしますが、 直前で左手へ曲がっていきます。 以前には道路の向かい側にある尾根へと道が真っ直ぐに続いていたのでしょうが、 道路建設に伴って尾根道が分断されてしまったような感じがしました。
中央自動車道
これまでの歩きやすい道から一転して、黒色と黄色のトラロープが張られた崖のような所を降っていきます。 程なくして傾斜が緩んできた尾根を更に降っていくと、片側がコンクリートで補強された崖が現れます。 その上に続く細い道を降っていくと中央自動車道の脇に降り立ちました。 これで山道は終わりになります。 地蔵ピークから17分ほど、富士見台から1時間20分ほどで降りて来られました。 中央自動車道の建設用の作業道だったのでしょうか、 降り立った所は幅3mほどはある広い道になっていました。 降り口に生えている樹木には「八王子城跡ハイキングコース」と書かれた板が取り付けられていて、 今降ってきた道を指していました。
(写真は広い道に降り立ってから振り返って写したものです)
広い道に降りて正面にある中央自動車道の下をくぐっていきます。 笹竹の生い茂るようになった広い道を逆N字形に左手へ折れ曲がっていきます。 ちょっとした植林地を抜けていくと、小さな川にコンクリート製の橋が架かっています。 橋を渡っていくと、細めながらしっかりとした道が左手から合流してきます。 その道を合わせて正面へ続く広い道を緩やかに登っていきます。
野鳥の密猟は犯罪です
野鳥は環境大臣又は都知事の許可がなくては、捕ることも飼うこともできません。 これに違反すると罰金刑、懲役刑など厳重に処罰されます。 違反者を目撃された方は下記へご連絡下さい。
 (東京都多摩環境事務所自然環境課鳥獣保護係)
入山者の方へ
東京都動物の愛護及び管理に関する条例第9条により、 犬を放すことは禁止されていますので、犬は絶対に放さないで下さい! また、この付近にはイノシシ捕獲用のワナが仕掛けてありますので、注意して下さい。
 (八王子市農林課)
神明神社
広い道を緩やかに登っていくと、左右には畑が広がっていました。 なだらかになった道を真っ直ぐに進んでいくと、正面に鳥居や石燈籠が見えてきました。 道はその手前から右へ曲がっていくのですが、 曲がった所から左に戻るようにして続く短い石段を登って鳥居をくぐり、 石燈籠を過ぎて更に石段を登っていくと神明神社があります。 神社の由緒などを記したものは見かけませんでしたが、 無事に下山できたことを報告していきましょう。 社殿の右手には赤い鳥居があって、その5mほど上には小さな祠がありました。
小仏関跡
神明神社から引き返して、掘割のような所に架かる名もない橋を渡っていきます。 橋の下にはJR中央線が通っています。 橋を渡って駒木野の街並みに続く緩やかな坂道を真っ直ぐに降っていくと旧甲州街道に出ます。 そこを右折したすぐの所に「駒木野橋」の石碑が立っています。 その石碑のある小さな川を渡ったすぐの所に駒木野バス停があります。 バス停の横には広場があり、その一角に小仏関跡があります。 関所の解説板や「小佛関所絵図」と題した往時の関所の絵図がありました。 その絵図によると、東側の川には旧駒木野橋と思われる太鼓橋が架かっていて本戸があり、 北側には御番所などがあり、西側には下番所や御門がある構造になっていたようです。 また「甲州街道駒木野宿」と題した大きな碑もあることを思うと、 小仏関所の周辺は宿場にもなっていたようです。
国指定史跡 小仏関跡
小仏関所は、戦国時代には小仏峠に設けられ、富士見関ともよばれた。 武田・今川・織田などの周辺の有力氏が滅ぶと麓に一度移され、 その後、北条氏の滅亡により、徳川幕府の甲州道中の重要な関所として現在地に移されるとともに整備された。 この関所は、道中奉行の支配下におかれ、元和9年(1623)以降、四人の関所番が配備された。 関所の通過は、明け六ツ(午前6時)から暮六ツ(午後6時)までとし、しかも手形を必要とした。 鉄砲手形は老中が、町人手形は名主が発行。 この手形を番所の前にすえられた手形石にならべ、 もう一つの手付き石に手をついて許しを待っていたという。 特に「入鉄砲に出女」は幕府に対する謀反の恐れがあるとして重視し厳しくとりしまった。 抜け道を通ることは「関所破り」として「はりつけ」の罪が課せられるなど厳しかったが、 地元の者は下番を交替ですることもあって自由な面もあったらしい。 明治2年(1869)1月の太政官布告で廃止され、建物も取りこわされた。
 (八王子市教育委員会)
甲州街道概要
甲州街道は江戸時代の五街道の一つで、甲州を経て信州の下諏訪までの道のりである。 下諏訪で中仙道につながり、京・大阪へ通じる重要な街道であった。 ここ駒木野は日本橋を西へ去ること約十二里の地点である。
 (日本紀行文学会)
駒木野橋
駒木野土地区画整理事業により駒木野橋を撤去。 旧橋名保存のため之を設置。
 (駒木野土地区画整理組合)
駒木野(こまぎの)バス停
高尾駅(JR中央線)まで、[高01]高尾駅北口行きバスにて5分、1時間に2本程度の便があります。
 土日曜 ...12:49 13:19 13:49 14:19 14:49 15:19 15:49 16:19 16:49 17:49 18:49 19:49 20:49
バスの便まで待つようなら高尾駅まで歩いていきましょう。 ゆっくり歩いても20分もあれば着きます。